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はてなキーワード: ボンとは

2026-01-18

日見た夢は久しぶりに虫の夢だった

時間が止まった世界で虫が動き出す前に粘着力のあるボンドみたいなのでくるむ仕事をしていた

動いてこないというだけでゴキとか大きな蜘蛛とかまあまあ見れた

もうすぐ動き出すから気をつけてと言われたところで目が覚めた

2026-01-17

最低居住積水

健康文化的な住生活を営む基礎として必要不可欠な住宅の面積に関する水準

単身者は25㎡、2人以上の世帯10㎡×人数+10㎡で計算

SUUMOとかで検索するときに、25平米未満の物件には

「!この物件健康文化的な住生活を営む基礎として必要不可欠な住宅の面積を満たしていません!」

って警告メッセージ義務付けるべき

例の杉並アパートワンルームっぽいし

健康文化的な最低限度の生活を営む基準すら満たしていないのは明らかであり

家賃が払えずガスボンベを爆発させて執行官を刺し殺してしまうのは残当

2026-01-16

anond:20260116184434

1.プルクンギ チュキョドゥルゴ チンギョッケガダ 

  チォンデルル アプセウゴ トゥルリョッケガダ

  イルシンイ チョンマンデオ イックルゴガヌン 

  クモスムン  ソングンギチダ

  コ〜ンジョ〜 コンジョ〜 コンジョ〜ガップロ

  チャングンニミ  ヒョンミョンパンシグン〜〜

  ペクトゥサンボンゲチョロン コンジョ

  チョンイルボンウリチョロン コンジョ 

  コンジョ コンジョ〜 コンジョチョ〜ニダ〜〜

2.サナギ マガソド タッポガオプタ 

  テヂョギ ミルリョワド パンオガ オプタ 

  シュンガンド  モムチョモチィ マッパチヌン 

  ク ジョントプンピルスンプヘダ

  コ〜ンジョ〜 コンジョ〜 コンジョ〜ガップロ〜〜 

  チャングンニミ  ヒョンミョンパンシグン(ヒョンミョンパンシグン〜〜)

  ペクトゥサンボンゲチョロン コンジョ

  チョンイルボンウリチョロン コンジョ 

  コンジョ コンジョ〜 コンジョチョ〜ニダ〜〜

3.モッピョヌン カンソンデグッ ヒマンボンギダ 

  ピョーデヌン チュチェイヨ スンニボンギダ 

  ソングニ チックンチュロ ポップンチュガヌン 

  クゴルム カンデングニダ〜〜

  コ〜ンジョ〜 コンジョ〜 コンジョ〜ガップロ〜 

  チャングンニミ  ヒョンミョンパンシグン(ヒョンミョンパンシグン〜〜)

  ペクトゥサンボンゲチョロン コンジョ

  チョンイルボンウリチョロン コンジョ 

  コンジョ コンジョ〜 コンジョチョ〜ニダ〜〜

  ペクトゥサンボンゲチョロン コンジョ

  チョンイルボンウリチョロン コンジョ 

  コンジョ コンジョ〜 コンジョチョ〜〜ニダ〜〜〜〜

家賃滞納の容疑者包丁執行官家賃保証業者刺す

職業不詳(40)。2人を刃物で刺すなどして殺害しようとした疑い。家賃を滞納

段ボール箱を抱えて「荷物はこれだけだ」と応対したが、箱の中から煙が出ていたため敷地外に避難。後を追って襲った

>爆発音が上がり、壁や床が焼ける火災が発生した。捜査関係者によると、段ボール箱の中には家庭用カセットコンロのガスボン

 

俺も氷河期だけど無敵すぎてドン引き。同世代が騒ぎ起こしてスミマセンって感じ。 俺も定年後生保護下りなかったら刑務所入るつもりなんでヨロシク先輩

2026-01-14

anond:20260114144043

しかもそういうボンヤリとした司法国家権力不信しぐさをノルマみたいに繰り出してくる割には

性犯罪とかの話題だと「あぁまぁ無実なら無罪なるっしょ……」って急にトーンダウンしちゃう

なんなら性関連ですら界隈の人が関わる件じゃいきなりゲロ甘になったり

所詮そうやって連中の利害と都合次第でタテマエ出したり引っ込めたりしてるだけ、ってもう誰の目にも明らかだから

2026-01-11

anond:20260111111533

はてなに書こうとしたら他にも書いてる人がいた。

うちも先程ボンドロ(ボンボンドロップシール)を探しに行って、何の成果も得られなかったからハリボチョコマシュマロ代わりに買って食べてる美味しい。

シール売り場が面白い位で品薄で、店員に「ボンドロ…」と聞いたら間髪なく「完売です。入荷予定は分かりません」って返ってくるの楽しい

2026-01-09

ONE PIECE』でクリリリと鳴くリスが出てきたって話題になってた

あれって下ネタ言うような漫画だったっけ

少年漫画で「おっぱい」はなんとなくセーフな気がするけど、「クリトリス」はアウトじゃないのかな

かなり嫌悪感あるわ

まあマンコマンコ言ってる小説も世の中にはあるけど……

ワンピは空島で読むのやめて、そのあとシャボンディのときちょっと復帰して、監獄で脱落して、ギアフォースが出てきたときに復帰して、ビッグマムのところで脱落して、そのあとまだ復帰してないけど、なんか最近無限回想篇がどうとかって叩かれてるのは知ってる

いつ終わるんだろう

はやく終わらせてほしい

結末しりたいのに

子供の頃読んでた漫画が40にもなってまだ完結してないの絶望する

で、その漫画しょうもない下ネタ出てくるとか泣ける

多産性の象徴とかなんかそんな意味でもあるんですかね

2026-01-08

[]1月8日

ご飯

朝:アーモンドサンドイッチ。昼:カロリーメイト。夜:納豆冷奴庵。唐揚げ白菜ピーマン大根キノコスープキュウリ。ギョニソ。ヨーグルト。間食:羊羹

調子

むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。まだ木曜日かあ、先は長いぜ。

頭が痛いので早寝する。

○Switch2で遊ぶゲーム

ドラクエ7の新しいやつ欲しいな。

シャドウバースWB

グラマスふみふみ

箱開けイベントやっぱり毎日完走はやりすぎのような気がしてきた、他ごとが出来ない……

ポケットモンスターブラック(あくタイプポケモン旅)

アーティを倒すところまで。

アーティ普段ボンヤリ実はスルドイ的なキャラクタオタクが好きなやつな割にあんまり二次創作みかけないな。

カップリング相手がいないのが良くないのかな、作中で会話があるキャラだと、主人公はNだし、アロエは既婚者だし、アイリスベルだし、うーむ。

ジムリーダーになるチェレンアーティ指南受けるやつとかでどうでしょう

anond:20260108102359

子どもとき、グズだのデレンコだのボンヤリだの親からさんざんに言われたが

実は乳製品とカロチアレルギーがあって耳鳴り筋肉痛がひどかったこともあった

子どもによっては身体不具合普通だと思い込んで我慢するから

食事改善して、ガスマスクもさせてみることを勧める

2026-01-07

なんでボンドロじゃないとダメなの?

ボンボンドロップシールボンドロ)ってのは、樹脂が詰まったぷっくりしたシール。ただのシール。シート1枚500円くらいする高級品。これが大変な人気で、転売で値段が5倍になったとか、チャイナ非正規品が出回ってるとかで大騒ぎしている。

かつてシール帳をパンパンに膨らませた平成一桁懐古増田シール交換の再流行を嬉しく思うが、ボンドロ人気が理解できない。

「シル活」とかいって何店舗ハシゴして長時間並んで、転売品に数倍の金を出して、子供も親も必死ボンドロを探してる。ボンドロじゃないぷくぷくのシールを買ってきた親はXで馬鹿にされ、なんならこれも「偽ボンドロ」とか呼ばれる。異常。

シール帳ってのは、ぷくぷく、シャカシャカタイル水入りキャラクター、なんでも自分の好きなシールを集めて、それを友達と見せあって「そのシールかわいい!」って交換するものじゃないのか?みんなが同じボンドロを集めてどうするんだ?

かにボンドロはかわいい。みんなが欲しがるシールほど価値が高いのも分かる。

でもシール交換って、もっといろんなシールがあった方が楽しくないか自分が見つけたかわいいシール友達に見せたいし、自分の知らないかわいいシールと交換したいし、そうして自分センスで作ったシール帳だから大切になるんじゃないのか?

ボンドロもさ、パッケージボンボンドロップって書いちゃったマジの偽物は別として、ただ似ているだけのぷくぷくのシールまで偽物呼ばわりはどうなんだ?「ボンドロじゃない」ってだけで、そのシール価値は無くなってしまうのか?ペコペコ凹むからなんだ?大事なのは自分かわいいと思えるかどうかじゃないのか?

てか「本物」のボンドロにこだわってるのって子供?親?子供ブランド志向を植え付けて、自分で好きなものを決める機会を失わせた奴が許せない。

どうか子供たちには、「みんなに人気だから欲しい」なんて大衆物差しじゃなくて、自分の心でシール価値を決められる女児であってほしいと願っている。

2026-01-06

フィルム高すぎ

中判試しに1本買ってみようとするだけでフィルム2500円+現像データ化1500円か

35mmでも1500円+1500円くらいはかかるし

需要が消え去ったがゆえの高騰なのは分かるがボンビー人には消耗品にそんなかけられんわ

2026-01-04

1980年代アメリカ傭兵スクールに行った話

1961年まれ、今年64歳。

数日前の記事でミッチ・ワーベルフランクキャンパーとか懐かしい名前を見たのでふと昔の思い出を思い出したので吐き出したい。

費用面・施設

1981年、俺が20歳の時にワーベルの「コブレイパラミリタリースクール」にお金を払って参加したことがある。

費用は6日間で1200ドル、俺は24日間滞在参加したので4800ドルアトランタへの旅費は別途

当時ドル円は220円なので受講費用は約105万円(※1980年初頭当時です)

家が結構金持ってた会社経営者道楽者のボンだったので、捻出できたのだが、当時は20歳大学2年の軍事マニア若造が用意できる額ではなかったと思う。

一応主催者のミッチ・ワーベル邸宅宿坊として貸し出していたので、食事金も含めて込みこみ。

物凄いデカくて白い家だった、家の庭の移動だけで車がいるレベルだったのが、アメリカはすごい、と当時の若造の俺は思ったほどだった。

食事も、ワーベルが雇ってる使用人?(料理人?)が作ってくれるが、脂っこい料理がやたら多かった、ワーベルの好みだったらしい。

講師陣・カリキュラム

俺が参加した時期はちょうどコブレイスクールシラバスが固まったころで、それ以前は都度少しずつ変更しながらほとんど個人に合わせたカリキュラムを作っていた。

ちょうど、1980年1月号の「ソルジャー・オブ・フォーチュン」の47,8ページに同じカリキュラム記載されている

※6日間なので、俺はこれを×4で受けたのを留意

・ .38リボルバー 12時間

・.45 オートマチック 12時間

マーシャルアーツ(格闘技) 12.5時間

狙撃技術(rifles scope) 5時間

・状況認識個人防衛(Situation Awareness.) 2時間

写真撮影 5時間

・対テロ講座手順 3時間

電子対抗手段 5時間

・非通常兵器(ナイフなどもここに含まれていた) 3時間

以前は、狙撃技術が「ショットガンストレス」という散弾銃で走り回って撃ったりする技術などだったが、俺がちょうど訓練を受ける半年前に、アデルバート・ウォルドロンという米陸軍史上第二位公式狙撃記録を持つ狙撃手が講師に変わって選択式になった。後述になるけど、散弾銃コースも有名なインストラクターが教えてる。

講師陣で特に記憶に残っていたのは以下の通り

バーニー・コクラン(社長代理兼非通常兵器インストラクター)

ワーベルは当時ステージ3の前立腺がんで体調が芳しくなかったので、代理で統括業務をしていたのが、このコクランという人だった。もとはアメリカ空軍の士官だった人らしい。

正直言ってしまうと、この人は後述するウォルドロンとの関係以外で大きく印象に残るものはなかったりする。カリキュラムでもあまり絡むことがなかったからだろうか…

プッシュ・ダガーナイフ選択新聞紙丸めミルウォークブリックを作ったり、メリケンサック警棒簡単練習といったものを教えていた。

レクリエーション的な要素が大きかったと思う、手斧を投げる訓練といったものが一番印象に残っている。

ジェイソン・ラウ(格闘技インストラクター)

詠春拳の達人で、教えてもらったものもそれだった。

招允(チウ・ワン)師範という有名な派の人の直弟子だったといっていた。あと柔道黒帯をとっていたとのこと。

この人は住み込みで働いてて、ミッチ・ワーベル個人ボディーガード兼務していた。驚くべきことに、CIAの依頼で仕事とかしてる時も帯同していたとあけっぴろげに語っていた。(言っちゃっていいのか?と当時思った)

礼儀正しく親切な人で、教え方も非常にうまかった。

ワーベルは酒タバコめちゃしまくりで常にスコッチウィスキー舐める様に飲んでたのが印象に残ってるが、この人は酒もたばこもしていなかった。(コーヒーが好きだったようでよくコーヒーを飲んでいた)

ラッキー・マクダニエル バリー・ウォーレル (射撃教官)

ウィキペディア英語版に彼の個人記事があるほど当時でも有名なインストラクターだった。

BBガン(エアガン)を使って「本能射撃(instinct shooting)」というクレー射撃の様な動的目標への射撃技術を主に教えていた。(BBガンで慣れた後は.410の散弾銃と.22lrの拳銃、そしてボアアップをしていく)

彼本人はこの技術を、子供のころ田舎狩猟をしていた時に身についたものと度々語っていたのが記憶に残っている。

この人は今でいうコミュ強、というほど会話がうまく、教え方もめちゃくちゃうまかった。今まで空気銃くらいしか使ったことない俺や同じく参加した人たちが3日で散弾銃クレイピジョン(皿)でフルスコアを出せるくらい上達した。

バリーは当時ジョージア州警察官兼務していて、NRAピストル競技入賞しているという人だった。当時流行していたウィーバースタンスでの撃ち方を教えてもらった思い出がある。いかにもアメリカ人(初期のテリーマンみたいな感じ、なお悪口ではない。)という感じの人だった。  

エドロウリー (電子情報機器技術講師)

同名のプロゴルファーの人ではない。この人は当時マイクロソフト技術者兼営業をしていた人で、軍歴などはない人だった。

いかにも昔のIT系エンジニア肌、という感じの人だったが悪い人ではなかった。基本は座学で、当時のPC電子機器の脆弱性ハッキング防護などを教室で受けた記憶がある。

「これから先の未来電子技術戦場を制する未来が来るといっても信じてくれるのはワーベル社長だけだよ」と酒の席で寂しそうに呟いていたのが記憶に残っている。彼は2010年代初頭に死んでしまったが、

本当にドローンが飛び交う戦場が現出している今を見て何を思うのだろう?

アデルバート・ウォルドロン ビルクリリング (ライフル射撃教官)

前者の人はベトナム戦争ミリタリーマニア界隈では「幻の狙撃王」とか「忘れ去られたスナイパー」といわれてる有名な狙撃手。

後者の人は朝鮮戦争従軍して勲章をもらって、その後アメリカ海兵隊オリンピック射撃チームで長い間活躍した射撃選手系の人だった、ちなみに、アデル陸軍で、ビル海兵隊所属が違う。

正直、アデルについては詳細を書いたら記事2つ分くらいは埋まるくらい色んな意味で「いい意味でも悪い意味でも印象に残った人」だった。

ビルはすでに当時54歳の壮年で、当時でもオリンピック射撃界隈では超エリートアスリートなので、その技術を教えてもらいたいとコブレイスクールにわざわざ来る競技者がいたくらいだった。ワーベルコネで引っ張ってきたが、正直ビルの人気はとてつもなかった。若い女の子からモテモテの「イケオジ」だった。

アデル講師としての評判が悪く、代わりにワーベルテコ入れに入れた人で、正直コブレイスクール収入の7割くらいに貢献してたんじゃないかってくらいの人だったように思う。

対照的アデルは教え方が悪いというより今でいう「コミュ障」の人だった、空気の読めない人で、好きな事や得意な事はめちゃ早口で喋るが、それ以外では「ちいかわ」みたいなどもり方をする人だった。

スタッフ間でも折り合いが悪いのか、公然と俺たちの前でコクラン社長代理アデルが面と向かって怒られているのを何回も見かけた。アデルはそのたび下をうつむいて背中をわなわなと震わせていたのが印象に残ってる。

ビルはそんなアデルにも強者の風格というのであろうか、優しさからいろいろとフォローしてたが、それさえアデルにとってはメンツが傷つく行為だったらしい。彼が恨めしそうに睨みながら「戦場でなら俺が強いのに…的当てしかできないくせに…」とつぶやいていたのが一番記憶に残っている。

ミッチ・ワーベル (代表)

当時ですでに体調が悪く、あまり話せなかったがそれでも夕食の席などはスタッフ一同同席していた。

単独任務遂行するにはどんな装備がいるか?」という話で、みんなが各々思いつく限りの装備を語り終えた後

あなた達は"ガンショップコマンドー"だ。私なら22lrの100発パックが一つ、ナイロン66(安い22lr銃の名前)、フェアバーンサイクスダガー1本、現金100ドルと着替えだけあれば、1週間後には君たちの装備を奪ってフリーマーケットで売ってるだろうね」

といったことを言っていた会話が記憶に残っている。

総括

とっちらかってしまったけど、今ではネット普通にミリタリーマニアがいろんなPMCスクールにいけるので、いい時代になったなぁと思う。

当時としては物凄いスタッフをそろえていたんだと思う。

80年代には、そういうものプロトタイプがあって、ちょっとした注目を浴びてた古き良き時代があったということを、少し頭の片隅においていただければ。

しかすると興味を持った人たちがいれば、書ききれなかった詳細とか書きたいかな、とは思う

2026-01-03

ボンかとおもって近づいたら、

漫画ボン ジュール』やて

なんやそれ😩

2025-12-26

甲状腺がんRTA記録 (3/3)

術後2日目(34日目)

消灯が早いので、起床時間前に目覚める。夜間に看護師がドレーンが首から外れていないか懐中電灯で照らして確認するので、何回か目が覚めていたが、良く寝られたと感じる。前日しっかり食べたので、各段に体力が回復している。

しか今日目標は、明日ドレーンを抜いてもらうために無駄に動かない、である

この日から通常の食事となる。朝食にはクロワッサンが登場。カロリーが高いメニューが続くが、完食し続ける。朝のバイタルチェックで、ドレーンにつながるプラスティック容器に本日の日付が書き込まれる。ちょっと多いですね、といわれる。今日シャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。声帯を動かすために小さくハミングをして音を鼻腔に響かせる。低音は問題ないが、高音は音が割れる空気声帯から漏れている。その後もときどき声帯を動かす練習を行った

水筒へ水を汲みに休憩所にいくと、同室のクレーム老女と歩行器老女がテレビを見ながら熱心に世間話をしていた。話し相手がいるのは良いことだ。気難しいタイプクレーム老女と話の弾む歩行器老女のコミュニケーション能力の高さに感服する。

10時ごろ、診察室に入るとさらに初顔の若い茶髪女性医師がいた。4人目の医師主治医と同世代か少し若い明日内視鏡しますね、ドレーンは70mlか、明日は無理かもね、とコメント。そんな不吉なことを言わないでほしい。

ベッド上で体を起こさず、ウォークマンを聴いて過ごす。この5年ほど使用していなかったのだが、入院に際して役に立つかもと持参していたのだ。久々の充電にも問題なく動き、大容量メモリ内に保存されている懐かしい曲、プレイリストノイズキャンセリングゆっくり聴く

体力、気力が激減しているのでスマホは長時間みる気力がなく、本も読めない、スマホソシャゲの周回を脳死でやる、という気持ちにもなれない。音楽は心の救いになった。特にクラシック音楽中学生ときに熱中した音楽が良かった。

体のすべてのエネルギーが、傷の修復に投入されている。全身の体積からみるとほんの小さな傷のはずだが、生存に関わる危機だと体が判定している。村上春樹の「1Q84」で、傷ついた野良猫が隠れてじっと動かずにいるように、といった表現があったことを思い出す。そう、傷が治るまでは動けない、動いてはいけないのだ。

今日ドレーンは抜けなかった、明日退院はできない、仕事、連絡、請求書、入金、どうする、どうすると善後策をぐるぐる考え続ける。

昼過ぎバイタルチェックにきた看護師にドレーンの状況をきく。全然出てないですよー、と良い知らせ。

師長がアラサー女性のベッドに謝罪に来る。どうやら不手際が2日連続で起こっている。前日は医者本日看護師やらかしたようだ。聞いていると確かにそれはまずいとしか言いようがない失態だった。大部屋にプライバシーというもの存在しない。

回診に来た主治医にドレーンを早く抜いてほしいと訴えるも、ここまで非常に順調に来たのだから少し待ちましょう、抜いた後に体液が溜まって再度穴をあけることになったら大変です、と諭される。

16時過ぎ、研修医がやってきて、傷口のチェックをしたあと、ドレーンから排出液をためるプラスティック容器を見て首をかしげる。再度手術の傷跡を確認し、今度は主治医を連れてやってきた。主治医も首とドレーンをチェックする。どうやら突然体液の排出が止まったので、ドレーンが曲がっているか、詰まっているのではないか確認にきたらしい。特に問題はなく、帰り際に主治医研修医明日処置の準備をというのが耳に入る。ひそかにガッツポーズを決める。

食事バイタルチェック、掃除ときクレーム老女も看護師スタッフにお礼を言うようになった。私をはじめ他の同室者が愛想よくお礼を言い続けたのでつられている。まあ、ようやってもらってると感謝しないといけないわな、ともつぶやく。病室の空気がかなり軽くなった。

術後3日目(35日目)

夜中、寒さと鼻水で起きる。自宅でもときどき発生する現象だ。持参していた貼るカイロを腰に貼り、横になる。朝、鼻水がたまっているが、元気に目覚める。日々、もりもり回復していることを感じる。

今日目標はドレーン抜去である

朝食に分厚い食パンバタージャムが出る。昼食、夕食はどんぶり椀の白米だし、とにかく炭水化物を取らせる方針のようだ。病院なので当然ながら、毎回塩分はかなり少なく、甘い味付けが多い。

横になってウォークマンミュージカルレ・ミゼラブルサウンドトラックを聴き、感極まって涙を流していると時間が非常にランダムバイタルチェックがやってくる。やばい、と慌てて態勢を整える。やたらと体温が高く、血圧も高すぎて看護師が眉を顰める。音楽を聴いて興奮していたので、とも言えずなんででしょうねーとあいまいごまかす。

診察待ちの待機部屋で同室の歩行器老女と顔を合わせる。お話好きの老女はすすっ、と私の隣に座り、すぐに自分の病状を話し出した。マスクで隠れていたが、鼻の手術で顔が内出血が大変になことになっている。私も自分の手術痕について話をして、赤いのって目立ちますよねー、嫌ですよねーと、同病相哀れんだ。

9時過ぎの診察は、若い茶髪女性医師。予告していた内視鏡を鼻から入れる。声帯を動かし、確認をすると、「うん、右に比べて少し遅れていますが、左の声帯も動いていますね!これならすぐに戻るでしょう」と良い結果になった。主治医も喜ぶだろう。

ドレーンのプラスティック容器と日付をチェックし、「20mlか、ぎりぎりだな、主治医先生はなんて言ってました?」少し待ちましょう、と言っていたとは言わず「いやあ」笑ってごまかす。「ま、抜きますか」やったね!と心の中で快哉を叫ぶ。

透明の管を抜き、首にできた穴に巨大な防水絆創膏を貼る。この後、バイタルチェックで絆創膏の状況が確認されることになる。体液がにじみでないように、この日も安静に過ごすことを心の中でひそかに誓う。絆創膏に体液がたくさんにじみでて状況が悪いから再度ドレーン、退院NGです! という事態を避けたい。

ドレーンのプラスティック容器をつるす点滴スタンドと別れを告げて、歩きやすくなる。歩行器老女がすれ違う際に、ドレーン取れたのですね、よかったですね!と祝福してくれる。ありがとうございますシャワーの予約に行き、看護師からもおお、取れましたか!と声がかかる。にこにこ笑ってお礼を言う。大変うれしい。

同室の若い女性看護師が差額ベッド代について話している。現在の差額なし大部屋に入る前の病室の請求書のようだ。救急で運ばれたときに、家族第一希望のほか、第二希望の部屋タイプにチェックをいれていたらしい。その第二希望部屋タイプのベッド代である。本人が希望したわけではないので、納得しがたいだろう。緊急入院する際に、そこまで気の回る人も少ないと思う。ただ希望は紙に記載してしまっている。状況はなかなか厳しい。

水筒に水を汲みに行く際、杖を突いて歩く同室のクレーム老女とすれ違う。突然話しかけるのははばかられるので、笑顔会釈する。和顔施は仏の教え。

母に自宅から仕事スマートフォンを持ってきてもらう。ざっと情報を流し、不在中問題が発生していないことを確認チャットで連絡を入れ、退院日の帰宅からWeb会議に出る予定とする。大きな心配事が解消し、ようやく安堵する。あとは予定通り退院するだけ。スマートフォンは再度母に自宅に持ち帰ってもらう。

夕食前に、首の手術痕がぴりぴりとするのを感じる。鎮痛剤が切れたようだ。食後に飲む予定であるし、前倒して飲むほどではない。痛むというより、何かがピリッとした、神経が走った、という感じであった。

術後4日目(36日目)

快調に目覚める。絆創膏は体液がにじんでもなく、きれいである。昨夜看護師に一度貼り替えましたか?と尋ねられたぐらいである。術後、傷の修復に全投入されてたエネルギーが、他の部分にも回ってきたのか、体に力を感じた。

この日は日曜日のため医師は不在、病棟から患者看護師も激減し、イベント食事と最低限のバイタルチェックだけで、大変に平和だった。土曜に退院たかったな……。

夜のシャワーの予約をし、退院の準備作業を考える。

一番の問題は、私の体力である。前日まで安静に努めていたため、起き上がった姿勢で長時間いれるのか、はたまた長時間歩けるのか、公共交通機関帰宅できるのか、不安になる。

慣れるしかないため、一時間のうちで起きる時間、横になる時間割合を少しずつ変えてゆく。食事の量は変わらないのに軽く完食できるうえに、食間に空腹を覚えるほどになった。お見舞いでもらったミカンを食べる。

退院後に傷口をメンテナンスするためのテープの使い方を看護師から教わる。手術前に買っていたテープで、3か月ほどの期間なので、買い替えもいらないだろうという。私の手術跡は大変見えやすいところにあるので大丈夫だろうと言われる。耳の近くなど、鏡で確認しづらい位置に傷跡がある人は大変なようだ。

夕食後のトレイを戻して部屋に帰ろうとすると、クレーム老女が杖もなく一人で歩いてトレイを返却に向かっていた。驚いて思わず目を見張り、ついでにっこり笑って会釈する。

部屋に戻ると、クレーム老女が歩行器老女のトレイも下げようと申し出て、そんな、悪いですよ。大丈夫、私も少しは動く練習しないといけないしね、とやりとりをしているのが聞こえる。誰も悪い人はいないのだ。

真っ赤な一文字の傷跡も、やや色が薄まり、幅が狭くなってきた。

退院(37日目)

快調に目覚め、しっかりと朝食をとる。母から今日寒い、気を付けてとLINE。うん、持ってきた服で帰るしかないのだけどね。

診察待機部屋では、退院前の患者私服で集まる。もう歩行器が不要になった同室の老女とお互いに退院を祝いあう。歩行器老女が先に呼ばれた後、残された若い男性と向き合う。「同じ部屋だったんですよ。男の人の部屋はお話したりしますか」「いや、まったく、全然です」老人ホームデイケア女性利用者同士はおしゃべりをするが、男性はしない、という話を思い出した。話をするほうがメンタルには良いと思う。

2日ぶりに主治医と診察で会う。退院ですね、では取りましょう!とドレーン穴に貼った巨大絆創膏を慎重にはがす。穴に貼る小さなシール研修医が用意して手渡すが、主治医が首を傾げ、いや、いらないですね。このままで。となる。何かにじんできたら、市販絆創膏貼ればいいです。と言われる。

まり痛みを感じないのだが、鎮痛剤は飲まなければ痛むのか、処方が切れたあとに痛んだらバファリンなど市販薬を飲めばよいのか、と確認する。甲状腺はあまり痛まないという人が多い、痛まないならもう飲まなくてよい、余った薬は痛んだ時にとんぷくとして服用すればよい、とのことだった。

テープの使い方は教わりましたか、と確認される。はい、すぐに貼るんですよね? いや、ボンドが取れてから!と訂正される。一週間ほどで透明のボンドがボロボロ自然に剥がれ落ちるので、そのあとからテープメンテをするようにと指示される。

次回外来の日時、生活上の注意事項を確認し、退院となった。

改めてお礼を述べ、頭を下げて別れを告げる。

自動精算機で会計をする。高額療養費に関する申請自動で行われると説明を受けており、マイナンバーカード恩恵にあずかる。10万弱の表示に安堵する。命のほうが大切であり、お金のことは考えないようにしていたが、常に不安がどこかにあった。がん保険などに入っていなくても何とかなるものである自分治療に関わった人の数、労働時間、機材、薬剤を考慮すると、アメリカなら破産しているかもしれないと思った。

優先座席を利用させてもらい、公共交通機関で一人で無事に帰宅する。

ほっとするのもつかの間、リモートでの仕事の準備を始める。

昼過ぎ、ぴりぴりしたもの首に感じる。特に痛くはないので薬をのまずにやり過ごす。その後は鎮痛剤なしで問題なかった。

6日ぶりに誰もいない自宅で一人で過ごす。感受性が高く内向的自分にとって、これが快適で最適な環境だと何十年も思っていた。入院中は24時間、常に人の気配を感じていた。四六時中トラブル騒音が発生していた。突然一人の静けさが身に染みて、誰かと暮らすのも悪くはないかも、と思う自分に驚いた。

まとめ


がんの疑いから32日目で手術、治療開始となった。RTA頑張った。

反省点として、生検から告知まで2週間かかっており、もっと早い日にしてほしいと依頼していれば日数は7日ほど短縮できていた可能性が高い。患者からの働きかけを躊躇してはいけなかった。ただ、様々な関係者のご厚意と尽力で最善に近い対応ができたと考えている。改めて感謝をしたい。

これからのがん治療予定は、摘出した甲状腺から筋肉への転移可能性の検査甲状腺機能が右半分だけで保持されているか検査問題なければ10年間の経過観察となる。

退院直後から仕事を再開し、家事、炊事を始めた。自覚する体力ゲージは以下のように推移した。

入院100
手術直後 0
術後1日目 5
術後2日目10
術後3日目 15
術後4日目20
退院 30
退院1日目 60  →いきなり上がる。
退院2日目 70

日常生活いかに体を使っているか外科手術・入院いかに体力・筋力を低下させフレイルとなるのかを実感した。体重入院前後で変動なしだったが、筋肉量がかなり落ちた。可能なかぎり手術・入院をしなくてすむように、健康留意して生活をしたい。

終わりに

長文を最後までお読みいただきありがとうございます。どなたかの参考となればと記録を残しましたが、私には長年の強度の高い運動習慣があり、年齢平均よりは体力・筋力があることを申し添えます

一番良いことは、この記録が参考となる事態が発生しないことです。

皆様とご家族のご多幸と健康をお祈りいたします。

甲状腺がんRTA記録 (2/3)

入院(31日目)

長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。

指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老男性入院こちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ

マイナンバーカード登録レンタル着のサイズ、各種書類確認後、病棟に向かう。

病棟身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプ今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。

入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。

主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコーCT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります

画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。

午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープ売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者ゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いす入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。

何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。

昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイ可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分トレイワゴンに下げにいくと、トレイセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。

すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆ麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。

翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間20分。要介護患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。

21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間記載された紙がでかでかと掲示されている。

4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。

手術(32日目)

早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。

7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。

9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者退院を待っている状態

10時点滴が開始される。生理食塩水のようだ。

10時40分、空きました!と声がかかり、荷物キャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒ティッシュマスクタオル等々)を取りやすそうな位置に置く。

10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。

11時前、手術室の前で待機。緊張状態患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要ケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者廊下のあちらからこちからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。

ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。

手術を担当してくれる看護師主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東マッチングアプリ女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。

麻酔マスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。

名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師笑顔大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?

冷静に考えると、術後の意識レベル確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。

そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。

から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。

おそらくは手術から30分経過。意識確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。

その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。

15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。

16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレ自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。

17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。

手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイメニュー票には、重湯、スープ栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明スープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。

19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。

しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。

初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。

術後1日目(33日目)

夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。

起床時間後、看護師巡回入院患者バイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペン記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。

7時過ぎに朝食がくる。おかゆ牛乳バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター

トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。

9時すぎから入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的麻痺で戻る可能性は高いという。

そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下しづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。

12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャサラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。

食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギー補給する必要はないだろう。

大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から病院看護師訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。

通常であれば、トラブル現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らし人工肛門訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。

15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族けがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。

更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。

この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。

とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。

今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事心配が始まる。

定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。

16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的しろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。

頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。

新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。

病室内の空気が重すぎる。看護師バイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。

同室の老女二人がいびき合戦を始めたので、耳栓をして早々に寝る。老人のいびきは大きい。亡くなった祖父母を思い出した。

2025-12-24

2025年自炊トピック(自炊増田

目次

リュウジ、信じてるから

流しのアミ

ラムピザ

しゃもじ水に浸かる

肉を挽く

追加:袋を切る

番外:ソシャゲ

 

リュウ

白い粉をたくさん買ったしやっぱり美味しい。

一冊買って目次にあればスマホ検索さら必要があればYouTubeで手順は完璧

一番つくったのはたぶんムーシーロー。豚肉小松菜が安くて栄養あるから

偏食家族キクラゲを残すので刻みキクラゲにしてやろうとおもう。

なぜか一切小松菜を食べない方の家族が卵パックに小松菜切り株を植えて再生しだした。

とん平焼きと麻婆はNHKだったりして特にリュウジじゃないメニューもまだたくさんのこってる。

でも味が足りないな~とおもうと味の素たすときの振り方とか、

味塩胡椒(今年買った粉のなかでは最安かも)とかがリュウジに教わったなとおもう。

小松菜もやしケンタッキー鳥出しで煮たんだけど塩だけじゃアンバランスとき味の素をすこしふったらおさまった。

次は味塩コショウにしよ。

梅流しは二度とつくらない。いくら大根があまっていてもだ。

麺類つくらないかハイミーの使い処がわからない。フードドライブにするかも。

 

流しのアミ

以前からまな板をおいたり、麺類をゆでこぼすときアミアミをおいてやってたんだけど、今年は冷凍肉の解凍もつかった。

メガパックがちょうどうつ伏せにのせられるしよいね

 

ラムーのピザ

なんでも安いラムーにピザクラストピザ台)がうってて、

これ自体は250円とそう安くないんだけど、好きなだけチーズ載せたいので買っちゃう

買う人が少ないのか、いつも品薄でケチケチ出してこられるから見かけたら2枚とも買い占めて冷凍

冷凍から出したピザクラスト冷蔵庫から出したピザソースぬって冷凍から出したシュレッドチーズのせて、適当に味の濃いものをのせて、

スチームオーブンで「ピザ市販)」をえらぶだけでどうにかなる。

パッケージのシュレッドチーズのほかにラムーのたれ焼き鳥ボンジリ)をのせたり、

鶏皮柚子胡椒あげをのせたり、イトウハムの長いサラミを切って載せたりと楽しんでいる。

ピザソースは縦型のをチーズの近くでみつけられてよかった。

やけたあとくどいときレタスの千切りを山盛りのせて、サルサソースで酸味をたしてる

サルサソース業務スーパーの1kgをなぜか2つも買ってあって賞味期限ヤバい

 

あとらむーで安いといえば、28円のミニバゲットケンタビスケットがわりにメイプルかけて食べてる。

スライスチーズメガパックも安くておいしくて助かる。おやつにしてる。

韓国海苔はとくに安くないけどビタミンあって助かる。

しゃもじ

いつ起きてくるかわからない家族のために炊飯器は常時保温で白飯が入ってる状態なんだけど、

そやつは、しゃもじに米粒がついて乾燥したやつをまた使う(一晩に二回ご飯を食べている二回目ね)ので、

内釜がガリガリこすられて傷ついてしょうがなかった。

もうビュッフェスタイルとわりきってタッパーに水をいれてしゃもじをしずめておいたら内釜が無事になった。

うちはビュッフェだったのかよ。もうこれ以上太らないでくれ

ひき肉

ラムーの合い挽肉は炒めると半分くらいが油。どんびき(挽肉だけに)

これについてXで写真つきでぐちってた人が、炎上してたけどそんなわけあるんだってば。

ラードを足したのでは?という元ツイ部分に「ラードのほうが高い」って文句つけてる人がいたけど。

そうだよね、ラードなわけないよ、ヘットというか牛脂身だよね。

風味として牛の風味がつくし、牛の高い部分をつかわなくても牛7;豚3って表示できちゃうし(肉とはいってない)。

おまけに牛のほうが豚の脂より融点が高くて挽肉にしやすい。

オレだって店の人なら牛の脂がっつり入れるわ。

というわけで、挽肉より100gあたりが安いメガ切り落とし豚を買ってきた上に貝印の挽肉マシン通販したんだが、

これはこれでやりづらい。朝から1時間汗だくで本当に肉に汗がぽたぽたおちちゃったんでもう心が折れた

夏だとすぐ溶けるし1パックとかもうめんどくさいのきわみだった。

敗因は油がとけて逆流することと、筋がまきつくこと。

で、この場合はやっぱり切り落としの中でもロース系の脂の少ない肉を完全に凍結した上でアミで全体的に半解凍(あるいはレンジである程度チン)して

ひいて、そいつに「包丁サイコロカットした」脂身を混ぜるのがいちばんマシとおもう。

 

マジでつかれた。でも自作挽肉で久しぶりというかはじめてシュウマイとワンタンしたらとてもおいしかったです。

もう麻婆はラムー合い挽きでいいかとおもった。最初油拭いてつくってるんだけどそれでもごってり浮きます

袋を切る・スプーンを使う

袋を切る……。ミソと片栗粉(500g)、君たちのことです。

袋をどんどん切り詰めていかないと手にくっつくやつ。

切り詰めて100均スティッククリップで留める。

ワサビチューブもでなくなってからつんと胴体を切ってそっちからほじくり出すとキレイ最後までつかえる

これは別に無理矢理な蓋とかしないで一回で食べきって捨てます

 

チキンブイヨンのデカイ缶の開け口で手指切った。

あとプロテインも手の甲に粉が付く。

まりは容器にあった長さのスプーン必要なのだ

スプーンの柄を割り箸で延長した。

 

番外:

FGO10年目の最終章おめでとう

チキン食ってる場合じゃねえ(伐採

2025-12-23

anond:20251222115626

最新鋭のF91、火力のΖΖという認識

クロスボーンストーリー作りが一番ガンダムっぽい思想が出ている公式同人、でもロリコンラブコメ成分は作者の趣味が出過ぎ

マシーンとしてもシンプルなシルエットにエキセントリック武器搭載して好きなクロボン

シルエットフォーミュラは安めの大きめサイズガンプラで好きだった

天空アトラス イタリア館の至宝に行ってきた

目玉の展示が3つボンボンボンとある感じだった。像はじっくり見られてよかったけど、もっといろいろ見たかったというのが正直な感想

2025-12-22

ジャニーズはもう言葉パクるの止めて欲しい

ストーンズ’(ローリングストーンズの事でない)に始まってボンジョヴィのキープザフェイスまでパクリ

更に今エックストレンドになってるキテレツ

キテレツ大百科がリメイクするのか、それとも別の企画でも持ち上がったのかとワクワクして調べたらさ

KEY TO LIT

???

これでキテレツって読むのかよ

マジでジャニーズって言葉狩りというか言葉パクるの好きだな

マジで邪魔なんだが

anond:20251222115626

言いたい内容はなるほどと思ったが、割と君の説明

バンダイの「Xフォートレス」等のネーミングが無かったら

ZZとかクロボンとかその辺りは想像しなかった気はする

来歴からして「言われて見るとそうだな」くらいでちょうどいいのかもしれないが。

anond:20251221192604

コツコツ投資👈️ボンヤリしすぎやろ…😅

2025-12-21

忘れられているオージー裁判所事件

ツアー一家殺人事件 襲撃犯の事件公判始まる

カイター東京2026年1月27日

26日、メルボルン地方裁判所で、旅行ツアー客の日本人家族一家4人が1月1日ビーチで銃撃され死亡した事件公判が開催されました。被告伊東博生も日本人でした。「同じツアーに1人で参加していました」「被害者とは何の面識もありません」「銃はシドニーで購入してました」「日本格差拡大政策に怒りを感じていました」「日本人以外に危害を加える気持ちはありませんでした」「申し訳ないと思っています」などを陳述しました。伊藤自殺を企てましたが現場で取り押さえられたものです。死亡した一家遺体日本に運ばれました。

オーストラリア検察庁事件日本への移送検討しましたが、伊東移送希望しなかったものです。

昨年12月にはボンダイビーチの襲撃も起きており、日本人が起こした事件に、各所で激震が走っています現場には旅行社により花束が捧げられています

 

(※本記事犯罪を推奨するものではありません)

2025-12-19

値上げの経過

  1. 値段はそのまま食品の量が減る「食いもん小さくないですか」
  2. 100円均一商品からファンデーションが消える
  3. 着色料入りの肉類が販売される
  4. 先物が解禁され、家庭のエンゲル係数が上がる
  5. 全般物価上昇
  6. 100円均一商品から女性マスカラが消える

女さん

  1. 加工食品買わない
  2. パウダー日焼け止めで薄める
  3. 色抜き
  4. ベーグル焼き
  5. 買わない
  6. ボンドで自作

化学企業から独立するんだ…

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