はてなキーワード: 受験生とは
全国には600位の大学の数がある。
当然、偏差値も高く、学生数の多い誰でも知っているような大学は関係なさそう。
次、伝統があったり、特徴がある大学も尖ってるので学生は集まりやすいので、セーフだろう。
んで、何の特徴もなく、偏差値も低く、歴史もないところが危うい。
そう、〇〇国際大学、国際が付くのは全国に80もある。
「国際」と銘打っていても、実際は留学生が数人しかいなかったり、英語教育が不十分だったりする。
特徴がないため、滑り止めにも選ばれない。
日本人の受験生が集まらないため、アジアからの留学生を大量に受け入れて数合わせをするようになっている。
これが「教育の質の低下」とみなされ、助成金カットの理由にされかねない。
名前も聞いたことがない国際大学などで、日本語能力が低い留学生を大量に入れ、実態が「不法就労の隠れみの」になってしまうケースが過去に問題視されたことがある。
これが原因で、文科省や出入国在留管理庁の審査が年々厳しくなっているようだ。
というわけで、ホームページを見て「留学生数」を誇らしげに書いている一方、Fランなら、残念ながらサヨウナラということだな。
2022/4/25 18:56
2回答
「テコンダー朴」の作者は、絵もストーリーもギャグもそこそこ上手いと思うのですが、なぜもっとまともな雑誌で描かないのでしょうか。
商業漫画家の平均よりは明らかに実力あるでしょう。なんで、あんな雑誌で描いてんでしょうか。
そりゃ、天下のジャンプとかマガジンとは言いませんが、中間にいくらでもあるでしょう。
東大京大は無理な受験生でも、法政や立命館くらい行けるなら行くでしょう。
一度、ヘイト漫画家に堕ちてしまうと、もう社会復帰できないのでしょうか?
それとも、「実話BUNKAタブー」は、私が知らないだけで、格の高い雑誌なのでしょうか?
あるいは、マイナーな少年誌・青年誌で描くよりもギャラが高かったり、安定してたりするのでしょうか?
別に過去のことなんて「漫画家の山戸です。白正男とは縁を切りました」で通用すると思いますよ(そのために名義分けてるんでしょ?)。
dorawiiより
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これから書くのは過去の記録であり、社会的弱者が生き延びる術の話でもあり、私が唯一母から受け取った「知恵」でもある。
私はヤングケアラーだったので、特に幼い頃は母についての記憶がほぼほぼ「面倒をみてあげた記憶」だが、この知識についてばかりは本当に母に感謝をしている。
私が高校を卒業すると同時に、母と妹と私は父と暮らした家を出た。殆ど昼逃げだった。
たぶん辛すぎる出来事だから私の記憶には残っていないのだろう(解離、という症状だ)、母と妹の証言によると、昼逃げ前の父は本当に暴力的だったらしい。誰かに監視されている、食べるものには全て毒が入っていると言っていたのは覚えている。
ちょうど父の経営する会社の経済状況が厳しい時期だったのはある。父にも、父にしかわからないストレスがあって、追い詰められていたのだろう。
母は新卒からそこそこで結婚し殆どを専業主婦として過ごしたし、何より持病の精神疾患があるので働き方を選ぶしかない。
月に十万円ほどの収入で子育てをしながら暮らすのはほぼ不可能に近く、私と妹は安価な食材をお腹いっぱい食べられたが、母は食べないことが多く、どんどんやつれていった。
ある日のことだ。
「役所に行くから着いてきなさい。なるべく季節に合わない服を着て、無気力な顔をして後ろに座ってなさい」
母はそう指示を飛ばし、六月のじめじめした陽気の中、私たちは長袖のシャツにカーディガンを羽織って役所に行ったのだ。
「夫に何をされるかわからない。住所を突き止めて訪ねてきました」
普段のふてぶてしい母からは想像もつかないくらい弱々しい声で。
いつも華やかな化粧を施す母はすっぴんで、前日は風呂にも入っていなかった。
ちなみに供述は事実である。玄関先に私が残していったゲーム機と私の好きな映画のDVDを、テレビもない家に置いて行った。
「食べるのにも苦労しています。娘たちを育て上げられるかわからない。生き抜くために奨学金は取らせていますが、娘たちの将来の負債になる。満額取らせたらかわいそうなんです。アルバイトもさせて、自分たちの必要なお金は出させてます。でも上の娘(私)は身体も弱く、限界があります」
これは余談だが、私の取った奨学金は月五万円。全て母の貯金になっている。母はそういう女でもあった。私は「その五万円を食費に充てたらいいのに」とは思っていた。なお全額(身体が弱くて稼ぎが安定しない)私が返還している。
「せめて娘たちにはお腹いっぱい食べさせてあげたい。たまにはお肉も食べさせてあげたいです。卵ともやしで生きてます」
これは本当だ。
働く母と受験生の妹、私が全て買い出しに行き、全て料理していた。
母は泣いていた。さめざめと。
私と妹はぼんやり無気力に母を見ていた。たまに膝とかを見ていた。爪とかも。
「僕が責任を持って何とかします。食糧支援が出来るはずです。近日中にお送りします」
若者は頼もしくそう言って、母は泣きながら何度も頭を下げていた。
さて役所を出る。
母は唐突に親指で涙をクッと拭った。
「こうやって泣けよ」
母はそういつものトーンで言い、バスで自宅へと帰ったのだった。
それから十数年が経過する。
私は紆余曲折の末父の家に帰り、結婚して家を出、しかし当時の夫から暴力を受けて実家に帰り、父の会社でアルバイトをし、しかし毎秒父と顔を合わせている生活の中で父から暴力を受け始めて月収六万+障害年金七万という超低収入で実家を出た。
母と暮らすという選択肢はなかった。
母は母で私に自殺教唆をするのを趣味にしているからだ。私の持ち物を突然断捨離するのも趣味のひとつだ。だから私は父の家に帰ったのだが。
すんごい物件に住んでいた。
築六十年近いオンボロマンションで、家賃は安いが、天井から水漏れがすごく、しかし暴力には怯えずに住んだ。
正直、何で今でも生き延びられているのかわからない。そのくらい貧しい生活をしていた。
その中で私は、社会福祉協議会(低所得者層向けの支援団体)に赴いていたのである。
十一月の寒い日、着続けて二日の半袖のTシャツとジャージを着て、前日の風呂を抜いた。
当時私は体に腫瘤ができ、切除の必要があった。
家賃を除いて月の生活費は大凡八万円。しかも私は持病が多い。本当に、何でまだ生きているのかわからない。
とにかく、その金を借りる必要があった。金がないと生きていかれない。私には稼ぐ能力が無い。
「誰も助けてくれません。両親は離婚していて、父も母も私に暴力を振るうし、お金のある男性と結婚する道もありません。私は過去に当時の夫から暴力を受けて何度も殺されかけてます。男の人そのものが怖いです」
私は平時、異常なくらい人の目を見て腹から声を出して喋るタイプの病人だが、そのときばかりは「あのとき」の母を真似た。
供述は全て本当のことだ。繰り返しになるが、何でまだ生きているのか本当にわからない。悪運が強すぎるだろ。
「助けてください」
私はさめざめと泣いた。
脳裏にはあの時の母の様子がまざまざと浮かんでいた。
結論、貸付を受けられた。
高額医療費制度のおかげで貸付を必要とする金額は少額だったし、事情が事情だったし──
何より、「助けたくなる弱者」の姿をしていた。
弱者が支援を受けるには、本人の気質や意向がどうであれ、「助けたくなる弱者」の属性を装わなければいけない。
これをなぜ匿名で書いているかって、ここまで追い詰められた人間に対してもその深刻さがわからず「不正受給だ」「俺たちだって苦しいのに」という輩も多いからだ。
違う。これは不正受給ではない。
しかしそれはあなたたちより立場の弱い人間に言うべき言葉ではなく、国にぶつけるべき言葉だ。
勿論中には不正受給をしたがる人もいるだろう。
そういう人は責められて然るべきだが、そういう人たちのせいで本当に助けを必要としている人にまで支援の手が届かないのは絶対に間違っている。
しかし私は現在、何とかかんとか自分にも出来る仕事を探し当て、お化け屋敷みたいなマンションから抜け出して、細々と暮らせている。
99.9%儲かりません
webは検索導線があるのでまだ「たまたま来た」がありえますが
なので「バズる」「ストアで見つけてもらう」「広告を打つ」がほとんどの場合必要ですが
・有名なアプリをいくつか思い浮かべてください
4. ゲームなど
個人ではこれらはできません
・個人開発どころか、会社を立ち上げてアプリで成功している会社がそもそも少ない
・アプリ開発者(サラリーマン)のうち、自分でも作って儲けている人は1%も居ない
Youtuberの方がまだましだと思う
あとは情報商材とかね
例外的に儲けている個人開発者は居るけど、それ0.1%だから注意
そういう人ってSNSやるとフォロワー5000人くらい簡単に行くんだよね、ほら、そんな割合でしょ?
ちなみにアプリでワンチャンというブームは大体10年前くらいがピークだったと思う
その頃に比べて個人開発アプリが減ってるから、ちょっとしたアプリを探しても無いんだよね
GooglePlayですらそう
____
0.1%=1000人に1人の難しさ
・iLiFE!新メンバーオーディションよりは簡単(母数は応募者)
コスパ悪いんだよな
____
俺は普通に社員とかフリーでやってる開発者だよ、何だと思ってんだ?
辞めとけって言ったのは個人開発、雇われなら普通に普通の稼ぎにはなる
起業したいなら相談してください、Xに居るので、立ち上げ期のアプリは6本くらいだしたことある(1人社長から超大手まで。1人開発から20人位のチーム開発まで)
でもアプリ起業アイディアは半分以上「それアプリじゃない方が良いですよ」とか「難しいですね」になるけどね
最近はだいぶ社長のレベル上がってきた、なんでだろう?最初の頃は酷かった、たぶん「何でもいいからアプリ出せ」って言われてたのかな?
アプリ出せば人が来るっていうのがまず勘違いなんだよね、まったく逆、webが商店街のレストランだとしたら、アプリは隠れ家レストラン
ここ数年ほど、主に女子枠批判やアファーマティブアクション批判へのカウンターとして、「公立高校では男女別に定員がある」「男の方が合格点が低くて有利」という言質を見かけるのだが、これについて補遺というか情報提供をしておきたい。
都立高校で男子の合格ラインが低い(低かった)のは一応事情がある。
https://web.archive.org/web/20210327001934/https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20210325.html
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20230909-OYT1T50047/
要は私立女子高が多すぎるので、都立高校が男子の受け皿にならないとすべての生徒を高校に入れられないというわけだ。
そして、全国で唯一男女別定員が残っていた東京都も、2024年度からは男女別定員を廃止している。
そうなると、入試であぶれた成績下位の男子はどうなるのだろう?という疑問が当然湧くのだが、これについては調べても判然としなかったのでAI君に聞いてみた。
俺の質問
東京都が2023年度まで行っていた「都立高校の男女別定員制」についてです。
男女別定員制という差別的とも取れる制度が残っていたのは、私立の女子高が多いために都立高校が男子の受け皿になる必要があったためだと理解しています。
しかし、この制度は2024年度には廃止され、男女共通の定員制となりました。
そうなると、都立高校にも私立高校にも行けない男子生徒の行き場はどうなるのでしょうか?
↓
AI君の答え
結論から言うと、男女別定員制の廃止によって「都立にも私立にも行けない男子が大量にあふれる」という事態は起きないと考えられています。
制度廃止後も、東京都は公私連携で“全受験生の進学先を確保する”仕組みを維持しており、男子だけが進学先を失う構造にはなっていません。
ただし、男子の進学先の分布や学校ごとの男女比は今後変化する可能性があります。
なぜ「男子の行き場がなくなる」ことは起きないのか?
1. 東京都は公私連絡協議会で“全体の受け皿”を調整している
東京都は毎年、私立高校と協議して「都内の中学生全員が進学できるだけの定員」を確保しています。
つまり、男子だけが定員からあぶれるような状況は制度上起こらないよう調整されるのです。
2. 男女別定員の緩和(10%→20%)の段階で大きな混乱は起きなかった
2022年度(10%緩和)、2023年度(20%緩和)で試験的に男女合同枠が拡大されましたが、
この結果を踏まえて、都教委は「全面廃止しても大きな混乱はない」と判断しています。
制度廃止により 女子校の共学化が進む可能性 が指摘されています。
実際、都内ではすでに共学化の流れが加速しており、男子の受け皿はむしろ増える方向です。
・・・ということらしい。
高3のときにかかった統合失調症について自分の身に起こった症状を経過とともにまとめておく。まず秋の三者面談で担任に友達がいない=それだけコミュ力がないことを指摘された。
当時官僚に憧れていたが、そのことを知っていた他人は学力もそうだがそこを改善したところでその社交性の無さをどうにかしなければどうにもならないことを言ってきたのだ。
それに私は心底動揺したようで、母によれば帰りの電車でチック症状が出ていたらしい。そこから、受験勉強も頑張りつつ立派な人格者になろうと奮起したことでだろうか、だんだん行動と思考がおかしくなっていく。
柄にもなく今まで話したことも無いような生徒に話しかけるようになる。記憶力が良くなったような気分になる。化学式が水を吸い込むスポンジのようにすらすら頭に入っていく気分だった。
実際少しは記憶力が上がったのかもしれないが気分の部分が大きかったように思える。気分が高揚し何故か授業中でも教科書に書かれた偉人を模写するようになった。
普段の私は不器用な方で模写などできるようなタチでもなく、したとしてもゆっくり書いても線は歪にるし顔のパーツのバランスも元のようには書けなかったはずなのだが、そのときはなぜかさらさらと筆が運んだ。各パーツの境界等を線ではなく元の絵通り濃淡で表すなんて普段の私にはできないことを普通にしていた。数学の教科書のガウスを描いたときが特に印象に残っている。風邪でもないのに熱が出て学校の中で倒れるということが起こるようになった。何度か親に送り迎えされることがあった。
私は中学のころまでは学校の人間をいじめていたことがあったのだが、急にそのことを思い出し心底恥じ入る気持ちになり号泣した。そして旧友がどうなっているのか訪ねに行った。受験生なのに何をしてるのかと思うだろう?私にもわからない。
塾の特別講座や模試を受けに都心に行ったときはひどいものだった。湯島聖堂に行って人が引くような感服をした。ピンクのハトを見て神がかり的な力を感じてしまった。(ピンクのハト自体は幻覚ではなく写真に残っているしそもそもそこまで珍しいものではないと思われる)
興が乗りゲームセンターに行ってヴィクトルーパーズというゲームを体験する。プレイ時に自分の反射神経に関して今までとは違うものを感じて全能感を感じた。
そして確かリフレクビートみたいな音ゲーを他人がプレイしているところの画面をなぜかタッチした。当然苦言を呈された記憶がある。でもそのときの自分は意に介していなかったと思われる。
夜になっても秋葉原を闊歩してあるときは自分の腕力に自信を感じ筐体を動かせるかどうか試していた。
今思えば実際は持ち上げていたのではなく引っ張る程度でなんの腕力の証明にもなっていないのだがあのときはこう理詰めで考える力を失っていたように思う。
釣り合わないおっさんと若い女性が一緒に歩いている姿を見て、犯罪の匂いを感じ制裁してやろうとか思った(今思えばコンカフェのサービスに過ぎないだろう)。
街中で大学生と思しき数人の男女の組を見つけて話しかけて自分の志望大学について語る。あのときは普通に対応されたけど陰でやばい奴認定されていたのではないか。
道路にポスターが筒状に丸められたものが落ちていて、アキバでの土産として持ち帰るつもりだったのに、振り回したり膝に当てて曲げたりしていた。思考の滅裂が伺える。
結局その夜は終電を逃し、教科書等が入って10kgになっているリュックを背負ってほとんど休まず冬の夜を始発まで歩き続けていた。それは冬に露地で寝たら凍死するという、ここだけはまだ高校生としてまともなイメージによるものだった。
その最中、座って休んでいたときはとめどなく出てくる感じの英語を、どうせ誰もいないからと気持ちよく口に出した。まるで通訳ならそういう境地であるかのように、自然に英語で思考が言葉として頭に浮かんでくるのだ。これも今までにないことだった。今までの学んだことの蓄積が一気に爆発的にアウトプット可能なものへと昇華されたような感じだ。第三者がいないので、これが実は文法が滅茶苦茶だった空喜びだ可能性もある。
そうして家族には捜索願を出す迷惑をかけさせるなか帰宅した。保護入院のXデーは近い。またあるとき横浜へ行くと、キャリアになるような人間は高い志を持っていなければならないという心境で、ゴミ掃除をした。受験生なのに。
掃除しているところを見たお巡りさんから未来の官僚様へというふうな感じでブラックサンダーと栄養ドリンクをもらった記憶がある。ということは自分の希望進路をこの警官に行ったことになるのだが、だとすればこの警官の労いは奇妙な行動をする学生を生暖かい目でからかうことを意図したものだったかもしれない。自宅の近所に1000年前からあるという由緒のある神社と正一位の神格がある寺院に目を付け、この地域は稀に見る神聖な土地なのだという気持ちになる。
またその影響からかこのころから神のお達しを感じるようになったり(幻聴ではなくテレパシーのような感じ)自分に女性キャラクターが乗り移ったような感覚が現れることが起こるようになる。口調も普段から変わってしまう。
当時の社会情勢の悪さを神的なものとに結びつけ、寺社に赴いた記憶がある。おこがましくも何かを助言した記憶がある。別に神職者だって宗教を信じてないことが多いのに本物のやばい奴が来てしまったという感じだろうな。
マムシ=蛇の出没も神的なものと結び付け両側が藪の道を木の枝を下に向けて振り回しながら歩く。当時の本人にはマムシを追い払うことでマムシが持つとする瘴気を払うことを意図したものだろう。
またあるときは公園で木の枝を持ってこれが神風だという感じで大げさに振り回す。あくまで高校までの化学の知識から着想を得た「核戦争にも耐えられる強化外骨格」の設計ラフを書いた小切れなどを河原にばらまいたりもした。
夜寝てもすぐ起き上がって漢文がひらめくことが多くなりまともに寝なくなる。当時の自分としてはそれが漢文のいい訓練になるものだと思っていたことを覚えているが、志望大学は漢文の比重が重いものではないので、ほとんど無駄だったと思われる。
滑稽なのは四声も知らないのに(いや受験生としては問題ないんだが)漢詩等を次々書いて悦に入っていたことである。文法はともかく古代中国語として韻律のめちゃくちゃなものだった可能性が高い。
でもこんなことをしていたのには訓練以上に、漢文に書かれた思想に感じ入っていたところも大きい。
おかしくなった私の目標は立派な仕事に恥じない人格者になることだった。そして湯島聖堂に行ったときに孔子の深遠さに衝撃を受けた。
もちろん孔子自体は以前から知っていたが、偶然「聖地」を見つけ赴いてしまったことで、自分なりに感じた霊験あらたかさに、彼と彼の思想がいっそう素晴らしいものに感じるようになってしまった。
普通の受験生にとっては教材でしかない漢文から仁徳を感じ取るたびに感動し、過去の不徳な自分と対比して大泣きして大真面目に反省するという情緒不安定も起こっていた。
電車で、密着して二人の世界に入っている男女に話しかけたりもした。今考えれば当然のガン無視をされた。しかしやっぱり躁状態になっている私は誰とでも話せる人間になろうという思いが強かったのか意に介さないのである。
テレビでちょうどやっていたイスラム国関連のニュースの映像を見たときとてつもなく怖いものが見えたように感じ体を丸めて怯えたような記憶がある。あの心理状況はどういう原理だったか。
イスラム国はどうにかしなけばならないという義憤を感じてツイッターでアラビア語?で検索してイスラム国関係者と思しきツイートに直接リプライしたり、また当時の漢文にハマっていた自分らしくSNSのアカウント名を「莫歯牙(しがない)○○」をしたりそこで椅子子羊(イスラム)なる言葉を使って打倒を呼び掛けていた記憶がある。
世界中から反響があった感覚があったが、実際はただ日本人以外からなにがしかのリプライが来たと言うだけで、数としては数件に過ぎなかったのではないか。
でも当時は確かにカバオコピペのように「今までにない熱い一体感を感じ」ていた。
テレビのイスラム国に関する報道が自分の行動とリンクしているようにも見えていた。自分が世界に影響力を与えている気分になっていた。
調子が悪そうなことをした親に総合診療科に連れられたこともあり、そこで血液検査をしたらCK値の上昇が認められそこで筋肉が壊れてきていることを指摘された。
冬の夜通しの闊歩が祟った結果だと思われる。とはいえ今思うと自衛隊員は数十キロの装備を身に着けることもあるし、強力(ごうりき)はそれこそ100kg近くを背負って運搬するわけだから、ちょっと虚弱過ぎやしないかと思う。
しかし当時の私は筋肉が壊れるほど肉体を酷使している自分に対してこれまた全能感をこじらせ酔っていた記憶があるから滑稽だ。
また当時気になっている子がいたのだが、学校帰りに駅前のブティックに足を運んで何万、何十万かするビロードのような服を品定めしていこともあった。
そういう服を対象にしたのはすっかり自分が上流の人間の気分になっていたから。
そして将来は官僚になってこういうものを好きな子にプレゼントするんだと店員に息巻いていたと思う。
近くの受験が見えなくたって遠い不確定の可能性の低い将来を前提とした行動をとる、まさに統失仕草だったと思う。
卒業間際好意を伝えたときやんわり振られるオチまでついている。
こうしていろいろあって親は養護教諭に電話相談して、精神科への入院を勧められ、私の同意のもと保護入院することになったのだった。
※ブコメから知ったこととして保護入院とは家族の同意のもと行われる強制入院の一つだという事実があるが、私の場合入院したいか、それとも受験するどうかをあくまで私の意思を尊重する形で家族に確認されたため、法的なことはともかく実態としては任意の入院なのだった。
そこで統合失調症という診断が下されたが、診断名は変わる可能性があると言われた。
統合失調症は全段階として6か月未満の統合失調様症状というものがあり、中学のときのエピソードして、自分は悪魔になってしまったという発言や、ナイフの図鑑を買ったりポッカキットで処刑映像を見ていたことを統合失調症の期間として含めるべきかをはっきり判断できないからだということだそうだ。まあ今思えばさすがにこれはただの中二病だろうと思うが。
なお、記憶力や模写等脳の能力に関しての向上を記述したが、これが統失の症状としてあり得ることだったのか、私固有の現象だったのかはわからない。
統合失調症は服薬し続けず「治る」ケースがごく稀な病として有名だが、幸い私は薬も飲んでないが上記のような明らかな妄想も出ることなくただの発達障害(医療機関による診断済み)として暮らせている。
いろいろなことをした、「記憶はある」が、なぜそうしたのか今の自分では全く理解できないことが、過去あったその妄想と現在の現実を区別できる能力が回復している何よりの証拠だと思う。
ほんとう、記憶はあるが秩序のあるものとして理解できず、記憶を記録するにあたってはただあったことを羅列しているだけという気分が拭えないという部分は朝起きる直前の夢に似ているような感じがする。
この長文を書いたのは、統合失調症は脳機能の低下を起こすから患者になったことがある人本人に「書ける」人が少なく、このような本人直筆の体験談は貴重と考えたためで、使命感を持って書いた。
(使命感とかいうとまだ統合失調症が治ってないだろとか言う人が出てくるのかなと思いつつ)
【追記】
実はあれから既に十年以上経っている。
もし統合失調症が治っていない状態で薬をやめていた場合はだいたい長くとも1、2年で、もっとひどい状態で症状がぶり返すのが通例だ。
脳機能も一度目の急性期後より格段に落ちると聞いている。壁に自分の排泄物を塗りたくるようなレベルの廃人になるということだ。
しかし私は御覧の通りこうして記事が書ける程度の理性や知性をいまだ残せている。
それは、薬の副作用にアカシジアというものがあって、その、四肢の気持ち悪い感覚が苦痛だったからだ。
今も、断薬の承諾を得た精神科医本人から三か月おきに診察を受け経過を見てもらっているので、統失が治っていないということについては心配しないでほしい。
その医者の対応に対する違和感を書いてもらって思い出したが、それ以上に著しい倦怠感や思考の鈍麻が起こっていたことについて親が見兼ねたというのが大きかった。
統失の治療薬のイメージとしては躁的な症状をもたらす過剰な神経物質をブロックするというものだが、このころは既に陰性期あるいは寛解状態にあった。
つまり健康体の人間に投薬するのと変わらない状態で、症状を相殺するのを通り越して過度のドーパミン不足を誘発したのかほとんど寝たきりで毎日を過ごすような時期があったのだ。
こんなところにいたら殺される(滝山病院の例もあるので大げさな考えとは思われない)と心配した母親が担当医の忠告、「お母さんあなたも精神病ではないか」という苦言を振り切って入院期間を繰り上げたのだった。最初の急性期を見て薬を処方した入院先で断薬許可をもらったわけではなかったのだ。
ただセカンドオピニオンでかかった他の大学病院の医者も、以前のその病院の処方薬や量の内容を見てこれは多すぎると言っていたようだ。
今かかっているクリニックはこれらの統合失調症や発達障害の診断やそれに伴い我が家庭ではどう対処してきたかという経緯を理解したうえで、基本的にこちらの考えを尊重しときには睡眠の習慣を整えるためにロゼレム?を服用してはどうかと言われては、悪夢を見るから嫌だ、いやこれは他の睡眠薬と違って悪夢は見ないよ、でもちょっと抵抗があるから見送らせて欲しいとかああだこうだ忌憚なく相談できる関係性を築いている。
模写した絵などは残っていない。というのも数年前まで私の部屋は受験期にコレクションした参考書がずらりとならぶ、いかにも子供部屋おじさんの極致にあるような有り様だった。
しかし親に、いい加減高校時代のことに固執してもしょうがないだろうと、絵も描かれたノート類とともにすべて処分することを催促され、応じるしかなかった。化学の新研究とかぐらいは、通読してみたかったなと思っていたのだが。
絵の証拠写真を挙げないのでは一連の記述が創作と思えて仕方がないこと、もっともなことだ。信じる人が信じるだけでもこれ幸いというものだ。
少し退院後のその後の事を書くと、まず予備校に入って再度大学を目指そうとした。
しかし当時の自分は統失の余波か薬の副作用か大変疲れやすく、体験授業後にチューターには母の口から、授業中にも寝てしまうことも有り得ることが伝えられた。
また数か月か、あるいは一年ほど経った頃だったか、入院中も見舞ってくれた担任が定期的に会いに誘ってくるようになった。
と、このあたりのことを書くと俺がどこ高校出の誰かか特定される可能性が1%ぐらいは出てきてしまうと思っているのだが、そうなったらそうなったらでこの記事が創作でないことの証明にもなるわけなので、気にせず書いてしまおうと思う。
そうして職業訓練校を目指すことになった。その訓練校が試験で出す問題と同レベルのSPIとかの練習問題を解いた当時の自分としては、問題自体は大学受験とは雲泥の差の易しさだが、それでも油断はできなかった。
統合失調症と長い間机に向かっていなかった影響で、筆記スピードというあくまで肉体面の要素が著しく落ちていたからだ。
そんな私にアドバイスしてくれたり、数学の先生だったので、私が趣味で取り組んでいた数学に話を合わせ付き合ってくれた。
それに前後して北里か東海大(ここ記憶が曖昧)や、クリニックの児童精神科医にセカンドオピニオンを仰いでいた。
そこでいわゆるウェクスラーを受け、言語性IQが130で動作性が90前後という結果だった。その大学病院が役所に提出する用の親展の封筒を、やっぱり使わないと親が開けて見てしまった中身の書類の記述によると、大変頭の出来がいいというニュアンスの表現でべた褒めする内容だったそうだ。
言語性IQなんていかに成人向けに最適化されたテストといえど受験期等の蓄積で簡単に高成績が出る脆弱性がありそうでならないと私は思っているので、これは私より圧倒的に優秀な大学教授の心の余裕から来るリップサービスのようなものではないかと今は分析している。でも認知機能のテストの一種か何かで、100から次々7を引いた答えをどんどん言ってくださいという問いに自分なりになるべく速く答えたその反応に対しても早い早いと言っていたから、まんざら嘘ではなく、そういうことを総合してなのかな。
ともかくもしこの書類を出していたら障害者手帳の申請は通らなかったからこれでよかったということを親は言っていた。申請に使った診断書等はクリニックが書いたものだったと思う。そのクリニックだが今は児童 Permalink | 記事への反応(1) | 18:05
ちょうど2004年に現役で東大受験を経験した人から見ると、2004年受験といいながら30代といっている時点でフェイク宣言をしていると思うのですが
それにしてもあまりに基本的な制度や用語の誤りが多く「エアプ乙」と言わざるをえません。
事実としておかしい点を、受験制度や科目の観点から列挙します。
「数1が82点、泣きそうになりながら挽回した数2は100点」
東大入試(一次試験にあたるセンター試験)において、数学は「数学I・A」と「数学II・B」という枠組みです。「数1」「数2」という呼び方は、単体の科目名としては不自然です。
また、東大の二次試験(本試験)の数学は、文系が80点満点、理系が120点満点です。「100点」という数字は、センター試験の満点(100点)を指していると推測されますが、東大合格レベルの理系受験生がセンター数学で82点を取って「泣きそうになる」のは、基礎学力の記述(九九ができない等)と照らし合わせても、医学部志望ならまだしも理一志望としては違和感があります。 何より、二次試験の点数配分と混同しているような書きぶりです。
東大入試は「一次(共通テスト)」と「二次(個別試験)」の合計で合否が決まります。
筆者は「5教科7科目」のおかげで救われたかのように書いていますが、東大合否の決定打は圧倒的に「二次の4教科」です。 センター(一次)で1科目をミスしても、圧縮されるため点差はわずか数点に縮まります。東大受験生が「5教科7科目だから人間的(=一発勝負じゃない)」という感想を持つのは、制度の比重を理解していればまずあり得ません。
「東大の古典の赤本を買ってきて、古文と漢文をやる」「国語と英語で安定してとれてたら、理数も、社会も基礎問題を落とさなければ勝てます」
理系(理一)志望者が、対策の優先順位として「まず古典」を挙げるのは極めて異例です。
理系合格者が「理数も基礎を落とさなければ」と付け足しのように語ることはありません。 理系にとって理数科目は「得点源」であり、国語は「大崩れしなければ良い」という立ち位置が一般的です。
文脈的に「二次の戦略」を語っている流れ(物理・化学・数学のコツを詳述している)で
「社会」が登場するのは、文系・理系の試験構造が混ざってしまっています。
「関東近辺の私立中学で、付属の小学校があるところに、基本進学校はありません。強いていうなら、四谷雙葉でしょうか。(なぜ、中受御三家を、強いて言うならというかは、後述します。)」
用語の誤り: 「四谷雙葉」は通称であり、正式には「雙葉」です。
また、雙葉を「強いて言うなら」という表現で進学校から外そうとする感覚は
2004年当時の受験状況(女子御三家の一角として不動の地位)を知る者としては極めて不自然です。
小学校付き進学校: 早稲田実業、慶應義塾、学習院(女子)など、東大進学者が一定数出る「小学校付き」は存在します。
また、暁星なども有名です。「基本進学校はない」という断定は、中学受験経験者としては知識が偏りすぎています。
「物理はなるべく微積で解く解法のものを習得するのがいいです。物理は……ものすごくパターンが少ないです。基本的に満点を狙えます。」
「満点を狙える」「パターンが少ない」と言い切れるのは、ごく一部の物理強者のみです。
東大物理は時に非常に独創的な設定が出題されるため、2004年前後の難易度を知っていれば、これほど安易なアドバイスはできません。
この文章は、「東大の仕組みをネットやパンフレットで表面だけなぞった人が、自分の『お気持ち』を語るために書いたフィクション」である可能性が極めて高いです。
「大学を学部ごとに三つ星で評価する」みたいなニュースを見て、「へえー、ミシュランみたいですねえ」と思った人もいるかもしれない。
でも文科省の資料を何本か追っていくと、これ、単なる「受験生にわかりやすい情報提供をしましょうね」という話ではあんまりない。
いや、建前としてはそうなんです。
「偏差値じゃなく教育の中身を見よう」とか、「在学中にどれだけ力が伸びたかを見よう」とか、言っていること自体はまっとう。実際、2025年の中教審答申 [1] でも、新しい評価制度は「適合・不適合」だけじゃなく、大学教育の質を数段階で示すべきだ、と書いてある。しかもそこで、在学中にどれくらい力を伸ばせたかみたいな観点を入れるべきだ、とまで言っている。
で、問題はその次。
同じ答申 [1] には、さらっと、でもかなり重い一文がある。
「教育の質が十分に担保されていない機関については撤退を促していくことが望ましい」
しかもこの話、急に湧いたわけじゃない。
2018年の答申 [2] ですでに、「学修成果の可視化」「大学教育の質に関する情報公表」「比較可能な形での提示」といった方向は打ち出されていた。さらに認証評価の結果に応じて改善措置を強化する話も出ていて、つまり昔から「見える化して、言いっぱなしでは終わらせない」構想ではあった。
じゃあ、今の「学部ごとの星付け」は何なのか。
制度の直接の検討の場が、このワーキング [3]。資料を見ると、文科省はかなり露骨に学部単位の段階別評価を検討している。ニュースで「三つ星」と呼ばれているものの元ネタはこれで、大学全体ではなく、教育の基本単位である学部ごとに評価を出す設計。
要するに、
ではなく、
を細かく切る方向。
ここまではまだ「教育の質」の話に見える。
私立大学の在り方検討会議の中間まとめ案 [4] を見ると、少子化のもとで2040年には現在ある法人の全てが存続することはあり得ず、相当数の法人が縮小や撤退を余儀なくされるとかなりはっきり書いてある。
なかなかすごい言い方だけど、ほんとにそう書いてある。
さらに、大学改革の現状を整理した文科省資料 [5] では、もっと踏み込んで経営体力がある段階での撤退を慫慂するとまで書いている。
潰れそうになってからでは遅い、まだ動けるうちに撤退判断もしろ、という話。
このへんまで来ると、「三つ星評価」はただのレビューサイト化ではなくて、
として理解した方がたぶん正しい。
しかも、これが「すべての大学に等しく厳しい」のかというと、そこも違う。
地方で看護や教員養成を担う大学とか、研究力の高い大学とか、そういうところは「残ってくれ」側。
じゃあ、逆にどこが圧を受けるのか。
ここは名指しはされていないけど、資料を読んでいくとかなり見えてくる。
さっきの中間まとめ案 [4] では、私立大学について人文科学・社会科学が半数近くを占め、文系に偏っていると書く一方、国公私立全体でも理工系入学者割合は17%でOECD平均27%よりかなり低いと問題視している。
という話。
人文14.9%
社会科学35.9%
に対して
理学2.3%
という数字が出ている。
と言いたくなる構造。
加えて中間まとめの要旨資料 [8] では、労働需要の推計として
というかなり踏み込んだ話まで出てくる。
ここまで来ると
というより
「その定員、本当に今後も必要?」
でも政策の大きな流れとしてはたぶんこう。
文系偏重で、教育成果や社会的必要性の説明が弱い私大には、評価と助成で圧力をかけるので、どんどん潰れていってね⭐︎
まあ、言い方は悪いけど。
資料を読むと、だいたいそういうことではある。
出典
[1] https://www.mext.go.jp/content/20250221-mxt_koutou02-000040400_1.pdf
[3] https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/mext_02266.html
[4] https://www.mext.go.jp/content/20250728-mxt-sigakugy-000043581_01.pdf
[5] https://www.mext.go.jp/content/20260225-mxt_koutou01-000047433_2.pdf
[6] https://www.mext.go.jp/content/20251219-mext_sigsanji-000046210_02.pdf
[7] https://www.mext.go.jp/content/20250310-mxt_sigakugy-000040820_6.pdf
[8] https://www.mext.go.jp/content/20250728-mxt-sigakugy-000043581_02.pdf
小学館のマンガワンが性加害判決が認定された漫画家の起用、編集部の隠蔽疑惑が大炎上している。
美術教育の世界って、かなり閉じた価値観で評価の基準も点数化されるものではないからこそ
美大生の7割ほどは女子らしい。対して教授、指導陣の8割は男性だという。
私が受験した美術科がある高校も7割が女子生徒だった。そして、学科長は女子生徒に手を出していると受験生にまで噂になっていた。
私が通っていた画塾の先生は、生徒に手を出す教師を軽蔑するとしきりに言っていたが、
先生に勉強になるから食事に行ってきなさいと紹介された画家に個室で襲われそうになった。
先生と画家は友人で、20歳ほど年が離れた私を"交際"目的で差し出したようだった。先生が彼は年下好きだからと言っていた。
私は若く、世間知らずで、ASDだったから、額面通り受け取ってしまった。食事とは、食事という意味だと思ってしまった。勉強になる話が聞けると期待してしまった。意図を汲み取れなかった自分が馬鹿だったと悔やんだ。
先生はよく、当時交際経験のなかった私に恋愛しないといい絵は描けないよと話していた。
幸い、今は周りに恵まれて不自由なく活動ができてるが、先日年上の男性アーティストにコレクターから枕の誘いとかないの?と聞かれて辟易した。あってたまるか。
いや、正確には「どうかしていた」と過去形で書くべきか。再来週には卒業式があるので。
東京都◯◯区の、どこにでもある区立小学校の話だ。マンションと住宅街が混在した、特段裕福でも貧しくもない、ごく普通の住宅地にある学校。港区とか文京区とか世田谷区とか、そういういかにも、な区でもない。校庭にはイチョウの木があって、秋になると銀杏が臭い。それくらい普通の小学校。
1クラス33人。そのうち中学受験をしたのが17人。受験率51%というのもなかなかだと思うが、問題はその中身だ。
これが何を意味するか分かる人には分かると思うが、念のため書いておくと、開成の合格者数は全国でも年間約300人だ。それが区立小の、たった一つのクラスに1人いる。それだけで十分すごい。それが6校ぶん、同じクラスに存在している。
受験の世界でよく「確率の収束」という話をする人がいるが、これは完全に確率がバグっている。
もしかしたらたまにはあることなのか?と思ってAIに聞いてみたら、「確率で言えば0.0001%。起こり得ません。」と言われた。そりゃそうか。
ここが一番伝えたいことかもしれない。
授業参観に行くたびに、先生が「ちょっと静かにして!」と言っている。教室のロッカーはカオスで、男子は廊下を走るし、女子はグループでこそこそしてる。落とし物箱には誰のものとも知れない鉛筆や消しゴムが山となり、先生はいつも少し疲れた顔をしていた。
塾の送り迎えの話が保護者間でたまに出るくらいで、それ以外は至って普通の小学生の日常。1月に入ってからは流石に登校しない子も増えたが、12月までは皆が皆、受験モードというわけでもなく、放課後に公園で遊ぶ子もいれば、ゲームの話で盛り上がってる子もいる。表面上は本当にふつうのクラスだった。
考えられる仮説はいくつかある。
この区はここ数年、サピックスや早稲田アカデミーの校舎が増えた。「塾銀座」とまでは言えないが、通塾しやすい環境が整ってきたのは確かだ。マンション開発で転入してきた教育意識の高い世帯が増えたという見方もある。
あるいはクラス内の相互作用か。「○○くんが受験するなら自分も」という連鎖反応が、何かの拍子に形成されたのかもしれない。
でも正直、答えは出ない。たまたまそういう学年が、たまたまそういうクラス編成になっただけかもしれない。教育社会学の論文になりそうな話だが、当事者たちはそんなこと何も考えていない。
御三家に行く子も、地元の公立中に進む子も、みんな同じ教室で最後の日を迎える。先生はたぶんまたタジタジになりながら、それでも何か感動的なことを言ってくれるだろう。
私はこの分野の門外漢で,加えて生成AIに計算してもらってるので話半分でお願いします
そうした意味で、入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を東京大学は歓迎します。