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はてなキーワード: 公民権運動とは

2026-04-27

anond:20260427123518

素直に「俺がむかつく」って言ったら🤣🤣🤣wwwwww?

デモやるほど支持失ってる」とか社会分析っぽく言ってるけど、要するに自分が嫌いな抗議が目障りって話でしょ😅😅😅

社会に反感を持たれるデモはある、デモなんてほとんどそうでしょ

でもそれと「だからデモするな」は全然別の話です

反感を持たれても、表現の自由集会の自由はある

人気がある意見けが守られるならそれは自由じゃなくて多数派許可制です

歴史的にも当時は「迷惑」「過激」「反社会的」と叩かれた抗議運動なんていくらでもある

労働運動女性参政権運動公民権運動反戦運動社会に嫌われてた

でもリスクを負ってでも見えない問題可視化するのがデモ役割なんですよ

から本当に問うべきなのは

「その要求妥当か」

「その手段戦術として有効か」

「なぜ反感を持たれているのか」

であって

「俺がムカつくから意味ない」じゃない。

快・不快民主主義正規ルートを削ろうとしてる時点で、話がだいぶ幼いです😅


ますちゃんはそろそろおひるねのおじかんでちゅよー

anond:20260427122842

デモ以外で意思を示せばいいだけ」

民主主義を“投票資料配布”くらいにしか理解してなくて草😅www

デモは説得の放棄じゃなくて、争点を社会可視化するための正規ルートです

公道可視化するから報道される

報道されるから検索される

検索されるから主張や政策文書が読まれ

まりデモは「読んでもらう努力」と対立してない入口

そもそも人は、関心のない政策資料なんか読まない

その関心を作るのが、デモ署名・街宣・SNS報道対応です

あと、少数派が声を上げるのは民主主義バグじゃなくて仕様

労働運動女性参政権公民権運動反戦運動環境運動障害者権利運動最初はだいたい少数派から始まってる

最初から多数派なら抗議運動なんか要らないんだわ

「負けた側は静かに政策資料だけ作ってろ」って、それ民主主義じゃなくて勝者に都合のいい沈黙ルールです

デモもする

政策も出す

説得もする

選挙も戦う

全部やるのが民主主義

デモ以外でやれ」は、民主主義正規ルート勝手に削ってるだけです😅

2026-04-17

ロック反体制時代錯誤

結論
  • かつては成立していたが、現在ではかなり時代錯誤
  • 消えたのではなく「役割が変質」している

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世界
● ① 1960〜70年代:本当に反体制だった時代

例:

権威戦争保守への対抗文化として機能

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● ② 1980〜90年代商業化による変質

例:

→ 反抗がスタイルとして消費される

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● ③ 現代:主流文化への組み込み

- Kendrick Lamar など

ロック反体制ではなく「過去記号

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日本
● ① 最初から政治的反体制は弱い

例:

文化革新はあるが政治性は薄い

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● ② 日本特有:「内面の反抗」

例:

学校大人社会への反発が中心

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● ③ 完全商業化

例:

反体制より消費文化

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■ なぜ時代錯誤になるのか
反体制の主役が移動
体制側が取り込んだ
若者文化の中心ではなくなった

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現在の整理

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■ 補足

- 「ロックから反体制」ではない

- 「反体制な人がロックを使う」に逆転

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■ まとめ

2026-04-10

anond:20260410130252

それソースある?

北米では奴隷財産となっていたから、所有者は奴隷が増えたほうが得だった。

から、当時は出生率が上がるように人道的・非人道的なことを行っていた。

結果、奴隷の子孫たちが北米にはたくさんいて、それが20世紀公民権運動だとか近年のBLM運動に繋がっている。

まり出生率が高く(2以上あり)、奴隷は増加していた(再生産されていた)ことは明らか。史実矛盾してない?

2026-02-18

ゾンビは何を映すか

ゾンビものアメリカでここまで育ったのは、アメリカ社会のものの歪みや不安と相性がよかったからだと思う。

  

そもそもゾンビ起源アメリカじゃなくて、カリブブードゥー文化にある。初期のハリウッド作品ゾンビは、意志を奪われた労働者呪術支配された存在、つまり奴隷制の恐怖のメタファーだった。植民地主義支配寓話だった。

 

ジョージ・A・ロメロの『Night of the Living Dead』では、ゾンビ呪術存在から原因不明感染体になり、個人を操る怪物ではなく、群れとして暴走する存在に変わった。

公開は1968年ベトナム戦争公民権運動キング牧師暗殺という社会不安の爆発期だ。黒人男性主人公最後白人自警団に撃たれるラストは、ゾンビよりもアメリカ社会のもののほうが怖い、という皮肉に見える。ここでゾンビは「外から来る怪物」ではなく、「内部から崩れるアメリカ」の象徴になった。

 

背景にはキリスト教、とくにプロテスタント的な終末観もある。世界堕落し、最後に裁きが来るという黙示録的な感覚アメリカ文化に深く染み込んでいる。

ゾンビ世界は、神を抜きにした世俗版の黙示録みたいな構造で、「文明が終わる前夜」「選ばれた者の試練」という物語自然に重なる。

 

冷戦期の核戦争不安も大きい。「ある日突然すべてが終わるかもしれない」という感覚は、文明崩壊後のサバイバル世界と直結する。

 

あとは消費社会批判。『Dawn of the Dead』の舞台ショッピングモールなのは生前と同じようにモール徘徊するゾンビが、無意識に消費を繰り返す群衆風刺になっている。大量消費社会を笑いながら批判できる装置として、ゾンビはとても便利だった。

 

そしてアメリカ特有武装個人主義。国家機能しなくなった世界で、自分の身は自分で守るという状況は、フロンティア精神修正第2条の銃保持文化と強く響き合う。ゾンビ世界は、現代フロンティア神話でもある。

 

ヨーロッパゴシックホラー貴族怪物が多いのに対して、アメリカで発達したのが「群衆怪物」だったのも象徴的だ。貴族や城よりも、大衆社会のもの怪物化する。ゾンビは、大衆民主社会の姿でもある。

 

直近の『The Walking Dead』や『The Last of Us』では、ゾンビ自体よりも「文明が壊れた後に、人はどんな倫理を選ぶのか」の実験が行われている。

ゾンビは脅威であると同時に、アメリカ自分自身を検査するための装置になっている。

単なる怪物じゃなく、社会不安宗教観、分断、消費、武装文化まで全部を映し出せる鏡となっている。

2025-12-16

アンチポリコレって結局どういう状態を目指してるの?

時々SNSで「世界ではこんなに「ポリコレ」疲れが起きてます!もうポリコレはお終いです」みたいなのがバズっては社会に何ら影響も与えることなく消えていくけど

実際ポリコレへのアンチとかバックラッシュって無理じゃね?

「無理」の内訳を分けるとこれも色々あるけどさ

ドイツフランス右翼ですら、「LGBT権利」みたいなのを前面に押し出しイスラム教に対抗しているし

アメリカ保守派ですら、公民権運動全否定みたいなことはやらないし黒人票やヒスパニック票とかを意識しているわけで

そして日本に住んでる我々ですら、十数年前のテレビ番組Youtubeで見て「うわーこれ今じゃ放送できないね笑」みたいな態度を取る訳でしょ

その「笑」だよ

喫煙描写でもパワハラでもお色気描写でも何でも

最近アンチポリコレ言説でも「左翼ポリコレは正しいポリコレではない!」とか「日本アニメポリコレを先取りしてた!海外アニメこそ遅れてる!」みたいな捻くれた反対をする者もいるけど

十年前の番組とか出来事を今思い返しただけでちょっと引くみたいな態度を持ってる時点でもうポリコレの影響受けまくってるじゃん

もっというと、他人受け売りだけど、「戦前人間に比べれば現代極右ですら『リベラル』」でしょ?

アンチポリコレ立場を突き詰めるとはどういうことなのか

単に「昔はよかった」なのか、文化・信教に基づくものなのか、明確にレイシズムエスノセントリズムに基づくものなのか

ポリコレがない状態っていうのがそもそも何なのかにもよるけど

アンチポリコレアンチフェミアンチ人権を唱える人たちですら実際には配慮の土台に立っているということは意識しないといけないよな

その上でどうしたいのか教えてほしい

地上波おっぱいをまた見たいのか

キチガイやカタワ、ホモという言葉バンバン使いたいのか

ガタガタいう女を張ったおしたいのか

その代り自分職場パワハラ上司に怒鳴られたりご近所で戸塚ヨットスクール的ジジババに理不尽制裁されることも受け入れるのか

2025-12-06

anond:20251206120540

Gemini「BLMは成功

🎯BLMは「歴史的意識変革と構造改革」を達成した

BLMは短期的な選挙戦術の成否ではなく、社会根本的なOS(基本認識)を書き換えた点において、歴史的成功を収めました。

1.構造差別可視化: 「個別の不幸な事件」として処理されていた暴力を、**「構造的な差別(Systemic Racism)」**として世界認識させ、不可逆的な意識改革をもたらしました。

2.実質的制度変革: 警察改革(ボディカメラ義務化や武力行使基準厳格化)や企業のDEI推進など、法制度と社会規範を具体的に変容させました。

3.「摩擦」の必然性: 過去公民権運動と同様、社会の無関心を打破するために既存秩序との摩擦(抗議)は不可避であり、変革のための必要プロセスでした。

4.真の普遍性への貢献: 「燃え盛る家(黒人の命)」を優先的に消火することは、「全ての家(ALM)」を守るための前提条件であり、結果として社会全体の正義基準を引き上げました。

結論として、BLMは政治的な波紋を呼びつつも、人権基準値を恒久的に引き上げ、世界を変えた運動として歴史肯定されます

2025-10-02

黒人は怖い

なぜ黒人男性が警戒されやすいのか

メディアの影響

ハリウッド映画での「強い/暴力的」な役柄

日本メディアでの露出が少なく、ステレオタイプ修正されにくい

身体的な存在感

男性で180cm以上という身長日本では上位1%未満

格差が大きいほど、無意識に「脅威」と感じる人が増える

マリなど西アフリカには男性身長 2メートル 超、女性190cm以上の人もいることにはいる。

接触経験の少なさ

日本人の多くが黒人日常的に接する機会がない

「未知=不安」という心理

歴史的背景の欠如

欧米のように奴隷制公民権運動歴史がないため、「差別してはいけない」という教育も薄い

悪意なく偏見を持つ人が多い

2025-08-16

日本人勘違いしてるけど

WW2のアメリカでは有色人種選挙権はないからな

日本リベラル公民権運動を語ると歯切れが悪くなるから笑えるんだよな

人種平等を達成した正義アメリカ日本を正したって歴史認識なのに

公民権運動60年代から認知的不協和を起こす

2025-07-06

日本人英語必要なのは行間を読む力ではなく

「前提知識

 

英語圏文章は、どこか(論文や国際文書など)で定義されている「前提」を抑えないと意味がわからないことは多い。

しかしそれは「行間」ではないので、文章のものを読み込んでも(参照を細かく指定していない場合)、解るわけがない。

しか日本人文章のもので解らないことは「行間」に書いてあると思い込む刷り込みがある。

結果として、まったくもって定義をはき違えた文章の読み間違いをする。

海外メディア論文の読み間違い、変なデマ情報は、ほぼ100%このあたりから発生する。

行間」を読むな! 引用元を探せ! AIに聞けば大体教えてくれるぞ!(真偽は検索して確かめられる)

 

例えば…

気候正義」とは、公民権運動文脈から出てきた言葉で、この「正義」は社会正義公平性)のこと。

環境汚染(昔だと排気ガス)などの被害貧困層に押しつけられることを懸念した言葉で、気候危機の中でも特に対策平等さ」に焦点を当てた、字面だけではわかりにくいピンポイント概念。決して「正しさ」という一般論を述べたものではない。

 

コンパクトシティ」とは、アーバンスプロール郊外化)の問題意識の中で出てきた言葉で、「住むところと日常の異動先(職場学校商店など)の近さ」を重視する都市計画のこと。「コンパクト」とは「(ご近所に、日常の利便が)詰まっている」という意味であって、コンパクトカメラのイメージで「小さい」とかの意味を見いだそうとするのは完全な間違い。世界で一番コンパクトモデル都市は「パリ」とされている。

パリのように、アパート商店オフィスみたいなものフラットに混合する密度の高い都市を「コンパクト」と呼ぶ。自治体の縮小みたいなみみっちい意味で使ってるのは日本だけ。

 

まだまだあるが、このように、日本では日常でよく聞く言葉定義が完全に間違って広がっているのに、誰も定義を確かめ行間を読んでイメージを膨らまそうとするからそれに気づきもしないという状況がとてつもなく一般化している。

ほんと、ヤバいよ。

2025-04-28

anond:20250428175412

30年以上前から女性団体は男の障害者犯罪者扱いされやす問題スルーしてるからね。

日本では公民権運動は女に都合が悪いんですよ。

昔、自閉症の男からこんな痴漢まがいのことされた〜っていう女

まんま黒人差別をやってる白人女の証言と同じなんだよな。

日本でも公民権運動歴史義務教育にぶっこんだよほうが良さそう。

中国ラサ騒動インドパキスタンの争いでも女の性犯罪でっち上げからはじまったし、

性犯罪武器にする歴史を学んだほうがいいのではないだろうか。

2025-03-29

[]財務省解体という社会運動

1. 社会運動制度設計とは

社会運動社会の変革を求める集団的な行動であり、怒りや不安希望原動力となる。一方、制度設計法律税制などの社会の仕組みを論理的に構築するプロセスである運動が「変えたい」というエネルギーを担い、制度設計が「どう変えるか」の設計図を描く。両者の協調こそが社会前進させる鍵となる。

2. 歴史的運動

公民権運動女性参政権運動は、感情的な訴えだけでなく、制度に働きかけたことで成果を生んだ。デモや抗議と並行して、訴訟法案提出など制度アプローチがあったからこそ、運動は形になった。

3. 財務省解体運動とその限界

財政税金本質

国家運営には税金必要であり、教育医療福祉などの基盤を支える。日本少子高齢化により歳出が膨らみ、国債で賄う苦しい財政が続く。単純な「減税すれば豊かになる」という論は現実に即していない。

消費税廃止論限界

消費税は逆進性があるが、景気に左右されにくい安定財源でもある。全廃すれば社会保障の維持が困難となり、代替財源の設計なしでは持続可能性が損なわれる。景気回復による税収増を前提とした楽観論は危うい。

財務省解体論の誤解

財務省予算案設計を担うが、制度を決めるのは国会であり、最終責任選挙で選ばれた政治家にある。解体しても別組織必要になるだけで、制度の中身が変わるわけではない。構造理解しないまま象徴的に敵を設定するのは本質的な解決にならない。

減税と貧困対策

消費税廃止しても、高所得者の方が恩恵を多く受ける傾向がある。貧困層への支援としては、現金給付社会保障の拡充の方が効果的だ。単純な「減税=庶民の味方」という構図は慎重に検証すべきである

結論

財務省解体」や「消費税廃止」といった極端なスローガン感情を動かすが、制度現実無視していては実効性に乏しい。熱意と制度理解を結びつける冷静な議論こそが、社会を本当に変える力になる。

2025-03-10

anond:20250310144129

公共性の高い企業」としての議論の中で、Visa特定取引拒否することが「表現の自由侵害であるとする論陣に立って表現規制云々の論を言ってるんだろ

ローザパークスが捕まって公民権運動の結果、黒人白人を分離するのは違法であるという法律がつくられるまではそりゃ黒人白人を分けるのは差別だと公に認められたケースはないよな?今では差別だというのは当たり前だし法律がつくられる前の黒人もみんな差別だと思ってただろうが

2025-03-05

やっぱり白人崇拝してたリベラルが今だんまりしてるのはおかしいと思う

彼らが日本の政治を語るときには

必ず白人を見習え遅れた日本を恥じろって説教してたのになんだったんだ

公民権運動戦後20年たった60年代でそれまで公然人種隔離してた国で

アメリカ本質的差別性について指摘してもだんまりだったじゃん

トランプが今やってることはそれみたことかだよ

リベラルは笑いものにしてた日本アジアにまず謝罪するべき

2024-11-11

社会正義コスプレは、労働者階級を押しのける新たなエリート手段

https://www.theguardian.com/commentisfree/2024/nov/10/cosplaying-social-justice-is-the-new-elitist-way-of-elbowing-out-the-working-class

2016年にムサ・アル・ガルビがニューヨークに初めて来たとき、彼が最も気づいたのは「人種化されたカースト制度」の存在でした。その制度のもとでは、「使い捨て召使い」が「あなたの家を掃除し、あなたの子供の世話をし、あなたの犬を散歩させ、調理済みの食事配達する」のです。

この「使い捨て召使い」は、その仕事に対して「わずかな報酬しか得られず」、ほとんどが黒人ヒスパニック構成されており、サービスを受ける側はほぼ白人ばかりでした。しかし、誰もこのことに言及せず、「これが普通社会のあり方だ」と考えられていました。

アル・ガルビが描写しているのは、超富裕層の集まるアッパーイーストサイドや、億万長者たちのたまりであるスカーズデールではありません。彼が在籍していたのはコロンビア大学であり、「人種カースト制度」で利益を得ていたのは同級生たちでした。その多くは社会正義について声高に語っていましたが、自分たち生活を支えている社会階層の底辺の人々のニーズにはほとんど無関心でした。

4年後、同じ学生たちの多くがBlack Lives Matterの抗議に参加しました。アル・ガルビは、彼らがニューヨークアッパーウェスト・サイドのブロードウェイで、同じ場所を共有している「靴も持っていないホームレス黒人男性たち」に気づかないままデモをしているのを見ました。抗議者たちは「Black Lives Matter」と主張しながら、ホームレスの人々が使っていたベンチを占拠していて、どうやら目の前の「黒人男性たち」には関心がないようでした。

このように、社会正義を求めて活動するリベラル学生たちの信念と、周囲にある現実不正義への無関心を示す行動との間にある絶え間ない不一致により、アル・ガルビはその矛盾理解するために本を書くことを決意しました。『We Have Never Been Woke』はアメリカ出版されたばかりで、間もなくイギリスでも出版される予定です。アメリカ選挙の背景を理解するための有用な出発点の一つとして、この本が挙げられます。なぜなら、選挙物語は、アル・ガルビが感じた不一致に気づく人々と、それに気づかないか、気づこうとしない人々の分裂という観点からも見ることができるからです。

コロンビア大学活動家たちが周囲の目に見える不正義を無視している中で、なぜ彼らは社会正義言葉採用したのでしょうか?言い換えれば、現実不正義や不平等無視される世界で、その言葉はどのような役割果たしているのでしょうか?これらは、学生時代のアル・ガルビが悩んだ疑問であり、その本の核心をなしています

彼の答えは、社会正義言葉、すなわち「ウォークネス」は、実際には社会正義目的としたものではなく、むしろ特権階段上り続けたいが、自分たちエリートであるとは見られたくないエリート層を結びつけるイデオロギー的な接着剤役割果たしているというものです。

ウォーク」という言葉自体は、あまり有用言葉ではなく、分析よりも軽蔑意味で使われることが多いものです。アル・ガルビはこの点を認識しており、侮辱として使われることを避け、定義することさえ拒んでいます。彼にとって重要なのは、この概念が実際に支持者や批判者によってどのように利用されるかです。

アル・ガルビは、「象徴資本家」の闘争こそがウォークネス理解する鍵だと主張しています。「象徴資本家」とは、シンボルレトリックイメージナラティブデータ分析アイデア抽象概念を扱う専門家、つまり作家学者芸術家弁護士美術館キュレーター技術専門家を指します。この社会階層は、エリートの中で自身地位を固め、すでにそこにいる他者を押しのけるために、社会正義言葉を利用して地位と「文化資本」を蓄積しようとしています。彼らの闘争は、貧しい人々や弱者のためにエリートと戦っているように見せかけながら、実際にはエリートの内部での闘争なのです。

これは単なる皮肉偽善ではないとアル・ガルビは主張しています象徴資本家たちは、自分たち社会役割についての神話を構築し、それによって不平等不正義を助長しながらも、公正や平等を信じていると本気で思い込んでいます。この神話は多くの社会機関権力者によって受け入れられています。その結果、社会正義言葉は「不平等正当化し、覆い隠す」ことに役立ち、エリート層がそのエリートとしての地位を強化し続けるのを可能にし、それはしばしば本当に脆弱で、疎外され、貧困に苦しむ人々の犠牲の上に成り立っているのです。

この議論の多くの側面は、例えば文化理論家のキャサリン・リウや哲学者オルフェミ・タイウォによって以前から表現されてきました。リウは、プロフェッショナルマネジャー階級が自らの自尊心を高めるため、そして「普通労働者階級の人々に対する揺るぎない優越感」を正当化するために、「美徳を貯め込んでいる」と主張しています。また、タイウォは『Elite Capture』の中で、異なる視点からではありますが、エリートが急進的な政治自分たち目的のために取り込んでいると述べています

これらの作品現代政治不条理理解するのに重要です。例えば、アメリカ民主党(および多くのヨーロッパ社会民主主義政党)が次第に富裕層高学歴者のクラブと化している理由、そして多くの労働者階級有権者がそれらを見限るようになった理由説明しています。また、象徴的な表現言葉の取り締まりには熱中しつつ、現実物質的な不平等には関心を持たない私たち文化の執着も浮き彫りにしています

しかし、これらの議論には、注意しなければならない落とし穴存在します。社会正義活動家が物質改善のための闘争放棄し、文化エンパワーメントを目指すようになったのと同様に、多くの批評家もまた、新たな「文化エリート」を主要な問題とみなし、私たち社会における真の物質的な権力の根源を無視するようになっているのです。

今日社会活動の質が低下した背景には、歴史的な変化があることを見失う危険もあります。アル・ガルビは、現代の「ウォーク政治の盛り上がりは、一連の「覚醒」の最新の段階に過ぎないと主張しています。これらの「覚醒」は、1930年代学生たちが共産党や他の急進的組織を支持したことからまりました。

しかし、それでは変化の現実を見逃してしまます。例えばアメリカ共産党は、1930年代アメリカにおいて、彼らは反人種差別運動労働者権利擁護重要役割を果たし、他の急進派、社会主義者、労働組合員、黒人活動家と共に、戦後公民権運動の基盤を築く助けとなりました。

特にジム・クロウ法が支配する南部アメリカでは、彼らはシェアロッパーや製粉工場労働者ホームレス失業者組織化を支援しました。これらの活動家たちは、ブロードウェイで抗議していた人々のようにコスプレをしていたわけではありませんでした。彼らは自警団によるテロ警察暴力に直面し、命を落とした者もいれば、多くが投獄されました。しかし、彼らは人種を超えた階級連帯可能性を示したのです。

こうした連帯運動崩壊したことが、社会正義運動の質の低下と労働者階級利益放棄を招いたのです。そのことを理解することは、「象徴資本家」の役割理解するのと同じくらい重要であり、変革のための運動を再構築するためには不可欠です。

2024-10-01

anond:20241001100030

少なくとも裁判所戸籍女性への変更が認められたトランス女性については女性と同じように扱うしかあるまい(元増田戸籍の状況は明記していないので知らん)。

もし戸籍女性トランス女性に女風呂女子トイレ使用禁止したら、法的に女性なのに女性としての権利制限される「二級市民」を作ってしまう。

それこそ、もはや奴隷ではなくアメリカ市民権を持っていたのにトイレバス人種隔離を受けていた公民権運動以前の黒人と同様の差別だ。

anond:20240930192445

トランスジェンダー自体にはあまり興味無いんだけど、ローザ・パークス黒人公民権運動肯定的評価する人権尊重する立場の人であればトランスジェンダーの苦難も理解して寄り添うべきでは?

ぐらいのことを、こういうトランス当事者の苦労の話を聞く度に思う。

2024-09-16

教養として押さえておくべき演説

歴史的重要演説

歴史上、多くの著名な演説が人々に影響を与え、時代を動かしてきました。

以下はその代表的な例です。

これらの演説は、その内容だけでなく、話し方や構成なども含めて学ぶ価値があります

今回はその中でもマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「I Have a Dream」に焦点を当てます

I Have a Dreamマーティン・ルーサー・キング・ジュニア

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「I Have a Dream演説は、アメリカ公民権運動における最も影響力のある演説の一つです。

1963年8月28日ワシントンD.C.リンカーン記念堂の前で25万人以上の聴衆に向けて行われました。

この演説の主なポイントは以下の通りです。

この演説は、その後の公民権法(1964年)や投票権法(1965年)の成立に大きな影響を与えました。

また、現代社会正義運動にも継続的な影響を与えており、平等と公正を求める活動家たちにインスピレーションを与え続けています

キング牧師言葉は、人種や背景に関係なく、すべての人々が平等に扱われる社会を目指す強力なメッセージとして今日も響き続けています

I Have a Dream演説は、巧みな構成と修辞技法を用いて、強力なメッセージを伝えています

この演説の具体的な構成は以下の通りです:

導入部

演説は、アメリカ歴史的文脈を設定することからまります

エイブラハム・リンカーン奴隷解放宣言言及し、「100年前」という表現を繰り返し使用します。

アメリカ建国理念である自由平等引用し、現実との乖離を指摘します。

本論

現状の分析

黒人が直面している不平等差別実態を具体的に説明します。

「今こそ時が来た」というフレーズを繰り返し、緊急の行動を呼びかけます

未来ビジョン

私には夢がある」というフレーズを8回繰り返し使用し、平等社会ビジョンを描きます

具体的な例を挙げながら、人種間の調和平等を訴えかけます

行動の呼びかけ

非暴力による抵抗を強調し、平和的な変革を求めます

自由の鐘を鳴らせ」というフレーズを繰り返し、全国的な変革を呼びかけます

結論

アメリカ建国理念に立ち返り、全ての人々が自由享受できる未来への希望を表明します。

自由だ、ついに自由だ。全能の神に感謝する、我々はついに自由になった」という力強い言葉で締めくくります

この演説は、アナフォラ(同じ言葉で始まる文の繰り返し)やメタファー隠喩)などの修辞技法効果的に使用し、聴衆の感情に訴えかけながら、論理的構成で主張を展開しています

また、聖書歴史的文書から引用を巧みに織り交ぜることで、演説に深みと説得力を与えています

この構成により、キング牧師人種差別の現状を批判しつつ、希望に満ちた未来ビジョン提示し、聴衆に行動を促す強力なメッセージを伝えることに成功しました。

2024-08-12

anond:20240811161747

キャンセルカルチャーを奪い返す 「表現の自由戦士」は正しいか

https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230605/pol/00m/010/007000c

――もともとの意味はなんでしょうか。

 五野井氏 力なき人々にとっての最後の手段としてボイコット運動がありますインド独立運動英国商品不買や、米国公民権運動ではローザ・パークスの「バスボイコット」(※)がありました。

 情報発信主体ユーチューバーのようなインターネット上のサービスに移るなかで、抗議の対象国家企業だけではなく、情報を発信する個人現象価値観へと変化しつつあります

 キャンセルカルチャーそれ自体伝統的なボイコット運動の延長線上にあります

 ――ネットの発達で大きな影響力を持つようになりました。

 ◆#MeToo象徴される、ハッシュタグアクティビズムが盛んになりました。社会マジョリティー側がもつ特権に異議を申し立てます

 フェミニズムでいえば、男性中心主義の秩序に抗議します。キャンセルカルチャーは、メジャー価値観のなかでは取り上げられづらい人々の声を、SNSを通じて効果的に発信するものです。

 ――日本では、あまりそのようには思われていません。

 ◆本来ならばキャンセルされる側の人たちがキャンセルカルチャー手法を用いる逆転現象が起きています

 たとえば、女性差別的な表現を守ろうとする、いわゆる「表現の自由戦士」と言われる人たちはその典型です。

2024-08-02

はてブ自分では人権尊重してるつもりの差別主義集団

オリンピックボクシング性別騒動記事へのはてブコメントが酷い。酷すぎる。

「君らふだん人権とか差別反対とか言ってたの、どこに消えてしまったん?」と言いたくなるくらい、

無自覚差別無自覚な悪意、無自覚排除論理のオンパレード

彼女は〇〇とは違う!差別するな!」って、それ〇〇なら差別排除に値するっていうことだからね?こんなブコメがいーっぱいついて、いくつかはスター集めて上位ブコメになってる。

酷すぎる。醜すぎる。

 

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/the-ans.jp/paris-olympic/445555/

より抜粋

・この件は女性として出生して性自認女性、調べたら実はXY染色体を持っていた特殊ケースなのでトランス女性競技参加問題とは異なる

トランスジェンダーじゃないんじゃん。騙されそうになった。

性分化疾患疑いのために性別適格性検査で失格しただけで、トランスジェンダーの人では無いみたいね

"トランスジェンダーの人"でなくて一安心だね。よかったね!

 

トランスジェンダーではなく先天的ものらしい。こういう場合ってどうすればいいのかね

トランスジェンダーだったら頭を悩ませず切って捨てればよかったけど、今回はトランスジェンダーなんかじゃないから悩むよね~、ワカルー

 

身体の作りが違い過ぎると思った。トランスジェンダーではないことだけは把握したけど

・本人は違うこと分かってるのに、勝って面白いかなと思う

自分は周りの"普通女性"とは違う少数異常だということを自覚して、「わきまえ」ないとね!という主張

 

・「ケリフは2021年東京五輪ライト級で出場し、準々決勝まで進出していた」東京での準々決勝でケリフに勝った女子選手を讃えよう!

憎っき「偽物女」ケリフを倒した、強い「真の女性」を讃えよう!だって。これ自分がどんな酷いこと書いてるか自覚できてないだろうな…

 

パラリンピックみたいに、特別な人専用の枠は作らないのかな?

性的少数者障害者のように別枠を作って、通常の大会から排除したいんだね。

パラリンピックは通常大会では活躍できない障碍者活躍の場を広げるため(障碍者自身のため)のもので、障碍者が望んで実力があれば通常大会にも出られるんだよ。

あなたが望む特別枠って「性的少数者から性的多数者を守るため」に隔離して排除しようという趣旨で、当事者に対する差別排除隔離枠だからパラリンピックとはまったく逆の別物だけどね!

 

彼女男性のような骨格なので部分型アンドロゲン不応症候群ではないかな。そっちは男性カテゴライズしないと女性がかわいそう

女性として生まれ女性として生きてきたのに、いきなり男性カテゴライズされる彼女個人に対しては「かわいそう」と思わず(おそらく自殺を考えるほどの排除感、衝撃だろう)彼女の周りの多数女性嫌悪感不快感不公平感を「かわいそう」と感じて排除を主張する。

個人の重大な人権侵害よりも、多数の納得・不快感排除を優先する、典型的差別者の論理

  

プロ競技国際大会は男女別を止めて実質的男女別のテストステロン等の階級別にすべきでしょ。

・ 男がちんちんで有利になってるわけじゃなくてテストステロンで有利になってるんだから、そこらへんを基準にするのが妥当に思われる。

ホルモンの分泌なんて個人差が大きくて、見た目女性遺伝子型が女性型であっても男性平均以上にテストステロン値が高い女性もいるけど、彼女女性競技から排除するの?

逆に見た目男性遺伝子型が男性であっても、テストステロン値が女性平均並みに低いん男性もいるけど、彼は女性競技への参加を認めるの?

こういう少数者への視点が全く欠けた乱暴な線引きをしたがるの、「自分平等主義者だと思い込んでる差別主義者」にあるある

 

・ 出生時の性も自認も女性である人物トランスジェンダーだとフェイクを流して騒ぐ連中のグロテスクさよ。君らが本当に攻撃したいのはいったい誰なのか。

少なくともあなたが「トランスジェンダーではない女性攻撃してはいけないけど、トランスジェンダーなら攻撃してよい」と考えていることはそのコメントからよくわかるよ。

あなたコメントを裏返したらそういうことだもんね。(これに48スター…)

 

 

 

これを「トランスジェンダー→黒人」に置き換えてみると、どれだけ醜悪なことを言ってるかよくわかる。

かつて黒人プールに入るのを排除されてた水泳競技黒人プールに入ると白人が出ていったという時代があった)で、

白人しかいないはずのプールに肌の黒い黒人がいる!? いや、黒人のように見えるが実は肌が黒いだけの白人だった」という事例で、

 

・ 出生時の人種も自認も白人である人物黒人だとフェイクを流して騒ぐ連中のグロテスクさよ。君らが本当に攻撃したいのはいったい誰なのか。

・この件は白人として出生して人種自認も白人、調べたら実は黒人並みのメラニン色素細胞とちぢれ頭髪細胞持っていた特殊ケースなので黒人競技参加問題とは異なる

黒人じゃないんじゃん。騙されそうになった。

メラニン色素量検査のために人種判別検査で失格しただけで、黒人の人では無いみたいね

黒人ではなく先天的ものらしい。こういう場合ってどうすればいいのかね

身体の作りが違い過ぎると思った。黒人ではないことだけは把握したけど

 

こんなコメント書いてんだよ君ら。

はてブでは、トランスジェンダーはかつての黒人並みに「差別していい存在」だと潜在意識に沁みついてる連中が大勢いるってことがよくわかる。

 

とかくはてブは、自分に実害や不快がない差別話題に対しては怒りを露わにし「差別よくない!少数弱者人権を守れ!社会弱者を受け入れる労力・苦労を甘受しろ!」と綺麗事を叫んで差別者を糾弾攻撃したがるのに、

自分に実害や不快が発生する少数弱者(多数女性に対してのトランス女性)に対しては、少数弱者を受け入れる労力・苦労を断固拒否して、平気で「私たち安心のためあいつは私たちだけの場から追い出して!これ差別でなく区別から区別して!」と排除したがるんだよね…その「差別でなく区別」て、何十年も前に黒人公民権運動詭弁として否定されてる典型的な「差別者の論理」なんだが…

黒人は生まれつき肉体能力が優れてて素晴らしいよね!でもそれだと白人黄色人がスポーツ活躍できないから、白人黄色人を守るため区別しないとね!」これ許されると思うの?

2024-07-26

日本アカデミアは本当にどうしようもないところにまで来ている・1

日本には大学教授研究者を適切に評価するシステムが無いため、多くの人は下記のタイプと接する機会が多かった😭

 

 

あと、日本の平均賃金から見たら、大学教授研究者賃金は、べつに低いとは言えない。むしろ上位を占めている。

職業年齢おおよそ
の月収
ボーナス
おおよそ
年収
労働者
航空機操縦士43.1138123 1,779 4,970
医師41.69763 1,227 77,920
(男女合計)管理職業従事50.247522 1,086 6,720
大学教授高専含む)★58.066275 1,067 59,530
法務従事49.968176 992 21,150
大学准教授高専含む)★48.955207 867 39,880
歯科医師40.56042 762 15,090
その他の経営金融保険専門職従事39.346156 708 16,000
大学講師助教高専含む)★41.649108 696 56,890
高等学校教員43.143163 679 69,200
研究者39.842156 660 118,450
輸送機器技術者40.141159 651 191,480
小・中学校教員40.342146 650 31,200
システムコンサルタント設計40.44697 649 78,730
電気電子電気通信技術者通信ネットワーク技術者を除く)41.841154 646 285,830

 

 

そのため、賃金を上げろと言われても、日々の生活や老後のことを考える我々的には、『いや、十分な額でしょ。ナメとんのか?』となってしまい、

ほとんどの人は、大学教授研究者賃金を上げることに賛成しなかった

(つか、上記の状況を見続けて、おけおけ!上げとこ上げとこ👌なんて感情にはまずならんでしょ😒)

 

 

そんでまぁ招いたのが今日日本の状況ですよ

高学報酬による競争で全体の質を担保するのではなく、個人情熱能力と使命感と倫理観だけに全てお任せしてしまった結果、もう本当にどうしようもないことになった

社会の基礎を担う公立の小中学校先生問題と似てるよね。尊敬に値する素晴らしい先生もいれば、残念ながらどーしようもない先生もいるみたいな
でも、そういった感情はグッと飲み込んで、羽振りのいいヘッジファンド並みのお賃金大学教授研究者に払うべきだったんでしょうね。苛烈競争で質を担保するために

 

 

まずはこれ

"民" とか時代劇の殿様かな?っていうスゲー文章だが、2024年東京大学准教授投稿である(成りすましでなければ)

アサシン・クリードシャドウズの問題、いつか鎮静化すれば良いと思っていたが、民が暴徒化しており、お気楽パブリックヒストリアンたちは口を噤んでいるようなので、Xなるものを稼働させることにした。時々呟く。

 

 

そして、これもまさか2024年日本大学教授(わざわざプロフィール所属身分を明かしている)の投稿である、うっへぇ~ありがてぇ~~~

PSA: It's not only "white racists" who are angry about the new Assassin's Creed game. A lot of Japanese internet users are angry too. Why?

Check this image for some examples of Japanese netizens expressing their views about Assassin's Creed Shadows.

(お知らせ:新しいアサシン・クリードゲームに怒っているのは「白人人種差別主義者」だけではありません。多くの日本インターネットユーザーも怒っています。なぜでしょうか?

アサシン・クリードシャドウズについて日本ネットユーザー意見を表明している例をこの画像確認してください。)

               ↓

南京事件慰安婦問題などに対して配慮のない主張を繰り返す属性の人、某氏信者の人の画像を羅列&投稿)

https://x.com/mrjeffu/status/1816040391990468666?s=61

 

悪いけど、ワイは明確に、南京事件慰安婦問題などに対して配慮のない主張を繰り返す属性の人、某氏信者の人では無いです
だけど、アジア人蔑視日本文化軽視のプロモーション表現を重ねてきた UBI の姿勢と アサクリ シャドウズ は非常に不愉快です😠

 

いわゆる "坂上田村麻呂黒人説" や "African Samurai: The True Story of Yasuke, a Legendary Black Warrior in Feudal Japan" などは、

日本文化に対してさらなる誤解を招く可能性があります

それに便乗する白人至上主義者によるアジア人の透明化と文化の盗用(ホワイトウォッシュしながらアフロセントリズムを押つけ、アジア人を透明化する糞ムーブ)、

上記に類するアクション(『日本人は怒ってない』とSNSお気持ち勝手に代弁するありがてぇ白人様たち)に対して懸念を持っています

 

 

1. まず、"坂上田村麻呂黒人説" について言及しま

これは、司馬遼太郎氏やカジュアル歴史小説家の作品、あるいは娯楽時代劇フィクションを真に受けるのとは、ほんのちょっとだけ毛色が違います

"坂上田村麻呂黒人説" の言い出しっぺは、今から100年以上前カナダ人類学者、Alexander Francis Chamberlain 氏です。

米国非営利団体 Internet Archive で原著確認できると思うんですけど、

氏は『The Contribution of the Negro to Human Civilization』(1911年)という論文の中でこう書いてます

 

484 ALEXANDER FRANCIS CHAMBERLAIN

[...]

And we can cross the whole of Asia and find the Negro again, for, when, in far-off Japan, the ancestors of the modern Japanese were making their way northward against the Ainu, the aborigines of that country.

(そして、我々はアジア全土を横断して再び黒人を見出すことができる。遠く離れた日本では、現代日本人の祖先がその国の先住民であるアイヌに対して北上を進めていた時に。)

 

THE CONTRIBUTION OF THE NEGRO 485

the leader of their armies was Sakanouye Tamuramaro,

a famous general and a Negro.

(彼らの軍隊の指導者は 坂村麻呂 であり、有名な将軍であり、黒人であった。)

 


  Full text of "The Contribution of the Negro to Human Civilization"

   https://archive.org/stream/jstor-29737886/29737886_djvu.txt

 

まぁこんなこんな感じで唐突に 『坂上田村麻呂黒人である』 と論文の中で言い出してるんですね。

そして、この論文記述全米黒人地位向上協会(NAACP) の設立者の一人である W・E・B・デュボイス氏 が、『The Negro』(1915年)にもしたため、

 

As rulers and warriors we remember such Negroes as Queen Nefertari and Amenhotep III among many others in Egypt; Candace and Ergamenes in Ethiopia; Mansa Musa, Sonni Ali, and Mohammed Askai in the Sudan; Diaz in Brazil, Toussaint L'Ouverture in Hayti, Hannivalov in Russia, Sakanouye Tamuramaro in Japan, the elder Dumas in France, Cazembe and Chaka among the Bantu, and Menelik, of Abyssinia; the numberless black leaders of India, and the mulatto strain of Alexander Hamilton.

 

(統治者戦士としては、エジプトの多くの中でもネフェルタリ女王アメンホテプ3世エチオピアカンダケとエルガネススーダンマンサムーサ、ソンニ・アリ、モハメドアスカイ、ブラジルディアスハイチのトゥサン・ルヴェルチュールロシアのハンニバロフ、本の坂村麻呂フランスの父デュマ、バントゥ族のカゼンベとチャカ、アビシニアのメネリク2世などの黒人を思い出します。また、インドの無数の黒人指導者たち、そしてアレクサンダー・ハミルトンの混血の血筋も挙げられます。)


The Negro

https://archive.org/details/negro0000dubo_w7n3

 

さらに後続の米国黒人公民権運動活用されたり、歴史フィクションアイデア元になった歴史があります

そのため、一部の児童向けサイト教師向けサイトでYASUKEと共に今も見掛けることが稀にあります

この界隈では、次のことわざ日本にあるとされています

For a Samurai to be brave, he must have a bit of black blood

"侍が勇敢であるためには、少しの黒人の血を持っていなければならない"

 

日本人ならそんなことわざは無いこと知っていると思うんですけど、ググると色んなところで見掛けます

Why do Afro-centrists claim that the first samurai warrior was a black African? | Quora

https://www.quora.com/Why-do-Afro-centrists-claim-that-the-first-samurai-warrior-was-a-black-African

 

2. そして、弥助ぇぇぇ~ぇえ🎵↑

弥助(YASUKE)は、取得難易度が高い日本語を解する多言語話者黒人の方で、しか剛力で恵体、世が世なら・・・と言うとても優秀な方だったみたいです。

弥助はえらい人の覚えがめでたく、織田信長は彼を大変気に入って、連れて歩いていたようです。わざわざそのことが記録にも残っています

頭が良くて体格もいいとかカッコイイし、本来であれば正当にその実力が報われて欲しかったし、彼がヒーローして描かれるフィクションが作られるのは共感できます

というかフィクションであれば、もっとアフロサムライやキンバリーみたいな肌の色が濃い侍や忍者が増えて欲しいですね。

(最近ゲームでは Rise of the Ronin みたいに、主人公人種自由に設定できるオプションデフォだけど)

 

ただ、史実では、さまざまなことが重なって、弥助は一般的武士(侍)ではありませんでした。そもそも、有力武将宣教師などでは無かった為、ほとんど記録には残っていません。

わずかに残される記録(ネットでも確認できる)からわかることは、下記くらいです。

 

耶蘇会日本年報 第1輯

https://dl.ndl.go.jp/pid/1041119/1/164

 

弥助は、格 (家柄・役割) が無いため、一般的意味武士(侍)では無いことが、極端に歴史をサボっていない日本人なら誰にでもわかるとだと思います
武器を持てば武士(侍)』、最近そのように日本アカデミアの中で定義を変えたのであれば、お知らせして頂きたいところです。
今まで、農民の子孫という自認だった人は、一度でもご先祖様が戦に参加していれば、これから武士(侍)の子孫です。
あるいは、ご先祖様が用心棒として武器を持ったことがあれば、これから武士(侍)の子孫です。

 

 

『ゆうて、一部の歴史オタク が 弥助は武士(侍)って言ってるだけでしょ』『時代劇でもよくフィクション入るじゃん』って思うでしょ?🤔

 

それが、どういうわけか、YASUKE の 英語版Wikipedia 見ると、日本アカデミアのお墨付き貰ってるのとか、参考文献に引っ張ってきてるのよね。それも京都大学とかの

ZINBUN は査読付き学術誌と京大で紹介されてるんですけど、その中でこんな風に書かれてます

Perhaps more extraordinary is that Yasuke’s story does not end here. Retained as an attendant by Nobunaga, he later accompanied him into battle against the rival lord Akechi Mitsuhide (1528? - 1582) who upon defeating Nobunaga at Horyuji, spared the African and subsequently released him.

 

(さらに驚くべきことに、弥助の話はここで終わりません。信長の従者として残された彼は、後に信長と共に、ライバル大名(rival lord)である明智光秀(1528? -1582)との戦いに参加しました。光秀は法隆寺信長を破った際、このアフリカ人の命を助け、その後解放しました。)

 


Excluded Presence : Shoguns, Minstrels, Bodyguards, and Japan's Encounters with the Black Other

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/71097/1/40_15.pdf

 

Horyuji(法隆寺)かぁ。あと、さすが魔王ノッブ、1万を超えたとも言われる大軍勢を前に、自刃することなく弥助と共に立ち向かっちゃうぜ。諦めたらそこで試合終了だもんな(白目)

 

更にこれに加えて、日大教授が、いろんなところで、弥助は日本で最も有名な外国まれ武士(侍)となった、

弥助は本能寺にいて伝令の役割を担った、弥助の最後の使命は首を守ることだったとか、いろいろ言って回ってますから

例えば、大手ニュースメディアCNNとかで

African samurai: The enduring legacy of a black warrior in feudal JapanCNN

https://edition.cnn.com/2019/05/19/asia/black-samurai-yasuke-africa-japan-intl/index.html

そんなわけで、YASUKEの件も、司馬遼太郎氏やカジュアル歴史小説家の作品、あるいは娯楽時代劇フィクションを真に受けるのとは、ほんのちょっとだけ毛色が違います

 

 

文字数制限に引っ掛かったから続く → 日本のアカデミアは本当にどうしようもないところにまで来ている・2

 

 

 

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