はてなキーワード: 侮蔑とは
廣岡選手の実家のコロッケ屋があべのハルカスに出店しててカツサンドも安価で良かったんだけど
今から考えたら去年の殺人スライディングに端を発して阪神ファンによる廣岡精肉店への謂れのない誹謗中傷問題は実に気分が悪かったな
こんなだから阪神ファンの事を侮蔑を込めて“珍カス“と呼ぶのだ。
何せコロッケを食べた事もないくせにここの肉は人肉を使ってるだの廣岡選手個人だけでなくその家族の素性に関するありもしないデマを吹聴し続けたもの
グーグルの口コミ欄は一時的に閉鎖されたものの、今は削除がほぼ完了して平和が戻ってる
ホントみっともなかったね
オタクに優しいギャル像について、なんかギャルを代表するみたいな顔をした人がさんざん噛みついて話題になっているが、オタク諸氏は一切気にする必要なない。
元々「ギャル」というのは昭和末期におっさんたちが「若くて活きが良くてファッションにこだわりがある女の子」たちを指して使った呼称だ。かなり蔑称寄りの言葉だった。昭和の話なのでもちろん「大和撫子的ではない」という意味も含まれていた。時代が下るにつれて侮蔑の意味は消えていったが(だって若くて活きが良い女の子は素晴らしいものだからね!)、大本の意味の広さは特に変わっていない。
ところがファッション業界の一部がこの「ギャル」という言葉をブランドとして自覚的に使い始め、そうした系統のファッションを愛好する女性たちの中に「ギャルを自称する」こと自体に誇りを持つ人が現れた。
それが今回騒いでいる人です。
勝手に言葉の定義を自分たちの間で狭くして使っておいて、それから外れたらキレる。どうですオタク諸氏、何度も見たことがあるでしょう?
そう、あの人達はギャルオタクです。しかも相当なキモオタ。スターウォーズやガンダムはSFじゃない!って騒いでたSFオタクと完全に同列です。だから「半端なギャルはパギャルと呼んで叩く」などという非常に恥ずかしい行為を堂々とアピールできてしまう。怖っ。
ギャルの代表であるかのように扱う必要はないどころか、なまあたたかい目で見る以外のことはする必要ない。
文化の盗用なんて騒ぐんであればそもそもおっさんの使っていた言葉を勝手に狭い範囲のファッション用語に変えて使ったあの人達の方が盗用者ってことになる(これを言い出すと英語のgalという単語を勝手に使ったおっさんたちも盗用者に、といった下らないループになるのでやめましょう)。
あと、「プレステもセガサターンもファミコンて呼ぶようなもの」「マクロスもダンバインもガンダムと呼ぶようなもの」などと言われて納得しちゃってる人もいるが、ファミコンやガンダムははっきりした作品名・商品名なので全然違う。こういうのを糞も味噌も一緒にする、といいます。
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
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瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
ムキムキマッチョ系やおねえタレントさんが誇張した像を引き受けてくれて、別視点からの侮蔑(弱い情けない女々しい)に置き換わっていったような気がする。小学生の時はおかまみたいって言っていたのが、中高では減った(時代なのか、年齢層なのか。3~40年前あたり)
海外の聖職者たちがどのようにみられているかわからないが、武将の男色やパタリロの影響もありそうな気がする。男でもキモいより耽美と感じてしまう部分がある。それゆえ現実世界でのCOが難しくなったという面はもちろんあるのだろうが
自分は、めちゃくちゃ男の見た目でしかないが、50を迎えるにあたって健康その他もろもろも考えて、自炊して肌のこと気にしたりしだしたので、マイバックトート持って(元々は推しのグッズで使うと便利だった)、日傘差して、ロン毛(リンスインシャンプー)で、化粧水等浸けて猫飼ってて(ずっと猫派だと思いつつ家が犬飼ってたのでようやく)パステルカラーの可愛い自転車乗ってて、今の若い子がそういうのやりだしてくれたのか、メディアかメーカーの戦略かは知らんがなんかちょうどよくて助かってる
あとは多分なよっとしてたりするけど決めるところは決めるおじさんみたいなキャラの影響か
では石破に対するウヨの反応を見てみましょう
@KadotaRyusho
10万円商品券配布問題に石破首相が「こんなことで辞めるわけにはいかない」と発言したとNews23。さもありなん、と思う。石破氏は政治資金規正法第21条の2違反という明確な法律違反を“こんなこと”としか思っていない。自身は法も犯していない者に二重処分を課し、政治生命を絶った。どこまで愚劣なのか
@SF_SatoshiFujii
昨夜News23で10万商品券配布問題について石破が「こんなことで辞めるわけにはいかない」と発言したと報道.つまり彼は自分の違反行為を「こんなこと」と表現しその批判者達全員を侮蔑.かつその発言が報道される可能性が想定できる中での発言ですから凄まじく国民を愚弄…マジコイツ辞任すべきです💢
@YoshikoSakurai
自分のことになると知らん顔です
自民党をしっかりせよと、
「10万円商品券配布」 予算と引き換えに退陣表明も 石破政権の「Xデー」 高橋洋一
https://www.sankei.com/article/20250322-DB6A5ALUHBPONOL5DRF3PAIB4M/?outputType=theme_weekly-fuji
ポケモンセンターストーカー事件の犯人、学生時代から女にモテモテだった・・・バレンタインでは超人気で県大会入賞歴のあるスポーツマ...
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@usomaaan/p/tN5UQGo
さすがはてブ。
duckt
何だこれ。「犯人は弱男かチー牛」って言われて
弱男が「違うもんねー!あいつはイケメンで元リア充だもんねー!」って反論してるのか。悲しすぎるだろ。
2026/04/03
差別がたしなめられてるのに
何が「悲しすぎるだろ。」なんだよ。
おめーらさ、
例えば何かの器物損壊事件で 「犯人はどうせ貧乏人」「こんなことやるのは外国人」 みたいな先入観や差別が発生したときはどう?
事実調べてきた奴が「違います。この事件の犯人は裕福な日本人でした。」ってファクトを突き付けて抗議してるんだったらどう?
そういう抗議の時でもお前らはそんな風に揶揄してるか?
「外人がマジになってるのかよ。悲しすぎるだろ。」
ってさ。
やってねーよな?
なのに対象が”弱男”なる属性になった途端、馳せ参じるサイドが反転すると。先入観に抗して事実突き付けた側の方に不快感を覚えるようになるし、揶揄すらしたくなっちゃうってわけだ。
そもそもducktの「弱男がやってるのか」についても、まとめの書き込み確認してみたら別に「弱男」を自称しながら書いてるものねーんだわ。
てことは「異議申し立ててるのは弱男である」ってのはそれが揶揄や反撃のポイントになるというduckt自身の期待を込めた 国籍透視 でしかなくねーか?「在日への偏見に抗議してるからこいつらはきっと在日!」と何が違うの?
さらにそもそもを言えば、仮にducktの妄想通りで反論してるのが全員"弱男"だったとして、それは何か問題になるのか?
事実は事実であって、日本人が言ってようが在日が言ってようが”弱男”が言ってようが変わらないんじゃないのか?
在日差別にファクトで反論してるアカウントの中の人が実際に在日だったとして、それは指摘して揶揄するべきようなことなのか?
「なんだこれ。在日誹謗で在日が必死になってやんの。悲しすぎるだろ。」
ってやるのか?
やらねーんだろ?
お前らはそれはやらないし、やる奴を見ようもんなら即座に飛び切りのよい子の顔作って糾弾する側に回るよな?
まとめると、お前らのやってることはこうだよ。
○特定の弱者集団への根拠ない誹謗について、事実で反論されたり・反論してる奴を見たりすると不快になってしまう。
○反論に対する事実ベースの再反論があるのではなく、 反論者を人格的に揶揄・侮蔑することで反論自体の無効化を図ってしまう。
○反論者への人格攻撃をするときに使う理屈は「こいつもあの弱者集団の一員なんだろうな」「必死に反論する姿が悲しい」。
どうよこれ。
感情の動きといい、そこからの行動といい、「差別主義者の標本」としてこのまま額装して納品出来るぐらいコッテコテなんだわ。
日頃から「差別反対」「ヘイト反対」って体裁でやってきてる村なのにこんなのがトップコメって、お前らマジでどうなってんの?
結局こいつらの道徳というのは
「卑劣を遠ざけよう」とか
「困ってる人を助けよう」とか
ただ
「叱られる立場に陥るのは避けよう
誰かを叱りつける立場に回ろう」
って考えてるだけ。
でさあ、
積極的にポリコレキメながらポリコレ出来てない人間を攻撃して回る側じゃん?
得意科目でこれ?
結局こいつらの正体って、覚えものの道徳パックをちょっとたしなんだだけで「自分は平均より善人」だとか「自分は普通より賢い」とか、そういう噴飯物の思い上がりを装備するようになったただのバカなんだよね。
女にやったらダメ。
そんな風にただ丸暗記してるだけで、根本である自分の心の卑劣なとこを観察して少しでも治していこうとか、昨日より良い人間・昨日より賢い人間を目指そうとか、そういう己を戒める精進するといった自分で頑張ることは1ミリもしてきてない。やる気すらない。
ちょっとポリコレ仕入れたら、それを殊勝風にポエムにして発表して世間の歓心を買うとか、それ使って徒党組んで誰か殴って叱って頭を踏むとか、そんなことしか考えない。
ポリコレが悪いってよりこいつらの心と頭が悪いんだよなもはや。
ポリコレサヨクがしばしば母国に対して異様な憎悪と侮蔑を見せるのも同じ構造で、 「誰かを見下したい弱い奴をいじめたりしたい」 という生来の汚い性格を治さないまま「○○にやったらダメ」という縛りばっかり積み上げられてすごーくストレスが溜まってて、 ルールで禁止されてない対象への衝動が異常昂進しちゃってる のよ。
"弱男"は見下して偏見攻撃していい筈なのに、事実で反論されて生意気さを感じて激しく不快になって揶揄しちゃうのも一緒。
こんなの善人でもなんでもないし意識が高いわけでもない。いまいちの頭で難しい仕事に挑戦してバグまくってるただのバカだろ。
最後にまとめ。
貧乏な男や不細工な男やコミュ障な男やキモい男が「こういう奴らはストーカー殺人もするw」みたいなレッテル作られそうになったとき、そこに抵抗することはなにか不当なのか?滑稽なのか?
お前らマジでどうなってんだよ。
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どこの誰が書いてるかも分からん匿名記事で主張の根拠一切示さずエラソーに常識がないとか度々他人を馬鹿にする文言が含まれてる記事に対して、信用ないという評価することってクレームの中でも比較的妥当なクレームだと思うが。
”相手の話をまず受け入れ、次に自分の考えや根拠を提示とか”言ってるわりに自分は求められてる根拠は提示せず代わりに相手をクレーマーというレッテル張りをする始末だし。
というかこんな挑発・嘲笑・侮蔑・間接的自賛の文言並べてたてられて まともに話を聞くやつそうそうおらんと思うけど。
いやほんと、普通に公民の教科書や新聞の社会面読んでれば高校生でも知ってる知識を知らないブクマカが大勢いるようで、なんだろうね
常識で考えればわかるだろ?
間違ってると否定してるわけではなく、態度悪いしなんかの引用による根拠もなくてそもそも信用がないというだけなんで議論以前の問題だし。
俺なら、こんな金にもならん匿名記事でいちいち法文探してキッチリ書いてられるか、信用しないならそれでけっこう、とでも言うかな。
悪の象徴がヒトラーから別の人物に変わるためには何が必要か、について考えている
ぼんやりと
気分転換に
現代においては一般にヒトラーが引き合いに出されるが、この手の論理的誤謬は、第二次世界大戦以前から存在しており、純粋な悪の代名詞として引用される歴史上の人物は他にもいる[11]。
18世紀から20世紀初頭にかけては、『出エジプト記』のファラオは、歴史上最悪の人物として一般に見られていた[11]。アメリカ南北戦争の前年には、奴隷廃止論者は奴隷所有者のことを現代のファラオと侮蔑していたし、戦争中は南軍の一部でリンカーンのことを「現代のファラオ」と呼ぶ者もいた[11]。ナチスドイツが破れた後でも、ファラオはキング牧師の演説の中によく登場した。イスカリオテのユダやポンテオ・ピラトもまた、純粋な悪人の代名詞的存在であった[11]。しかし、普遍的な価値観としてのヒトラーのような人物は存在せず、地域や時代によって変わっていった。アメリカ独立後の数年間は、アメリカではしばしばジョージ3世が悪人の代表的存在であった。第7代アメリカ合衆国大統領のアンドリュー・ジャクソンは(その王のような独裁的手法を踏まえて)アンドリュー1世と揶揄された[11]。
「聖書に登場する悪」やね
世界……キリスト教社会での普遍的な悪から、非キリスト教社会でも意味が通じる普遍的な悪に更新されたわけか(ヒトラー以前、日本において「悪の象徴」は誰だった?を調べるのも楽しいかもな)
「悪とはこのようなことである、という全世界的に使用できるベンチマーク」が生まれた、と言い換えてもいいか
今の時代、どんなに酷いこと、暴政をしても「ヒトラーの再話」と解釈されるのでは、という感覚
であればずっと、ずーっと、100年後も200年後も絶対悪のアイコンはヒトラーなのか?
(ヒトラーというか、ナチスというか……どちらで考えるべきなのだろうな)
それこそ何か、思いもよらぬ新しい悪を発明しないと絶対悪のアイコンの座は奪えないのかもなあ
被害(被害って何?どう測る?)がナチスのそれより多いとしても、「ヒトラーの上位互換」として語られる悪名になるのかもなあ
「ヒトラーを超えた」みたいな煽りがあったとしても(事実本当に超えたとしても)、依然として基準点はヒトラーである、みたいな
悪を測る原器、ヒトラー原器
与太話は気楽やね
昔を知っている人ならわかるとおもうけど、歴史改変も甚だしいよね、という話である。自分は2002年に某国立大学の情報系学部に入学したおっさんで、今は結婚して平凡な日々を過ごしている。で、女子枠を正当化するために持ち出される「女子にやたら言い寄る情報系男子」「女子を侮蔑する情報系男子」「女性が来るや否や特別視して騒ぐ男性」なる存在だけど、あれは少なくとも自分の知る範囲では、はぐれメタル並みにレアキャラだった。本当に。
後述する学園祭実行委員会絡みで他大学との交流もあったけど、このへんはまあぶっちゃけ大同小異だった。
もちろん、女子目線でいえば「キモい」男子は結構いたのだろうとはおもう。そこは否定しない。
でも、キモいはキモいにしても、そもそも情報系に進みたがる男子なんて時点で、女慣れしていない人間の方が圧倒的に多い。なので「声をかける」以前の問題だったし、実際に人間関係のトラブルが起こる場の多くはサークルだった。要するに、情報系男子が女子に積極アプローチして事件事案になる、みたいな構図自体が、そんなに成立していなかった。
自分が所属していたサークルは、学園祭実行委員会、登山サークル、情報系サークルの3つだったけど、男女間のトラブル発生比率でいえば……ぶっちゃけ、女性慣れしている男子の方が遥かに多かった。
特に学園祭実行委員会なんて、構成員100名近い大所帯だったから、その手の揉め事は普通によくあった。で、女子側が微妙な目線を向けていたのは、おどおどしている工学系(情報系)男子より、圧倒的にリーダー格だったり、それに近い男子層(文系)だった。理由は単純で、委員会内で異性にやたらアプローチを仕掛けるのが、その層に偏っていたからである。
なんでそんなことを知っているのかと言われそうだけど、アパートが2Kだったせいで実行委員会のたまり場になっていて、その手の話を耳タコになるくらい聞いていたからです。
さらにいうと、女子の側も「情報系男子はアレよねー」みたいな目線を薄っすら共有していたし、そもそも多くの女子は情報系そのものにあまり興味を持っていなかった。某大学は僻地にあるせいか、女子の側から露骨な侮蔑を向ける人はそこまで多くなかったけど、それでも「女性差別によって工学系に進めなかった」みたいな話になると、いや歴史改変はやめろよ、となる。
実際のところ、多くの女子の認識は「情報系なんかわからんし難しそうだし、興味ないからどうでもいいや」くらいのものだったでしょ、というのが自分の実感である。これからはITの時代だ、みたいな風潮はすでに強かったので、「よくわからんIT系のことは情報系男子にぶん投げておけばいいでしょ」という雑な認識もかなり横行していた。
一応補足しておくと、いわゆるオタサー(※非PC系)だと、「オタサーの姫」現象みたいなものはあったらしい。これは友人からの又聞きなので実態は知らない。でも、それは工学系というよりサブカルオタ界隈の男女関係の話であって、情報系男子の話とはあまり関係がない。
自分自身は、飲み会会場として自分の部屋を提供していたせいか、単に無害なやつ認定されていたのかは不明だけど、どのサークルでも女子から疎外された経験はないので、個人的に嫌な思い出があるわけではない。
それでも、女子が情報系を薄っすら避けていた、あるいはそもそも興味を持っていなかった、という歴史的事実まで改変して、「女性は情報系に行きたくても男性たちの空気のせいで行けなかった」みたいな物語に全部回収するのは、さすがによろしくないとおもう。
@KadotaRyusho
10万円商品券配布問題に石破首相が「こんなことで辞めるわけにはいかない」と発言したとNews23。さもありなん、と思う。石破氏は政治資金規正法第21条の2違反という明確な法律違反を“こんなこと”としか思っていない。自身は法も犯していない者に二重処分を課し、政治生命を絶った。どこまで愚劣なのか
@SF_SatoshiFujii
昨夜News23で10万商品券配布問題について石破が「こんなことで辞めるわけにはいかない」と発言したと報道.つまり彼は自分の違反行為を「こんなこと」と表現しその批判者達全員を侮蔑.かつその発言が報道される可能性が想定できる中での発言ですから凄まじく国民を愚弄…マジコイツ辞任すべきです💢
@YoshikoSakurai
自分のことになると知らん顔です
自民党をしっかりせよと、
「10万円商品券配布」 予算と引き換えに退陣表明も 石破政権の「Xデー」 高橋洋一
https://www.sankei.com/article/20250322-DB6A5ALUHBPONOL5DRF3PAIB4M/?outputType=theme_weekly-fuji
石破の時は辞任に当たるほどのことやったはずやのになあ
「お理工さん」とは文系の学問を見下し、理系分野に至上の価値を置く、主として高学歴高収入なエリートを指す言葉だ。
そこに揶揄はあるかもしれないけれど、蔑視や嘲笑はないだろう。
「お理工さん」という言葉に蔑視や嘲笑を見出してしまうのは、権力勾配に対して無自覚で傲慢な思考があるからだろう。
伊藤 剛
@GoITO
高市首相や「#ママ戦争止めてくるわ」の清繭子さんへの批判を許さない人達もそうだが、
権力者を批判する事と社会的弱者に対する侮蔑とを混同する人が多過ぎだ。
東日本大震災後の原発推進に代表される、お理工さんの奢りは、原発推進はそのままにしてさらに生成AIへと広がっている。
そういえば、チームみらいって典型的なお理工さんだな。
科学の万能性を無邪気に信じている……というには、高齢者切り捨ての優生思想はあまりに邪悪だ。
代表の妻の黒岩里奈さんは工学部から文転してKADOKAWAに就職し、それから文藝春秋に転職したらしいが、文系の学問を見下しているのは日々のポストからありありと伝わってくる。
中道改革連合は、多様性を大切にするとか、分断を煽らないとか、いかにもリベラルっぽい綺麗事を言っている。
しかし、その支持母体である創価学会は、よその宗派を侮蔑する表現活動をしてきた。
「自分たちだけが正しい信仰を持っている」という立場で、「仏敵」認定した相手に対して過激な攻撃を浴びせかける。
もちろん信仰の自由、表現の自由なのだろうが、私から見て、とても多様性・寛容とは言えない印象がある。
このあたりは、どうやって処理されているんだろうか?
公明党・中道改革連合の議員たちは、あくまで創価学会とは別組織だし、所属議員がそういう発言したわけではないからセーフってこと?
何故ならば、「#ママ戦争止めてくるわ」なる、独身女性や子供のいない女性を踏み付ける醜悪なタグが流行し、選挙の後もそれを使い続けようという動きがあるからです。
私は先の衆議院議員選挙では期日前投票で野党に入れた(ここでいう野党には、維新やチームみらいといった実質的な自民補完勢力を含まないものとする)。
「#ママ戦争止めてくるわ」のタグを見たのはその後だった。だからこのタグの存在は私の投票行動に影響を与えていない。だけど見た後だったなら、自民に入れていた可能性も否定できない。そのくらい印象の悪いタグだった。
高市早苗首相は女性ですが、単に女性なのではありません。子供のいない女性です。片山さつきさんにも小野田紀美さんにも子供はいません。
それに対してれいわ新選組の大石晃子さん、共産党の田村智子さんは女性党首ですが、いずれも子供がいます。
子供のいる女性と子供のいない女性とでは立場が異なる。前者が強者、後者は弱者だ。後者は前者よりも厳然として不利な立場にいる。それは人類の歴史上ずっとそうで、日本では1990年代に一時弱まったけれど、21世紀になって少子化が叫ばれるようになってからはまた強化された。
勿論、本来ならばそうした個人の属性を超えて連帯すべきなのだが、そこをわざわざ分断したのが「#ママ戦争」タグだ。
北原みのりさんは高市首相を支持する有権者について、「イデオロギーよりアイデンティティー」と評した。
高市首相「歴史的大勝」はイデオロギーよりアイデンティティー? 「殴られてきた女の歴史」を思う 北原みのり
dot.asahi.com/articles/-/276035?page=1
それは分からなくもない。
現在子供のいない女性であれば老若問わず高市首相と立場が共通するし、仮に子供がいる女性であっても娘や孫娘がいれば、娘や孫娘が生涯子供を産まない可能性を考えるだろう。
ただ、私はそういう個人の属性よりも政策を重視していたので、「アイデンティティーよりイデオロギー」で考えた結果、自民に入れる事はしなかったが。
イギリスで二人目の女性首相テリーザ・メイも、子供のいない女性でした(一人目のマーガレット・サッチャーは子あり)。私は彼女の政策は必ずしも肯定出来ないと思っていたが、政敵の女性政治家から「あなたには子供がいない。私には子供がいる」と言われたのを知った時には同情した。
その人の境遇に共感する事と、その人の政策を支持できない事は両立する。その人が最高権力者である事実と、属性が社会的弱者である事実は両立する。たとえ政敵であろうとも、弱者属性に付け込んだ攻撃はすべきでない。
#ママ戦争タグによって、常日頃ジェンダー平等や同性婚や多様性の主張をしている人達の真意や正体が見えて、悲しかった。
つまり野党も独身差別・子無し差別を政策として行うという意思表示なのではないか。野党のイデオロギーが信頼できない。
……じゃあ自民に入れても同じじゃないか?自民は少なくとも、子供のいない女性を最も責任あるポストに就けた実績があるのだから。
「もうどうにでもなーれ」とばかりに、自民に入れたくもなってくるよ。
「みんなのためのタグ」だというのなら、何故そこで敢えて「ママ」の文字を使うのか(好きにアレンジすればいいと言われたところで、Xのトレンド対策を考えたら自ずと同じ言葉で統一されてしまう)。
アメリカで全ての人の人権を主張する言葉としてホワイト・ライブズ・マターを使ったなら、おかしいと思うのが普通じゃないか?
x.com/kiyoshi_mayuko/status/2022487180036444417
高市早苗首相への批判の言葉として「ママ戦争止めてくるわ」を使うのは、大統領だった時のバラク・オバマへの批判として「ホワイト・ライブズ・マター」を使うに等しい悪趣味さだ。
このタグの発端となった清繭子さんは、1982年生まれで早稲田大学政治経済学部を卒業し、新卒で正社員として出版社に入り、育休や時短勤務も人間関係も充実していたにも関わらず小説家になりたいという理由で退職した、非常に恵まれた女性だ。
note.com/mayuko_kiyoshi/n/n0178432b4ecb
単に「独身」でいいところで敢えて「独身貴族」という言葉を用いており、貧困や病気で不本意に独身を強いられている人が多い現状が見えていない。
www.threads.com/@mayukokiyoshi
清繭子さんは批判者に対し、「冷笑や侮蔑」と一括りにしましたね。私のように切実な痛みから発した懇願の声を、存在しないものとして扱った。
x.com/kiyoshi_mayuko/status/2020469313698664502/
「孫やひ孫に語るのが目標」とも言っている。二人いるお子さんが両方とも子を持たない可能性を考えない鈍感さに吐き気がした。
x.com/kiyoshi_mayuko/status/2020838157818949766
このタグの支持者は「ママ」とは生活者の事だ等という詭弁を吐く。「ママ」とは「ママ」という意味です。すなわち母親という意味です。未婚率が上がっている現代日本において、「ママ」になれるのは一部の恵まれた女性だけである事実を直視しようとしない。
x.com/lucy_green_AST/status/2021056483858010430
支持者がこのように、批判者を男性だと決め付けるのも、女性からの批判を透明化する女性差別思想だ。
x.com/ETakiyam/status/2022657714971914670
「#ママ戦争止めてくるわ」を批判すると何故か、「戦争反対して何がいけないの?」と反論される。典型的な藁人形論法だ。
x.com/otolizzy/status/2021900737702158571
「#ママ戦争止めてくるわ」には、戦争反対の意味も自民党改憲案反対の意味も含まれていない。
戦前戦中ならば今以上に、子供を産んだ女性は称揚され、産まない女性は蔑まれたのを知っている筈だ。その当時を知っている人がこうやってこのタグを持て囃すのは、他者への配慮の欠落としか思えない。
x.com/Iam90yearsold/status/2019958831351230657
また、このタグの根底にあるのは子供やそれを産む母親にこそ価値があり、そうでない者には価値がないという優生思想だと思う。
「我が子を戦争に送りたくない」と言うが、我が子でなければいいのだろうか。よく、「誰の子供も殺させない」と言われるが、そうではなく、「誰も殺させない」と言うべきではないのか。
x.com/hiyumi47225624/status/2020371818738250036
「子供達の未来を守る」事は、「そのために大人を切り捨てる」事に容易に繋がる。
事実、高齢者切り捨てを掲げるチームみらいに首都圏で投票した多くが、世帯年収1000万以上の子育て世帯だ。
x.com/ShinagawaJP/status/2021193142461157414
※どうせこういう批判に対しては、「本当は自民支持者なんだろう」「本当は野党に入れてないんだろう」などとレッテルを貼られるんだろうが、
・戦争を止めたいならウクライナに行ってこい←日本の話をしています。
・高市自民は戦争したいなんて思っていない←そういう属人的な話ではなく、憲法という制度の話をしています。
・無防備では攻められる←別に自衛隊を廃止しろとか言ってる訳じゃない。憲法9条があれば無防備だというのなら、現状が既に無防備だ。
でもそれもこれもこのタグの分かりにくさの結果でもあるし、
だけでいいんだよ
なのにバカで低知能で下品さしか能のないゴミみたいな左翼政党議員が
高市のリウマチを揶揄してるとしか思われない下品な画像をアップロードして
案の定「病気への揶揄」「リウマチ患者全員への差別」なんて言われて
ガン詰めされて対応に追われてる
追及する方が「病気をからかう人間の屑」ってフレームになっちゃった
高市がどんなに助かってるかって
で、言うに事欠いて「病気を揶揄したんじゃない」とか言い訳して
「権力者にはどんな揶揄も許される!」って居直る根性すらないならなぜやった?
つまり
ずーーーっと擦られて山本の評判を落とし続けてる
じゃなきゃいけなかったのに。
ガンの報告をしてもずっとその事を擦るられてる。
安倍が撃たれて死んだことについて
もう何を言おうともリプ欄がそれで埋まっていいねがそっちへつく。
敗戦の弁にも「こういう最低の人間だから落ちるんだよ」ってやられてる。
毅然とした風な態度を保つことに余念がない。
自民党が国を滅ぼすぐらいに言ってるけども
自民党への怨み節は相当言ってるけど
無意味に幼稚で口汚く、
こんな忠告を聞いてもらわんでもなんにも構わんけど
ずいぶん無駄な損が減ることは請け合う。
というか俺は古い左翼には滅んでほしい。
滅んでほしいのになんで治せる弱点なんか教えるのかというと
あのカスどもはこの欠点は死んでも治さないのを知ってるからだ。
勝って実現したいほどの明確なビジョンもない。
辛抱しても掴めるかわからない勝利のために辛抱することなんかより
ずっと魅力的なのだ。
昔はまともな人だったのにどんどんおかしくなって
乱行に快感を覚えるようになるのだろうか?
もうどうでもいい
もう好きなことを泣き叫びながら滅んでいけばいい