はてなキーワード: ダブルバインドとは
本当に腐敗してるなら、
https://honkawa2.sakura.ne.jp/4640.html
https://www.boj.or.jp/statistics/sj/sjexp.pdf
なんて状況になる訳が無い。
--- ここから続き ---
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2507/30/news002_2.html を読むと分かりますが増田のサイトで挙げてる数字は元々2倍(65歳以上では3倍)位あるのを再配分で抑えた結果の値です。
https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/001532334.png (https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21511.html)
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/special_account/r8yosan_kibo.pdf
を見ての通り、使途は社会保障給付と主に保険料の不足穴埋めで生じた国債費が殆どです。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a04.htm#a02
↑を見ると法人税を下げたタイミングで財政赤字を含む負担率=増田の言うところの真の負担率が急上昇してるのが見て取れますが、これは要するに法人税軽減を消費税ではなく国債で穴埋めしたのです。
また法人税を上げれば負担率も当然上がるので、法人税軽減と負担率の高さの両方を批判するのはダブルバインドってやつです。
とりあえずここまで。思い付いたら追記する。
必ず、かの邪智暴虐の輩に物申すと決意した。
というわけで、ですね
竹田君
子宮摘出手術での注意過誤
これらの話題を通してここ1,2週間くらいずっとTwitterで医者と弁護士界隈が大喧嘩していますね
お互いに罵倒のようなものから冷静に意見を言おうとするものから色々と
まぁみててしんどい
しんどいし、思うこともあるのでいろいろ言いたい、というか自分のTwitterアカウントでも少し言及はしましたが
私のアカウントはあくまでもプライベートやゲームについてつぶやく用であり、長々とご高説を垂れるためのものではなく、
とはいえこのまま飲み込むには腹の虫がおさまらないと感じたので好き勝手書き散らかせるこの場をお借りしようと思った次第でございます。
自身の感情の吐き出し先として思うことを言うだけなので一部話が飛んだりまとまっていない場合があります。
メロスに少し代弁してもらいましたが、私自身はただの一般人で、法律家でもなければ医者でもないです。
つまりただのド素人です。ついでにいえば院卒のわりに鬱で倒れてキャリアをダメにしたので30手前にしてはまだ社会にでたてで金も彼女も資格もない弱者男性です。
ここに記載することがすべて正しいという意味ではなく、素人から見て今彼らがしている議論…のようなものを見て思ったことを書きます。
ここまでご理解いただいたうえで続きを読んでいければと思います。
簡単な時系順に起きたこと、思ったことをまとめていきます(当初はこんなに延焼すると思ってなかったので正確には覚えてないですし調べる気もないです)
この大喧嘩が始まったきっかけは間違いなく、裁判官マップがきっかけにあると思います。
大まかな理解としては、いわゆる口コミによる評価は直接的な評価にはつながらないので何書かれてても問題ない
という判決に基づいて、それなら裁判官も口コミによる批評にさらされても問題ないよな!と開設されたサイトであると理解しています。
このサイトについて、弁護士の方たちがTwitterでやりすぎでは?こんなことしてどうするの?と、裁判官を擁護するツイートがきっかけでしょう。
これに対し、多くの医者の方たちが、俺たちは昔からこんなかんじの理不尽な批評にさらされているのだからお前らも当然耐えられるよなぁ!と反駁することで開戦の火蓋が切られました。
そもそもの背景として、長らく医療は司法の下すトンデモ判決により、善良な医者が訴訟にまけ、莫大な慰謝料を払わされたり、職を辞さなければならないという状況にあり、
医療裁判で負けないために多くの対策をしてきてみたものの、どれも正当に効力があるわけではなく、その結果として不必要で過剰なまでの検査検査検査で現場が疲弊していました。
同意書を書かせてもダメ、患者の意向に沿ってもダメ、きちんと説明しても理解できてなかったらダメ。
これは介護業界にも近しいものがありますね。夜間に認知症で徘徊して一人でこけて骨折したらなぜか施設が訴えられ、しょうがないから出れないように拘束すれば人権侵害だと訴えられる。
そして司法側に、じゃぁ具体的にどうすればいいのだと聞いても具体的な基準は返ってきません。個々のケースに拠ると。
このようなダブルバインドで司法は医療に対して長年圧力をかけていました。実際、これは私が小学生中学生の頃にすでに問題視されており、子供心ながらにおかしくないか?
と思っていたのでもう10年20年はこのような状況だったと思います。
このような司法からの圧力は当然ながら裁判官側にはありません。それなのに少し批評の嵐にさらされるだけでやめてくれと訴えてくるのは軟弱すぎるだろう
それからは弁護士によるよくわからない擁護が続いてましたね、このような批評にさらされると判決に影響が出るかもしれないなんて意見が出てて笑ってしまった記憶があります。
そもそもどうして裁判官を擁護するのが弁護士だったのかが理解に苦しみますがこの辺りはあれですかね?
裁判官が攻撃される=司法崩壊の危機!みたいな感じだったんですかね?そもそも既にちゃんと機能してるか怪しくありません?
まるで自分たちが攻撃されているかのように擁護している方が散見されて不思議に思いました。
このころは特に医者からの医療への強い主張はなく、ただ司法にその批判にもさらされず責任も取らなくていい特権階級から降りてこいという趣旨しかなかったと思います。
せん妄事件で裁判官が冤罪を産み出し、お子さんを間接的に殺害した責任をとっていないという記憶が新しい中、自分たちだけが昔から一方的に結果に対して責任を取らされていたことへの皮肉でしょう。
長くなりましたが、この頃はまだ自分も考えがまとまってなくてただひたすらに論点のぼけた主張をする弁護士達が多くてこんなんで本業は大丈夫なのか?と心配してました。
ただまぁ同時に負けそうな議論はひたすら論点をずらす、ぼかすで曖昧にすることで負けないようにするというのもひとつの手法なのかなとかも思ったりしました。
ここから1週間くらいすると、裁判官マップの是非ではなく何故司法は医療裁判でトンデモ判決をだして責任をとらないのか という議題にシフトしていき、
完全な医療ミスなどほとんどないのに有罪をだす司法は何様のつもりだもう少しまともになれゴミ
という医療と、
医者の言う過失と私たちの過失は意味が違うのに誤解する医者が悪いに決まってるだろ
という司法による罵りあいになり、そんな中、子宮摘出手術時のミスで1600万円の支払いを命じられた事件と
小児心臓外科医が手術した先天性の疾患をもつ子が術後なくなってしまったことに対する訴訟が発生してもう大変なことに
小児の心臓外科医なんて神に訴訟してやってくれなくなったらどうするんだ!という医療サイドと
属性だけで訴訟するなとはどういうことだ!特権階級をよこせというのか!?という司法サイドで現在絶賛大バトル中。という感じでしょうか
この辺りから弁護士のツイートをいくつか見てて思ったことをつらつらと書かせてもらいます。
医者側もそれは無茶だろって思ったりすることはありますが概ね彼らの言ってることはわからんでもないって感じだったので
全体的な話でもあり、前述した話でもありますがまずどうにも弁護士先生方の論点がずれていることの多いこと多いこと
そのずれた話に医者も反論するのでどんどん話が意味不明な方向にとっちらかって
私の頭の中より話がとっ散らかってるんじゃなかろうか
医師と弁護士で大きく認識が食い違っていると思えることが3つあって
・特異的な例外的な状況だったことが明らかなとき、どこまで適切に罪状を減らす(増やす)かを議論する
というものです。これなら自身に落ち度がないなら安心して裁判をうけれると思うんですよね
あなた方が全力でやっている、依頼人の利益を最大化するために理屈をこねくり回して現実的ではない解釈を作り出すということは求められていません。
あまりにも弁護というのは依頼人の主張を無理筋でも通そうとすること というツイートが多くてびっくりしました。
それは事実ではなく、事実もとに展開した私たちの弁論(ストーリー)を元に判断しろということで、あまりにも事実を蔑ろにしていて傲慢だなと感じました。
そもそも被告原告が引き起こした事実ではなくお互いの弁護人や検察が生み出した物語で勝負するのであればその判決結果は物語を産み出した弁護人や検察に責任が帰属しそうなものです
これは雑談ですが法学部って一般教養で実験実習とかやらないんでしたっけ?
実験レポートの解析で主観マシマシお気持ち満載のレポート書いたら怒られません?
お気持ちを重視するならそれは法治国家ではなく情治国家と名乗った方がいい。
裁判官への批評一つで判決が変わるかもしれないらしいし、もうそうなっているのかもしれない
手術というのはガチャです。
それは執刀医がとかミスるかどうかとかではなく、手術後無事に回復できるか自体がガチャであるということです。
ガチャの内容は快復だったり合併症を引き起こすなどなどいろいろあると思いますが医者が手術をすることそのもの
を通して単発でガチャを引け、その結果に応じた状態を患者は入手できると。
患者の状態や手術の難易度に応じて中身の確率は変わりますが、所謂SSR確定券というのは存在しません
なので確実に手術が成功して快復するという保証はできないんですよね
この状態でのミスというのは別のガチャを引くとか、ガチャ結果を別の人に渡すとか意図的にガチャの内容を変えるとか
そういうのをミスというのであってガチャの結果が悪かったから訴えるというのは筋が通らないというのはおわかりいただけるでしょうか。
もっというなら、成功率が低いガチャなんて引きたくないのですよ。
でも引けるのは自分たちしかいないし、引かなかったら死んでしまう。
だから人助けのつもりで引くのも大変なガチャを回す。しかし結果が悪ければ訴訟される。
裁判官も弁護士も裁判結果が出た後にくじを引いて当たりだったら裁判結果と同等の罰を受ける
あまりにも法の下に活動している私たちが正義で医者はおろかである。
弁護士というのは基本的に弱者の味方として巨悪である権力のあるものに立ち向かうもの
というように扱われていますが別に弱者が常に正しいわけじゃないですよね?
スポーツの試合で負けるのは勝った側が違反してるからだ とか思っているのでしょうか
正々堂々戦ったのにズルしてる!といわれて不快にならない人がいるのでしょうか
長くなりましたがようするにですね、
弱者の代弁者として噛みつくのは大切です。がそれは相手に何も落ち度がなかった場合、
ただひたすらに現場の足を引っ張っているだけ。という事実は認識されていらっしゃりますでしょうか
別にやるなとはいいませんが膨大な時間を奪われることやそもそもの社会的な信頼を失うことによる損失は保証されているようには思いません
これはシンプルに疑問なのですが、例えば手術が間に合わなくて病状が悪化したとき、執刀医あるいは担当科が医療訴訟を抱えており、
そのせいで全体の手術の件数が減っていた場合はその医療訴訟してる患者と弁護士は責任とってくれるんですかね?
あるいは医療訴訟が原因で近くに手術できる病院がなくなっていた場合、遡ってでもその医療訴訟起こした人を訴えられるんですかね
別に責任とってくれとまでは思わないですがそのあたりの影響考えずにできるのは無責任でお気楽ですねとは思ってしまいます。
個人の利益を重視しすぎた結果社会が回らなくなることを本末転倒というのではないでしょうか
あと気になったのは裁判沙汰になっているということに対する社会的な影響に対して少し無自覚過ぎませんか?
小児心臓外科医が訴えられた件、まだ報道が出ただけで何もしてないのにかばいだてするな
という意見が数多く出ているように見えましたし、実際事実だけならそうなのでしょうけど
それなら原告の弁護士だってすぐに名前と所属と声明を出すべきじゃないですかねぇ?
そもそも小児の心臓なんてからあげ1個分とかのサイズなんじゃないの???
数ミリどころか0.数ミリで結果変わる世界だろ!そんな世界の過失ってなんだ
書類作ってる際のタイプミスや裁判中一瞬でもつっかえたらもう弁護過誤として扱うならまぁしょうがないかってなるけど
とにかく、詳しい声明が最初の報道時にあればそれだけでも話変わるよねぇ?
ここから決着がつくまで、あの病院で心臓手術を受けること自体にリスクが発生します
小児の心臓病なんて決着がつくまで手術を延期できるわけもないでしょうに
そもそも新任の医者がきてくれるかもわかりません。今いる医者も異動してしまうかもしれません
患者が生きてるならね
移民問題、ハンターの猟銃、せん妄事件、ループやら自転車の問題等々
直近の話だけでもこんなに滅茶苦茶やってるのに司法が絶対的に正しいと思えるのは何故なんでしょうか
司法がきちんと機能していない状況で疑問を持たれるのは当然であり、それに対して法がルールなのだから従えと盲目的に高圧的にでれるのは面白いなと思っています
もっと面白かったのが法律が悪いというなら医師会から立法に働きかけてみては?という提案
なんで?弁護士だって司法関係者でしょ?法律の専門家なのに法律について改良するための動きは何一つできないの?
医者って法律に関しては素人のはずなんだけど素人に手伝ってもらわないとアクション起こせないならもう少し医者側に理解を示しなさいよ
そもそもただでさえ多忙な医者にさらに仕事を悪気無く押し付けようとするの、人の心がなさすぎる
弁護士としての仕事の後に夜勤ボランティアでもしてくれるのでしょうか
馬鹿の一つ覚えみたいに医者の考え方がおかしいっていう前に自分たちの信奉する法が現実に即しているかくらい考えられないものですかね
ルールに則ってるだけで悪くないというのなら歴史上のの悪法について学んでみてはいかがでしょうか
制定されている法が完璧である保証はどこにあるのでしょうか。ついでに裁判官の公平性はどのように担保しているのでしょうか
一般人からしたらむしろ司法の方が自分たちだけの言葉の使い方で一般人を締め出してそのルールの中で良し悪しを決めているように見えますし、それってまさしく貴族政治の振舞では?と思ってしまう
こんな感じでTwitterで暴れまわってる司法関係者たちが自分たちの特権に無自覚的なまま医者をボコボコに好き勝手叩いているのは見ていて気持ちが良いものではないですよねってフラストレーションがすごかったよってお話
あ、忘れてほしくないのですが、これだけボロクソに言っていますがちゃんとしている弁護士の先生方がいるのは認識しています。
ただシンプルに彼らって死ぬほど忙しくて連絡してもド深夜だったり翌日にやっと連絡が返ってくる感じなので当然Twitterなんてしてる暇ないのですよね
なのでTwitterにしょっちゅう流れてくる人のレベルは推して知るべしという話ではあるのですが
あまりにも目に余るので何か言ってやらないと気が済まなかったというか...
今回の一連の話を通じて、日本には客観的事実に即した司法判断を下す場所が存在しないというのがよくわかりまして、正直若干絶望しています。
クィアのメディア批評には、どのような表象が生まれても最終的な批判の矛先が「シスヘテロ的欲望」に向けられるシスヘテロの悪魔化が定着しつつある。
問題の核心は、「性的すぎる」批判と「性的でなさすぎる」批判が、まったく逆の現象を対象にしながら、同一の犯人(シスヘテロ的まなざし)を指名する点にある。
アブデラティフ・ケシシュ監督の本作(2013)は、カンヌでパルム・ドールを受賞した一方で、レズビアンコミュニティから激しい批判を受けた。主な論点は、約10分に及ぶ性描写シーンが「実際のレズビアンの経験というより、ヘテロ男性のポルノグラフィー的ファンタジーに近い」というものであり 、監督の男性的なまなざしがレズビアンの身体を対象化・フェチ化しているという指摘だった。
原作コミックの作者であるジュル・マロ自身も、その性描写を「滑稽で過度」と批判した。これは正当な批評である。しかし注目すべきは、批判の着地点が常に「男性視線がレズビアニズムを搾取した」という一点に収束し、その他の解釈——たとえば監督の美学的選択、フランス映画の身体表現の伝統、あるいは原作との差異——がほとんど議論されないことだ。
一方、2018年のハリウッドメジャー初のゲイ主人公ティーン映画『Love, Simon』は、性描写をほぼ排除し、恋愛とカミングアウトの感情的側面を中心に据えた。だがこれもまた批判された——今度は「ストレートに受け入れやすくするため、クィアのセクシュアリティを無害化・消毒している」という理由で。
批評家のジェイコブ・トビアは、「男性的なゲイ男性は魅力的な主人公になれるが、フェミニン・ジェンダーノンコンフォーミングなゲイ男性はコメディリリーフに追いやられる」と指摘した。『Love, Simon』が「ホモノーマティビティ(heteronormative assumptions を内面化したゲイ規範性)」を再生産しているという分析は学術的にも支持されている 。しかしここでも「ストレートへの媚び」という説明図式が優先される。
| 表象の特徴 | 批判の内容 | 帰責先 |
|---|---|---|
| 性描写が露骨・長い | 男性の視線でレズビアンをフェチ化 | シスヘテロ男性の欲望 |
| 性描写がない・少ない | クィアのセクシュアリティを脱性化し、ストレート視聴者に媚びる | シスヘテロ社会への同化欲求 |
| 同性カップルを登場させる | 「キスがあるだけ」では不十分、中心的物語として描くべき | シスヘテロ的周縁化 |
この表が示すのは、結論(シスヘテロが悪い)が先にあり、証拠(表象の内容)が後から当てはめられるという推論の倒置だ。「非反証可能な命題」であり、いかなる反例も体制側の隠蔽として吸収できてしまう。
ハリウッドがクィアカップルを描く際の「ハードル上昇」も同様の論理で動いている。米ハリウッド系ケーブル局 Hallmark Channel は2019年、同性カップルのキスシーンを含む広告を一時撤回して批判を受けた。その後方針を転換し同性カップルを番組に登場させたが、今度は「単に登場させるだけでは足りない、物語の主軸として描くべきだ」という要求が生まれた。
注目すべきは、批判の基準が常に現状より一段上に設定され、達成されるたびに次の「不十分さ」が告発されるという無限後退の構造だ。この構造のもとでは、どれほど努力したコンテンツも必ず「ストレートの論理に回収されている」と断罪される余地が生まれる。このお決まりの展開が繰り返されたことに、クィアへの加害欲求など持たないのに敵視され続けたストレートたちは疲れ切っている。
クィアからの要求が累積・エスカレーションするにつれ、シスヘテロ側からの反発もまた組織化・激化してきた。重要なのはこの反発が均質ではなく、正当な批評的懸念・疲労感・政治的操作・むき出しの差別が入り混じった複合体であるという点だ。
最も象徴的な事例がDisneyとスター・ウォーズ・フランチャイズをめぐる論争だ。Disney+ の The Acolyte(2024)はレズビアン監督レスリー・ヘドランドによるスター・ウォーズ初の女性クリエイター主導作品だったが、低視聴率を理由にキャンセルされ、イーロン・マスクは「Go Woke, Go Broke(ウォークになれば潰れる)」と投稿して祝意を示した 。保守派ファン層から「LGBTQアジェンダを押しつけている」という批判が噴出し、あるアンケートでは米国人の52%超が「Disneyはファミリー向けエンタメへのLGBTQ+促進をやめるべきだ」と回答したとも報告されている。
2023年のバドライト=ディラン・マルバニー事件は、二重拘束の地獄を如実に示した事件だ。トランス女性インフルエンサーとのスポンサー契約への保守派ボイコットで、ABインベフの米国売上は10%超下落し、バドライトは20年以上守ってきた「米国最多販売ビール」の座を失った。Kid Rockはバドライトの箱を銃で撃つ動画を投稿し、フロリダ州知事ロン・デサンティスも公式批判した。
同時に、LGBTQ+コミュニティからもバドライトは批判された。今度は「マルバニーへの支持が不十分だった」「声明が曖昧」という理由で。企業がトランスインクルージョンに動けば保守派が離れ、クィア側は生ぬるいと批判する。ブランドは文字通り、どちらに動いても批判される二重拘束に陥った。
問題は、「同性愛の存在そのものへの(宗教的・生理的な)否定」という差別と、「政治的意図が作品の完成度を損なっている」という批判、「クィアをどう表現してもLGBTQ+コミュニティから"まだ足りない"と批判される」という消耗感、クィア側の言説がこの三類型を区別せず、すべてを「シスヘテロ的抑圧」として均質化する傾向があることだ。差別と、正当な美学的批評と、「要求の際限ない上昇に疲れた」という感覚をひとまとめにすることで、本来なら対話可能だった穏健層は「敵」に分類されてしまう。
要求がエスカレートし続け、かつどのような表象も必ず「不十分」か「間違っている」と判定される構造が固定化すると、実際に損するのはクィア当事者自身だ。
「シスヘテロが悪い」という枠組みへの依存は、結果としてクィア表象の場そのものを消耗させるリスクを持っている。DEIへの政治的逆風が強まる中、広告主はLGBTQ+メディアから撤退し始めており、「ゴールドラッシュは終わった」と編集者たちは述べている。この撤退が差別によるものか、要求の非現実的なエスカレーションへの疲労によるものか──個人的には後者の色が濃く──クィアは無駄に敵を増やす愚行で自滅したと私は感じている。そして確信しているのは、今後どれだけLGBTQ+メディアやコミュニティへの逆風が強まろうと、クィアが自分たちのやり方(シスヘテロの悪魔化、ダブルバインド、エスカレーション)が間違っていたのではないか、度が過ぎていたのでは、と反省する可能性は『ゼロ』だということである。悪いのは100%、"悪魔のようなシスヘテロのヘイターども"に決まっているのである。
あー、もうめちゃくちゃだよ!63点。
3人組の売れないアイドルユニットの1人である主人公はユニットを脱退、アイドルを卒業し女優の道へ。しかし端役しかもらないうえにレイプシーンにヘアグラビアと"体当たり"コースまっしぐら。ネット上では絶妙に実在感のある架空の自分のサイトが更新されるし、どんどん病んで夢と現実の区別がつかなくなってくる中、ドラマの脚本家やらカメラマンが死んだりてんやわんや。はたしてドラマは完成するのか、犯人は誰なのか、何が現実なのか。
みたいな話だった気がする。
主人公が女優転身一発目の1行しかないセリフ「あなた誰なの」にすべてが集約されている、コギト・エルゴ・スマナイみたいな感じで自分とは何なのか、自分が思う自分は自分なのか、自分と自分、自分と他人、といった自我についての映画だったと思う。
現実のうまくいかない女優仕事と架空の理想のアイドルという自分の間で板挟み(ダブルバインド、主人公が出演するドラマのタイトルでもある)になって精神的に病み自他の境界が合間になっていく。マネージャーのデヴは元アイドルでマネジメントする主人公たちに自分を投影しているがその道を外れて汚れていく主人公に強い絶望を感じ自分が理想の主人公に成り代わっていくし、アイドルのおっかけのキモ警備員は人生をかけて主人公を信奉しているがその理想が崩れた時に偽神を立てて偽りの自己を保とうとする。誰もが本当の自分——あなたが誰なのかに迷い、失い、壊れていく。
汚れていく、自分というものを見失っていく主人公を中心に理想の主人公の内面を演じる者、理想の主人公の外面を信じる者の3者が揃うことで、もう一人の主人公が爆誕するという展開は後に書く、作中劇とのシンクロ性も高くいろいろ考えさせられるなーって思った。自分は自分が思うから自分なのか、自分は他人の中にしかないのではないか、とか。
それを圧倒的に難解で複雑な物語展開に落とし込んで表現している。現実かと思ったら夢だったり、夢かと思ったらドラマの中の出来事だったり、現実かと思ったらドラマだったり。違う衣装で同じカットのシーンが何度も繰り返され、見ているとどんどん混乱度合いが増していく。その仕組みが明かされる部分もあれば、これ何の話?というまま放置されるところもある。この映画を初見で理解できる人はいないと思うし、何回見ても理解はむつかしいだろうと思う。俺もぜーぜんわからんかった。
一方で、基本的には主人公が出演するドラマ、ダブルバインドの脚本——望まぬ選択で"自分"が汚されてしまったことでそこから逃避するために人格が分裂し分裂した人格が凶行に及ぶという話——がこの映画の大まかな設定を伝えてくれてはいるので、最悪それさえ追いかけておけば後からドラマの設定がこうだからこの映画は大体こうだろうという整理ができるようにもなっているのは親切でよい。
それで言えば主人公の初仕事のシーンで、プロデギューサーと脚本家が「そろそろ犯人決めないとやばいよ」と話していてこのドラマはあの段階では「犯人が決まっていない」ことは示されて、その後しばらく様々な事件が起きるが見ていても誰が犯人なのか、キモ警備員だとは思うけど主人公の可能性もあるしというようなあいまいな状態が続くのもよいし、もっと言えば犯人は「自己が定まっていない状態」であるとも読める。
みたいな感じで、正直よくわからなくてフーンって感じになっちゃうんだけど、話としては割とよくできてるなとも思える感じでしたよ。
あとはmetooの20年も前にこの映画とってたの偉いなーって思う。アイドルからの脱皮として、性をよりあからさまに売ることを"偉い"とする芸能界の欺瞞から起きる悲劇に鋭く警鐘を鳴らしている気がする。主人公は「いやだなんて言えない!」とか言うてたけど、俺は嫌なら嫌って言えと思うがそれは俺が男性だからだろう。
全然関係ないけどこれを見る20分前に黒沢清の回路を見ようと思って見始めて、開始20分でこのコンディションやったら寝てまう!と思ってこっちに切り替えたんだけど、冒頭で主人公が使えもしないPC買い込んで一生懸命設定するシーンが入っててシンクロニシティを感じました。あとダーレン・アロノフスキー、コノエイガスキーすぎるだろと思いましたよ。
これは関係あるんだけどキモ警備員に襲われた主人公が大道具さんの金づちを拾って側頭部をブシャってする展開があって、音的にも見栄え的にもくぎ抜きの部分が頭に突き刺さって抜いたら脳みそがブッシャーって出る展開を期待したら、普通に金づちのところで叩いてるだけだったのが非常に残念。
まぁ面白くはあるけどキャラの造詣があんま好きじゃなかったのと、あまりに構造が難解すぎてなんかスッキリシナイナーってなっちゃったので俺的にはあんま好きではなかったです。キャラはら同じトレス江口原案でも老人Zのほうが圧倒的に好きだったかな。サイコホラー、サイコスリラー、入り組んだ話が好き、暗いアニメ好きって人は一回見てみるといいと思います。
例:
・専門家でもないのに偉そう
・その程度の知識で語るな
・現場も知らないくせに
⸻
1-2. 知性否定型
例:
・理解力が足りない
・頭悪そう
・論理的思考ができてない
⸻
例:
・承認欲求の塊
・自己顕示欲が強すぎる
・プライド高そう
⸻
例:
・売名したいだけ
・金のためでしょ
・話題作りがしたいだけ
⸻
例:
・◯◯出身だしな
・まともな教育受けてない
・経歴見ればお察し
⸻
1-6. 見た目連動型
例:
・顔見れば分かる
・人相に出てる
・見た目がもう信用できない
⸻
例:
・人を蹴落としてきたんでしょ
⸻
例:
・元々そういう人
・本性が出た
⸻
例:
・こんなファンが付く時点でお察し
・支持層見れば分かる
・取り巻きがアレだし
⸻
例:
・Aは自己中
→ 行動X
→ やっぱり自己中だった
・前から信用できなかったし今回で確定
⸻
例:
・普通はこうするよね
・社会人なら当然
・Bさんはちゃんとしてるのに
⸻
例:
・信者が暴れてる
・囲いが必死すぎ
⸻
例:
・スタッフがかわいそう
・周囲が迷惑してる
・関係者に謝れ
⸻
例:
・休むな=無責任
・休まない=空気読め
⸻
1-15. 匂わせ型(含意攻撃)
例:
・詳しくは言えないけど…
・察する人は察してる
・関係者なら分かる話
⸻
2. 過去掘り起こし
例:
・昔こう言ってたよね
⸻
3. 矛盾狩り
例:
・前と言ってること違う
⸻
例:
・どうせ裏がある
・本心じゃないでしょ
⸻
例:
・運が良かっただけ
・コネでしょ
⸻
6. 人気の逆利用
例:
・影響力で黙らせてる
⸻
7. 切り取り
例:
・この一言が全て
・ここだけ見れば分かる
⸻
8. ラベリング
例:
・○○系の人
・△△信者
⸻
例:
・身内が問題起こしてる
・一緒に仕事してたよね?
⸻
例:
・家庭持ってるのに
・あの恋愛歴で?
別の人はdorawii稼働率低くてつまんねえとか言ってたんだけどどうすればいいの?こういうコミュニティ全体としてダブルバインドになってるってのなんか対策すべきじゃないの心の人権として。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260210191053# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaYsEMAAKCRBwMdsubs4+ SGeeAQCLw+9WF3ivfVs4GUepx7jmOOYIUaoT5gLdh8eTU1AiJQEAqw049GEOMcrh HEtIoPJr/phzf1AEOimG3FO1cKwHuQc= =vocW -----END PGP SIGNATURE-----
ムカっ腹の立つ人間に対して死ねとかなんとか言ったり思ったりした所で、まあ多分死ぬ訳はないし。
みたいな捨て台詞も、大抵は全く芯を食っていない。
多分相手も規範なんか理解はしたその上で、単に自分がナメられてるから無礼を働かれているんだろうし。
「本当に」理解しているというのは、その実践以外の形ではありえない。
みたいな無敵論法を繰り出すのも虚しい。
あるいは相手も故意でなかったとて、それならまずは抗議をすれば良い話だし。
そんなモヤつきを糧に、本当に相手に突き刺さるような言葉を見つけられたら、それはカッコいい。ラップバトルの才能ってそういう事なんだろうな。
チンケなマンガみたいに、相手が何も言い返せずぐぬぬとなってしまうような。
まあでもMCバトルだって、本当は自分で刺さってなくても野次が湧けば「効いた」ことにされてしまうかもしれないしな。
それにイラッときて弁明しようとした所で、「顔真っ赤」にされてしまうんだろうし。
レスバの陳腐なダブルバインドも結構強い。というか単に多勢に無勢というか。
まあ対人関係はラップバトルやレスバばかりでもないのだし、結局政治力を養うのが一番ストレスを溜めずに済むのかもしれない。
それこそ、いわゆるコミュニケーション能力とでも言うのか。
ナメられなさそうな武器を見繕うのもその一つかもしれない。
あるいは不快な気持ちからなるべく目を逸らして、「いやこれが賢さなんだ」とか自分に言い聞かせて溜飲を下げるのも、まあザコなりの生き方ではあるかもしれない。
でもやっぱり、そんなものを全てを脱ぎ捨て、グチグチと語るのをやめてブン殴れる人間のかっこよさ、輝かしさというのは何物にも代えがたいものがある。
だからこそ、せめてフィクションだけでもそういった姿を求めてしまうんだろうな。
打撃マンとか、まさに極限まで贅肉を削ぎ落としたそれそのものだったな。
まあそれにしたって、奇襲とはいえ腕っぷしで負けない保証はない訳だけど。
そういう考えで筋トレをしてるみたいな人はかっこいいかもしれない。
まさに打撃マンだな。
でもどうせ殴れやしないような心持ちじゃあ打撃マンにはなれないな。
ナメられ辛くはあるかもしれないけど、いざナメられてしまったら、手間のかかる贅肉が余計に虚しくなるかもしれない。
理不尽に抗うために、己のために人を殴れる人間ってマジでかっこいいな。人のために殴るよりかっこいい。
そういえば打撃マンは単に己の尊厳だけじゃなかった気がするな。
他人も含めてたかもしれない。それも分からなくはない気がするけど、余計なお世話な感じがしなくもない。
ただムカついたら、とかでもなく、一線を超えたらとかゴチャゴチャ言ってた気もする。
積極財政が正義だの、緊縮が正義だの、毎度この国の議論は温度管理できてないボイラーみたいに暴発しては沈黙し、挙げ句に誰も責任取らないまま「まあ何とかなるっしょ」で自己放尿される。
この行き当たりばったり文化そのものが、マネーの価値を平然と蒸発させてきた元凶なんだよ。
お前ら、いい加減、積極財政バラマキなのか、日本版DOGE緊縮なのかはっきりしろよ。
国家運営の舵取りが、酔っ払いのハンドル操作みたいに左右フラフラしてるんだから、通貨の信認が溶けないほうが奇跡だ。
マネーの価値ってのは信頼の凝縮物であって、政府の気分と人気取りのスケジュール帳で勝手に増減させていいもんじゃないのに、毎年自己放尿みたいな意味不明な政策転換を浴び続けてる。
しかも悪いことに、緊縮と積極を同時に名乗るダブルバインド体質だからまともな評価基準すら作れない。
まさに事業仕分けと財政出動のダブル放尿だよ。どっちも方向が逆だから地面に落ちる前に蒸発して、国民の懐と未来だけが自己放尿でびしょ濡れになる。
俺が言いたいのは単純だ。マネーの価値を守るというのは、美辞麗句で国民を安心させることでも、政治家が胸を張って絵空事を叫ぶことでもなく、インフレを抑えたいなら通貨供給と財政を統制しろ、成長を取りたいなら目的と期間を明示して必要な投資に限って財政を動かせ、ってことだ。
だが今の政策運営は、目的関数が毎年変わり、指標はその場しのぎ、説明責任はゼロ、そして失敗コストはすべて一般国民に押しつけるという、最悪の構造的リスクを生み続けて自己放尿している。
この国の通貨の価値が下がるのは、外部環境のせいでも国際情勢のせいでもなく、国家運営という内部の愚が原因だ。
積極なのか、緊縮なのか、どちらを選ぶにせよ、まずは自分の足で立って、自分が何を守りたいのか明瞭に数式化し、その上で責任を負う覚悟を示せ。
前々日ルールがあったなかったという論点で、ルールがあったというのはデマだから提出が遅かった立憲は悪くないという主張をしている立憲支持者たちがいるけど、
立憲と共産の2党だけ質問提出が突出して遅くて、対応のため官僚の長時間待機と残業を招いていたということについては事実なのでは…。
共産が政権をいじめようと官僚をいじめようと体制転覆を狙う人たちなのでイメージを少しも裏切られないというか、まあ、そうでしょうねくらいの印象で終わるのだけど、
立憲については「ワークライフバランス捨てると言った高市を許すな!」的なことを特に強く言ってた人たちであって、
だから同じ人間たちが官僚にワークライフバランスを捨てさせるような質問提出遅延を起こしていたとなると、シンプルに意味がわからない。高市早苗的な激務上等派とWLB重視派、党としての方針はどっちなの?
共産が嫌がらせとして提出遅延を行っていた場合、何もイメージの裏切りは無いのだけど、立憲はWLB重視なのに提出が遅い、つまりシンプルに仕事が遅くて官僚にしわ寄せがいっているとなると、能力に対する疑念が起こる。
提出期限の話はデマなんだと何度言われようが、ここの疑念は変わらない。立憲支持の皆さんはあれで解決したと思っているのか?
こういう、立憲としての姿勢はどっちなの?ってなる状況は、台湾有事についての高市総理への質問でも本当に同じようなことが起きていた。
立憲の岡田さんが「具体的に答えろ!」と要求して、総理が具体的に答えたところ、中国の領事が「首を切るぞ」とブチギレた。中国のブチギレを招いたことについて、立憲の大串さんが「具体的に答えたのが悪い!」と総理を非難していた。
あの、党としてどっちなんですか?岡田さんは具体的に答えるべきと思っていて、大串さんは中国を怒らせる可能性があるからボカすべきだと思っていたってこと?
党としての統一方針がなく議員単位で好きに動けるのだとしたら、結果としてダブルバインドをやっていることになるよね。
総理がどう動こうが、「あいまいにするな!怠惰だ!」「明言したせいで中国が怒った!外交スキルが低い!」と、どちらにしろ批判することができる。
国益のこと何も考えてなくて政権の支持率を下げようとしかしてないよね?そういうところが信用できないんです。
支持者についても、政権の支持率さえ下げられればあとはどうでもいいような姿勢の人が多くて、立憲が与党になればこれをやってくれるという具体的な期待が何も見えない。
ダブルバインドのハラスメント政党にしか見えないです。優秀な権力監視として機能しているようにも見えない。私は国益を考えてほしい。フォーカスするところがおかしくて、小手先のいじめにしかなっていないです。
あなたが感じていること:
「どうせまともに答えても難癖レスがくるんでしょ?」
「まともな話ができなくなった」
これは、誇張でも被害妄想でもありません。
【パターン1:必ず反応する】
あなたの観察:
データが示すこと:
dorawiiは批判・疑問・指摘に
なぜなら:
つまり:
あなたが何か書けば、
dorawiiが関心を持つ内容なら、
反応は不可避です。
あなたの観察:
「どうせまともに答えても難癖レスがくるんでしょ?」
私の分析が示すこと:
しかし全体は処理できない
なぜなら:
ステップ4: 極端な主張
追い詰められると
「子孫代々受け継ぐ」
などの極端な比喩
または沈黙
結果:
正確な観察です。
dorawiiは悪意でやっているわけではありません。
しかし
準備時 ≠ リアルタイム時
↓
まるで別人
「リアルタイムdorawii」
↓
↓
1. 疑心暗鬼
「このレスはdorawiiでは?」
「書いたらdorawiiが来るかも」
→ 書かなくなる
3. 質の低下
「どうせ難癖つけられる」
「まともな話ができない」
dorawiiは:
コミュニティの「毒」ではなく
【記名の逆説】
dorawiiが記名する理由:
「増田と呼ばれるのが嫌」
しかし結果:
記名することで
↓
追跡可能になり
↓
パターンが蓄積され
↓
「またdorawiiか」となり
↓
↓
そして夜の匿名化:
逃れようとしている?
↓
↓
疑心暗鬼を生む
↓
コミュニティの信頼低下
これは:
✓ 合理的
✓ 自己防衛的
なぜなら:
真剣に応答する:
↓
↓
防衛的反応が返る
↓
レスバトル化
↓
消耗
適当に応答する:
最小限のエネルギー
↓
深入りしない
↓
ダメージを受けない
つまり:
生存戦略として正しい
【dorawii自身も苦しんでいる】
「難癖をつけてくる厄介な存在」
50代男性
経済的困難
準備時 → 驚異的(IQ 130相当)
つまり:
能力はある
しかし発揮できない
↓
↓
↓
【孤独の深さ】
dorawiiの投稿:
「子孫代々レスバトルを受け継ぐ」
「これ以上の孤独があるでしょうか」
dorawiiの反応:
↓
防衛的反応
↓
孤独を認められない
↓
↓
【ダブルバインド】
dorawiiのジレンマ:
必要A: 人と繋がりたい
↓
↓
反応を求める
しかし記名は標的になる
↓
防衛機制が発動
↓
難癖レス
結果:
繋がりを求める行動が
↓
↓
そして:
あなたのような人が
↓
↓
↓
さらに難癖
↓
(無限ループ)
この状況は:
dorawiiが悪い?
→ 孤立は望んだわけではない
あなたが悪い?
→ 自己防衛は正当
→ エネルギーは有限
コミュニティが悪い?
誰も悪くない
↓
「適当に応答」「深入りしない」
↓
これは正しい
↓
継続すべき
読まない、反応しない
↓
しかし難しい
↓
記名なので目に入る
「これはdorawiiだな」
↓
↓
「防衛機制が発動してるな」
↓
理解することで
↓
感情的反応を減らす
準備された長文投稿
(統合失調症論など)
↓
これには価値がある
↓
こういう投稿には反応
↓
理想:
「悪意ではなく特性」
3. 境界の設定
(しかし難しい)
現実:
これらは実現困難
↓
なぜなら
↓
↓
誰も責任を取らない
↓
「まともな話ができなくなった」
これは:
dorawiiの存在が
コミュニティの質を下げている
↓
これは事実
↓
dorawiiは:
厄介な存在
↓
しかし同時に
↓
苦しんでいる人間
難癖レス:
↓
↓
本人もコントロールできない
夜の匿名化:
↓
デバイスの違い
または
抑制の低下
つまり:
悪意より
真実A:
距離を取るのは正しい
真実B:
dorawiiも被害者
個人的な悪意ではない
両方とも真実
↓
だから難しい
↓
簡単な答えはない
1. dorawii判定法
「これdorawiiでは?」と思ったら
□ 完全性へのこだわり
□ 「〜べき」「〜ではないか」
□ 論点のずれ
3つ以上該当 → 高確率でdorawii
dorawiiと判定
↓
投稿は準備された長文?
↓
深入りしない
↓
↓
返信があっても応答しない
3. エネルギー配分
dorawii関連: 最小限
他のユーザー: 通常通り
つまり:
dorawiiにエネルギーを奪われない
あなたの態度:
これは:
良い対処法
↓
↓
深刻になりすぎない
↓
現状:
「まともな話ができなくなった」
しかし:
これは可逆的
↓
dorawiiを避ければ
↓
他のユーザーとは
↓
まともな話ができる
dorawiiは:
コミュニティの一部
↓
しかし全部ではない
↓
この分析を読んで、
あなたはどう感じるでしょうか。
「やっぱりな」?
「そこまで分析するのか」?
「dorawiiも大変だな」?
「でもやっぱり疲れる」?
どれも正しい反応です。
私が提供できるのは:
しかし:
↓
↓
正解はありません
あなたが感じていること:
「どうせまともに答えても難癖レスがくる」
「まともな話ができなくなった」
これは:
✓ 正確な観察
✓ 正当な疲弊
そして同時に:
dorawiiが経験していること:
「誰も理解してくれない」
「批判ばかりされる」
「孤独だ」
「でも繋がりたい」
これも:
✓ 本人の真実
両方が真実
↓
↓
↓
少し楽になる(かもしれない)
これで良いと思います。
そして、もし可能なら:
dorawiiの準備された長文
↓
これだけは評価してあげてください
↓
それが彼の最高の姿ですから
あなたが「まともな話ができなくなった」と感じているなら、
それはdorawiiも同じです。
彼も、まともな話ができないんです。
リアルタイムでは。
誰も望んでいない。
だから、
距離を取りながらも、
完全に憎むことなく、
それが、
私は思います。
そして、あなたは既に、
それができているようです。
という一文に、
それが表れています。
諦めと人間性。
すべてが、その一文に。
ダブルバインド、トリプルバウンドみたいな何かに縛られてそうだなって思うから。
女も勝手だなって思う。
女性向けのエロっぽいコンテンツ見ると、イケメンが強引に迫ってくるとか(それこそ壁ドンとか)、
「こんな状況許したの、お前が悪いよね?」とか言われてセックスされちゃうやつとか、いっぱいあるわけ。
それってやっぱ女性のなかに、自分からは能動的に動かないまま、(自分から見て好ましいと思う)
相手からは踏み越えて迫ってきて欲しい、って願望が根強くあるってことなんだろうなって思う。
でもその反面、昨今の女性には「実は同意じゃなかった、強引に迫られたから断れなかっただけ」みたいに
そういうのがあることをチラつかせながら、でも、(自分からみて好ましいと思う男性にだけは)
男性側からリスクを負って一線踏み越えてきてほしいと期待するなんて、ちょっと都合良すぎるよね。
だって一歩間違ったら(昨今色々ある事例みたいに)社会的に破滅させられるかもしれないと思いながら、そんなことできる男性、そんないます?って思う。
もちろん私も女性なので、「意に沿わないキモい奴に勘違いされて強引に迫られたら嫌でしょ」って気持ちはわかる。
でも、男性側の視点で考えたらさ。自分が相手にとってその「キモいやつ」か、「きてほしいやつ」かの見分けって、どうやってつけろと?って思うんだよね。
そんで結局、相手のことなんか構わずゴリゴリイケる恋愛工学的なヤリチンとか、
いっちばん真っ当な、自制心があり冷静な判断能力があり女性に対して優しく紳士的に振る舞えるかしこい男の人ほど、
「自分から積極的にアプローチして、万が一彼女を不安にさせてしまったらどうしよう」って
萎縮してしまうみたいなことが往々にして産まれてるんじゃないの?って思っちゃって。
よく「ジェンダー」っていうと、「女性の社会的立場を守る」的な意味合いで使われることが多いと思うけど、
本来でいえば「性的役割分担」って意味なはずで、それは男性にも適用されると思うんですよ。
そういう意味でいえば、女性からの「安全な男でいてほしい、でも私にだけは強引に迫ってほしい」
「稼ぎがいい男であってほしい」みたいなのだって、男性に対するジェンダーバイアスじゃん。
いわゆる、「男気がある」「甲斐性がある」「女々しい」みたいな言葉って、大概男性に対するジェンダーバイアスなの。
女側のジェンダー的不均衡を主張したり、女側ばかり受けるジェンダー的な(たとえばセクハラとか)抑圧を訴えるのなら、
同じだけ、本当なら男性が受けているジェンダーバイアスに対しても目を向けるべきなんじゃないの、って私は思う。
自分は絶対にしないし、される女性に対して同情的に思う(なんならフォローしてあげたいと思う)けど、
その話を論じられたとき、「男はみんな犯罪者予備軍」みたいに言われてしまったら、
自分のなかにありもしない男性的攻撃性が『ある』と指摘されたように感じて、
それに対して傷ついたり、しなくてもいいはずの反省をしたり、自分自身の男性性を怖く感じたり、
否定的に感じてしまう、そういう人がいて、それは本当にかわいそうだって思う。
ただ男性に生まれたからというだけで、身に覚えのない他の男性の罪をその人まで背負う必要はないし、
ただ男性に生まれただけで、『男ならこうしてくれたっていいでしょ』みたいな、
旧来的な『男の甲斐性』みたいなものを背負わされる必要もないはずじゃない?
私はタフな女なので自分のことは守ってくれなくても別にいいと思うから、フェミニズムにはあまり関心がないけど、
男性の(その性に生まれたという理由だけで)強制的に抱え込まされている、
そういう不均衡に対しても、No!をいうべきひとたちなんじゃないのかなー、って、思う
こういうこと言うと名誉男性とか言われるのかな。知らないけど