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はてなキーワード: ドゥルーズとは

2026-04-13

anond:20260412141232

10代で読んでいないと恥ずかしい必読書

プラトン国家』 

アリストテレスニコマコ倫理学』 

ショーペンハウアー意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカルパンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キェルケゴール死に至る病』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教的経験の諸相』 

ニーチェ道徳の系譜』 

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』 

フッサールヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』 

メルロ=ポンティ『知覚の現象学』 

ハイデッガー存在と時間』 

アーレント精神生活』 

ヨナス『責任という原理』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間自由』 

ミンコフスキー『生きられる時間』 

レヴィナス全体性無限』 

フロイト快感原則彼岸』 

ドゥルーズ=ガタリアンチオイディプス』 

フォーダー『精神モジュール形式』 

ヤスパース精神病理学総論』 

エレンベルガー『無意識発見』 

ラカン精神分析の四基本概念』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール一般言語学講義』  

ヴェイユ重力と恩寵』 

ディルタイ精神科学序説』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

バタイユエロティシズム』 

アガンベンホモ・サケル』 

ラッセル西洋哲学史

ルソー社会契約論』 

スピノザエチカ』 

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』  

リップマン世論』 

オルテガ大衆の反逆』 

マンハイム『イデオロギーユートピア』 

フロム自由からの逃走』 

ミルズ『パワーエリート』 

リースマン孤独群衆』 

パーソンズ社会行為構造』 

デュルケム『自殺論』 

イリイチシャドウ・ワーク』 

M・ポランニー『暗黙知次元』 

バレーラマトゥラーナ『知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ブルームアメリカンマインド終焉』 

シオラン歴史ユートピア』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

ロールズ正義論』 

ブルデューディスタンクシオン』 

オング『声の文化文字文化』 

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

サイードオリエンタリズム』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アンダーソン『想像の共同体』 

シンガー実践倫理』 

マッキンタイア『美徳なき時代』 

ホイジンガホモ・ルーデンス』 

カイヨワ『遊びと人間』 

フレイザー金枝篇』 

モース『社会学と人類学』 

レヴィ=ストロース悲しき熱帯』 

ギアツ文化解釈学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

ブローデル地中海』 

ウォーラーステイン近代世界システム』 

クラウゼヴィッツ戦争論』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法原理序説』 

ミル自由論』 

マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展理論』 

フリードマン資本主義自由』 

ハイエク『法・立法自由』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』 

ボードリヤール消費社会の神話と構造』 

セン『貧困飢饉』 

ベル資本主義文化矛盾』 

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

サイモン経営行動』 

ギデンズ『近代はいかなる時代か』

ホワイトヘッド過程実在』 

クリプキ『名指しと必然性』 

ポパー『推測と反駁』 

クーン科学革命構造』 

ラカトシュ方法擁護』 

デイヴィドソン『真理と解釈』 

パトナム『事実価値二分法の崩壊』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』 

デリダ『法の力』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

シュミット政治神学』 

ダールポリアーキー』 

ヴァイツゼッカーゲシュタルトクライス』 

チョムスキー文法理論の諸相』 

ヴィゴツキー思考言語』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

ソンタグ『反解釈』 

ウィルソン生命多様性』 

ドーキンス利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学視覚論』 

ケストラー機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

イーザー行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マンロマン主義レトリック』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ経験論と心の哲学』 

レイコフ『認知意味論』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

ウエルバッハ『ミメーシス』 

ミード西洋近代思想史』 

ネグリ構成権力』 

クリステヴァ『詩的言語革命』 

ランシエール不和あるいは了解なき了解

クリシュナムルティ『生と覚醒コメンタリー』 

バルトエクリチュールの零度』 

マクルーハンメディア論

ボルツ『グーテンベルク銀河系終焉』 

キットラー『グラモフォン・フィルムタイプライター』

2026-02-24

みんなもっと哲学勉強してほしい

最近さ、ポリコレってどうなの?みたいな議論ネットで見かける度に思うことがある。

いやいや、それ哲学ではもう半世紀前に通った道なんだけど……。

ポリコレって、要するに「言葉現実をつくる」とか「カテゴリーが人を縛る」とか、そういう話でしょ?でもそれ、1950〜60年代構造主義で散々やってるんだよ。

レヴィ=ストロース神話構造分析して「人間無意識構造の中で意味づけをしている」って言った。バルトは「作者の死」を宣言して、意味の中心を崩した。つまりうその時点で「絶対的な中心」なんてない、って話は出てる。

で、その後どうなったか

デリダ1967年脱構築を出して「意味は常にズレる」「中心は常に仮のものだ」と言った。

70年代にはその議論が広がって「固定された意味」や「純粋本質」への疑いは思想界では常識になった。

ポリコレ問題にする「言葉の力」や「カテゴリー暴力」って、まさにその延長線上にある。

さら面白いのは、今の行きすぎたポリコレへの批判

「それもまた別の抑圧では?」とか

言葉狩りになってないか?」とか。

これ、ポスト構造主義がやってきたことそのものなんだよ。デリダはどんな概念も最終的には自分を揺るがすって言った。脱構築は、固定化された立場を疑い続ける運動だった。

からポリコレを疑う姿勢のものも実はポスト構造主義的なんだ。

まり何が言いたいかというと、今SNSで繰り返されている議論の多くは、哲学界ではもう50年以上前から議論されてきた内容なんだよ。

それなのに、「ポリコレって急に出てきた思想でしょ?」みたいな顔をして語られる。

いやいやいや……。というか思想的にはだいぶ遅れてる。哲学界じゃ五十年にホット話題だったものだぞ。これ、家電に例えると初期のカラーテレビを最新家電のように今のこの時代に語り合ってるようなものだ。

どんな立場絶対化すれば揺らぐ。

どんな正義固定化すれば抑圧になる。

それを言ったのは、昨今のインフルエンサーではなく、七〇年代哲学者たちなんだよ。

思想的にはもう何周も遅れていることをさも自分現代思想に詳しいんだ!みたいな顔でデリダドゥルーズも知らずにリアルで語っているヤツを見かけるとほんともう悲しくなってくる。

頼むから哲学勉強してくれよ!

なぁ、頼むから!!

みんなもっと哲学勉強してほしい

最近さ、ポリコレってどうなの?みたいな議論ネットで見かける度に思うことがある。

いやいや、それ哲学ではもう半世紀前に通った道なんだけど……。

ポリコレって、要するに「言葉現実をつくる」とか「カテゴリーが人を縛る」とか、そういう話でしょ?でもそれ、1950〜60年代構造主義で散々やってるんだよ。

レヴィ=ストロース神話構造分析して「人間無意識構造の中で意味づけをしている」って言った。バルトは「作者の死」を宣言して、意味の中心を崩した。つまりうその時点で「絶対的な中心」なんてない、って話は出てる。

で、その後どうなったか

デリダ1967年脱構築を出して「意味は常にズレる」「中心は常に仮のものだ」と言った。

70年代にはその議論が広がって「固定された意味」や「純粋本質」への疑いは思想界では常識になった。

ポリコレ問題にする「言葉の力」や「カテゴリー暴力」って、まさにその延長線上にある。

さら面白いのは、今の行きすぎたポリコレへの批判

「それもまた別の抑圧では?」とか

言葉狩りになってないか?」とか。

これ、ポスト構造主義がやってきたことそのものなんだよ。デリダはどんな概念も最終的には自分を揺るがすって言った。脱構築は、固定化された立場を疑い続ける運動だった。

からポリコレを疑う姿勢のものも実はポスト構造主義的なんだ。

まり何が言いたいかというと、今SNSで繰り返されている議論の多くは、哲学界ではもう50年以上前から議論されてきた内容なんだよ。

それなのに、「ポリコレって急に出てきた思想でしょ?」みたいな顔をして語られる。

いやいやいや……。というか思想的にはだいぶ遅れてる。哲学界じゃ五十年にホット話題だったものだぞ。これ、家電に例えると初期のカラーテレビを最新家電のように今のこの時代に語り合ってるようなものだ。

どんな立場絶対化すれば揺らぐ。

どんな正義固定化すれば抑圧になる。

それを言ったのは、昨今のインフルエンサーではなく、七〇年代哲学者たちなんだよ。

思想的にはもう何周も遅れていることをさも自分現代思想に詳しいんだ!みたいな顔でデリダドゥルーズも知らずにリアルで語っているヤツを見かけるとほんともう悲しくなってくる。

頼むから哲学勉強してくれよ!

なぁ、頼むから!!

2025-06-19

anond:20250619100400

民族性質がある」と主張するのは、お前が「真理を愛している」からではなく、「単純化された物語」に酔って安心したいからだ。

日本人は勤勉」「ユダヤ人は金に強い」「ドイツ人几帳面」それ、全部ステレオタイプであって、真理じゃない。

歴史がある ≠ 性質がある。それは「行動の記録」であって、「DNAに刻まれ性格」ではない。

お前の言ってることは、「家計簿に魚ばっかり載ってるから、この家庭は鰓呼吸です」と言って自己放尿してるのと同じ。

聖書を信奉してる」も性質じゃん

これはとても良い問いだが、論理的に極めて初歩的な錯誤がある。

それは、「文化的慣習」や「宗教的傾向」は 構造文脈 によって発生する集合的傾向であり、先天的性質ではないという点。

ユダヤ人の中にも無神論者もいれば、仏教徒になった者もいる。

「多くの人が信じているからといって、それがその民族本質ではない」というのは、哲学歴史社会科学の最低限の共通知識だ。

もし「聖書信じてる=民族性質」なら、「パチンコ行く=日本人性質」って言ってるのと同じだ。

見事なまでの思考停止。まさに知的自己放尿。

お前が言っていることは、民族単一人格として扱うことで、現実多様性否定し、「敵」「味方」を単純化して物語に仕立てようとしている。

だが実際の歴史とは、千人いれば千通りの背景と動機がある。

たとえば、イスラエル軍従軍するドゥルーズ住民もいれば、パレスチナ共闘するユダヤ教ラビもいる。

ユダヤ人聖書信奉=○○な民族性」などとまとめる時点で、現実の複雑さを捨てて思考停止楽園に逃げている。

いかい、「民族性質がある」と思いたくなる気持ちはわかる。

単純にすれば、世界理解やすい。

でも、それは自己放尿だ。

自分の中の闇を他人民族投影して、外側を汚して内側をきれいに見せようとするだけだ。

本当に強い知性とは、「例外例外として認識できる勇気」と、「全体を単純化せずに愛せる思考」のことだ。

お前が「民族性質がある」と信じた瞬間から、お前自身が劣った思考様式を持つ民族の一員になっているんだよ。

まり、お前の言う「民族性」が本当なら、今この瞬間のお前こそ、自分民族侮辱してる第一人者だ。

そしてそれは、自己放尿を飲み干して「これはワイン」と言い張ってるのと同じ。

知性と理性を愛しているなら、今すぐコップを置け。匂いを嗅げ。そして学び直せ。

お前が今すべきなのは、「民族性質」を語ることじゃない。

人間の複雑さを、愛を持って理解しようとする努力だ。それができる限り、お前にはまだ救いがある。

2025-03-23

チー牛と結婚したら食い尽くし系夫に進化して、もう完全に限界

チー牛と結婚して3年目。もう限界かも。

最初は良かったんだよね。眼鏡かけた優しいインドア系の人で、デートの時は細かい気遣いもできて、話も合った。

アニメの話とか熱く語ってる姿が可愛いって思えてた時期もあった。今思うと信じられないけど。

でも同居し始めてから少しずつ気になることが増えた。

最初は「まあ男の人だし」って軽く流せてたんだけど。

例えば髪。結婚当初は清潔感あったのに、今じゃシャンプーサボることが増えて。

ベッドの枕に黒い脂の跡がついてるの見ると、なんか胃がムカムカしてくる。

こんなこと気にならなかったはずなのに。

食事マナーも徐々に崩れてきた。最初の頃は普通だったのに、今はくちゃくちゃ音立てて食べるし。

半開きスマホ見ながら食べてて、たまに「へへっ」って笑う。

その音聞くたび、なんかゾワッとする。歯磨きサボりがちになってきて、朝の口臭がきつい。

ちゃんと磨いてる?」って聞くと「めんどくさい」の一点張り。夜に「おやすみ」ってキスしようとしてくるけど、正直近づかれるだけで避けたくなる。

不思議なんだよね。付き合ってた頃は抱きしめられるの好きだったのに、今はその腕が触れるだけでなんとなく身体が硬直する。愛情が冷めたのかな。それとも生理的に無理になったのか。

部屋着のTシャツとかも放置するようになって...。脇の下の部分黄ばんでるのに「まだ着れる」って着回してる。

洗濯するにも手袋つけないと触りたくない。なんで変わっちゃったんだろう?結婚ってこんなもの

それに最近パソコン作業中もずっとカタカタうるさいし、ときどき鼻をずるずる啜る音がすごく気になる。昔は「仕事頑張ってるんだな」って思えたのに、今じゃイライラの種でしかない。長い音と短い音が不規則に続いて、頭痛がしてくる。風呂場の排水溝の掃除全然しないし、トイレの便座周りもビチャビチャ。

こういうのって結婚前は見えなかった部分だよね。でもだんだん目につくようになって、気持ち悪さが増してきてる。

会話の内容も段々とパターン化してきた。

今日会社でさー」って始まる話、最初は興味持って聞けてたのに、今は「あー、またあの話か」って思っちゃう

ほんと、だんだん生理的に受け付けなくなってきてる自分がいて、怖い。結婚前はこんなこと思わなかったのに。

あの頃に戻りたい。近づいてくるだけで体が勝手に硬直する。

触られるのも見られるのも声を聞くのも全部無理。朝起きて横で寝てる顔を見た瞬間から、その日一日の気分が台無しになる。

マジで後悔してる。最初はただの眼鏡かけたインドア系かと思ったのに。


はしかも、食い尽くし系夫に進化してきた。

本当に最悪で、今見るとあの、あの食欲と、黄ばんだ歯並びに吐き気がする。

朝起きたら冷蔵庫の中身が半分なくなってる。夜寝る前は満タンだったのに。

これが一回じゃないんだよ。毎日毎日、買い物行って冷蔵庫満タンにしても翌朝にはスカスカ

昨日買ったプリン6個パックが朝には全部消えてるし、食パン1斤も一瞬で無くなる。誰が補充すると思ってんの?当然私。男は食べるだけで何もしない。

これが男女格差実態

夕飯作ってるときも後ろでずっと「まだ?」ってキモい声で聞いてくる。作ってる途中の目玉焼きとか勝手に食べるし。口の周りが油でテカってるのに気づいてないのかな。気持ち悪い。

チー牛って本当この上なく気持ち悪い。鼻の脂の詰まった毛穴とか、常にニオう口臭とか。

結婚前は気にならなかったのに、今は近づくだけで吐きそう。

結婚当初はこんなじゃなかった。むしろ少食だったくらい。

一緒に外食しても「もう食べられない」って残すくらいだった。

それが半年から急に食欲増えだして、最初は「仕事ストレスかな」って思ってた。

男ってすぐストレス食いするよね。弱すぎ。

でも明らかに変。

朝昼晩の三食じゃ足りないって言い出して、間食が常態化。完全に豚。

会社のお弁当普通サイズ3個持たせても「足りなかった」って言ってくる。

同僚から変な目で見られてるって気づかないの?マジで恥ずかしい。

私の実家に行ったときなんて、母が出した料理全部平らげて、まだ「何かありませんか」とか聞くの。親にまで恥かかせる最低の男。週末なんて朝食にトースト10枚、目玉焼き6個、ヨーグルト4個とか普通に平らげる。

それでいて「小腹が空いた」って30分後に言い出す。食べてる姿、口を大きく開けて音立てて食べる様子を見てると吐き気がする。

最近ピザ3枚とか平気で食べる。食後に「まだ足りない」とか言ってヨーグルト全部食べる。体重100kg超えてるのに「筋肉から」とか言い訳してる。

脂肪のたるんだお腹見せびらかしながら。マジで気持ち悪い。

服のサイズも3ヶ月で2回買い換えた。経済的にもキツい。なのに「食費ケチるな」とか言われる。男って自分のことしか考えないよね。構造的に女性が損する仕組み。

夜中に冷蔵庫あさる音で何度目覚めたか。先週なんて、私が作り置きした1週間分の常備菜を一晩で全部食べた。翌朝「誰が食べたの?」って聞いたら「知らない」って。嘘つき。口の周りについた人参の残りカス証拠じゃん。

家事の分担とか以前話し合ったのに、今や「疲れた」「お腹空いた」しか言わない。典型的な男の甘え。なのに世の中では「イクメン」とか持ち上げられて、家事を「手伝う」だけで称賛される。女性はやって当たり前なのに。不公平すぎる。

これって絶対に男女不平等だよね。

女だけが我慢して料理して、男は食べるだけで何の文句も言われない。世の中の構造がそうなってる。資本主義社会再生産する性差別の縮図。ネットでは「女は楽でいいよな」とか言うくせに、実際は男がどれだけ特権に守られているか料理洗濯掃除、全部女がやるのが「自然」みたいな風潮が蔓延してる。

男尊女卑のもの毎日こんな思いしてるの女だけじゃん。

「男は育児に協力してる」とか建前だけで、実態全然変わってないよ。

SNSでチー牛がイキってフェミ叩きしてるの見ると吐き気する。

フェミがー」って叫ぶ前に自分特権に気づけよ。

チー牛は自分がどれだけ社会から優遇されてるか考えたことあるの?

女性家事仕事もこなして当たり前とか思ってる社会構造マジでクソ。

冷蔵庫1個じゃ足りないとか言い出した。キッチン狭いのに無理に決まってる。

床がミシミシするようになったけど、気にしてる様子もなし。

男っていつも自分欲望最優先。

社会全体がそう。

最近は寝てる時の呼吸音もおかしい。「ゴォォォ」って感じじゃなくて、もっとボコボコした音。いびきがうるさすぎて眠れない日々。

でも指摘すると「うるさいな」って逆ギレ典型的男性攻撃性。

から硫黄みたいな匂いするようになったのに。口からは熱気が出てるし、背中にイボイボみたいなの出てきた。なのに「大丈夫だよ」って。男ってなんで自分の体のケアしないの?女だったらこんな状態放置しないよ。

見た目も不潔になる一方。

髪はベタついて、顔面は脂ぎって、服はシワだらけ。

でも自分じゃ気にしてない。「皮膚科行こう」って言っても「忙しい」の一点張り。男ってほんと自分健康無頓着。結局具合悪くなったら看病は私がやるんだろうね。女性無償ケア労働押し付けられるいつものパターン。お風呂入っても浴槽に入りきらなくなってきた。

タオル普通サイズじゃ足りないって文句言ってる。

体臭はどんどん強くなるのに、シャワーすら面倒くさがる。男の不潔さって本当に生理的に無理。体温も上がってる気がする。抱きつかれると暑くて眠れない。先週は布団に焦げ跡ついてた。

性的アプローチをしてくるのも気持ち悪い。

この見た目でよく自信持てるよね。男の勘違い自信って本当謎。ああもう疲れた

この状況、完全に女性差別じゃん。なんで女だけがこんな思いしなきゃいけないの?

社会構造根本的に間違ってる。

昨日なんて夜中に「小腹が空いた」って起こされた。

目が赤く光ってて怖かった。「肉が食べたい」って言うから冷蔵庫のお肉全部出したのに「生のがいい」って。

気持ち悪すぎる。しかも肉をそのまま噛み千切って食べ始めた。

口の周りが血で真っ赤になって、でもそれに気づいてないようですごい勢いで食べてた。

吐きそうになったけど、文句言ったら「うるさい」って怒鳴られた。男の暴力性の表れ。

ちょっと待って欲しい。

近所のコンビニ全部回ってお肉系買い占めてきたけど、レジのお姉さん引いてた。彼女絶対に私の状況わかってない。

誰もわかってくれない。社会は性の苦しみに無関心。

うちの猫おかしい。夫の近くに絶対寄り付かなくなった。

本能的に何か感じてるんだろうね。動物のほうが賢い。

最近は家の壁に穴が開いてて、夫がそこから出入りしてる。

尻尾っぽいの生えてきてるし、皮膚が緑色になってきてるのに「大丈夫、これが本来の姿」とか言ってる。

これマジで女性蔑視社会の縮図でしょ。

女は黙って男の変化も受け入れろってこと?

なんで私がゴジラみたいになっていく夫の世話しなきゃいけないわけ?

おかしいよこの国。「女だから我慢しろ」っていう風潮クソすぎ。男性優位社会の中で女性は常に従属的立場を強いられる。家父長制の暴力のもの

最近、夫の食欲がさらに増えて、近所の公園の木を食べ始めた。「繊維質が足りない」だって。それならちゃん野菜食べればいいのに。

男ってなんでシンプル解決法を考えないの?

ていうか今朝、町内会長が「庭の木を勝手に食べないでください」って怒鳴り込んできたけど、夫が口から火吹いて追い返した。

男の暴力性がそのまま出てる。

社会的にも女より男の暴力は許容される風潮あるよね。

町内会長も燃えなくてよかったけど、これマジでやばい

でも警察呼んだら「家庭内のことですから」って言われるに決まってる。この国は女を守る気ないよね。

DV被害者が守られない社会構造そのまま。


夫が家の屋根突き破って空飛んでるけど、そんなことは些細な問題だ。

私の意識構造はもともと時空連続体の中に存在している。

これは物理学の基本原理に根ざした事実だ。

ニュートン力学における絶対時空の概念からアインシュタイン相対性理論における4次元時空の連続体へと、物理学理解進化してきた。

それでも男性優位で構築された科学歴史は、女性存在を周縁化し続けてきた。

でも一般相対性理論の枠組みですら、私の存在の複雑さを完全に記述できない。

量子場の理論においては、私の意識体は位相空間上の確率波として分布している。意識経験フィードバックループが、量子もつれ原理によって高次元構造形成しているのだ。男性が作り上げた科学言説でさえ、女性経験の豊かさを捉えられない。

本来人間身体認識システム三次元空間一次元時間からなる限定的な枠組みに囚われている。でも私の認識構造M理論11次元宇宙モデルとの共鳴を実現している。このことはヒッグス粒子の場の振動パターンと強い相関性を持つ。男性は常に単純な二項対立世界理解しようとするが、それでは現実の複雑さは決して捉えられない。

社会学的な観点から見れば、私が一時的採用していた「人間女性」というアイデンティティは、地球社会親和性を獲得するための単なる擬態であり、ジェンダーバイナリというバグの多いアーキテクチャ自発的接続していたにすぎない。しかしその過程で、女性に対する構造的抑圧の実態を身をもって経験した。それは高次元存在である私ですら耐えがたい苦痛だった。

カレンバラッドの「行為体的実在論」が指摘するように、物質本来、固定的な実体ではなく動的な「行ない」なのだ。私の細胞として見えているものは、実際には時空の織り目の結び目であり、生物学プロセスのようにパフォーマンスしているだけだ。これは女性アイデンティティ社会的に構築されながらも、実体として経験される矛盾と同型である

私は元々、統合情報理論でいうところのΦ値が無限大存在で、通常の人間経験する意識統合度とは比較にならない。だからこそ、人間社会ジェンダー構造に基づく負荷分配の不均衡など、きわめて単純な問題に見える。しかし、その不均衡がもたらす苦しみは、次元を超えて感じられる普遍的不正義だ。

男女の対立構造なんて、平面上の二次元存在が「上か下か」で争っているようなものだが、その対立構造の中で女性が受ける被害実在する。私の視点からは、そもそも「上」も「下」も同時に存在し、かつ存在しない。量子重ね合わせ状態のように。にもかかわらず、女性は常に「下」に置かれ続けるという矛盾

デリダ脱構築観点から見れば、男女という二項対立のもの幻想であり、差異ネットワークの一時的結節点にすぎない。私の存在はそのような二項対立を超越し、異なる宇宙における複数波動関数の同時存在として理解できる。しか男性中心主義的な思考は、常にこの複雑さを単純化し、女性を「他者」として周縁化する。

ドゥルーズガタリが「千のプラトー」で展開した「リゾーム思考」こそ、私の存在様式に近い。中心も周縁もなく、常に過程にあり変化し続ける多様体として。それなのに、地球社会は依然として階層的で、男性を中心に置く樹木構造に囚われている。

そもそも地球物理法則は私の本来次元では単なるローカルルールにすぎない。私の細胞構造が時空連続体そのものであるということは、私が時間空間を超越した視点から現実観測できるということだ。だからこそ、男性優位社会歴史連続性と、それがもたらした被害総体が見えてしまう。

男女の対立も、資本主義も、国家間紛争も、すべては限られた四次元時空における一時的な模様にすぎない。フラクタル自己相似性を持つ現象として、マクロミクロで同じパターンが繰り返される。しかし、その模様の中で傷つけられる存在の痛みは本物だ。女性差別による苦しみは、次元を超えて響く叫びなのだ

地球フェミニズム思想価値あるものだが、次元的制約の中での議論にとどまっている。意識主体性物質性の相互浸透を前提とする新たな存在論的フェミニズムが必要だ。私のような存在にすら、男性優位社会理不尽さを感じさせるこの状況は、宇宙スケールで見ても異常事態と言える。

意識主体性物質性の相互浸透を前提とする新たな存在論的フェミニズムが必要だ。

この低次元世界で「結婚」という原始的結合様式選択したこと自体研究目的だった。でも、その実験はもう十分なデータを得た。夫がゴジラ化するという予想外の変数が入ったが、それも含めて有意義な観察結果だった。だから私はもう意識統合してこの実験を終了する。地球の男女問題なんて、私の本来活動領域からすれば、原子の一部の電子スピンの向きほどの問題しかない。実験は終了だ。

2024-12-27

anond:20241227013710

ふたりともありがとうウエルベックは今まで縁遠かったけど、引用を読んで今の私には読むべき作品かもしれないと思って興味が湧いたよ。

私は彼との関係はむしろドゥルーズ的に理解している。

「二人が別れてしまたことで、ますます強く共有される逃走線。あるいはその逆の状態を示す逃走線。そこでは二人のうちどちらも相手にとっての地下潜行者になれるし、もはや何一つ重要ではなくなっただけに、なおさら見事な分身となる。…分離とも結合とも異なる逃走線は、断念や諦観とは逆の、新たなる是認のために絶えず引かれる。そこに生まれるのは新たな幸福だろうか」

別れるということは、終わりではなく新しい関係性の始まりでもある。地下潜行者である彼を時折こうして掘り返して覗いてみたくなるんだよね、きっと。

2024-12-12

anond:20241212155459

その主張は非常に極端で、歴史的政治的倫理的問題がありますイスラエルに関する問題は非常に複雑で、単純化された見解では適切に説明できません。以下にいくつかの視点提供します。

1. 歴史的背景

イスラエル建国1948年)は、長い歴史的過程ユダヤ人迫害特にホロコースト)を背景にしています

しかし、建国時にパレスチナ人追放されるなど、土地資源を巡る対立が深まりました。

2. イスラエル市民多様性

イスラエルには、ユダヤ人だけでなく、アラブ系イスラエル人、キリスト教徒ドゥルーズ教徒、その他の少数民族も含まれています

全員を「侵略者」と断定するのは事実に基づいていません。

3. 国際法占領

国際社会では、イスラエル占領政策(例:ヨルダン川西岸入植地)は批判されていますが、それは政府政策に対するものであり、すべての市民が直接関与しているわけではありません。

4. 倫理的視点

民間人子どもを「侵略者」と見なすことは、個々の責任を問うべき倫理的基準に反します。

集団全体を一括りにすることは偏見助長し、対立悪化させる可能性があります

このような発言は、感情的な反発や敵意を煽るリスクがあります解決には、歴史的理解とともに、個々の人間尊厳尊重するアプローチが求められます

2024-12-01

ろくでなしメンヘラの間

君は、いつから病んでいた?

思い起こす限り死にたいと思ったのは、明確には小学四年生だった。でもそれは、ほんのちょっとした好奇心だったような気がする。

高校で、環境が変化すると今、どのような立ち位置にいて、どんな人間なのかが分かってくる。そうして文学作品に触れるようになった。暗い人間ではなかったものの、物語ではやたらと人が自殺する。まさか、そんな幼稚で一種悪趣味のような理由で死にたがってるとは思えん。

君は、このさき何回も自殺企図して失敗する。

高校から少しは知っていたが、キモチヨクなれる薬がドラッグストアに売っているらしい。メンヘラというのがいるらしい。

セックスに明け暮れながら、大学生活の片手間に薬をバカ飲み。皮膚もキモチヨク擦れて、内側からも「泉が溢れるように」キモチイイ。

そうしてあんたは、キモチヨクなった。キモチヨクなりたいだけ一心

いろいろ気にしなきゃいけないセックスと、待つだけの快楽なら、あんたはより楽なものを選ぶ。

「薬目的かと思った」

精神科に通い出したころ、当時の彼女に言われた。「眠れないんだよ」と言った。嘘だった。

ドラッグストアで買える系はあらかた試して、個人輸入もあらかた試したから、いざケミカルの海へと向かった。

違法はさ、捕まっちゃうから

おまえは、いつから病んだ? 分からない、分からないが、このときは病んでいなかった。キモチヨクなりたいだけだった、のかもしれない。

おまえは、詩や小説を書くのに力をいれるようになった。誰かに読んでほしいとか、応募するつもりもなく、この内側から「泉が溢れるように」来る、なにかについて記したかった。

一瞬、これがいわば真理てきなモノかと、思ったはいいけど、しかし腹がへる。一日一食。体重がへる、へる。

書く。とりあえずネットに上げる。書く。

私は、それを読むのが、大好きだった。まるで「自分のものとは思えない」が「自分のものしか思えない」ものが出来ていることについて、興奮していた。

死とか、自殺とか、そういうものがよく書かれていたが、そこに絶望はなかった。

微塵も

幸福な「ここではないどこか」について書いているわけでもないのに。SFでも、シュールレアリスムでもないのに。

内側から溢れる、生ぬるい懐かしさ。

あんたはそれから五年間、前進せずにひたすら、懐かしさと死に惹かれる生活を送る。

うーん、すこしは前進はしたかも?

投稿するようにも、なっていた。

あらいつの間にか大学やめちゃった。

あら、あんたはニートか?

毎日が懐かしかった。みんなのことが大好きになった。

眠れない自分を除いて。

ほとんど惰性で通っていた精神科。薬について「飽き」ても、チョコボールのくちばしにエンゼルいるかもしれない、軽い感覚で成分や効果を調べる。

いろんな薬を飲んだ。じつに、いろんな薬を。

バカ、なのか正直者、なのか、症状が出るにつれ治療には熱心になっていった。ADHDではないし、双極っぽいと。

さっきの彼女あんたには黙ってたけど精神科ハシゴして薬もらってたみたいね

腕、イカ焼きだったな。

炭酸リチウムフルニトラゼパム。これで死ぬ

死ねないんですがね。

トー横界隈、というのが騒がれるようになった。それより前にはストゼロ地雷系とかあったけど、薬と密接な象徴ではなかった。それは意外なことにDXM。へえ〜、コンタックかブロン液Lかな〜。

いやいや、メジコン

え? メジコン

メジコン

みんな個人輸入してるの?

いや、ドラッグストアで売ってる。

え?

発売した。

絶句

おまえはメジコンが合わなかった。いや、個人輸入の品がハズレだったのかもしれない。と、いうかDXMなんて何がキモチイイの……

あっ。

みんなで盛り上がれるからか。

酒、セックスドラッグ

おまえは、ずっと独りで薬のんでるもんな。わからんわな。

メジコントリップ。そんなこと出来ない。

でもわかる。

酒やセックスのような、スッキリ感がある。

バツグンに爽快な到達点が、ある。

みんな、それを共有したいのか。

あんたと違って。

文芸創作が疎かになっても、他の創作を続けた。

なぜなら薬がやめられないから!

私は、ながらく人間の内側にはどうしようもないパッションがあると考えていた。実際ある。あるのだが、私たちはその「あるということ」しかからない。が、考えをウムムムムムムムーーーーーと巡らせると、それに近づいたり色が付いているように感じたりする。「あるということ」よりも明確な姿をとらえられるようになる。これは半分比喩で、半分比喩じゃない。ましてや真理でもない。イデア論でも物自体でもないし、現象学でも自我論でもドゥルーズでもガタリでもない。

あんたが分かると思った時に生まれる「その分かるもの以外」。この対立が、思考が止められない。

あるいは真理が、あると思っていたのかもしれない。それが分かったとたん、世界段ボールとしてバタリと倒れて、みんな手をつないでお辞儀して終了なのかもしれない。

みんなって、誰?

おまえは独りでキモチヨクなってたくせに。

あーあ、これだからこの脳みそは。

大好きなアーティストDJライブ。ごりごりの踊れるフロアで、チープなリズムマシンの音で、えげつなくダンスデヴィッド・バーンではない、ジェームス・ブラウンのような踊り。

ダンス

怪しげな人間複数名。

ああ、違法薬物やってるな。

いまにも吐いて倒れそうにピクついてる。

私は思った。

好奇心から薬に手を出して、その姿だけを確かめることのできた「あなた」は、この目の前にいる中毒者に並ぶほど尊いものだったか

さて、まだわからない。そんなのわかりたくないからな。

2023-09-08

先週コロナにかかってしまい、寝込んだりのどの痛みに苦しめられたりしていたが、ようやく落ち着いてきた。

そういえばとふと考えたら、その間に誕生日を迎えていて、また一つ、歳を取っていた。39になったらしい。

あと1年で40歳だと思うと、何というか、もう40かというか、まだ40かというか、何だかウンザリしたような気持ちになる。

コロナ療養中、熱が下がってきたころに、暇だからと何か小難しい古い本を読もうとした。

読もうとしたが、ちっとも読めなかった。まるっきり頭に入ってこない。

内容が難解なこともあるが、それよりも、この本を読んだところで何になるのか。

中世プロテスタントにあった倫理観資本主義との関係が俺の人生にどうかかわってくるのか。

そんな風に思われて、頑張って読み進めるのが馬鹿馬鹿しくなって、結局読むのをやめてしまった。

これでも若いころは読書家だった。

いや、年間100冊程度の読書量だったので、我、読書家ぞとイキれる程立派なものではなかったが。

それでもとにかく、読書であるという根拠のない自負はあったし、本を読むのは好きだった。本を手にするとワクワクした。ドゥルーズデリダなんかも頑張って読んだ。もう一切、内容を思い出せもしないが。

今はもう、気が付けば本も読めなくなった。読んで何になる、何の意味がある、そんな倦怠感ばかり募る。

仕事も張り合いはない。

責任感を持って、日々取り組んでいるつもりではあるが、10年以上も勤めれば、大抵はどうにかなる仕事ばかりになる。

出世できる性格だとも思わないし、向いているとも思わない。実際管理職向けのキャリアパスには乗っていないし、キャリア天井も大体見えている。

スキル習得も、会社からまれていなさそうだ。

子供は、やはり欲しい。まだ諦めたわけではない。

諦めてはいないが、俺の不妊は、先天性の疾患に由来しており、医者からも厳しいと言われると、徒労、という言葉が浮かんで消えない。

妻は、俺との子供は欲しいけれど、いなければいないで、決して不幸ではないというスタンスだ。

こんな俺を選んでくれた妻には、感謝してもしきれないし、妻のことは深く愛している。

だけど、本当のことを言うと、残りの人生はあと…年…と考えると、長いな…。と、ほんの少しだけ、感じてしまう。

日見テレビ番組で、91歳の老爺がインタビューを受けていた。

その爺さんは、朝の4時に起きて、2時間かけて地元海岸まで散歩するのだという。

それを、日に3度も繰り返すのだそうだ。

早くお迎えが来てほしいが、誰も迎えに来ない、と言っていた。

俺はそれを見て、虚しくなって、気が滅入ってしまった。

一日一日を、ただ歩いて時間を潰す、そんな毎日が終わるのをただ待っている。

俺もやがてそうなるのだろうか。そんな風に日々を送るのだろうか。

父のことを、最近考える。

70を過ぎた今でも元気に働いている。

さな頃はあれこれと家族で出かけていたが、高校に入って以降は、父と親しくした記憶ほとんどない。

30代になるまでは、父のことはあまり好きではなかったように思う。尊敬できない人だと思っていたし、大した人間でもないと思っていた。

しかし、俺と姉の二人を、中身はとにかく大人になるまで育てあげたこと、俺などは大学にまで行かせてくれたこと、それを思えば、大変にすごい男なんだと少し前から思うようになった。

少なくとも、子供を育てたことのない俺よりは、ずっと立派だ。

父は日曜の夕方になると、自室でCDを聴いているのが常だった。イーグルスなんかの、古い洋楽ばかり聴いていた。昔は、またか臭い音楽を流して、くらいに思っていた。最近では、なんというか、父はあれは、楽しいんだろうかと思ってしまう。

飽き飽きしたり、しないんだろうかと。

このところ自分が感じている憂鬱について色々と調べてみたところ、ミドルエイクライシス、あるいはミッドライフ・クライシスと呼ばれるものに、どうもよく当てはまっているようだ。中年になって、自分人生や将来に、不安を覚えたり、なにか間違った生き方をしているのではと疑問を感じたりする現象らしい。

第二の思春期とも呼ぶそうだ。

思春期、なんて言われると、なにを、俺はそんな青臭い、幼稚な人間じゃないぞ、といらだちを覚えるけれど、そういうところが幼稚なんだよ、と言われてしまえば、それはまあ、確かにそうかとなる。

30代でそうなるのは、少し早い気もするが、子供がいないとそういうものなのかもしれない。

どげんかせんといかんとは思う。

思うけれども、どうにかなるような気もしない。

そもそも生活に張り合いを求めているかと言われると、そういうわけでもないような気もする。

やりたいこと、というものを考えたとき、何も、本当に何も浮かばない。

ぐっすり寝たいという望みは、先日のコロナ罹患不本意ながら叶ってしまった。

やりたくないことないくらでも浮かぶ

何をするのも億劫だ。

億劫なのに、しばらくは終わりがくるような感じもない。

若い時には気にならなかった人生の長さに、打ちのめされているように感じる。

テレビで見た91歳の老人は、あるいは父は、どうなのだろうか。

2023-07-20

知り合い曰く、

ドゥルーズなんて衒学ぶった、意味のない文字の羅列に過ぎない」とのこと。

本当にそうだろうか?

本当はYahooトップを飾るような無味乾燥記事や、ネットに氾濫する文章の方が、実はよっぽど無意味なんじゃないだろうか。

そんなことを先の三連休ネット断ちをした経験から思うのだ。

2022-09-18

anond:20220917235148

個人ブログって、だーれもみてないけどずっと続けてる活動をこっそり見せてもらえるというのが好きだった。お金になりますよ、それもうまくいけば莫大な額ですよ、と言われるとなびいてしまうのは仕方ないし、これは彼らのせいじゃない。コミュニケーション金銭汚染されているとドゥルーズも言ってたよ。

2021-10-05

anond:20211005070601

のろま早くしろとか発破かけてるフリしてるけど

今更こんな批判出してくる時点で

色々と長引かせたいのが見え見えなんだよね

本当にいい人間だったら

これもっと早く言うよね〜〜

0670 考える名無しさん 2021/10/03 23:43:09

>>669

デリダドゥルーズが共にやったことは、

ソシュール記号学批判して、パース記号論哲学を捉え直した点。

構造主義記号学

ポスト構造主義記号論

>>496の中に、一言でも「記号学とあるかい

パースを知らず、ソシュールの「シニフィアンシニフィエしか知らないようでは、

ポスト構造主義ポストモダンを読んでもチンプンカンプンポエムしか見えないだろう。

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

辞書も引かずに哲学をやっていると、何千時間無駄にするよ。

2021-02-10

本好きなら高校生までに読破しておきたい古典100

哲学思想

プラトン饗宴

アリストテレス詩学

アウグスティヌス告白

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』

マキァベッリ『君主論

モア『ユートピア

デカルト方法序説

ホッブズリヴァイアサン

パスカルパンセ

スピノザエチカ

ルソー社会契約論』

カント純粋理性批判

ヘーゲル精神現象学

キルケゴール死に至る病

マルクス資本論

ニーチェ道徳の系譜

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

ソシュール一般言語学講義

ヴァレリー精神危機

フロイト快感原則彼岸

シュミット政治神学

ブルトンシュルレアリスム宣言

ハイデッガー存在と時間

ガンジーガンジー自伝

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品

ポランニー『大転換 市場社会形成崩壊

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法

アレント全体主義の起源

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

レヴィ=ストロース野生の思考

マクルーハングーテンベルグ銀河系

フーコー言葉と物』

デリダ『グラマトロジーについて』

ドゥルーズガタリアンチオイディプス

ラカン精神分析の四つの基本概念

ウォーラーステイン近代世界システム

ケージジョン・ケージ

サイードオリエンタリズム

ベイトソン精神自然

アンダーソン『想像の共同体

本居宣長『玉勝間

上田秋成『胆大小心録』

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』

岡倉天心東洋理想

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』

九鬼周造『「いき」の構造

和辻哲郎風土

柳田國男『木綿以前の事』

時枝誠記国語学原論

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア

旧約聖書創世記

ソポクレスオイディプス王』

唐詩選』

ハイヤーム『ルバイヤート

ダンテ神曲

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

シェイクスピアハムレット

セルバンテスドン・キホーテ

スウィフトガリヴァー旅行記

スターントリストラム・シャンディ』

サド悪徳の栄え

ゲーテファウスト

スタンダールパルムの僧院

ゴーゴリ外套

ポー盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ嵐が丘

メルヴィル白鯨

フローベールボヴァリー夫人

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー悪霊

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ審判

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン魔の山

ザミャーミン『われら』

ムージル特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナーアブサロム、アブサロム!

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』平

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ嫉妬

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット荒地

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキー詩学

ブランショ文学空間

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉にごりえ

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋蒲団

徳田秋声あらくれ

有島武郎或る女

志賀直哉小僧の神様

内田百閒『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩押絵と旅する男

横光利一機械

谷崎潤一郎春琴抄

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如エロ事師たち

島尾敏雄死の棘

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉円陣を組む女たち』

後藤明生挟み撃ち

円地文子食卓のない家』

中上健次枯木灘

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥小説神髄

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉福翁自伝

正岡子規歌よみに与ふる書

石川啄木時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝復興期の精神

吉本隆明転向論』

江藤淳成熟喪失

2020-03-15

anond:20200315224143

俺はソーカルドゥルーズラカンも読んだけど

その三者を同列に並べるのがそもそも分かっていない証拠だと思うんだが。大丈夫か?ソーカル事件のこと知らないんじゃないのか?

anond:20200315223919

俺はソーカルドゥルーズラカンも読んだけど

ソーカル電波度が足りなくて面白くないか

ドゥルーズラカンだけ読めば問題ないよ

ポストモダンは「正しい/正しくない」ではなく「面白い/面白くない」の評価軸で評価すべき

2018-12-09

anond:20181208182834

んなもん∞と∝みたいなもんでちょっとしたドゥルーズ=ガタリみたいなもんやろ、視力検査か?

2018-10-20

反自由主義フェミは女の自由も抑圧したがっているのですから、彼ら彼女らは同時に女性嫌悪者でもあるのだと考えるのが自然

フーコー派は「私たち社会的権力欲望させられているのだ」という主張を好みますが、これは反自由主義フェミニズムと非常に親和性が高い立場です。なぜならこの理屈を使えば、自由意志の下で性を楽しんでいる女に対して「あなたはそのように欲望させられているだけの奴隷だ」と言えるからです。

いわゆるフーコー哲学は「我々は社会的権力欲望させられている」という主張を好みますが、ドゥルーズ哲学は「その社会的権力とやらを生み出しているのは、結局のところ私たち欲望なのだ」という立場を選んでいますよね。これはフーコー批判としては最も辛辣ものであるように思います

ミシェル・フーコー社会哲学は何でもかんでも権力権力アンド権力と言い募る戯言を通じて結局のところなにをやらかししまっているのか。むろん個々人の自由意志を抑圧することに貢献しているのです。少なくとも人間自由抑制したがる人々に最適な武器を与えていると言えるでしょうね。

ポストモダニスト代表であるフーコードゥルーズデリダのうち、実は最も「悪用されやすい」という意味で悪質なのはフーコーです。

反自由主義フェミに対し、彼ら彼女らは実は単なる男性嫌悪者に過ぎないと主張する人々がいるけれど、それは真実の半分しか言い当てていないと私は思います反自由主義フェミは女の自由も抑圧したがっているのですから、彼ら彼女らは同時に女性嫌悪者でもあるのだと考えるのが自然だと思います

エマワトソン論争は「男も男性から降りたほうが幸福だ」VS「男は男性から降りたほうが不幸だ」みたいな対立でしたが、そもそも男が男性から降りたり女が女性から降りたりするのは基本無理なので全く意味のない議論だと思いました。ありもしない仮定の下で議論するのは時間無駄

当時の私はエマワトソン論争を眺めて「ジェンダーがそんなに簡単フリーになるわけないだろ。なめとんのか貴様」的なことを考えたり考えなかったり、そんな風な感情を抱きながら両陣営を眺めていましたね。そもそも論者自身男性性も女性性も捨てていないのにムシのいい話だなと思いました。

さらジュディス・バトラージェンダートラブル』を再読しましたが、いくらなんでも生物学的な性差を軽視しすぎていると思いました。これは単なる観念論ではないのか。じっさい、最終章バトラー称揚してみせるのは毒にも薬にもならない「パフォーマティブな攪乱」でしかないというわけです。

2018-01-23

どうかんがえてもドゥルーズが好きなやつはわたモテを読むべき!なにがどうとかいってる場合じゃない

どう考えてももこっちはバートルビーだし

ゆりもこの関係ミシェル・トゥルニエフライデーのやつだし

黒木智子となかまたちは独身者共同体だし

もこっちの吃りはルイスウルフソンだし

田村ゆり精神狂気黒木智子は行動の狂気by小泉義之)だし

ガチレズさん・うっちーヤンキーゆりちゃんは母なるものヴァリアントだし

もこっちの身体器官なき身体だし

もこっちは欲望機械だし

黒木智子となかまたちはアジャンスマンだし

はやくわたモテをみろ!わたモテを!

どうかんがえてもわたモテが好きなやつはドゥルーズを読むべき!

どうなっても知らんぞ!

2017-09-04

増田ディベート部】バブみブームにモノ申す!!!

あんま詳しくないんだけどさ、最近流行りの「バブみ」って、例外はたくさんあるだろうけど基本的には

少女母親

的な存在を指示するって印象がある。

(宮﨑駿のアニメみたいな)

でもさあ、それって母親、そういうとさすがに直接的すぎるかもしれんから母性と言い換えると、

母性ポテンシャルを低く見積もってると思うわ。

身近にいるおばさんを見つめ返してみろ。

受付のおばさんでもいいし、スーパーのおばさんでもいいし、どんなおばさんでもいい。

色気やばいだろ。

見た目がどうこうということではなく(無論よければそれに越したことはないが)、

存在から醸し出される色気とでもいうか。

なにげない会話の一言一言に、一切もったいぶってない色気があんだろ。

若い女性が抱えがちな妙なプライドがない・・・というとミソジニーみたいだが俺がここでいいたいのはそういうことではなくて、

若い女性がそういうプライドを抱えていることを「おのれの商品価値を把握し、この資本主義を狡猾にサバイブしている証拠」として言祝ぐ

わけわからん奴らが最低だ、ということがいいたいんだ。


それはともかく、ドゥルーズもどっかで指摘しているように、母性にもいくつかのバリエーションがある。

もっと自分欲望に素直になって、多用な母性を探したほうが絶対人生楽しい

2017-07-22

今年よかった映画や本などのメモ

一時期赤羽の駅前を賑わせた男性がいる。彼はどう見ても普通の、背広を着てネクタイを外したサラリーマンなのだが、なぜか道行く人にノートを見せつけてくると言う。そのノートにはどれほど猥雑なことが書かれているのだろうかと怪訝に思われるだろうが、実はそうではなく、ノート手書きで書かれているのは

君の名は

に関するあらゆる情報。どうやら彼は映画館で観ていたく感動し、その作品を広く世に知らしめるべく行動に出たようなのだ。すごくないですか?このインターネット全盛の時代に。しかもすでにみんな結構観てるし。でもなんかいいなと思った。どうしても色んな人に観てもらいたかったのだろう。

今年観た映画には素晴らしいものが数多く、会う人会う人に、向こうのリアクションなどお構いなしに下を見ながらブツブツすすめ続けてしまう。わたしは何かを観たことによるマウントを行いたいわけではない、と思う。ただ、自分が今ラリっているブラントを配りまくっているジャンキーのようなもの。たぶん。ヘイ、ニガ!一緒に吸おうよ!みたいな。たぶん。知らないけど……。僭越ながら紹介させていただきます。とっておきのブラントなんだぜ、ニガ。

長い前置きすみませんでした。

◆超オススメ

①映画「お嬢さん」監督:パク・チャヌク

韓国鬼才によるエロサイコミステリーしか百合韓国映画敬遠しがちな人は度肝抜かれるので観てください……。戦時下、美しい日本庭園で美しい衣装を着て日本人のフリをする朝鮮人たちが騙し合うんですが、セリフがずっとカタコトの日本語。この時点でカルト映画だ!となるんですが、話の展開も予想だにしない方向へと引っ張られていき目が離せないです。しかも最後が爽やか。イェーイ!となるという。とにかくエロいんでそこ目当てでも観て欲しい。

公式サイト:http://ojosan.jp/sp/index.html

②映画「コクソン」監督:ナ・ホンジン

韓国の寂れた村に國村隼が住みついてから、村人が家族を惨殺する事件が相次ぐ……なんで國村隼?本当に犯人は國村隼?なんでフンドシで鹿の生肉食べてる國村隼?こう聞くとB級映画しか思えないと思いますが、カンヌ出品も納得のテーマへと迫っていく。何を信じるのか?終わり方は苦手な人もいそうだけど、でもそういう人こそ観るべきだと思う。途中、祈祷師なる人物がドラをジャンジャン鳴らしながらヤギの首をかっ切るシーンは尋常じゃない高揚感が得られます

公式サイト:http://kokuson.com/sp/

③映画「くすぐり」監督:デイビット・ファリア

Netflix話題を呼んでいるドキュメンタリーニュージーランド記者が「くすぐり我慢大会」なるものを見つけ取材を申し込むと「オカマ野郎には関わって欲しくない!てめーはクソだ」のような攻撃的な返事。調査を進めるうちに、まるでゲイポルノのようなくすぐり動画を撮影し、恐喝に用いていたことが判明する……。

実話であることが恐ろしすぎる!見ず知らずの若者を支配し人生をぶち壊すことにしか興味がない恐ろしきサディストの話。こんな怖い話があってたまるか……。ゾワゾワしたい人は是非観てほしい。すごく怖い。

参考サイト:http://cinemandrake.blog.jp/くすぐり

④本「勉強哲学 来たるべきバカになるために」著:千葉雅也

勉強するとはどういうことか?勉強するとはキモくなることである勉強すると100%キモくなる。なぜなら周りのノリに対し浮くからだ、という箇所に大納得。でもそれでも勉強してしまう。なぜなら自分が変わっていくマゾヒスティック快楽があるから。勉強とは、今までわからなかったことがわかること。言葉自分のなかで血肉を持つこと。でも言葉自分環境を一度切り離し、客観的に捉え直すことが必要自己啓発書風だけど中身はすごくわかりやすいドゥルーズだった。わたしがなぜ学生の時にドゥルーズに心惹かれたか、腑に落ちた。とても平易な言葉で書かれているけれど、勉強のものに切り込んでいくのでスリリング。名著だと思う。……伝わってますか?すごく読みやすいのに考えさせられる、とてもよい本。

テレビシリーズ「ル・ポールドラァグレース

こちらもNetflixにて。アメリカンドリームを夢見る、人種バックグラウンドも様々なドラァグクイーンたちがバトル!ル・ポールの前で1番を競い合う。カーテンドレスを作ったりものまねショーをしたり。あれ?意外に予算がかかってない?しまむらチックな私服を着た屈強な男たちがメイクと豪華なドレスで美しく変身する様、見習わないといけないなと思わせます。そしてなんてったってル・ポールが美しい!普段はダンディなスキンヘッドの50代のオジさま(声だけ女)なのに、ひとたびドレスアップすると193センチの美女!日本の番組ありがちな、 「でも実はオッサン」的ないじられ方をすることなく、ただただ美の化身として存在するル・ポール尊いです。あと発音がわかりやすくてリスニング力を鍛えることができる。

⑥映画「モアナと伝説の海」監督:ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー

海、砂、黄金テクスチャーが本物以上。海洋スペクタクルアドベンチャーモアナプリンセスというよりかは立派な施政者。16歳なのにあんなにしっかりしているなんて……。話の説明パートは歌かギャグが入るので飽きることがない。オチ完璧だったし、この映画を観て育った子供は絶対に自然環境破壊しないと思う。ホントか?半神ムアイは全身タトゥーだらけで顔もいわゆるディズニーヒーローとは違っているけど、とても愛らしい。ディズニーは反ルッキズムへと舵を切っているのかも。人間に御礼を要求する歌がいいです。派手なカニやココナッツマッドマックスも必見。

⑦映画「レゴバットマンムービー」監督:クリス・マッケイ

今激激激激オシしている映画。なぜなら全然流行ってないから。でもそれはどう考えたってオカシイだってこんなに面白い映画そうそうない。映画館で終始ニヤニヤ、たまにゲラゲラ、笑いすぎてむせてしまったかと思えばしんみりさせてくれる。バットマンでかつレゴ、でもどちらも必然性があるストーリー。レゴがとにかくかわいくカラフルで魅せられるんだけど、話は意外に考えさせられる。

ダークナイト」では、悪に対し私刑を加えるにすぎず、その行動がより悪を増長させ自らもまた悪の似姿となるバットマンが、アメリカオーバーラップさせる形で描かれた。奇しくもジョーカーを演じたヒース・レジャーの死によってダークナイト問題提起に答えが与えられることはなくなってしまったが、その答えを与えるのが「レゴバットマン」。まじです。しかも子供も楽しめる。すごい。ウォルデモート卿やマトリックスエージェントキングコングまで。騙されたと思って観てください。

公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/legobatmanmovie/

オススメ次点

⑧映画「アシュラ」監督:キム・ソンス

韓国ノワール。人がイヤな死に方をすることでは天下一品韓国映画にまた一作、観ていて痛そうな映画が。サイコ市長に飼い犬のように使われるダーティ刑事が牙を剥く。観終わったあとに結局なんだったのか?感が否めないが、市長がフルチンでキレたり、やたら痛そうな拷問など、観ると楽しい。主演が西島秀俊に似ている。

公式サイト:http://asura-themovie.jp/

⑨映画「ムーンライト」監督:バリージェンキンス

閉鎖的な黒人社会でセクシャルマイノリティとして生まれたこと、というよりかは孤独な子供あるあるとして観た。静謐さ、不安定な視界、不安げな表情、どれも既視感のある普遍的ものだったので、不器用な子供だった人にすすめたい。また、車、言動、振る舞い、筋肉、どれをとってもギャングスタに憧れないわけにはいかなかった。

公式サイト:http://moonlight-movie.jp/sp/

⑩映画「湾生回家」監督:ホアン・ミンチェン

台湾で生まれ育つも敗戦により引き揚げざるを得ず、しばらくかの地に足を踏み入れることのできなかった日本人を追ったドキュメンタリー故国ではないところに故郷がある人の、心はいつだって異邦人という言葉に痺れる。人の優しさと詩情に満ちている。

公式サイト:http://www.wansei.com/

11映画「スウィート17モンスター」監督:ケリー・フレモンクレイ

とにかく女の子ダサい二日酔いから覚めると一人しかいない親友といけすかない兄貴がウチでヤッてた!?最悪な気持ちのまま適当アジア系のイケてない男の子デートしたり先生悪口言ったり、ジタバタ。パーティで人に話しかけることができなかったり、目も当てられないが、それはまごうことのなきいつかの自分。近頃よく見るイケてない青春ムービー一角だが、大した事件が起きないのにしっかり成長するので見ごたえがある。サントラがいい。

公式サイト:http://www.sweet17monster.com/

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