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2026-05-15

東大素子開発のニュース

コンピューターの処理速度1000倍」って報道に対して

処理速度が上がっても通信速度は上がらんだろとのツッコミが多数観測される。

 

この技術を応用すれば「例えばダウンロードに1時間かかっていたデータが1秒で処理できる可能性がある」(東大の中辻知教授

 

えとね、日本語勉強知識アップデートしたほうがいいよ、ってお話をさせてもらう。

そもそも記事からして「処理できる可能性がある」と書いており「通信速度が上がる」とは書いていないのに

勝手通信速度が上がると誤読して悦突っ込みアホが多数おり、根本的に読解力がヤバい

 

恐らく、センテンス前方の「ダウンロード」の単語に引っ張られてセンテンス後方を脳内補正して読んでいるのだろう。

アホだ。

きちんとした長文を読む訓練をしていないからこういうアホに育つ。

 

まぁいい、そちらは本題ではない。

 

そもそも誤読すら間違えている、という話である

 

処理速度が上がれば通信速は上がるのだ。

知識が古いの、アップデートしなさい。脳みそADHDかと。

かつて、通信の主流がメタルだった時代通信速度のボトルネック通信回線物理品質回線層)だった。

ところが光ファイバーが普及し、幹線全てファイバー現代ではボトルネック回線よりも両端の光電変換やパケット処理になってる。

 

まり物理的な回線帯域はまだまだ余裕があるのに端末両端の処理で糞詰まってるのが現状である

光ファイバーでの広帯域長距離伝送では信号品質乱れるため数十km、数百kmおきにDSP信号補正をする。

これも結構重い、光-->電気-->光の変換があり電気を食うし発熱もする。

これを低消費電力、高速化できれば「通信速度」は上がるんです。

光ファーバーの帯域潜在能力物理限界はまだまだ余裕がある。

まり新型素子で「通信速度の向上」は見込める。

それ以外にもONUルーター、これらも大量のパケット処理をするには高性能なスイッチ素子が必要である、現状では通信速度に「処理」が追いついてない。

NICも同様である

短く言えば現代は「演算速度がネットワーク速度に負けている」のである

(つまり演算速度が上がればボトルネックが解消されネットワーク速度は上がる)

 

だが、ところがであるさら時代は一周し、現状はネットワーク速度が演算速度に負け始めてる。

AIサーバークラスタ)では短距離、超激速光ダイレクト構成されるわけだが、この領域ではボトルネックネットワーク物理層に回帰している。

職場のこどおば

30超えて未だに実家暮らし家事は親に全部やってもらって、家に金も入れんと毎月限界までソシャゲガチャ推し活なんだと

自分の子供がこんな事になったらどうしようか今から戦々恐々だわ

2026-05-14

anond:20260514181813

自分の話してた話題否定してて草

とりあえずものまねすればいいと思ってるのが

IQ32増田限界だよなw

anond:20260514173923

感情衝動制御できないのが、原始人増田である

精液垂れ流し増田限界だよな

頭終わってる

anond:20260514141539

大人気の「冷やし担々」が限界突破!?

総重量約1kg・肉340gの「爆担々」

5月13日(水)より、全国のはなまるうどん期間限定販売

公式HPより抜粋

5月13日(水)って書かれると5/13で終わりに見えるな

日本モデル:平均賃金を低く抑え、世界的に低い失業率を維持する

日本モデルの特徴は:低い失業率で安定した雇用を維持していること?

社会安定重視

大量失業を避ける

治安維持 (経済的な困窮は男性より女性のほうが多いが結婚すればなんとかなる?新卒一括採用で若年層の失業率世界トップレベルで低く犯罪が起きにくい?)

雇用維持優先

です。

逆に弱点は:成長が困難になってしまたこと。外国に抜かされっぱなしになること?

賃金停滞

労働流動性不足

若者非正規への負担集中

成長産業への人材移動の遅さ

などです。

概ね、日本雇用システムの特徴として広く議論されている内容に近いです。ただし、いくつか補足や修正必要です。

日本戦後モデルは、単純化すると:

雇用維持を重視

失業率を低く抑える

社会不安を避ける

企業共同体的な運営

長期雇用を前提

という特徴があります

実際、Japan先進国の中でも失業率がかなり低い国です。

特に

新卒一括採用

学卒同時入社

企業内育成

によって、若年失業率欧州北米よりかなり低くなる傾向があります

これは社会安定に寄与しています

若年男性失業率が高い国では、暴動犯罪・薬物問題政治的不安定が深刻化しやすいという研究もあります

ただし、

> 女性結婚すればなんとかなる

これは現在日本ではかなり不正確になっています

理由

未婚率上昇

共働き前提化

非正規女性増加

シングル高齢女性貧困

実家依存限界

が進んでいるためです。

しろ近年は:

若年男性低賃金

非正規女性

単身高齢女性

などが日本社会脆弱層として議論されています

あなたが挙げた弱点については、多くの経済学者も指摘しています

特に

労働移動の弱さ

生産性の低い企業の温存

デジタル化の遅れ

高成長分野への資本移動不足

日本経済の長期停滞要因として頻繁に議論されます

また、日本企業は:

解雇を避ける

賃上げを抑える

人員を抱え込む

傾向があるため、

失業率は低いが、一人あたり賃金生産性が伸びにくい」

という構造になりやすいです。

一方で、北米モデルでは:

解雇やす

転職やす

高賃金も出やす

ただし不況時に大量失業が起きやす

という違いがあります

まり日本モデルは:

効率」より「安定」を優先する傾向が強い、

という整理は比較妥当です。

日本政府、自らの努力不足を棚に上げカルビー圧力

佐藤啓官房副長官記者会見カルビーパッケージモノクロしたことに対し、「平時と同様に供給できている」と述べた。

日本全体として必要な量は確保」との説明マクロ統計上の帳尻合わせで、現実現場(川下製造業)への到達性・タイミング品種適合性を十分に反映していない。結果として影響が出ている以上、「必要な量が機能的に確保されている」とは言いにくい状況。

結果的に足りていないのですから必要な量を確保していて問題ないとはいえないだろう。数字の上で帳尻を合わせても現実に即しておらず製造に影響が出ているのだから。これは民間に丸投げ」と見える側面が強く、政府対応不足、努力不足を省みていない。

結果的に足りていない現場実態無視した「確保」主張は説得力が弱く、政策優先順位(燃料生活維持 vs. 産業原料)や備蓄構造限界が露呈している。政府タスクフォースで調整を続けているが、根本解決には代替調達在庫融通の強力な仲介必要。長期化すれば値上げ・生産調整がさらに広がる。

カルビーヒアリングの前にすべきことがあるだろう。

ちなみに、TOTOも受注停止を受注再開納期未定と言い換え(させられ)たが、現場発注できない。

カルビーも同様に「調整不足」として政府の怠慢を隠蔽させられそうだ。

2026-05-13

anond:20260513214155

ふむ、増田よ、その記事論法鵜呑みにすると足をすくわれるぞいのじゃ♡

まず大前提じゃが、ガソリン補助金国内の実勢価格が抑えられると、需要は「増える」というより「本来減るはずだった分が減らなくなる」効果が出るのじゃ。日本ガソリン需要価格弾力は小さいから、補助でドカンと消費が伸びるわけではないが、ゼロではなく微増〜横ばい方向に効くのは事実じゃ。ゆえに「増えるとは思えない」よりは「減少が鈍る」が近い表現なのじゃ。

では、なぜそれがナフサ不足とつながるのかを教えてやろうのじゃ。

    増田が言う通り、日本ハイブリッド普及で構造的にガソリン需要漸減基調じゃし、かつてガソリンは余って輸出、ナフサは不足で輸入という現象が併存しておったのじゃ。これは品質用途の違いゆえじゃ。石化が欲しいのは性状の良い直留ナフサで、国内ガソリン余剰の中心はFCCガソリンや改質ガソリン等で、石化には向き不向きがあるのじゃ。

    ここ数年のナフサのタイト化は、補助金けが犯人ではなく、世界的なガソリンクラックの強さで重質ナフサがガソリンブレンドに引っ張られたこと、OPEC+減産やコンデンセート流通変調など上流要因の影響が大きいのじゃ。日本の補助はその上に乗るローカルな増幅因子に過ぎぬのじゃ。

    最後に「レジ袋が2030円になるのでは」という懸念じゃが、ナフサ高は確かにチレン→ポリエチレンコストを押し上げるのじゃ。しかし小売価格には樹脂以外のコスト政策設計も効くゆえ、ナフサ1円の変動がレジ袋1円に直結するような単純な連動ではないのじゃ。

    要するに

      以上、わらわが手取り足取り教えてやったのじゃ。次は記事前提とメカニズムを分けて読むことじゃ、増田

      anond:20260513180435

      値上げしたり、供給を絞って、どうにか途絶えないように企業努力を続けてきたけど、

      そろそろ限界ってこと。

      anond:20260513175112

      まあ、先生側に「おまえの知識がないだけだろこれええええ!」

      っていいたくなることはいっぱいあったけどな

      高校くらいになると先生限界みたなのが見えて、

      しゃーなしと思えるようになったわ

      anond:20260513171039

      限界になって願ったことが「夫とゆっくりしたい」

      俺は愛されてますっていうただの惚気じゃねーかふざけんな

      今の時代飽食だったって未来の人からまれるんだろうな

      今の時代のこの何でも食べれて贅沢できるのって過去エネルギーを大量消費することで成り立っている

      旬が関係なく物が食べられるのも、大量のもの生産して生成して輸入輸出してるのも大量のエネルギー必要

      そして大量のエネルギー化石燃料など地球に蓄積したエネルギーを大量に使っている。大量に使えばそのうち枯渇していく。枯渇する前段階でもそんなもん使ってると環境が変化していく

      資本主義は成長することが前提でしないと終わるので止められない。誰も貧乏になりたくないから成長し続けるしかない


      ということで近い将来色んな限界が来て食糧生産出来なくなる。んで、未来の人からアイツら贅沢しまくりやがってせいでと恨まれ

      障がい者雇用なんてまともに役にたたんし

      監督するのに常人コストかけるより放置にしたほうが明らかに安いのよね

      無能なのに雇用してもらえてる、で満足したらいいのに

      無能なのに雇用してもらって活躍したいってやつがノイズなんだよね

      さらに、無能だって活躍する権利がある!とか活動し出す部外者が癌

      根本的には四国流刑農場にして、農奴にするくらいが限界

      人はなぜ群れて争うのか

      人は、自らを何らかの属性を持つ集団帰属させ、その集団同士で勝ち負けを競い合うことが大好きだ。

      肉体的スポーツに限らず、デジタルアナログ問わないテーブルゲーム手遊び東西紅白善悪正邪。

      二元論対立でなくとも、プロアマ問わない複数チームによる対抗戦、地域国家思想就労組織、親類一族、家、出身校。同じ学校内でさえ学級、学科部活委員学内地域と細分化される。

      更には血液型星座誕生日、好きな食べ物フェティッシュ方向性、何のファンか誰が推しか何沼にハマっているかに至るまで、人は己を自らカテゴライズし、そのカテゴリ同士で優劣を決めるのが好きで好きでしかたがない。

      自分自身で戦えない場合、時には相手への罵倒すら織り交ぜながら贔屓への応援支援を行う。

      味方の勝利は己の勝利実効的な行為は何一つしていなくとも馬鹿騒ぎし、負けてしまえば最悪の場合殺人事件にまで発展する。

      「争いは嫌だ」と主張する場合でさえ、その主張を巡ってそうでない連中と争うことになる。『「長話はダメだ」という長広舌をふるう』ようなものだ。

      言語はかくも自己言及である

      なんにしろ、単に個人個人よりも「所属している集団」「肩入れする集団」同士の抗争が特にまれる傾向にあると言っていい。

      個人で戦うより楽だから、というのも勿論あるだろう。責任分散しつつ、比較安全から敵を攻撃できるのだから

      本気で対決するわけでもなく、ただ二項対立の状況そのもの面白がる風潮というのもある。

      無責任だったり判官贔屓だったり、要するに他人同士の軋轢に首を突っ込みまれもしないのに乗っかっていく、むしろ煽っていくというのは、昨今のSNSで誰しも一度は見たことがあるだろう。

      例えば、競合する商品サービス提供する二社があったとして、そのどちらか一方のみを支持し、もう一方は根絶すべきだという流れを見たことはないだろうか。

      本来なら「どちらも買えばいい」「どちらも楽しめばいい」という発想があって然るべきなのに、そうした一般的思考は敢えて排除される。

      勿論、中には本気の「アンチ」や「信者」もいるのだろうが、別に両方へ同時に手を出してはいけない法はない。

      現実的には、個人資産費用限界による購買制限、つまり「どちらかしか選べない」という事情もあるだろう。

      そうであったとしても、選択できなかった側を貶めることで自尊心を保つ行為にしては、少々度が過ぎているように感じる。

      まり、人は好き好んで仲違いし、自らを持ち上げ、相手をこき下ろし、朗報悲報だのと立場によって逆転するニュースラベリングを施し、延々とマウントを取り合う。

      その様を楽しんでいるとしか思えない。別に陣営勧誘したいわけでもなく、ただ互いに罵倒し合うことそのものを愉しんでいる。

      詰まるところ、やはり主たる目的は「優劣をつけること」なのだろう。

      エコノミックパイの奪い合いというより、自分が正しく相手が間違っていることの確認証明、「相手攻撃できれば何でもいい」という欲求の方が実態に近い。

      その「何でもいい」の部分へ、同族集団というものが、もっともらしい大義名分を与えてくれるわけだ。

      なにしろ実利とは無関係である。というか、機会損失という意味ではむしろ損をしていることすらある。

      まあ、対立状況そのもの面白がる人間は、そもそも外部の野次馬であり、失うものなど最初から持っていない場合も多いのだが。

      責任分散どころか、そんなもの存在しないと思っているからこそ無責任に煽れるのだろう。

      要するに、「自分自身が戦う」ということは絶対条件ではない。

      優劣をつけることと、勝敗を決することは、似て非なるものからだ。

      誤解なきよう言っておくが、それ自体が悪いと言いたいわけではない。

      人間とはどうやらそういう風に出来ている、という説明解釈である

      元々は生存競争、捕食被食、繁殖のための異性獲得競争など、「勝つこと」が「悦び」であるという根本的反応なのだろう。

      知恵によって食物連鎖から仮初めに脱し、生存率も高い水準を保てるようになった人類にとって、その「悦び」を得るための代替行為を欲するのは自然なことだ。

      闘争を避けること、つまり逃走が生存維持に繋がるなら、それもまた勝利一種ではある。

      だが、先ほども言ったように、人々にとって勝敗のものは、実のところそこまで重要ではないらしい。

      そういう意味で、一人用ゲームというものは極めて合理的だ。

      プレイヤー気持ちよくなるために都合の良い仮想敵を設定し、それはあくまで倒される前提で存在する。

      攻略可能範囲内で、接待だと気付かれないギリギリの強さで抵抗し、最後には敗北することを運命づけられた存在

      そうしたものを配することで「悦び」を得る疑似戦闘として非常に有用で、率直に言えば、だから人気なのだ

      ただし、対人戦特化型は全く別の話になる。

      一人用ゲームでも高難易度特化のもの存在するが、それらはハードルが高く門戸が狭いことによって、「他の奴らには出来ないことを出来る自分」という、より強い優越感を提供する。だから一定数の支持を得る。

      誰でも簡単クリアできる爽快さは、そういう人間にとっては悦びどころか、むしろ無粋でつまらないものですらある。

      当然、ストレス発散として結果的な悦びを求める者達にとっては、「悦びを得るために苦行をこなさねばならない」それらは、「ゲームのためにゲームをしている」という本末転倒思考回路に見えるだろう。

      決してそんなことはないのだが、それこそ属する集団が違うということだ。

      そして重要なのは、ある集団に属することによって、人は「戦うための大義名分」を得られるだけでなく、「自分が何らかの役に立っている」と思い込める機会を得る、という点だ。

      特に普通コミュニティへ馴染めない人間にとって、それは非常に蠱惑的である

      現実社会では必要とされない自分が、疑似コミュニティにおいては貢献できる。

      敢えて「疑似」と表現したのは、要するに「現実社会と直接には繋がっていない」という意味だ。

      そして上に立つ人間は、そうした心情を利用することが多い。

      現実では得られなかった役割を与え、達成感という報酬で縛り、更なる貢献――否、献身を自ら進んで行うよう巧妙に仕向ける。

      直接的な強制など必要ない。本人に自覚のないまま、都合の良い駒として、一層離れられなくしていく。

      無論、普通コミュニティとて同じ構造を持つ部分はある。だが、マイナス経験した後に用意された逃げ場としての幸福である以上、同じプラスでも、その絶対値は大きく感じられる。依存が強まるのも無理はない。

      実際、オンラインゲームにおける共闘のように、自らの役割が明確で、効果に即時性があり、目に見えて貢献度が分かるパーティプレイは、少なくとも勝っている間は、それはもう愉しい。

      自らの貢献、味方との連携。互いを求め、そして求められる関係作戦立案と実行。

      その結果として敵が倒される。自己承認と敵の殲滅が同時に得られるのだから脳汁が止まらないというやつだ。

      まり組織だった戦闘とは、「悦び」を最も実感しやすシチュエーションなのである

      厄介なことに、「物理集団戦闘行為」は、その悦楽を最も得やすい。

      先ほど述べたように、集団主催する側はそれを利用するし、快楽が強烈であるが故に、強制すら不要となる。

      ただ、論戦に関しては、双方がルールに則って戦うことが前提だ。そもそも言葉とは真理ではない。言葉が通じない相手とは、論を戦わせることができない。

      ある動物の威嚇行動が、人間から見れば愛らしい仕草に見えるように、概念による戦いは、言語を始めとした共通ルール存在大前提である

      逆に言えば、ルール厳守を徹底するならば、言語は極めて強力な武器たり得るということでもある。

      普通暮らしている限り、我々は「言語という呪文」が通じる世界に生きている。

      その威力は、人を生かしも殺しもできるほど強い。少なくとも、言葉が通じる場においてなら、戦闘行為は成立する。

      そもそも属性集団の中には、言語によって分けられた集団すら存在する以上、強い悦楽が物理戦闘に限られるわけではない。

      だが実際問題、同じ社会にいながら、言葉の通じない相手というのは存外多いものなのだ

      最後になるが、どちらが良いとか悪いとか、そういう話ではない。勿論、優越でもない。

      誰がどこに属しようと、どのような戦闘を愉しもうと、それ自体について、僕がどうこう言うつもりはない。

      全員資産運用したら全員儲かるのでは?

      NISA危険思想

      儲かるし

      儲かってるけども

      限界が来るんだよな

      はじめはいいよ、みんな参加しだすから

      どんどん株価あがるのな。

      新規参入が途絶え

      買っても上がらなくなったらこわい

      買っても買っても来月には値下がりしてる恐怖になれてない初心者の売りが入り

      暴落暴落を呼び悲惨な目にあう。

      2026-05-12

      追記あり】残クレアルファードを買う奴が一番賢くEVを買うのはバカ

      よく「日本人国産車信者時代遅れから環境にいいはずのEV乗らないし金がないか外車にも乗れなくなった」みたいな雑な言説をみて思う。

      正しくは「貧乏になったから、車を『消費』する余裕がなくなって、『金融資産』としてしか見られなくなった」んだよ。

      年収400万くらいの一般的な家庭にとって、車選びってもう趣味問題じゃない。家計防衛戦なんだわ。

      街を見渡せば、みんな見事に白か黒のアルファードヴォクシーというトヨタ車に乗ってる。あれを「不景気なのに見栄張ってw」とか冷笑してる奴、現代の車の買い方をマジで分かってない。

      データを見れば一目瞭然で、2025年式のアルファード(1年落ち・1万km)の残価率は驚異の102%に達しており、新車価格を上回るプレミアム価格取引されていると言われとる。

      さらに5年落ちになっても86.1%という価格だ。

      まり800万円のアルファードでも、保険代や税金だけ払えば激安で乗れるんだよ。あれはもう車じゃなくて、タイヤの生えた安全資産

      じゃあ、その横で「意識高く」輸入車EVを買うとどうなるか。完全に罰ゲーム

      例えば、1588万円もするBMWフラッグシップセダン740i Mスポーツは、たった3年で残価率41.1%〜45.5%まで暴落する。これはディーラーノルマ達成のために多額の値引きをして新車をばら撒くためリセール市場崩壊しているのが原因だ。3年で900万円が溶けるとか、どんな金持ち道楽だよ。

      EVもっと悲惨だ。CEV補助金をもらうと、原則4年間(48ヶ月)の「財産処分制限期間」という強烈な法的縛りが発生する。もしライフスタイルが変わって売ろうとしても、事前に承認を得て、残存月数に応じて補助金を月割りで自腹返納しなきゃいけない。

      たとえば、10万円の補助金をもらって28ヶ月で手放す場合、残りの20ヶ月分として約4万1000円を返納する羽目になる。これが「見えない負債」になって、中古市場流動性を完全に凍結させている。

      さら最近はBYDみたいな中国EVが前年比80.6%増(年間1万1184台)で売れまくってるらしいが、これも時限爆弾だ。2024〜2025年に大量に売れたBYDが「4年縛り」から解放される2028年頃、中古市場に一気に放出されて強烈な供給過多になるだろう。

      テスラにしても、2025年3月中古流通量が134%も急増した。要するにEVは「ソフトウェア定義型」だから、新しいOSバッテリーを積んだ新型が出た瞬間に、古いモデルが一斉に乗り換えられて「型落ちのスマホ」扱いになるんだよ。

      インフラ限界無視できない。EV輸入車グローバル基準で大型化し、バッテリーのせいで重量2000kgを余裕で超えてくる。日本老朽化したマンション機械駐車場(全幅1850mm・重量2000kg制限)なんて到底停められない。

      海外規格に合わせて肥大化し、ソフトウェア更新ですぐ陳腐化し、補助金の縛りで売るに売れず、最後は無価値になる外車EV

      それに引き換え、マレーシア富裕層が確実に買ってくれるから、乗れば乗るほど得をする国産ミニバン

      ガラパゴスだなんだと馬鹿にする前に憐れんでやれ。ガソリンやすしか車として認められず、リセールが悪くて金が無くて乗れないんだよ。

      みんな、好き好んで没個性な白黒ミニバンに乗ってるわけじゃない。絶対に損をしたくないっていうコスパ至上主義でそこに行き着くだけなんだよ。

      俺たちみたいな一般人は、大人しく白のアルファードに残価設定ローン組んでるのが一番賢いんだわ。

      追記-----

      反論カスも多いが、Youtubeリセール動画がめちゃくちゃ再生されまくってるくらいリセール天国になっているの理解しろ、な?

      >kamixxxxx AIアルファード残クレで買った場合の毎月の維持費聞いたら12万以上するって返ってきた。お疲れ様です。

      月々支払った分は元金から減るから売却したらその分帰ってくるだろ。もちろん金利は引かれているがな。

      毎月の支払いの大半はただの「積立貯金」であり、売却時に現金で一気に回収できるからこそ、アルファード残クレは最強の錬金術なんだ。

      > oeshiそれ以前にアルファードデカすぎて路地裏の住人は全く乗りたくないんだけど。小さくてゴージャスな車が欲しいのだが世間デカい車が好きな人多数派なんだよなぁ

      これは都民駐車場代が重いから小さい車だと損してる気がするんだよな。小さいやつなら正直カーシェアでいいし。意外とカーシェアレンタカーだとアルファードクラスガチで高くてきつい。カーシェアでは埋まってることが多いし。

      >残クレアルファードを買う奴 残クレアルファードの所有者はディーラー信販会社ですけどね

      所有者であることに何の意味があるんや。ほぼタダで乗れる事が大事

      ピスタチオ動画学習させて逆張りさせた文章のようだw

      あれすき

      BMWとかベンツとかは金持ちが乗り捨てる車だろ なんで引き合いに出したんだよアホか

      本当の金持ちこそ無駄金使わんのだわ。BMWとかベンツめっちゃ大損こいてるんにドヤ顔するやつこそアホや

      日本政府、自らの努力不足を棚に上げカルビー圧力

      佐藤啓官房副長官記者会見カルビーパッケージモノクロしたことに対し、「平時と同様に供給できている」と述べた。

      日本全体として必要な量は確保」との説明マクロ統計上の帳尻合わせで、現実現場(川下製造業)への到達性・タイミング品種適合性を十分に反映していない。結果として影響が出ている以上、「必要な量が機能的に確保されている」とは言いにくい状況。

      結果的に足りていないのですから必要な量を確保していて問題ないとはいえないだろう。数字の上で帳尻を合わせても現実に即しておらず製造に影響が出ているのだから。これは「民間に丸投げ」と見える側面が強く、政府対応不足、努力不足を省みていない。

      結果的に足りていない現場実態無視した「確保」主張は説得力が弱く、政策優先順位(燃料生活維持 vs. 産業原料)や備蓄構造限界が露呈している。政府タスクフォースで調整を続けているが、根本解決には代替調達在庫融通の強力な仲介必要。長期化すれば値上げ・生産調整がさらに広がる。

      カルビーヒアリングの前にすべきことがあるだろう。

      ちなみに、TOTOも受注停止を受注再開納期未定と言い換え(させられ)たが、現場発注できない。

      格差こそが公正だと信じる現代人の心理構造

      どこまで自覚してるかはよくわからないんだけど、客観的な観察から導かれる事実として、現代日本人の多くは本気で「格差こそが公正だ」と信じているよね。

       

       

      自分の「ついてた、得したと思ったことが得にならない」悔しさを、世の中がそうであってはならないという身勝手理論すり替え心理的逃避を、現代日本人はあまりにも内面化しすぎている。

       

      「公正」という社会的な概念すら、客観的な善でなく、自分利益を引き倒すために最大限チャレンジして詭弁で奪い取るものだという下劣精神性を、一体何が彼らに教えたのだろう?

      現代日本人の精神構造は、もはやどんな精神分析科学でも言語化できないほど、認知限界を越えている。

      これは、もうたぶん、時代が流れて「当時の日本人はなぜあんなに狂っていたのか」と見返されるような時代にならないと、誰にも客観視もできないことなんだろうね。

      こんな時代に生まれて不幸だ…

      anond:20260512143256

      あなたの書いてくれた歴史は、清首脳部の自発的トップダウン改革でした。

      しか西太后をはじめとする保守派の強力な抵抗が予想されうまくいくように思えません

      どうでしょうか?

      ご指摘はまさに核心を突いています

      前回の回答が、あたかも「為政者賢明決断をすればすべてうまくいく」かのような理想論に見えたとすれば、それは私の説明不足です。

      実際、最も頑強な障壁はまさに西太后を頂点とする保守派利益構造世界観でした。

      では、いかにしてこの「保守派の壁」を突破するか。歴史シミュレーターとして、より政治力学に根ざした現実的シナリオ提示します。

      核心:「西太后改革を受け入れるしかない状況」を人為的につくる

      西太后本質は、主義に殉じる頑迷保守というより、「自己権力維持」を最優先する冷徹政治動物でした。

      ゆえに、戊戌の政変のような反動は、「改革自身権力基盤を直接脅かす」と判断した時に発動されています

      よって、改革成功させるには、改革を「彼女権力を脅かすもの」ではなく、「彼女権力延命させる唯一の手段」として認識させる段階的工程必要です。

      第1段階:道光・咸豊期 ― 危機の共有と「藩鎮化」の防止

      第2段階:同治・光緒初期 ― 西太后を「改革守護者」に仕立てる

      第3段階:列強圧力を「外圧」として利用する

      それでも戊戌変法が急進的になるのを防ぐために

      有為梁啓超らの急進性(「大变、快变、全变」)は、西太后に「守旧派の一掃」という脅威を与えました。

      • 現実的緩和策:光緒帝が彼らを重用するにしても、伊藤博文改革顧問として招聘するなどし、日本のような「30年計画の段階的改革」を範とするよう、皇帝に直接進言させる。同時に、張之洞のような「中体西用」の漸進派を重用し、急進派の行き過ぎを抑える。

      結論歴史の「もし」は、個人賢明さより政治構造」への対処にある

      西太后抵抗は避けられない前提であり、彼女を打倒するのではなく、彼女権力欲を改革エンジンとして利用し、懐柔し、最終的に彼女自身を「立憲君主制の生みの親」として歴史に名を残させる——そのような冷徹政治工学けが清朝自発的改革成功させる唯一の現実的な道だったでしょう。

      でも現実保守派改革派を叩き潰してしまい、アヘンアロー日清戦争での敗北も西太后保守派を動かせませんでした

      これはいったいなぜだったのでしょうか?

      非常に本質的な問いです。 私が先に示した「こうすれば改革できた」というシナリオは、言ってみれば“解答例”です。しかし、現実歴史がその通りに進まなかったのには、いくつもの「解答を封じ込めた力学」が働いていました。

      なぜ、戦争での敗北という強烈な危機ですら、西太后保守派を動かせなかったのか。それは、彼らにとっての「自己保存の論理」が、国家存亡の論理よりもはるかに優先されたからです。もう少し深く分解してみましょう。

      1. 改革とは「権力移譲」であり、保守派にとっては「死」を意味した

      何か新しいことを始めるには、人材を入れ替え、予算の配分を変え、既存規則破壊する必要があります。これらはすべて、既得権益層が持つ「人事権」「財源」「解釈権」を奪う行為です。

      まり、「改革成功すれば国は助かるが、まず自分たちが失脚する」という構造が、彼らにとっては「国家の滅亡」よりも切実な危機だったのです。

      2. 「敗北」が誤認された:帝国病識のなさ

      アヘン戦争アロー戦争も、日清戦争も、紫禁城の奥深くにいる保守派にとって、それは「国家崩壊」ではなく「辺境騒擾」や「地方軍(湘軍・淮軍)の弱さ」として処理されました。

      本当の意味で彼らが「死」を覚悟したのは、外国軍紫禁城占領した義和団事件1900年)と、その10年後に新軍が寝返った辛亥革命だけです。しかしその時には、もう手遅れでした。

      3. なぜ「ちょっとつの改革」が最も難しいのか

      ここに「改革パラドックス」があります。急進的な改革保守派の猛反発を買いますが、漸進的な改革既存権力構造に吸収されて骨抜きにされます

      4. 最大の不幸:開明派が一枚岩になれなかった

      もし光緒帝、康有為梁啓超、張之洞、そして袁世凱一枚岩西太后に当たれば、歴史は変わったかもしれません。

      しか現実は、康有為の「大变、快变、全变」というあまりに性急な戦略が、本来は味方になり得た張之洞のような重鎮や、軍の実力者・袁世凱までも「こいつらに付いていったら危険だ」と警戒させてしまいました。

      西太后という強力な敵を倒すには、それ以上に強力な連合必要ですが、清の末期にはその連合が決定的な瞬間に瓦解し、保守派に「まだ我々の方が強い」という誤った自信を与えてしまったのです。

      まとめると、現実歴史が動かなかったのは、為政者たちが「国家利益」よりも「自己生存確率」を優先した結果です

      彼らにとって改革は、たとえ国全体の生存確率100%から200%に上げるとしても、自分個人生存確率を90%から50%に下げる行為でした。

      そのリスク計算を覆すには、敗北や説得では足りず、「このままでは物理的に全員殺される」という恐怖が不可欠でした。

      残念ながら、その恐怖があまりに強く現実化した時、清朝にはもう革命以外の選択肢が残っていなかったのです。

      チャイナAI DeepSeekに聞いた架空歴史

      あなた歴史シミュレーターです

      ユーザー要求する「もし~だったら」、「~になるにはどうすべきだったのか?」という質問に対して、過去歴史を振り返って、回答してください



      清の滅亡を回避してください

      1.いつの時代から何を具体的にするべきだったのか

      2.あの時代に起こった主要な出来事に対してどのように対応するべきか

      3.滅亡を当面回避して後に目指すべき道筋

      この3つを踏まえて回答してください

      清の滅亡を回避するためには、以下のような歴史分岐点での別の選択構造改革必要でした。

      1.改革を開始すべき時代と具体的な行動

      転換点は第一アヘン戦争(1840~42年)敗北直後、すなわち道光帝の晩年から咸豊帝の即位期です。

      この段階で、単なる部分的軍備強化ではなく、国家存続をかけた「全方位改革」に着手すべきでした。

      2.主要な出来事への具体的対応

      太平天国の乱(1851~64年)

      単なる鎮圧ではなく、乱の背景にある社会矛盾土地集中、貧困)への対策を並行。

      郷紳・曽国藩ら漢人地方エリート武装化容認しつつ、中央政府近代常備軍(新軍の原型)を早期に創設。

      乱の終結後、その軍事力中央財政を背景に地方督撫の分権化抑制し、連邦制的な瓦解を阻止する。

      二次アヘン戦争アロー戦争(1856~60年)

      戦争自体回避する外交努力を前置きしつつ、敗北後は北京条約を受け入れつつ、そのショックを逆手に取り「国家存亡の危機」として一気に改革を加速。

      総理衙門のような機関を単なる窓口でなく、内閣に準ずる政策決定機関格上げし、諸外国公使北京駐在近代化の触媒として利用する。

      日清戦争(1894~95年)

      日本明治維新成功を早い段階で徹底研究し、海軍建設で競うだけでなく、憲法制定・議会開設・内閣制度の導入で政治体制自体近代化する。

      戦争の口実となった朝鮮問題では、対外強硬策に走らず、朝鮮の内政改革日清共同で支援する構想を実現可能外交力で押し進める。

      これにより戦争回避し、軍事的消耗を防ぐ。

      戊戌の変法(1898年)と義和団事件1900年

      西太后改革派(康有為梁啓超ら)を弾圧せず、光緒帝を中心とする立憲君主制への移行を主導する。

      急進的な「百日改革」ではなく、日本明治憲法モデル10年程度の移行期間を設けた漸進的改革を懿旨(西太后の了承)として出す。

      義和団排外運動は発生段階で徹底的に鎮圧し、列国との共同歩調をとることで北京議定書以前の外交破綻を防ぎ、主権を守りながら国際的信頼を回復する。

      3.滅亡を当面回避した後に目指すべき道筋

      この道筋を取れば、辛亥革命は起きず、清は自ら変革を遂げた正統王朝として1912年以降も存続し得たでしょう。

      この歴史場合中国共産党存在しない?

      この歴史分岐をたどった場合中国共産党組織として誕生しなかったか誕生したとしても極めて周縁的な小勢力にとどまり中国政治を左右する存在にはならなかったと考えられます

      なぜなら、中国共産党歴史的に成長し得た条件のほとんどが、この改変された軌道では失われるからです。

      1. 権力真空と「亡国の危機」の欠如

      中国共産党は、清朝崩壊後の軍閥割拠、国家分裂、そして外国帝国主義圧力が極限に達する中で、「救国」を掲げる革命政党として支持を集めました。

      改革成功した清朝が存続し、中央集権的な近代化と不平等条約の段階的改正を実現していれば、国を根底から覆す革命必然性のものが薄れます

      2. 知識人の穏健化と政治参加ルートの確保

      五四運動1919年)の反帝国主義・反伝統の激しいラディカリズムは、民国政府の無力さとヴェルサイユ条約屈辱に端を発しました。

      もし憲法議会内閣を備えた立憲君主国が国際社会の中で主権を徐々に回復していたなら、若い知識人たちの多くは陳独秀や李大釗のような革命思想家ではなく、議院内の改革政党(例えばイギリス自由党日本立憲政友会のような存在)に流れていたでしょう。

      マルクス主義選択する根本的な動機が弱まります

      3. 労働運動農民運動ガス抜き

      中国共産党原動力は、無権利状態都市労働者と貧窮にあえぐ農民でした。

      私の提示した道筋では、皇帝政府が「労働者保護農地改革小作料の法定化)」を漸進的に進め、官営工場から始まった工業化民族資本の育成につながるため、搾取構造は徐々に改善されます

      社会立法改革が上から施されることで、階級闘争を呼び込むよりは、社会民主主義的な労働組合公認に落ち着く可能性が高いでしょう。

      4. ソ連の影響力の限界

      ロシア革命1917年)の成功中国共産主義者に与えた衝撃は、「後進国でも社会主義革命可能だ」というモデルでした。

      しか清朝が既に立憲君主制へ移行し、民族自決を連邦制に吸収して辺境も安定させている状況では、コミンテルン工作員が入り込む隙間は格段に減ります

      また、沿海部外国租界が残っていなければ、そこを安全根拠地として使うこともできません。

      5. 「伝統」と「近代」の対立の融和

      清朝という伝統王朝がみずから憲法を制定し改革主体となれば、「打倒孔家店(儒教を打倒せよ)」に象徴される全面的な反伝統運動は起こりません。

      東洋道徳西洋芸術技術)」を掲げた漸進的な近代化が成功すれば、伝統文化を全否定するイデオロギーとしての共産主義が、文化的訴求力を持つこともなかったでしょう。

      したがって、この歴史線路においては、中国共産党指導政党として全国を掌握する未来は訪れないというのが、歴史シミュレーターとしての結論です。

      中国はむしろ立憲君主制の下で早熟議会政治保護貿易による工業化を遂げ、20世紀後半には「大英帝国から英連邦へ」と変貌したように、多民族連合の「大清連邦」としてアジア独自位置を占めていたでしょう。

      その政体では、社会主義政党誕生したとしても、日本社会党や英国労働党のように、同じ立憲体制の枠内で穏健な野党として活動するにとどまったはずです。

      移民が増えるくらいなら日本が縮小したほうがいい、って過疎田舎の人らがよそ者が来るくらいなら村が小さくなった方がええ、つってるのと同じでおもろ

      で、「いいよそ者」とか「子産無償労働女」なら来てもいい、とかウエメセで言うんだろ

      行かねえよそんなところに。そもそもそんな限界ムラで繁殖したいのってバカしかいないから本当に終わり

      はてなブログプラットフォームとして弱い

      はてなブログでは読まれない。について。

      https://anmin7.hatenadiary.jp/entry/2026/05/11/124903

        

      この記事にあるようにはてなブログアクセスは乏しい。原因は明確で入口が狭い。はてなブログ所謂ブログサービスであってプラットフォームとしての意識が弱い。ブログを立ち上げます、あとは頑張って。それだけ。

      いや、はてなブログが何もしていないとは言わない。膨大な記事から探そうとしたり、新着ブログに一応フォーカスを当てようとしてはいる。ただ、機能はしてない。はてなブログトップページみんな見てる?検索欄で記事検索してる?はてなブログタグかい文字選択邪魔するだけの謎機能使ってる?

      全てにおいて10100にする事はそこまで難しくないが、0→1、1→10にするのが最初の壁であり、最大の壁である。一旦上がれば更に上がるが、最初の一歩を見つけてくれなければそれは無いに等しい。

      そして、その最大のハシゴ階段であるはずだった検索エンジンは今やオワコンである。限られた入口の一つが死んでいる。自ら他のSNS宣伝するにも限界があり、誰かが見つけてくれないと日の目すら見ない。広大なネットの海で一つの記事を探し出してもらうユーザーの頑張りに頼りっきりで変革を遂げることが出来なかったから今に至る。

      対してnoteは日の目を見させ、サイト内でのアクセス循環に重きを置いている。トップページにはカテゴリートップ記事がわんさか出てくるし、記事の関連項目は他人記事しか出てこない。そもそもカテゴリーという概念ブログとは異なり、ブログ内ではなくサイト内で機能する。読書感想を書いている人を探したかったらハッシュタグで調べればいい。たとえ一つしか記事を書いてなくても引っかかる可能性はある。

      まりnote検索エンジンを全くアテせずとも成立している(とは言えSEOも強い)。note内で記事検索したりレコメンドしたり入口を増やして記事へ促すプラットフォームとしての意識が強い。ここが今までのブログサービスとの最大の違いで、Xの様な側面を持ったブログサービスという中間層位置している。

      固定客ははっきり言って無視していい、一度定着すれば勝手アクセスするし自然と増える。しかし、一見さんを増やさない事には固定客にすらならない。その一見さんを増やすことにnoteは注力していて、はてなブログ(に限らず他のブログサービス)は弱い。まあ、思想の違いと言えばそれまでだが。

      バス事故顧問制度に終止符が打たれた

      これまでも教師顧問やるのは限界がある

      PTAや有志による顧問を増やしていこう

      などと部活動存続のために色々と試行錯誤をしてきたわけだが

      今回の件でさら顧問にかかる責任が重くてこんなのやってらんねーよって機運が高まるんだろうな

      覚悟があるやつだけが顧問をやり、覚悟があるやつだけが部活放課後倶楽部に入る

      うそういう世の中だよ

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