はてなキーワード: ハチとは
ホラー映画として楽しいんだけど、その楽しさは本当に正しいのだろうか。59点。
同じ登山部の仲間で山で死んだ女性の追悼登山にやってきた主人公と韓国人。しかし運悪く吹雪の中遭難してしまい韓国人は足の骨が折れてしまう。もうダメだぁ、おしまいだぁとなった韓国人は「実は俺が女性を殺した。登山事故じゃなくて殺人だった」と告白。まぁ、それはそれとしてと探し回っていると山小屋を発見し、2人はうっかり生き延びてしまう。死ぬと思ってとんでもないことを告白した韓国人ととんでもないことを告白されてしまった主人公。とんでもなく気まずくなってしまった山小屋で疑心暗鬼のサバイバルが今幕を開ける。
まずフラットな目で見て面白かったか面白くなかったかで言えば面白かったとしていいと思う。
その後の展開として、山小屋に入った後、急に韓国人は不機嫌になり携帯持ってるのに持ってないって言うわ、主人公に隠れて救助隊に電話して「一人です」って言ってるわ、調理のために貸してくれたナイフをすぐ返せって言うわ、様子がどんどんおかしくなっていく。実は女性は主人公と付き合っており、韓国人もそれを知っていたことから、彼は彼なりに告白してしまったことで自分が恋人の仇になってしまったので危害を加えられる可能性があり、また、告白してしまったことで相手に絶対的な弱みを握られてしまったという不都合が発生していて、ついにはその状況が決壊し、韓国人は主人公に襲い掛かってくる。
ここからはもう、閉ざされた物件に殺人鬼がやってきて襲い掛かってくるから逃げ回る系のガチンコのホラー映画になってくる。
2階建てで階段もあればハッチ式のはしごもあり、部屋も多く、山小屋なので遮蔽物も多いといういろんなルートで鬼ごっこ可能な考え抜かれた物件で、市の鬼ごっこが始まるわけだけど、珍しく殺人鬼側の片足が折れているというハンデがある。しかし殺人鬼側はナイフやオノ、スコップ(デカいやつね)といった武器で武装しているのに対して五体満足の主人公は丸腰。さらには高山病を発症してしまい、視界がきかなくなってくる。このあたりの不均衡さ、そして相手が韓国人であることで発生するディスコミュニケーションと、シンプルに動きがどんどん人間離れしてキモくモンスター的になっていく韓国人の物理的な怖さ。といったジャンル的な強度はめちゃくちゃ高くて、見ていて楽しい。
そして、なんとか逃げ回って夜が明けて救助隊がやってくるも主人公の声は届かない。閉じこもっていたドアを開けて飛び出すも目は見えないが救助隊員に声を掛けられようやく視界が戻ったと思ったら、それは救助隊の服を着た韓国人だった。救助隊員を皆殺しにし、ついに主人公をとらえ首を絞める韓国人。お前の罪も告白しろと言われ、主人公は実は女性を殺したのは韓国人ではなく自分だった。自分が韓国人が首を絞めて彼女を殺すように仕向け、殺したのを確認しに行ったら女性が息を吹き返したのでとどめを刺したと告白し、息を引き取った。
ところで目が覚めて、穏やかな韓国人に迎えられ高山病でぼうっとした頭でうっかりいらん告白をした結果、現実世界では何の告白もしていなかったのに韓国人に「お前何かおかしい」と疑われてしまう。そして一夜明け、救助隊が駆け付けた時そこには韓国人をめった刺しにする主人公の姿があった。
という、ホラー、サスペンスとして一定以上の強度がある映画であるのは間違いないと思う。追いかけっこからの驚きの真相の告白。ここまでは間違いなく良かった。
問題は夢落ちの是非と、夢落ちとなったことでホラー、サスペンスパートの正当性がゆがむこと。そして、相手が韓国人であることの妥当性。
まず、夢の内容があまりにハチャメチャで、十何年間もちょっとした見下しはありつつ一緒に活動してきた仲間相手がまるでカヤコやジェイソン、ジャック・ニコルソンかのような殺人モンスターみたいなイメージで夢に登場するだろうかという話。これが細切れの夢の中で毎回、日常の中で起きそうな殺人、それこそ首を絞められたり後ろから刺されたり、毒を飲まされたりという形なら「お前自身がそうしたいという願望の発露」として受け入れられなくもないが、実際に夢で起こったのはまるでスラッシャーホラーのようなドタバタアクション。
つまるところ、一本のスラッシャームービーとして夢パートが精緻で予測不可能で出来が良すぎた故に、逆に高山病で朦朧とした頭で見る夢として正当化される範囲を超えているんじゃないかという話。
そして、相手を韓国人にしたことでちょっとカタコト感がある喋りなので本心が読みづらいという部分はいいとしても途中から韓国語交じりで話し出すので相手の意図が余計に読めなくて怖い、という意図があったんだとしても、なぜかこの映画には韓国語には日本語字幕が出るので「こいつの韓国語は主人公に伝わってる設定なのかどうなのか」がよくわからなくなってしまう。
主人公が「韓国語でしゃべるのやめろ」というシーンはあるけど、それはすなわち「韓国語が全く理解できない」を指さない。ある程度理解はできるけどコミュニケーションとしてスムーズじゃないからやめてほしいかもしれない。だから、そこの恐怖を描きたいなら「主人公に理解できな韓国語には字幕を出さない」という処理にすべきだったはずだ。実際、後半から字幕が出ない部分もある。じゃあ、序盤はずっと意味が理解できていたのか?と思うが、韓国語に対して主人公が意思疎通している描写もない。チグハグだ。
なにより、相手が日本人じゃないからコミュニケーションとれないの怖いよね~っていうの、現代のコンプライアンス感覚としてどうなんだ。まぁ同じ日本人なら怪物化させても問題ないのかという問題もあるが、別言語を話す別人種だから怖いというのはシンプルに受け取っていいのかはかなり悩んだ。
そしてこの作品の本当にあるべき形として、死を覚悟して罪の告白をしてしまったが生き延びてしまった。こいつを生かしておいていいのか、いや、むしろ俺が殺されてしまうんじゃないかという葛藤という部分にあまり重きを置かずにスラッシャーホラーに振るという決断は本当に正しかったのか。もっと心理的な密室サスペンスに振るべきだったんじゃないか。原作は中学生くらいの時に近所の古本市場で読んだだけなのであんま覚えてないんだけど、そっちは後者的な話だった気がする。
まぁ、そんな感じかな。
襲い掛かってくるようになってからの韓国人はもう本当にシリーズ化してほしいくらい(最後に殺されたからもう無理だけど)印象的なモンスターアイコンとして完璧だったからそういう意味では面白かったけど、そういう意味で面白い映画でよかったんかなぁって感じ。ホラー映画好きな人は楽しめると思うけど、原作的な心理サスペンスを期待してる人にはなんか違うなぁってなるんじゃないかな。
あの世界の通貨「草むしり報酬」は、労働と直結した極めて原始的な価値体系なんですよね。
「草は無限に生える」という点です。
つまりこれは、
• 参入障壁が極端に低い
だから誰でもできるし、誰がやっても同じ。
何が起きるかというと、
• 労働の単価が上がらない
• 頑張っても報われにくい
• でもやらないと生きていけない
一方で「討伐」は全然違う。
• 成果報酬が大きい
つまりこれは、
うさぎが異様に強いのって、
単にキャラが濃いだけじゃなくて、
「どれだけ怖いことをやれるか」
で収入が分かれてる点です。
これ、現実でもかなり似ていて、
もう一つ地味に重要なのがこれ。
あの世界、
めちゃくちゃ優しいじゃないですか。
でも、
優しさではご飯は食べられない
つまり、
これがあの独特の“ほのぼの不穏”の正体で、
• いいやつほど苦しい
• でも悪いやつになりきれない
という、現代日本っぽい詰みがある。
まとめると、
で構成されている。
という、
⸻
で、たぶん一番怖いのはここで、
ただ泣いて、草をむしって、たまに笑う。
つまりこれは、
という意味で、
めちゃくちゃ完成度の高いディストピアなんですよね。
とはならなくない?
■久しぶりに手をつないだ。
うちの子が亡くなった。
11歳だった。雑種で黒と白の毛並み。ハチワレみたいな見た目をしていた可愛い子。
見つけたのは夫だった。軒先でのびていて身動き一つせず、身体は硬直して固くなっていた。
すぐさま毛布で包み、家の中に入れてくれたのは夫だった。
私は茫然となり頭の中が真っ白になった。彼がいろいろと手続きを進めてくれるのを横目に、できることと言えばコーヒーを入れることぐらいだった。
ずっと頭の中が真っ白だった。何かを思うことがこわかった。空白の白地に少しでも黒が加われば、あの丸い耳の輪郭を描いてしまいそうで。
リビングのテレビの向かいにあるソファ。そこの一角。そこが彼のお気に入りの場所だった。
一日、二日と経ち、昨日。ようやく立ち上がることができた。
昨日まではまだ涙は流れなかった。何か食べなければいけない。
夫と一緒にスーパーへ行った。久しぶりに手をつないだ。手をつなぎながら。
彼が好きだったものを。家にある半分ほど残っているご飯のことを思い出す。
急に、崩壊したように溢れてきた。
彼のことも。思い出も。これまでのことも。
気付けば涙を流していた。止まらなかった。スーパーで号泣なんて、明らかに不審者だっただろうに。
夫が付き添ってくれて、私は車で待つことにした。
うちの子が亡くなった。
11歳だった。雑種で黒と白の毛並み。ハチワレみたいな見た目をしていた可愛い子。
見つけたのは夫だった。軒先でのびていて身動き一つせず、身体は硬直して固くなっていた。
すぐさま毛布で包み、家の中に入れてくれたのは夫だった。
私は茫然となり頭の中が真っ白になった。彼がいろいろと手続きを進めてくれるのを横目に、できることと言えばコーヒーを入れることぐらいだった。
ずっと頭の中が真っ白だった。何かを思うことがこわかった。空白の白地に少しでも黒が加われば、あの丸い耳の輪郭を描いてしまいそうで。
リビングのテレビの向かいにあるソファ。そこの一角。そこが彼のお気に入りの場所だった。
一日、二日と経ち、昨日。ようやく立ち上がることができた。
昨日まではまだ涙は流れなかった。何か食べなければいけない。
夫と一緒にスーパーへ行った。久しぶりに手をつないだ。手をつなぎながら。
彼が好きだったものを。家にある半分ほど残っているご飯のことを思い出す。
急に、崩壊したように溢れてきた。
彼のことも。思い出も。これまでのことも。
気付けば涙を流していた。止まらなかった。スーパーで号泣なんて、明らかに不審者だっただろうに。
夫が付き添ってくれて、私は車で待つことにした。
殺せないのは分かる
ハチは知らんかった
シバンムシアリガタバチの名前は、乾燥した食品や畳を食害する害虫「シバンムシ」の幼虫に寄生し、見た目がアリに似たハチ(アリガタバチ科)であることに由来します。漢字では「死番虫蟻型蜂」と書き、シバンムシの幼虫を求めて室内に侵入し、メスが毒針で人を刺すことがあります。
由来の詳細は以下の通りです。
シバンムシ(死番虫): 幼虫が乾燥食品や畳を食べて穴を開ける(食害)虫。英語の「Death-watch beetle(死の番をする虫)」の訳で、求愛行動のコチコチいう音が、昔のヨーロッパで「死の秒針」と恐れられたことに由来。
アリガタバチ(蟻型蜂): アリガタバチ科に属する、アリに似た姿のハチの総称。羽がない(または退化している)メスは、アリと見間違えやすい。
人類は完成度の低い映画を撮る権利がある。1点(100点満点中)。
マッドマックスと化した日本でライブハウスでタイバンやりながらブイブイ言わせてる連中、ワイスピよろしくドラッグカーレースに興じる連中、スラムに現れたキチガイ兄弟とスラムの連中、汚職政治家とヤクザ、原発建設、武装警察による取り締まりの強化、暴動、ロックンロールは鳴りやまない。
みたいな話やろ?たぶん。
この映画より点を高くつけた映画はたくさんある(つーか全部そうだ)けどじゃあその映画がこの映画よりいい映画かっていうと別にそんなことはないと思う。少なくともこの映画は撮った人間に熱量があるのが伝わる。日本でマッドマックスをやりたかったんだ!っていうのはわかるし、なにより俺の心を焦がしたパンクロックという概念そのものを映像化したいんだというのも画面の作り方や音からもちゃんと香ってきてる。
要はそれとおもしろいのかおもしろくないのかは別という話で、はっきり言ってこの映画の完成度は相当低い。
でも、パンクが先鋭化するにつれてどんどん機材を敢えて弱くして編集を可能な限り切って、なんならマイクもハンドスピーカーに変えたりして音楽としての完成度をどんどん下げていってそのことをもって熱量を伝えようとして、その手法こそをメッセージにしたのに近いものを感じる。
この映画を撮った連中はカメラがブレブレで何撮ってるかわかんなくても、フィルムの解像度がうんちっちでもうこれ何が写ってるかよくわかんねぇなってなっても、ストーリーももうハチャメチャでで結局何の話やったんこれってなっても、だからこそいいんだろ!と思って撮ってたんだと思う。そんな細かい、整った、美しい"技法"では俺たちの情熱は伝わらねぇんだ!!!というパッション、ヴァイブス。
メジャーのやり方に俺たちの魂をはめ込むことはできねぇんだよ!という反骨――ロック魂。
まぁ個人的にはそれで伝わらねぇのはお前の腕がないからやでと思わんでもないが、そういう人類がいてもいいだろうと思う。こっちが避けて通ればいいだけだし。
でもまぁ映像としてけっこういいなと思うところもあって、タイトル前の東京の道路を超早回しの主観視点で疾走するシーンの疾走感は酔う!と思いながらも勢いがあって格好いいし、そこから陣内智則率いるロックバンドの演奏シーンは楽曲の良さもあって引き込まれる。そういう意味ではしょうもない物語風のものが始まるまでの単純に映像としてのパートのほうが面白かったかもしれん。
若き日の泉谷しげるのヤバいチンピラ感は頑固おやじにもこんな嫌な尖りかたしてた時期があったんだなって思えるのもよかった。
まぁ時代感を考えるとしゃーないのもかもしれないけど、伝説的パンクバンドのスターリンが出てくるんだけどこいつらが大暴れしてるシーンがモロに吹き替えで生の迫力が全然出てなかったのはかなり残念。ここは頑張りどころだっただろ、絶対。
まぁこの映画って内容を話す作品ってよりはこの映画という現象を話すための作品だと思うので特に言いたいことはない。とにかくカメラワークがガチャガチャなので酔いやすい人は100%完走できないと思うので、俺三半規管弱いんだよなとか、最近ちょっと疲れてるんだよなとか、晩御飯食べすぎちゃったとかそういう人は絶対に見ない方がいいです。
そういう意味では映像で殴ってくる(物理)な映画であるのも一つの事実。
ただまぁ俺はメジャーシーンど真ん中を歩く人間だからね。むしろ俺みたいな奴らにあーだこーだいわれたくもないだろう。というわけで、この映画をこの形で撮ってこの形に編集してこの形を出した人たちの熱意に敬意を表して1点!この1は人差し指じゃなくて中指ね。本当は17点とかだと思うんだけどそんなしょうもないもんを出してくるくらいなら0点とかのほうがきっと喜ぶと思う、知らんけど。
そんなこんなで1980年代初頭のパンクロック好きにはたぶんマストアイテムなのと、カルト映画好きにはオススメでそれ以外のほぼすべての人類にとって別にみる必要ない映画だと思います。