はてなキーワード: 罵詈雑言とは
〇意が湧いてくるわ。
絶対に普段真面目に論文や批判書いているなら書かないような罵詈雑言を、相手見て平然とかつ公開の場でやるとか異常者やろ。
しかも暗に名前を出さずにそれとなくわかるように批判するとか、仮にも上の身分のやることかよ? 基地外だろ。
こんなものはわざわざ読まないしキャリアにもならない無駄な事だとか言いながら、論文読んで批判するとか意味わからんガイもおるし、あの辺どうなってんだよ?
男女論絡みになると、誹謗中傷やいじめもしていいみたいな態度を露骨にとってくるのマジでうぜえ。
出会ったらあまたを石でかち割ったろかって位腹立つわ。
なんだったら切腹でもしてほしいくらいだし、そうすれば女の枠空くんだし譲ったれよって思うレベル。
あんな質の低い連中が学界にいるほうが損失だわ。
多少配慮したけどネタバレあるのでまだ劇場行ってない人は読んじゃダメだよ。
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そこらのソシャゲのキャラストーリーとしてなら十分なクオリティ。コナンというIPでお出しするならもう少し頑張って欲しい。基本的には満足できたので、迷っているなら観に行くのをオススメできる。
色ボケした横溝はキショかったけど、そんなことよりも、松田お前そんなキャラだったっけ?
「ハモっちまった〜w」
キッッッッッッショ!!!!
揺れる警視庁で出てきた時の松田って、サングラスだしタバコだし「馴れ合いはよしましょうや」だし、挙句にメールはすぐ消すワイルドな二枚目ハードボイルドとして描かれてなかったっけ。詳しく知らないけど警察学校編だとこんな感じなのか? 勘弁してくれ。揺れる警視庁で見せた、佐藤刑事をあんなふうにした「松田くん」のイメージを壊さないで欲しかったよ青山先生……。より大きな爆弾のために自己犠牲の道を選び、禁煙のマークに「今くらい大目に目てくれよな」っていう、ワイルドな生き様がカッコよかったのに……本当に、こんな、媚びたイケメン(笑)に魔改造しないといけなかったのか?
個人的に揺れる警視庁はメチャクチャ好きで重要なエピソードだけに、この辺を雑に消費されると哀しくなる。もっと話したいことはあるけど、これを言い出すと最悪の駄作・ハロウィンの花嫁への罵詈雑言の記事になってしまうから一旦置いておく。以降もあまり触れないようにする。
ーーいや、これだけは触れる。揺れる警視庁の爆弾犯を雑に処理したことだけは許せない。法で裁かれることが大切な犯人だろうがよ。どんな気持ちで高木刑事が佐藤刑事を諌めたと思ってんだ。
最近は全体的にそうなんだけど、名探偵コナンじゃないよね。根本的な理由は「推理が薄い」ことに尽きる。本格ミステリーをして欲しいとは言ってないよ? でもさ、警察が教えてくれる、灰原が教えてくれる、園子が教えてくれる、こればっかだよね? 調査して推理して閃いて(コテリン♪ってやつ)、その結果として犯人を推理で問い詰めて自供させるのって見どころじゃないのかな。
「江戸川コナン、探偵さ」がカッコいいのは推理力で我々を圧倒してくれるからであって、終盤に雑に言わせてヨシの万能ワードではない。シチュエーションにこだわって欲しい。
今回なら、世良まで出しておいて調査も推理もないのは本当になぜ? アイツが育った施設に行って警察から聞いた話との矛盾を知る、姉がいることを仄めかされる……その辺を世良の人探しの件とリンクして進められたんじゃないのか? 確かに推理は尺を食うし地味だけど、無意味なシーン(※後述)をカットすれば十分時間捻出できるだろうよ。それがコナンのカッコよさに繋がるという意識が全くないから、結果としてサブキャラのキャラシナリオに終始してしまってる。
※ 例えば: 幽霊バイク騒動は全カットでもいいと思う。なんなら、いきなりバイクフェスの会場スタートでよくない? ヤイバーのバイクを見て騒ぐ探偵団、こんな技術が使われてるんだよって出しゃばって説明してくる技術者、見た目を褒められて照れくさそうなデザイナー(ここでエンブレムの伏線)、そしてコナンが目の端で世良を見つけて話しかけに行く……くらいの感じ。ルシファーの初登場は帰り道に保留。昔のコナン映画だったらこんな感じに覚えきれないくらい一気に容疑者候補並べてたよね。青枠で登場人物名と役職がズラッと。
コナンのことをソシャゲのアプリアイコンのキャラ、くらいに思ってる節があると思う。重要人物だけどとりあえずいるだけでストーリーを主導してない。ソシャゲのイベントストーリー感はここからきてると思う。
コナンの強みである「大人顔負けの頭脳」が活かされる場面が少ないんだよね。推理以前に頭使うシーンがない。最後のアクションは一か八かの脳筋解決、あるいはドラえもんレベルに万能化した博士の道具に頼ってばっかり。高尚な話はしなくても大丈夫なんだ。天国へのカウントダウンでビルから飛び移る際に速度の計算してくれるシーン、高校物理レベルなのに超カッコよかったよね。あのくらいでいいんだけど……。
なんなら道具の使い方も謎。バイク主題の映画で、スケボー使った犯人とのチェイスシーンないって正気か? 曲がり角でトラックに格納されて消えたせいで見失う、みたいなの合っても良かっただろ。ついでに取り逃したコナンが「クソッ!」って悔しがってくれればより満足。終盤だとヘリの壁を撃ち抜くのにボール蹴るのも意味不明だと思った。そもそも、あそこの鍵閉まってなくてよくね? 暴走させようと操縦桿を握った犯人を、千早とコナンで説得するシーンではダメだったのか。せっかく弟を失った境遇がリンクしてるんだから、もうちょいマシな活かし方があったんじゃないかと思わざるを得ない。
余談だけど、爆弾処理で弟を亡くしたキャラのそばで、いとも簡単にコナンに爆弾解体させるの人の心無いんかなってな思う。個人的には爆弾関係のギミックだと、揺れると爆発する仕組みでもつけておいて、コナンが解体中はアシスト機能を使って慎重運転 → 回想シーンの萩原の話とかがヒントになって解体成功 → 速度出してよくなったのでアシスト切って千早のドラテクでぶち抜いて犯人追いかける、とかの方がぽかったと思うんだけどな。シンプルにバイクテクで魅せて欲しい。
今作に限った話じゃないんだけど、OPの「俺は高校生探偵、工藤新一」のあの部分、普通に映像流したらダメなんか? 「aviutlで覚えたアニメーション効果、全部使ってみました!」みたいな編集で正直好きになれない。画面のどこ見て欲しいの? あのシーンって割と「コナンの映画が始まるぞワクワク」っていう劇場版特有の、映画の世界に入り込んで行くための導入効果があると思ってるので、ここに変な個性いらないんよな……。
ちなみに、本作は既にこの時点で松田・萩原はおかしかった。思い出したら腹が立ってきたのでここで止める。
上に以外は大体良かったんじゃないかな? 千早にフィーチャーするっていうコンセプトをちゃんと守れてたのは大きい。最近はブレブレになってるやつも割とあったからね。峠のレースシーンも個人的には好き。
あと、多少は犯人探しでワクワクさせようって意気込みが感じられたのは嬉しかった。
盛り上がりは少なかったけどマイナスも少なかった。
よって個人的には80点くらいあると思う。加点法で評価する人は低評価するかも。
アンフェになるようなやつはだいたい他者を常に値踏みして上か下かを判断するのが習い性になってて、
上には絶対服従、逆に下には絶対服従を求める権威主義の権化なんだよ
「女という下等生物」が男に物申すなんて絶対許さない、そういう思想だからこそ「女をあてがえ」みたいなことを真顔で言い始める
Colaboや仁藤みたいな「男に物申す」存在なんて絶対に許せないから、どんな滅茶苦茶な理屈でもフェイクニュースに乗っかってでも屈服するまで攻撃を止めない
ずっと少数派の左派やリベラルは選挙に勝てない「弱者」だから、与党側つまり「強者」側である自分は左派やリベラルを見下して罵詈雑言を投げつけてもいいと思ってる
年収の少ない職業の奴らは「弱者」だから、カネを稼いでいる「強者」の自分はそいつらを奴隷扱いしてもいいと思っている
もう騒動に加担した人間たちですら忘れているだろうけど、3年前(厳密には2022年からだから4年前)
イーロンがTwitter買収して、Twitterジャパンの人間ほぼ全員社長ごとクビにした事件があったのはIT職系が多い増田とかは覚えてるだろうがネットの大多数は忘れていると思う。
あの頃、Twitterジャパンのキラキラ社内生活を映した番組が掘り返され、それにもう嫉妬と憎悪で「(警察が怖いから)名誉棄損や侮辱罪にならない範囲でこいつら地獄に叩き落したる!」とまで公言した連中が旧Twitterでいた程ヘイトを集めていたことがある、といえば思い出す人も多いと思う。
当時を振り返れば、それはもう凄まじい物だった、今だったら逮捕者続出してるレベルの罵詈雑言がTwitterジャパンのメンバーや当時の社長に飛び交っていたのをよく覚えているし、検索したらまだ出る程いっぱいある。
あの騒動に加担した連中は、旧Twitterやnote、まとめサイトやゆっくり動画まで作って「名誉毀損にならない範囲で」名前や顔出した(プライバシーもへったくれもない)宣伝動画作りまくってて
「IT企業はこんなところで働いてた寄生虫なんてとらないでくださいね!」とかやってた奴らがたくさんいて、実際オタク界隈からでさえ、ラノベや漫画系のクリエイターたちまでもが「現代のざまあ物w」、「生意気な社員や無能の社長なんか追放しろ」、「リアルなろう物だなw」と加担していた、Twitterジャパンを雇止めになったことを書いたアカウントに群がって集団で「●ね」だの聞くに堪えない悪罵を浴びせてネットリンチ状態になっていたのがニュースになってて、見ていてドン引きしたことを覚えている。
しかも、なろうがなろう系がといったって、Twitterジャパンの人たちはそもそもなろう小説やなろうアニメなんかみるわけがない層なので、いったい何の話で罵詈雑言食らってるのかさえわからず混乱していたのに、ざまあ!なろう!追放!なろう!と喚きながらネットリンチにいそしむ様は、底辺と上澄みの分断というより、謎の未開地の蛮族の集落に迷い込んだ文明人が、生贄の儀式を食らってるかのような光景にしか思えなかった。
彼らの目的は「クソ生意気な癖にキラキラ生活してるリア充の若造やそんな生活を許容して赤字垂れ流しにしてる社長が大手を振って世の中を歩いている事さえ許さん!地獄に叩き落してやる!」という、今だったら逮捕者出てもおかしくないレベルのことを集団でやっていてTwitterは大騒ぎになっていた。
赤字なのはTwitterの体質を考えれば当たり前の当然の話で、それはイーロンが買い取った後もほとんど変わらないし、サービス悪化になるレベルでコストカットをしたりとかなりの大胆なことをやって最近ようやくギリギリ黒字になった程度でしかなく、体質的に赤字なのは変わらない、というアナニュースまで出ているので、旧Twitterのメンバーや社長が悪い訳ではないし、それを増田たちは当時ちゃんと冷静に指摘していた。
「そもそも外資系にあっさり入れるような経歴や技能持ってる時点で職にあぶれるわけないだろ」
「外資渡ってきたなら経験あるだろうけど、あっさり転職やクビなんて当たり前の世界生きてきてるから動じてないだけじゃん」
「IT業界のこのレベルのレイヤで仕事や関わってる奴らは叩いてない」
実際、あれから3年経つが、旧Twitterジャパンの社長は、彼を叩いていたXのオタクやオタク系クリエイターたちが仕事貰って生計を立てている大元企業である、KADOKAWAの社外取締役や経営顧問を複数招聘されて、「イーロン・ショック」という当時の回想禄を出版してこれも売れている。
旧Twitterジャパンの人たちは普通に待遇もあまり変わらない他の外資やJCTにあっさり転職を決めていた、とも聞く
当たり前である、増田達のいう通り彼らはIT職としては「生まれついてスタート地点から違う人たち」なのだから、零落れようがない、との通りだった。
都内の一流大学に在学している女子大生のココロちゃんが、一時期とはいえみいちゃんという日本社会の底辺そのものの存在に、良かれと思って勉強を教えたりすると恩をあだで返され、ドン引きして就活時期なのでさっさとキャバクラを辞めて就活している中で
主人公の山田さんすら内心「関わらんとこ」とLINEを削除するシーンがある。
ネットでは物凄く炎上して「生意気な悪魔女がッ!」、「上から目線でバカにしやがってッ!」とヘイト塗れの意見が飛び交っていた。
「いや、生きる世界がそもそも違うんだから関わるだけ損だしいちいち関わってられないほど忙しいんだから当たり前だろ」という意見や
「むしろ山田の方がヤバイ」という当たり前の意見がたくさんあった。
SNSなどない時代だったら、あの人たちがどんな生活をしてたかなんて、下の層なんか知りもしなかったのだから、それはそれで双方ともに「分断」していた昔の方が幸せだったのではなかろうか。と
ネット社会は世界中の国家規模での諜報機関だのテロ組織だの、闇バ●ト問題などを見れば暴力団や反社などの魔の手や会話ができる位置までいるほど、本来であれば「普通の人がかかわってはいけない場所」や「普通の人が関わってはいけないこの世の闇に潜む人たち」と普通に生きる人たちを直結させてしまっている。
本当にあんなバイオレンスな世界でサバイブする方法なんて、普通の人が知っているわけがないから一度からめとられたら最後、人生や命まで奪われる様な痛ましい事件が実際に何度も起きている。
というか国会図書館ひっくり返そうが、アメリカ陸軍のマニュアル置いてある国防総省やCIAの公式HP見ようが、そんな人間に対抗できる手段などマニュアルでさえ役に立たないし置いてないのが実際だ
結局そんなヤバイ人たちが狙うのは、旧Twitterジャパンの社長やメンバーを叩いてた「救われないみいちゃんサイドの人たち」で、
彼らが憎むキラキラ生活をできている人たちや、ネットリテラシーは(ついている業務上普通の人たちよりかなり高い)増田たちは、いきなり通り魔にでも合わない限りまず事件に巻き込まれることはないので、結局弱者が割を食うのだが。
とっちらかってしまったが、どうすれば彼等や彼女らみたいな人たちは救われるんだろうか、そもそもどんな救いを求めてるのだろうか、それさえ聞いても癪に触ってブチ切れるほどプライドが高いみたいで誰もその答えを出せない
AIといったブレイクスルーみたいな技術が山ほど出てきている今の世界で、残酷なまでに救われない人たちは、IT技術で救えるのだろうか。そういうものがこれからのITに問われているのかなと思ってる。
何が言いたいかわからんって、あれだよ、我々の大半が雲の上の世界に最初っから住まう資格を持つ人間じゃあないのだから、なんで喪失感や不公平感や憎悪を持っているのか?って話なんよね
最近、ネットで新卒で月給50万なのを見て「生意気な野郎だ!」、「俺や私はこんなにもらえないのに不公平だ!」って言ってる人たちいっぱいいるけどさ、あんなのアンタらが若かった時代ですらそんな待遇の人間なんて常に時代の一握りの超上澄みで、関わることもない人間たちだったわけじゃん。
どうして別の世界なんだから関係ねえなで済ませられないのさ?そこに行きたいなら相応の努力しなよ、で社会恨んで他責思想の他力本願やめて生産的なアクション起こしなさいよ、終わる話じゃないの?
どんだけプライド高いのさ?というかそういう人たちにアンタら何されたの?滅茶苦茶リアルでイジメられたわけでも、暴力振るわれたわけでも、下請けや派遣ではいったらキッツイパワハラ受けたとかそんなんじゃないでしょ?ただ自分が能力不足でそういう「キラキラ世界」に行きたくても行けなかったから話したこともないそういう世界の人たちが憎たらしいってだけでしょ?
そんなの自分らの問題じゃん、てか真っ当な努力もする気もなく、キラキラ世界の、それこそ上で書かれたみたいななろう系!なろう系!とか言いながらTwitterジャパンの人たちや社長をTwitter上でネットリンチしてたけどさ、なろう系だの悪役令嬢だのかは知らんけど、美少女やイケメンと付き合って人生逆転したいんなら人や社会恨んでないで努力しなよ、ああいうアニメや小説では人を恨めば恨むほどパワーが上がる魔太郎が来るみたいな能力の主人公だとかが多いんだろうけど、現実そんなんないからね
挙句、後にKADOKAWAの経営顧問になる様な社長を、なった後もぶっ叩きまくってる落ち目のオタク系クリエイターや作家いっぱいいて、正気かこいつら?って俺思ったぞ、自分らの仕事差配するレベルの人たちに噛みついてんだぜ?狂ってるよハッキリ言って
というかそんなに暴力だの他害行為だの抑える気もないなら、テロリストにでもなって人の嫌がることならなんでもやってクソの人生極めりゃいいじゃん。でもこういう話するとなぜかブチ切れるじゃん、マジで理解できないんだよな
俺が地方公務員になりたいと思った動機は、ただ他人を助けたいという想いからでした。
ド田舎の農家の次男坊として生まれたものの、歳の離れた兄が本当にダメな人で、俺が物心がついたころには家業は傾いていました。父は単身赴任で出稼ぎにいき、母は兄の件で心を病んでしまいました。
幼い俺は世間知らずの餓鬼で、漠然と自分の家と貧しいのはわかっていても、これが普通なのかなあとぼんやり考えていました。クラスでは隅っこ寄りでしたが、不良みたいな感じではなかったかな。
父親も母親も兄弟も家にはおらず、幼い自分のそばには祖母がいました。おばあちゃんの豚丼、玉ねぎが焦げて苦くて油っぽかったなあ。フライパンが焦げるからってたくさんサラダ油いれるから…
世間的には、これはネグレクトと呼ぶようです。どうやらおかしいんだと理解したのは就職してからでした。たしかに家で寂しいと思うことは多かったですね。
幼い頃の俺はかまってちゃんで、独り言が多くて、不潔だけど、それでもそこそこ運動神経もよく、見た目も頭脳もそれほど悪くはなかった。だから、友達でいてくれた人はちゃんといました。 みんなに感謝しています。
たまに彼らの背中を思い出して、「ああ、俺ってあんなにすごい勉強ができて性格も良くて、いい同級生に恵まれたのに、こんなに彼らと距離がついてしまったんだ」と泣くことがあります。せめて友達には胸を張って誇れる人生にしたかったのに。
俺が公務員になろうと思ったのは、「俺みたいに悲しい思いをしてる人を助けられたらいいな」というふんわりした想いからでした。貧乏な生活も嫌でしたし、友達も俺の長所は優しいことだと言ってくれていましたから。
ありがとう、家庭環境が良くなかった俺の心の支えは君たちだった。俺、男なのにメンヘラでごめんな。
運良く採用拡大期に地方公務員試験を突破できました。そりゃあまあ努力もしたけど、マクロ的には運が良かったんだと思います。
けど、就職してからも努力不足もあり、よくなかったなあと思います。新卒一年目は右も左もわからず、上司には迷惑をかけました。新卒二年目で上司がうつ病で離脱してかなりつらかったですね。三年目、優しい人だと思ってた先輩がうつ病を理由に退職しました。周りの上司が彼に対して罵詈雑言を吐いていたのをみて、どうかしていると思いました。
大人に対して「きっと優しくてすごい人たちが外にはたくさんいるはずだ」とぼんやり幻想を持っていましたが、そんなものはすぐに打ち砕かれたのです。管理責任を問われたから、弱った人に陰口を叩く。なんて醜いんだろう。人間はみんな弱くて醜いんだと思わされました。
そして、誰でもない俺自身もまたそういう「醜い大人」になる未来が想像できてしまいました。理想と現実には大きなギャップがあったんです。
そこから紆余曲折あって、犯罪被害を受けたり、他人を助けたい想いを抱えたまま他人を見捨てたり、犯罪者扱いされたり、職場で役割が変わったら無能すぎて辞めたり、実績を残せてうかれたり、命を助けたり、父親が死んだり、いろいろなことがありました。なんだか傷だらけでぼろぼろです。これが普通なのかな? たぶん違うんだろうな。
メンタル弱いのはずっとコンプレックスでしたが、メンヘラだからこそ自分の弱さを克服しようとがんばれた部分があったと思います。それに、これだけ悪い境遇だからこそつらい境遇や、良くない環境に置かれた人の気持ちがほんのすこしだけわかっているつもりです。
いま30歳を間近にして、自分の願いが何なのかをまた問い直しています。うまくいかないことばかりの人生。俺は、どうなりたいんだろう?
以前、俺のことを悲劇のヒーローと形容した人がいます。事実だからこそ傷つきました。
けど、俺に降りかかった不幸はありふれた悲劇なんです。きっと能登半島地震や東日本大震災では、俺以上に辛い思いをした人がいるでしょう。俺はヒーローではなく、誰の心にもある道徳心や思い出、信念を捨てずに保った凡庸な大人なんです。
大人になると道徳や倫理観をゴミ箱に捨てる人がたくさんいますが、俺はまだ大事だと思っています。いい歳してどうなんだとか、まあ、それはそうなんですけどね…
悲劇のヒーローで終わりたくないなあ、と思っています。けど、善い人ではいたい。少なくとも視界に映る善良な人達が、みんなそれなりに幸せでいてほしい。そのためにがんばります。弱者になってしまえば目の前で困ってる人を助けることすらできないから、がんばるんです。
それをメサイアコンプレックスやアダルトチルドレン由来のものだと、既存の概念にあてはめて理解するのは簡単なことです。あるいはそれが運命だと言う人もいるかもしれません。
けれども、だからこそ、俺はその宿命のようなものに抗おうと思っています。この大きな挫折を乗り越えられたらきっと、また歩けるんだと。そして、まだ生きてる身内のためにがんばろうと。そう思うことで、まだぎりぎり生きていけそうです。
ALTとはAlternative text(代替テキスト)のことで、目の不自由な人や画像を見れる環境にない人に向けて、画像の描画内容をテキストで補足説明することだ。
Xを筆頭に画像を添付できるSNSには概ねALTの付与機能が備わっていて、投稿者自らテキストを入力できるようになっている。
このALTは、一般的な投稿よりも多くの文字数を入力できることから、しばしば自己紹介や日記、お気持ちなんかを入れて投稿されることが多い。画像の説明なんて一切なく、なんなら黒一色の単色画像なことすらある。
それに対して、真にALTを必要としている当事者やその理解者からの批判が上がり、長文スペースとしている側からは開き直り・逆ギレ・冷笑で返し、平行線の言い合いが続く……と言う流れを、数ヶ月おきのスパンでそっくりそのまま繰り返している。初デートにサイゼ論争や4℃のネックレス論争と同じ間隔だ。
「何もわからない中突然センシティブな赤裸々日記が飛び出してくる身にもなってくれ」
それぞれ、相手の人格否定を含む罵詈雑言なども大いに飛び交っている。
ALT誤用側の主張に対する突っ込みは明白かつ今更すぎるのでここでは割愛する。
批判側の「ALTを点字ブロックにミラーリングして語る」ことは、誤用側にとってはいまいちピンときていないような気がする。
晴眼者にとっては点字ブロックが敷かれている場所と範囲なんて普段の通勤通学路でもうろ覚えだし、「やっりい〜!ここ点字ブロックあるじゃん!遊ぼうぜ〜!」とはまずならない。わざわざ点字ブロックを使う理由がない。
いつだったか、外国語話者の話す内容に対しての和訳字幕が本人の話している内容とニュアンスが真逆だったと炎上したニュースがあった。それは外国語に造詣があるからこそ気付いた人がいたけれど、全く聞き取れない層にとっては聞こえないに等しい。頼りになるのは翻訳された字幕だけで、それが嘘を言っていたり全く関係のないことを言っていたら、それが嘘であることに気付く術はない。時間をかけて音声翻訳をかければ気付けるかもしれないが、これが地震や火事なんかの一刻を争う場だったら?
それと同じような条件が、視覚障害者には常に付き纏っているのではないだろうか。
これは個人的偏見に伴う意見だが、ALT誤用界隈は推し活アカウントや奇形愚痴アカウントの10代が多いように思う。
彼ら彼女らが夢中になっている活動者やインフルエンサー側から率先してALTの用途について発信してもらえれば一定の効果が出そうなものだが、実際はその活動者やインフルエンサーが率先して自撮り写真に今日のイベントに来てくれたオタクへの感謝のお手紙をALTにしたためているので、コンプライアンスなんてものはもうこの令和の世に期待しないほうがいいのかもしれない。
機動戦士ガンダム水星の魔女の公式アカウントが声明を発表した。
https://x.com/i/status/2037001690889802210
【お知らせ】
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?????
なにがあったんだ?
リプを見ると複数の言語であいつが悪い!こいつが悪い!と罵詈雑言を並べていてますます訳が分からない。
一体何が起こったのか?教えて有識者。
よく左派と話してて認識ズレるなって思ってたんだけど、なんとなく理由わかってきた。
たぶん前提が違う。
でも現実ってそんな単純じゃない。
むしろ状況によっては、
抑止が効いて結果的に戦争が起きない、みたいなケースも普通にある。
ここが噛み合ってない。
で、もう一つ思うのが、
左派が重視してるのって結果というより「立場」なんじゃないかってこと。
そこに立っている自分は正しい、みたいな。
でもそれって、
やっぱり前提が根本的にズレてると思う。
「反戦を訴えてきたから戦争を止められた」っていう理解、かなり単純化しすぎてる。ベトナム戦争もイラク戦争も、日本が出なかったのは9条や反戦運動“だけ”で説明できる話じゃないし、実際ホルムズ海峡の件でも9条がない国ですら普通に派兵してない。
結局9条って絶対的な歯止めというより、政治的に使える口実の一つでしかない場面も多い。
あと「強い姿勢が戦争を招く」というのも半分しか合ってない。現実の安全保障って、むしろ「やる意思がある」と思わせることで手を出させない抑止のロジックで動いてる側面もあるから、そこを丸ごと無視すると話が噛み合わなくなる。
それに「強硬姿勢の結果、原爆」みたいな説明はさすがに単線的すぎるし、9条がなかったから戦争になったわけでも、9条があれば防げたわけでもない、というのは普通に共有されてる理解だと思う。
理想として反戦を掲げるのはいいけど、それが現実にどう効くのかの説明が弱いままだと、どうしてもスローガン止まりに見える。
で、そのズレた前提のまま政治の話をする層が可視化されてるのがいわゆるブクマカ的な言説なんだと思うけど、ああいう感覚のままだと広い層の共感は取りにくいし、実際それが選挙結果にも出てるよね、という話だと思う。
【視点】年末に本棚を整理していたら、保守派の論客福田和也の95年頃の本がでてきたので、パラパラ読み返していた。「リベラル」への罵詈雑言を尽くすこの本のあとがきで福田は、「誰も読まない反時代的な本である」と記している。時代は村山政権。左派とリベラル最期の全盛期である。
「朝日、岩波、日教組」という権威を罵倒する反時代性が、保守論壇のなかで生きていた最後の時間である。梶原さんが編んでいた勝谷誠彦の「あっぱれ!築地をどり」は最初の頃は本屋で立ち読みしていたが、いつの間にか読まくなった。雑誌『世界』もそういえばいつの間にか。雑誌コーナーに右派系雑誌が溢れかえるようになると、そもそもコーナーには立ち寄らなくなった。90年代初頭の学生時代、溢れかえる論壇誌を片っ端から読んでいた身からすると、左右の権威が崩れゆくなかで「死体漁り」をやっているようにしか感じられなかったからだ。
福田和也の書いた記事を最後に読んだのは、2012年の「日本の論点」に寄稿されたエッセイだったと思う。僕も参加していた脱原発運動をぼろくそ書いていたのにムカついたものの、同時に彼はデモに参加していたアーティストの山下ヒカルくんをゼミに招いていた。だから彼は、あの運動に「抗いうる魅力」を感じていたのかもしれない。だが以後、彼は沈黙したのではないだろうか。
安倍政権が終わり、高市政権が近づくなかで「民意」の時代が来た。保守派が民意を寿ぎ、(財務省解体)デモを礼賛する時代が来たのだ。2020年代には「朝日、岩波、日教組」の権威は一切失われた。リベラルな学者の主張などごみクズでしかない(だって誰もよまないから)。かくして、保守が民意を代弁する時代が来た。反時代どころか時代の精神になったのだ。だから批評や論壇はもう必要ない。「推し保守」が輝く時代が来たのだ。これからの保守雑誌はリベラルの「死体蹴り」で埋め尽くされるだろう。「民意」がそれを選んだんだから、仕方ないよね。
もし福田和也が生きていたら「大衆は豚である」という本を書いたんじゃないだろうか。もし西部邁が生きていたら、オルテガ・イ・ガゼットをかざして大衆の反逆に反逆したんじゃないだろうか。
でも彼らはもう二度と戻ってこないのだ。
俺はお兄ちゃんだ。妹がいる。
妹がある日、言うわけだ
これはけしからんとストーカーの内容を聞く。どうも別れた元カレに付きまとわれたりSMSを何通も送られたりしてるらしい。
でもSMSの中に気になる文面があった。
何借りたんだ?SMSを遡ると妹は30万を元カレに借りてることがわかった。
念のため妹に「お金返したの?」と聞くと、さっきまで何やら言っていた妹が黙った。
あ、こいつお金返してないわ。すぐわかった。妹は都合が悪くなると黙る。
更に遡ると、妹は彼氏との連絡を急に絶って別れたと言い張っているようだった。
2026年1月16日、立憲民主党と公明党が合流して新党「中道改革連合」を結成した。高市早苗首相による突然の衆院解散に対抗するため、野田佳彦立憲民主党代表と斉藤鉄夫公明党代表が共同代表に就任し、中道路線を掲げる政治勢力の結集を目指した。綱領では「生活者ファースト」を打ち出し、分断から協調へという理念を掲げた。
しかし現実は厳しかった。1月27日公示、2月8日投開票の衆院選で、公示前172議席から49議席へと壊滅的惨敗を喫し、両共同代表は辞任に追い込まれた。この結果は、母体となった立憲民主党が長年抱えてきた問題を白日のもとにさらすこととなった。
「与党批判にしか力を入れてこなかった」という批判は、中道改革連合の敗因分析においてしばしば言及される論点である。この批判の実態と背景を多角的に検証したい。
立憲民主党に対しては、結党以来「批判ばかりで対案がない」という批判が繰り返されてきた。まずこの認識の事実関係を確認する必要がある。
note記事による集計では、立憲民主党の政府提出法案への賛成率は2023年の第212回臨時国会で73.3パーセント、2024年の第213回通常国会で83.3パーセント、2025年の第217回通常国会では89.7パーセントに達したとされる。この数値が正確であれば、法案の大半には賛成しており、単純な反対勢力という評価は当たらないことになる。
また議員立法による政策提案も行われてきた。2022年の旧統一教会問題では野党が提出した被害者救済法案が議論の土台となり、与党案にも影響を与えたとされる。ガソリン税減税関連法案では、2025年に立憲民主党が主導して成立させた事例もある。
しかしこうした実績があるにもかかわらず、国民やメディアからは一貫して「批判ばかり」と認識されてきた。なぜこのギャップが生まれるのか。
野党の建設的な政策提案や賛成した法案は報道価値が低いとされ、与党との対決場面や激しい批判の場面が優先的に取り上げられる。国会でのヤジや追及場面は視覚的にインパクトがあり、特にSNS時代においては拡散されやすい。
2026年1月24日の高市首相所信表明演説では、立憲民主党系議員によるヤジで演説が一時中断する事態となった。NHK中継を見ていた視聴者の多くが不快感を表明し、これが選挙戦序盤のイメージ形成に影響したとみられる。与党側は「国民の聴取を妨害する不作法」と批判し、野党側は「議会政治の監視監督」と擁護したが、視聴者の印象は前者に傾いた。
立憲民主党は「存在感がない」「目立たない」という批判を長年受けてきた。野田代表自身が党の動画で「なかなかバズらないけれど」と自嘲したことは、この苦悩を象徴している。
地道な政策立案と国会審議を重視する姿勢は、専門家からは評価されても一般国民には伝わりにくい。他方で、目立つパフォーマンスに走れば「中身がない」「批判ばかり」と攻撃される。このジレンマをどう乗り越えるかが、野党第一党の課題であり続けた。
2009年に誕生した民主党政権は、鳩山・菅・野田と三代の首相を経て2012年に崩壊した。普天間基地移設問題、東日本大震災対応、消費増税などを巡る混乱の記憶は、有権者の間で根強く残っている。立憲民主党は民主党の流れを汲む政党であり、「批判はできても統治はできない」というイメージが払拭されていない。
この文脈では、「批判ばかり」という言葉は単なる行動様式の指摘ではなく、「政権担当能力がない」という評価の婉曲表現として機能している。
中道改革連合の惨敗により、立憲民主党への批判は新たな局面を迎えた。
新党結成に際し、立憲民主党は従来の政策を大幅に転換した。安全保障法制については「違憲部分の廃止」から合憲容認へ、原発政策も再稼働を条件付きで容認するなど、公明党との政策すり合わせのために基本路線を変更した。
野党各党からは「看板の付け替え」「野合」という批判が相次いだ。れいわ新選組の山本太郎代表は「日本をダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。また立憲民主党内部からも原口一博議員が新党結成に反対し、離党した。
これは「批判ばかり」という批判とは別の次元の問題である。選挙協力のために理念を曲げれば、もともとの支持者からは「信念がない」と見なされる。公明党の組織票を得る代わりに、都市部の無党派層や理念を重視する支持者を失った可能性が高い。
選挙戦では、高市政権の右傾化や積極財政による円安・物価高を批判したが、有権者には「では中道改革連合は何をするのか」が明確に伝わらなかった。党名や理念すら浸透しない短期決戦の中で、政策の具体性を訴える時間が決定的に不足していた。
朝日新聞の報道によれば、立憲民主党側からは「バラバラだ」という不満の声が上がり、比例名簿の作成を巡っても内部対立が生じていた。公明党出身者を優遇した結果、公明出身28人全員が当選した一方で、立憲民主党の玄葉光一郎元外相、枝野幸男元官房長官、岡田克也元外相といった政権担当経験者が軒並み落選した。人材基盤の喪失は、今後の党運営に深刻な影響を及ぼす。
選挙期間中、X(旧Twitter)では「#立民いらない」「#嫌立民ムード」などのハッシュタグが急上昇し、検索窓に「立憲」と打つだけで「立憲民主党 いらない」が候補に表示される事態となった。議員が日常的な発言をしただけで誹謗中傷が集中し、党公式アカウントの年頭挨拶にも罵詈雑言が浴びせられた。
この現象は、立憲民主党への関心の高さの裏返しでもある。本当に「存在感がない」政党であれば、これほど粘着的な批判は集まらない。しかしネット上の批判の多くは感情的で、政策の是非よりも人格攻撃に終始する傾向があった。
ここで重要なのは、「野党は批判ばかり」という言説そのものが、政治的な意図を持って用いられている側面があることだ。
ジャーナリストの尾中香尚里氏は、この批判が対立軸の明確な二大政党制を阻害し、「万年与党と万年野党」という55年体制への回帰を正当化する言説として機能していると指摘する。自民党が野党を「批判ばかり」と攻撃することで、政権交代可能な政治という理念そのものを否定しようとしているというのである。
実際、野党が対案を出しても報道されず、与党が野党案を取り込んでも「与党の成果」として報じられる構造がある。この見方に立てば、立憲民主党の問題は「批判ばかり」ではなく、むしろ「批判も対案も国民に伝わらない」という情報発信力の欠如にある。
ただしこの分析にも限界がある。尾中氏は立憲民主党寄りの論者であり、野党の戦略的失敗や組織的問題を過小評価している可能性がある。メディアや与党の責任を強調しすぎれば、野党自身の改善努力を阻害する危険もある。
「与党批判にしか力を入れてこなかった」という批判を整理すると、以下の三層に分けられる。
法案賛成率や議員立法の実績を無視し、対決場面だけを見て「批判ばかり」と断じる認識。メディア報道の偏りとSNSでの情報拡散によって増幅される。
第二層:正当な批判
対案を出していても国民に伝わっていない、政権担当能力を実証できていない、理念と政策に一貫性がない、という指摘。これは立憲民主党が真摯に受け止めるべき課題である。
野党の存在意義そのものを否定し、政権交代可能な政治を阻害する目的で用いられる言説。与党や与党寄りの論者が戦略的に使用する場合がある。
中道改革連合の惨敗は、これら三層すべてが複合的に作用した結果と見ることができる。メディアとSNSの構造問題、野党自身の戦略的失敗、そして与党側の攻撃が重なり合い、壊滅的な結果を招いた。
中道改革連合は2月13日に小川淳也氏を新代表に選出し、再建を図る方針である。しかし49議席という規模では、野党第一党としての影響力は大きく低下した。
まず理念と政策の一貫性を回復することである。選挙協力のために政策を曲げれば、支持者の信頼を失う。中道という立ち位置を明確にしつつ、立憲民主党のルーツである立憲主義や生活者重視の理念を再構築しなければならない。
次に情報発信力の強化である。建設的な政策提案をしても伝わらないのであれば、伝え方を変える必要がある。SNS時代に適応した情報戦略、メディアとの関係構築、分かりやすい言葉での政策説明が求められる。
そして政権担当能力の実証である。最終的に有権者が求めるのは、与党に代わりうる現実的な選択肢である。地方自治体での実績積み上げ、政策集団としての専門性向上、危機管理能力の訓練など、地道な努力が不可欠である。
中道改革連合の惨敗は、単なる一選挙の結果ではなく、日本の野党政治が抱える構造的課題を浮き彫りにした。「批判ばかり」という言説の背後にある複雑な要因を理解せずに、表層的な批判を繰り返すだけでは何も変わらない。健全な民主主義のためには、批判する野党と同時に、その批判を適切に評価する有権者とメディアの成熟が求められている。
えー、駅前をお通じの皆様、お騒がせしております。衆議院議員候補者の自由民主党「はてな・たみお」です。
まず最初に断っておきますが、私は皆さんに『私を信じてください』なんて、そんな低リテラシーなことは言いません。政治家の街頭演説なんて、その大半は生存バイアスと認知の歪みで構成されていますから。
あー、私「はてな・たみお」が今日ここでマイクを握っているのは、この国の『仕様』があまりにバグだらけで、もはやパッチを当てるだけでは運用保守が不可能だと判断したからです。いわゆる、詰んでる状態であります。
皆さん、SNSを見ていればキラキラした幸福論が流れてきますが、匿名ダイアリー、通称『増田』を読んでみてください。あの、そこには、この社会のバグに翻弄され、名前も出せずに叫んでいる人たちのリアルなログが残っています。
あ、『年収が上がらない』『育児が無理ゲー』『独身でいることへの無言の圧力』。これらは個人の努力不足、自己責任論ではなく、明らかに制度設計のミスだと「はてな・たみお」は考えております、はい。マッチョ主義など話になりません。他党では『若者のために』とか『高齢者の安心を』とか言いますが、あれは単なる互助会のポジショントークに過ぎません、ポジショントーク。ドメイン知識のない他党の政治家が、感情論だけでデプロイした政策のツケを払わされているのは、現場の私たちであります。
私、自由民主党の「はてな・たみお」の公約はシンプルです。 第一に、徹底した情報公開とデータ駆動型政治。感情論を排除し、エビデンスに基づいてリソースを最適配分します。 第二に、既存のしがらみのリファクタリング。既得権益という名のスパゲッティコードを整理し、透明性の高い社会システムへ移行します。
『はてなスター』を投じるような軽い気持ちで、とは言いません。あの、ですが、現状維持という名の『緩やかな死』を選択するか、それとも一度システムを再構築するか。そのブクマ、いえ、一票を投じる前に、一度立ち止まって「そもそも論」を考えてみてほしいのです。
最後に、最後ですが、私は皆さんに好かれようとは思っていません。あの、炎上も怖くありません。 ただ、この国の未来という名の『スレッド』が、罵詈雑言と絶望だけで埋め尽くされるのは、あまりにもQOLが低すぎる。そう思いませんか?
私「はてな・たみお」の話に少しでも『なるほど』と思った方は、ぜひ投票のほどお願いいたします。。長文ではございますが、 あの、以上、「はてな・たみお」でした。ありがとうございます、ありがとうございました。