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2026-05-09

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原神予告番組おもろかったな!

仲良さそうな男性声優2人が漫才トークしてるのは人によっては嫌かもしれんが俺はナギさんの同時視聴みながら楽しませてもらった

6年ごしに足跡PVのスメール副題回収されるのもアツいし番組で判明したように冬夜の戯劇PVの謎だった世界樹炎上シーンも回収されるっぽくてどんだけ綿密に世界観構築してるんだと恐ろしくなるね

てかスメールが好きすぎる、転生したらスメールに住みたいくらいだけどどうやらドットーレの復活絡みでスメールが滅びの危機っぽいな

なんかナヒーダの伝説任務でもアランナラが滅びの記憶映像見せてくれた覚えがあるしそのへんも関係するんだろうか

てか今日きたコレイ誕生日メールの「平和な日々がずっと続くといいな」がフラグしか見えないんよホヨバくん本当に君ってやつは

今さっき来たネフェルの誕生日メールにも「ファデュイ情報がらみで砂漠から不穏な情報が」ってあるしこういうリアルタイム性がエグいわ

キャラに関してはニコの爆発ビジュアル想像以上に美しかったしローエンは想像以上にワイルドだった、一部のMっけあるオタク女子には刺さりそうだな

個人的には小さな魔女イベントロリキャラ大集合が楽しみだ

てかローエンは恒常って予想されてたけど、特に言及いか限定ってことで、読みを外してきたな

べつに毎年恒常追加されるって決まりはないけど、こうなるともしや、次の次verに来ると思われるサンドローネが恒常なのでは?

聖遺物がスネージナヤギミック系の超電導強化だから雷か氷のキャラになる、イネファ的な枠になると思うんだけど

イネファがpaimon.moe統計みても初回登場時ぜんっぜん引かれてなかったんだよね、俺は実装時に確保したけど

ナドクライ環境で必携レベルな性能だったことを後々身に沁みて理解した人が多かったのか、あとナドクライ到着後の家族愛エピソードが良かったのもあってか、復刻時の方が引かれてるという異常事態だったほど

そこで開発的はちょっと考えるところがあったのかもしれない

ver終盤の新地ギミック先取りキャラを恒常で入れておくというのは、新地域への対応力をもったプレイヤーを増やすという意味合理的なやり方にも思える

から個人的には限定よりも恒常追加の方が理想的なんじゃないかと思ってはいるんだよね

どうせサンドローネに思い入れあるプレイヤーが大半だから限定だろうが恒常だろうが回るだろうしね

考えうる最高のパターンだと、サンドローネ恒常で、限定並の性能をもちつつ、実装と同時にすり抜け枠のカスタム機能が追加され、初期5人から8人まで増えてたところが9人から5枠選択するようになるパターン

すり抜けなしのNTEが最近ちょっと話題さらってたが原神がすり抜けなしに変更することはまずないと思うから、「すり抜けを許容できる程度に嬉しいものにする」路線しかないと思うんだよね

特に無主の星屑狙いの人は新恒常追加が嬉しくないものになってるから何かしら手を入れるべき時期だとは思う

 

ちなみにNTEだけどハンターランク35、シティ名声レベル27まで無課金でやってたけど節々の低品質さと作業が多いわりに退屈になってきたのと生成AI利用指摘への対応が不誠実と感じたのが決め手になって俺はさっきアンストした

それ以外にも声優台詞話してる途中でゲーム側がぶった切って来ること結構あったしわりと創作に対するリスペクトが感じられない感じがする、この会社

シナリオは全部やったけどバンドのエピが普通に良かった程度、あとは無感動で台詞言い終わってもページ送りできないモーション待ち?が多発する仕様イライラしてキツかった

まぁ餅ありナナリと、1凸ちぃちゃん餅1凸の強さを満喫できたし、軌道外の全日路線10ステージ目だけ星2だけどあとは星3クリアできたか10日間のプレイ歴にしてはよくやった部類なはず、周期路線の方は3ステージ目くらいまで完クリしてまだやれそうだったけど放置

にしても毎日やったほうがいいことが多すぎて本当にしんどい、先だってやめてるエンフィより時間を奪ってくる後発ゲー特有設計だった

自分が把握してる範囲だけでもデイリー要素が

F1デイリーF2デイリー、噴水、魔女プレゼントウィッシュ絵馬祈願(ゲーム20時~、リアル24hCD)、映画デートコーヒー補充、家具受け取り(コットン、ブロック、虫コイン)、タウン絆交流(遭遇タイム)、ちぃちゃんファンス稼ぎ

ちぃちゃんは上限あるから2週間もやれば終わるだろうけど異象家具レベル上げ素材集めも結構果てしなくて、自販機電気霊、ポップ、妖刀、憂愁の英雄熊の全狩りを毎日した方がいいし、ポスト家具Lvのためにシティスタミナを毎日配達ぜんぶこなすのに使った方がいいしで

競合ゲーをやる時間を失わせて興味をなくさせるために虚無作業を山盛りにされてる感じがする、ホヨバゲー日課コンパクトにしてリアル大事にさせようって意思を感じるのと真逆

レースゲー部分と大強盗はそこそこ面白かったけど全体的にセンスが古くてホラー要素というか突然の衝撃音とかでびっくりさせてくる系のが特にいつもイヤホンプレイしてる自分にとってはゲンナリさせられた

 

AI関連技術ゲーム開発の助力とできる時代になってきて、自分AI全否定ではなくモーションマッチングとかNPC行動AIとか有益活用できる部分はしていったらいいと思うんだけど

他社作品学習した生成AIっぽい画像動画パロディオマージュの体でふんだんに使おうとするのは盛大に解釈違いなんであれよ

今後もAIゲームエンジンの力で、ぱっと見は高画質で見栄えするゲーム、作り込まれて「いるように見える」ゲームに触れる機会は増えていくんだろう

からこそ表面的なものに惑わされず、開発にかかわる人たちがどういう考え方や嗜好をもって創作に向き合ってるのか、内面を嗅ぎ取っていかんと遊ぶ側も身が持たんね

2026-05-08

意中の女性が他の男性イチャイチャしてるのが許せない!😟

英雄色を好むというからなあ…😟

ドローナの軍司令官就任戦場に散る若き英雄たち。そしてクリシュナの奇計。果たしてその勝利ダルマはあるのか――

電子版】原典マハーバーラタ法蔵館文庫】 7 (電子書籍)

おもろそうやんけ

2026-05-05

ふと馮道のことを思い出す

朝、トーストゆっくりと焦げていく匂いの中で、私はふと馮道のことを思い出す。

歴史ノートの片隅に、鉛筆で軽く書き込まれたらすぐに忘れてしまいそうな名前だ。

けれどその名前は、実際にはずいぶん長い時間を生き延びてきた。

彼は五代十国という、王朝がまるで季節のように入れ替わる時代に生きていた。

春が来る前に夏が訪れ、秋が始まる前に冬が割り込んでくるような、落ち着きのない世界だ。

そんな場所で、人はたいてい風に飛ばされる砂粒みたいに消えていく。

でも馮道は違った。

彼は風そのものの形を読み取り、

その流れに自分をぴたりと合わせることができた。

ある王朝が滅びると、彼は静かに次の王朝に仕えた。

まるで古いレコードをそっと裏返すみたいに。

そこに劇的な裏切りドラマはない。

ただ、針を落とす位置を間違えない慎重さだけがある。

もちろん、その針はいつも同じ場所に落ちたわけではない。

彼は何度も左遷され、遠くへと追いやられた。

薄い壁の部屋で、風の音ばかりを聞く夜もあっただろう。

それでも、不思議なことに、彼は何度も中央へ戻ってくる。

そして長い時間宰相という、国の心臓もっとも近い場所に座り続けた。

まるで一度離れても、必ず同じ席に戻ってくる常連客のように、

彼という針はいつも同じ席に戻ってくるのだ。

けれど、その席に座る彼の姿を、冷たい目で見つめる人々もいた。

まりにも長く生き残りすぎた男。

どの王朝にも仕えた男。

彼の履歴書は、忠誠の証明書というよりも、むしろ時代への迎合の記録のように読まれた。

人々は彼を批判する。節操がない、と。忠義がない、と。

その言葉は、ときに乾いた石のように彼に投げつけられたはずだ。

そしておそらく、そのいくつかは的外れではなかった。

風に身を任せるということは、風の向きを選ばないということでもあるのだから

でも、忠義というものは、いつもそんなに単純なものだろうか。

嵐の中で一本の木にしがみつくことだけが正しいのか。

折れないように体を揺らし続ける草であることも、ひとつの知恵ではないのか。

馮道はたぶん、自分のことを特別だとは思っていなかった。

ただ彼は、本が好きで、秩序が好きで、人々が安心して眠れる夜を少しでも長く保ちたかっただけなのかもしれない。

だがその「穏やかさ」こそが、ときに疑われた。

静かであることは、しばしば勇気の欠如と見分けがつかないからだ。

彼について語られる話の中には、木版印刷を始めた人物だというものがある。

けれどそれは、どうやら正確ではないらしい。

それでもなお、そんなふうに語られ続けるのはなぜだろう。

たぶん彼は、紙の上に文字を定着させるように、ばらばらになりかけた世界に何かを「残す」側の人間だったからだ。

人々はその静かな働きを、印刷という具体的な行為に置き換えずにはいられなかったのかもしれない。

あるいは逆に、人々は彼に「わかりやすい功績」を与えることで、その曖昧生き方説明をつけようとしたのかもしれない。

何にも属さないように見える人間を、そのまま受け入れるのは、いつだって少しだけ難しい。

想像してみてほしい。崩れかけた家の中で、一冊の本けがきちんと棚に戻される瞬間を。

そのささやか動作が、どれほど世界を救うかを。

そして同時に、その動作が誰にも気づかれず、あるいは誤解される可能性についても。

彼は英雄ではない。革命家でもない。

しろ、いつも同じ席に座り、同じ温度お茶を飲み続けるような人間だ。

でも、そういう人間がいなければ、歴史はきっと、もっとずっと騒がしく、そして短命なものになっていただろう。

ただし、その静けさの代償として、彼は「正しくないかもしれない」という影を背負い続けた。

その影は、朝になっても完全には消えない種類のものだ。

から私は思う。

馮道という人は、歴史の中の「音量を下げるつまみ」みたいな存在だったのではないかと。

誰もそれに気づかないけれど、そのつまみが少し回るだけで、世界はほんの少しだけ穏やかになる。

そして同時に、そのつまみを回した誰かのことは、あとからしばしば疑われる。

トーストが焼き上がる。少し焦げてしまったその表面にバターゆっくりと溶けていく。

私はそれを眺めながら、馮道のように生きることの難しさと、そしてたぶん必要さについて考える。

風に逆らうことよりも、風を読みながら歩くことの方が、ずっと静かで、ずっと複雑で、ときに少しだけ苦いのだ。

anond:20260505004650

かつて英雄ブロントさんはこういった。

「限られたルールの中で勝利条件を満たしただけ」、と。

2026-05-03

anond:20260502172319

まず80過ぎの母親暴走族に苦情を言ったって時点であっ(察し)ってなったんだが

痴呆老人が加害性を拗らせて見境がつかなくなったとかならともかく、普通に考えて暴走族に物申すなんておっかないことを老女がするわけないんだよな、それよりおっかないことでもなければ

まあ、英雄というのは為人ではなく行為や成果によって尊ばれるものではあるんだけど、身近にいたら嫌だなあとしか思わん

要約3

主なポイント

支持の根底にある「喪失感

トランプ支持層は、グローバル化時代変化による仕事・機会・誇りの喪失を感じている。特に相対的な敗者感」(自分たちが落ちる一方で、他者都市部エリートや少数派)が上がる)が強い。貧困を「恥」と感じ、誇りを失った状態

トランプ氏の「感情捕獲(emotional capture)」

トランプは支持者の「恥」を「怒り」に転換する「感情交通整理人」として機能。具体的には以下の3要素

 

 

承認:支持者の苦しみと誇りの喪失理解していると示す。

恥の物語:誇りは「盗まれた」ものであり、敵(エリート移民など)が犯人だと位置づける。

恥の撃退儀式(Anti-shame ritual):トランプ自身過激発言メディアから攻撃され「身代わり」になる → 支持者は「報復」を期待して一体感解放感を得る(キリスト的な犠牲者像+戦う英雄)。

 

効果理由

トランプ暴言過激さは、むしろ支持者を熱狂させる。支持者は「理性・実績中心のバイデン型」とは異なる「感情カリスマ型」の支配を見ている。民主党支持層とは「同じ大統領感情的に別物として見ている」状態

 

ホックシールド氏は、こうした感情論理理解し、対話するための「バイリンガル」になる重要性を指摘。新著『盗まれた誇り』に基づく分析です。

全体として、トランプ現象経済政策ではなく「感情操作共感メカニズムから解き明かした内容です。


anond:20260503070421

2026-04-29

データで見るウメハラの現状

anond:20260429110251

シーンをそれなりに真剣に追っている者として、ウメハラがメナに勝つ確率は低いと思っている。

そのあたりをデータで語りたい。

ウメハラの昨年度の戦績はこうだ。

主要なオフライントーナメント



オフライントーナメントは悪い意味で安定している。

国内外を問わず、ある程度までは行くがトップ層にはしっかり負ける。

33位は「いつもの順位」だ。

それはそれで凄いという話もあろうが、「格ゲーの王」としては物足りない。

これらのトーナメントに参加するプレイヤーの大きな目標は、巨額の賞金が懸かった二つの大会

「Esports World Cup (EWC)」と「カプコンカップCC)」への出場権獲得だ。

ウメハラはどちらの出場権も獲得できなかった。

ウメハラ世界大会に出場できていないのである

チームメイトに連れて行ってもらった団体戦を除いて。

特にEWC本戦に出場できなかったのは衝撃的で、

最終予選(LCQ)は上位10名が本戦進出できる。

すでに世界トップ層が別のトーナメントで出場権を獲得している状況で上位10人というのは、

さすがに最近奮わないウメハラでもいけるかと思われたのだが、そこでも33位だった。

実に安定している、悪い意味で。

World Warrior 2025 日本大

World Warriorは、カプコンカップCC)の予選大会だ。

上で挙げた国内外トーナメントとは別にCCへの出場権を獲得するチャンスとなる。

全5回の開催で、

CCに出場できる。

ウメハラの戦績はこうだ。

最終順位: WW日本大会 累計ポイントランキング 17

ウメハラは決定戦の権利も得られなかった。

2位だけを取り上げてウメハラ凄い!とするファンが多いが、

ウメハラ自身が言うように、「トナメ運ゲー」の側面が強く、

上振れただけ、という結論だろう。

それは他の大会の戦績を見れば分かると思う。どちらがデフォルトなのか。

もし、「それでも1回だって2位になるなんて凄い!」と言うなら、

その大会ウメハラ完封して優勝したひびきのことを、あなたたちはどれくらい評価しているのだろう?

結果を正当に評価しているとは到底思えない。

ウメハラは、弱くないが、プロとして「強い」と言うのは難しい。

これが結果から語れる事実だろう。

ちなみに、メナは数千人が参加するEVO JAPANを2年連続で優勝している。

近年の戦績で言えば圧倒的にメナが上というのは、誰もが認めるところだ。

豪鬼はそこまで弱くなっていない

ここは強調しておきたい。

豪鬼は先日の調整でナーフを受けた。

ただ、別に「超絶ナーフ」なんて調整ではない。

「つまらない調整」だったのだ。モチベーションを保つのが難しい。

それはプロ異口同音で言っている。

豪鬼ものすごい弱体化を受けた」と思っている人がいるのだとしたら、それは話を聞かず印象で語っている人だ。

なぜそんな印象になってしまうのだろうか?

それは、豪鬼が「胴着」と呼ばれるスタンダードキャラ一種からだ。

豪鬼のように波動拳昇龍拳で戦うキャラクターは「胴着」系と呼ばれ、

似たスキルセットのキャラ複数存在している。

から胴着使いはキャラの乗り換えが比較的容易で、より良い選択肢移住やすい。

結果として豪鬼はごっそり減った。

だがそれは胴着キャラという特性ありきで、「極端に弱くなったから」ではない。

ピーキーで難しいキャラだが十分に戦える。

(と言うか、スト6において戦えないキャラなどいない。奇跡的にバランスがいい)

だが、勝ちに拘る上位層ほど、胴着キャラでは容易にキャラ替えする。

まり勝率の高いプレイヤーほどいなくなりやすいのが胴着キャラ」ということだ。

https://www.streetfighter.com/6/buckler/ja-jp/stats/dia_master/202602

これは公式の相性統計だ。

キャラ同士の組み合わせで勝率割合を示しており、「5」ぴったりなら完全に五分となる。

そこから増えれば有利な相性で、減れば不利な相性だ。

最上位帯となるULTIMATE MASTER(アルマス)帯の相性を見ていこう。

豪鬼ナーフ前、トータルの相性数値が4.973だった。

ナーフ後は、トータルの相性数値が4.910となった。

かに数値は悪くなっている。

しかしここで重要なのは、「勝ちにこだわる上位層ほどキャラを乗り換える」という事実だ。

胴着キャラ人口が多いので、移住による勝率変化がもっとも顕著に出る。

まり、実際に強くなった・弱くなった度合いよりも、勝率変化が大袈裟に出やすいということだ。

では、対戦相手のメナが使うブランカはどうだろう?

ブランカナーフを食らったキャラクターの一人だ。

ブランカナーフ勝率は5.013。

ナーフ後は、4.968。

こちらも勝率は減っている。

数値だけ見ると豪鬼の方が下げ幅が大きいが、

ブランカ豪鬼に比べるとキャラの乗り換えが難しいので、

上位層でもそのまま粘って使い続ける人が多いだろう。

まり弱体化に対する勝率の減り幅は豪鬼よりマイルドになる。

このあたりの事情を加味すると、豪鬼ブランカの弱体化度合いは、せいぜい「どっこい」だ。

少なくとも「ウメハラは超絶ナーフを食らった豪鬼で頑張っている」というのは大きな勘違いと言えるだろう。

ちなみに、

豪鬼ブランカは4.974

ブランカ豪鬼は4.985

で、これは五分と見ていいだろう。

足して10にならないのはおかしいと感じるだろうが、

これはアルマス帯の統計で、対戦相手アルマス帯以外も含まれるので、綺麗に足して10にはならない。

まとめ

データとして、近年の戦績の部分ではメナが圧倒的に優勢、キャラの部分では五分、ということが分かってもらえたと思う。

から俺はメナが勝つと思う。

メナはドミニカ英雄だ。

ドミニカコミュニティのために、それこそかつてのウメハラのように、あるべき姿を示している。

尊敬すべき男だ。

10先ならウメハラが、というのは、幻想だろう。

唯一ウメハラに分があるとしたら、圧倒的ホーム環境というところだ。

だが、メナほど肝っ玉のでかい男もそうそういない。

メンタルの部分でもメナは臆せず戦えるだろう。

本音

俺が言いたいのは、過去の栄光とか、実態に基づかない願望とか、

そういったことでウメハラを「格ゲーの王」などと言って持ち上げるのはもうやめて欲しいということだ。

ウメハラは今、正直に言って「裸の王様」のようになっている。

格ゲーの王」を自認して、それを誰も突っ込めない。

馬鹿野郎全然勝ってねえくせに、"王"なんて調子こくな!」と誰かが突っ込んでやらないと、痛々しいだけだ。

つい先日、SFL ワールドチャンピオンシップという団体戦世界大会説明を受けているときに、

他のプレイヤーちゃんと話を聞いているなか、ウメハラだけスマホを横にして、だらしない姿勢で何か別のゲームをしていたのをご存知だろうか。

まりにも酷い態度で、「チームメイトのレシャーが機嫌悪そうなのはウメハラあんな態度だからではないか」とときど・ふ~どが心配したほどの醜態だったが(実際は頭痛が辛かったかららしい)、

そのことでウメハラを「シャドバやってたんすか?」と軽く問い詰めたら、「いや、スレスパからしかも1」などと言ったらしい。

笑えるが酷い話だ。シャドバだろうがスレスパだろうが選手として姿勢がなってないという話だろう。

でもウメハラはふんぞり返る。ふんぞり返り続ける。

なぜなら王だから……。

こんな時代はもう終わりにしないといけない。

ウメハラはその場でいい感じのことを言う才能だけは格ゲーよりもあるのでみんなコロっと騙されるが、

しっかりウメハラの動向を追っていると幻滅することだらけなのだ

神聖すら感じさせたかつての天才の姿は、もうそこにない。

メナよ、頼んだぞ。

追記

予想通り、メナが勝った。順当な結果だった……とは思わない。

正直、2-10ウメハラが負けてもおかしくないと思っていた。

結果は6-10

ウメハラは強かった。少なくとも、昨シーズンよりは。

かつてのウメハラファンとしても、そこは嬉しくはあった。

ただ、これから先、

あんな弱キャラ善戦するなんてやっぱりウメちゃんサイッキョ!!」

みたいな意見で溢れるのかと思うと、やっぱりウンザリする。

何度でも言う。豪鬼別にそこまで弱くない。

2026-04-28

みんなもっと戦場動画見たらいいのに

ドローンの爆撃で体真っ二つにされて蠢いてる兵士とか

命乞いしながら後ろから撃たれて穴に埋められる敵兵たちとか

戦車の主砲を食らって赤い霧になる小隊とかさ。

それなりに愛されて生まれ、二十年かそこらかけて育ち、ひとなみに思い出や技術関係を蓄積してきた緻密な有機構造が、現代兵器力学的エネルギーの前に汚らしい肉片に変わるんだ。

自分家族や友人がそのようになることを、正確に想像してみたことがあるかい

劇的で英雄的な死なんてそうあるものではないし、あったとして、そんなの軍や国家が語る物語に過ぎず、物理的に見るなら、起こっていることは同じだ。

その気になればなんだって見れる世の中なのだし、限られた想像力の素材とするためにも戦場で何が起こっているのか一次資料を眺めてみるのは悪くないと思う。

もちろん実際に体験するのと比べれば情報量は万分の一だろうけど、何も知らずに戦場に放り込まれるよりはマシではないか

2026-04-27

[] Copaganda

Cop +Propaganda

コパガンダ(警察プロパガンダ)とは、警察肯定的イメージを促進するために作られたメディアを指し、暴力人種差別、または危害への注目を最小限に抑え、好ましい世論を醸成します。

この用語は、法執行機関を完全に美化して肯定的に描くニュース報道ソーシャルメディア投稿エンターテイメントなどを批判する際によく使われる。Reddit

警察の行動を美化し、彼らを英雄として強調し、「少数の悪者」という物語を永続させ、しばしば安全上の脅威に対する一般認識を狭めますReddit +2

主な特徴と例:メディアの美化:『ロー&オーダー』、『NCIS』、『ブルーブラッド』などのテレビ番組は、コパガンダとしてよく挙げられます。…

善良な警官に焦点を当てる:警察が役に立つ、あるいは英雄であるという話を強調することで、構造的な問題を覆い隠してしま可能性がある。

脅威の狭小化:警察プロパガンダは、しばしば社会的に疎外されたグループによる街頭犯罪を中心に安全上の懸念を描き、賃金窃盗環境犯罪といったより大きな構造的な害悪無視する。

「善人」物語警察を究極の権威として提示し、「銃を持った善人」というシナリオを強調することで、警察の過剰な影響力を正当化することが多い。

2026-04-26

進撃の巨人考察

考察サイトとか見てないから多分既出だと思うけど。

進撃の巨人ファイナルシーズンエレンが「未来継承者の記憶が見える」という発言をしたのを最初に見た時、エレン死ぬまでしか見えないのかと思っていた。

しかし、それではアルミン達に地ならしを止めてもらった後、目論見通り英雄として扱われ平和享受できるか確証が持てないのではないか?と思っていた。

しかし、記憶が見える範囲進撃の巨人以外の巨人継承者も含まれ場合最後エンディングで出てきた犬と歩く子供記憶も見えたことになる。高度な文明瓦礫を見ておそらくは相当な時間が経ち文明が発展するほど長い時間平和享受できたと知ることができたのかもしれない。

そしてそれからくる言葉が「2千年後あるいは2万年後の君へ」なのかなと思った。

[]

英雄伝をクリアした。

switch版をswitch2でプレイswitchは何で発売したレベルで遊べないけど、switch2でならなんとか遊べる。

プレイ時間は83時間ぐらい。昔ながらの不親切で不便なJRPGという感じだった。

ストーリーは可もなく大きな不可もなく。


難易度ノーマルプレイしたけど、ちょっとゆるめかも。


色々所感。全体的に本当に色々不便。UIは良くない。


ゲームの出来は微妙


仲間。


文句は大量にあるけど、昔ながらのJRPGだと思えばまあ普通に遊べる。

ただ、色々現代ゲームとは思えないぐらい不便だし、不親切。出来もよくない。switch2だとギリ遊べるけどおすすめはしない。switchロード遅すぎて遊べない。

それでもそれなりには楽しめたと思う。おしまい

2026-04-25

anond:20260425212517

書かれていたのはあくまで「生物学的な差異」としてだろう?

でもその差異社会生活においてどんな影響を与えるかについては描かれなかった。

あくま地球人が「我が星の英雄のために」という最大限の善意と敬意の上にたったお客様待遇で向こうの星に招かれた中でのものだけだ。

まり、「もしもロッキー地球に持ち帰っていたらどう扱われたのか」については作中で想定してないわけだ。

ハッキリ言うが、エリド人は地球人よりもずっと頭が良く、その賢さ故の道徳性を備えていたわけだけど、地球人は知っての通り愚鈍でそれ故の倫理観の無さを常々発揮しているからね。

作中には描かれることのなかった悲劇が起こりうることについての思考実験なんだよこの考察は。

武田信玄なんてヘボい武将なのにたまたま信長家康と隣り合って領地を持っていたがために英雄扱いですよ

つーかようは、神君家康公に土をつけたやつはすげえやつ、って扱いなわけです

そこから人物相関図が出来ていくから、その武田信玄と互角だった上杉謙信もすげえやつになる、と。

そういう具合ですね。

真田幸村なんてある局地戦で一時的家康の陣を潰走させただけで日本一の兵でっからな。

ボロ儲けな話ですわ。

2026-04-23

[][]五胡十六国時代、異質なまでに残虐な時代

序:三国時代と異なる残虐さ

三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄ドラマ」と「一定格式」が残っていました。曹操諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏厚遇するケースも少なくありませんでした。

これに対し、八王の乱(291-306年)から隋・唐の統一(589-618年)までの約300年は、中国史上でも特に苛烈で残虐な時代として際立っています。


三国時代唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明崩壊民族対立の泥沼」といった様相を呈しています

八王の乱——晋王朝の自滅と混乱の引き金

西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力いであ八王の乱が勃発します。
八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族処刑自殺暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。

晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方異民族五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります

後漢末期の胡人移住——悲劇の遠因

この混乱の遠因は、後漢後期(2世紀後半)にさかのぼます

後漢北方異民族匈奴鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境防衛力不足を補うために積極的中華域内移住させ、兵として動員しました。
特に:西涼現在甘粛省青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓馬超西涼軍が典型例です)。

この政策一時的国境を安定させましたが、結果として大量の異民族内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。

五胡十六国時代(304-439年)——民族単位虐殺応酬の始まり

西晋崩壊後、北方華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。

この時代の最大の特徴は、民族単位での大規模虐殺応酬です。

・石勒(後趙羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。

冉閔漢人)はこれに報復し、羯族民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。

・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。

三国時代のような「個人の野心や復讐としての残虐」ではなく、民族全体を弱体化・根絶やしにしようとする集団的報復的な虐殺常態化した点が、極めて異質です。

南北朝時代(420-589年)——門閥貴族と族誅の呪い

北方北朝南方南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。

北朝

鮮卑族の北魏華北統一しましたが、皇族貴族粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏王公貴族2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。

南朝

宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝皇族名族がほぼ全滅する:「禅譲茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。

この時代出自主義(家柄を絶対視する価値観)と一族誅滅(族誅)が固く結びついていました。名族であるほど権力も大きかった分、失脚時のリスクも極端に高かったのです。

隋・唐への移行と残虐時代終焉

589年に隋が南北統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。
隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。

総括——なぜこの時代特に残虐だったのか

八王の乱から唐までの約300年は、三国時代唐代以降と比べてもひときわ残虐で混沌とした時代でした。
三国時代

英雄同士の知的な激突と、一定格式が残る「名士の戦い」の時代

この時代

民族間の生存競争が激化し、民族単位虐殺応酬一族誅滅が常態化教養と残虐さが分離し、文明形式すら崩壊した。

唐代以降

科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。

世界史における意義

後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます

ローマ帝国末期が異民族軍事力依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています

この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義呪い」と「民族対立連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています

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2026-04-22

anond:20260422213648

元増田ともあんまり関係いかも知れないけど

創作物表現できる善悪の形ってもうそ表現バリエーションも含めて飽和状態なんじゃないかなと思ってる

今後も有名な事件とかが発生してそれを題材にした創作物はいくらでも出てくるんだろうけど、ドキュメンタリーでなくストーリーにした場合の話の流れがもう全部掘り尽くされてるんじゃないかって感じがする

まあ9.11犯人側が「貿易センタービルに突っ込むまでの英雄テロ犯人)たちの十日間!」みたいなものマジで開き直って作ったりすれば外れ値になるんだろうけど

[][]禅定形骸化(六朝時代:南朝編)

願わくば、今後生まれ変わり死に変わりしても、永遠に帝王の家に生まれませんように!」(願後身世世勿復生天王家)

南朝宋の順帝(劉準)が、禅譲後に殺される直前、涙を流しながら叫んだ言葉として正史に残っています

背景と状況

南朝宋の末期、権臣蕭道成(後の南朝斉の高帝)が実権を握り、幼い順帝(当時11歳)に禅譲強要

・順帝は禅譲儀式を終えた後、宮中から別の宮殿に移されるはずでしたが、実際にはすぐに王敬則らによって殺害されました。

・死の直前、彼は王敬則の手を叩きながら上記言葉を残し、周囲の家臣たちも皆泣いたと記録されています

南朝比較的「文明が残っている方」だったにもかかわらず、朝廷の交代のたびに前王朝皇族がほぼ根絶やしにされるパターンが繰り返されていました。

三国時代との残酷な落差

三国時代の終わり(蜀・呉の滅亡)は、演義では悲壮感がありながらも、まだ「英雄物語」として美しくまとめられています

劉禅孫皓降伏後も比較的穏やかに扱われ(少なくとも演義では)、皆殺しのような極端な粛清は描かれません。

しかし晋以降、特に南朝では、禅譲即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅というサイクルが常態化。
順帝の叫びは、その極端な恐怖と絶望象徴しています。「帝王の家に生まれること=悲惨な死を待つ運命」という認識が、当時の人々にどれほど深く染みついていたかがわかります

禅譲」という儀式の完全な茶番

1. 禅譲儀式ちゃんと行わせる


蕭道成側は形式的に「順帝から帝位を譲り受けます」という儀式を執り行わせます。
順帝は幼いながらも、涙を流しながら禅譲の詔を書かされ、玉璽を渡す。

2. 禅譲が終わった直後に殺害

儀式が終わって宮殿を移る途中で、王敬則らに殺されます。
つまり禅譲」という「平和的な政権交代象徴」をわざわざ演じさせておいて、その意味を完全に無にする行為です。

当時の権力者たちにとって、禅譲は単なる「儀式」ではなく、簒奪正当性演出するための重要な道具でした。

禅譲をやらないと「武力で帝位を奪った反逆者」になる。

禅譲をやれば「前の皇帝が自ら譲った」形になり、道義的にマシに見せられる。

しかし実際には、禅譲が終わった瞬間に前の皇帝を殺すことで、「後顧の憂いを断つ」。

文明形式禅譲)」を保ちながら、完全に野蛮な殺戮を行うという、極めて偽善的で残酷パターンです。

三国時代にはまだこの手の「禅譲後の即時殺害」はほとんど見られませんでした。曹丕が漢の献帝から禅譲を受けた後も、献帝は一応生きており、比較的穏やかに扱われています演義ではもっと美化されていますが、正史でも即殺ではありません)。

それが晋以降、特に南朝では「禅譲即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅」がほぼルール化してしまった。


順帝の「二度と皇族に生まれたくない」という叫びは、この偽善的で残酷システムに対する、幼い少年純粋絶望の声だったのです。

この「禅譲茶番」は、南北朝時代を通じて何度も繰り返され、本当に気分が悪くなります。
形式だけは「文明的」なのに、中身は完全に野蛮——そのギャップが、三国志英雄時代との落差をより残酷にしています

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2026-04-21

anond:20260421185039

主人公。ウォルスタ人。カチュア、ヴァイスと共にゲリラ活動を行っている。

アルモリカ城に幽閉されているロンウェー公爵の救出の功により「ゴリアテの若き英雄」とウォルスタ陣営から担ぎ上げられ、ヴァレリアを巡る様々な勢力と関わっていくことになる。

自らをウォルスタ人であると思って生きてきたが、ストーリー後半でバクラム人であることが判明する。父プランシー・モウンがブランタ・モウンの弟のため、バクラムの最高実力者ブランタの甥にあたる。

プレイヤー分身である主人公たるゆえか、その性格思想信条は必ずしも明確ではない。ゲーム序盤の会話からは、温厚で博愛主義ではあるが、どちらかといえば好戦的、また権威のある相手には従順性格が窺える。はじめはウォルスタの、やがてヴァレリアの未来のためと信じて前線で戦い続けて実績を重ね、指導者に相応しい器量と人望を備えていくようになるが、同時に周囲との溝を生み、敵を増やしていくことにもなる。

オリジナル版では初期年齢が16歳であったが、PSP版では18歳に上がっている。また人物設定としても、かなりの具体性を持った設定が施された。(他の登場人物にも共通して言えることであるが、概してシンプル人物設定になっており)理想主義で前向き、勇猛果敢な主人公らしい青年像がみてとれる。ただし、PSP版にも、登場人物らが旧作とまったく同じセリフなどのやりとりをする、「旧作のコピー」といえるイベントが多く挿入されており、かかる場面では当然ながら旧作同様の人物設定がうかがえる。以下、このようなオリジナルから持ち越された人物設定と、PSP版の新たな設定との差異は他の登場人物共通する。

2026-04-20

[] Boy’s own

「Boy’s own」は本来少年向け冒険物・英雄譚風の」という意味で、特にイギリス英語では *「少年雑誌『Boy’s Own Paper』風の、わくわくする冒険武勇伝のような出来事」というニュアンスで使われます。近年は「Boy’s own stuff」の形で「少年漫画のような大活躍」「痛快なヒーロー的行動」といった比喩的表現としても用いられます

基本的意味

19〜20世紀少年向け雑誌「The Boy’s Own Paper」に由来する表現です。(en.wikipedia.org)

雑誌には冒険スポーツ軍隊探検などの英雄的な物語が多く載っていました。(en.wikipedia.org)

そこから「Boy’s own」「Boy’s own stuff」は、現実離れした冒険ヒーロー活躍を指す比喩になりました。(en.wikipedia.org)

現代英語での使われ方

イギリス英語で「Real Boy’s Own stuff」と言うと、「まるで少年冒険小説のようなすごい出来事」という意味です。(fr.wikipedia.org)

スポーツ記事などで、劇的な逆転劇や個人の大活躍を称えるときによく使われます

日常会話ではやや古風・ユーモラスな響きがあり、「少年の夢そのままの活躍だね」といったニュアンスです。


文脈別のニュアンス

ポジティブ: 「勇敢」「ロマンチック」「ヒロイック」「胸が熱くなる」

やや皮肉混じり: 「現実離れした」「子どもじみたヒロイズム」と揶揄する場合もあります

基本的には褒め言葉寄りですが、文脈トーンが変わります

例文イメージ日本語訳

It was real Boy’s own stuff.”

→ 「まさに少年冒険物語のもの出来事だった。」

“He scored a Boy’s own winner in the final.”

→ 「彼は決勝で、少年漫画みたいな決勝ゴールを決めた。」

2026-04-19

猫への嫉妬心が具体的にどのような事件に繋がったのか

猫への嫉妬心や、猫が社会的保護愛護されることへの不満が引き金となった具体的な事件社会的背景については、以下の内容が挙げられます

1. 福岡虐待事件通称ディルレヴァンガー事件 / こげんたちゃん事件

2002年に発生したこ事件は、日本におけるインターネット上の猫虐待事件象徴的な事例です。

2. 「救われる猫」への妬みと不満

社会から取り残されたと感じている困窮層(特に中年男性)が抱く相対的剥奪感」が、猫への攻撃性に繋がっていることが指摘されています

3. 「インセル文化女性への憎悪の身代わり

欧米中国などのオンラインコミュニティでは、女性に拒絶されたと感じている男性インセル)が、猫を攻撃対象にする事件が多発しています

4. ネットコミュニティ「生き物苦手板」と5ちゃんねるドメイン停止

こうした猫への憎悪嫉妬心が集積する場となっていたのが、かつての2ちゃんねるペット大嫌い板(現・生き物苦手板)」です。

これらの事例は、単なる個人の残虐性だけでなく、「社会から見捨てられている」という孤独感や、特定対象(猫)が受ける愛情保護に対する激しい嫉妬不公平が、残虐な事件を誘発していることを示しています

anond:20260418154907

2026-04-18

フリーレンは史上最もカトリック的なアニメか?

アニメ『葬送のフリーレン』は、歴史上例の ない形で、さまざまな国のカトリック司祭た ちの注目を集めています。数十人の叙階され た司祭たちが、すでにこの作品分析、ビデ オシリーズ、完全な神学的な考察を捧げてお り、これは日本アニメ作品では稀なことで す。彼らを最も感銘させるのは、物語がカト リック信仰の中心的なテーマを、自然かつ力 強く扱う深さです。

 

フリーレンを特別ものにしているのは、作品人間の有限性の美しさを称える方法で す 不死のエルフが、限られた時間けが人 生に重みと意味を与えることを、死すべき者 たちから学びます。これは『伝道の書』の教 えを直接的に反映しています。また、主人公 ヒンメルは日常英雄主義体現し、小さな 親切、忠誠、シンプルな喜びによって日々を 聖化します。これは一部の司祭が「日常の時 間の聖化」に例えるものです。エピソード全 体が、パン記憶、交わりを扱う中で聖体拝 領との類似示唆し、一方、悪魔たちは冷た く救済不可能存在として描かれ、アニメで 見た中で最も聖書に忠実な描写の一つです。

 

公然説教したりカテキズムをしたりする作 品とは異なり、フリーレンはただ示すだけで す。それは、有限の人生が貴重であること、 真の友情が死を超えること、そして本当の英 雄主義が静かで日常的なものであることを明 らかにします。だからこそ、キリスト教に直 接言及することなく、このアニメは多くの司 祭や信者から私たち時代で最も美しく深 い視覚的なカテケーシスとして受け入れられ ており、果たしてこれが史上最もカトリック 的なアニメではないかという疑問を呼び起こしています

https://x.com/i/status/2045119082216018206

首相暗殺テロ犯の

動機事件背景への報道はいっさい文句を言わなかったのは、テロ犯を英雄にしたいからで、

小学生殺害事件報道文句を言うのは、高潔アピールなんでしょ。

党派性によるダブスタがひどすぎる。

2026-04-17

ピート・ヘグセスパルプ・フィクション引用

ピート・ヘグセス(Pete Hegseth、アメリカ国防長官)が、2026年4月15日頃にペンタゴン国防総省)で開催した礼拝祈りサービス)で、パルプ・フィクション引用をしたとして話題になっています


何が起きたか

ヘグセスは、イランでの戦闘捜索救難(CSAR)任務で downed aviator(墜落したパイロット)を救出した「Sandy 1」ミッションを称える文脈で、祈りリードしました。彼はこれを「CSAR 25:17」と呼び、エゼキエル書25章17節を反映したものだと説明した上で、以下のような祈りを読み上げました(ほぼそのまま):

「The path of the downed aviator is beset on all sides by the iniquities of the selfish and the tyranny of evil men. Blessed is he who, in the name of camaraderie and duty, shepherds the lost through the valley of darkness, for he is truly his brother’s keeper and the finder of lost children. And I will strike down upon thee with great vengeance and furious anger those who attempt to capture and destroy my brother. And you will know my call sign is Sandy 1 when I lay my vengeance upon thee. And amen.」

これは、クエンティン・タランティーノ監督映画パルプ・フィクション』(1994年)で、サミュエル・L・ジャクソン演じるジュールズ・ウィンフィールドが、銃を構えて相手を撃つ直前に語る有名なモノローグに極めて近い(ほぼword-for-word)です。

映画版のジュールズのセリフ(参考):

「The path of the righteous man is beset on all sides by the inequities of the selfish and the tyranny of evil men. Blessed is he who, in the name of charity and good will, shepherds the weak through the valley of darkness, for he is truly his brother's keeper and the finder of lost children. And I will strike down upon thee with great vengeance and furious anger those who attempt to poison and destroy my brothers. And you will know my name is the Lord when I lay my vengeance upon thee.」

ヘグセス版では、軍事的文脈に合わせて一部単語を調整(例: "righteous man" → "downed aviator"、 "charity and good will" → "camaraderie and duty"、 "poison and destroy" → "capture and destroy"、最後に "Sandy 1" を入れて)していますが、全体の構造と多くのフレーズ映画のものです。

元ネタの背景

本物の聖書(エゼキエル25:17):実際の聖書には似たような終わり部分(「大いなる復讐を彼らの上に下し、激しい怒りをもって罰する…」)しかなく、前半の長々とした部分(道の beset on all sides など)は聖書には存在しません。タランティーノロジャー・アヴァリー映画のために創作・改変したフィクションです。

 

ndtv.com

 

映画ではジュールズが「聖書の一節」と称してこれを引用し、後にその意味自分なりに解釈するシーンが印象的です。

 

反応

この件はすぐにSNSメディア拡散され、「偽の聖書引用」「パルプ・フィクションを本物の聖書だと思って読んだ?」と驚きや嘲笑の声が上がっています。一部では「意図的ミスか」との議論もありますが、ヘグセス本人は映画由来だと認識していなかった可能性が高いと指摘されていますペンタゴンでのキリスト教礼拝シリーズの一環として行われたもので、軍事宗教ポップカルチャーが混ざった珍妙出来事として話題です。

要するに、ヘグセスは軍の英雄的なrescue missionを祝福するつもりで祈りを読み上げましたが、それが映画暴力的な名シーン由来の「偽聖書」だった、というオチです。タランティーノファンにはニヤリとするネタですね。

動画は各種ニュースサイトやX(旧Twitter)で視聴可能なので、気になる方は「Pete Hegseth Pulp Fiction prayer」で検索してみてください。

2026-04-16

トランプイラン核兵器を手に入れたら、イタリアを2分で吹き飛ばすだろう

メローニ:私の知る限り、これまでに9カ国が核兵器保有しており、そのうち実際に使用したのは1カ国だけです。それはアメリカ合衆国です

そして

アメリカ核兵器を使われたのは日本なんだが、なぜか日本では

原爆を落とされたのは仕方ない。日本戦争をやめようとしなかったから。アメリカはいい国(という加害者擁護

日本戦争をしたのはアジア解放のため正義日本兵は英雄(という加害者擁護

が両立していて、どこで整合性とってるのか気になる

特攻隊員を崇めて靖国神社に参拝する人がアメリカトップに媚びまくってるのも、いやアンタ特攻隊員殺したのどこの誰だよってめちゃくちゃフシギ

論理性がなくてその場の感情で動いてる。日本人って全員女だった?まあ男の方が論理性なくて感情的なんだけどね

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