はてなキーワード: 部族とは
モジュロは移民問題をメインテーマとして扱っており、Xだとその手の描写について社会問題的視点からあれこれ感想や批判が飛び交っている。
そういうのも見ると俺も何か言いたくなってくるが、青バッチでもなんでもないオタクアカウントであまり繊細な話題に触れたくもないので、増田に吐き出すとしよう。
俺がモジュロで芥見下々先生の価値観が出ているなと感じられて、かつ、個人的に好きな部分は、”戦士”という価値観に対する描写だ。
マルは”戦士”という価値観に縛られているが故に、過去に弟を傷付け、作中後半では新たにできた地球の友である真剣を傷付けることを躊躇いつつも争いから降りることができなくなってしまっている。
これは”戦士”という価値観がマルに対して”呪い”となっているというエピソードだ。
一方でその直後に展開されるダブラVSマコラでは、ダブラは同胞のために身を削ってでも戦う”戦士”としての価値観に到達することで、跳び抜けて強いが故に部族の中で疎外されていた頃には得られなかった充足感を得ることができている。
マルVS真剣ではネガティブに描いていた”戦士”という価値観をダブラVSマコラのパートではポジティブに描いているのだ。
こうした多面的な描き方ができているところがモジュロの──、ひいては作家・芥見下々の良さではないかと思う。
芥見先生が社会問題に対してどう向き合っているか? という話題も良く見かけるが、俺は「ゆるく、でもポジティブな方向に物事が解決してくれたらと願っている作家」という風に感じた。
現実では解決困難な移民問題を最終的に調和パワーでブン投げるという、ゆるさ。
それでも、差別や偏見を乗り越えて隣人と手を繋ごうとすることこそ正しいというブレない姿勢。
前述の多面的な描き方も含め、例えばはてなで社会問題議論をしている人達に見られるようなキマりきった視点から見た『正しさ』とは異なる、素朴な善性に基づいて描かれたのがモジュロなのではないのかと俺は思う。
これについては物語で社会問題を扱うにあたって真摯ではないという批判の余地もあると思う。
一方で、思想的な強さがないからこそ、少年漫画として社会問題を扱いつつもエンタメ作品として良作を生み出せたのではないかとも感じている。
中国の南北朝時代(特に八王の乱以降)と、ローマ帝国末期(3世紀〜5世紀)は、異民族の大量移住と軍事力依存という点で、驚くほど構造が似ています。どちらも「文明の中心」が異民族の武力を頼るようになり、最終的に帝国の崩壊・大混乱を招いた点が共通しています。
・後漢後期から異民族(五胡:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌)を辺境防衛のために積極的に中華域内に移住させ、兵として動員した。
・西晋の八王の乱で王朝が弱体化すると、異民族が一気に反乱・独立し、五胡十六国という極端な分裂時代が始まる。
・結果として、漢人と異民族の虐殺の応酬と強制移動が300年近く続き、隋が統一するまで泥沼化した。
・3世紀の危機以降、ゲルマン民族(フランク族、ゴート族、ヴァンダル族など)やフン族を「連合軍(foederati)」として大量に受け入れ、帝国軍の主力として活用した。
・特に4世紀後半以降、ゲルマン部族を帝国領内に定住させ、軍事力として依存する「蛮族化」が進む。
・最終的に410年に西ゴート族がローマを略奪(ローマ sack)、476年に西方ローマ帝国が滅亡する。
・両者とも「自らの軍事力が衰えたため、異民族を大量に移住・傭兵化して補う」という政策を取った。
・最初は「防衛力強化」のための方便だったが、異民族の人口増加と軍事力の掌握により、帝国の統制が効かなくなり、最終的に崩壊・大混乱を招いた。
・異民族が王朝そのものを次々と建てた(前趙、後趙、前秦、北魏など)。
・漢人と異民族の民族単位での虐殺応酬が極めて激しく、朝廷交代のたびに前王朝の皇族・名族がほぼ全滅するパターンが常態化した。
・出自主義(家柄重視)が強かったため、「一族誅滅」が政治の標準手段となり、残虐性がより組織的・報復的になった。
・異民族は基本的に「連合軍」として帝国の中に留まり、独自の王国を建てるまでには時間がかかった(西方では5世紀中盤以降)。
・ローマ人は異民族を「蛮族」と見下しながらも、文化的に同化させる努力をある程度行った(キリスト教化など)。
・ただし、410年のローマ略奪やヴァンダル族による北アフリカ占領など、残虐行為はもちろん存在した。
八王の乱から唐成立までの約300年は、中国史上でも特に残虐で混沌とした時代でした。後漢末期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まった民族対立の連鎖は、ローマ帝国末期の「蛮族依存」と構造的に非常に似ています。
自前の正規軍を疎かにし、異民族の武力に依存すると、結局その異民族に帝国を乗っ取られるリスクが極めて高い。
最初は「労働力・兵力確保」のつもりだったのが、人口増加と軍事力の掌握により、帝国の内部から崩壊を招く。
中国は隋・唐で再統一され、異民族は最終的に漢化・吸収された。一方、ローマは西方で完全に崩壊し、ゲルマン諸王国が中世ヨーロッパの基盤となった。
中国の場合は民族単位の虐殺応酬がより長期化・激化し、ローマの場合は帝国の分裂と蛮族王国の成立という形で決着しました。
後漢〜西晋の胡人移住政策も、ローマのfoederati政策も、短期的な軍事力補強には寄与しましたが、最終的には文明の崩壊を招く原因となりました。
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
夏休み。八月に入っても誘ってくれる友人も居らず大学デビューに失敗。地元を離れ、帰るのにも億劫で鬱屈した毎日を過ごしていた。このままで夏休みの思い出も何も残せないのではないか?
そういったある日のこと。それまでの鬱憤もあったのだろう。すぐ行動に移した。
夜には高速バスに乗り、新宿駅に着いたのは1時過ぎだった。全くの無計画であったため宿の予約などはしておらず、まあ満喫で朝まで時間をつぶせばいいやといったぐらいの心持だった。
これからどうしようかなぁと新宿の夜をぶらぶらと歩き続けた。車の行き来が多い大通りへ出る手前、傍に路地が見えた。
その横を通りすぎようとした時。人影がスッと出てきて、声を掛けられた。
「ねぇ、一発どう?」
え?と思わず足を止めた。相手を見ると赤い服におかっぱのような黒の短髪の女性。角ばった大きめのサングラスをつけていた。
こちらが固まっているのを目にしてちょっと笑い、「興味があるならおいでよ」と腕を引っ張られた。
そのまま路地裏に連れ込まれると通りの明かりが遠のいていき、ようやく足を止めると辺りは狭く、街灯の明かりも頼りなく人の気配は二つのみ。
女は振り返るとこちらをじっと見つめ、鼻息が掛かるほど顔を寄せるとわずかに口角を上げた。
「二万でいいよ」と言ってきた。
かなり動揺したが性的な経験がなく、それでも興味は大いにあった。財布から二万を出して渡すと彼女はねじ込むようにポケットへ入れて、それからゆっくりしゃがむ。
「もしかして、はじめて?」
と聞かれ、情けなくも「あ……はい」と返事した。初めてだと申告すれば何かサービスがあるのでは?と淡い期待をしていたのだ。
「そう」とだけ言った彼女はニッと笑い、「じゃあ良い記念になるね」とサングラスを着けたまま言った。それからファスナーへ手を伸ばす。
こちらはただじっと立ち尽くしていた。彼女がファスナーから私の陰茎を取り出すと、彼女は屈んだまま顎をちょっとだけ上げて見つめてきた。上目遣いでやる感じなのかな?とその時には呑気にそう思った。
しかし女は次に右手をサングラスへ。そのままゆっくりと取った。
「あっ」
驚きのあまり声は枯れていた。というか驚きすぎて声が出せなかった。
彼女には片目がなかった。右目のみが欠けていた。右目部分にはぽっかりと見事な空洞があり、淡い街灯の下、底の見えない闇がそこにはあった。
呆気にとられていると彼女は微笑みながら私の陰茎を右手でつかんでゆっくりとしごき始め、勃起すると手を止め、それから顔をまた近づけてくる。
しゃがんだまま。じりじり。ゆっくりと。微々たる速度で。今にして思えば、恐怖のあまりそのように感じただけで、実際は素早かったのかもしれない。
女は勃起した陰茎に手を添え水平にしていた。あの闇が、右目があるはずの顔の一部が闇となって、段々と近づいてくる。
逃げ場はない。咄嗟に目を瞑った。反射的に飛び込んでくる虫を避けるように。
痛みはなかった。締め付けも。緩さすらない。奇妙な感覚だった。穴。挟まるというより収納されていくような感覚。たまにテレビで見かける異国の地、山奥の集落、そこに暮らす部族がつけているペニスケースの感覚がこのようなものではないかと思わせるような感触。
奇妙にも。非常に奇妙にも、そこでまず感じられたのは背徳感だった。しかし何に対する背徳なのかはいまだにはっきりとはしない。
ここから先の記憶は多少混雑していてはっきりとはしない。気持ちが良かったのか、どうなのか。
唯一つはっきりと覚えているのは、その場で射精したという事実である。
今でもたまに見る。当時のこのことを夢として。そして当時の続きを夢として。
夢の中では女は私に腕を組んできて、そして路地裏から出ると外は昼間で、こんなにも明るかったのか。ああこんな日中にあんな行為をしていたのかと、それでも妙に快く、女の顔を見るとサングラスはなく右目はない。日光が地表を照らす。そのときに女の顔にも光が差し込み、そこで目が覚める。
穴。奥がどうなっているのか。未だに分からない。知りようもない。知りたくもないのかもしれない。
だがこれは19の夏にあった出来事で、現実の話だ。二万も確かに消えている。いや、あんな事は実際にはなかったのではないか?と考えるときもある。
それでも。蒸し暑く、じめじめした八月の夜風に当たる度、あの夜のことを思い出す。
モンゴルにおける「テムジン」は、世界最大の帝国を築いたチンギス・カンの本名(幼名)として、国家の誇りや英雄の象徴となっています。 [1, 2, 3, 4]
モンゴルには、テムジン(チンギス・カン)の生涯を辿る観光スポットが多くあります。
* テムジンが黄金の鞭を拾ったとされる場所に建てられており、像の内部や展望台から草原を一望できます。
* 乗馬体験や「ゲル」への宿泊を通して、当時の遊牧民の暮らしに近い体験ができます。
* ガンダン寺: モンゴル最大のチベット仏教寺院で、歴史的な建造物が多く残っています。 [5, 13, 14, 15, 16]
ニュージーランドという国は南半球の最果てにあるような国であり、日本では未だに「人工よりも羊が多い国」としか認識されていないが、それなりに近代化を果たした国でもある。
かつて原宿にあったクッキータイムスの店舗ではクッキーを売っていたが、現地ではレジの脇で二束三文で売られているひたすらに脂っこいお菓子であり、クッキーなのに噛むと「ジュワッ」とした食感が消化器系を着実に殺しにかかってくる。
さて、ニュージーランドは一体誰の国だろうか、マオリの国だとうか、英国系移民の国だろうか、マルチカルチャであるがゆえに「特に誰か特定の民族の国ではない」だろうか、近年では凄まじ勢いでインド人の国になりつつある。
ワイタンギ条約というマオリ族とイギリスが締結した条約によってニュージーランドは英国目線では英国の植民地となり、マオリ目線では英国の保護のもとマオリの国を保ったと認識している。
これはワイタンギ条約における人類史上最悪の誤訳の一つに数えられる誤訳が英語版とマオリ語版の間にあるからだ。
マオリ語版では「英国王室の保護のもとニュージーランドはマオリの国として維持される」となっており、英語版では「ニュージーランドは英国の植民地でありマオリ族には英国の市民権が与えられる」となっている。
この誤訳は長い間放置されており、問題が完全に民族間のルサンチマンに入れ墨のように入り込んでおり、地域によってはマオリ族による強盗があとを立たない。これは「我々の国に勝手に外国人が来てものをおいているんだからこれは我々のものである」という理屈を振りかざしているから彼らには良心の呵責などは一切ない。
つまり所マオリ族の認識ではニュージーランドはマオリ族のものでありそれ以外は出ていくべきだという人も少なくないし、彼らはそういった論理で度々デモをしている。
日本人にも有名な観光地であるロトルアでは完全に資本主義に屈服したマオリ族が観光客向けに様々なアクティビティを披露しているが、彼らの生活は安定しているが他のマオリからは白い目で見られている可能性もある。
こういった誤訳のあるワイタンギ条約においてもマオリ族の利権はかなり強力なレベルで維持されており、その一つ、ニュージーランドの土地はマオリ族と英国王室の間でのみ売買される、を根拠にマオリ族の許可なしには一切の開発を行うことができない。
ニュージーランドのオークランドが最大歳になっている理由は、ワイタンギ条約締結直後に正式に英国王室がマオリ族から土地を買収したために自由に開発を行えるからでしかない。
ちなみにこのときの売買価格があまりにも安くマオリ族も現地で王室から土地を買う英国商人も全く儲からないことから不満が爆発しマオリ戦争になった。マオリ戦争では末に英国がマオリ族に売りつけたマスケット銃をマオリ族は駆使したが、当時の英国の物量の前になすすべもなく一方的なマオリの敗北となった。
もう一つちなみにだが、マオリ族がマスケット銃を手に入れたことで部族間闘争も更に悲惨な状態になっていったという問題もある。
他にも林業や漁業はマオリ族の専有となっており、マオリ族が捕まえた魚しか店頭に並ぶことはない。そのせいでこの業種で競争が成立しておらず、マオリの最大権益となっている。
ニュージーランドの副首相であるデビッド・シーモアはこのワイタンギ条約に手を付けようとしたニュージーランドでは初の政治家と言っていいだろう。
私の中で悪名高いウィンストン・ピータースもワイタンギ条約自体は「単なる3つの文章が書かれた紙」と要しており価値は認めていないが、手を付けようとしたことはない。
デビッド・シーモアは連立の条件の一つにワイタンギ条約改正を掲げておりラクソンは受け入れざるを得なかった。ウィンストン・ピータースは「議論には出すが人々の良識にかける」とのっけから逃げ腰だった。
彼は「ワイタンギ条約はそもそもイギリスとマオリとの間の条約でありニュージーランドが批准する義務はないのだ」などとも言っており、本心ではワイタンギ条約の破棄、またはニュージーランドとしてワイタンギ条約に批准する責任はないことを法的に確認したいのだろうと言われているが、一番言っていることは「この国はマオリと英国移民だけではなく多数の移民がいる、そんなマルチカルチャのくにで各人がそれぞれ公平に扱われる条約が必要だ」だが、これを信じている国民はいないように見える。
そんなワイタンギ条約が締結された日を「ワイタンギ・デー」という名前で国の祝日にしているが、この日は政治家がワイタンギでスピーチをする。ワイタンギ条約のワイタンギはニュージーランドの地名だ。
その中でスピーチをしたのがデビッド・シーモアという最悪のキャスティングをした今の政府のセンスのなさはもう誰も止めようがないのかもしれないが、彼はスピーチの中で「ニュージーランドを植民地にしたことはマオリにとっても良かった」と言ってしまい、大炎上した。
彼がなぜこんなことを言ったのかはわからないが、マオリ族からしたら植民地になった覚えはないので大騒ぎとなってしまった。
ワイタンギ条約と言ってもわからない人のために軽く経緯を説明すると以下のようになる。
2. タスマンがニュージーランドを発見、当時の乗組員がオランダの故郷であるジーランドにちなんでニュージーランドと命名するも現地のマオリと乱闘になり逃亡
3. ジェームス・クックがニュージーランドに再上陸、今度はマオリとうまく行った
4. 英国人が新天地を求めてニュージーランドに移住、この時点でニュージーランドはマオリの国だった
5. 英国人が資本主義に疎いマオリ族から土地をだまし取ったりマスケット銃を売りつけて部族間抗争を悲惨にしていく
7. 現地にいる英国人の安全確保や詐欺同然の商慣習に対応するためにワイタンギ条約を締結してニュージーランドを英国の植民地にしてフランスから守った
つまり、マオリからしたら帝国主義列強に完全に巻き込まれているのだがデビッド・シーモアの言い分としては「植民地化したことでニュージーランドの土地が英仏戦争の戦場にならなくて良かったな」なのか「より文化的な生活を享受できてよかったな」なのか’はわからないがこのような過酷な運命に翻弄されているマオリ族からしたら許しがたい一言であっただろうことは間違いがない。
今の政権が年末の選挙で一体どうなるかはわからないが、もうじき選挙が始まるこのような時期に不穏なことを行ってしまえるデビッド・シーモアという政治家には不安しか感じない。適当に耳障りの良いことを言って支持率を集めるジャシンダ・あーダーンのようなことをする必要はないのだが、お前の私的な意見なんか誰も求めていないということを国としてしっかりと選挙結果に表すべきだろうが、そうするといウィンストン・ピータース率いるニュージーランド・ファースト政党がますます力をつけるかもしれないので、もうこの国はどう転んでも同仕様もないところまできた可能性がある。
やはり原作の構成や没入感には一切勝てない ただ原作をなぞった紙芝居にしかすぎないなあって
ジョニィやジャイロの声や動く姿はうれしい サンドマンの声もあっている。
しかしジョニィが鉄球による反射で立ち上がってからの過去の栄光挫折傲慢をあの刹那で
見せたうえで後悔と傲慢な行動の代償を描いたからこその彼の今を共感できるのに
立ち上がったエピソードと 過去のエピソードを切り離しやがった
それとサンドマンが差別的扱いするシーンがただ金持ってるか持ってないかの
暴言になるのも「逃げ」だと思う。アメリカでの白人がインディアン部族を追い出した
https://x.com/thedarshakrana/status/2024894052257370529?s=46
要約
現代人に広がる「原因不明の疲労感」や「集中できなさ」は、睡眠不足や努力不足ではなく、注意力(attention)が奪われていることに起因するという主張。
⸻
• 何に注意を向けるかが、思考・信念・アイデンティティを形成する。
• 現代は、巨大テック企業が心理学・神経科学を駆使し、注意を奪う仕組みを構築している。
• 我々は「自由意思で使っている」のではなく、設計された依存ループに組み込まれている。
⸻
• 新奇性
• 承認
• 怒り
• 性的刺激
などを無限スクロールで供給し、異常なドーパミンスパイクを起こす。
結果:
• 本来価値ある活動(読書、会話、努力)が「つまらない」と感じる
• 不快 → スクロール → 一時的緩和 → さらに悪化、という依存ループ
⸻
の二層構造を持つ。
しかし、
• 退屈
• 静寂
• 何もしない時間
結果:
アイデンティティは「繰り返し向けた注意」から形成されるが、今はアルゴリズムがそれを決めている。
⸻
• 自殺率 +70%
• 自傷行為急増
といった統計が急上昇。
• 発達段階の脳への強刺激環境
⸻
• 通知全停止
⸻
② 注意力のリハビリ
• 意図的な退屈訓練
⸻
③ アイデンティティ再構築
⸻
核心メッセージ
という問いで締められている。
自分の家がある集落が観光地だったら入場料取れるし案内するだけでお金貰える。
平日はサラリーマンして休日は家の案内する。バイクで通勤してるらしい。
有名な部族ってそこが強い。
生物学的ハードウェアから始めましょう。女性は、社会的排除が生存に多大なコストをもたらす環境で進化しました。妊娠中は狩りはできません。授乳中は抵抗できません。生き残るためには、部族からの承認、つまり保護、食料の分配、一時的な脆弱性への寛容が必要でした。何百万年もの間、このような状況が続き、社会的拒絶を深刻な脅威とみなすハードウェアが生まれました。男性は異なるプレッシャーに直面していました。何日も行方不明になる狩猟隊、探検、戦闘。あなたは我慢しなければなりませんでした。
一時的な排除を精神的に崩壊することなく乗り越えられた男性には、より多くの選択肢があった。より多くのリスクを負い、より自立し、より困難な状況から抜け出す能力があった。(男性の地位は依然として生殖において非常に重要であり、地位の低い男性は困難を強いられた。しかし、男性は妊娠中や授乳中の女性よりも困難な方法で、一時的な排除から立ち直ることができた。
これは性格研究にも現れています。デイヴィッド・シュミットによる55の文化を対象とした研究では、どの文化においても同様のパターンが見られました。女性は平均して協調性が高く、神経症傾向(社会的拒絶の兆候を含む否定的な刺激への感受性)も高いのです。男性は平均して、意見の相違や社会的対立に対する寛容性が高いのです。これらの差は大きくありませんが、研究対象となったすべての文化において一貫しています。
https://x.com/IterIntellectus/article/2012220254504530043/media/2012211298830868480
Start with the biological hardware.
Women evolved in environments where social exclusion carried enormous survival costs. You can't hunt pregnant. You can't fight nursing. Survival required the tribe's acceptance: their protection, their food sharing, their tolerance of your temporary vulnerability. Millions of years of this and you get hardware that treats social rejection as serious threat.
Men faced different pressures. Hunting parties gone for days. Exploration. Combat. You had to tolerate being alone, disliked, outside the group for extended periods.
Men who could handle temporary exclusion without falling apart had more options. More risk-taking, more independence, more ability to leave bad situations.
(Male status still mattered enormously for reproduction, low-status men had it rough. But men could recover from temporary exclusion in ways that were harder for pregnant or nursing women.)
This shows up in personality research. David Schmitt's work across 55 cultures found the same pattern everywhere: women average higher agreeableness, higher neuroticism (sensitivity to negative stimuli, including social rejection cues). Men average higher tolerance for disagreement and social conflict. The differences aren't huge but they're consistent across every culture studied.
2026年1月、アメリカの分断は新たな局面を迎えました。治安維持の名の下に行われる強硬な取り締まり(ICE)と、それによって失われる市民の命や尊厳。かつての歴史を想起させるような不穏なシンボルが公然と現れ、人種を超えた連帯による「抵抗」が始まっています。
はい、このような事件が発生したという報道があります。2026年1月7日、ミネアポリスでICE(移民税関捜査局)のエージェントが37歳の白人米国市民女性、Renee Nicole Goodを射殺しました。彼女は武装しておらず、車内で撃たれたとされ、事件は全国的な抗議を引き起こしました。トランプ政権は彼女を「国内テロリスト」と呼んでいますが、ビデオ分析では自衛射撃の主張に疑問が呈されています。Goodは3人の子供の母親で、詩人でした。
* * 白人青年が片目を奪われ (White youth lost one eye)
はい、確認された事件があります。2026年1月9日、カリフォルニア州サンタアナでの反ICEデモで、21歳の白人抗議者Kaden Rummlerが国土安全保障省(DHS)のエージェントから非致死性弾丸を至近距離で撃たれ、左目を永久に失いました。彼は手術を受け、頭蓋骨骨折も負いました。家族によると、エージェントは彼を嘲笑したそうです。
* 黒人の赤ちゃんがいったんは呼吸を止められ (Black baby temporarily stopped breathing)
はい、このような出来事が報じられています。2026年1月15日、ミネアポリスでICEエージェントが抗議現場で催涙ガスと閃光弾を使用し、6人の子供(うち生後6ヶ月の黒人赤ちゃん)が乗った車に影響を与えました。赤ちゃんは一時的に呼吸停止し、母親がCPRを行い、病院に搬送されました。家族はバスケットボールの試合帰りで、巻き込まれたと主張しています。
* 先住民が拘束されて行方不明 (Indigenous people detained and missing)
はい、関連するニュースがあります。2026年1月、ミネアポリスでオグララ・スー族の4人の部族員がICEに拘束されました。1人は釈放されましたが、残り3人はフォート・スネリングのICE施設に拘束されており、部族指導者は「行方不明」として釈放を要求しています。彼らはホームレスで、米国民です。また、他の先住民も誤認拘束の報告があります。
* * 拘束された移民は収容所で官憲に首を絞められて死亡 (Detained immigrant died by being strangled in detention)
はい、こうした事件が確認されています。2026年1月3日、テキサス州のICE収容所で55歳のキューバ移民Geraldo Lunas Camposが死亡。目撃者によると、ガードに首を絞められ、窒息死しました。検死官は殺人(首と胸の圧迫による窒息)と認定する見込みで、ICEは自殺未遂と主張していますが、矛盾が指摘されています。
* * 国境警備隊のトップがナチスを模した格好で現れ (Border patrol top appeared in Nazi-like attire)
はい、このような報道があります。国境警備隊のチーフ、Gregory Bovinoがミネアポリスでカスタムトレンチコートを着用し、ナチス風の服装として批判されました。ソーシャルメディアで「ナチス・コスプレ」と呼ばれ、Gavin Newsom知事もファシズムの象徴と指摘。DHSのプロモビデオでも同様のイメージが使われました。
* * ICEの求人広告にナチス賛歌が使われている (ICE job ads use Nazi anthems)
はい、確認された事例があります。DHS/ICEの求人広告で、白人至上主義やナチス関連の歌詞やスローガンを使用。例えば「We’ll Have Our Home Again」(白人ナショナリストの賛歌)や「One Homeland. One People. One Heritage」(ナチススローガンに似る)が使われ、批判を浴びました。これらはリクルートポストに含まれており、白人至上主義者を引きつけるプロパガンダと見なされています。
* * あのブラックパンサーが人種民族を超えた「戦争」を語る (Black Panther talks about “war” beyond race and ethnicity)
はい、関連する動きがあります。2026年にBlack Panther Party for Self-Defenseが復活し、フィラデルフィアやミネアポリスでの抗議で武装して現れ、ICEの暴力に対する抵抗を宣言。人種を超えた抑圧された人々との連帯を強調し、「国際主義」を掲げています。これは「戦争」としての闘争を意味し、トランプ政権への対抗として位置づけられています
2020年のBLM(Black Lives Matter)運動と、現在(2026年1月)の状況を比較すると、国家運営の根幹を揺るがす「危機の質と深さ」において、2026年の現在の方がより深刻かつ危険な局面にあると言わざるを得ません。
| 比較項目 | 2020年:BLM運動 | 2026年:現在(ICE/連邦政府の暴走) |
| --- | --- | --- |
| 主な対象 | 地方警察の暴力と組織的人種差別 | **連邦政府機関(ICE/DHS)**による市民への暴力 |
| 犠牲者の属性 | 主に黒人コミュニティ | 白人市民、子供、先住民、移民など全方位 |
| 権力の正当性 | 地方警察の改革が論点 | 連邦憲法と市民権の保護が崩壊の危機 |
| イデオロギー | 正義と平等の要求 | 国家による極右・ナショナリズムの公然とした採用 |
| 抵抗の形態 | 大規模デモ、制度改革の要求 | 武装組織の復活、連邦対地方自治体の対立 |
以下の3つの理由から、現在の状況は2020年よりも国家の存続において危機的です。
2020年の悲劇(ジョージ・フロイド氏の事件など)は主に地方警察によるものでした。しかし、2026年の事例(Renee Nicole Goodさんの射殺など)は、連邦政府直轄の機関(ICE)が、米国市民に対して致命的な武力を行使している点が決定的に異なります。
これは「国家が自国民を保護する」という社会契約が連邦レベルで破綻していることを意味し、憲法秩序の崩壊に直結します。
現在、ICEや国土安全保障省(DHS)の求人やトップの言動に、ナチスを想起させるスローガンや白人至上主義的なシンボルが使われていると報じられています。
2020年は「制度の中にある差別」が問題でしたが、2026年は**「政府そのものが排他的イデオロギーをアイデンティティとしている」**状況です。これは民主主義国家としての運営能力を内側から破壊しています。
2020年はデモと政治的圧力が中心でしたが、現在はブラックパンサーのような組織が「戦争」という言葉を使い、武装して抵抗を呼びかけています。
また、ミネアポリスやカリフォルニアなどの自治体・州政府が、連邦政府の活動に対して法的に、あるいは物理的に対立する姿勢を強めており、「第2の南北戦争」や「連邦解体」の現実味が2020年当時よりも遥かに高まっています。
2020年は「社会の歪みを正すための痛み(改革)」の側面がありましたが、2026年の現在は**「国家のシステム自体が市民を敵と見なし、物理的に排除し始めている」**という、統治機能の末期的症状を呈しています。
ナウシカはお姫様だけど父親が腐海の毒にやられて伏せってる以上、実質の司令官かつ優秀なパイロットなのは分かると思うけど
ユパという世界一の剣豪に師事したいっぱしの戦士でもある(クシャナ配下の精鋭部隊である重装兵を鎧の隙間からの一撃で一瞬で殺す程度の実力)
あの世界の辺境の都市や部族ってのはなんらかの技術遺産の提供と軍役をもって大国であるトルメキアと同盟関係を結んで独立を保障してもらってたわけ
ペジテの場合はそれが工廠だったし風の谷の場合はガンシップとそれを動かす人員
ほぼ単独で偵察に出るとしてもメーヴェに乗ることができるようなスキル、自衛能力の高さから言ってもナウシカ以上の適任者はいないわけ
腐海の侵食や蟲の異変は国家の存続に関わるわけだし偵察は必須、しかも同盟関係にあるといってもトルメキアなんか信用できなかったわけでな(近隣の都市であるペジテは巨神兵の心臓を掘り出したがためにトルメキアに接収されて滅亡したし、その最後の生き残りを見つけられたのもナウシカが偵察に出ていたから)
遊んでたとか思うのはお前が考えなしだからだろ
あまり話題にならない土地だが、話題になる時はろくなもんじゃないね。大昔のことだけど記憶に残ってるのは、公務員が海外に研修に行ったら利用したバスが交通事故に巻き込まれた事件。市役所の前にマスコミが中継に来て、ギャラリーの一般人の群れがイエーイ!ピースピース!ってやってた。なんつうかそういう所なんだな。
市役所といえば、昔は色々と公務員の腰が重くて鈍臭いのが問題になったかなんかで「すぐやる課」みたいな課が出来てたような気がするけど今はどうなんだろうな。
某高校の印象としては、上の世代は農学校だと思い込んでるけど自分としては機械いじりの好きな人が行く所かな。多分農業機械とかやる学科があったのかな、しらんけど。
この地方の風土と人々の特徴みたいなの。だだっ広い平地で物理的には風通し抜群なのに人間関係の閉塞感ぱねぇ。私見だがなんでも我慢すれば何とかなると思われてる。虐げられてもニコニコしながら我慢してるイメージ。しょっちゅうすごい濃霧に覆われるからかなあ、こんなに人間が湿っぽいの。平地なのに。
あ、でも東や南のほうは広々としてるけど西のほうは峠とか急勾配ありまくりだったね。関東平野の切れ目だからね。
基本的に人が陰湿なのでああいういじめが起こることはまあそんなこともありますねって感じだね。何ならいじめっ子が実はターゲットであいつを吊るし上げるための動画なのかもしれんと思った。でも今時の高校生は全国区で何でもかんでも動画に撮って後先考えずに世界にやつばっかりだから、これはこの地方の高校生が特段に馬鹿という事を意味するわけでもないのかもしれないが。
自分が学生の時は暴走族とカツアゲマンが多かったよ。下校中に待ち構えて「ほら、ピョンピョン跳んでみろ?」って言ってくるよ。
その頃のろくでなしがそのまま地元に残って子供拵えていると思うと恐ろしくて地元帰れねえ。
加害者の顔立ちが珍しいので大陸の人なんじゃないかと言われてんの見たけど、あの地方と茨城県と群馬県の一部にはあんな顔の人がいっぱいいるよ! 色白目ちっさい馬面がデフォなんだよ。東の隣町の方さ行くと色が黒すぎて南の島に行って現地人と間違えられるような部族がいっぱいいるよ。どうしてこうも白黒はっきりしてるのか不思議だよ。白黒はっきりさせるの苦手民ばっかりなのにな。
栃木県警は勇ましいこと言ってるけど正直あまり期待はしてないかな。ましてや地元の教育委員会とかすぐに人間関係の綾に絡め取られて手詰まりになりそうだけど大丈夫?
加害者は人生終わってしまった感あるけど親の力次第のとこあるね。被害者の方は、親がちゃんと病院連れてってくれて診断書取って弁護士つけて闘ってくれる人だといいね。それが出来ない人が多いという印象を自分は持ってるけどな。うん、どっちにしろ親次第なんだよ。
【追記】
おっと書き忘れてた。いじめ動画の舞台となった便所が綺麗な件。今はどうか知らねども、自分が学生の頃は掃除と避難訓練は厳しくやらされた。競い合うように掃除するから校舎の中綺麗。偶々自分の出身学校がそういう校風だったのか、市内の学校が全てそうだったのかはわからないけど。他の学校に研修に行った校長先生は翌朝の朝礼でまず他の学校の掃除状況を貶すという思い出がある。ともかく便所綺麗なことに自分としては違和感ない。単に最近改築しただけだったらゴメンネー。
いろいろ頑張って旧石器時代を撮っているはずなのに結論が妙に鼻につく。59点。
紀元前2万年くらいのヨーロッパ。部族の長の息子である無能なケダは狩りの途中でバイソンに谷から放り投げられ高台に落下。死んだものとされてしまう。どっこい生きていたケダはいろいろあって脱出、途中で襲い掛かってきた狼といろいろあって仲間になり帰宅する。
いつも通りあんま深くあらすじとか見ずに見始めたら期せずして昨日のトーゴーと2夜連続人と狼犬の絆物語だった。
タイトルにもう書いてあるからいきなり特大ネタバレするけど、この話って旧石器時代に"狼"が"犬"になる犬誕生初夜の物語なのね。だから「アルファ」。最初の犬。なのでこの作品は旧石器時代である必要がある。
で、だ。旧石器時代に詳しくない俺としてはこの作品のリアリティの置き所に困るわけですよ。主人公の部族ってみんなしっかりと毛皮製の服を着てるし、牙や骨で作られた装飾もじゃらじゃらしてるし、たぶん動物の胃袋製かなんかの水筒とかまで持ってるし。紀元前2万年ってこんな感じ?メルギブのアポカリプトの原住民よりだいぶ近代っぽい感じするけど……などと考えてしまう。主人公は落下の際に足を骨折するんだけど即座に添え木当てて固定するし。
これあってんのかなぁ、どうなのかなぁと思いつつも、この作品、旧石器時代に英語話すのおかしくね?ということで常時架空言語を話し続けるという徹底っぷりなのでたぶん時代考証は結構してるんだろうと思う。
ほならなんで最後の最後にドヤ顔で「お前の名前は"alpha"だ」とか言い出したんですかね!っていうのが俺の中での一番のモヤモヤポイント。紀元前2万年前にギリシア文字を生み出した種族の話だった?もしかして!
と嫌味を言いつつ。
内容としては割と真っ当な成長ストーリーで、最初はイノシシの止めもさせなければ火をおこすこともできない無能オブ無能な主人公だけど、族長という親の大いなる庇護下から文字通り荒野に放り出されて(自分が傷つけた)狼という自分が庇護すべき対象を得ることで生きる覚悟を決めるというプロット自体に一定の強度がある。
彼は自身の飢えと傷つき獲物が取れない狼のために初めての狩り=殺しを経験し、ともに寒さをしのぐために火おこしを頑張る。直接的すぎるきらいはありつつも誰かのためなら頑張れる主人公という像をちゃんと描けていてよかった。直接的すぎるで言えばサバイバル生活を続ける中でこいつ女みたいな顔してるなって主人公がちょっとずつひげ生えてきて逞しくなっていくのもちょっとわかりやすすぎて草。
また共同生活を行うも本能で動こうとする狼に対して「待て」を教えたりと躾けver0.1みたいなことを始める展開もまぁ悪くない。狼が可愛いしね。ただこの野生動物と絆を深めていく展開に関しては実写版のヒックとドラゴンがちょっと良すぎてなぁ。それに比べるともう一歩というところ。
その後のイチャイチャパートは犬好きにはもうたまらんでしょうな。犬(狼)映画なのでそこをちゃんと魅力的に撮ろうという心意気は高く評価できるし実際によく撮れてると思う。
ただ、成長要素以外のストーリーはやや弱い。
高台に取り残された主人公は結局、大雨が降って谷底が増水したことで脱出に成功するんだけど、なんかすぐに水が引いてその後、割と即座に谷の上に帰ってくる。そこで自分の墓があるのを見て、オワタ……ってなるんだけど、でもぶっちゃけ「元居た場所」に戻れてるなら来た道を変えればよくね?実際にはそこから数か月に及ぶ大サバイバルになるんだけど、来るときはそこまででもなかったよね?ってなっちゃった。
普通に増水でめちゃくちゃ流されちゃって自分がどこにいるかもわからない。でも手に彫った星座を頼りに方角だけはわかるから来た道とは全然違うルートをサバイバルする必要があるのほうが納得力高い気がするんだけど。
途中で氷が張った河を走ってたら氷が割れて氷上に狼、水中に主人公が生き別れになるシーンがあってその横断面で上下を同時に描く画面がめっちゃカッコイイのはよかったんだけど、結局主人公が頑張ってナイフで氷割って脱出するって言う、そこはなんか思いつかんけど狼との連係プレイなかったん?って思っちゃった。
あと終盤、洞窟でPUMAに襲われるシーンで狼が体格的にも格上のPUMAに果敢に立ち向かい、主人公が弓矢で援護しようとするんだけど動き回る2匹に狙いが定まらない。目を閉じて矢を放つと見事PUMAにだけ命中し九死に一生を得たのでしたってなるんだけど、それはもう単なる南無三ギャンブルなんよ。
これが信頼感とかバディ感になるにはなんか事前に合図を決めてあったとか、"動かなければ"射手の能力であれば自分には当たらないはずだみたいな文脈があってのことでくんずほぐれつしてる中に目を閉じて撃つはもう「当たったらごめーん」なのよ。
まぁそんなこんなでいろいろと粗はありつつ骨子は定番の行きて帰りし成長譚と野生動物懐きものという一定の強度があるテンプレートなので安心して楽しめるし、狼は可愛いし、紀元前2万年ってこんな感じやったんやなぁっていう(映画内描写が正しいとしてね)楽しみ方もできるし、そんな悪い作品でもなかった。
狼はかわいいので犬好きは普通に見ていいと思うし、他に見たい映画を圧してまで見る必要はないけど1時間半いい感じに時間潰したいなって時にはオススメ。
新年早々暇だったので読書をしようと思い、どうせなら普段なら絶対に読まないジャンルを選ぶことに。
そう思い選んだのが哲学のジャンル。せっかくなので名著を、と思い選んだのが本書である。
レヴィ・ステーキソースといえば構造主義の祖であるらしく名著である本書は今に読んでも示唆に富み、初めて読んだが非常に感銘を受けた。
この本の主張を簡潔に述べれば「西洋文化への批判」だ。西洋人はこれまで自らの種族が最も優れている…と考えていたが、本書はその欺瞞を容赦なく露呈させる。
優れた知性の成り立ちとされる西洋社会の文化もまた構造の一形態に過ぎず、それは部族の野蛮とさえ見える文化と実は遜色ないものであることを証明する。野菜の思考はまさに文化と構造にメタ的な観点の取り入れを可能とし、その功績によって現代人においても本書は必読の書であるといえるだろう。
アフガニスタンにおける民主化の失敗は、近代西欧が信奉してきた「普遍的価値の輸出」というドグマの限界を露呈させた。かつて日本やドイツが敗戦から鮮やかに民主化を成し遂げた成功体験は、今や「前提条件」という名の残酷なフィルターを通さねば語ることはできない。
第一の論点は、国家建設における「土台」の重要性である。日本が明治維新を経て成し遂げたのは、教育と強権的な行政機構による「国民アイデンティティ」の創出であった。それは江戸時代の幕藩体制を、元老という名の啓蒙君主たちが半ば独裁的に統合し、数十年かけて「日本人」という均質なアイデンティティを鋳造する作業であった。対して、部族性が色濃く残るアフガニスタンにいきなり選挙を持ち込むことは、江戸時代の藩の対立をそのまま投票箱に持ち込むに等しい。自発的な啓蒙君主による数十年の安定と教育を欠いたまま、外部から制度の箱だけを投下しても、それは砂上の楼閣に過ぎない。もしアメリカが本気で民主化を完遂させようとするならば、経済的デメリットを度外視し、行政から警察機構までを植民地支配のごとく直接統治するしかなかった。しかし、現代の倫理観と経済合理性の下では、その選択肢は既に閉ざされている。
第二に、近代化の熱量を規定するのは「背水の陣」という極限状態である。明治期の日本を突き動かしたのは、当時の凄まじい人種差別という外圧であった。どれほど優秀であっても「個人」としての立身が封じられた時代、彼らの全知全能は「日本という国を対等に引き上げる」という一点に凝縮されるしかなかった。対して現代のグローバル社会では、中後進国のエリートは容易に「国を捨て、システムが完成した先進国へ移住する」という合理的選択が可能である。この「頭脳流出」は、国家建設に不可欠な知的エネルギーを霧散させ、残された地にさらなる混迷を招くという構造的欠陥を抱えている。
第三に、文明の持続可能性と人口動態の逆説である。自由民主主義は個人の権利を尊重するが、それは同時に出生率の低下という文明的衰退を内包している。一方で、タリバンに象徴されるような伝統的・抑圧的な体制は、現代の倫理観には反するものの、高い出生率によって「数」の優位を保ち続ける。歴史は常に「正しい」側ではなく、変化に適応し、次世代を繋ぎ得た側に軍配を上げる。我々が享受する「治安の良さ」や「安定」すらも、アイヌや琉球などの多様性を削ぎ落とし、一度レールを外れれば再起が困難な「同質性の罠」という代償の上に成り立つ危うい均衡に過ぎない。
結論として、今後の世界は何もかもを分かち合う「アイデンティティの一致」を諦め、合致する利害のみで繋がる「プラグマティックな取引」の時代へと移行するだろう。日本においても、医療・年金システムの限界が露呈し、国家による一律の救済という幻想が崩壊する中、我々に残されたのは「諦念」という名の覚悟である。十分な資産を持たぬ者は現実に適応し、現役世代は国家に依存せず、自らの力で生存の基盤を築く「個の武装」を余儀なくされる。
アフガニスタンの混迷から日本の閉塞感までを通底しているのは、「他者から与えられたシステムは、その土地の現実に即していなければ必ず破綻する」という冷厳な真理である。我々は今、戦後という長い安寧の時代の終わりにおいて、再び「自力で生き残る」という根源的な問いの前に立たされている。
暇なんでgemini使用
こんな夢を見た。
『2025年12月のある真夜中、モスクワは崩壊した。何が起こったか世界は知りえなかった。12時間後、北京政府は地球外からの侵略者に備えると宣言し、シベリアに軍を派遣した。しかしその軍は跡形もなく崩壊してしまった。その12時間後、北京も崩壊した。
まだ世界は何が起こったか理解できなかった。その中で朝鮮の太っちょは側近を連れシベリアに向かった。彼はロシアと中国に何があったか少し知っていた。太っちょがシベリアにつき、何者かに接して24時間後、朝鮮軍は全長20kmを超える三機の漆黒のモノリスの助力を得て南進した。南進開始より48時間経たず、南の国家は崩壊し、太っちょは朝鮮半島の統一を宣言し、アメリカのトラ大統領他中国周辺の各国首脳を、ピョンヤンに招くと伝えた。
崩壊したモスクワでは、朝鮮半島とは別の深紅のモノリスより現れた仮面の人物により新生ロシア政府の成立が宣言された。ウクライナに即時の現状維持での停戦を求めたが、ウクライナはそれを拒否した。そして、言ったはずだ!同志になれと!!なぜそれが判らなかったのだぁ!!!とのメッセージとともにキエフもまた崩壊した。キエフが崩壊してから24時間後モスクワからリヴィウに、今度は蒼鉛のモノリスが向かった。時を同じくして、何かを知っていたローマ教皇がバチカンに集めた枢機卿を引き連れてウクライナに向かった。モノリスはリヴィウにつき、中からでてきた初老の男性がプッチン以下をウクライナに引き渡した。ローマ教皇一行はモノリスからの人物の前に跪き、神よとあがめたが、その人物は、神とは違うのだよ!神とは!と答えた。NATO各国も初老の男性に接触しようとしたが、すぐさま蒼鉛のモノリスとともに消え去り、詳細を得ることはできなかった。
数日後、トラ大統領他中国周辺国家の首脳は日本に集まり、事前協議をした後、横田基地より米軍機に乗りピョンヤンに降り立った。朝鮮の太っちょが議長となり、各国首脳とモノリスから現れた人たちの会談が開かれた。主を失った中国は、当面周辺各国が進出し、難民の流出を押しとどめ、分割統治が行われることが決まった。日本は現地人の対日感情が悪いということで、何ももらえなかった。朝鮮軍の南進によって捕虜となっていた在韓米軍はモノリスの人物の好意で、モノリスによって丸ごと横田基地に運ばれることに決まった。トラ大統領一行もモノリスに同乗し、その技術力に目を見張った。
横田基地に帰還したトラ大統領一行により、詳細の発表が行われた。失われた十部族が帰ってきたのだと。十部族は地球帰還に際し、無人のシベリアを帰還地としてロシアと交渉していた。おりしもウクライナ戦争で不利になったプッチンが、台湾進攻を企てていたプーとともに、十部族の持つの技術を奪取しようとしたが、返り討ちにあったのだと。
敵か味方かわからない十部族について世界各国は動揺した。それを静めるため、太っちょとトラ大統領の計らいで、後日十部族の長たちが国連で演説することとなった。
数週間後、白銀のモノリスで、十部族の各長が国連に到着した。降り立ったのはすべて女性であった。そして、その長達によって驚くべき歴史事実が公表された。
ユダヤ一神教の神とは、宇宙航行種族であったこと。航行種族が地球を発見以来、詳細な人類史の記録があること。知性の萌芽を見つけた宇宙航行種族は、宇宙の法を教えようとしたが、ユダヤ民族以外は受け入れなかったこと。十二部族が他民族に滅ぼされかけたので、従った十部族だけ緊急に航行種族のルナベースに保護されたこと。ローマ帝国成立後、航行種族は介入を止め、観察に徹したこと。
イエスは十部族と関連があった人物であったが、規則を破り、他民族にも宇宙の法を広めようとしたこと。6壺のワインと、5000人分のパンをUBERで注文したが、代価を払わなかったこと。そのため罰として、地上で処刑されるとき見放し、のちに復活させて収監したこと。大陸の東の孤島に収監する前にローマから逃げるパウロに会わせたことが、偶然カトリック教会の礎になったこと。現地妻との間にできた子供に誕生祝いのコップを贈っているが、それは聖杯ではなく収監先の津軽焼のお土産であること。
この時イエスの拘束された写真が表示されたが、聖骸布とは似ても似つかぬ、丸顔に無精ひげのおっさんであった。
そして、マホメットとは十二部族とも航行種族とも何の関係もないことが語られた。
世界はパニックに陥った。ローマ法王はまだ沈黙を続けている。イスラム圏では、それでもイスラム教を信じるもの、棄教するものとの争いになった。
まだ公表は続く、七十人訳聖書の誤訳について、旧約聖書の舞台は現代のイスラエルではなく、紅海の東岸、イエメンとサウジのある場所であること。
十戒を下した場所が特定され、出エジプト記のルートも従前言われたエジプトからではなく、アラビア半島内での逃避行であったことが明示された。
(そりゃ国家成立後70余年掘り返してみてもユダヤの遺跡なんか見つかるわけないわ、各国の聖書考古学者は嘆き、その人生を後悔した。)
イスラエルにいるユダヤ人とは血統的に十二部族とは関係がないこと、それ以上にパレスチナ人の方が残された二部族に血統が近いこと。
ローマ帝国の滅亡により、帰還が1000年遅れたこと。そしてローマ帝国の滅亡の轍を再び踏もうとしたため帰還予告を送ったこと。
ファティマの預言とは、十部族の帰還の予告であった、百年待っていて下さい、きっと逢いに来ますから。その時までに文明崩壊をさせないようにという警告も含めていたことであった。なぜファティマが選ばれたか?それはたまたま十部族の地上関係者の居住地の近くだったに過ぎない。
日本神話とギリシャ神話、インド神話はそれぞれ実際に起こったことを神格化したに過ぎず、アトランティスは現在のドニャーナ国立公園にある。
そして、所定の場所を掘ればそれなりの遺跡が出るとのことだった。
バベルの塔は、塔ができたことにより、いろいろな言語を話す人たちが集まってきたが、落雷で壊れ、その時の混乱が大げさに伝わったものだった。
ノアの洪水はかつて地中海は干上がっていたが、そこに黒海より水が流れ込んだ時の出来事であったとか。
(まぁ、昔だから距離とか偉業とかは口伝で正確ではなく、記録が定まったときには大げさになってるだろうと、各国の歴史学者は妙に納得した。)
ムー大陸とノストラダムスの予言に至っては、チャーチワードの詐欺でありまた、詩集を他人が勝手に拡大解釈したものとバラされた。
(カルト宗教や陰謀論の信者たちは、それでもこれらを信じた。)
航行種族より十部族にも公開されてない史実があるらしい、それは総会後の雑談でもたらされた。
インダス?シュメール?あれはねぇ、ちょっとした失敗らしいの、前だから詳しくは教えてもらえなかったの。
でね、ピラミッドは航行種族の転送装置を、現地人が真似て作ったもの。真似だから動かないし、時代を経るごとに大きくなっちゃたらしいの。
巨石遺跡や隙間のない石垣は、現地人がやってくれたら法を学んでくれると言われたからやったらしいけど、結局学んでくれず、放置されちゃった名残りだって、等々。
十部族はすでに月の裏側のラグランジュポイントにシオン公国を築いており、地上ではシベリアに基地を持っていたので、約束の地は放棄する方針であった。
そしてルナベースには航行種族の系外へのワープ施設が設置されているとのことだった。(ちなみにこの施設、一回動かすのに13バクトゥンかかるらしい。)
その発表後、ローマ法王は真実の隠匿を認め、カトリック教会の解散を宣言し、マラキの予言通り、最後の法皇となった。カトリックより分派した宗教は、カトリック以上にそれぞれの存在意義を失った。
中東は大混乱に陥った。まず、イスラエルはその存在意義を失った。イスラエルを離れるもの、一個人として残るものと様々であった。
パレスチナ人は、今更ユダヤ教に改宗してどうする?と血統と信教の板挟みに陥った。
サウジイエメンは国内にある聖書の遺跡や約束の地の扱いに苦慮する羽目になった。
欧米では、宗教意義を失った移民と現地民との間の軋轢が高じ、無政府状態に陥った地域もあった。
各国の陰謀論者たちは歓喜したが、思い至らなかったこと、関係者ではなかったことを悔やんでいた。
台湾は将来の中華統一を目指して、関係各国と粛々と交渉を始めている。
太っちょは、十部族の一番弟子、統一の英雄、大朝鮮帝国初代皇帝を自称し、認めたくないものだな自分の有能さを、とにっこにこである。
日本では、少し?物価高になったが、相も変わらず、日常が続いている。
かくして天国の門は開かれた。七つの大罪を背負うものは地上に留め置かれ、七つの徳を成したものは昇天する権利を得た。
なお、日本の女性首脳はまだ踊っている、あぁ時間(とき)が見えると。
おしまい。』
いや~これはよくないですよ。
ただ最高の食材を最高のシェフが最高の調理をしただけの作品。92点。
ちなみに原作の小説もアニメも未履修。これが初のヒックとドラゴンになりマス。
映像もいいし、脚本も台本もいいし役者もいいし基本的にはほとんど言うことない。
ヒック役の人、繊細そうなイケメンでいい役者やわ~と思って調べたら17歳らしい。
きたる20代というハリウッド暗黒期間をうまいこと乗りこなしてほしい。
まずドラゴンのトゥースとヒックの触れ合いの繊細さがいいよね。
トゥースがどう見ても猫みたいや羽生えたイモリなんだけど、黒いぬめっとした皮膚感がリアルだし、ちょうどキモいとカワイイの中間くらいでよき。仕草や態度でどんどんかわいく見えてくるのは腕やなぁ。
捕らえたところを殺そうとするも解放する→餌を持っていく→自身の武装解除する→同じものを食べる→何度も餌を持っていく→触ろうとする→拒否される→目をそらして触ろうとする→触れる→お絵描きを一緒にするという非常に煩雑且つリアルな対動物懐かせプロセスを踏んでいていい仕事してるなと思った。特にこのファーストタッチで目を逸らすのがねぇ細かすぎてねぇ。野生の戦場においては目を逸らすっていうのは全面降伏なわけですよ。すべての抵抗を諦めますっていう。だからこそ、トゥースも身を委ねてくるっていう、これね!
ヒックの罠で尾翼の片方を損傷して飛べなくなったトゥースのためにヒックは人工翼を製作、トゥースに乗ってフットペダルで翼を操作し飛行できるように訓練を行う。ここでどんどんヒックとトゥースの絆が深まっていくし、空飛ぶシーンの躍動感がすごい。これ映画館で見たかったわ~。
いろんなポジションを図解して思いのままにトゥースを操縦できるようになったヒックだったが、事故でトゥースが操縦不能な状態に陥る。その混乱の中、図解を投げ捨てトゥースに身を委ねマニュアルではなく心で「共に飛ぶ」展開も完璧すぎて鳥肌が立った。俺は今データを捨てるぞ!!(負けフラグ)
ヒックは力こそパワーのヴァイキングの長の息子だけどひ弱で繊細。なのでヴァイキングの連中からはバカにされている。俺はみんなと同じになれない別の方法で力になりたいと思いながらも、実際には同じになることに憧れている。この世界にはドラゴンがマジでウジャウジャいて家畜を求めて定期的に村を襲撃し、ヴァイキングはそれに抗いドラゴンと戦いながら生きている。
ヒックは一人前のヴァイキングとして認められるための試練に挑むんだけど、これが「捕えられている試練用のドラゴンを戦闘で御していく」試練になっていて、対策とかも提示されていてゲーム感覚でめちゃくちゃわかりやすい。デブ、女戦士、チャラ男、双子の6人で共に挑むんだけど、1周目の戦闘ではヒックは何の役にも立てない。雑魚だからしょうがないね。
しかしトゥースとの触れ合いの中でヒックは戦闘方法以外のドラゴンの習性を学びそれを活かして2周目の試練を戦闘以外の方法でドラゴンを御すことで攻略していく。触れ合いで相手を理解することで戦いは回避できるのではないかという教訓を教訓臭くなくエンタメとして提示できているのは強い。
そしてその試練の過程を経てヒックは徹底的にバカにしていた若手のヴァイキングから強い信頼を得ていくことになる。ここで弱いながらも「力で厄災を制圧していく旧世代」と「理解で厄災と共存する新世代」のゆるく提示され、旧世代の長の父と、新世代のリーダーのヒックという構図がうっすらと示されるのもよい。
遠征から戻った父が息子の活躍を聞き歓喜するもその方向性は「お前もドラゴンスレイヤーとして立派な長になれ」というものであり、ヒックの価値観とは対立し、母の形見で作った「武力の象徴」である兜をヒックに託す。
そしてドラゴン試練の最終戦、初めて父が見守る前でドラゴンと対峙するヒックは武装を放棄し、父から継承した武力の象徴である兜を投げ捨てる。多くの旧世代の前で「ドラゴンは敵対すべき存在ではない」と示そうとするが、価値観を否定された父は激昂、敵意をむき出しにしその結果ドラゴンを怒らせヒックは危機に陥る。
トゥースがヒックを救いに闘技場に乗り込み救出に成功するが逆にヴァイキングに捕えられ拘束され、ドラゴンの島への案内役にされてしまう。
ドラゴンたちはドラゴンたちで島のクソデカ長(女王蜂)に支配されており、女王蜂に捧げるために獲物を奪いに来ていたことがわかる。このあたりも強権で力で部族を支配するヴァイキングの旧世代組と寄せた構図になっていて非常にわかりやすい。
そしてトゥースを救い、ドラゴンの島へ向かった旧世代を救うために訓練生組は訓練用ドラゴンに乗って島へ向かう胸圧展開。しかもドラゴンもこう見るとデブ、狂暴、チャラ、双頭と訓練生と対になってるのもニクい。ただここは個人的にはちょっと性急だなって感じるところで、お前らの間にそんな絆なかったやろってなったかな。もっと訓練生と訓練用ドラゴンの触れ合いパートいっただろ。まぁ、それ入れるとこの共に征こうのシーンのインパクト薄れるから難しいけどさ。
で、まぁいろいろあってヒックは父親に認められ父親はドラゴンが憎むべき敵だけじゃないことを理解してトゥースを解放、クソデカドラゴンをぶっ倒すもヒックは片足を失ったのでした。おわり。ってなるんだけど、ここの大スペクタクル感は本当にすごい、絶対に映画館で見るべき。俺?11インチタブレットで見ました(半ギレ)。
個人的にこの片足失うエンドは割と微妙だなと思っていて。もろちん片翼を失ったトゥースと対応していてトゥースの片翼となっていたヒックと同じように、これからはヒックの片足にトゥースはなっていく。2人(1人と1匹だけど)で1人の完全球極体になったって表現なのは痛いほど理解できるんだけども。
作中ではヒックはラストバトルで父親に認められたことですべてを手に入れて丸く収まっていた。トゥースともカンペを捨てる展開を経て心身一体の状態になっているので、ヒックが足を失うことで得るものがないんだよね。不具になることで部族の長として完全なる戦士にはなれないってことかもしれないけど、ヒックの師匠が義手義足の鍛冶屋だけど族長から圧倒的な信頼を得ているからそこまで大きなハンデにも見えない。なにより戦士ではないヒックを父親が認めちゃってるしね。
展開としては美しいラストだと思うんだけど、なんかこうもうちょっとうまいコネクトなかったかなって思った。
でもエンタメ作品としては間違いなく見て損する人誰もいないレベルの出来だと思うし、お子様の教育にもいいと思うので全盛期のディズニーくらいのパワーを感じた。やっぱハリウッドはすげぇや。