はてなキーワード: 風向きとは
こういうのが気の利いたジョークだと信じてる手合いは、はてなならではだな。
遺族側は「真実を伝える」という名目の元、活動家側やメディアを非難するnoteを連載している
それ自体は良いとして、被害者の生前の生活描写などで「私達は勝ち組の上級国民である」ことを自慢する記述が目立ち始めている
つまり、ブルジョアとプロレタリアの対立構造、かつブルジョア側がプロレタリア側を攻撃する構造が出来始めている
こうなると世間の支持方向は変わり始める。いままでは遺族側に同情的だったが昨日のnoteには違和感を持つ人もXなどでちらほら見かける
まだ遺族側は発信を続けるだろうが、今のスタンスを続けると夏までには世間から総スカンとまでは行かなくても、生活が苦しい氷河期世代や子なし夫婦層などから一斉に非難を浴びる状況になりかねない。それまでに共産党や社民党や沖縄主要メディアが追加の墓穴を掘らないことが条件だが
こういうのは大陸系かな?
kyoshiro-1 私はあのnoteの内容を疑ってるパターン。自分のガキが死んで大変な時に火種を撒くとかなかなかネジ飛んでる。
風向きは遺族が頑張って変えただけだろ
共産党の方は実際の風向きを老人特有の鈍りまくった皮膚で30日遅れでようやく察して歯ぎしりしながら頭を5°くらい傾けたようにしか見えんが
今更謝罪するなら当然セットであるべき再発防止策は一切聞こえてこないし何をどう解釈したらあれが平謝りに見えるんだ?逆に疑問
あれは自慢じゃなくて、本人にとっては「普通」なんだろうなと思いながら読んだ
だからなおさら、あのnote見てたら、俺なんかがいくら背伸びしても子供にこんな環境与えてやれないよなって、ぶっちゃけ少し胸が痛くなったし
ましてや望んでも家族や子供を持てる環境じゃない人からしたらもっと痛切に格差を感じるだろうとも思った
要するに普通ならドロドロの嫉妬の燃料になる要素は満載なんだが、まさにその恵まれた環境で大切に育ててきた子供が人災で亡くなったってのがね、、、
もし本気で風向きが変わることがあるとしたら、あの日常が「普通」じゃない大多数の一般人を見下したり小馬鹿にするような書き方をしたときだろう
遺族側は「真実を伝える」という名目の元、活動家側やメディアを非難するnoteを連載している
それ自体は良いとして、被害者の生前の生活描写などで「私達は勝ち組の上級国民である」ことを自慢する記述が目立ち始めている
つまり、ブルジョアとプロレタリアの対立構造、かつブルジョア側がプロレタリア側を攻撃する構造が出来始めている
こうなると世間の支持方向は変わり始める。いままでは遺族側に同情的だったが昨日のnoteには違和感を持つ人もXなどでちらほら見かける
まだ遺族側は発信を続けるだろうが、今のスタンスを続けると夏までには世間から総スカンとまでは行かなくても、生活が苦しい氷河期世代や子なし夫婦層などから一斉に非難を浴びる状況になりかねない。それまでに共産党や社民党や沖縄主要メディアが追加の墓穴を掘らないことが条件だが
オッス、オラしがない国家公務員4◯歳!
人間性が終わってるからずっと係長級で足踏みしてっけど、メンタリティが備わってないから部下にも上司にも嫌われてっぞ!
最近いつも思うのは「あーあ、公務員じゃなくて民間行ってれば転職できたのか、天職に出会えたのか・・・」という悩みだ。
学生時代にパソコン部なんて入ってないで帰宅即勉強の毎日を送ってマーチのIT系に入ってそれでいい感じに時代の波に乗ってれば、もうちょい仕事に張り合いがあったんじゃねえかという悩みが尽きねえ。
つうか、そもそもをして「仕事なんて金を稼ぐ道具なんだ!」で割り切れるような人間じゃないって気づくのが遅すぎたんだな。
まあ、そもそもをして人間関係・やりがい・給料・簡単さ・私生活の自由度、そういったものがことごとく欠けている仕事についてる時点で負け組なんだが、それでも国家公務員行政職3級としての給料は独身無趣味オタクには十分過ぎるはずなのになんでこんな虚しいのか。
要するにオレは給料を貰ってもそれを短い時間で上手く使えてないんだよな。
だってゲームもアニメも飽きてるし、創作もイマイチ乗り気がしねえんだもの。
更年期障害って奴なのかミドルエイジクライシスって奴なのかも、なんかもうイマイチ楽しくねえんだよなあ。
アニメはどこかで見たような内容って感じが凄くて作画が凄くても「まあ、これで興奮できる若さは今のオレにはないね」と冷めてしまう。
漫画も複雑なものを消化する元気もなければ、薄っぺらなものを楽しめる余裕もなく、小説はKindleセールでポチったSFをもう200冊ぐらい積んでるから買い足す気力もねえ。
高難易度ゲームにうんうん言うのも時間の無駄に思えてきてBaba is Youを月に5ステージぐらいしか進められない日々がもう半年ぐらい続いてんのが現状だ。
ソシャゲはなんとなくプレイするがよ、課金してまでガチャ回す気にはならないわけで、テンプレ無課金パ組んで最高難易度は無視して適当に遊んで終わりでコレで何が楽しいのかねと自分でも冷めてる。
対人?体人数プレイ?は?遊びでストレス貯めるとか馬鹿じゃん?
あかざわREDや緋鍵龍彦の漫画で嬉しそうにシコシコしてた20年前の自分が今は遥か遠くで、なんか人妻モノのNTRの方に気持ちが流れたりしながらも、週1で義務的に出して満足して終わりって状態だ。
そのうち月1になりそうね。
いやー学生時代は3日オナ禁するのも無理ゲーだったのが今じゃどうなってんだろうね本当。
生命体としての活力が全部ないよ。
創作は意欲がわかねえし、AI小説はちょっとやらせてみたけど「うーん。読み直すのがダルい!漫画描けるようになってきて!」って感じだ。
んでまあアイディアノートを1ヶ月ぐらいつけたけど、3日ぐらい開けて読み返すと「どっかで見たことがある」か「見たことない気がするけどつまらなそう」か「見たことない気がしたからGPTに聞いてみたらもうグレッグ・イーガンが書いてた」のどれかで心が折れたよ。
虚しいなあ。
今はもう自分の人生なんて全然楽しくなくて、AIの発展と世界情勢のオワコン化を遠くで眺めるのだけが楽しみだ。
スカイネットが世界を支配する未来を夢見ながら毎日生き永らえてるだけ。
何が楽しいんだろうなあ。
昔だったら「嫌な気持ちになってまで生きる金稼いでそれで何も面白くないなら効率悪いし死ぬか」となったんだろうが、今はもう嫌な気持ちになることに対してあんま何も感じねえんだよなあ。
なんつうか、心の痛みに対しての慣れっていうのかな。
他人の尻拭いするためにペコペコ頭下げて嫌味言われるとか、尻拭いしてやった若造が愛想笑い浮かべてた帰りに「くさっ・・・加齢臭だよな・・・」みたいな小言かましてくるとか、そういうのもうどうでもよくなってんだよな。
何が楽しいのか分からんだけじゃなくて、何が辛いのかすら分からん感じだ。
なんなんだろうなーこの人生は。
たとえばオレがもうちょい生産性の高い人生を選べてたら、たとえば生産性がないなりに嫌な気持ちになりにくい仕事を選べてたら、そういうことがずっとグルグルしてる。
やっぱ同年代ぐらいの人が「長年の下積みの結果、ついに人生の風向きがこっちに吹いてきましたわ」みたいな感じで結果出してるの見るのが一番の毒だな。
逆に10代のオリピアンとかは「あちゃー若いうちにそんなに成功しちゃったらあとあと苦しくなるぞ—」って感じで眺めてられるようになった。
しんどいぜ。
ちゃんと行きてきた結果としてのコレって感じじゃねえんだもんなあ。
皆が受験勉強してた頃にダラダラネトゲにハマったり夜遅くにXvideosでシコってたりした時間の積み重ねで今があるんだろうなあ。
3年ぐらいで公務員なんて見限って民間にいけばやり直せたんかなあ。
趣味があれば。
人間関係。
健康。
精神衛生。
何もないぜ。
本当に何もない。
そういや昔「太平洋戦争では英雄になれた。何も持ってない奴にとって戦場はご立派な人間になれるビッグチャンスだった」みたいな思い出話してる爺さんがいたんだけどさ、アレ、強がりとか冗談じゃなくてガチだったんかなあ。
本当にもう、そういうモノの中にしか人生に意味を見出す機会がねえ。
なるほどなあ・・・こういう気持ちにつけ込まれて「#ママ戦争止めてくるわ」とかしちゃうのね。
ははは・・・テンプレみてーな負け組になっちゃったよ俺・・・人生こっからどうしたらいいのか分からねえ。
ガキの頃はただ息を吸って吐いて適当にやってくうちになんか気づいたら星雲賞とか取ってるんだろうなって思ってたけど、そういう星のもとには産まれてないタイプよねこんな人間は。
自民党の圧勝となった今回の衆院選で、ユーチューブなどのネット動画はどこまで影響を及ぼしたのか。高市早苗首相が「ネット地盤」を得たと語る、報道ベンチャー・JX通信社代表取締役の米重克洋さんに話を聞いた。
◇
首相の支持理由には政策や人柄などの積極的な理由が多く、「高市政権の継続の是非」という、首相が意図した争点にはまった。
争点を有権者に効果的に広げる伝送媒体として、SNSやユーチューブなどのネット地盤が機能したことは否定しがたい。
――ユーチューブでは高市氏の動画が多く、内容も肯定的。なぜか。
ユーチューブの特徴として、保守寄りのイデオロギーを自己認識している視聴者が多く、首相にとってはネット地盤を育てやすい。自民よりも「高市早苗」を含んだ動画が多く、1人で自民を凌駕(りょうが)するようなコンテンツパワーを持っている。保守系やリフレ派のインフルエンサーによるサポートも合わせて、強力なネット地盤が形成されているのではないか。
マスコミ由来よりもネット由来の好感度が高いのも首相の特徴だ。また、SNSで得た情報を価値が高いものと評価し、マスメディアに敵対的になる「敵対的メディア認知」の傾向が、首相の支持層で強い。
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一方で自民の比例区の得票率は36・72%で、2005年の小泉純一郎元首相の郵政解散の38・18%よりも低い。にもかかわらず史上最多の議席となったのは、小選挙区で中道改革連合の支持層がまとまらなかったからだ。立憲民主党の支持層が溶解した影響は大きいだろう。
――ショート動画の仕組みとして、政治や政党に関心の薄い人にも動画が流れてくる。目に触れる機会が増えるほど、好感度などに影響するのでは。
高市首相への好意的な雰囲気の中で、切り抜き職人にとってはキャラクターを際立たせる動画をつくれば再生回数が増して収益が上がるため、好意的な動画が拡散するサイクルが生じている。逆に中道は高齢者側の政党だとみられており、ネット世論の風向きが悪く、切り抜き職人が稼ごうと思えば思うほど、イメージが悪くなる。スワイプすれば新しい動画が次々と出てくるショート動画は、単純接触効果を増幅しやすいだろう。
――こうしたネット地盤の動向は、実際の投票行動や選挙結果に影響するのか。
(05年の)小泉旋風はテレビを中心に、社会全体が雰囲気として共有していたが、高市首相への熱狂は共有されていない。ネット上でのパーソナルな情報体験であり、ミクロで熱狂を感じることは難しいからだろう。マクロで見ると定量的に首相のコンテンツはパワーを持っている。
オートロックの集合住宅が増えて有権者との接点が持ちにくい時代に、ネット空間の効果をわかりやすく示したのが、24年の東京都知事選での「石丸現象」だった。3位の蓮舫氏と2位の石丸伸二・前広島県安芸高田市長の得票を比較すると、石丸さんは都心部でリードしている。
写真・図版
都市化、核家族化が進み、単身世帯が増えるにつれ、ネット地盤の影響力が増していく社会環境にある。
――動画広告のあり方も注目された。選挙の公平性の観点から課題はないのか。
メジャーになった政党のネット広告については、量的な規制らしい規制はないと言ってもいい。一方で戸別訪問の禁止やビラの枚数制限などの量的規制も残っていて、違和感はある。公職選挙法は規制しすぎでもあり、公平性が担保できるように全体に対して量的なキャップをはめるなどの規制のあり方を考えたほうがいいのではないか。
要は自民批判のための道具として利用され、無茶苦茶な理屈がつけられることになった
「ヨーロッパでは福祉が充実してるので受け入れられてるが日本が福祉が貧困なのでダメ」
というということが良く言われた
そして当然「防衛費を削れば良い」のだから新たな税金は必要ないということも良く言われた
(金持ちからたっぷり搾り上げれば良いというが、実際はサラリーマンと違い節税手段が豊富で
所得を補足することが難しいので消費から取るべきだという理屈には聞く耳持たず)
それから何十年も経って状況も変化したが
今さら消費税反対を取り下げることができず屁理屈をずっと継続してきた
それで国民を騙せると思ったのだろう(実際騙せていたし)
やっと少し風向きが変わってきた感じ
これは斬奸状である。いや何もお命頂戴という話ではない。野田君は、リベラル再興の為に、直ちに衆院議員選挙当選者の資格を擲て。
最早言に及ぶ必要もあるまい。立憲改め中道革新連合は今次総選挙に於いて、壊滅的敗北を喫した。
これは明らかに戦略的敗北である。確かに事前の予想では、連合と創価学会の強固な組織力によって、党勢は伸長されるはずであった。そこに高市はじめとする自民与党の失言の連続があり、明らかに風は野党に向いていた。
しかるにそれを全く生かすことが出来ず、与党の地滑り的勝利、いやさ山体崩壊的勝利を与えた、その崩壊に多数の同士の屍を巻き込んだの何か。ひとえに独裁的に急遽決められた元与党たる公明党との早急すぎる連合であり、それによってリベラルの高貴な思想的根本である平和・反原発・反軍事を己の地位を守るためのみに安易に投げ棄てるという醜悪な行動であることは明白である。
たしかに選挙中に風向きは変わったかもしれない。しかし組織の理を生かすこともなく、特に立憲出身者の多くを守り切ることが出来なかったのは明確な敗北だ。就中、今次総選挙は前回大勝し、維持は容易であるはずであった。
これに対し、国民新党・与党へと急旋回した維新は大逆風の中でも議席を維持しきった。新参のみらいは参政はこの機に乗じ議席を伸ばしさえした。単に得べかりし議席を、自民に、参政に、みらいに献上しただけではないか。これは明確なる反党行為、いやさ階級的造反行為に他ならない。いみじくもこぼした通り、まさに万死に値する罪である。
その責を、何の価値ももはやない虚飾の王座を去ることのみで代償できるものではない。
議席を失陥し、一敗地に塗れた大勢の同志に恥じるところはないか。
あまつさえ貴君は、選挙中に暴かれた旧統一協会との関係について、この件に関し言を濁し、身の証しを立てるような行動は一切してこなかった。加えて過去行われた党調査に対して党調査に虚言を弄したこと、明々白々である。証票は明白であり、貴君が壺議員であったことに寸分たりとも疑いの余地はない。
貴君が議員の座に固執すれば、己の言動にすら責任を取らぬ政治家となる、それでいいのか。
繰り返しになるが、貴君が隠れた壺議員であったことは各種報道から明白である。我々リベラルが壺議員はどうしろと常々命じてきたのかは貴君も良く知るところである。則ち議員辞職であり、政界からの退場だ。他国に邪宗に指嗾される議員などあってはならない。
高市もまた壺議員であることは明白である。壺自民党にはまだまだ大量の壺議員が潜んでいる。故に壺議員は職を辞さねばならぬという範を示すことで、おのずと自民に対する攻撃機を得、リベラル陣営復興の礎となることは明白である。
かつて、年金未納問題華やかなりし頃、福田康夫が官房長官職を未納を理由に辞したことがあった。それによって菅直人もやはり代表職の辞任へと追い込まれた先例がある。
この顰に倣い、この大逆風を一変させることに身命を賭すことこそが唯一罪科を贖う道ではないか。
以上、いずれも許されざる大罪である。故に野田君、君は速やかに当選人としての立場を辞せ。我が国会に壺議員があってはならぬこと、己の犠牲を以て示せ。そこからリベラル再生の一歩が始まると確信する。
### プロローグ
大阪の喧騒がまだ眠りにつかない夜、鶴橋の路地裏でニシガミ・マコトは生まれ育った街の匂いを嗅いでいる。在日朝鮮人の血筋は、彼の人生に影を落としているが、それを表に出すことはない。本業は非公開とされ、YouTuberを副業と称しながら、実際はノマドワーカーとして生きている。チャンネル名「交通系動画/マトリョーシカ」で知られ、視聴者からは「マトくん」と呼ばれ親しまれている。口癖の「シーキビ」は、厳しい状況を笑い飛ばす彼のトレードマークだ。
大学生時代から始めたYouTubeは、瞬く間に人気を博す。毎日数レグのフライトをこなし、LCCからファーストクラスまで乗りこなす姿に、視聴者は憧れを抱く。荷物は常にリュック一つ。思いつきで飛び立つ自由奔放さは、ジャンケンで負けて即座に海外へ向かう動画で象徴される。「ジャンケンで負けたんで、これからiPhoneと充電器だけ持って韓国行ってきます。いやもうありえないんですけど(笑)」そんな軽いノリがファンを増やす。ワンワールド、スターアライアンス、スカイチームの上級会員資格を持ち、今年はデルタ航空のステータスを目指す。空港でのラウンジホッピングは彼の楽しみの一つだ。
しかし、その裏側には闇がある。資金源を疑問視するコメントが絶えない中、彼の本業はキャッシュカードやクレジットカードを使ったマネーロンダリングと海外への違法送金だ。反社団体が考案したスキームで、多くの大学生が同様に「旅行系YouTuber」に仕立て上げられる。依頼主から渡されたカード類だけを持ち、海外で現金を引き出し、手渡す。記録が残らず、税関の目を逃れる完璧な仕組みだ。北朝鮮への送金目的で生まれたこの方法は、外為法や経済制裁をくぐり抜ける。航空会社は気づいているが、黙認する。彼らは無料の広告塔として機能し、「修行」ブームを巻き起こすからだ。
2026年の幕開け。ネットの善良な市民たちが動き出す。観光ビザでノマドワークを続ける彼らの違法性を告発する声が高まる。マコトはまだ捕まっていないが、風向きが変わり始めている。彼を知る者たちが、静かに網を張る。
ニシガミ・マコトは大阪の自宅で目を覚ます。朝の陽光がカーテンを透かし、部屋に柔らかな光を投げかける。大学生時代から変わらぬ習慣で、毎朝スマートフォンをチェックする。YouTubeのチャンネル「交通系動画/マトリョーシカ」の通知が鳴り響く。視聴者からのコメントが溢れている。「マトくん、今日も飛ぶの?」「資金源教えてよ!」そんな声に、彼は軽く笑う。「まあ、会社経営してるって言ってるやん。シーキビな質問ばっかやな」関西弁が自然に混じる。
今日は特別な日だ。2025年の終わりに卒業し、本格的にノマド生活を始めた彼は、初めての国際線動画を撮影する予定だ。荷物はリュック一つ。iPhone、iPad、充電器、そして依頼主から渡された数枚のキャッシュカード。表向きは旅の道具だが、これが彼の本業の鍵だ。反社団体からの指示で、韓国へ向かい、現金を引き出して指定の人物に手渡す。マネーロンダリングのスキームは完璧だ。入金された口座から海外ATMで出金し、手渡せば記録は残らない。現金を持たないので税関の目も逃れる。
関西国際空港(KIX)へ向かう電車の中で、彼は動画のオープニングを撮影する。「よし、みんなおはよう! マトくんです。今日はジャンケンで負けたんで、急遽韓国行ってきます。荷物これだけやで。シーキビやけど、楽しみやわ」軽快な喋りがカメラに映る。空港に着くと、チェックインカウンターでPeach Aviationのカウンターへ。LCCのエコノミークラスを予約する。PeachはLCCでアライアンス非加盟だが、彼のアメックス・プラチナでセンチュリオンラウンジを利用する。
センチュリオンラウンジに入ると、広々とした空間が広がる。メニューは豊富で、寿司コーナーでは新鮮な握り寿司が並び、温かい味噌汁やカレー、フルーツサラダが揃う。マコトはカメラを回す。「みんな見て! センチュリオンラウンジの食事。寿司が旨いわ。シーキビなスケジュールやけど、これで元気出るで」寿司を頬張りながら、視聴者に説明する。ラウンジのソファに座り、iPadで動画のラフ編集を始める。パソコンは持たない主義だ。すべてモバイルで完結する。
搭乗時間になり、Peachのフライトで仁川国際空港(ICN)へ。機内ではエコノミーシートに座り、窓から大阪湾を眺める。着陸後、韓国での仕事が始まる。指定のATMでカードから現金を引き出し、ソウルのカフェで待ち合わせの男に手渡す。すべてスムーズに終わる。「よし、任務完了。次は動画のメインや」彼は思う。仁川空港で散策し、動画を撮影する。パラダイスシティのカジノエリアや、免税店を回る。夕方のフライトで帰国する。帰宅後、動画をアップロードする。「韓国日帰り! LCCでシーキビ旅」タイトルが視聴者を引きつける。
しかし、夜の自宅で彼は考える。大学生時代からこのスキームに巻き込まれた。北朝鮮ルーツの縁で、鶴橋の知人から紹介された。最初は旅行の資金源として魅力的だったが、今は抜け出せない。視聴者の疑問コメントが増える中、彼は笑顔を保つ。「本業は会社経営やで。ノマドワーカーやから、自由なんよ」だが、心の中ではシーキビな現実を感じる。この旅は、彼の二重生活の始まりを象徴する。毎日数レグを飛び、表のYouTuberと裏の送金人を演じる。関西弁の軽快さが、闇を隠す仮面だ。
大学生時代の初フライトは国内線だった。伊丹空港(ITM)から羽田(HND)へ、ANAのエコノミークラス。スターアライアンスのステータスを初めて意識した時だ。ANAスイートラウンジで、軽食のサンドイッチやコーヒーを味わい、興奮した。そこから国際線へ。初の海外は台湾桃園国際空港(TPE)で、チャイナエアラインのダイナスティラウンジ。スカイチーム所属で、デルタのステータスで利用した。メニューは点心やヌードルバー、トロピカルフルーツ。動画で「シーキビ旨い!」と叫んだ。あの頃の純粋さが、今の闇を際立たせる。
今日の韓国旅も、似た興奮がある。次はヨーロッパか。思い浮かべるだけでワクワクするが、裏の仕事が付きまとう。リュックの中のカード類が、重く感じる夜だ。
マコトは成田国際空港(NRT)の喧騒の中で、リュックを肩にかける。今日はスターアライアンスの旅。ANAのビジネスクラスでシンガポール・チャンギ空港(SIN)へ向かう。チャンネルの動画企画は「ラウンジホッピング in アジア」。視聴者からは「マトくん、いつも豪華やな!」のコメントが。笑って返すが、本業の送金任務が絡む。依頼主から渡されたクレジットカードで、シンガポールでの引き出しを予定する。
出発前にANAスイートラウンジへ。メニューは和食中心で、天ぷら、うどん、デザートの抹茶アイス。カメラを回す。「みんな、ANAラウンジの天ぷら! シーキビ熱々やで。旅のスタートに最高やわ」人当たりの良い喋りが、ファンを掴む。ラウンジでiPhone編集をし、搭乗する。
機内ではビジネスクラスのフルフラットシートでくつろぐ。シンガポール到着後、チャンギのシルバークリスラウンジ。メニューはラクサやチキンライス、トロピカルジュース。動画撮影後、街へ。ATMで現金引き出し、指定のバーで手渡し。記録なしの完璧さ。
帰路はシンガポール航空のエコノミーでクアラルンプール国際空港(KUL)経由。マレーシア航空のゴールデンラウンジで、メニューはナシレマッやサテー。動画で「シーキビスパイシー!」と笑う。クアラルンプールからJALで帰国する。旅の間、本業のストレスを旅で紛らわす。
鶴橋の過去、北朝鮮ルーツの影。視聴者の疑問が増え、「資金源は?」のコメントに「会社経営やで」と返すが、心は重い。次はデルタのステータス修行。スカイチームを目指す。
シンガポールの街並みは賑やかだ。チャンギの庭園や、街のナイトマーケット。取引の緊張感、汗ばむ手。帰宅後の編集作業、iPadで夜通し。ノマドの自由と闇の狭間。鶴橋の知人から連絡が入り、次の任務を告げられる。動画の再生回数が伸び、喜びと不安が交錯する。
### 第3章:スカイチームの野望と潜む罠
マコトは羽田空港(HND)のターミナルで、リュックを調整しながらチェックインを待つ。今日はスカイチームの旅の始まりだ。デルタ航空のビジネスクラスで、アトランタ・ハーツフィールド・ジャクソン国際空港(ATL)へ向かう。今年の目標であるデルタのステータスを目指すための「修行」フライト。動画タイトルは「アメリカ横断ラウンジツアー! デルタでシーキビ旅」。視聴者コメントはすでに活発で、「マトくん、デルタのラウンジどんな感じ?」「また日帰り?」という声が。軽く返信しつつ、リュックの中のカード類を確認する。アメリカでの送金任務が待つ。
出発前に、デルタスカイクラブへ向かう。羽田のデルタスカイクラブは、広々とした空間で、メニューはアメリカンスタイルの朝食が中心。バーガーやホットドッグ、フレッシュサラダバー、フルーツジュースが並ぶ。マコトはカメラを構え、「みんな見て! デルタスカイクラブのバーガー、シーキビジューシーやわ。アメリカ行く前にこれ食べて気合い入れるで」動画を撮影しながら、一口かじる。ラウンジの窓から滑走路を眺め、iPadで過去動画のコメントをチェックする。資金源を疑う声が増えているが、無視して笑顔を保つ。
搭乗し、デルタのビジネスクラスシートに座る。フルフラットベッドで太平洋を横断する長時間フライト。機内食はステーキやパスタを選び、ワインを味わう。動画の機内レビューを撮影する。「デルタのビジネス、シート広々でシーキビ快適やけど、寝て時差ボケ対策やな」アトランタ到着後、すぐに街へ移動する。指定のATMで現金を引き出し、ダウンタウンのカフェで待ち合わせの男に手渡す。緊張の瞬間、周囲を警戒しながらの取引。汗が背中を伝うが、笑顔で終える。
次は国内線でロサンゼルス国際空港(LAX)へ。デルタのエコノミークラスだが、上級会員特典で優先搭乗。アトランタのデルタスカイクラブで待ち時間を利用する。メニューは南部風で、フライドチキンやコーンブレッド、ピーチコブラーなどのデザート。動画で「アトランタのスカイクラブ、チキンシーキビ旨い! 南部魂感じるわ」撮影後、フライトする。LAX到着後、デルタスカイクラブへ。LAXのクラブはハリウッド風で、タコスやナチョス、トロピカルカクテルが特徴。カリフォルニアロールやアボカドトーストも並ぶ。「みんな、LAXのタコス! シーキビスパイシーでカリフォルニア気分やで」カメラを回す。
ロサンゼルスでの散策。ハリウッドサインを遠くに眺め、動画素材を収集する。夕方、ヨーロッパ経由の帰路へ。アムステルダム・スキポール空港(AMS)で乗り継ぎ。KLMのクラウンラウンジを使用する。メニューはオランダらしいチーズプラッターやヘリングのピクルス、ストロープワッフル。温かいスープやサンドイッチも豊富だ。「アムスのクラウンラウンジ、チーズ多すぎてシーキビ幸せやわ」動画を編集しながら味わう。アムステルダムの運河を少し散策し、取引の余韻を振り払う。
この旅の間、北朝鮮ルーツの記憶が蘇る。鶴橋の路地で過ごした幼少期、桃谷のコミュニティでの秘密の話。反社団体のスキームが北への送金から始まったことを思い出す。ネットでは、善良な市民たちの告発運動が静かに広がり始めている。同類のYouTuberの観光ビザ違法が話題に。マコトは気づかず、動画をアップする。「アメリカ修行完走! ラウンジ満喫」再生回数が伸びるが、疑念のコメントも。「本当に会社経営?」「ノマドビザ持ってるの?」心がざわつく。
アトランタの街並みは蒸し暑い。取引時のカフェの喧騒。LAXのビーチ近くの散策、波の音と日没。アムステルダムの自転車だらけの街、運河のボート。編集作業でiPadのバッテリーが切れかかり、充電しながらの苦労。鶴橋の知人からメールが入り、スキームの継続を促す。内省の時間が増え、二重生活の重さを思う。視聴者とのライブ配信で、関西弁混じりの軽快トークでごまかすが、心の闇が深まる。
マコトは成田空港でJALのカウンターに並ぶ。今日はワンワールドアライアンスの旅。JALのファーストクラスでロンドン・ヒースロー空港(LHR)へ。動画企画は「ヨーロッパラウンジホッピング! 豪華シーキビ編」。リュックにカードを忍ばせ、英国での送金任務。視聴者コメントは「マトくん、ファーストクラス羨ましい!」「資金どうしてるの?」増える疑問に、「会社 Permalink | 記事への反応(0) | 19:22
高等教育への支援が日本を復興させる、と会田誠がXで書いていた。
日本の戦後の復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争そのものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争は破壊であると同時に、国家をひとつの巨大な工場に変える。資源配分、計画、規格、物流、品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計・製造・検査・運用までを一気通貫で回す能力の総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。
戦時の研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料の供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり、工学的知識と組織的運用が結びついて、初めて技術は社会に実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠と健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しかし能力形成の観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。
そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しかし瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考、現場の段取り、試験と改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界と接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長は神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまったことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。
だからこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄を継続することだった。ここが本丸だった。戦争が供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時の社会では、それらが自然に生まれない。目的は分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源は合意形成の手続きに溶けていく。ゆえに、平時の繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力や強制ではなく、自発性と創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語をわたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技。専門性という名の武器。産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。
だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標、採用、任期、ポスト、学会、査読、ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文の体裁は矯正するが、社会の問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化、既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。
そしてSNSだ。SNSは思想の市場であると同時に、承認の自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポスト、フォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚を麻痺させる。やがて、いつまでも上から餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初の行為が、いつまでも始まらない。
自分の地位が脅かされるときは自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民の教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。
だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり、価値を生むという行為を、制度の他人に外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業は勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任を自分で引き受け、見えない需要を言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理の地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文の引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂いと風向きを知る。
お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。
では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。
お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。
わたしは大学の門をくぐったとき、自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会と和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来が計算可能で、家族が暮らし、老いが制度に回収されるという約束だ。だが、あのときのわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文と電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田の匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。
なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的な暴力装置に大学そのものを重ねて見ていた。
戦後の復興が戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。
最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。
お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらないからだ。君たちの批判は刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物を延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財にすり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和の繁栄は、配給では続かない。
高市が得難い唯一無二の政治家である理由はTACOらないということ。
これまで高市はどれだけ世間やマスコミから叩かれようと一度口にした言葉を撤回したり謝罪したりしたことはない。
凡百の政治家ならさっさと謝罪して撤回するなり、あるいは誤魔化して軌道修正を図るような場面でこそさらに強く啖呵を切って見せる。
だからこそこの人は肝が据わっていて、見ていると胸がすくのだ。
台湾問題の発言も、本人からすれば言い過ぎたなと内心で思ったのかもしれないが、もともと本音の部分を国会で言ってしまっただけだ。高市は嘘が付けない政治家だ。
あのあと、官僚や他の自民党議員からも発言修正の提言があったはずだが、高市は折れなかった。レアアースという切り札を切られて、日本は苦しくなったがそれでも絶対に退かない。
並の政治家ならとっくに口先で誤魔化していたはずだ。
解散にしても自民党執行部の顔色を窺うことなく、寸前で考えを翻すことはなかった。高市は嘘をつかないし、絶対に前言を撤回しない。
高市が一度出した消費税減税を撤回することはない。経済界や自民党内部からどれだけ咎められてもむしろ強硬になるだろう。
いままでずっとそうだったからだ。ここで引くなら高市は総理になることはなかった。
お久しぶり、アリババだ。最近働きが悪いのでコンサルインターンをクビになりそうな気配(笑)
村を牛耳る46人の盗賊団乃木坂の首領、Fidoに、国際ピザシンジケートが白羽の矢を立て、わが国にピザのフランチャイズ店を競って開こうとした。村の権益はFidoが握っているので、海外の一等地の豪邸に一生住める権利と引き換えに、場所代をタダにして欲しいと言っている。遣唐使として派遣中に大陸でその話を耳にした俺は、「ピザの試食させてくれるならFidoを紹介してもいいよ。紹介料はいらないから」と言ってみた。だが、頑固なFidoはうんと言わず、交渉を詰みに持ち込もうとしているらしい。
国際ピザシンジケートは村のコミュニティに目をつけた。Fidoの一見向社会的な建て付けは村人の承認により成り立っているので、承認欲求実現を兵糧攻めにして、名声を闇堕ちさせてやろうという訳だ。確かに、これが一番低コストで近道だ。だが、村人の男はコミュニティ内部での評判しか興味がなく、徴兵など見向きもしないし、女は噂話と日の当たる椅子の取り合いで忙しい。
村では一番虐げられた人々、つまり、乃木坂の被害に遭った女性たちが実際にはいちばん力を持っている(レバレッジが高い)(特に年少者ほど)。なんなら、風向き次第、ご機嫌一つでFidoを吹っ飛ばすこともできるのだ。
彼女らは、このことを知らない。また、Fidoが個別に彼女らの機嫌を取ることで、Fidoをfoot bathインセンティブを壊して回っている。彼女らの潜在ポテンシャルに比べれば、また、Fidoの失うものの重さを考慮すれば、村や世間での立ち位置の安定など屁でもない(つまり、本来は、それをネタに、打ち出の小槌を振れる、腰を低くして常に強く出られる)のだが、どうも人間の勘定というのは合理的にできてはおらず、あたら安売りしているらしい。
これは、個々がバラバラなアトムとして利己的な目的を追求せよと言っているのではなく(これはFidoに付け入る隙を与える)、自分が得になり、かつ「梃子の原理」で世のためにもなる方向に力を行使せよという意味だ。
かれこれ30年は前に初版が出た本に書いてあったのだが(すると俺は−2才だ。いや、遣唐使のお使いのひまに読んだ)、当時、がんのレーザー焼却治療にあたり、レーザーの出力が強すぎると正常組織も殺してしまうことが問題になった。かといって、レーザーが弱いとがんは焼けない。そこで、複数のレーザーを、がんを中心とする円周上に並べ、それぞれのレーザーは弱い(正常組織は傷つけない)がその光線の交点(円の中心)ではがんを焼却するのに十分な出力となり、この問題は解決したそうだ。
あるいは、「自分の姿をよく見ろ!」といって、円く取り囲んでその中心にいるメデューサに鏡を向ける。
うっすらとみんなで悪意を向ける。毎日10円でいい。どうだろう?
毎晩、三種の神器を使うようにと夢のお告げがある。しかし、丑三つ時に御所に忍んで草薙の剣を拝借するのは、「用がなければ」、今が好機とは俺は思わない。
実は、Fidoの注意を逸らす陽動作戦だと思う。この間も、赤天狗のような顔をした男が「このアタリでは縄文時代の土器のカケラがヨク出土シマスネ」と話しかけてきた。俺は「あなた、ペリー来航には早いんじゃないですか?まだ平安時代ですよ?」とかわしたが、辺りで無断で発掘調査をやっているらしいのは確かだ。
俺は、園遊拐への「招待」や肥満の「薬物療法」を裏では計画してるのかしらん、と思っている。
ジョーカーみたいにすべてがひっくり返るカードを用意しているんだろうか。
俺は遣唐使として大陸で、西域から伝わったといわれる壺に入った赤紫色の液体を賞味したことがある。「葡萄酒」というらしい。そういえば、正倉院に蔦の絵柄を描いた宝物があった気がする。これがとても美味、とてもいい気分になる。わが国に持ち帰りたかったのだが、日本海は荒れるのでこぼれてだめだと断られた。
葡萄といっても、そこらの山に生えているヤマブドウではダメらしい。Fidoがその葡萄の苗を輸入して、葡萄の実がなるなら、あとは俺が本で読んだ通りに葡萄酒を醸造する。そうなれば、Fidoと話をしてもいいかもしれない。
俺はFidoをこの前破門にしたのだ。
話はまだまだ続く
あと、売れてる=正しいって前提、どこから来たんですか?
→それ、単に「価格・補助金・ブランド力・EVブーム」が噛み合った結果ですよね。
マクドナルドが世界一売れてるから「世界一うまい料理」って言ってるのと同じロジックですよ。
「毎回しゃべる前提」で設計するのって普通に不便なんですけど。
・オートエアコンにしておけ
→オートエアコンって万能じゃないですよね。
曇り取りたいとき、風向きだけ変えたいとき、風量一段だけ下げたいとき、
「画面見る or 話す」より「手探りで押せる」ほうが安全な場面、普通にありますけど。
それ理解できないのって、運転中に操作したことないからじゃないですか?
→じゃあ逆に聞きたいんですけど、
「ステアリングにあるかどうか」じゃなくて
「欲しい操作が直感的にできるか」の話をみんなしてるんですけど。
→いや、単に「ユーザーが使いにくいって言ってる」だけですよね。
それって思考停止してるのはどっちなんですか?
同列に語る時点で前提理解してないです。
要するに、
「新しいもの=無条件に正しい」
「不満を言う人=時代遅れ」
って決めつけてるだけですよね。
それ、テクノロジー好きというより
性被害だって騒がれてたあの件、いつの間に風向き変わったんだ?
あれだけ加害者扱いで袋叩きにしてたのに、気づいたら空気が全然違う。
擁護してた界隈ですらスッと手を引いて、まるで最初から関わってなかったみたいな態度になってる。何が起こってこうなるんだ?
そもそも、ああいう問題って「最初の勢いだけで」ストーリーが固まるんだよな。
片方に有利な情報だけが怒涛のように流れて、熱量だけで世論が出来上がる。
最初に正義を振りかざしていた人ほど、後から軌道修正ができずに逃げる。
で、気がついたら誰も責任取らないまま「なんか雰囲気変わったよね」で終わる。
最初に石を投げた人ほど、消えるのも早いんだよ。
結局のところ、この手の問題って本気で事実を追ってる人なんてほぼいないんだと思う。
空気で判断して、空気で攻撃して、空気が変わったら空気に合わせて逃げる。
それが繰り返されてるだけなんじゃないの。