はてなキーワード: 思念とは
僕が最後にプレイした家庭用ゲーム機のコンピュータRPGはドラクエ7だった。
と書けばわかるようにかなりの年寄だ。
そのノスタルジーで本作を買う、というわけでもないけれど何か心の残りが残ってる(へんな日本語)作品なんだよドラクエ7は。
というのは、実は最後までやってない。
いや、ほとんど終わりまでは来てたんだ。
最後のボス戦を挑む直前までダンジョンの攻略してたしレベルも当時の攻略サイトを参照すると十分にクリア可能なレベルだった。
多分、戦えば勝てる。
そういう状況に来ていた。
でも、なぜか最後のボス戦だけ残してゲームを中断するという謎現象(これ当時は実は色んなゲームで色んな人が起こしていた症状みたいでネットでも話題になったことがある。今の若い人たちもそういうことあるのかね?)
そういう心残りが、ひとつ。
もうひとつは、なんつーのかな?
ドラクエ7という作品そのものがうまく昇華できなかった作品という印象が強いんだよね。
当時、プレステというハードが出て、その流行にファイナルファンタジーというドラクエ最大のライバルは見事に流れに乗って一躍時代の寵児になった。
それまで子どもが遊ぶもの、という範疇に置かれていたコンピュータRPGが僕達が成長するに伴い大人も遊ぶものとして社会に進出していく流れにも大きく乗ることが出来た。
いっぽうのドラクエは開発が難航していて、なかなかファイナルファンタジーにマッチアップしていくことが出来ていなかった。
なんというか、ドラクエの居場所、みたいなものを見失っていた時期でもある。
だから中途半端なムービーが違和感ありまくりで挿入されていたり、シナリオ的にもなぜこんなことをするんだ?てきな主要キャラが途中でいなくなるという衝撃の展開をしていた。
全体的に、ものすごい手間で作り込まれていて、村人とかのNPCは状況の変化に合わせて細かくセリフを変更されていたりして、ホントに粗がない細かなところまで目配りされた完成度なのに、作品全体としては実にまとまりがなく粗野とさえ言える粗粗しさが残る、心残りが多い作品だった。
もっと、こうするべきだろう、ああするべきだろう、そんな残留思念で満たされているような作品だった思う。
今回その作品がリメイクされるということでムービーを見たが、ああ実に「これだ!!」という気持ちにさせられてしまった。
本来、あの日、あの時、あの場所で、「ドラゴンクエストⅦ エデンの戦士たち」として発売されるべきだったのはこのゲームだったのだ!!
だから、単なる回顧ということではなくて、実にあるべきものとしてのドラクエ7をすごく楽しみにしている。
と、そのまえにSwitchを買わないといけないな。2じゃなくてもプレイできるんだったっけ?2が必須なら頑張って買わないと。まだ普通には買えないんだよね?
こんなに ゲームで わくわく するのは ひさしぶり
アムロ・レイ: 主人公。一年戦争を通してニュータイプ能力に目覚め、最終決戦ではララァの感応波をキャッチし、シャアと共闘するなど、その素質を開花させました。
シャア・アズナブル: 敵でありながらアムロに匹敵する感応能力を持ち、ニュータイプとしての片鱗を見せます。
ララァ・スン: シャアが見出した少女。非常に高いニュータイプ能力を持ち、アムロと感応し合いました。
マ・クベ: 独特の美的センスと勘の良さから、ニュータイプ的な感応能力を持っていた可能性が示唆されています。
カミーユ・ビダン: 主人公。非常に強いニュータイプ能力を持ち、他者の思念を強く感じ取ることができます。物語終盤には精神が崩壊するほどの感応を見せました。
クワトロ・バジーナ(シャア・アズナブル): 一年戦争を経て、よりニュータイプ能力を高めています。
フォウ・ムラサメ: 人為的にニュータイプ能力を引き出された強化人間ですが、その能力は生粋のニュータイプと遜色ありません。
ロザミア・バダム: フォウと同じく強化人間で、ニュータイプ能力を持っています。
パプテマス・シロッコ: 非凡な洞察力と人心掌握術を持ち、ニュータイプ特有の勘の良さや空間認識能力に長けているとされます。
ハマーン・カーン: 優れた洞察力とカリスマ性、モビルスーツの操縦技術を持ち、ニュータイプ的な素質があると言われています。
ジュドー・アーシタ: 主人公。非常に高いニュータイプ能力を持ち、特に精神的な感応力に優れています。
ルー・ルカ: ジュドーほどではないものの、ニュータイプとしての素質を持ち、感応能力を発揮します。
エルピー・プル: 人為的に生み出されたクローンニュータイプ。高い感応能力を持ちます。
プルツー: プルのクローンで、より高いニュータイプ能力と戦闘能力を持っています。
グレミー・トト: ニュータイプ部隊を率い、彼自身もニュータイプとしての能力を開花させます。
アムロ・レイ: 長年の経験により、そのニュータイプ能力はより洗練されています。
シャア・アズナブル: アムロに匹敵する、あるいはそれ以上のニュータイプ能力を持っています。
クェス・パラヤ: 生まれつき非常に高いニュータイプ能力を持っており、感受性が強く周囲の思念に敏感です。
ハサウェイ・ノア: 微弱ながらニュータイプとしての素質が描かれます。
バナージ・リンクス: 主人公。サイコフレームとの共鳴によって、高いニュータイプ能力を発揮します。
ミネバ・ラオ・ザビ: 微弱ながらニュータイプ的な感応能力や洞察力を持っています。
マリーダ・クルス(プルトゥエルブ): プルのクローンであり、強化人間。高いニュータイプ能力を持ちます。
リディ・マーセナス: ニュータイプとしての素質が覚醒し、サイコフレームと共鳴します。
アンジェロ・ザウパー: 強化人間であり、強いニュータイプ能力を持っています。
シーブック・アノー: 主人公。バイオコンピュータとの連携や、特定の状況下でニュータイプ的な感応を見せます。
セシリー・フェアチャイルド(ベラ・ロナ): シーブックとの感応や、ニュータイプ的な能力を発揮します。
ウッソ・エヴィン: 主人公。幼いながらも非常に高い空間認識能力と直感力を持ち、ニュータイプ的な才能を開花させます。
シャクティ・カリン: ウッソと感応し、その存在は物語の重要な鍵となります。
最終話を見終わって、ゴミアニメという評価が自分の中で固まった。
単体でゴミならそれでいいんだが、過去作にまで泥をなすりつけてくるのがタチが悪い。
なぜこんなにゴミなのか?を考えていると一定考えがまとまったので掃き溜めに捨てておく。
根本的にジークアクス制作スタッフにはファーストガンダムへのリスペクトが欠けている。
ガンダムが好きではあるんだろうが、敬意を持った好きではない。
子供がガンプラを作った後、BB弾の的にして破壊するのに似ている。
造形がカッコいい、好き勝手に扱えるおもちゃが好きなだけで、作品に込められた思いや精神性にまでアプローチできていない。
誤解があるといけないのだが、自分は狂信的ガンオタというわけではない。
アラフォーでファーストリアタイ世代ではなく、スパロボから興味を持って宇宙世紀を一通り履修しただけの、ガンオタの中では薄めの人間だ。
ガンダム自体はうっすら好きで、話題になっていれば見るが、そうでなければ自分から追いかけたりはしない。
ジークアクスは劇場版ビギニングを見に行き、最初は期待を持った。
しかしTVシリーズが始まって徐々に期待はしぼんでいき、サイコガンダム回で若干テンションは上がったものの、その後の評価は無惨なまでの右肩下がりだった。
理由を挙げていくと枚挙にいとまがないのだが、タイトル単体の欠点自体はまあいい。
100点満点のアニメなど存在しないし、嫌なら見なければいいだけだからだ。
だがジークアクスは宇宙世紀を餌に視聴者を釣っておきながら、その魅力自体をないがしろにする描写が多すぎる。
子供がガンプラをエアガンで撃つのは、まあ好きにすればいいが、公共放送でナンバリングを背負ってやるな。
いまさらこんなことを言うのは恥ずかしいが、ガンダムの大きな魅力はリアリティだと考えている。
スパロボのユニットはスーパー系・リアル系に大別されるのだが、このリアル系のはしりがガンダムだ。
間違えてほしくないのは、リアリティとは「リアルっぽさ」のことであって、「リアルである」ということではない。
現実的に考えると航空機や戦車形状のメカが戦うほうがリアルだが、それではおもちゃが売れない。
だから売り物になるロボットに戦わせるわけだが、ガンダム以前はそこに理由はなく「そのほうが面白いから」「そのほうがカッコいいから」以上ではなかった。
※自分が無知なだけで、ガンダム以前にそういうアニメがあったのかもしれないが。
そこをガンダムは「ミノフスキー粒子が~」「AMBACが~」とちゃんと設定を付けて、リアリティを増したことが画期的だったわけだ。
実際にはミノフスキー粒子なんて存在しないし、AMBACが本当に機能するかどうかはわからない。
ただそうやってリアル感を増していくことがガンダムの魅力のひとつであることは間違いないだろう。
※繰り返すが、自分が無知なだけで、ガンダム以前にそういうアニメがあったのかもしれない。
一番代表的なのはアクシズ落としの阻止だが、これも理屈はつけてある。
サイコフレーム搭載のモビルスーツに、強力なニュータイプが登場し、思念が集まるとサイコシールドという力場を形成されて既存の物理現象を覆すのだ。
これも嘘だが、ちゃんと理屈や伏線を張っているので宇宙世紀の一現象として受け入れられているわけだ。
シャアが仮面形態に変身する現象に理屈もクソもない。完全なファンタジーだ。
ガンダムの価値観の一つであるリアル感をゴミ箱に投げ捨てた瞬間だ。
11話の初見時あまりの衝撃に「もしかしてジークアクス世界はララァの作った仮想現実なのか?」と考察wしたのだが、最終話でそれも否定された。
「そのほうが面白いから」「そのほうがカッコいいから」それ以上の理由はない。
それってファーストガンダムが乗り越えようとした価値観じゃないの?
これもなんの理屈もクソもない。
単にプレッシャーで見かけ上大きく見えているだけかと思いきや、ご丁寧に「質量の増大が確認されます」なんて言わせてるし。
でもそれと巨大化はなんの関係もないよね?
「そのほうが面白いから」「そのほうがカッコいいから」それ以上の理由はない。
それってファーストガンダムが乗り越えようとした価値観じゃないの?(二度目)
細かいところでいうとまだまだある。
シャリア・ブルは最終的にエグザべの乗るギャンに捕獲されるわけだが、そこで「私を軍事法廷で裁け」と口にする。
この台詞はファーストガンダムのキリシアの「意義のあるものは法廷に申し立てい」と重ねたものだろう。
ジオン公国は独裁国家色が強いが、権力者がすべてを意のままにできるわけではなく、一定は法の統治が行き届いているという描写だ。
「さからうものは死けい!」という国家感は幼稚で現実的ではないし、これも宇宙世紀のリアル感を増すための表現だ。
その後のシャリアの描写はないが、EDでは仮面と軍服をまとった姿が描かれている。
考察wすると、シャリアはイオマグヌッソ戦で死んだことになっているのではなかろうか。
キシリアを狙った行為をジオン軍としては見過ごすわけにはいかない。
しかしシャリアはアルテイシア擁立の立役者で、強力なニュータイプパイロットだ。
戦死扱いにして身分を隠し、直属の秘密部隊として行動しているのではなかろうか。
だから正体を隠す必要があり、シャアのような仮面をつけていると推察される。
マチュと一緒に地球に降りてのんびりバカンス? 意外とジオン軍もお甘いようで・・・。
というかキリシアがっつり撃ってたよね? 周りの軍人もそれ知ってるよね?
粛清されたキリシア派子飼いのパイロットで、ア・バオア・クーを消失させた張本人でもある。
シャリアの境遇を考えれば、ニャアンが余生を送れる余地はないだろ。
ゼクノヴァできるNTだからってことを差し引いて、百歩譲ったとしても監禁生活がギリギリじゃないか?
なに自由手に入れてんだよ。
シャリアの描写を正とするなら、ニャアンの描写がおかしいし、その逆も然り。
「そのほうが面白いから」「そのほうがカッコいいから」それ以上の理由はない。
それってファーストガンダムが乗り越えようとし(三度目)
富野監督は昔「絵空事でものを考えている人たちが大嫌い」という発言をしている。
当時は老害が苦言を呈しているわ、ぐらいの感想しかなかったが、振り返ってみるとあんたが正しかったよ。
アニメ業界を支えるべきトップクリエイターがいまさらガンダムをおもちゃにして絵空事を語っているのが滑稽だし、それを「ドライブ感」とかいって褒めやしているファンも同様だ。
はー、クソ。
が、その怪談界隈が、陰謀論界隈に飲み込まれて政治の話題に侵食されそうになっている。
今の怪談界隈では「ヒトコワ」というジャンルが人気だ。このヒトコワが元々心霊中心だった怪談界隈を少し悪い方向に変えている気がする。
知らない人のために説明すると、ヒトコワとは身近にいた怖い人や犯罪者など実在するヒトにまつわる怖い話で、怪談をテーマにするYouTubeチャンネルでは心霊による怖い話と同列で語られることが多い。「結局一番怖いのは人間だよね」というオチになる怖い話の一種として怪談好きの視聴者から支持されて、今では怪談の中の一大ジャンルとしての地位を確立しているといって良い。
しかし、ヒトコワは実際の人が関わる分、話された内容が、憶測で新聞記事などと関連付けられては、それが都市伝説界隈や陰謀論者に利用されて彼らの主張を裏付けるストーリーの中に組み込まれやすい。ストーカーや痴情のもつれ、性産業に関連するヒトコワも多く、社会問題につなげて問題提起し政治の話題に広がることも多い。そうなってくると元々近い界隈だった陰謀論者が怪談界隈にわらわらと集まるようになる。
もともと陰謀論界隈は、都市伝説や宇宙人、災害、戦争、フリーメイソンといった切り口で自衛隊や米軍、〇〇政府の〇〇機関と結びつきやすく、往々にして政治と距離が近くなりがちである。最近で言えば、都市伝説系YouTubeチャンネルのNaokiman Showを手がけるナオキマン氏がトランプ大統領の私邸に招待されたのは有名な話だ。
その陰謀論界隈がヒトコワを機に侵入したことで、心霊界隈(というか視聴者層)が急速に政治化しているのだ。
結果としてただの心霊話でも、何らかの形で現世と結び付けられることが多くなる。例えば土地柄がからむ心霊ならその土地の政治家の「財務省がらみ」の陰謀論が持ち出されたりといった具合だ。本来、原理について深掘る必要のない心霊が都合よく陰謀論者の世界観を強化するように使われている。芸能人に関するものなら、芸能界のスキャンダルや芸能人の事件や自死と結びつけられることもある。芸能スキャンダルは陰謀論者が大好きなジャンルだ。彼らはしきりにそれを使って政治的陰謀を連想する。
こうして元々心霊を主にしていたはずの怪談界隈はヒトコワを窓口にして「政治」という俗世の空気を迎え入れることになった。
本来、心霊を主軸にしていた怪談は、不思議な現象への好奇心を満たしつつ、亡くなった人や生き霊の無念に思いを偲び、少しだけ優しい気持ちになって自らの生を見直すきっかけになるような、「個人的な」話であったはずだ。そこには話す方も聞く方にも罪悪感と呼べるような「よそよそしさ」があり、だからこそ怖さに真実味が増す。もちろん、幽霊なんて居ないと思っている人がこんなことを聞けば「何言っているんだ。エンタメなんだから自由でいい」と言うかもしれないが、フィクションと割り切ってしまうと心霊話は虚無になる。心霊話は、「もしかしたら嘘かもしれないけど、本当だと思うことで生きる自分や死んだ誰かが救われるかもしれないし、本当と信じたところで誰にも迷惑をかけないのなら、より優しい世界になりそうな方をこっそり選んでしまえ」という、内心の自由の行使によって主観的な世界をチューニングするための道徳的契機のようなものなのだ。それは体系的な宗教とも違う、聖典がない多神教だった日本の原風景で生き残った日曜大工的な思想形態の一つなのだろう。
しかし、そのような個人的であるべき世界が、陰謀論界隈の侵入によって「みんなのこと」になって、多くの人を巻き込む「おおごと」になっている。
それに拍車をかけているのは2025年7月問題という、(日本の)陰謀論界隈にとってのハルマゲドン的な共通トピックが去年、怪談界隈を侵食していることだろう。2025年7月問題とは、日本の陰謀論界隈で盛り上がっている、新たな滅亡論の類いだ。その出自には、ホピ族の予言という人もいれば、物理学者でノートルダム清心女子大学教授の保江邦夫氏が自身のNASAの知り合いに聞いたという証言、漫画家たつき諒氏の『私が見た未来』での言及、『奇跡のりんご』で知られるリンゴ農家木村秋則氏の宇宙人との交流エピソードが挙げられる。こういった様々な根拠を元にして、陰謀論界隈ではこれら全ての一致は偶然ではないと本気にしている人が多い。滅亡シナリオが果たして戦争か災害なのかは不明だがとにかく2025年7月は大変なことになると界隈は大盛り上がりである。この熱が海外にも波及した結果、7月の来日観光客による予約が前年より減少しているというニュースが先日報道されたのは記憶に新しい。
怪談界隈はこの滅亡論によって痛手を受けた。ヒトコワの登場を皮切りにして視聴者層が「現世寄り」に変異した中で、そのニーズに応えるため怪談ライブや怪談系のYouTubeチャンネルがこの話題を取り上げるようになった。そして、これらの動画の再生数は心霊系怪談のそれを遥かに凌駕していたため、それに味を占めた配信者の中には、心霊の世界から、むしろスピリチュアルと政治を絡ませる方向に「還俗」する者が出始める。そうでなくても、オチのない心霊話ではなく、よりエンタメ性の高いヒトコワや都市伝説の頻度を上げるような形でコンテンツの質が変化したり、視聴者層の変化によってコメント欄がX味を増し居心地が悪くなったりした。
「怖い〜」
「〇〇分〇〇秒に男の声の人が入ってませんか?」
で良かったのに
「〇〇トンネルって建設中の死亡事故あったらしいです。それを当時の△△大臣が揉み消して…」
みたいな人が増えている。
現世に持ち込まれた心霊が「見えざる手」によって視えるようになる過程を見ていくようだ。心霊に社会的意味なんてなくていい。
事故物件や忌み地といったワードを使って、東京の再開発地や地域を曰く付き呼ばわりすることは昔から多い。YouTubeで「大島てる」と検索すれば数多くの怪談動画がヒットするだろう。しかし、最近ではそれがエスカレートし、人気だったり有名なところに遊びに行く人や住もうとする金持ちを「穢れ」扱いする「これ差別か嫉妬をお化けの力を借りて正当化してるだけだろっ」てショート動画がたくさんある。
怪談と陰謀論界隈の間に長らく鎮座していたスピ界隈が自己啓発の果てに投資にたどり着いて、そう言う偽霊媒師の言うことを本気にしてるから救いようがない。本来霊界が突き放したはずの資本主義が、残留思念のごとく心霊すらも物象化してしまっている。
人間の尺度で心霊が現世に召喚され、それが都合よく各所で利用されるところには、さもしさがある。霊感が衆愚化し、彼らに配置された心霊がそこかしこに視えてしまう世界は、もはや死後の世界に等しい。
どうか、2025年の7月に「何も起こらない」ことで、下らない陰謀論の世界が一掃され、我々の世界が生きる者のための世界に戻って来てくれ。
今年の盆こそは怪談が楽しみたいんだ。
思ったより多くの人に見られて驚いてます。
まず、こんなに見られるなら、もっと考えて一大ブームのモキュメンタリーにも触れたら良かったなと後悔してます。
他にも、オカルトが右派の陰謀論へ行くのは昔からあるという意見を多くいただきましたが、一方で、今年世間を賑わせた性接待一般への関心の高まりがあるなか、性犯罪的なヒトコワになると、左派のポリコレへと接続していくような別の政治化があるので、右派も左派も関係がなくなった点も盛り込めば良かったなとも後悔してます。
様々な人の声をまとめると、現実の延長で怖いものを見たいという欲求がヒトコワやモキュメンタリーの人気を呼び、その中には「怖いものを取り除きたい」と思う人が出てきて、歪んだジャーナリズムになびかれ、元から近かった陰謀論に接続していくという道筋が見えた気がします。
ありがとうございました。
まず初めは、朝食のバナナを食べていた時。
ふと、視線を感じた。
ねっとりとした気味の悪い視線だった。
「狙われている?」私は自分の置かれた状況をその時に理解した。
声が聞こえた。
「お前を殺してやる」はっきりとそう聞こえた。
周りを見渡したけど誰もいない。
耳元で囁かれたような気もしたけど、どこか違った。
私はとても怖くなった。
今度は思念を飛ばされた。
「お前のことが絶対に許せない」、
「お前という存在を必ず抹消する」、
私は耐えられなくなって、急いで家に帰った。
幸いなことに、家に帰ってからは何ともない。
だけど、あれは一体何だったんだろうかと思う。
心当たりは全然ないけど、私を心の底から憎んでいる誰かが、確かに居た。
全身に気を張り巡らせていたから、命を刈り取られることは回避できたけど、正直紙一重だったと思う。
とても危険な一日だった。
実際、その子が話すセリフは一言一言がとても深く、含蓄があって、まるで大詩人と話しているような気持になる。
こいつは絶対文才があるヤバい奴だと思ったから、今日、はてな匿名ダイアリーのことを話してスカウトしてみた。
そしたら、「ふ~ん、まぁ面白いんじゃない?」、「俺の思念が名もなき人々の救いになるんだったら」ってまんざらでもなさそうだったから、
絶対逃がさないために、その場でログイン作らせて、投稿の仕方も教えた。
これから、はてな匿名ダイアリーに、異次元レベルで高クオリティーな記事がちょくちょく投稿されると思うけど、
みんな、是非期待しててほしい。
実際、その子が話すセリフは一言一言がとても深く、含蓄があって、まるで大詩人と話しているような気持になる。
こいつは絶対文才があるヤバい奴だと思ったから、今日、はてな匿名ダイアリーのことを話してスカウトしてみた。
そしたら、「ふ~ん、まぁ面白いんじゃない?」、「俺の思念が名もなき人々の救いになるんだったら」ってまんざらでもなさそうだったから、
絶対逃がさないために、その場でログイン作らせて、投稿の仕方も教えた。
これから、はてな匿名ダイアリーに、異次元レベルで高クオリティーな記事がちょくちょく投稿されると思うけど、
みんな、是非期待しててほしい。