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失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての Permalink | 記事への反応(0) | 08:55
失った構想力と想像力 高市新総裁と「漂流する日本政治」はどこへ?
新しい自民党総裁に高市早苗氏が選ばれた。初の女性首相となる公算が大きいと見られていたが、公明党が連立を離脱し、先行きの不透明感は増している。一方の野党も一枚岩となれず、政権交代の好機をつかみ取るのに苦心している。漂流する日本政治。さて、どうすれば――。憲法、政治、歴史を専門とする3人が語り合った。
杉田敦・法政大教授 高市早苗氏が、女性として初の自民党総裁に選出されましたが、その後、公明党が連立離脱を宣言し、政界は大混乱となっています。自民党総裁がそのまま総理になるという構図が崩れました。そこで高市氏についてですが、女性がトップリーダーになるのはいいことだと、ひとまずは言えます。しかし、日本の政界では、極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になります。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっているようで、そうした圧力がある限り、真の女性活躍には必ずしも結びつかないのでは。
加藤陽子・東京大教授 自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多いということですが、その中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画する慶事である。これは間違いありません。ただ、1986年に社会党委員長となって「マドンナブーム」を巻き起こし、女性初の衆議院議長を務めた土井たか子さんとの連続性で高市さんを捉えることは難しい。この30年余の間に起きた……というよりも、まさに今回、高市さんを支援した方々が中心的役割を担った男女共同参画に対するバックラッシュを経たうえでの、初の女性総裁だということは踏まえておくべきです。
総裁選出時の「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言が問題視されましたが、これは軍隊の中隊長レベルの発想です。それも、負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念です。女性のリーダーシップを考える時、少なくともバックラッシュ以前の社会には、今の高市さんのようなありようは選択肢として存在しなかったはずです。
長谷部恭男・早稲田大教授 「教育勅語大好き人間」を自称する高市さんは、「企業体国家」への憧憬(しょうけい)を抱いておられるのでは。戦前の日本はまさに企業体国家でした。国民全体の共通目標があり、国が個人の生き方を決める。一億火の玉となって公私の別なく朝から晩まで天皇のために尽くす。そうであればこそ、富国強兵の旗のもと、あっという間に世界の「一等国」となりましたが、「天皇陛下のため」が暴走して勝てるはずのない戦争に突っ込み、国家滅亡の淵に立った。その結果できた日本国憲法は、企業体国家から「広場としての国家」へと国家像を転換させました。革命的な変化です。
広場としての国家では、国民全体の共通目標なんかない。国家は、広場に参加する人たちが守るべきルールを策定し、違反する人がいたら制裁する。それしかやらない。ルールの中でどういう生き方をするかは国民一人ひとりが決めます。ところがトランプ大統領の出現によって、広場のお手本だったはずのアメリカが企業体に変貌(へんぼう)しつつある。日本も広場のままではだめなんだという焦りや気負いが、高市さんの言葉の端々ににじんでいます。
杉田 広場で個人として生きるのは結構大変です。どう生きるか、どう行動するのかを自分で決められない、決めたくないという人にとっては「企業体国家」の方が暮らしやすい面がある。結局、輸出向けに自国の為替を極度に切り下げて、輸入食料やエネルギーの価格に苦しみながら、隊長の号令に従って倒れるまで残業するのが日本の繁栄の道だという程度の想像力しか、自民党とその周辺にはなかったということでは。
今回、公明党から、歴史認識や外国人政策と並んで、政治とカネについての要求を突きつけられ、連立離脱に至りました。しかし、この連立が壊れたら、自民党の議席にかなりの打撃となることは、以前から知られていました。組織票が減って、小選挙区でも連敗となる。それでも高市さんを選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのでしょう。もはや解党的出直しをするパワーすら残っておらず、身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかった。目を覆わんばかりの没落ぶりです。
長谷部 石破茂首相をスケープゴート(贖罪(しょくざい)のヤギ)にしたことからすべてつながっています。ヤギさんは別に悪いことをしていない。だから「石破おろし」に対して「辞める必要ない」と内閣支持率が上昇したわけですが、悪いことをしたか否かは実はどうでもいい。「こいつが全部悪いということにしよう」とみんながまとまることにこそ、スケープゴートの意味があります。解党的出直しなどハナから誰も真剣に考えておらず、総裁選の候補者はこぞって「党内融和」を唱え、論戦も低調でした。そして、「自分たちの罪はすべてヤギさんが背負ってくれた。みそぎは済んだ」と、裏金議員が支える高市さんを総裁に選び、「傷もの」が党の要職につく。とても自然な流れです。しかし、あまりにも得手勝手な「身内の論理」はさすがに通らなかったということでしょう。
杉田 「石破おろし」の中心にいた人たちが、いわゆる「安倍政治」の復権をもくろんでいたことは明らかです。安倍晋三さんが敷いたレールから石破さんが外れてしまったから、従来の支持層が参政党に流れた、復権させれば支持層を引き戻せる、昔の強い自民党に戻れるという夢を抱いて、5人の候補の中では最も安倍さんに近い高市さんを選んだと。高市さんは積極財政を打ち出していますが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。
長谷部 NHK放送文化研究所が5年ごとに行っている「日本人の意識」調査を見ると、安倍政権時代の2013年と18年は9割以上が生活に満足していると答えている。選挙をやるたびに自民党が勝ったのも当然です。しかし、その「ツケ」がいま本格的に回ってきて、円安による物価高で国民の生活が痛めつけられている。今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れます。
加藤 安倍さんは岸信介の孫、安倍晋太郎の息子ということで、自民党内での「正統性」を無条件に担える。しかし高市さんにはそれがない。ないのに、安倍さんと同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことです。たとえば、総裁選出後の記者会見で靖国神社参拝について問われた際、笑顔をつくって「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」。平和のお社? それは高市さんの勝手な定義で、国際的にはまったく通用しません。アメリカは靖国ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑の方を正当な慰霊の場だと考えている。日中共同声明や日中平和友好条約締結に向けて、靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がないですね。これまでのようにアメリカ一辺倒では立ち行かなくなっている中で、日本はアジアと付き合っていかねばなりませんが、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言です。
杉田 総裁選の中で、排外主義的風潮をあおりかねない外国人政策が前面に出てきたことも見過ごせません。19世紀イギリスのウォルター・バジョットは、政治には「実務」と「威厳」の二つの機能があると整理しています。法律をつくって政策を動かす「実務」は当然やらなければいけない。しかしそれだけでは人民はついてこないから、「大英帝国はすごい」というところを見せて忠誠心を獲得し、国を統合していかなければならないと。ところがいま、世界的に実務がほとんど機能していない。移民という、まさにスケープゴートを仕立てて「威厳」を無理やり演出し、人びとを統合することしかできていません。日本においても「日本人ファースト」を掲げる参政党の伸長と、それに動揺して引きずられる自民党によって、外国人排斥的な流れが一気に加速しました。
加藤 高市さんを総裁に選んだことで、自民党は包括政党であることを諦めたと言えるのでは。党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し、「大きなテント」を張って幅広い考えの人たちを包摂してきましたが、ついにテントをたたみ、党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感があります。
長谷部 昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思います。権力を握ることが自己目的化し、何のために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。先の参院選で議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけていますが、あるべき社会像を描けてはいない。ただ権力ゲームが面白くて、夢中になっている。しかも政党助成金という多額の「賞金」までついてくるのだから、これはもうやめられません。
杉田 衆参で自公が少数になったにもかかわらず、野党もメディアも自民党中心の発想からなかなか抜け出せなかったことが、日本政治停滞の大きな要因です。憲法や原発などの政策で完全に一致しなければ連立できないかのように言われていますが、世界を見渡せば、かなり考え方が違う政党が争点を限定して連立している。意見が異なる問題については基本的に現状維持とし、たとえば減税を中心的な課題として内閣をつくればいいだけです。これまでそうした発想がなく、今回、公明党が離れても野党の動きが鈍いのは、政党政治への理解が浅いからであり、もっと言えば、依然として自民党を過大評価しているからでしょう。
加藤 石破さんは10日、戦後80年の所感を出しました。戦争が避けられなかった理由を、国内の政治システムの不全から考察した声明です。国務大臣単独輔弼(ほひつ)制や統帥権独立等の制度的な穴を前提とし、その穴を補完し、「政策の統合」に任じたのが日露戦争までの元老であり、1930年代までの政党だったとの理解は、最良の学知の裏付けある解釈です。
しかし、政策の統合を図れるはずだった政党は、英米との軍縮、中国との戦争終結方針をめぐり、軍部の統御に失敗し続けました。その過程を、吉野作造、美濃部達吉、斎藤隆夫等、軍部批判者の名を挙げつつ裏面から書いた点に特徴がある。所感が一見、日本の対外的過誤に言及していないように見える理由はここでしょう。戦争を止められなかった理由を歴史から真摯(しんし)に学び続ける国民がいて初めて、平和国家の礎を築けると首相は述べました。日本の今後の針路を注視する世界に向けてのこの言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものと思います。
杉田 石破さんが閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのに反対した政治家たちは、何を守ろうとしたのか。彼らは安倍70年談話の「あの戦争には何ら関わりのない先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」を、もう謝らなくていい宣言だと捉えていて、80年談話でこれを上書きされたくなかったようです。ドイツの哲学者ヤスパースは、戦争の罪には四つあると言っている。①刑事的な罪――戦犯が負う。後の世代は関係ない②政治的な罪――国民全体が負う。後の世代も継承する③道徳的な罪――戦争への加担あるいは傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く④形而上(けいじじょう)的な罪――災厄を引き起こす人間という存在そのものが抱える罪。戦後40年にあたる1985年、西ドイツのワイツゼッカー大統領はこの整理を踏まえ、①は後の世代は負えないとしつつ、「罪の有無、幼老いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません」と罪を継承すると宣言した。ところが安倍談話は①だけをつまみ食いし、他の罪はないと言っているに等しい。今回、石破所感で、先の戦争に至る統治機構の不備という論点が出されたのは私も良かったと思いますが、安倍談話で無視されたままの、他の罪が気になります。
長谷部 ④を哲学者ハイデガーの言葉で言い換えると「負い目」です。それは否定のしようがない。なかったことにはできないし、それから解放されることもありません。「職業としての政治」を著したマックス・ウェーバーは、政治家は行為の結果に責任を負うという「責任倫理」を説いていますが、行為の結果が良かったか悪かったかの判断は結局、選挙に依拠するしかない。責任倫理を問われないためには選挙に勝って政権に居続けなければならないから、そのためなら公文書を改ざんするし、国会でうそをつく。安倍さん本人がどこまで指示したか知りませんが、そうやって安倍政治は維持されていました。自民党内にそのことへの反省はないし、企業献金も、旧統一教会の問題だって別に解決する必要はないじゃないかと、高市さんやその支援者はおそらく本気で思っている。ウェーバーが言う、悪い意味での職業政治家になってしまっています。
杉田 政治とは何かについては、大きく二つの考え方があり、一つはドイツの思想家カール・シュミットが述べたような、政治とは「戦争」であるという考え方です。最近は、世界にこのような政治観が蔓延(まんえん)しています。トランプ大統領はその典型で、政敵はもちろん、大学と闘い、さらには立憲主義を否定して裁判官とさえ闘う。外国人は皆、潜在的な敵として扱う。日本でも、その亜流のような政治家たちが人気を集めています。しかし、政治についてはもう一つ、多様な考え方を前提に、話し合いを通じて何とか合意して妥協するという考え方もあります。本来の保守とはそういうものだという考え方もありますが、石破さんを含めて、今はファイティングポーズをとらないと人気がないようです。
加藤 ファイティングポーズを取ること自体を否定はしませんが、立憲主義は守ってもらうことが最低条件です。立憲主義を破壊しておいて将来のビションを語ってもらっても何もなりませんから。
長谷部 政治とは可能性の芸術などと言われますが、現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきです。法の支配を守り、事実は事実として認めるといったミニマムな規律をもちろん維持した上でのことではありますが、単に税制や社会保障負担をいじるといったことを超えた、日本社会の大きな展望をやはり描いてもらわないと。
杉田 今後のことは予断を許しませんが、もしも一部野党との連立などで高市政権となれば、持続不可能な経済政策に加えて、この間の産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配があります。高市さんは「スパイ防止法」への意欲も繰り返し語っていますが、こうした法律がいったんできれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ、人権状況が悪化しうる。「戦争」としての政治観に一気にかじを切ることになりかねません。 Permalink | 記事への反応(2) | 08:48
ジークアクスもそうだったけど、本筋が属人的で、特定の人物でないと成立しない。盛り上がるセオリーだけど、一般化できないのでスケールしない。これがセカイ系の構造。
https://x.com/nojiri_h/status/1982418203935748460
そもそも小説は「特定の人物でないと成立しないような小さい話」だから小説(そういうミニマムなとこをクローズアップしないと見れないものも世の中にはある)なのだが
それを「そんな小さい話を読むのは嫌だ! ひとつ読んだら大きいスケールじゃないと嫌だ!(だけど学問を真面目に勉強して大きい話にちゃんとコミットするのは面倒くさい)」という、めんどくさがりの大衆のために用意されたのが
「小説だけど大きい話できますよ」と小手先でやらかすミステリやSFだったのに、
いつのまにか「大きい話ができない普通の小説はだめだ、やはりSFだ」みたいな頭おかしい認識になってしまった
最高税率帯(課税所得4,000万円超など)に+2%ptの上乗せ
金融所得課税:所得2,000万円超層の譲渡・配当を20%→22%(地方込み)
法人実効増税:実効税率ベースで+2%pt相当(ローカル税率・外形標準の調整等)
増収ざっくり
所得税:22.05兆円 ×(高所得者寄与分の押上)≒ +0.4~0.6兆円
金融所得:ベース3~4兆円規模の一部に+2pt → +0.2~0.3兆円(レンジ)
法人税:15.86兆円に対し実効+2pt(約+6%分)→ +0.9~1.1兆円
消費税0.5%pt引下げ(年▲約1.15兆円)+低所得世帯給付0.5~0.8兆円
→ 1世帯あたり:平均で▲2.1万円/年程度(うち給付は対象絞れば年3~5万円/世帯も可)
所得5,000万円超のミニマム課税率(株式譲渡等含め25~27.5%の下限)を厳格運用・拡張
増収ざっくり
法人税:実効+3pt(約+10%分)→ +1.5~1.7兆円
合計:+3.2~3.9兆円
消費税1%pt引下げ(▲約2.31兆円)+社会保険料(労働者負担)定額減額1兆円規模
・保険料定額カットで低所得への厚め配分(例:年収300万円世帯で年3~5万円軽減)
最高税率帯+10%pt、上位0.5~1%向け超過累進スラブ新設
法人実効+5%pt(繰越欠損・受取配当等の特例見直しを含む実効ベース)
増収ざっくり
法人税:+2.4~2.8兆円
合計:+5.6~7.0兆円
消費税2%pt引下げ(▲約4.62兆円)+低~中位6割世帯への定額給付(1.5~2.0兆円)
→ 負担減の目安:
・年収300万円台の世帯なら年10~13万円規模の改善(消費税減+給付の合算)
小幅(A):全国平均 ▲約2万円/年、低所得層は給付上乗せで▲5万円前後/年まで
中幅(B):全国平均 ▲5~8万円/年、年収300万円世帯で▲3~5万円(保険料)+消費税減
しっかり(C):全国平均 ▲8~11万円/年、年収300万円台なら▲10~13万円/年程度
実務的には「消費税率の端数(0.5~1.5%pt)+定額給付 or 社保料の定額控除」をセットにすると、中低所得への配分効率が良く、かつインボイス・事業者負担の急変も抑えられます。
草津町長が町議に対して性加害を加えたとされる事案が虚偽だったことについて、草津町長は「自身を加害者扱いしたフェミニストらに対しては『謝ってくれれば、許す』と述べ、それ以上問題視する考えはないとした。」(https://www.sankei.com/article/20250929-4T6BDIHX5ZDLTKL4HQHBJACT2A/)
失言で職を失うことも多く、これらの中傷に対して個別にオープンレターも出せそうだが、町長は非常に寛大かつ穏当な対応をしていると思われる。
現に上野千鶴子氏や共産党(しんぶん赤旗)など、個別に町長に謝罪している例もあるようだ。
なお、当然、町長自身だけでなく、草津町全体に対する中傷にも心を痛めていたようだ。(特に許せなかったのは、観光地として著名な草津町が「レイプの町」「セカンドレイプの町」として「世界中に広まったこと。それは絶対に食い止めたかった」。(https://www.sankei.com/article/20250929-AUDKDKIAWBPQLNESH2UJJZWPTQ/))
何故かオープンレターは削除されてしまったが、アーカイブから一部サルベージしてみた。
(オープンレターが理念の呼びかけなら公開し続けても良かったと思われるが、何故か削除してしまったようで残念でならない。何か目的を達成したからなのだろうか。)
私たちは、研究・教育・言論・メディアにかかわる者として、同じ営みにかかわるすべての人に向け、中傷や差別的言動を生み出す文化から距離を取ることを呼びかけます。
「距離を取る」ということで実際に何ができるかは、人によって異なってよいと考えます。中傷や差別的言動を「遊び」としておこなうことに参加しない、というのはそのミニマムです。そうした発言を見かけたら「傍観者にならない」というのは少し積極的な選択になるでしょう。中傷や差別を楽しむ者と同じ場では仕事をしない、というさらに積極的な選択もありうるかもしれません。
さて、オープンレターでは、「中傷や差別的言動を生み出す文化から距離を取ることを呼びかけます」「中傷や差別を楽しむ者と同じ場では仕事をしない」などとされている。
これに真に賛同したのであれば、今回の草津町長や草津町に対して誹謗中傷した者は当然「距離を取られて」いると思われるが、結果を見てみよう。
#草津温泉には行かない
司法の場で適切な裁きがあることを信じ見守っています。冤罪があるならば晴れるといいですね。
お時間使うのは申し訳ないので黙ってましたが、この際はっきり言います。意見は変わらないです。何故なら、そもそも私は町議会がセクハラの申し立てに対して第三者委員会を立ち上げなかったことを当時も今も疑問に思っているからです。事の真偽については判断を留保していたので、特段述べることはない
このことをあまり指摘する人がいないのは不思議です。恐らく、皆さんがあまりにも「謝罪せよ」と責め立てるので、怖くてそうせざるを得なかったのかもしれませんね。なお、もう一つ言えば、第三者の視点で見ている裁判の結果について「謝罪する」って謎な発想です。誰に謝罪するの?と思います。
謝罪をする必要はなく、謝罪した人は、責め立てられたのでやむなく謝罪した、というスタンスのようだ。
そして、現在も東京大学教授であり、他のオープンレター署名者から「距離を取られた」という事実も認められない。
草津、イプセンの『民衆の敵』じゃん(地元の温泉に都合の悪い事実を公表しようとした科学者が、貴の町長の画策で「民衆の敵」認定される)。
「フィクションに例えたこと」を謝罪しているのであり、虚偽に基づいた草津町への発言を謝罪したと読み取ることは難しいだろう。
ちなみに、元町議の有罪判決が出てからは発言されていないようだ。
そして、こちらも武蔵大学教授という立場を失うことなく、また、他のオープンレター署名者から距離を取られたという事実も認められない。
オープンレターに書いてあることと、その署名者のとっている言動って全然一致してないよね?
しかも署名者は何をやってもノーペナルティだよね?仕事失っていないし。
自分を律せる人だったら、自ら職を辞してもいいくらいだと思えるけどね。
だったらあのオープンレターってなんのためにあったのかなぁ、誰か説明してくれない?
その他、以下の団体等も草津町を中傷してきたが、どこも謝罪をしたと言う話はなさそうだ。
朝日新聞、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ、フランス24、ハフィントンポストなど
(明日の自由を守る若手弁護士の会/あすわか@asuno_jiyuu)(共産党山添拓参議院議員も所属する共産党系弁護士団体)
https://i.imgur.com/FzATFUp.png
the town mayor sexually assaulted... Arai Shouko
He had a history of similar offences
自分でやって安い、会社にやってもらうと高いってSNSで暴れるバカは大体人件費とかが抜け落ちてるアホだからなあ
原材料費だけで原価とか言ってみたり
まともに働いたことがない、働いた経験があったとしても平社員で予算とか発注の金が絡む領域に関わったことがないとしか思えない人ほど騒ぐ
プロが解説します。材料費1.2万、洗浄1人工3万、下塗1人工中塗1人工上塗1人工で9万(養生込み)、諸経費30%で4万。合計17.2万がミニマムかと。そして、これはいわゆる防水材ではなく塗料かと思うので、防水材でやる場合は材料費がもっとかかるので20万ならボッタクリどころか良心的です。 https://t.co/igwbSGKtkl— ターモリ・ジョンナム・敵認定ルン@大規模修繕のプロ大家 (@ta_morleydx) September 26, 2025
田舎ではモテなかったけど、社会人デビューして高年収の男の人とたくさん付き合ってきました。ご飯も旅費も全て昔と変わらず、親に出してもらってたみたいに男性たちにお金を出してもらうのがのが当たり前でした。何回か結婚の申し出はありましたが20代はまだ仕事がしたいと思い、気づいらもう31歳。20代前半のあのとき、結婚を考えてくれていたあの彼と結婚して子供早くに産んでいたら、、と思い出すことが増えました。
私は田舎でも実家は裕福だったので、都会での暮らしもあまり困ることはありませんでした。自分の稼ぎも年齢の平均年収以上あり、親からも今になっても家賃半分出してくれたりと、お金には恵まれてます。
30代になり今付き合ってる彼氏も高年収ですが、20代のように全部出してくれる、と言うのはなくなりました。ケチだな、と思いつつでもそれが普通なんだろうな、これまでが恵まれていたんだなと思います。
20代のような金銭的に甘やかされる生活は30代続くとは限らないなと気づいてからは、今では高い化粧水も美容液も辞めて、都会でミニマムに過ごすにはどうしたらいいのか、と考え始めました。
全然溜まってなかった貯金も徐々に溜まり始め、やっと地に足ついて東京で生きてる気がします。
今はこれからの仕事のキャリアをどうしようか悩んでいます。彼には子供の話ばかりされて、あ〜私この人と結婚するのかな?でも、結婚して子供できたら仕事できないしな、、と、また20代のあのときみたいな状況になってます。
社会がそういう自殺に追い込まれるような状況を作り出し救済手段や逃げ道を用意できないのが最大の要因だからこそ現代国家では毎年おびただしい数の人が自殺しているんじゃないのか?
世のお父さんは自殺だけはやめてあげてください、その声掛けに本当に意味はあるのか?
状況をコントロールできるできるような声かけがあるとしたら、世の男子は社会に出ず引きこもって親のすねをかじりながら趣味の世界に没頭することで生きがいを得てください、じゃないのか?
高ストレス社会ではそもそも伴侶や子どもといったものを作らず他人を巻き込まずミニマムな人間関係を保つこと、そして経済社会に浸かりすぎることなく親元で親を労り続けながら慎ましく生きるヨーロッパ人のような生き方が一番賢い生き方なんじゃないのか?
特徴としてはやっぱり数学をきちんと勉強してきている、コンピュータエンジニアリング/サイエンスをしっかりやってきている人材が豊富
日本のインディー界隈は特に計算領域が弱くてアイデアの実現に四苦八苦している印象があるけど、
先に上げたエリアは確かな技術に裏打ちされたタイトルが日本に比べて豊富である。
あとビジネス領域でも欧州の企業は助成金をしっかりとるとか、パブリッシャーと契約したりして事業継続性を高めている報告もよくしているが、
日本だとあまりそういうアピールは聞かない(表に出してないだけかもしれないけど)
昨今はインディーズタイトルでも5か国語10か国語対応は当たり前で日本語でプレイできるタイトルも多い。
ウィッシュリストに一定その言語を話す人がいればすぐに翻訳エージェントに案件投げたり、オープン翻訳サイトを立ち上げてボランティアを募ったりする
総じて言えるのはゲームを作ることが目的でなく、ゲームを通じてビジネスをより大きく成立させようという意識が強いのかもしれんな。
感情を持って、熱意やあるべき思考を持って仕事に臨むからそうなるんですよ。
会社での急用はミニマムは生活維持をまかなうためのラーメンジョブだと考えて、感情をぬいて、ゲームをやっているみたいに第三者視点でタスクをこなすことに集中。自分が頼んだことがやられていないことも、あとあと問題になったときに自分をカバーするタスクを貸されていると考えて、ホール本文に例えば下記のように記載する
お疲れ様です。
Aさんに下記の件を依頼していますが、忙しく手が回っていないようですので、サポートをお願いします。
以降はAさんにメールでリマインダーを出す際に、CCに上長をいれる。
で、問題になっても、逆転裁判の弁護士みたいに、ほら、こうやって事前に相手側上司に伝えている、経緯もCCで都度入っている、期限も記載していると反論できる。
全部、タスクを行っているだけ。感情なんて持たなくてよい。日本の企業でのサラリーマン仕事に、感情を持って取る組む価値なんてない。
あなたが感情を持って、向き合うのはあなたがコントロールできる自分の副業や事業、家族や自分とも向き合い。それには感情をもって、時間を割いて、大切なものだと向き合って下さい。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/syotokukakudaisokushin/syotokukakudai.html
消費税は第二法人税。「赤字の法人からも取れる税」でしかないんだけど「消費者が払ってる税」と勘違いしてると全ての議論を間違える。
赤字法人は消費税還付になると思うんですが。「消費者が払ってる税」でしかないよ、何言ってんだ?
日本の実効税率は約30%前後。アメリカ:約21〜25%、イギリス:25%、ドイツ:約30%、フランス:約25%とすでに高税率なんですがまだ上げるんですか?シンガポール:17%、香港:16.5%、台湾:20%とアジアではトップ。正気か?
数字的な規模感
└ https://gijiroku.ai から自主的に利用者が登録課金したフロー
└ 自社営業マンがウェブLPから見積依頼を受領してからの獲得フロー
└ 販売代理店(大塚商会など)が営業して獲得してきた場合のフロー
└ 販売店(Zyxなど)にバルク買いしてもらったアカウントを発行/請求するフロー
圧倒的に販売店フローがでかいです。今後さらに比率デカくなるとと思います
注釈: 現在爆発的に増加中のこの販売店フロー誕生の秘話をご理解くださいまし
なぜこれほど高速に数字が上がるの?
ざっくりと的を得ていうと
広告費が欲しくて仕方ない広告代理店の欲を利用し、アカウント獲得のノルマを達成するために作り上げた販売店バルク買取モデルです。
スライド 3/12: プロモーション施策を”確実”に数字が上がるには?
どこの会社も同じような提案をぶつけてきた。どこも受注が欲しくて仕方ないが提案内容は横並び。(うちの広告が最高ですという一般的営業)
じゃあどこと取り組むかをオルツにとって最も都合の良い相手とはどこかを考えた
【結論】 プロモーションにより売り上げ数字を保証してくれる広告代理店がベスト
という考えを拭い去って40社一斉アタック開始!
年間売上10億円を目標値としてどのような取り組みができるかを模索開始!
これが実現できれば
広告代理店は売り上げに結びつかないような無駄なプロモーションができない
売上が広告代理店との契約時に目標数字達成できる(売上計画の達成率が異常に高くなる)
年間広告予算を2億円とし、10億の売上を確実につけることを目標とした。
(通常のアフィリエイト広告だと広告費の回収期間は6ヶ月がミニマムと考えると猛烈に好条件となる)
上記が成立した場合広告費は合計12億円利用できる(10億円売上+2億円広告費)
つまり広告予算規模としては大企業並みとなる(最良クライアント扱いになる)
結果は
OKの会社が5社ほど出現!(それが現在の広告発注先となる(ADK等))
未達時の買取の仕組みが広告代理店には機能として存在しなかった(広告手数料ビジネスのため)。
そのため協力会社を探し当てる
ノルマ未達時には、ADKが販売店(Zyxなど)に(買取を)委託。
販売店にてオルツからノルマ分のライセンス買取(これをバルク売と読んでいる)
というフローとなった。
これにて
広告代理店は売り上げに結びつかないような無駄なプロモーションができない
売上が広告代理店との契約時に目標数字達成できる(売上計画の達成率が異常に高くなる)
がめでたく成立!
賭け事的ににならざるを得ないプロモーション活動が計画的になる
販売店によるアカウントの強制的な配布が発生するため商品の知名度が必然的に爆発的に向上
販売店フロー含めたKPIを設計することで一般的SaaSサービスのKPIを圧倒的に凌駕した数字を組み立てられる
販売店の関係が超絶に密接となるため、通常時間と信用が必要となるパートナー関係が最速最短で構築される
このモデル自体がサービスの垂直立ち上がりを実現しうる。そのため以降のサービスもこの手法を使えば垂直立ち上がりが可能
(図解:altがADKに広告出稿(1.2億)し、ADKは売上目標(1.5億)達成のため活動。未達分(-3000万)はADKが販売店Zyxに買取委託。Zyxはaltからアカウント買取(+1000万)し、エンドユーザーへ配布するフロー)
最大のリスクは広告費と売上が連動しているため、利益化に転じるのには時間がかかる
(利益化に転じる要素はアカウント流布により知名度が向上し自然流入が増加すること。)
(当初は本取引は20%の支出を予定していたが販売店との交渉により現在は10%以内に。2022年度は5%以内に抑えることに成功。)
広告費と売上が連動しているため、「下手な説明をすると売上と相殺処理される」リスク
この点については既に公認会計士に確認済みで「両者間取引であるという説明をしなければ基本的に別々の取引であり売上計上するのが普通の判断」と説明受諾済み
上記2点の説明が難解のため「監査法人」と「外部投資家や証券会社」などへの説明は難解である。
また頭の硬い人には悪い印象を持たれるため本件の全体像は社内でも限定した人にのみの公開としている。
月次で大きな金銭が両者で動くためキャッシュリスクが持続的に内在
あくまでこれは一時的アイディアにすぎません。一緒に考えていただき本来のこのモデルの魅力を弱点を包括して説明できればと思ってます。
なぜ強力に数字に達成されていくのか?
より詳細には、各販売店の得意な領域での販売における卸値価格の圧倒的割引を認めている(通常8割→強力な販売店には6割で卸す)。(※事実)
卸値価格の優位性
販売時の強力なパートナーシップ(各種戦略立案からシステム連携まで自社営業並みに対応)
販売店活動含めた数字達成のためのプロモーション戦略を0から考えて取り組んでいるため
実現したい錬金術
(図解:成長計画)
年
売上
2021
10億円
200億円
40億円
2022
30億円
500億円
80億円
7:3
2024
100億円
1500億円
100億円
2026
500億円
5000億円
200億円
4:6
2028
1000億円
10000億円
400億円
(emethの成否は人材投入次第) (シリーズA 40億円?)
ものすごいざっくりですが
上記のような資金調達と企業価値と売上のサイクルを構築して1兆円を最速で実現したい
appendix
目的:
課題:
現状整理:
広告代理店と販売代理店は別々に契約しており、かつ販売代理店の契約にはノルマ未達の際の買取に関する記載がない。
そのため、それぞれの代理店とは独立して会計処理することが可能。
通常の広告依頼であり**「広告宣伝費」**として会計処理が可能。
卸売価格にて包括的に販売しており、その先のユーザーがアカウント発行を行っている。
ノルマ買取を話さなければ通常の販売代理店への販売となり、会計上の根拠はアカウントの発行を伴うことで説明が可能。
(例:3000ユーザー分を販売した場合、仮に実需が2000で残り1000が買取分でも、監査法人は契約に記載がないため内訳は不明。)
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【大阪万博、これぞまさに長蛇の列!】
🇯🇵スプートニク特派員が開会初日を迎えた2025年大阪・関西万博の入り口に到着、10時の入場枠だけでこれほどの人が……人に酔っちゃいますね😅
#大阪万博をスプートニクが取材 #大阪・関西万博 #EXPO2025
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🇯🇵スプートニク特派員が大阪・関西万博の会場にある屋上に上ってみました!かなりのんびり屋さんのエスカレーターなので20倍速でご覧ください🫨
#大阪万博をスプートニクが取材 #大阪・関西万博 #EXPO2025
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【2025年大阪・関西万博、皆さんはどの国のパビリオンがお好き?Part 1】
🇹🇷こちらはトルコのパビリオン、アジアンなテイストに仕上がっています!
#大阪万博をスプートニクが取材 #大阪・関西万博 #EXPO2025
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【2025年大阪・関西万博、パビリオン紹介Part 2 フランス】
🇫🇷 ルイ・ヴィトンとコラボ。アクセントはフランスのモードと芸術。フランス的エスプリで解釈のアジアとヨーロッパのイメージがミニマム化され、架け橋でつながれている。あなたのアジア観とマッチする?
#大阪万博をスプートニクが取材 #大阪・関西万博 #EXPO2025
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【2025年大阪・関西万博、パビリオン紹介Part 3 クウェート】
🇰🇼 この館ではベルベットのカーペットに寝そべりながら、夜空の光のショーを満喫できる。映し出されるのは過去から未来までのクウェート像。スプートニク特派員とご一緒にお楽しみください!
#大阪万博をスプートニクが取材 #大阪・関西万博 #EXPO2025
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【2025年大阪・関西万博、パビリオン紹介Part 4 シンガポール】
🇸🇬 テーマは自然と都市の融合。インスタレーションで空を飛び交うスフィア(球体)は人々が抱く、たくさんの夢。夢があるからこそ、この世界は形作られていく。スプートニク特派員は童心のワクワク感を没入体験した!
#大阪万博をスプートニクが取材 #大阪・関西万博 #EXPO2025
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【2025年大阪・関西万博、パビリオン紹介Part 5 セルビア】
🇷🇸主要なテーマは「遊び」(ゲーム)。屋外遊びのコーナーあり、自分のアバターを作って参加できるアーケードゲームもあり。ゲームの中では本物のビー玉が機械に入るとデジタル化し、意志を持って行動しはじめる。
正直めんどくせぇ…って思った。
しかも引っ越しの挨拶にも来て、親子そろってピンポン鳴らして菓子折りまで持ってきた。
俺は寝間着で髪もボサボサの状態だったから、出るのすら億劫だったけど一応出て、そしたら律儀に「隣に引っ越してきました」とか笑顔で言われてこっちも「はあ、どうも」みたいな気の抜けた返事を返すしかなかった。
わざわざ挨拶に来てくれるのはありがたいし、ちゃんとしてるなとは思ったよ。
俺はもともと人付き合いが得意な方じゃなくて会社勤めもいろいろあって辞めて、今はフリーランス。家にこもって仕事してる。
基本、人間関係はミニマムでいい。というか、できればゼロでいい。
だから最初は警戒してた。してたんだけど、意外と静かなんだよ、隣。
後で知ったんだけど、どうやら両親が共働きで夜遅くまでいないらしい。
帰ってくるのは20時過ぎとか、そんな感じ。
となると子どもたちは日中どうしてるんだ?学童か?カギっ子か?まあ、あんまり深く詮索することでもない。
うちは猫を飼ってる。
だいぶ気まぐれで、でも人懐っこい。よく窓辺で外を眺めては「にゃあ」と鳴く。たぶん、それを聞いたんだと思う。
ある晩、20時過ぎくらいだったかな。インターフォンが鳴った。
こんな時間に誰だ?と思って画面をのぞくと、子どもが二人。ああ、隣の家の子だ。姉と弟。たしか、引っ越しの挨拶のときに一緒にいたな。
「どうかした?」とインターフォン越しに聞くと、お姉ちゃんの方が少し恥ずかしそうに言った。
なるほど。つまり、見たいってことか。
普段の俺なら絶対断ってる。子ども相手だろうと、ドアすら開けない。
でもその日は、なんというか…なんとなく。そうとしか言いようがないんだけど、玄関を開けてしまっていた。
二人は「こんばんは」とちゃんと挨拶して、うちの猫を見つけた瞬間にパッと顔が明るくなった。
猫もまんざらでもない顔で、二人の手にスリスリしていた。
二人はそれを嬉しそうに飲みながら、猫と遊び、たわいもない話をした。
弟は小学校低学年くらいで、お姉ちゃんはたぶん四、五年生くらいかな。
二人とも素直で、けっこうしっかりしてる。
親の帰りが遅いこと、家では静かにしてなきゃいけないこと、うちみたいな猫をいつか飼いたいってことを、ぽつぽつと話してくれた。
しばらくして隣のドアが開く音がした。親が帰ってきたんだろう。
「あ、帰ってきた」と言って、二人は立ち上がった。
靴を履きながらお姉ちゃんが振り返って言った。
「また来てもいい?」
俺はなぜか、うなずいてしまった。
翌日の夕方、早速また来た。
遠慮とかタイミングとか関係ない。思い立ったら即行動。ピンポンが鳴って、モニター越しに笑顔が映る。
仕事に集中できないし、そもそも人が家にいるってだけで神経がすり減るタイプだからさ。
でも…それでも…なんだろう。
あの笑い声とか、うちの猫が嬉しそうに子どもに寄っていく様子とか、ココアのおかわりを遠慮がちに頼まれる感じとか、全部がちょっとずつ日常に溶けていった。
気がつくと、来るのが当たり前になってた。
人付き合いは苦手だったはずだ。
それなのに今は毎日のように二人と過ごしていて、笑って、猫と遊んでる。
騒がしい毎日というのも、案外悪くない。
賭ケグルイは忘れちゃったけどカイジは人情噺とギャンブル性が融合してコクがあるやろ。
限定ジャンケンだけでも、カスの爆発力を持つカイジが、騙されて賢くなって騙されて賢くなって、最後に石田のおっちゃんを救うという善性を示すの最高やん。
限定ジャンケンの戦略性の高さは言うまでもないが、脇役の描写(遠藤の詐欺テクニックやミニマム借りてく奴らとか最初に負けててへへってなってるやつとか)も異常環境にリアルさを生み出している。
主人公が絶体絶命な状況になってそこから勝ちに行く展開ってのはジャンルを問わずに面白い。