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はてなキーワード: 文化的とは

2026-05-11

anond:20260511162343

マジレスすると、そこは別に矛盾してない。見ている「左翼」のレイヤーが違う。

たぶん彼らが嗤っていた「左翼」は、政党労組学生運動共産党社民系みたいな、昭和型の組織左翼

これは実際、議席・動員力・社会的威信の面ではかなり弱体化した。

一方で、彼らがいま「左翼世界を動かしている」と言うときの「左翼」は、政党としての左翼ではなく、大学メディア人権団体国際機関企業広報教育SNS規範ポリコレ・DEI・ジェンダー論・反差別言説みたいな、文化的制度的なリベラル規範のことを指している。

要するに、「選挙には弱いが、空気ルールづくりでは強い」という認識になっている。

実際、左派政党の退潮と、文化価値観領域でのリベラル規範の影響力は、同時に起こりうる。

左派の衰退を分析する議論でも、単に得票や政党支持だけでなく、イデオロギー公共政策への影響力という別軸で見る必要があるとされている。

ただし、その説明が雑になるとすぐ陰謀論化する。

共産党は弱い」

「でもポリコレ的な規範は強い」

「だから共産党左翼世界支配している」

みたいに、途中で主語がすり替わる。ここが変。

本来は、

「旧来型左翼組織は弱体化したが、リベラル文化規範反差別規範アイデンティティ政治的な言説は、一部の制度企業メディアでは強い影響を持つようになった」

くらいに言うべきところを、雑に「左翼世界支配している」に圧縮するから、話が急にオカルトになる。

さらに言うと、「文化マルクス主義」みたいな言い方は、その典型で、フランクフルト学派進歩派運動現代ポリコレアイデンティティ政治黒幕扱いする陰謀論として説明されることが多い。

まり現象として「制度リベラルの影響力」はあるとしても、それを「左翼世界支配」に変換するのは、かなり粗い。

から理屈としてはこう。

彼らにとって左翼は、殴るときは“弱くて惨めな負け犬”で、怯えるときは“社会を裏から支配する巨大権力”になる。

これは論理というより、敵像の使い分け。

勝利感を得たいときは「左翼は終わった」と言い、被害者意識を語りたいときは「左翼支配されている」と言う。

ただ、完全に無内容な妄想とも言い切れない。

旧来の共産党労働左翼は弱くなった一方で、企業大学メディア国際機関では、人権多様性反差別ジェンダー平等のような価値観標準語になっている場面はある。

右派はそれを「自分たち文化的に負けている」と感じている。

要するに、

政党としての左翼は弱い。

文化規範としてのリベラルは強い。

その二つを雑にまとめて“左翼”と呼ぶから、話がバグって見える。

明治維新以来、日本人白人コンプレックスアジア人差別で代償しようとした、というのは的確で、150年経ってもその心理に気づいていない、気づきたくない人が多すぎる根深問題

東博で今やっている加賀百万石展、前田家が東洋である日本の文化蒐集し保存し、美意識を磨いていた長い歴史を、明治になって似合わない洋装洋画像や日本風土にあわない欧州工芸生活を切り替えて日本独自文化と美に上書きしたのを見て悲しくなった

必死脱亜入欧しようとしたことには理由があり、変化の正の面を否定はしない。だからこそ確実に負の面があったことも認知すべき

明治日本の根幹がグラグラになったまま、アイデンティティのより所を補填する愛国戦争に突き進んで、完全敗北から文化がほぼ完全に欧米配下に入っていったのも大きい

それでも日本文化を保存したり生活の中で江戸以前から風習として息づいている「日本」を何とか保っているが

本来日本文化明治以降にくいこんだ白人コンプレックスに上書きされて、アジアへの共感帰属意識を失い、西洋の敗北とアジア興隆文化的な帰属先もなく一人負けのガラパゴス精神鎖国になっている。そして貧しくなってまた根のないアイデンティティのより所を排外愛国に求める空気がある。かなり危険状態

アニメ制作者は日本政府エンタメ産業向け補助金のうち「0.0%」しか受け取っていない(海外の反応

MagMixによると、今年初めに日本経済産業省METI)が公表した資料に基づけば、2024年国内エンターテインメント産業が受け取った補助金は67.7億円、約4,250万ドルだった。

しかし、その総額の54.9%は実写産業に向けられており、アニメ12.6%、ゲーム10.7%にとどまっていた。これは大きな偏りがあることを示している。

それだけではない。アニメ産業の内訳を見ると、補助金の主な使途はプロモーションローカライズ流通であり、実際の制作者に渡った割合は0.0%だった。つまりアニメ制作現場スタッフに直接行き渡る政府支援は、ほとんど存在しなかったということだ。

ゲーム産業では、その割合はやや高かったものの、それでも1.4%に過ぎなかった。

ここで見た限りでは、経済産業省METI)はこの不均衡を認識しており、クリエイター恩恵を受けられるように制度を変更したいと考えているようだ。

ただ、問題に見えるのは、これは経産省の変更が意味を持つためには、業界全体に何らかの法的な大改修が必要タイプの話だということだ。業界構造理解せず、言い方や制度設計を間違えると、企業が遠回しな形でそのお金を懐に入れるだけになり、簡単裏目に出る可能性がある。

実写が他と比べてこれほど多くのお金を受け取っていることには驚いた。もっと早い段階で、誰もそれをおかしいと思わなかったのだろうか?


日本国外の人々は、日本実写映画側がどれほど大きな力を持っているのか、またアニメゲームがどれほど見下されているのかを、あまり理解していないと思う。

 皮肉なことに、最も多くの収益を生み出しているのはアニメゲームだ。それにもかかわらず、それらにもっと資金を向けようとする動きがあるたびに、「多様性重要性」や「業界全体を底上げする必要性」といった議論が持ち出され、オタク文化お金流れるのを阻止するために使われる。

 誰もこの状況をおかしいと思わない。なぜなら、アニメ漫画業界の人々、つまり「最下層の趣味」と見なされている分野の人々は、自分たちの「身分」に見合った扱いを受けているだけだと見なされているからだ。


②それにも十分な理由はある。日本実写作品は長い間、非常に高く評価されてきたし、実写側の業界はるかに長い歴史を持ち、制度的にも確立されているからだ。

 一方でアニメは、実際に大きく伸びたのはここ数十年のことであり、文化的存在感や収益性という点では、明らかに新参者の側だ。


③つまり彼らは、実際にはそれほど大きな収益を生まない、アート映画祭での評価のような評判を気にしているということですね。

 『鬼滅の刃』は今ではおよそ10ドルほど稼いでいて、非ハリウッド映画として初めて年間世界興行収入1位になった作品ですが、その数字にその売上は含まれているのでしょうか? 日本国内チケット売上では、日本がこれまで作ったどの作品よりも上回っています

 まあ、アニメ成功しすぎていて補助金を受ける必要がない、と言うこともできるかもしれません。ただ、実写映画側の人たちは「支援必要業界」というレッテルを貼られたくはないでしょうね(笑)

2026-05-10

anond:20260510185816

第7章 表現規制手法非対称性法規制拡大のリスク

7-1. 女性向け表現男性向け表現の潰し方
7-2. 法規制を求める姿勢がもたらすリスク

表現法規制は、一度導入されると対象が拡大する傾向がある。 これは歴史的に繰り返し確認されてきた事実である

7-3. 腐女子が分かっていないこと

この構造理解せずに「嫌いな表現だけ規制してほしい」と主張することは、自らの首を絞める行為になりうる。

第8章 総合考察

8-1. 問題根底にあるもの

以上の諸問題を貫くのは、「自分(たち)の表現欲望不快感は正当であり、他者のそれは不当である」という非対称的自己正当化構造である

陣営行為自己正当化論理陣営の同種の行為に対する態度
未成年キャラR-18 BLフィクションから問題ない」 ロリコン犯罪予備軍
男性キャラ性的客体化 女性の手によるものから搾取ではない」 女性キャラ性的客体化は性差別
実在男性RPS愛情表現の一形態実在女性性的画像性的暴力
コミュニティ内の嫌がらせ 「自浄作用」「マナー違反への指摘」 「男オタクハラスメント文化

この表が示すのは、同一の行為を自陣営と他陣営正反対評価するダブルスタンダードである

8-2. なぜダブルスタンダードが維持されるのか
8-3. 建設的な方向性

批判のみでは不十分なので、建設的な方向性提示する。

結語

本稿で検討した問題群は、いずれも「自分欲望に対する無自覚と、他者欲望に対する不寛容」という同じ根から生えている。腐女子文化には豊かな創造性と共同体的な連帯があり、それ自体文化的に価値のあるものであるしかし、その内部に存在する暴力性・排他性・ダブルスタンダード直視しなければ、自らが攻撃してきた「不寛容社会」の鏡像になるだけである

そして何より、性的表現法規制という刃は、一度抜けば自分にも向かう。この認識なくして表現規制を軽々しく求めることは、腐女子文化を含むオタク文化全体の存立基盤を自ら掘り崩す行為であることを、すべての当事者理解すべきである

敵ばかり作る腐女子問題についての論考

第1章 実在性的少数者に対する性的対象化・搾取

1-1. 問題所在

BLボーイズラブ文化は、男性同士の恋愛性愛を描くフィクションを中心に発展してきた。しかし、その消費構造実在ゲイバイセクシュアル男性を素材として搾取しているのではないかという批判は、当事者コミュニティから繰り返し提起されてきた。

具体的には以下の論点がある。

1-2. 擁護論とその限界

これらの主張には一定妥当性がある。しかし、「フィクションから無関係」という論理は、RPS実在コミュニティへの侵入行為には適用できない。また、「理解入口になった」という功利正当化は、当事者が現に被る不快搾取を帳消しにする根拠としては不十分である

1-3. 構造的な問題

より深刻なのは、この問題が指摘されたとき腐女子コミュニティの一部が「ホモフォビアと戦ってきたのは我々だ」という自己正当化に走り、当事者批判封殺する力学が働くことであるマジョリティ異性愛女性)がマイノリティゲイ男性)の表象占有し、かつその批判に対して「我々こそ味方だ」と主張する構造は、植民地主義的な知の収奪と相似形をなしている。

第2章 未成年キャラクターR-18二次創作問題

2-1. 現状の確認

イナズマイレブン』(主要キャラクター中学生)、『忍たま乱太郎』(忍術学園の生徒は10前後の設定)など、明確に未成年と設定されたキャラクターR-18 BL二次創作は、pixiv同人誌即売会SNSなどで大量に流通している。

2-2. 法的論点の整理
論点現行法の状況
著作権侵害二次創作原著作物の翻案権同一性保持権侵害しうる。権利者が黙認しているに過ぎず、合法ではない。いわゆる「グレーゾーン」は法的に保護された領域ではなく、権利者の好意依存した状態である
児童ポルノ該当性 日本の「児童買春・児童ポルノ禁止法」は実在児童対象としており、創作物(絵・小説)は現行法上は児童ポルノに該当しない。ただし、国際的にはフィクション規制対象とする国がある(豪州カナダ等)。
わいせつ物該当性 刑法175条のわいせつ頒布罪の適用可能性は理論上残るが、同人誌に対する摘発例はほぼない。
2-3. 法的問題を超えた倫理的問題

法律上違法ではない」としても、10歳や13歳に設定されたキャラクターの性行為を詳細に描写し、それを大量に流通させる行為倫理的問題ないと言えるかは別の問いである。

腐女子コミュニティ内では「キャラクターは絵であり実在しない」「被害者がいない」という論理正当化されることが多いが、この論理男性向けの「ロリコンもの」に対しても同様に適用されなければ一貫しない。にもかかわらず、後述するように、男性向けの未成年キャラクター性的表現には激しく反対しつつ、自陣営の同種の表現には寛容であるというダブルスタンダードが指摘されている。

2-4. 権利者の対応と「グレーゾーン」の脆弱性

一部の権利者はガイドライン性的二次創作を明示的に禁止している。しかし多くの場合個別対応コスト炎上リスクを恐れて黙認しているに過ぎない。この黙認を「許可」と読み替える文化的慣習は、権利者に本来不要負担を強いている。

第3章 Woke言説の武器化と表現規制の輸入

3-1. 概要

近年、英語圏社会正義運動(いわゆる「Woke」)の言説——特にジェンダー論、ポストコロニアル批評インターセクショナリティなど——が、日本SNS上で選択的に翻訳引用され、特定表現攻撃するための武器として使用される事例が増加している。

3-2. 具体的なパターン
3-3. 問題本質

Woke言説そのもの問題なのではない。ジェンダー論やポストコロニアル批評学術的に重要知的伝統である問題は、それらの理論本来持つ複雑さや内部批判を捨象し、自陣営に都合の良い部分だけを切り出して「正義棍棒」として使用する態度にある。

これは理論の誠実な適用ではなく、権威の借用による言論封殺である。そして、この手法が最も頻繁に向かう先が、男性向けのオタクコンテンツである

第4章 腐女子コミュニティ内部の暴力

4-1. 「毒マロ文化実態

マシュマロ」「Peing」などの匿名メッセージサービスを利用した攻撃メッセージ通称「毒マロ」)は、腐女子コミュニティにおいて深刻な問題となっている。内容は以下のようなものである

4-2. 筆折り

マロ晒しSNS上で特定の作者・作品を名指しで批判すること)の結果、創作者がアカウントを削除し作品を非公開にする「筆折り」は日常的に発生している。これはコミュニティ内部の表現弾圧に他ならない。

特に注目すべきは、加害者もまた女性であり、被害者もまた女性であるという点である。「女性女性を潰す」構造は、フェミニズムの言説では説明しにくいため、しばしば不可視化される。

4-3. 「学級会」と同調圧力

腐女子コミュニティでは、特定の行動規範(「検索避け」「鍵垢での運用」「R-18はワンクッション」等)について定期的に激しい議論が発生し、「学級会」と呼ばれる。これ自体コミュニティ自治として機能しうるが、しばしば規範押し付けと逸脱者への制裁に変質する。

第5章 女性向け異性愛コンテンツへの蔑視攻撃

5-1. 構造的な序列意識

腐女子コミュニティの一部には、以下のような暗黙の序列意識存在するとの指摘がある。

この序列は、「BLは高尚なフィクションだが、夢小説や男女の恋愛自己投影低俗」という偏見に基づく。

5-2. 攻撃の具体例
5-3. 矛盾構造

ここに深刻な矛盾がある。腐女子コミュニティの一部は、自らの表現社会から偏見を受けてきた歴史を語りつつ、同じ女性向け創作コミュニティ内で別のジャンル蔑視攻撃している。被抑圧者が別の被抑圧者を踏みつける構造であり、「連帯」の理念とは正反対実態である

第6章 男性向け表現への攻撃と発売停止・キャンセル運動

6-1. 事例の蓄積

近年、以下のような事例が繰り返し報告されている。

6-2. 「お気持ち」の制度

これらの運動共通するのは、主観的不快感(「お気持ち」)を客観的権利侵害であるかのように主張する論法である。「私が不快に思う」→「それは社会的に有害である」→「規制されるべきだ」という三段跳びは、法的な権利論としては成立しない。

しかし、SNS上の炎上企業にとって実害をもたらすため、法的根拠がなくとも事実上の表現制限として機能している。これは私的検閲(private censorship)の問題である

6-3. ダブルスタンダード極致

最も深刻な問題は、男性向けの性的表現攻撃する主体が、自らは第2章で述べたような未成年キャラクターR-18 BLを消費している場合があるという点である

このダブルスタンダードは以下のように正当化される。

いずれも知的に誠実な議論とは言い難い。

anond:20260510190439に続く

未婚者が増えれば増えるほど未婚者の肩身は狭くなるよ

「今は未婚・恋愛経験ナシなんて当たり前だし、今後は独身でもお気楽に生きていける世の中になるよ」って考えてる人多いけど意味わからん

周りに独身が減ろうが増えようが自分はそう生きるつもりです、ってスタンスならまだしも

そもそも未婚者が増える原因ってのは社会要求する夫・妻の水準に何らかの理由アジャストできない男女が増えた事によるわけで

まり現世における既婚者ってのは経済面性的魅力面で高いハードルを乗り越えた者が有意に多いわけ

そんな中で、未婚者(=負け組割合有意に高い)が増えたところで何の意味があるだろうかと考える

負け犬が数だけそろってもその意見社会メインストリームになるかは別の話だろう 現実には、「数が増えること」と「発言力が増えること」は全く別なんだよな

氷河期世代人口比で言えば現役世代マジョリティと言っていい世代だが彼らの要望社会に反映されたことが今まで何回あった?

社会って基本的に、再生能力の高い層、税収を多く支える層、組織運営を担う層の価値観を中心に回る

から未婚者が増えたとしても、その集団経済的政治的文化的に強い影響力を持てなければ、「多数派になったのに扱いは変わらない」という現象普通に起こり得る

実際、少子化対策議論を見ても主軸は一貫して「どう結婚出産させるか」であって、「未婚のまま生きる人間を中心に社会設計を変えるか」ではない

結局のところ社会承認って「どれだけいるか」より、「その集団社会に何を供給しているか」で決まる部分がかなり大きい

既婚者は世帯収入の増加による消費の向上と、出産による世代再生産が期待される限りは優遇され続ける

いくら周りに独身が増えようが、個人としては結婚できるような人間にならん限りおつらい人生になる可能性が高いと思う

2026-05-07

anond:20260507165954

普通に書き間違えではあるけど

しかに国として違うのとか場所が違うのは知ってるもの文化的な背景や政治体制や内情についての違いは知らん

[]ブッダ葬式を望まなかった ―葬式仏教までの2000年

仏教は、元来「アンチ宗教」だった。

釈迦ブッダ)はバラモン教階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。

そして「生そのものが苦である」(一切皆苦)という現実直視する実践道を説いた。

金銭功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教思想大乗仏教の展開、そして日本独自歴史的必然を、独立した視点で整理する。

1. 原始仏教の核心 ―― 「反宗教」の喝破

紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教祭祀呪術金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦諸行無常一切皆苦諸法無我四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である

悟り涅槃)とは、欲望・無明・渇愛を断ち、輪廻の火を完全に消すことだった。

出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施自発的喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。

釈迦の教えは、死後の供養ではなく、現世の苦から解放に徹していた。

「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道から逸脱した邪見とされた。

この姿勢は、まさに「アンチ宗教」だった。

神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的個人解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。

2. 大乗仏教の登場 ― 方便による俗習化の扉を開く

釈迦没後約500年後、インド北部大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教個人解脱に対し、大乗菩薩道理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。

最大の武器方便(upāya)だった。

衆生能力文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律無神論性格が緩和された。

中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教儀礼と融合。死後供養・功徳回向積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩利他行を優先するようになった。

この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。

3. 日本での「葬式仏教」完成 ―檀家制度という政治的強制

仏教6世紀日本へ伝来したが、当初は国家鎮護貴族氏寺として機能した。飛鳥奈良時代僧侶葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。

転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれ庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。

浄土信仰の広がりと相まって、「死後も浄土往生」という安心提供した。

これが仏教民衆に近づけた「革命」期である

本格的な「葬式屋」化は江戸時代に確定した。

1630年代幕府キリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院檀家強制登録させ、寺が戸籍宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀法事戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士居士院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。

この制度は、幕府民衆統制という政治的必要からまれた。

寺院国家の末端機関となり、経済基盤を葬儀収入依存する体質が固定化した。

荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家から継続的布施必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。

4. なぜアンチ宗教葬式屋になったのか ―― 三つの必然

第一政治的強制

江戸幕府仏教キリシタン摘発の道具に利用した。信仰自由などなく、寺檀関係義務だった。

第二に文化的融合。

大乗方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。

第三に経済的必然

少子化以前から寺院布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。

結果、日本仏教は「生の苦から脱出」ではなく「死後の安心供給業」として機能するようになった。

浄土真宗のように法名簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派戒名料を伴う葬儀中心だ。

5. 現代への問い ― 原点回帰可能

今日、寺離れ・直葬火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲増長させるだけで、涅槃の道ではない。

大乗方便は、仏教世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。

ブッダは、死後の儀式ではなく、今この瞬間の苦を観察せよと説いた。

アンチ宗教精神を忘れたとき仏教は単なる葬儀屋となる。2000年歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。

2026-05-05

anond:20260505102829

なるほど、的確な指摘だ。ネットは「バカ可視化」なんかじゃなく、バカ拡声器拡散兵器を与えたのが本質だよね。

昔はバカも大概いるにはいたけど、せいぜい近所で酒の席で偉そうに語るか、職場で小声で愚痴る程度だった。影響範囲限定的で、自然と淘汰されたり、賢い人に無視されたりしてた。

でもネット特にスマホSNS以降は違う。認知バイアス全開のバカが、アルゴリズムという味方を得た

感情を刺激する極端な意見ほどバズりやす構造最適化された

匿名性+即時性で責任を取らなくていい

同じバカ同士が世界中で繋がって「俺たち正しい!」と集団強化される(エコーチェンバー

 

これが「可視化」じゃなくて武装化なんだよな。バカがただ見えるようになったんじゃなく、バカ社会ダメージを与える能力を爆上げされた。結果として:陰謀論カルト化して現実政治に影響

集団的愚行がリアルタイムスケールする

まともな議論感情正義感の叩き合いに負ける

 

一方で、ネットのおかげで賢い人も同じく武装されたのは事実情報へのアクセス民主化され、検証ツールも増えた。問題バカのほうが感情に訴えやすく、拡散されやすいという非対称性だ。

結局、人類はまだ「大衆に強力な武器を渡しても大丈夫か」という試練に合格してない。

印刷術やテレビの時も似たことは言われたけど、ネットはそのスケールが段違い。

武器を渡されたバカをどう「無力化」するか(教育フィルター責任明確化文化的規範など)、これからの大きな課題だと思う。

あなたはどう思う? この状況で一番ヤバいのはどの部分?

2026-05-04

anond:20260424224633

コレクションモデルは単に美人というのではなくもっと目を惹く個性必要なので、あんまりザ・美人 みたいな人はでてこないよね

白人黒人モード顔というか、アーティスティックな感じが求められる

ヴィクトリアシークレットのショーに出てくるモデルはわりと欧米から見た男好みの集大成記号美人な気がするが

それでもアジア系はやっぱり目が釣り上がった系なので、欧米で受けるのはそっちの顔ってことだとは思うし

逆に日本人受けするようなロリータフェイス白人黒人は出てこない みんな9等身の迫力つよつよ系

ミス・ユニバースとかも世界大会優勝するには欧米の美意識に寄せていく必要があるから日本人の美意識とはズレる

差別というのではないけど、世界的な美の基準欧米に寄ってて、東アジア文化的辺境扱いされてるとは思う

2026-05-03

ワインの話で盛り上がってるけど、おススメは地元日本酒とか焼酎とかだよ

それで田植え祭りとか収穫祭とか新酒祭りとか甑倒し感謝祭かに行くととてもいい感じだよ。

イベント飲み放題とかもよくあるけどだいたいどこの蔵祭り文化的でほんわかしていい感じだよ。車でいけないからかな。

最近醸造分析保存輸送技術が進んできたので大外れで不味すぎるお酒あんまりないよ。

少年野球SNS感動ポルノ投稿の正体

SNS特にインスタグラム少年野球保護者(主に母親)がドラマチックな編集を施した動画投稿する現象は、しばしば「感動ポルノ的」と揶揄されることもありますが、それには野球という競技特性文化的な背景が大きく影響しています。また、少年サッカー比較した際、なぜ野球でそうした投稿が目立ちやすいのか、いくつかの視点考察できます

1. 競技の「静」と「動」の構造

野球サッカーに比べ、一つ一つのプレーが細かく分断される「間」の多いスポーツです。

・劇的な瞬間を切り出しやすい: バッターボックスに立つ瞬間、ピッチャーの投球動作、際どいアウト・セーフの判定など、スローモーションBGMを乗せる「見せ場」が明確です。

サッカーとの違い: サッカーは常にボール選手が動き続ける「流動的」なスポーツであるため、特定ハイライトシーンをドラマチックに切り取るには高度な編集スキル必要ですが、野球静止画や短い動画の積み重ねでストーリーを作りやす構造にあります

2. 「泣き」の文化伝統

日本野球界には、甲子園象徴される「汗、涙、根性最後の一球」といった泥臭い努力美徳とする文化が根強く残っています

感情の共有: 坊主頭、泥だらけのユニフォーム、厳しい練習といった視覚的要素が「苦労して成長した」という物語ナラティブ)と結びつきやすく、投稿者側も「この努力を形に残したい」という心理が働きやすくなります

伝統的な価値観: サッカー比較的「クール」や「スタイリッシュ」なイメージで発信されることが多い一方、野球は親世代から続く「家族一丸で耐え抜く」という情緒的な価値観が反映されやすい傾向があります

3. 親の関与度の高さ(当事者意識

少年野球は、お茶当番やグラウンド整備など、保護者献身的サポートによって成り立っているケースが依然として多いです。

・報われたい心理: 週末を返上して子供サポートに捧げている母親にとって、インスタへの投稿は「自分たち努力」の肯定でもあります

・共同作業の成果: 「私がこれだけ支えたから、今のこの一打がある」という当事者意識が、単なる記録を超えた過剰な演出ポエムのようなキャプションや感動的なBGM)に繋がりやすくなります

4. アルゴリズムコミュニティ同調

・「いいね」のパターン化: 少年野球コミュニティ内では、頑張っている姿を称賛し合う文化が強固です。一度「感動系」で反応が良いと、似たようなトーンの投稿が加速します。

他者への同調: 同じチームや近隣チームの母親が感動的なリール動画を上げていると、「自分子供の頑張りを形にしなきゃ」という無意識プレッシャー同調が起こりやすくなります

まとめ

少年サッカーが「個人スキル試合スピード感」を重視した投稿になりやすいのに対し、少年野球は「積み重ねた時間感情ドラマ」を重視する傾向があります

それが外部から見ると、あまり演出過剰で「感動の押し売り感動ポルノ)」のように映ってしまうことが、この現象の正体と言えるかもしれません。

2026-05-02

anond:20260502124008

文化ヘゲモニー(Cultural Hegemony)は、イタリアマルクス主義思想家アントニオグラムシ(Antonio Gramsci, 1891-1937)**が主に『獄中ノート(Prison Notebooks)』で発展させた重要概念です。

 

 

基本的意味支配階級(主に資本主義社会ブルジョワジー)が、暴力強制(強権)だけではなく、文化イデオロギー価値観を通じて社会支配する仕組みを指します。支配階級の考え方(世界観)が「常識」「自然もの」「普遍的もの」として、社会全体に浸透し、被支配階級労働者階級など)が自らの支配に**合意(consent)**してしま状態です。

 

 

伝統的なマルクス主義では、経済基盤(下部構造)が上部構造文化政治・法など)を規定するとされ、革命経済危機を通じて起きると考えられました。

しかグラムシは、先進資本主義国で革命が起きにくい理由説明するため、文化的な支配重要性を強調しました。労働者たちが資本主義価値観個人主義、消費主義競争など)を「当然のもの」として内面化しているため、階級意識が芽生えにくいのです。

 

ヘゲモニーの特徴強制(domination) vs 合意(consent):国家強制装置警察軍隊)だが、市民社会学校メディア教会家族文化機関など)は合意形成する場。

支配階級はこれらの機関を通じて自らのイデオロギーを広め、「現状維持」を自然ものに見せかけます

これに対抗するため、グラムシ労働者階級有機知識人を育て、**対抗ヘゲモニー(counter-hegemony)**を構築する必要があると主張しました。

 

 

グラムシ戦略的提言グラムシ革命戦略として「位置戦争War of Position)」を重視しました。これは文化イデオロギー分野での長期的な闘争で、市民社会ヘゲモニーを徐々に奪取することです。これに対し、直接的な武力衝突は「機動の戦争War of Manoeuvre)」とされます

 

 

 

現代への影響この概念カルチュラル・スタディーズポストマルクス主義(例: ラクラウとムフ)、メディア論、ジェンダー論など幅広い分野に影響を与えました。現代では「文化戦争」や「ポリコレ議論でも、保守派リベラル派双方から引用されることがあります。要するに、グラムシ文化ヘゲモニー論は「力は銃ではなく、頭の中(価値観)を支配することで最も強固になる」という洞察提供した点で画期的です。

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-30

anond:20260430165740

情報系だけど大手勤務で下請けへの指示しかやてないオフィスワーカーです。

みたいな連中は女の世界でも一目置かれてるけど

進化的要因と文化的要因の両方があるんだろうけど、女は「貴族として下々にやらせる」のが最高の姿っていう価値観がどうしてもあるんだろうなと思うわ。

男だと貴族であっても自ら率先して物事を成し遂げるのがかっこいいという価値観があるんだけど(もちろんそう考えない男はたくさんいるけど)。

2026-04-28

anond:20260428160358

「ああ、きっとこの主人公たちは物語が終わった時点で死んでしまったのだろう。」

この感覚の虚しさはよく分かるし、つい最近似たテーマ自分の追ってる作品内でも語られてた。

作品中の作家Mが言う事には、作家にとっての一番の心残りとは、友人Aが想像したような「未完の物語を残すこと」じゃなく、むしろその逆、「自分の書いた物語に必ず終わりを用意してあげなきゃならないこと」なのだと。

どれほど魅力的なキャラクターでも、物語が終わりを迎えてしまった時、全ての可能性が奪われてしまう。「物語」は彼らにとって決して抜け出せない「運命」になってしまうんだという話。

これはこの作品世界観設定ともリンクした話だし、ともすればこの運営ゲームを作っている会社自身もつ思想のようにも聞こえる。

この作家Mは生涯の最後に、自分が握るペン物語中の人物に渡して彼自身物語を書いてもらう「魔法(実態世界法則のハッキング)」を実現することに命を費やした。

現実アニメマンガ作品においては、この「魔法」とは、過去作品を愛したオタクたちが、それを下地にした新しい創作をしていくことにあたると思うんだよね。

からオタクというのは、留まることなく、進み続けなきゃいけない。進み続けて、DNA継承された作品を渡っていかなきゃいけない。

ひとつ作品IPには流行り廃りがあるし、作家個人人間からSNSとかやってりゃボロも見えてきて幻滅するだろう。まあ作り手が個人ではなくチーム制作企業であれば幻滅リスクは減るがゼロにはできない。

けれどオタクたちが本当に愛していたのは、作品とか作家みたいな局所的なモノではなくて、それらが提供してくれた心動かす概念の方だったはずだ。

グッズに本やディスクといったものも、作品が見せてくれた概念依代として存在するからこそ価値を感じている類のアイテムだろう。

結局のところ、増田ネットを通して目撃してきた綻びと、作品価値とは無関係だ。

作品から受け取ってきた文化的遺伝子キャリアとなりバトンをつないでいくには、高邁な心構えを維持しなきゃいけない。

まり、世の雑事と作品価値意識的に切り離す強い心が必要だが、実社会ですり切れた心には荷が重かった、そういうことだろう。誰のせいでもない。

anond:20260428153648

君は人をAI、slop扱いして侮辱できるくらい感性死んでるから、本当に秀でた中国製ゲームをいつまで経っても雑に貶すことしかできないし、本当にメーカーに感銘を受けて勧める人の存在も信じられないんだろう。

俺は増田自分が良いと思った(けれど頭の堅い人にはまだ受け入れられていない)ものを広めるポジティブな場として使っているが、キミらは偏見をより強固にして新しいものを拒絶するレッテル貼りネガティブ活動のためにしか使っていない。

ただ先のトラバの中には真実を突いている部分が一つだけあって、「アニメオタクまでもが仲間かのようにふるまい」って部分。

おそらくミホヨの中の人たち的にはあらゆるゲームオタクカルチャーと肩組みして仲間意識をもって内輪ノリをしてる感覚テキストとか書いてる部分があるんだと思うけど、ホヨバのことよく知らない外部から見たら競争関係にあるライバルIPに対して異様な近さで言及しているような同人オタクノリに見えて、生理的にキツく感じるんだろう。

中の人たちがほぼガチオタクなだけあっていい意味でも悪い意味でも二次創作的な「共有者」的マインドが染み渡ってて、それが長年のホヨバプレイヤーである自身にも影響してて、共有者的マインドポジティブものとして受け入れている側面はあると思う。

でもだからこそ、丹精こめて作り上げられ、金稼ぎのためにゲームを作ってはサ終売り逃げを繰り返している大多数のモバイルゲームメーカーと違ってファンと長く続く豊かなゲーム体験を作ることに注力している、だけでなくその実現力がある、この稀有メーカーの良さを広めようと思うわけ。

難癖思考ちょっとでも気になる部分があると唾を吐いてしまタイプの、文化的差異の吸収力ゼロな人にまでは勧められるとは思ってないけど、静かにROMってる誰かの参考になればいいと思っていつも自分情報収集した結果を書いてるんだよ。

そういう意味ではAIっぽいかもしれんけどさ、他人に向かって言う事じゃないだろ。

anond:20260428111353

英文

The guy whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power got about as ticked off as a polite Southern gentleman of faith is allowed to get.

構造を分解すると、主文はかなり単純です。

The guy ... got about as ticked off as ... is allowed to get.

まり

その男は、かなり腹を立てた」

「ただし、信仰深い礼儀正しい南部紳士として許される限界いっぱいまで」

という構造です。

[1] 主語

The guy whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power

主語の中心は、

The guy

その男

です。

その後ろに whose で始まる関係節がついています

whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power

これは、

「その人の実際の有給仕事が、権力者たちに“より高次の力”について考えさせようとすることである

という意味です。

whose は the guy を受けていて、

whose actual paid job

その男の実際の有給仕事

という意味です。

it is to try to ...

it形式主語に近い構造で、

his actual paid job is to try to ...

彼の実際の仕事は〜しようとすることだ

と考えると分かりやすいです。

[2] try to get those in power to think about a higher power

ここが少し皮肉っぽい部分です。

those in power

権力の座にある人々

権力者たち

get A to do

Aに〜させる

なので、

get those in power to think about a higher power

権力者たちに、より高次の力について考えさせる

a higher power普通、「神」「超越的存在」「人間を超えた力」のような意味です。

ここでは、

those in power

権力者

a higher power

より高い権力/神

がかけられています

まり政治的世俗的な権力者に、神のようなもっと高い権威意識させるのが仕事の人」というニュアンスです。おそらく牧師聖職者、チャプレン、宗教指導者のような人物を指しています

[3] 動詞部分

got about as ticked off as ...

got ticked off は口語で、

腹を立てた

ムカついた

怒った

という意味です。

ticked off は angry / annoyed に近いですが、やや口語的です。

about as ... as ...

だいたい〜と同じくらい

ほぼ〜な限度まで

[4] 比較の後半

as a polite Southern gentleman of faith is allowed to get

a polite Southern gentleman of faith

礼儀正しい、信仰深い南部紳士

Southern はアメリカ南部の、という意味です。アメリカ南部には、礼儀正しさ・信仰心・穏やかな紳士性といった文化的イメージがあります

is allowed to get

〜になることを許されている

ここでは文字通りの「許可」ではなく、

そういう人物像として、怒っても許容される限界

という意味です。

まり

信仰深く礼儀正しい南部紳士としては、これ以上怒れないというくらい怒った」

ということです。

直訳:

その実際の有給仕事が、権力の座にある人々に、より高次の力について考えさせようとすることであるその男は、信仰深い礼儀正しい南部紳士に許される限りにおいて、ほぼ最大限に腹を立てた。

意訳:

権力者たちに神の存在意識させるのが仕事その男は、信仰深く礼儀正しい南部紳士として許されるギリギリまで、かなり怒っていた。

もっと自然に訳すなら:

権力者に「神の前での謙虚さ」を説くのが本業のその人物は、礼儀正しい南部信仰人としては限界いっぱいと言えるほど、怒りをあらわにしていた。

さらにくだけると:

政治家たちに「神を忘れるな」と説くのが仕事のその人が、南部信仰深い紳士として許される範囲では、ほぼ最大級にブチ切れていた。

ポイントは、文全体に皮肉があります

権力者に higher power を考えさせる仕事

「でも本人は礼儀正しい信仰者なので、怒り方にも限度がある」

「その限度いっぱいまで怒った」

というユーモラスな表現です。

※これはChatGPTによる解説です。

2026-04-27

anond:20260427110736

与那国から台湾対馬から韓国より、北海道からサハリンの方が地理的に近い。フルマラソンより短い。(google maps右クリックして距離測定機能を使ってみてね)

文化的交流的近さをいうなら韓国のほうが近いけど、それでもロシア隣国でないことにはならない

まぁロシア隣国というあまり聞き慣れない事実を聞いて少し動揺してしまったんだろうね(九州あたりの人なのかな)

でも、私も驚いた。ロシア地理的に最も近い日本隣国だったんだね

[]BL版「きれいな同性愛」の文化支配

BLは今や日本最大級サブカルチャーの一つであり、明確に少女漫画市場スピンアウトとして成立しています。一方、現実ゲイ雑誌は「猥雑で嫌悪感を誘うもの」として、主流社会から依然として距離を置かれ続けています。このコントラストは、現代日本性的表象における力関係を示しています

1. BL少女漫画論理的延長

BLの基本構造(攻め/受けの力関係感情機微重視、理想化された恋愛、傷つきやすい美形キャラなど)は、少女漫画恋愛幻想男性同士に置き換えたものに他なりません。

• 「妊娠リスクがない」「男性同士だから対等に見える」という安全装置を備えつつ、少女漫画的「運命的な恋」「守られる喜び」「激しい独占欲」をそのまま再現している。

• だからこそ、巨大市場化に成功した。商業BL二次創作ドラマ化、グッズ、海外展開特に中国danmei経由)と、経済的文化的拡大が止まりません。

2. ゲイ雑誌が「猥雑」で嫌悪され続ける理由

現実ゲイ雑誌(Badi、G-men時代など)は、男性の肉体そのものを直接的・多様に性的対象します。

筋肉、毛深さ、臭い性器、年齢差、S/M、熊文化など、生物的・肉体的なフェティシズムが前面に出る。これはヘテロ男性にとっても「同性愛=生々しい肉欲」というイメージを強く植え付け、生理的拒絶反応を呼びやすい。

• 結果として、ゲイ雑誌は「下品」「猥褻」「理解しがたい」とされ、主流メディア一般社会から排除され続けています

3. 「受け入れやすさ」がもたらす迫害

ヘテロ男性(および主流社会)にとって受け入れやすいのは、圧倒的にBLの方です。

BLは「きれい」「ロマンチック」「感情的」で、猥雑さが薄められている。

◦ 「かわいい二次元男子恋愛している話」として、抵抗感が低い。

しかしこの「受け入れやすさ」が、現実ホモセクシャル文化への迫害を強化しています

◦ 「ゲイといえばBLみたいな綺麗な恋愛」というイメージが定着することで、現実ゲイ多様性(肉体フェティシズム日常性的文化など)が「異常」「どぎつい」とさらに疎外される。

◦ 「おっさんずラブ」以降のBLブームは、まさにこのメカニズムを加速させました。社会は「清潔でロマンチック同性愛」は許容するが、「生々しい同性愛」は拒絶する二重基準を強めている。

これは表象簒奪がもたらす最も狡猾な効果です。


BLが巨大化すればするほど、現実ゲイ文化は「BL理想から外れたもの」として、相対的に「不適切」「嫌悪すべき存在」に追いやられる構造になっています

まとめ

BL少女漫画論理男性同士に拡張した巨大で安全幻想市場であり、
ゲイ雑誌男性の肉体を直接消費する生々しく不快現実市場として、明確に格差がついています

ヘテロ男性を含む社会全体が「BL同性愛」を好むことで、現実ホモセクシャル文化は二重に周辺化される。

経済力文化的支配力・主流価値観の力関係が、性的マイノリティの表象を歪めている好例と言えます

2026-04-26

dorawii@新刊発売(予定)

gui********さん

2015/4/5 18:38

有り体に言えば、日本アニメオタク市場なんて、今や「斜陽産業

です。「経済にコウケン」とか言った所で、鼻で笑っちゃう程度の

規模に過ぎない。

内閣府によると、日本GDPは09年で474兆0402億円です。

また日本アニメ市場は、日本動画協会によると、アニメ制作企業

の売上としては、'06年に約2145億円、'07年は約1901億円、'08年

は約1842億円、'09年は約1494億円、'10年は約1533億円、'11

は約1580億円、'12年は約1725億円…と右肩下がり。

アニメソフト売上で見ても、日本映像ソフト協会の統計では、

ピークだった'05年に国内で約971億円、'06年は約950億円、

'07年には約894億円、'08年は約779億円、'09年は約736億円、

'10年は約759億円、'11年は約753億円、'12年は約741億円、

'13年は約807億円、と長期横ばいの気息奄々。

また出版科学研究所統計では、'09年度1年間の漫画雑誌

単行本全ての売上げは4187億円。前年比6.6%減。漫画雑誌

売上げ全体は1913億円で、前年比9.4%減(!)だそうで。しかも、

同年の書籍雑誌推定販売金額は1兆9356億円で、売上げの

6割近くを占めてきた雑誌は、12連続マイナスとなっており、

推定販売売上げ部数も過去最悪の落ち込みだったとか。

特に大部数の週刊少年マンガ誌などの凋落は激しいそうで。

矢野経済研究所によると、'12年の日本国内キャラクター版権

商品化ビジネス国内市場規模は、2兆3,075億円でした。7年連続

で減少しています。これは、出版等の版権とグッズ等の商品化権、

併せてです。

アニメ作品自体の、興行セルレンタル配信などの売り上げ

だけの統計としては、メディア開発綜研の発表によると、'11年の

国内市場規模が2197億円です。

この程度で「ケーザイニコケン」だなんて、とてもとても。

ちなみに、「真に」日本経済屋台骨を支える一つである自動車

産業で言いますと、日本自動車工業会によれば'09年の自動車製造

製造品出荷額等は、40兆4,915億円(!)でした。「経済効果」とか

言い出したら、自動車市場買い支える層の方が、ずっと胸を張って

ふんぞり返って良いはずなのに、自家用車オーナーは誰もそんなバカ

な事しやしない。

住宅だって即席麺だって、「アニメ産業」とやらよりずっとずっと

巨大なフィールド日本いくらもある。でも、「オレらが日本経済

にコーケンしてるンだ!wwww」なんてわめく手合いは、「アニメ

とやらにしかいない。

さらにちなみに…

関東財務局によると米本国のザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー

名義の'11年期純利益が約52億ドル(約5000億円!)。無論、単純比較

は出来ませんが…。

さら日本アニメの人気の大きな要因は、実は内容の豊かさと

同時に、そこそこの品質でいて安いから。何せ日本アニメ業界

労働環境悪名が高い。「海外で人気」という一見勇ましい

話の裏には、「放送枠の安い“埋めぐさ”として海外で重宝された」…

という悲しい面もあった。

日本アニメ海外DVDの類の安さは、ご存知でしょうか。

何の事は無い、日本国内での減価償却を終えた物件から海外

では安ぅく叩き売っているのです。

しかも、言いたく無いですが海外日本アニメを見てる層なんて、

多くが違法ファンサブ、つまり地下で流通する不法海賊版

字幕付き映像を視聴しているケースばかり。アジア欧米でも。

日本のあの手のコンテンツ海外進出なんて、必ずしも上手く

行ってはいない。

ネット等で「アニメオタクがニポンケーザイをササエてる!wwww」

とか、さも自分の手柄みたいに(←ここ重要)吠え立てるヒトは多い。

そういった層のネタ元は、直接でも間接でも多分この辺でしょう。

野村総研

マニア消費者層はアニメコミックなど

主要5分野で2,900億円市場

ttp://www.nri.co.jp/news/2004/040824.html

これは04年の発表。YouTubeニコ動や、やらおんなどのヤラセ

ステマまとめコピペサイトや、違法動画サイトなど、現在ではシーン

の“大前提”になっている色々が無かった頃の話。いわば「大昔」です。

しかも、この野村の数値は「幅広い一般消費層」と「オタ」を一緒

たにしアイドルゲームだ、果てはパソコン旅行だといった、

いわば“一般層”の消費行動もみんな「オタの手柄だ」みたいに言い

くるめた「水増し」数値なのです。言葉尻でもって、「趣味性の濃い

品の消費」=「オタク」だと、恣意的にハナっから結論ありきで

括っている。

逆に言えば、「オタ経済効果」なんて、最初からそうした「上げ底

ありきの「ホラ」でしか無かったと見ても良い。

なので、この手の「オタクケーザイコーカ」ネタを勇ましく吠える様

な人は、要はただ単にいつも通りアニメヘラヘラ見て、ハシタガネ

でグッズ買っている(敢えてこう言います)だけの事を盾に

自分はニホンをササエる巨(おお)きくリッパな存在だ!」

というイタい夜郎自大の“錯覚”にふけっているだけ。そうやって自我

膨れ上がらせているのです。自分では指一本動かす努力も苦労も無く、

ただ単にいつも通りヘラヘラマンガアニメ見て喜んで、数千円~

多くても数万円程度のハシタ金(敢えてこう言います)を落としている

だけに過ぎないのに。

大体、“経済効果”なんぞで趣味をハク付けしようだなんて、自分

ふける対象が劣っていてゲスでチンケなモノだという劣等感を、

よっぽど抱いているのだろうなぁとしか見えない。通常なら、その

趣味が如何に文化的芸術的文芸であるかを誇るのが、真っ当な

趣味人と言うものでしょうにねぇ。

普段からヘラヘラと喜んで見ているアニメだかマンガかいったモノ

に、いつも通りただ入れ込んでいるというそれだけで、さもオレ様

ちゃんはそのセンモンカさまだ詳しくてグッズ持っててイッパンジン

と違ってて人としてエラくてスゴいンだぞよ!とばかりにのぼせ上がり、

空疎自尊心を満たした気になる…これが語本来意味の「オタク」。

いわば自意識の「タダ乗り」です。

一個の人間が、自分という存在を真に世へ問うなら、自ら自身の掴み

取った努力とか向上心とか、人徳とか功績とかによるのが当然です。

アニメヘラヘラ見て喜ぶだけなんて、わずかなカネと暇さえあれば

誰でも出来ます。そんな事を「おれはオタクさまだ」とか称して振り

かざすなんて、バカげている。

そういう人こそが、「アニメオタクがケーザイコーカでエラくて

スゴい(からただ単に毎日ヘラヘラアニメ見ているだけのオレ様

ちゃんもまた、自動的にリッパでエラい)んだ」とか頼まれもしない

のに吠え立てたがるのです。自尊心と、それと裏腹の劣等感を埋め

合わせる空しい埋めぐさとして。

無論、ご質問主さまはその様な卑しい「下心」なぞとは無縁と存じ

ております

あ、私もマンガアニメは大好きです。DVD類も書籍もグッズ類も

山ほどあります

が、そんな事を盾に「ケーザイをササエテルんだwwww」などと

虚偽を吠えて自尊心を満たした気になどなりはしません…



dorawiiより


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dorawii@新刊発売(予定)

メインカルチャーについて。

簡単に言えば社会の中心的や文化的ものですね。

↑じゃあ漫画とかはどう考えても下手な伝統芸能と比べたらいうまでもなく社会の中心にあるだろ。

なんでいまだにサブ扱いなんだよ。

出版不況の中で漫画でどんだけ経済回ってると思ってるんだよ。

だいたい日本に未就学児ならともかく漫画読んだことない人なんて1%もいないだろ。メイン扱いされてそうな興行野球よりもなお全く嗜まない人は少ないと思うが?

dorawiiより


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BL性的消費でありフェミダブスタ」が通じない理由

よくあるツッコミ「それダブスタじゃね?」

オタク文化サブカル界隈では、腐女子フェミニスト的な主張をすると、「それってダブスタじゃね?」という反応がよく出る。典型的には「女性性的に描くのはダメなのに、BLで男を性的に描くのはセーフなのか?」という指摘だ。

フェミニズム平等思想ではない

この批判がかみ合わないのは、「フェミニズム男女平等」という誤解が広がっているから。実際のフェミニズムは「不利な立場に置かれてきた女性優遇することで是正する」という政治的運動であり、対称性を前提としていない。だから女性男性をいじる表現OK、逆はNG」という非対称性意図的正当化される。

「まともな女」は存在するのか

ここで必ず出るのが「フェミは異常で、普通の女は違う」という反論しか現実を見ると、女性優遇拒否できる女はほとんどいない。女性専用車両、レディースデー離婚時の親権痴漢冤罪が成立しやす環境…。こうした制度文化疑問視せず利用している時点で、フェミ的な思考から逃れられていない。

“アンフェ女”の化けの皮

「私、フェミ嫌いなんです」と言う女もいるが、状況が不利になるとすぐにフェミ的態度に戻る。職場で叱られれば「女だから強く言われた」とにおわせ、恋愛では「女なのにこの扱いはひどい」と持ち出す。こうした反応は文化的に刷り込まれ無意識の甘えから来ており、本人が意識していなくても表れる。

行動で示せない「平等主義」

もし本当に平等主義を貫くなら、女性優遇制度拒否するはずだ。だが現実には、平等を口にしながら優遇はしっかり享受する女性ばかり。「私は違う!」と反論すること自体も、自己防衛としてのフェミリアクションであり、説得力を欠く。

社会全体が支える女性優遇

重要なのは、こうした女性優遇は嫌われるどころかむしろ歓迎されているという点。アンチフェミ自称する男性ですら、結局は女性保護し「女だから仕方ない」と受け入れてしまう。この構造が、女性優遇を強固に支えている。

なぜBL批判は通じないのか

結局、「BL性的消費でありフェミダブスタ」という批判が響かないのは当然だ。フェミニズム平等の実現を目的にしておらず、「女性がより有利になる社会」を目指す戦略からBL男性向け表現を対称的に扱う発想そのものが、彼女たちにとって無意味なのだ

2026-04-25

ヘイルメアリーネタバレ上等なすごい発見をしてしまった

ロッキー種族って「便所飯デフォルト」なんだよな。

文化の断絶がヤバくないか

彼らからしたら「便所以外で飯食うのは変態だけ」って感じなんだと思う。

地球食堂とか完全に異常なんだろうな。

トイレ剥き出しの座敷牢に何十人も詰め込まれてる状態に近いんじゃなかろうか?

Qolがカスすぎて発狂もんだろ。

26世紀青年で便座に座ってカウチポテト未来人へのドン引きに近いと思う。

ロッキー種族地球人は大気組成的に共存不能だけど、むしろ文化的な共存不可能性の方が高そう。

だって地球からしても「栄養価の高そうな会食ですね。ではトイレの個室で便所飯して参りますのでしばしお待ちを」なんて奴らと交流するのだいぶ無理だろ。

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