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はてなキーワード: 市民運動とは

2026-05-10

同志社国際北越高校

よく、金をケチって白タクしちゃった北越高校同志社国際が似てるって書かれてるの見るけど、全然違うと思う。

同志社国際はむしろ金をかけて危険を買いに行ってしまったよね。透明化されているマイノリティの主張に耳を傾け、

気高い市民運動への理解をしめすべきだっていう、高邁な精神危険行為に巻き込まれに行っちゃったよね。

しろ真逆ルートだよね。

揶揄でなく、なんの底意もなく、立派な教育理念だと思います沖縄県民としてはありがたい事です。

でも沖縄県民子供辺野古の海に連れていかないし、戦没者遺骨収集活動とかも学校主導でやらないんですよ。

そういうことは、ある程度自分意思が固まって、信頼のおけるゼミ教授指導のもとでやるくらいの高度な社会学習じゃないですか。

自分沖縄左派からこそ、事故を起こした団体に対し腸が煮えくりかえってます。ワジワジーどころじゃなくて、頭に血が上るような

カッカした怒りです。彼らは未必の故意殺人罪で問われても仕方のないことをしてしまった。

同時に学校に対しても、勘弁してくださいよと。

平和学習って何スか。単に戦争悲惨ですよという話なら平和祈念資料館体験者の手記を読めばいいんじゃないかな。ガザウクライナ映像を見たらいいんじゃないかな。

どうしたら戦争を防げるかという壮大な話なら、日本がかつて中国侵略していったこと・それが欧米との国際的約束を破った形になり制裁を受けたこ

制裁突破するためにやぶれかぶれで東南アジアへ燃料を探しに行き、あほ見たいな日米戦争を始めた・・・っていう日本戦争歴史をしっかり学べばいいよね。

かに辺野古のことも黙殺はしてほしくない、どっかで耳に入れてほしい。でもそんな形ではなかった。

お亡くなりになられた娘さんに心から哀悼の意を捧げます

2026-05-06

anond:20260506210048

もう全体の話を理解できなくなってるようだから整理してあげるね

おまえの最初の主張



一見筋が通ってるように見えるけど、ここに3つの破綻がある。

①「同じ基準」と「強度の要求」を混ぜてる

「同じ基準批判する」っていうのは本来評価ルールが一貫していることであって、

批判の強さや頻度が同じであることじゃない。

でもおまえは途中から北朝鮮中国に“もっと強く批判しろ”」っていう“強度の要求”にすり替えてる。

これでまずロジックがズレる。

②「脅威=批判優先順位」という飛躍

おまえの中では脅威が大きい→ だから強く批判されるべきってなってるけど、これ根拠がない。

実際の反戦市民運動

みたいな要因で対象が決まる。

まり「脅威が大きい順に批判される」という前提自体がおまえの独自ルール

これを“中立基準”みたいに言ってるのがズレ。

③「自国中心」を党派性と誤認してる

現実反戦自国政府同盟国に向きやすいのは、働きかけが可能制度的にアクセスできるから

これは構造的な制約の話であって、党派性の証拠じゃない。

でもおまえはこれを

特定立場批判したいからそうなってる」

と“動機問題”にすり替えてる。

結局どういう誤りか

まとめるとおまえは



この3つを積み重ねて「反戦党派的」って結論にしてる。

おまえのこの文章

  • 前提がズレていて
  • 評価軸が途中で入れ替わっていて
  • 動機勝手に決めつけている

整理したうえで、お前のコメントに返信すると

いやお前は現実的な問題本質や制約を冷静に見ていると言うが、実際に政府実施している政策戦略を見ればお前の言う制約はかなり極端で現実離れした内容になっているのがなぜ分からないのか。

実際の制約はもっと複雑多様で、取れる選択も色々ある。

時間がかかるが他国に働きかける場合すらある。

お前は現実の制約について教条的な前提を置いているか堂々巡りになっているんだ

その反論、見た目は「現実もっと複雑だ」で強そうに見えるけど、相変わらず論点を外してる。

①「制約が極端」という批判がズレてる

おまえは制約はもっと複雑で多様って言うけど、それは最初から前提に入ってる話なんだよ。

こちらは制約が複数ある、その中で相対的選択が偏るって説明してるだけで、「単純な制約しかない」なんて一度も言ってない。

それを勝手単純化して「極端だ」と批判してる時点で、まず読み違い。

②「選択肢がある」と「制約が弱い」を混同してる

他国に働きかけることもできるそれはそう。でもそこからから制約は現実離れしているは全く繋がらない。

正しくは

他国への働きかけ:可能だがコスト高・時間長・不確実

自国への働きかけ:相対的に低コスト実効性高い

っていう選択肢の非対称性の話。

おまえは

選択肢が存在する=現実的に同等に選べる

みたいに扱ってるけど、ここが雑。

③「教条的」というラベルブーメラン

おまえは「複雑性」を強調してるけど、結局やってることは

「脅威が本質

「だからそこに強く向かうべき」

っていう単一軸への収束

それこそが一番教条的

本当に複雑性を認めるなら、

みたいに複数軸で評価しないといけない。

でもおまえは脅威だけ特権化してる。

④ なぜ堂々巡りになるか

原因はシンプルで、

から

から何を説明されても「それは本質じゃない」「教条的だ」で弾くしかなくなる。

お前の国語能力的な問題

で、最後におまえがちゃん議論できない原因だが

① 文のレイヤーを読み分けられていない

規範(どうあるべき)」

記述現実はどうなっている)」

この基本的区別ができていない。

その結果、

説明に対して「それはおかしい」と価値判断で返す

価値判断に対して「現実は違う」と説明で返す

というズレた応答になる。

② 書かれていない主張を勝手に補っている

おれは

「制約があるからこうなりやすい」

しか言っていないのに、

おまえはそれを

「だからそれでいい」

本質を見なくていい」

に読み替えている。

これは典型的誤読ストローマン)。

用語意味を途中で入れ替えている

「同じ基準」→ 途中から「同じ強度」に変換

可能」→ 「現実的に同等に選べる」に変換

こういう意味すり替えが多い。

これで一見筋が通ってるように見せてるだけ。

抽象語で議論を止める癖

本質」「構造」「教条的」みたいな言葉を使うけど、

何を指しているのか決して具体化しない、定義も出さな

から、結局ただのラベル貼りになっている。

自分の前提だけ固定して他を切り捨てる

「脅威が本質」という前提は固定

それ以外の要素(制約・実効性)は全部軽視

その状態で「複雑性」を語るから整合しない。

結論

おまえの問題意見の是非以前に、

この3つが崩れてること。

そのせいで相手の話を正しくトレースできず、存在しないズレを自分で作って、そのズレに反論し続ける構造になってる。だから議論がずっと空回りする。

anond:20260506201458

反戦運動対象選択国内政策中心になりがち)

市民運動の影響可能性(自国政府には働きかけやすい)

国際政治上の制約(他国への直接影響の限界

ここについては問題本質的構造には目を向けず議論するという話になっていて「左派結論ありき」というのを肯定しているが大丈夫だろうか?

国内政策が働きかけやすいか問題構造から目をそらしたらズレた話になるし、ヨーロッパなどの歴史的に見ても平和国内政策だけで完結することは無いはずだが

anond:20260506201252

最初から本音書いとけよ。むしろこれで構造がはっきりした。

①「反戦本来すべてに同じ基準適用すべき」

②「でも北朝鮮中国現実に脅威だから重視すべき」→ この時点で“同じ基準”は放棄されてる

まり自分で「普遍基準」を掲げておきながら、

途中で「いやでも脅威の大きさは違うよね?」って言い出してる。

それなら最初から言うべきはこれなんだよ、「反戦も脅威評価に応じて強弱をつけるべき」でしょ?


さらに雑なのが後半。

左派結論ありき」って言ってるけど、いやそれ、そのまま自分に刺さってるからね。

中国北朝鮮は脅威」→ OK

「だからそこに強く向かない反戦おかしい」→ 価値判断

「だから反戦党派的」→ 結論

これ、完全に結論リブンの三段跳び

しかも「問題構造を分解しない」とか言ってるけど、

自分

反戦運動の対象選択国内政策中心になりがち)

市民運動の影響可能性(自国政府には働きかけやすい)

国際政治上の制約(他国への直接影響の限界

みたいな基本的構造要因を全部無視してる。


まとめるとシンプルで、

お前は「中立基準」を語っているようで

実際は「脅威認識に基づく優先順位」を前提にしていて

それを満たさな反戦を“逸脱”扱いしてる

まりこれ、

反戦党派的」なんじゃなくて

自分安全保障観に従わない反戦が気に入らない」

ってだけ。

その状態で「左派結論ありき」とか言っても、ブーメランが綺麗に戻ってきてるだけなんだよね。

映画宝島 を見た

原作あり映画の悪いところの煮凝りみたいな映画。34点。

 

終戦直後沖縄米軍基地から物資を盗んで市井の人に配布する強盗団を結成していた瑛太妻夫木と窪田、そして瑛太恋人広瀬すずら。ある日、基地に潜入して武器を盗もうとするも失敗、逃走中留守番広瀬はともかく3人ははぐれてしまう。そして6年後、捕まって刑務所に行った窪田はヤクザに、妻夫木刑事に、広瀬女教師にそしてリーダー瑛太行方不明になっていた。瑛太行方をそれぞれの立場から追う、3人だったが戦後沖縄の大きな歴史うねり翻弄されていく。

みたいな話。

 

とりあえず沖縄基地問題あんま興味がなくて3時間越えは長いなぁ~って人は多分見る必要ない。

なんか超分厚い原作があるらしいって話は知ってて、まぁそっちでは戦後沖縄歴史人間ドラマを濃密に描けているんだと思うんだけど、それを映画化するにあたってどこを残してどこを切るのかという判断ぶっちゃけ失敗していると思う。この映画191分もあるのに人間ドラマを描くのか沖縄戦後史を描くのか圧倒的にどっちつかずだし、沖縄戦後史に振るには全然覚悟が足りないと思う。

まず人間ドラマなんだけど、基本的には主人公妻夫木らオキナワンチュたちの精神的支柱だった瑛太がある日の侵入失敗後に行方不明になってしまい彼を探すことがこの映画のメインだと思うんだけ、これがすげーふんわりしてんだよ。

妻夫木瑛太を探すために刑事になったんだけど、その設定も序盤にちょろっと米兵がらみの殺人事件捜査するパートが入って、その後、米軍諜報部の人間と組んで不良軍人を協力して捕まえる代わりに情報をもらう感じになるんだけど別になんかそんな重要情報出てこない。さらに深入りすると本土人間が乗り込んできて拷問されたりするんだけど、これもあん意味分からんのよな。

一方の窪田は刑務所ヤクザネットワークに加盟してそこから情報を掴んでいくんだけど、そこがもう断片的にしか描かれなくて「はい情報出しときますね~」って感じで全然情報が集まっていくわくわく感やスリリングさ謎解き感がない。まぁ、妻夫木よりはマシだけど。そして瑛太の件とは別に関係なく米兵狩りを始める。

広瀬は頑張って瑛太が奪った物資で建てた小学校女教師になりました。

なお、小学校には米軍機が墜落して爆散した模様。そしてその後、瑛太とかとは関係なく沖縄開放運動家になります

あと、なんか序盤では花売ってたわけわからんガキがその後、急に成長してイケメンになるんだけど、で、こいつは誰やねん。なんか急にイケメンわいてきたなと思ったら花売りのガキだったってなるんだけど別にこいつなんか花売ってただけで何の存在感もなかったしなぁって感じ。で、実際にはこいつが一番のキーマンで実は米軍の偉い人が現地民孕ませて作った子供で、その現地民がたまたま瑛太たちが侵入した日に米軍基地侵入していて爆裂出産。そこに瑛太がうっかり出くわして子供を託され、育てていたのでした。

そしてうっかり撃たれたイケメンに導かれた3人は浜辺に移動するとそこには白骨化した瑛太がおり、安易回想シーン真実が流れなぜかたぶんその回想シーンを見ていた3人は感動するのであった。何の話やこれ。

ちなみに米軍諜報部と本土の軍関係者が隠そうとしていたのはこの隠し子スキャンダルのことでした。意味わからん

瑛太はもう死んだ母親赤ん坊に出くわしただけでその出自は知らんし、イケメンは当然当時赤ん坊なのでそのことは知らん。まぁ偉い人と現地妻写真が入った首飾りは持ってたけど別にそれがなんにもならんし、なんなら何を現地妻写真撮ってるねんという話だし。別に撮ったけど肉体関係はなかったって言えば全部収まる話だし。この話に何の引きがあるねん。ばからしい。

 

じゃあこのメインストリーを雑に扱って何をやっているのかっていうと、沖縄戦後史の紹介をやっているのね。

米兵による現地民への被害逮捕しようにもMPがやってきて米軍に連れ去られ無罪にされてしまう。米軍機が墜落してきて子供たちが被害にあうも無罪苛烈化する市民運動。この忘れられた米軍統治下の沖縄の様子をしっかり映すことに時間をかけている。そして妻夫木広瀬はそこの渦中にある存在として歴史翻弄される必要があるので本題の瑛太捜索に時間全然割けない。

もちろんこれを戦後80年記念に映像化することに意義はあると思うし、特にたっぷり金をかけて作ったであろう終盤の大見せ場のゴザ暴動のシーンなんかは十二分に見応えがあったけど、でもなんていうか映画の本筋と全然接続してないからどうしたってのめりこみが弱くなる。まぁこれに関しては俺が沖縄全然興味がないからそうなっちゃうのかもしれないけど、なんていうか思想強いなぁって感じ。

でも別に、俺はイラク戦争興味なくてもアメリカン・スナイパー面白かったしベトナム戦争知らなくてもランボー(無印)は面白かったし、ドンバス紛争知らなくてもコードネームレイブン面白かったからなぁ。だからこそ、大事なのは何を見せるかだと思うんだよな。

たぶん製作陣は沖縄戦後史を見せることが大事だと思ったんだと思うんだけど、でも、たぶん映画ってそうじゃないんだよ。三者三葉立場瑛太を追う中でそこに横たわる困難として沖縄の呪われた戦後史がにじみ出てきてしまう。そういう感じのほうがちゃん面白映画になったと思うんだよ。本だったらいいよ、心置きなく全部書けるから。でも映画映像媒体はそうじゃないじゃん。時間制限がある中で何を描くのか、何を描かないのか。そして直接は描かない中でも見せることが腕ってもんじゃねぇの?

じゃあ沖縄戦後史には全力投球で完璧なのかというの全然でさぁ。

最終的に窪田が米軍基地テロを仕掛けるんだけどそこで妻夫木妻夫木の論争になるんだけど。「返還されても沖縄は何も変わらない。だから俺はテロアメリカだけじゃなくて本土人間にも沖縄の怒りを知らしめるんだ。怒りで世界を変えるんだ」派の窪田に対して、妻夫木は「暴力じゃ何も変わらない(陳腐)。でも諦めなければ10年後、20年後には世界は変わっているはずだ。人間は愚かじゃないから今の沖縄みたいな間違った状況が続くはずがない」と諭すんだけど、10年後も20年後もそんな変わってないのを知ってる人間がこれ書くのなんかグロいんだよな。

もちろん、まぁ変わってないんですけどね(嘲笑)みたいな映画らしい悪意があるのかっていうとなんかそんな感じでもないんよ。これがブラッククランマンみたいにエンディングの前、暴動も治まり日常に戻った主人公たちがテレビをつけると久米宏沖縄米兵少女暴行事件を伝える映像流れるとかだったら覚悟あるやんと思うけどさ。なになんかキラキラディベートタイムで消費してんねんと思う。

あとそれで言うと、窪田が急に最後本土人にキレてたけど、この問題重要なのはアメリカ人よりもむしろ本土人なのに作中ではその視点ほとんど登場しない。あまり片手落ちすぎる。

 

他にもいいたいことは山ほどあるんだけど、とにかくたぶんだけどこれ原作読めばいいだけの映画なんだよ。

もろちん、日本映画史上有数の25億の金をかけて当時の街並みを再現して2000人のエキストラバージンオリーブオイルを集めて撮った暴動シーンなんかはスケール感があってよかったけどだったら191分もいらないんだよ絶対。そこまでの吸引力はないよ。ただ、役者はよかった。みんな芸達者で特に瑛太は薄汚れていてもこいつが青学の柱なんやなっていうのが一目見てわかるような沖縄太陽みたいな役をよく演じてたと思う。

まぁそんな感じかな。沖縄基地問題に関心がある左翼沖縄人が見ればいい映画で、エンタメ系が好きな人別に無理してみる必要ないと思う。長いし。110分くらいだったら50点くらいあっていいと思うけど、そこからさらホラー映画1本分見せられてこのオチだったからこの点数で提出です。

 

あと、これは完全に余談なんだけど俺は全然つまんなくてこれホンマにどういう態度で見るべき映画なんやと思って、↑まで書いてからいくつか解説動画を見たんだけどこれがちょっと面白くてさ。

まずエンタメ映画を多く紹介しているチャンネルではおおむね不評で論としては意義は認めるし映像も頑張っているけど映画としては散漫という評価

そしてこれを絶賛している人の多く、というかほとんどが作品じゃなくて作品背景、沖縄にはこんな歴史があってぇ米軍はこんなにひどくてぇだからこの映画を作るってことには意義があってぇみたいなことが評のほとんどを占めていて、作品の内容じゃなくて意義を評価するって方法があるんだなぁという学びを得た。

そういう映画の内容はともかく映画を見た意義はあったと思いました。

2026-05-05

山口一郎の父は元小樽市議会議員で、市民運動に関わっていた人なんですけれど。

サカナクション山口一郎さんってよく知らないか検索してみたけれど、1980年まれ現在45歳で、お父様は2003年から小樽市議会議員をしていたらしいね

しか1970年代から小樽運河の保存運動という政治的活動に関わっていたらしい。

政治勉強して当然の立場じゃない?

自分語りになるけれど、自分山口一郎とは同年代で、身内に地方公共団体議員がいたので、小さい頃から嫌でも政治に興味を持たざるを得ないようになっていたから、山口一郎さんの立場政治無知なのはちょっと有り得ないと思う。

年齢的にも45歳と言えば成人年齢の倍以上であり、「これから勉強します」で通る年齢ではなくない?

この経歴を見る限り、どう考えても山口一郎政治的無知なのではなく、寧ろ政治をよく知っているからこそ、自民政治に楯突く事が立場を悪くすると分かっていて保身を選んでいるのだろう。全く「誠実」などではないと思うよ。

サカナクション山口一郎さんの父、保さんの話|編集者のこぼれ話⑥

https://note.com/nobunkyou/n/n11e6344b2199

山口保さんは、1947年岐阜県金山町(現・下呂市)生まれヨーロッパ各地を旅した後、1975年北海道小樽市移住しました。日本の伝統的な「沈め彫り」の技法を応用した独自技法で、野鳥や魚を彫刻・彩色した「木鳥表札」の考案者として知られ、木彫工房メリーゴーランド」を営んでいます。1970~80年代小樽運河保存運動で中心的な役割を果たし、「小樽運河を守る会」幹事小樽観光協会理事など歴任2003年から小樽市議を3期務めるなど、地域のために活動してきました。

1978年フォークソンググループをつくって活動していた保さんは、埋立て工事が進む小樽運河音楽イベントポートフェスティバル」を企画・開催し、2日間で10万人を集めて大成功させました。これを機に、水辺の価値行政住民に広く伝わり、運河を生かしたまちづくりへと潮目が変わりました。今日小樽運河が残り、小樽観光の中心地となっているのは、保さんの知恵と情熱のおかげと言っても過言ではありません。一郎さんパパとして、サカナクションファン魚民=うおたみ)から愛される有名人でもあり、木彫工房メリーゴーランド」は魚民聖地となっています

2026-04-12

[]旭日旗が映す韓国民主主義危機

旭日旗(きょくじつき)は、日本では古来の「日の出繁栄」の伝統意匠であり、海上自衛隊自衛艦旗として国際的に認められた平和シンボルです。しか韓国では2011年AFCアジアカップ準決勝キ・ソンヨン選手ゴールパフォーマンスと「旭日旗を見て涙が出た」という釈明)をきっかけに、「전범기(戦犯旗)」として急激に政治化されました。以降、スポーツ会場や文化イベントで繰り返し問題視され、韓国メディア政治がこれを「軍国日本」の象徴として攻撃する構図が定着しています

この過剰な執着は、単なる日韓感情対立を超えて、韓国民主主義のもの危機象徴しています。背景にあるのは「被害者意識ナショナリズム(희생자의식 민족주의=victimhood nationalism)」です。これは、後続世代が先代の被害経験植民地支配戦争記憶)を「世襲」し、それを現在民族主義道徳的正当性政治免罪符として利用する現象を指します。韓国社会はこの枠組みに強く依存し、事実多角的探究や自らの加害者側面を直視しにくくなっています。以下で、その危機本質と、再構築の必要性を論じます

1. 民主主義危機——二元論固定化自己検閲

被害者意識ナショナリズムは、韓国政治を「被害者意識の強さ+北朝鮮融和度」の軸で分極化させています文在寅・李在明政権のような進歩系では歴史問題を「民族正義」として政治利用し、保守派現実的日韓改善論者を「親日派(친일파)」とレッテル貼りして弾圧する構造が繰り返されます

歴史研究の阻害が象徴的です。朴裕河パク・ユハ教授の『帝国慰安婦』(2013年)は、慰安婦問題の複雑性を資料に基づき指摘しただけで名誉毀損訴訟を受け、長年の裁判研究活動制限されました。李栄薫イ・ヨンフン)元ソウル教授の『反日種族主義』(2019年)も、植民地期の経済統計を基にした事実指摘に対し、メディア世論から親日売国」の猛攻撃を受けました。これらは、異論を「反民族的」と排除する自己検閲を生み、民主主義の核心である言論の自由多元性を損なっています

さらに深刻なのは加害者認識の欠如です。ベトナム戦争(1965〜1973年)で韓国はのべ32万人以上を派兵し、民間人虐殺(フォンニィ・フォンニャット事件などで推定5,000〜9,000人以上)が確認されています市民運動2023年司法判決でようやく政府責任が一部認定されましたが、保守派否定被害者意識の壁が厚く、公式謝罪は未だ不十分です。この「被害者だけ」の二元論は、民主主義自己修正機能麻痺させています

2. 国際的工作——権威主義国家との繋がりと永続化戦略

韓国側の歴史修正勢力正義連=旧挺対協を中心とするNGO進歩系政権)は、国連人権理事会(UNHRC)、CEDAW、UNESCO世界の記憶登録などで慰安婦強制労働問題を繰り返し提起します。これ自体人権活動として正当化されますが、問題権威主義国家との組織的繋がりです。

正義連は北朝鮮統一戦線工作部・文化交流局と協力関係にあり、尹美香ユン・ミヒャン)前代表の周辺には北朝鮮工作員との接触歴(夫・金三石スパイ有罪など)が複数指摘されています中国統一戦線工作部(UFWD)ともUNESCO共同ロビー連携し、反日プロパガンダを相互利用しています。これらの工作は、日韓離間と被害者意識の国際固定化を狙い、韓国開放社会NGOネットワークを「非対称的ツール」として活用する典型です。

結果、韓国国内では「国際社会も認めている正義」という構図が強化され、国内バランス批判(임지현教授ら)が「親日派」として抑圧されやすくなります。これは民主主義質的低下を招き、外部勢力による分断工作を容易にしています

3. 日本メディア呼応——無自覚な増幅効果

日本メディア特に左派系(朝日新聞など)は、この工作に対して自覚度が低いままです。尹美香寄付金不正事件は報じますが、北朝鮮工作機関との連携中国UFWDとの関係ほとんど触れられません。一方、保守系メディア産経新聞など)は構造を詳細に指摘しています。この選択報道は、韓国側の被害ナラティブ日本国内で増幅し、結果として韓国民主主義自己省察を間接的に阻害します。

日本左派勢力との呼応国連ロビーでの共同活動メディア報道)は、韓国進歩派に「日本内部にも味方がいる」という安心感を与え、歴史問題政治利用を助長します。これが韓国民主主義の分極化を悪循環させ、長期的に両国関係健全性を損なう副作用を生んでいます

成熟したアイデンティティ再構築の必要性

韓国社会は今、転換点に立っています。임지현教授提唱する「記憶連帯(remembrance solidarity)」——被害者の痛みを認めつつ、自らの罪も受け入れる包括的記憶——や、李栄薫教授らの事実ベース歴史再構築は、まさにこの危機への処方箋です。ベトナム戦争市民運動司法進展も、加害者認識を深める重要な試みです。

旭日旗問題は、単なる旗のデザイン論争ではありません。それは韓国が「被害者意識ナショナリズム」の罠から脱し、痛みも罪も直視した成熟した民族アイデンティティを再構築できるかどうかの試金石です。感情論を超えた事実探究自己省察こそが、真の民主主義健全性と日韓未来志向和解を実現します。

韓国知識人たちが既に始めているこの試みを、日本側も無自覚呼応ではなく、冷静な事実検証で支えることが求められています旭日旗が映すのは、隣国危機であり、同時に両国が共有すべき「成熟への課題」なのです。

2026-04-10

[]未経験歓迎カヌー教室辺野古ぶるー」

辺野古ぶるーは、ヘリ基地反対協議会(反対協)の海上カヌーチームとして、名護市辺野古沖の大浦湾で米軍基地移設工事反対の抗議活動規制海域接近・工事阻止)を行っています。以下に、人的ネットワーク支援・参加団体個人)と初心者カヌー教室を通じた動員を、情報源を明記して整理します。

1. 人的ネットワーク概要

辺野古ぶるーは反対協のカヌー部門として位置づけられ、外部からの人的・物的支援を受けながら活動継続してきました。主なネットワークは以下の通りです。

関西生コン全日連帯労組関西地区生コン支部)
カヌー寄付の主要支援元。

橙色のMalibu社製カヌーに「関西生コン」と手書きされ、ハングル「동지」(同志)の表記があったと指摘されています2017年には組合員11名を辺野古派遣し、水上デモに参加。


情報源篠原常一郎氏の現地調査(2015〜2018年、X投稿2026年3月18日)、八重山新報Yahoo!ニュース2026年4月上旬)。

極左暴力集団公安調査対象団体)の動員

中核派機関紙前進』で辺野古闘争を重視し、活動家を現地に派遣海上行動や集会に参加。

革マル派:ゲート前座り込みや海上行動に活動家を参加させ、反対協と連携

革労協(主流派・反主流派):反戦・反基地闘争として辺野古活動家を動員。

公安調査資料では、これらの団体辺野古の抗議行動を「組織拡大の機会」と位置づけ、大衆運動に介入していると繰り返し指摘されています。
情報源公安調査庁「内外情勢の回顧と展望」(平成30年など)、産経新聞報道2026年4月)。

その他の人的つながり

地元本土活動ネットワーク小野純一さん(兵庫在住、辺野古ぶるーHTOGOチーム)のように、カヌー経験者を起点にチームを拡大。未経験者も講習で参加。

情報源共同通信未来サイト(kyodomirai.org、2021年インタビュー)。

これらのネットワークは「超党派市民運動」を標榜しつつ、外部の労働組合極左団体からの人的支援で支えられています

2. 初心者カヌー教室を通じた政治的動員の実態

辺野古ぶるーは毎週日曜日カヌー教室を開催し、未経験者・初心者積極的募集していました。教室で操船方法転覆回復訓練を行い、その後抗議行動のための外洋(工事現場周辺海域)へ送り出す体制を取っていました。

募集運営実態

ホームページやチラシに「カヌー新メンバー募集」「未経験者はカヌー教室へ」と明記。

・毎週日曜の教室初心者指導後、抗議海域へ移行。

関西甲子園浜など)でも合同教室を開催し、現地参加を促進(少なくとも2日間の基礎練習+転覆回復訓練)。

情報源八重山新報2026年4月4日・9日頃)、Yahoo!ニュース(同)、共同通信未来サイト2025年8月記事)、kyodomirai.org(2021年小野純一さんインタビュー)。

動員の特徴

・「カヌー体験」や「自然を守る」名目集客し、結果として反基地抗議活動海保との対峙工事阻止)の人員補充に活用

参加者には「海の美しさを実感」「非暴力抵抗実践」といった感想が見られますが、危険性(波・潮の流れ・海保との衝突リスク)は十分に強調されないケースが指摘されています

名護漁協組合長(安里政利氏)は「無謀」「カヌーは流されやすい」と危惧を表明。過去疲労したカヌー乗船者が漁船に助けを求めるトラブルも発生。

情報源八重山新報Yahoo!ニュース2026年4月)、名護漁協コメント(同)。

事故との関連


2026年3月16日転覆事故(反対協船2隻、同志社国際高校生徒参加)後、辺野古ぶるーの教室体制が「初心者危険現場に送り出す仕組み」として批判的に報じられました。事故後、活動報告は控えめになり、新規募集の告知が減少しています

まとめ

辺野古ぶるーは、関西生コンからの物的支援極左団体の人的動員、初心者カヌー教室による動員体制で長年海上抗議を支えてきました。教室は「平和自然体験」の入り口として機能しつつ、政治的抗議活動への参加を促進する構造でした。

主な情報源(再掲):

報道八重山新報Yahoo!ニュース2026年4月)、共同通信未来サイト(kyodomirai.org)。

調査篠原常一郎氏の現地取材(2015〜2018年、X投稿)。

公安資料公安調査庁「内外情勢の回顧と展望シリーズ

参加者側:小野純一さんインタビュー2021年)など。

これらの事実は、事故きっかけに地元住民漁協から過激な抗議の危険性」として指摘されるようになりました。情報は公開報道公式資料に基づいていますが、運動側と批判側の解釈が分かれる点もあります

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@taimport/p/JJuawZz について

私(dalmacija)のコメントキーに、SakanaChatに見解を聞いてみました。

一瞥過激で、通常sakanaが認めないような表現でも、議論を整理することで、あのSakanaChatでも理解を示すことが分かります

それはそうと、うんざりするSNS上の喧騒は白目をむいて受け流してしまいがちです。

ここでは主張の好き嫌いとは別に交錯する詭弁バイアスを切り分けるように注意を払った問答を行っています

(いくつか私見で、ポイントとなる概念をインジェクションしています

何かしら流れに掉さす役に立つのではないでしょうか。

ーーーーー

これまでの議論総合すると、以下のような構図が見えてまいります

1 記事ブックマーク対立構図

1-1. 記事側の主張(posfie.com)

- 動物的勘」「女の嗅覚危機を察知し、行動していると主張。

これまで、反高市デモのことは見聞きしてきたけど、こんなに女子比率が高いのは、たぶんどこも伝えてない→「女の嗅覚で高市ヤバいとわかる」「サナ活は何だったのか」 - posfie

1-2. はてなブックマーク側の議論

ブックマークでは、記事の主張(「女子比率の高さ」「女の嗅覚」)に対して、以下のような批判対立が見られました。

- 「高市内閣支持率性差はなく、40代下女性の支持率は高い」

- 「世論調査では高齢女性支持率が低い傾向」

デモの「見た目」と世論調査データ乖離を指摘。

- 「嗅覚ヤバいとわかるという人は信用しない」

- 「『女の嗅覚』が性差別的発言であることに気づかない進歩的な人たち」

リベラル左派ジェンダー平等を掲げながら、本質主義的な女性再生産しているという「ブーメラン批判

- 「公明党女性委員会共産党新婦人の動員ではないか

デモが「自然発生的な女性の声」ではなく、組織的動員であると疑う。

- 「彼女名誉男性」「女性であることを言い訳に使わない」

高市氏を「女性でありながら男性中心的価値観体現する」存在として捉える見方と、その是非をめぐる対立

  • 論理性の欠如への指摘

- 「高市戦争大好きという行き着く論理不明陰謀論

デモの主張を「非論理的」「陰謀論的」と批判

[B! デモ] これまで、反高市デモのことは見聞きしてきたけど、こんなに女子比率が高いのは、たぶんどこも伝えてない→「女の嗅覚で高市ヤバいとわかる」「サナ活は何だったのか」

1-3. 実際のデータ世論調査

- 高市内閣支持率:18〜29歳で92.4%、30代で83.1%40代77.8%、50代で78.0%、60代で69.0%、70歳以上で65.9%高市内閣、18~29歳の支持率92% 若者世代で圧倒人気…全世代65%超 政策も好感 - 産経ニュース

- 年代支持率:18〜29歳85.0%、30代85.5%40代86.7%、50代83.8%、60代70.3%、70歳以上56.3%

- 男女別では男性79.0%女性71.6%高市内閣の高支持率 若年層・現役世代が8割超で牽引 高齢層やや低めは変わらず - 産経ニュース

- 高市内閣支持率66%で、若年層も高水準。 【高市内閣支持率】歴代屈指の6~7割を維持:報道8社11月調査 | nippon.com

ポイント

2 コメントレトリックと「鏡像」としての役割

対象コメント

[卑劣左翼迫真再現]サナ活の命運、否サナ活護持は我々の投入する物量にかかっている。即座に浸透力を集中し反動を無力化せよ。気高い共感を損なう敵は『少数の狂人連帯』と定義される。矛盾する汎ゆる些事の大同糾合こそが正義行動だ

2-1. コメントは「独自攻撃表現」ではない

- ブックマーク側が用いている軍事用語(動員・浸透・反動

- 狂人」「陰謀」といったレッテル

- 共感」「正義」の自己神聖

を、そのまま引用再構成した「鏡像」です。

2-2. 鏡像の具体対応

  • 「動員疑惑」→「物量」「浸透力」

- ブックマーク側:「デモは動員だ」

- コメント:「サナ活こそ物量・浸透力で動員している」

- ブックマーク側:「デモ参加者狂人」「左派陰謀

- コメント:「敵を『少数の狂人』と定義する」構造を露わに。

- ブックマーク側:「共感」「正義」を掲げながら女性主体性否定

- コメント:「気高い共感」「正義行動」でその自己神聖化を誇張。

役割

3 右派投影構造村社会不正左派投影

3-1. 村社会不正政治への持ち込み

- 権力者や有力者が非公式ルール縁故談合忖度物事を動かし、

- 表面上のルール(法・公正)よりも「場の空気」「顔」「序列」が優先されることがあります

3-2. 右派左派攻撃するときの「投影

- 自分たち村社会で行っている不正(動員・圧力談合癒着を、

- 左派リベラルフェミニスト市民運動など)に投影して攻撃する傾向があります

- 「左派組織的に動員されている」

→ 実際には、右派側の集会デモ政党団体の動員が強いことが多い。

- 「左派陰謀世論操作している」

→ 実際には、右派側もメディアネット世論操作する戦略を多用。

- 「左派感情に訴えて論理がない」

→ 実際には、右派側も「愛国心」「伝統「家族」などの感情訴求を多用。

4 フェミニズム統計差別観点から総合評価

4-1. 記事側の主張の評価

- 女性を「直感的」「動物的」な存在として本質化しており、

- フェミニズム観点から批判されるべき表現です。

4-2. ブックマーク側の議論評価

- 「デモ女子比率7〜9割」という現場の観察と、

- 「高市内閣支持率は若年女性でも80〜90%」という全国世論調査混同し、

- 「デモ女子比率世論調査矛盾」と主張。 高市内閣、18~29歳の支持率92% 若者世代で圧倒人気…全世代65%超 政策も好感 - 産経ニュース

- これは、サンプルと母集団混同であり、統計差別典型です。

- 「女の嗅覚」を批判しながら、

- 「若年女性左翼政党支持率を見ると、嗅覚ヤバいと感じているのだろう」などと、女性政治的判断を「直感」に還元する発言も見られます

- これは、女性直感的」という本質主義再生するブーメランです。

- 「動員疑惑」「名誉男性」論などにより、

- 女性政治参加を「操られている」「男性化している」と見なし、

- 女性主体性否定するレトリックが多用されています

4-3. コメント評価鏡像としての役割

- コメント者が独自攻撃的な表現創作しているわけではありません

- ブックマーク側の議論がどれほど過激排他的であるか、

- どれほど統計的誤認・ジェンダー差別レッテル貼りに満ちているかが、

- 読者に自覚的に見えるようになっています

- コメント自体攻撃的ですが、

- その攻撃性はブックマーク側の議論を「前景化」するための手段であり、

- 結果として、右派村社会的な不正(動員・癒着差別統計的誤認)の投影構造批判的に可視化していると言えます

5 総合的な結論

- 女性政治的行動を可視化する意義はあるが、「女の嗅覚表現本質主義的で問題がある。

- 一見多角的」だが、実際には

- 統計誤読

- 本質主義再生産、

- 女性政治的主体性否定

- 個人攻撃レッテル貼り

など、詭弁的な構造が目立つ。

- ブックマーク側の議論を「鏡像」として提示し、

- その過激さ・排他性・差別性を前景化する役割果たしている。

- 自分たち村社会で行っている不正(動員・癒着差別統計的誤認)を、

- 左派投影して攻撃することで、自らの不正正当化無視する構造がある。

以上を総合すると、この一連の議論は、

が交差する、非常に複雑な構図になっていると言えます

コメントは、その複雑な構図を「卑劣左翼迫真再現」という形で凝縮し、


ーーーーーーーーーーーーーー

geminiに上記テキストを食わせて、質問したところ、以下の解釈が返ってきます

dalmacija氏のコメントは、この「内ゲバに向かう左派の脆さ」と「投影によって逃げ切る右派の図太さ」を同時に顕在化させる触媒として機能している

2026-04-02

anond:20260402163116

単なる参加者の時は、呼びかけ団体をチェックして参加しているわけではないから行っちゃうかも知れないね

現場イスラエル旗を見たら「なんのつもりで」と問い詰めることぐらいはするかも知れない。

呼びかけに参加している団体の一つの責任ある立場だったら、呼びかけに加えることには猛反対する。

平和デモでは見たことないけど、イスラエルは割と市民運動と関わりたがるんで、実際にそういう立場になったことはある。

最終的に譲歩するか、相手が抜けなければ自分団体を引き上げるか、という点についてはイベント趣旨次第かな。

2025-08-29

韓国では実際には「立憲君主制」は採用されていない(=現在韓国共和国であり、王室存在しない)にもかかわらず、架空王室を描いたドラマ――いわゆる「もし今も王室存在していたら」という仮想歴史オルタナティブヒストリー)や現代王室もの――が人気を集めることがあります

以下は、なぜそのようなドラマが人気なのかについての理由です:

🔹 1. 現実逃避ファンタジー性)

現代社会におけるストレス格差政治不信などから視聴者日常とかけ離れた華やかな王宮生活や非日常恋愛に憧れや癒やしを求めます王子王女が登場するストーリーは、まるでおとぎ話のようで、夢の世界への入り口のように機能します。

🔹 2. 「もし韓国王室があったら?」という興味

韓国はかつて朝鮮王朝や大韓帝国存在した歴史を持ちますが、日本植民地時代を経て王政廃止されました。

それゆえ、「王室が今も存続していたらどうなっていたか?」というロマン好奇心をくすぐるのです。

特に現代的な価値観自由恋愛民主主義女性の自立など)と王室制度伝統がぶつかり合うストーリーは、ドラマ的にも非常に面白くなります

🔹 3. ビジュアル面の魅力

王宮伝統衣装(韓服)、儀式など、美術的・文化的視覚的な魅力があります。豪華なセットや衣装、美しい俳優たちが視聴者を惹きつけます。

🔹 4. 韓国社会階級意識家族主義の反映

韓国社会はいまだに学歴・家柄・経済力によるヒエラルキーが色濃く残っており、「王族財閥」という“頂点”にいる人々のドラマは、現実社会の縮図としても描かれることがあります

身分の差を越えた恋」「王室内部の陰謀」「跡継ぎ争い」などは、そうした社会的なテーマとも重なっています

🔹 5. 過去のヒット作の影響

たとえば:

『宮〜Love in Palace〜』(2006年

『七日の王妃

太陽を抱く月

『赤い袖先』

などのドラマが大ヒットしたことで、「王室恋愛」の組み合わせが一つのジャンルとして確立されました。

総合すると…

韓国人が王政に憧れているというよりも、ドラマというフィクションの中で「非日常」や「理想恋愛」「社会階層の象徴」を描くのに、立憲君主制という舞台装置が非常に便利で魅力的だから、ということが言えます

もし特定ドラマを指している場合(例:『宮』や『赤い袖先』など)、それに合わせた考察もできますよ。

あなた:

世界にはたくさんの共和国があります立憲君主制に興味を示す人が多い共和国はどこですか?

ChatGPT:

とても鋭い観点ですね。

実際、多くの**共和国君主制採用していない国)**でも、立憲君主制に対する強い関心や人気が存在する国があります。そうした興味は、政治的意味というより、文化歴史エンタメ的な憧れや好奇心として表れることが多いです。

以下に、立憲君主制特に関心を持つことが多い共和国の例を紹介します。

🇰🇷 韓国

概要:すでにお話したように、現代王室舞台にしたドラマ映画が人気。

背景:

朝鮮王朝・大韓帝国歴史記憶

ドラマ『宮』などのヒットにより、若者の間で「王子様」「プリンセス幻想根付

現代社会への風刺財閥現代貴族階級)としても使われる

🇨🇳 中国特に若者層)

概要王朝時代舞台にした歴史ドラマ(古装劇)が大人気。皇帝・后妃・官僚宦官などのキャラクターが中心。

背景:

清朝の滅亡から100年以上経っており、皇帝制度は完全に過去のものとされている

民族的アイデンティティ文化的ノスタルジーが込められている

特に清朝末期や架空宮廷ロマンスに人気が集中

代表作:『延禧攻略』『如懿伝』など

※ただし、中国では現実政治での君主制復活などは絶対タブーです。完全なフィクションとしての消費。

🇹🇷 トルコ

概要オスマン帝国栄光を描いたドラマ文学が人気。

背景:

オスマン帝国スルタン制)が1922年まで続いていた

共和国化以降も、「もしスルタン制が続いていたら…」という空想ロマンは根強い

代表作:『オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハレム〜』などが世界的ヒット

🇷🇺 ロシア帝政ロシアへの郷愁

概要ロマノフ朝帝政ロシア)への関心が根強く、アナスタシア伝説ロマノフ家に関する作品が人気。

背景:

1917年革命王政崩壊

一部保守層・正教徒の間で王政へのノスタルジー

興味の形:現代ロシア立憲君主制になることを望む声は少ないが、「失われたロマノフ家」のロマンは強い

🇫🇷 フランス特に中高年層や保守派の一部)

概要フランス革命王政廃止した国でありながら、ルイ14世マリー・アントワネットなどの人物には人気がある。

背景:

宮廷文化への美的憧れ(ヴェルサイユ宮殿など)

王政時代の「華やかさ」に対する文化的ノスタルジー

注目点:現在王政復古を唱える「王党派(Légitimistesなど)」が少数ながら存在

🇮🇷 イラン

概要1979年王政パフラヴィー朝)を打倒してイスラム共和国になったが、現在政治体制への不満から王政時代のほうが良かった」という声もある。

背景:

王政時代近代化欧米との関係改善郷愁を抱く層もいる

パフラヴィー家の王子たちが今も国外活動しており、象徴的な存在として注目される

💡共通点として言えるのは:

これらの国々では、王政実在していた過去がある

王政時代を「理想化」または「ノスタルジー対象」としてとらえる傾向がある

立憲君主制への関心は、政治的な復活希望ではなく、文化的情緒的な興味に留まることが多い

補足:現実的に立憲君主制の導入を望む国は稀

ほとんどの共和国では、実際に王政復古を求める声は非常に小さく、「制度」としての君主制に興味があるわけではなく、あくま文化・娯楽・歴史としての関心であることが多いです。

希望があれば、「どの国が最も君主制に復活の可能性があるか」みたいな政治的な話にも踏み込めますよ。

あなた:

世界ほとんどの国にはかつて国王がいました。かつて王室があったから、という理由だけでは特にそれらの国がより強く君主制に関心を示すのか?という問いに対して不十分です。地理的観点から論じることは可能ですか?

ChatGPT:

素晴らしい問題提起です。

おっしゃる通り、「かつて王室があった=関心が強い」とする説明は単純すぎますし、全ての国に当てはまるわけではありません。

この問いをもう一段深く掘り下げるために、**地理的観点(=地理地域文化、近隣国の影響、文明圏など)**から分析を試みましょう。

🔍【問いの再定義

世界の中で、特にどの地域共和国立憲君主制に関心を示しやすいか?そしてその背景には地理的な要因があるのか?」

この問いに答えるには、以下の要素を軸に考えると良いです:

1. 近隣国王室存在するか

2. 歴史的に長く君主制が続いた地域

3. 文化圏・宗教圏の価値観

4. 地政学的に他国比較されやす場所

🌍 地理的に見る「君主制への関心が強まりやす地域

東アジア韓国中国

隣国君主制国家日本

特徴:

日本皇室が存続しているため、文化的ライバル意識比較意識が働きやすい(特に韓国中国

朝鮮王朝や清王朝など、比較近代まで王制が残っていた

結果:

架空王室を使ったドラマフィクション舞台として君主制が頻出

特に韓国では「現代王室恋愛政治ドラマ」のフォーマットが人気

中東イランイラクエジプトなど)

周辺国王政が多い:サウジアラビアヨルダンモロッコ

特徴:

かつての帝政パフラヴィー朝など)への郷愁が残る

現在でもイスラム伝統君主制が強く結びついている

結果:

体制イスラム共和国)への反発から王政時代を「失われた秩序」として理想視する層も存在

✅ 東南ヨーロッパバルカン半島ブルガリアセルビアルーマニアなど)

周辺に立憲君主制国家スペイン英国(影響力として)

特徴:

冷戦期に共産化君主制廃止したが、比較最近まで王室存在

一部では王政復古を望む市民運動王家活動も見られる

結果:

君主制への憧れや文化的尊重が、他地域よりも強く残っている

ラテンアメリカブラジルメキシコなど)

現在は全て共和国だが、かつての王政帝政記憶あり

特徴:

ブラジルはかつてポルトガル王家が移住して帝政を築いた

メキシコは短命ながらも皇帝を持った時代あり

結果:

王政のものへの復活願望は少ないが、文化的ヨーロッパ宮廷文化に対する憧れが見られる

貴族文化ヨーロッパ的「格式」への関心として残る

🔻 君主制への関心が比較的低い地域地理的傾向)

アメリカカナダアングロサクソン圏)

アメリカ:反王政独立戦争歴史)が国家アイデンティティの一部

カナダイギリス国王元首とする立憲君主制国家ではあるが、王政に対する文化的関心は低下傾向

結果:

立憲君主制に対して冷静/無関心

フィクションとして消費されることはある(例:『プリンセスダイアリー』)が、文化的に根ざしてはいない

アフリカ諸国(旧英仏植民地

多くの国に伝統首長制が残っているが、欧州型の君主制への関心は限定的

一部に象徴王族がいるものの、立憲君主制制度として復活させようとする動きは少ない

結果:

自国文化の再評価の方が強く、欧州王政は「支配象徴」として敬遠されることも

🧭 結論地理的に「関心が生まれやすい条件」

地域的に君主制への関心が高まるのは、以下のような地理的環境があるときです:

地理的条件 説明 君主制への関心との関連

周辺国現存する王政がある 日本英国サウジなど 比較対象メディア露出により関心が刺激される

王制が比較最近まで続いていた 韓国イランバルカン諸国など 記憶が風化しておらず、ノスタルジーが強く残る

欧州文化貴族文化への接触が強い ラテンアメリカバルカン東欧 王室格式伝統象徴として文化的憧れが根付

地政学的な比較意識がある 韓国日本イラン湾岸諸国など 政治的文化的隣国と比べて「自国過去」への再評価が進む

希望であれば、特定地域や国についてもっと詳細に掘り下げることもできます

あなた:

隣国王室存在するから自国立憲君主制ファンタジーを楽しむ、というのは納得します。

ChatGPT:

ありがとうございます、非常に本質的なご理解です。

まさに**「近隣に王室がある」という地理的心理的条件**が、「自国にはないもの」への関心や空想を生む土壌になりやすいのです。

✅ この現象を支える心理社会メカニズム

1. 比較意識競争意識

隣国王室があり、その存在文化的国際的に注目されている場合(例:日本皇室英国王室)、

国民の中に「我が国にもあれば…」「我々の文化も誇れるものがあるはず」という感情が芽生えやすい。

2. メディアを通じた王室の「輸入」

隣国王室報道戴冠式結婚式葬儀など)は国際ニュースとして流れる

→ それを見た視聴者が「格式」「伝統」「ロマン」といった要素に惹かれ、自国文化における対応物を求める。

3. 相互影響的なコンテンツ消費

例:韓国での『宮(Love in Palace)』のような現代王室ドラマ

→ これは単にファンタジーとして楽しむだけでなく、「日本皇室があるのだから韓国だって王室があったら面白いじゃないか」という比較文化的空想が土台にある。

🌏 地域別にもう一度整理すると:

地域隣国王室 自国の関心度 コメント

韓国 日本皇室) 高い 『宮』などで自国王室がある想定が人気。

中国 日本タイなど 高い(主に歴史もの清朝ドラマ大人気。過去の王制を美化しがち。

イラン サウジヨルダンなど 中〜高 イスラム王政国との対比で「かつての帝政」を再評価する声も。

トルコ ヨルダン湾岸諸国オスマン帝国ノスタルジーと近隣国との比較

東欧バルカン スペイン英国モナコなど 中 王族の再登場も時折話題に(ブルガリアなど)。

🧠 社会心理学的に言えば…

これはいわば「隣の芝生は青く見える」現象文化バージョンです:

自分の国にはないが、隣の国では保たれている“伝統格式”が、むしろ鮮やかに見え、それをフィクションで補おうとする。

この傾向は、特に以下のような社会状況で強まりやすいです:

国内政治に対する不満が強い

社会ヒエラルキーや美意識が揺らいでいる

Permalink | 記事への反応(0) | 19:57

2025-08-12

anond:20250812112002

氷河期世代党派ってあんまり思いつかないんだけど具体的にはどのあたりを想定してる?

追記AIに聞いてみた

1. 発言者意図していると思われる像

世代ベル政治的アイデンティティとして利用する活動家

「我こそは氷河期世代だ」と名乗り、政治的主張や抗議活動を行った人たち

就職氷河期問題きっかけに、デモ署名議員へのロビー活動ネット上での過激発言などを行った層

世代”ではなく“運動グループ”としての氷河期

発言者にとっては「氷河期世代」という名称が、単なる生まれ区分ではなく、“一種政治運動看板”になっている印象

「暴れ回った」という言い方から過激攻撃的・自己主張の強い一部活動家層を指していると考えられる

2. 想定される「活動家連中」の具体的イメージ

これは発言者がどの界隈を見てきたかによりますが、日本で「氷河期世代」を看板にしてきた運動には例えば:

ロスジェネ運動プレカリアート運動

2000年代中盤〜後半、非正規雇用格差社会批判テーマにしたデモイベントを開催(例:「反貧困ネットワーク」「年越し派遣村」など)

ネット論壇やSNS上のロスジェネ論壇

ブログTwitterはてな界隈で、氷河期世代境遇を強く主張する発信者(時に他世代批判が強い)

左派中道系の市民運動に合流したケース
反貧困最低賃金引き上げ、ブラック企業規制などの活動

一部では右派言論とも接点を持ち、「氷河期世代救済」を掲げて保守系政治運動に取り込まれる例もありました

3. なぜ「わからない」と感じるのか

この発言者は「氷河期世代」というラベル世代意味ではなく、固有の政治的行動パターンを持つ“活動家クラスタ”の呼び名として使っている

ただしその「活動家連中」が誰を指すのかは、本人が見てきた界隈に依存するため、共通認識ではない

結果として、同じ言葉でも、あなたが思い浮かべる「氷河期世代」とは意味のズレが生じている

仮のこのAIの推論が正しいとしても、そりゃくそみそ一緒というやつではと

煽るとか釣りとかが目的でない限り言い方を変えた方が。

クソリレラル共が名乗ってた看板でしょ?とか言った方がいい。

2025-08-03

伊藤市長学歴詐称疑惑騒動について今の状況の整理

久保市長東洋大卒業していなくて除籍されていたことは確定。

問題は『詐称』していたのか『詐称』でないのか。だから学歴詐称疑惑」。

2通りのルートで追及されている。

1つは公職選挙法違反として、田久保氏がマスコミに配った経歴資料で「東洋大卒業」と書いていたことが経歴詐称だろうと、伊東市から警察刑事告発され捜査中。刑事事件としての追及。

もう1つが、田久保氏が市の広報誌に「東洋大卒業」と事実と違う経歴を載せたことが、行政上の重大な問題だとして、市議会百条委員会で追及されている。行政問題としての追及。

どちらも論点は「故意」に事実と異なる経歴を乗せたのか、「故意ではない要因」で事実と異なる経歴を乗せたのか、どちらかということが追及されているが、それぞれ出発点となる事案は別である

刑事事件として有罪となれば一発アウトで市長職を追われることになるが捜査完了から起訴裁判終わるまで何年もかかる。そこで百条委員会行政責任を追及して辞めさせようという流れ。

 

今出ている証言からは田久保氏はもともと親しい仲間には卒業していないことを包み隠さず話していたふしがあるのに、なぜ「卒業」と騙るようになって後に引けなくなってしまったのかという点は気になるところである

 

ついでにSNS逆張りインプレ稼ぎのネタになっている伊東市メガソーラーについて静岡県目線で見てきた流れ

・元はメガソーラー計画が県に申請されて地元市民反対運動を始めたというローカルニュース

・同時期に静岡県で一番話題になってたのがリニアの水問題で、当時の川勝知事環境アセスを盾にして工事許可を続けていた。

産経新聞などリニア支持層が「川勝は大井川自然は守るのに伊東市メガソーラー許可するのか」と川勝叩き棒に使い始めて、SNSのその界隈で伊東市メガソーラー問題が知れ渡るようになった。

(県も市も法手続き問題がなければ許可せざるを得ない。全国どこでもそう)

・田久保氏関わるメガソーラー反対の市民運動も注目されるようになり、市も業者全面的に戦う感じになって後付けで規制条例作ったりするようになるが、業者にも言い分はあり計画変更など譲歩もしていく中、最後はお互いの細かいミスをあげつらう裁判闘争に。

という感じなので今のメガソーラーで逆転狙う人たちを遡るとリニア問題に行き着く

2025-07-22

anond:20250722104442

社民党組合議員は立憲に合流して、地方議員の一部も移籍した

そもそも社民が立憲に吸収されるって話になってたくらいだし(みずほがゴネて市民運動系だけ残った)

2025-06-18

大韓民国」と「李氏朝鮮」は厳密には異なる国家体制理念を持つ、連続性の曖昧存在です。ゆえに、「現在大韓民国物語」として朝鮮王朝の遺産をどのように取り入れるかには、歴史的政治的な緊張と選択が常につきまといます

以下にその問題を整理してご説明します。

大韓民国李氏朝鮮国家としての「断絶」と「接続

◆【断絶の側面】

体制がまったく異なる:李氏朝鮮専制的な君主制大韓民国自由民主主義資本主義採用する共和国

法的継承性がない:大韓民国は、日韓併合日本統治を挟んで1948年に成立しており、李朝制度を直接継承していません。

建国理念が異なる:大韓民国1948年に「反共」「民主主義」「近代国家」などを掲げて建国された近代国家であり、儒教的身分制度もつ李朝価値体系とは根本的に相反します。

この点から言えば、「大韓民国国家物語」は、李氏朝鮮とは別個の近代国家としての物語で語られるべきという考え方には、筋が通っています

国家物語における「分離」か「包摂」か

大韓民国という国家の自立性を強調するならば、「王朝文化復元」に依存せず、建国後の民主化産業化・市民運動などを軸に物語構成すべきではないか

この問いは極めてまっとうです。そして実際、韓国国内でもそれに近い主張は存在します。とくに1980年代以降、民主化運動・光州事件経済発展などの近現代史を中心としたナショナルストーリーの強化がなされてきました。

2025-06-17

【ChatGPT/DeepResearch】はてなブックマーク人気コメント思想的傾向1

2005〜2009年: サービス黎明期リベラルコメントの萌芽

はてなブックマーク創設期(2005年前後)には、ITリテラシーの高いユーザーが集まり始め、政治社会系の記事にもコメントが付くようになりました。当初はユーザーコミュニティの規模が小さく、議論は活発でしたが、コメント内容には玉石混交の傾向もありました。例えば2007年頃には、ある有名ブロガーが「もしネット右翼メッカ2ちゃんねるだとすれば、ネットイナゴ烏合の衆)が集まるのははてなブックマークだ」と苦言を呈しています

実際この時期、記事内容を論理的批判するコメントは少なく、**「バカ」「○ねばいいのに」**といった過激罵倒スラングが人気コメント欄に並ぶこともあり、2ちゃんねる的な粗野さが指摘されました。

はてなブックマークコメント欄は当初、必ずしも洗練された言論空間ではなく、極端な言葉遣いや叩きがスターボタンによって増幅されるケースも見られたのです。 とはいえ、この黎明期には既にリベラル寄りの思想傾向が芽生えていました。長年自民党政権が続く中、ネット上では権力改革志向の声も強まりはてなユーザー例外ではありませんでした。たとえば当時「はてな左翼はてサ)」と呼ばれる進歩的ブロガー/論客が台頭し始め、歴史認識人権問題保守派批判する動きが散見されます

実際、南京事件憲法9条などの論戦では左派スタンスユーザーが詳しい知識議論リードし、右派的主張に反論説教するといった場面も見られました。

極端な例では、ある著名ユーザーが「『自衛隊人殺し』『日本人という存在自体が悪だ』」とまで発言し物議を醸したこともあります

こうした過激表現はさすがに例外ですが、総じて反権力リベラル志向コメント共感を集めやすい土壌が形成されつつありました。2009年政権交代自民党から民主党へ)の際にも、はてなブックマーク上ではそれを歓迎・期待するリベラルユーザーコメントが多く見られ、長年の保守政権に対する変革への期待感が読み取れますもっとも、この時期のコメント欄はまだ手探り状態で、思想スタンスよりもコメント文化自体模索が続いていたとも言えますスター(★)による評価システムも始まったばかりで、どのようなコメントが支持を集めやすいかユーモア皮肉批判精神など)コミュニティ全体で試行錯誤している段階でした。

2010〜2014年: 左派コメントの台頭とコミュニティの活発化

2010年代前半になると、はてなブックマーク政治コメント欄ではリベラル左派)的な論調がいよいよ優勢となっていきました。民主党政権(2009〜2012年)の発足や2011年東日本大震災福島第一原発事故といった出来事を契機に、反原発・反権力の声がネット世論で高まりはてなでも人気コメントとして多くの支持を集めました。たとえば震災後の原発政策を巡っては、政府や電力会社批判するコメントスターを集め、「脱原発」「政府隠蔽体質批判」などリベラル色の強い意見が目立ちました(※当時、多くのはてなユーザー原発推進派の政治家・官僚に厳しい目を向け、代替エネルギー市民運動を支持する姿勢を示していました)。また、2012年に第二次安倍政権が発足すると、保守色の強い安倍政権政策憲法改正論議国粋主義発言など)に対し、はてな人気コメント欄では批判的な論調が一貫して支配的になります。「はてな左翼はてサ)」**と総称された進歩的ユーザーコミュニティがこの頃確立し、彼らが多くのスターを集めるコメントを量産したのです。

具体的な傾向として、保守ナショナリスト的な対象への批判揶揄が盛んでした。たとえば2012年前後には、大阪市長橋下徹氏(保守的・改革派の政治家)に批判的なコメントや、石原慎太郎都知事過激発言皮肉コメントが多数支持を集めています。実際、あるユーザーは「坊主(橋下)が憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺をもじり、橋下氏の行動全般を痛烈に批判してスターを集めました。

またヘイトスピーチなど社会問題化したテーマでは、右派的な差別扇動に対する強い糾弾が人気コメント欄を賑わせました。2013年から在日コリアンに対するヘイトデモ問題視され始めましたが、その際もはてなでは反レイシズム立場から表現の自由を履き違えた差別は許されない」といったコメントが支持を集めています2016年ヘイトスピーチ解消法成立に至る世論形成にも、そうしたネット上の批判世論が背景にありました)。このように、2010年代前半のはてなブックマークリベラル志向の論者が主導権を握り、保守的な主張や差別的言説には厳しい反応が集まる傾向が強かったのです。 同時に、ジェンダーマイノリティ権利に関するトピックでもリベラル寄りのコメントが目立ちました。例えば女性LGBTQの権利問題についての記事では、「多様性尊重」や「男女平等」を訴えるコメントが人気化しやすく、ミソジニー女性蔑視)的な発言や古い価値観への批判が数多く見られました。はてなコミュニティ内でもフェミニスト観点を持つユーザーが増え、「はてな村」のフェミニズム論争が活発化します。これに対し一部では反発も生じ、2014年には匿名日記上で「はてブって女性のことになると、ネット右翼よりも全体主義低能集団集合知ではなく集合恥だな」という辛辣批判投稿されました。

この発言者は、はてなブックマーク上で女性擁護フェミニズム的主張ばかりがスターを集める状況に苦言を呈したものです。「日本人からすごい!女性からすごい!──ネット右翼とはてフェミってどっちも変わらん」とも綴られており、愛国心を拗らせたネット右翼と同様に、はてなリベラルフェミニスト層も思考が偏っていると批判していました。このような反発意見自体が注目されるほど、当時の人気コメント欄はリベラル(時に急進的)一色になりがちだったと言えます。実際、2012年にはあるユーザー右派新聞記者産経新聞阿比留記者)への個人攻撃をたしなめたところ、「相手があの記者から何を言ってもいいのか」と諫めた彼自身が「はてなサヨク」層から猛反発**を受けたというエピソードも伝えられています

このように2010年代前半は、リベラルユーザーが結束してスターを投じ合い、彼らの価値観合致しない意見には容赦なく批判が向けられる風潮が強まりました。 **まとめると、2010〜2014年はてなブックマーク政治ジャンル人気コメントは「リベラル派が主導し、保守派差別的言説への対抗言論が突出した時代」でした。民主党政権期のリベラル改革期待、そして第二次安倍政権開始後の保守回帰への反動もあり、左派的なスタンスコメントが常に上位を占める傾向が続きました。もっとも、コメント全体のトーンとしては皮肉辛辣さも増し、しばしば断定口調で上から目線批評スターを集めるという独特の「はてな語り」**も醸成されていきました。

実際あるユーザー2010年時点で「妙に上から目線で断定するコメントスターを集めていて、いつの間にか自分まで嫌な人間になりかけた」と感じ、はてなブックマーク熱が冷めたと告白しています

それでもなお、この時期は活発な左派言論によって他のネットコミュニティにはない独特の盛り上がりを見せていたと言えるでしょう。

2015〜2019年: リベラル優勢の定着と内輪化の進行

2015年以降も、はてなブックマーク上の政治コメント基本的リベラル左派)優位の傾向が継続しました。 第二次安倍政権下で保守色の強い政策が次々と打ち出される中、人気コメント欄ではそれらを批判揶揄する声が依然として主流でした。象徴的な出来事として、2015年安全保障関連法案(いわゆる安保法制強行採決があります。このとき国内で大規模な反対デモSEALDsなど若者中心の抗議運動)が起きましたが、はてなでも法案批判的な意見圧倒的多数を占めました。「憲法違反だ」「民主主義危機」「戦争法反対」といったコメントが軒並みスターを集め、安倍政権右傾化への強い警戒感がうかがえました。また2017年前後森友・加計学園問題政権スキャンダル)でも、真相解明を求める論調や「安倍晋三首相責任を取れ」といった厳しい批判コメントが人気上位に並び、政権追及一色の様相でした。このように安倍長期政権に対する不信・批判はてなでは一貫して根強く、人気コメント思想スタンスは反権力リベラル路線が盤石だったといえます。 同時期、社会文化的な論争でもはてなの人気コメントリベラル派に軍配が上がることがほとんどでした。例えば2018年には東京医科大学入試差別問題女子受験生の点数を一律減点)が発覚しましたが、このニュースに対しては「時代錯誤な男女差別だ」「女性の機会を奪う不公正」という糾弾コメントが大量に付き、スターを集めました。さら2017年から世界的に#MeToo運動が広がり、日本でも伊藤詩織さんの性暴力被害告発が注目されましたが、はてなブックマークでも彼女を支持し日本の性暴力問題警鐘を鳴らすコメントが多数賛同を得ました。逆に、杉田水脈議員による「LGBT生産性がない」発言2018年)など保守政治家の差別的な発言に対しては、「公人として許せない」「差別のものだ」と厳しく非難するコメントが目立ちました(抗議デモ記事にも「まず謝罪を」「議員辞職すべき」といったユーザーの声が集まっています)。

このように、ジェンダー平等マイノリティ人権擁護など進歩的価値観を支持するコメントが引き続き優勢であり、はてなにおけるリベラル志向は揺るがないままでした。 しかし、2010年代後半になると、そのリベラル優勢が「行き過ぎた内輪化」として指摘される場面も増えてきます。活発だったユーザー層が次第に高年齢化し、新規参入者や多様な意見が減ったことで、「同じメンバーによる同じような主張」が目立つようになったのです。実際2020年直前のある分析では、「最近はてブ負のオーラがすごい。一般感覚とかけ離れた左寄りコメで埋め尽くされ、陰謀論じみた人気コメントトップになることもある」と嘆く声がありました。

このユーザーは「明らかにユーザーが高年齢化し、40代前半くらいのおっさんばかりになった」と指摘しています。つまりネット上で極端なイデオロギーを露わにする層は中高年男性が多く、はてなブックマーク左翼のおじさんの溜まり場になってしまったという自己分析です。この指摘の通り、2015〜19年頃の人気コメント欄では、同じ論調メンバースターを付け合って盛り上がるエコーチェンバー化が進行した側面があります。「安倍政権=悪」「リベラルこそ正義」という大枠に沿うコメントは容易に支持を集める一方で、それに異を唱える意見最初から敬遠排斥されやす空気が醸成されていました。 もっとも、当のリベラルユーザーたちは自分たちの主張を**「正論」「市民感覚」だと信じていたため、そうした内輪化を自覚しにくかったようです。はてなブックマークを長年使ってきた一部のユーザーには閉塞感も広がり、2010年代後半には「最近はてブはひどい」「昔はもっと面白い情報が拾えたのに」という懐古的な意見も増えました。例えばある匿名日記では、「2年以上前からはてブは終わった”と言われているが、最近本格的に面白い情報が見つからなくなった気がする」と嘆かれています。この背景には、政治ジャンルに限らずホッテントリ固定化(いつも似たような記事コメントが上位に上がる)や、新興メディアNAVERまとめTogetterTwitter等)への関心分散がありました。 総じて、2015〜2019年リベラル優勢が定着する一方で、その強い傾向ゆえの弊害(画一化・内輪化)も指摘された時期と言えます。依然として人気コメントは「右派批判」「市民目線政府批判」が主流でしたが、その論調はどこかマンネリ化し、新鮮味に欠けるとの声も出始めたのです。

ただ、この頃まではまだ保守論調が人気上位に食い込むことは稀で、基本路線としては**「反自民リベラル」**の牙城が守られていたと総括できます

https://anond.hatelabo.jp/20250617074749 に続く

2025-03-30

[]「令和の百姓一揆」の運動から見る浅はかさ

「令和の百姓一揆」の運動を見ると、「考えがちょっと浅い」と感じるのは分かりますね。要求感情的で具体性に欠ける部分があって、昭和市民運動やそれ以前の歴史的な動きに比べると、鋭さや深みが薄い印象を受ける。

「令和の百姓一揆」の浅さ

昭和市民運動やそれ以前との違い

昭和市民運動60年代安保闘争公害反対運動)や、江戸時代百姓一揆とかと比べると、確かに鋭さや覚悟が違った:

昭和市民運動

例: 1960年安保闘争三里塚闘争公害反対(水俣病とか)。

江戸時代百姓一揆

例: 年貢減免を求めた農民の反乱。

なぜ「令和」は浅く見えるのか

浅さが目立つ具体例

結論

「令和の百姓一揆」は考えが浅く見えるのは、トレードオフを避けて具体策が薄いからで、昭和市民運動江戸一揆に比べると鋭さや深みに欠けるのは事実。昔の方が命がけで、敵も戦略もハッキリしてた分、説得力があった。

2025-03-22

anond:20250322092112

「悪が勝つのは、ひとえに善人が何もしないから。」という言葉通りのことが起こったと思う

法律機能するように市民運動をやっていくか

知事擁護派や立花がやってきたような外道SNS戦略もいとわずやるのか

「なんか良い具合にやってくれるだろう」と良識を信じる時代はもう過去なんだよな

2025-01-19

なんで氷河期世代デモしないの?

韓国市民運動アメリカのBLM見て何も思わないの?

小泉には賛成するくせにBLMやLGBTには反対する氷河期世代って生きてることが罪だよね

デモしないなら生きてる価値いか死ねばいいじゃん

氷河期世代って世界のためにならないって自覚ある?

2024-12-23

anond:20241222185757

そんな態度で信仰が揺らぐなんて

一民として恥ずかしく無いと思わないのか!

市民運動としての側面だけを見れば評価できると言い張って他の都合が悪いところは全て見て見ぬ振りをして、俺は是々非々判断してる中立的立場だと言い切ってこそ真の暇増田、暇ブクマカだぞ

2024-10-25

anond:20241025085525

意味わからんバカの主張よりAIの方が有意義な回答を得られる時代なっちまった・・・

せっかくだから俺もchatGPTに投げてみた

この文章についていくつかのポイントに触れて意見を述べたいと思います

1. 白票投票の意義と影響

筆者は、白票投票を「有効票を減らす唯一の手段」として提案していますしかし、白票の実際の効果議論余地があります白票有効票としてカウントされないため、選挙の結果に直接影響を与えません。多くの選挙制度では、白票は単に「意思を示さなかった」と見なされ、結果的には現状維持既存政治勢力の力を強化する可能性があります。つまり白票が多ければ多いほど、相対的に少数の有効票当選者が決まり、必ずしも「NO」を突きつける手段とは言い難いでしょう。

2. 現行の政党に対する不満

筆者は自民党立憲民主党維新共産党など、すべての主要政党失望していると述べています。これは、多くの国民が抱く感情の一つであり、政治への不信感や無力感を表していると思います。ただし、その解決策として白票を投じることが本当に効果的かどうかは疑問です。政治に対する不満を解決するためには、白票よりも具体的な行動(たとえば、支持する候補者を探し出す、独立した候補応援する、市民運動政策提言に参加するなど)がより効果的かもしれません。

3. 「9割の白票」の仮定とそのリスク

筆者は「1億人が白票を投じれば9割の国民政治家を支持しない状況になる」としていますが、これは非常に極端な仮定です。白票が大量に投じられても、その結果として9割の国民が支持しない政治家が生まれるとは限らず、むしろ選挙積極的に参加した少数派の意見が反映される結果になる可能性があります

また、筆者自身認識しているように、白票投票常態化すると民主主義のものが揺らぐ危険性があります選挙国民意思を示す最も重要手段の一つであり、それを無効化する試みは、結果的政治的な停滞や無秩序を招くリスクがあります

4. 民主主義健全機能について

筆者が述べているように、「ぶち壊す」ほどの不満がある場合でも、民主主義基本的な枠組みを壊すことは、長期的には国民自身不利益をもたらす可能性が高いです。どの政党も満足できない場合理想は新しい政治選択肢模索したり、政策討議を促進したりすることです。白票を投じることで、問題解決が促進されるかどうかは非常に不確かで、むしろ解決を先送りするか、さら問題悪化させる可能性があります

結論

この文章は、多くの国民が感じている政治的不満を鋭く表現していますが、提案されている白票投票という方法は、その不満を効果的に解決する手段としては弱いかもしれません。民主主義においては、選挙重要意思表示の機会であり、白票ではなく、より積極的な参加や政策提案、あるいは新しい政治選択肢形成模索することが求められるでしょう。

anond:20241025083939

この意見に対する評価は、いくつかの視点から検討する必要があります。主に「白票投票現状維持寄与するか」「民主主義への影響」「有効な抗議手段か」という三点について論じることができます

 

1. 白票投票現状維持寄与するか

意見の中で「白票現状維持、つまり与党支持」という批判を退けていますが、実際には、白票を投じても直接的な変革をもたらすことは難しいです。白票無効票として扱われ、有効票には含まれません。その結果、最も多くの有効票を得た候補者当選するため、白票が多くても制度上の勝者が変わることはありません。つまり、現状の政治システムにおいて、白票消極的な行動とみなされる傾向があり、その結果、与党の強さや議席数が維持される可能性が高いです。このため、白票有効票を減らすことで政治家の行動に影響を与えるという前提には疑問が残ります

 

2. 民主主義への影響

意見では、多数の国民白票を投じることで「9割の国民に支持されない政治家」を生み出すことを目指していますしかし、この考え方は民主主義の基本原理に反する可能性があります民主主義は、市民積極的に自らの意見を反映させるための制度であり、投票行動そのもの意見表明の手段です。白票を投じることは不満の表明にはなるかもしれませんが、具体的な政策候補者に対する意思表示が欠けており、建設的な対話改革方向性を見いだすことは困難です。結果的に、無効票が増加することで民主主義機能が低下し、最終的には市民意思がより反映されにくい政治構造が残るリスクがあります

 

3. 有効な抗議手段

白票投票政治に対する不満の象徴として使われることがありますが、意見表明としての効果限定的です。抗議の手段としては他にも、選挙立候補する、特定政策を支持する候補支援する、市民運動や請願を通じて声を上げるなど、より積極的手段が考えられます。また、選挙制度投票システム改革を求める動きに参加することで、政治の透明性や公正さを高めることができます。単に白票を投じることは、現状への消極的抵抗に過ぎず、長期的な政治改革につながりにくいでしょう。

 

結論

この意見は、白票投票有効な抗議手段として提案されていますが、実際には政治民主主義に与える影響は限定的であり、むしろ現状維持寄与する可能性が高いです。また、白票投票だけでは具体的な変革を生み出すことが難しいため、より積極的な参加や代替案の提示必要です。

2024-10-22

衆議院選の都道府県による獲得議席数ハック via 惜敗率

都道府県に割り当てられた議席数は、たとえば島根2議席鳥取2議席で変わらないけど、中国地方全体で比例代表ブロック議席10ある。

たとえば島根立場になって考えると、有力候補圧勝してしまうと、惜敗率関係島根全体としての議席数は2止まりなっちゃうのに対して、うまいことギリギリの戦いにしてあげれば、島根県選出の議員は4名まで獲得できるわけだ。

これって県単位で見れば、自分たち利益の最大化に繋がるんじゃないか

2番手候補当選させるのも気に入らないかもしれないけど、比例代表ブロック議席鳥取県や広島県に取られてしまうのと、どっちがいいかな?

(追記)

ブコメで教えてもらった沖縄の例では、4つの選挙区で9人が当選してた(結果一覧)。つまり、たとえば33%付近で3者が競れば、1つの選挙区で3人当選できるってことやな。確かに。その意味では理論的には島根が比例の中国ブロックをすべて奪って合計12議席獲得も可能なわけだ。比例獲得議席1の弱小政党でも、惜敗率99.9%に調整できれば島根候補当選するもんね。

これ、N党とは逆の市民運動側の選挙ハックとして、どっかの都道府県で実現しないかな。一度でも極端な例が起きれば、そのまま放置されるはずのない問題だと思うんだけど。

2024-10-18

投票はすべき?投票先が無いと感じたら?

1. 投票した方が良い理由

民主主義の基本原則: 投票民主主義の基礎であり、市民政治に参加する最も重要方法の一つです。個々の一票が直接的に政治を変えないように見えることがあっても、投票の積み重ねが政策政府方向性を変える力になります

代表性の確保: 投票しないと、自分意見価値観が反映されない可能性が高まります特定グループや層が投票を控えると、その層の意見政治に反映されにくくなり、政策特定利益団体や活発に投票する人々に偏ることがあります

社会的影響力: 投票率が高いと、政治家や政党市民の声により敏感になります投票率が低いと、政治家は一部の熱心な支持層にの依存するようになり、広範な意見無視する可能性が高くなります

2. 投票先が無いと感じた場合の最適な行動

白票を投じる: 候補者政党に満足できない場合でも、投票所に行って白票を投じることは意味があります白票は「投票先がない」という意思表示としてカウントされ、選挙全体の投票率に影響を与えます。これにより、「政治に対する関心があるが、現状に満足していない」というメッセージを伝えることができます

比較検討妥協: 完全に一致する政党候補者がいないことは一般的ですが、複数選択肢比較し、自分価値観や優先事項に最も近いものを選ぶことも一つの方法です。完全な一致を求めるよりも、より現実的自分意見に近い選択肢を支持する方が、長期的には自分理想に近づく可能性が高くなります

政党立場を知る努力: 政党候補者マニフェストを調べ、自分が支持する政策にどれだけ近いか確認することが重要です。現状を打破したいという意見を持っている場合、その意見を反映する政党候補者を探す努力を怠らないことが大切です。

地域候補者に直接働きかける: 自分が支持したい候補者がいない場合でも、地域候補者政党に直接働きかけて、自分意見を伝えることができます政治家にとって有権者からフィードバック重要であり、政策に影響を与えることができるかもしれません。

3. 問題点矛盾点に対する対策

市民運動やボランティア活動: 政治に直接的に影響を与えたい場合市民運動やボランティア活動に参加することも一つの方法です。自分価値観意見を共有する人々と連携し、政治に影響を与える力を持つことができます

地方選挙への関心を持つ: 国政選挙だけでなく、地方選挙にも注目することが重要です。地方政治の方が市民日常生活に直接影響を与えることが多く、自分の一票が結果に大きな影響を及ぼす可能性が高いです。

まとめ

自分の一票で政治が直接変わらないと感じても、投票民主主義重要な一部です。投票しないことで意思放棄するよりも、どのような形であれ意見を表明することが、より良い社会の構築に寄与します。また、投票先がないと感じる場合でも、白票を投じたり、政党立場理解しようとする努力が求められます。これにより、政治家や政党市民意見により敏感になり、より公正な政治が実現する可能性が高まります

2024-08-04

東浩紀伝2

非モテ論壇は、小谷野敦の「もてない男」 (1999年)に始まり本田透に引き継がれるが、ものすごく盛り上がっているというほどでもなかった。本田消息が分からなくなり、小谷野2017年から売れなくなった。ツイッターでは雁琳のような第三波フェミニズムに応対できる論者が主流となっているが、そういうのの影に隠れたかたちであろう。大場博幸「非モテ独身男性をめぐる言説史とその社会的包摂」(2021年教育雑誌 (57) 31-43)というレビュー論文がある。ロスジェネ論壇も盛り上がった印象はない。氷河期世代はそれどころではなかったのだろうか。雑誌ロスジェネ」は迷走してしまい、第3号は「エロスジェネ」で、第4号で終刊した。

東のゼロ年代ゼロアカ道場で幕を閉じる。東チルドレンを競わせるという企画であり、ゼロアカとは「アカデミズムゼロになる」という意味らしい(「現代日本批評2001-2016」、講談社、101頁)。彼らは東浩紀しか参照していないので、アカデミズムとしてはゼロなのかもしれない。ここで台頭したのが藤田直哉であり、ザクティ革命と称して、飲み会動画を無編集でアップした。ゲンロンのプロトタイプかもしれない。藤田はwokeしたが、東チルドレンでそちらに行ったのは彼くらいではないか

3 ゲンロン

ニコニコ動画に「動ポノムコウ」(2020)というMADがあるが、ゼロ年代の東は輝いていたものの、震災後は落ちぶれてしまったという史観編集されていた。落ちぶれたかどうかはともかく、震災前後に断絶があることは疑いない。東は移動を躊躇わないところがあり、90年代末に批評空間を離れたように、震災後に自らが立ち上げた動ポモ論壇からも離れてしまう。

ゲンロンの前身である合同会社コンテクチュアズ2010年4月6日創業された。2009年の秋の飲み会アイデアが出たそうである宇野常寛濱野智史、浅子佳英(建築家)、李明喜空間デザイナー)との飲み会であった。「ゲンロン戦記」(2020年)では李はXとされているが、ウィキペディアには実名で出てきている。李はコンテクチュアズ代表就任したものの、使い込みを起こして、2011年1月末日付で解任されている。代わって東が代表就任し、李から使い込んだ金を回収した。ちょうど震災前のことで、震災後だと回収は難しかたかもしれないらしい(「ゲンロン戦記」、42頁)。この頃には、宇野や濱野は去っており、浅子が右腕だったが、その浅子も2012年には退任する。

一般意志2.0」は震災前に雑誌「本」に連載されていた。2009年12月から2011年4月号まで連載されていて、4月号は3月頭に出るものなので、ちょうど震災が起こる直前に終わったことになる。「ゲンロン戦記」には「その原稿2010年代に書かれたのですが、出版震災後の2011年11月になりました」(22頁)とあるが、ゼロ年代に連載が始まっているし、出版されたのも2010年代なので、おかしな文である。「震災前に書かれた」と直すべきところであろう。「一般意志2.0」はゼロ年代パラダイムに属している。デジタル民主主義の本であるが、ちょっとひねって、ニコニコ動画のようなもの民意をくみ上げようというものであるゲンロンもニコニコ動画でやられているので、その所信表明でもあるのであろう。ゼロ年代ゲンロンをつなぐ蝶番的な書物ではあった。

サイバースペース」「情報自由論」は一冊の本として刊行されることはなかったのであるが、「一般意志2.0」は刊行された。すっきりとした構想だったからだろうか。東はネット草創期のアングラさのようなものを後光にして輝いていたのであるが、この本を最後に、アーキテクチャを本格的に論じることを止める。ニコニコ動画2ちゃんねる動画版のようなところがあったが、ツイッターをはじめとするSNSネットの中心が移り、ネットはもはや2ちゃん的ではなくなり、東の想定していたアーキテクチャではなくなってきたのかもしれない。東はツイッターも使いこなしているが、かつてほどの存在感はない。

一般意志2.0」の次の主著は「観光客哲学」(2017年であるが、サブカルチャー批評することで「ひとり勝ち」した東が観光客を論じるのは意外性がある。娘が生まれからアニメゲームに関心を失い、その代わり観光が好きになったとのことで、東の関心の移動を反映しているようである。「観光客哲学 増補版」第2章によると、観光客二次創作するオタクに似ている。二次創作するオタク原作の好きなところだけつまみ食いするように、観光客住民暮らしなどお構いなしに無責任観光地をつまみ食いしていく。このように観光客現実二次創作しているそうである

福島第一原発観光地化計画思想地図β vol.4-2)」(2013年)は、一万部も売れなかったそうである。ふざけていると思われたのだろうか。観光に関心を持っていたところに、福島第一原発事故があり、ダークツーリズム対象にできないかと閃いたのであろう。もともと観光に関心がなければ、なかなか出てこないアイデアではないかと思われる。東によると、ダークツーリズム二次創作への抵抗である(「観光客哲学 増補版」第2章)。それなりの歴史のある土地であっても、しょせんは無名なので、原発事故のような惨事が起こると、そのイメージだけで覆い尽くされることになる(二次創作)。しかし、そういう土地観光に出かけると、普通場所であることが分かり、にもかかわらず起こった突然の惨事について思いをはせる機会にもなるそうである二次創作への抵抗)。

社会学者開沼博福島第一原発観光地化計画に参加して、前掲書に寄稿しているのにもかかわらず、これに抗議した。東と開沼は毎日新聞ウェブ版で往復書簡を交わしているが、開沼の主張は「福島イコール原発事故イメージを強化する試みはやめろ」というものであった(「観光客哲学 増補版」第2章)。原発事故を語りにくくすることで忘却を促すというのが政府戦略のようであるが、これは成功した。開沼は2021年東京大学大学院情報学環准教授就任している。原発事故への応答としては、佐藤嘉幸・田口卓臣脱原発哲学」(2016年)もあるが、こちらはほとんど読まれなかった。ジュディス・バトラー佐藤博論(「権力抵抗」)の審査委員の一人であり、佐藤バトラーに近い(竹村和子亡き後、バトラー著作邦訳を担っている)。「脱原発哲学」にもそれっぽい論法が出てくるのが、こちらは功を奏しなかった。資本主義と真っ向から対立するような場面では効かないのだろう。ちなみに佐藤博論には東も登場しており、バトラーも東の名前は知っているものと思われる。

観光客哲学」はネグリハート帝国」を下敷きにしているが、そこでのマルチチュードは、共通性がなくても集まればいいという発想で集められているものであり、否定神学であるとして、郵便マルチチュードとしての観光客対置する。東は原発事故後の市民運動に対して否定的であり、SEALDsなどを毛嫌いしていた。第二次安倍政権は次々と「戦後レジーム」を否定する法案を提出しており、それに対抗する市民運動は盛り上がっていたが、負け続けていた。しかし、Me too運動が始まってからというものリベラルマイノリティ運動に乗り換え、勝ち続けるようになる。「観光客哲学」は市民運動が負け続ける状況に応答しているが、「訂正可能性の哲学」(2023年)はマイノリティ運動が勝ち続ける状況に応答している。小熊英二こたつぬこ木下ちがや)はSEALDsの同伴者であったが、マイノリティ運動に与した共産党には批判である。小熊の「1968」(2009年)は絓秀実革命的なあまり革命的な」(2003年)のマイノリティ運動に対する評価をひっくり返したものなので、こういう対応は分からなくはない。東も「革あ革」を評価していない。「絓さんの本は、ぼくにはよくわからなかった。六八年の革命は失敗ではなく成功だというのだけれど、その理由が明確に示されないまま細かい話が続いていく。どうして六八年革命成功していることになるのか」(「現代日本批評2001-2016」、講談社、71頁)。論旨そのものは分かりやすい本なので、かなりの無理解であろう。

東はアベノミクスには何も言っていない。政治には入れ込んでいるが、経済は分からないので口を出さないという姿勢である経済について分かっていないのに口を出そうとしてリフレ派に行ってしまった人は多い。宮﨑哲弥が典型であろうが、北田もそうであるブレイディみかこ松尾匡と「そろそろ左派は<経済>を語ろう――レフト3.0の政治経済学」(2018年)という対談本を出している。リベラルが負け続けているのは、文化左翼路線だけでは大衆に支持されることはなく、経済についても考える必要があるという主張であるが、リベラルマイノリティ運動で勝ちだしてからはこういうことは言わなくなった。北田2023年から刊行されている「岩波講座 社会学」の編集委員代表を務めている。

観光客哲学」の次の主著は「訂正可能性の哲学であるこちらも郵便本の続編といっていいのであろうが、そこに出てきた訂正可能性(コレクタビリティ)という概念がフィーチャーされている。政治的な正しさ(ポリティカル・コレクトネス)を奉じている者がそうしているように、理想を固定したものとして考えるのではなく、誤りをコレクトするという姿勢大事であるということらしい。駄洒落のようであると言われることもある。森脇によると、東は状況に合わせてありきたりの概念意味を変えるという「再発明」の戦略を採っているが、この「再発明」の戦略を言い換えたものが訂正可能なのだという(森脇「東浩紀批評アクティヴィズムについて」)。そうだとすると、訂正可能性は郵便本では脇役であったが、これが四半世紀後に主役になることには必然性があったということであろうか。

こうして現在2024年7月)まで辿りついたのであるが、東は多くの人と関係を断ってきたため、周りに人がいなくなっている。東も自身気質自覚している。「ぼくはいつも自分で始めた仕事自分で壊してしまう。親しい友人も自罰的に切ってしまう。「自己解体境界侵犯欲望」が制御できなくなってしまう。だからぼくには五年以上付き合っている友人がいない。本当にいないのだ」(東浩紀桜坂洋キャラクターズ」、2008年、73頁)。一人称小説の語り手の言葉であるものの、現実の東と遠からものと見ていいであろう。ここからは東の決裂を振り返る。

宇野常寛は東を批判して「ゼロ年代の想像力」(2008年)でデビューしたのであるが、東に接近してきた。ゲンロンは宇野のような東に近い若手論客結集する場として企画されたそうである。東によると、宇野を切ったのは、映画「AZM48」の権利宇野要求してきたかららしい。「東浩紀氏の告白・・・AZM48をめぐるトラブルの裏側」というtogetterに東のツイートが集められている。2011年3月10日から11日を跨ぐ時間帯に投稿されたものであり、まさに震災直前である。「AZM48」は「コンテクチュアズ友の会」の会報「しそちず!」に宇野が連載した小説である映画原作なのだろう)が、宇野ウィキペディアには書かれていない(2024年7月27日閲覧)。円堂都司昭は「ゼロ年代論点」(2011年)の終章で「AZM48」を論じようと企画していたが、止めておいたそうである。「ゼロ年代批評をふり返った本の終章なのだから2010年代を多少なりとも展望してみましょうというパートなわけだ。批評家たちのホモパロディを熱く語ってどうする。そこに未来はあるのか?」(「『ゼロ年代論点』に書かなかった幻の「AZM48」論」)。

濱野智史は「アーキテクチャ生態系」(2008年)でデビューしているが、アーキテクチャ論こそ「「ゼロ年代批評」の可能性の中心」(森脇、前掲論文)であった。東の右腕的存在だったこともあり、「ised情報社会倫理設計」を東と共編している。濱野は東と決裂したというより、壊れてしまった。その頃、AKB48などのアイドル流行りつつあり、宇野は、東をレイプファンタジーなどと批判していたのにもかかわらず、アイドル評論を始めたのであるが、濱野もそちらに付いていってしまった。「前田敦子はキリストを超えた 宗教としてのAKB48」(2012年)を刊行する。これだけならよかったものの、アーキテクチャ論を実践すべく、2014年アイドルグループPlatonics Idol Platform (PIP)をプロデュースするも大失敗してしまい、精神を病んでしまった。行方が分からなくなっていたが、「『豪の部屋』濱野智史社会学者)が経験したアイドルプロデュース真相」(2022年)に出演して、東に「ぐうパワハラされた」ことを明かした。

千葉雅也の博論本「動きすぎてはいけない」(2013年)には、浅田彰東浩紀が帯を書いていて、「構造と力」や「存在論的、郵便的」を承継する構えを見せていた。郵便本をきちんと咀嚼した希な例ということらしい。東がイベント千葉ゲイであることをアウティングしたのであるが、その場では千葉は黙っていたものの、「怒っている。」などとツイートする(2019年3月7日、「男性性に疲れた東浩紀何をいまさらと怒る千葉雅也」)。これに反応して、東は「千葉との本は出さないことにした。仕事も二度としない。彼は僕の人生全否定した」などと生放送で二時間ほど怒涛の千葉批判を行った。こうして縁が切れたわけであるが、千葉くらいは残しておいても良かったのではないかと思われる。國分は数年に一度ゲンロンに登壇するようであるが、このくらいの関係でないと続かないということだろうか。

大澤聡も切ったらしいのであるが、「東浩紀突発#110 大澤聡さんが5年ぶりにキタ!」(2023年10月16日)で再会している。どうして切ったのかはもはやよく分からないが、それほどの遺恨はなかったのだろう。

福嶋亮大は向こうから去って行ったらしい。鼎談現代日本批評」の第1回、第2回に参加しながら、第3回に参加することを拒んだらしい。東も理由はよく分からないようである。珍しいケースといえよう。

津田大介とは「あずまんのつだっち大好き・2018年猛暑の巻」(2018年8月17日)というイベントが開催されるほど仲が良かった。津田2017年7月17日にアイチトリエンナーレ2019の芸術監督就任し、東は2017年10月企画アドバイザー就任する。しかし、企画展「表現不自由展・その後」に政治的圧力が加えられ、2019年8月14日、東は企画アドバイザーを辞任する。この辞任はリベラルから顰蹙を買い、東はますますリベラル嫌いになっていく。批評家は大衆に寄り添わざるを得ないので、こういう判断もあり得るのだろうか。

東は2018年12月18日にツイッターゲンロン解散を発表するが、上田洋子らに説得されて、

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