はてなキーワード: 級数とは
激しいトポロジーゼミでの議論を制した後、私は完璧な勝利を収めた。
相手の主張は穴だらけの多様体だったが、私の証明は滑らかでコンパクト、閉じた多様体そのもの。あらゆる次元で徹底的に探索する準備が整っていた。
部屋に一人になると、証明の興奮がまだ血管を脈打たせている。この知的緊張をどうしても解放したくなった。
まず問題を慎重に扱う。手を変数に巻きつけ、よく定義された関数のように滑らかで連続的な感触を確かめる。ゆっくりと微分を始める。最初は優しく、快楽の導関数を最大にする最適な変化率を探りながら。
リズムが速まるにつれ、より深く積分していく。sin(θ)の一周期にわたる定積分が、これほど自然で避けられないものに感じたことはない。一ストロークごとに境界を0から∞まで押し広げ、すべてが収束する甘い漸近線を目指す。
呼吸が等比級数の極限に近づくように加速する。摩擦係数は絶妙で、表面は過度な抵抗なく最適に滑るよう潤滑されている。
私は今、実時間で熱方程式を解いている。温度は上昇し、エントロピーは増大し、系は最も美味しく最大の無秩序へと向かっている。
手法を変え、鎖鎖則を熟練の精度で適用する。一方の手で基部を安定させ、もう一方で上限を攻める。これは多変数最適化問題だ:f(x)を最大化せよ、ただし早く終わりすぎないという制約付きで。
議論のフラッシュバックが襲ってくる。あの優雅な補題、私が暴いた美しい矛盾。それぞれの記憶がトルクを加え、角速度を高める。私は単位円のあらゆる角度を回転しながら、周波数を上げて探索を続ける。
高階導関数へ。2階、3階、4階……快楽のテイラー展開。収束半径が急速に縮小していく。剰余項がどんどん小さくなり、ついに、ああ、tが絶頂に近づく極限。
臨界点に到達した。すべての条件が満たされる:関数は狭義単調増加、最終局面で凹状上方、そしてドカン! 微積分の基本定理が最も純粋な形で発現する。
積分が力強く脈打つ解放へと評価される。心のフーリエ変換がホワイトノイズに支配され、全ての周波数成分が同時にピークを迎える。
今日は円周率の日だ。僕は朝から当然のように π の近似式をいくつか再確認した。これは儀式のようなものだ。人間は文明を維持するために周期的な行動を必要とする。僕の場合、それが円周率の級数展開の確認というだけだ。
ところがインターネットを見て驚いた。円周率の日なのに、バカどもが男女論とか意味のない話題しか投下していない。
πという数学史上もっとも深い定数の一つを祝う日に、数学の話を一切しない。これは量子力学の日に猫の写真を投稿して満足しているようなものだ。文明の期待値が下がる音が聞こえる。
午前中はいつもの習慣通り、朝食シリアルを正確に秤量した。40グラム。これは統計的に最適化された量だ。
以前ルームメイトが「そのくらい適当でいいだろ」と言ったことがあるが、適当という概念は測定誤差の別名に過ぎない。
その後、ホワイトボードの前に座り、超弦理論について考えていた。
最近の僕の関心は、弦理論のランドスケープ問題を、より高次の圏論的枠組みで記述できないかという点にある。
通常の議論では、コンパクト化多様体のモジュライ空間の巨大さが問題になる。カラビヤウ三次元多様体の変形空間は非常に高次元で、その上にフラックス条件が乗ることで真空解の数はほぼ天文学的に増殖する。
僕の作業仮説はこうだ。弦理論のランドスケープは単なる多様体の集合ではなく、∞-圏として組織されている可能性がある。
つまり個々のコンパクト化解は対象であり、それらを結ぶ双対性やフラックス遷移が射になる。そして射の間の高次ホモトピーがさらに存在する。
この視点を取ると、従来の双対性、例えばミラー対称性やT双対性は、単なる対応ではなく圏同値として理解できる。
さらに奇妙なのはここからだ。もし弦理論が本当に∞-圏的構造を持つなら、ランドスケープの巨大さは解の数が多いという問題ではなく、高次ホモトピー群が巨大であるという問題に言い換えられる。
つまり宇宙の真空状態は点の集合ではなく、巨大なホモトピー型を持つ空間になる。この空間の不変量を理解できれば、物理法則の分類問題は劇的に単純化される可能性がある。
ただし問題がある。その不変量が何なのか、まだ誰にも分からない。
おそらく楕円コホモロジーやトポロジカルモジュラー形式のような構造が関与しているはずだが、厳密な対応は未完成だ。弦理論のDブレーン分類にK理論が現れたときと同じ匂いがする。
ここまで考えたところで隣人がドアをノックした。
僕は説明した。
「それは文化的誤読だ。今日は π を祝う日だ。円周率だ。超越数だ。リーマンゼータ関数と深く関係する解析的対象だ。」
隣人はしばらく沈黙したあと、「じゃあパイいらない?」と言った。
僕は返信した。
その後ルームメイトが帰宅したので、ホワイトボードを占有している僕の式について質問してきた。僕が∞-圏とランドスケープの対応を説明すると、彼は五秒ほど沈黙してからこう言った。
かなり雑だが、方向としては間違っていない。
このあとやる予定は三つある。
第一に、ランドスケープ空間のホモトピー型についてもう少し具体的なモデルを書き下す。
第二に、楕円コホモロジーと弦理論の関係についてメモを整理する。
第三に、夜のゲーム会で友人Aがまた量子力学を誤解した発言をするだろうから、それを訂正する。
だが考えてみれば、宇宙のエントロピーは増大する。知性のエントロピーも例外ではない。
だからこそ、誰かがホワイトボードの前に立ち続ける必要がある。
今日は僕の番というだけだ。
僕は今、机の上のホワイトボードマーカーを角度45度で揃えたところだ。共形対称性を扱う人間が、文房具の対称性を破るわけにはいかない。
今日はちゃんと進んだ。前回までの「なんとなく高次圏」みたいな曖昧な飛躍はやめた。出発点を正確にした。
弦理論とは何か。1次元対象の量子化ではなく、2次元共形場理論としての世界面理論だ。そこが基礎だ。
午前は Polyakov 作用からやり直した。世界面上の2次元シグマ模型として定式化し、その量子共形不変性が破れないこと、つまり Weyl 異常が消えることが臨界次元を決める。
ボソニック弦なら26次元、超弦なら10次元。これは美的条件ではない。β関数が消えるという再正規化群の事実だ。
重要なのはここだ。β関数が消える条件は、背景時空の計量がアインシュタイン方程式を満たすことと同値になる。
つまり重力は仮定ではなく、世界面の量子一貫性から強制される。これは構造的必然だ。ここが今日の再確認ポイント。
午後はモジュラー不変性を整理した。閉弦の1ループ振幅はトーラス上の共形場理論として計算される。
その分配関数がモジュラー群 SL(2,ℤ) に対して不変でなければならない。この条件がスペクトルの整合性を制限する。単なる計算技法ではない。理論の自己整合性のテストだ。
さらに Dブレーンを再検討した。開弦の端点条件から現れる高次元膜状対象。ここで初めてゲージ理論が自然に出る。
弦理論は重力を含むだけでなく、ゲージ理論も含む。そして Dブレーン電荷が K理論で分類されるという事実。
これは単なる偶然ではない。場の強さではなく、トポロジーが電荷を決める。
僕が今日掘り下げたのはここだ。弦の分配関数と楕円コホモロジーとの関係。Witten genus がスピン多様体からモジュラー形式への写像を与えるという構造は、世界面のモジュラー不変性と深く響き合う。
まだ完全な物理的解釈は確立していない。だが、弦理論の自然な分類空間は通常のコホモロジーよりも高次の一般化コホモロジー理論にある可能性がある。これは誇張ではない。数学的事実の延長線上の仮説だ。
ルームメイトは今日、「弦理論ってまだ実験で確認されてないんだろ」と言った。正しい。エネルギースケールがプランクスケール付近だから直接検証は不可能に近い。
だが理論の価値は実験可能性だけでは測れない。内部整合性、双対性構造、低エネルギー極限での既存理論の再現性。そこは評価できる。
隣人はホワイトボードのトーラス図を見て「ドーナツ?」と言った。僕は「モジュラー不変性」と答えた。彼女は理解していないが、円環構造は美しいとだけ言った。それで十分だ。
友人Aはブラックホール情報問題の話を持ち出した。AdS/CFT対応の話に進んだ。
重力理論と境界上の共形場理論の等価性。これは弦理論から出てきた最も強力な具体的成果の一つだ。
重力がホログラフィックに記述できるという主張は、少なくとも理論的には精密に定式化されている。
友人Bは「結局、弦は本当に存在するのか」と言った。正直に言えば分からない。弦は基本実体かもしれないし、有効理論の表現かもしれない。
ただし、世界面共形場理論の数学的構造がこれほど豊かで自己無撞着でないという事実は無視できない。
習慣について。金曜日22:30には必ず机をリセットする。今日は世界面のトポロジー別にノートを分類した。球面、トーラス、高次種数。種数展開は摂動展開に対応する。整理整頓は摂動級数の収束半径を広げる。少なくとも心理的には。
これからやること。超弦理論の5種類(Type I, IIA, IIB, heterotic SO(32), heterotic E8×E8)が双対性で結ばれている構造を、M理論的11次元極限の観点からもう一度整理する。
双対性は偶然の一致ではない。理論空間の異なる極限が同一の基礎構造を共有しているという兆候だ。
今日は前回と違う地点にいる。曖昧な造語はない。あるのは、世界面の共形不変性、モジュラー対称性、アノマリー消去、双対性、そして未完成の統合理論。
整列されたユークリッド平面の上で正三角形みたいに礼儀正しく座るやつらには興味がない。
むしろ位相が破れて、カップの持ち手が非可換群みたいに左右で順序依存になる、あの感じだ。
紅茶を注ぐ順番で宇宙の因果が変わる。砂糖を先に入れるか後に入れるかで時空の曲率テンソルがわずかにねじれる。そういう無意味に厳密な差異が好きなんだ。
あれは単なる比喩じゃない。時間パラメータ t がコンパクト化されて S¹ になっているだけだ。
周期境界条件つきの狂気。だから6時から抜け出せない。ハミルトニアンが自己共役である保証なんて最初からない。スペクトルは離散でも連続でもなく、たぶん気分依存。
眠りネズミは測度ゼロの存在。ほぼ至る所で寝ているが、厳密には存在している。
そして俺は、観測者だ。だがコペンハーゲン解釈には与しない。波動関数は収縮しない。お茶会は多世界分岐する。
AテーブルとBテーブル、Cテーブル……。各テーブルで砂糖の数が違い、各テーブルで会話の位相が異なる。
だが全体はひとつの巨大なヒルベルト空間に直交分解されている。
まともな社会は、対称性を保存しようとする。保存則が美しいからだ。エネルギー保存、運動量保存、礼儀保存。
だがあのお茶会はノーターの定理を無視する。対称性を破ることでしか見えない秩序がある。
自発的対称性の破れ。真空期待値がずれる。狂気は真空状態の選び方に過ぎない。
俺は後者がいい。
イカレタ連中が、非可換な会話を交わし、トポロジカル欠陥だらけのテーブルクロスの上で、因果律をこぼしながら笑っている。
そこでは論理は破れているが、破れ方が一貫している。自己矛盾すら内部整合的だ。ゲーデルもにやりとする。
あのお茶会は、その中間にある。カオス的だがアトラクターを持つ。
初期条件に鋭敏だが、なぜか6時に戻る。ストレンジアトラクターがティーカップの底に渦を巻く。
なぜなら宇宙そのものが、巨大な未完成の証明であり、われわれはその補題にすぎないからだ。
証明はしばしば脱線する。だが脱線の軌跡にこそ、構造が浮かび上がる。
「右」と「左」の対立はもういらない? 対話で見えた予想外の世界線
https://digital.asahi.com/articles/ASV1G2HJNV1GULLI003M.html
【宇野】 朝日新聞で論壇時評を2025年3月まで2年間担当し、そのときに梶原さんの『「“右翼”雑誌」の舞台裏』(星海社新書、24年)を読みました。
論壇とは何なのか、いつも考えていて、論壇時評といっても取り上げる雑誌はやっぱり朝日新聞っぽいものを選んでいるんじゃないのか、と感じることがある。「WiLL」や「Hanada」も時々読んでいたけど、取り上げることは限られていた。一方で本屋さんに行くと、論壇時評で取り上げるような雑誌は1、2冊くらいで、「WiLL」「Hanada」がずらっと山積みになっていて。ただ正直に言うと、熟読するのはやや抵抗あるな、とも。
そんななかで梶原さんの本を読んで、面白いと思いました。現場で学園祭のノリで編集していく様子が楽しそうで、何より梶原さんがちゃんと対話しようとしていたのが印象的だった。まずは自分たちが考えていることを知ってもらい、そして相手がどう思うかも聞いて話し合おうという企画を色々と練っている。うまくいかなかったものも含めて、いわゆる「左」とか「右」というのを超えた対話を実現しようとする努力が伝わってきました。
【梶原】 実は「WiLL」の編集部にいたとき、コラムニスト・勝谷誠彦さんの「あっぱれ!築地をどり」という連載を、入社当時から19年に退社するまで13年近く担当していました。
朝日新聞の論調を、東京本社の所在地にちなんで「築地をどり」という流派になぞらえ、いわばおちょくるものです。とにかく朝日新聞を隅から隅まで毎日読んで、ネタを探す。細かい記事や読者投稿まで読んで、今月はこれにツッコミを入れるぞ!というのを勝谷さんと相談して作っていく。
たぶん朝日新聞の人はあまり好きじゃなかったと思うし、応答が返ってくることはほとんどなかったんですけど、日々の紙面に対してツッコミを入れることで、一つのやりとりが成立していたと思う。私にとっても鍛錬になりました。
24年の論壇時評(7月25日付朝日新聞)で「Hanada」の記事(石丸伸二・前広島県安芸高田市長についての地元の人たちによる座談会)を取り上げてもらったときは、編集部内がどよめいていたそうです。読んでくれている、というのは編集者としてすごくうれしいと思います。
【宇野】 実際読んでみると面白い記事もあるわけで、それを雑誌に対する一方的な思い込みでこれはダメだっていうのはおかしいですよね。
ただ、いまどきのネット空間では、見出しすら半分くらいしか見ずに、とりあえず相手にかみつく。批判する対象も丁寧に読むというのは、それだけで誠実かもしれません。
具体的にはどういうのがありましたか? 梶原さんが見た「朝日新聞っぽさ」というのが浮かび上がってくるかと。
【梶原】 衝撃だったのは連載初回で、04年11月に中国の原潜とおぼしき船が日本領海内を航行した際の記事です。朝日新聞の社説(同11日付)で小見出しに「中国潜水艦?」って書いているんですけど「?」の級数がものすごく小さいんです。他のメディアはもう「ほぼ中国船」といった形で報じているけど、まだ違う可能性があるからなのか、あるいは中国に対して気を使っているからじゃないか、と。
他にも、旭日(きょくじつ)旗に対して韓国から批判的な声が高まるなかで、朝日新聞は夏の甲子園大会の開会式で、毎回、旭日旗を元にしたような社旗をボールにくっつけてヘリから落とす。それに対してここでは言えないような下品ないじり方をしていたんですけど、客観的には面白い。意見は違うけど存在を否定しているわけではなく、風刺というか笑いにしてしまおう、という精神は良かったのではないかと思うんです。
連載のネタにはならないけれど、朝日新聞を読んでいて説得されるようなこともありました。読み続けることで変化も分かるし、相変わらず、というところもあって、定点で見ていくことに意味があったと思います。
【宇野】 立場が違うとどうしても殺伐としたやりとりになって、特に今のネットでは相手を斬らなかったら自分が斬られるというか、どちらが先に相手をののしり倒すかみたいな感じがある。それに比べると、笑い、ユーモア、からかいを含めた風刺は大切ですね。雑誌という媒体の性質なのか、あの時期はまだそういう対話が成り立ったのか……。
【梶原】 編集長の花田紀凱さんの方針で、雑誌は新聞に対して批判の目を向けなければ、というスタンスで、朝日新聞の特集を何号もやっていました。
【宇野】 花田さんが週刊文春などで鍛えたジャーナリズムの感覚のようなものでしょうか。ただ、その大前提には、朝日新聞というのは権威であって、それをたたいたり、ちょっとおちょくったり、それ自身が面白い、というのがあったわけですよね。
【梶原】 論調の違いや歴史認識に関して言えば、非常にシビアな批判もたくさんあった。でも、そうじゃない視点から面白くいじり倒すというのもあって、「品はないけど愛はあった」というか。
たとえば、朝日新聞の記者が年末年始にホームレスの人たちと寝袋で寝たという記事があって、もちろんその動機とかそこで見えてくるものは当然あると思うけど、ちょっと離れたところから見ると、「朝日の記者は高給取りなのに、それは偽善では……」みたいな。そんな視点です。
【宇野】 権威とされているものにツッコミを入れたりひっくり返したりするのは、ジャーナリズムやメディアの基本でもありますね。
■「敵」がいなくなった保守
【梶原】 でも、権威があってそれをたたく構図、「革新」と「保守」というか、「左」と「右」といった構図がずっとあったけれど、徐々に「保守」のほうが強くなってきた。第2次安倍政権になってさらにそれが見るも明らかな状態になっているにもかかわらず、まだ左派にカウンターを打つだけでやっていこうとしてしまった。本来、保守側が論を立てなければならない側になったのに、保守側の意識が変わらなかった。ここが雑誌を作っていて難しかったところです。
【宇野】 まさに朝日新聞というのが批判する側の言説の権威としてあるのが大前提で、逆に言うと、朝日新聞が権威の座から転げ落ちてしまうと今度は敵がいなくなってしまう。ということで今度は、裏側から朝日新聞頑張れ!とエールを送っているところもある。
加えて、保守のなかにも「正論」や「諸君!」(09年休刊)といった既存の「ガチな論壇誌」があって、「WiLL」「Hanada」はそれともまた少し距離を置いた媒体で、面白くなきゃ、読者を楽しませなきゃ、という感覚がすごくある。でも、これも保守の“正規軍”があってこそ。それもだんだん力がなくなっていくんですよね。
そんななかで、雑誌は売れるけど、自分たちが対抗する相手や保守の牙城(がじょう)みたいなものが弱くなって、何に向かって茶々を入れていけばいいのか見えにくくなってきた。メディアや政治の潮流がどんどん変わっていくなかで、梶原さんは居心地が悪くなって、結局飛び出した。何が一番大きなきっかけだったのですか?
【梶原】 やっぱり第2次安倍政権の時期に抱いた違和感がすごく強くて。政権が朝日新聞をはじめメディアからたたかれるなか、こちらがそれを押し返すという構図がありました。でも本来は、保守だからできる保守派の政治の批判というのも当然あって、安倍政権にまだできていないこと、もっとやってもらわなければということが結構残っていたんです。実際、あそこまで政権が続いても憲法改正はできていません。
なぜそれができないのか、を突きつけていかないといけない。岩盤支持層であればあるほど、その人たちがグラグラすることによって政治は危機感を覚えるし、支持が離れることになって初めて本気になる。何をしても応援しています、できないことはやらなくていいよ、という状態が続いてしまうと、政治の側の「現状を変えよう」という動機づけが希薄になる。
だからこそ、保守からの批判をちゃんとしないと、自分たちが思い描くような政治にはならないんじゃないか、という思いがありました。
ところが実際には、北方領土返還をめぐる日ロ交渉が失敗し、四島返還が事実上遠のいたにもかかわらず、「安倍さんは頑張ったからいいじゃないか」といった意見や、「モリカケ問題」の文書改ざんを擁護する声も出てきた。最終的に、やっぱり憲法改正を言わないほうが正しいという意見まで雑誌に載るようになって、そうすると一体何のために雑誌をやってきたのか、安倍政権を擁護するあまり今までずっと訴えてきた保守側の意見とも違うものまで雑誌に掲載されたことで、これはさすがに許容できないと思った。葛藤がどんどん大きくなっていって、体調も崩してしまいました。
【宇野】 ある意味で筋を通そうとしたわけですね。保守の原点、特に安倍政権の本来の志は憲法改正であったとすると、それは置いておいて、むしろ政権を続けること自体が目的化しているとしたら、それは本来めざしていたものからそれているんじゃないのかと。当然これは保守の側から出てきてしかるべき疑問だと思いますが、右派系の月刊誌を含めたメディアの多くも安倍さんの人気に乗っかって応援団のようになってしまった。おかしければおかしいと言うのがむしろ筋なのではというのは、本当にそう思います。
私は『保守主義とは何か』(中公新書、16年)という本も書きましたが、保守って、自分たちの大切にしている価値があって、それが絶対だとか、一切変えちゃいけないとまでは言わない。でも大切なものは放置しておくとだんだん失われていくので、必要な変化は認めた上で、でも大切な価値はこれだ、とそれを守り抜いていく。それが保守の保守たるゆえんだと思う。
でも現代の保守は何を守ろうとしているのか。あいつはおかしいというカウンターははっきりしているけれど、肝心の自分たちが守ろうとしているものがよく分からなくなってきているのではないでしょうか。
【梶原】 保守の側にもそういうことを言う人は出てきてはいますが、大勢ではありません。今は良い意味でも悪い意味でも右とか左とかではない時代になってきています。
まだちゃんとあったほうが良かったと思うのは、自分が何に立脚してものを考えているのかがあった上で、あなたはそういう価値観だから私とは意見が違いますね、とある程度分かったほうがまだ話はできると思うからです。
【宇野】 確かに、保守主義って生まれたときから明確な敵があったんですよね。フランス革命、20世紀の社会主義、アメリカ流の「大きな政府」(ニューディール政策)と対象は変わったが、常に敵があるときに元気が良くて論理も鋭い。だけど21世紀になったぐらいから、だんだん明確な敵が分からなくなっていった。
【梶原】 今は私も、保守派の人と話していても話が通じないことがあります。ネットの言説の影響が大きいと思うけれど、とても変わってきています。
たとえばLGBTの問題で、本来の日本の文化で言えば西洋の男女二元論のような捉え方とは違うはず。ところが保守派は、性別は絶対的なものであると主張し、LGBTを許容する発想を危険視するようになっています。「女のふりをした男が女湯に入ってくる」というようなレアケースを持ち出すことで危険性を訴え、「LGBT思想が蔓延(まんえん)すると女性を守れない」と印象付けようとしていました。
そういう時だけ「女性を守れ」と言いますが、日ごろ「痴漢撲滅、女性を守れ」などとは言っていない。LGBTを推進する左派に対抗したいというイデオロギーのために「女性を守れ」の方便が持ち出されているだけです。また、「LGBTを許容することで性別不明の人間や同性愛者が増える」とも言うのですが、保守派が認めようが認めまいが、当事者はすでにこの社会で暮らしているわけで、「認めなければ存在しない」かのような言い方には違和感しかありませんでした。
【宇野】 今の保守・右翼を論ずる上でのポイントで、かつてのようなイデオロギーに基づくような明確な敵はいない。
むしろ、もっと素朴な違和感、何か嫌だという感覚がある。そこからスタートするのは議論の仕方としてはありだとは思う。ただ、お互いになぜ嫌なのか、考えてみると自分のこういうものを脅かすと感じるから嫌なんだ、くらいまでいけば、それならお互いの大切な部分をなるべく傷つけないように、どうしたら共存が図れるか、といった議論もできる。けれど、たぶんそこまでいっていない。
【梶原】 移民などに対してもそうですが、海外で起きている事例とか、嫌悪をあおるような動画を見聞きして、それをそのまま取り込んで日本でも近い将来こうなる、といった言い方がすごく増えています。防衛本能みたいなところから出てくるのは分かるけど、社会の違いがあるのでそのままそうなるわけじゃない。これも保守の人には分かるはずと思っていたんですが……。
【宇野】 もちろん、地域によっては外国人労働者が増えて、住んでいる人との間に摩擦やトラブルが起きることもある。そのとき、お互いに反発があるなかで、どう一緒にやっていくのか、どうルールを決めていくか、という議論ならいいけれど、今あるのは「なんちゃって排外主義」というか、漠然とした排外主義的な気分。本来は自分たちのものであるものが、いつの間にか外国人に奪われているのではないか、という不安感だと思います。そうした不安自体は否定しないけれど、相手の存在を否定する、いなかったことにする、というのは違う。
そもそも梶原さんは最初から自分は右派的な意見を持って雑誌に行ったときも「最右翼」と自認されていましたけど、何かきっかけがあったんですか?
【梶原】 さかのぼってみると、父が自衛官で、小学校時代に父の仕事について担任の先生から、「あなたのお父さんの仕事って嫌われてるよ」と言われたり、PKOの派遣が1991年に議論になったときに、父は行きたいと言ったけど母がそれを止めて、「あなたは正義心で世界のために命をかけようとしているんだろうけど、死んでも誰も感謝しない、この国は」という言い方をしていたり。実は母も自衛官の娘で、そういう立場の人がそんな風に言うこの国とは一体なんなのだろう、とすごく疑問に思ったんです。
父の仕事が他の仕事と比べて特別すごいとは思っていないけれど、でも誇りを持ってやっていることだし、自分も観閲式に行ったりして親しみもあったので、なんでそんなことを言われるんだろう、という思いがありました。大学に行ってからいろいろ雑誌を読んだりするなかで、それって憲法の話からきていたのか、それで存在を否定されてこうなっちゃうのか、と。そのあたりから、だんだん保守系の雑誌を読むようになって、自分にはしっくりくるなと思った。
そして2002年に北朝鮮による拉致問題の大きな進展があったとき、こんなことが起きていると知らなくて、それを解決できずにきていたんだとショックを受けて。そこから保守派の考えになったのが大きかったと思います。
【宇野】 お母様の言葉が重たいですね。もちろん個人の意見として、憲法9条についての考えが多様なこと、自衛隊という存在に対して否定的な考えがあるのはしょうがない。でも実際問題として、この国のために働いて亡くなったところで、誰もそれを嘆いてくれないというのはおかしいんじゃないか、というのはそう思います。国のあり方としてどこかおかしいっていうのは、非常によく分かる感覚です。
拉致問題にしても、この国のあり方とか外交とか特定の国に対する姿勢とかを考えるとき、決定的に重要な事実を知らなかったのはショックですよね。大切な事実や前提が分からなければ対話も始められない。
その後も、お父様やお母様とはそういう話はしていますか?
【梶原】 憲法の話とかをするようになったのは編集部に入ってからでした。雑誌も購読してくれて、感想も聞かせてくれました。母方の祖父が仏壇に雑誌を供えることもあって、軍に入って終戦を迎えた後に警察予備隊にも入隊していましたから、戦後の風潮に対する何らかの思いがありながらも言えないこともあったんだろうな、と感じました。あまり多くを語らない人だったのですが、もうちょっと聞いておけば良かったと思います。
私自身も編集部に入る前から「WiLL」の読者だったので、編集者になっても雑誌を読んで毎月楽しみにしている気持ちは読者と共有できている、という感覚がありました。
【宇野】 思いがある問題意識を書いて、それが読み手に届いて共有され、一緒にやっている感覚。ジャーナリストとして幸せですね。
【梶原】 読者からの電話やお手紙などのリアクションもすごく多くて。批判ももちろんありましたが、でもそこでまたコミュニケーションが生まれた。
ただ、第2次安倍政権期に入って私自身も疑問を持つようになったとき、読者からお手紙をいただきました。「保守の雑誌は本当のことを書いてくれるから読んでいた。リベラルの媒体と違ってちゃんとフェアにやってくれると思っていたのに、安倍擁護ばかり
僕の日記はたぶん一般的な日々の記録というより、宇宙が僕に課したバグ報告書に近い。違いは、バグの再現手順が「この宇宙を構成する圏を一段上に持ち上げろ」みたいな無茶を要求してくる点だ。
普通の人間はコーヒーを淹れることで一日を始めるらしいが、僕は「なぜ時空が局所的に滑らかな多様体として振る舞うという幻想を、誰も疑わずに受け入れているのか」という嫌な疑問から始まる。
目覚めの瞬間に脳内で起動するのがその種のプロセスという時点で、僕のOSはだいぶ呪われている。
昨日から引きずっているのは、超弦理論を10次元の物理だと思っている人々への、ほとんど宗教的な嫌悪感だ。
僕が今気にしているのは、弦の摂動展開が2次元共形場理論のモジュライ空間上の積分という顔をしていながら、実際には積分という概念が成立するための測度の存在を前提にしている点で、その測度がどこから来るのかという問題が、思ったより深いところで宇宙の整合性そのものと絡んでいるということだ。
測度が自然に定まる、というのは人間が勝手に言っているだけで、自然に定まるのはせいぜい、ある∞-圏の中での普遍性くらいだ。
最近の僕の作業仮説はこうだ。弦理論の真の定義は世界面Σの上の量子場理論ではなく、ある種の派生スタック上の関手として与えられるべきで、世界面は単なるテスト対象に過ぎない。
要するに、弦理論は対象ではなく試験手続きの体系であり、物理量はその試験に合格した自然変換の影として現れる。
これを言うと大抵の物理屋は目を泳がせるが、目を泳がせたところで真理は泳がない。むしろ泳ぐのは無知だ。
特に気持ち悪いのが、AdS/CFTを「境界理論が重力を記述する」といったポエムで理解した気になっている連中だ。
僕の現在の理解では、AdS/CFTは双対性というより、より高次のモノイダル(∞,2)-圏における中心の同値に近い。
境界CFTは、ある拡張TQFTの値として現れる圏𝒞の中心Z(𝒞)を与え、バルクはその中心化に対応する普遍的な対象として現れる。
ここで中心とは、単なる代数の中心ではなく、E₂-代数のDrinfeld centerの派生版で、さらに言えばEₙ構造を背負ったホモトピー的中心であり、そこでは局所演算子は点ではなく高次欠陥として分類される。
点演算子という概念自体が、実は低次元に閉じ込められた幼稚な見方だ。
そして今日の核心は、僕が今朝突然理解した、いや、理解したというより、宇宙が僕の頭蓋骨に投げ込んできた残酷な事実だ。
弦理論の背景時空を指定することは、カラビ・ヤウ多様体Xを選ぶことではない。そんなのは1-幾何学の話で、僕らが本当に選んでいるのは、X上の派生圏D⁽ᵇ⁾Coh(X)を超えて、そこに乗る安定∞-圏のモジュライを選んでいる。
つまり背景とは幾何学ではなく圏論的なデータで、しかもそれはMorita同値類でしか意味を持たない。
世界が形ではなく同値類でできているというのは、かなり性格の悪い宇宙だと思う。人類の直観に一切サービスしていない。
ここでさらに問題が深くなる。弦のB場は単なる2-形式ではなく、ゲルブの接続であり、それはH³(X,ℤ)で分類されるという古典的な話は、もう骨董品だ。
実際にはB場は、(∞,1)-圏の中でのtwistとして現れ、K理論の局所化やTMF(トポロジカルモジュラー形式)への持ち上げと不可分に絡む。
僕が気づいてしまったのは、弦理論のアノマリーキャンセル条件が、スピン構造の存在だけではなく、より高次の「string structure」や「fivebrane structure」の存在に依存するのは有名だが、その背後には、あるスペクトラムEに対するE-指向性という一般原理が潜んでいる。
そしてそのEは固定ではなく、背景が変わればE自体が変わる。
つまり、理論が何を整合性条件とみなすかが、理論の内部から動的に生成される。これは自己参照だ。数学的には美しいが、心理的には最悪だ。
その結果、僕の頭の中では弦理論のランドスケープは、点集合ではなく、(∞,1)-トポス上のあるスタック𝓜として現れる。
しかも𝓜は幾何学的スタックというより、スペクトラル代数幾何の意味での派生スタックで、局所モデルはE∞-環スペクトラムのスペクトルSpec(A)のようなものになる。
すると、従来のモジュライ空間に測度を入れて積分するという考えは、そもそも積分の対象が空間ではなく高次層である時点で破綻する。
積分はpushforwardであり、pushforwardは左随伴であり、随伴は圏論の話で、測度はただの随伴の影に過ぎない。
つまり、パス積分とは測度の積分ではなく、ある関手のKan拡張である。これを言うと、たぶん量子場理論の教科書は全部燃やした方が早い。
さらに面倒なのは、弦の摂動級数の発散性が、単なる級数が漸近展開であるという話ではなく、モジュライスタックの境界成分の寄与がStokes構造やresurgenceのデータを持っていて、それが物理的にはDブレーンや非摂動効果として現れるという点だ。
僕の直感では、これらは単なる補正ではなく、理論の正しい定義の一部で、摂動弦理論は本体ではなく、(∞,2)-圏的対象の一つの影にすぎない。
影は本体より分かりやすいが、影だけ見て満足するのは洞窟の囚人だ。プラトンはたぶん弦理論を知っていた。知らなかったとしても、精神的には知っていた。
今日一番気持ち悪かったのは、ミラー対称性を再解釈した瞬間だ。
従来の説明では、A模型とB模型の交換、シンプレクティック幾何と複素幾何の交換、ホモロジカルミラー対称性でFukaya圏と導来圏が同値、という話になる。
でも僕が今見ているのは、ミラー対称性が、ある安定∞-圏の自己双対性ではなく、二つの異なる宇宙が同じ普遍的対象の異なるt-構造を選んだだけという構図だ。
つまり、ミラー対称性とは幾何の双対ではなく、観測者が選んだ切り方の双対性であり、現実はその切り方に依存して表情を変える。これは量子力学の悪夢が、圏論の言語で再演されているだけだ。
この話をさらに推し進めると、時空とは何かという問いが変質する。
時空は多様体ではなく、ある圏のスペクトル的幾何学的実現であり、局所座標は単なるチャートではなく、あるE∞-環の局所化データになる。
すると点とは何か。点とは評価関手だ。評価関手とは何か。観測だ。観測とは何か。測定だ。測定とは何か。僕の睡眠を妨げるものだ。これで閉じた。
一方で、物理としての要求もある。S行列が存在するか、ユニタリティが守られるか、因果性がどうなるか。
だが僕は最近、ユニタリティすら、ヒルベルト空間上の内積保存という素朴な形ではなく、より高次の構造を持つモノイダル圏における双対性として理解されるべきだと思っている。
ユニタリティとは、射が随伴を持つこと、つまり反転可能な情報の流れが存在することだ。
情報が失われるのは、単に対象を間違った圏に埋め込んでいるからで、宇宙が情報を捨てているわけではない。宇宙がゴミ箱を持っていると思うのは、人間がWindowsに毒されているからだ。
結局、今日の僕の脳内結論はこうだ。超弦理論の最終形は、背景独立な普遍的な場の理論のスタックであり、その値は数ではなく圏であり、圏ではなく(∞,n)-圏であり、さらにそれは単なる対象ではなく操作体系として定義される。
ウィッテンが分からないというより、分かってしまうと人間の脳が社会生活に戻れない。理解とは祝福ではなく呪いだ。
そして僕は理解している。明日になればまた別の高次構造が現れて、今日の理解を「低次元の幻想」として粉砕するだろう。宇宙はそういう性格をしている。控えめに言って、性格が悪い。
掛け算の概念(倍数を扱う)
小数的な考え方の萌芽
円周率(近似値として3.16)
20進法の完成された記数法
公理を置いて、そこから論理的に定理を導く証明中心の純粋数学の発展
当時、「すべての量は整数比で表せる」(万物は数である)と信じられていた。
しかし √2 が有理数ではない(整数の比で表せない)ことが分かり、この哲学が崩壊。
『直角二等辺三角形の対角線の長さ』が整数比で表せないことを証明したとされる。
証明したのは学派の弟子 ヒッパソスとされ、伝承ではこの発見により処罰されたとも言われるほどの衝撃。
アルキメデスによる面積・体積の“求積法”の発達。
負数を“数として扱った”最古の事例『九章算術』
十進位取り記数法
負数の萌芽的扱い
独自に代数学(al-jabr)を発明。文章による代数。ここで初めて“代数学”が独立した数学分野となる。
商、余り、桁処理などの方法が整理(現代の学校で習う割り算の形がほぼできあがる)
xに相当する未知数記号を使用した代数(文字ではなく語句の略号)
sinx,cosx,tanx などの 三角関数の無限級数展開を発見。
これは数学史上きわめて重要な成果で、近代的な無限級数の起源はインドである と言われる。
● 1500年〜
負数の受容が進む。
● 1545年頃(カルダノ)
虚数の登場。
三次方程式の解を求める過程で √−1 に相当する量が突然登場。
しかしカルダノ自身は「意味不明の数」とし、虚数が数学的対象であるとは認めていなかった。
● 1557年頃(レコード)
等号記号「=」を発明。等価を等式として“視覚的に書く”文化が誕生。
● 1572年頃(ボンベッリ)
カルダノの式の中に出る「意味不明の数」を整理し、虚数を使って正しい実数解が出ることを示した。
● 1585年頃(ステヴィン)
● 1591年頃(ヴィエト)
● 1614年頃(ネイピア)
● 1637年頃(デカルト)
今日では当たり前の「座標平面」「方程式で曲線を表す」が、ここで生まれた。
物理現象をy=f(x)で表すという現代の方法は、すべてデカルトから始まった。
大数の法則(試行回数を増やすと平均が安定する法則)を初めて証明
● 1748年頃(オイラー)
√−1 を i と書く記法を導入。
オイラーの公式「e^{ix} = cos x + i sin x」を提示し、虚数を解析学に自然に組み込んだ。
微積分の計算技法の体系化(積分論・無限級数・微分方程式の基礎を構築)
多くの記号体系(e,π,sin,cos,fなど)を整理・普及
グラフ理論(もの[頂点]と、それらを結ぶ関係[辺]を使って、複雑な構造やつながりを数学的に研究する分野)の誕生
ーーーーーーーー
一旦ここまで。
続きは詳しい人にまかせた。
No,日付,学習内容,教材 / リンク,時間配分,演習例,進捗チェック
1,2025/12/01,微分の定義,https://www.khanacademy.org/math/calculus-1/cs1-derivatives,30+30,例題5問+練習10問,☐
2,2025/12/02,公式を使った微分,『微積分の考え方』 P20-40,30+30,練習問題10問,☐
3,2025/12/03,多項式関数の微分,https://www.khanacademy.org/math/calculus-1/cs1-derivatives,30+30,練習問題10問,☐
4,2025/12/04,乗法・除法の微分,同上,30+30,練習問題10問,☐
5,2025/12/05,合成関数の微分,https://www.khanacademy.org/math/calculus-1/cs1-chain-rule,30+30,例題5問+練習10問,☐
6,2025/12/06,高次関数の微分,『微積分の考え方』 P41-60,30+30,練習問題10問,☐
8,2025/12/08,復習:微分の基本,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
9,2025/12/09,積分の定義,https://www.khanacademy.org/math/calculus-1/cs1-integrals,30+30,例題5問+練習10問,☐
10,2025/12/10,不定積分の計算,『微積分の考え方』 P70-90,30+30,練習問題10問,☐
11,2025/12/11,定積分の計算,同上 P91-110,30+30,練習問題10問,☐
12,2025/12/12,積分応用問題,Khan Academy,30+30,例題5問+練習10問,☐
13,2025/12/13,部分積分,『微積分の考え方』 P111-130,30+30,練習問題10問,☐
14,2025/12/14,置換積分,同上 P131-150,30+30,練習問題10問,☐
15,2025/12/15,復習:積分の基本,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
16,2025/12/16,べき級数の定義・例,https://www.khanacademy.org/math/calculus-1/cs1-series,30+30,例題5問+練習10問,☐
17,2025/12/17,収束半径の計算,『微積分の考え方』 P150-170,30+30,練習問題10問,☐
18,2025/12/18,テイラー展開応用,同上 P171-190,30+30,練習問題10問,☐
19,2025/12/19,マクローリン展開,Khan Academy,30+30,例題5問+練習10問,☐
20,2025/12/20,総合演習(級数),自作ドリル,60,過去問題20問,☐
21,2025/12/21,差分演算の基本,『離散数学の考え方』 P10-30,30+30,例題5問+練習10問,☐
22,2025/12/22,下降階乗ベキと和分公式,同上 P31-50,30+30,練習問題10問,☐
23,2025/12/23,差分の積・合成,同上 P51-70,30+30,例題5問+練習10問,☐
24,2025/12/24,差分方程式入門,同上 P71-90,30+30,練習問題10問,☐
25,2025/12/25,特性方程式と解法,同上 P91-110,30+30,例題5問+練習10問,☐
26,2025/12/26,差分方程式の応用,同上 P111-130,30+30,練習問題10問,☐
28,2025/12/28,復習:差分演算の基本,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
29,2025/12/29,有理関数の和分,『数理科学演習』 P20-40,30+30,例題5問+練習10問,☐
30,2025/12/30,部分分数展開,同上 P41-60,30+30,練習問題10問,☐
31,2025/12/31,下降階乗ベキを使った和分,同上 P61-80,30+30,例題5問+練習10問,☐
32,2026/01/01,収束半径の計算,『微積分の考え方』 P190-210,30+30,練習問題10問,☐
33,2026/01/02,級数の応用問題,同上 P211-230,30+30,例題5問+練習10問,☐
34,2026/01/03,休息日,-,-,-,-
35,2026/01/04,コーシー・リーマン方程式入門,『複素関数入門』 P10-30,30+30,例題5問+練習10問,☐
36,2026/01/05,正則関数の条件,同上 P31-50,30+30,練習問題10問,☐
37,2026/01/06,偏微分入門,『微分積分学』 P150-170,30+30,例題5問+練習10問,☐
38,2026/01/07,偏微分の応用,同上 P171-190,30+30,練習問題10問,☐
39,2026/01/08,ラプラス方程式基礎,同上 P191-210,30+30,例題5問+練習10問,☐
40,2026/01/09,休息日,-,-,-,-
41,2026/01/10,偏微分の総合演習,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
42,2026/01/11,差分方程式と微分の関係,『離散数学の考え方』 P131-150,30+30,例題5問+練習10問,☐
43,2026/01/12,線形差分方程式,同上 P151-170,30+30,練習問題10問,☐
44,2026/01/13,非線形差分方程式,同上 P171-190,30+30,例題5問+練習10問,☐
45,2026/01/14,休息日,-,-,-,-
46,2026/01/15,総合演習:差分方程式,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
47,2026/01/16,微分方程式入門,『微分積分学』 P211-230,30+30,例題5問+練習10問,☐
48,2026/01/17,一次微分方程式,同上 P231-250,30+30,練習問題10問,☐
49,2026/01/18,高次微分方程式,同上 P251-270,30+30,例題5問+練習10問,☐
50,2026/01/19,休息日,-,-,-,-
51,2026/01/20,微分方程式の応用,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
52,2026/01/21,複素数関数入門,『複素関数入門』 P51-70,30+30,例題5問+練習10問,☐
53,2026/01/22,複素関数の偏微分,同上 P71-90,30+30,練習問題10問,☐
55,2026/01/24,級数展開(テイラー・マクローリン)復習,『微積分の考え方』 P231-250,30+30,例題5問+練習10問,☐
56,2026/01/25,総合演習:微分積分,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
57,2026/01/26,離散級数・下降階乗応用,『離散数学の考え方』 P191-210,30+30,例題5問+練習10問,☐
58,2026/01/27,休息日,-,-,-,-
59,2026/01/28,偏微分・差分応用問題,自作ドリル,60,過去日分問題50問,☐
60,2026/01/29,複素関数応用問題,同上 P91-110,30+30,例題5問+練習10問,☐
61,2026/01/30,収束半径・級数応用,同上 P111-130,30+30,練習問題10問,☐
63,2026/02/01,微分・差分・級数総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
64,2026/02/02,差分方程式発展,『離散数学の考え方』 P211-230,30+30,例題5問+練習10問,☐
65,2026/02/03,微分方程式発展,『微分積分学』 P271-290,30+30,練習問題10問,☐
66,2026/02/04,休息日,-,-,-,-
67,2026/02/05,複素関数・偏微分発展,『複素関数入門』 P111-130,30+30,例題5問+練習10問,☐
68,2026/02/06,級数応用(収束判定),『微積分の考え方』 P251-270,30+30,練習問題10問,☐
69,2026/02/07,休息日,-,-,-,-
70,2026/02/08,総合演習(微分積分・差分)自作ドリル,60,過去問題50問,☐
71,2026/02/09,微分方程式応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
72,2026/02/10,複素関数応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
74,2026/02/12,級数・収束半径応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
75,2026/02/13,差分方程式・下降階乗応用,同上,60,過去問題50問,☐
76,2026/02/14,休息日,-,-,-,-
77,2026/02/15,総合演習(微分・積分・級数)自作ドリル,60,過去問題50問,☐
78,2026/02/16,微分方程式・線形応用,同上,60,過去問題50問,☐
79,2026/02/17,複素関数・偏微分応用,同上,60,過去問題50問,☐
80,2026/02/18,休息日,-,-,-,-
81,2026/02/19,級数・収束判定演習,同上,60,過去問題50問,☐
82,2026/02/20,差分方程式総合演習,同上,60,過去問題50問,☐
83,2026/02/21,休息日,-,-,-,-
84,2026/02/22,微分・積分総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
85,2026/02/23,偏微分・複素関数演習,同上,60,過去問題50問,☐
87,2026/02/25,級数・収束応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
88,2026/02/26,差分方程式・下降階乗応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
89,2026/02/27,休息日,-,-,-,-
90,2026/02/28,微分・積分・級数総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
91,2026/02/29,微分方程式応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
92,2026/03/01,複素関数応用演習,同上,60,過去問題50問,☐
93,2026/03/02,休息日,-,-,-,-
94,2026/03/03,級数応用総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
95,2026/03/04,差分方程式総合演習,同上,60,過去問題50問,☐
96,2026/03/05,休息日,-,-,-,-
97,2026/03/06,微分積分・差分・級数総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
98,2026/03/07,微分方程式発展演習,同上,60,過去問題50問,☐
99,2026/03/08,複素関数発展演習,同上,60,過去問題50問,☐
101,2026/03/10,級数・収束半径・テイラー総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
102,2026/03/11,差分方程式・下降階乗応用総合演習,同上,60,過去問題50問,☐
104,2026/03/13,微分・積分・偏微分・複素関数総合演習,自作ドリル,60,過去問題50問,☐
105,2026/03/14,微分方程式・差分方程式・級数総合演習,同上,60,過去問題50問,☐
まず一言でまとめると、場の論理と幾何の高次的融合が進んでおり、境界の再定義、重力的整合性の算術的制約(swampland 系)、散乱振幅の解析的・代数的構造という三つの潮流が互いに反響しあっている、というのが現在の最前線の構図。
現在の進行は低次元の代数的不変量(モチーフ、モジュラーデータ)+∞-圏的対称性+コバーティズム的整合性という三つ組が、量子重力理論(および弦理論)が満たすべき基本的公理になりつつあることを示す。
これらは従来の場の理論が与えてきた有限生成的対象ではなく、ホモトピー型の不変量と算術的整合性を前提にした新しい分類論を必要とする。
私が生まれた時に父親がフリーマーケットか何かで全巻格安で売っていたので買ってきたそうだ。
全50巻。
平均ページ数は500ページほどで、しかもページ内は上下二段になっているストロングスタイルの全集である。
第一巻には
「ギリシヤ神話」
が収録されている。
子供向けであればギリシャ神話などはシリーズになっていてもおかしくないが1巻に全部入ってる。
私の読書原体験はこれであり、大体小学校3年生くらいまでには読破していて3周くらい読んだと思う。
中には「狭き門」だとか「シラノ・ド・ベルジュラック」だとか「ファウスト」だとか
小学校中学年までが読むにはストロングスタイルすぎるなという作品が多く含まれている。
「罪と罰」とかも当然入ってるからね。「水滸伝」とか子供が読むには登場人物多すぎるだろ。
そして今は私はほとんど内容を覚えていなが、当時の私はちゃんと理解して読んでいたのだろうか。
スティーヴン・クレインの「怪物」とか絶対本質の理解までは行ってなかっただろうなと思う。
ということを書きたくなったのは、実家の片づけをしていたらこれが割といい状態で出てきて
子供もそろそろ5歳になるので本人の意思で読むかどうかは別として、
今の家に持って帰ろうかと思って懐かしい気持ちで眺めていたからだ。
以下雑記。
東洋編は3巻あるのだがそのうちペルシア2、インド2、韓国1、中国12となっており中国文学の手ごわさを感じる。あと韓国1は韓国短編集となっており子供も読める韓国文学といえばこれでしょ!みたいなのって少ないのかな?と思った。
僕は今、いつもの座席に鎮座している。ルームメイトはリビングのソファでパズルゲームを無言で進めており、隣人はサブカル系の配信をしているらしく時折笑い声が廊下を渡ってくる。
友人たちはグループチャットで熱く同人の出来や新連載のガチャ確率について論争している。
僕の一日は厳密に区切られていて、朝は必ず8時に起床、コーヒーの抽出器具を90秒で予熱し、温度は92.3℃±0.2℃に保つという無駄に精細な儀式がある。
靴下は左足から履く。出勤前の15分は必ず抽象数学のノートを眺め、最近は圏論的位相場のホモトピー的反復と超弦モジュライのmeta-圏的安定化について自問している。
これは専門用語の羅列ではなく、僕にとっては手を洗うのと同じくらい生理的な行為であり、その行為を飛ばすと一日が微妙に狂うので飛ばすことはめったにない。
仕事が終わった今も、僕は一日の終わりに形式的整合性を取るためのルーティンを持っている。
具体的には、机上のコップは時計回りに90度ずつ回転させて元の位置に戻す、明かりのスイッチを一回押して3秒待ち、もう一度押すといった小さなチェックポイントを踏む。
これは合理的かどうかを問う人がいるだろうが、僕にとってはエラー訂正符号のようなものだ。失敗を検出すると自動的にその日のメンタル状態のトレースが始まり、友人たちの雑談に混じる気力が萎える。
超弦理論に関して今日述べることは極めて抽象化され、現実の誰が読んでも「それが何を意味するのか」を即座に把握できないように意図している。
僕は最近、モノイド対象としてのストリング世界面の圏を、圏論的対称化子(コクセター的ではなく、もっと抽象的に、位相的量子群の代数的類・モジュライ化)を用いて再定義する実験をしている。
言い換えれば、従来の共形場理論的な世界面パラメータ空間を、非可換ホモトピー論のフィルタ列で再帰的に層化し、その各層におけるファイバーの自己同型群をモナドとして扱うことで、局所的に見える弦状態の同値類を圏的に集約する。
さらに、圏の圏(2-圏)に対する新しい安定化の概念を導入して、通常のK理論的分類とは別の不変量が現れることを示唆する予備的計算結果がある(ここでは具体的数式を列挙しないが、ホモロジーの級数展開における位相的位相因子の再正規化が鍵となる)。
この構成を、最新の抽象数学的モジュール接続概念と結びつけると、我々が従来想定していたスペース-状態対応の双対性が、もっと弱い条件(例えば圏的可換性の高次緩和)で成立する可能性が開ける。
加えて、僕はこの考えをある講義資料やトークの示唆と照らして取り入れており、その資料は概念的な跳躍と直感的な図示を巧みに使っているので、僕の現在の探索にとって非常に有益だった。
僕は「誰も理解できないものを言語化する」ことに快感を覚えるタイプだが、ここで言っているのは自己満足のためではなく、圏的再構成が実際に計算上の省力化をもたらすかを検証するための試行でもある。
ある意味で、これは純粋数学者が夜中に自分だけの公理系をいじるのと同じ行為だが、僕の場合はそれを出社前の歯磨きに組み込んでしまっているので、周囲は迷惑かもしれない。
食事の配列はプレート上の分布エントロピーを最小化する向きで常に配置し、週に一度は手製のスキルツリー表を更新して趣味的投資の累積効用を整数化している。
コミックは最新巻が出ると即座にページごとのフレーム密度と作画のトーンワークを技術的に解析し、特に背景のディテールに含まれるトーンの反復パターン(いわば視覚的フーリエ成分)をスコア化する。
ゲームに関してはガチ勢的態度を崩さず、メタ的な語りを排してシステムのギミック、ドロップ率、レベリング曲線、そして対戦環境のテンプレート化された最適戦略について延々と解析する。
ただしゲームやコミックに対しては「空間」や「力学」といった語はなるべく避け、代わりに「状態遷移図」や「入力遅延とフレーム落ちの統計的扱い」など工学的・計算機的に言語化する。
たとえば今日友人が語っていた新作のギミックについては、その期待効用をELO的な評価尺度でランク付けして論争に勝とうとしたが、連中は「推し」を盾に論理を流してくるので僕はたまに脱力する。
だが脱力する暇は短く、夜の自習時間には再び圏論的比喩に戻り、各行動の符号化を試す。
日常の細部も大事にしている。玄関の鍵は4回回すのが正しいというオカルトじみたルールを持っているが、これは単なる迷信ではなく、僕の内部的なチェックサムである。
友人たちはこれを笑うが、彼らもまた各自の無意味な儀式に固執している。
コミュニティでの嗜好(推しキャラ、嫁、沼の深さ)に関しては妙に合理的で、僕はデータベースを自前で持っている。
各キャラの台詞数、出番頻度、描写の感情強度をパラメータ化し、二次創作が生成される確率空間を推定する実験をしている。
この種のオタク計量は笑われがちだが、実際にはコンテンツ開発や同人活動の動向を予測するには有用だ。
眠りに入る前に、僕は明日の論文ノートに小さな疑問を三つ書き付ける。
第一は、先に述べた圏的安定化が有限次元表現に落ちる際の可逆元の振る舞い、第二は同構クラスの計算可能性のアルゴリズム的複雑さ、第三は趣味領域における情報量の測度とその心理的飽和点の関係である。
これらを洗い出しておけば、僕は安心して眠れる。
ルームメイトがゲームのボスを討伐した歓声が聞こえ、隣人の配信が締めに入る。友人たちのチャットは未だヒートアップしている。
僕は日記を閉じ、明日のコーヒーの豆を2グラムだけ余分に計量しておく。これは単なる癖ではない。それは帰納的に我が生活を安定化するための小さな公理群だ。
3 次元のサイクルの群(3 本立ての「輪ゴム」みたいなもの)に、基底を 4 つ用意する(鏡クインティックでは、周期積分の都合で 4 本の独立成分を見るのが標準的)。
これらに対応して、4 つの周期関数(各サイクルに対するホロノミーのようなもの)がある。位置(=モジュライ空間の点)を動かすと、この4成分ベクトルが解析接続でグルグル混ざる。
右左で 2 つずつある超対称荷重は、(c,c) と (a,c) の2つのリング(演算ができる「カード束」)を生む。
物理の実体:タイプ IIB なら (c,c) 側が「複素構造のゆらぎ」を担う質量ゼロのスカラー場の多重体になり、タイプ IIA なら (a,c) 側が「サイズや形(カヘラー構造)」のゆらぎを担う。
つまり「世界面の演算で作ったカード束」と「多様体の引き出し(ホモロジー/コホモロジーの基底)」が、1 対 1 でラベリングし合う。
10 次元→4 次元にただ潰すのではなく、内部 6 次元の洞(サイクル)の数・組合せを、4 次元の場(ベクトル多重体やハイパー多重体)の数に移し替える。
机に喩えると:内部空間の引き出し(サイクル)が 4 次元側のつまみ(ゲージ場やスカラ場)の数を決める。引き出しの数や入れ替え(同値変形)が物理の自由度の型を縛る。
さらに、D ブレーン(弦の端点がくっつく膜)の種類と積み重ね方は、ホモロジー群や K 理論の元、より精密には派生圏の対象としてカタログ化される。これが後の「圏の自己同型」と噛み合う。
2. コニフォールド点(どこかでS³ がしぼんで消える。そこに巻き付いたブレーンが「超軽い粒子」になる)
3. Gepner/Landau–Ginzburg 点(右端の対称性が濃い領域)
それぞれの周りで、上の4 成分の周期ベクトルに対して、行列で表される混ぜ合わせ(モノドロミー)が掛かる。
コニフォールドでは、1 個の 3-サイクルが消えるため、それに伴うピカール=ルフェシェッツ型の写像が起き、周期ベクトルの1 列が他を足し上げる形で変わる(行列はほぼ単位行列で、1 行に 1 が足されるような単冪的挙動)。
大複素構造点の周りでは、「無限遠の反復」に相当する別種の行列が出る。
実験的に何をするか:一点から出発して数値的に周期を解析接続し、各特異点を一周して戻る。戻ってきた周期ベクトルが、元のベクトルにどんな行列が掛かったかを記録する。これがモノドロミー行列群。
ふつうは鏡対称のピカード–フックス方程式や(プレポテンシャルの)級数で扱うけど、君の問いは「鏡の装置を超える」方法。
1. tt* 幾何(世界面 N=2 の基底選びに依らない量子地図)を導入し、基底のつなぎ目に出る接続+計量を測る。
2. 等角変形を保つ 2d QFT の等時的変形(isomonodromy)として、特異点位置を動かしてもモノドロミーは保つ流儀に書き換える。
3. その結果、量子補正の非摂動成分(例えば D ブレーン瞬間子の寄与)が、ストークスデータ(どの方向から近づくかでジャンプする情報)としてモノドロミーの外側にぶら下がる形で整理できる。
4. 実務では、ブリッジランド安定条件を使って、安定なブレーンのスペクトルが特異点近傍でどこで入れ替わるか(壁越え)を地図化。壁を跨ぐとBPS 状態の数が飛ぶ。これが 4 次元の量子補正の影。
圏側:派生圏の自己同型(Fourier–Mukai 変換、テンソルでのねじり、シフト)
を対応させる(例:コニフォールドのモノドロミー ↔ セイデル=トーマスの球対象に対するねじり)。
特異点ごとの局所群(各点のループで得る小さな行列群)を、圏側では局所自動同型の生成元に割り当てる。
複数の特異点をまたぐ合成ループを、圏側では自己同型の合成として言語化し、関係式(「この順番で回ると単位になる」等)を2-圏的に上げる。
壁越えで現れるBPS スペクトルの再配列は、圏側では安定度の回転+単正変換として実現。これにより、行列表現では見切れない非可換的な記憶(どの順で通ったか)を、自己同型のブレイド群的関係として保持できる。
こうして、単なる「基底に作用する行列」から、対象(ブレーン)そのものを並べ替える機構へと持ち上げる。行列で潰れてしまう情報(可換化の副作用)を、圏のレベルで温存するわけだ。
1. モデル選定:鏡クインティック、もしくは h^{1,1}=1の別 3 次元 CY を採用(単一モジュライで見通しが良い)。
2. 周期の数値接続:基点を LCS 近くに取り、コニフォールド・Gepner を囲む3 種の基本ループで周期を運ぶ。4×4 の行列を 3 つ得る。
3. 圏側の生成元を同定:コニフォールド用の球ねじり、LCS 用のテンサー by 直線束+シフト、Gepner 用の位相的オートエクイバレンスを列挙。
4. 関係式を照合:得た 3 つの自己同型が満たす組み合わせ恒等式(例えば「ABC が単位」など)を、モノドロミー行列の積関係と突き合わせる。
5. 壁越えデータでの微修正:ブリッジランド安定度を実装し、どの領域でどの対象が安定かを色分け。壁を跨ぐ経路で自己同型の順序効果が変わることをBPS 跳びで確認。
6. 非摂動補正の抽出:等長変形の微分方程式(isomonodromy)のストークス行列を数値で推定し、これが圏側の追加自己同型(例えば複合ねじり)として実装可能かを試す。
7. 普遍性チェック:別 CY(例:K3×T² 型の退化を含むもの)でも同じ字義が立つか比較。
特異点巡回で得る行列の群は、派生圏の自己同型の生成元と関係式に持ち上がり、壁越え・BPS 跳び・ストークスデータまで含めると、鏡対称の外にある量子補正も自己同型の拡大群として帳尻が合う見通しが立つ。
これに成功すれば、物理の自由度→幾何の位相→圏の力学という 3 層の辞書が、特異点近傍でも失効しないことを示せる。
Q. コニフォールド点を一周することで本質的に起きることを、もっとも具体に言い表しているのはどれ?
A) すべての周期が一様にゼロへ縮む
B) ある 3-サイクルが消え、それに沿った足し込み型の混合が周期に起きる
ざっくり単純化すればan<bn+cnみたいな式だ。</p>
Σan<Σbn+Σcnとしてるんだが、果たしてこのような論理は正しいのか納得がいかない。
もちろん各数列が級数としたときに絶対収束するなら結合法則が成り立つどころかどんなに足し算の順序を並べ替えてもいいことになるわけだが、そんなことは証明してない。
a1<b1+c1にa2<b2+c2を足してa1+a2<b1+c1+b2+c2にするということを再帰的に繰り返すイメージなのかもしれないが、</p>
この場合でもシグマだとb1からbの項を無限に最初に足し合わせることと、cについて同様にすることをやってから、それらを最後に足すという計算順序だから、順序的に両者は食い違っている。
でもそもそもシグマは「対象の数列の要素を最初に足し合わせる」演算子なのだろうか?ただb1+b2…bn+…の略記法という解釈もありえないか?
そうすると数列bの最後の要素をあえて順序数を使ってbωとでも書いてみることにして、そのあとにΣcが書かれているとしたら、
その部分の足し算は…+bω+c1+c2というふうになっているはずだが、単なる略記法なら当然((…+bω+c1)+c2…)という計算順序で行うべきということを示す式ということになるだろう。
どちらの解釈をとるかで絶対収束じゃないのならば計算値が変わってしまうはずだがこんな証明でいいのだろうか?
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昨日は朝から晩まで、チャーン・サイモンズ理論の深淵に没頭していた。朝食は当然、規定量のオートミールと温かい豆乳。タンパク質と繊維質のバランスは、脳の活動効率に直結するからね。
午前中は、ウィッテン教授が提唱したチャーン・サイモンズ理論と共形場理論の関連性について再考していた。特に、SU(2)ₖ チャーン・サイモンズ理論におけるウィルソンループの期待値が、対応するWZW模型の相関関数と一致するという驚くべき事実は、僕の知的好奇心を大いに刺激する。しかし、僕が今取り組んでいるのは、より複雑なゲージ群、例えばE₈の場合だ。E₈は例外型リー群の中でも最大のもので、その表現論は非常に複雑だ。
午後は、このE₈チャーン・サイモンズ理論における結び目不変量の計算に挑戦していた。特に、結び目理論における「彩色ジョーンズ多項式」の概念を拡張し、E₈の場合に一般化することを試みている。この計算は途方もなく複雑で、通常の数学的手法では手に負えない。そこで僕は、最近開発した新しいアルゴリズム、「超幾何級数を用いた漸近展開法」を応用することにした。この方法を用いることで、今まで不可能と思われていた高次表現における彩色ジョーンズ多項式の漸近挙動を解析的に求めることができる可能性がある。
夕食は、ルームメイトが用意した、おそらく電子レンジで温めただけの代物だったが、僕は研究に没頭していたため、味など全く気にならなかった。食事中も、頭の中ではE₈チャーン・サイモンズ理論のことがぐるぐると回っていた。特に、この理論が量子重力とどのように関係しているのか、という点が僕の最大の関心事だ。一部の物理学者は、チャーン・サイモンズ理論が3次元量子重力の有効理論として現れると考えている。もしそうなら、僕の研究は宇宙の根源に迫る手がかりとなるかもしれない。
夜になって、さらに驚くべき発見があった。僕が開発したアルゴリズムを適用した結果、E₈チャーン・サイモンズ理論における特定の結び目不変量が、数論における「モジュラー形式」と深い関係を持っている可能性が浮上してきたのだ。モジュラー形式は、数論の中でも最も美しい対象の一つであり、楕円曲線や保型形式と密接に関連している。もし僕の予想が正しければ、物理学と数学の間に全く新しい繋がりが見つかるかもしれない。
この発見は、僕を興奮で眠れなくさせた。しかし、興奮している場合ではない。この結果を厳密に証明し、論文にまとめなければならない。今日は一日中、その作業に取り掛かることにしよう。
(追伸)
ルームメイトが僕の部屋に勝手に入ってきて、「落ち着け、壁を叩くのはやめてくれ」と言ってきた。僕はただ、頭の中の数式を整理するために、リズム良く指を動かしていただけなのだが。全く、ルームメイトというのは理解に苦しむ存在だ。
等比級数って知ってる?
気まぐれにchat gptに「円周率を計算するプログラムを書け」と指示した。
級数の和nを入力するとそこで計算を打ち切って近似値を計算するプログラムということらしい。
なるほど、いかにもありそうな感じだ。
試しにいくつかのnでchat gptに計算させてみるとたしかに近似してるっぽい数値になっている。
そこで、chat gptの主張する公式(「レーマンの公式」とか言っていた)をググってみると、
ははーん、なるほどこれはいつものchat gpt君の虚言癖だなと、
手元のphython環境でそのコードを実行してみると、案の定、chat gptと計算と違う結果になった。
これだからaiは信頼できないと、chat gptに嘘つきとチャットする。
どうせデタラメだろうとphython環境でそのコードを実行してみると、今度はピタリと一致した。
nを増やして繰り返してみると、確かに真の円周率(3.141592653589793..)に収束しているように見える。
存在しない名前の、既知の公式に一致しない数式から書かれたプログラムが、
なんかこわい。
補遺1.
このプログラムでは、レーマンの公式を使用して円周率(π)の近似値を計算しています。レーマンの公式は、以下の無限級数を用いて円周率を近似します。
補遺2.
n=4000での円周率の近似値は 3.141568780556039 なので収束率はかなりわるい。
補遺3.
訂正
数式自体は正しいようだ。