はてなキーワード: 監視員とは
プロイセンの軍事思想家カール・フォン・クラウゼビッツは、こう記した。「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続にすぎない」。クラウゼビッツの死後、1832年に出版された著作「戦争論」から、ほぼ全ての陸軍将校が学ぶ一節があるとすれば、それは、武力紛争の目的を定義したこの言葉である。
1月3日朝、米軍がベネズエラを攻撃し、独裁者ニコラス・マドゥロ氏を拘束して米国に連行し刑事訴追するというニュースを耳にした時、真っ先に頭に浮かんだのが、この言葉だった。
理由は単純だ。ベネズエラへの攻撃は、19世紀の世界秩序が崩壊する前、2度の壊滅的な世界大戦が起こる前、そして米国がまさに実行したような国家の行動を阻止するために設計された国際法と外交体制が生まれる前の、異なる時代を想起させるからだ。
あらゆる国家が決定すべき最も重要な課題の一つは、いつ、そしてどのように、戦争を遂行するかである。ちなみに、クラウゼビッツを道徳観念のない戦争推進者と見なすのは誤りだ。彼はこの概念を発明したわけではなく、当時の世界を描写したに過ぎない。彼の言葉は、人類史の大半において主権国家が戦争をどのように捉えてきたのかを端的に説明している。
強国が「戦争は政策の延長に過ぎない」という原則のもとで行動する時には、マフィアのボスのような振る舞いに陥りやすい。弱い国とのあらゆる相互作用には何らかの形で武力の脅威が伴うことになる。素敵な国ですね。もし何か起きたら残念ですね、という具合に。
これは空想ではない。トランプ米大統領はアトランティック誌との電話でのやりとりで、マドゥロ氏の副大統領を務めたベネズエラの新たな指導者デルシー・ロドリゲス氏を脅した。「彼女が正しいことをしなければ非常に大きな代償を払うことになるだろう。おそらくマドゥロよりも大きな代償だ」と述べた。
外交と経済的圧力は、依然としてほとんどの場合、強国がとる最初の手段である。しかし、意図した成果を上げられなかった場合に次に何が起こるかは、ベネズエラでの米国の攻撃の映像を見ればわかるだろう。
しかし、クラウゼビッツ的な見方は、国家とその指導者たちにとって唯一の選択肢というわけではない。国際関係にはより優れたモデルが存在する。それは悪の存在と国家の利益という現実を認めつつ、平和と人命を守るための境界線を引くものだ。
人類はクラウゼビッツとアクィナスの間を揺れ動いてきたのだと、筆者は分析します。歴史を振り返りつつ、今回の米トランプ政権のベネズエラ攻撃をどう読み解くのか。「戦争は政治の延長」の先にある世界とは……。
13世紀に書かれた「神学大全」でアクィナスは、後に「正戦論」として知られる三つの基本要件を提示した。
第一に、戦争は主権者の合法的な行使によって遂行されなければならず、野心的な個人の私的な冒険主義によってはならない。
第二に、戦争は正当な大義に基づかなければならない。例えば、国家の自衛や集団的自衛は明らかに正当である。
第三に、正当な目的、すなわち善を推進し、悪を回避しなければならない。
戦争の形態の変遷を考える一つの方法は、人類がクラウゼビッツとアクィナスの間で揺れ動いていると捉えることだ。強い国は弱い国に自らの望みを押し付け、やがては強国が互いに押し付け合おうとする。必然的に大惨事が起き、アクィナスに立ち返る。
この揺れ動きの結果は、実際に歴史の長い流れの中で確認できる。紛争による世界の死者数を分析すると、戦争は常に存在するものの、その激しさは強弱を繰り返していることがわかる。極度の苦痛と死の時代は、比較的平穏な時代を経て、再び恐怖の時代へと続く。
第1次世界大戦以降の歴史を考えてみよう。塹壕(ざんごう)戦での絶え間ない殺戮(さつりく)の後、世界は侵略戦争を禁止し、平和を維持するための国際機関である国際連盟を設立しようとした。
国際連盟は、米国が加盟を拒否したことも一因となって失敗に終わり、さらに恐ろしい世界大戦を経て、今度は米国主導のもとで世界は再び試みた。
アクィナスの思想は国連憲章の随所に反映されている。憲章第2条は侵略戦争を禁止し、51条は大国を抑制するための個別的・集団的自衛権を認めている。そして第5章は平和維持のために安全保障理事会という機関を設立した。
この体制が完璧だとは誰も言わないだろう。だが、第2次世界大戦後も侵略戦争が起きる中で、この体制は主要な目的を達成してきた。世界は大戦を免れてきたのだ。
ただ、アクィナスのモデルは、二つの敵と戦わなくてはならない。権力への願望と記憶の風化だ。正戦論は、強者の自制を求めている。大国に自らの願望を押し付けることを控えさせ、短期的な国益より、国際平和と正義という長期的な目標を優先させることさえ求める。
ここで記憶の風化が作用する。人々が世界大戦を記憶している間は、自制はより説得力を持つ。国連とNATO(北大西洋条約機構)をつくった人々は、2度の戦争を経験していた。その意味で、侵略戦争に対する道徳的議論は、現実的な意義を持つ。
世界は、力への願望が国際情勢を支配する結果を目の当たりにしてきた。指導者たちは、最も壊滅的な紛争がごくささいなきっかけから始まることを知っているし、知るべきである。
例えば、1914年にガブリロ・プリンツィプがサラエボでフランツ・フェルディナント大公を狙撃し、オーストリア・ハンガリー帝国が小国セルビアに軍を動員した時、1600万人以上が命を落とす戦争になることを、いったいどれほどの世界の指導者たちが察知していただろうか?
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サラエボで起きたオーストリア・ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公と妻の暗殺事件を報じる朝日新聞紙面(1914年7月30日付)
記憶が薄れるにつれ、クラウゼビッツのモデルはより魅力的に映る。その一因は、まさにベネズエラで起きたように、即効性のある結果をもたらし得るからだ。
とはいえ、トランプ氏のベネズエラ介入に激しく反対する人々でさえ、マドゥロ氏の支配を美化すべきではない。彼は腐敗した暴力的な独裁者であり、国民を抑圧し、貧困に陥れた。
経済指標がその実態を物語っている。マドゥロ政権が発足する前年の2012年、ベネズエラの国内総生産(GDP)は3720億ドルを超えていた。それが、2024年には1200億ドル弱にまで急落した。壊滅的な崩壊だ。
マドゥロ氏が権力を維持できたのは、民主主義を無視したからに他ならない。選挙監視員たちによると、2024年の選挙で、3期目をめざしたマドゥロ氏は30ポイント以上の差で負けていたとされる。対立候補のエドムンド・ゴンサレス氏は65%を超える票を獲得し、マドゥロ氏はわずか30%強だった。しかし公式集計ではマドゥロ氏の勝利が宣言された。
ただ、GDPの数値や得票数だけでは、マドゥロ政権が人々にもたらした苦難を語るには不十分だ。2014年以降、貧困や汚職、抑圧から逃れるために約800万人のベネズエラ人が国外へ脱出した。これはマドゥロ氏が大統領に就く以前の人口の4分の1以上に相当する。
トランプ政権は、マドゥロ氏を権力の座から追放することが米国の国益に最もかなうとの判断を下し、議会の承認を得ることなく、完全に独自行動をとった。
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米フロリダ州で2026年1月3日、記者会見に臨む米国のトランプ大統領。後ろにいるのはルビオ国務長官=AP
第一に、トランプ氏は、米国法の要件を無視し、一方的に行動した。議会と協議せず、宣戦布告も取り付けなかった。彼は、ただ自らの権限だけで、主権国家を攻撃したのだ。
マルコ・ルビオ国務長官は、政権の行動は戦争行為ではなく、「法執行活動」であり、国防総省は容疑者を逮捕する公務員たちを守っていたにすぎないと主張している。
この弁明は笑えるほどにお粗末だ。この理屈では、大統領は敵対する指導者を起訴し、指導者の逮捕に必要な大規模な軍事力は単に法執行を保護しているだけだと主張することで、事実上あらゆる戦争を法執行活動に変えることができる。これは議論ではない。言い訳だ。
第二に、トランプ氏は開戦事由も、国際法や国連憲章が認める正当な理由もなしに攻撃を仕掛けた。ハーバード大教授で、ブッシュ政権(子)下で司法省法律顧問局次官を務めたジャック・ゴールドスミス氏が指摘したように、(国連)憲章の命令を執行する明確な方法がないとしても、この攻撃は明らかに憲章に違反している。
第三に、独裁者を権力の座から追放することは正当な目的になりうるかもしれないが、民主的に選出された野党指導者を無視するというトランプ氏の決定は、非常に問題である(編集部注:トランプ氏は15日にベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏と会談した。)。腐敗した政権の残党が、米国企業の石油取引交渉の要求に従い、依然として国を統治していることは、自由と民主主義を犠牲にして腐敗と抑圧を永続させる危険性がある。
これらは何も新しいことではない。歴史家のニーアル・ファーガソン氏は、トランプ氏のベネズエラへの攻撃は、第1次世界大戦の惨事以前の時代の政治と外交の復活という、より大きな全体像の一部であると述べている。
19世紀後半の南北戦争後に米経済が急発展した金ぴか時代の砲艦外交は、米国が中南米を支配していたことを確かに意味していた。それは、この地域に植民地に似た現実を押し付けた。各国は少なくともある程度の米国の監視の下で発展し、主権は米国が認める範囲にとどまった。
トランプ氏のベネズエラ攻撃もまた、何もないところから出てきたわけではない。昨年12月、政権は国家安全保障戦略の文書を発表し、西半球を最優先に位置づけた。
この文書はアジア、欧州、中東に先立って米州を扱い、「西半球における米国の優位を回復するため、モンロー主義を再確認し実施する」と宣言した。
大統領はすでに、19世紀の米国外交政策を復活させる自らの政策に「ドンロー主義」という名を付けている。
トランプ氏はドンロー主義を熱心に推し進めている。カナダとメキシコに対して経済戦争を仕掛け、カナダは米国の51番目の州になるべきだと発言した。NATOの同盟国であるデンマークの主権領土の一部であるグリーンランドにも野心を抱いている。
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デンマークのコペンハーゲンの米国大使館前で2026年1月14日、グリーンランドはグリーンランド人のものだと抗議する人々=ロイター
ここで再び、影響圏による世界支配と、「政策の延長としての戦争」という非道徳的アプローチの致命的な欠陥に直面する。小国は強国に支配されることを望まず、強国はライバルの台頭を望まない。故に同盟を結ぶ。1914年、セルビアにはロシアが、ベルギーには英国がいた。1939年にはポーランドにフランスと英国が味方した。
なぜ南米諸国が他国との緊密な関係を求めるのか、米国人が疑問に思うのならば、むしろ彼らと米国との歴史的経緯や、南米の人々がモンロー主義の攻撃的復活をどう捉えているかを問うべきだろう。
一つは、トランプ氏がベネズエラ介入で先例をつくったというものだ。ロシア、中国、イランといった国々は、自らの勢力圏でその先例に従おうと躍起になるだろうし、我々が取ったのと同じ手法を敵対国が自らの勢力圏で取っても、我々に異議を唱える資格はなくなる、というものだ。
しかし、ウラジーミル・プーチン氏のロシア、習近平氏の中国、革命体制のイランは、正戦論や道徳的議論などみじんも気にかけたことがない。彼らがある程度抑制されているのは、抑止力によるものであり、もし抑止力が失敗すれば、純粋な軍事力による。
もう一つの議論は、正戦論が決して全会一致で受け入れられることはないことを認めるものだ。国連憲章が往々にして実践的というより理想論的なものにならざるを得ない運命にあることを認識するものだ。
この議論は、世界秩序の存続が強国に依存するわけではないが、米国という最大の強国には依存していることを認識している。言い換えれば、我々の国がアクィナスに傾倒していることが、クラウゼビッツを遠ざけているのだ。
安全保障理事会の常任理事国5カ国のうち、米国・英国・フランスの3カ国だけが国連憲章と国際法に従う状況で、我々はかろうじて世界秩序を維持している。しかし、もし米国がロシアや中国と同様の武力紛争や国際関係へのアプローチを採用すれば、西側の戦後コンセンサスは完全に崩壊する。
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ベネズエラの首都カラカスで2026年1月6日、3日前に米軍に拘束されたマドゥロ大統領の解放を求めるデモのそばに「トランプ:殺人者 誘拐犯」などと書かれた落書きがあった=AP
「アメリカ第一主義」は必ずしも孤立主義ではない。主権国家の指導者を逮捕し、その国を「運営する」と宣言することに孤立主義的な要素はない。だが、それは短絡的で、正義と平和を犠牲に、国家権力の高揚感を追い求めている。
トランプ氏がいま、まさにその高揚感に浸っているのは明らかだ。1月4日の夜、米NBCは、トランプ氏が依然として「我々はベネズエラを運営していく」と発言していると報じた。トランプ氏は「彼らが従わなければ、第2の打撃を加える」と付け加えた。
トランプ氏が考えていたのはベネズエラだけではない。「コロンビアも非常に病んでいる」、キューバは「崩壊しつつある」と彼は述べた。さらにイランが抗議デモ Permalink | 記事への反応(1) | 23:06
ミネアポリスで女性がICE職員に射殺された事件、Google AIモードで調べたところ、その職員は以前にも車を止めようとして大けがしているが、その際の強引さ(というか暴力)も問題になってる(事実関係は私がリンク先報道で確認済み)
QAを公開できなかったんで増田に貼ってみる。
((※大規模言語モデルは原理的に観てきたようにうそをつくことがあるし、Googleのそれも同様だけど、検索先行するRAGという手法で、ある程度抑制出来てるし、引用元も出してくれるので、興味があれば使ってみると良いと思います。))
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Q:
A:
2026年1月7日にミネアポリスで発生した、ICE(米移民・関税捜査局)職員による女性射殺事件において、発砲した職員が拘束・逮捕されたという公式な報告は、2026年1月9日現在ありません 。
この事件を巡る現状は以下の通りです:
当局の立場: 国土安全保障省(DHS)は、発砲した職員(ジョナサン・ロス氏と特定)が「車両で轢き殺そうとした女性に対し、身の危険を感じて自己防衛のために発砲した」と主張し、職員を全面的に擁護しています。
捜査の主導権: 当初、州の捜査機関(BCA)が共同捜査に加わっていましたが、連邦政府側(FBIおよび米連邦検察)が方針を転換し、現在は連邦当局が単独で捜査を主導しています。これにより、州側は証拠やインタビューへのアクセスを遮断されています。
市長の批判: ミネアポリスのジェイコブ・フレイ市長は、映像記録に基づき「正当防衛ではなく、権力の乱用による殺人だ」と強く非難していますが、現時点で地元の警察当局が連邦職員を拘束するなどの動きは見られません。
なお、事件後に現場周辺で行われた抗議デモでは、当局と衝突したデモ参加者数人が拘束されたと報じられています。
Q:
A:
2026年1月7日の事件におけるジョナサン・ロス氏の怪我の程度については、以下の通り発表されています。
今回の事件での怪我: 国土安全保障省(DHS)のクリスティ・ノエム長官は、ロス氏が事件直後に病院へ搬送され、治療を受けた後に退院したと発表しました。現在は自宅で家族と過ごしているとのことですが、具体的な負傷箇所や程度の詳細は公表されていません。
過去の負傷との関連: DHSやJD・ヴァンス副大統領は、今回の対応の背景として、ロス氏が2025年6月(半年前)に別の摘発現場で逃走車両に約100ヤード引きずられ、腕や手に計33〜50針を縫う重傷を負っていた事実を強調しています。
当局は、過去の凄惨な負傷経験が今回の「車両による脅威」に対する即座の反応(発砲)につながったとして、正当防衛を主張する根拠の一つに挙げています。
Q:
A:
今回の事件でジョナサン・ロス氏が負った怪我について、 治療を要する程度のものだったかは情報が錯綜しています。
DHS長官は「病院で治療を受け、退院した」と発表しており、何らかの治療は受けています。しかし、目撃者による事件直後の映像では、ロス氏が発砲後に歩き回っている様子が捉えられており、致命的または重篤な状態ではなかったことが示唆されています。
当局は、今回の発砲が正当防衛であったことを強調するため、ロス氏が2025年6月の別の事件で負った重傷(腕や手に50針近くを縫う怪我)を繰り返し引き合いに出しています。このため、今回の怪我が過去の怪我ほど深刻なものでなかった可能性も考えられます。
Q:
過去の怪我が心的外傷を及ぼすほどのものなら軍の場合、後方任務に回される運用になるのでは
A:
軍と法執行機関(ICEなど)では組織の目的や運用ルールが異なるため、一概に「軍と同じ運用(後方勤務への異動)」が自動的に適用されるわけではありません。
ジョナサン・ロス氏のケースに関して、以下の点が論点となっています。
現場復帰の判断: ICEなどの法執行機関では、負傷した職員が身体的・精神的に「任務遂行が可能(Fit for Duty)」と診断されれば、現場任務(フィールド・デューティ)への復帰が認められます。
今回の批判: ミネアポリスの事件後、JD・ヴァンス副大統領はロス氏が半年前の負傷により「過敏(sensitive)になっていたかもしれない」と発言しました。これに対し、批判側は「過去のトラウマで過剰反応する恐れがある人物を、なぜ緊張感の高い現場任務に就かせ続けていたのか」と、当局の管理責任を問うています。
2. 軍との違い
軍の運用: ご指摘の通り、軍では戦闘ストレスや外傷を負った兵士に対し、再訓練や後方任務への配置換など、段階的な復帰プロセスが厳格に定められています。
警察・ICEの運用: 民間の法執行機関でも「ライト・デューティ(軽作業・内勤)」の制度はありますが、基本的には「一時的な措置」であり、回復後は元の任務に戻るのが一般的です。ロス氏の場合、半年前の怪我から回復したとみなされ、通常の現場任務に就いていました。
3. 当局の主張と現状
当局の正当化: DHS(国土安全保障省)は、ロス氏を「経験豊富な職員」と呼び、過去の負傷経験があるからこそ、車両による脅威に対して適切な(訓練通りの)反応をしたと主張しています。
現在の状況: 事件発生後(2026年1月8日時点)、ノエム長官はロス氏が「病院から退院し、家族と過ごしている」と述べるにとどまり、今後の任務継続については明言していません。
結論として、軍のような「心的外傷を考慮した恒久的な配置換」は、現行の法執行機関の運用では自動的には行われず、今回の悲劇を機にその管理体制の妥当性が厳しく批判されています。
Q:
A:
詳細は以下の通りです:
氏名: ルネ・ニコル・マクリン・グッド(Renee Nicole Macklin Good)さん(37歳)。
出自: コロラド州生まれの米国市民で、最近ミネアポリスに転居してきたばかりでした。
背景: 3人の子供の母親であり、詩人や作家としても活動していました。
今回のICE(米移民・関税捜査局)による取り締まり作戦(通称「ミッドウェイ・ブリッツ」または「オペレーション・メトロ・サージ」)は、主にソマリア系移民コミュニティを標的にしたものでした。
グッドさんは、近隣の移民住民を守るための「市民監視員(リーガル・オブザーバー)」として現場に居合わせ、当局の活動を記録・監視していた際に事件に巻き込まれたと報じられています。移民ではない米国市民が射殺されたことで、政権による強硬な取り締まりへの批判がさらに強まっています。
Q:
引用されたセントルイス公共ラジオの記述だと、前回怪我を負った際も暴力的と言えるような不適切な方法で車を止めようとしたようにみえる
A:
ご指摘の通り、2025年6月の事件におけるジョナサン・ロス氏の行動については、「不適切または過剰な強制力を行使していたのではないか」という批判的な視点での報道がなされています。
セントルイス公共ラジオ(STLPR)や裁判記録に基づく報道で指摘されている、当時の状況の詳細は以下の通りです。
強引なアプローチ: ロス氏は停車させた車両の運転手が指示に従わなかった際、即座に後部の窓ガラスを叩き割り、そこから腕を車内に突っ込んでドアのロックを解除しようとしました。
危険な状況の自作: 窓を破って腕を車内に入れた状態で運転手が急発進したため、ロス氏は腕が引っかかったまま約100ヤード引きずられることになりました。
批判の声: この一連の行動に対し、「窓を割って腕を突っ込むという行為自体が、自身を危険にさらすと同時に状況を不必要にエスカレートさせた」との指摘が出ています。
「デジャヴ」のような展開: 今回ミネアポリスで射殺されたルネ・グッドさんの事件でも、ロス氏は「過去の負傷があるから、車が動いた際に身の危険を感じて発砲した」と正当防衛を主張しています。
指摘されている問題点: 批判的なメディアや活動家は、ロス氏が「自ら危険な状況(走行中の車に接近する、または窓を割るなど)を作り出し、その結果として生じた恐怖を理由に致命的な武力を行使する」というパターンを繰り返しているのではないか、と疑問を呈しています。
3. 当局の反応
一方で、JD・ヴァンス副大統領や国土安全保障省(DHS)は、この6月の事件を「不法移民による法執行官への凶悪な攻撃」として強調しており、ロス氏を「過去の被害によるトラウマを抱えながらも任務に励む英雄」として描こうとする姿勢を見せています。
このように、ロス氏の「手法」が適切だったのか、あるいは「暴力的な傾向」があったのかについては、政権側と批判側の間で真っ向から見解が分かれています。
14時26分。キジバトさんは今日もおらず。もう年内に会える気配はない。そもそもここの噴水が故障したから鳥たちに離れられたのではないか?と思う。いつまで壊れたままなのか。
駅北口のケーキ屋さんでフィナンシェとクッキーとショートケーキとクリスマスプリンを買った。1600円した。金縁の丸メガネの若い女性の店員さんがすっごくニコニコしていてこっちまでニコニコしそうになった。笑顔は良いものだ。今更だけどここ、3つ隣にシフォン屋さん、その隣にもケーキ屋さんがあるのによくやっていられるなと思う。もうひとつのケーキ屋さんはチョコレートを専門としているお店でイートインにもなっていてコーヒーとかカレーとか食べられるので営業形態は違うっちゃ違うのだが、普通にお客さんの取り合いというかパイの奪いあいになりそう。
帰る途中になんか電線に白いのがあるな、とよく見たらサギさんだった。電線の上に一本の足で微動だにせず立ちながら、車が行き交う交差点をじっと眺めている姿はやっぱり監視員のようだが、3ヵ月まえに見た時よりも10メートルくらい歩道寄りの位置にいて下から見上げるような視点だからか、胴より上が見えず、まるで黒い一本足の生えた白髪のウィッグという感じだった。子供やったら「電線の上に白髪がある!」と目をキラキラさせてもおかしくはないぐらい白髪だった。ショートカットよりは長いかなあ、ミディアムボブぐらいだ。
前回よりも近い分、羽毛がはっきりと見えた。羽の先が髪の毛みたいにぼわぼわとしていて、背中の方もぼわぼわとしていた。嘴が黒く、背中の毛がカールしているように見えなくもないのでコサギかもしれないが、背中にカールしている飾り羽がでるのは夏場だし、小さくて嘴が黒っぽいダイサギかもしれない。足は結構ひょろ長いので白色型のクロサギではないと思う。
5分ぐらい見上げていると首が疲れてきて、丁度近くにあるベンチに座って休憩しながら、ちょこちょこサギさんを観察したり写真を撮ったりした。果たしてこのサギさんはいつまでここにいるんだろう。わからないが、さっき買ったクッキーを電線の上にいるサギさんにあげることもできないし、ケーキ屋さんのニコニコお姉さんにお早めに冷蔵庫に入れてくださいねと言われていたし、僕はそろそろ帰らなければいけなかったので、よいお年をと念を送りながらその場をあとにした。
また会えるといいなあ。
スーパーに向かう途中、ふと空を見上げたら電線に見慣れない鳥がいた。
長めの足に、白くてひょろ長い胴体に、長めのくちばし、鳥にそんなにくわしくないけど多分サギさんだと思う。
サギさんは時々川にいたり飛んでいたりするのを見かけるけど、電線の上にいるのを見たのは初めてだった。
スズメやハトさんよりも体がひとまわり大きいのでよく目立っていた。でも周囲を見渡してもぼく以外にサギさんがいることを珍しがっている人間はいなかった。もしかしたらぼくが今まで知らなかっただけで、普段からあの電線にとまって交差点を観察していたのかもしれない。
20分くらいで買い物が終わって帰るぞーって時に見に行ったらまだサギさんは同じ場所にいて、細い首をくいっくいっと動かして周囲の様子をうかがっていた。市民プールで高い椅子に座って監視している監視員のようだった。
また会えるといいなあ。
ソープの話題が出てたのでChatGPTに調べて貰った。(DeepResearch)
ソープランドやデリヘルといった風俗店では、建前上「本番行為(性交)は提供せず、お風呂やマッサージだけ」を謳います。しかし実際には、個室で客と従業員が自由意志で恋愛関係になった結果として性交したという形を装い、店側が売春を斡旋していないと主張するのです。料金は「入浴料」などと称し、性的サービスそのものには対価を払っていないというフィクションで法の網をくぐっています。この「自由恋愛だから売春ではない」という業界の建前は、1986年の最高裁判決で明確に否定されており、経営者が「知らなかった」と言い逃れできないと判示されています。
本来ギャンブル禁止の法理念が事実上骨抜きにされ、事実上日本最大のギャンブル産業が合法的に存在している矛盾です。社会的にはパチンコが深刻なギャンブル依存症の原因になっており、本質的には賭博と変わらないにもかかわらず、グレーな状態で巨大産業として存続しています。依存症による家庭崩壊や経済的損失など倫理的・社会的問題も大きいのに、法の網をくぐっているため十分な規制・課税が及びません。また景品交換所は古物営業法の適用除外とされており(「盗品等の処分の実態がない」との理由ですが、実際には強盗や窃盗事件も発生しています)、制度の不透明さが治安面の懸念も招いています。
公職選挙法は選挙運動の方法を厳しく制限する法律です。戸別訪問の禁止や文書図画(ポスター等)の制限などが規定される一方で、選挙運動用自動車(選挙カー)による連呼行為は例外的に認められています。同法140条の2で「連呼行為の禁止」を定めつつ、「但し選挙運動用の自動車上では連呼してよい」と明記されているため、候補者名の連呼だけは走行中でも許されているのです。
この規定により、日本の選挙では選挙カーが大音量で候補者の名前を連呼する光景が定番化しています。公職選挙法は選挙運動期間を公示(告示)日から投票日前日まで、時間も原則朝8時から夜8時までと定め、それ以外の深夜早朝は活動禁止です。ただし拡声器の音量について明確な上限規制はなく、住宅街でも法定時間内であればいくら大音量でも違法ではないため、実質ノーガイドラインの状態です。その結果、各候補が少しでも有権者の耳目を引こうと最大音量で連呼を繰り返し、毎回の選挙で「名前を連呼するだけのうるさい車」が走り回ることになります。これは本来、公職選挙法が戸別訪問等を禁じた副作用とも言えます。禁止事項が多いため候補者は合法な宣伝手段として「連呼」に頼らざるを得ず、結果として騒音公害のような現象が合法化されてしまったのです。
2006年以降、民間委託の駐車監視員が違法駐車の取り締まりに当たるようになりましたが、彼らが対象とするのは主に運転者が離れた「放置駐車」です。そのため運転席に人が乗ったままの車は、たとえ長時間停車していても監視員は直接取り締まらないケースが多いのです。実際には「運転手さえ乗っていれば駐車違反にならない」というのは誤解で、運転者がいても5分を超えて継続的に停まっていれば法律上は駐車違反です。しかし現場では、監視員が車に近づきタイヤにチョークマーキングしようとすると運転手がすぐ移動してしまい証拠固めができないため、結局見逃されてしまいます。加えて警察OBいわく「緑のおじさん(監視員)はトラブル回避のため運転手が乗っている車はスルーするよう指示されている」節もあり、運転席に人を残したままハザードを点滅させて路上駐車するのが物流業者やタクシーで横行しています。「ちょっとの間なら…」と誰もがやりがちなグレー行為として半ば定着し、駐車禁止標識が形骸化しているのが実状です。
技能実習制度は事実上、認めていないはずの単純労働を外国人にさせる抜け道として機能しています。例えば農業・建設・介護など人手不足の分野で、開発途上国から来た実習生が3~5年間働きます。名目上は「技能の習得」ですが、実際には過酷な労働や長時間残業、低賃金で働かされるケースが多発しています。監理団体と送り出し機関を介し、中小企業や農家が直接雇用する形をとらない複雑な構造も不正の温床です。結果として実習生への賃金未払い・暴行・パワハラ等の人権侵害が後を絶たず、毎年数千人規模で失踪者(逃亡者)が出るなど闇が深い状況です。制度の恩恵を受けるはずの受け入れ企業からも「使い捨ての安価な労働力として酷使されるだけでなく、失踪リスクや手続コストもかかり、こんな制度はおかしい」と批判の声が上がっています。現に、「これは人身売買だ」とまで制度を非難する雇用者もいました。
日本は相当数の二重国籍者を黙認しているのが現状です。国籍法には22歳までに国籍を選べとありますが、選択しなかった場合の罰則はなく、役所から「選択宣言をしてください」という通知が来る程度です。また日本国籍離脱は本人の意思による届け出制であり、他国籍を取得しても本人が届け出ない限り日本政府は把握できません。例えば米国など第二国籍を取った日本人でも、日本には報告せず日本旅券を更新し続ける人もいます。政府側も海外で外国籍取得の情報を完全に把握する術はなく、結果として黙認状態が長年続いています。一部では、著名人などが二重国籍疑惑を指摘され問題化する例(2016年の政治家のケースなど)もありますが、そうしたケースでも最終的に国籍離脱を強制されることはまれです。つまり法律上は禁止だが事実上は放置という典型例になっています。
EVメーカーテスラが6月22日にテキサス州オースティンでロボタクシー事業を開始した。米国発の発表からわずか数時間で日本語圏にも情報が流れ込み、各種メディアやSNSが一斉に反応した。本稿では日本語報道と国内リアクションを整理し、客観的に評価する。
サービスはModel Yを用い、運賃4.20ドルの固定料金。完全無人ではなくテスラ社員が助手席で監視する暫定仕様だ。対象エリアはオースティン市内の一部に限られる。NHTSA(米運輸省道路交通安全局)は開始翌日に情報提供をテスラへ要請しており、安全性評価は現在進行形である。
大手通信(ロイター、ブルームバーグ)が速報し、IT系・ビジネス系サイトが追随した。論調は「期待と警戒の二項対立」が基本線。肯定的要素としては料金の安さとテクノロジーの先進性、否定的要素としては安全監視員同乗とサービス範囲の限定が強調された。
サービス開始翌営業日、テスラ株は一時11%高を記録。日本語記事は「好材料」と報じたが、交通違反疑惑報道で時間外に反落した事実も併記し、短期的な変動リスクを指摘している。
President Onlineなどの解説系は「実質レベル2相当でWaymoに劣後」と慎重論を展開。一方でテック系ブログやイノベーション系メディアは「Starlinkによるカバー」「新アプリ連携」といったエコシステム面を評価し、中長期の優位性を論じた。視点は異なるが、「追加検証は不可欠」で一致している。
X(旧Twitter)では終日トレンド入り。テスラオーナー/投資家は「人間より滑らか」と賞賛する一方、一般ユーザーは「怖い」「日本導入は遠い」と慎重。試乗動画の切り抜きが拡散し、走行ミスを不安視する投稿も目立った。
国交省は公式声明を出しておらず、国内紙は「米当局の動向が日本の審査姿勢に影響し得る」と観測記事にとどめた。道路運送法・道路交通法の改正ペース、右ハンドル仕様の対応、既存タクシー事業者との調整など、制度面のハードルは依然高い。
国内の受け止めは「未来感への興奮」と「安全・制度への懸念」がせめぎ合う状態だ。技術的ブレイクスルーは歓迎されつつも、社会実装には時間がかかるという冷静な見立てが優勢である。
https://jp.reuters.com/markets/commodities/VGDPEFXKYFPDLO53XDYTCKGVJA-2025-06-22/
https://jp.reuters.com/markets/commodities/PMQGRVYUVNIANKUWCRNI5L57AM-2025-06-24/
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-06-23/SYBL22T1UM0W00
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-06-24/SYC0XYDWLU6800
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2506/23/news054.html
https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/2025039.html
1位 キャバクラ嬢
2位とやや迷ったが、容姿以外に参入障壁がなくモノホンの池沼でもなれてしまう点、素人っぽさがむしろ価値になってしまう点でトップが妥当だろう。のらりくらりとおしゃべりして金がもらえ、いざという時は黒服が守ってくれる、その上労働時間も短めとなると、これ以上チョロい職業は参入障壁の高い天下り役員くらいしかないと思われる。風俗は介護要素があり何だかんだプロとしてのテクニックを求められたりするので別物だと考えている。
2位 タクシー運転手
容姿は問われないが、超簡単とはいえ一応試験がありモノホンの池沼ではなれないという点からこの位置とした。トラック運転手は大型免許を取るという一応の心理的ハードルと、手積み手下ろしの場合の筋力等が求められるが、二種免許は一種と比べて何が優れているのかが分からない。技能試験課題は一種のものに鋭角通過が加わっただけであり、これは日常的に車を運転していれば誰でもできる。本当の底辺職と言えるのはここまでだと思う。交通誘導、看板持ち、プール監視員などタクシーよりも求められる技能が少ない職業もあるが、これらは退屈に耐えるという才能が必要なので、誰でもできる仕事ではない。
なんせ義務教育なのだから教科の内容を身に付けるのは簡単である。その上金を払うのは親なので、サービス業なのに目の前の客(生徒)に対してへりくだる必要がないところにチョロさがある。ただ子供に舐められたら終わるので誰でもできる仕事ではなく、社会的イメージからも純粋な底辺職とは言えない。一応、中学受験向けの塾は特殊知識が求められるので除外すべきだろう。
逆に、素人とプロの差が大きい職業を考えてみると、外科医、自動車整備士、建設業、理美容師あたりだろうか。外科医を除けば結構底辺と言われる職業が多いだろう。
LPICとCCNAさえ持ってれば年齢学歴問わず採用してもらえる、やること無くて勉強してるかスマホいじってる。通称スマホ動物園
※(治験もニート向けだが、そもそもボランティアなので仕事ではない&社保がないし持続性がないので除外する。派遣の仕事もニート向け分野があるが、プロジェクト単位でしかなく持続性がないので除外する)
【番外編 増田の皆に教えてもらったけどやってみて糞だった仕事】
・清掃
トイレ掃除臭いし汚いし暑いし、個室ブースは狭いし便器は低いし体おかしくする。汚物関係はマジでメンタルに来る。下痢便をバキュームで吸った時発狂しそうなのを堪えた。清掃やって知ったけど同じ人間とは思えないぐらいトイレの使い方汚いキチガイが多すぎる。日本人同士でも共存って難しいかもしれないと思った。その上給料も低いので働いたら負け案件。ニートに清掃会社への就職勧める人多いけど、俺が行った清掃会社は一人の正社員が現場で掃除しつつパート複数名を管理指導とオーナーとの打ち合わせ会議への出席と休日のテナント専有部の清掃への借り出しと休みも取りづらい。ニートに清掃勧めるやつは清掃エアプのバカ。死ねバカ。マジで死んだ方がいいよ。お前らが煽ってんだよ。本当死んだ方がいい。
・工場
大音量耐性があって、手先が器用ならニートでも適性あり。機械好きなら尚良し。この適性がないと寝てる時に身体が回転してて工場内の大音量が頭の中でガンガン鳴り響く日が仕事を辞めてからも続いた。バネ指にもなった。手先に自信無い奴はマジで行くな。単純作業っていうけど手先が器用な奴基準の話であって、インパクトでネジ滑る様な俺達みたいな奴は行っては行けない。俺は工場辞めてから身体とメンタルズタボロになって次の社会復帰に1年掛かった。ニートに勧める前に適性確認をせず、ただニートに勧める奴はバカ。死ねバカ。マジで死んだ方がいいよ。お前らが煽ってんだよ。本当死んだ方がいい。
・介護
清掃の汚物がトラウマすぎて求人見てるだけで労働意欲が失せる。知的障害者用の施設で働いてた介護士から、知的障害者に階段から突き飛ばされて障害者になった介護士の話を聞き震える。介護職員の親戚は笑いながら老人に腕を噛まれたとくっきりのこった歯痕を見せて笑っていた。震える。ちなみに介護職員増田は総じてニートに勧めてこないので、増田でニートに介護勧めてくる奴は120%介護未経験者のバカ。死ねバカ。マジで死んだ方がいいよ。お前らが煽ってんだよ。本当死んだ方がいい。
・ビルメン
電工2種持ってれば未経験でも潜り込める。ネットではオフィスビルメンは天国のように言われるが、キチガイテナントとの折衝能力や説明能力に、電気関係の実務的な知識、給排水管や便器排水管フラッシュバルブの衛生設備への理解や、便所の糞詰まり対応。害虫駆除から多岐に渡る。職人上がりの作業員が現場を支えていて、実態は「(元水道屋の)ビルメン未経験」「(元電気屋の)ビルメン未経験」「(元機械修理保全屋の)ビルメン未経験」みたいな人が入ってくる。つまり元ニートは歓迎されない。俺は「メガネ」と「カラス」の意味がわからなくてスパナでヘルメットの上から頭を殴られ「仕事の邪魔はするな」と怒鳴られた。これは現場によりけりかもしれないがマニュアルが整備されておらず職人たちの口頭伝承が多い。何の話してるのか終始わからなかった。便所の糞詰まりを抜いてる時に退職を決意した。若くて「ビルメンとして将来を追える覚悟」を持って齧りついていけるならいいかもしれないが、そんなガッツがある奴はニートなんてやっていない。脳死でニートに勧める奴はバカ。死ねバカ。マジで死んだ方がいいよ。お前らが煽ってんだよ。本当死んだ方がいい。
他人のなりすましだと思われるのが嫌だったので追記残しておきます。
https://anond.hatelabo.jp/20241107094725
工場増田さんへのお礼だけ書きました。本当にありがとうございました。
全く関係ないけど、
言及とかブコメにも上がってたけど4年ぐらい前の野菜ブチギレネタってはてなだと通じないんだと新しい学びになった。通じなかったのは意外だったけど暴サイすら知らない人が多かった実例あるから、それを顧みれなかった俺の配慮不足だなと所感。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/npn.co.jp/article/detail/200004549
ホッテントリにもなってるんだけど、はてなの層も結構入れ替わってるのかな。
通じる人には通じたので、まあええでしょう。
私は問題の踏切は見たことも行ったこともなく、検索やストリートビューで見聞した範囲で書く。
踏切内でスマホ操作し立ち止まっていた男性、電車にはねられ死亡…待機場所を誤ったか
↑のブックマークに「歩道橋にしろ」という意見がけっこうあるんだけど、歩道橋は実はとっくに架かっている。問題の踏切のすぐ横。
この歩道橋は使いにくいので新しく立派なものに架け替えて踏切は廃止しましょうという計画もちゃんとある。
既設の歩道橋の上部は京急生麦駅の2階部分(橋上駅)に直結していて、線路を渡って京急に乗ろうとする通勤客には便利な構造になっている。
もっとも、単に線路の反対側へ渡りたいだけの人たちにとってはそれほど便利なようにも見えない。
歩道橋への導線は線路の西側でも東側でも少し回り道になっているし、橋そのものが少し狭いし、ストリートビューなどで確認するとわかるがこの跨線人道橋はかなり古い造りで、老朽化していたり、橋の途中に数段の階段があってバリアフリーではなかったりする。
ラッシュアワーなどで踏切がしばらく開かないことが確実な場合以外は、あまり積極的に使おうという気にはなれない感じである。
行政もただ座視していたわけではなくて、相次ぐ踏切事故を受けて、踏切を廃止して歩道橋をもっとちゃんとした便利なものにリニューアルしようという具体的な計画はだいぶ前からある。行政は踏切廃止する気まんまんなのだ。
死亡事故の鶴見・生見尾踏切 廃止へ | 社会 | カナロコ by 神奈川新聞
だがこの計画は地域商店街の反対にあって頓挫している。踏切を塞がれては困るというのだ。
歩道橋のリニューアル計画は踏切の廃止を前提としているため(用地の関係)、踏切が廃止できないと歩道橋も架け替えられない。
2~3年前には苦肉の策で西側に無理やりエレベーターが仮設された(そのために線路寄りにあった電器屋さんが1軒立ち退いている)。歩道橋上には階段が残っているので車椅子の人にとっては使い道のないエレベーターだが、ともかく踏切問題が片付くまでの間わずかでも歩道橋の利用率を高めようと行政も苦心しているのかもしれない。
ひまわり畑を背に佇む麦わら帽子と白いワンピースの少女との思い出はないけれど、自分の「夏」くらいは持っておきたい。
山梨の田舎に帰省したり、部活の合宿で琵琶湖周辺行って川遊びしてたのも夏っぽくはある。
それよりは小学校の夏休みに友達と学校のプール行って、ビート板でトンボ叩き落として腹抱えてゲラゲラ笑い転げてた方がなぜか鮮明に覚えてる。
小学生のおれ達にとって、そういう動物虐待は見つかったら叱られる結構な罪だったかもしれない。
水面上をブンブン飛び回るトンボを見て、どちらが始めるともなくビート板で襲い始めた。
高速で動くトンボにはよもや当たらんだろうと思っていたから、クリーンヒットした時には妙におかしくてたまらなかった。監視員の目線を気にかけつつ、「不良体験」の喜びにはしゃいでた。
高校の頃、真夏のど真ん中のクソ暑い日に友達と本牧へ釣りに行ったのもよく覚えてる。釣れねえなあとかボヤきながら他愛のない会話をしたりしなかったりして。
休憩スペースにあったカップ麺の自販機の物珍しさにはしゃいで、ズルズル啜りながら窓の外に広がる海を見てた。
遠くに浮かぶ客船を見て、あれはクイーンエリザベスか、いやぱしふぃっくびいなすかさんふらわあか、とか知ってる名前を適当に挙げながらバカ話してた。ググって答え合わせをしようとする間に水平線から見切れてしまった。
結局借り物の夏の心象風景を追い求めるよりも、自分の意志で動いていたのが大事なのかもしれない。
親の同行を振り切って、非日常へ飛び込む。つまらん事でガタガタ抜かす教員もいなければ、ちょっとした「失態」にも気を払わなければいけない学校空間の雰囲気もない。そんな場所で友達と一緒に少しハメを外してみたり。
父親に連れて行かれるものだった釣りに、初めて友達を誘って自分らで行ってみたり。くだらない話も尽きて、昼休みにはしないようなマジな話にまで及ぶまで並んで腰を据えてみたり。
まあ夏って冒険したくなるし。
最高の夏、更新していきたいぜ。
彼には名前がなかった。名前があっても使わないだろう、と両親から思われたのだ。だから彼は名前を与えられなかった。彼は学校でも会社でも病院でも名前を呼ばれないまま二十一歳になったが、本人も、周囲の人間も、それで不自由なかった。両親の予測は恐ろしいほど正確だった。だから子供を作ったともいえる。彼は結婚式場で働いている。
彼は毎朝起きてすぐにニュースを見る。ひと通り世の中について確認すると冷蔵庫からチョコレートを取り出して一列だけ食べる。それから顔を洗い歯を磨いてスーツに着替えると、七時にはもう家を出てしまう。式場に着くのは八時頃で、その日に挙式の予定があれば遅刻だし、何もなければ休日である。その日は休日だった。彼は式場の近くのレストランでチョコレートを一列食べて自宅に戻った。何かの封筒がポストに入っていた。
都知事選の投票所入場券だった。もうそんな季節か、と思った(毎朝ニュースを見ているのにそう思うのは不可解である)。彼は今日仕事があると思っていたので他の予定がなかった。だから期日前投票に行こうと思った。投票は、信頼する人間の名前を書く行為だ。彼の人生において、それは重大な意味を持たざるを得なかった。彼はスーツのまま候補者について一通り調べると、暇空あかねに投票すると決めて家を出た。
外では太陽が彼の全身をくまなく蒸らした。十時だった。投票所のある隣駅に向かうための駅では、平日の昼なのに下積みの歌手が歌っていた。たまの『夏の前日』だった。彼はその曲を知らなかったから足を止めなかった。改札を抜けホームに出てもその歌声はかすかに聞こえた。電車はまもなくやって来て、彼はそれに乗った。車内は静かだったが外と変わらず蒸し暑かった。
投票所は静かで涼しかった。彼は鉛筆を持って仕切りのある机に向かうと、最後にもう一度考えてから、暇空あかねと書いた。そして用紙を二つ折りにして、銀色の投票箱の中に落とした。一分もかからなかった。
彼は投票所を出てから家に着くまでの間、絶え間なく投票の記憶を噛み締めていた。彼は投票のたびに向こう数ヶ月ぶんの生気を充填している(それほど重要な投票の日が迫っていることを封筒を見るまで忘れているのは不可解である)。彼は着替えると、猫の名前を呼んだ。猫はすぐにやって来た。彼は猫を撫でながら、今しがた届いた結婚式場からの解雇のメールを音読してみせた。猫は満足そうな声を出すと腹を向けて寝転びさらなる愛情をねだった。彼は求められた通りにした。
その日の深夜に彼は目を覚ました。寝床から立ち上がると冷凍庫から氷を取り出してそのまま噛み砕いた。次に花が生けてあるままの花瓶の中身をすべてシンクに出した。花の種類は暗くてよくわからなかったので、彼はその匂いを嗅いだ。次にトイレに入って排尿すると布団に戻った。いつの間にか目を覚ましていた猫がもう一度彼のそばで丸くなった。
翌朝彼が目を覚ましたのは九時だった。布団の中から手だけでリモコンを探し、ニュースを確認する。番組では彼が普段見ていた時間とは違う種類のニュースを扱っていた。猫はもうどこかに行ったようで彼の部屋にはいなかった。彼は起き上がると花でいっぱいのシンクに水を出した。花はまだ茶色くはなかったが、次の日には花弁の端が変色し始め、その次の日には完全に茶色くなって縮んでいた。彼は水を止めると、その花を口に運んだ。チョコレートと同じ色だった。二本目も三本目も同じようにして食べた。次第に彼の目に涙が溜まりはじめ、ついに零れ、縮んだ花に落ちた。肩を震わせながら次々に花を貪った。彼の家に入った空き巣が最初に見たのは、その彼の背中だった。
彼は両手に枯れた花を掴んだまま振り返った。見知らぬ男が玄関を半分開けて覗いていた。空き巣は泣き腫らした彼の顔を見た。猫に似ているな、と思った。彼はその男が空き巣であることを察知したがその先は特に考えなかった。まだ花を食べていたかった。空き巣は玄関に足を踏み入れた。彼はシンクに向き直って次の花を齧ろうとした。その花は積み重なった花々の内側にありあまり空気に触れていなかったので少し桃色の部分があった。葉も茎にも緑色が残っていた。彼はその花を開けた口から離し、再び振り返って、空き巣に差し出した。空き巣は靴箱の中にあった猫の死体を持ち上げているところだった。
夕方になると空き巣は帰って行った。彼の部屋はほとんど元の状態のままだった。彼は壁にもたれて床に座り、空き巣からもらった名刺を眺めた。空き巣の本業はプールの監視員で、田母神俊雄に投票していた。彼は立ち上がると部屋の隅々までていねいに掃除機をかけた。それが終わると冷蔵庫を開けてチョコレートを一列食べた。最後の列だった。彼はサンダルを履きチョコレートを買うために外に出た。遠くで花火のような音がしたが見えなかった。