はてなキーワード: 武田泰淳とは
https://twitter.com/ngnchiikawa/status/1410894748928253960
https://twitter.com/ngnchiikawa/status/1411681395492102147
ちいかわ、一部読者が勝手に深読みして面白がってるだけ、という向きもあるのかもしれないけど、私は全然そうは思えない。
最新の二回、ちいかわ世界のモブが怪鳥にさらわれ、着ていたパジャマだけが空から落ちてきて、友達のなかで一人取り残されたモブが泣き叫んでいる。
これを読んで、ある日突然さらわれてしまって、命のある姿で二度とかえってはこなかった自分の友達のことを思い出して、ほんとうにほんとうに苦しくなったし泣き叫びたくなった。
私のことは特定されてもいいが事件のことを特定されたくないので時期は書かないが、友達もちいさくてかわいかった。
ちいかわの世界で、きたるべき日のために一生懸命ダンスの練習をしていたモブたちみたいに、本当になんの罪もなかった。
・今までさんざん繰り返されてきた「ウワ・ワ・ウワ」という歌詞が、さらわれた時の「ウワーッ」という叫びの伏線だったこと
・不憫かわいさ
・モブたちが出演するフェスの成否が主眼になるかと思いきや、練習中に謎の鳥にさらわれるという作者以外誰も思いつかないような唐突な展開
が相まり、読んだ瞬間爆笑してしまったくらいで、特に自分のむかしのことを思い出したりはしなかった。
けど、これ書いてる時点での最新回、さらわれたモブたちが着ていたパジャマだけが空からふってくる、それをだきしめ大泣きする取り残されたモブをみたら、昔の自分の友達と自分のことがその瞬間にかさなってしまい、苦しくて苦しくてたまらなくなった。
描かれてることはド直球の誘拐と、それにともなう残された側の心境だ。
前触れなく奪われる楽しかった普通の日々。でも最初は絶対にもどってくると信じていた、この取り残されたモブみたいに。
しばらくたつと、いつか、どこかで折り合いをつけないと生きていけない苦しさがじわじわと現れる。
それから、もう普通の日々じゃないのに、友達が戻ってこないこと以外は全部ふつうの日々。
ちいかわの今回の展開は、(トラウマだとは簡単に言いたくないけど)人の、リアルにふたをしていたい、というかふたをしていなければやりすごせないようなつらい記憶を容赦なく呼び覚ます。
いかにもかわいらしく、キャッチーだけど唯一無二の絵柄と書き文字で釣って読み手の参入ハードルを下げに下げ、(ついでに集金にも成功しながら)その実ものすごい劇物を読ませている。
もぐらコロッケの共食いだって、書いてることは武田泰淳の『ひかりごけ』程度にはヘビーでハードなのに、みんなつるつると読まされてしまう。
・https://kai-you.net/article/74589
ナガノ先生は、上のリンクの中で「何かメッセージを伝えたかったり、重いテーマを描いているというよりは、何かが起こった時の反応や表情を描きたいという気持ちの方が強い」と語っているけど、「何かが起こった時の反応や表情を描きたい」気持ちが彼女をいちばんの『ちい虐』にしているし、逆説的に、そこまで意図してないメッセージを伝えることにも、重いテーマにもつながっていると思った。
今回の話を読んだ時、授業の課題になっていたからいやいや読んだプリーモ・レーヴィの『溺れるものと救われるもの』を読んだときくらいにはしんどくなったし、授業の課題になってたからいやいや観た『ルワンダの涙』を観たときくらいには呆然としてしまったし、いろいろなことを思い出して苦しくなり、今もまだうつうつとしている。
こんなかわいらしい絵がらで、ここまで人の心をえぐることができる、救いのなさを描けるってほんとうにナガノ先生にしかできないことだと思うし、自覚的にやってるにせよそうでないにせよ、間違いなく天才なのでこのまま突き進んでほしい。
重たい文学を読みとおすのも映画を見とおすのも大変なことだが、そこまで大変な思いをせずに、Twitter上でうっかりつるっと同じくらいのしんどい体験ができてしまうのはある意味コスパがいいのかもしれない。
辛いフィクションこそが読み手の心を救ってくれることもあるのを経験として知っているのでなおのことそう思う。
(今回比較で出した作品はどれもノンフィクションだったりモデルの事件あるけど…)
最後に、「絶対に」戻ってこないことがあるのを知っているから、鳥につれていかれたモブたちには「絶対に」戻ってきてほしいし、そういう展開になることを心の底から祈っている。
留学先で女性を妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしまう自分がいて、実はこれ、レトリックや文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分のおすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフ「ロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい。
余談だが、鴎外自身は東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなたの写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りがうまいよな。
古風な文体で挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文がいるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋に実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。
「舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソードは結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。
僧侶が山間で美しい妖怪と出会う話。文庫のちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズは日本の近現代文学作家のベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。
話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書を読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。
とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分のリズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想の世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。
我輩を吾輩に修正。
ここ最近は漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米の文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会の文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本の近代文学の開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。
で、肝心の内容だが。基本的におっさんがおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。
余談だが漱石の留学時代の日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。
素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。
被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域の実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。
女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的にダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまったか。
で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。
読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日ノ日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。
読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテないからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。
ちなみに、自分が初めて関係を持った女性は貧乳だった。だがそれがいい。
お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である「清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐犯視点の「児を盗む話」もよかった。
大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品や日記もあって、そうした印象ばかり残っている。
関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分。あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。
めんどくさいファンがいることで有名な作家。全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。
思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。
知り合いにいつもぬいぐるみのキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫の全集でだった。
狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫の場合は表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人が夜逃げする「時間」と、ナポレオンがヨーロッパの征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。
実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青・秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分の人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女に気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章のリズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中の生活が爆弾が実際に降ってくるまでは震災やコロナでただよう自粛の雰囲気とそっくりだったこととよくわかる。
ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロインの名前が母と同じだったのですっかり萎えてしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。
高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生に川端康成のエロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコンを発症させたことくらいだろう。
太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇やパーソナリティの偏りや性的虐待の疑惑に求める説は多いが、そういう心理は普遍的なものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限は原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。
もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。
天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学を卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれた文章のせいかもしれない。
極限状況下でのカニバリズムをテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニークな小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲の第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。
人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?
祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカの父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカが男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。
未読。不条理な陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分は戦争ものの小説・漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。
これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。
大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。
「燃え上がる緑の木」は新興宗教や原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリックの宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。
大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現がひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである。
祖父が学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。
子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論(西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。
読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白い記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句を乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。
「ローマ字日記」しか読んだことがない。たぶん日本で最初にフィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。
堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇と天武天皇の家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。
職場の後輩について書いてみる。仕事熱心で愛想も良く、しかも礼儀正しい。客観的に見て、可愛い女性だと思う。年齢は私と10歳以上離れているが、席が隣同士ということもあって話をする機会は多い。プライベートで20代の女性と話すことなど皆無(泣)だが、職場だと自然と会話ができるのが不思議なところだ。仕事に関しても、偉そうに教えているつもりはないのだが、彼女はいつも明るく「ありがとうございました。また教えてくださいね。」と応えてくれるので、こちらも気分がいい。そんな、ふつうの(業務上良好な)先輩後輩の間柄だったところに、ちょっとした事件が起きた。
ある日、彼女の仕事に関係するクレームが発生した。受付が騒がしいので何かと思ったら、年配の男性が大きな声で叫んでいる。後輩が呼ばれて対応に向かったが、どうやら沈静に失敗したようだ。私の方に駆け寄ってきて、「増田先輩、どうしたら良いですか」と助けを求めてくる。「知らんがな」とも言えないので、とりあえず一緒に話を聞いてみることに。色々聞いてみると、どうやら理屈上は当社に非は無いが、感情のこじれがクレームにつながったタイプのようだ。まあ、よくある話。
別室に案内して小一時間、話を聞いているうちに先方も落ち着いてきたようで、最後は、ほぼ円満にお引き取りいただけた(実際に私がしたことは、単に隣に座って小難しそうな表情を浮かべたまま、微笑んだりうなづいたりしていただだけなのだが)。お客様を見送る後輩の背中に「いやー、大変だったね。」と小声で話しかけたところ、そっと扉を閉めてから彼女は振り向いた。「本当にすみませんでした!」と言う彼女の目に涙が浮かんでいる。あらら、そんなに気を張り詰めていたのかなと思い、「いや、ほら、後輩さんも頑張ったよね。お疲れ様。」と言うと、彼女が近づいてきて「増田先輩、ありがとうございました!私、いつも本当に助けてもらってばかりで・・・」と言いながら、私の右腕のスーツの袖口あたりを両手でぎゅっと掴んだ。
・・・ん?あれ、何かいつもと違う、と狼狽える私。掴まれた右手をどうしたらよいのか分からないので、自由に動かせる左手を使って彼女の肩をポンと叩き、「よかったよかった。ね、もう大丈夫」と何が大丈夫なのか分からなかったがとにかく会話を続ける。部屋には私と後輩のふたりだけで、私はなんとなく沈黙を避けたかったのだ。しかし、彼女は私の右手を掴む力を弱めることなく、むしろ近づいて私の手を引っ張り、私の肘のあたりを脇に軽く挟みこみ、結果として私の右手は彼女を抱きかかえるような位置になってしまった。しかも、近い。彼女の潤んだ眼が、私をじっと見つめている。息遣いまで聞こえるほどだ。
後輩「先輩・・・」
私「おっつけだよね。」
後輩「えっ?」
私「右の肘が完全に極まっているし、このまま土俵際まで押し出せると思うよ。」
後輩「増田先輩、何言ってるんですか!これでも、私、勇気を出して・・・」
私「いや、かなりの高スキル。三代目若乃花ばりのおっつけだね」
後輩「話をそらさないでください。私、好きなんです。」
私「俺も、おっつけが得意な力士が好きなんだ。おっつけは相撲の基本技術にして奥義でもあるわけで。」
後輩「もう、何なんですか。さっきから。相撲は関係ないじゃないですか。」
私「でも、よどみない一連の動きに感心したからさ。」
後輩「ひどい。馬鹿にしてるんですか。私、相撲とか知らないし。それに、そんなに太ってないし。」
私「違うよ。若乃花は小兵だけど、おっつけがあったから横綱にまで上り詰めたんだよ。」
後輩「もういいです。増田先輩のばか!」
後輩「第66代横綱に似てるって言われたって、セクハラで人事部に訴えます!」
そういうことで、皆さんもおっつけを練習してみてはいかがだろうか。
(追記)
元増田です。ようやく仕事から帰ってきてPCつけたらすごいことに・・・。初のホッテントリ入りがまさかの500overとなり、ダグワドルジも大変喜んでいると思います。コメントは全て拝読しました。ブックマークしていただいた全ての皆様に感謝です。以下、敬称略。
・tamtam3 残った残った→→普通にふたりで職場に戻って、定時まで仕事しました(そのあと滅茶苦茶〇〇した)。
・valinst この増田は伸びる→→第1号ブコメありがとうございます(ブコメ頂いた後に改変してしまいました。サーセンw)。砂粒のような増田投稿群からの目利き、この人すごいです。
・mozz1207 つかみで随筆と思わせて突如戯曲に変容し、作品の虚構性を自ら明かすのは武田泰淳「ひかりごけ」(1954)以来の実験小説の手法。→→的確な分析、恐縮&感謝です。
・NORITA 人気が出そうなブコメをタイトルで先取りするスタイル→→図星ww見破られたww
・anmin7 別室から部屋に表現が途中で変わったが、まさか相撲部屋の意味とは、この海のリハクの目をもってしても→→突然の海のリハクw物語の展開上何の役にも立っていない男w
・ayumun 『右手の裾』って袖口の事で良いの?→→ご指摘ありがとうございます。分かりにくかったので修正しました。
・doycuesalgoza 調子よかった時の中島らものギャグ系エッセイにちょっと似てる。→→意識して書いたわけではありませんが、らもさんファンにとっては最高の誉め言葉です。
・ienaikotobakari 後輩「ふざけたこと言ってるとリモコンで殴りますよ」なのも欲しい→→そうですね、落ちが雑でした。
・kawa106 文才あるなあ。ブクマのツッコミや解説も花を添えてる→→ありがとうございます。投稿に面白いブコメが付いたからこそブコメが伸びるという共同作業的現象ですね。
梅崎春生『幻化』
佐多稲子『樹影』
大江健三郎『性的人間』『万延元年のフットボール』『同時代ゲーム』『懐かしい年への手紙』『さようなら、私の本よ!』『美しいアナベル・リィ』『水死』
開高健『輝ける闇』
小島信夫『うるわしき日々』『残光』
黒井千次『群棲』
村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』
笙野頼子『母の発達』『金比羅』『だいにっほん、おんたこめいわく史』
車谷長吉『鹽壺の匙』『赤目四十八瀧心中未遂』
多和田葉子『雪の練習生』『尼僧とキューピットの弓』『雲をつかむ話』
阿部和重『アメリカの夜』『ABC戦争』『無情の世界』『ニッポニア・ニッポン』『シンセミア』『ピストルズ』
舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』『九十九十九』『ディスコ探偵水曜日』『淵の王』
綿矢りさ『かわいそうだね?』
柴崎友香『その街の今は』
磯崎憲一郎『往古来今』
朝吹真理子『きことわ』
滝口悠生『高架線』
高橋弘希『指の骨』
崔実『ジニのパズル』
僕は小説を読むのは好きなのだが文章を読むのはあまり好きではないという、どうしようもない性質を持っている。
酷いときは最初の一行を読んだだけで本を放り出すこともある。なにか事件が起こる前にだらだらとまえがきのようなものが続くともう読む気が失せてしまうのだ。
なので冒頭ではさっさと本題に入って、その世界に引きずり込んでほしいと常々思っている。
特に気合を入れて臨む長編と違い、軽い気持ちで読み始める短編ではその傾向が強い。
そこでちょっと気になったので短編小説の書き出しをまとめてみた。
筒井康隆 傷ついたのは誰の心
中上健次 赫髪
三島由紀夫 雨のなかの噴水
小島信夫 馬
庄野潤三 蟹
安部公房 家
安岡章太郎 愛玩
丸谷才一 贈り物
他にもタイプはあるのだが主だったところはこんなもんだろう。
こうしてまとめてみると僕は【状況描写型】が好きなようだ。
この小説は明るい話なのか、暗い話なのか、どういったテーマなのか、いったいどこへ向かっているのかを早々と提示してくれるのはものぐさにとってはありがたい。
http://anond.hatelabo.jp/20141207214956
「はてなーの血肉となった3冊を教えて欲しい」
http://anond.hatelabo.jp/20141207214956
のブックマークで挙げられていた本の中から、Amazonのレビューで5つ星のものだけをピックアップしてジャンル別に並べ替えたもの。
正月暇になりそうだから読む本を探している人の参考になれば幸いでございます。
はてブ | 検索キーワード | Amazon検索結果へのリンク | レビュー数 |
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kerodon | 歌よみに与ふる書 | 歌よみに与ふる書 | 8 |
hayakuzaka | 茨木のり子 詩のこころを読む | 茨木のり子 詩のこころを読む | 31 |
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スラダンの影響でバスケをはじめる。よろしい。花道も流川もカッコいい。
キャプ翼の影響でサッカーをはじめる。またよろしい。必殺シュートの数々、男の子ならあこがれずにはいない。
もちろん、かわいらしい少女の絵が、男性の劣情を悪方面に煽り、性犯罪を助長することもあり得る。
作品の意図と、受け手の感覚とは、人によって全然異なる距離感がある(近い人もいる。スラダンを読んでバスケを始める人は近い人で、そうじゃない人は距離のある人、としてもいいかもしれない)
であれば、作品の意図とは別に、さらには性的な描写の有無とは別に、犯罪描写の有無とは別に、「これを読んでる30以上は犯罪者予備軍」「このアニメを観ているオーバー20は実際ロリコン」みたいな線引きが用意されることになる。
その辺の機微は、人によって違うので、とても感覚的なものだと思う。インターネットをやっていると、特にそう思う。とあるブログで、真っ当な感受性だなぁ、と読む人(俺)が思う人が苺ましまろすげぇ!って言っていたり、この人……そのうち新聞に載る(悪い意味で)……!って人も、武田泰淳の『十三妹』読んでたりして、それは創作物から影響を受けて糞変態なのか、糞変態だから特殊な感受性をもってして、文学作品に反応しているのか、観測できない。だから、「このアニメを観ていたら犯罪者予備軍」とかは決められないと思う。
創作物の影響は、否定できない。
でも、「どう影響するか」までは、明らかに、個人によって違う。
だから俺は、誰がなにを読んだ、どんなアニメを観た、どんな歌を歌った、そういうことで、犯罪者のレッテル、ロリコンのレッテル、危険人物のレッテルを貼るような真似はしたくない。
何読んでてもいいよ。何してたっていいよ。それは悪いことじゃないよ。
悪いことするのが、悪いことなんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20080315152400]
これを全部読んでいない人間は「猿」です。
ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。
レオナルド・ダ・ヴィンチ『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫
ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫
ハイデッガー『存在と時間』ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシックス
ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシックス
ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社
デリダ『グラマトロジーいについて』
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『唐詩選』岩波文庫
シェイクスピア『ハムレット』角川文庫、新潮文庫、岩波文庫、ちくま文庫
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小林秀雄『様々なる意匠』
保田與重郎『日本の橋』
吉本隆明『転向論』
江藤淳『成熟と喪失』
by 柄谷行人、他
追記
ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラ、リソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。
これを全部読んでいない人間は「猿」です。
ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。
レオナルド・ダ・ヴィンチ『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫
ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫
ヴァレリー『精神の危機』
ハイデッガー『存在と時間』ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシックス
ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシックス
ウィトゲンシュタイン『哲学探求』大修館書店
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ベイトソン『精神と自然』新思策社
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ザミャーミン『われら』
ムージル『特性のない男』
セリーヌ『夜の果ての旅』
フォークナー『アブサロム、アブサロム!』
ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』
サルトル『嘔吐』
ジュネ『泥棒日記』
ロブ=グリエ『嫉妬』
レム『ソラリスの陽のもとに』
エリオット『荒地』
二葉亭四迷『浮雲』
樋口一葉『にごりえ』
島崎藤村『破戒』
田山花袋『蒲団』
有島武郎『或る女』
内田百〓『冥途・旅順入城式』
江戸川乱歩『押絵と旅する男』
谷崎潤一郎『春琴抄』
大岡昇平『俘虜記』
埴谷雄高『死霊』
安部公房『砂の女』
野坂昭如『エロ事師たち』
島尾敏雄『死の棘』
古井由吉『円陣を組む女たち』
後藤明生『挟み撃ち』
円地文子『食卓のない家』
中上健次『枯木灘』
斎藤茂吉『赤光』
萩原朔太郎『月に吠える』
北村透谷『人生に相渉るとは何の謂ぞ』
正岡子規『歌よみに与ふる書』
石川啄木『時代閉塞の現状』
小林秀雄『様々なる意匠』
花田清輝『復興期の精神』
江藤淳『成熟と喪失』
by 柄谷行人、他
追記
ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラ、リソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。