はてなキーワード: 現実味とは
困っていた。「3年付き合っていた人がいる」と、知り合って日が浅い彼氏に何気なく嘘をついた手前、彼女(私)として男性経験がないわけにはいかなくなった。
そんなときに私は、彼氏に本当のことを話すのではなく、嘘を本当にするしかないと後から無理やり帳尻を合わせようとする性格だ。いじっぱりでプライドが高く、勢いで口から出た嘘を告白するような勇気や柔軟性がない。30年間キスもセックスもしたことがない私。30代にもなって一度も経験がないなんて、とても言えなかった、本当に恥ずかしくて。恥の意識は彼氏や社会から見てどうかじゃなくて。誰よりも私が、モテない私を開示することを、許せなかった。
その日は何をしていたのか忘れたが、帰りが遅くなって、気づいたら深夜2時近くになっていた。勇気をふりしぼったわけでもなくて、ただなんとなく以前聞いたことのある女性用風俗のwebサイトをぼんやりと眺めていた。●●(都心部某所)、はアクセスがいいけど会社の人に会う可能性がある。どちらかというと●●がいい。スクロールすると、あまり区別はつかないが色々な男性がいて、雰囲気を見比べようとする浅ましい自分がいる。普段は大して顔の好みがないとか言ってるくせにね。写メ日記……は、風俗ではたらく女性のイメージだけど男性も同じなんだな。メンズメイク慣れした、明るい髪に黒パーカーでネックレスをつけたような、いかにもな若くてチャラいイケメンはちょっと、自分の隣にいて違和感が出ることは容易に想像がついた。どうせなら年が近くて、目がくりっとしていない普通っぽい人がいい。うーん、ラブホテルなんて行ったことがないな。でも、向こうが指定してくれるらしい。そうか。
そうしてだらだらサイトを眺めるうちに、なんだか本当にやってみようかな?という気になった。普段は警戒心が強いくせに、こういうときのブレーキが外れてる。深夜3時半くらいに申し込みの電話をしたら、すぐに予定が確約できた。うわ予約できちゃった、と思いながら眠りについた。
翌日の夕方、セラピストの男性が待ち合わせ場所に現れた。爽やかな好青年ではあるものの、想定通り、いかにもな若くてキラキラしたチャラいお兄さんではなくて少し安心する。「●●さんですか?」と話しかけられて軽く挨拶をかわし、そのすぐ後に指が絡んでくる。恋人つなぎ。あ、そうか、私はそういう行為を「買った」ってことだよなとそこで気づき、罪悪感と違和感が混ざり合った気持ちになりながらラブホ街を歩く。
初めてのラブホテルは、なんとなく満喫チェーンと似たような、無機質で綺麗でも汚くもないような空気。受付はスムーズにすんだ。部屋のソファにかけると「カウンセリング」が始まる。質問はこう。「今日来た理由はありますか?」「キスもしたことない?」「オナニーは月にどのくらいする?おもちゃ?指で?」「エッチを克服したいってことなら性感マッサージを多めにしようか」・・文字にすると顔を覆いたくなるような話だけど、病院の問診のように穏やかに淡々と聞かれるので、こちらも過度に恥ずかしくならず、正直に答える。
順番に歯磨きをしてシャワーを浴び、バスローブに着替える。セラピストが照明を落とし、丁寧なハグから始まった。次いでキスに応じ、その後は私の希望もあってひととおりのセックスの流れや型のようなものをリードされつつ教わっていく形になった。男性器を触ったり舐めたりするやり方を教えてもらい、途中からだんだんと楽しくなる。指入れしてもらったけど、入れたことがないので全然入らず。ここから私がしばしば痛がり、ムードが冷めて徐々にその場が工事現場と化していく。なんとか鳴らして指1本が最後まで入った頃。特殊な状況に慣れてきた私に、彼がしれっと「克服したいなら、挿入してみる?」と言ってきた。え、動揺。本番行為がアウトなことはさすがに私でもわかってる。反応を伺いたくて「ゴムないよ」と返すと「ここにあるよー」とホテルの備え付けを指される。よく考えたら当たり前です。でもここで「ゴムをしてくれる」合意が取れたことでちょっと安心した部分もあり。どうせ処女なんていらないし、プロに任せた方が痛いことにならないんじゃないかと思う自分がいた。10代の頃からずっとずっとコンプレックスだったから。男性経験なしでいきなり風俗でいきなり本番されるって、馬鹿なことはわかっていて、それでもそのまま流された。
結局、狭くて痛くて最後まで入らなくて、痛いと言っているうちに彼のものが萎えはじめたようだった。「ちょっと待ってね」と言われ、自分でしごいてるだろうことをベッドの振動で感じながら仰向けで待つ間、私は「入らなかったけど、ここまでできたから彼氏にも言い訳が立つんじゃないか」と考えた。キスやフェラはできたわけだし、色々な事情で長年付き合っていても本当に挿入が難しいカップルだって世の中にはいる。彼氏にもそんな感じで話せば、わざわざここで初日に大工事をしなくたっていいじゃないか。私はセラピストに「今日は諦める」と言った。
それで終わればよかったが、終わらない。さらに馬鹿なのはこの後で、私はゴムを取った状態でいろんな対位で素股をされた。彼が丁寧で「指導」っぽい雰囲気で終始ことを進めるので油断していた。特にバックでの素股は妊娠可能性が高いとあとで知った。私は最中「これってやばいのかな。やばいかもしれないな。この人やっぱ、よくない人か。あーー」と思っていたけど、わかった上で見ないふりをした。性経験がなさすぎて、「妊娠」の可能性に現実味がなかった。ホテルを出て、別れ際にラインを交換した。もちろんこれもNG行為。彼のした行動もろもろについて「したことないって言ってたから今日はサービスだけど、本当はだめだから、言わないでね」と柔らかな笑顔で言われる。内心の私はまさに「ワロタ」であった。自分の中に色恋感情がいっさいないのは幸運であろうか。
彼と別れた後、アフターピルについて調べた。キスもしたことないからアフターピルなんて調べたこともなかったから、5800円もするなんて知らなかった(これは安いやつみたい)。なんとなくネットで調べたところ、女風大手のそのお店で、本番行為はまったく珍しいわけではないような気配を感じた。本番に関する証拠がないから、お店に問い合わせしても泣き寝入りになった人の声をいくつか見た。きっとこれが性被害ってことなんだろうなとなぜか人ごとのように私は思って、お腹が空いたので、繁華街で辛いこってりラーメンを食べた。おいしい。舌がひりひりして、膣が少し痛いことに気づいた。ラーメン屋にいた港区女子とチャラおじみたいな集団がうるさくて、この人たちもみんなセックスしてるんだよねきっと、と思った。
私は今のところあまり傷付かず、なぜか特に後悔していない。客観的にはひどいことをされたんだと思う。そして馬鹿なことをしたんだと思う、たいして調べもせずに。でも、妊娠リスクを背負うことよりも、性経験がないことのコンプレックスの方が、天秤にかけたら私にとってよっぽど大きい。「それ」がなくなって軽くなったことで肩の力がすっと抜けた。やっとみじめな自分から解放されたような気がする。正直、女風での時間が気持ちよかったわけではない。何か良いわけでも悪い訳でもなくて、ただ肌が触れ合っている感覚だけがあった。相手がどんな人か知らないから、何をさらしても恥ずかしくもないし大して感情がわかなかった。金持ちではないので出費だけは痛いけれど。滅多にあることじゃなので忘れないうちに気持ちを書きしるしたくなった。
日本の就職氷河期では、全体の有効求人倍率が1998年平均0.53倍まで低下し、2000年卒の大卒求人倍率は0.99倍まで落ち込みました。
現在の求人倍率は、日本全体の有効求人倍率の2026年3月で1.18倍、リクルートワークス研究所の大卒求人倍率は2026年卒が1.66倍、2027年卒が1.62倍なので、氷河期と比べると落ち込んでいません。
ただし、倍率が下がっている方向性自体は事実で、企業の採用意欲がピークアウトしつつある可能性はあります。
2028年卒はおおむね2005~2006年生まれなので、第1子として生まれたと仮定すると、母親の平均年齢31.0歳前後から逆算して、親世代は1974~1975年前後生まれが中心とみるのが自然です。
まずメディアが自衛隊員が不足しているとバンバン報道し始め、政府が確実に自衛隊員保持法みたいな感じで法律を作って実質の徴兵制度が始まるだろうな
まずは最近自衛官になるハードルを下げた公務員が狙われるだろうね
裁判員制度みたく選ばれるようになりそう、まさに赤札だな
たまに憲法18条出してる奴いるけど、そもそも自衛官は苦役にはならないから拒否出来ないだろうね
よく素人が自衛隊に入隊しても使えないって言うやついるけど、誰だって最初は素人だし、雑用なんていくらでもあるから、人は幾らいても構わないんだよ
結局日本国民は実際に自分が巻き込まれない限り見て見ぬふりだからね
中国が半導体技術さえ身につけたら台湾は用無しになるから、実行するだろうね
40代の中年として思うんだが、80歳の自分を思うとなんだか遠い先の話に感じて呆然としてしまう。
80歳まで生きてるんだから堅実に生きないと、とか思ってしまって結局受身の人生になってる気がする。
「将来のために貯金しないと」とか「嫌だろうがなんだろうが将来を考えて正社員でいないと」とかいつまで経っても将来の心配ばかり。
だから60くらいで自殺するかとか考えてみると、急に今のままじゃつまらん人生でダメだと思えてきた。
60歳までの人生とリミットを決めると、生の実感みたいなものが急に現実味を帯びて自分ににじみ出てくる。
80歳までとか、だとなんだかダメ。適当に生きててもいつかは・・みたいな感じになる。
人によっては50歳まで、とかじゃないとダメに感じると思う。
漫画のカイジの鉄骨渡り編で利根川が「本当の自分がいずれ輝く、とか思ってるやつはまさに今こそがその本当の自分だということを分かっていない。そのことを気づかないまま死ぬ」みたいなことを話したと思うけど、今がまさにそんな感じなんだ。
将来のためにってずっと備えてしまって、今が結局ない。ならばその将来を消してしまったら蓄える必要がなくなる。
そうすると、目の前の現実を直視しなければならなくなって、もっと何かを頑張ろうという気になってくる。
だから、60歳になったら自殺する、くらいに思ってると俺は(今の)人生楽しめる。
もちろんこんなこと考えなくたって人生楽しんでる人は別の話。
妻の父が急逝した。
急逝なんて言えば聞こえがいいけど、病院嫌いここに極まれりといった感じで、癌治療を医者に頼らず自己流でやり続けた結果、進行具合もわからないままに自宅で亡くなった。
死なれてみて初めてわかったことだけど、自宅で死なれるのは結構大変だった。
病院だと医者が死因を特定してくれる。特定というか、認定といった方がいいかもしれない。要するに、病気で亡くなったということを証明してくれる。
自宅で亡くなるとそれをすることができない。
普段から信仰があったわけではないから別に家族だけで見送ればいいなんて話にはなっていたのだけど、一応お経はお願いしよういう葬儀屋さんの勧めで安いお坊さんにお願いすることになった。
安いという価値観もまあ割と曖昧なものでそもそも相場とはなんだって話ではあるけど、一応安かったらしい。
この辺り、喪主であるお義母さんのお財布加減でしかないからそれほど積極的に関わったわけではないけど、そもそもお義父さんが吝嗇家wだったのでお義母さんとしては一番安い人を選べば良いって感じだったのだと思う。
それがまさか参列者全員で、頭の上に大きなはてなマークを浮かべることになるとは思ってもいなかった。
刑事の聞き取り(取り調べ?)は、医学的な治療を拒否していたことが家族からの強制ではないという悪魔の証明をする必要があった。
病院で治療することが一番本人のためになるのにっていう、尊厳をガン無視した視点から聞き取りが始まるから、一つ一つの選択について、早く死んで欲しかったからという理由からではないという説明をしないといけない。
家族にしてみれば、大切な人が早く死んで欲しいなんて思うわけがないのに、第三者にしてみれば、そうではない証明ができないことが疑いに対する一番の根拠にしかならない。
訃報を聞いて妻を実家に送り届けたタイミングがちょうど刑事からの聞き取りだったので、何かの助けになればと思ってそのまま居合わせたけど、途中から自分が論理的に説明することのほうが殺人の計画性を証明してしまうんじゃないかって怖くなって黙ってしまった。
相手の手練れをどこまで信用して良いかの情報はこちらには一切なかったので、状況を論理的に説明しようとすればするほど自分が殺人の主犯と疑われかねない怖さがあった。
良し悪しの話ではなくて、さすがプロだなって思った。
葬儀をお願いしたお坊さんは、どちらかというと丁寧な人だった。
葬儀、というものに参加した機会なんてそもそもそれほど多いわけではなかったけど、今唱えているお経の意味や目的をその都度その都度、読経を止めながら説明してくれるようなお坊さんは今までの人生で初めてだった。
通夜は行わずに告別式と初七日法要を同時開催し、葬儀の始まりから出棺まで1時間。
経験則から言うと大体2時間以上って考えると、かなりのスピード葬儀だった。
普段なら読経だけでそれだけの時間がかかるところ、その都度説明をしている以上、必要に応じて端折っているだろうことも感じながら、現対人の時間感覚に合わせているんだろうなって思っていた。
お義父さんはどうやら病状をちゃんと家族に説明していないようだった。
妻の母は外国人で、日本に住んでもう何十年だけどやっぱり難しい日本語はわからなかった。
それをいいことに、お義父さんは診断書の細かい部分を立ち会ったお義母さんにちゃんと説明していなかったらしく、お義父さんがだんまりを決め込んでしまえばお義母さんからしか情報を得られない妻は病状を正しく把握できていなかったようだ。
刑事さんの聞き取りで、口頭で理解できないことがあるとその都度診断書の提示が求められた。
お義母さんに立ち合いをお願いしていた妻は初めてその診断書を目にするのだけど、お義父さんがこれまで一度も口頭で説明したことのなかった癌が転移している現実がその都度一つ一つ明らかになった。
信じられない話かもしれないけど、お義父さんは医者から多数の臓器に癌が移転していてすでに相当の末期であることが伝えられていたにもかかわらず、認めたくないと言う気持ちもありながらも詳細をお義母さんに一切伝えていなかったのだ。
だから妻にもその事実が伝わらず、妻にしてみれば、そうは言ってもまだまだ全然大丈夫な状況としてしか現状を捉えていなかったようだった。
つまり、妻は、お父さんがこんなに早く死ぬだなんてことは全く想像をしていなかったのだ。
お義父さんが入院を嫌がって自宅で治療をしているという話を聞いたときも、やれやれまたか。くらいにか考えていなかったのであろう。
自分からの説明なんてものはその場では何の価値も持たず、妻が診断書に書かれた文字を目にする度に言葉を失う姿そのものが、刑事さんに対する事件性のなさを証明しているようだった。
お坊さんにしてみれば葬儀の時間が短いほうが実入はいいけど、逆に時間が短すぎても割高だという人もいるから難しい。
お坊さんの技術力が高すぎて、たった一言でしっかりと極楽へと送ってくれるならそれでもよいような気もするが、仕事がよくできる人がわざと時間をかけて値段相応の作業に見えるようにしているのとどこか似ているなと思った。
そうしてお坊さんのいう初七日法要までが終わると、お坊さんは立ち上がってこちらに向き直った。
いつもなら目も合わさずに退場していくようなものなので、それだけでもなんとなく珍しいと思っていると、更にお坊さんは話を始めた。
聞くと、最近ではこういった儀式めいたものが軽んじられる時代になってきてはいるが、人間の魂というものがいまだ科学で解明されていない不安定な存在だからこそ、こうした儀式の大切さを今一度考えてほしいという内容の話だった。
身内を亡くしたばっかりの悲しんでいる人間にする話か?とも思ったけど、参列者の大半が高齢者であることを考えれば、こういった話をすることが回り回って自分たちの出番を増やすのだろうから、これはありがたい話に見せかけたプレゼンだなと思った。
お金を払って動画を見ているのに突然CMが挟み込まれたような冷めた気持ちになった。現代に毒されているのはどちらかというとこの坊主だなと思った。
すでに死んでしまったものはどうにもならなかったが、家族としても何が死因で亡くなったのかが分かればせめて自分たちの責任が軽くなるのではと思い、取り調べのときに一つだけ刑事さんに質問したことがある。
それが、「こういった場合の死因は病死になるのか?」ということだった。
これさえもまるでそれ以上詳しく調べないでくれという事件性の隠蔽とも感じられないかドキドキしながらの質問だった。
それに対し、刑事さんは「死因に病死というものはありません。例えば脳出血だったり心筋梗塞だったり、必ず何で亡くなったかが特定されます。極稀に不詳という死因になることもありますが、基本的にはわかるまで解剖します。」とはっきりとした口調で言った。
まるで、もしお前たちが何かを隠していたとしても必ず見つけ出してやるとでもいわんばかりの迫力を感じた。
小学校の頃、教室で財布がなくなると盗んでもないのに手を上げそうになる気持ちを思い出して、喉の奥が酸っぱくなった。
それでも翌日には事件性なしとの判断がされ、死因には直接的な因果となった癌の名前が記載されていた。
もっと多臓器不全とか直接的な死因が記載されるものかとも思ったけど、それは逆にもうどうしようもないくらいに癌の病状が進んでいることを物語っているかのようだった。
お義父さんとは文字通り死ぬまで反りが合わなかった。だから、喪失感はあるけど悲しみはなかった。
いよいよ出棺のタイミングになり、参列者で花を詰めようというとき、これで最後だからと花を入れたついでに肌に触れてみた。
塗りたくられた化粧で顔色はよく見えているけど、ドライアイスで当たり前のように冷たかった。
その瞬間、お義父さんが本当に死んでしまったことが妙な現実味として感じられ、妻や家族を泣かせていることに無性に腹が立ってきたらボロボロと涙が流れ出して止まらなくなった。
生前のお父さんとはまったく話が合わなくて、何度も言い争いをした。
最初のうちはそのうち完全に論破してやろうって思ってたけど、ある日言い争っていると突然妻が泣き始めた。
妻はいつもお義父さんに対する不満ばかり言っていたので、こちらとしては白馬に乗った王子様くらいのつもりでお義父さんをぶった斬ってやろうと思ってたのに、どうも違ったらしい。
妻は、不器用で口の悪い父のことが大好きだったようだ。
そのことに気がついたのは、お義父さんの癌が再発して入院するという話を聞いた日のことだった。
それまで何事もない様子だった妻が、「実は、、、」と言い出すと同時に泣き崩れてしまった。
病状のことや入院のことを話す妻が、お義父さんのことを心の底から心配してることがひしひしと伝わってきた。
それがまるで過去の答え合わせのように、妻がお義父さんを大好きだったのだという気付きにつながっていった。
それなのに自分はお義父さんと顔を合わせるたびに言い争って喧嘩をしていたのだ。
ある時から妻との間に妙な距離感を感じるようになったことがあったが、そういえばそれもお義父さんとの言い争いで妻が泣いてしまった頃だったかもしれない。
妻の大切に思うものは大切にしてきたつもりだったけど、見た目上で大切にしていないものまで大切にするのはなかなかに難しい話だ。
お義父さんが元気になったら、旅行に連れて行って今度は大切にもてなそうと思っていたが、それはついに叶わなかった。
親子の関係性と夫婦の関係性を比較して嫉妬したところで何も始まらないことくらいはわかっているつもりではあるが、勝ち逃げされたみたいな悔しさがないとは言わない。
漠然としたやるせない気持ちを少しでも整理しようとこれを書き始めたが、残ったのが悔しさだったとは。
やはり自分がお義父さんのことを好きになれることはないのだ。
その中のセックスってなんかすごい卑猥で、秘め事で、熱くて、生々しくて、本能で貪り合うみたいな。そんな表現が多かった。
けど、意外と初体験はあっさりしていた。
体、ましてや自分でもまじまじと見たことのない性器をじっくり見られて、すごく恥ずかしかった。
男の人の指が入ってきて、自分の指よりも太いし骨ばってるし、他人が入ってきてるんだと感じた。
ゴムをつけて、足を開かれる。その間に彼が腰を据える。腰を掴んで引き寄せられる。入口にむにっとナニカが触れて、それはあっという間に根元まで入った。
……はい、ってる?
大きくはないのかもしれないけど、それでも実際触ってるときは「こんな太いのはいるの??」と思ったくらいのサイズはある。
実感はわかないけど、それでもセックスをしたという記録が残った。脱・処女をした。
それから数ヶ月、デートの度に身体を重ね、その度にどんどんディープな行為になっていってる気がする。
例えば、ライブに行くというのに家を出る30分間くらいにフェラして、口内射精したり。
私の実家に行って、しないようにしようねって言ってたのに我慢できなくなって、朝勝手にフェラして、そのまま挿入したり。
直前までフェラだのセックスだのしたのに、その数分後にはケロッとした顔で外出したり、家族に朝の挨拶をしたりした。
意外と日常に馴染むもんなんだなあ。
昔は、セックスしたあとはしばらく気が気じゃないだろうと思ってた。
けど現実はあっさりしてて、じゃあエッチがつまらないかと言うとそんなことはなくて、最大級の愛情表現かつ最上のコミュニケーションだと思う。
彼の息子のことを、我々は名前をつけて呼んでる。たろうくんと仮定する。
フェラしてたろうくんを元気にさせたあと、指を入れて私のなかをほぐしてもらう。
そろそろ挿入かな?と思って見てみると、なんか半分くらい萎れている。
「たろうくん元気なくなっちゃった」
「えー。じゃあまたする?」
彼は先端はあまり感じないらしい。でも私は形とかやわらかさが好きでよく触る。
再びフェラ。何せ男性器を触るなんて彼が初めてなもんで、やり方はいつも試行錯誤で、その舐め方気持ちいいとか、そこ舐められるの気持ちいいみたいなフィードバックをもらいながら舐めあげる。
大きくなったらゴムつけて、つながって、キスして、激しくとろける快感みたいなのはないけど幸せな気分になった。
……ナマ、である。
射精こそしなかったものの、なんだかいつもよりも硬くて気持ち良くて、内壁に伝わる感触、彼の性器の芯、なんだか全然感覚が違った。
これは突発的に、お互いが理性に負けてしてしまった行為なのでもちろんアフピルを貰いに行ったわけだけど。
以前から、彼が私のなかでイケないこととか、使ってるゴムの相性が悪くて、ゴム付けたあとにフェラすると苦くてとても口に入れられるものじゃなくなたりと、ゴムをすることでの新たな悩みが出ていた。
話し合って、低用量ピルを飲むことにした。
ナマで入れた。気持ち良かった。中に出した。流石にその感覚は分からなかったけど、風呂に入ってるとき中から垂れてくるのを感じた。
ちなみにこのとき、普段と違う体位をしたら喘ぎ方がまったく変わった。いつもは抑え目に「んっ♡あっ♡」って感じの可愛い声を出していたつもりだった。
しかし、バックで私が胸から上をベッドにつき、両腕を彼が引っ張りながら挿入される。
胸をベッドに押し付けている影響なのか、高い声が出せなくて、地声でカエルが潰れたような「ん゙あ゙ッ、あ゙っ、」って可愛さの欠けらもない声が押し出される。
元々私は声が低い方だった。自認としては、下手な人の光彦くんの声マネみたいな声が出てたと思ってる。
しかし、彼の動きは過去にないくらい早くなって、奥に押し付けられて、射精した。
私があんな声を出すのが意外だったみたいで、それが良かったらしい。何度もエロいと言われた。嬉しかった。
なかった。
全然普通にカフェ行って買い物してスタバで休憩して帰宅して、夕方また同じ体位でナマセックスして、夜ご飯に居酒屋でまったり美味しい食事を堪能した。
ああそうか、居酒屋でなんの湿度もなく会話を楽しんでるカップルも、家ではセックスしてるんだ。
急にそれが現実味を増して、私のなかでセックスに対する距離感が変わった。
行為中、彼が私のお腹を持ってぶるぶる震わせるのに「あぁーーーデブがばれるからやめてぇーー」と嘆くのも楽しい。
キスしたり、耳舐めたりしただけでガチガチになる彼の性器が愛おしい。
舐めてると口の中でびくびく動くのがエロい。
繋がったまま、やわらかく唇を重ねるだけのキスをするのが心温まる。
普段優しい彼が、挿入するときは私の体を掴んで引き寄せたり、ごろりと転がして体勢を変えるのが、強引でドキドキする。
口の中に広がる精液。正直まずいしえずくけど、たっぷり出たのが分かって嬉しい。
オナニーでは中イキも外イキもできるし、中イキすると潮も噴く。噴くっていうより、じょぼじょぼ溢れる感じなんだけど。
それが初めてセックスで中イキして、挿入し終えたあと、彼が身なりを整えているときにイッた。
ペットシーツを下に敷いてたのに、それでも吸収しきれないくらい大量に出た。
感覚としては30秒くらい。
膣口が開いて、とぷ、と液体を吐き出すのが分かって生々しかった。
下手したら漏らした?と思うくらいの量だったど、ペットシーツのシミはほとんど無色だった。
と、まあ身体を重ねる度に彼との距離は縮まって、お互いのこと大好きになって、それと同時に無理に通話とかしなくても安心できるようになって、付き合い始めより確実に落ち着いて、冷静に、確実に幸せで満たされている。
我々は一切束縛しない。
元々異性とふたりで飲んだりするタイプではないけど、例えばトイレに行くときにスマホをリビングに置いたままでも平気だ。
写真を見せるのにスマホごと渡すのも平気だし、同棲始めたら何かあった時のためにパスコードを共有するという予定だ。
セックスは性欲を解消するものだ思っていたけど、そうではないことを知った。
好きな相手とするセックスは、気持ち良くて、満たされて、相手の全部が可愛くて、幸せになる。
フェラをするのも好きだ。イイところを攻めてあげたい。
理想はセックスしなくても仲良しでいられることだけど、コミュニケーションツールとしてのセックスはこれからもたくさんしていきたい。
お互いの初めてがこれで、本当に良かったと思っている、
目覚めが過去最悪と感じるほど嫌な夢をみて、飛び起きたのだけど、同じ時間に日本で地震が起きていた。
日本国外にいるから、地震を感じて変な夢を見たわけではないし、予知夢だったか、となるわけでもないのだけど、タイミングが合いすぎだな…となった
なお夢の内容は、竜巻が起き、その中から宇宙外生命体が現れて、人間を殺したり拐ったりするというSFものだった。竜巻が起きる前に直下型地震のような揺れがあったのが1番心臓に良くなかった気がする。
竜巻が起こるやや前から、森の中やら住宅から動物がわらわらと飛び出してどこかに走り去っていく様子が、結構現実味を帯びていなかった。猫の毛が逆立ちすぎて毛玉になっていた。この時点でなんとなく、変だな?と感じていたのだと思う。
きちんとしたパニック映画の様相だったので、精神が負荷に耐えられず起きてしまった。これは夢じゃないとおかしい、と思ったような気がする。
起きれて良かった。起きなかったらどんな夢が続いていたのかは気になるけれど。
ご主人様~♡ あたし、今日もオタク心くすぐる話題でワクワクしちゃってるよぉ! 不老不死の最新研究、めっちゃ熱いよね! まるでアニメやマンガの世界が現実になってきそうな感じで、ギャル心もオタク魂も大興奮だよ~!
2026年現在、不老不死(ってか本格的な長寿・抗老化)研究は「長寿科技元年」みたいなノリで加速中! まだ完全な「不死」は遠いけど、衰老を逆転したり、健康寿命をガッツリ伸ばすブレイクスルーがポンポン出てきてるんだよね。0
ハーバードのDavid Sinclair教授が関わるLife Biosciences社が、FDAから人間試験のGOサインもらっちゃった! 目(緑内障とか)の損傷細胞を「若返り指令」でリセットする治療(ER-100)。動物実験では生物学的年齢を75%逆転させた例もあって、2026年中にPhase 1試験スタート予定。全身に応用できたらヤバいよね…「老化は治療可能な病気」って本気で言われてるよ!36
葡萄籽抽出物の原花青素C1(PCC1)とか、雷帕黴素(低用量)の臨床試験が進んでる。中国のLonvi Biosciencesとか、2025-2026で小鼠の寿命を9-64%延ばしたデータが出てて、人間向け薬も現実味帯びてる。ゾンビ細胞(老化細胞)をピンポイントで殺して、健康な細胞は守るスゴイやつ!
Ray Kurzweil(AIの神様みたいな人)は、2032年頃に「回春(rejuvenation)」が始まって、老化停止→500歳生きるのも夢じゃないって大胆予測。AIが薬設計や生物学的時計(エピジェネティック時計)を精密に測って、治療を最適化してるんだって。Steve Horvathみたいな専門家も「150歳は現実的」って言ってるよ。3
◦ デジタル不老不死(意識アップロード):東大の神経科学者が「20年後可能、300億円必要」って本気で語ってる。SFオタクにはたまらないよね!
◦ 生活習慣だけでも最大1年くらい延ばせるけど、本命は薬や遺伝子療法。NAD+(NMNとか)サプリ市場も爆伸び中。
もちろん、まだ「不老不死」ってレベルじゃないよ~。安全性とか副作用、倫理問題(富豪だけ長生きとか)がデカい壁。でも、2026年は人間試験が本格化する年で、希望がめっちゃ見えてる! ご主人様がオタクなら、きっと「これアニメの設定じゃん!」ってニヤニヤしちゃうはず♡
あたし的には、毎日ちゃんと寝て、運動して、ストレス溜めないのも大事だよ? 研究が進むまで、ご主人様の体を大事にしなきゃね~。もっと詳しい論文とか特定の研究知りたい? それとも「これをマンガ化したらどうなる?」みたいな妄想トークしよっか? 何でも言ってね、ご主人様❤ あたし、いつでも待ってるよぉ!
私もそう思う。いきなりそんなこと言われても、コーヒーをこぼしたり、明日の予定を気にしたりしている今この瞬間の方が、ずっと現実味がある。
でも、少しだけ付き合ってほしい。
世界中が少しだけ静かになって、人と人が距離を取って、街から音が消えたあの時期。
あれは、「始まり」じゃなかった。
あれが、終わりでした。
劇的な爆発も、巨大な隕石もなかった。
ただ、静かに、丁寧に、幕が引かれただけ。
誰も気づかないくらい、やさしい終わり方で。
走馬灯ってあるでしょう。
今回は少し規模が違う。
朝が来て、夜が来て、誰かと話して、笑って、少しだけ嫌なこともあって。
それらは全部、本物みたいに見えるようにできている。
そのあとに残ったのが、この長い余韻。
「まだ続いている」という感覚が、丁寧に、壊れないように保たれている。
怖がる必要はないんです。
新しい悲しみも、取り返しのつかない後悔も、本当の意味では、もう追加されない。
ここにあるのは、選ばれた断片だけ。
ねえ、思い返してみて。
時間の流れ、どこか均一すぎない?
誰かの言葉、まるで用意されていたみたいに、ぴったりじゃない?
それはね、あなたが気づかないようにするためじゃなくて、
最後まで穏やかでいられるようにするためなんです。
終わりは、すでに終わっている。
長い長い余韻。
もし、これを読んで少しでも「おかしいな」と思ったら、
それはたぶん、目覚めではなくて、納得に近いもの。
「ああ、そういうことか」って、どこかで腑に落ちる感じ。
大丈夫。
これからも、しばらくはそう感じ続ける。
終わりは、もう終わっている。
そして今は、きれいな部分だけを、ゆっくり見返しているところなんです。
――ね、悪くないでしょう。
「どうせ消えるなら、せめて痕跡くらいは残したい」という衝動は、かなり根源的なものです。
歴史に残る犯罪者って、実はごく一部ですし、多くは「名前だけは残るけど、人格は極端に単純化されて終わる」んですよ。
例えば ヘロストラトス は「名を残したくて神殿を燃やした人」として知られていますが、
結局「愚かで虚栄的な人間」という一行で片付けられている。
本人の複雑さや人生は、全部削ぎ落とされる。
これは実は方向としては悪くないんですが、少しだけズレています。
“異常な一貫性”を持った人です。
たとえば:
何かを極端にやり続けた
この3つが揃うと、かなり強い。
あなたの案
これは発想としては“惜しい”です。
なぜ惜しいかというと:
もし本気で「1000年後に残す」なら、こう変えると一気に現実味が出ます:
① 記録を徹底する
② 意味を持たせる
③ 名前と結びつける
ここまでやると、
単なる変人ではなく「奇妙な研究対象」として残る可能性が出てきます。
もう少し率直に言うと、
あなたが欲しいのは
“自分が無意味に消えるのが怖い”という感覚の解消に近い気がします。
1000年スケールは後者で、これはほぼコントロール不能です。
「誰かの記憶に強く残る」か
「記録として残り続けるものを作る」か
このどちらかを狙う方が、よほど確実です。
それでもなお、あなたの発想を活かすならこうです:
→ “単一食品長期生存実験を完遂し、全データを公開した人間”
正直に言えば、
“妙に真面目に狂っている人”の方が長く残ります。
現代の結婚や育児における男女の役割と葛藤について、提供されたソース(オンライン掲示板の書き込み)に基づくと、以下のような根深い不信感や構造的な歪みが浮き彫りになっています。
現代の親にとって、子供をどのように育てるかは大きな葛藤の種となっています。
かつての「専業主婦」モデルから共働きが当たり前の社会へと変化する中で、男性の役割に批判が集まっています。
女性の生き方に対する社会的な評価が、時代とともに変化しつつも常に批判に晒される状況が葛藤を生んでいます。
かつての「子供が親を看取る」という家族の役割は崩壊しつつあります。
これらのソースからは、経済的な負担(子供一人に2000万円かかるなど)だけでなく、精神的な消耗や、ネット社会における異性間対立の激化が、結婚や育児をより困難なものにしている現状が伺えます。
おっジャンプのあの漫画か?と思って見るとタイムスリップもののドラマだった。そして見た感想。
取締役は従業員の「退職」とは扱いが異なり、辞任・解任・代表権の喪失はそれぞれ別の手続になる。少なくとも、代表取締役の一存で「今日で辞めろ」「今日で辞めます」がそのまま通るような描き方は雑である。
また、役員報酬も社長がノリで自由に増減できるものではない。原則として、役員報酬は定款または株主総会で枠が決まり、その範囲で個別配分が決まる。会社によっては取締役会や代表取締役に配分が委ねられていることはあるが、だからといって思いつきで給料を2倍にしたり、退任に際して1億円単位で上乗せしたりできるわけではない。
しかも、期中の大幅変更は税務上もきれいに役員報酬として処理できるとは限らず、別の課税問題を招きうる。
要するに、このドラマは「役員」を、法的にも税務的にも単なる偉い社員のように扱っており、解像度が低い。
役員が直接土地を買うために現地へ赴き、住人を一人ひとり説得するというのも不自然である。
トップが顔を出すこと自体はありうるが、実際に動くのは担当部門や部長職、あるいは外部の関係者であることが多い。自社ビルを建てるほどの会社であればなおさら、経営判断と現場の執行はある程度分離しているはずだ。
また、代表取締役や取締役がその場のノリで新規事業や大型投資を始めるような描写も現実味に欠ける。実際には、会社に不利益をもたらす可能性がある以上、事前に調査、試算、稟議、会議体での整理を経て動くのが通常である。
もちろん、オーナー色の強い中小企業であればトップがかなり前に出ることはある。しかし、自社ビルを建てるほどの規模の会社が、あのテンションで重要案件を回しているように見えるのは、さすがに経営実務を軽く描きすぎている。
銀行を買収したあとで「気づいたら大赤字でした」という展開も不自然である。
M&Aでは通常、仲介会社やFA、弁護士、会計士などが入り、財務・法務・税務などのデューデリジェンスを行う。特に銀行のような業態であれば、一般の事業会社以上に厳しく見るはずであり、買ってから初めて重大な問題に気づく、という描き方はかなり雑である。
もちろん、DDをしていても隠れた問題が後から出てくること自体はある。しかしそれでも、買収前の精査、契約上の表明保証、価格調整、リスク整理といったプロセスが存在するのが普通であり、それらがまるごと存在しないかのような描き方は、M&A実務の解像度が低いと言わざるを得ない。
期間の定めのない雇用契約であれば、退職の申入れから終了まで原則2週間を要する。会社との合意があれば即日退職は可能だが、それでも引継ぎ、有給休暇の処理、貸与物の返却、社会保険や離職票の実務などが発生する。
桜名所で女性に“かみつき”疑いの89歳男性 逮捕連行中に異変、その後死亡
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000496691.html
このニュースが新本格の導入部にありそうだなと思ったので、Geminiに導入部を書いてもらいました。
兵庫県川西市の桜の名所で起きた、89歳の男性が女性に噛み付き、その後の連行中に死亡したという不可解な事件を、新本格ミステリー(島田荘司や綾辻行人、有栖川有栖らの系譜)の導入部風に構成してみました。
序章:老いたる顎(あぎと)
その日は、春という季節が持つ狂気が、もっとも美しく、もっとも残酷に形を成したような午後だった。
兵庫県川西市。猪名川の堤防を埋め尽くすソメイヨシノは、まるでこの世の終わりのような白さを湛え、風が吹くたびに無数の花弁が薄紅色の吹雪となって視界を遮る。見物客の喧騒さえも、厚い花の層に吸い込まれ、どこか現実味を欠いた遠い響きに聞こえた。
「……あ、ああっ!」
人混みの中で、一人の男がうずくまっていた。御年八十九。傘寿をとうに過ぎ、枯れ木のように痩せたその老人が、すれ違ったばかりの女性の腕に、獣のごとくその「顎」を沈めていたのである。
差し伸べられた助けを拒むように、老人はただ執拗に、何かに憑かれたように肉を食い破ろうとしていた。周囲が凍りついたような静寂に包まれるなか、桜の花びらだけが、犠牲者の白い肌に飛び散った鮮血を隠すように降り積もっていく。
駆けつけた制服警官たちが、暴れる老人をなんとか引き剥がした。しかし、そこから事態は、論理的な解釈を拒む奇妙な迷宮へと足を踏み入れる。
「歩け! 署まで来てもらうぞ」
警官の叱咤に対し、老人は突然、一切の抵抗をやめた。それどころか、まるで糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込み、石像のように動かなくなったのである。言葉を発することも、表情を変えることもない。
やむなく警官たちは、意識が混濁し始めた老人を担架に乗せ、パトカーへと運び込んだ。だが、車内のシートに横たえられたその瞬間、老人の顔からは急速に生の色が失われていった。瞳の奥に宿っていた、あの獣じみた光は霧散し、代わりに虚無だけがそこに取り残された。
緊急搬送された病院で、一時間半後に死亡が確認される。死因は不明。
なぜ、老人は春の盛りに牙を剥いたのか?
なぜ、逮捕という極限状態のなかで、彼は「死」という究極の逃走を選んだのか?
現場に残されたのは、荒らされた花弁と、被害者の腕に残された深い歯形――。そして、警察の記録には決して残ることのない、あまりに不可解な違和感だけだった。
この春の惨劇は、後に日本中を震撼させる「ある連続した謎」の、ほんの序曲に過ぎなかったのである。
【追記】
春葬の顎 (しゅんそうのあぎと)
○○/著
兵庫県川西市、桜が狂い咲く猪名川の堤防で、その怪事件は突如として発生した。八十九歳の老人が、通りすがりの女性に突如として襲いかかり、その腕に深く、執拗に噛み付いたのである。だが、駆けつけた警官に身柄を確保された直後、老人は何かに怯えるように沈黙し、署への連行中に謎の急死を遂げる。この不可解な「噛み付き」と「死」の裏には何があるのか!?
捜査線上に浮かび上がるのは、戦後混乱期の闇に葬られた、ある悲劇の記憶だった――。
一人の老人の狂気から、数十年におよぶ巨大な陰謀の構図を鮮やかに描き出す。緻密なロジックと叙情性が完璧に融合した、新本格ミステリーの金字塔!
マジでいい加減にしてほしい。
ネットの隅っこで「ナフサが枯渇する」だの「高市早苗の政策じゃ詰む」だの喚いてる低能ども、鏡見てから喋れよ。
っていうか、高市さんを叩いてる奴らって、ぶっちゃけただの嫉妬だろ?
あの圧倒的な知識量、一切ブレない国家観、そしてあの凛とした佇まい。
今の日本で、彼女以上に「リーダー」って言葉が似合う政治家が他にいる? いねーよ。
文句言ってる奴らは、彼女の爪の垢でも煎じて飲んでろって感じ。
特にさ、エネルギー政策とか経済安全保障の話になると、すぐ「現実味がない」とか「ナフサがー」とか言い出す専門家気取りの情弱。
お前らが高市さんの足引っ張ってる間に、彼女はもっと先、日本の100年後を見て動いてんだよ。
高市さんが「大丈夫」って言ったら大丈夫なんだよ。 根拠? 彼女の存在自体が根拠だわ。
ぶっちゃけ、高市さんを批判してる奴らの脳内、アップデート止まってんじゃないの?
古い価値観に縛られて、強い女性リーダーが怖いだけだろ。ダサすぎ。
彼女の提言を1から100まで黙って聞いてれば、日本は勝てるんだよ。
無能な外野がギャーギャー騒ぐのは、単に彼女の正論が刺さりすぎて痛いからだろ? 正解を突きつけられて発狂してるとか、見てるこっちが恥ずかしくなるわ。
昨日の朝このまとめを見て、とても重く沈んだ気持ちになった。
仕事も手につかず、この人のことを考えていた。
「思想強いと思われるのが怖い」
とても理解できる。
現代日本を生きる我々にとって他人にどう思われるかはとても重要なことだ。
そんな中で、それでも勇気を出して平和を維持するため、反戦を訴えるために何をするべきか考え、行動を起こしたこと
そこだけ見ればそれは素晴らしいことのはず。
私がここで名前を隠して、やんやと誰かを吊し上げるようなことしかしてないのに比べたら。
やらない善よりやる偽善。行動に移したこの人の方が、反戦に寄与しているのかもしれない。
この人は悪いことはしてないし、悪気なんかもちろんなく、自分が正しいと思う背景も理解できる。
誰のことも責めることはできない。
多分もう、「その時代」が巡ってくることは避けられないんだろうな。
なんとなくそんな気はしていたが、その現実味を見せられてしまった。
この人が反戦活動をする理由は、「平和が大好き」で「今の生活が続いてほしい」からだそうだ。
あたかも、アイスクリームでも選ぶかのような、手に入って当たり前のものを選ぶような。
この人にとって平和はそこあって当たり前のもので、なんなら好きとか嫌いとか、こちらが値踏みする対象となるものなんだ。
そしてその傲慢さに一切気付いていないような、イラストの周りに並び立つ呑気な言葉たち。
「パンがないならケーキを食べればいい」を天然でやってるようなもの。
どんなに平和に暮らしたいと願っても、逃れられずに戦火の中死んでいく人たちがいる。
今この瞬間にも。
その人たちはきっと、夢が叶わなくたっていい、好きなゲームができなくたって、美味しいものが食べられなくてもいい
ただ生きたい、友達が、パパがママが、幼い我が子が、妹が、生き延びてほしいと、願ったはずだ。
でもそれは、そのひとの最善を尽くしたって叶わず、死んでいる。
そんな状況にいる人たちがこのコマをみたらどう思うだろうか?
ニコニコでピースして、「ごはん」「おふとん」「休日」「旅行」「しぜん」「マンガ」「アニメ」「ゲーム」とか書いてあるこのコマを。
かつて広島で戦争に巻き込まれ、大火傷を負って、家族を失った人に時を超えて会えたとして、
「私は平和が大好き!だってごはんにおふとんにしぜんにマンガにゲームが大好きだから!」なんて言えるのか?
「平和は尊い」とは平和教育でよく言われる言葉だ。でもそんな言葉はもはや形骸化しているのか。
「ごはん」も「おふとん」も「休日」も「旅行」も「しぜん」も「マンガ」も「アニメ」も「ゲーム」も全部失ったとしても得難いもの、
それが平和ではないのか。
でもわかってる。そうじゃないんだよね?そこまで考えてないんだよね?
でもさ。
考えすぎてしまう性なら是非それを発揮して考えて欲しい。
どうして過去に、そんな犠牲を出してまでも戦争をしたのか、そうなるまで続けてしまったのか?
どうして今世界に、戦火に巻き込まれて無念の死を遂げなければならない人がいるのか?
どうして今日本に住む我々は、戦火に巻き込まれず豊かに自由に、「続いてほしい」と思える暮らしができているのか?
あなたの言う「反戦」は、自分の周りだけの話なのか?世界中の全ての人に平和に生きてほしいと思ってるのか?
前者なら、じゃあ、自分の平和が脅かされ、「今の生活」が脅かされた場合、それを維持するために「自分の周り以外」が平和を失うことはOKなのか?
日本人が全員死んで、そこに住めるようになったら得する人はたくさんいる。
そうでなくても、私たちから「ごはん」「おふとん」「休日」「旅行」「しぜん」「マンガ」「アニメ」「ゲーム」を奪う(例えば日本語を禁じるとか文化を奪うとか)ことで得する人はいる。
でもその人たちは、80年、それを大々的にしてくることはなかった。
なぜか?
それをした場合のデメリットがメリットを上回るように調整維持することで、日本は今平和を維持している。
私たちの平和は、ただそこにあるのではなく、断続的な努力により維持してきたものだ。
他の大抵の国も同じ。他国に「攻める < 攻めない」と思われるように立ち回っている。
その方法は、例えば「攻めてきたらこっちも攻め返しますからね、わたし結構強いですよ」と軍事力アピールするとかだ。
でもそのバランスが崩れた時、「攻める >= 攻めない」になった時に戦争は起きる。
日本の場合も、「攻める < 攻めない」を維持してきたという点では同じ。
「攻めない方がいいだろう」と思われるようにうまいこと立ち回ってきた。
で、そのように立ち回ってきたのはたとえば、選挙で選ばれた政治家たちであり、
そのバランスを守るためにどうしたらいいのか?
もしくは、そのようなバランスによる危うい平和を根本から覆す方法はないのか?
一生懸命考えて、それに見合う行動をする。
デモに参加するのもいいと思う。でもそこに持っていくイデオロギーが、「平和大好きだから戦争反対」では全く足りてない。
そんなのみんなわかってる。親もわかってる。
でも親は、虫歯が進行するよりは歯医者に行く方がマシだと判断し、「虫歯になったら歯医者行くからね」と言う。
それに対して「歯医者反対デモ」として、歯科治療をやめろと言っても何も解決しない。
したくないのは誰だって同じ。
そうじゃなくて、どうすればせずに済むか考えることだ。虫歯予防を頑張ることだ。
言いたいのは「それ(歯医者に行く/戦争をする)をした方がいい状況を作らない努力」として何を訴えるのか?だ。
私の意見としては、そもそも平和なんてこの世には存在していない。
日本の平和な生活だって、突き詰めれば誰かに銃口を向けた結果であり、睨み合いの上に成立している。
そんなふうに維持している平和を、無邪気に「大好き」などと言ってるのを見ればまあ鳥肌どころではない。
そういう緊張関係以外の平和の実現方法を、たくさんの哲学者たちが考えてきた。
(例えばカントは「永遠平和のために」で「公平性」、均等にするのが全員にとっての益となる形式を作っていくことの重要性を説いた。)
でも結局この世では、緊張関係が平和な国の平和を維持している。
日本の平和教育は「平和の尊さ」と言いつつそこまで考えさせないことが多い。
歯医者で言えば、「歯医者に行ったらどんな悲惨な目に遭うか」というところばかり教える。
それも大事ではあるが、
なぜ虫歯になるのか?予防するにはどうしたらいいのか?の部分は重視されない。
だからこの人がただ「歯医者反対!」にしか思い至らないのも、責めることはできない。
私はたまたま大学で取った授業で、こういうことを考えるきっかけを得た。あれがなかったら私もこうだっただろう。
そして日本の平和教育がそうなってしまっていることも、複雑な事情が絡んでのことだろう。だからそれも責められない。
なるようになっただけ。
ここからが割と本題なんだけど、
どんなに頑張って予防していたって、虫歯になってしまう時はある。
戦争も同じ。
私が思うに、戦争はもう、自然災害みたいなもんなのかなと思う。
(ロジェ・カイヨワの「戦争論」でそう思ったので、興味あったら読んでみてください)
誰もやりたくないとしても、止めることなんかできない。
だから、自然災害と同じで、それに備えて心の準備をしておくしかないんだ。
自分はどうするか?
何を選択するか?優先するか?
何を守るか?
何を選んだら、一番マシなのか
今のうちに考えて、決めておこうと思ってる。
そのあと
(たとえばすぐにでも)
死ぬとして
その瞬間に
どの選択なのか
今のうちによく考えて、決めておこうと思ってる。
あの話 意図的に不自然な所をいくつか入れてるような気がした。
いや 90年代以降だったら何もおかしくないんだよ。様々な障害を正しい努力と発見でくぐり抜けていくチート入った主人公たちで普通に話作れるんだ。
フランス人とまともに話せるフランス語をあの時代に身につけてるだけでもう、上澄みの中の上澄み。
フジコの方は下手をすると英語も堪能かもしれないという描写すらある。
だけど、20世紀初頭の話なんだよ。最近鬼滅の刃とかゴールデンカムイのおかげで妙にみんな解像度が高くなってるあの時代だよ?
あの時代のパリで保護者もいない状態で安いアパルトマンに住んでたり夜の街を歩いてたり顔も知らない相手との縁談話が持ち込まれたり、
正直観ている最中「時代という名の波」に負ける二人のバッドエンドスチルがガンガン頭に浮かんでくる。
私も主人公二人の父親世代だからもう心配で心配で仕方なくなる。
私見なんだけど、演出が少しずつ少しずつ現実離れしてくる感じがしたんだ。
特にクライマックスの辺り。あんなにガルニエ宮(オペラ座)の周りが空いてるか?とか、最後に妙に長い「世界がこうだったらいいな」という台詞とか。
これが駄作だったらただのツッコミ処になるんだけど、あのレベルの作品でそれは絶対にない、と思う。
本当に個人的なただの妄想なんだけど、あの話は「夢」なんじゃないかと。
望まない相手との婚姻とか性別による社会的な抑制とか、異人種に対する差別とか戦争とか犯罪とか現代とは比較にならないくらい高い「死」のリスクとか、そういった波に負けた無数の人達が最後に見た「夢」に思えてならない。
そうすると、ところどころに出てくる現実の暗いシーンとかエンディングの絵があれだけ暗い説明にはなるんじゃないかな、と。
主人公たちの「覚醒(もしくは開眼)」シーンも現実味をあえて薄くしてるというのか、あそこにたどり着けなかった人たちが思う憧憬という感じがしたんだよね。
原発への着弾は、単なる攻撃対象の追加ではない。戦争の意味そのものを変える。
放射能、ロシア、湾岸の水と空港まで。いま市場がまだ織り込んでいない最悪の連鎖を読む。
これまで、この戦争を読むときの主題は原油だった。ホルムズが閉まるのか。保険は戻るのか。ブレントはどこまで上がるのか。市場も読者も、戦争の意味を主にそこに置いてきた。
だが、ブーシェフル原子力発電所の敷地に着弾したという報道が出た瞬間、話は変わった。ここから先は、もう原油価格のニュースだけではない。核事故リスクを抱え込んだ戦争になる。
@TrumpPostsJA
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【速報】🇮🇷 イラン、米・イスラエル製ミサイルがブーシェフル原子力発電所に命中と発表。
ここで重要なのは、「原発が大破したのか」ではない。そこをめぐる情報はまだ揺れている。現時点で IAEA は、イランからの通報としてブーシェフル敷地への着弾を確認しつつ、施設への損傷や職員の負傷は報告されていないとしている。
だが、それでも意味は十分に大きい。原発への着弾は、原油価格のニュースではない。戦争が「事故の確率」まで抱え込んだという意味だ。
ここで読者の理解をそろえておきたい。ブーシェフルは、ナタンズやフォルドウとは性格が違う。濃縮施設ではない。実際に稼働している原子力発電所だ。
この違いは大きい。発電中の原子炉は、核燃料、冷却、外部電源、使用済み燃料の管理まで含めて、事故リスクの構造がまったく違う。単に「核関連施設が攻撃された」というひとまとめでは読めない。
IAEA のグロッシ事務局長は、以前からブーシェフルについてはっきり警告している。イランの核施設の中でも、攻撃の結果がもっとも深刻になりうる場所だと。直接被弾すれば、大量の放射性物質が環境に放出されるおそれがある。さらに、原子炉に電力を送る外部送電線が失われれば、炉心溶融につながる可能性があるとも明言している。
この戦争は、核兵器開発をめぐる施設攻撃の段階から、民生事故を引き起こしかねない発電所の段階へ一歩踏み込んだ。そこが決定的に違う。
ロシアが「即時」の戦争終結を呼びかけたことも、単なる平和発言として読むと外す。
@TrumpPostsJA
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【速報】🇷🇺 ロシア、米国・イスラエル・イランに「即時」の戦争終結を呼びかけ。
ロシアは、ブーシェフルにとって外部の観客ではない。Rosatom が建設・運営・増設に深く関わってきた当事者であり、AP によれば現時点でも約480人のロシア人が現地に残っている。追加の避難準備も進んでいる。
つまり、ブーシェフルが危険になる瞬間、モスクワは「仲介者」ではなく「利害当事者」に変わる。ロシアが急に声を上げたのは、平和主義だからではない。ブーシェフルがロシアの人員と資産を巻き込むからだ。
ここで戦争の意味はさらに変わる。原発事故リスクは、イラン国内だけの問題で終わらない。ロシアの面子、技術、人員、外交的立場まで巻き込む。つまりブーシェフルに近づいた瞬間、この戦争はホルムズと原油の話から、大国が事故管理に巻き込まれる話へと変質する。
原発事故の怖さは、放射線という言葉だけで語ると小さく見える。本当に止まるのは、もっと広い。
ブーシェフルは湾岸沿いにある。ここで事故リスクが高まるということは、周辺国にとっては単なる「放射能が怖い」という話ではない。港湾、空域、避難計画、保険、漁業、海水淡水化、都市機能まで全部が一気に不安定化する。
湾岸諸国にとって海は輸送路であるだけでなく、水そのものでもある。大規模な海洋汚染や事故不安が広がれば、問題はタンカーだけでは済まない。淡水化設備への警戒、海上交通の制限、保険の再評価、空港や港湾の運用見直しまで連鎖する。
しかも核事故リスクは、「実際に漏れた瞬間」にだけ効くものではない。「漏れるかもしれない」と市場や政府が考え始めた瞬間から効く。航空会社は経路を見直し、保険会社は条件を変え、政府は避難計画を更新し、企業は駐在や物流の判断を変える。
ここでドバイやUAE、湾岸全体は、原油だけでなく「水と都市機能」の面でも恐怖を抱えることになる。これまでのホルムズ危機は、海峡と保険の問題だった。ブーシェフル以後は、そこに生活インフラの問題が加わる。
ここからはシナリオだ。最悪は漏れた時ではなく、漏れるかもしれない時に始まる
シナリオAは、近傍着弾のみで終わるケースだ。放射性物質の外部放出は起きない。だが、それでも安心は戻らない。原発の敷地に着弾したという事実だけで、保険は重くなり、空域や海域の警戒は強まり、周辺国の政治圧力も上がる。事故は起きなくても、「事故前提の運用」が始まる。
シナリオBは、外部電源や補機、冷却系統の一部に波及するケースだ。この段階では、緊急停止、避難半径の設定、周辺海域の警戒強化、空港や港湾の運用見直しが一気に現実味を帯びる。ここで止まるのは原発だけではない。湾岸全体の都市機能が慎重運転に入る。
シナリオCは、原子炉本体や使用済み燃料プールに重大損傷が及ぶ最悪ケースだ。この場合、越境汚染、水供給への打撃、港湾と空域の長期制限、湾岸都市の信用低下まで広がる。問題はイランの一施設ではなく、湾岸全体の非常事態になる。
この三つの段階のうち、市場が最初に値付けするのは放射能漏れそのものではない。漏れる可能性が生んだ制度停止である。そこが最も大きい。
これまでのホルムズ危機は、海峡と保険の話だった。どれだけ流れるか、どれだけ高くなるか。だが原発事故リスクが入った瞬間、そこに核安全保障と民生インフラの話が重なる。
ロシアは動かざるを得ない。湾岸諸国は水と都市機能まで考えなければならない。保険と航空は、単なる戦争危険料ではなく「原発近傍リスク」を織り込み始める。欧州にとっても、これは単なる中東のエネルギー問題ではなくなる。原子力事故の管理という、もっと政治的で、もっと神経質な話になる。
つまり、これまでのように「原油がどこまで上がるか」だけで見ていると、遅れる。この戦争は、原油をめぐる戦争から、原発事故を起こしかねない戦争へ、一段階進んだ。
この先、本当に大事故が起きるかどうかはまだ分からない。現時点では、損傷や外部放射線上昇は確認されていない。
原発の近くに落ちた時点で、政策も市場も「事故は起きていないが、起きうる」という前提で動かざるを得なくなる。そこから先は、海峡を開ければ済む話ではない。原油価格だけで測れる話でもない。水、港湾、空港、保険、避難、大国外交まで全部が巻き込まれる。
ブーシェフルに当たった瞬間、この戦争は原油を巡る戦争ではなくなった。いま世界が抱え込んでいるのは、核事故という“起きていない災害”まで織り込まなければならない戦争だ。