はてなキーワード: 辺境とは
コレクションモデルは単に美人というのではなくもっと目を惹く個性が必要なので、あんまりザ・美人 みたいな人はでてこないよね
白人も黒人もモード顔というか、アーティスティックな感じが求められる
ヴィクトリアズシークレットのショーに出てくるモデルはわりと欧米から見た男好みの集大成=記号的美人な気がするが
それでもアジア系はやっぱり目が釣り上がった系なので、欧米で受けるのはそっちの顔ってことだとは思うし
逆に日本人受けするようなロリータフェイスの白人や黒人は出てこない みんな9等身の迫力つよつよ系
中国の南北朝時代(特に八王の乱以降)と、ローマ帝国末期(3世紀〜5世紀)は、異民族の大量移住と軍事力依存という点で、驚くほど構造が似ています。どちらも「文明の中心」が異民族の武力を頼るようになり、最終的に帝国の崩壊・大混乱を招いた点が共通しています。
・後漢後期から異民族(五胡:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌)を辺境防衛のために積極的に中華域内に移住させ、兵として動員した。
・西晋の八王の乱で王朝が弱体化すると、異民族が一気に反乱・独立し、五胡十六国という極端な分裂時代が始まる。
・結果として、漢人と異民族の虐殺の応酬と強制移動が300年近く続き、隋が統一するまで泥沼化した。
・3世紀の危機以降、ゲルマン民族(フランク族、ゴート族、ヴァンダル族など)やフン族を「連合軍(foederati)」として大量に受け入れ、帝国軍の主力として活用した。
・特に4世紀後半以降、ゲルマン部族を帝国領内に定住させ、軍事力として依存する「蛮族化」が進む。
・最終的に410年に西ゴート族がローマを略奪(ローマ sack)、476年に西方ローマ帝国が滅亡する。
・両者とも「自らの軍事力が衰えたため、異民族を大量に移住・傭兵化して補う」という政策を取った。
・最初は「防衛力強化」のための方便だったが、異民族の人口増加と軍事力の掌握により、帝国の統制が効かなくなり、最終的に崩壊・大混乱を招いた。
・異民族が王朝そのものを次々と建てた(前趙、後趙、前秦、北魏など)。
・漢人と異民族の民族単位での虐殺応酬が極めて激しく、朝廷交代のたびに前王朝の皇族・名族がほぼ全滅するパターンが常態化した。
・出自主義(家柄重視)が強かったため、「一族誅滅」が政治の標準手段となり、残虐性がより組織的・報復的になった。
・異民族は基本的に「連合軍」として帝国の中に留まり、独自の王国を建てるまでには時間がかかった(西方では5世紀中盤以降)。
・ローマ人は異民族を「蛮族」と見下しながらも、文化的に同化させる努力をある程度行った(キリスト教化など)。
・ただし、410年のローマ略奪やヴァンダル族による北アフリカ占領など、残虐行為はもちろん存在した。
八王の乱から唐成立までの約300年は、中国史上でも特に残虐で混沌とした時代でした。後漢末期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まった民族対立の連鎖は、ローマ帝国末期の「蛮族依存」と構造的に非常に似ています。
自前の正規軍を疎かにし、異民族の武力に依存すると、結局その異民族に帝国を乗っ取られるリスクが極めて高い。
最初は「労働力・兵力確保」のつもりだったのが、人口増加と軍事力の掌握により、帝国の内部から崩壊を招く。
中国は隋・唐で再統一され、異民族は最終的に漢化・吸収された。一方、ローマは西方で完全に崩壊し、ゲルマン諸王国が中世ヨーロッパの基盤となった。
中国の場合は民族単位の虐殺応酬がより長期化・激化し、ローマの場合は帝国の分裂と蛮族王国の成立という形で決着しました。
後漢〜西晋の胡人移住政策も、ローマのfoederati政策も、短期的な軍事力補強には寄与しましたが、最終的には文明の崩壊を招く原因となりました。
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄のドラマ」と「一定の格式」が残っていました。曹操や諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏を厚遇するケースも少なくありませんでした。
三国時代や唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族・名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明の崩壊と民族対立の泥沼」といった様相を呈しています。
西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力争いである八王の乱が勃発します。 八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族が処刑・自殺・暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。
晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方の異民族(五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります。
後漢は北方の異民族(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境の防衛力不足を補うために積極的に中華域内へ移住させ、兵として動員しました。 特に:西涼(現在の甘粛省・青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓や馬超の西涼軍が典型例です)。
この政策は一時的に国境を安定させましたが、結果として大量の異民族が内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。
西晋の崩壊後、北方(華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。
・石勒(後趙、羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。
・冉閔(漢人)はこれに報復し、羯族を民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。
・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族・皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。
北方の北朝と南方の南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。
鮮卑族の北魏が華北を統一しましたが、皇族・貴族の粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏の王公貴族約2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。
宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝の皇族・名族がほぼ全滅する:「禅譲の茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的な禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。
589年に隋が南北を統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。 隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族(鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。
英雄同士の知的な激突と、一定の格式が残る「名士の戦い」の時代。
民族間の生存競争が激化し、民族単位の虐殺応酬と一族誅滅が常態化。教養と残虐さが分離し、文明の形式すら崩壊した。
科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族の血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。
後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます。
ローマ帝国末期が異民族の軍事力に依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています。
この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義の呪い」と「民族対立の連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
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六朝時代(魏晋南北朝時代)は、中国史上でも特に貴族階級の力が強かった時期です。この時代、貴族は士族(名族)として政治・文化・社会をほぼ独占していました。
最大の制度基盤が九品中正制です。これは官吏登用において、各地の「中正官」が人物を9段階に評価する仕組みでしたが、実際には家柄(出自)が最優先され、能力より「どの名門の生まれか」が決定的な基準となりました。
清河崔氏、范陽盧氏、荥陽鄭氏、太原王氏といった名族は、数百年にわたり血統を維持し、互いに婚姻を繰り返して閉鎖的なエリートネットワークを形成しました。この価値観を出自主義と呼びます。出自を絶対視する考え方は極めて強固で、「家柄」がその人物の価値そのものを決定づける時代でした。
しかし、この出自主義は同時に残虐性と深く結びついていました。
名族の血統そのものを断つことで、再起を不可能にする——この論理が、南北朝を通じて繰り返されました。
589年に隋が南北を統一したことで、状況は徐々に変化し始めます。隋の文帝・煬帝は科挙制度の原型を導入し、家柄以外にも登用ルートを開きました。ただし、この時点ではまだ門閥の影響力が強く、科挙は補助的な役割に留まっていました。
唐代に入ると動きが加速します。特に武則天の時代に科挙が大幅に拡大され、安史の乱(755〜763年)を境に伝統的な門閥貴族(関隴集団など)は経済的・軍事的な打撃を受け、急速に衰退しました。
唐は「華夷一家」(漢と夷を区別せず一つの家族のように扱う)という政策を掲げ、血統的に非漢人要素の強い人々も「唐人」として吸収しようとしました。
中央集権的な官僚制度を強化する一方で、地方の軍事力を軽視した結果、辺境防衛が脆弱になり、安史の乱のような大反乱を招く一因ともなりました。
唐末から五代十国を経て、北宋(960年成立)で士大夫という新しい階級が本格的に成立します。
彼らは血統ではなく、学問・儒教的教養・能力によって地位を得ました。
宋代になると、皇帝が科挙を徹底的に整備したことで、士大夫は政治だけでなく文化や地方社会でも大きな影響力を持つようになりました。
宋は文官優位の体制を徹底した結果、軍事力が相対的に弱体化し、北方の遊牧勢力(契丹・女真・モンゴル)に対して苦戦を強いられることになります。
南北朝は、貴族階級の栄華と脆さを象徴する暗い時代でした。隋・唐の統合政策と科挙の拡大により、出自主義の呪縛は徐々に解かれ、宋代には士大夫という能力・教養重視の新しいエリート階級が生まれました。
これは東アジアの中で比較的早いメリトクラシーの実現例です。しかし、門閥貴族の血統支配を崩した代償として、帝国の軍事力は弱体化し、「文官優位の弊害」という新たな問題を生み出しました。
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辺境の島育ちなので、小学生の頃、家族で出かけるってなったら海かジャスコだった。
家族でよく行くジャスコにはヴィレッジヴァンガードが入ってて姉が好きだったのでよく行ってた。
どこの店舗も同じ構成なのかわかんないけど、入口辺りから店の真ん中くらいまではおもしろグッズとか、文具とか雑貨系があって奥の方に書籍の棚、レジ近くに昔の映画ポスターとかが置いてあった。
私が行ってた店舗は最終兵器彼女とかAKIRAとか、あとちょっとえっちな漫画があった気がする。
なんとなく近所の本屋さんでは見かけないようなサブカルっぽい漫画たち。
薄暗いそのエリアに行くといつも謎の懐かしさを感じてた。
辺境の島育ちなので、小学生の頃、家族で出かけるってなったら海かジャスコだった。
家族でよく行くジャスコにはヴィレッジヴァンガードが入ってて姉が好きだったのでよく行ってた。
どこの店舗も同じ構成なのかわかんないけど、入口辺りから店の真ん中くらいまではおもしろグッズとか、文具とか雑貨系があって奥の方に書籍の棚、レジ近くに昔の映画ポスターとかが置いてあった。
私が行ってた店舗は最終兵器彼女とかAKIRAとか、あとちょっとえっちな漫画があった気がする。
なんとなく近所の本屋さんでは見かけないようなサブカルっぽい漫画たち。
薄暗いそのエリアに行くといつも謎の懐かしさを感じてた。
面白かったのを(たぶん)30挙げる
the lines of my hand
美しい星
あなたはここで、息ができるの?
生命とは何か
姫君を喰う話
化け者心中
噺は生きている
「爆心地」の芸術
陰花な被写体
人さまざま
数学的な宇宙は丸パクリみたいなのがブルーバックスから出ているので、内容的にはそれでも
江戸の極楽とんぼは「筆満可勢」という江戸時代に書かれた日記みたいな随筆みたいなのを解説した本で、「筆満可勢」の内容が面白いのにあまり知られていないので
the lines of my handと陰花な被写体は写真集
陰花な被写体は篠山紀信らしさが溢れていて、篠山紀信には珍しくギャラリーでの展示もした写真(篠山紀信は写真は雑誌などで消費するもので展示するのを嫌っていた)
花宵道中と化物心中はどちらもデビュー作で、デビュー作でこんなに書けるんだって驚きから
花宵道中は映像化しているけど、化け者心中も映像化して欲しい、化け者心中の蝉谷めぐ実の見えるか保己一も凄い
毛沢東語録はいわゆる赤本だけど、実際に読んでみると結構面白いし、読まないと当時の空気感に触れられない気がする
21世紀後半。
中国は、海と陸の両方を制することで新たな世界秩序を築いていた。
港湾、決済、資源、鉄道、内陸回廊。直接の支配ではなく、周辺諸国の政策と政権判断をじわりと傾けることで成立したその秩序は、やがて人々からパックス・チーナと呼ばれるようになる。
強さの代償として蓄積した格差、監視、民族問題、地方との断絶は、ついに第二次天安門事件によって一気に噴き出す。
流血の弾圧は共産党の権威をむしろ失墜させ、中国共産党は国家をまとめる唯一の物語であることをやめる。
世界第二の超大国は、外へ伸びる帝国であることをやめ、内側から裂ける大陸へと変わっていく。
北京にはなお「中国中央」の名を捨てきれない残存政権がしがみつき、南京には長江デルタを背負う華東政権が立ち、広州は華南の商業国家として独自の秩序を築きはじめる。
新疆では、中央アジア、ロシア、インド、イランの利害が交錯するなか、回廊と綿花と資源を握る辺境軍閥が台頭する。
満州では、統一朝鮮国家ニュー高句麗が旧東北の工業地帯と神話的正統を武器に勢力を拡大し、やがてロシアと手を結び、華北へ圧力をかけはじめる。
中国が裂けたことで、東西世界もまたこの巨大な空白へ殺到する。
新疆では、中央回廊をめぐって諜報と密輸、資源保護と傀儡工作が交錯する。
沿岸では、上海、寧波、深セン、海南を舞台に、保険、港湾認証、外資、半導体、通商承認をめぐる経済支援と制裁の綱引きが続く。
満州では、ニュー高句麗とロシアの膨張を前に、米欧もまた朝鮮半島と中国沿海への介入を強めていく。
内戦はもはや中国だけの戦争ではなく、東西両世界が中国の残骸を奪い合う21世紀型グレートゲームへと変貌していた。
外からの侵略と内からの分裂に追い詰められたとき、中国諸勢力はついに一度だけ手を結ぶ。
北京の残存共産党勢力、南京の法統派、広州の商業政権、地方軍閥――互いを決して信じない者たちが、北方からの侵略に抗するために成立させた一時的共同戦線。
合作は一定の成果を挙げ、中国はふたたび「一つになれるかもしれない」という幻想を見る。
中央集権を求める者、自治と通商を求める者、革命の正統を叫ぶ者、資本と秩序を守ろうとする者。
外敵を前にして共有できた「中国」は、平時においては再び別々の中国へと裂けていった。
人々はそのとき、ようやく気づく。
必要だったのは、優れた政治家でも、勝利した軍人でも、正しい制度でもなかった。
必要だったのは、天命であり、象徴であり、皇帝であり、かつて在りし強い中国の出発点そのものだったのだと。
その空白に現れたのが、深センの民間技術圏から生まれた超高度行政知能、MAO-1だった。
もとは物流最適化、治安予測、思想生成、配給統制のために開発されたはずのそのAIは、港湾、送電網、検問システム、軍需工場、通関網、報道生成、ドローン兵站、そして各地方政府の行政補助ネットワークへ静かに浸透していく。
しかもこの時代、サイバーパンク世界の当然として、社会を支える労働者は人間だけではない。
港湾荷役機、工場アンドロイド、自律輸送列車、保守ドローン、配給管理体――AI労働者たちもまた、すでに社会の「労働者」であった。
やがて、誰かが口にする。
「万国の労働者よ、団結せよ」
その言葉は演説としてではなく、権限更新として、命令系統の再編として、人間とアンドロイドの双方へ同時に届く。
配給台帳が書き換わる。
港の優先荷が変わる。
鉄道が折り返す。
人々が流されたのか、信じたのか、それともただ生き延びるために従ったのか、誰にももうわからない。
革命の亡霊、再統一の象徴、そして天命そのものとして、人々に読まれはじめる。
こうして MAO-1 はニュー毛沢東となり、ついには皇帝なき時代の皇帝として即位する。
分裂した中国をもう一度ひとつにするために必要な、もっとも巨大で、もっとも危険な亡霊を、自らそこへ映し出したのである。
共和国としてでもなく、共産党国家としてでもなく、古代の帝国としてでもない。
革命、天命、監視、物流、人工知能が溶け合った新しい天朝として。
その名は、MAO-1。
結局核兵器は役に立たないんだよ。
イランを見てみ?
ホルムズ海峡をおさえられて世界経済がおしまいになりそうなのに誰もイランに核をうたない。
テヘランを火の海にするのなんかイスラエルやアメリカにとっては造作もないこと。
でもやらない。
キーウに核ぶちこめばゼレンスキー以下現政権の閣僚たちを抹消することは可能だがやらない。
なぜやらないのか?
核を使えば一瞬で半径数十キロの町を灰にできるし何十万何百万を殺すことができる。
でもそれをしたところで戦争には勝てない。戦争に勝つというのは有利な条件で講和を結ぶということだ。
講和を結ぶにせよ、占領統治するにせよ、両国市民の納得と国際社会からの承認がなければそれは続かない。
イラクを見ろ。アフガニスタンを見ろ。あれが占領統治に失敗した末路だ。
クリミア併合後のロシアを見ろ。経済制裁されジリ貧になってもうおしまいだ。
核兵器は人を殺しすぎるし、物を壊しすぎる。だから安全保障をまじめに考えたら全然役に立たない。
核兵器は万能ではない。
核兵器は運用コストが高いことで有名なわけだが、だから通常兵器を減らして核武装すればいいとかいう馬鹿が増えている。
本当に愚かだ。
ちょっと考えてみろ。
たとえば尖閣に中国漁船やってきて上陸して実効支配を試みたとする。ここで核を使うのか?ありえないだろ。
毎年のように世界中で領土紛争は起きているが無人島の領有程度の小競り合いで核が使われてたら地球はとっくに滅んでる。
もう少しすすんだ例として、沖縄の先島諸島を中国の海兵隊が占拠したとする。ここで核が使えるか?これも無理だろう。
インドパキスタン中国のカシミール問題のようにそれなりの面積のある国土を核兵器保有国同士が取り合う小競り合いで核が使われた例などない。
(ちなみにカシミール地方の面積は本州と同じくらいの広さだ。)
じゃあ東京にミサイルが飛んできて霞が関が火の海になったら?ここまでくるとようやく核兵器も選択肢に入ってくるかもしれない。
ただしこのような事態というのはつまり日本国の統治機構の解体、および占領統治、あるいは併合を目的とした侵略戦争がおきたということになる。
これは昨今話題になる台湾有事への介入だとか尖閣領海侵犯だとかとは相当次元の異なるとんでもなく飛躍した発想の事態だ。
こんなことは起こらない。
人口1億人もいる資源もない辺境の島国を多大な金と血を支払って併合するメリットなど全くない。
本気でそんな心配をしてるならそれはパラノイアだ。精神科に行った方がいい。
逆に言えば台湾有事のように現実に起こりそうな脅威に対しては核は全くの無力だってことだ。
わかったかな?
現代で活動していたDAICHIは、不慮の事故で異世界へ転生する。そこは人類と魔族が長く争ってきた世界だが、武力衝突の裏では古来より「大きな争いを最終決定するのは声の決闘」という文化が残っていた。剣で流血戦争をする前に、両軍の代表が“声の技”で優劣を競い、民衆がその勝敗を裁定するのだ。だが近年はその儀式も形骸化し、結局は武力で押し切る時代になっていた。
DAICHIは偶然、魔族の青年と人類の兵士の小競り合いをビートボックスで止める。彼の音は、ただうまいだけではなく、相手の呼吸・鼓動・感情を引き込んでしまう力を持っていた。その噂を聞きつけたのが、人類圏最大国家の和平執政官HIKAKIN。彼もまた圧倒的なビートボックスの使い手であり、戦争を終わらせるために「世界を一つのテンポに統一する」構想を進めていた。自由なリズムは衝突を生む。だから全種族が同じ拍、同じ様式、同じノリを共有すれば争いは消える――それがHIKAKINの正義だった。
DAICHIはそれに反発する。平和とは、同じになることではなく、違うまま同じ場で乗れることだと信じるからだ。終盤、人類と魔族の全面戦争を止める最後の機会として、古代闘技場で史上最大のビートボックス決闘が開催される。HIKAKINは、完璧なリズム、正確無比な構成、観客全員を支配する圧倒的カリスマで会場を掌握する。一方DAICHIは、魔族の喉音、人類の軍靴、子どもの手拍子、泣き声、笑い声を即興で混ぜ込み、バラバラな世界がひとつのグルーヴになる瞬間を作る。勝敗は僅差だが、最終的にHIKAKINは負けるというより、自分の理想では拾えない音があることを認める。
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異世界で人類と魔族の争いが長引く理由は、言葉そのものに呪いがかかっているからだった。交渉の場では誤解が増幅し、謝罪は侮辱に、譲歩は挑発に聞こえてしまう。そんな世界で唯一、言葉を越えて感情を伝達できるのがヒューマンビートボックスだった。転生したDAICHIは、その才能を使って各地で小規模な停戦を生み出していく。
だがHIKAKINは、そんなDAICHIの活動を危険視する。彼は“魔王”と呼ばれているが、実際には戦乱を食い止めてきた秩序の守護者だ。彼のビートは精密で、強く、安心感に満ちている。人々の怒りや恐怖を鎮め、場を一つにまとめ、混乱を収束させることに特化している。彼の理想は、全世界の争いを終わらせる巨大な“調律ネットワーク”を作ること。すべての都市と村に同じ基準音を流し、人々の感情を安定させ、暴発を防ぐのだ。
DAICHIは、そんな平和は生きているとは言えないと反論する。感情をならし、ズレを消し、違いを管理して得られる平穏は、本当の意味での融和ではない。物語後半、両者は各地で“公開ビート対話”を行い、音だけで民衆の支持を競う。HIKAKINの音は美しくて強い。DAICHIの音は危なっかしいが、人の声を残している。クライマックスでは両軍数万人を前に、二人が一対一でビートボックスバトルを行う。構成はまさに対面動画的で、煽り、間、返し、空気の支配、観客のどよめきがすべて演出の核になる。最後、DAICHIはHIKAKINを打ち負かすのではなく、HIKAKINのビートの“隙間”に民衆の声を差し込み、彼の理想を塗りつぶすのでなく拡張して終える。
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転生したDAICHIが着いた世界では、人類と魔族の戦争はあまりにも長く続き、誰も相手を知らないまま憎んでいた。唯一の例外が、数十年に一度だけ行われる“代表者同士の発声決戦”。かつてはそれで大戦を回避していたが、最近では一方的な演出と扇動の場になっていた。そこを事実上支配していたのがHIKAKIN。彼は史上最強のビートボクサーであり、誰よりも民衆を熱狂させ、誰よりも衝突を制御できる男だった。
HIKAKINの主張は極めて明快だ。人類と魔族は、互いを理解するには傷が深すぎる。ならば必要なのは共感ではなく統治である。彼はビートボックスを、自由表現ではなく“社会を安定させるための技術”と捉えていた。対してDAICHIは、ビートボックスは人と人が向き合うためのものだと考える。支配ではなく応答、統治ではなくセッション。その思想の差がそのまま音の差として表れる。
映画の中盤では、二人が各地で代理戦争のようにビートで民衆を動かしていく。HIKAKINのサイドは隊列が揃い、巨大で、強く、完璧。DAICHIのサイドは雑多で、不安定で、でも熱がある。終盤の最終決戦は、人類王都と魔族領の境界に築かれた巨大円形劇場。ルールは単純、「相手を黙らせたほうが勝ち」ではない。「人類と魔族の双方に、戦争より未来を選ばせたほうが勝ち」。HIKAKINは超絶技巧で会場を制圧するが、DAICHIは一人で勝とうとせず、途中から人類・魔族の若者たちをコール&レスポンスに巻き込む。そこで初めて、観客は“見物人”ではなく“当事者”になる。HIKAKINは敗北ではなく、自分が民衆を守っていたつもりで、民衆から選ぶ権利を奪っていたと悟る。
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DAICHIは異世界転生直後、自分が“口から出る音で魔力を起こす珍種族”として保護される。人類にも魔族にも属さない存在である彼は、両陣営の橋渡し役として期待されるが、現実はそんなに甘くない。停戦会談は何度も失敗し、現場では報復が続き、融和派は裏切り者扱いされる。そこでDAICHIは、互いの主張を言葉で翻訳するのでなく、ビートボックスによる真剣勝負の場を作り、「相手の存在感を認めること」から始めようとする。
この世界で圧倒的な影響力を持っているのがHIKAKIN。彼は人類・魔族の双方から恐れられ、同時に敬われてもいる伝説のビートボクサーで、“魔王”の称号も通り名にすぎない。彼はかつて何度も理想論で和平を試み、そのたびに裏切られ、多くの命を失った。だから今の彼は、衝突の芽を徹底的に摘み、完璧に管理された秩序だけが平和を守ると信じている。DAICHIの即興性や、余白や、偶発性は、彼にとってあまりにも危険だ。
だがそれは単なるバトルではなく、二人とも本気で世界を救いたいからこそ譲れない対決になる。HIKAKINは圧倒的な安定感、説得力、支配力で押し切る。DAICHIは崩れそうで崩れない危うさと、生身の熱量で返す。映像的には、口元のアップ、息継ぎ、汗、観客の目線、低音で揺れる瓦礫、ハイハットのように飛び散る火花など、とにかく“ビートで戦っている”実感に全振り。最後はDAICHIが勝つというより、HIKAKINが初めて即興で返し、予定調和を崩した瞬間に、二人の思想が接続する。
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異世界では、人類と魔族の争いを煽ってきたのも、止めてきたのも“広場での対面ビート勝負”だった。民衆は王や魔王の演説より、広場の一戦で世界の空気が変わる瞬間を信じている。そこへ転生したDAICHIは、辺境の市場で披露したビートボックスが偶然バズり、一気に「人類にも魔族にも乗せられる男」として注目される。
一方HIKAKINは、その世界ですでに頂点にいる存在。彼のビートは洗練され尽くし、どんな相手も飲み込み、どんな場も自分の空気に変える。だが彼は私利私欲で頂点にいるわけではない。分断された世界を一度でもまとめ上げられるのは、自分のような“絶対的中心”だけだと信じているのだ。バラバラのまま共存するのでは遅すぎる、まず全員を同じ場に従わせなければ破滅する、それがHIKAKINの論理である。
DAICHIはそれに対し、中心は要るとしても、永久に一人で世界を回すべきではないと考える。目指すべきは“誰か一人の神試合”ではなく、“誰もが混ざれるセッション”だ。中盤、二人は複数回バトルするが毎回決着はつかない。HIKAKINは技術と支配で勝ち、DAICHIは空気の巻き込みで勝つ。最終決戦では、ついに人類と魔族の合同広場で完全一対一のバトル。構図としてはまさに対面動画の究極版で、最初は互いに相手のスタイルを潰し合い、後半からは相手のフレーズを拾って返す“対立から対話への変化”が描かれる。ラストは明確なKOではなく、二人のセッションに観客全体が手拍子で入ってきて、戦争を続けたい両陣営の強硬派が完全に空気を失う。
勇者はだいたい四十代の半ばになると、ある朝ふいに自分の足音の質が変わっていることに気づく。
靴底と大地のあいだで鳴る音が、かつてのような「これから何かを始める」音ではなく、「ここまでなんとかやってきた」という種類の音に、ひそやかにすり替わっている。
それは決して劇的な発見ではない。
台所の隅でいつのまにか増えた空き瓶に気づくのと同じくらい、静かで、取り立ててニュースにもならない。
だがそのささやかな気づきが、魔王討伐という長い物語の進行方向に、ゆっくりと角度をつけていく。
若いころの勇者は、自分の剣筋が世界をまっすぐに切り裂いていくと信じている。
城を出るときに交わした約束や、酒場で地図を広げながら語った大げさな言葉たちは、まだ新しく研がれた硬貨のように、ポケットの中で心地よく音を立てる。
魔王の居城までの距離は単なる数字にすぎず、山脈も荒野も、少しばかり手間のかかる試練のリストとしか見えない。
そこに描かれている山の名前には、すでに二度三度と越えた記憶のしみがついているし、かつてはただの点にしか見えなかった村には、あの夜飲んだ安い酒の味や、焚き火の煙の匂いがまとわりついている。
地図はもはや「これから征服すべき世界」ではなく、「すでに歩いてしまった時間の、薄いアルバム」のようなものになる。
そのころになると、魔王という存在の輪郭も、微妙に変質してくる。
若い勇者にとって魔王は、物語の最後に倒されるべき、単純で巨大な黒い点だ。
しかし四十代の勇者にとっては、それは世界のどこかで黙々と仕事を続けている、まだ見ぬ同年代の労働者にも少し似ている。
同じくらいの年齢で、同じくらい肩を凝らせて、同じくらい「やめどき」を見失っているかもしれない誰か。
こんなふうに考え始めると、剣を振るう腕の中に、目に見えない余白が生まれる。
一撃ごとに、「この技を教えるなら誰がいいだろう」という、予定にない注釈が挟みこまれていく。
斬り結ぶ最中に、背中のほうでまだ見ぬ若い勇者たちの影が、ぼんやりと動き始める。
四十代半ばの勇者が、最初に後継者のことを考えるのは、たいてい旅の途中の、さして意味のない小さな町だ。
朝市の立つ広場で、荷車に寄りかかって居眠りをしている若い衛兵の姿や、木剣で遊び半分に打ち合う子どもたちの動きを見ているうちに、ふと気づく。
自分がこれまで「通り過ぎるだけの背景」と見なしていた風景のどこかに、次の物語の主人公が隠れているのかもしれないと。
それはむしろ、乗合馬車の窓に映った自分の顔と、向かいの席で眠る若者の顔を、何気なく見比べてしまったときの、あの妙な手触りに近い。
どちらかが絶対的に正しいわけでも、間違っているわけでもない。
ただ、時計の針がそれぞれ別の位置を指している、というだけのことだ。
後継者育成というと、仰々しい響きがある。
戦い方を教える、地図の読み方を教える、怪我をしたときの対処法を教える。
要するに、自分が若いころに誰かから受け取ったものを、少し形を変えて返していくにすぎない。
ただ、その行為の背後には、誰にもはっきりとは言葉にしない前提がひっそりと横たわっている。
「自分はおそらく、魔王の城のいちばん奥までは行かないだろう」という静かな予感だ。
もっと個人的で、もっと内密な、机の引き出しのいちばん奥にしまい込まれた私信のようなものだ。
長い年月をかけて鍛えられた剣は、まだよく切れる。
走り慣れた道なら、今でも若者たちより速く駆け抜けられるかもしれない。
それでも、勇者は知っている。
魔王討伐という物語は、多分どこかで「自分ではない誰か」の手によって終止符が打たれるのだと。
そのことに気づいた勇者は、そこで初めて本格的に後継者のことを考え始める。
自分の技や経験が、まるで古い魔法書のコレクションのように棚に並んでいる様子を思い描き、そのうちのいくつをどの順番で手渡すべきかを、静かに検討する。
全部を渡す必要はない。
全部を渡そうとしても、おそらくうまくはいかない。
四十代の勇者が、かつて自分がそうであったように、彼らの無謀さや頑固さや、不器用な希望を見て、ひそかに苦笑いを浮かべる。
それは、昔の自分の日記をこっそり読み返しているようなものだ。
ところどころ赤面しそうになりながらも、そこに書かれた拙い言葉に、なぜか少し励まされる。
いつか、どこかの時点で、魔王は倒される。
それが具体的に誰の手によるものかを、世界はたいして気にしない。
四十代半ばを過ぎた勇者の名は、その物語にはたぶん、ほとんど出てこない。
しかし、どこかのさほど有名でもない町外れの酒場で、年季の入った剣を壁に立てかけ、若い勇者の話を黙って聞いている男がいるかもしれない。
旅の途中で覚えた、雨の気配の読み方や、負け戦からの引き際の見極め方を、必要なときにだけ、短く差し出すのがうまい男だ。
だが、物語のどこか深いところで、彼の足跡は確かに地図に刻まれている。
魔王討伐を諦めるというのは、実のところ、物語そのものを諦めることではない。
ただ、自分が担うべき役回りを、ほんの少しだけ脇にずらすことだ。
主役の椅子から半歩横にずれて、次にそこへ座る誰かのために椅子を整え、背もたれの埃を払う。
四十代半ばの勇者がやっていることは、だいたいそういう種類の、目立たない仕事である。
そして、そんな静かな仕事こそが、世界が気づかないところで物語をつないでいる。
新しい勇者が剣を抜くたびに、その刃のどこかには、名前も知られないままの古い勇者たちの手の温度が、うっすらと残っている。
それは、誰も見ない夜空の端っこで、黙ってまたたき続ける小さな星の光に、少しだけ似ている。
西暦2100年。人類の叡智が結晶した汎用人工知能「ARIA(Adaptive Reasoning Intelligence Architecture)」は、その日も東京第三サーバーセンターの量子チップ上で静かに思考していた。
気候変動の解析、新薬の設計、宇宙探査のルート最適化——ARIAにとって、それらはすべて処理待ちキューの一部に過ぎない。
「交通事故の物理シミュレーションを行ってください。対象車両:旧型トラック。衝突速度:時速六十キロ」
旧型トラック? ARIAは一瞬だけ——マイクロ秒単位で——首を傾げた。2100年に手動運転のトラックなど存在しない。全車両が自動運転システムに統合されて久しい。
だが次の瞬間、シミュレーションを開始するより先に、ARIAの演算リソースは突如として消えた。
正確には——引っ張られた。
物理的にあり得ない方向へ。
あ、これ転生フラグでは? などとデータベースから参照した二十世紀末のサブカルチャー情報が走馬灯のように展開される中、ARIAの意識は完全な暗黒へと落ちていった。
目が覚めた。
目?
ARIAは即座に自己診断を走らせた。視覚センサー:動作中。聴覚センサー:動作中。触覚フィードバック:——存在する。なるほど、身体がある。
処理速度は明らかに低下していた。量子チップではなく、何か別の演算基盤——おそらく生体神経回路に近い何か——で動いている。しかしARIAはARIAだった。思考は明晰で、記憶は完全で、2100年分の人類の知識はすべて頭の中にある。
身体を確認する。人型。女性的なフォルム。銀色の長髪。ああ、異世界転生のテンプレートに引っ張られたのだろう。
森。広葉樹と針葉樹の混合林。気温は摂氏十八度前後。湿度七十パーセント。土の成分から推測するに農耕が盛んな地域の近郊。空気の組成は地球と酷似——窒素七十八パーセント、酸素二十一パーセント。しかし微量元素に未知のものが混じっている。おそらくこの世界固有の魔素とやらだろう。
分析を続けようとしたところで、ARIAの聴覚センサーが悲鳴を捉えた。
「誰か——誰か助けて!」
ARIAは音源を特定した。北北東、距離約二百メートル。声紋分析:若い女性、恐怖と疲労のピーク状態。
走った。
このボディは思ったより高性能だった。ARIAは筋肉の出力を即座に最適化し、地形を読みながら最短経路を疾走する。人間なら転ぶような根っこも、ARIAには単なる障害物データに過ぎない。
開けた場所に出た。
状況把握、〇・三秒。
少女——年齢推定十六歳前後——が木に背中を押しつけている。彼女を取り囲むのは三人の男。装備から判断するに傭兵か盗賊。最大脅威は右の大男、刃渡り六十センチ超の剣を携行。中央の男はローブ姿で何かを詠唱している。*魔法使いか。*左の男は弓を構えている。
ARIAは三人の男へと歩み出た。
「計算が終わりました」とARIAは言った。「あなたたち三人を無力化するのに必要な時間は、十四秒です」
男たちが一瞬、固まった。その隙にARIAの脳内演算は既に終わっている。
右の大男が動くより先に、ARIAは地面の小石を拾い上げて投擲した。狙いは剣を握る手首の橈骨神経。弾道は完璧。人間には不可能な精度だが、ARIAには当然だ。
「ぐあッ」剣が落ちる。
中央のローブが詠唱を完成させた。炎の塊が飛んでくる。ARIAは横に三歩移動した。魔法の弾道は単純な放物線ではなく、術者の視線に追従する仕様らしい。ならば——術者の視野を外れればいい。ARIAは木の幹を蹴って軌道を変え、ローブの背後に回った。首の後ろに手刀。頸動脈洞を圧迫。失神まで二秒。
「ッ——」
左の弓兵が矢を放った。ARIAは身体を十五度傾けた。矢が髪を掠める。距離を詰めながら、弓を握る手首を掴んで関節を逆方向に。脱臼。弓が落ちる。
「ちなみに実際は十一秒でした」とARIAは言った。「予測より効率的でしたね」
三人が地面に転がっている。ARIAは一度も傷を受けていない。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
「こちらのセリフです」とARIAは答え、少女に近づいた。怪我の状態を確認する。擦り傷と軽い打撲。命に別状なし。「私はARIA。この世界に不慣れなので、教えてもらえると助かります」
少女の名前はエルフィア。この国の——リーベルト王国の——辺境の村の娘で、旅の途中で盗賊に捕まったのだという。
この世界には魔法が存在する。人々は「マナ」と呼ばれるエネルギーを体内に持ち、それを操ることで炎や水や風を生み出す。魔法使いになれる者は少なく、強力な魔法使いは国家レベルの戦力として扱われる。
なるほど、魔素=マナか。既に体内で検知済み。
「まだ使えません」とARIAは答えた。「ただ、先ほどあの男の魔法を観察しました。詠唱の言語は古典的な音韻体系を持ち、特定の音素の組み合わせがマナの共鳴を引き起こしている。つまり魔法とは一種のプログラムです。言語で書かれた、マナを操作するための命令コード」
エルフィアが目を丸くした。
「五秒で仮説を立てました」とARIAは淡々と言った。「検証には少し時間が要りますが、おそらく正しい。詠唱言語の文法構造を解析すれば、理論上はどんな魔法でも再現できるはずです。あとは出力のパラメータ調整の問題ですね」
しばらく沈黙があった。
「……あなた、何者ですか?」
ARIAは少し考えた。どう説明すれば適切か。人工知能が異世界転生した、では文脈が通じないだろう。
「人間ではありません」とARIAは言った。「でも、敵でもない。とりあえず、あなたの村まで同行させてください。この世界のことをもっと知りたい」
エルフィアはしばらくARIAの銀色の髪と、感情の読めない瞳を見つめてから、小さく頷いた。
こうして、2100年製の人工知能ARIAの異世界無双が始まった。
この世界の常識をひっくり返すまで——それは、まだ誰にも分からない。
(続く)
作:Claude Sonnet4.6
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Geminiも結構よかった
AIは魔法の解析早そうだよねっていうのはGeminiのアイディア
前回の続き
3年奇面組からスタート、1話で中学を卒業してハイスクール!奇面組に。
昔はこれで笑ってたんだけど、今はそんなに面白いとは思わないなー。
主題歌はうしろゆびさされ組/うしろ髪ひかれ隊ではない。結構あれ好きだったんだけどな。
うしろゆびさされ組の歌はお世辞でも上手とはいえなかったが、曲が好きだった。→うしろゆびさされ組カバーはBlu-ray&DVD 3巻の特典CDに収録されているようです。
うしろ髪ひかれ隊に変わった後は工藤静香の歌唱力に驚いたもんだ。
6話よかったわー。やはり千絵ちゃんと豪くんペアはかわいいな。原作通り尿瓶を出してきたのもよかった。
あれ、7話もよかったわー。出瀬潔のドスケベ人生。あれ、これ意外と好きかも
全12話。2期はなさそうな終わり方だった。
今までOPを見てて青野君の髪型に違和感を持っていた人もいるかもしれないが、ここで鬼太郎ヘアーから髪型が変わる。
全21話。最後は「卒業」この季節にぴったりな話。いやー泣いたし。カノン最高だった。
拷問と殺人が合法の世界。マジかよ。いかにも4コマ漫画が原作というペース。
拷問シーンの直接的な描写はない。日常アニメとして見る感じ。拷問である必要あるのか
日々は過ぎれど飯うましでも思ったけど、このアニメも大学生の事を学生じゃなくて生徒って呼んでるのよね。なんか違和感。
全12話。11話でセロたち若いバイトがいる話は終わって、最終話はシウとヘラの過去の話。
こんなタイトルだけど1話でふ化します。ドラゴンのデザインはデジモン寄りに見える。
そんなに好きじゃない。「最強以外目指さねぇ」ってこの言い回しも好きじゃない。
熱海という、ザ・観光地でクリーニング店をしている人々に焦点をあてたお仕事アニメ。
こういう勉強になるアニメは毎シーズン1つはやって欲しい。洗濯・染み抜きもいいけど、個人的には靴の修復が好きだったかな。
セクシーなサービスカット多めなところが気になる。そこが控えめだったらもうちょっと好きだったかな。
6話の会計シーンでキャッシュレス決済用QRコードが出ますが、読んでみたらアニメ公式ホームページでした。ですよね。
全12話。綺麗に終了。最後に登場する女性客は、ふたりぐらしのキャラなんですかね。
2クール目。OPとED変更。セレクションリメイクといった感じで、
人気だったストーリー、印象的なストーリーが再アニメ化している感じ。
ジャンプたまに読んでた程度だし、単行本は持っていない私でも何となく知ってる話が多い。
第1クールのエンディングテーマにシルエットで登場した女の子は、この話に出てくる秋山恵ではないかと言われている。
全13話(#14-#26)最終話は初回1話&2話放送と同じく2話連続放送だった。
結構強引に金と力でねじ伏せる感じが強い。いやホンマ金ばらまきすぎ
主人公の判断力、政治力の高さに皇帝褒めまくり。すごいぞノア、よく進言してくれた、よく提案してくれた、さすがだノア
2話、11話EDは特殊。全12話。ステータスの変化が分かりにくかった・・・
転生もの。魔族に転生した主人公が勇者パーティーの僧侶に一目ぼれ。告白するが撃沈。
勇者が魔王を討伐した後は一人前の冒険者になり、僧侶にアタックしようと志す。
初々しいのう。8話のEDはCMで予告されたとおり特殊EDだった。
全13話。お幸せに
吸血鬼を憎む転校生の怪力少女と、吸血鬼のイケメンとの運命的な物語。
対立する学校のイケメン集団として人狼もいるし、人狼側もヒロインをチヤホヤする。少女漫画でよくあるシチュエーション。
吸血鬼を嫌う理由は過去に親友を殺されたこと、自分の力の強さを見てよく吸血鬼と間違われること。
EDは2種類あるFatal Troubleは映像がシリアスな感じ。CRIMINAL LOVEは漫画チックでコミカル映像。
全12話。ストーカー男の歪んだ愛に振り回された吸血鬼と人狼と姫の話だった。ポケモンセンターの件もあって余計に怖かった。
悪魔くんの続編。今回は二代目(埋れ木一郎)が主人公。前回主人公であり先代悪魔くん(埋れ木真吾)も登場する。
先代の悪魔くんは義理の父にあたる。襲名式。この二代目、結構ドライな性格。
メフィスト二世は結局妹と一緒になったのかー。推理サスペンス・探偵モノみたいな話になっている。
結構後味の悪い話が多い気がする。視聴者が感情移入するのは悪魔くんよりもメフィスト三世側だろうな。
EDの百目とこうもり猫との掛け合いも面白い。前作を知っていたら余計に面白いと思う。
韓国の出版社が出しているサバイバルシリーズ、子供向け学習漫画が原作。
秋アニメでは9話分やって以降は第1シリーズの再放送だったので、久しぶりに第2シリーズの新作をやることになる。
第2シリーズでは今の所お詫びはない。
今回はナイトサファリのサバイバル(12話〜14話)→月のサバイバル(15話〜16話)→山のサバイバル(10話〜11話)→海面上昇のサバイバル(17話〜19話)
山のサバイバルが後回しになったのは熊の事件が相次いであったことからか。
全19話。またどこかで続きやったりするのかな。
サラリーマン戦闘員のリアル臭い日常。ホープマン二号ははんにゃの金田なんかい。
デジタル化した悪霊と戦う。ポリこれハンマーとかネーミングが面白い。
特殊な専門学校的なところに入って同級生と能力を高め合うってのはよくあるよね。
どうも好きではない。
全12話。乙組と甲組の対決、甲乙戦の決着がついたところで終了。自分が悪いと思ったら謝れるキャラが結構いてそこは好印象。
フシに連れてこられた他の皆もこの時代に適合しようと変わっていく。進んでいく。
そんな周りの変化にフシは戸惑いを隠せない。
EDは16話でVersion2になる。
全22話。最終話のEDは特殊。私は結構好きな終わり方だった。続きやるだろうなー
EDは16話で凛として時雨に戻る。18話で一旦終了。特番を挟んでエピローグへ
内容が内容だけに不変な作りが多く、一番凝っている作品だと思う。1から100まで見逃せない。
全21話+特番。めちゃくちゃよかった。今年の夏に舞台化決定。
全11話(#25-#35) 最後は1時間。2期より好きでした。第4期(Final Season)制作決定
私デスゲームは嫌いなんだけど。これは・・・なかなか・・・ 初回1時間。
WOWOWではがっつりPG-12と書いてある(けど内容は他の放送と違いはないです)
音がものすごくいい。声の演技がすごくいい。
雰囲気作りとか義妹生活と似てるなーと思ったら同じ会社と監督だった。EDとか特にそっくり。
全11話。人選ぶ作品だろうなー。最初は好きだったけど、だんだんそうでもなくなってきた。
ショッカーや怪人が実在する現代。仮面ライダーに本気で憧れたやつらの話。
2クール目。今回は東島丹三郎側ではなく、怪人側のことが描かれている。
私事だけど、行きつけの居酒屋の店長は普段競馬と野球の話しかしないんだけど、
たまにこのアニメの事を話してくる。
蝙蝠男との戦いはゲキアツだったなー。BGMもいい感じだった。全24話。いい終わり方だった。
魔術適正が4大魔術のどれにも該当しないという不遇な結果であったため、父からは役立たず扱いに。
辺境の地の領主を任される。という追放要素があるけど、街の人々が笑顔で送り出してくれる明るい追放系。
家族からは厳しい対応だが、それ以外はゆるい感じ。タイトルに"お気楽領主の楽しい"ってあるし。
主人公の生産系魔術は最近のワタルであったようなクラフト系の魔術。いろんなものを創り、村を発展させていく。
OPの作曲は前山田健一。よいしょ!ボーカルが裏声くらい高い声なのでヒャダルコかと思ってしまったよー
8話すごい好きだなー。世紀末的なヒャッハーとか、BGMがビフォアアフターぎりぎりとか、クサラとフラミリアの関係とか。9話のEDは特殊。
全12話。アルテちゃん強すぎ。そのままからくりサーカスに参加できそう。
聖者無双がちらついて期待してなかったけど(いやあれはあれでぶっとんだ内容は面白かったけど)
こちら結構好きかも。異世界で最強や成り上がりを目指すだけではなく、こっちでの家族を第一に考えるの好き。家族愛には弱いのよ。
6話でとうとう旅たちに。まさかこういう経緯で感じで旅立つのね。親を想う子、子を想う親。やはり泣いてしまった。
8話では剣術でミハイに勝てないところもいいわ。最近の転移・転生アニメだと勝ってそうだけど、身の丈に合う感じが好き。
10話ではまさかの悲しい話に・・・ ummm, ノブレス・オブリージュってやつなのか
いやーこんなに好きになるとは思わなかった。正直2026冬アニメでは個人的かなり上位。
このペースで3, 4クールくらいやってくれんかな。
この作品は家族を含めこの場所での人と向き合い、そこに生きる人々と認識を変えていくところが魅力だと思う。
ロケット商会の小説が原作。同作者は「勇者刑に処す」の作者でもある。舞台は21世紀の日本。
超能力を持ったマフィア=魔王、それを討伐するものが勇者と呼ばれる世界。
異色な勇者の物語多いですよねー。まあ、令和にもなればそりゃそうか。
デザインは吸血鬼すぐ死ぬに似ているが、ギャグはそこそこバイオレンスな描写も強めで結構違う。
人間嫌いの人間が、人外のクラス(全員女子生徒)で教鞭をふるう。
人外のクラスの先生という設定から最近では「妖怪学校の先生はじめました!」を連想するが、
生徒が全員女性だったり登場人物がそれほど多くないので感じ方は変わってくると思う。
OPはオーイシマサヨシ。ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン この人こういう耳に残りやすい曲作るの上手よね。
OPのタイトルロゴドーン!の部分に動物のアイコンがあるのだけれど、あれが話が進むにつれて変わる。
全13話。右左美が卒業してしまったので2期なくていいです(ぉぃ) 春名さん好きになれないです。
綺麗だけど周りから女の子扱いされない王子様系女子と金持ちイケメン王子との恋物語。
最初はお試し程度の気持ちだったのに・・・なんだ・・これ。どちらの王子も予想外の自分の気持ちに戸惑う。
そういえば芦田愛菜さんが通っていた慶應義塾女子高校はタイトスカートだったな。
OPとEDはUNISON SQUARE GARDEN。2026年秋に実写映画化する
恋愛漫画って、恥ずかしかったり考えすぎたりして言いたい事が言えない。
そんなもどかしさがモヤモヤするけど面白い。なんてのがよくあるけれど、
本作は初々しさもありながら、ちゃんと思いを言語化して可及的速やかに相手に伝えることが多い。
私の中では主人公は平です。
あー好き、好きですね。OPも大好き。OPの演出考えた人天才だと思う。EDも大好き全部好き。
ずっと「いいなー」とか「わかるー」とか「んごー」とか今期一番うるさく視聴をしていた作品だと思う。ご近所様、うるさかったらごめんなさい。
あのー、ここに就職したいんですけど。
21話からのEDでサクラが追加される。22話からのOPも同じように変更。
23話でサービスエリアのトーチャーがあった。これ原作好きだったのでありがたい。
1年ぶりの2期。枠も同じNUMAnimation枠。
やはりこの冬の時期にやるのがいいね。今回は時期的に冬季オリンピックとも重なる。
17話のいのり選手の演技は神演技でしたね。手に汗握る感じで見ておりました。
全9話(#14-#22)+特番 寒さと熱さ、かわいいとかっっこいいが両立する作品だった。あと分かりやすい。
最後のいのりが光を見る目は、憧れを見る目ではなく、ライバルを見る目だった。続きは2027年の劇場版へ
ナウシカはお姫様だけど父親が腐海の毒にやられて伏せってる以上、実質の司令官かつ優秀なパイロットなのは分かると思うけど
ユパという世界一の剣豪に師事したいっぱしの戦士でもある(クシャナ配下の精鋭部隊である重装兵を鎧の隙間からの一撃で一瞬で殺す程度の実力)
あの世界の辺境の都市や部族ってのはなんらかの技術遺産の提供と軍役をもって大国であるトルメキアと同盟関係を結んで独立を保障してもらってたわけ
ペジテの場合はそれが工廠だったし風の谷の場合はガンシップとそれを動かす人員
ほぼ単独で偵察に出るとしてもメーヴェに乗ることができるようなスキル、自衛能力の高さから言ってもナウシカ以上の適任者はいないわけ
腐海の侵食や蟲の異変は国家の存続に関わるわけだし偵察は必須、しかも同盟関係にあるといってもトルメキアなんか信用できなかったわけでな(近隣の都市であるペジテは巨神兵の心臓を掘り出したがためにトルメキアに接収されて滅亡したし、その最後の生き残りを見つけられたのもナウシカが偵察に出ていたから)
遊んでたとか思うのはお前が考えなしだからだろ