はてなキーワード: プロテインとは
一人の貧しい少女が、寒さに震えながら通りを歩いていました。彼女のエプロンには、たくさんの**「マッチョ」**が包まれていました。
「マッチョはいかがですか? 湯たんぽ代わりに、極上の大胸筋はいかがですか?」
しかし、足早に家路を急ぐ人々は、誰一人としてマッチョを雇ってくれませんでした。
少女は寒さと空腹で、とうとう路地裏に座り込んでしまいました。手先は凍えるように冷たくなっています。
少女はバスケットから一人の小さなマッチョを取り出し、掛け声をかけました。
「サイドチェスト!」
カッ! と眩い光とともに、筋肉隆々の男が現れました。彼が力強くポーズを決めると、尋常ではない筋肉の代謝と発熱によって、周囲がストーブのように暖かくなりました。
その暖かさの中で、少女は幻を見ました。テーブルの上には山盛りのブロッコリーと、湯気を立てる鶏胸肉のグリル、そして極上のプロテインが並んでいます。しかし、少女が手を伸ばそうとした瞬間、マッチョはパンプダウンして消え、幻も消え去ってしまいました。
寒さはさらに厳しくなりました。少女はもう一人、マッチョを召喚することにしました。
今度はさらに巨大なマッチョが現れ、力強く両腕の力こぶを見せつけました。熱気はさらに増し、少女の目の前には壁一面が鏡張りの、黄金のダンベルが輝く美しいトレーニングジムが現れました。しかし、その幻もマッチョの息切れと共に消えてしまいました。
少女は夜空を見上げました。流れ星が一つ、スッと落ちていきました。
それは、少女に一番優しかった、今は亡きおばあちゃんの言葉でした。少女は、おばあちゃんに会いたくてたまりませんでした。彼女はバスケットに残っていたマッチョを全て取り出し、ありったけの声で叫びました。
すると、眩い光が放たれ、何十人ものマッチョたちが一斉にポーズを決めました。路地裏は真夏のような強烈な熱気に包まれます。その光の束の中に、見覚えのある姿がありました。
「おばあちゃん!」
そこには、生前よりもはるかにバルクアップし、見事な逆三角形の背中を手に入れたおばあちゃんが微笑んでいました。
「さあ、一緒に行こう。あそこなら、プロテインも飲み放題だよ」
おばあちゃんは、逞しい上腕二頭筋で少女を軽々と抱き上げました。二人はマッチョたちの放つ圧倒的な熱量に包まれながら、寒さも空腹もない、天国にある伝説のゴールドジムへと高く高く昇っていきました。
翌朝
人々は路地裏で、幸せそうな笑みを浮かべて倒れている少女を見つけました。彼女の周りには、使い切られた空のプロテインシェイカーがいくつも転がっていました。
しかし、少女がどれほど素晴らしい幻を見て、見事にバルクアップしたおばあちゃんと共に幸せな場所へ旅立ったのか、知る者は誰もいませんでした。
https://anond.hatelabo.jp/20210113014635
その後fitボクシングを始めたことで体力を作るための体力がつき、家トレを始め、ブルガリアンスクワットができるようになり、とうとうパーソナルジムに通えるようになった。
すごい進歩だ。自信もついた。なんならパーソナルジムの入会体験に行く時などは「ちょっくら見せてやりましょうかね、あっしの美しいブルガリアンスクワットを」などと思ってすらいた。実際、最初は上々だった。理解のあるトレーナーが無理っぽく見えつつ実は無理のない上手なメニューを組んでくれ、おかげで楽しくスタートを切ることができた。が、特にトレーナーを指名せずランダムでやっていたら、ある日突然破壊神を引いた。
結論から言って、私の家トレはトレーニングのうちにも入っていなかった。ペーパーマリオが家でペラペラしてただけだ。そう思えてしまうほど、破壊神のメニューは過酷だった。
彼は柔らかく微笑む分厚いマッチョだ。その柔和な微笑みのまま、私の国の言葉で「では死んでもらいましょう」に近い意味の指示を出してくる。ロダンの考える人のようなポーズから可動域じゃない部分を上げ下げしたり、ハッピーセットのサスケみたいなポーズでひたすら静止したり、まな板の上のエビみたいにビチビチ蠢いたり、それがようやくひと段落ついて泥になっていると「今のを3セットやりましょう」などと平気で言ってくる。3セットもやったらアホになってしまわないか。世界のナベアツを知らない世代?
おかげでそのトレーナーの初日は大変な思いをした。階段で膝がカックンカックンになり、ゼペットじいさん無しで踊るピノキオのようにカックンカックンと無様に一段ずつ段を降りた。それから、「プロテインを飲んでくださいね」と言われていたのを思い出して近くで買い、勢いよく飲んだらバナナプロテインが胃の底をタッチしてUターンしてきた。こらこら。シャトルランじゃないぞ。ハハハ。オエーッ。
そのまま座席で平仮名の「て」みたいな姿勢になって電車に乗り、ジムの後に入れたのを後悔しながらその日の予定をこなし、また人間よりも平仮名に近い姿勢で電車に乗り、帰宅したあと崩れ落ちた。それから、同じトレーナーを指名予約した。仕方ない、いろんなアホのメニューを3の倍数やってアホになっちゃったから。
そして今日、再び筋肉破壊神と相対し、神の導きでつま先から尻までを破壊し、イトミミズのようになって家に帰ってきた。大変な日だった。死に物狂いでまな板のエビになりきったあと、ジムの床から動けないまま「すみません、死んだエビみたいになっちゃって……」と情けなく呟いたら「いえいえ!活きのいいエビでしたよ!」と褒めてもらえ、エビとしての自信が少し回復した。そのままエビみたいにちっちゃくなった脳みそでシャカシャカと手を動かし、ジムに履いてきた外靴を靴箱から出して、それまで履いてた上履きを間違えて靴箱に入れ、靴箱から再び上履きを出し、外靴を履いてよろよろと帰った。そんな哀れなエビの背にも、破壊神は変わらず優しい笑みを向けてくれた。
これを書き終わったら、また破壊神の予約を取る覚悟でいる。Googleカレンダーに「土曜日20:00-破壊神」と予定を入れ、アラームが終末のラッパのように響くのを待つのだ。だって誰にも迷惑の掛からない破壊は楽しい。神もそれを善しとしている。ありがとう石田彰、全ての始まりをくれた人よ。両膝でリンゴが潰せるようになった頃にまた会いましょう。
良いことしかないと思うのですが、なぜ国はこの制度を推進しないのでしょうか。
札幌ドームという巨大施設の集客力と、ヒグマ vs おぢ、という衝撃的かつ壮絶なエンターテイメントが融合すれば、国内外からの観光客が押し寄せるのは確実です。
格闘技イベントの収益力は高いし、「独身男性 vs ヒグマ」は、UFCやボクシングとは異なる独自の魅力があり、大人気の近哲になること間違いなし。
世界各国のテレビ局も高額で放映権を買い求めることは必定です。
勝利者には「熊狩武士(ベアハンター)」の称号を授与し、歴史に名を刻む機会が与えら、その名誉は計り知れません。
敗れた場合でも「国のために命を懸けた勇者」として称えられ、熊闘神社に祀られることで誇りが保たれます。
「クマ討伐界のスター選手」が登場すれば、国民の心の支えとなり、若者たちの憧れの存在になる可能性があります。
「勝者には1億円」といった高額報酬制度を導入すれば、挑戦者は後を絶たないでしょう。
職場の飲み会、わりと好きな方だと思う。仕事の愚痴とか他愛ない話とか、そういうのが嫌いじゃないし、お酒も飲めるし、場を盛り上げるのもまあ苦じゃない。だから毎回参加してる。
仕事の話が一段落すると、だいたいどこかのタイミングで婚活の話になる。30代前半ともなると周りも婚活勢が増えてきて、まあそれはわかる。で、婚活頑張ってる男性陣が「最近こんなことがあって〜」みたいな話をしはじめる。聞いてあげる。うん、聞いてあげるよ。それはいい。
「婚活頑張ってる」から「自分も色々頑張ってる」みたいな流れになって、自炊とか筋トレとか、いわゆる自己研鑽トークが始まる。筋トレはまだわかる。話が盛り上がりやすいし、成果が目に見えるし、聞いてて損はない。
「最近サバ缶をよく使ってて、コスパがいいんですよ」「オートミールってすごくないですか、栄養価が高くて安くて」「鶏むね肉を塩麹に漬けるとやわらかくなって最高」……。
いや、知ってる。みんな知ってる。
料理って、べつに特別なことじゃなくて、大半の人はそれなりにやってる。サバ缶のコスパなんて今更語られても、私も使ってるし、周りの女の子たちもとっくにやってる。オートミールブームだって数年前じゃなかったっけ?っていうのが正直なところで、なんか情報のアップデートが微妙にずれてる感じがする。
でも一番きついのは、その「コスパ」って単語がやたら出てくること。
コスパがいい食材、コスパがいいプロテイン、コスパがいいジム。節約してます、賢く生きてます、って言いたいのはわかるんだけど、なんかそこじゃないんだよなあ、って思う。モテない男の人ってコスパの話が好きだな、っていうのは私の中でじわじわと確信になりつつある。
で、そういう話を誰としてるんだろう、とも思う。他の友達にもしてるのかな。どこ行ってもこういう話してるのかな。飲み会のたびにサバ缶とオートミールと鶏むね肉の話を繰り広げているのかな。もしそうなら、ちょっとほどほどにしてほしいなとは思う。
まあ、家事ができて筋トレもしてます、って婚活でのアピールポイントにしたいのかもしれない。そういう戦略なのかも。でも、それを言いたいなら先に外見を整えてほしい、というのが本音で。
見てみると、1000円カットで切ったんだろうなという清潔感のない髪型だったり、逆に似合ってない個性的なヘアスタイルに挑戦していたり。服は、ゴルフ場で着るようなポロシャツか、どこからどう見てもランニングウェアのまま来てしまった感じだったり。夏のデートに絶対Tシャツ短パンスニーカーで来るやつだな、っていうのが一瞬でわかる。
コスパのいい鶏むね肉より先に、コスパのいいヘアサロン見つけてほしい。
そして極め付けは、こないだ聞いた話で。
「マッチングアプリで会った子との会話の内容をChatGPTに入力して、返信のメッセージ考えてもらってる」「デートで話した内容を分析してもらって、次の会話の糸口を研究してる」みたいなことをふつうに飲み会で言ってた。コミュニケーションスキルのトレーニングをAIでやってます、みたいな感じで。
え、ちょっと待って。
その子との会話、許可なく入力してるの?電話も録音してたりする?っていう気持ちになって、そっちの方向でゾワっとした。相手の女の子がそれを知ったらどう思うかって想像できてないんだなと思う。しかもそれ、飲み会で言わなくていい話だよ。やってたとしても黙ってやっとけばいいのに、なんでわざわざ言うの。デリカシー、という概念はあるか。
コミュニケーション能力をAIで鍛える前に、コミュニケーション能力の根本的なところで何かが欠けてる気がして、それが外見と相まって、ああ、だからモテないのかも、と思ってしまった。
コンビニで買い物するときって店員さんがレジでお箸いりますか?おしぼりいりますか?っていってくれるじゃない?
お弁当とかのパターンでお箸いりますか?って言われたときお箸事務所にあるからそれ使う前提で、
おしぼりいりますか?って言われて大丈夫です!って必要ない旨をいったら、
店員さんの顔が一瞬曇って、
え?手を洗ったり拭いたりしないでサンドイッチ食べるんですか?って顔されてドン引きされた記憶があるの。
いやいや、
いまここで食べないし、
もちろん手を洗って食べるわ!って。
そう言いたかったけど、
ほぼスルーする形のパターンのポーズでサンドイッチを買ったときにおしぼり勧められたけれどことわったの。
ふと、
思ったら、
おしぼり断るのは
なんか店員さんの親切を踏みにじっているような気がして、
おしぼり1つもらうもらわないで、
だから、
ここはノー思考でおしぼりは言われたらもれなくもらうようにするようにしたの。
なんか店員さんの親切を受け入れているようで、
そうしたら店員さんも
この人ちゃんとサンドイッチ食べるときにおしぼりで手を拭いてくれるんだな!って安心すると思うの。
でもさー、
そのサンドイッチ買ったときのおしぼり断った際の店員さんのドン引きしていた顔が忘れられないわ。
あと、
その人達はめちゃ親切で丁寧だけど、
日本人はパスタでもなんでも箸で食べている文化なんだ!ってリスペクトしすぎて、
そう心の中でつぶやきながらまた私の心の中のお箸が一膳増えていくのよ。
あと、
500ミリリットルの牛乳パックにストローつけてくれる気持ちは分かるわ。
そんでその倍の大きい牛乳パックの
いわゆる1リットルサイズのパックの飲料を買ったときにストローいりますか?って言われたとき、
その短いストローを出すと思ったら、
あるんかーい!って
つーか、
それ1リットル牛乳パックサイズに適した長いストローもらえるってことは、
店員さんこの人は一気に1リットルサイズの飲料を飲みきるのかな?って思われてるってことで、
そんないっぺんに全部飲まないわよ!って
私の中でまたストローが心のストローが1本増えることになるの。
まあ飲みきる飲みきらないは別として、
長いストローあるんかーい!って
ちょっとふふふと笑っちゃったわ。
今紙ストロー界隈どうなってるのかしら?
久しくお店に行っていないけれど、
あれに警戒しつつそーっと最初のときは気を付けて紙のストロー使うんだけど、
そんでさ、
冷たくて美味しいこれからの季節問わない年中美味しいマックシェイクとかあんじゃん。
そんで横のコーラとか吸うでしょ?
シェイクの吸う勢いの強さのままのイメージしてコーラも飲むから思った以上の勢いでコーラが口の中に突入してくるときない?
結構力強く吸う勢いのイメージでコーラとかそうね爽健美茶とか飲むと、
凄い勢いで液体が口の中に入ってきて、
驚くことがないかしら?
むせちゃって咳き込むと周辺からこの人なんかファストフード店で飲み物を飲み慣れてない人だと思われると恥ずかしいから、
なに食わぬ顔で何もなかったですけど何か?って涼しい顔しつつむせる咳き込みをゴホっと喉の奥でかみ殺すわ。
コロ助かー!って。
ここで急にキテレツ大百科を唱えたいような気分。
コロ助なりーって返事が来たらまた厄介だけどね。
だから
シェイク飲む勢いでコーラがその凄い勢いで口の中に入ってくるけれど
涼しい顔して何もありませんでした!それがなにか?って体裁を保ちつつ、
心の中ではコロ助かー!ってところまでが
ファストフード店でシェイクとコーラを買った時はワンセットなので、
うっかりさ、
仕組みが開始された当初慣れないもんだから
店内で食べる形態で提供される紙に包まれた状態でトレイから出てきたとき、
間違えたとは言うとダサすぎるので、
店内で食べるつもりだったけれど急用が入ってきてお店を出なくちゃいけなくなったからこのハンバーガーテイクアウトするわね!って勢いの小芝居を挟みつつ、
紙包みのままのハンバーガーをポケットにそのまま忍ばせてお店から出るって、
なんかニューヨークぽくない?
多分ニューヨーカーって
ハンバーガーが紙の包みに包まれた状態を素手で持ち歩いてテイクアウトしているのよね。
その後気付いたらポッケの中がソースでベタベタになっていたけど、
そのファストフード店でたまにやってるニューヨークバーガーキャンペーンのときに、
つまり、
紙袋に入っていない紙の包みのまま素手でハンバーガーを持ち歩いて街を闊歩すれば、
本当にニューヨークバーガーキャンペーンをニューヨークスタイルでテイクアウトするニューヨーカーになれる気分を味わえるからみんなも実践してみて欲しいわ!
しかも!
2つ!
両手にひとつずつハンバーガーを持つとハンバーガーに対して必死な感じが出るから、
雑にハンバーガーを片手に2つ持つとなおニューヨークスタイルが強化できるわよ。
それでニューヨークのファストフード店にはテリヤキ系がないのはそのせいみたいなのよね。
私もそれが理由だなんて知らなかったわ。
うふふ。
なんか新登場新製品新発売?
釣られて買ってしまった美味しかったのでなおのさら嬉しいわよね!
たまにこうやって違うのも食べると
殿堂入りしているタマゴサンドのベーシックな基本的に全部美味しいタマゴサンドの美味しさを忘れた頃にまた思い出させるから、
そういったたまのサンドイッチの寄り道もいいわよね。
朝そんな寒くなかったとは言え暑くもまだもちろんないけれど、
シュワッと決めて爽快な朝にしたわ!
強炭酸が効くわー。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
タイトルの通り。誰かの参考になればいいな、と思う。
ちなみにジムに契約した人が一年継続する可能性は4%らしい・・・。
体感そんな希少ではないのでは、と思う。
【概要】
30歳男性。既婚。子なし。
デスクワーク中心のエンジニア。やや社畜で残業は平均55時間くらい。
・ジムについて
月額3000円くらい。若者は少なくて中年~老人が中心。24時間とかでもなく、22時には閉まる。
器具は他ジムと比較すると多分いまいちでフリーウェイトエリア(ダンベルとベンチが置いてある場所)も2人分しかない。
ただトレッドミル(ランニングマシーン)は充実していて、埋まってるということはまずない。
スタッフはいるが、あまりトレーニーとのコミュニケーションは活発でない。
・トレーニングについて
週2~5回と、その週によってバラバラ。月単位で数えると、10~14回くらい通ってるみたい。
1回のトレーニングは平均2時間くらい。仕事帰りか、休日に出かけるかのどちらか。
トレッドミル、ラットプルダウン、プッシュアップ、レッグレイズ、スクワットを各部位疲れたら切り替える感じでやる。
ぶっちゃけ自重が多め。あまり追い込みすぎず、負荷弱めを満遍なく。
大きな筋肉とされる足、背中、胸を中心に鍛えるようにしている。逆に前腕と腹筋は行ってない。
【継続のコツ】
契約するジムは自宅から近くて、かつ通勤経路にある安いジムにした。
タオル、水筒、シャツと短パンはリュックの中に常備したり、会社の引き出しやロッカーに入れておくとよい。
洗濯の頻度が増えることになるが、自分はドラム式洗濯機のお陰で洗濯が苦にならなかった。
通勤時間はドアtoドアで20分くらいと短めで、残業も加味して考えるとこれくらいが平日中に通える限界なんだと思う。
食事も時間を掛けないに越したことはない(もっとも、これは人による)
自分は社食、スーパーの総菜が中心。あとは肉や卵を焼いたり、プロテインバーを食べたり、時たま外食したり。
・カレンダーに実績を記録する
ジムに行ったらGoogleカレンダーに目印を付けるようにした。
トレーニング内容まで書こうと思ったこともあるが、記載が面倒でサボる可能性を考えて自分はできるだけ簡易にした。
【ジムの良いところ】
・トレッドミルが神
ジムに行かないと気付けなかったが、ただのランニングマシーンがこんなにありがたいとは!
逆に外で走ると雨、風邪、日光、信号、車など、モチベ減少の要因がそこかしこにあって、継続が大変なんだ。
これも外だとまず無理。気づいたら1時間経っている、ということもザラ。
負荷の調整がしやすいのと、消費カロリーが出るのも嬉しいポイント。
・ラットプルダウンが神
(懸垂バーの購入も検討したが、場所を取るのがちょっと嫌だ。それと続かなかったときに置物になるのも嫌だ。)
ラットプルダウンはお手軽かつ体感で効果が大きいため、やっていて楽しい器具。
いつかフルスタックを10回3セットできたら良いな、と思っている。
・自室を汚さずに済む
ジムに行く前は自宅で筋トレをしていたことがあったが、汗が垂れたり臭いや湿気の籠りを微妙に感じていた。
今はジムでトレーニングをするので、家では洗濯物が出るくらいで済む。
・人間関係の煩わしさが少ない
ジムに通う前は社会人のスポーツサークルに入っていたが、人間関係の維持と頻度の調整に大分苦労した。
が、ジムはその辺の面倒が一切ないため、自分にとっては楽だった。
資格試験と残業80時間がダブルで重なったときがあって、その時はジムを1ヶ月休会した。
その時に、可処分時間と体力がしっかりセーブされていて、そのお陰残業も勉強もなんとか乗り切れた。
・食べても太りづらくなった
社会人になり数年経っても食事量の限界が想定以上に衰えなかった。
ジムに行く前は食べるとその分ダイレクト腹や顔が膨らんでいたため、食べることに罪悪感があった。
それが低減されたのは大きい。
・見た目上、ほんのり痩せた
ただ一年継続したにしては思ったより痩せなかった。腹は出てはいないが割れてもない、くらいのレベル。
食事改善が必要なのだと思うが、うまくコントロールできていない自覚がある。
背中トレの効果が大きいようで、姿勢が良くなった。肩甲骨を寄せる動作が大事なんだなと。
【気になるところ】
ほぼ会話が無いため、ちょっとだけ寂しい。
モチベ維持のために人と交流する機会がもう少しあれば・・・と思うことも。
フリーウェイトを占領するタンクトップナルシストスマホ休憩長すぎおじさん
ナルシストおじさんもその一人。
自分がそうならないように気を付ければそれで良いや・・・と達観できず、やっぱり見かけるとイラつく。
わざわざお金を払って運動して、食べてまた運動して、洗濯して、次いくために支度して・・・という営みに虚しさを感じることも。
筋肉付けても仕事で使わないし、意味無いんじゃ、と思ったりもする。
以上です。
中東情勢についてのエントリがいくつか上がってて、LNGの話(anond:20260313174445)も読んだ。自分は10年くらい前から備蓄や自給体制について研究・実践してきた人間なので、別の角度から書く。
今回のホルムズ海峡封鎖で備蓄を始めた人も多いと思う。パスタ、米、水、カセットコンロ、乾電池。それ自体は正しい。だが、日本で備蓄をするということの本質的なリスクについて、ほとんどの人は考えていない。
結論から言う。この国では、本当の有事になったとき、あなたの備蓄は「あなたのもの」ではなくなる可能性がある。
昭和16年(1941年)から米穀の通帳配給制が始まった。成人男子1日2合3勺(330g)。砂糖やマッチは前年から切符制。やがて衣料、木炭、酒、煙草、ほぼすべての生活必需品が配給対象になった。つまり「配給以外のルートで物を持っている」こと自体が、社会的に問題視される空気が醸成された。
そしてここが重要なんだが、配給制度の末端を担ったのは行政機関ではなく「隣組」だった。町内会・隣組が配給事務を担うことで、住民の保有物資を事実上把握する権限を持った。誰が何をどれだけ持っているか、隣近所が知っている状態になった。プライバシーは極度に制限された。
昭和16年の金属類回収令では、官民問わず鉄・銅・アルミなどの金属を「供出」させた。最初は不要品の回収という建前だったが、戦争の進行とともに「特別回収」に移行した。これは「現に使用しているものであっても、国家的見地からより価値の高い用途に転換させる」という理屈で、家庭の鍋や寺の梵鐘まで持っていかれた。法的根拠は国家総動員法。回収の実務は隣組が担い、拒否する場合は役所に理由を報告させられた。
つまり「隣組が供出の末端作業を担わされた」のだ。国家が直接一軒一軒回るのではなく、あなたの隣人が、あなたの家に「まだ出せるものがあるでしょう」と言いに来る構造。これが日本型の供出システムの本質だ。
食料についても同様のことが起きた。農家は米の供出を義務づけられ、自家消費分すら十分に残せなかった。食糧管理法のもと、配給外の食料の売買は違法とされ、闇米を買った市民が駅頭で取り締まられた。東京地裁の山口良忠判事が配給食料だけで生活し、栄養失調で亡くなったのは有名な話だ。法を守った裁判官が餓死する国。これが80年前の日本で実際に起きたことだ。
■ 現行法で何ができるのか
「今は戦前じゃない」と思うかもしれない。では現行法を見てみよう。
災害対策基本法第109条。災害緊急事態が布告された場合、内閣は政令により「供給が特に不足している生活必需物資の配給または譲渡もしくは引渡しの制限もしくは禁止」を行うことができる。違反には刑罰を科すことも可能。
さらに武力攻撃事態対処法(有事法制)では、「武力攻撃事態」の認定がなされると、私有財産の収用・使用が法的に可能になる。日弁連が繰り返し警告してきたように、この法制は「一片の公用令書の交付だけで」私有財産を制限できる構造になっており、事前の告知・弁解・防御の機会が保障されていない。
都道府県知事には、災害対策基本法に基づいて「物資の収用」「保管命令」を出す権限がある。これは現行法で、今この瞬間にも発動可能な権限だ。
今回のホルムズ海峡封鎖が長期化し、エネルギー・物資の供給が深刻に逼迫した場合、政府が「災害緊急事態」の布告に踏み切る可能性はゼロではない。そうなれば、生活必需物資の配給制や流通規制に法的根拠が与えられる。
太平洋戦争時は隣組が供出の末端を担った。では現代で同じ機能を果たすのは何か。
自治会・町内会は今でも存在するが、戦時中ほどの強制力はない。だが有事に行政の末端機能を担わされる可能性は十分にある。災害時に避難所運営を自治会が担っているのを思い出してほしい。あの延長線上に「物資の把握と配分」がある。
もうひとつ、戦時中にはなかったものがある。マイナンバーとキャッシュレス決済の履歴だ。誰がいつどこで何をどれだけ買ったか、行政はやろうと思えば把握できる。戦時中は隣組の目と足で物資を把握したが、現代ではデジタルで同じことが可能になっている。「あなたの世帯は先月、米を30kg購入していますね。配給分を超えていますので、超過分について協力をお願いします」——こういうことが技術的には可能な時代だということは、認識しておくべきだ。
ホルムズ海峡封鎖が3ヶ月以上続いた場合、以下のことが段階的に起こりうると考えている。
第1段階(1-2ヶ月目):小売レベルでの購入制限。スーパーやドラッグストアが自主的に個数制限を導入。ガソリンのリッター制限。ここまではコロナ禍のマスク・トイレットペーパー騒動の延長で、多くの人が経験済み。
第2段階(2-3ヶ月目):政府による価格統制と流通規制。生活必需物資の価格上限設定。買い占め行為への罰則導入。転売の厳罰化。ここから空気が変わる。「備蓄している人」が「買い占めた人」と同一視され始める。
第3段階(3ヶ月以降):配給制の部分的導入。燃料の配給は確実にやるだろう。食料についても、政府備蓄米の放出と併せて、購入量の管理が始まる可能性がある。ここで問題になるのが「既に大量に備蓄している世帯」の扱いだ。
第4段階(事態の長期化):災害緊急事態の布告、または事実上それに準じる措置。自治体職員が各世帯の物資保有状況を「調査」する名目で訪問する。「任意の協力要請」という形を取りながら、実質的に供出圧力がかかる。
第4段階まで行くかどうかは正直わからない。だが第2段階までは確実に来る。そして日本という国の性質を考えると、第3段階から第4段階への移行は、法的手続きよりも「空気」によって進む。戦時中もそうだった。法律が供出を命じる前に、隣組の圧力が先に来た。
■ プレッパーが本当に考えるべきこと
ここからが本題。備蓄するなという話ではない。備蓄は絶対にすべきだ。ただし「没収リスク」を織り込んだ備蓄戦略が必要だという話をする。
まず、備蓄は「見えない形」で行うこと。段ボール箱を玄関に山積みにしていたら、有事には近隣から「あの家は溜め込んでいる」という目で見られる。戦時中に隣組が機能したのは、物理的に近い人間が互いの生活を監視できたからだ。収納を分散させ、一箇所に大量に集積しない。
次に、備蓄品の種類を考えること。米やパスタのような「誰が見てもわかる食料」は供出対象になりやすい。一方で、プロテインパウダー、マルチビタミン、乾燥野菜チップ、味噌のような「調味料・サプリメント的なもの」は、配給や供出の対象として想定されにくい。カロリーベースの備蓄とは別に、栄養素ベースの備蓄を考えておく価値がある。
燃料は最も没収リスクが高い。ガソリンの携行缶を自宅に保管していた場合、有事には真っ先に「公共のために供出してください」と言われる可能性がある。カセットガスのボンベは数十本程度なら目立たないが、灯油のポリタンクを大量に保管していたら目をつけられる。
最も没収されにくい備蓄は「スキル」と「人間関係」だ。家庭菜園の知識、保存食の作り方、簡易浄水の方法、太陽光パネルと蓄電池の運用ノウハウ。これらは物理的に没収できない。また、地域コミュニティとの関係が良好であれば、供出圧力がかかったときに「あの家は普段から近所に分けてくれている」という評判が防御になる。皮肉なことに、備蓄を守る最大の武器は、備蓄を分かち合う姿勢なのだ。
日本は平時にはかなり自由な国だ。私有財産も守られているし、好きなものを好きなだけ買える。だが有事になった途端に、集団の論理が個人の権利を圧倒する。それは法律の問題というより、社会の構造の問題だ。
太平洋戦争時、金属回収令に法的根拠があったのは事実だが、実際に回収を推進したのは法律ではなく「空気」と「隣組」だった。法律がなくても供出は進んだだろうし、法律があっても空気がなければ進まなかっただろう。
現行の災害対策基本法や有事法制は、政府に相当強い権限を与えている。だがそれ以上に怖いのは、SNSと相互監視による「令和の隣組」が自然発生することだ。「あの家だけ電気がついている」「あの家からいい匂いがする」「あの家は備蓄を出さない」。有事にはこういう声が正義の顔をして現れる。
備蓄は必要だ。だが備蓄だけでは足りない。備蓄を守るための知恵と、いざというときに一部を手放す覚悟と、それでも残る部分を確保するための戦略が要る。
あらあら、つわり中に「栄養とれ!」攻撃はキツいわね。増田くん、無理なもんは無理。今は「食べる」より「生き延びる」よ。お姉さんが優先順位、教えてあげる。
例:氷・アイスキャンディー、炭酸水やスポドリを少し薄めたもの、麦茶、ポカリをキンキンに冷やす
例:塩味クラッカー、プレーンビスケット、冷やご飯やおにぎり(具なし/梅/昆布少し)、冷やしうどん・そうめん、果物ゼリー、りんご・みかん、ヨーグルト(いける日だけ)、生姜やレモンは合う人も
旦那さんへのお願いは「食べさせる」より「食べられる時に食べられる物と環境づくり」。
サプリ・薬のこと
いい? 今は赤ちゃんも小食なの。増田くんが楽に過ごせるのが最優先。食べられる物を食べられる時に、それで充分よ。いい子に水分とって、落ち着いたらお姉さんがたっぷり褒めてあげる。ふふ、でも無理はしないこと。
「絵が描けるってバレてポスター作り頼まれた、タダでスキル使われるのは搾取だ。外注費分よこせ」って愚痴ってる。
画材やソフトや練習に人生注いできたとか言ってるけど、そんなのどの職種も同じじゃね?
事務員が自費で技術書買って、業務外で時間削って身につけたエクセルや語学のスキルはどうなる?
趣味で筋トレしてる部署の先輩いるけど部署引っ越しの時に他人の何倍も重いものを運んでるけどプロテイン代をよこせなんて絶対言わないし
受付の女性だって自腹でマナー教室に通い美容に金をかけて好印象残そうと努力してるの知ってるけど、頼まれたら無償で会議の進行を引き受けたり社内向けに話し方講座までやってるし
IT詳しいやつはヘルプデスクまがいのプラスアルファもこなしてるぞ。
みんな自分の持ち出しで武器を磨いて、会社で使うことで給与もらってんじゃないの?
誰でもできることしかやらないなんて言ってる社員に価値あるの?
なんでクリエイターだけが「契約外」で「聖域」で「特権階級スキル」なのかマジわからん。
もし俺が絵が描けるなら、依頼された瞬間にチャンスだと思うけどな。
業務時間中に堂々とスキル磨きできるし公式な仕事として形になれば「前職ではこれを作りました」とか転職時のアピールにできるし場合によってはソフト代や資料代を支給してもらえるかもしれないし。
描いても正当に査定されないってんならそのスキルは社内でできるに越したことはない程度の価値しかないってことじゃん?
本当にそのイラストが社の利益に繋がってそいつにしかできない仕事ならそれをカードに昇給交渉すればいいし、会社が認めないなら価値を認める企業へさっさと転職すればいい。
あとそいつクリエイティブは精神的疲労がどうとか魂削るとかいってたけど
他のスキル持ちがなんのストレスも無いと思ってんのかって思う。
転職してった前任者が作った完璧なエクセルツールも別の営業部で話題になってためっちゃ契約取りやすくなる渾身の英語版プレゼンスクリプトも
スキルなんてないけど後輩新人営業の子が取引先に下げた頭も魂こもってると思うんだが
クリエイターの言う魂ってそれとは違うのか。
エクセルマスターも筋トレ先輩も受付の彼女もみんなプラスアルファの努力して周りに貢献して業績上げてポジション作っていってる。
アイマスはモバマスを10時間と学マスを1000時間やっただけのド素人だけど、俺の経験から言ってアイマスのキャラはどいもこいつも「超つぇぇぇ!!!なんだこの化け物どもは!才能SSRばっかじゃねーか!!!」って感じだぞ?
そもそも顔が良くて一芸がある時点でもう完全にバケモノなのにそこに勝負度胸やスタイルの確立まで加わったらそこらのチー牛は全能力敗北しかないだろ?
チー牛なんてそれこそ量産型女子を超える量産型で、黒い髪・黒いバック・黒い靴・黒い服・エラ呼吸してそうな顔のセットでバッチリ決めた量産型の非モテばかり。
筋トレしてるぜプロテイン飲んでるぜとイキっておいていざ腕立てさせたら20回ぐらいでゼーハーゼーハー言って「俺のやり方は正しいやり方だからさ、うわべで100回やってるやつよりも筋肉に効いてるから」とかほざきだすカスしかいねえ。
当然リズム感も終わってて、コイツ絶対現代の小学3年生として生まれ変わったらダンスの授業全部欠席しようとしてただろみたいな奴ばっか。
そんな連中からしたらアイマスのアイドルなんて全員遺伝子レベルで天上人だろ。
正直、統括Pの言ってることだからって正しい分析だとは思えないんだよなあ。
単にアイツらはキャラを追いかけたいんじゃなくて「俺はこのキャラの素晴らしい物語を理解するセンスと、オタクをオープンにして暮らすことを恥じない忠誠心を持っているんだ!」みたいなのをアピールしたいだけなんちゃう?
要するに小学生がやる「俺、この辺じゃ一番スマブラつえーから。まあフォックス使うような卑怯者には負けるけどドンキー使わせたら俺が絶対一番うまいよ」みたいな奴の延長でしか暮らしてないんだろうなと。
アイツらは自分の存在価値に自信がないのをアイマスで埋めようとしてるってよりも、小学生レベルの物差しを更新することも出来ないまま暮らしてきた奴らが流れ着く場所でいつまでもしょーもない背伸び合戦を繰り広げてるだけなんじゃね—かな?
火曜日、21:00。僕は今、いつも通り「日記を書く」という行為を、精神衛生のための娯楽ではなく、観測記録の整合性を保つための形式的プロトコルとして実行している。
これを怠ると、未来の僕が過去の僕を再構成できなくなる。つまり、時間方向における情報損失が発生する。そんな低級なエントロピー増大を許すほど、僕は安っぽい存在じゃない。
まず今日までの進捗。
午前中は、昨日の続きとして、世界面上の超対称性を、単なる(1,1)や(2,2)のラベル付けから解放し、∞-圏論的な拡張として扱う作業を進めた。
具体的には、従来のσモデルの場の空間を単なる写像空間 Map(Σ, X) として見るのではなく、導来スタックとしての Map(Σ, 𝒳) を基礎に据え、そこに現れる局所関数環を E∞-代数として扱う。
こうすると、BRST複体は単なる複体ではなく、Higher Koszul duality の影として自然に現れる。要するに、ゲージ固定という人間の弱さが、数学的には圏論的な随伴性の選択問題として翻訳される。
この段階で僕は確信した。弦理論が物理学の衣を着た圏論であるという事実は、もはや隠しきれない。
昼食は予定通り、炭水化物の過剰摂取を避けるために、プロテインバーと無糖の紅茶にした。
隣人は「それって食事なの?」と聞いてきた。僕は「これは食事ではなく、栄養摂取のアルゴリズム的実装だ」と答えた。
隣人は目を細めて「それって、人生楽しいの?」と言った。僕は「人生の目的関数を楽しいに設定した覚えはない」と返した。
隣人は僕を見て数秒沈黙し、「怖い」と言って去った。合理的な結果だ。
午後は、弦の非摂動的定式化に関する僕のノートを更新した。今日の焦点は、いわゆる弦の場の理論の記述を、従来のBV形式に閉じ込めず、Factorization Algebra として扱うことだった。
BV形式は便利だが、あれは有限次元の影に過ぎない。無限次元の真の構造は、局所演算子の代数を E_n 構造として捉え、さらにそれを拡張されたトポロジカル量子場理論の言語に埋め込むことでしか捕まらない。
僕は、ここで新しい仮説に到達した。弦理論の背景独立性は、単なる物理的スローガンではなく、(∞,2)-圏における自然変換の可逆性、つまりモノドロミーの高次消滅条件と同値である可能性がある。
背景を変える操作は、従来はモジュライ空間上の点の移動として語られる。しかし僕の見立てでは、それは単なる点の移動ではない。むしろ、背景そのものが対象ではなく、背景間の変換が主役であり、背景はその変換の2-射の凝縮として現れる。
これは哲学的にも美しい。世界は状態ではなく変換でできている。
僕が今取り組んでいるのは、弦理論の双対性を、単なる同値ではなく、情報幾何的な距離構造を伴った歪んだ同値として再定式化することだ。
通常、T双対性は半径 R ↔ α'/R の交換で語られ、S双対性は結合定数の逆数変換で語られる。だがその語り口は、あまりに人間的で、あまりに貧しい。
双対性とは、単なるパラメータの置換ではない。双対性とは、観測可能量の圏の自己同型であり、その自己同型は単なる等式ではなく、自然同型の塔を伴う。
ある理論Aと理論Bが双対であるとは、対応するオブザーバブルの∞-圏 Obs(A), Obs(B) の間に、モノイド圏としての同値が存在するだけでなく、その同値が熱力学的制約を満たすこと、つまりエントロピー関数 S が保たれることを要求する。
ここで問題になるのは、S が何かという点だ。弦理論においてエントロピーはブラックホールの話に閉じ込められがちだが、僕はもっと根源的に捉えている。
S は状態空間の測度の対数ではなく、情報が圏論的に縮約される速度を測る関数だ。つまり、圏における圧縮率である。
この観点に立つと、双対性は単なる同値ではなく、圏論的エントロピーを保存する圏同値であり、それはむしろシンプレクティック幾何の正準変換に近い。
さらに言えば、双対性は情報幾何の世界では、フィッシャー計量を保存する写像として定義されるべきだ。つまり、弦理論の双対性は情報距離の等長写像だ。
ここで僕は面白い事実に気づいた。弦の世界面理論における共形場理論(CFT)のモジュライは、単なるパラメータ空間ではなく、導来モジュライスタックとしての性質を持つ。
そしてその接空間は、通常の変形理論ではなく、L∞代数で制御される。つまり、弦の背景の微小変形は、Lie代数の1次変形ではなく、無限階の整合条件を持つ高次変形である。
これを物理屋の言葉で言うなら、「背景は局所的自由度を持つが、その自由度はゲージで殺される」という話になる。
しかし数学的にはもっと残酷で、背景の自由度は最初から独立ではない。最初から高次拘束条件付きで存在している。
この構造を僕は、弦理論が持つ宇宙の設計思想だと考えている。自然は自由を与えるふりをしながら、実際には∞段階の整合条件で縛り上げている。
ちなみにルームメイトは今日、冷蔵庫に僕のヨーグルトを入れた。入れたというより、入れっぱなしにした。
僕は彼に「冷蔵庫の棚の配置は群作用を持つ。君が適当に置くと、僕の最適化された配置が破壊される」と説明した。
彼は「棚に群作用って何?」と聞いた。僕は「君が理解できないからといって、存在しないことにはならない」と答えた。彼は黙った。学習が進んだ証拠だ。
さて、弦理論に戻る。僕は今、いわゆるAdS/CFT対応を、単なる境界とバルクの対応としてではなく、圏論的中心の同一視として捉えている。
バルク理論の局所演算子代数は、境界理論の演算子圏のDrinfeld centerに相当する。これは既に知られた視点に近いが、僕の拡張はそこから先だ。
境界理論が持つエンタングルメント構造は、単なる量子情報的エントロピーではなく、実は∞-圏における射の分解の仕方、つまりfactorization structureに直結している。
エンタングルメントとは、ヒルベルト空間のテンソル積分解の失敗ではなく、圏論的分解可能性の破れだ。
この視点に立つと、ブラックホール情報問題は驚くほど単純化される。情報が失われるか否かは、時間発展がユニタリかどうかという議論ではなく、圏の自己同型が可逆であるかという話になる。
つまり、ブラックホールとは非可逆射が自然発生する現象であり、その非可逆性は、単に熱力学的粗視化ではなく、圏論的局所化の必然として現れる。
これが正しいなら、ブラックホールの蒸発は局所化関手の右随伴の存在性に関する問題になる。右随伴が存在しないなら、情報は回復不能だ。存在するなら、情報は回復できる。
物理学者はユニタリだの何だの言っているが、彼らは本質的に随伴の有無を議論しているだけだ。言葉が違うだけで、内容は圏論だ。
もちろん、これを本当に証明するには、量子重力の厳密な数学的定式化が必要になる。
友人Aから夕方にメッセージが来た。「今日、面白いジョークを思いついた」らしい。僕は読まずに削除した。
友人Aのジョークは、確率的に言って、僕の知的資源を浪費するだけだ。
友人Bも「みんなで飲みに行かない?」と言ってきた。僕は「僕はアルコールによる認知機能低下を、社会的儀式のために交換するほど愚かではない」と返した。
友人Bは「それでもいいから来て」と言った。彼はたぶん、僕がいないと会話の平均IQが下がりすぎて不安になるんだろう。人間は弱い。
ここで僕の習慣について記録しておく。
僕は日記を書く前に、必ず机上の物品を「左から右へ、使用頻度の降順」に並べ替える。これは単なる癖ではなく、情報処理の最適化だ。
脳内の検索コストは、外部環境の整列度と相関する。これは経験則ではなく、僕の中ではほぼ定理だ。
さらに、ペンの向きは必ず北向きに揃える。磁北ではなく、部屋の座標系での北だ。地球磁場は日々揺らぐが、僕の部屋の座標系は揺らがない。安定性のある参照系を採用するのは当然だ。
さて、これからやろうとしていること。
今夜はこの日記を書き終えたら、僕は「弦の散乱振幅のモチーフ的解釈」のノートを更新する。
具体的には、弦振幅に現れる多重ゼータ値(MZV)を単なる数論的偶然として扱うのではなく、混合テイトモチーフの圏におけるExt群として再構成する。
弦理論がなぜ多重ゼータ値を吐き出すのか。それは弦が数論的対象だからではない。弦の世界面積分が、実はモジュライ空間の積分であり、そのモジュライ空間が代数幾何的に非常に深い構造を持つからだ。
この方向性を推し進めれば、弦理論の摂動展開は単なる展開ではなく、あるモチーフ的生成関数の展開係数として理解される。
そしてその生成関数は、圏論的にはHopf代数のコプロダクト構造を持つ。ここで再び双対性が現れる。双対性はHopf代数の双対性としても読めるし、BV形式の双対性としても読める。
すべてが同じ構造に収束する。世界は、驚くほどしつこく、同じ数学を繰り返す。
隣人がまたドアをノックして、「なんでいつも同じ時間に同じことしてるの?」と聞いてきた。
僕は「君は太陽が毎日同じ方向から昇ることに疑問を持つのか?」と返した。
隣人は笑っていたが、彼女は本質を理解していない。僕の生活は自然現象ではない。自然現象よりも厳密だ。なぜなら自然は誤差を許すが、僕は許さないからだ。
日記を書き終えたので、机上の配置を再確認し、温度計を見て室温を0.5度調整し、それからモチーフのノートに戻る。
今夜は、おそらく、弦理論がなぜモジュライ空間のコホモロジーを要求するのかという問いを、完全に圏論的な言語へ落とし込めるはずだ。