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はてなキーワード: サバイバルとは

2026-05-04

ホワイトアウトサバイバル広告がフルでできるゲーム

ないの?インストールしたら全然違うゲーム性だった。

ハマってんの俺だけ?

2026-05-02

anond:20260501203829

この件で不思議なのは赤派が「世界がどんなことになろうが自分だけは生き残るのがアド」と思ってること

ほんとにそんなゾンビサバイバル漫画主人公みたいな強靭メンタルで生きてんのかな

世界の全人口の数割が瞬間的に消滅するって社会の混乱は想像もつかないし

そんな世界で生きるくらいなら一緒に死ぬか、今の世界が維持されるかどっちかの青を押すでしょ

2026-04-30

福生市事件で「珍走団に報いた男性情状酌量を!」と息巻いてる奴らいるけど

警察サバイバルナイフ向けて農薬発射する無職40代男性もかなりヤバいのがわからないのか…

警察相手怪我人出してる時点で情状酌量余地なんかねーよ

せいぜいヤバい奴とヤバい奴で対消滅だろ

変に持ち上げてる奴らの神経がわからない

女の生きづらさは、「若い女」の価値が高すぎるせいで、それが実質「通貨」になっていることからも生じてるんだよな。つまり、『

https://x.com/taichinakaj/status/2049477739670102518

女の生きづらさは、「若い女」の価値が高すぎるせいで、それが実質「通貨」になっていることからも生じてるんだよな。つまり、『若い女Pay』である

 

あらゆるコストの支払いを『若い女Pay』に依存してしまう。これは、ちょうどクレカ登録したサブスクのようなもので、使用者には「使っている自覚がない」んだよ。無意識なんだ。自動引落なんだ。

 

これは売春や、そのほか直接的な性的サービスにかぎらない。じつは『若い女Pay』というのは、顔の偏差値が40以上、かつ30代前半以下の女には、永続魔法のように効果が持続し続けている。

 

若い女Pay』を、ただ持って見せるだけで入れる部屋がある。空港における『プラチナカード』みたいなものだね。

 

特別なことは何もせずとも、男は無料で受けられないサービスを、なんか無料で受けられるようになっている。あるいは、割引がなされたりする。それは『奢り奢られ論争』のように、認知できるものだけではない。そのほとんどは、気付かないほどしずかに、水面下でおこなわれている。

 

それが、老化と同時に「若い女Pay安」に陥る。つまり価値がさがる。満足に支払いができなくなる。するともちろん、手に入るサービスがへっていく。

 

今まで当たり前に入れていた、タダで酒やら食い物やらが貰える、景色がよくて静かなデカソファのある部屋に入れなくなる。いままでVIP待遇だったのに、急にブラックリスト入りしたみたいになる。

 

あの小汚いおじさんとおなじように、急に冷たいイスに座らされる。そりゃあ、不満にもなるわな。

 

でも、どうしてそんなことになったのか分からない。なぜなら、『若い女Pay』を使ってきたことを自覚しづいから。

 

突如、いままで取り巻いていた「当たり前の文明」が消滅する。あたり一面がサバンナと化す。体力も能力もないのに、とつぜんのサバイバル生活が始まる。

 

30歳のイエネコが、急に野良に放たれるんだから、そりゃあ、生きづらいし、不満よな。

 

もしもさ。16歳の子供に「限度額なしのクレジットカード」を持たせて、自由に買い物させていたら、そのあとどうなると思う?

 

まり、「多くのものが当たり前に手に入る生活」をさせて、それを30歳になった途端に、「はい、もうダメ〜」と取り上げてしまったら、そりゃあ「......ワタシ...セカイ....ハカイスル...!!」となるに決まってる。

 

幸いなこと(?)に「男」には価値がない。マジでない。ほんとうにない。ないです。危機感持ったほうがいい。いや、持っても仕方ない。ないんだもん。

 

でも、そのおかげで男は「欲しいもの」にしっかりと対価を支払う。そういう、コスト意識がある。価値がないからこそ、価値提供する。そういう意識があるんよな。価値がないから。ほんとうに。

 

女がゲーム中盤以降で詰みやすいのは、何をどこまで「若い女pay」で購入してきたのか、それが不明瞭なまま生活していく構造の中にもあるんよ。あとで明細みてビックリするタイプの。

 

そもそもこの経済社会は、「若い女を買いたい、価値のない男」が、その支払いのために経済をぶん回して出来てるわけだ。いい大学を出て、いい稼ぎを得たら、いい家に住んで、いい服をきて、いい車に乗れば、もしかしたらモテるかもしれない。(モテないけど。)ダメなら、女を買えばいい。

 

そもそも、そういう経済競争の先には「売春賭博パワハラ」以外には何も用意されてない。だから、男が経済をやり、女を金で買い(結婚や、モテを含めて)、女は上手に若い女Payを利用し、結婚事業ごとバイアウト、が最適解になっているわけだな。

 

そう考えると、飢えた男の欠乏感で経済が回ってるうちは、生物的に満たされた女が経済の主役になるのは難しいだろうな。

 

これまで8000人に奢られた経験からいうと、やはり「女の生きづらさ」は、男の生きづらさとは別のベクトルなんよな。だから、どっちのほうが辛い、なんて勿論いえない。

 

「生きづらさ」とは、手に入らない苦しみだけではないからね。手に入りすぎる虚しさもある。男なら、みんな知ってるだろ。プロアクションリプレイで最強ポケモンをつくった同級生鍵っ子を羨ましがるのはあまりに幼稚じゃん。つまらんやろ。すぐ飽きるやろ。そんなん分かりきってることじゃん。男ならな、たまご厳選、からジグザグマ乱獲、正の字を手書きメモだろうが。たまに数えたか分かんなくなる。それくらいでいいんだよ。人生ってのは。

 

女の話にもどるけどさ。「そもそも欲しくないものを、まるで『好意で買って頂いた』かのようにして買い与えられる」という若い女Payの自動お節介決済も、女性の生きづらさを助長しているわけだ。

 

いま多くの女性が「いやいや、そんなもん、欲しくもないよ」と叫んでいる。男はいいよな、って。鍵っ子は帰る家を羨むし、帰る家のあるやつは鍵っ子ゲーム機を羨むものだ。

 

とはいえな。ないものはないし、あるものはある。そうだろ。だからさ、現実的な部分と、うまく折衷するしかないよな。男も女も。ポケットモンスター 虚無/ 無限 くらいのもんよ。どちらも地獄。みんなちがって、みんなクソだよ。

 

午後10:15 · 2026年4月29日

プロ奢ラレヤー🍣

@taichinakaj

10年間フォロワーに奢られて暮らします。 奢りたいひとは「奢りたい」とLINEして→ https://lin.ee/aFXo5bT 。 👇8000人に奢られたついでに結婚相談所もやってます

2026-04-27

血をハックした先に残る虚無について

天皇家血筋証明するためにDNA鑑定を受けろ」なんて話を耳にすると、私はなんだか「あーあ、またか」と思って、言いようのない虚脱感を覚えちゃうわけ。

それは単に「右だ左だ」っていう政治的スタンスの話じゃなくて、もっと根本的な、現代人が陥っている「ボタンの掛け違い」。

そもそも皇室における「血統」っていうのは、生物学的なACGTの塩基配列データなんかじゃない。それは、数千年にわたって積み上げられてきた儀式とか、神話とか、あるいは歴史連続性っていう「物語」が一体になった、とてつもなく分厚い「パッケージ」そのものなんだわ。

​それを「最新の機械で測れば正解が出る」と思い込んじゃうのはさ、OS思想をまるで理解しないで、ハードウェアの型番だけチェックして「これが本物だ!」って叫んでるようなものなの。

どれだけ高精度のシーケンサーを使っても、そこに「神性」や「象徴としての正統性」なんてものは映らない。

だって、そんなものデータの中には最初から入ってないんだから

現代っていうのは、目に見えない権威伝統を信じる力を、すっかり失くしちゃった時代。その代わりに、みんなが縋り付いているのが数値っていう新しい神様なんだわ。

​なんでもかんでも白黒つけなきゃ気が済まないっていうのは、一種幼児ギャオンなのね。グレーゾーンとかよくわかんないけど、そうなってるらしいっていう神秘性を抱えたまま生きていく耐性が、もうヘロヘロに低くなっちゃってる。だから文化だとか精神性だとかいものにまで、0か1かの判定を持ち込んじゃう。

科学っていうのは事実は出すけど、意味は作ってくれないンだよ。DNAが一致したっていう事実は出せても、だから尊いっていう解釈は、人間合意文化領分なわけ。

この境界線が引けなくなった結果、私たち自分たちが立っている文化の土台を、自ら計測器で掘り崩してるわけ。これじゃあ、立ってる場所がなくなるのも当たり前だわな?

​かつて私たち共同幻想っていうバカかいOSの上で、国家だの伝統だのっていう物語を共有して生きていたけど、今そのOSバグだらけで、もうまともに動いてないんだ。

ネットのおかげで、あらゆるものの裏側が暴かれちゃって、世界解像度が上がりすぎちゃった。そうなると、幻想を維持するための余白が許されなくなる。おまけにコスパなんていう最強の毒素が、非合理な儀式無駄だ〜って切り捨てていく。

​その先にあるのが、アイデンティティの総ポカン化なの。

大きな物語バラバラ解体されて、誰もが自分は何者なのかっていう問いに、ポカンと口を開けて立ち尽くしてる。自尊心の拠り所を失った人々は、SNSいいねとか年収みたいな、すぐに蒸発ちゃう外部承認っていう燃料を燃やして、必死自分を維持しようとする。

でも、そんなのすぐ消えちゃうよ?

​思えば、かつて戦争っていうのは、この共同幻想を維持するための強烈な、そして暴力的装置だったんじゃないかと思うわけ。

個人的な迷いや損得勘定を、圧倒的な死のリアリティねじ伏せて、集団アイデンティティ強制的シンクロさせる。そこには「何のために生きるか」っていう問いへの答えが、否応なしにパッケージされていたんだわ。

​でも、今の日本にはその強烈なHowがない。

命を懸けるほどの物語を失った私たちは、その空白を埋めるために、DNA鑑定みたいな手近で安価科学の正解に縋り付いちゃってさ、ニセモノの正統性確認し合ってる。なんだか、悲しいよ。

神秘性を剥ぎ取られた世界に残るのは、冷たい数値と、管理やすデータとしての人間だけ。

​すべてを数値化して、論理化して、ハックし尽くした先に待っているのは、自由なんていうキラキラしたものじゃなくて、真っ暗で深い虚無かもしれない。 大きなOSが壊れた今、私たちバラバラになった個として、自分たちだけの小さな理を構築し直すしかないんだ。。

​血という記号以上に、その血に宿る意味をどう守るか。あるいは、物語が消えた荒野でどう立ち続けるか。

科学っていう道具に振り回されるんじゃなくて、システム構造理解した上で、自分の納得感をどう設計していくか。現代におけるサバイバルっていうのは、案外、そういう地味でバカめんどくさい思考の積み重ねにあるんじゃな?まあ、知らんけどね!

2026-04-21

自宅警備員最高!

冷蔵庫の中身であと何日いけるか計算する能力がついた。

外出せずに生活延命できる。

サバイバルスキルはこうやって培われるものなのだ

2026-04-18

ポケモン』『パルワールド』への酷似で物議を醸したオープンワールドサバイバルクラフトピックモスSteamストアページが削除。パブリッシャーは今後開発へ関与していくことを発表

まーたジャップ因縁つけてコンテンツを潰したのか

そんなことばっかりしてるから中韓に水をあけられるんだぞ

https://news.denfaminicogamer.jp/news/260417j

2026-04-14

アクションゲーム海腹川背シリーズには、ほのぼのした見た目とは裏腹に、ファンの間で語り継がれている**衝撃的な裏設定**がいくつか存在します。]

1. 舞台は「川背さんの精神世界

最も有名な裏設定は、ゲーム内のフィールドが**主人公海腹川背自身の「精神世界」**であるというものです。

2. 重い家庭環境と設定

主人公の川背さんには、意外にもシビアな家庭環境の設定が存在すると言われています。]

1. 公式による意味深言及

開発スタッフインタビューでは、シリーズが進むにつれて年齢が変わる川背さんについて、「年齢設定には理由がある」といった意味深な回答がされることもありました。

これらはゲーム内で直接語られることは少ないですが、キャラクターデザインを担当した**近藤敏信氏**の世界観設定に基づいたものとして知られています

このほか、特定シリーズ作品にのみ登場する裏エピソードなど、**さらに詳しい設定**について知りたい作品はありますか?

はい彼女職業は**「流しの板前(いたまえ)」**です。寿司職人限定されているわけではありませんが、和食全般技術を持つ料理人という設定です。

この設定には、ゲームタイトルにも通じる深い由来と、少し切ない背景があります。 [

海腹川背(うみはらかわせ)」の由来

タイトルのものが、板前の修業で使われる**「魚の捌き方の心得」**から来ています

  • **海の魚は「腹」から**: 脂の乗った腹側を客に向ける、あるいは腹から包丁を入れる。
  • **川の魚は「背」から**: 身崩れを防ぐために背から包丁を入れる。

この言葉が、主人公名前ゲームタイトルの由来になっています

板前になった理由(裏設定)

彼女が若くして「流しの板前」として全国を渡り歩いているのには、家族にまつわる裏設定が関係しています

ゲーム中では、巨大なルアー釣り針)を自在に操って移動しますが、これは板前としての「食材確保」や、父譲りのサバイバル能力の現れとも言えるかもしれません。

スピリチュアル」というよりは、**「心理学的・内面的な世界」**というニュアンスが近いです。

幽霊神様といった超常現象の話ではなく、あくまで**川背さん自身の「心の中」や「記憶」が具現化した場所**として描かれているのがポイントです。

なぜスピリチュアルっぽく感じるのか?

ゲーム雰囲気がどこか浮世離れしているのは、以下のような「精神世界」としての演出が効いているためです。

空中に浮く足場や、魚に足が生えて歩いている奇妙な光景は、現実ではなく**「支離滅裂な夢」**のようです。

ステージの背景にある日本原風景のような看板建物には、どこか**「過去記憶」**を辿っているような寂しさが漂っています

敵の魚たちは、彼女板前修業の中で向き合ってきた「食材」への意識や、父親との思い出が歪んで現れたものとも解釈されます

開発側の視点

キャラクターデザインの近藤敏信氏は、川背さんが成長して年齢を重ねることに意味を持たせています彼女大人になるにつれて、この「精神世界」の捉え方や、そこに現れるものも変化していくという、非常に**内面的なストーリーライン**が裏に隠されています

ですので、オカルト的な意味でのスピリチュアルではなく、**「孤独少女心象風景アクションゲームにした」**という方が、このシリーズの裏設定の正体に近いです。

直接的な「動物愛護」や「環境問題」といったメッセージよりも、もっと**個人的シビアな「職人の業(ごう)」**に近いメッセージ性が裏に込められています

板前である彼女にとって、魚は「食材」であり、同時に「自らを形作る存在」でもあります

2. 殺生と感謝メタファー

川背さんがルアー釣り針)で魚を釣り上げ、気絶させて捕獲するアクションは、板前としての**「命をいただく行為」**の裏返しです。

裏設定としての精神世界では、彼女がこれまで捌いてきた、あるいは向き合ってきた魚たちの「思念」が具現化して襲いかかってくると解釈されることもあります

3. 「食うか食われるか」の境界線

敵の魚に足が生えていたり、巨大だったりするのは、現実の力関係が逆転した**「悪夢」**のような状態です。

4. 命を「繋ぐ」道具としてのルアー

彼女が使う伸縮自在ロープゴム)は、単なる武器ではなく、対象との**「繋がり」**を象徴しています

魚を単に殺すのではなく、引き寄せて捕える(あるいは利用して移動する)プロセスには、食材に対する独特の**執着と敬意**が混ざり合っているという考察ファン層では根強いです。

結論としてのメッセージ

「魚を大事にしよう」という道徳的な話ではなく、**「他者の命(魚)を糧にして生きる者の孤独覚悟」**という、プロ料理人としての精神的な葛藤が、あの独特の静かな世界観を作り出していると言えます

こうした**「職人としてのストイックさ」**が、他の萌えキャラ的なゲームとは一線を画す、シュールで深い魅力に繋がっているのかもしれません。

映画告白 コンフェッション を見た

ホラー映画として楽しいんだけど、その楽しさは本当に正しいのだろうか。59点。

 

同じ登山部の仲間で山で死んだ女性の追悼登山にやってきた主人公韓国人しかし運悪く吹雪の中遭難してしま韓国人は足の骨が折れてしまう。もうダメだぁ、おしまいだぁとなった韓国人は「実は俺が女性を殺した。登山事故じゃなくて殺人だった」と告白。まぁ、それはそれとしてと探し回っていると山小屋発見し、2人はうっかり生き延びてしまう。死ぬと思ってとんでもないことを告白した韓国人ととんでもないことを告白されてしまった主人公。とんでもなく気まずくなってしまった山小屋疑心暗鬼サバイバルが今幕を開ける。

 

まずフラットな目で見て面白かったか面白くなかったかで言えば面白かったとしていいと思う。

その後の展開として、山小屋に入った後、急に韓国人は不機嫌になり携帯持ってるのに持ってないって言うわ、主人公に隠れて救助隊に電話して「一人です」って言ってるわ、調理のために貸してくれたナイフをすぐ返せって言うわ、様子がどんどんおかしくなっていく。実は女性主人公と付き合っており、韓国人もそれを知っていたこから、彼は彼なりに告白してしまたことで自分恋人の仇になってしまったので危害を加えられる可能性があり、また、告白してしまたことで相手絶対的な弱みを握られてしまったという不都合が発生していて、ついにはその状況が決壊し、韓国人主人公に襲い掛かってくる。

ここからはもう、閉ざされた物件殺人鬼がやってきて襲い掛かってくるから逃げ回る系のガチンコホラー映画になってくる。

2階建てで階段もあればハッチ式のはしごもあり、部屋も多く、山小屋なので遮蔽物も多いといういろんなルート鬼ごっこ可能な考え抜かれた物件で、市の鬼ごっこが始まるわけだけど、珍しく殺人鬼側の片足が折れているというハンデがある。しか殺人鬼側はナイフやオノ、スコップ(デカいやつね)といった武器武装しているのに対して五体満足の主人公は丸腰。さらには高山病発症してしまい、視界がきかなくなってくる。このあたりの不均衡さ、そして相手韓国人であることで発生するディスコミュニケーションと、シンプルに動きがどんどん人間離れしてキモモンスター的になっていく韓国人物理的な怖さ。といったジャンル的な強度はめちゃくちゃ高くて、見ていて楽しい

そして、なんとか逃げ回って夜が明けて救助隊がやってくるも主人公の声は届かない。閉じこもっていたドアを開けて飛び出すも目は見えないが救助隊員に声を掛けられようやく視界が戻ったと思ったら、それは救助隊の服を着た韓国人だった。救助隊員を皆殺しにし、ついに主人公をとらえ首を絞める韓国人。お前の罪も告白しろと言われ、主人公は実は女性を殺したのは韓国人ではなく自分だった。自分韓国人が首を絞めて彼女を殺すように仕向け、殺したのを確認しに行ったら女性が息を吹き返したのでとどめを刺したと告白し、息を引き取った。

ところで目が覚めて、穏やかな韓国人に迎えられ高山病でぼうっとした頭でうっかりいらん告白をした結果、現実世界では何の告白もしていなかったのに韓国人に「お前何かおかしい」と疑われてしまう。そして一夜明け、救助隊が駆け付けた時そこには韓国人をめった刺しにする主人公の姿があった。

告白したお前が悪い」そう呟いて映画は終わる。

という、ホラーサスペンスとして一定以上の強度がある映画であるのは間違いないと思う。追いかけっこからの驚きの真相告白。ここまでは間違いなく良かった。

 

問題は夢落ちの是非と、夢落ちとなったことでホラーサスペンスパート正当性がゆがむこと。そして、相手韓国人であることの妥当性。

まず、夢の内容があまりハチャメチャで、十何年間もちょっとした見下しはありつつ一緒に活動してきた仲間相手がまるでカヤコジェイソンジャック・ニコルソンかのような殺人モンスターみたいなイメージで夢に登場するだろうかという話。これが細切れの夢の中で毎回、日常の中で起きそうな殺人、それこそ首を絞められたり後ろから刺されたり、毒を飲まされたりという形なら「お前自身がそうしたいという願望の発露」として受け入れられなくもないが、実際に夢で起こったのはまるでスラッシャーホラーのようなドタバタアクション

つまるところ、一本のスラッシャームービーとして夢パート精緻予測不可能で出来が良すぎた故に、逆に高山病朦朧とした頭で見る夢として正当化される範囲を超えているんじゃないかという話。

 

そして、相手韓国人したことちょっとタコト感がある喋りなので本心が読みづらいという部分はいいとしても途中から韓国語交じりで話し出すので相手意図が余計に読めなくて怖い、という意図があったんだとしても、なぜかこの映画には韓国語には日本語字幕が出るので「こいつの韓国語主人公に伝わってる設定なのかどうなのか」がよくわからなくなってしまう。

主人公が「韓国語でしゃべるのやめろ」というシーンはあるけど、それはすなわち「韓国語が全く理解できない」を指さない。ある程度理解はできるけどコミュニケーションとしてスムーズじゃないからやめてほしいかもしれない。だから、そこの恐怖を描きたいなら「主人公理解できな韓国語には字幕を出さない」という処理にすべきだったはずだ。実際、後半から字幕が出ない部分もある。じゃあ、序盤はずっと意味理解できていたのか?と思うが、韓国語に対して主人公意思疎通している描写もない。チグハグだ。

なにより、相手日本人じゃないかコミュニケーションとれないの怖いよね~っていうの、現代コンプライアンス感覚としてどうなんだ。まぁ同じ日本人なら怪物化させても問題ないのかという問題もあるが、別言語を話す別人種から怖いというのはシンプルに受け取っていいのかはかなり悩んだ。

 

そしてこの作品の本当にあるべき形として、死を覚悟して罪の告白をしてしまったが生き延びてしまった。こいつを生かしておいていいのか、いや、むしろ俺が殺されてしまうんじゃないかという葛藤という部分にあまり重きを置かずにスラッシャーホラーに振るという決断は本当に正しかったのか。もっと心理的密室サスペンスに振るべきだったんじゃないか原作中学生くらいの時に近所の古本市場で読んだだけなのであんま覚えてないんだけど、そっちは後者的な話だった気がする。

 

まぁ、そんな感じかな。

襲い掛かってくるようになってから韓国人はもう本当にシリーズ化してほしいくらい(最後に殺されたからもう無理だけど)印象的なモンスターアイコンとして完璧だったからそういう意味では面白かったけど、そういう意味面白映画でよかったんかなぁって感じ。ホラー映画好きな人は楽しめると思うけど、原作的な心理サスペンスを期待してる人にはなんか違うなぁってなるんじゃないかな。

2026-04-11

anond:20260411221958

ホワイトアウトサバイバル

アプリ入れたら全然違うじゃんってなったのは俺以外にもたくさんいるはず

anond:20260411212143

そもそも氷河期時代若者失業率せいぜい1割程度だったか

9割の人は就職できてるし出生率前後世代より高いし

はてなーに限らずサバイバルしてる人ばかりだよ

ノイジーマイノリティの声が大きいか氷河期世代無職非正規で未婚こなしで悲惨人生を歩んでるんだ見たいな印象になってるだけで

2026-04-09

小説家

美しいモノ、かけがえがないもの、崇高なもの、穢らわしいモノ、そういうものじゃだめだけど、そこら辺のなんでもない女をひたすら嬲る小説書いてよって

みんな書くんだよね

痛くも痒くもない

芸のこやしだ

サバイバル

他人の屍を越えてやるって

それも文学ダッテ

2026-04-07

映画アナ世界の終わり を見た

青春残酷物語ミュージカルの佳作。66点。

 

田舎町でJK主人公は母の死後過保護になった父親や優しいだけの幼馴染に囲まれた退屈な日常ウンザリ。都会の大学に進学する野望を胸に鬱屈とした日々を送っていたが、ある日、彼女らの街でゾンビパンデミックが発生。学校の愉快仲間達やジョックスとのサバイバルが今始まる。

みたいな話。

 

何も知らんとティーンズゾンビ映画と思って見始めたら学校に行くや否やいきなり歌い出して、こういうギャグなのかな?と思って見ていたら、食堂で2発目も発動して「ゴリゴリミュージカルやないか!」となった。で、その楽曲パフォーマンスがよくてねぇ。昨今のティーンズミュージカルらしく、ポップで耳当たりのいい楽曲歌詞登場人物人物紹介と現状の心境を手際よく紹介する手腕。

特に白髪レズの子の歌がめっちゃよくて驚いた。ちなみに主人公のビジュがどちゃくそよくてすごい。

そして2曲披露しておおよそすべての登場人物を紹介し終わって、翌日、ちょっと寝坊した主人公が、でも「なんか今日はいつもと違う気がする!」とイヤホン音楽を聴きながら「Brand New Day!」と高らかに歌い上げる後ろでドーン・オブ・ザ・デッド(ってかショーンオブザデッド)の冒頭よろしく世界ゾンビパンデミック阿鼻叫喚になっているという、たしかBrand New Dayだけどさぁ!っていう展開は「いや流石に気付くだろ」と思いつつも皮肉が効いててよい。

そしてまぁそこからは友人たちとボウリング場に立てこもるもゾンビがやってきて戦ったり、家族に会いに学校に行く途中にジョックスと合流し、ジョックスたちは軽薄な若者らしくゾンビ狩りを楽しんでいたり、その道中でわざわざ危険ルートを選んだ結果、ジョックスの仲間を失ったりとゾンビ映画あるあるを陽気な楽曲とともにこなしていき、学校家族と合流と思いきや、嫌味な校長暴走していて「やっぱり一番怖いのは人間だよね」といういつものやつになって最終的にはそいつを倒して生き残った仲間と車でどこかに走り出して終了。という、ゾンビ映画で100万回みたやつでおわる。

 

個人的にえぇ~と思いつつ、そうなるよなぁと思ったのは、主人公学校での仲間は主人公に思いを寄せる優しい幼馴染とラブラブカップルの3人、それとは別に嫌味なジョックスがいて、銀髪レズだけど心根が優しい不良少女がいるが、生き残るのはジョックスと不良少女主人公。仲間たちは次々とある意味無意味な死を遂げていく。

そして途中で主人公ジョックスは実は肉体関係があるも、そこから何となくすれ違っていたことがわかる。

ジャパニーズオタクカルチャー的に考えればゾンビパンデミックという非日常の中で優しい幼馴染の気持ち主人公が知り思いが通じるということになりそうだがそうはならない。死ぬ。ついでに最後には父親死ぬ。まぁそこかしこキスしまくってたバカップル文法的死ぬのはしょうがないけどさ。

でもこれが鬱屈した日常に飽き飽きしていたJKが非日常の中で道を切り開く物語だとすれば理屈が通じる。死んでしまった幼馴染みもバカップルも清掃員の父も、嫌味な校長も町の人たちも。みんな境遇に不満はあってもある意味で現状に固執する人間であり、主人公庇護するものとして描かれている。

しかジョックスは反発しつつも主人公を変えてくれる存在であり、必要であれば父親も殺す現状を変える人間として描かれているし、不良少女も現体制に反抗し日常ではなく世界を良くしようと活動している人物。つまり社会庇護の中にあった子供だった主人公がそれらを失って新しい世界へと歩み出していく物語として、仲のいい人ばかりが死んでヘンな奴ばっかりが残るのはある意味で正しい。

でも優しいだけの幼馴染が恋愛競争に敗れて、暴力的ジョックスが生き残るのは青春リアル残酷さが描かれていて正直、ちょっとしょんぼりしてしまった。

 

ゾンビ映画としてのゴア描写はしっかりしているし悪ふざけみたいなゾンビ虐殺シーンもちゃんとあるし、悲劇的な別れも、バカみたいな別れもちゃんとあるミュージカルにしてしまたことで正直、緊迫感は薄れてしまったなとは思うんだけどゾンビ映画のパロディコメディとしては十分な点を挙げられると思う。

ゾンビ映画とミュージカル映画の両方が好きって層には普通にオススメガチゾンビ映画が好きな層にはもしかしたら微妙かもしれない。

2026-04-04

ひと月10万円で生きる日本社会サバイバル術を研究した方がよい

サバイバル動画動物を捕まえて絞めて解体して食べる動画があるけど、

あれって、

GTA遊んだゲーマーが銃持って学校に行って乱射事件起こす」のと何が違うんだろう。

スーパーに行けば肉が食えるのに、わざわざそんなことをするのは体験したいからで、

殺される動物からしたらひたすら迷惑だし

「命に感謝」みたいのをやたら強調するのも、何かの言い訳しか見えない。

ミリオタサバゲ―やったり義勇兵に志願するのはいいけど、

スクランブル交差点刃物振り回すのは違うだろう。

2026-03-31

プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、いかにして映画化に至ったのか?メディアミックスの裏側

2020年初頭、小説プロジェクト・ヘイル・メアリー』の出版前、発売日すら未定だった時期から、本作の映画化は進められていた。その第一歩となったのは、原作者のアンディ・ウィアーが俳優ライアン・ゴズリング出版前の原稿を送ったことだ。その意図謙虚だが、明確だった。映画の主演としてだけでなく、プロデューサーとしての参加も検討してほしい、というメッセージである

ウィアーは、近未来舞台に緻密な科学描写感情を巧みに結びつける作風評価を築いていた。2011年ベストセラー火星の人」では、複雑な難問が立ちはだかっても、それを解く人物が魅力的であれば、観客が付いてくることを証明し、2015年に『オデッセイ』として映画化された際には、より大きなスケールでその方程式を確かなものにした。

しかし「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、「火星の人」とは異なり、地球から遠く離れた宇宙孤立する男からまりしか記憶喪失、やがてはるか大きな物語へと広がっていくというものだった。原稿を受け取った、ゴズリングは一気に読み切った。

「本当に壮大な旅なんです」とゴズリングは語る。「それに、ライランド・グレースは少しもストイックじゃない。伝統的な意味で勇敢でもないし、自分ヒーローだなんて幻想も抱いていない。でも彼は、挑み続けるんです」

ウィアーが原稿を送ったタイミングは偶然ではなかった。世界コロナ禍に突入し、映画撮影が各地で停止、映画館がクローズしていった時期と重なる。映画興行ビジネス崩壊し、大規模な映画製作未来には暗雲が立ち込めていた。

人生いちばん壮大な映画体験を作るチャンスが来たと思ったら、映画館が閉まっていた」とゴズリングは言う。だが、そんな試練の最中に「プロジェクト・ヘイル・メアリー」と彼が出会たことは、どこか不思議な巡り合わせを感じさせるものがあった。「この作品太陽が死にかけている話ですが、同時に深く希望に満ちている。私たちには“不可能問題”を解決する力がある、諦めなければ奇跡は起こりうると、思わせてくれるものなんです」

ウィアーは、この映画化を彼らしい控えめさで、こう説明する。

「私の売り文句はこうです。“宇宙を揺るがすバディ・ムービー”」

このアイデアだけでも『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が従来のサバイバル物語と異なる点が示唆されている。最終的に物語を動かすのは協力しあうことであり、「ひとりでは達成できない」という真理なのだ

ゴズリングは、このアイデア映画化したいと即座に反応した、そして作品テーマと同じく、それには“チーム”が必要だとわかっていた。

最初に思ったのは、優れたプロデューサーに入ってもらわないと、ということでした。これは不可能じゃないかと思っていた」とゴズリングは言う。「最高の人材必要だったんだ」



彼が最初電話したのが、エイミー・パスカルだった。映画スタジオ ソニー・ピクチャーズトップから転身し、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』、『ストーリー・オブ・マイライフわたし若草物語』、『スパイダーマンスパイダーバース』など幅広い作品を手がけてきたアカデミー賞ノミネート経験のある映画プロデューサーだ。パスカルもまた、ウィアーの原稿をすでに読んでおり、ゴズリングと同じものを感じていた。

グレースは、私たちと同じごく普通の人。スーパーヒーローでも宇宙飛行士でもなく、凡人です」とパスカルは言う。「でも時間をかけて、途方もない犠牲を払える人間になっていく。その感情の旅、変化こそが柱なのです」

パスカルにとって、SFであることは問題ではなかった。ウィアー作品らしく、ジャンルの外見は、もっと大きく普遍的ハートの部分を美しく際立たせるためのものだったのだ。

「確かにSFです」とパスカルは言う。「でも“信頼”の話でもある。人への信頼、協力しあうことへの信頼。今は皆がお互いを怖がっている時代です。誰もが他者を信じない。誰も人の話も聞こうとしない。各々が自分の部屋に閉じこもって、自分の信じたいものだけ信じ、違う新聞を読み、他者に心を開こうとしない。この映画は“聞くこと”を求める。誰か別の言語を学ばなければならない。相手がどこから来たのか理解しなければ、世界は救えない」


パスカル正式プロデューサーとして加わり、企画は形になり始めた。次に必要だったのは、ユーモア危険、ぬくもりとスケール、その緻密なバランスを取りつつ、エモーショナルな魂を見失わない映画作家を見つけることだった。

「誰がこの映画を引き継ぐべきか、議論余地はありませんでした」とパスカルは言う。「フィル・ロードクリストファー・ミラーしかいなかった」


私たちは、物事が“不可能”に見える時代を生きています。けれどこの映画は、想像力善意を持って人が集まったときに何が可能になるのかを描くのです」とロードは言う。

プロデューサー、主演俳優監督正式に揃い、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は原稿から撮影へ向かうチームが発足した。作品で描かれるミッションと同様に、このチームもあらゆるレベルで協力し合うことで、困難を乗り越えていくことになる──。

https://x.com/ProjectHM_movie/status/2031007266405531711

追記あり】Yotuber素潜り漁マサルの鹿狩猟動画に対する批判

文章にまとまりがないと思うので先に謝っておきます。ごめん。

素潜り漁マサルYoutuber

主に素潜り漁と魚介料理動画投稿している。

まれDIYサバイバルゲテモノ料理動画投稿している。

動画収益を元手に食品加工工場を建て、漁場の地域経済に貢献している。

そんな彼が先日、海ではなく、なんと山でサバイバルする動画投稿しはじめた。

山にこもり自給自足生活を1ヶ月間行う。

そのハイライトとして、罠で捕獲した野生の鹿にとどめを刺す動画がある。

撮影にあたり山の所有者から許可を得ている発言確認できる。

罠猟の免許を取得している発言確認できる。

思いつくことは準備したと言う印象。

ただ、鹿のとどめについての準備は杜撰だった。




動画ページにはコメントが多数寄せられている。

賛の意見はいわゆる「命の食育」的な意義。

否の意見は殺すにしても苦しめすぎだろうと言う批判









賛否の主な軸は二つある

「殺すなら苦しめるな」と「命の食育

前者については最低のスナッフムービーと化していると私は批判する。

後者については意義があると思うが、凄惨動画編集でせっかくの意義が薄れている。

閲覧者のうち批判側は苦しめるなと言っているが、擁護側は命の食育について語っている。

軸は二つあるが、混合したまま語られるか、片方だけを批判擁護している。



個人の具体的な批判点は以下


1:鹿を苦しめすぎ。

とどめ用の道具がないため、肉薄の鉄パイプで頭部を滅多打ちにしている。

初見時はこれが現実なんだと受け止めようとしたが、ぜんぜんそんなことはない。

他の狩猟動画のとどめを見てみるとほぼ2、3発の殴打で気絶させている。

なぜこんな鮮やかな手際可能なのか。

それは下調べや準備がしっかりしているから。

2:準備が杜撰すぎ。

罠猟なのに捕獲後のとどめを想定した道具を持ち込んでいない。

初狩猟なのに指導員を伴わない。

初狩猟なのに動画企画の影響で狩猟者の健康状態が著しく悪い。

免許をとっているはずなのに罠の扱いがおぼつかない。


3:動画構成が露悪的。

飛び散る鹿の血液が周辺の植物に付着する中の滅多打ち。

鹿を殺傷した後にぼこぼこに凹んだ血まみれの鉄パイプを映す。

残酷なシーンに添えて「これが現実です」と何度も言う。

私は他の狩猟動画も閲覧したが、この動画特別凄惨だった。

まり「これが現実です」では全くなかった。

苦しめた言い訳として命の食育論を持ち出しているだけに聞こえ非常に不快

あと切り落とした首を長尺で写して目に生気がないと言うのも不敬すぎる。

全体的に敬意がない。

敬意がないんだっつーの。

マジでこの動画からは鹿に対する敬意が感じられない。

敬意を払う趣旨言葉はもちろんある。でも行動としては「杜撰な準備で見切り発車された動画企画の末に大型哺乳類が不必要に痛めつけられ絶命した」だけだ。

言葉いくら飾っても行動の重みには勝てない。

見慣れない屠殺シーンだからみんなびっくりしちゃって「これが現実なんですね。貴重な動画です」とか言っちゃってるけど、命の食育と獲物の痛ぶりは別軸なんだよ。

どうせ殺すからぶっていいなんて誰も思わないだろ?


猟を勉強してきたって言うけど参考書籍ゴールデンカムイ読んできたとか言ってるし。

そんなことだから獲物固定ロープを準備しなかったり、罠の扱いきちんとできなかったりすんだよ。

参考書籍としてわざわざ読んだんじゃなくて好きで読んでた漫画参考書籍としてあげただけに思えてしまう。

ひでー。

ひどすぎる。

ムカデ人間ってホラー映画があって、マッド医者人間さらって残酷人体実験するの。

で、続編ではそれに憧れた素人医療知識なしで真似て更に凄惨事件が起きるの。

鹿の動画を見て俺はこの続編を思い出した。

知識がないまま素人が鹿を滅多打ちにするからだ。

ムカデ人間並みに残酷だって言いたいわけじゃないからな。

ムカデ人間並みに無茶で杜撰計画だって言いたいんだ。

とにかく俺は怒った。

きれたからこの日記を書いた!

こんなこと許されねーよ。

食べるために殺すのはしょうがないけど、こんな凄惨なことしておいて「これが現実です」なんて言うな!

お前の行動が特別残酷なんだよって俺は言いたい!


フェア精神のために彼の擁護点もあげる

1:彼は罠猟初経験だった

2:鹿を捕獲した日、サバイバル生活のため風邪をひいて体調がとても悪かった

3:サバイバル企画のため、道具が足りていなかった

4:サバイバル企画のため思考朦朧とするほど栄養失調になっていた


全部企画の影響。

擁護点ではあるけど納得感は全然ない。

鹿「そういうことなら私が滅多うちにされるのも納得です」とはならないだろ。



怒りによって私は狂っている。

動画存在しない悪意をわざわざ妄想で作り出している。

それと同時に、悪意は悪意ではなく、拙さから単なる過失だろうとも理解している。

わかっていてなお怒りが収まらない。

狂っているからだ。


企画するなとは言えないけど、その前に適切な指導員と練習してくれよ。

それがハードル高いのは理解する。

けど、結果としてこんな凄惨動画になっっちゃったんならお蔵入りにしなよ。

勿体無いから公開したんだろうけど、それにしたってこんな露悪的な編集をするなよ。

踏みとどまれる機会はたくさんあったはずなのに。

俺が一番腹が立ってるのはここまでの惨事を起こしておきながら、そのことに対してまったく自覚がない”フリ”をしてることだ。

意図せずに大型哺乳類をあそこまで痛ぶってしまったんだ。絶対不快感があったはずだ。

自覚絶対あるはずだ

こんなひどい狩猟動画は他にない。

ちょっと検索して他の動画見てくれよ

ぜんぜんちがうぜ?

こんな残酷な感じじゃないんだよ

同じとどめでも全然違うんだよ

失敗して痛めつけちゃったのはもうしょうがねーよ。

でもそのあと動画公開するまでに、編集してる時とか、痛めつけた感触を思い出しちゃってる時とか、踏みとどまる機会はたくさんあったはずだ。

そこを踏みとどまれなかったのはなんでだ。

それは認めたくないからだろ。自分が失敗したって。

命の食育免罪符自分正当化たかったんだろ。

これは俺の勝手妄想にすぎない。

でもお前の言う「これが現実です」は明確に違うからな?

他の狩猟者は失敗してもお前のようにスナッフムービー制作公開はしない。

お前は特別露悪的なことをしたんだよ。

その自覚を持てよ。


鹿のことをラスボスだの、ゴールデンカムイだの、とどめに対して軽薄な表現がこの動画には多い。

悪意がないのはわかる。俺だってゲームするしゴールデンカムイ読む。

そういうエンタメに触れたか表現がそうなっちゃってるんだとわかる。

でも嫌悪感はとまらねーんだ。

大型哺乳類屠殺するときにそういう表現をわざわざ選ばねーんだよ。

頭に浮かぶことはあるだろうけど、それを動画編集時にアフレコで入れないんだよ。

なぜかわかるか?

不敬だからだ。

動画編集してる時は栄養状態のいいときなんだろ?

正気を取り戻した上でこの動画を作ってYotubeに公開してることが俺はめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ腹立たしいんだよ。

経験不足から失敗しちゃうはしかたねーよ!そこは同情する。まあ準備不足はひどいけどさ。

でもここまで自己弁護的なスナッフムービーを公開してんじゃねええええええええええええ!!!

公開して視聴数稼ぐのはお前の自由だぜ。

でも俺は今回のお前の行動が大嫌いだ。

お前のことは好きだが、今回のお前の行動は大嫌いだ。

自覚を持て。お前は失敗した。失敗は恥じゃない。誰でも失敗する。

最悪なのはそれを「現実です」って正当化してる状況だ。

失敗に無自覚なふりして『現実』という言葉デコレーションすんな。


ちょっと話戻るけど。

動画擁護してる側は命の食育について評価してるだけで、スナッフムービー肯定してるわけではない。

自身勝手に2軸を混合して見えない悪意を見ている。

そのことに自覚を持ち反省しようと思った。

あと私がきれてるのは鹿の見た目がかわいいってのは絶対ある。

俺は俺が狂っていながらも客観性を保っていることを文章の随所で示そうとしている。

ただの技術姑息だと思う。

追記

この文章を書いた後、彼の過去の行動を調べて、2件の炎上事件を初めて知った。

同業者への執拗コラボ要求と、断られた後の攻撃的な言動からネットでの謝罪動画

SNSで知り合った女性実名写真ネット晒し、勤務先にまで押しかけて警視庁から警告を受けた件。(これは彼自身暴行被害者になっている。なにが起こったかの詳細はわからないが、女性加害者ではない)

共通点相手への想像力の圧倒的な欠如だ。

想像力のなさは彼の動画の随所から見受けられる。

見通しの甘い企画動画は山ほどある。

動力のある人間自己認知の弱さを持ったまま巨大なプラットフォームを手に入れたケースだ。

動力があるから結果は出る。

結果が出るから周囲が肯定する。

肯定されるから自己認知の弱さが修正されない。

この循環が回り続けてる。

人間相手想像力すら持てないのだ。

野生動物への想像力が持てないのも腑に落ちてしまった……

私ははこの批判文章で「自覚してないフリをやめろ」と書いた。失敗を認めろ、偽装するなって。

彼はたぶんマジで偽装してない。悪も微塵もない。怠慢でもない。

そもそもそれらを認識してない。

無自覚な「フリ」ではなく、本当に認知できていない可能性を感じる。

同業者との炎上では、相手インフルエンサーからこの特徴を指摘され激昂している。

彼にこの特徴を見出しているのは俺だけじゃ無い。

俺の怒りは的外れだった。

自覚を持て」は、そのセンサーを持たない相手には届かない。

想像力センサーが無いのは人格とは全く別の要素で、体質に近いものだ。

鹿はかわいそうだ。

それは変わらない。

ただ、これは怠惰人間引き起こした過失ではなく、共感性のない生物が起こした痛ましい自然現象だったのだと認識を改めた。

ムカデ人間の続編にも全然似てない。

ジョーズとかジュラシックパークとかエイリアンみたいな凶暴な生き物の話だ。善悪とか無い。

正直怒りはもうない。

獰猛な虎が残酷に鹿を殺したとしても「獰猛な虎だもんな。しかたなし」となるだけだ。

今回のことで私が気付けたこと。

言葉が通じる対象を、私は自分と同じ存在なんだと錯覚してしまう。

言葉が通じるだけで同じではない。

そしてそれは相手が劣ってることを意味しない。

性質が異なる別の生き物というだけだ。

しかしたらマサルだけじゃなくてみんなそれぞれ違うのかも。私が思ってる以上に。


それでもあの動画が異常だったという記録は残したい。

同じ動画を見て違和感を覚えた人が、自分感覚が間違っていなかったと確認できる場所として文章は残す。

マサルは私の想像していた存在ではなかった。

もう好きでも嫌いでもない。

あーあ。

2026-03-27

anond:20260327080141

偶然の産物であることなど、みんな知ってる一般常識かと思ってたw

分子進化中立説--木村資生(1968)とか、中学理科で習わんのか?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AA%AC

分子レベルでの遺伝子突然変異は、そのほとんどが自然選択に対し有利でも不利でもない中立もので、それが集団中に広まるのは偶然によって決まる。すなわち、遺伝子の広まりの決定要因には、運のよさ(サバイバル・オブ・ザ・ラッキスト)と適者生存サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト)が関係している。

2026-03-23

映画】雨を告げる漂流団地 を見た

いい脚本を作ることはいアニメーションを作ることよりもはるかに難しい。52点。

 

団地主人公男子コウスケは主人公女子ナツメ家族同然に暮らしていたがコウスケの祖父の死を境に疎遠に。団地の取り壊しもありそれぞれ別の家に越していきナツメ最近サッカークラブにも顔を出さずすれ違いが続いている。夏休みに入り友人2名に団地への潜入に半ば強引に誘われたコウスケはそこでナツメ出会いさらにコウスケに思いを寄せるお嬢様とその連れも侵入。その時、突如大雨が降り、気が付くと団地は海の上を漂流していた。団地に棲息するノッポ君と男子3名女子3名のサバイバル生活が幕を開ける。

みたいな話。

 

アニメーションちゃんと金かけて作られてるなって感じで登場キャラは表情豊かで可愛いし、風景はきれいだし、後半、崩壊する団地観覧車で引っ張るシーンはCGの使い方もうまくその迫力は特筆すべきものがある。劇場版(Netflixだけど)アニメ映画として見るべきクオリティはある。

 

問題脚本

あらすじを読んでもわかるように、登場人物は3対3マッチング+1となっているが語るべき物語がある人物はそのうちの2名+1しか存在しない。主人公ナツメとコウスケである。この2名は本来家族でない2人が団地という場所出会い家族になり、コウスケの祖父が欠けたことで関係が壊れてしまっている。そしてその団地も取り壊されかけている。ちなみに+1のノッポ君は団地擬人化精霊付喪神的なサムシングである

親の不仲を見て育ち家庭に居場所がないと感じていたナツメにとっては団地がコウスケ家が初めての「居場所」であったこから今もその不在を受け入れられない。また当然続くものと思われていた日常自分些細な一言で壊し、自身ナツメに深い傷を負わせてしまったコウスケもそのことを背負いきれずに苦しんでいる。

作中で描かれる旅はある意味で言えば2人が、記憶の"海"をたゆたう団地の中でそれぞれの傷と向き合い乗り越えてあの日々と後悔に別れを告げる旅であると言える。

そしてこの部分はまぁいい。映画という大きな作品で語るべき話だとも思う。

ただ、2時間ある映画で語られるドラマがこの一点しかない。なので、常にナツメ団地とコウスケとその祖父への思いと迷い、コウスケのナツメへの思いという話が進んだり戻ったりし続け、ナツメは常に後ろ向きにイジイジし続ける。そしてそれに対して勝手についてきたお嬢様が「こんなことになったのはお前のせいや!」とナツメを責め立てそのツレの善性メガネがそれを諫める、という展開が何度も何度も続く。

もうわーったよ、その話はと思うし、お嬢様はこの作品における客観性という名の残酷さを一手に引き受けさせられすぎていてかわいそうになってくるし、善性メガネはこの世の善性を一手に引き受けた女神のようでまぶしすぎる。こいつこの極限状態ナツメのこともお嬢様のことも責めずどちらにも寄り添い、最終的にお嬢様に「私はれいちゃんの後ろをついていくばっかりだったか主体性を持ってちゃんとした友達になりたい」と語りだす。善性の擬人化だろこいつ。あと見た目もかわいい

そして男2名は、まぁ、なんかうろちょろしてる。

そして彼女ら、彼らは特に何らかのバックグラウンドがあるわけではないためこの旅で何の成長も用意されていない。

2人のドラマの脇で「この旅を盛り上げるためのパーツ」としてしか機能していない。善性メガネが崩れるアパート屋上から落っこちそうになって大けがをする、とか。かわいそう。そして2人のドラマ自体は2時間という尺を完全に持て余している。

彼らにも小さな成長要素を持たせてそれを絡めて2人の大きな成長を導くか、2人のドラマと割り切って30分くらい尺を削るかどっちかにした方がいいと思う。とにかく現状はあまりアンバランスすぎる。

そう思ったのか最後に同じく記憶の海を漂う観覧車がやってきたところで急に観覧車の精がやってきて手を貸してくれる展開になり、お嬢様が「私が最初来た遊園地や!」ってなって2人で話して感傷的になる展開が唐突に現れるが、別にお嬢様は単にノンデリなだけで恋の悩み以外に何もなさそうなので、これ何の話なんやとなる。

う~ん、そうじゃねぇんだよな。

 

まぁそんな感じかな。

アニメーションとしては劇場版として十二分のクオリティがあったと思うけど脚本面が少なくとも2時間の尺に見合う中身がなかったかなって感じ。まぁ、かわいい小学生がたくさん見られるのでロリコンショタコンの皆には文句なしオススメだし、2人のドラマ部分に関してはちゃんとやってはいたのでギリでオススメかな。

ドカポンスレイヤ

マップの四隅とかからプレイヤースタートして

デッキ構築バトルしながらサバイバル

対人戦もあり

ドカポンは非プレイヤーの待機時間長過ぎ問題がうまく解決出来ていなかったのでこれをどうするかだな

同時行動制にするか

2026-03-12

プログラマーだけど、嫌な仕事しかない

この4年くらい

プロジェクト難易度が狂ったように高い

・とんでもないハイスペックを求められる

・分かりやす課題がない、込み入っている

 

ベンチャーの隆盛がコロナは居る前後

そこら辺までは立ち上げが多かったからだと思う

今はそいつらが生き延びて追加改修案件が増えてるんだけど

にしては仕事の仕方が定まっておらず、サバイバル的にやった結果落とし穴にハマってる案件が多い

(俺がフリーからそういう案件ばっかなんだろうけどね)

 

それがAI解決されたか、されるかと言うとNOで

より悪くなるか、現状維持かの二択だ

2026-03-04

映画ファイヤーブレイク を見た

絶対公式あらすじ以上の情報仕入れずに見たほうが面白いソ映画。69点。

 

家族引っ越しの準備をしている最中、幼いリデが森の中でこつ然と姿を消す。そこへ追い打ちをかけるように火災が発生。迫りくる炎の中、母は娘を救い出すことができるのか。

Netflixのあらすじ原文ママ

 

ちなみにこのあらすじも実はウソで、娘の失踪から火災は発生しています

で、もうネタバレしていくんだけど、このあらすじからだとディザスター(災害)映画、迫りくる火災の中、主人公が森の中を走り回って炎をかいくぐり知恵を尽くして娘を探しだすハラハラキドキのアクションサバイバル映画を期待すると思うんだけど、実際にはそんな映画じゃ全然ない。

じゃあどんな映画かって言うと「追い詰められた人間疑心暗鬼に陥り判断能力喪失し、いとも簡単他人を傷つけられる」様を延々と描く胸糞キチガイ映画

 

娘を探すために夫の友人でもあった隣人に助けを求めるんだけど、なんかちょっと怪しい。疑念を募らせた主人公と弟は彼を誘拐犯だと決めつけ家宅侵入し隣人を拘束、拷問を行い始める。いろいろあってボコボコにされた隣人は苦し紛れに娘の居場所を知っていると言い出し、燃え上がる森の中に侵入し隙を見て逃げ出す。そうして森を逃げ惑う隣人は遠くで娘の声を聴きそれを追うと道に迷って穴に落っこちて抜け出せずにいた娘を発見。なんとか娘の救出に成功。遅れてやってきた主人公は隣人をライトで何度も殴打し娘を連れて脱出。その後、娘から真相を聞いた主人公は森に戻り隣人を救出し、隣人はすべてを許し主人公は再出発するのだった。

 

俺が一番嫌いな「正義という名の思い込み一方的他者権利を平気で侵害するカス」が前面にフューチャーされたマジのクソ映画だった。

隣人は自然由来の幻覚剤や鎮痛剤も用いた瞑想指導セラピーなどの民間療法を執り行う一種シャーマンのようなことを生業としている一種宗教的マイノリティ主人公は娘を救いたいという一心から彼の行動すべてを怪しみ否定し、全て本当のことを話している隣人の話を嘘だと決めつけ、自白強要する。異常にヒステリック自身は何の証拠も示さず、そんなわけない、怪しい、不自然だと延々と詰問を続ける。

そもそもこの女が父親喪失を悼む娘を怒鳴りつけ傷つけたたことが失踪の引き金なのに、いや、だからこそそれを受け入れられずに私が悪いんじゃなくてこの目の前の怪しい男が悪いんだという自己正当化自己防衛のために善意の隣人を痛めつける様はもう本当に無理。

義妹から根拠のない暴力をふるうお前たちはおかし警察を呼ぼうと提案されるも火災が近いから娘、姪を助けるために必要なんだと暴力正当化する姉弟絶望する義妹というコントラストも効いてる。

そして、実際には娘を穴から救出してくれた隣人を殴り倒し火中に放置して脱出し、娘から「隣人に助けてもらった」と聞いても「言わされてるんでしょ?」「本当はなんかされたんでしょ」「彼がつれていったんでしょ」としつこく聞き返すクズ。そして真実確信した後もとりあえず安全地帯まで娘を連れて行きしばらく悩んだ後にようやく隣人の元に戻るカス

一度疑念に火がついてしまった人間はここまでキチガイになれるのかと本当に鬱々とさせられる。

 

っていうのを「火災」と紐づけるのは比喩としてあまりに直球すぎると思いつつも正しいアプローチだと思う。

オープニングもよくて。電話喧嘩をする音声が遠くから聞こえて、その喧嘩を中継している電波塔の機材がショート火花が地面に落ちてそこからボヤが発生する(ここのCGがクソチープで危うく絶望しかける)という、些細ないから発生した火花が止めようもない巨大な災害に発展するというこの作品のすべてを表しているのが良き。

そして隣人を殴り倒して放置して帰る場所防火帯(ファイヤーブレイク)という、森の中に敢えて木が植わっていない場所を作って火災の時に火が燃え広がらないようにする場所になっていて、左側は大火災、右側はまだ燃えていない森、そしてその真ん中に3人がいるという「冷静と情熱のあいだ」みたいになっているのも象徴的で、なにより絵としてめちゃくちゃ美しくて感動した。そしてその防火帯を管理するのが隣人の仕事だったんだよね……

 

難病で苦しむ夫は余生を静かに暮らそうと森の中に引きこもり自分の好きな熊の彫り物を作って静かに死んでいったことに対しても主人公は「彼を救えなかった自分」と「私に救わせてくれなかった彼」の両方を責めていて、夫の死をうまく消化できていないのは理解できるが、それを何も悪くない娘や隣人に向けるのは俺は許せない。

最終的に隣人と姪は同じ病院収監され助かり、隣人はおそらく主人公通報(自首)してやってきた警官に「小熊を守ろうとした母熊に襲われただけ。刑務所に熊は入れられない(から被害届を出すつもりはない)」と主人公母性暴走を許し、それを見て弟はほっと胸をなでおろし(ジュネーブ条約違反だし)、夫の思い出が詰まった家に戻った主人公は隣人から「灰の中から育つ花」をもらって新たな生活に歩み出すのだった死ね

 

心底胸糞悪いクソ映画だったけど、この映画は間違いなくそれを狙って作られていると思うので俺が好きか嫌いかは別としてこの映画にくらわされたことは事実なのでちょっと高めに点はつけた。倫理的に間違った現象倫理的に間違っていることを自覚して描く映画は俺は正しいとは思うし。母は強し(キチガイ)な映画好きな人にはオススメ

2026-03-03

anond:20260303001447

俺は最初(ってどこだよ…)っから「おまえのやってんのは感想でもなんでもない、単に自分の好みじゃなかったからって罵倒して封殺しようとしてるだけ」ってさんざんいってるのになぁ

えーーー、そんなこと一度も君言ってないじゃなん

嘘ついても無理無理ー

レトリックとか皮肉だよ、とかでずっとごまかしてるの、マジでかっこ悪いよ

いかい、君は一瞬ですら自分感想を言ってない

これが面白いとか自分は好きだったとか、ここが嫌いとか、そういう端的な表現すらしていない

元増田模倣しているならきちんと読むことだな

下に引用をしたが、これを読んだ人は「へえー、じゃあそれの何がおもしろいんだ」となるわけだ

たとえば、進撃の巨人を語る際に君は何という?

序盤のあらすじだけいうとこんな感じだ


こんなあらすじだけ語られても全然面白いと思わないよな?少なくとも読む価値があるとは言えない

あんたのあらすじはこれと同程度なんだよ

何故この作品面白いと思ったか、良くないのか、なぜ人気だったのか

作品の良し悪しを自分言葉で語るなら、つまらない漫画というのでも感想なんだよ

君はまるで「全部読んで面白いと思わない人の感想なんて聞きたくない」と駄々こねてるみたいだな

自分面白いとおもったら、それがどんなに下手くそだろうと伝える努力をしないと相手は「そっかそっか、つまんねー漫画だな」ってなるんだよ

中途半端常人仮面よんでいようが関係ない

実際、この作品は二度と読めないし、そもそも語り継がれるほど人気でもない

だってこの作品を大好きな君が一言面白い部分をいえないくらい、常人仮面は大した作品じゃないんだから

まり触れられてない気がするので、この作品がどういう内容だったのかを参考程度に軽く触れておきたいと思う。

主人公心臓病を患い、小児科で同じく病を抱えた友人を次々に失った経験から独特な価値観(他人に借りを作りたくない、倫理観が欠如しがち)や身体能力を持っている男子高校生

主人公には双子の姉がおり、主人公彼女を溺愛している。

主人公姉弟は療養の名目祖父の住む北海道田舎移住する。

・ある日、主人公たちは田舎の町ごと異世界に飛ばされる。

・その世界では殺した相手に姿が変わるという法則があり、そのためには「人間に戻るために人間を殺そう」とする「異形と化した人間」やその他化物がうろつく危険地帯と化した。

複数世界が飛ばされており、元々異形のような人間もいる。

・そのような世界主人公クラスメイトたちと合流し、彼らと協力して生存を目指す。

主人公は先に述べたように独特な価値観を持っており、敵対した相手狡猾容赦なく嬲り殺す。

・このように主人公は明確に「外道」な面をもつ人物である。作中人からドン引きされたり非難されたりしている。

・ただし殺るか殺られるかというような危険世界であるため、過激ではあるが防衛手段の側面をもつ

クラスメイトのことは仲間として守ろうとしており、彼らのために積極的に行動している。彼らの犠牲基本的に避けるべきものとしており、実際に彼自身が仲間に手を下したり見捨てることはなかった。

クラスメイトたちの中には危険世界主人公適応する者、常識的感性で取るべき手段模索する者、人道的な道を模索する者など様々いる。

ざっくり言うと「少年少女の過酷サバイバル」「ピカレスク」といったところ。

「墜天作戦」読者のうち、序盤からギャグ台詞回しの特徴で同一人物と分かっていた人も少なくないのでは。その程度には特徴が分かりやすく表れており、一読者としては公然の秘密という認識でした。

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