はてなキーワード: フックアップとは
近年のフリースタイルラップの隆盛がB-BOY PARKでのフリースタイルラップバトルのスポーツ化を否定して生まれたUMBから始まってるので、
UMBの運営がでかくなってLibraが乗っ取られた後、再度スポーツ化したフリースタイルラップが批判されるのはそりゃそうやろとしか思わんけど。
UMBでGOCCIが優勝した時点ぐらいから日本のフリースタイルラップの進歩はゆっくり鈍化して死に、その先のスポーツじみたそれなんて案の定タコツボで曲芸でしかなかった。
例示されたR-指定は楽曲が評価されたのであって、曲芸であるフリースタイルラップのうまさで売れたわけじゃない。フックアップのきっかけぐらいにしかならない芸を鍛えたところで、どうにもならないってのを晋平太は示したともいえる。
フリースタイルラップをスポーツ化したのはB-BOY PARKとKREVAで、それを否定して次のフリースタイルラップブームを作ったのはB-BOY PARKで揉めたあとUMBを立ち上げた漢。
晋平太はサッカーで言えばせいぜい名波浩みたいな、ある舞台では天才だった、って感じの人。キャリアとしても作られた舞台の上で踊るのは好評だったけど、舞台を降りたらうまくいかなかったってだけだろ。死んだからって神格化するのはどうかなって思うわ。
ChatGPTに続き書いてもらった
それに正直、やりたいだけなら遊びは風俗と比べて金銭的なコスパも悪い。マッチングアプリの月額利用料やカフェ・バーでの飲食代、ドタキャンされたときの無駄な移動時間・交通費を考慮すると、逆に風俗のほうが割り切って支出できる分、予算を組みやすいと感じるようになった。
遊びの過程では、相手の気持ちが見えにくく、一喜一憂を繰り返すことが多かった。誘いが成功した瞬間の高揚感はあるものの、それ以上に拒絶やブロックによる自己否定感が積み重なる。特に会う直前に連絡が途絶えると、「自分は本当に魅力がないのではないか」という強い劣等感に襲われ、仕事やプライベートにも影響が出るほどだった。夜遅くまで連絡を待って心配し、結局虚しい思いを抱えたまま帰宅する――そんな日々が続くと、次第に自尊心が削られ、冷静な判断ができなくなることに気づいた。
性感染症のリスクも無視できない。何度か相手の検査状況を確認したが、結局すべてを把握することは不可能だと悟った。「使える」と言っても、目に見えないウイルスや病原体は防ぎようがない。仮に相手が過去問で検査陰性を示していても、直前に他の相手と関わっていれば意味がない。それを考えると、精神的ストレス以上に、「身体を大事にできていない」と感じる瞬間が増えた。
また、万が一トラブルを起こしたときの社会的リスクも大きい。たとえば、相手とトラブルになって警察や裁判沙汰に発展した場合、自分のキャリアや今後の人生に致命的な影響を及ぼしかねない。これまで築いてきた「真面目に努力してきた自分」というアイデンティティが、一夜にして崩れるリスクは常に背後にあった。
遊び始めた当初は「楽しく経験を積めば、自分が成長できるはず」「これも自己研鑽の一部だ」と割り切っていた。しかし、実際に遊びが習慣化するにつれて、本来の目的だった「自己改善」ではなく、ただの「現状維持」になっていることに気づいた。経験学習の効果は頭打ちとなり、むしろ忙しさやストレスが増すだけで、結果的に自己肯定感が下がっていった。
さらに、自分はもともと「相手を大切にする誠実さ」が欲しくて遊びを始めたのに、その誠実さが遊びのルールに矛盾していることに苦しんだ。会うたびに相手の事情や心情を尊重しようと努力したが、それを続けることでかえって相手に本気になってしまうケースが増え、「遊びと誠実さ」のバランスを取るのが不可能だと悟った。
ビジネスパーソンとしての自分に求められるのは、安定した精神状態と健全な人間関係である。遊びを優先して夜遅くまで連絡を取り続ける生活は、翌日の仕事のパフォーマンスにも悪影響を及ぼした。特にプロジェクトの進行管理やチームメンバーとのコミュニケーションが必要な場面で、頭が回らずミスや遅延を引き起こしたことが何度かあった。仕事に穴を開けてしまうことは、自分の信頼にも関わる。これ以上、自分と同僚に迷惑をかけるわけにはいかないと痛感した。
結論として、半年の「ヤリチン計画」で得られたのは、一時的な自信と表面的なコミュニケーションスキルの向上だけだった。金銭的・精神的なコストが大きく、「半世紀を過ごすに値する自己肯定感の獲得」には到底至らない。むしろ、自分の価値観と矛盾した行為を続けたことで、心身ともに疲弊した。
遊びをやめたあとは、再び自分が本当に大切にしたいものを見つめ直すことにした。具体的には以下を意識した。
ストレス発散の手段として遊びに逃げるのではなく、読書や資格勉強、プログラミングなど、自分のキャリアや将来に直結する活動に時間を割く。これまでの遊びで得たコミュニケーションの断片的スキルは、ビジネスや友人関係に生かしていく。
異性との関係を「遊び」ではなく、「信頼と尊敬に基づく交際」にシフトする。サークルや勉強会、マッチングアプリも利用するが、相手に対して嘘をつかず、無理にフックアップを狙わず、互いの価値観を確かめ合う時間を大切にする。
遊びが唯一のストレス発散法になっていたが、それをランニングや瞑想、ヨガなどに置き換える。身体を動かすことで得られる爽快感や、静かに自分と向き合う時間でストレスを解消し、夜の時間帯に無駄な不安を抱えないようにする。
MBTIやエニアグラムなどの性格診断結果を再度確認し、自分の強み・弱みを客観視したうえで、仕事やプライベートの目標を立て直す。特に「真面目さ」「責任感」「完璧主義」といった特性が、自分を追い込む要因となっていることを自覚し、適度な手抜きと休息を意識する。
「今だけ」を満たす関係ではなく、将来的に家庭を築ける相手と出会うため、交際相手に求める条件(価値観、ライフプラン、金銭感覚など)を明確化し、それに合致するコミュニティやイベントを積極的に探す。
半年間のヤリチン活動を通じて、自分の弱点や社会の実態を多方面から知ることができた。しかし、得られたものは一時的な自己満足に過ぎず、長期的に見れば「自分らしさ」を損ないかねないものだった。遊びをやめることで、本当に大切な自己投資や誠実な人間関係に注力する余地が生まれた。今後は、遊びではなく、誠実さと責任感をもとにした人生を歩むことを選びたい。
星野源さんの今回のアルバム「Gen」のプロモーションについてなのですが、既にあれこれ批判されまくってますよね。
でも皆、なんかちょっと芯食ってないっていうかね。
自分ほど「星野源が嫌い歴」長い人間もなかなかいないと思うんで書きますわ。
もう25年も前になります。SAKEROCKを2000年に見たときから「あー、うんうん。これは無理」と思ってましたから。
あのですね、彼の本質的に嫌われてる所は「人それぞれの間合いの<お気持ち>の部分をハックしてコントロールしようとしてくる所」なの!
学生時代に料理店でバイトしていた時に思ったことなんだが、料理人が料理出して客に「まずい」って言われたり沢山残された時、絶対料理人の人は「おれが悪かったのかな?」みたいな感じで、更に残った料理を必ずひとくち食べてたんですよ。なるほどと思いましたね。
そんな感じで、星野源さんは「うちで踊ろう」でMAD作られた時に不快感を示してた時もそうなんだが、五感に委ねるものを作っておきながら、感じ方を制限してくるところがある。「こっちの感じ方が違うかも?」とかないんかな。
あと、後出しで「本当はこう伝えたかった」とかじゃんじゃん言ってきて、紅白の時もそうでしたが最初に批判が起きた時に「そこまでの情報」で自分の内外に気持ちをフォローしてるファンを振り回したり梯子外したりするんですよね。
しょっぱすぎる料理作って黙ってそのまま出して、苦情が来てから「本当はこれは白ワインと合わせて欲しかったので塩味が強いんです、水を飲みながらではちょっと💦」とか後から言ったら★1でしょ。
しかも隣の席の常連さんとかが「まぁまぁ、これは日本酒と合わせるとちょうどいいんだよ!」とか言った後にそういうこと言う。
それ言ったら誰も幸せにならんでしょみたいな。
じゃあ先に言いなさいよみたいな。
SAKEROCK時代から「細野さん、細野さん」ってめっちゃ言ってたのはまぁ、正直鬱陶しかったけど当時は細野さんもぜんぜん売れてなくて元気なかったから、若手の人がフックアップするのはいいことだと思ってましたよ。
だけどさー!?
ソロになってからカクバリズムの角張さんを「俺の曲になんでタイアップ取ってこれないんだ!」ってめちゃくちゃ詰めてたらしいじゃないですか。
なんでそういうこと言うの???
いや「命懸けてでも成功してやるぞ」っていうモードになったのはよく分かるけど、「レーベルに言えよ!!!」でしかねーのよ!!!
しかも細野さんからの〜山下達郎に近づいていく感じが、もう本当にしんどかったですよね。
まあ「源くん、源くん」とか、ちょっと満更でもなさそうなヤマタツもダサかったけど。
それで「POP」とか言うけどさ、細野さんもヤマタツも、わかりやすい売れから距離を置いたり、置かれたりしていじけながらボヤきながらも趣味嗜好を貫いてやってきたから趣味が良いね!ってなってきたわけなので、お寺の線香じゃないんだから「そこに近づくから俺も趣味が良い」とは絶対にならないし、そういう「俺もそっち側っす」みたいなのは、お前が決めるんじゃなくてリスナーが決めるから、どうかやめてください。
そこでまだ、自分のルーツであるチャゲアスと対談とか、玉置浩二とか井上陽水とかに行くなら「おっ、なるほどな。ポップってそういうことか」ってなるけど、「そっち側(サブカルとして馬鹿にされまくってた時代もなんとかやってきた人)」を大事にしてる人にとっては、すごい無神経に感じるわけです。
だけどさ、ASKAさんがあんな感じだから、ちょっと話したぐらいで遠巻きに見守ってるでしょ。ルーツっていうならもっとベタベタしろや。
そういう所が本当に嫌。イメージ売りしたいのと、パイセンとのシナジーづくりでセンス良くアップデート()は両立しないっって。
意外に思われるかもしれないけれど、2000年代の細野さんとかはマジで人気なくてある時期までオワコン扱いされてて、ライブもチケット売りきれない時とかたくさんあったんですよ。
ヤマタツも今は伝説的に語られてるけど、2010年代まではマジでゴミレコード扱いで。
HARD OFFで「For You」っていう1980年代の名盤が「¥108」っていう値札をジャケにビターンと直貼りされて5,6枚適当に混ざってたこともあるんですよ。
(それだけ売れたから在庫がダブついているということでもある。それにFor Youは2010年代後半に人気が再急騰して2020年代にはメルカリで1万円で取引され、まさかの「発売から40年後に中国でブート盤が作られる」という謎の現象が起きた。
そういうことがあるから面白いのに、星野源さんは器用なので「余白に委ねない」から飛び抜けないという印象がある。
KIRINJIはまだ「キリンジ」時代の貯金があるからやってけてるけど、当時の余白がなければ9割スッカスカミュージックなのである。
今回のアルバムGenも「なんかよくわからないけどこの人と衝動でやるぜ!」というワクワク感がない。
メンツを見て想像通りの「いい感じ」でしかなく、冒険がもうできないキョロ充が作った音楽に聴こえた)
細野さんはまだわかるが「ヤマタツ=センスが良くて売れている人」みたいにされるのは表層的ですっごくしんどい。
だって売れない時期も地道に遠くを見てやっていた人だし、そういう職人的なとこ含めてファンは好きなわけで、長年お世話になったカクバリズムに対していきなり「俺の曲になんでタイアップ持ってこれねえんだ」とか、短期的に結果を上げようとする人に近づいて欲しくないんですわ。半ばセルフでジャニーズの傘を持ってきたヤマタツ見習えって。(ダメですけど)そういうベットができないんでしょ?
その短絡的な「POP観」と「ここらへんピックアップして仲良くなれる俺、センスいいだろ?」が耐えられません。
音楽に対して後出ししたり、「うちで踊ろう」でMAD作られて怒ったり、今回の「街の掲示板や銭湯に広告出しました、ユニークでしょ」みたいなのも全部「音楽というものの【聴く人の自由】に委ねる部分をコントロールしてこようとする(ノイズを入れてくる)」から嫌がられてるんだよね。
星野源さんは、真剣に売れるためには、話題つくるにはどうしたらいいのか?を一生懸命考えて、沢山媒体にも露出して本当に頑張っていると思う。
音楽というのは、コカ・コーラとか、ヨーグルトとか消費財の売り出し方とは違うんですよ。
「オイコスでもダノンでも明治ブルガリアヨーグルトでもどれでもいいけど、健康にいいってCMで見たから買うわ」じゃなくて「この人だから聴く」みたいなとこあんですよ。
よく「〇〇からしか接種できない栄養分がある」って言うじゃないすか。音楽ってあれなんですよね。ちょっと中毒性というか。
星野源さんからしか接種できないものは今、ケレン味ばっかりになってて、素直に推しづらいじゃん。
やっぱりストーリーが大事にされる、長い目で見るものであって、最先端なことがいいわけじゃないんですよねー。
そうじゃなかったらこんなに昔の喫茶店とか、80年代のものが、Y2Kが人気にならないでしょ。
みんなちゃんとその当時の良さを再定義してるから「そうだよね、いいよね」っていう気持ちを共有しあってファンダムが出来るのに、星野源さんはそういうストーリーを毎回バズを狙いすぎて、ブツ切れにさせるわけですよ。
それは「その時その時のみんなの正解」を真剣に考えすぎて、しかも器用だから表面的には整えられるんだけど「本来の星野源さんらしくはない」から違和感が出るし、嘘っぽいからみんなに感づかれて「なんか嫌かも…」みたいになっちゃう訳です。
例えば今回の街の掲示板広告問題は、みんながゆるく見守ったり、必要な情報がある人は真剣に見たり、広告出す人もお金もセンスも無い中真剣にA4ペラ1を掲示するという、公共というみんながちょっとずつ譲り合いながら保たれているエリアにズカズカ入っていくから嫌われるんですわ。
小さい公園で「ここボール禁止じゃないよね?じゃあ、狭いけど今から全力で野球の試合をします!」みたいに宣言して朝から声出ししたら、危なくなくても近所の人にムカつかれて警察来るじゃん。
そういう嫌われ方をしているよね。
音楽でもそうで、「どうしてもここでこれやりたいんでやってます!今は理解されないかもだけどこれはどう考えてもイイと思ってるので!」みたいなリリースじゃなくて、「これとこれを何%で足していったらいい感じになる。俺は器用なのでそれをやってのける」みたいな、感情の領域にマーケティングかけられてる感じが昔からどうしても拭えなくて、それがソロになってどんどん大きくなって無理になっていった。
商材としてはクリーンで扱いやすいのかもしれないけど、音楽という非日常や謎の化学反応を楽しむ、というパーソナルな領域をコントロールしようとしすぎて養殖魚みたいな音楽になっており、「自分が聴かないでも誰かが聴くんだろう、自分は嫌だけど」という領域に達している。
「足し算、掛け算だと0が出たら上に行けないし、下手したら大事故になるので減点方式というか、引き算できる所を消し込んでる」という印象がある。
「粒子細かめにするとお互いに大変だから、最大公約数で作っておいたので、自然数のみんなにわかりやすくしておきました」みたいな。
そしてつまんねぇ方法で生活にまで割り込んできてもう許さん!」って無意識でなってる人多いんじゃないでしょうか?
いやいいですよ別に。そういうやり方をしている限り、自分には響かないから。
NHKにやたら推されて出てるのもキツかった(2010年代以降のNHK・Eテレのセンスは常に最悪だと思っている派の)人間からすると、自分の街に「しめしめ♡」みたいなテンションであんなことされたらマジギレだよ。うちの街じゃなくて本当に良かった。
「俺の音楽をなんとしても聴かせたい」という気持ちは分かるが、やんわり距離を取っている人たちは「うっすら無理」だから距離を取っているので、そこをなんとかハックして近づこうとしてこないでいただきたい。
こういうこと言うと“繊細な人を叩いてる”と思われそうだけど、“繊細さの演出”が強者の武器になってる瞬間が一番しんどいのです。
なんかクソみたいな、老害爺のマウント記事を読んでしまって心底うんざりしたので、思わず増田に書くことにした。
そもそも、Lausbub(読みかたはラウスバブでよい)は北海道札幌市内の女子高生2人組が軽音部の活動がコロナ渦で中断され、自宅録音を始めたことがきっかけで始まったバンド。
ちなみにこの二人が最初に演奏したのはKhruangbinバージョンのFirecrackerだそう。Martin Denny→YMO→Khruangbin→Lausbubという系譜はなんかわかる感。
その宅録バンドで道内のコンテストに出品するために作られたのが、元Togetterでも紹介されたTelefonの映像。
https://x.com/kudaranai_tkn/status/1350967230750666757
僕も御多分にもれずこの映像で一発でやられた口。おじさんたちは女子高生YMOだ電グルだと騒いでたが、僕はどちらかと言ったらWorking Men’s Clubあたり同時期のUKインディのバンドを想起させられてびっくりした。えっ、日本でこういう機材でこういう音のバンドを女子高生がやるのかと。まあ、見た目のギャップがすごかったというのもある。
https://www.youtube.com/watch?v=HGqwopJpBWA
その後は当人たちの受験もあって活動はおとなしかったのだが、進学して以降(追記:たぶん彼女たちは上京してないと思う)はリリースも始まる中で、僕がこの子たち一発屋じゃないなと思ったのは、この曲を聴いたとき。
たまごっちのコラボプロジェクトということで、スチャダラパーのBoseと共演して作った楽曲。これPVがあってそっちがものすごくよかったんだが、音源だけでも聞いてほしい。この曲を聴いたとき、僕はボーカルの髙橋芽以にぐっとやられた感がある。聞いた瞬間にLausbubの曲になる声。こういう声の主はなかなかいない。百戦錬磨のBoseのラップに負けていない特徴のある声。曲もたまごっちのSEを駆使していてすごくポップでよい。
https://youtu.be/ALWtGD3l31Q?si=P6LUhgTCeDX4JezW
ほぼ同時期に発表されたこの曲が僕は一番好きかもしれない。アンビエントな上物と無機質でSEっぽいリズムトラックの組み合わせは、現行のJ-POPバンドでは絶対にやらない音で、かつ、メロディはフックがあるけどJ-POPになりすぎない。でもサビの部分だけ切り取れば十分に印象に残るという絶妙なライン。とにかく岩井莉子と髙橋芽以の二人が唯一無二な存在だと実感させられた曲だった。ちなみに北海道の情報誌のCMソングに使われたらしい。実は大学入学以降のLausbubの作品はけっこうな頻度で地元のCMソングなどにフックアップされている。どうやら地元代理店に気に入られたらしい。タイアップの確率で言えばMrs. Green Apple並みである笑
この曲をリードトラックにした1stミニアルバム M.I.D. The First Annual Report of LAUSBUBはもちろんCDもアナログ盤も買いました。
https://youtu.be/_8W0Nzs92as?si=ZeGX5MJuN7hhh5Hp
札幌国際芸術祭のテーマソングにも彼女たちの曲が使われる。これもまたガチガチなエレクトロニカで、よくこんなのを起用したなと驚かされる音である。とにかくリズムトラックが無茶しすぎ。ドラムンというかブレイクコア?こんな音をキャンペーンソングにする度量がすごい。メジャーレーベルからは絶対にリリースされない音だと思う。サウンドメイキングがどんどん洗練されていくのをビビりつつ、このバンドメジャーにはいかないだろうなとも思わされた。
https://youtu.be/WXq2nOmvuHI?si=H-60YydCdbvSAsel
そして現時点で最新作、かつ、1stアルバムROMPのリードトラックがこの曲。メロディのフックはよりよくなりつつ、アレンジはより過激で攻撃的になっていった現時点での集大成だと思う。PVも不思議な感触のものにしあがっており、ああ、このバンドはすっかりカルチャーなバンドになったんだなと感慨深い。ただリズムはストレートな四つ打ちなので意外と聞いた感じはすんなり聞ける。大人のディレクションがある程度入っているもののJ-POPっぽい産業感からは全然遠いところに居続けるこのバンドはほんとに素晴らしい。
https://youtu.be/vyBjgdo_lFY?si=f-IT0ePZA2EKLAa7
彼女たちが初期のライブから演奏してる細野晴臣の曲のカバー。このライブ映像は2024年のもの。原曲に近いアレンジをしているけどかなりLausbubっぽさがあっていい曲をカバーに選んでるなと思った。ただ個人的には髙橋の声には細野よりも幸宏(あ、こっちも髙橋だ!)の声が似あうように思うんだよね。ちなみにLAUSBUBは細野のラジオにも何度か出演している仲良しでもある。
https://youtu.be/w7HRowQMyLA?si=sHPhABjfFdjJDols
最後におまけでパ音の曲に髙橋がボーカル参加した曲を。これちょっと名曲すぎる。とにかく曲とボーカルがはまりすぎてる。そしてPVの髙橋がなんだかんだでかわいい。これは令和のYUMEGIWA LAST BOYというか虹というか、Heavenly Starというかそういうラインにある名曲。僕の人生の100曲に確実に入りそう。
それでフジロックに彼女たちが参加するということでにわかに話題ですが、すでにRISING SUNには参加経験もあるし、ほかにもいくつかフェスには参加してる、直近では5月に福岡でCIRCLEに参加してるので、今更フジロックでそこまで驚くのか(レッドマーキーとかなら驚いたけど)という印象です。
このバンドの魅力って、自分たちの嗜好する音楽をそのまま咀嚼して作品に反映してるところなんだけど、面白いのがいわゆるJ-POP的なメロディが薄いことだと思います。今のJ-POPって良くも悪くも売れてる音はすべて、いや売れてなくてもすべてJ-POPのメロディが入ってきてるんですよ。ロックだろうがヒップホップだろうがアイドルだろうがアニソンだろうが関係なく、宇多田ヒカルなんかでもそうですね。で、今はそういう音が世界的に評価されて、現代のJ-POPだとGatcha Pop、昔のものだとCity Popという評価を得ているわけです。コード進行の問題なのかどうか、楽理的なことは僕は全然わからないんですが、とにかくエモいんですね。まあ、人によってはそれを歌謡曲っぽいというのですが。
しかし、Lausbubの音楽はその要素が薄い。近年の曲はあえて日本語で歌ってる様子がありますが、このメロディを英語にしたら、最近の洋楽のインディロックやエレクトロニックミュージックと差がかなり少なくなります。それは強みであると同時に弱みでもあって、海外の一部の音楽ファンにはすんなりと受け入れられるけど、日本人的な強みは弱いということで、なかなか海外の日本文化ファンからはフックアップされにくいかもなあと心配になります。
極端な話、LausbubとGinger RootのどっちがJ-POPっぽいかと言われたらGinger Rootだと思いません? それだと海外で日本の女性エレクトロニカバンドです!と言われても売れにくいだろうなと。
でも僕はそういう彼女たちだからこそ、このままでもっとドメジャーで売れるといいなと思ってます。
あと、彼女たちの場合、大人の手はそれなりに入ってるものの、レーベルは極東テクノという自分たちのレーベルだし、作詞作曲やプロデュースはあくまで自分たちでやっているので、成長は時間がかかってるもののセルアウト感がないのですごく応援しがいがあります。
彼女たちがTelefonで話題になったとき、メジャーの手がゴリッと入ったら、今の.tukiとかimaseみたいな売り出し方したような気がするんですよ。音楽よりも付随情報で先に売り出すようなやり方で。
卒業してもTelefonの時のような朴訥とした女子高生みたいな見た目のままで、制服コスプレして演奏するみたいなルートもあったけど、彼女たちはそれを選ばなかった。まあたぶん周辺の大人たちも選ばなかったんでしょう。僕はむしろそれがよかったんだと思ってます。
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当人の問題ではなくて上場企業として業績を考えた選択と集中の結果としてこの現象が起こってるのだろうが
本当に残念ではあるが見切りを付けて諦められて良かった、と思う自分がいる
恐らくライブやアイドルというものを目標に参加しても、そもそも芸能事務所ではないカバーのマネジメントの杜撰さはいくらでも傍証があるので頼りにならない
歌やガワの良さだけでは後発で活発に行動しても消耗するばかりで遠く、ひとつの目標になるだろうソロライブには辿り着けないのだろうと思う
日曜の真っ昼間っから、本気でそう思ってる。
クソ毒親毒兄は当然ながら、小中学校動物園のクソ猿も、なんなら無関係の恵まれているやつも全員厳罰に処すべきだという感情が未だに消えん。不平等すぎる。
どうにか肥溜めから脱出した瞬間はよかったよ。マイナス100が0になったらそりゃね。しかし、世の中ってのは0の人間は出来損ないって思ってるらしい。まさか街の変わり者に自分がなるとは。
死ぬ前に私みたいなやつをどうにかフックアップしたい気持ちはなくはない。現状金には一切困らない状態にはあるが、誰かに助けてもらった記憶などないので、どう助けるかもわからん。能動的に調べるのもダルい。金を突っ込む以上のことをするほどのモチベーションはない。
ガソリン巻いて火をつける、なんてめちゃくちゃ簡単にデカすぎる被害を起こせてしまうし、車で暴走して群衆に突っ込むのも大して難しくない。それを起こさないで今まで真っ当に生きてるの、完全に偶然でしかない。なんの因果か知らないが、そういうことをしようとは全く思わない。それどころか仕事でめちゃくちゃ理不尽に私のせいにされたり、意味不明な当たりが強い人がいても、特段イラついたりしない(同僚いわく、「俺がアレ聞いてて凄く腹立ったのに、当の本人が全く気にしてなくて毒気抜かれた」とのこと)。そんなことより育ちが良いし性格も良い同僚のほうが私の精神にダメージ与えてるよ。
まあ、これからもそんな気は起こさないように、ひっそりと人間社会の末席を汚させていただきますわ。育ちも性格も良いって自負してる奴へ、お前を許さない。
安西先生は優しい監督のように言われているが、実は才能がない人に対して極めて冷淡で、ほとんど興味すらないと思う。調べると同じような意見が結構出てきたので、スラムダンクファンの間では長く語られていたようだ。
スラムダンクをリアルタイムで読んでいたころ、おれは10代だった。40代になり、自分には才能も何もない、安西先生に無視される側の人間だと25年かけて思い知らされたいま、当時は気づかなかった安西先生の冷酷さが浮上してきた。レギュラーを取れない補欠としての人生が確定したような、苦い鑑賞体験だった。
スラムダンクを美化しすぎなんだよ。たくさん張った伏線を回収せずに終わらせちゃったのと同じで安西先生の人間性のことなんて作者が何も考えてなかっただけのことだろ。
「井上雄彦は一貫して安西先生を才能にしか興味のないキャラとして描いていた」「当時は気づかなかったが、その後の人生経験を経てそのことに気づいた」という話をしており、この人は真逆のメッセージを受け取っている。まあおれ含め、読者は読みたいように読むもんである。
この手の意見が多いことに困惑した。「いまの価値観から見ると違和感がある」みたいなことは想定していなかったので、なぜ大勢がそう受け取ったのかと不思議だった。
「ケガを放置するなんてありえない」という点を「令和の価値観」と受け取ったのかと考えたが、おれの感覚は異なる。例えば沖縄水産高校の大野倫投手が怪我を押して投げたことで全国的にバッシングされたのは1990年のことで、当時からして「怪我人を強行出場させるなど監督失格」という価値観は定着していたであろう(そもそも安西先生本人がそう言ってる)。「令和の価値観で批判するな」という人とは、この点の見解が食い違っているのかなと感じた。おれからすると「君らは平成のことがわかってない」となるのだが、まあどっちが正しいかは検証が必要であろう。
個人的にあの桜木が怪我した状況はいらなかったと思うんだよな。桜木の選手生命を失うかもしれない自己犠牲の上に成り立たせた感動の試合みたいな展開にはして欲しく無かったんよ。
半分は同感なのだが、山王戦は感動ポイントもりもりのデラックスパフェで、そこにさらに「怪我を押して強行出場」という沖縄マンゴーを乗せて蜂蜜をかけるようなことをしたため、あれほどのエモーションを生んだことは否定し難い。おれが編集者なら(嫌いな展開だが)桜木の怪我は切らない。サービスサービス。
安西って谷沢の一件で指導者を実質引退したんだろ。で、公立高校の顧問でのんびり隠居してたとこにとんでもない才能が現れて、急に昔を思い出してやる気になっただけ。
安西先生やる気全然ない監督で、流川という才能が入ってきたからやる気出したんだよね。そんでさらにまさかの赤毛素人が同じくらいの才能持ってた。
この手の意見は同感。
“安西先生は優しい監督のように言われているが、実は才能がない人に対して極めて冷淡で、ほとんど興味すらないと思う。”昭和生まれが高校生の頃のの強豪校の運動部はほとんどそんなイメージ。レギュラー以外無視
ブコメでも描かれているが、海南の高頭監督なんかはかなり選手のことを見ていて、神や宮益といった人をきちんとフックアップして戦力に育成している。こういうバランス感覚のある監督を敵将として配置している一方、自軍の大将にいびつな才能の悪魔を置いているあたり、井上雄彦の面白い点だと思う。作品の瑕疵だと言いたいわけではなく、むしろプラスの評価をしている。
もっと桃っ娘
やっちゃった
アックアック
アックトップ
アッ・サッフ
イットバッグ
ウッチャッサ
エッグノッグ
エッジウッド
オッソブッコ
オットリッチ
オットロット
カッサテッラ
カッシネッレ
カッチュッコ
カットガット
カットグット
カットバック
カットレット
カップヘッド
カップワッズ
キッズグッズ
キッドナップ
クックカップ
クックパット
クックピット
グッとラック
グッドウッド
グッドプット
グッドラック
グッドリッチ
ゲットアップ
ゲットラック
コックコック
コッタネッロ
コッレパッソ
ゴッタセッカ
ゴッドリッチ
サックバット
サックパック
サッタヒップ
サップウッド
ザックパック
シットアップ
シットヘッド
ジックザック
ジッグザッグ
スッパラッパ
ズッカレッロ
セッテベッロ
タッグアップ
タッチパッド
タップリット
チックタック
チックリット
チップセット
チップレット
テッドラッソ
デッキリッド
デッドウッド
デッドヘッズ
デッドヘッド
トッテリッジ
トップハット
ドッグウッド
ドッグレッグ
ドッダベッタ
ドットハック
ナッジナッジ
ナッツメッグ
ナッドサット
ナップサック
ナップザック
ニックカッツ
ニックナック
ネットアップ
ネットハック
ネットブック
ノッチバック
ハットラック
バッキアッカ
バックラッシ
バッハラッハ
パッとサッと
パッサテッリ
パッソセッテ
パッドフット
パッドロック
ヒットビット
ヒップポップ
ビックハット
ビッグウッド
ビッグハット
ビッグヘッド
ビッグポップ
ビッグリップ
ピッチアップ
ピッツェッタ
フットバッグ
ブックマッチ
ブッジェッル
ブッツバッハ
ヘッジホッグ
ヘッセネック
ヘッドバッド
ベッツェッカ
ペッシネット
ペッパピッグ
ホッグバック
ホットクック
ホットモック
ボッティッダ
ポッツァッロ
ポッツィッリ
ポップラップ
マックハック
マックブック
マックミック
マッシニッサ
マッタレッラ
マットパット
ミックマック
ミッサネッロ
ラックサック
ラットリッジ
ラッドボッド
ルックバック
レッグカット
レッケレッカ
レッジェッロ
レッドウッド
レッドエッジ
レッドゴッド
レッドネック
レッドハット
レッドブック
レッドボッド
ロックアップ
ロックウッド
ロッグウッド
ロットアップ
ワッツアップ
ワップマップ
笑って笑って
元増田です。
確かにアーティストのフックアップという点では功の部分の大きさも忘れてはいけないね。
俺自身も好きなジャンルで、界隈では評価されてるけど世間的には売れきってないような
それを言われるとEテレ愛好者として辛い。確かにそういう側面はあると思う。
Eテレの人選基準には①「まだピンの仕事で十分食えてないが才気ある若手」と②「仕事の質と世間の評価が合致してない中堅・ベテラン」を積極的に起用するというのがある気がしてて、それはそれで素晴らしいことなんだけど、人格面での身体検査はちょっとおろそかなんじゃないかと思うことは多々ある。
小山田は②で、Corneliusになってから商業的にパッとしてたのは1990年代のThe First Question Award・69/96・Fantasmaぐらいだと思う。自分は、小山田の音楽的な質はその後もどんどん向上してると思ってたので、Eテレがフックアップしたのはすごく良かったなと思ってた。でも、Eテレが彼を起用するための身体検査をやるべきだった、そこで問題があるならちゃんと禊ぎの儀式を済ませるべきだった、というのはまったくもって正しい批判で、俺も何も抗弁できない。小山田も周囲もEテレも、、みんなが「もう終わったこと」「よく知らないこと」とキャリアに残った棘を放置したせいで、四半世紀かけてカルマがここまで大きくなって、彼にとっても人生最大級だったであろう晴れがましい舞台で爆発することになった。本当にせつない。
そうじゃなくて(びっくりするぐらい読めてないな!w)、vaporwaveで参照されることが多かったシティポップの楽曲って、アニメ界隈で取り上げられたり主題歌にされたりするタイプとは違ったよね、だから「海外のアニオタがvaporwaveでシティポップをフックアップした」という主張は論理的に辻褄合ってないよね、ということですよ。初期〜中期にアニメと関係ないシティポップが盛んに使われてたんだから「それを取り上げた人達はアニオタだ」というのは牽強付会でしょう。
杏里のCAT'S EYEとかはfuture funk以降によく取り上げられてたけど、それ以前から杏里はvaporwaveシーンでは結構重要なアイコンになってて、そこで使われることが多かったのは角松敏生〜LA色が強い、中期以降のガチAORな杏里です。ちなみに杏里はアニソンを歌う自分があんまり好きではなかったようで(当時アニソンは子供向け・子供だましの音楽とみなされることが多かった)、長らくコンサートではキャッツアイを歌いたがらなかったという話があります。いい歌なのにね。
ニューヨークって総合2位になるくらいネタが面白かったのかがわからない。
なぜあのネタでファイナリストに残れたのか。どこに魅力があるのかが知りたい。
前から芸人によくフックアップされていたけど、漫才を見てもそこまで面白さを感じられずにここまできている。
ネットで少し検索してもやっぱりニューヨークは面白いっていう意見が結構多い。どこに魅力を感じているのか。
どういったところが技術的にも良いのかが知りたい。冷静に判断できるお笑いが好きな人の評価が聞きたい。
今回のネタはわりかし単純な構成だったと思う。嶋佐がボケて屋敷がツッコむという。オーソドックスな流れのコントよね。物語性がなくても成立するような。
その人のことを昨日ネットで見かけて、ある出来事が思い出された。
10年ぐらい前、まだその人が本格的に商業デビューする前の話。
私はその人のブログをちょくちょく見ており、同人活動やイラストをチェックするために訪れていた。
「新しいファイルサーバー買ったからveohからアニメをダウンロードしてガンガン放り込んでる」
という内容の記事がアップされていて驚いた。
その人は自力でブログやウェブサイトを構築できる程度にはネットに慣れていて、尚且つかなりの高学歴。
だからネットリテラシーもある程度高いんだろうなと思っていた。
しかも二次創作系同人活動もやってるのにそういうことを書くのかと。
その人は当時ほぼ無名だったからか特に問題は起きず、その後も普通に活動を続けていた。
その時はちゃんと商業デビューした後だったと思うので、そういうことなのかもしれない。
ちなみにその人は、同人活動がきっかけで今の萌え系四コマ雑誌にフックアップされている。
そして同人活動の経験を生かした作品を連載しており、その作品はアニメ化もされている。
でもご多分に漏れず、その作品名で検索すると違法アップ動画サイトへのリンクが容易に見つかる。
マッチドットコムに登録してみた。とりあえず、非会員で。切実だなあ…と他人事の様に感じてしまったのは、自分の両親と同じ年齢の男性たちから、メールやウィンクや色々来た時。まず、文章が長文で、見栄と恥をさらしながらメールのやり取りのこぎつけるタイプと、すべての恥を晒して懇願してくるタイプ。勿論、肩書や職業・年収もどこまでアテになるかは解らない。とにかく、今まで独身だった男性からバツイチまで、色んな40代50代が居て、びっくりした。
次に、私と同年齢のアラサー。余裕があるタイプか、やはり切実なタイプがいた。後者の中にもいろんな人種がいて。見るからに非リアや、リア充だけど現実の自分に見限りをつけて思い切って登録したんだな、というタイプ。私は、彼らと同じタイプだから、彼らとマッチするような擦り合わせをするべきなんだろうな。
でも、明らかに「遊びだな」というタイプもいた。このサービスに対する冷やかし半分、あとは気軽にフックアップ狙ってるなあと思わせる人と単に日本人の友達が純粋に欲しいというニーズの外国人の人。日本人の友達が欲しい外国人は明らかに既にノイローゼ気味で。婚活ではなく恋人を探している外国人はとにかくイケメンで要望も高い。
職業柄、パートナーに困っていないはずのフツメン・イケメン男性が、なぜか独身で、このようなサービスを一定数、利用している。
こうしてみると、本当に色々な人間がいるんだなってわかるし、自分の写真(髪型が違う)を変えただけで、アクションしてくる男性層も違ってくるところも、色々感慨深かった。そして、一番に思ったのは、「学生時代に結婚相手を見つけておくべきだった」という事。社会人になって、これほどパートナーを見つける事が難しいなんて、思いもしなかった。そして、両親と同年齢の男性たちに対して今、他人事ではないはずなのに、冷めた目で見ている自分に、もう少し渇を入れないとな、と思った。彼らの必死な姿は、将来の私の姿なのだから。
お笑い芸人・・・それはストレスの中で生きる人々に笑いを提供し、心に潤いを与える誇り高き仕事だ。
もちろん、すべての人がお笑い芸人の力を借りなければ笑えないわけではない。日常のふとした瞬間にも笑いは訪れる。にもかかわらず、観客は彼らを求め、そして笑えなければ、まるで無視される。彼らは常に自問自答する。「果たして俺のやってることの何が必要とされているのか?」「自分のやっていることは社会に役に立つのか?」「俺は面白いのか?」と。
そうした葛藤の中で、彼らは自らに技術が必要とされていくことに気づくことになる。"お笑い"の消費速度は、あまりにも速い。世の人々が、それを「面白い」と認識し、溢れてしまえばそれはたちまちありふれた光景の中の一部となり、"日常"という「つまらない」ものの一部となってしまう。今「笑える」ものが、半年後に笑えるとは限らない。たとえ一時的に「面白い」とされても、そこに胡坐をかいていると、たちまち「つまらない」ものになってしまうのだ。彼らはそこから蹴落とされないために修練し、叱咤激励しあい、切磋琢磨し、自らの"お笑い"に対する感覚を磨く。
その中で導き出された笑いの極意――それは、アンデルセンが描いた童話『裸の王様』にならい「王様は裸だ」と言うこと。つまり、権力や権威であったり、それが自然なもの、認めざるを得ないものといった同調的な圧力に臆せず、その姿を暴き立てること。それこそ、"日常"という誰をも取り巻く状況に対して風穴を開けるに対して必要とされる、根本的な姿勢なのだ。だから彼らは現状に満足しない。生き残る為にも、社会の中で生きる人々のためにも、自らの芸に毎日少しでも磨きをかけ続ける。それこそが、お笑い芸人に託された宿命なのだ。
そのお笑い芸人と呼ばれる人々の中でも、天才と呼ばれた人がいた――松本人志である。
彼がお笑いコンビ、ダウンタウンとして世に出てきた時、それを先輩芸人として見ていた島田紳助は、それまでの笑いの概念を覆されたという。彼の笑いのセンスはひときわ独創的だとたちまち評判を呼び、全国放映されるテレビ番組でいくつもレギュラーを抱え、時代を代表するお笑い界のカリスマとしての地位にまで上り詰めた。
時は経ち、依然として彼の姿をテレビで見ない日の方が少ないほど、確固たる地位にまで上り詰めた。彼はお笑い芸人として評価される側に留まらず、M-1グランプリで審査を務めたり、すべらない話で新旧問わない芸人のトーク力をフックアップするなど、今や時代の寵児には留まらない、お笑い界にその名を刻む人物となった。
そんな独創的なお笑いセンスとカリスマ性がある彼がレギュラー出演する番組の一つ、「ワイドナショー」で発言したのが以下の言葉だ。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/14/masuzoe-matsumoto_n_9976334.html
例年になく面白かった。準決勝の前半のコンビ名すら知らない若手たちの漫才は狂っていて本当に素晴らしかった。
だいたいNon Styleが優勝した年だろうか、みんなお行儀よく、人様の前でという留保付きで狂っていた。たしかにスキルは高いんだろう。日々精進していく漫才という芸の世界で切磋琢磨し、その成果を発揮するとなると、ああいったキレイで洗練されたスキルが称揚されるのだろう。
今年のM1は本当にワクワクした。特に最初の四組とタイムマシーン3号は。
審査員もあの頃のワクワクしたオンエアーバトルやM1全盛期時代の歴代優勝者たちが揃っていた。チュート徳井も、あのオンエアバトル時代の何をしでかすか分からない、冒険心と知性が合わさった顔をしているように見えた。
結果は、準決勝最初の4組とタイムマシーン3号の敗退だった。がっくり。紳助がいなくなって松本がいなくなって、ついにお前らの時代じゃないのかよ。お前らがお前らみたいな未完成でごつごつした若手をフックアップしなくて誰がするんだよ。
決勝に残ったのは、どうみても現存のお笑い体制で生き残れる面々だった。トレンディエンジェルの右側さんよ、あんたはエガちゃんにはなれない。
【要点】折笠富美子は天才だと思うのですが声オタの皆様はどう評価してるんでしょうか
カリスマアルファツイッタラの人が過去の遺物らしく過去の遺物を称揚しているのに群がって嬉々としてブクマするロートルどもよ。
ハッチポッチはもう終わったんです! 目を覚ましてください! いまやってるのは「フックブックロー」なんです!
▶ フックブックロー 上を向いて歩こう!アカペラ - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=appAk_yb0B0
■■見よう■■偉大なるハッチポッチが、王様〜ダンス☆マンの流れをくんで過去の洋楽ロック&ポップパロディであり元ネタ愛とセンスに重点を置いていたのに対し、フックブックローも同じくカバーは多めなんだけど、センスではなくて「うたごころ」をものすごく重視してる。悪く言えば歌謡曲的、良く言えば洋楽翻訳としての本来の歌謡曲的な性格を持っている。これはPが元8時だョ全員集合の人からメタルヒーロー作詞の人に変わったのが大きい。のかな?■■レコーダアーもある■■
で、何が素晴らしいってザ・ニュースペーパーのお兄さんもいいんですが、ヒロイン野辺留しおり役の、折笠富美子の歌がとんでもなく素晴らしいんだなあ。
▶ フックブックロー亜麻色の髪の乙女 - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=xHfr2CB8cOI
▶ fookbookrow.no.5 恋はみずいろ - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=GR2u6R62NyE
ソロも素晴らしいし、ハーモニーの中でキーとなる時も素晴らしい。突出した個性は間違いなくあるんだがコーラスの中では調和している。おにいさんと長母音が重なって倍音が揺れるところとかたまんない。言ってしまえばいわゆる「アニメ声」「声優歌唱」の典型なのだが(花澤香菜とか多大に影響受けてると思う)、このパペットに合わせられるとそれはうたのおねえさんになってしまって全く嫌味がない。
素晴らしい素晴らしい連呼で主観的すぎるので、基準を出すよ。
フックブックローに出てくる猫が浦嶋りんこで、浦嶋りんこと互角に歌えるということは吉田美和と互角ということで、つまり折笠富美子は世が世ならミリオン級の大天才。以上証明終わり。
んで、いまさらながら気づいたんだが、おれはずっと折笠富美子の歌が好きだったのだ。貼る。
▶ お散歩協奏曲 ~ 苺ましまろ - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=XaHaO3yJ9AI
さいこう。おれの中でいまだにアイドル(非プロパー)ラップの頂点。
たぶん、折笠富美子の何がうまいのかというと、タイムなんだな。リズムへの歌の乗せ方が段違いにうますぎる。だからラップが映える。
ていうのは、このあたりのライブを見るとよく分かる。三連も裏も自由自在なの。
▶ Live Open Sesame Vol.1 Digest(折笠富美子+渡辺剛+坂上領+伊達弦) - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=ER9m14Z1AF8
どんどん貼るよ。
▶ ぱにぽにだっしゅ! OP1 黄色いバカンス - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=R9z6l13RNbg
▶ あたしンち カラオケ天国 full - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=B8O2eD_SWwo
▶ 明日のナージャ - Etude - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=14-S08IFNo0
▶ キン肉マンII世 - Rinko, Tamaki & Keiko's Theme - Go, My Boy! - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=lGtlRod99XM
▶ chAngE/朽木ルキア - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=9ccbNmEAi2Y
さいこう。下の2つはあんまり好きでもないんですがなにこれ器用すぎる、という意味で。DISSるつもりはないんですが、安直なバラード歌わせるより、ぜったいビートのはっきりしたブラックやラテン寄りの楽曲の方が合うのに、そういうのが少なすぎる。音楽業界無能。
あ、冒頭の「声オタの〜」は煽りでも何でもなく、自分が声オタじゃないのでそのへんからの評価ってどうなんだろうなー、と単純に知りたかったので。ライブ映像見ても、すごく小さなカフェっぽいのしか見つからなかったし、いわゆるホールやドームでやる「声優ライブ」的なシーンでは名前見たこと無いし、こんなに歌上手いんだからそれでも評価はされてんのかなー、と。
総括! ディスコグラフィ的に振り返ると、00年代後半の苺ましまろ→ぱにぽにだっしゅの流れのころ、もっと音楽業界に見る目があれば……というのが残念でならないが、ここでNHK教育がフックアップして変形うたのおねえさんとして日本中の幼児とお母さんを虜にしているので良しとしたい。ただしNHK教育、フックブックローのアルバムをiTSで1枚だけしか出してないうえ、1曲250円売りでしか出してないことだけはゆるさねえ。
https://itunes.apple.com/jp/album/nhkfukku-bukku-ro-pa-ttopati!/id933586091