「動物病院」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 動物病院とは

2025-02-22

大好きな愛犬が医療過誤により歩けなくなりました。

タイトルの通り、なぜあん病院に行ってしまったのかと毎日後悔しています。2ヶ月前にいきなり元気がなくなり、かかりつけの動物病院にいったところ軽度の椎間板ヘルニアと診断され安静を指示されたのでケージで安静にさせていたのですが、夜には足にふらつきが出た為、近所にあった椎間板ヘルニアの手術を行なったことのある病院を探しそちらに電話し翌日の診察を依頼しました。

たまたま年末でかかりつけの病院休みだった為そちらに行ってしまったのが最大の間違いでした。

翌日には後肢に麻痺が出て立てなくなっていた為、そちらの病院にて造影剤を用いたレントゲンを行い手術を行いました。

手術に関しては場所特定もわかりやすく手術は成功したと聞かされました。

その後1か月ほど、毎日リハビリを行なっていたのですが、症状がよくならず、再生医療や鍼治療検討するためにいろいろな病院相談していた所もしかしたら椎間板物質が取り切れてない可能性を指摘されMRIでの診断を提案されました。

かかりつけ医からMRI撮影できる病院を紹介頂きMRI撮影したところ、椎間板物質がまだありヘルニアの症状が現在も残っていることがわかり、治す為には再手術が必要なこともわかりました。

2回も連続しての手術、短期間での3度の全身麻酔とかなりリスクは高く、さらにグレード診断は4だった為本来であれば9割は手術により症状が改善する所が、術後の経過が長い為、(この時点で発症から2か月が経過していました。)歩ける可能性はかなり低くなっているが手術はした方が良いとの事で手術をしました。

手術は成功したのですが、やはり発症からの経過時間が長かった為、神経の状態が悪く今後歩ける可能性は低いとの結果を伝えられました。さらに、初回の手術にて開けられた穴が不必要に大きい為、背骨骨折リスクがある事も伝えられました。

初めからMRIなどがある大きい病院に行っていれば今頃歩けていたのかと思うと自分バカさ加減が悔しくて腹が立ってきます

1回目の手術をした病院にそれらの不備を訴えたところ今回の椎間板ヘルニアの手術には自信がなかったや、造影剤での手術ならこんな事もある、取り切れてなかったのは不思議だ、などと言われましたが、最終的には手術ミスを認めて手術費用は返金するとお約束頂いたのでその日は、一度検討する事にし帰宅しました。

ですが、そのお約束いただいた和解案を急に撤回されるなど、かなり納得のいかない対応をされています

本来であれば、椎間板ヘルニアはグレード4までなら手術をすれば9割が症状が改善するのでみなさんは、自分たちと違いMRIがあり手術経験豊富病院で手術してほしいです。

2025-02-14

ごんぎつね

https://www.yanabe-e.ed.jp/01nankitiMap/nankiti_siryo/gon_zenbun.htm

 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。

 兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。(おわり)

火縄銃を落とした後の、兵十の動きは速かった。

通りすがりの村人にAEDの手配を頼み、別の村人に救急搬送用の馬を呼んでもらい、

兵十は一目散で、動物病院ゴン搬送した。

動物病院に運ばれたゴンは、すでに心配停止の状態であったが、天才獣医Dr.マシリトの手により、

メカギツネ・ゴンとして復活したのだった。

2025-02-04

貧乏人はペットを飼うなじゃなくて!!!

いや言いたいことはわかるけど!!!

知識もないのにペット!!!

飼うな!!!!!!

何を食べるのか!?

何を食べたらダメなのか!?

毛や羽が抜けるのか!?

歯が伸び続けるのか!?

どんな時に鳴くのか!?

いつ眠るのか!?

どれくらい運動量必要なのか!?

の子達にとって快適な気温湿度!?

何をすれば喜ぶのか!?

何をすると嫌がるのか!?

罹りやす病気は何か!?

怪我やすタイミングはいつだ!?

診てくれる病院はあるのか!?

怪我病気になったらどうするのか!?

年間どれくらいお金がかるのか!?

躾が必要生物!?

必要なら躾けられるか!?

爪や牙で怪我しても耐えられるか!?

お前に懐くのか!?

お前になつかなくてもお前は許せるのか!?

そういうのを!!調べろ!!考えろ!!計算しろ!!

ネットじゃなくてちゃんと本を買え!!!

動物病院で診てもらえるか飼う前に確認しろ!!!

それをだるいとか面倒くさいとかなんとかなるとか思うな!!!!!

そういう奴はペットを買うな!!!

自分だけ飼ってろ!!!!!!!!

一目惚れなんかねぇんだよ!!!!!!

正しい知識愛情を持ったやつだけが飼える資格があると思え!!!!!

2025-01-15

anond:20250113113119

手帳持ち

すなわちとっくの昔に精神科には連れて行かれてる

けれども養育環境が酷すぎて治らない

青葉真司みたいなもので救いようがないガチャを引いた人に

精神科人生への期待を持たせるとジョーカーになる

安楽死させてあげるしかないレベルの人は存在するということを社会認識しないといけないんだよ

動物病院では大切なペットに対して苦痛を長引かせるよりは安楽死させる選択肢があるのに

2025-01-14

車の運転できた!!!

半年前くらいに運転しててミラー電柱で畳んじゃって、そこから運転できなかったんだけど、今日運転した!!!

動物病院まで!!!!でかい車がいっぱいあるし柱もいっぱいある駐車場で怖かった!!!!!でも擦ったりぶつけたりしないで帰って来れた!!!!!

おまけに猫もいい数字だった!!!体重も戻ってきてた!!!!!

お祝いにケーキ買って帰った!!!!やったー!!!!!!

2025-01-11

昨日、家の猫が虹の橋を渡った。辛い。

私はまだ、ほんの少し前までそばにいたあの子が、もうこの世界にいないという現実を受け止められずにいる。心に空いた大きな穴は、埋めようとしても容易には塞がらない。ほんの些細な物音や影を見たときに、「もしかしての子じゃないか」と思ってしま自分がいて、そのたびに「もういないんだ」と改めて知らされる瞬間が苦しく、胸の奥が強く締めつけられる。私の中では、まだあの子と過ごした日々のぬくもりや匂いが鮮明に残っており、振り向けばそこにいるような錯覚に襲われる。数えてみると、一緒に過ごした時間はけっして短くはなかったはずなのに、それでも「もっと一緒にいたかった」という想いは尽きることがない。

の子我が家にやってきたのは、ちょうど私が仕事で大きな壁にぶつかっていた時期だった。あれは偶然だったのかもしれないし、何か大きな運命の流れに導かれていたのかもしれない。知り合いの紹介で、生まれたばかりの子猫の里親募集しているという話を聞き、なんとなく心が惹かれて足を運んだ先にあの子がいた。まだ掌にすっぽりと収まるくらい小さな体で、か細い声で「にゃあ」と鳴いた瞬間、一気に胸が熱くなったのを覚えている。あの小さな命自分たちが守りたい、この子にできる限りの愛情を注いであげたいという、言葉では説明できない衝動にも似た強い感情が湧いたのだ。

それから生活はあの子中心になった。私が外から帰れば、ちょこちょこと短い足を動かして玄関まで迎えに来てくれていた。仕事で帰りが遅くなっても、しっぽをピンと立てて待っていてくれる姿にほっとしたり、疲れきった体をソファに投げ出す私の胸に丸くなってくれる瞬間に癒やされたり。そういう何気ない毎日の積み重ねは、あの子がいてこそ得られる温かな喜びであり、私にとってかけがえのない生きる活力になっていた。

私が悲しんだり落ち込んだりすると、あの子言葉をかけられなくても不思議と察してくれたのだろう。そっとそばに座り、私の顔を見上げたり、小さな肉球でちょこんと手を触れてきたりしてくれた。その存在感がどれほど大きなものであったかは、今になって改めて思い知る。猫という生き物は気まぐれで、飼い主にべったりなイメージが少ないとされることもある。しかしあの子は、人間言語を超えたコミュニケーション能力こちらの状態を感じ取ってくれていたように思う。

そんなあの子も、年齢を重ねるにつれ体調を崩すことが増えた。最初のうちはちょっとした食欲不振風邪程度だったから、「大丈夫だよ、すぐ元気になるよ」と気軽に考えていたけれど、数年前から少しずつ通院する回数が増えていったのを今でもはっきりと覚えている。医師から慢性的な疾患が進行している」と告げられたときの、あの胸がざわつくような感覚はたまらなかった。いつまでも元気で一緒にいられるはずはないと頭ではわかっていても、いざそう言葉にされると痛烈に心が軋んだ。

それでもあの子は懸命に生きてくれていた。投薬や定期的な点滴、フード選びなど、できる限りのケアをしながら一日一日を大切に過ごしていった。私たち愛情と、あの子の生きようとする力、そのどちらが欠けてもきっと難しかったのだろう。あの子にとって、私たち家族と過ごす時間は心地よかったのだろうか。私はいつも「ありがとう、まだまだ一緒にいたいよ」と話しかけていた。言葉は通じなくとも、あの子の大きな瞳を見つめると「大丈夫だよ」「一緒にいてくれてありがとう」と伝わってくるような気がした。

けれど、どんなに願っても避けられない別れのときはやってくる。ここ数週間は特に体調の波が激しくなり、食事をとる量もかなり減っていた。病院での検査結果は思わしくなく、医師からは「もう長くはないかもしれない」と言われていた。頭では理解していても、どうしようもない不安と悲しみが私の胸を覆っていた。あの子が苦しくないように、できるだけ穏やかに過ごせるようにと祈る日々が続いた。

そして昨日の朝、あの子は静かに息を引き取った。私が部屋に入ったとき、すでに瞳は薄く開いたままで、最期の呼吸をしたかしないかという、まるで眠りについたかのような姿だった。信じられなくて、何度も何度も名前を呼んだけれど、もう二度と返事は返ってこない。心のどこかで「せめて最後は苦しまずに逝ってくれたのなら」と思う気持ちもあれば、「もっと私ができることがあったのではないか」と自責の念に駆られる自分もいる。あの子限界まで頑張ったのだろう。苦しみから解放されて、今頃は虹の橋で元気に走り回っているのだと信じたい。

亡くなったあの子を見つめながら、ふと最初に会った日のことを思い出した。まだあんなに小さく頼りなく、私の両手の中ですやすやと眠っていたあの子。目が合うたびに、愛しさと不思議な縁を感じたのを思い出す。私はこの子を守りたかったし、一緒に幸せになりたかった。成長するにつれ、やんちゃになってカーテンによじ登ったり、部屋の棚をひっかいて落としたりしては、こちらが叱ってもどこ吹く風で、まっすぐな瞳で見上げてきたことを微笑ましく思い返す。そんな小さな思い出の数々が、今となっては宝物だ。

この喪失感は、私がこれまで味わったどの悲しみとも違う。あの子ペットという言葉でくくるにはあまり家族の一員であり、私の心の支えでもあった。私は今、泣きたくなるほど辛い気持ちでいっぱいだけれど、それでも後悔よりは感謝を伝えたい。あの子がいてくれたから、私はどれだけの笑顔と温もりを手にしただろう。あの子との暮らしの中で学んだことや与えてもらった癒しは、数えきれないほどに大きい。

今、部屋にはまだあの子が使っていたベッドやおもちゃ、餌皿などがそのまま残っている。片付けようと思うたびに、喉が詰まってしまうほどの寂しさが込み上げて、手が止まってしまう。もう一度でいいから、あの子のあたたかい体温や毛並みを感じたいと思ってしまう。理屈ではわかっていても、心がついていかない。きっとこの状態を乗り越えるのには、まだ時間がかかるだろう。

動物病院獣医師からペットロス」について説明を受けることがあったが、まさか自分がこんなに苦しむとは想像していなかった。もちろん最初から、いつかはお別れが来ることをわかっていたつもりだった。猫の寿命人間よりはるかに短い。だからこそ、今を大切に一緒に暮らしていたつもりでも、いざ失ってみると自分の一部がもぎ取られたような、そんな気持ちになっている。感情が予想以上に揺さぶられて、しばらくは自分生活すらままならないほどのダメージが襲ってきている。

人に話しても「気持ちはわかるけど、そんなに落ち込まなくても…」と言われることがあるかもしれない。けれど、飼い主にとってはペットという存在がどれほど特別でかけがえのないものだったかは、言葉簡単には説明できない。日々の暮らしの中で、どんなシーンにもあの子がいて、私のそばで息づいていた。生きる喜びや孤独感の紛らわし方など、あの子から教わったことは数え切れない。

私は、今あの子がいない現実を受け入れるのに精一杯だし、涙が枯れることなく溢れてくる。でも、きっとこれから少しずつ時間をかけて、この悲しみは形を変えていくのだろう。それは単に「忘れる」ということではなく、あの子がくれた思い出を大切に抱きながら、新たな日常を歩んでいくための道のりなのだと思う。私が前を向いて生きていくことこそが、あの子に対する最大の感謝と愛なのかもしれない。

虹の橋」という言葉を、あの子が亡くなってから初めて深く意識した。天国と地上の間に架かる虹の橋のたもとで、亡くなったペットたちが元気に走り回り、飼い主を待っているという話。いつか私がそちらに行くとき、あの子は大喜びで飛びついてきてくれるのだろうか。そんな想像をすると、少しだけ心が軽くなる。いつか再会できるかもしれない。その日まで、私にできることは、あの子と過ごした時間を忘れず、あの子が好きだった温もりを周囲に分け与えながら精一杯生きることだ。

でも、もう少しだけ時間がほしい。まだ昨日の今日なので、とてもじゃないけれど立ち直れない。どこを見渡してもあの子の思い出ばかりが溢れていて、うっかり笑ってしまうような楽しい思い出も、今はまだ鋭い棘のように胸を刺してくる。きっとしばらくは泣いたり笑ったりを繰り返して、感情の波が激しくなるだろう。だけど、そんな揺れ動く心のままに過ごすことが必要なのだと思う。悲しみを否定せず、泣きたいときは思い切り泣いて、思い出して笑えるときには素直に笑おう。

家族や友人からは、励ましの言葉や優しいメッセージをもらう。みんな、私がどれほどあの子を大切に思っていたかを知っているからこそ、かけてくれる言葉には温かさがある。そのたびに涙がこぼれるけれど、あの子への想いを共有できる人がいることは、本当にありがたいことだと感じる。私は一人じゃない。あの子の命が私たちに繋いでくれた縁を大事にしていきたい。

これから先、あの子との思い出をどのように受け止め、生活の糧にしていくかは私自身にかかっている。写真動画を見返すのはまだ少し辛いけれど、いつかきっとあんなこともあったね、楽しかったね」と微笑みながら思い出話ができる日が来ると信じている。あの子いたことが、私の人生を彩る大きな要素の一つであることに間違いはない。だからこそ、あの子を失った悲しみは、それだけあの子が私の心を満たしてくれていた証でもあるはずだ。

今はまだ、「昨日、家の猫が虹の橋を渡った。辛い」という事実に打ちひしがれている。寂しさや喪失感がこれほどまでに心をかき乱すものなのかと、自分自身でも驚いている。ただ、一方で不思議と安らぎにも似た気持ちがほんの少しだけある。それは、「あの子はきっと幸せだっただろう」と言い切れる何かが、私の胸の奥底に確かに存在しているからかもしれない。苦しい治療を乗り越えながらも、最後まで私と一緒に生きようと頑張ってくれたあの子の姿は、絶対に私の中から消えることはない。

の子と共に過ごした時間は、たった一度きりの人生の中で、私にとって何よりも尊い経験となった。ありがとう言葉にならないほどの感謝を伝えたい。うまく言葉にできないけれど、あの子がいてくれたからこそ私の人生は豊かになったと胸を張って言える。そして、これから先の人生で、もし新たに猫や他のペットを迎え入れることがあるとしても、あの子存在が私の根底を支えてくれるに違いない。悲しみを教えてくれたのもあの子だけれど、それ以上に愛や喜び、そして生きる力を与えてくれたのもまたあの子だったのだ。

虹の橋を渡ったあの子。今はきっと、何も痛みを感じることなく、自由に駆け回っているに違いない。私と過ごした日々をどんな風に覚えてくれているのだろうか。あの子はもう、こちらの世界の苦しみや不安とは無縁の場所にいる。それでも、私がこうして想いを馳せている限り、あの子は私の心の中で生き続ける。そう信じることで、今日を何とか乗り切る勇気を得ることができる。

そしていつの日か、私もあの子のもとへ旅立つ時がくるだろう。その時は迷わずの子を探して、思いきり抱きしめたい。そして「ありがとう」「おかえり」と、お互いを慈しみ合えたらどれほど嬉しいだろう。今はまだ遠い先のことかもしれないけれど、そう思うだけで少しだけ心が救われる気がする。目には見えない存在になってしまったけれど、私があの子を想う気持ちがある限り、私たちの繋がりは断ち切れることはない。

「昨日、家の猫が虹の橋を渡った。辛い」――その一言では言い表せないほどに、胸が痛む。けれど、この悲しみは同時に、私が確かにの子を深く愛していた証拠だと思う。きっとこの先も、ふとした瞬間に涙が零れ落ちることがあるだろう。それでも、その涙が乾いたあとには、あの子と過ごした幸せが心を温めてくれるはずだ。何より、あの子が私の人生の一部だったことは永遠に変わることがない。

からこそ、この悲しみを抱えたままでも、生き続けなければならない。あの子が私に残してくれたものは、飼い主として受け止める責任があると感じる。こんなにも愛おしい存在を失ってしまたからこそ、これから先の人生の中で、誰かの痛みや悲しみに寄り添うことができるかもしれない。あの子の代わりに私ができることを探していきたい。この涙を無駄にしたくない。

思い出は消えない。あの子との時間が私の中で生き続ける限り、私はきっと大丈夫だ。少しずつ、少しずつではあるけれど、また笑顔を取り戻せる日が来ることを信じている。そのときには、きっとあの子の姿が私の心の中で優しく微笑んでくれているだろう。あの子に恥じないような生き方をしていきたい。そして、いつか虹の橋の向こうで再会したとき、「あなたと暮らせて幸せだったよ」と思ってもらえるように、これからも前を向いて歩んでいくと誓う。

日の出来事は、私にとってまだ痛烈に生々しい傷であり、立ち直るにはきっと長い時間必要だ。それでも、あの子と過ごしたかけがえのない年月を、私の人生の宝物として大切にしていきたい。そしてこの悲しみの先に、きっとあの子が残してくれた愛が続いていると信じる。その愛は消えず、私のこれから毎日に温かい光を届けてくれるだろう。あの子のために、私のために、今日も私は生きる。虹の橋の向こう側で、また会える日を夢見ながら。

2025-01-05

多頭崩壊に陥っていた家庭から猫を三匹預かってきた話

 私がその「多頭崩壊」に関わるきっかけとなったのは、ある動物保護団体SNSで見かけた一枚の写真でした。そこには、暗い部屋の中で多数の猫たちが身を寄せ合いながら、不安げにこちらを見つめている姿が写っていました。一言に「多頭崩壊」といっても、当事者事情はさまざまです。飼い主自身も苦しみながら、増えすぎてしまった猫の世話を継続できず、助けを求める余裕すらないケースもあれば、元は保護のつもりが徐々に増えてしまい、最終的に身動きが取れなくなったパターンなど、理由は人それぞれです。けれども共通するのは、生活環境が極端に悪化し、猫たちも健康を損ないやすい状況に追い込まれしまうということ。どうしても胸が痛んでしまい、当初は「何か手伝えればいいな」という軽い気持ちでその投稿を読み進めました。

 ところが、具体的な保護の様子や猫たちの状態に関する記述を読むうちに、私は居ても立ってもいられなくなりました。そこには、劣悪な環境感染症に苦しむ猫たちの存在が綴られていたのです。何匹もの猫がいる狭い部屋には空気の流れも悪く、清掃が追いついておらず、糞尿の臭いが充満しているとのことでした。猫たちの中には極端にやせ細っている子もいれば、ストレスから脱毛している子、目やにで両目がふさがってしまっている子もいる。そんな中で、ボランティアスタッフは根気強くケアを続けているが、引き取り先が決まらないと満足な治療ができないケースも多い。とにかく人手と物資それから新しい受け入れ先が必要だ――こうした言葉を目にした瞬間、私の胸中では「何かしなくちゃ」という思いが大きく膨らんでいきました。

 私はすぐに保護団体に連絡を取り、状況を尋ねました。すると、現場には数十匹単位の猫がひしめいているらしく、飼い主である高齢女性限界を迎えているとのことでした。近隣からの苦情も多く、行政の介入も検討されているが、猫たちを全て一気に保護するのは物理的にも資金的にも厳しい状況。しかし一方で、いち早くケアしないと命にかかわる病気を患っている猫も少なくないという話でした。私はまだ猫を飼った経験は浅かったのですが、どうにか力になれないかと思い、「私にも里親としてできることはありますか」と尋ねました。保護団体担当者は少し驚いたようでしたが、心強く思ってくださったようで、「健康状態不安のある猫も多いですが、可能範囲で預かっていただけるなら本当に助かります」とおっしゃいました。

 こうして私は、最終的に三匹の猫を預かることになりました。いずれも生後1~2年ほどと見られる若い猫たちで、内訳は白黒のブチ猫、三毛猫、そして茶トラ猫。それぞれオスかメスかまだはっきりわからない状態でしたが、病院に連れて行って健康状態をチェックし、去勢避妊がまだであれば実施する必要があるとのことでした。保護団体スタッフからは、「栄養失調や目の感染症、皮膚病の疑いがあります特にブチ猫は呼吸器系が弱そうなので、なるべく早く病院に行ってあげてください」とアドバイスをもらいました。預かるにあたっての注意事項や飼育方法をたくさん聞き、不安がないといえば嘘になりますが、それ以上に命を繋いであげたいという気持ちが勝っていました。

 実際に三匹を迎えに行った日、私はその現場の一部始終を目にすることとなりました。かつては猫たちが自由に走り回っていたであろう部屋は、すでに掃除も追いつかず、床にはいくつものトイレ砂やゴミが散らばり、アンモニア臭が立ちこめています。窓は締め切られ、空気は淀んでいました。保護団体スタッフが部屋に入ると、驚いた猫たちがさっと散り散りに逃げていき、段ボールの陰や押入れの奥に身を隠します。あるスタッフが、「今度里親さんが決まった子たちはいる?」と声をかけると、「こっちにいます」とほかのスタッフが三匹をキャリーに移して連れてきました。その子たちは恐る恐るケージから顔を出し、心なしかホッとしたようにも見えましたが、環境の激変に戸惑っているのか震えていました。

 私が引き取る三匹は、一見すると命に直結する深刻な症状はなさそうですが、やせ細っていることが見て取れました。最初のブチ猫は痩せこけて体力が落ちており、くしゃみを繰り返していて呼吸も苦しそうです。続いて受け取った三毛猫は、被毛がパサパサしていて腰のあたりに脱毛箇所があります。皮膚病の疑いがあるので、早めに獣医師の診察を受ける必要がありました。そして最後にやってきた茶トラ猫は、目ヤニで片目がほとんど開かない状態でした。恐怖心からなのか、キャリーに入るとき必死抵抗していて、スタッフの腕に爪を立てていました。そんな様子を見ていると、「連れて帰ってちゃんとお世話してあげなきゃ」という気持ちさらに強くなりました。

 初めて我が家に三匹を連れて帰った夜は、私にとっても、そしてきっと猫たちにとっても長い夜でした。三匹は緊張で固まっており、最初キャリーから出てこようとしません。せめて安心して過ごせるよう、私は静かな一部屋を丸ごと「猫部屋」に整えておき、必要最低限の家具を配置していました。そこにキャリーを置き、ふかふかのタオルや、先住猫が使っていたクッションなどを用意しました。先住猫の匂いが混ざっていると不安が和らぐこともあると聞いていたからです。部屋の隅に食事と水、それから猫砂のトイレを置き、なるべく落ち着いた環境を整えたものの、彼らはそろって隅のほうでじっと様子をうかがっていました。私は部屋の中にしばらく座り込んで「大丈夫だよ」「怖くないよ」と声をかけましたが、三匹が自ら近寄ってくることはありませんでした。

 翌日、まずは一番症状が重そうだったブチ猫を動物病院へ連れて行きました。診断の結果は、呼吸器の感染症の疑いが強く、体力が落ちているため免疫力が低下しているらしいとのことでした。抗生剤免疫力を高めるサプリメントを処方してもらい、しばらくは安静に、十分な栄養補給をするようにと指示を受けました。病院から帰ってきてキャリーを開けると、ブチ猫は疲れたような表情を見せつつも、どこかほっとした様子。やはり医療の力は大きく、診察台で獣医師に静かに撫でられたのが安心できたのでしょうか。その日はゆっくり休ませ、私もできる範囲で声をかけ、必要なら毛布を替えてあげるなど細かい世話をしていました。

 三毛猫と茶トラ猫についても、翌日以降に順番に診察を受けさせました。三毛猫脱毛はやはり皮膚病の一種で、ストレス栄養不足も原因になっているそうです。抗真菌薬の塗り薬や、被毛を補修するフードなどを獣医師から勧められました。茶トラ猫は結膜炎が進んでおり、片目が塞がりかけていたのは膿が溜まっていたからだとわかりました。洗浄と点眼薬使用回復の見込みがあるとのことで、そこまで深刻ではないようでしたが、嫌がる茶トラ猫に目薬を差す作業はなかなか大変です。毎回「シャーッ」と威嚇されながらも、根気強くケアを続けるしかありません。「お世話するのは大変だけれど、ここで諦めたらこの子は一生目が開かないかもしれない」と思うと、不思議責任感が湧いてきました。

 それから数週間、私は三匹を中心とした生活を送りました。正直、先住猫も含めて家の中は猫でいっぱいなので、お互いの存在に慣れるまで気を使う場面も多かったです。先住猫は多少ストレスを感じたのか、最初は「フーッ」と威嚇していましたが、時間をかけて一緒に遊べるようになると、少しずつ打ち解けてきました。新入りの三匹は最初は警戒心が強かったものの、栄養状態改善し、薬の効果調子が上向くにつれ、目に見えて表情が変わっていったのです。最初ご飯を出しても目が合うと固まっていたのに、徐々に「ご飯はまだかな」と言わんばかりに足元にすり寄ってくるようになりました。被毛も少しずつツヤを取り戻し、ブチ猫のくしゃみも一日に何度か程度になり、茶トラ猫の目ヤニもだいぶ落ち着いてきました。

 医療的なケアが一段落すると、次は社会性の回復課題になりました。多頭崩壊現場暮らしていた猫たちは、人との関わり方を知らずに成長する場合が多いので、社会化が十分にできていないことがあります特に三匹とも体調不良で怯えていた期間が長かったため、人を怖がりやすい面が見られました。そこで私は、一緒に遊ぶ時間積極的に作るようにしました。いきなり手を伸ばすと驚かせてしまうので、最初はじゃらしやトンネル型のおもちゃなどを使い、猫たちが楽しめる距離感を保ちつつ触れ合いを試みるのです。最初は逃げ腰だった三毛猫が、じゃらしの先につられて少しずつ近づいてきたときの喜びはひとしおでした。近づいてきた瞬間を見逃さずに、「えらいね」「かわいいね」と優しく声をかけると、その声に安心してくれたのか、遊び終わった後も少しだけ私の側にいてくれるようになったのです。

 そして保護からおよそ二か月が経った頃、三匹はすっかり我が家に慣れ、ずいぶんリラックスして過ごせるようになりました。ブチ猫はもう呼吸が苦しそうな様子はなく、今ではおもちゃネズミを追いかけて部屋の中を走り回っています三毛猫脱毛部分は完全に毛が生え揃い、ときどき自分のしっぽを追いかけてはくるくる回って遊んでいます。茶トラ猫は最初のうちは人をひっかくこともありましたが、目の治療で痛みがなくなったのか、今では私が部屋に入ると先に鳴いて寄ってきてくれるようになりました。自分から頭をすり寄せてくれるときなど、あの警戒心の塊だった頃を思い出し、ついじんわりと胸が温かくなります

 今振り返ってみると、三匹を引き取ることに決めた当初は、それこそ手さぐり状態でした。医療費も含めて負担は決して小さくなく、何度も「これでよかったのだろうか」と悩む夜もありました。しかし、彼らが見せてくれる少しずつの変化や成長は私にとってかけがえのない喜びをもたらしてくれました。そして何より、一度は過酷環境の中で押しつぶされそうになった命が、こうして元気に暮らしている。その事実を見守れる幸せは、言葉で言い尽くせないほど大きいと感じています。多頭崩壊問題は決して他人事ではなく、動物を飼うということは終生責任を伴うのだと、改めて強く考えさせられました

 もちろん、三匹を迎えたからといって多頭崩壊問題根本的に解決するわけではありません。一匹でも多くの猫が適正な環境生活できるようにするには、飼い主の意識改革行政支援地域での協力体制など、取り組むべき課題は山積みです。それでも、私にできる範囲で猫たちを救うことはできました。今は三匹との日々に癒やされながらも、あの現場にはまだ引き取り先を待っている猫たちがいるのだという事実を時々思い出し、「もう少し何かできないだろうか」と考えています動物保護団体への寄付ボランティアなど、私一人の力は小さいかもしれませんが、一歩ずつ行動を積み重ねていけば、いつか大きな力になれるかもしれない。そんな希望を抱きながら、今日も三匹に声をかけるのです。「おはよう今日も元気そうだね」――私に向かって返してくれるか細い声が、いつも以上に愛おしく響きます

2025-01-03

anond:20250102072040

私の猫は突然死じゃないけど、急に発作の様な状態になり救急病院に行ったけど…結局翌日まで持たずに死んだ。1か月前には動物病院に検診して貰ってたのに。

燃やしたくない気持ちは私も理解出来るよ。でも私の猫の場合暑い時期だった。愛猫を腐敗させる方がキツイ24時間営業ペット葬儀社に早朝に来て貰ったよ。

大きなフリーザー購入して気が済むまで冷凍するのも…アリかも。本人が別れの時を決めれば良いと思う。

2024-12-20

ネコチャン怒涛の抱っこイヤイヤ期

ネコチャンが抱っこイヤイヤチャンのになってしまった!!!

生後6か月のネコチャン、まだおとなにくらべるとちっちゃいけど動物病院先生には「肉付きがよくてプリプリしてるね」といわれるネコチャン!!!

おうちに来たときは3か月で、まだ片手にのる大きさだったネコチャン!!!!だっこ(手乗り)されて窓の外を見るのはそんなに嫌いでもなかったネコチャン!!!

そんなネコチャンが抱っこイヤイヤになってしまった!!抱っこすると「アワー!」てゆってニュルル!と逃げる!!!肉付きが良いからプルプルすり抜ける!!!!噛んだり引っかいたりはしない!!!

ずっとこのままだろうか

というか抱っこ前から嫌だったのかな

そうだったら悪いことしたな・・・でもこれから歯磨きとか爪切りで抱っこするときはする・・・

もうアカチャンじゃない!!!みたいなかんじなんかな

エー

2024-12-12

anond:20241211164628

うさぎ2回飼ったことあるけど、個体差デカい。

1匹目(オス)はビビりだけど私にだけ異常にベッタリ懐いて、2匹目(オス)は誰に対しても怖がらないけど特別懐くほどではない。

一般的にオスの方が懐きやすいらしい。

今子うさぎだと思うから大人になるにつれて性格も落ち着くかもしれないし、去勢避妊性格も変化するかもしれないし、長い目で見てもいいと思う。

うさぎ子宮病気になりやすかったり発情ストレスが大きいので、避妊去勢をするケースもある。半年くらいから手術できるので、一度動物病院相談するのがオススメ

2024-12-11

この中に飼い猫の体調と自分の体調が連動している下僕はいらっしゃいますか?

自分が具合悪いから猫も具合悪くなる」のか「猫が具合悪いか自分も具合悪くなる」のか分からないけど

というか相互からどちらもアリか

自分はここのところ体調が優れず、昨日も仕事目眩吐き気があったのだが

夜中からウチのネッコが吐きまくっている。いわゆる胃液(白い泡)を吐いている

排尿排便はあるので急性腎不全ではない…と思いたいのだが

腸閉塞…も違うか

一体なんなんだ

あれだけ吐いて水を飲んでないので脱水も心配

朝イチで病院へ行く(しかかかりつけ医が休診の為、昔違う猫を連れて行ってた違う病院へ行く)

田舎だと夜間診療動物病院が無くて辛い

2024-12-05

義母が犬の通院をサボる

義実家の犬が白内障緑内障で両眼共に失明しており、

これ以上眼圧が高くなって目が爆ぜないように目薬を処方されている。


目薬がなくなったら経過観察と目薬を処方してもらうために、

動物病院に連れて行く必要があるがなかなか連れて行かない。

そもそも、義妹曰く、冷蔵保存の目薬を常温で保管(リビングにおきっぱなし)してダメにしてしまたこともあるようだから

毎日きちんと目薬を差していたかも怪しい。

最初に目の異変に気付いたのも義実家家族ではなく、

頻繁に出入りしていた私だし、直近で病院に連れて行ったのも私。

昨年は8月猛暑日に犬を車に置き去り未遂までしていた

(私が気づいたので5,10分程度で外に出せたが、酷くバテていた)

犬のことを可愛がっているし義母なりに大切に思っていることは伝わるが、

適切に飼育できているとはとうてい思えない。

義父が先月癌で亡くなるまでは頻繁に義実家に出入りしていたが、

往復で5時間交通費2万5千円かかるので犬の様子を見るためだけに

これまでと同じ頻度で顔を出すことは時間的にも経済的にも厳しいので、

私のエゴで犬の飼育について義母に厳しいことは言い辛い…

義父が亡くなりおそらく犬が心の拠り所だから

適切に飼育できる親族私たち夫婦が引き取る提案現実的ではない。

犬、まだ7歳で犬種的にも白内障緑内障発症するには少し早いみたいなので、

がさつな飼育に一因があるのではと思ってしまう。

ちなみにペット保険未加入も通院をサボる理由の一つなのかもしれない。

直近で連れて行った時は諸々で3万弱かかったけど義母からお金貰ってないし。

病状が悪化する前に何とかしてあげたいけど、何か良い方法はないものか。

できれば穏便に進めれるアイデアあれば…

2024-11-18

選挙期間中に兵庫県知事に関する動画を見たという人

YouTube にどんな動画おすすめされているか教えてくれませんか?

私は一度も目にしたことがないので気になっています

いちおう、私の場合はこんな感じです:

 

 

ショート

2024-11-02

anond:20241102162416

動物病院に行くとわかるが猫の飼い主は総じてなんかもっさりしてる

小型犬の飼い主は病院行くのにそんなおしゃれする必要ある?ってぐらいキラキラ

大型犬の飼い主は健康的7:ダサい3ぐらい

中型犬の飼い主はモブ行人っぽい

2024-11-01

被爆たかもしれん

動物の死に関する話題なので苦手な人は以下読まないでください

経緯

飼い猫ががん宣告を受けた。

これだけでも大変つらい。が、老猫なのである程度は覚悟が出来ていた。

なんと今は抗がん剤の飲み薬があるそうだ。

副作用が強く出る子もいるし、体に合ったとしても延命できるのはせいぜい数ヶ月しかない、その上でどうするか家族で話し合ってください、と獣医先生から言われた。

実は3年前にも腫瘍が見つかっており、その時に猫の将来、つまり終末期については会話していた。

(なおこの時の腫瘍は手術後に良性だと確認が取れ、get KOTONAKIだった)

その時から家族全員で意識共有が出来ていたため、今回もほぼすんなり結論が出た。

「とりあえず1サイクル試してみる。もし体に合うのであれば継続副作用が辛そうであれば諦める。」

先生結論を報告すると、さっそく抗がん剤が処方された。

ラディア錠、という名前だった。

それを今日初めて与えたのだった。

我が家の猫様は高齢故に持病があり、元々そちらの薬を毎日与えていたため、上記抗がん剤も同じような手順で一緒に与えた。

すなわち、錠を砕いて粉末にして、液体おやつに混ぜて、人間の指で掬って一口ずつ舐めてもらう、といういつもの手順で。

ラディア錠は鮮やかなオレンジ色をしていた。

猫が全て舐め終わった後に石鹸で何度も洗ったが、指の黄色が落ちない。

カレー粉を想像してもらいたい。一度染み付いたあと洗うと少しは色が薄くなるものの黄ばんだのは直らない、あの感じだ)

これ他の人はどうやって落としてるのかな、と軽い気持ちで薬の名前検索すると、関連ワードも表示される。

素手」そう、それで困ってるんだよ。

手袋」似たようなワードだな、みんな同じ道辿ってるのかな。

被爆」……うん?

突然混ざる不穏な単語が気になったのでタップする。

素手等についてしまった場合には十分な流水で洗浄してください」

なんだか劇薬に触れた場合対応方法みたいな説明なんだが。

いやな気配を察知して検索結果を追っていき、やがて製薬会社が出してる薬剤情報みたいなPDFに辿り着いた。

ファイル名のせいで正しくリンクできなさそうなのでアドレスコピペしてくれ)

https://www2.zoetis.jp/content/_assets/Palladia/index/medication_information_sheet-(3).pdf

「取扱いの説明」より、このエントリに関わる部分を引用させていただく。

>このおくすりは、(中略)割らないでください。

>(前略)飲み残してしまっとおくすりに、ご家族がうっかりさわってしま危険を減らすためです。

かなり取り扱い危険なんじゃん!

そんな危険な薬をなぜろくな説明もせずに渡してきたんだ動物病院の人たち!!

そして今に至る

自分被爆が怖いから猫の治療やめるのか?と言われたら断じてNOなのだが、手袋使えとか砕くなとかは事前に知ってれば回避できたルートというのが業腹である

というか自分だけなら「ショックだけどやってしまった以上はまあ仕方ないか」で済ませられるのだが、問題家族である

さな子供がいない家庭なのはいであったが、だからって老い先短い両親や今後妊娠可能性が無くもない妹まで、自分のせいで被爆させてしまたかもしれないという事実が重い。重すぎる。

ただでさえ猫のがん宣告でめっきり落ち込んでいたメンタルに更に大ダメージの追撃が入った。

つらい。

そしてこの情報を朝になったら家族に伝えなければならないというのが更につらい。

あとがき

というわけで今後ペットのがん治療をされる皆様は、どうかこのエントリ反面教師にして頂きたい。

なお薬を飲ませてから1時間半くらい経つが猫は静かに寝ているので今のところ一安心だ。

ここまで読んでくれた人、良かったらうちの子長生きを祈ってもらえると嬉しい。

世界中の猫や動物健康幸せであらんことを。

2024-09-17

獣医は儲からないはほんとうか?

以下の資料を見つけた。

https://www.maff.go.jp/j/council/zyuizi/keikaku/attach/pdf/r1_2-9.pdf

2014年データだが、病院あたり3524万円しか売り上げていない。

粗利でも純利益でもなく売上でというのが酷い。

自宅の一階で家賃がタダ、誰も雇わずなら余裕だが、物件を借りて人を使ってだとまず厳しい。資料によると病院あたりの従業員数は5.1人、給料払えるのかというレベル

資料によると、飼育されてるペットは犬と猫がほぼ同数。一頭あたりの年間売り上げは16878円。病院の売上を一頭あたり売上で割ると、1病院あたり2088頭の顧客を抱えてるということになる。

先にでた5.1人が全て獣医師なのか、動物看護師も含むのかがわからないが、半分が獣医師だとすると、獣医師1人あたり818頭、全部獣医師だとすると一人当たり409頭という計算になる。

別の資料も見つけた。

https://jvma-vet.jp/mag/05508/06_2c.htm

この資料によると、獣医1人あたりの犬の診療頭数は、一番少ない東京では279頭、一番多い青森では1494頭。猫については触れてないが、先の資料で犬と猫の飼育頭数はほぼ同数とあるので、その前提だと東京では獣医師一人当たりで600頭、青森県では3000頭くらいを診療しているという計算になる。

一頭あたりの売上が先の資料の16878円だとすると、東京獣医師は1人で1000万円しか売上がない。青森獣医師は1人で5000万の売上があるという試算になる。

どう考えても、東京動物病院開業は無理である東京は全てのものが高い。何より地面が高い。獣医師1人で1000万、2人で2000万しか売り上げがないのに、家賃だけで年間に800万くらい飛ぶだろう。動物看護師給料を払って、機器リース代あるいは減価償却費でもうなにも残らないだろう。というか赤字だ。

開業からスタートダッシュ東京の平均の倍を売上に達しないとまず行き詰まる。

トリミングやらサプリで儲けるというのも商売を舐めてると思う。儲かるなら誰かが先にやって独占してるし、そもそも資格なしでできるんだから獣医師が食い込める余地はない。

いま、獣医学部の学生は、東京開業は無理と認識するべきだ。絶対にだ。開業は怖いから雇われでいいやと思うのはもっと間違いだ。儲からないんだから従業員に出す給料だって少ないという理屈しかならない。

青森ならかなり勝ち目がある。青森じゃなく、青い海、ブルーオーシャンだと思う。

といっても、ヒトの医者がどんなに金を積まれても僻地に行きたがらないように、都会育ちが田舎に骨を埋めるというのはなかなか辛いだろうね。

じゃあ、誰かの投稿みたいにペット関係の別の仕事といっても、ペット市場のものが小さいから、動物病院が儲からいからといってペット保険屋なら儲かるとペットフード屋なら儲かるとかはないだろうね。

anond:20240915172549

獣医が苦労する割にそこまで稼ぎが良いわけではない、というのは割とガチ

公立獣医学部学科って定員たぶん300人くらいしかないめちゃ狭き門で、

学部で6年、博士10年通って30前後(多浪もめちゃ多い)で世に出たとしてやっぱり最初の数年はペーペーだし、

特に博士まで行く人は臨床とか研究したい人がほとんどなんだよね。

要するに獣医資格は持ってるけど動物病院で働いているわけではない。

でもって、医者みたいに稼げるかというと確かに明らかに医学部歯学部より稼げていないと思う。

結婚相手コスパや優秀なATMとして評価するのであれば確かに獣医微妙なんじゃない?

文系でも商社銀行理系ITコンサルにいる方がよっぽど早く稼げるようになるわけだしね。

ただ、結婚ってそういうものでするもんじゃないと思うけどね個人的には。

2024-09-15

anond:20240914232547

この手の、実名じゃ言えない後悔を、わざわざ叩くのは邪悪だと思う。

本人に非があっても、愚痴を言う権利くらいあるはずだ。自業自得なんだから一言文句を言うなという態度はよくない。

これが、悪いのは全部旦那から慰謝料が欲しいとかだったら、そりゃあもらえないでしょうとくらいはアドバイスしてあげていいと思うが、ヒトは常に間違う。恋心はいつか冷める。選択を間違ったからといって、その人本人を責めてはいけないと思う。

とはいえ、配られた配牌で戦うしかない。一度切った牌は戻らない。

>第一出産時夫は病院で働いており、早朝から深夜まで、時には当直までこなしていた。

この記述だと、旦那さんは今は病院動物病院)を離れてたのだと思う。

読者らは開業すれば儲かるかのようにまだ誤解してるけど、今はまず無理だ。東京は完全に飽和状態で、ペットの数を獣医師の数で割ると1000を切る。猫の正確な頭数は不明だが、犬は登録制度がある。それによると東京都はペット診療獣医師1人に対して279頭。青森は同じ計算で1494頭なので、5倍の差がある。犬と猫あわせて2000頭

くらいを固定客にしないとつらい。しかし、飼育頭数を考えると東京ではかなり高望み。年間に一頭あたり4万円を動物医療費に出してくれたとして、1000頭じゃ年商4000万円にしかならない。利益でも粗利でもなく年商でだよ。

4000万の年商でピンとこないなら、だいたい小さなラーメン屋と同じかそれ以下。ラーメン原材料費に比べると、売り上げに対する薬代はたいしたことがないので、粗利としてはラーメン屋よりマシだけど、家賃設備費も段違いにかかる。開業資金に4000万かけて、利益ラーメン屋より少しマシな程度。当然、雇われ獣医に支払われる給料はたいした額ではないはずで。

結果、かなりの人数がペット診療からは数年でフェードアウトする。

転職先は公務員が多い。都道府県職員に潜りこむ。現業職なので、同じ県内で転勤し続ける。衛生部なら、県内保健所と屠畜場を数年でぐるぐる。農務部だったら県内家畜保健所をぐるぐる。給料は、大卒と変わらない。現業職なので手当がつくが、夜勤があるぶん警察官消防士のほうが手取りは上。

たぶんだけど、元増田さんは、東京かどっか大都市旦那出会ったのでしょう。で、ペット診療開業する夢を諦めてどこかの都道府県職員になった。公務員身分を生かして、薄給でも住宅ローンを通して家を買ったのだと思う。実家も義父母も貧乏なら、薄給なうえに援助なしでマイホームを買ったんだ。立派だよ。看護師なら、医者結婚した知人とかもいるでしょう。羨ましくみえるのも仕方ない。

旦那さん、人生選択を間違えたかもしれない。少なくともお金の面では。でも、慎ましくとも、親類からの援助もほとんどなしで妻と子を養ってマイホームも買えただけでも、60点はあげなくてはと思う。専門卒の元増田さんより収入が少ないのは、旦那さんが無能なのではなくて、社会のせい。あるいは、旦那さんの進路選択ミスかもしれない。でも、進路を決める18歳に完璧選択は無理だから、少しはリスペクトをあげてほしい。

念の為いうけど、元増田さんを批判するつもりはない。愚痴りたくもなると思う。もしかしたら、縁もゆかりもない土地に連れてこられ、看護師としての出世も諦めさせられたのかもしれない。

でも、悪く無い旦那さんだ。子煩悩家事もしてくれる。夢を諦めてワークライフバランスを家庭に振ってくれたんだと思う。

あなた自覚してると思うけど、離婚するのは得策ではないし、子供もそのほうが幸せだと思う。

同じ空気も吸えないくらい嫌いでなければ、共存の道を探ってほしい。

お互いを見つめ合う関係が無理なら、同じ方向を向くといいと思う。子供が成人するころには、恋人としてではなく、苦楽を共にした戦友としてリスペクトも生まれると思うよ。

グッドラック

獣医結婚したが後悔している (ガチ)

anond:20240914232547

便乗して。

30代女、子有り、地方中核都市住み、メーカー勤務、獣医の夫と結婚して10年ほど。


・ 夫の給料が少ない。

給料というか年収だけど、30代男性正社員の平均くらいで私とほぼ同じ。

ちなみに夫は開業獣医師。

元のブコメ開業すれば儲かるみたいなこと書いてるけどそんなこと全く無いよ。

動物病院って飽和してるしそもそもタダの民間サービスから診療報酬が国からもらえる医者なんかとは全く違うの。

開業して年収1000万超えたら、同業からへーすごいねって言ってもらえるような世界だよ。

トリミングとかカフェとか謎のサプリ売ったりとかそういう診療とは全く関係ないとこで儲けないと成り立たないのが動物病院って世界

で、うちの夫はそういうのがあまりきじゃないか薄給だし、それでもなんとか同年代の平均くらいはお金を家に入れたいって気持ちだけで開業費の返済を調整してやっと平均レベルだよ。

それも地銀担当好意によるところが大きくて普通の借り入れ条件なら平均以下だしどちらにしてもものすごい額の借金が残ってるよ。


・ 夫が激務

朝7時半に家出て、夜11時に帰って来るよ。日曜以外、つまり土曜日もね。

水曜は午後休みだけど勉強会夕方からの手術があるから結局帰ってくるのはいつもと同じだよ。

帰ってきてから時間があれば月刊の専門書読んでて日曜も勉強病院事務作業を1日してる。

こんな私生活のほぼ全てを投げ売って修行僧みたいな生活してるのに収入普通からね、プロフェッショナルとしての夫は尊敬してるけど獣医ってコスパ悪すぎだと思うよ。

もちろん家事育児は全て私だから二人目はそうそうに諦めたし、何度も獣医という職業を恨んだよ。


・ 別の進路を勧めてれば良かった

私は学生の頃に夫と出会ったんだけど、臨床に行くの止めれば良かったと思ってるよ。

ほぼ全員が臨床に行く医学部と違って獣医学部の卒業生って臨床、つまり小動物診療(町の獣医さん)に行くのは半分以下なんだよね。

詳しくは調べてほしいけど公務員産業動物と製薬企業なんかに行く人も多いの。

私の夫は製薬企業から内定貰ったんだけどやっぱり憧れだった小動物やりたいって言って辞退しちゃったんだよね。

あの時もっとちゃんと調べて話し合って止めてればなーって今でも毎日夜な夜な思ってるよ!

そしたらこんなただただ激務な夫に頑張れーって言いながら内心なんでそこまで頑張ってるんだろうって思う日々なんてなかったのにね。


・ 別の進路を勧めてれば良かった2

自慢じゃないけど私の夫は偏差値だけなら地方医学部くらい余裕で受かる国立獣医学部卒なんだよね。

というか国立獣医学部生ってほとんどが底辺医学部なら受かるレベルなんだよ。

それが仕事の激務レベルだけは医者と同じなのに給料は天と地の差があるんだもん。

不公平すぎるというか、獣医ってコスパ最悪の資格だと思うね。

なんでこんなこと知ってるかというと「獣医 医者 偏差値」とか「獣医 医者 年収」とかで検索しまくってた日々があるからだよ。

世間的にはなんとなく医者より少し格落ちするけどハイステータス(金持ち)職業って認識なんだろうし、私も学生の頃はそう思ってたけど実態はそんなこと全くないよ。

何度も言うけど臨床獣医師日本の全ての資格の中で難易度と見返りのバランスが最も悪いコスパ最悪の資格かつ職業だと思う。


結婚したことは後悔してない

夫の職業は恨んでるけど結婚したことは後悔してないよ。

尊敬できるしま普通に好き。

以上。

2024-09-14

(終わり)獣医結婚したが後悔している

批判承知の上駄文

私は30代前半の女。看護師

一軒家も購入し、子供に恵まれているが夫(同年代)が好きになれない。正直嫌いだ。

特に出産後夫に対し嫌悪感がまし、同じ空間にいることも辛い。

夫は私のことが好きらしく、話しかけてきたり、スキンシップをしてきたりするがどうしようもなくイライラする。

以下理由


・夫の給料が少ない。

大体20万後半程度。

専門卒の私より給料が低く驚いた。

そんなことを把握する前に妊娠してしまった自分が悪いのだけど後悔してもしきれない。

獣医医学部と同じくらい偏差値が高いよ、と当時の同僚が言っていたから信じてしまった。

国立卒らしいが、正直専門卒の私以下の給料で働いている時点でリスペクトできない

医者にしておけばと思うけどもう無理だ。


実家が細い

私の母親シングル関係性が良くない。まあ貧乏だ。

夫も片親で実家が細い。(義父は夫が小さい頃に死んだらしい)

医者と比べると家の品格が低いし金もないしどうしようなくイライラする。


・恨みが強い

第一出産時夫は病院で働いており、早朝から深夜まで、時には当直までこなしていた。

初めての育児でつかれた私をもっといたわってほしかった。

私は実母と関係が悪く、実母の協力がなく里帰りもできなかった。

辛いなか、子供夜泣き対応をしている中、夫は「緊急オペで帰れない」とのLINEだけ。死んでほしいと思った。

産後の恨みは一生物というのは本当だと思う。

思えばこの頃からこの人のことが好きでなくなってきたのだと思う。たまに抱かれるとき元彼のことを瞼の裏に我慢していた。


・夫じゃなくてもいい

やっぱりこれ。

自慢ではないが今まで男には困ったことがない。中学からずっと彼氏連続していたし、夫と結婚するまで切れたことがない。

彼氏は何人もいたが結婚まで至らず、最後に今の夫(獣医)とデキ婚した。

やはり今までの彼氏とは系統が違って雄度が低いというか、自信がないというか頼りない。

警察官消防士元彼たちは鍛え上げた身体をしていたし、なにより自分に自信があった。

何かが決定的に違う。

この人の女になりたいという強烈な欲望がわいてこない。なんで結婚したんだよって話だけれども。避妊大事


現在私はパートで働いており、子供いるためシングルマザーになることはできない。

子供かわいいし、夫は子煩悩家事育児をしてくれる。でもやっぱりこの人とは幸せになれないと思う。

今はこどものため割り切って生活しているが、子供が成人したら別れて自由になりたい。夫以外の人と生活したい。

死んでくれれば団信で自宅も手に入るし、離婚よりも世間体もいいし一石二鳥なんだけれども。




(追記)

批判承知と書いたけれども予想を超えた反響に驚いている。

夫の人格への言及が足りなかったようなので加える。


獣医にこだわりがある

夫はすでに獣医ではない。家庭がまわらないため、転職させた。

今は臨床から足を洗い、動物病院への営業サポート仕事をしている。

仕事内容はかなりホワイトトラブルが無い限り定時にほぼ上がれるようになったし、休みも取れるようになった。

夫は臨床に未練があるようで家でちょこちょこ勉強したり、大学友達意見交換?みたいなことをしているようだ。

子供がお父さんは何をしてる人?と聞かれ、夫は「お父さんは動物のお医者さんなんだよ。」と言っていた。

正直今の夫は獣医ではなく、ただの普通サラリーマンだ。

子供に嘘をついてかっこよく見せるのはこの人らしいなと思った。

私もこの見せ方に引っかかって、今つらい思いをしている。

不誠実な嘘つきに未来はない。


自分が貶されている気がする

夫は小さい頃に父親を無くしており、中高公立、塾にもも行かず大学に受かったらしい(1朗)

それを義母から聞かされた。

その流れで義父の墓前で「息子ちゃんは頑張って獣医さんになってとうとう孫もできました~」みたいな報告があって違和感を感じた。

この人は私が専門卒だから努力してないとでも言いたいのか?勉強大事なのか?

私も勉強に困ったことはなかったが、わざわざ3年で取れる資格を4年かけて大学で取ろうとは思わなかった。

勉強けが取り柄みたいな人間生産しただけ、しか一浪。そんなことが誇らしいか

モラトリアムを延長して得たもの低賃金な職。

潤む義母と夫に価値観の押しつけというか、気味の悪いもの垣間見た。


レベルの低さ

人の医療と比べたらやってることが低レベルだなと感じている。

話を聞くだけなのでわからないが、サーチや心拍を常に取ってるわけでもないらしく、CTMRIは大病院しかないらしい。

当然夫が勤めていた病院にはなかった。

「望診や聴診、視診が一番大事。」といっていたがそんなもの個人の器量に左右されるし、再現性がない。

「薬は砕いてmg単位で分包する。小児科みたいでしょ」といっていたが小児科と比べる時点でおこがましいとおもった。小児科の人たちは命をかけている。

他にも牛の去勢麻酔は使わず鎮静だけでするとか意味不明なこと言ってたり、クローバー食べたら胃に針を刺すだのあまりにも医療概念レベルとは違う考え方に引いた。

私は病棟勤務が長いので、人よりは知識があるほうだと自負している。獣医ではなく夫の知識レベルが低いだけだと信じたい。


・話がどうでもいい

最近で言うと統合失調の薬がFDA通過するかもねとか、新しい下顎欠損の新しい術式が~とか

正直私は仕事として医療に携わっているだけで、趣味じゃない。

夫は好きだからそんな話をするのかもしれないが、興味もないし、ないより夫と会話をしたくない。

大学のお友達や同僚と気の済むまで話してればいいのにと思う。

子どもの話と事務連絡。夫と話すことはそれ以外したくない。


・人の心がない

時系列前後するが、実家で飼っていた猫が急に後肢麻痺になったことがある。

調べたが心臓から血栓が飛んで詰まり足が動かなくなるらしい。

かかりつけの獣医からは長くないので…と言われていた。

相談したくなかったが夫にも相談した。レントゲンデータ見たあとに「心臓がかなり悪いから厳しい」「苦しんでいるのであれば楽にしてあげることも考えてもいいかもしれない」

と私に言った。

まり安楽死を推奨してきた。ありえないと思った。これが一つの決定的な旦那嫌いの要因かもしれない。

もちろん金銭的なことやデータを見ての判断かもしれないが、医療者として安楽死を勧めることは医療では絶対ない。

この人には良心とか、命の大切さみたいな温かいものがないのだと思った。

翌々日に猫は死んでしまった。夫に伝えると「残念だったね」とだけ言った。

この人は「それ見たことか俺の言うとおりだろ!」と言わんばかりのことを腹中では抱えているのだろうなと思うと、辛かった。

なぜこんなことになってしまったのかと過去自分を殺したくなった。

乱雑に書いてしまった。

私もネームバリューバリューだけで判断しているわけではない。

人としてどうか。欠如しているから一緒にいることが辛い。その上に前述の条件があるからなおさら

コメントで色々言われてるので)あと匿名でこんなこと言っても仕方ないが、男に関しては私は振られたことない。いつも振る側選ぶ側だった。

それでも年とともに魅力が落ちてることは十分理解している。だから我慢している。

追記2)これで最終にします。


・誰の子供なのかと言われた

妊娠した当時、私には特定相手がいない状態であった。

元彼と別れる段階であり、夫とも付き合い始める前のような延長線上にいた。

妊娠が判明した時、「俺の子供なのか」と言われた。付き合う前だったからだろう。

私は人生でかつてないぐらい怒り、夫を詰った。これは断言するが夫の子である元彼との際は妊娠しては困るので必ず避妊をしていた。

夫への嫌悪感が初めて顔を出した。この違和感を正確に探知し対処していればと思う。


そもそも獣医自体人間関係をうまく醸成できない人が代償行為として動物を治す仕事をしてるっていう精神病院的な意味合いがあると思う。

普通の人は病気犬猫どうにかしたいと思わないと思う。

獣医患者なのか動物患者なのかはたしてどっちか。

毎日精神療法できていいのではないだろうか。毎日60分以上で660点加算。もう人格荒廃済みなので不可逆か笑セレネースが処方される案件だ笑


みなさんが心配するように夫にばれることはないだろうがバレても問題ないと思う。

夫は私なしでは生きていけいない。

おそらく幼少期に愛情不足だったのだろう。相手気持ちに敏感であるし、自己主張が強くもない。そして自己評価も低い。

まあ自己評価は適切なんだけど笑

幼少期に我慢することに慣れてるから、私が命令してもよく従属する。そして家族に強いあこがれがある。自ら壊すことはしないだろう。

自らを壊してくれれば一番望む形になるのだが。


コメント批判されているようだが、私は今総合的には幸せです。たぶんコメントしている人よりも

完全には程遠いけど、完全な幸せを目指して頑張ります

夜食カップラーメンを食べて寝ます

これで私の投稿は終わりです。さようなら

2024-08-29

飼い猫の断脚をした話

タイトルを見た段階で「ゾッ」とした人は多いと思う。すみません

しかしながら、わたし文言を打ち込んで、改めて「ゾッ」とした。

この「ゾッ」という感覚にどうしようもなく支配され、打ちのめされていた時期を、わたしは忘れることができない。

「ゾッ」とした感覚を忘れることはできないが、今、わたし精神的に健康に、明るく過ごせている。

今、わたし精神的に健康で、明るく過ごすことができているのは九分九厘、飼い猫が元気に過ごしてくれているおかげである

そう、飼い猫は現在、とても健康的に過ごしているのだ。

「飼い猫の断脚」から約四か月が経過し、現在の猫の様子も加味して、ようやく「飼い猫の断脚」に対する重圧が軽くなってきた。

そこで、「飼い猫の断脚」についてのあれこれ(事の顛末、断脚前後の猫の様子、それに伴う人間情動の変化、現在の猫の様子など)を、ここに記しておく。

このような活動は、とてもじゃないが精神的な負荷が軽くなければできない。現在とても健康的に暮らしている飼い猫に感謝しながら、この日記を書きたいと思う。

今年十五歳になる飼い猫を、仮に「じじ」と呼ぶことにしよう。

じじは約三年前、様々な理由から実家で面倒を見る人間がいなくなった猫だった。そこで、引き取り手として名乗りを上げたのがわたしの家庭だった。

同居している家族や先住猫は、じじとは殆ど面識がなかった。だが、幸いにも我が家の住人とじじは打ち解けるのが早かった。

じじは我が家にやってきてすぐ、他の猫に交わってリビング中央に横たわり、堂々と眠るようになった。その眠っている横を通りすがるとき、じじの頭をひと撫ですると、尻尾をぱたん、と床に打ち付けて返事をする。

人間に対しての愛想は良い。人間とのコミュニケーションを恐れず、友好的に人間に接する紳士的な態度は客人から気に入られることも多かった。

じじは十歳を過ぎたおじいちゃん、且つニューフェイスにして、瞬く間に我が家アイドルとなった。

だが昨年、十年以上病気知らずのじじに変化が訪れた。

ある日、わたしがじじの歩く後姿を眺めているとき、気がついた。左後脚の関節が、コブができたように腫れ上がっていたのである

町の動物病院へ連れて行ったところ、「うちでは原因を究明できません」と断言され、腫瘍科のある医療センター紹介状を書いてもらった。

医療センター受診した結果、病名はすぐに明らかになった。

じじの体を蝕んでいる病は、悪性リンパ腫だった。所謂リンパ腺のガンである。この病気罹患して一年以上生存するケースは稀らしく、脚の関節に腫瘍ができるケースは更に稀だという。

獣医療の中でもケースが稀ということは、適切な対処がまだ正確に確立されていないということだ。

脚の関節にできている腫瘍は関節を取り囲むようにして癒着しているため、腫瘍のみを切除することは難しいという。

対処としては薬物療法か、放射線治療か、断脚か。前者二つの治療法を実行したとしても、副作用は重い。

いずれにせよ、肥大化した腫瘍を完全に消滅させる見込みはなく、そのままではいずれ歩けなくなることは明らかである。断脚を行うなら早めに。

というのが、主治医見解だった。

※かなり要約したが、主治医徹頭徹尾、いずれかの治療法を強く勧めるようなことは言わなかった。どの治療法にもメリットデメリットがあることをわたしたちにきちんと説明した上で、飼い主がどの治療法を選択するか、丁寧に寄り添い、真摯に向き合ってくれた。

つらい時期だった。

こういった、重い決断が目先に迫った場合に採りがちな「様子見」という選択が、このときばかりはできなかった。

猫の脚を切るか、重い副作用がある治療を猫に受けさせるか、病に蝕まれるままに猫の命が尽きるのを待つか。

いずれも、人間エゴイズムによる選択であることには変わりない。

結局、タイトルにも記した通りの選択をした。断脚を選んだのだ。

主治医から猫ちゃんは三本脚になっても元気な場合が多いです。じじちゃん場合年齢の割に元気ですし、手術を乗り越えれば生存する確率は高いと思います」と告げられたのも、救いの光のように感じられたからだ。

「残りの命を少しでも健康に、楽しく生きてくれるなら」という祈りのような、賭けのような思いで、断脚手術を決断した。

断脚手術を経て、変わり果てたじじが我が家へ戻ってきた。

以前からやせ細っていたじじが、脚が無くなって更に軽くなった3kgの体重を、三本脚で支えながらよぼよぼと歩いている。

便意尿意を催すと真っ直ぐ猫用トイレに行く。とても賢い。だが、ぎこちなく動かすしかない一本の後脚をトイレの中に入れられず、トイレの外で何度も粗相をした。

泣かずには、落ち込まずにはおれなかった。ああ、自分選択を誤ったのかもしれないと、粗相の後片付けをする度に思った。

もちろん、家族も泣いていた。一緒に泣いて、悲しんだ。じじの脚を、自分たちの意志ひとつ無くしてしまたことを、心の底から後悔した。

人間エゴイズムで、愛する猫を不幸にしてしまたかもしれないという現実に「ゾッ」として、それがどうしようもなく全身にこびりついたまま、しばらく剥がれなかった。

ところが、手術から一か月ほど経つと風向きが変わってきた。

じじが、二階にある寝室まで階段を駆け上がってきたのだ。しかも、ジャンプしてベッドの上に乗ってきた。

ニャン!と啼いてベッドに乗り、喉から轟音を鳴らして甘えてきたとき、感動でわたしの体は震えた。

更に、喜ばしいことは日に日に増えていった。

これまで使っていたトイレを、より広く、段差が小さいものに変えたところ、トイレが使いやすくなったらしく粗相の回数が激減した。

痩せたじじの体重を増やすために朝晩猫缶を与えるようになったのだが、味を占めたのか昼夜問わず催促し、三本脚でチョコチョコ人間の後ろを着いて回るようになった。

そして、まんまと体重も増えた。手術前よりもふくふくとしたボディラインになり、猫缶をモリモリ食べる姿が様になってきている。

また今現在、幸いなことに転移なども見つかっていない。

じじが個体として凄かったのか、そもそも猫が凄いのか分からないが、ともあれ、途轍もない適応能力に感心しきりだ。

三本脚にする選択を採り、今までよりも不便な生活にしてしまった後悔や、「断脚」という野蛮な言葉が齎す「ゾッ」という感覚はまだ存在する。

だが、じじは健康に生き延びてくれた。

猫缶をモリモリ食べ、うんちもおしっこ毎日ジャンジャンして、家中を駆け回り、ごはんを催促してニャンニャン大声を出し、寝る前は寝室まで甘えにきて喉をゴロゴロ鳴らす。

じじは十五年間生き延びて、現在でも毎日毎日、元気で健康的な姿を人間に見せてくれている。

その姿は美しく、勇敢で、立派だ。そんな猫の姿を見られていることに、わたしは心から感動している。

今はただ、こんなに嬉しいことはないと、切に思う。

2024-08-14

猫を買ってないのに猫好きを公言してるやつ

ブラッシングしたこともなければ、くっせぇウンチ掃除したことない。

ケツについたくっせぇウンチを取ったこともなければ、暴れまわる猫の爪切りしたこともない。

猫の感電対策したこともなければ、家を出るときに服についた毛をコロコロしたこともない。

4時くらいに叩き起こされたこともねぇくせによ。

猫の自由気ままな性格が好きで〜???はぁ〜〜〜うるせぇ氏ね

猫のシルエットがかわいくてぇ〜〜〜???ファッキュー

動物病院につれてったことあるか。死に際の猫の顔を見たことがあるんか???

猫好きになんかなれねぇよ。

二度と猫の話をするな。クソが。

2024-07-27

迷い猫を助けました

ヒマだから書いてみるね。

何年も前の話です。

とある2月のある日、私は近所の実家を訪ねていました。

母ととりとめないことを話していたら、ふと「迷い猫のチラシが入っていた」と言いだしました。

今まで迷いペットのチラシは数多く見たけれど、その発見自分が関わった事は一度もない。

故に、その迷い猫に私が関わることはない。

私は猫を好きだけど、そのチラシに興味を示さなかったし、近所であるうちには配布はされていなかった。

しかし、膝の痛みの為立ち上がりに難がある母は、わざわざ立ちあがって片付けたチラシを取りに行って私に見せた。

そしてそのまま、母は風呂に行ってしまった。

やることのない私はぼんやりとその写真を眺めた。

名前はちびた。持病ありで投薬が必要

白黒の模様は、鼻に特徴があった。

猫が脱走して5~6日目は経っていただろうか。

寒空の下、持病のある猫は薬を飲まないで大丈夫だろうか。

チラシを配った飼い主は心配しているだろう。

せめてお祈りしよう。

迷える猫よ、家に帰れ。

母が風呂から出るのを見届けた私は、チラシを片付けるとそのまま家に帰った。

翌日は祝日で、姉に「買い物に行こう」と言われたので、一緒に自転車で家を出た。

風もなく穏やかな日だったと思う。

しばらく走ると、仔猫がいるのに気がついた。

真冬のこの時期に、このサイズ仔猫いるかなあ。

そもそも野良猫自体、もうめったにこのへんでは見かけない。

おまけにこの猫、日陰にいる。

一歩ずれれば、日向になるのに。

あらゆる違和感がひっかかり、私はじろじろと猫を見た。

目をつぶったままぴくりともしない猫がどうにも気になり、私はゆっくり自転車を止めた。

私は迷い猫のチラシをすぐには思い出さなかった。

なにより、写真と実物は印象が異なるのだ。

まじまじと顔を見ているうちに、はっと閃いた。

あの、黒い鼻づらにひびが入るように左右から互い違いにはいる白。

日見た、チラシの猫・・・ではないか

チラシの印象ではこんなに小さい猫のイメージではなかったが、この特徴的な模様はそうはないはずだ。

かめなくては!!

幸い、母宅までいくらでもないところにいた。

姉に猫を見張るよう頼むと、私は猛ダッシュでチラシを取って戻った。

実際のチラシと見比べた。

去勢済の雄だし、模様の特徴も一致している。

ここまで確認できれば、飼い主に連絡してもいいだろう。

「ちびた、ちびた」

反応はない。

抱き上げてもじっとしているし、目を開けない。

大分弱っている。

万が一にも逃げられないように、年の為に両手でそっと包んだ。

姉がチラシの電話番号にかけると、飼い主にすぐに繋がりそのまま迎えにくるというので、電話誘導した。

取る物もとりあえず家を出てきたのだろう、ほどなく現れた車から女性が二人(三人だったかなあ)降り立った。

「ちびた!」

猫の耳がぴっと動いて、声を聞いてるのがわかった。

さっき呼びかけたときは、無反応だったのに。

ああ、飼い主で間違いない。

「もうだめかと思ってました」

泣きださんばかりの飼い主にお礼を言われ、住所と名前を乞われたのでチラシの裏に書いて渡した。

かかりつけの動物病院にも連絡がついたようで、そのまま向かうようだった。

お礼を言い足りないくらいの様子だったけれど、猫を早く病院に連れて行ってあげてください、といって見送った。

母がわざわざチラシを出してこなければ、繋がらなかった出会いだったと思う。

後日、二人分のチョコスタバカードが届いた。

今でも付近を通ると思い出すことがある。

ちびた、元気にしているだろうか。

2024-07-18

貯金ができないのにペットを飼っている友人にモヤモヤする

動物病院保険適用されないから、ペット医療結構お金がかかるらしい。

犬の年間治療費は40,000円~70,000円、猫はおよそ35,000円。まあ、そんなかなって感じではあるけど、でも、命を育てるということはそのぶんお金がかかる。

友人はかなりの浪費家で、ある分は使ってしまタイプだ。多分年齢的には平均的収入を得ているようだが、自分欲望に対して素直すぎるせいか、いつ会っても何かを浪費している。お酒ブランド物の鞄とか。

それ自体自分の好きに使ったら~って感じだけど、そういう金銭感覚の人がどうしてペット飼ったんだろう、って、時々モヤモヤする。

とはいえ自分は友人と正反対金銭感覚で、それなりにお金に余裕はあるけど、妙にケチってしまう。本当はデザートもつけたいけど我慢するとか、コンビニお菓子買いたいけど寄らないで帰るとか、カルディに入ったものの「高いな」と思ってすぐ出ちゃうとか。

ブランド物も自分で買った経験はほぼない。

まとまりがないけどこのへんで。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん