はてなキーワード: 社会科とは
dorawiiより
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ブクバカが爆釣で草
oeshi すごーく嫌な言い方をすると団塊Jrの自分は選挙権持って以来一度も自民に入れたことは無く自身は経済的にそれほど没落していないのでおまえと名指しされても全然ピンとこない
選挙で投票しなければ現政権に投票しているのとほぼ同じ効果になる
中学生レベルの社会科も分からん、自分のせいで没落した惨状で次世代に負債を残して高笑い、中身終わってるクズが団塊Jrの大半ってことになるがいいんか?
naga_yamas またこうやって自民党のせいにしておけば解決すると思ってる人が現れた。そうやって何でも人のせいにする他責思考が駄目にしたのは明らかなんだよね。
アホお得意の表現の自由はどうした?お?政治になると急に忘れるんか?政治で機能しない表現の自由なんて意味ねーから
tpircs 自民党がこの20年ほどの日本の景気停滞を作ったのは間違いないけど、他がやってたらもっと悪くなった可能性もあり、すべては可能性の話ともいえる。まぁガチャ回したほうが良いと思うくらいではあるけど。
昭和には今考えるとあり得ないようなクレイジーな教師が居たんだよ、ということを備忘録として記しておく。
生徒に「便所」「うんち」といったあだ名を付けて自分だけでなく生徒間でも呼ばせていた。
あだ名を付けられたのがひょうきん男子たちだったから事なきを得ていたけれど、あれはどう考えてもイジメだった。
体育は2クラス合同で、更衣室がない代わりに男女別の教室で着替えるんだけど、Hは堂々と女子生徒が着替え中の教室に入ってじっくりと女子生徒の着替えを観賞。
女子生徒に苦情を言われても「ここは俺が担任の教室だ!」と開き直り居座った。
男子生徒がつけたあだ名はジャイアン。もしくはバーコードハゲ。容赦ないよね…
今思うとそれほど悪い先生ではなかったとは思うんだけど、
女子体育教師がいる中で、女子生徒の体育担当になったのは悲鳴が上がるのも仕方ないとは思った。
今考えると気持ち悪い。
でも当時は他にも何人かそういった教師は居た。
熱血漢ではあるのだが、できない生徒に約束という名の押し付けを迫り、それが破られるとキレるというマッチポンプ熱血漢でうざかった。
予習をしてきた生徒が次々と課題をこなすのを叱ってたのは意味がわからなかった。
生徒を完全に自分のコントロール下に置くのが至上命題だったっぽい?
自分が務めてる高校ではなく、母校であるもう一つの進学校を賞賛し、勤務先の高校をけなしてばかりの人だった。
予習をしっかりして、授業中に眠るべきという、訳のわからない主張をしていた。
英文を読んで即座に和訳して問題を解け、という当時でも前時代的としか言い様がないやり方を押し付けてうざかった。
ちなみに生徒間で呼ばれていたあだ名はアイババ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20251009234315
の2位のコメントが凄い
Arturo_Ui
ここで蹴ったら今後は口が裂けても「総理を目指す」と言えなくなることを踏まえれば、
各党の思惑とは別に、玉木としては「応じる」以外の選択肢は有り得ないはずだが?
ご冗談を
すべてが事実と異なる。
完全に事実に反する。
政権の中で圧倒的な議席数を持つ立憲民主党の合意なしには法律一本通せない
と言う状況に陥る。
| 会派/政党 | 所属議員数 |
| 自由民主党・無所属の会 | 196 |
| 立憲民主党・無所属 | 148 |
| 日本維新の会 | 35 |
| 国民民主党・無所属クラブ | 27 |
| 公明党 | 24 |
| れいわ新選組 | 9 |
| 日本共産党 | 8 |
| 有志・改革の会 | 7 |
| 参政党 | 3 |
| 日本保守党 | 2 |
| 無所属 | 6 |
| 欠員 | 0 |
| 合計 | 465 |
というか順当に野党トップの立憲民主党の野田党首を総理にしたところで
立憲の議席も自民にすら負けてるわけで、やっぱり何もできない。
(相当甘い見通しで公明党と共産党とれいわが反自民団結してくれる前提に立っても189議席、勝手に国民入れてもまだ206議席)
こんな弱い足場の総理大臣の「絶大な権力」とは具体的になんのことか?
請け合ってもいいがArturo_Ui氏含む誰一人答えられないと思う。
ここで蹴ったら今後は口が裂けても「総理を目指す」と言えなくなることを踏まえれば、
事実としてそんな前提は全く成り立たない。
A.「国政を牛耳り自分の理念や政策を実現することを目指す」という意味
B.「何もできないお飾りであれとにかく”総理大臣”と言うポストに座ることを目指す」と言う意味
これを「Bだ」と言い張ることで「玉木は言行不一致!」とする非難を試みているのがArturo_Ui氏らであって
これはもういちいち解説するのもアホらしい小学生レベルの詭弁だと思う。
はてなブックマークはこういう小児の口喧嘩が通るような十代のSNSだっただろうか?
そうではない、上は痴呆症兆候者までいるアラフィフがボリューム層のミドル脂臭SNSだったはずだ。
そうしたロマンスグレー世代の中でこんな小学三年生ぐらいの知謀が人気2位に着けるのは
控えめに言って終わってるというか、程度が低いよりほかに罵り文句が思い浮かばない。
子持ちも多い筈だが子供の屁理屈とかどうやって叱るんだろうかこの人達は。
なぜ「各党の思惑は別」になるのか?
そもそもこんなことを言い出している立憲民主党の思惑とは何だろうか?
これが良いアイデアならば、圧倒的議席の立憲民主党野田党首が首班指名に立つべきであって、
各協力野党の実現したい政策を確約して団結を呼びかける、という調整をするはずだ。
本当にまとまって自民に勝てるのかすら怪しい。
参政党は「我々の首班は神谷だが、野党か高市か決戦になったらマシな高市に入れる」と明言してるので
玉木としてはこの泥船に乗った上で指名で負けたら目も当てられない。
(しかし参政党3議席がキャスティングボート握るの痺れるね!
日本保守党は仲間割れで1議席減らしたからギリギリで握れないのも痺れる!)
Arturo_Ui氏も古株で、おそらく若い人ではなくはてな平均層ぐらいの中高年と思えるが
たまに見かける限り書いてることはいつもこの調子・このレベルの内容だ。
まったく知的程度の低いことばっかり書いてるのに
「ご冗談を」とか言う謎の航空目線タグを常用してるのが本当にいかがわしいというか
と言う気持ち。
今回のArturo_Uiのコメントに星を付けた人達はどっちなの?
本当にこの状況下の玉木総理に”絶大な権力”が付されて国民民主党の政策をバンバン実現できると誤認していた。
・Arturo_Ui氏のコメントが基本的事実に反した小学生並みのコメントであることを認識しながら
嫌いな政治家を攻撃するためには子供の言い掛かりレベルのコメントに同調することをよしとした。
どっちであってもあなたがたは政治の話なんかしなくていいと思う。
本当に。親切心のみで。煽り抜きで。
持って生まれた知性が複雑なものごとを論じるのに向いてない人達なんだと思う。
これは良い悪いじゃないし実のところ人類の多数派だと考えられる。
暇つぶしは身の丈に合ったものを選ぶのが幸せにつながるのであって、
ネットでわかりもしない議論に参加するふりして心身を不幸にする時間があったら
お外に出て砂場とかで遊んでろと思うんだけどどうか。
大人が砂場で遊んでると不審がるような社会の風潮がおかしいのであって
夏休みの自由研究に頭を悩ませていたハチベエ・ハカセ・モーちゃんの三人は、社会科の授業で習った「三権分立」という言葉に目をつける。
「国のえらい人たちは、立法・行政・司法に分かれてるんだってさ!」――ハチベエの一言から、三人はクラスを舞台に“模擬政府”をつくることに。
モーちゃんはみんなの意見を聞いて“立法”を担当し、新しい校則もどきを作り出す。
ハチベエはリーダー気質を生かして“行政”を握り、その校則を本気で実行に移そうとする。
ハカセは“司法”役として冷静に判断を下し、クラスのトラブルを模擬裁判で裁こうとする。
最初は遊び半分だったが、忘れ物や掃除の当番をめぐって本気の“裁判”が始まり、クラス中を巻き込む大騒動に発展。やがて三人は、「立法・行政・司法がうまく分かれているからこそ公平な社会になる」という仕組みを、身をもって学ぶことになるのだった。
>現状の効果が無いと言う強固なエビデンスを覆すことができる何か
前のほうで触れたけれども、前近代の子供=労働力だった時代は人類は人口を維持していたわけで、少なくとも出産育児がトータルで経済的にプラスになるならば人は子供を産むだろう。
現状での○○無償化みたいなお金配りは所詮経済的なマイナスをほんの少し軽くするに過ぎない。
>財源
企業から税や社会保険料に準ずる形で徴収すべき。これも前で触れた、
「企業は本来労働者を出生率2.1を維持できる程度に働かせないと人口減少によってビジネスの継続が不可能になるのに、資本主義市場に任せておいては企業は労働者をそれ以上に酷使しすぎる」
という問題意識があるため。仮に今の出生数およそ70万人に一人あたり5000万円配ると35兆円で、今の社会保障費と同程度。「新しい制度の国を作る」という観点からみれば不可能な額じゃない。
※社会保障費は総額140兆円でした。訂正します。ttps://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21509.html
>どうやって具体化するか
出産育児の負担金がある分企業活動は減速するから、自国だけ制度を具現化しても経済的に不利になるので、チキンレース感はある。
少子化が全世界に広がり、このままではいよいよまずいという流れになり、本気で資本主義の次に世界が移行しなければならないという流れができないと難しいだろうね。100年はかかるんじゃないかな。
その間にAIが進化して、労働のあり方も育児のあり方も全然変わっていたりしてね。
そもそも私の根本的な思想として、民主主義や三権分立みたいな小学校の社会科に載っているような制度だって元は誰かが考えたものであって、神様が「こうすればうまくいきますよ」と教えてくれたものじゃない。
どんなに優れた社会制度だって考えた時点では上手くいくというエビデンスなんかなかったはずだと思っている。
少子化対策については「エビデンスがないことはしません」ではもう打つ手がない状況になりつつあると考えている。もう少し創造的な方向に考えを巡らせてみてはどうか。
https://www.youtube.com/watch?v=5ixm_eDMO3c
この人のビジネス書の話を聞いて
「え?みんなそんなことで悩んでるし、そんな浅い答えで満足しちゃうの?」
私からすると「なぜなにを聞くと嫌がる上司や取引先もいるから、考えることより出し入れのほうが難しい」と思うのですが、私の悩みは一歩進んだ悩みらしいです。
たいていの仕事は自分ひとりで完結しません。そのため、「なぜなに」がわかった方が思いやれるし、怒られずに手を抜く方法が見つけられます。
私は怠け者なので、いつもバレないように手を抜く方法を模索しています。だから、なぜなにを考えて不要を削るのですが、一般的ではないらしいです。
「なぜなに」を考えていない・重要でないと考えている人は、相手を思いやった仕事もできないし、手を抜く方法もわかりません。
私は「そんな人にサラリーマンができるんですか?」「ビジネス書でなぜなにを読んで感心している人は働いたことあるんですか?」と思うのですが、世間は私の想定を下回りますね。
だから、『ゼロ秒思考』という本がヒットしていると知った時には、「世の中には、それだけなぜなにを考えずに生きている人がいて、他の部署に迷惑をかけるような仕事をする人が多いんだ」と呆れました。
バイトでさえ「次の人の事考えて仕事して」と言われるものです。
この本に書いてあることが東大思考なら、Fラン出身の私の方が東大出身者よりもできます。
よって、この本は偽書です。
『東大思考』の内容は「知識を覚える時には、暗記ではなくストーリーや関連性も意識して記憶しようね」という本です。
私、これ小学校高学年時点でできていた自信があります。社会科科目が得意だった理由が「歴史問題は流れ(フロー)を覚えていれば、すごく簡単」だと小学生時点で気づき、成績も良かったからです。
大事なのは「関連して覚える」という手法に気づいても、周りがそれを教えないと関連付けしにくい科目もあるということです。例えば、「漢字や英単語は、成り立ちや部首を覚えているとまとめて覚えられる」と繰り返し教えている学校の先生なんて1割もいません。それを前提に作っている参考書も少ないです。
すごい予備校に行って「勉強のやり方」を習う人達もたくさんいます。
は、東大の中では少数派です。
東大生本人がすごいと思っている人は、『二月の勝者』を読んでから出直してきてください。親が中学受験の高いコストにドン引きする話まで読んでみてください。
東大生だとこういう家庭の人が珍しくないので、ここから学ぶべきです。
「組織に長くいるには出世しないとつらい」「中高年プレイヤーはいらん」というパートで「頭が化石か?現場に来たことあるのか?」と呆れました。
現場はプレイヤーの中高年がいることで支えられています。飲食店は年配のパートに支えられている店がすごく多いし、理系の仕事は人手不足なので、腰を据えて続けてくれるおじさんプレイヤーは重宝されます。
作者がコンサルタント会社の社長で、産業と職場の構造がわかっていないのは痛すぎ、怖すぎます。
仮説を持っていないことよりも「仮説に引きずり込もうとする人」の方が多いし、怖いです。
『仮説思考』の内容は「仕事上の問題について話す前に、仮説や提案を用意しなさい」というものですが、正直言うと、仮説や提案を持っていない人よりも、固執してしまう人の方が多いです。
そして、職場によっては提案すること自体がマイナスになる職場もあるので、業務フロー通りの方がいいケースも少なくありません。
指揮命令系統が厳格そうな職場を体験して思ったのは、「上司や周囲の動きに仮説を立てることよりも、自分の仮説が通る【スキマ】を見つけることが、職場では大事」ということです。
一人で仕事をする人や偉い人なら、仮説とそれに基づいた対応をする思考力が大事ですが、偉くない人はスキマから探します。
「仮説を立てて先読みするのが大事」は浅いんだよ、と思います。お伺いや意見を言える信頼性・理解力の方が遥かに大事です。
俺が言っていることはビジネス書にできないかもしれないし、できたとしてもちっとも面白くないと思いますよ。
だから、いい職場を見つけた人はビジネス書なんて読まなくていいです。
あれはビジネス偏差値が低い人か、気持ちいいきれいごとを読んで精神的マスターベーションをしたい人しか読まないものなので、いらないです。
「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの人」というように、一見すごく賢いようにみえても、他の子と比べて成長が早かっただけの場合が多い。
実際のところ、それを見分けるすべはない。
しかし、現実日本の社会での運用は、ある一定の年齢で高校受験、大学受験と偏差値で切り分けていく。
早熟な子ほど、いい高校、いい大学への切符を手に入れ、発達が遅い子が中卒や高卒で就職させられているように思う。
知的障碍児なんかは発達が遅く、年齢の7掛けや5掛けくらいのスピードで学校の勉強が進んでいく。
小6で掛け算をどうにかというスピードで、中学を卒業すると、社会性も知識も不十分なまま、放り出される。
対価をもらうのに十分な能力が開発されないままに社会に出されても、作業所で仕事を与えるほうも負担だ。
障害児の例は極端だが、せっかく指導要領があるのに、理解しないまま進級させるというのはどうしたものだろうか。
そこらを放置したまま、指導要領を議論して何の意味があるのだろうか?
と議論をしたところで、理系に進んだ高校生の多くは社会科を捨てるのだ。
と議論をしたところで、文系に進んだ高校生の多くは数学を捨てるのだ。
それは、リソース配分のためで、なんのためかといえば受験のためで、同じ年齢で成績を競い合うからだ。
二次関数を理解できるまで高校2年生になれない、微分積分ができるまで高校三年生になれない、そうするべきだろう?
だって、義務教育って、最低限知っておいたほうがいい知識なんだろう?
・だって一行目から「終戦した後EUに入ればいい」だぜ。NATOとEUの違いもわかってないの。中学校の社会科の問題としても△もあげられない答えよ、それ。まともに何か会話する気にならんでしょ、こんなのと。
・たぶん、終戦と停戦の区別もついてないよ。ウクライナとロシアが「終戦」するまでって、これからさらにどれだけ時間がかかることか。あるいは今後の展開次第では終戦ではなくてロシアによるウクライナ併合で終わる可能性もある。
・あと、君、同一人物かしらんけど一応指摘しとくとさ、"落としどころ見つけて停戦講和に向けて動かないなら、どうすべきなのか言ってみ?"って、「落としどころ見つけて停戦講和に向けて動かないなら」についても、「どうすべきなのか」についても、「誰が」が抜けてんのよ。だから問いのような体裁ではあるけど、それは問いになってない。物事を考えるための基礎的な力が欠けているのが、そのたった一つの問いかけモドキから判ってしまう。なので、君とのやり取りもこれ以上は御免こうむりたい。
トランプ関税で「日本は自動車関税ゼロなのか」って言ってる人が多くて気になった。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20250215/k10014723331000.html
ある時期まではそれでも勝ってきたのだね。というか、勝ってきたので関税を下げていったのだ。
日本の復興と経済成長というのは相当とんでもないもので、焦土から25年くらいで世界トップレベルの工業力を持つに至った。
そうなると今度は工業の保護政策は必要ないから税率下げなさいとアメ様より指導を戴く。優等生路線に切り替えた戦後日本はそれに従い、70年代には税率ゼロになったってわけ。
この「指導」は日米貿易協定で対米関税失くせっていう要求だけじゃなくて、他の国とも貿易協定(EPA)を結んで関税無くして行きなさいというのも含むわけ。
別に毎度直接そう言われたわけじゃないが最早それが戦後の常識だったからそうやって来た。
https://www.customs.go.jp/tariff/2024_04_01/index.html
工業産品はあら方ゼロ。数パーセント掛かってる品もあるが、日本と良く取引があるASEAN諸国、EU、環太平洋、中韓台などは協定でゼロとなっている。
色々調べると戦車とか野戦砲とか兵器だけには高関税掛かってるのとか発見できるぞ。でも兵器買うのって国家しかいないので関税の意味無いね。
こんな風に輸入障壁は撤廃しようという流れで来て、先進国は大抵どこも工業産品関税ゼロになっている。
工業部門の障壁は撤廃出来た。それじゃ今度はITや頭脳労働などサービスと農産品の輸入障壁を撤廃して関税ゼロにしようず!となったのが、GATTウルグアイラウンドだ。WTO(世界貿易機関)もこの時の合意で出来た。
だけどウルグアイラウンドはGATT史上初のつまずきになった。農業部門などで妥結出来なかったのだね。
農業ってのは国の根幹だし付加価値が低い産業なのであんま儲からない構造の所が多いのよ。それで補助金出して買い上げたりと各国保護政策を採ってる。
それに農家ってのはどこも保守的。なので保守政党の支持層なわけだ。
その農家を不安定な状態にしてしまうと政治も不安定になるってわけ。ぶっちゃけ自由化しちゃうと個人事業主の農家が全滅して国際農業メジャーが全部かっさらって各地の農場はプランテーション、みたいな事になりかねない。
だから各国反対で農業部門の合意は流産。これが現在までの経緯。
第二次大戦の原因は
連合国の総括は2.だった。1だったら日独は分割占領したままで二度と復活しないように主権を制限すればよいな。
でも2だと民生中心の工業国として立て直す支援をすべし、となる。
また戦勝国側も同じ轍を踏まないように経済のブロック化を防止しよう、という事で貿易協定を国家間のものから、多国間一般の協定にしようず、という流れになったわけだ。
ここで大事なのは、植民地争いを復活させる意図はないから産業未発達の途上国は除外された。工業未発達なのに外国製品と競争しろ!とかは言わないってこと。
急に話が変わるが、中国の人民元ってあるじゃん?なんで人民って付くんやろな?
社会主義では生産量も価格も国家が決めていた。そこで海外からの旅行者が勝手に通貨を使うと不安定要素になってしまう。そこで旅行者には普通の通貨と違う通貨を持たせたの。そのレートも国家が決める。
個人も会社も輸出入は独自で出来ない。輸出入出来るのは国家だけ。
ところが鄧小平以後の開放政策では市場経済を導入したので旅行者用元を発行する必要が無くなったわけ。旅行者が持ち込むカネは不安定要素じゃなくて市場の調整に任せるから。だから旅行者にも人民元持たせて法人も人民元で他国と決済出来るってなった。
脱線するが元は略字であって元は圓。日本の円も韓国のウオンもベトナムのドンも圓を各国読みしたものなんよな。人民元と日本円の通貨記号が¥で同じなのはこういうわけ。
つまり共産勢力も貿易自由化協定に参加したんだけど国家運営の都合上かなり制限があった。そして冷戦激化によって自由陣営と共産陣営の2ブロックに分れてしまっていた。
その共産陣営の方は行き詰って統制経済を放棄。自由主義陣営の旗振り役は?アメリカだ。
だから改革開放、ドイモイ、ペレストロイカでパックス=アメリカーナは決定的になったってわけ。
日本の工業力が復興して急成長した原因は、朝鮮戦争の特需なんかもあるが、元々のスターターは軍港の解体なんだな。
横須賀、呉、佐世保が戦前の主な軍港だったが、その規模は今と全然違う。
例えば横須賀だと今なら街があって海の方が自衛隊と米軍の基地になっているが、戦前だと駅前から始まって全てが軍港。ドック、宿舎、軍需工場、軍需工場工員向け宿舎/飯屋、軍に関係が無いものは一切ない。
敗戦後に軍は解体されるんで軍港都市であった3港はどうするかね?って事になった。そこで海沿いの海軍基地は民間船の造船ドック、製鉄所に転換されることになったわけ。
因みにこん時に旧軍港市転換法という法律を作ってやったわけだが、施行されたばかりの日本国憲法には95条:一の地方公共団体のみに適用される特別法は住民投票での同意を必要とするって項目がある。そこでこの3市では住民投票を行ったわけや。
こういう感じで軍港を廃止して造船所と製鉄所に転用した事が起爆剤になって各地い造船所が林立。日本は一気に造船と鉄鋼の国になったわけ。鉄は工業の基礎だからな。ここを押さえておいたのは強い
GHQのプロパガンダで戦艦などの兵器を溶かしてビルや鉄道などの民需品になるっていうポンチ絵があるがその通りになったてわけ。
その後家電や自動車などの民生品、エレクトロニクスといった軽薄短小産業にシフトして行って造船トップの座は韓国に移った。因みに極東アジアは韓中日と造船トップ3国が密集する異常地帯なんだな。この三国で世界の船の9割を造ってるんだぜ、いかれてるよな。
こうやって産業シフトに成功した日本は工業産品輸出量をメキメキ伸ばし、70年代初頭にはかなりとんでもないレベルになった。世界の港湾扱い量のランキングの上の方が全部日本の港って具合だ。1位横浜、2位神戸、3位門司みたいに日本の港がずらっと並びその下にアメリカのが出てくるって具合だ。日本スゴイとか嫌いなんだが、20年前は焼野原なんだぜ?イカれた復活具合だよな。
一方この頃アメリカや欧州はっていうとかなり停滞していた。アメリカは世界一の経済大国ではあったが国内が疲弊し、ベトナム戦争長期化で病んだ若者が増え、日本製品に国内産業が負けつつあった。
欧州では植民地の独立問題で揉め、労組の抵抗で産業転換が進まなかった。植民地が独立したら産業構造が変わって国内経済にダメージがあるのは当然。それを引延ばして軍事介入などを続けていたので建て直しに時間が掛かった。
一方日本は負けてとっくに植民地を手放していたのでこういう問題に拘わずに済んだ。
もう一つは吉田ドクトリン。憲法9条があるから武装できません~と紛争に一切拘わずに防衛費負担も軽く、一方で日米安保で防衛力は確保しておくという良いところ取りで全てを経済発展に注力するって算段。吉田は吉田
ヨシオじゃなくて吉田茂だぞ。ただ吉田茂は経済発展が出来た後の日本は再軍備して海洋国家として海軍力を高めるべしって考えだったけど。
同様に西ドイツも異常な発展を遂げていたので戦後は「負けるが勝ち」だったんやな。戦争を仕掛て負けたせいで信用されないという条件を奇貨としたってわけや。
欧州の方はいつまでも停滞してグダグダやってたんやが、EUの前身のECのせいで持ち直していった。EU発足後は急成長。70~80年代の貧乏臭いヨーロッパはどっかに行ってしまった。
なんで、無関税無障壁の貿易自由化が全体の利益になるっていうのは前提なんだな。だがそのせいで国内に矛盾が出るからやり方考えた方がいいぜっていうのがちょっと前まで各国が立っていた立ち位置。
因みにEU圏内では無関税どころか税関自体がないんだが、域外からの輸入には工業産品で10%の関税を掛けている。
今のアメリカのアレは全方面でおかしいけど、関税関連で言えば、そもそもこういう前提で今まで国際社会がやってきたって事を政権中枢が判ってねえんじゃね?ってところなんだ。国益の為に関税掛けたくても、それをやると国益を棄損するからやらなかったってこと判ってるのか?ってことやな。
関税合戦になると貿易が冷え込むから巡り巡って国益に反するしアメリカの場合はパックス=アメリカーナによる国益を失うという問題もある。
いや、共和党のやつらは判ってるよ。だって対外的に先頭に立ってやってきたのだから。だが新しい共和党人士、バナナリパブリカン達はそこを判ってないから反米的な政策を国益と信じてしまうし、古いリパブリカンはパージが怖くて言えないって状態じゃね?
この辺、昔オバマと対立するまで安倍さんが「戦後レジーム打破」を連呼していたのと被る。戦後政治やって作ってきたのって自民党なのに、その内容分ってないんじゃね?という疑念しかなかったな。
特に「農業産品自由化で紛糾」のところを判ってるのか?というのも疑問で、例えばイーロンマスクが全連邦政府廃止すると言ってるがそうなると農産品も市場原理で取引されて補助金は無くなる。穀物メジャーは農家より強いから買取価格も引き下げられるだろう。農業はお天気商売だから価格のバッファが必要だが資本がそれをやるつもりはないだろう。そうなると農家は窮乏して小作化するんじゃね?
アメ車って日本で売れてないっしょ?掛けても余り効果が無いんじゃね?
そもそもこの関税のせいでアメリカの自動車メーカー潰れるんじゃないんですかね?原料費跳ね上がるわけで。
それにトランプ政権の「信用の無さ」のせいで効果が無いと思われ。関税掛けると国内産の方が価格優位性が出るから国内に工場が作られ、ラストベルトは救われるわけです。
でもさ、工業っていうのは原料を加工して利益を乗っけて売る訳だけど、工程の下の方ってその付加価値って極小なわけですよ。つまり製鉄業の利益率は低い。一方プラントは数百億円と超高額なわけで、20年くらい稼働させて元取るって感じ。
この時途中で需要が止まってしまうと投下資本が回収出来なくなって借入の場合は倒産しちゃう。だから先行き不安な件では設備投資しない。
Amazon荷物で飽和してる時、ヤマト運輸は物流拠点増やす投資しないで仕事断ったじゃないですか。あれってAmazonがいつでも他社に乗り換える可能性があるから投資出来なかったわけです。
本件でも同じで、トランプ関税がずっと続くと考える人はいないわけ。すると製鉄メーカーは新製鉄所を建てる事が出来ない。
しゃーないから関税払って同じ鋼板を2.5割増しで買うか、もっと安い地域の鋼板に切り替えるかってなる。安い鋼板に切り替えて失敗した例は70年代イタリアにあって、フィアットと新たに半国営化したアルファロメオの鋼板を安いソ連製に切り替えたら防錆処理されてなくてあっというまに車は錆で腐ってブランド価値低下となったことがある。
商売に信用が大事なのは国家も同じ。経済的信用って「履行してきた」ことで蓄積されるものでしょ?急に政策を変更する、前の政策の影響、意味を判ってるか疑問となればネットナードは騙せても商売人は無理なんじゃ?
だから鉄鋼メーカー設備投資して増産出来ない→自動車メーカーコスト高解消できないって状態が続くと思います。
日本の特長っていうのは天才の芽は出にくいけど底上げされてる事ってよく言われる。文盲いないし教育程度が満遍なく高い。アメリカは高校まではかなり緩いし街中で常識問題出して何も知らないのがネタにされたりする。
自分のいる場所が社会的にどうやって構成されているか、直情的以外に利益判断できる基礎を叩き込むという思想で社会科の教育課程は作られている。
だから基礎的な社会の構造を無視して自尊心を鼓舞するような旗振りが現れた時の耐性は日本の方があるんじゃないかと思うんだ。グローバリズム批判しながら農業補助金カットや農家瓦解みたいな未来を提示された時に「そっち行くわけないだろばかかお前」と言えるってことだ。野菜になっちゃう人もいるけどな。
反グローバリズムにもちゃんと意味はあるんよ。だがそれが言葉が遊離して農業保護に反する事をしようとしても気が付かずに、DSだのウォークだのというように成ったら義務教育の意味がないじゃん。
あっちは光の速さでもう26世紀を生きているが日本は順当に500年掛けて行けばいいと思うのだ。野菜の栽培にはスポーツドリンクじゃなくて水上げればいいという知識が重要なんだ。
最近囲碁が強くなるためにやっている活動が昼寝。寝不足の時とよく寝た時で対局や詰碁の成績や勉強の効率が違い過ぎるから。ちなみに普段の睡眠時間は油断すると3時間を割りがちで、ふつうに辛いし危ない。夕方になると畳に寝そべった瞬間寝落ちするくらい。テレビ見てたら座った状態で寝てるとかもあるので、囲碁の勉強をするという場合ではない。
午前中と夜以外はわりあい暇な時間がある日常を送っているが、午前中と夜は暇でないがち(仕事)なので眠るっていうテンションになりづらいんだけど、アラームつけて昼寝するようにした。囲碁する時間は減ったし読書する時間も僅少だかやったつもりが寝てたとか記憶に残らないということは減った、たぶん。多趣味なので睡眠時間を確保すると囲碁か読書のどちらかが何とか出来るくらいしか時間がなくなるのがきついけれども。
無課金で囲碁クエストをしているので、詰めチャレを出来る回数が1日に3、4回なのだが、何とか時間をやりくりして毎日やってる。成績の折れ線グラフが日々のバイオリズムと完全に一致していておもしろい。1ヶ月に3日くらいものすごい馬鹿になる日があって、そういう日は実際調子が悪い。
1ヶ月くらい対人対局をしていない。囲碁クエストは詰めチャレだけだし東洋囲碁は全く触っていない。ずっと「みんなの囲碁」でコンピュータと対局している。10級からちまちまレベルを上げていって、今は4級と打っている。勝ったら次の急に上がるんじゃなくて、黒番・白番両方とも待ったナシで満足出来る勝ちができたら1級上がるという方式。
昇級した時はまずは「待った」と「ヒント」を使いまくって対局する。対局が終了したら、自動棋譜再生を何度かして振り返る。序盤で既に負けていないかという事に1番注目してる。その後棋譜をCOSUMIにコピペしてAIによる正誤判定をする。自分の気になった所とAIの✕判定の一致している所を終局に近い箇所からみん碁に戻ってやり直し、自力で打ち直したらどうなるか、「ヒント」を使うとどうなるかを試す。自力で正解に辿り着くっぽい事もあるが、「ヒント」が盲点で全然違う結果になることもある。
みん碁4級まで来たけど、これまで大体数十目の差で勝ち続けて来て負けたことはない。ただ、5級で自力で打ったらコミ分がなかったら4目負けていた対局はあった。でも自力100%でも5級までだったら勝てた。
自分の棋力が益々分からなくなる。東洋囲碁では16級でも負ける事の方が多いし、囲碁クエストや囲碁オンラインではボロカスに打ち負かされてちっとも昇級しないし、COSUMIにはレベル0で偶に辛勝するくらいの体たらくなのに、みん碁の5級には勝てるとは。みん碁のコンピュータが弱すぎるのだろうか。
何年か前にもみん碁攻略にハマっていた時期があって、その頃は8級が自分の限界だったものの、何となくコンピュータがレベルに合わせて悪手を打ってるのは分かっていて、それが今よりもだいぶ酷くこのコンピュータはそうとう弱いというのは感じていたけど今はどうなんだろう。みん碁のコンピュータの最強レベルはふつうに強いからそれに勝てたら全国のどこの碁会所に行ってもその段位で打てるって、どっかの知恵袋で見たのだが、本当かなあ? あるいは、級位レベルではユーザーを天狗にさせる強さ設定だが段位レベルは容赦ない強さに調整されているのか。
という疑問がありつつも数ヶ月前の自分よりはだいぶマシに打てるようになったと思うが。全然囲碁クエストをやっていないので9路と13路の腕が落ちていそうで心配ではある。落ちたところで大したレベルじゃないだろというのは、それはそう(子や孫にアカウントを乗っ取られたっぽい4段に偶に勝つ3級)。
最近になってやっと気づいたが、同じ詰碁集を繰り返し解くことは勉強にならない。なぜかというと答えを覚えてしまうから。対象棋力をそのままに、使い捨てるつもりで何冊も攻略していくのがよさそう。基本的には同じ様な問題がどの詰碁集にも載っているけど、問題図に目が慣れていないという事が大事なんだと思う。詰めチャレの変に凝ってる低級詰碁を解いていて辿り着いた境地。同時に、学生時代の自分が社会科の成績がいまいち良くなかった原因も分かってしまった。一冊の参考書をローテするだけだったからだ。この勉強法では一つの事項を別の角度から質問されると正解できなくなる。なんで今まで気づかなかったんや……。(国数英は授業の中で否応なしに沢山のセンター試験の過去問を解かされていたからだな。思い返せば歴史とかの授業でそれはなかった)
棋書は『碁の本質を読み解く 5つの考え方』(水間俊文)を数ヶ月ぶり2周目してる。棋書もKindleUnlimitedで何冊か読んでみて、何か特定の分野に特化した物でなければどれも似たような事が書いてあるけれど、言い回しや着眼点が違う。だから入門の頃に『ヒカルの囲碁入門』(石倉昇)を馬鹿みたいにヘビロテした時ほど執拗に読み込むことはなく、数を読んだほうがいいのかもしれない。が、もういい歳でそもそも読んだ物が記憶に残り難いし、それ以前に読んでいる風でただ画面を目が滑ってるだけだったりするので、3回くらいは読み返さないといかんなと思ったので読み返している。どのページを読んでも偉そうにそやなーと思うが実戦に生かされているのかというと……。
例えば、理科の授業で植物の構造を学ぶ。花の花弁がどうこう、葉緑体の構造がどうこう、毛細の仕組みがどうこう。
そこに、「ある花は綺麗で、ある花は醜い!」とか「日本古来愛されてきた桜の構造だけ学べばよくて他の木は適当でいい!」みたいな価値判断は普通入らない。
社会の授業で、世界の国々の様子を学ぶ。アメリカの選挙制度はどうこう、ロシアの大きさはどうこう、世界の人口はどうこう。
そこで、社会の授業という枠組みで「アメリカの政治制度は正しく、中国は間違ってる!(逆も)」とか「北方領土!竹島!日本の国土!」という授業を何時間も続けるということは異常である。少なくとも社会科の枠組みではない。
性教育はどうか。
性器の構造。精通や生理。妊娠と出産。これらは理科的・生物学的側面といえる。
一方で、「成人するまでセックスを我慢しよう(逆にどんどんセックスをしよう)」とか「セックスの前に合意をしよう。その合意は空気ではなく口頭で行うべきで~」とか「堕胎の是非」とかは思想的な問題である。
だが、性教育は前者と後者が混然と一体になり、しかも数多くの自称専門家が、その政治思想の左右を問わず好き勝手言い合うことが平然と行われている分野である。
これらにカリキュラム的な問題が合わさり、「外部の『専門家』を学校に呼んで特別授業を行う」という他の分野ではほとんど見られない現象が生じ、ますます事実とそれ以外の混入に拍車がかかっている。
それも、たとえば修学旅行前の平和授業なら、目の前にいるのが被爆者の語り部であり個人的な経験を語っているということは、子供ながらでもわかる形となっている(そしてこれは社会科の枠組みではないはずである)。
だが性教育の出張授業になると、途端に目の前にいるのは実際の業績が不明で、科学的なことを語るはずが事実と思想の分別がつかない言動をする教授や医者のいうことを、子供たちは鵜呑みにさせられることになる。
実際、私の時は、女医が学校に来て、そういう教育を受けた。しかもその女医は「そんなんじゃ女の子にモテないよ」式の言動をテコに性教育を行うタイプの人間であった。
もちろん、学校という現場だけの問題であるとは言わない。文科省。公立・私立。地域や家庭。色々な問題が絡んでいる。
個人差が大きく、急激に変貌する個々人の身体。「初めての生理が来たら赤飯を焚いて…」という風習に代表されるような、事実・思想以前の地域的な性のあり方。
だが、それにしても、である。
仮の話、私が「全世界フリーセックス!」「0歳児でも100歳の老人でもみんなセックスセックスセックス!」と子供たちに教えることも、究極的には、性教育になる、ということである。それで私は学位も実績も無しに専門家を名乗れるということである。
何をバカなことを、とみんな思うだろうが、この逆の立場の「純潔教育」は堂々と行われてきたし、今も行っているところがある。
以前、母親たちが自発的に性教育の授業を行う取り組みが「ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか」というタイトルでドキュメンタリー番組として放映されていた。
その番組では、2000年代のいわゆる性教育に対するバックラッシュにも触れられており、自民の山谷えり子議員に直撃取材も行っていた。
番組としては、明記などはされないが、母親たちが先進的かつ真摯であり、バックラッシュに加担した山谷は後進的かつ不誠実であると描写したいようだった。
だが、性教育の「教育」を考えるとき、無論山谷の行為には旧来の「寝た子を起こすな」式の問題があったとしても、前述の母親たちの行っている授業が果たしてどこまで「教育」なのか、その側面には触れられているようには見えなかった。