はてなキーワード: 総論とは
現行の小選挙区+比例代表制が始まって野党第一党がほぼ消滅したのは選挙制度その物の構造的な帰結
小選挙区では最大で51%の票を獲得しなければ当選できない、これは極端な主張やシングルイシュー政党では当選できないことを意味する
51%の票を得ようと思えば必然的に包括政党にならざるを得なくなる、明確な主張をするという事は喜ぶ人間も居るが逆の人間は逃げるからだ
そして支持の熱量に関係なく一人一票な以上大勢から票を集めたいなら曖昧で総論的な事を言うしかない
比例代表制では逆に包括的で曖昧な主張の政党は生き残れない、そんな政党に積極的に投票する理由が無いし他にはっきりとした主張のある政党に流れるからだ
片方が減税を訴えていてもう片方が経済状況を鑑みて決めますや熟議の上で決定しますなど言えば減税して欲しい票がどちらに行くかは明らかだろう
小選挙区では少数の支持では議席にならないが比例ならそれで政党は維持できる
二大政党を目指し他党と合流すれば曖昧な主義主張で与党批判ぐらしかできなくなり乱立した明確な主張を持つ他党に票を持っていかれる
中道が壊滅的な結果になったけどこれが国民や参政党、チームみらいが政権交代を目指しても同じ結果になるだろう
■シナリオについて
・なんで配信してるのか?
→現代の若者に配信する理由はそこまで必要ありません。大人世代がご飯の写真を撮るくらいの気軽さで配信します。
・歌/推しに救われた
→現代の若者は余白がありません。情報爆発が起こってる今、それに追いつき追い越すため日々学んでいます。
結果として、原始的な行動である歌や踊り、美しさに惹かれるのです。
■キャラクターについて
→ハイスペばかりのキャラクターたちですが、各々欠けているものがあります。
カグヤに家を与え育てたことで、イロハは資金を得て、ヤチヨは失った身体を得ました。
■「世の中への舐め」
これは真逆かと。超かぐや姫!では、物語の中心にずっと「お金」が存在しています。
お金に振り回されながら、苦しみ、楽しむ。
いくらハイスペであろうと、資金が無ければ摩耗し、満足なパフォーマンスを発揮できない。
その問題を身近な手段で解決すると、自ずとインフルエンサー/配信者になるわけです。
あのライブは、客のためではありません。カグヤたちのためのライブです。
レベルとしてはtiktokのダンス動画に近いかもしれません。
例外もありますけど、かなりゆるめのダンスで、途中友達とふざけたりもします。
カグヤたちはアイドルではありません。ヤチヨはともかく、まだまだ一般人のひよっこ配信者です。
制作陣は、ライブの完成度よりも、彼女らの「楽しい」を伝えたかったのではないでしょうか。
だから笑うし、ふざける。身内感がある。
■総論
超かぐや姫!は、シビアな現実を、キャラクターをハイスペに設定することでエンタメ化して伝えている。
映画全体のテンポ感等々から見てわかる通り、明らかに若者向けの作品です。
・お金があれば大体なんとかなる。無ければハイスペであっても苦しい。
・頼れる人がいれば頼り、どうにかなるうちになんとかしよう!
ということを伝えたかったのではないしょうか。
いろいろとダイジェストだったり勢い任せなところはありますが、主軸はここな気がします。
本当にこれがメッセージだったとしたら、推しや配信、ハイスペキャラ、ライブ等でエンタメ化しないとあまりにも重苦い。
重い話が好きな人には刺さりそうですけど、本来のターゲット層に伝わらない可能性があります。
ライブの身内ノリ感も、「なんとかすればこんなに楽しくなれるんだよ!」ということかもしれませんね。
決めるだけで叶っているのはデフォルメ化であり、主軸は別。
超かぐや姫!最高!
ネットフリックスが満を持して手掛けた『超かぐや姫!』がゴミだった。
まあまず『ワールドイズマイン』や有名ボカロ曲を使ったプロモーションを全面に押し出してきていた時点で怪しいものを感じていた人は多いと思うのだが、
その予感は当たっていましたね。
「百合っぽければいいんでしょ」とか「長い時間をかけて思いを募らせてればいいんでしょ」、「とりあえずライブ入れておけばいいんでしょ」
という、現代の客をナメてナメて舐め腐った作り手の意識が出尽くしてしまった、典型的な『若者舐めてる系』の創作である。
いやまあ、実際のボカロ曲の選定を見るに、自分を10代だと思い込んでいる30代とか40代のおっさんとおばさんがメインターゲットなのは明らかなのだが。
ちなみに俺はアニメは一応2回見て小説版は見て、ガイドブックを参考にこのレビューを書いている。
※ガイドブックは絵もテキストもクソ浅い情報しか載ってないのに3000円以上も取るのかよ、という客をナメたものなので買うのは推奨しない。
☆良かった所
・曲、声優の演技
■悪かった所
シナリオ、キャラクターを中心とした「良かった所」以外の全てがゴミ
■シナリオについて
ガイドブックによるとメイン声優陣が「複雑すぎる話を最初は飲み込めなくて~」と言ったことを全員語っているが、それはまあその通りである。
この話にシナリオなんてものはほとんどないからだ。っぽくしているだけで、ぶっちゃけ大したことはやってないというかシナリオ構造自体が破綻しているのだからキャラの想いなんてものはなくて当然である。
複雑なんじゃなくてシナリオになってないのだ。というか、キャラクターの行動原理がわからないのだから当然だろう。最初から製作陣がわかっていないものを説明しろと言われても無理なものは無理なのである。
なんでこいつら配信してんの?いやまあ表層的なことはわかりますよ。歌に救われた(笑)とか、推しに救われた(笑)からだよな。
まあ、それならそれでしっかりそれを描いてくれないと説得力がないんですよね。
そういう人間の過程を描く能力がないから、チラ見せしてそれっぽい視聴者の都合のいい妄想に頼ってるんだよな。
「能力がなくてやれなかったこと」を「あえてやらなかった」って言うのやめません?「ストレスフルな展開はあえて外しました」じゃないんだよね。
単純にキャラクター設定が適当で、話の構造作りも適当だから、ちゃんと人間の関係性描くことができなかっただけですよね。
要するに人間と人間の機微なんてものを描く能力がないんですよ。監督に、脚本に、スタッフに。
■キャラクターについて
それなのにインタビューによれば監督は「人間同士の密接な結びつき」を書きたいらしい。
それで、その密接な結びつきとやらはどこにあったのだろうか?
こいつら、結局なんで仲良くなってんの?お互いがお互いを必要とする理由って何?なんで配信者やりたいの?結局さ、人間が描けてないんだよね。
彩葉は趣味バイトやりながら東大合格余裕で、ゲームはプロゲーマー級、実のお兄ちゃんは超人気ライバーという「悩み」があるのも烏滸がましいレベルの超人である。
いや、わかるよ、苦労してるところを人に見せまいとしたり、父親の死(笑)とか母親との衝突(笑)があったもんな。悩む悩む。ダイジェストでやられたからしっかり伝わってきたよ。
俺も東大法学部余裕でゲームだけで稼げる腕があったら彩葉みたいな『周囲の空気を読む人間』になるわ。
やっぱね、そんなハイスペ人間なら、推しの歌だけを頼りに自分の辛さを覆い隠して笑う人間になっちゃうよね。わかるわかる。ならねえよ。アホかと。
まあ、ハイスペだから絡んでる友達もハイスペってのはリアリティあってよかったと思います。(友達連中は美容系インフルエンサー(笑))
そういうスペック高い人間以外は画面に映りすらしないのが監督の人柄がよ~く出てますわね。とても人生に悩む少女を描けていたのではないでしょうか。
カグヤやヤチヨの所も、もうね、浅いなどというものではない。
ヤチヨはなんとカグヤだった!8000年間、彩葉を待ち続けていたのだ!!!って言われてもねえ。
監督自身が言ってるように、『Fate』の士郎とエミヤの関係性やってみてえ!くらいの浅い思いつきでしかないな、と思いましたね。あーわかるわかる、何か8000年の時を経たことで
カグヤを見守る翁と媼になったんだよな。意味わかんねえ通り越して馬鹿なんじゃねえの?なんかそれ話として意味ある?ないよね?
それでやることが結局ライブかよ、という浅さね。こいつら何?ずっとアイドルやりたかったわけ?結局Vtuberとか配信文化ってものへの理解が浅いからこういう表現になっちゃうんだよな。
で、なんだっけ「キャラクターがいかに印象に残るか、生涯を通じて人格が変化していくことのエモさを書きたい」んでしたっけ。描けていましたか?
「自分が育てることになったわがまま娘が自分が推していたわがまま娘だった」ことが大変ドラマティックで、2時間使ったらしいのだが、何言ってんだって感じ。
そのギミックから逆算して話を作ってるせいで、いや、話になってませんよね、としか言いようがない。だってどこにドラマがあるのか描いてねえんだもん。
結局その「チラ見せ」でなんか都合のいい話を君の中で膨らませてくれ!ってスタイル、やるならやるでちゃんとやれよ。
2時間ちょいあれば『もののけ姫』くらいの肉厚な人間描写はできるんですよ?なんで出来ないんですか?スタッフ陣に才能ないからじゃないですか?
■それっぽさだけで構成された配信文化とゲーム文化と戦闘シーン
輝夜月から1ミリも進化してないVtuber像と、Apexやっとけばいいんでしょっていう浅い作中ゲームと、
なんかとりあえず戦っとけばいいんでしょ?っていう月人相手の戦闘シーンと、もうなんか突っ込むのもめんどくさいくらいのそれっぽさの集まり。
しかもそれぞれがストーリーに対して何の寄与もしてないという。配信者ものって、結局視聴者はバズるためだけの道具というか舞台装置みたいなもんだししゃーないんだが。
他の監督だったら最後の戦闘シーンはツクヨミの他の視聴者たちもカグヤのために立ち上がって戦うくらいのハッタリ・サービスは見せてくれてたというか、
カグヤやいろPの配信やSNSで繋がることの真の意味でのエモさみたいなのも描いてたと思うんですよね。まあ、この作品の製作陣は視聴者なんてどうでもいいと思ってるからそんなん必要ないか!
何回も言うけど舐めてんだよね、話を。「なんかエペっぽく戦ってるシーンあればエモいっしょ」くらいの舐め。「輝夜月っぽいことやってりゃバズんでしょ?」みたいな舐め。「有名ボカロ曲カバーさせときゃいいっしょ」みたいな舐め。
■「世の中への舐め」
『決めたら叶う』が基本なんだよね。この話。子供を育てることも、家族を説得して引っ越すことも、世界を席巻する仮想世界でトップの人気を得ることも、
因果の先でハッピーエンドにすること(笑)も、とにかく決めたら、あとはダイジェストでそれが叶えられていく。何故なら登場人物がハイスペだからです。という身も蓋もない話。
10年研究すれば完全な義体も作れるし、行くことを決めたら月の仕事を終わらせて地球に行くことも叶うし、カグヤとヤチヨのなんかよくわからん分裂?3人でハッピーになりたいみたいな都合のいい結末も叶う。
彩葉もカグヤもヤチヨも、全部『悩むけど決めたら全部叶う』が基本。まあこれはしょうがない。今のアニメ観てる視聴者層って何かを決めることがまるで一大事みたいに思いこんでるからね。
それに加えて、結局、監督の恵まれたエリート思想が見え隠れするよね。アニメを作る能力もある、予算もある。じゃあ何をするかというと決めることだけなんですよ。
「何をするか決定する」ことにこの物語は終始一番の価値を置いている。世の中の99割のゴミは何かを決めた所で実力とリソースの不足でそれが叶うことなんてないのにね。見てて悲しくなってしまったよ。
このアニメを見て少しでも何か感情的になったゴミは自分が何かを決定したところでハッピーエンドになんてたどり着けないことを胸に刻んで生きていこうな!
監督脚本の「こんなもんでよかんべ」という舐めが見えてくるのに、視聴者=ゴミは感動しちゃってるらしいので、その非対称性でホント悲しくなるよ。
細かい過程とか、情動とか、どうせ理解できないし、こんなもんでいいでしょ。キャラが何か悩むフリして、ライブ見せとけばいいんだよ。という『舐め』。
まあしょうがないか、こんなアニメで喜んじゃってる層は舐められるに値するよね。
「ワイズマ」に思い入れがあるならちゃんとライブシーン描けよ問題。
この「ワールドイズマイン」、山下監督たちスタッフが滅茶苦茶こだわっている部分らしく、初報のPVでも使ってるし、
早見沙織もインタビューで製作陣のおこだわりを語ったりしているのだがそれにも関わらず、『生歌収録(笑)』にこだわって、なんか微妙な歌と化している。
特に途中の面白グラサンをかけてかぐやがヤチヨに変な踊りを繰り出し、ヤチヨはそれを見て笑う…というシーンがあるのだが恥ずかしくて見ていられない。
陽キャに憧れた陰キャがカラオケでふざけてるのを見せられるような羞恥だ。歌ってる時に身内でギャハギャハ笑ってるアイドルとか誰が望んでるねん。
ていうか思い入れがある曲なら真面目に表現しろよ。終始、どこか照れてんだよね、この作品。結局、「配信見てる客」なんてどうでもいいっていう監督の精神性が現れてるよね。
何回も言うけど、『コンテンツを受容する側を舐めまくってる』ことがにじみ出てるシーンだと思いました。
ていうか百合やりたいのか知らねえけど取り合うシーンいる?歌えよ。歌を。ワールドイズマインだぞ、ワールドイズマイン。なんでちゃんと歌わねえんだよドブカス。
■総論
監督とPの『竜とそばかすの姫』のライブシーンだけ抽出して変な細田展開減らしたら受けるんじゃね?という目論見はある程度成功したと言えるだろう。
お話は2時間20分かけてやる内容ではないがキャラクターのエモーショナルにフォーカスしてMVとして見るといいんじゃないっすか?
豪華なMVだよね。竜とそばかすの姫から余計な要素抜いた感じ。
まあ、細田作品それっぽいエモさを褒めてたような人間が褒めるタイプの駄作。お前、サマーウォーズとか好きそうだよな笑
女が主軸で中身の大半がガールズトークみたいな話で、あとはちょっとした作画オタクがほめそやしてるだけ。
なんか派手なライブがあって、それっぽい推しがよくわからない感動的なことしてればそれで良いという、人モドキには向いてるんじゃないでしょうか。
ストーリーもバトルも配信もダンスも全部意味ないけどエモっぽければいいっていう、舐めた作品を見て情動が動くような人って何かが欠けてると思うんですよね。何が欠けてると思います?
長ったるい俺のレビューなんて読まなくていいよ。この一言だけ覚えて帰ってください。
お前には人生がない。
何かを決めるだけで全て叶うような浅い話に共感する、夢見がちな、自分を可能性に満ちた存在だと誤解してるゴミ。
そんな人間はそれこそ早く決めるべきだろ。その価値のない人生のような何かをどうするかを。
お前には人生がない。
総論←各基金の目的外使用なのでガバナンス、コンプライアンス上の問題がある。
年金積立金←GPIFのノウハウを活用とのことなので、年金積立金を組み込むメリットなし。単に将来の年金積立に賄えるはずの運用益を現在の消費税減税にまわすという話になる。まさかさらに攻めたポートフォリオにするわけもあるまい。
外為特会(外貨準備高)←唯一やる意味がある。ほとんどを米国債で運用しているので、よりリスクをとった株式を含むPFにすれば運用益が上がる可能性はある(リスクも増える)。米国債の利回り、全然悪くないっすけどね。これ以上攻めるのかって感じしますけどね。
日銀ETF←ガバナンスガバガバじゃね?あとアベノミクスで膨れ上がったこの日経ETF、市場に影響受けないために始末するには100年かかるってなんかの記事で見たぞ。無理筋。新NISAこれから始める民のためには一回大暴落させた方が親切?紙切れになる可能性も否めんぞ。
でもトランプが米国債売却を許すんか?これ為替介入のためだけの金じゃないぞ。外交と安保の影響考えてる?
米国債最大の債権者が日本だ。日本が沈めば米国も沈むという、安保的には安心安全な状況を本当に変える?
そんで最大の同盟国日本が米国債売ることのインパクト本当に見通せてる?アメリカ沈んだら日本沈むねんぞ
日本の金利が上がってアメリカは大慌てだぞ。日米はズッ友。それが強いられている。これを解消するのは痛みどころではない。世界恐慌と第三次大戦だわ。
減税のためにそのリスク許容しますか?使いやすそうに見えて現実的には一番地雷じゃないのか。
俺はさ、「未活用の国の資産」って聞いた時「国会の土地やら皇室財産でも売るのか?」と思ったのね。
江戸城再建してセットで10兆円でイーロンマスクかトランプに売ろうぜ。ShogunとEmperorの家、ほしくない?つってさ
そっちの方が俺的にはまだ「現実的」に見えるし、いろいろ言われてるリニアの推進とかのがまだマシかなって感じするわ。
まあ、まともな官僚ならこういう懸念点は伝えるだろうから、もし政権とったとしても骨抜きにするか、もしくは通さないだろう。
でも不安なのは市場の反応だよ。マジで。高市首相もこの案に好感触だってよ。地獄かな?
日和れ!日和れ!今のうちに日和れ!頼む!南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経
創価学会さ、世界平和標榜してんだろ!生活者ファーストの前に世界平和ファーストでいけよ。結果的にそれが生活者ファーストだわ。
ゴーストオブヨウテイのレビュー漁ってたらまぁーほぼ間違いなく生成AI製だろうなというブログが出てきた。
https://lifematome.blog/goy-metascore-warui/
前半部分はかなり読める。というか、ブログの文章としてはかなり上手くて読みやすいし興味をそそられる。しかしこの時点でなんとなく「文章うますぎない?」「分量多すぎない?」という疑問が頭をよぎる。
そして「ストーリー:期待を超えられなかった物語とキャラクター」のところで生成AI製であることに気づくわけだ。『アイヌの血をひく若き女性:カイ』って誰だよ!主人公は倭人だし、まず名前が違うわ!篤じゃい!
その後の部分もちょくちょく疑問のある部分が出てくる。バグや最適化不足はあまり感じなかったし、アイテムのソート機能が無いことに問題は無い。(装備のプリセット保存数はたりなかったけど)
この例から見える、生成AI製のブログ記事に見られる特徴を挙げてみる。
今後もゲーム関係のブログで生成AI製が増えるんだろうなという諦念が湧くが、おそらくグーグル側も対策をしているのか記事の文章の上手さのわりに検索順位はかなり低い。また、つまるところ問題はAIがゲームをせずに記事を書いているところにあるため、AIがゲームをプレイして必要な情報を収集した上で記事を執筆できるようになったら状況が変わるかもしれない。AIの書くゲーム攻略情報がどんなものになるかは興味深く、果たして人間に再現可能なものを出してくれるかどうかが気になるところ。(全部完璧にパリィするだけで勝てるよ!とか(笑))
ギャル総理の激熱UNスピーチ!要は「国連、まじ使えねーから超改革よろ!」って話!
ねぇ、そもそもさ、国連って何のためにあるの?昔の戦争の反省から、平和を守るためにできたんでしょ?でもさ、80年も経った今、**ぶっちゃけ機能してなくね?**って話!😱 昔は「もう二度と戦争しない!」って燃えてたけど、今、その役割、マジで果たせてないってのが現実じゃん?
マジで平和って、タダでもらえるもんじゃないんだよね。努力しないと無理!🙅♀️ 国連の超重要ミッションは「平和と安全」を守ること。その中心が安保理(安全保障理事会)なんだけど、ヤバいのは、設立当初からの5つのデカい国に「拒否権」っていうチート権限があること!🎮
そのせいで、ロシアがウクライナに侵攻した超ヤバい時にも、安保理は何も決められず、マジで使えなかった。自分の国が侵略しといて、拒否権とか意味不明すぎでしょ?😡 昔は「平和のために」って色々な工夫(総会で決議とか、PKOとか)してきたけど、もう限界突破してるって!
常任理事国(権力持ってる国)も、非常任理事国(それ以外の国)も、もっと増やさないと!だって、加盟国が4倍になってるのに、常任の数はずっと一緒とか、時代錯誤にも程があるって!😑
日本(G4)はね、新しい常任理事国には15年間は拒否権を凍結するって提案してるんだって!これなら、実効性を保ちつつ、みんなの声が反映されるじゃん?🙌
「改革します!」って去年言ってたのに、全然進んでないのマジで焦る!だって、今この瞬間も、罪のない命が失われてるんだよ!😭 日本は断固として安保理改革をリードするって超宣言してたよ!
今、パレスチナの状況、マジで深刻すぎてヤバい!💧 イスラエルがガザでやっちゃってる地上作戦、人道危機を激悪化させてて、日本は絶対許さない!💢 即刻やめろって言ってるし、イスラエル政府が「パレスチナ国家とかムリ」みたいな発言してるの、超マジギレ案件なんだって!🤬
日本はこれまでもガザの人にずっと寄り添ってきたし、人道支援も全力でやってる!👊🔥
大事なのは「二国家解決」(イスラエルとパレスチナが共存すること)を絶対あきらめないこと!🇯🇵✨
もしイスラエルがこれに逆行するなら、日本は新しい対応を考えるって、超ハッキリ言ってたよ!パレスチナにも「ハマスは人質を解放して、責任ある統治をして!」って求めてる!
安保理の常任理事国が核で脅してくるとか、マジでどうかしてる!核使用のハードルが下がるとか、最悪の事態じゃん!😭
日本は唯一の被爆国として、核のない世界を目指すって、超真剣なの!😤
「核兵器禁止条約に参加しろ」って声もあるけど、日本は、核保有国と非保有国が一緒に話し合えるNPT(核不拡散条約)こそが現実的で唯一の枠組みだって考えてる!
とはいえ、日本は厳しい安保環境にいるから、アメリカの核を含む拡大抑止は、国民の命を守るために必要なんだって。ここは現実路線なの。
広島できのこ雲の下で何が起きたか、世界のリーダーや若者にマジで知ってほしいって、心からのメッセージを伝えてた!🥺
北朝鮮の核ミサイルは、国際社会への超ヤバい脅威!安保理決議、全部守れって!
それと、拉致問題は時間がない人道問題だから、最優先で解決!⏰
日本は、対話で全部解決して、国交正常化を目指すってブレてないよ!
国連の役割って、安全保障だけじゃない!経済や社会面も超重要!
日本は「人間の安全保障」(個人に注目して尊厳を守ること)を大事にしてる!🇯🇵✨
見返り求めず、純粋に「みんなと笑い、泣き、汗を流したい」って気持ちで、国際協力してるんだって!
アフリカ開発(TICAD)とか、**「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」**とか、日本の技術と知恵で、世界の課題を解決するって、超意欲的!
終戦からもう80年。戦争を知る世代が減って、また世界は分断と対立に向かってる...😭 ウクライナ、中東、そして東アジア...。法の支配に基づく自由な世界が、今、歴史的な試練を受けてる!
この試練に立ち向かうには、民主主義を育てて守ることが超肝心!🔑 全体主義とかポピュリズムとか、排他主義は絶対NO!🙅♀️
過去を直視する勇気、人権意識、そして他人の意見を聞く寛容さこそが、平和の土台になるって!
アジアの国々が、戦後の日本を寛容な心で受け入れてくれたから、今の日本がある。その感謝を胸に、未来志向の関係をアジアの仲間たちと築いていくって!🤝
相性があるから、無理にやらせても効果薄いし、逆に嫌いになる可能性高いから気をつけよう。
1位
2位
3位
DIY、修理
役に立ちすぎるし、快感がすごい。
4位
料理★
役に立ちすぎるし、快感がすごい・・のでは?
私はダメだった。親の英才教育をふんだんに受けた育ったが、何一つ身につかなかった。
5位
私はダメだった。親の英才教育をふんだんに受けた育ったが、何一つ身につかなかった。
6位
オカルトじゃないやつ。
7位
8位
9位
語学★
違う文化の人と話せたり、その文化について知ることができると楽しい。
・音楽
才能に依存しすぎて、ほとんどの人が満足に演奏できるようにならない。
私が愛している趣味だが。
・バイク
安全運転の域に達するまでに、若気の至りで大事故に遭う可能性が高い。
私が愛している趣味だが。
例のインタヴュー読んだ限りではそうとしか思えない……
「現実的に考えても、ギターを弾きながら胸が不自然に揺れ続けるみたいなことはないわけですし、そういう描写があったら私は幼い息子にその作品を見せるのを躊躇する。自分の子どもに見せられるかどうか、というのは大事にしている基準です」
プリキュアとかアンパンマンとかではなく、深夜アニメにおける乳揺れの話をしている。これ自体は問題がないと思う(親がどんなものを子供に見せるかは個人の自由なので)。しかしこのあとにこういう発言が続く。
「過激な作品やR18まで振り切ったものがあってもいいですし、やると決めれば私も思いっきりそうした作品に関わることもあると思います。でもその場合は、しっかりと未成年が見られないような配慮が必要です」
ということは、深夜アニメにおける過激な描写は「私が親として子供に見せたくない」ではなく「子供の目の届くところに置くべきではない」という主義主張であるわけだ。そのうえで、
「子どもも気軽にストリーミングサービスにアクセスできる現代において、ジャンル分けやゾーニングはもっと重要視されるべきと訴える。「自分で選んで買う小説や演劇などと違って、より手軽に見れる媒体の場合は表現についてもっと考えなくてはいけないと思いますし、その考え方がもっとアニメ業界に浸透したらいいなとも思います」」
と発言されているので、要するにストリーミングサービスにそのまま置くのはゾーニングにならないという考えをお持ちであることがわかる(ストリーミングサービスが深夜アニメのゾーニングをぶっ壊したという見解には総論としては同意できるのだが)。
以上見てきたように、吉田恵里香さんは「深夜アニメにおける乳揺れは子供に見せたくない」「過激な表現は子供の目に見えないようにゾーニングしろ」「ストリーミング時代では子供も簡単に表現に触れられる」という3つの主張をしているわけだが、これらの主張をふつうに組み合わせたら
になるのではないか? あー、こういう論調、『宇崎ちゃんは遊びたい!』や『ラブライブ!サンシャイン』や戸定梨香や『月曜日のたわわ』の炎上でさんざん見たわ。普通に凡百の規制派フェミと同じ論調だわ。
自身の主張を敷衍するとそんな主張が導かれることに本人が気づいていなかっただけで、必ずしも吉田さんが規制派とは限らない、という反論をしてくる者がいるかもしれない。しかし、その主張は彼女が簡単な論理的帰結にも気づかずゾーニングなどの要注意ワードを無造作に扱う知的に怠惰な人間だという話になってしまうので、吉田さんに対して非常に失礼な反論ではないだろうか。彼女は明晰な知性の持ち主であり、計算してこれらの発言を行っているのだと考えるのが、吉田さんに対して敬意を払うということだと思う。つまり吉田さんは割と強硬な表現規制を信念を持って主張していらっしゃるのだ。
山奥にある公設キャンプ場の雇われ管理人という商売をしている増田です。
今日はみんなにグチを聞いて欲しくて書いたぜ!
ワイは来年3月で職業家事手伝い(介護) にジョブチェンジしそうやで!
わーい! もうまじもうむり
ワイだけの力で今の形に持って来れたとは思ってないよたしかに根そりゃいろいろな人の力も借りたしだけどお前ら小役人共なにもしてないよねこちらがもっていった規格書にあーだこーだとぐつちぐちもんくつけてなおさせて稟議してはんこつくだけの簡単なお仕事やってただけだよねそでもだれかの成果が必要だという事になったらこっちは出しゃばらずに役人共の成果にしたし取材対応以外で来たことがない市長がおれがやりました的に宣伝するのも協力したりしたけど実態はなにもやってないよねその上で周辺の細かい細々としたことをだしてきやがってふざけなよと言う話であり黒字化したのでおれの給料を上げようとしたら他の社団法人とのつりあいとかわけのわからない理由で最低賃金を切り上げた水準から上げなかったのは一生恨むからなと思いながらここでしか仕事できないから仕方が無くなってきたんだがその果てがこの仕打ちかお前らマジ人間なのかざけんんな。
キャンプ屋も地方創生ネタに寄生する連中だって評判でクソだったのにインフラ整備をじぶんでやれといわれて手を出したのが間違いだったがはした金を出した程度で実績を主張してのっとるとかお前マジクソだからな一生うらんでやる二度とおまえのところの商品かわないからな。
はー。
もういや。
このまま行くと来年3月で今の社団法人は指定管理から外れて、キャンプ屋が後釜に納まる見込み。うちの団体は名目上市とは独立しているが実態は市が管理している団体なので改めて争って取りに行く事はできない。
河野太郎のポストは、価格補助ではなく「効率化と転換」を直撃する支援に振るべきだ、低所得には給付付き税額控除でピンポイントに、炭素に価格をのせつつ税収は一般財源で広く減税や社保料に回せ、といった中身である。
https://x.com/konotarogomame/status/1960596869995995415
国際事例と照らすと筋が良い主張が多く、案の定多くのネガティブ意見が散見された。
IEAは消費者向け化石燃料補助が市場を歪め、誤った価格シグナルを出し、財政負担を肥大化させ、クリーン投資を阻害すると繰り返し書いている。
補助金で価格だけ下げるより、断熱、効率家電、HEVやEVの初期費用を支えるほうが使用量そのものを恒久的に減らせる。
特例税率53.8円/Lは国税庁の資料に明記されている。https://www.nta.go.jp/publication/pamph/kansetsu/9120.pdf
導入は1974年の臨時措置に端を発し、形を変えつつ延命してきた経緯も各種解説が一致している。
例:
https://www.dlri.co.jp/report/macro/495361.html
ここは「税体系の総点検」をかける論点で、河野の主張とも両立する。
一方「二重課税」について。
消費税が個別消費税を含む価格に課税される設計は国際的に普通で、EUのVATでも課税標準に「税、賦課金等を含む」と明記されている。
違和感は理解できるが、法技術上は標準仕様だ、というのが冷厳な現実だ。
「乱開発の副作用」は政府も公式に認めており、環境省ガイドラインは土砂流出、景観、生態系への影響を具体的に列挙している。
コストはLCOEだけでなく統合コストを見るべきで、資源エネ庁の発電コスト検証も、モデルプラント費用と系統側の追加コストを併記している。
原子力が高い/安いの単純断言より、「電源の組み合わせ最適化」で語るほうが現実的だ。
ここは設計次第。
価格を一律で薄く下げるより、「ターゲット給付」を厚くするほうが効く。
海外ではカナダが連邦カーボンプライスの還元を家計に定額で戻し、農村加算も上乗せしていた。
フランスは低所得層向けEVの社会リースを政策化し、初期費用バリアを月額化している。
日本も、地方係数や走行距離実態を加味した「限定的かつ厚い」支援のほうが予算効率は高い。
ICCTの最新横断LCAは、地域差や電源構成を踏まえてもBEVのライフサイクル排出がICE比で大幅に低いことを更新している。
送配電ロスは日本で概ね数%台で推移し、車両効率差とLCA全体で見るとBEV優位が崩れにくい。
乱開発リスクは前段のとおり是正中、ここは「どう導入するか」の問題であって、技術全否定に飛ぶのは早計。
歳出の質を上げるのは賛成。
しかしエネルギー価格補助の恒常化こそ「次に繋がらない大出費」になりがちで、上述したIEAは補助金の弊害を総論で整理済み。
限られた予算は、効率化投資やピンポイント給付に振ったほうが持続的だ。
長文なのは同意だが、主張の核は「価格シグナルを歪めずに、脆弱性を下げる投資に切り替えよう」で一貫している。
補助で価格を下げる政策は、次の高騰で同じ痛みが返ってくる構造的欠陥がある。
フィンランドは1990年に世界初の炭素税を導入し、税制改革で所得税や社保負担の軽減に充当してきた歴史がある。
価格を付けるが、家計の可処分を別の形で戻す、というやり方は各国で普通にやっている。
日本でやるなら「一般会計に入れて社会保険料や所得税を軽くする」とセットで明記すべき、というのが河野の言い分で、これはまっとうだ。
短期の値引きは人気だが、問題は「効かなくなるのが早い」こと。
断熱、効率機器、ハイブリット車やEV支援は一度効けば電力や燃料の使用量を多年にわたり下げる。
構造的にこっちが強い。
暫定の看板で半世紀は長すぎる。
税体系の総点検で、どの税目にどんな目的を持たせるかを透明に再設計すべき。
ここで「炭素の価格付け」と「他税目の軽減」を同時にやるのが国際標準の解法だ。
2025/08/20、テスラジャパンが公式Xで、横浜みなとみらい周辺の一般道における公道テスト動画を公開した。https://x.com/teslajapan/status/1957986432926249405
これらの挙動が日本の現行法規で実装可能か、また「監視なし」でも可能かを、一次情報と公的資料を基に判定する。
ステアリング関連の個別機能要件。ACSFの各カテゴリ(B1=車線維持、C=車線変更など)を規定。カテゴリーCは運転者の意図的操作で方向指示器を作動させることを前提に単一の横運動を行う。
レベル2相当の縦横持続支援を包括的に型式認可する新規則。R79の制約を補完し、一般道の右左折支援、車線変更支援、障害物回避などのL2支援を対象化。
| 事象 | 一般道(ハンズオフ前提) | 根拠・条件 | 高速道路(ハンズオフ前提) |
|---|---|---|---|
| 交差点で右折矢印点灯後に右折開始 | 不可(一般道はハンズオン要求) | 機能自体はR171でL2支援として対象化されるが、国内運用は一般道でのハンズオフを認めない。参考:MLIT 2024/06資料 | 条件付き可の見込み(交差点場面は高速では限定的、ハンズオフは段階導入の対象領域) |
| 赤信号で停止し青で発進(信号対応) | 不可(同上) | L2の継続支援としては対象だが、一般道のハンズオフは不可。参考:R171本文、MLIT資料 | 条件付き可の見込み(ハンズオフ領域の拡大に連動) |
| 工事区間で閉鎖車線を回避 | 不可(同上) | 障害物回避はR171の対象だが、一般道でのハンズオフ前提は不可。参考:MLIT 2025/06資料 | 条件付き可の見込み(速度域、合図、DMS、抑止条件などの付帯条件下) |
| 路上駐車車両の追い越し | 不可(同上) | 周辺交通とVRU配慮を含むが、一般道ハンズオフは不可。参考:UNECE本文 | 条件付き可の見込み(高速での低速物回避等に限定的適用) |
| 横断歩行者に優先を譲り停止 | 不可(同上) | VRU配慮は要件化されるが、一般道ハンズオフは不可。参考:UNECE本文 | 該当稀(高速は歩行者進入が想定外) |
| ドライバー監視なしでの運転 | 不可 | レベル2は監視義務継続、スマホ注視も禁止(道交法71条5の5) | 不可(同左) |
現行制度で日本仕様のFSD(Supervised)が目指す絵は、だいたいこうだ。
交差点の右折矢印が点いた瞬間、システムは「今だ」と耳打ちするが、主役はあくまで運転者。ウインカーは人間の出番、手はハンドルに残すのが作法である。もし膝の上で腕を組んで余裕を見せれば、数秒で警告が畳みかけ、支援はしれっと身を引く。北米の「手は自由、車は勝手に」の夢は、ここでは早送りで終わる。
赤信号では賢く止まり、青になれば「青だよ」とは教えてくれる。ただし「行ってよいか」は自分の目で決める。見通しが悪ければ、システムは空気を読みすぎるくらい慎重で、運転者の加速のひと押しを待つ。信号は合図であって免罪符ではない、という教育が徹底されるわけだ。
工事のコーンが並ぶ場面では、基本「ちょい避け」+低速。完全なレーンチェンジは一般道では控えめ、合図は人間、進路の意思表示は軽いトルクで上書き、という分業制である。手を離せば、DMSが「握って」と催促する。工事現場で一番存在感があるのはパイロンでも重機でもなく、その警告になるかもしれない。
路上駐車の追い越しは、対向分離のない道ゆえに、対向車線へ大胆に踏み出す発想は封印。微小オフセットでスッとかわし、対向が見えた瞬間にサッと戻る。安全マージンは厚め、演出は薄め。北米の「スッと出てスッと戻る」は、ここでは「そっと出て、そっと戻る」に翻訳される。
横断歩行者には早めに気づき、素直に止まる。再発進は運転者が周囲を見て、合図して、そっと踏む。相手が戸惑えば、システムは強引に割り込まない。せいぜい控えめに促して、「決めるのはあなた」とハンドルを返してくる。主客転倒は起きない設計だ。
ハンズオフの扱いは総論として簡潔で、一定時間で警報、放置で支援解除。つまりAutopilotのと変わらない。まとめるなら、北米の「映画みたいな自動運転」は、日本では「教習所の優等生みたいな支援運転」になる、である。
ナビはよくしゃべるが、交差点が複雑になるほどハンドルは寡黙になる。案内は饒舌、操舵は保守的、責任はずっとあなた。速度もまた、標識と地図と車両法規の“低い方”に合わせ、越えそうならそっと抑える。画面には「支援中」「要監視」が常時明示され、取扱説明書は「L2は運転者責任」をこれでもかと刷り込む。派手さは薄いが、合格点は堅い。そんな“日本語訳されたFSD”が現行制度の答えである。
FSD(Supervised)の挙動自体はR171(DCAS)の枠で型式認可対象になり得るが、一般道におけるハンズオフ前提の実装は現時点では不可である。
高速道路についてはハンズオフを段階導入する国内方針が示されており、条件付きで可の領域が拡大する見込みである。一方、ドライバー監視の免除は対象外であり、一般道・高速を問わず運転者の責任は継続する。
しかし、X上ではTesla AIが当該動画を以下のように引用している
Testing FSD Supervised in Yokohama city south of Tokyo – one of the first Japanese ports that was opened to foreign trade🇯🇵
https://x.com/Tesla_AI/status/1958012898707460488
テストされた横浜は1859年に外国貿易港として開かれた歴史を持つ。過去ハリスが日本に開国を迫った歴史があるように、今回のテスト公開が閉鎖的と見なされがちな自動運転法規の開放的運用へ、海外勢からの圧力として作用する可能性はある。
描き手のルックスが気になるのか、気にならないのか、どっちなんだい?
気にならない、という意見
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240510142012
・売り手買い手の性別外見年齢全部どうでもいいと思ってるよ
・ 作者と作品は別物、以上
等々
気になるという意見
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20250811231928
・30代オタクとジャンフェスに行った時に「こんなに綺麗な大人がいるんだ」と憧れ
等々
前者は「こうあるべき」の姿としてしか語られておらず、後者は思い出話など具体例つきで細かく語られてて、
どうみても「気にならない」はいい子ぶりたい綺麗ごとのタテマエで、「実際はむっちゃ気にする」がホンネだよな~
総論賛成各論反対みたいに、スローガンは叫ぶけど、いざ個別事例を細かく語るとすぐルッキズム派です!とボロが出るブクマカかわいい
ただちょっと読んでいて気になる点があったので聞いてみたい。
自分は日本の所謂「ハクスラ」の用法しかよく知らなかった(あとついでにRogueもやったことない)素人なので全然的外れかもしれないが・・・・。
The term "hack and slash" was originally used to describe a play style in tabletop role-playing games, carrying over from there to MUDs, massively multiplayer online role-playing games, and role-playing video games. In arcade and console style action video games, the term has an entirely different usage, specifically referring to action games with a focus on real-time combat with hand-to-hand weapons as opposed to guns or fists. The two types of hack-and-slash games are largely unrelated, though action role-playing games may combine elements of both.
ここでは「RPGにおけるhack and slash」と「アクションゲームにおけるhack and slash」という2つのhack and slashがあり、
「the term has an entirely different usage,」 「The two types of hack-and-slash games are largely unrelated,」とあるように歴史的にも定義的にもそれらは別のもの(しかし両方を兼ねるものもある)と読める。
で、気になったのはこの「RPGにおけるhack and slash」と「アクションゲームにおけるhack and slash」が増田の言う「日本語の「ハクスラ」 」と「英語の「hack and slash」 」に重なっている様に見えた事だ。
で、もしそうだとすると増田の「英語の/日本語の」という2分法は正確ではなく、本来は「アクションの/RPGの」とすべきだった可能性があるようにも思えてくる。(何故なら「RPGの」も英語版の用法で説明されているので)
更に増田は「 『Dungeons and Dragons』のような当然英語の用法で参照すべき作品」と記事への批判と根拠としていた『Dungeons and Dragons』は「アクションの/RPGの」では「RPGの」に属すると思われるため、
(もし増田が「アクションの」を本来のhack and slashだと考えている場合)「 『Dungeons and Dragons』のような当然RPGの用法で参照すべき作品」というように、むしろ逆になってしまうようにも思える。
「アクションの/RPGの」の2分法が正解だった場合、「RPGの」の方のhack and slashには近接武器を用いて戦うだけでなく、その報酬(アイテムやゲーム内通貨や経験値など?)にも着目することは特に不自然ではないように見える(が、前述の通り素人なのでよく分からない)
のだけど、一方で「 『Rogue』自体が該当しない条項が「ベルリン解釈」に存在するわけない」については「たしかにそうかも」と思ったので、
ベルリン解釈の部分については増田の方が正しい可能性が高いんじゃないか?と思ってる。
という訳でいろいろ細かい事は書いたものの、最終的な結論としては増田側が正しい可能性がありそう、と思ってる。
ただ増田が他者に厳密性を求める以上、自身も(例え総論や結論が正しくても)細かい点を突っ込まれる事は許容せざるを得ないのでは?と思い(まぁ、というよりは自分の疑問の解決のために)書いてみた。
(ちなみにRogueをやった事が無いので分からないんだけど、敵を倒した際の報酬って無いの?一応ネットで攻略情報を軽く調べた結果、アイテムドロップも経験値もなさそう?とは思ったけど・・・だとすると敵と戦う意味はあまり無い(可能なら回避が正義?)ゲームなのかな?)
確かにチームみらいのマニフェストって、ほぼほぼ「マクロでみると既存の日本社会の価値観は優秀だからこのまま維持していきましょう」って感じなので、薄味に感じるんだろうな。
データ分析から見ると、日本は基本割と上手く行っている方で、少子化対策や人手不足対策などの上手くいっていない部分の政策も各党で対策が必要だといっているわけで、これもチームみらいでも変わらないから差が見えない。
一方で、政策の中の具体的な手法については、他の生徒のマニフェストよりもやたらと詳しいんだよな。例えば他の党が「学校教育の質を上げます」とだけ書いてあるような部分を、ここは「AI技術を用いて子どもひとりひとりにAIメンターを配置してどうのこうの」と言う様な具合で。
この手の問題は、総論賛成だが、各論反対みたいに陥りやすい。だから選挙のプロは総論だけで戦うんだが、そのせいで実際に社会実装する段階になって各論で揉めて、玉虫色のよく分からない中途半端な物ができあがりがち。
それを具体的な各論を前面に出して戦うというのは、選挙としては下手糞だと思うけど、アリなんじゃないかなって思うんだよ。大きな議席を取るのは難しいけれど、そう言った主張する先にちゃんと票田があって、考えている人もいるぞって示す事は重要。
先日、東京都対暇空のBOND住民訴訟(DV補助金裁判)の判決が出た。結果は後者の敗訴。
元より研究者の間では「この裁判はよくて五分五分」といった形で、敗訴の方はある程度予想されていた事だった。
しかしいざ出た判決文を読んでみると、色々内容が酷かったので軽くまとめてみる。
判決文では次のように述べられてる。
本件団体は、若年被害女性等支援事業に基づき「ボンドのイエ」を、セーフティネット交付金により「ボンドのイエANNEX(アネックス)」を実施していた。
都は「アウトリーチ」や「一時保護」「自立支援」は若年被害女性等支援事業、「ステップハウス支援」はセーフティネット交付金と明確に区分されており、重複はないと主張。
これは行政側の整理論だが、判決ではこのような役割分担を「相乗効果があるから一体的実施が想定されていた」として違法性を否定。
しかし「想定」や「相乗効果」などは交付要綱の法的要件ではなく、あくまで行政の運用的な理屈に過ぎず
要綱の目的が「経費の重複防止」にある以上、「想定されていたからセーフ」という論理は不十分だと思われる。
裁判所は都の判断(=同一対象でも経費が重複しなければOK)を違法とはしなかった。
要綱等では「交付対象事業の区分」が求められており、単に「経費の重複回避」だけでなく「事業そのものが別であること」が要求されている。
裁判所が「経費が被らなければ実質同じ事業でもOK」という判断を容認すれば、実務上の交付金の目的外使用・使い回しが隠れ合法化される可能性あり。
本件では、
と、発注部局が異なるのに、「同一団体なら全体の支援方針のもとで調整可能」とされています。
実際には部署間での情報連携が不十分で、支出の二重化チェックが不可能な体制になっている。(と仮定。連携が十分にされていたらそもそもこの様な問題は担当者レベルで共有・問題となり、ストップがかかる……筈)
一団体に複数部局から補助金を出していても、都が一元的な審査体制を持たない場合、重複支給のリスクが常に存在するだろう。BOND以外でも起こり得る問題である。
同一内容でも「年度が違う」「書類の上で経費が被っていない」ことを理由に、
制度上の整合性や抑止力が損なわれ、チェック不可能かつ悪用しやすい構造が温存されることになると推察される。
・「ボンドのイエANNEX」はセーフティネット強化支援交付金(DV交付金)対象
→都は「事業の目的と内容が違う」「明確に区別している」と主張
→裁判所もこの主張を追認し、よってR3では「別事業」と認定された。
「ボンドのイエANNEX」が若年被害女性等支援事業の実施計画に掲載されており
居場所提供の実績にも「ANNEXでの受入」がカウントされている。(例:内閣府報告や東京都資料)
→つまり、R3ではDV交付金の対象としていた「ANNEX」をR4では支援事業(委託事業)の一部として使っている。
項目 R3年度 R4年度
ボンドのイエANNEX DV交付金事業(ステップハウス) 支援事業(委託)に含まれている
→ 実施内容は同じなのに、資金の請求先・制度枠だけ変わっている
→ 都は「目的が違う」と主張するが、R4では矛盾して同じ枠に統合している
・「R3は創設初年度なので新規性があり、ステップハウス事業として別立てにした」
・「R4は継続事業で新規性が薄れたので、包括的な支援事業に統合した」
→しかしこれは交付要綱や実施要綱の「事業の目的・範囲を明確に区別する」要件に反している。
BOND側が便宜的に交付金の枠を「切り替えて」請求しているだけで、実施内容自体は同じでは無いか?
これは制度的チェックが実質無効化される前例になりかねないと思われる。こんな判例だした地裁…さすが「頭痴裁」と呼ばれる所以か。
都・BONDの「形式的区分」は名目でしかなく、実態としては「同一事業を別会計で回していた」可能性が高い。
R3の段階で「ANNEXを別事業」としたのは「財源別け」のためのテクニカルな処理であると思われる。
→実際には、R3・R4を通じて一体の居場所提供・自立支援事業が継続しており
これは補助金等適正化法の趣旨(重複補助の禁止、目的外使用の禁止)に反する可能性がある。
以上が総論だが、今回の裁判、何故かはてなや5chなどの一部のサイトでは
A:さて、この報告書は今パブリックコメントにかかっているんですよね?法の支配や民主主義との関係についての根本的な疑問が寄せられた場合、経産省はどう応答するんでしょうか?
B:残念ながら、本質的な議論は避けるでしょうね。表面的で技術的な回答でごまかすと思います。
A:というと?
B:例えば「〈法〉の支配」について、「民主的に制定された法律と企業のアルゴリズムを同等に扱うのは法の支配の否定だ」という批判が来たとします。
B:でも経産省は「〈法〉概念は従来の法概念を否定するものではなく、憲法・法律の最高規範性は当然維持される」「技術的統制手法も適正な手続きの下で位置づけられる」といった抽象的な回答で逃げるでしょう。
A:でも、それって答えになってませんよね?アルゴリズムやコードが「法」として機能することの憲法上の問題について、何も説明していない。
B:その通りです。でも経産省は絶対にその核心には触れません。「Society5.0における新たな統治の必要性」「国際的な議論の動向」といった総論で煙に巻くでしょう。
A:マルチステークホルダーによる意思決定の民主的正統性についてはどうでしょう?
B:「マルチステークホルダーは政策決定機関ではなく、あくまで専門的知見を提供する諮問機能」「最終的な決定権は国会にある」なんて言うでしょうね。
A:でも実際には、そのマルチステークホルダーでの議論結果が政策に大きく反映されるんですよね?
B:まさにそこが問題なんです。実質的な政策形成権を持ちながら、形式的には「諮問」だと言い張る。でも経産省はその矛盾については絶対に答えません。
A:応答責任概念についてはどうでしょう?従来の法的責任体系との整合性について。
B:「応答責任は従来の責任概念を補完するものであり、より実効的な責任追及を可能にする」「複雑なCPSにおける新たな責任のあり方」といった説明でしょうね。
A:でも、なぜ従来の過失責任や無過失責任では対応できないのか、という理論的な説明はないんでしょうね。
B:そうです。責任法学の基本的な体系との関係について、きちんとした法理論上の説明はしないでしょう。「実務上の必要性」「イノベーション促進の観点」といった政策論にすり替える。
B:「アジャイル・ガバナンスの実践自体が適正手続の具現化」「マルチステークホルダーによる熟議こそが民主的手続」なんて言うでしょうね。
A:でも、それって従来の適正手続原則とは全然違う概念ですよね?憲法第31条の解釈を勝手に変えているような。
B:その通りです。でも経産省は「Society5.0における適正手続原則の発展的解釈」「時代に適応した手続概念」といった曖昧な表現で逃げるでしょう。憲法解釈の変更だという指摘には絶対に答えません。
A:権力分立との関係についてはどうでしょう?行政府が実質的に立法権や司法権に介入することになりませんか?
B:「既存の三権分立は維持される」「各府省の所掌事務の範囲内での検討」「司法権の独立は当然尊重される」といった建前論でしょうね。
A:でも、自動化された規制とか、組織認証による法適用の実質的決定とかは、実質的に見て立法権や司法権への介入ですよね?
B:まさにそうです。でも経産省は「執行手法のアジャイル化」「効率的な行政運営」といった矮小化した説明しかしないでしょう。権力分立の本質的な問題については触れません。
A:法源論についてはどうでしょう?何が「法」なのかという根本問題について。
B:これも答えないでしょうね。「多様な規範形式の活用」「柔軟なルール形成」といった抽象的な表現で逃げて、法源の階層性や民主的正統性については説明しません。
A:結局、どの批判に対しても、本質的な法理論上の問題については答えないということですか?
B:そうです。すべて「実務上の必要性」「技術的改善」「効率化」といった実用主義的な説明に終始するでしょう。憲法や法理論の根本問題については「専門的検討を継続」で先送りです。
A:でも、それって学問的誠実さに欠けませんか?
B:完全に欠けています。でも経産省にとっては、法学的な理論整合性よりも、政策実現の方が重要なんです。理論的な矛盾を指摘されても「実務では問題ない」で押し切ろうとするでしょう。
A:結局、パブコメ回答を読んでも、この改革の憲法的・法理論的な基盤については何も分からないままになりそうですね。
B:残念ながらそうでしょう。「今後の検討課題」「関係機関との調整」「専門家の意見を踏まえ」といった先送り表現のオンパレードになると思います。
A:でも、それって要するに「理論的基盤は固まっていません」「憲法との整合性は検証していません」と言っているようなものですよね?
B:まさにその通りです。でも経産省は絶対にそうは言いません。「十分な検討を重ねている」「専門的知見を活用している」と言い続けるでしょう。
A:つまり、根本的な法理論上の問題は曖昧なまま、なし崩し的に制度だけが導入されていく危険性があるということですか?
B:それが一番怖いシナリオです。理論的な整理をしないまま、部分的に制度を導入して既成事実を作ってしまう。後になって「もう動いている制度だから」と言われてしまう。
A:だからこそ、理論的な整合性をきちんと求めることが重要なんですね。
B:そうです。表面的な制度論ではなく、憲法や法の支配といった根本原則との関係について、明確な理論的説明を求め続けることが必要です。