はてなキーワード: アキバとは
ChaosTCGとかWSとかM:tgとか遊戯王とか旧裏ポケカとか、色々とTCGを幅広く遊んできていて、TCGに関する愛着は人並み以上にある。
そのうえで、昨今のポケカの状況を見て、直接的に関係ないのにTCG界隈そのもに対しての熱が一気に冷めてしまった。
なんやねん、オリカとかPSAとか。こんなんただのTUCの景品じゃん。TUCの景品ですが10kは越えねーんだぞ。車より高いものがペラ1で補管できて、鑑定付きだから素人でも扱えます、って
買い取りコーナーには半グレみてーな若いのが未開封BOX持ち込んでて、オタクの憩いとしての居場所ではなくなってしまったのを感じてしまった。
もちろんそういう店もまだあるんだろうけど、なんかもうまるっと全部ヤクザのしのぎに見えてしまってもうダメだ。シャカパチがキチィとかで数年離れている間にシャカパチガキが可愛く見えるくらいの半グレに汚染されていた。
車とかよりたけーよーなカードが当たることを売りにするようなオリパがアドトラックとかWeb広告で流れてくるのは完全によろしくない。
そのうち規制もされるんだろうけど、ポケカの販売はまずコラボ系も含めてガッツリと10万100万とかするカードを大量に刷り直して恐慌に落とし込んでほしい。
一度それをやるだけでプレミアの信用が落ちてくれるような気がするから。
パワー9みたいな、本当にマジで使うかも、みたいなのとか、大会優勝者限定とかに値がつくのはわかるけど
ただの地方イベントプロモとかサプライの付録とかで車買えるのはおかしいって。そもそもPSA的な状態のやつ、プレイする気ないじゃん。遊ぶていであれ、せめて。
アキバそのものの半グレの街みたいな印象を加速もさせてるし、でじこと逆のことを言うようで心苦しいけど、おたくの生きやすいところであってほしいよ、アキバとかカドショとかは。フォカヌポゥ
Hatelabo::AnonymousDiary The Movie。75点。
酒屋の自販機を破壊した罪で逮捕された自称サトウジロウを取り調べることになった染谷将太。そんな染谷にサトウは自分は霊感があり、秋葉原で何か起きる気がすると言い出す。何言うてるねんと思っていたら秋葉原で爆弾が爆発。サトウはこれはあと三度起きると言い染谷の説得もむなしく2発目が爆発。本庁から乗り込んできたゴリキャリの渡部篤郎と天才肌の山田裕貴にバトンタッチ。警察組織VSサトウジロウの戦いが幕を開ける。
みたいな話。
いや、面白かった。
佐藤二朗オンステージって感じで多くの福田作品で見せる感情の入ってないクソ演技をさせたら日本一の異名を持つ佐藤らしい空虚な異物としてのサトウジロウを完全に演じきっていて意外にいい役者だなぁって思った。一方で一見柔和が陰気で神経質で権力的な渡部や、覇気のない染谷、無邪気な天才山田あたりはなんか"いつもの感じ"で弱く見えたかな。製作的にも今回は佐藤二朗を見てくださいって感じだったんかな。
で、話としては激ヤバ組織である警察相手にそのヤバいところをサトウがガンガンに打ち返してそれを突き付け崩していく。恩義のある刑事を庇った結果冷や飯食わされて無気力な染谷、功名心とエリート意識にとらわれる伊勢、自身を規律と権力の代表者であると思い込んでいる渡部、自分を天才と思い込んでいる山田、そしてなんか外にいるやっぱり功名心に囚われた矢吹巡査。それぞれの抱える火薬にサトウが口巧みに火をつけて次々と爆破していく。
一方でサトウ本人に実は主張はない。この計画自体も元々はサトウのものではなく、殺人現場に夜な夜な忍び込んではシコっていたことが週刊誌に取り上げられ大バッシングを受けて自殺した刑事の家族が計画したもので、サトウはそれに後乗りしただけ。途中で犯行声明動画が投稿され、そこで動機らしきものを語るがそれも元の犯人の動画を模倣しただけ。取調室内で語るほとんどのことはウソであり、相手を翻弄したいだけ。
途中、功名心から足を吹っ飛ばされた矢吹のバディである伊藤沙莉がサトウを罰しようと取調室に乗り込んできた際にサトウはその悪意を一身に受け射精する。また、渡部を執拗に挑発し渡部が自負する規律と倫理の代表者という仮面を強引に剥がし自分の指をへし折らせる際にも笑っている。彼はブラックホールのように相手の感情を取り込むことだけを目的に動いているように見える。
つまるところ彼は空虚な内面にSNS上で得た空虚な情報を吸収し、それを凶悪なエントリやトラックバックで発散することで他者の感情を煽り怒らせ自分に対するレスを誘発しそのことでシコる増田の化身のような人間であると言える。つまりこの映画もまた増田である。
最もサトウに近い無邪気な天才山田を徹底的に煽り最終的に彼が天才ゆえに持つ厭世観や世間への身下しを引き出し彼は取調室を去る。そして組織という社会の中で抗えない大きな流れの中で無気力な一般人としての染谷と再会したサトウは「お前、この大騒動でワクワクしてただろ」と社会不安が起きると急にウキウキしだしSNS煽りをはじめ、「お前はこのままダラダラ生きていくのか」と煽るが、染谷は「俺は別にそれが不幸だとは思わない」ときっぱりと線を引く。
それを見たサトウは「今回は引き分けと山田に伝えろ」と告げる。
彼は今回の事件で出会ったすべての人間、渡部、山田、伊勢、伊藤、矢吹、明日香の心の中の爆弾すべてに火をつけることに成功したが、唯一今回の事件の発端となったシコり刑事に寄り添った染谷の爆弾には火をつけることができなかった。だから彼は今回の勝利をいったんは放棄したんだろうと思った。どれだけ煽っても煽りに乗ってこなかった増田に、まだ増田も捨てたもんじゃないなと独り言ちる俺のように。
空虚なサトウがその空虚さゆえに相手にの心の爆弾を爆破するという作品のメインテーマに全部りしているので、ロジックで見れば決していい出来とは言えない。犯人はシコり刑事が電車に飛び込んだことで多額の借金を背負って一家離散したという設定だが、金だけならそんなもんは相続放棄すればよくね?と思うし、元々山手線を爆破する予定で爆弾を作っててその計画自体はもうほぼ完遂してたのに何で爆弾そんなに余ってたん?って感じだし、その爆弾も缶やペットボトルに仕込んで自販機に入れてたって話だけど山手線の自販機に売れ行き的にもさすがにリスク高すぎね?
渡部を破壊したホームレスと園児を秤にかけた爆破事件も実際にはホームレスの炊き出しと幼稚園、両方に爆弾を仕掛けていて渡部に幼稚園を選ばせて「お前は死んだのがホームレスでほっとしただろ!」って突き付けてたけど、これうまいこと爆弾が見つからなくてどっちも爆発してたらどうするつもりだったんやろかと思うし。
真面目に見たらツッコミどころ満載でう~んってなるけど、サトウジロウの暗号ゲーム自体がフィクションラインだいぶ低いよねって言われたら確かにな~、なんか悪役がなぞなぞ出してくるレベル帯の作品、アメコミとかそういう感じで見るべきなんだろう。
まぁそんな感じかな。
画で言うと冒頭のアキバ爆破シーンめっちゃ頑張ってたし、何よりサトウジロウと警察たちの鼻詰まる攻防戦をたっぷり楽しめる。ぶっちゃけ俺は大したメッセージ性は感じなかったけどサトウジロウは増田だったと考えると、俺の中にもサトウジロウという爆弾は眠っていると言えたり言えなかったりするかもしれないししないかもしれない。
エロゲ黄金時代にそこそこエロゲーをやり込んだ人間なら「あーあったねそういえばそういう作品」と思い出す様なあるメーカーの作品群がある。
そのメーカー自体は2000年代後半には解散したのだが、代表作を書いていたライターは確認できる限り2010年代頭までライターとして活動していて、そこから忽然と姿を消していた。
もう2000年代の流行オタク業界の話なので、こういうことはよくあることなのだが、往時にはそこそこ活躍していたオタク界隈の中である種名声があった名物クリエイターで、今では足を洗ったのか、消息知れずの人たちは結構いる。
当時流行っていた学園物で、どこか2000年代のネット/アキバ界隈特有の、あのゆるい開放感のある自由な雰囲気でのコメディが得意で、とにかく優しくて面白くて「楽しい」、ノーテンキな世界観が心地よかった。
そのメーカーは音楽に特に定評があり、ライター謹製の作詞と、2000年代のオタク系音楽特有のフュージョン、ニュージャックスイング、コンテンポラリーR&B系の透明感ある音楽と相まって、いい感じに肩の力抜いたふざけた歌詞とあっていて、未だに思い出の音楽としてXなどでも結構話題に上がるくらいだ。
そんなわけで、今でもXやyoutubeを探せば、そこそこ音楽や作品を評価して名前が結構上がるくらいには、まだファンも多いライターだった。
数週間前、ゲームwikiを見ていてふとその懐かしいタイトルの記事があるので目を通していた。内容は、ハッキリ言って1から10まで覚えているのだから見る必要もないかなと思っていたのだが。
そこで、あるURLが目に付いた。
15年近く消息不明だった、そのライターの消息が分かった瞬間だった。
クリックして読んだ先の作品は、25年も前に完結したライターの代表作シリーズの続編兼ある種の最終回の様な短編だった。
あの時代の空気も雰囲気もそのままに、主人公やヒロインや悪友キャラ達が再開し、再び「面白い物を探して」、青い空の向こうへと歩き始める物語
あの頃と何もかも変わらない、古い友人というか、昔よく言った店がまだやっているような安心感とノスタルジーを覚えた。再びあのキャラや時代に出会う事が出来て、嬉しかった。
だが、それもリンクから15年の間何をやっていたのだろうと、探してみると、失望へと変わっていった。
惨めな氷河期世代のオッサンやニートだとか、他責思想丸出しのテンプレのようななろう主人公や療育放棄された頭の病気の様な悪役令嬢、そんな判で押した様なテンプレなろう系ばかりの作風ばかりになっていた。
どこかの素性不明の本でとってつけたような兵站論や物流論、軍事理論の講釈を垂れて粋がるバカ主人公
スラップスティックとただの奇行の区別もつかない悪役令嬢が、〇狂いじみたことを喚きながらトー横のメンヘラの様に暴れまわる頭の病人の様な主人公
貰い物のチートだとか、現代知識で無双をして、ヒロイン以外同性の友人すら出てこないあまりにも惨めな主人公
そんなものばかりだった。人気はそこそこあったのかもしれない、だが、そこにはなぜこんなメンタルでまだシャバにいられるのか、という様な煮詰まった読者欄に生息するなろう系の負け組オタクばかりがテンプレを評価する蟲毒だった。
子供のころ、石の裏をひっくり返して蠢く虫や蛞蝓を見たような気分を思い出した。
唯一救いがあるとすれば、書いていたライター当人も何か思うところがあったのか、2020年に入る前には活動を停止していることだった。今となっては作品はどこかのブログや魚拓でサルベージされた場所でしか見ることはできない。
あの時代の市場規模の中で活動していたのだから、ネットで言われるなろう系市場が実態と以上乖離して「儲からない、将来性がない」というのを体感的に察知して筆をおいたのか、それとも何か別の理由でもあるのか、あまりにも現実と乖離したなろう系オタク達に心が侵食される様な苦痛を感じて逃げ出したのか、それは今となってはわからない。
それは、世界というものがひどく狭く、しかし同時に、どこまでも広がっているかのようにネットで、秋葉原で、オタク界隈で、個々の若者たちの人生で感じられた2000年代という時代の産物である。
日常は終わることなく続き、青春は一瞬でありながら、画面の向こうの主人公やその親友やヒロインたちも、そして画面を見る側の当人たちには永遠に似た手触りを持っていた。
いわば、ぬるま湯の様な富裕な日本の穏やかな時代の産物だった。
何より哀しかったのは、なろう系を書いている以外で、かつて自身が手掛けた作品群の続編や外伝の様な短編を書いているときだけは、その感性や才能が色鮮やかに蘇っているところだった。
それは、失われていたはずの完成が色鮮やかに息を吹き返す、セピア色の黄ばんだ写真が綺麗にあの頃の青春の空気と、匂いと、青空と、温度が戻ってくる様な感触に思えた。
そこには、成り上がりや美少女や承認欲求を求めて銃や刃物を手に他人を殺傷する極悪人の様ななろう主人公はいない、他人が落ちていくのを「ざまあ」と笑うあまりに惨めななろう主人公も悪役令嬢もいない。
書類の数字で講釈を垂れながら、見ることもない兵隊や一般人を「致し方ない犠牲」と平気で切る血も涙もない人非人の様な、なろう系主人公もいない
まるで場末のキャバ嬢か、脳に何らかの寄生虫でも入ってるかの如く主人公をマンセーマンセーと褒め称えて股を開くヒロインもいない。
そこにあるのは、ただ、あの頃と変わらぬ「人間」たちであった。
あの頃と何も変わらない、他者や世界を逆恨みすることなく、加齢で余裕がなくなって承認欲求と劣等感で精神がおかしくなって認知が歪んでいるわけでもなく、
心が歪むことなく、いつまでも続く「終わらない文化祭」のような毎日と、静かに流れる「なんとなくぬるま湯の様な優しい世界」で、また面白い事を探して次は何をしようか、と仲間やヒロインと探して軽口を言い合って青空の下を歩いていく、
「さあ、また旅に出よう、あの青い空しか見えない、青い階段を上がれば出口だよ」
「結局俺達は、まだ何も見てないんだな」
「だってそうだもの、"見る"キミがいてこその世界だからね。だからもう一度世界を見て回ってきてほしい。」
「そうかもね、それだけ君を信用しているということさ。おっと、僕は遅れてから行くよ、そろそろ時間だ。また会おう。」
「ああ、また、どこかで」
このやりとりの中に、彼等と俺達と、そしてあの時代の世界のすべてがある。
ああ、彼等や彼女らだけが、永遠に続く様な錯覚でなく、本当に永遠の中にいるのだ。
青い階段を昇りつめた後に広がった青空と夏の街を一望できる白いビルの屋上の景色が広がり、
主人公は持っていた腕時計だけを青空に向かって放り投げる、そしてこう言った
ああ、それは時間というしがらみからさえ自由になるために離脱するという意味する行為なのだと、俺は感じ取った。
現実と時間という世界から、本当に旅立ってしまったのだ、「永遠」の方へと。
その当時の古参ファンが感想に古い友人を訪ねる様に感想欄に現れていた、それはまるで、亡き友の家や墓を訪れるように…なろう系オタクは誰一人といない、その落差があまりに悲しいと俺は感じた。
なろうやカクヨムに続きが書かれた時点で、本当に彼等は「死んでしまった」のだろう。とすると、続編は全て主人公が死んだ先に見た夢の中を、俺達が追体験しているだけなのかもしれない。
別のタブで開いているyoutubeで再生している、あの頃の作品の主題歌は、きっとあの時代と彼等への鎮魂歌なのだろう。
気の抜けた明るい歌詞が流れている、だがそれは、本当に永遠の世界へと旅立っていってしまった彼らと彼女たちの、あまりに悲しい鎮魂歌だった。
それは、明るさを装いながら、すでに失われた時代とその中に生きた人々と、あの日の世界にとらわれ続けた俺をひそやかに弔っている。それは同時に、青青の時代とそこに生きた彼らへの静かな挽歌でもあった。
彼等はすでに旅立っている…きっとそれも、帰ることのない永遠の方へ。
彼等は帰らぬ旅へ出た。
彼等はすでに去った。
次の「面白い事」…青い鳥を探して、帰ることのない旅路へと赴き、時間の流れから離脱した。
――去ったのだ。
青い鳥を探しに、
二度と帰らぬ道へ。
そして今、彼らはもはや、
星5宝具5も何体いるか覚えてない
無記名霊基も40個くらいある
これは、やる意味あるか?って。
うーん。
2部で終わるみたいなことは言ってたから
終わるまで付き合うぜ!って思ってたけど
コンテンツ人気的に終わるわきゃないとは思ってたが
なんでやめるのか。家庭環境が変わった。
そこそこな貯金はあったけど。ほぼなくなってる。
別に母が使い込んでたとかではない。
体調の問題もあってなかなか出来ず
でも、母の母としてのプライドだろうか
断固食材は買ってた。
これは、仕方ないとは思ってる。
いまはVtuberとかスト6とかのが熱心。
スパチャはしておりません。
あおぎり高校の大代真白さんが復帰したらスパチャ童貞捨てるぞ!
振り上げた拳のおろし先をうしなったの。
でも、今は。楽しめてるか?
TwitterでFGOで星5引きましたお疲れ様でしたっていうと
また引いたんか!とか言われてた頃が懐かしい
引きすぎてて「どうせ引いてるんでしょ」って言われて
終いには誰も反応しなくなった。
月箱が出てるあたりではじめてアキバに行って
買わなかった事を後悔してるよ。
メルブラにはめちゃくちゃハマって
オフセット印刷で一冊単価クソ高いのに
一冊単価の半値以下で売ったりしてた。クソ赤字。
でも楽しかったよ
別に、嫌いになったわけじゃない。
でも、踏ん切りをつけさせてもらう。
いろいろ安定したら戻ってくるかもね。
これですぐ戻ってきたら諦めて骨を埋めます
高3のときにかかった統合失調症について自分の身に起こった症状を経過とともにまとめておく。まず秋の三者面談で担任に友達がいない=それだけコミュ力がないことを指摘された。
当時官僚に憧れていたが、そのことを知っていた他人は学力もそうだがそこを改善したところでその社交性の無さをどうにかしなければどうにもならないことを言ってきたのだ。
それに私は心底動揺したようで、母によれば帰りの電車でチック症状が出ていたらしい。そこから、受験勉強も頑張りつつ立派な人格者になろうと奮起したことでだろうか、だんだん行動と思考がおかしくなっていく。
柄にもなく今まで話したことも無いような生徒に話しかけるようになる。記憶力が良くなったような気分になる。化学式が水を吸い込むスポンジのようにすらすら頭に入っていく気分だった。
実際少しは記憶力が上がったのかもしれないが気分の部分が大きかったように思える。気分が高揚し何故か授業中でも教科書に書かれた偉人を模写するようになった。
普段の私は不器用な方で模写などできるようなタチでもなく、したとしてもゆっくり書いても線は歪にるし顔のパーツのバランスも元のようには書けなかったはずなのだが、そのときはなぜかさらさらと筆が運んだ。各パーツの境界等を線ではなく元の絵通り濃淡で表すなんて普段の私にはできないことを普通にしていた。数学の教科書のガウスを描いたときが特に印象に残っている。風邪でもないのに熱が出て学校の中で倒れるということが起こるようになった。何度か親に送り迎えされることがあった。
私は中学のころまでは学校の人間をいじめていたことがあったのだが、急にそのことを思い出し心底恥じ入る気持ちになり号泣した。そして旧友がどうなっているのか訪ねに行った。受験生なのに何をしてるのかと思うだろう?私にもわからない。
塾の特別講座や模試を受けに都心に行ったときはひどいものだった。湯島聖堂に行って人が引くような感服をした。ピンクのハトを見て神がかり的な力を感じてしまった。(ピンクのハト自体は幻覚ではなく写真に残っているしそもそもそこまで珍しいものではないと思われる)
興が乗りゲームセンターに行ってヴィクトルーパーズというゲームを体験する。プレイ時に自分の反射神経に関して今までとは違うものを感じて全能感を感じた。
そして確かリフレクビートみたいな音ゲーを他人がプレイしているところの画面をなぜかタッチした。当然苦言を呈された記憶がある。でもそのときの自分は意に介していなかったと思われる。
夜になっても秋葉原を闊歩してあるときは自分の腕力に自信を感じ筐体を動かせるかどうか試していた。
今思えば実際は持ち上げていたのではなく引っ張る程度でなんの腕力の証明にもなっていないのだがあのときはこう理詰めで考える力を失っていたように思う。
釣り合わないおっさんと若い女性が一緒に歩いている姿を見て、犯罪の匂いを感じ制裁してやろうとか思った(今思えばコンカフェのサービスに過ぎないだろう)。
街中で大学生と思しき数人の男女の組を見つけて話しかけて自分の志望大学について語る。あのときは普通に対応されたけど陰でやばい奴認定されていたのではないか。
道路にポスターが筒状に丸められたものが落ちていて、アキバでの土産として持ち帰るつもりだったのに、振り回したり膝に当てて曲げたりしていた。思考の滅裂が伺える。
結局その夜は終電を逃し、教科書等が入って10kgになっているリュックを背負ってほとんど休まず冬の夜を始発まで歩き続けていた。それは冬に露地で寝たら凍死するという、ここだけはまだ高校生としてまともなイメージによるものだった。
その最中、座って休んでいたときはとめどなく出てくる感じの英語を、どうせ誰もいないからと気持ちよく口に出した。まるで通訳ならそういう境地であるかのように、自然に英語で思考が言葉として頭に浮かんでくるのだ。これも今までにないことだった。今までの学んだことの蓄積が一気に爆発的にアウトプット可能なものへと昇華されたような感じだ。第三者がいないので、これが実は文法が滅茶苦茶だった空喜びだ可能性もある。
そうして家族には捜索願を出す迷惑をかけさせるなか帰宅した。保護入院のXデーは近い。またあるとき横浜へ行くと、キャリアになるような人間は高い志を持っていなければならないという心境で、ゴミ掃除をした。受験生なのに。
掃除しているところを見たお巡りさんから未来の官僚様へというふうな感じでブラックサンダーと栄養ドリンクをもらった記憶がある。ということは自分の希望進路をこの警官に行ったことになるのだが、だとすればこの警官の労いは奇妙な行動をする学生を生暖かい目でからかうことを意図したものだったかもしれない。自宅の近所に1000年前からあるという由緒のある神社と正一位の神格がある寺院に目を付け、この地域は稀に見る神聖な土地なのだという気持ちになる。
またその影響からかこのころから神のお達しを感じるようになったり(幻聴ではなくテレパシーのような感じ)自分に女性キャラクターが乗り移ったような感覚が現れることが起こるようになる。口調も普段から変わってしまう。
当時の社会情勢の悪さを神的なものとに結びつけ、寺社に赴いた記憶がある。おこがましくも何かを助言した記憶がある。別に神職者だって宗教を信じてないことが多いのに本物のやばい奴が来てしまったという感じだろうな。
マムシ=蛇の出没も神的なものと結び付け両側が藪の道を木の枝を下に向けて振り回しながら歩く。当時の本人にはマムシを追い払うことでマムシが持つとする瘴気を払うことを意図したものだろう。
またあるときは公園で木の枝を持ってこれが神風だという感じで大げさに振り回す。あくまで高校までの化学の知識から着想を得た「核戦争にも耐えられる強化外骨格」の設計ラフを書いた小切れなどを河原にばらまいたりもした。
夜寝てもすぐ起き上がって漢文がひらめくことが多くなりまともに寝なくなる。当時の自分としてはそれが漢文のいい訓練になるものだと思っていたことを覚えているが、志望大学は漢文の比重が重いものではないので、ほとんど無駄だったと思われる。
滑稽なのは四声も知らないのに(いや受験生としては問題ないんだが)漢詩等を次々書いて悦に入っていたことである。文法はともかく古代中国語として韻律のめちゃくちゃなものだった可能性が高い。
でもこんなことをしていたのには訓練以上に、漢文に書かれた思想に感じ入っていたところも大きい。
おかしくなった私の目標は立派な仕事に恥じない人格者になることだった。そして湯島聖堂に行ったときに孔子の深遠さに衝撃を受けた。
もちろん孔子自体は以前から知っていたが、偶然「聖地」を見つけ赴いてしまったことで、自分なりに感じた霊験あらたかさに、彼と彼の思想がいっそう素晴らしいものに感じるようになってしまった。
普通の受験生にとっては教材でしかない漢文から仁徳を感じ取るたびに感動し、過去の不徳な自分と対比して大泣きして大真面目に反省するという情緒不安定も起こっていた。
電車で、密着して二人の世界に入っている男女に話しかけたりもした。今考えれば当然のガン無視をされた。しかしやっぱり躁状態になっている私は誰とでも話せる人間になろうという思いが強かったのか意に介さないのである。
テレビでちょうどやっていたイスラム国関連のニュースの映像を見たときとてつもなく怖いものが見えたように感じ体を丸めて怯えたような記憶がある。あの心理状況はどういう原理だったか。
イスラム国はどうにかしなけばならないという義憤を感じてツイッターでアラビア語?で検索してイスラム国関係者と思しきツイートに直接リプライしたり、また当時の漢文にハマっていた自分らしくSNSのアカウント名を「莫歯牙(しがない)○○」をしたりそこで椅子子羊(イスラム)なる言葉を使って打倒を呼び掛けていた記憶がある。
世界中から反響があった感覚があったが、実際はただ日本人以外からなにがしかのリプライが来たと言うだけで、数としては数件に過ぎなかったのではないか。
でも当時は確かにカバオコピペのように「今までにない熱い一体感を感じ」ていた。
テレビのイスラム国に関する報道が自分の行動とリンクしているようにも見えていた。自分が世界に影響力を与えている気分になっていた。
調子が悪そうなことをした親に総合診療科に連れられたこともあり、そこで血液検査をしたらCK値の上昇が認められそこで筋肉が壊れてきていることを指摘された。
冬の夜通しの闊歩が祟った結果だと思われる。とはいえ今思うと自衛隊員は数十キロの装備を身に着けることもあるし、強力(ごうりき)はそれこそ100kg近くを背負って運搬するわけだから、ちょっと虚弱過ぎやしないかと思う。
しかし当時の私は筋肉が壊れるほど肉体を酷使している自分に対してこれまた全能感をこじらせ酔っていた記憶があるから滑稽だ。
また当時気になっている子がいたのだが、学校帰りに駅前のブティックに足を運んで何万、何十万かするビロードのような服を品定めしていこともあった。
そういう服を対象にしたのはすっかり自分が上流の人間の気分になっていたから。
そして将来は官僚になってこういうものを好きな子にプレゼントするんだと店員に息巻いていたと思う。
近くの受験が見えなくたって遠い不確定の可能性の低い将来を前提とした行動をとる、まさに統失仕草だったと思う。
卒業間際好意を伝えたときやんわり振られるオチまでついている。
こうしていろいろあって親は養護教諭に電話相談して、精神科への入院を勧められ、私の同意のもと保護入院することになったのだった。
※ブコメから知ったこととして保護入院とは家族の同意のもと行われる強制入院の一つだという事実があるが、私の場合入院したいか、それとも受験するどうかをあくまで私の意思を尊重する形で家族に確認されたため、法的なことはともかく実態としては任意の入院なのだった。
そこで統合失調症という診断が下されたが、診断名は変わる可能性があると言われた。
統合失調症は全段階として6か月未満の統合失調様症状というものがあり、中学のときのエピソードして、自分は悪魔になってしまったという発言や、ナイフの図鑑を買ったりポッカキットで処刑映像を見ていたことを統合失調症の期間として含めるべきかをはっきり判断できないからだということだそうだ。まあ今思えばさすがにこれはただの中二病だろうと思うが。
なお、記憶力や模写等脳の能力に関しての向上を記述したが、これが統失の症状としてあり得ることだったのか、私固有の現象だったのかはわからない。
統合失調症は服薬し続けず「治る」ケースがごく稀な病として有名だが、幸い私は薬も飲んでないが上記のような明らかな妄想も出ることなくただの発達障害(医療機関による診断済み)として暮らせている。
いろいろなことをした、「記憶はある」が、なぜそうしたのか今の自分では全く理解できないことが、過去あったその妄想と現在の現実を区別できる能力が回復している何よりの証拠だと思う。
ほんとう、記憶はあるが秩序のあるものとして理解できず、記憶を記録するにあたってはただあったことを羅列しているだけという気分が拭えないという部分は朝起きる直前の夢に似ているような感じがする。
この長文を書いたのは、統合失調症は脳機能の低下を起こすから患者になったことがある人本人に「書ける」人が少なく、このような本人直筆の体験談は貴重と考えたためで、使命感を持って書いた。
(使命感とかいうとまだ統合失調症が治ってないだろとか言う人が出てくるのかなと思いつつ)
【追記】
実はあれから既に十年以上経っている。
もし統合失調症が治っていない状態で薬をやめていた場合はだいたい長くとも1、2年で、もっとひどい状態で症状がぶり返すのが通例だ。
脳機能も一度目の急性期後より格段に落ちると聞いている。壁に自分の排泄物を塗りたくるようなレベルの廃人になるということだ。
しかし私は御覧の通りこうして記事が書ける程度の理性や知性をいまだ残せている。
それは、薬の副作用にアカシジアというものがあって、その、四肢の気持ち悪い感覚が苦痛だったからだ。
今も、断薬の承諾を得た精神科医本人から三か月おきに診察を受け経過を見てもらっているので、統失が治っていないということについては心配しないでほしい。
その医者の対応に対する違和感を書いてもらって思い出したが、それ以上に著しい倦怠感や思考の鈍麻が起こっていたことについて親が見兼ねたというのが大きかった。
統失の治療薬のイメージとしては躁的な症状をもたらす過剰な神経物質をブロックするというものだが、このころは既に陰性期あるいは寛解状態にあった。
つまり健康体の人間に投薬するのと変わらない状態で、症状を相殺するのを通り越して過度のドーパミン不足を誘発したのかほとんど寝たきりで毎日を過ごすような時期があったのだ。
こんなところにいたら殺される(滝山病院の例もあるので大げさな考えとは思われない)と心配した母親が担当医の忠告、「お母さんあなたも精神病ではないか」という苦言を振り切って入院期間を繰り上げたのだった。最初の急性期を見て薬を処方した入院先で断薬許可をもらったわけではなかったのだ。
ただセカンドオピニオンでかかった他の大学病院の医者も、以前のその病院の処方薬や量の内容を見てこれは多すぎると言っていたようだ。
今かかっているクリニックはこれらの統合失調症や発達障害の診断やそれに伴い我が家庭ではどう対処してきたかという経緯を理解したうえで、基本的にこちらの考えを尊重しときには睡眠の習慣を整えるためにロゼレム?を服用してはどうかと言われては、悪夢を見るから嫌だ、いやこれは他の睡眠薬と違って悪夢は見ないよ、でもちょっと抵抗があるから見送らせて欲しいとかああだこうだ忌憚なく相談できる関係性を築いている。
模写した絵などは残っていない。というのも数年前まで私の部屋は受験期にコレクションした参考書がずらりとならぶ、いかにも子供部屋おじさんの極致にあるような有り様だった。
しかし親に、いい加減高校時代のことに固執してもしょうがないだろうと、絵も描かれたノート類とともにすべて処分することを催促され、応じるしかなかった。化学の新研究とかぐらいは、通読してみたかったなと思っていたのだが。
絵の証拠写真を挙げないのでは一連の記述が創作と思えて仕方がないこと、もっともなことだ。信じる人が信じるだけでもこれ幸いというものだ。
少し退院後のその後の事を書くと、まず予備校に入って再度大学を目指そうとした。
しかし当時の自分は統失の余波か薬の副作用か大変疲れやすく、体験授業後にチューターには母の口から、授業中にも寝てしまうことも有り得ることが伝えられた。
また数か月か、あるいは一年ほど経った頃だったか、入院中も見舞ってくれた担任が定期的に会いに誘ってくるようになった。
と、このあたりのことを書くと俺がどこ高校出の誰かか特定される可能性が1%ぐらいは出てきてしまうと思っているのだが、そうなったらそうなったらでこの記事が創作でないことの証明にもなるわけなので、気にせず書いてしまおうと思う。
そうして職業訓練校を目指すことになった。その訓練校が試験で出す問題と同レベルのSPIとかの練習問題を解いた当時の自分としては、問題自体は大学受験とは雲泥の差の易しさだが、それでも油断はできなかった。
統合失調症と長い間机に向かっていなかった影響で、筆記スピードというあくまで肉体面の要素が著しく落ちていたからだ。
そんな私にアドバイスしてくれたり、数学の先生だったので、私が趣味で取り組んでいた数学に話を合わせ付き合ってくれた。
それに前後して北里か東海大(ここ記憶が曖昧)や、クリニックの児童精神科医にセカンドオピニオンを仰いでいた。
そこでいわゆるウェクスラーを受け、言語性IQが130で動作性が90前後という結果だった。その大学病院が役所に提出する用の親展の封筒を、やっぱり使わないと親が開けて見てしまった中身の書類の記述によると、大変頭の出来がいいというニュアンスの表現でべた褒めする内容だったそうだ。
言語性IQなんていかに成人向けに最適化されたテストといえど受験期等の蓄積で簡単に高成績が出る脆弱性がありそうでならないと私は思っているので、これは私より圧倒的に優秀な大学教授の心の余裕から来るリップサービスのようなものではないかと今は分析している。でも認知機能のテストの一種か何かで、100から次々7を引いた答えをどんどん言ってくださいという問いに自分なりになるべく速く答えたその反応に対しても早い早いと言っていたから、まんざら嘘ではなく、そういうことを総合してなのかな。
ともかくもしこの書類を出していたら障害者手帳の申請は通らなかったからこれでよかったということを親は言っていた。申請に使った診断書等はクリニックが書いたものだったと思う。そのクリニックだが今は児童 Permalink | 記事への反応(1) | 18:05
なんかどれもコスパ悪いよね。
強盗の類は実行や逃亡のコストがデカすぎてまずリターンと釣り合わない。
快楽系の犯罪もまずありえん。ドラッグは副作用デカすぎだし、性犯罪もAV見ながらオナホシコシコと大きな差はないというか。
私刑やイジメもよくよく考えたら終わった人生の中で今更赤の他人をどうこうするのに時間使ってもなと。
「こんなに追い詰めたら犯罪をするぞ!」と脅してる人達って何を想定してるんだ?
そもそもアキバで包丁振り回すような奴らは世の中がおかしいからってよりも本人が単純におかしいからだろ。
たとえばヨドバシの初売りとかアキバとか行ってもなんもワクワクせんのよね。
フィギアだってネットのほうが色々見れるし、ポーズも色々変えた写真がある。
ボードゲームも箱に入ってるだけで中は見れないし、ゲームもケース眺めるだけでデモを遊べもしない。
本なんて最たるもので中をチラ見するのはネットの方が便利だし、売上ランキングとかもリアル書店よりネットのほうが充実してる。
昔のネットは画像なんて少なくて文字ばかりだっし、商品も通販で売ってるものぐらいしか見せてもらえなかった。
今はもうネットの方がいろんな商品がある。リアル店舗は物理的な制約が大きいから商品の数が絞られてる。
凄いなあ。
いい時代だ。
この主張は「自己肯定=ナルシシズム(自己愛)」という混同を指摘していますが、ユダヤ教の立場から見ると、少し異なる方向から答えが与えられます。
ユダヤ教では、人間の存在そのものが神によって創られた尊厳あるものとされます。
つまり、自分を肯定するということは、自分の存在が神の創造の一部であり、神の像を宿す者として価値があることを認める、という意味になります。
これは「自分の顔が美しい」や「自分は特別だ」というナルシシズムとは違い、「神が私を創ってくださったゆえに、私は価値ある存在だ」と認める謙虚な自己肯定です。
ラビ・アキバはピルケイ・アヴォート(先賢の言葉)にてこう述べています:
この教えは、行動の善悪だけでなく、人間の存在そのものがすでに神に愛されているというメッセージです。
ただし、その愛を裏切らないようにトーラー(律法)に基づいて行動する義務がある。ここで倫理・行動の肯定が加わります。
ご参考までに、ラビ・シュネル・ザルマン(タニヤ)もこう書いています:
確かに、ユダヤ思想の中でも「神への信仰(אמונה בא־ל)」と「自由意志(בחירה חופשית)」は、倫理的行動の根幹をなす2つの柱です。
ユダヤ教の伝統では、人間が道徳的選択を行う主体であるためには 自由意志 が不可欠であり、またその選択が意味を持つためには 神の存在、すなわち、善と悪を判断する基準を超越的な存在が定めていることが前提とされています。
つまり、神は人間の行動を知っておられるが、それでも人は自らの行為に責任を負う、という両立の思想です。
この信念が社会的にも倫理的にも重要なのは、「神が見ている」という意識が道徳的自己統制を促し、「自分に選択の力がある」という意識が責任感を育むからです。
ここでは、自由意志をもって神の道を選ぶこと が、人間の道徳的価値の核心であると明言されています。
ですから、あなたの言うように「神への信仰」と「自由意志の信念」が犯罪を減らし、社会をより良くするというのは、まさにユダヤ思想の本質を突いています。