はてなキーワード: 許容範囲とは
間違っています
普通に優しくて誠実な人が好きなので誤解しないようにしましょう
ただしここで言う優しいというのは「気遣いが上手で押し付けがましくなく相手の変化によく気が付き相手の気持ちをよく察する人」のことです
単に大人しいだけの人ではないので勘違いしないようにしましょう
ってか、普通に町中に出ればわかることです
暴力的な男が連れている女は普通に低知能っぽいDQNだけだし普通の女が連れている男はみんな普通に優しそうな見た目をしています
清潔感のある格好いい人を見て「裏で女殴ってそう」などと思い込むのはやめましょう
おそらく貴方は学生時代のいじめかなんかのせいで認知が歪んでいます
これもだいぶ誤解です
確かに第一印象で顔が良い方が有利なのは事実ですがほとんどの人は「まあ許容範囲」くらいで妥協しています
やってないですよね
清潔感があって表情が柔らかく変な卑屈さを出さないだけで十分土俵には立てます
違います
先ほどと言ってることが被りますが清潔感とは顔のパーツ配置ではありません
もみあげが異様に伸びた気色悪い髪形をやめて、顔に似合わない油汚れまみれのメガネをやめて、極端にアーチがかったきしょい眉毛を整えてください
自分の趣味を貫くのではなく人から見て印象の良い格好をしてください
繰り返しになりますが世間のカップルの彼氏も丸坊主にして眉毛を全剃りし全裸にさせれば非モテ陰キャと見分けつかないですよ?
これも極端すぎます
大金持ちがモテるのは事実ですがそれは「金」そのものより「生活が安定してそう」「将来が想像しやすい」という安心感の問題です
・定職についている
・金銭感覚がまとも
これだけで十分です
Xに生息する女だけではなく普通にリアルの女性と交流を持ちましょう
被害妄想です
多くの場合、見下されているのではなく「扱いに困って距離を置かれている」だけです
会話が一方通行
急に自虐
こういうことをしているから「あいつマジでやばいよねー」と噂されるだけです
女性に見下されているのではなく自身の社会性のなさ故に周り全部から迷惑がられているというのが正しいです
総じて言えるのは
「女は別の生き物」「敵」「理解不能な存在」みたいに考えるのをやめた方がいいということです
何も変わりません
逆に自分の認知や態度を少しずつ修正できる人は驚くほどあっさり状況が変わることもあります
まぁまずはなによりXの男女論系の話題から距離を置くことですね
以上
大昔には80kgを超えるデブで、今はBMI18.1くらい。
痩せきる時期にはBMI17.4くらいまでいくけど、標準体重の領域まで増やす時期もある。そんな感じで維持して5年以上?経つ。
ダイエット系の増田は過去に何度も書いてるんで「またか」と思う人もいるかもしれない。
今回はダイエットを続けている内に培った世界観を少し書こうかと思う。
これは自炊を始めた当初から薄々感じてたんだが、砂糖って本来摂取する必要のない物質なんよな。
今でこそ「料理のさしすせそ」なんて言われて調味料の代表格に居座ってるけど、和食において砂糖が当たり前に使われ出したのなんてここ7、80年のことだ。
人間は本能的に甘いものを価値の高いエネルギーとして認識するから、口にするだけで脳に作用してしまう。
吸収が早く素早く血糖値を上げ、そしてインシュリンを強く働かせる。
肝臓に脂肪を溜め込みやすくして、腸内環境のバランスを悪化させる。
そうした悪循環はその一瞬だけは気分を良くするけども、長期的には依存を作っている。
よく「疲れた時は甘いものがほしくなる」なんて言う人がいるけど、あれって完全に依存だと思うんだよな。
まあ調理における砂糖は自分で調節可能だから許容範囲内だけども、ジュースや清涼飲料水なんかは完全にアウトよな。
子供の頃から許されているドラッグと言っても過言じゃない。それが水とほぼ同じ値段で流通してるこの世の中は相当狂っていると常々思う。
成人の10人に1人が糖尿病と言われている現代においてもなお問題視されていない理屈が俺にはわからない。
まあジュースは極端な例としても、加工食品には大抵砂糖が入ってるし、食の工業化の極みって感じがする。
長年ダイエットしてて「⚪︎⚪︎を食べて痩せました!」みたいな情報にはうんざりしてるけども、あえて何かを推すとしたら味噌汁だと思う。
出汁の旨味はドーパミンを刺激しない満足感を促すから食欲を抑える効果を持っている。
野菜とワカメと豆腐と溶き卵なんかを入れれば栄養的にも満点を取りにいける。
「前日に食べすぎた時でもこれを食べておけば万事OK」な食事として汎用性が高い。
逆に、薄味の味噌汁で満足できなかった時は自分の普段の食事が刺激が強いものを食べすぎてるってことだから食生活を写す鏡としても使える。
これほど常食しても問題のない汁物は世界でも珍しいんじゃないかと思ってる。
現代の日本人は魚より肉を食べてるし、魚は「なんか面倒な食材」だと思われてそうだけど、俺にとって魚は「考えなくていい食材」だと思ってる。
イワシ、サバ、タイ、タラ、サケ、カレイ等々。いろんな魚をローテしてるけど、魚はそれぞれ味が違うっていうのがまず強い。
調理方法を煮魚に固定して、毎回同じ味付けにしても、魚の味が変わるから毎日続いても飽きずに食べられるし、旨みが強いから薄味で成立する。
肉を扱う時は毎回「どんな味付けにしよう?」という思考が働くけど、魚の時はそのプロセスを省けるから心理的にすごく楽。
それでいて明らかに健康にいいし、シンプルに美味しいから満足感しかない。
ダイエットって結局は食生活のバランスを全体的に正すことだから、安易で短絡的な情報を訴求するSNSとは相性が悪い。
ネットで「痩せました!」と主張してる人は大抵「一時的に痩せただけ」で、長期的に無理せず体型を維持する構造を持っていない。
そもそも多くの人はダイエットを「頑張って痩せること」だと誤解している。
痩せることはただの過程であって、より生きやすい形に生活を作り変えていくことが目的なのよ。
でも世間では「ダイエット=体型の話」にしか落とし込まれない。だから食事のバランスをカロリーでしか考えないし、極端な手法ばかりが話題に上る。
弱者男性だが
・韓国好きを馬鹿にしている→馬鹿にしてる。理由は韓国好きは何かにつけて日本叩きをするから
・女という生き物を自分より下と位置づけてる→してない被害妄想も甚だしいな
・顔さえよければオールOK(ただし女の顔さえよければオールOKは悪)→顔以外にもスタイルやファッションも見るし結構外見の細かい所見てるぞ。女さんの顔さえ良ければOKはどうでも良い
・俺のありがたいお話を聞かせて頭をよくしてあげよう(特にこれをやりがち)→全くやらない。そこまで女さんと会話をしたいと思ってない。
・こんだけ馬鹿にしといて女と付き合いたがり結婚したがる(?)→馬鹿にはしてないし付き合い合いと思わないが結婚して子供を育て親に見せたいとは思ってる
・自分を顔は悪いが性格は良いと勘違いしている(こんだけ許容範囲狭いのに?)→許容範囲が狭ければ性格が悪いみたいな事を言ってるお前。昔の2chネラーの氷河期世代の童貞みたいだな。俺の自認は顔も性格も悪くはないだな。もしかしたら性格は悪いかもね。
前提条件
ガラスの前に仕切り代わりの台があって、小さい子を乗せたりしてはいけない注意書きあり
あとは騒ぎすぎないよう注意書きもある。
隣りにいる親子(子は2歳くらい)がとーっっても騒がしかった
載せてはいけないところに子供は載せるし、台の上でおもちゃで遊ばせるのは許容範囲として、備え付けの棚をガチャガチャ親が動かし子供を楽しませることに全力になってる。
並んでいたチラシもばらまいては片し、ばらまいては片しを繰り返し。
ガンガンおもちゃやら備品を壁にぶつけてわざと音出してるのかな位で真隣の自分はだんだんイライラしてきた。
小さい子を連れてるのは珍しい光景ではないのだが、多少なりとも子供が騒ぎまくったら注意するのがマナーだと思う。私はそう思う。
しかしこの親、全く注意しない。それどころか親もうるさい。むしろ焚きつけている。キャーワーうふふって楽しそう。
うるさいなぁと思いつつ、我慢してたんだが、子供が投げつけたリーフレットが私に当たる
「いい加減にしてくださいよ!さっきから何してんですか!」
言われた親は呆然として、また遊びだした。
怒ってしまったことに後悔はないけど、なんでこんな気持ちにならなきゃいけないのか。
早く忘れたい。
名誉感情の侵害(侮辱)が成立するかどうかは、「それが社会通念上、我慢すべき限度(受忍限度)を超えているか」で判断されます。
適用: 相手から先に激しい言葉で攻撃されており、それに対して同程度の激しさで言い返した場合、裁判所は
「先に攻撃を仕掛けた側が、多少の言い返しをされて傷ついたと主張するのは通らない(受忍限度の範囲内である)」と判断することがあります。
これは特に表現の自由に関わる考え方で、「言論には言論で対抗すべきである」という原則です。
もし、言い返した側の表現があまりに過激で「侮辱」が成立してしまったとしても、
損害賠償額を計算する際にこの考え方が使われます(民法722条2項の類推適用)。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251222001434# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaUjuXgAKCRBwMdsubs4+ SPKwAQCGWyVFie1p8poyBXnCK5NElI3C8akO/+B3ozADZnRNrwD/UG0Q/VO3mTEz JvHbETtNZI7riyyq4CBpuHcaD+t33Q4= =MH2S -----END PGP SIGNATURE-----
じゃあイケメンパワーで相手の女性の許容範囲が上がるとします。でもそれ話の本筋と関係ないですよね。
その本筋と関係ない話にあなたが執着する理由はとにかく全ての女性はただしイケメンに限る脳であると決めつけたい 自分は何も問題がない 女が悪いんだ
いや今の時代だからオタクは許されるという勘違いはやめたほうが良いという話をしてるので…。
もう許される時代に本当の本当になっているならみんな彼女いて女性と会話できますよね。
なっていないんです。なっていると勘違いして全身二次元グッズの男が本当は優しい女性の許容範囲を超えて冷たくあしらわれて女性は糞!と勘違いをするっていう話をしてるので。
マウントとか上から目線の説教とか抜きにして、ただ論理的に具体的に、かつ端的に非モテ弱者男性が女性にシャットダウンされる理由、それの改善方法を書きます。
まず女性に関して説明しますが、男性が女性を怖がるようになるきっかけとなる”イケメンに限るクソ女”も存在しますが、それと同様に”素直で優しい女性”も存在します。
非モテが拗らせる最も多い理由が”ただしイケメンに限るクソ女”に冷たくあしらわれたトラウマによる女性恐怖症だと思います。が、それはあくまで”糞女”が糞なだけであって素直で優しい女性も腐るほどいます。
「そんなはずはない!女の99%は糞だ!誰も優しくしてくれない!」という反論があるかと思います。ではなぜ本来素直で優しい女性もいるはずなのに非モテ弱者男性が優しい女性に出会えないのか説明します。
それはオタクが市民権を得たというおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーきな勘違い 誤解が原因です。
「うーす俺オタクでーす。」「アニソン聴いてまーす」と自分の趣味をさらけ出した瞬間に素直で優しい女性の許容範囲すらも超えてシャットダウンされてしまうのです。
だからと言って自分はオタクを辞めるべきという話をしたいわけではありません。市民権を得たという勘違いを正してこっそり嗜みなさいと言いたいのです。
現代の男性は自分を曝け出しすぎなのです。これはオタクに限った話ではありませんが。僕の全てを受け入れて欲しいという生き方が横行した結果、女性は日本の男性に愛想が尽きてしまったのです。
なのでオタクをやめろとはいいませんが…ひっそり楽しむ、むやみにオタクだと曝け出さない、オタクの自分も受け入れて欲しいとか絶対に駄目。それをするなら相手の恥ずかしい趣味も受け入れる覚悟を持て。
二次元大好きアニソン大好きアイドル大好きは優しい女性の許容範囲すら軽く超える趣味だということをしっかり自覚して生きればNGの行動もおのずと減り徐々に親しい女性も増えると思います。
「ぼくにとっての優しい女性は二次元に偏見のない女性だ」といったおごり高ぶった考えは捨てましょう。
あと豆知識ですが二次元オタクの女性は同族嫌悪の意識が強いので普通の女性よりもさらに男性オタクに冷たいので女性オタクなら自分を理解してくれるという期待も捨てましょう。
MacとLinuxを両方使っている人として言わせてもらうと、Linuxの方がいいとは限らないけど、Macにする特別な理由がなければLinuxにした方がいいと思います。
そもそもMacは高いですし、パフォーマンスは確実にLinuxの方がいいはずです。
特にセキュリティの観点からも、Linuxの方が優秀な点が多いです。
例えば、Linux自体はカーネルという、OSのうちの一部分に過ぎないため、Linuxで脆弱性が見つかっても、UbuntuやFedoraなどのよりソフトウェアに近い段階(厳密にはLinuxディストリビューション)とはある程度分離された状態なので、よほどの変更がない限りLinuxだけアップデートすることが可能です。
また、Linuxはアップデートというより、新しいバージョンのLinuxカーネルを用意してそちらに切り替える、という構造になっています。
そもそもLinuxは元々、あまり日常用途で使用することはあまりなく、最近になって増えてきたところです。
最近の、特にOSに関わる部分の機能では、どうしても標準では対応できていません。(例えばパスキーなどです)
また、先ほども言及したLinuxディストリビューションは、様々な種類があるため、それらから選ぶのも難しいかもしれません。(実際私も最近までずっと色々なディストリビューションを試して、ようやくFedoraに落ち着いたところです)
日本語IMEだけでも様々な種類がありますし、慣れている人でなければなかなか使いにくい部分もあります。
一応、MacBookでLinuxを動かすという「Asahi Linux」というものがあり、M1/M2には既にある程度対応しているため、もしMacBookでmacOSとLinuxを同時に使う、というのが許容範囲であればそれも良さそうです。
また、Macの固有機能としてはスクリーンタイム(アプリの利用制限や時間での制限、コンテンツの制限などを行える機能)などが存在するので、それを利用する、と言えば納得されると思います。
実際、スクリーンタイムはMacにする特別な理由として十分です。
Linuxの場合どうしても自由度が高過ぎて、様々な方法で同じことをできてしまい、制限が難しいため、スクリーンタイムのような機能は追加しにくいわけです。
ちなみにデスクトップとラップトップの話に関しては、私はまあまあ納得できます。実際デスクトップの方がコスパはいいですし、持ち運びさえしなければデスクトップ一択です。
ただしおそらく持ち運びするでしょうし、コスパをそこまで気にしないならラップトップでもいいかもしれません。
Windowsの話に関しては、Windowsがそもそも最近不具合が多すぎるため、前から一般的に使われているOSの中で安定しているもの、としては現在Macの方が優秀です。
そのため流石にそれには納得できません。
まとめると、Linuxも優秀だがMacにも様々な利点があるため、MacにしたいならMacでいいし、LinuxにしたいならLinuxでいいと思います。
近年、投資の話題になると、判を押したようにオルカン等のインデックス投資信託が推奨されている。それに異論は全くないのだが、「オルカン一択、個別株に手を出すのは情弱」というのは少し視野が狭いのでは?と考えているので、私が敢えて個別株への投資を続けている理由を語りたい。
• 資産構成は全体を100とすると、持ち家50、国内個別株23、外国株インデックス10、日本円12、米ドル5ぐらい。
• NISA積立と確定拠出年金は全額を外国株投信に向けている。
• 現在保有している個別株は約20銘柄。売却は滅多になく、ほぼバイアンドホールド。
• Yahooファイナンスにポートフォリオ登録して、普段は1日に2,3回眺める程度。
投資信託には、信託報酬や運用経費が必ず発生する。(オルカンの場合、直近で約0.08%)
個別株への投資ではこれらのコストは発生しない。SBIや楽天なら株式の売買手数料も無料だ。
一方、個別銘柄の将来のリターンを事前に把握することは不可能であることを前提とすると、各銘柄のリターンの期待値は市場平均と等しいので、理論上の期待リターンはコストの分だけ僅かながら個別株が有利となる。
また、日本では上場企業の3社に1社が株主優待を導入しており、これも個別株に有利な要素だ。(私は優待目当ての投資はしないが、それでも換金可能な優待がいくつか届いている。)
インデックス投資のメリットは言うまでもなく手軽に分散投資できることだが、個別株でも複数の銘柄に分散することで、個別事情に起因するリスクは相当程度軽減できる。
どこまでを許容範囲と見るかは人によるが、私にとっては現状のポートフォリオは許容可能なリスク範囲に収まっている。インデックスより上振れする確率と下振れする確率は同じであり、細けえことはいいんだよ、という気持ちだ。
さて、言いたいことはここから。
個別株投資には「推し活」的な楽しみがあります。インデックス投資と比べて金銭的に大きく不利でないのであれば、楽しい方が良くないですか?
○ 総合商社のPERが5〜6倍ぐらいの頃に割安に思って買ったら、バフェット氏も買っていたことが分かってめっちゃ上がった。
○ 仕事で関わった会社で印象が良かったとか、後輩の転職先とかの縁で買うことも(インサイダーじゃないよ!)。上がるか下がるかは結果論だけど、いずれ自分で推した会社なら納得感がある。
• 自分の倫理感にフィットしない企業への投資を避けることができる。
• 株主総会の配信で経営者の思いを直接聞けて、会場に行けば質問もできる。
○ 誠実な回答、共感できるビジョンを聞いて買い増ししたこともあった。
もちろん、満足を感じるかは人それぞれです。経済や企業活動に関心がなく、1秒たりとも投資に時間を使いたくない人もいるでしょう。
ただ、私は一人のビジネスパーソンとして、こうしたことに好奇心や楽しさを覚えるので、細々と個別株への投資を続けているのです。
歳をとったら、すっかり落ち着いてしまった、と思う。
希死念慮は随分薄れ、落ち込む事もあるけれど、一晩寝ればなんとかなる。
言いたい事も言えるようになった。怒る事もできるし、不愉快なら不愉快と言えるようにもなった。
自傷したいという衝動は今もあるし、たまにやってしまうけれど、フラットに生きる事ができる時間がかなり長く続くようになった。
私がずっと望んでいた事なのに、同時に日々の感動ややる気、そういうものがすっかり消えてしまったようにも感じる。訳もなく見えるものが全て美しいように見える事も、今この時がずっと続けばいいのにとか、色んな思いをそのまま文章にして、誰にも読まれない小説を書いたり。そういうものが全てなくなってしまった。感情が溢れる事がなくなってしまった。
全て、まあこんなもんか、とか、何者にもなれない事に焦ることもなく、こんな人生もありか、とか。
それはとても良い事だと思うのに、つまらない。つまらなくて、日々をただ消耗してるだけ。そしてそれになんの疑問も抱かず穏やかに生きている。
平和ボケしてると言えばそれまでで、日々を必死に生きている人達からすれば贅沢な悩みだ。だったらせめて人に役立つ事とかでもすれば、と思いつつ、いいじゃん別にと怠惰な方へと流れる。
結婚もしてない、子供もいない、パートナーと呼べる人もいない、孤独死まっしぐらだというのに恐れつつも諦めて、世界から取り残されているのではと不安になるけれど、私の周りにいる人が他人である事、彼ら彼女らが決して私になり得ない事、私の存在を脅かすものではない事を知ってしまっている。(思い込んでいる)
この世界に意味を全く見出さなくなってしまった。生きる意味なんてどこにもないとも思うようになった。
死にたいとかではない。今の私は死ぬのが怖くすらある。例えば、死んだ後に燃やされる事に対して、もし生き返ってしまったら、とか、そんな可能性の低い事を恐れてみたり。
今まで書いた事が、全て歳をとった事に起因するのなら、私の悩みは何だったんだろう。昔の私だったら全て意味づけて、私の苦しみを意味のないものにするなんて絶対許せなかったし、受け入れられなかっただろう。
そもそも、若い時の私は世界に苛立っていたけれど、世界は何も最初から私に意地悪ではなかった。文句は言いたいが、たまたま、だとか、偶然に文句をつけても虚しくなるだけだ。
歳をとって、経験を積んだ事により許容範囲が広がったのか?いや、私はどんどん意地悪偏屈になっているし、平気で他人に嫌味を言えるようになってしまった。
心の中にどうしようもない幼い自分がいるのは日々感じている。
気力がなくなったのだ、というのが一番分かりやすい結論だし、それが一番しっくりする。苦しみを手放す事は許しだけじゃないのかもしれない。体力がなくなった時もあり得るのか。
苦しみを土台にした、キラキラとした世界には帰りたくない。ただ記憶がある限り遊園地のようなそこをもう一度もう一度と、思う。
ではこれを受けて法華狼さん側が回答・質問すべきことは?
今の流れを整理すると、法華狼さんがやると良さそうなのは大きく分けて
はっきり「答えるべき点」
相手に「問い直すべき点」
の2セット。
それぞれ、実際に書くときの例文っぽくまとめるね。
kotobuki_84側は、「暇アノン呼ばわりされた」と相当強く受け取っているので、ここは一度ちゃんと整理してあげたほうがいい。
答えるポイント:
書き方の例:
「以下のような行動パターンをとる人々」をまとめてそう呼んでいました。
・裁判や公的判断で退けられた主張を、なお“事実”として拡散し続ける
などです。
その意味で、あなたの○年○月の発言群は、このパターンにかなり近いと判断しました。
もしあなたが、当時そのような意図ではなかったのなら、そこは認識のずれがあったかもしれません。
これを言っておくと、「お前そのものが暇アノンだ」という人格認定から少し距離が取れる。
kotobuki_84は、
と明言しているので、ここは 「了解したうえで、それでもこう見える」 という形で返すといい。
答えるポイント:
それでもなお、「その時点での発言は、結果として暇アノン的な主張と同調していた」と見るのかどうか
書き方の例:
そのうえで、当時あなたが
「どこもガバガバ会計」という枠組みで批判を相対化しようとしていたことは、
結果として暇空側の論法を補強する方向に働いていた、と私は今も考えています。
kotobuki_84はここを「よく理解できていない」と言っているので、
答えるポイント:
「事業継続」「補助金返還」「監査の結論」がどう違っていたと理解しているか
書き方の例:
「Colaboだけが特別に厳しく扱われた」と私が書いた趣旨は、
1) ○○団体・△△団体については、監査で会計ミスは指摘されたが、事業は継続されている
2) 一方でColaboは、政治的・ネット世論的なバッシングを背景に、
3) その結果、「同程度のミス」であっても、Colaboだけが過剰な制裁を受けた
kotobuki_84は「会計にミスはあったが、イカサマではない」「だから制度の問題に収束させるべき」と主張している。
法華狼側も、ここで自分なりの線引きを示してあげると議論が前進する。
答えるポイント:
そのうえで、Colabo問題をどう見るか
書き方の例:
私も、「会計ミス」と「故意の着服・横領」は区別されるべきだと思っています。
そのうえで、Colaboについては
・ミスの有無や程度
と、
・暇空サイドによる攻撃の量と質
をあわせて見たとき、
ここであなたと重なる部分と、違う部分の両方があると思います。
ここからは、問いを返して相手に説明させると建設的になりそうな点。
法華狼側が聞いてみるとよさそうなのは、
具体的にどんな行動・発言を指しているのか
そのなかで、自分(kotobuki)がどう振る舞ってきたと思っているのか
質問例:
あなたは「暇アノンもジェンダークレーマーもカス」という相対化の立場を取っているとのことですが、
具体的にどのような行動や発言を、
・暇アノン的
と呼んでいるのか、もう少し整理して教えてもらえますか。
あなた自身の過去の発言はどの辺りに位置づけられると考えているでしょうか。
これは「鏡写し」になってて面白いところだけど、
質問例:
あなたは一部の擁護者を「Colaboアノン」「公共の敵」と呼んでいますが、
どれくらい重なっていると感じているでしょうか。
(もし可能なら、具体的な例を挙げていただけると、
道徳的断罪ではなく、「あなた自身、今どう評価してる?」という聞き方が穏当。
質問例:
あなたは「心情理解+否定」という意図だったと説明していますね。
そのうえで伺いたいのは、
・今振り返って、その表現自体は適切だったと考えているのか
という2点です。
これは、単にあなたを責めるためではなく、
「どこまでを許容範囲の比喩と見なすのか」という価値観の確認として聞いています。
kotobuki_84は「都の制度・運用の問題に収束させるべき」と言っているので、
そこをもう一段具体的にさせる質問。
質問例:
「都の制度や運用の問題に収束させた方が公益的だ」という点には、
私も一理あると思います。
その場合、具体的にどのような制度改善や運用見直しを想定しているのか、
教えてもらえますか。
など、あなたなりの案があれば、それを踏まえて私も議論したいです。
最後に、法華狼さん側の“言い方”の部分で一つだけ。
ではなく、
「あなたのこの発言は、私の定義する○○的行動パターンに見える」
今後のやり取りがかなりマシになると思う。
このへんを一個一個クリアにしていくと、
寧ろ不利になったんじゃねぇかな
中国は気にせんだろうけど
具体的な**ICJ判例の引用箇所(逐語)**を示し、PRCの主張のどの部分がどの段落に抵触するか精査をお願い。
では要求どおり、ICJ(国際司法裁判所)の判例から「逐語(短い引用・25語以内)」を提示し、PRC(中国)の各主張のどの部分がどの判旨(段落)と抵触するかを段階的に示します。
(注)ICJ判旨は事案固有の判断ですが、ここでは一般的に権威ある法理として適用可能な箇所を引用・対応させます。重要な法的ポイントには出典を付けますので、対照参照してください。
(引用は 25語以内 に制限しています。出所を併記します。)
ICJ(Nicaragua v. United States, Judgment, 27 June 1986)
英文逐語引用:“they therefore accept a treaty-law obligation to refrain ... from the threat or use of force.” iilj.org
日本語訳(意訳):「当事国は、条約上の義務として、脅迫又は武力の行使を控えるべきことを受け入れている。」iilj.org
ICJ(同判決) — 武力(威嚇)定義に関する逐語引用:“recourse to either the threat or the use of force against the territorial integrity or political independence of any State.” iilj.org
日本語訳(意訳):「いかなる国家の領土的統合性または政治的独立に対する威嚇あるいは武力行使への訴え。」iilj.org
ICJ(Nicaragua 判決、武力報復の許容範囲について)
英文逐語引用:“States do not have a right of 'collective' armed response to acts which do not constitute an 'armed attack'.” iilj.org
日本語訳(意訳):「国家は、『武装攻撃』に当たらない行為に対して集団的武力で応答する権利を有しない。」iilj.org
ICJ(Advisory Opinion: Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons, 1996)
英文逐語引用:“There is in neither customary nor conventional international law any specific authorization of the threat or use of nuclear weapons.” iilj.org+1
日本語訳(意訳):「慣習法にも条約法にも、核兵器の脅迫・使用を明示的に許す規定は存在しない。」iilj.org+1
次に:PRCの主要主張と、ICJ判旨がどの点で抵触(あるいは制約)するか
PRC主張A:「台湾は中国の領土であり、統一は中国の内政である」
ICJの直接的“台湾領有”判断は存在しない(ICJが台湾の領有を確定した判決はない)。また、国連総会決議2758は「中華人民共和国を国連の中国代表として回復した」と規定する一方で、決議文自体は台湾の主権帰属を司法的に確定していない(文言・解釈の限界)。digitallibrary.un.org+1
該当ICJ根拠:ICJ判例が示すのは「領土帰属は(歴史的権原・効果的支配・住民意思等の)事実的要素に基づいて判断される」という法理であり、単なる政治的宣言や一国内法(例:PRCの主張)だけでは国際司法上の領有確定を与えない(ICJの領土紛争事例の一般理論に相当)。Nicaragua 等は直接領有を扱っていないが、ICJの手法は上記の要素を重視することを示す。iilj.org+1
結論(A):PRCの「台湾は法的に確定してPRC領である」との一言主張は 国際司法(ICJ)の基準から見て自動的な法的確定力を持たない。2758がPRCの国連代表権を回復した事実はあるが、それは「代表権の帰属」を扱った政治決議であり、領土帰属(司法的確定)とは別問題と解される。digitallibrary.un.org+1
PRC主張B:「必要なら非平和的手段(武力)も辞さない(反分裂国家法に基づく)」
該当ICJ根拠(直接的):Nicaragua 判決は、国際法(UN憲章 Article 2(4))に基づき「脅迫または武力の行使」を禁止することを明確に示しています(上の引用1・2)。ICJはこれを条約上かつ慣習国際法として受け止め、原則的に禁止規範(jus cogens 的側面も示唆)であると述べています。iilj.org
さらに重要な点:ICJ(および国際法一般)の立場では 「一国の国内法(例:反分裂国家法)は、国際法上の武力行使禁止などの義務を免除しない」(国際法の基本原理。国際法上の義務は国内法で覆えない/ILCの条文等にも明記)。国連法務局+1
抵触点(B):
PRCの「国内法に基づき武力行使もあり得る」という主張は、ICJが示した国際的義務(威嚇・武力行使の禁止)と直接対立する。言い換えれば:
ICJは「国家は脅迫・武力の行使を控える義務」を確認しており、国内法が『武力行使を許容する』と定めていても、国際法上のこの義務を免除するものではない。iilj.org+1
PRC主張C:「第三国(例:日本/米国)が関与すれば相応の措置(牽制・報復)をとる」=威嚇は許される、あるいは正当」
該当ICJ根拠:Nicaragua 判決は、「国家は武装攻撃に当たらない行為に対して集団的武力で報復する権利を持たない」と明言しています(上の引用3)。また、ICJ(Nuclear Weapons AO)は「脅迫・武力の使用がArticle 2(4)に反する場合は違法である」と示しています。iilj.org+1
retorsion(合法的外交措置)とcoercion(違法な強制)の区別:国際法は経済措置や外交関係縮小といった「retorsion」は元来外交ツールとして許容する一方で、武力の威嚇や違法な強制は許されないという線引きを持ちます(ICJ論旨の応用)。iilj.org+1
抵触点(C):
PRCが「第三国介入ならば軍事的な威嚇を含む強い報復をする」と明示する言動は、ICJが確認する『威嚇・武力行使禁止』原則と衝突する可能性が高い。外交的抗議や経済制裁は国際政治の範囲内だが、武力による威嚇や実行は国際法上の重大な障害を生む。iilj.org+1
台湾の領有(PRCの主張)について:UNGA2758はPRCを国連における中国代表にしたが、それ自体が台湾領有を国際司法上確定するものではない(司法的確定は別途、事実審理・ICJ判断が必要)。digitallibrary.un.org+1
第三国に対する軍事的恫喝はICJの法理と抵触する危険が高く、外交的圧力と武力威嚇の線引きが法的評価の鍵になる。iilj.org+1
参考・出典(主要)
ICJ, Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States), Judgment, 27 June 1986. iilj.org
ICJ, Advisory Opinion on the Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons, 8 July 1996. iilj.org+1
UN General Assembly Resolution 2758 (XXVI) (25 Oct 1971) — text &解説(2758は代表権問題を扱い、領有帰属を司法確定しない)。digitallibrary.un.org+1
ILC / Articles on State Responsibility —「内法は国際義務違反の正当化にならない」等の一般原則。国連法務局+1
日本は、30年間にわたり果たしてきた役割——世界のほぼ無償の資金源——から静かに抜け出そうとしている。
日本の金利がゼロに固定されていた時代、年金基金、保険会社、銀行は海外に資金を送る以外に選択肢がなかった。
その安定した資金の流れは、グローバルな借入コストを本来あるべき水準よりも低く抑え、特に米国でその影響が大きかった。
今、日本がようやく国内で本物のリターンを提供するようになり、その流れが鈍化している。
そして、利回りが上昇している理由は、日本経済が好調だからではなく、インフレが残り、通貨が弱まり、財政赤字が拡大し、市場がようやくデフレの影に隠れられなくなった国のリスクを織り込み始めたからだ。
米国にとって、この変化は静かなセーフティネットの喪失を意味する。
日本のお金が日本国内に留まれば、米国は自国債の発行をより多く吸収しなければならない。
それにより長期金利が粘着質になり、金融環境が厳しくなり、ミスを隠すのが難しくなる。
FRBがすでに調整を始めているのが見て取れる:QTの早期終了、銀行が国債から撤退しないようバーゼル規制を緩和し、流動性が薄くなってもリポジト市場の配管が壊れないよう確認する。
だから日本は危機を引き起こすわけではないが、ミスの許容範囲を狭める。
ワシントンが記録的な債務を発行する世界で、日本のような信頼できる買い手が失われることは重要だ。
関税は自動的に大恐慌を引き起こすわけではないが、コストを押し上げ、貿易を減らし、すでに脆弱なサプライチェーンに負担をかける。
1930年代のスムート・ホーリー法は大恐慌を生み出したわけではないが、悪い景気後退を悪化させた。
各国が報復し、貿易が崩壊し、世界経済の収縮が深まった。それは、誰もが同時に政策を締め付け、需要を安定させる代わりに互いに戦ったため、痛みを加速させた。
日本はかつてのデフレの衝撃吸収材ではなく、安価な資本を輸出しなくなった。
関税がグローバルにエスカレートすれば、金融システムが古い支えを失うまさにその時に貿易を絞め殺す可能性がある。その組み合わせこそ、普通の減速をより鋭いものに変える方法だ。
戻れるが、それは間違った理由でだ。
日本が安価な資金の工場役に戻されるのは、世界がグローバルなデフレ不況に陥り、需要が崩壊し、物価が下落し、貿易が後退し、失業率が世界中で上昇するような場合だけだ。
その世界では、日銀はシステムが凍りつかないように大量の債券買い入れを余儀なくされるだろう。
利回りは急落するが、それは何かが健全だからではなく、すべてが縮小しているからだ。
そして米国はすぐにそれを感じるだろう……国債利回りの急落、QEの復活、ドル高、そして世界が突然自分の影に怯えるような金融ストレスだ。
本当のメッセージ
それらを合わせると、グローバル経済が古い衝撃吸収材を失いつつあり、米国は過去20年間の同じような楽観的な背景に頼れなくなっていることを示している。
Google AIでの「高市首相の路線でのリスク」に関しての回答
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高市早苗首相による「台湾有事は存立危機事態になりうる」との発言は、従来の日本の対中「戦略的曖昧さ」からの脱却を示唆し、国内保守層の支持を集めた。しかし、この姿勢は中国の激しい反発と国際的な緊張激化を招いている。本レポートは、日本の防衛・工業力、トランプ2.0政権下の米国の戦略的不確実性、および国際的な評価を踏まえ、現行路線の合理性を検証する。
分析の結果、以下の具体的状況により、現状の強硬路線は「抑止力の向上」という意図とは裏腹に、むしろ東アジアの安全保障環境を不安定化させ、日本の国益を損なうリスクが高いと結論付ける。
薛剣・駐大阪総領事による首相へのSNS投稿や、中国政府報道官による「内政干渉」との強い非難は、中国がこの問題を「核心的利益」に対する挑戦と捉えている明確な証拠である。これにより、言論のエスカレーションがすでに発生している。
2025年11月10日のFOXニュースのインタビューで、トランプ大統領は中国による日本の首相への発言を直接批判せず、「同盟国の多くもまた、友好国ではない」と発言した。これは、トランプ政権が台湾有事の際に日本の立場を必ずしも擁護するとは限らないという、日米同盟の脆弱性を露呈させるものである。
防衛費増額は進むものの、工業生産能力や弾薬備蓄といった即応性・持続性の課題を抱える日本単独では、中国の圧倒的な軍事力に対抗できない。米国の支援が不確実な状況下での強硬姿勢は、「ブラフ」と見なされ、かえって侵攻を誘発するリスクがある。
したがって、国民世論の分断と外交的孤立を避けるため、現行路線の再評価と、アジア外交の安定化に資する新たな戦略的アプローチを提言する。
高市首相は2025年11月の衆議院予算委員会で、「台湾有事は(状況次第で)存立危機事態になりうる」と明言した。これは従来の「特定の国を想定せず、個別具体的に判断する」という政府答弁から逸脱するものであった。
この発言は、国内の保守層への強いメッセージ発信や、トランプ政権下での対米アピールを目的とした政治的・戦略的判断に基づいていると推測される。しかし、この発言は直ちに具体的な外交的帰結をもたらした。
中国の反発: 中国外務省報道官は日本の姿勢を「内政干渉」と強く非難。また、薛剣・駐大阪総領事はSNSに日本語のメッセージを投稿し、外交上の許容範囲を超える形で激しい反発を表明した。
米国の冷淡な反応: トランプ大統領はFOXニュースのインタビューで、中国総領事の発言を批判せず、「我々の同盟国の多くもまた、友好国ではない」と述べるに留まった。これは、日本の安全保障上の懸念に対する米国の関与の度合いが、極めて不確実であることを示唆している。
高市首相の強硬姿勢は、国際情勢、特に米国との関係や地域の安定に以下のような影響を与える。
米国の関与の不確実性: トランプ政権が台湾有事の際に確実に軍事介入するかどうかは不透明である。「アメリカ・ファースト」の政策は、同盟国の安全保障を米国の国益に従属させるものであり、日本の強硬姿勢が米国の対中政策と完全に一致しない場合、日本の安全保障上の課題が露呈する。
中国の反応の硬化: 中国は台湾を核心的利益と位置付けており、日本の台湾問題への積極的な言及には強く反発する。具体的な言辞も見られることから、過度な強硬姿勢は、中国を刺激し、予期せぬ衝突や偶発的な軍事エスカレーションのリスクを飛躍的に高める。
アジア外交への影響: 近隣諸国は日本の対中政策を注視しており、極端な強硬姿勢は、これらの国々との関係にも影響を与える可能性がある。地域全体の安定を考慮した慎重な外交が求められる。
国内のネット上での高市首相擁護の動きは、特定の層の意見を反映しているが、国民全体の意見を代表するものではない可能性がある。
世論の分断: 国民の間には、中国との経済的な結びつきを重視する意見や、対話を通じた関係改善を望む声も存在する。強硬姿勢の固定化は、国内世論の分断を深め、一貫性のある外交政策の実施を困難にする。
高市首相の対中強硬姿勢は、現状の日本の防衛力と、トランプ政権下の米国の不確実な関与を踏まえると、「抑止力の向上」という当初の意図よりも、むしろ「地域の不安定化」や「日本の孤立」を招くリスクの方が高いと分析される。
理性的な判断に基づき、日本政府は以下の戦略的アプローチを採用すべきである。
従来の「特定の国を想定せず、個別具体的に判断する」という原則的な政府見解に回帰し、外交的な選択肢を維持する。その上で、日中間の外交チャンネルを再構築し、トップレベルを含む対話を再開することで、緊張緩和に努めるべきである。
トランプ政権に対し、日本の防衛努力(防衛費増額目標の前倒し達成など)を具体的に示し、日米同盟における日本のコミットメントを再確認する。その上で、台湾有事における米国の明確な関与を求める交渉を、水面下で粘り強く行うべきである。
防衛力強化は着実に進めるが、その目的が中国への挑発ではなく、あくまで日本の防衛のためであることを国内外に丁寧に説明する。感情的な議論ではなく、客観的な分析に基づいた、より多角的で柔軟なアプローチが、アジア外交の安定に寄与する。
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高市早苗首相の「存立危機事態」答弁は、これまでの日本政府の姿勢を一変させており、第2次安倍政権以上により強硬なタカ派へと発展させている。そして、現状の国際情勢はトランプ2.0が荒らしまくっているように、G7以外の諸勢力は米国と中国の両方を見比べている。
特に東南アジア各国はフィリピンを除いて、米国と中国の両方をみているという姿勢は鮮明である。
日本は、ASEAN諸国とのつながりを強めなければならない、そうであるなら、日本は米国を追い越した対中強硬姿勢をとることを避けて、ASEAN諸国とともに民主的で平和的な国際態度を保つことを優先するべきだと主張している。
いつも議論になる男性のエスコート問題について、多くの男性が感じているであろう矛盾と、それによって引き起こされる悪循環の構造について、一度整理して提起したい。
女性側から日本の男性はエスコートが足りない、気が利かないといった主張がよくなされる。
しかし、多くの男性は気が利かないのではなく、意図的に何もしないという選択をしている。
なぜなら、その主張には致命的な矛盾と高すぎるリスクが内包されているからだ。
ここでは主張する女性をAさんとし、その構造を3つのステップで分析する。
まず、主張における隠れた前提の問題。
Aさんが男性は女性をエスコートすべきだと主張するとき、その言葉の裏には、多くの場合自分が好意を抱く、あるいは許容範囲内の素敵な男性にスマートに扱われたいという隠れた前提が存在する。
しかし、主張する側はこの隠れた前提を明示しないまま、男性はという大きな主語で理想論を主張する。 この隠れた前提の省略が、すべてのすれ違いの始まりである。
Aさんの主張を真に受けた男性が、実際にエスコートを実行した場合、何が起こるか。
一つ目のパターンは、実行者がAさんの隠れた前提を満たす男性、例えばAさん好みのイケメンだった場合。 その行為は理想的なエスコートとして、好意的に受け入れられる。Aさんは満足する。
二つ目のパターンは、実行者がAさんの隠れた前提を満たさない男性だった場合。
ドアを開ける、荷物を持とうと手を伸ばす、車道側から庇うために肩や腕に触れるといった、パターン1と全く同じ行為であっても、それはエスコートとは見なされない。
それは不快な行為、馴れ馴れしい、セクハラだとして、拒絶・非難の対象となる。
ここで発生しているのは、行為そのものではなく、実行者が誰かによって評価が180度変わるという、強烈なダブルスタンダードだ。
Aさんはエスコートすべきと主張したその口で、前提外の人物からのエスコートをセクハラだと断罪する。
「ただしイケメンに限る」を生み出しているのだ。
多くの男性は、これら2つの構造を感覚的に、あるいは経験的に深く認識している。
つまり、エスコートという行為は、実行者次第でセクハラという重大なリスクに転化することを知っている。
もしエスコートを実行した場合、成功すれば報酬として少し感謝されるかもしれないが、失敗すればセクハラ加害者と認定される重大なリスクを負う。
一方で、何もしないことを選んだ場合、リスクは気が利かない人と思われる程度だ。
このリスクとリターンを天秤にかければ、失敗がもたらすリスクは、成功がもたらす報酬に比べて、あまりにも壊滅的に大きい。
したがって、多くの理性的で、かつAさんを不快にさせたくないと願う誠実な男性ほど、リスクを冒してセクハラ扱いされるくらいなら、
最初から何もしないという、最も合理的で防衛的な選択をすることになる。
この何もしないという行動は、無関心や怠慢ではなく、むしろ相手を不快にさせないための積極的な配慮であり、リスクマネジメントの結果なのだ。
まず、Aさんが男はエスコートすべき!と隠れた前提を伏せて主張する。
次に、男性側はセクハラ認定のリスクを認識しているため、合理的な判断として何もしないという配慮を選択する。
しかし、Aさんは男性の何もしないという結果だけを見て、その裏にある配慮やリスク回避の意図に気づかない。
そしてAさんは、やはり日本の男性は気が利かない!と失望し、再び最初の主張に戻る。