はてなキーワード: 密室とは
その後の展開は、さらに教育心理学的にも示唆に富むものだった。Aが一度は口にした「昨日の非礼について、重ねてお詫び申し上げます」という謝罪。それが内省によるものではなく、単に対話を強制終了させるための「終了ボタン」に過ぎなかったことが、その後の豹変で露呈することになる。
Bが依然として拭い去れない不快感(前日に「ソープへ行け」と人格を否定するような暴言を吐かれたことへの余波)を口にすると、Aは即座に攻撃に転じた。
「わたしは蒸し返されてだるいよ」「謝罪すべきはしっかり謝りました」と、自らの不適切な言動が招いた紛糾を、あたかもBが一方的に「終わったことを蒸し返す迷惑行為」であるかのようにすり替える。
再口論の最中、Aは「すまん任せた」と他のメンバーへ丸投げし、場を放棄した。
これは、自分が有利な時だけ「指導者」として振る舞い、形勢が悪くなると「自分は被害者だ」と逃げ出す、極めて不誠実な態度だ。
Aは、Cによる再度の指摘に対しても、結局「伝わって欲しかった(自分の善意を汲み取れ)」「その謝罪は一度は受け入れられた認識だ」という自説を繰り返すに留まった。
現代のコミュニケーションにおいて「情報のアップデートができない」ことは致命的な欠陥だ。
自分の振る舞いが「ハラスメント」や「仕様不備」であると客観的にデバッグされた際、速やかに自己のプロトコルを更新できない人物は、周囲に有害な環境を撒き散らす。Aは過去の成功体験や独自のドグマに固執するあまり、フラットかつ論理的な対話プロトコルをインストールすることに失敗した「古いOS」のような状態に陥っていたと言える。
今回のCや他のメンバーによる介入は、単なる口論への横槍ではない。それは、コミュニティというシステムの健全性を維持するための「免疫反応」だった。
人格否定や強権的な指導という毒素が蔓延しないよう、論理の光を当てて「それはNGである」と公にラベルを貼ること。
「コミュニケーションの主体は受け手にある」という原則を徹底することで、送り手の「善意(意図)」という逃げ道を封鎖し、受け手の安全を確保すること。
Cが最後までこの原則を捨てなかったのは、B個人の救済であると同時に、「論理の通じない強権的なコミュニケーションを許容しない」というコミュニティの防衛線を引く行為だった。
情報のアップデートを拒み、自らの手法の欠陥を「善意」や「謝罪済み」という言葉で塗り潰そうとする者は、いずれ健全なコミュニティのプロトコルによって「仕様不備」として弾き出される。Bが最後に「基礎の部分で齟齬がある」と冷徹に断じ、関係を断つ決断ができたのは、この徹底したデバッグのプロセスがあったからに他ならない。
(了)
この泥沼のやり取りの中で、流れを決定的に変えたのは、中盤に投下されたCによる「NG役満」という宣告だ。この一言が、いかにしてBを支配の呪縛から解き放ったのか、そのメカニズムを整理したい。
当初、Aは芸術論や制作の「覚悟」を説くという名目で、Bに対して極めて暴力的なコミュニケーションを展開していた。
Bは当初、これらを「厳しい指導」として受け取ろうと真面目に反論し、疲弊しきっていた。支配的な相手と一対一で向き合うと、人は「相手が正しいのではないか、自分が未熟なのではないか」という認知の歪みに陥りやすい。
ここでCは、アドバイスの「中身」を吟味するのではなく、その「やり方」そのものが対話として成立していないことを指摘した。
「ヒアリング対応としてNG役満である。答えることが目的になる尋問的な一問一答、クローズドな質問による結論誘導、情報の勝手な補完、人格否定や一方的な評価……これらは誰のためにもならない」
CがAの言動を「尋問的」「情報の勝手な補完」とリスト化したことで、Bはそれまで感じていた正体不明の「不快感」を「客観的なハラスメント」として再定義できるようになった。自分の感覚が正常であることを外部から裏付けられた瞬間である。
Cの判定は、Aが構築した「師匠と弟子」という非対称なゲームそのものを、対話スキルの欠如という側面から否定するものだ。これにより、Aがどれほど高尚な論理を語ろうとも、その「伝え方(インターフェース)」が壊れている以上、検討に値しないという結論が導き出された。
Cの介入は、Aが構築した「精神的な密室」の壁を突き崩し、社会的な論理という「外の物差し」を差し込む作業だった。このデバッグによって、Bは「相手のやり方自体に欠陥がある」とメタ認知し、支配の魔法から解かれるための最初の一歩を踏み出したと言える。
三矢がネットの暗闇で学生たちを「自己責任」と叩き、石田がその愚かさを高みから見下ろしている間、教授室の奥にある秘書デスクでは、もう一つの静かな処刑が執行されようとしていた。
秘書のH子は、石田の背後に立ち、差し出された一枚の書類を凝視していた。雇用契約更新通知書。そこには、彼女がこの数年間、石田の気まぐれな要求と過重な雑務に耐えながら守り続けてきた「生活」の継続が記されているはずだった。
「……先生、この条件では、その……」
石田は、眼鏡の奥の細い目をさらに細め、慈父のような穏やかさで微笑んだ。だが、その手はすでに、机の下でH子の膝を、逃げ場を塞ぐように強く押さえつけている。
「H子さん、君も分かっているだろう。今の大学の予算状況で、君のような一般事務職を再雇用するのは、本来なら至難の業なんだよ。だが、私は君を失いたくない。君は私の『深い部分』まで理解してくれる、唯一無二のパートナーだと思っているからね」
石田の言う「深い部分」という言葉が、H子の脳内で卑猥な質感を持って響いた。数日前、閉ざされた深夜の教授室で、拒絶すれば契約を打ち切ると暗に匂わされながら、彼女が強いられた辱め。石田はその惨劇を「特別な信頼関係」という美しいオブラートで包み直し、今、彼女に最後通牒を突きつけていた。
「この関係を続けてくれるなら、私はいくらでも君の雇用を保証しよう。君が望むなら、もっと待遇の良いポジションへ推薦してもいい。……どうかな、これは君の将来のための、私なりの『誠意』なんだよ」
H子の喉が、ひゅっと鳴った。石田の指が、彼女のスカートの裾をゆっくりと、しかし抗いようのない力で手繰り寄せる。
「……承知、いたしました。……ありがとうございます、先生」
絞り出すような声でそう告げた瞬間、H子の視界から色が消えた。石田は満足げに頷き、まるで愛犬の頭を撫でるような手つきで、彼女の頬を指先でなぞった。
「賢い選択だ。君は三矢くんのように頭が悪くない。自分の価値をどこに置くべきか、正しく理解している」
石田にとって、H子はもはや人間ですらなく、自分の権力を確認し、性的な渇きを癒やすための「終身契約の消耗品」に過ぎなかった。彼はH子の絶望を、自分への絶対的な忠誠心へと変換させ、それを愉しんでいた。
契約書に署名を終え、震える足で教授室を出たH子を、廊下の陰でA子が待っていた。
A子は、H子の乱れたブラウスの襟元と、生気を失ったその瞳を見て、すべてを悟った。D子がE男に狙われ、G子が石田の「謎かけ」という名の支配下に置かれ、そして今、最も身近にいたH子までもが、生活の糧を人質に取られて「所有」された。
(……この人は、どこまで広げるつもりなの?)
石田教授を頂点とし、三矢がネットで反対勢力を圧殺し、D男たちがそれを囃し立てる。その強固なシステムの最深部で、女性たちは一人、また一人と「契約」や「指導」という名目で、石田の私的なコレクションに加えられていく。
「H子さん、大丈夫ですか」
A子が声をかけると、H子は一瞬だけ、助けを求めるような目を向けた。しかし、すぐにその瞳に厚いガラスのような膜が張る。
「……なんでもないの。先生は、とても優しくしてくださるわ。……A子さんも、先生に逆らわない方がいいわよ。それが、ここで『生き残る』唯一の方法だから」
その言葉は、H子自身の魂が死んだことを告げる葬送の鐘だった。
石田教授の微笑みは、もはや教育者のものではない。それは、自分に跪く者たちを愛で、従わない者を「頭が足りない」と切り捨て、すべてを「物の本で読んだ」支配のロジックで塗り潰す、冷徹な蝿の王のそれだった。
A子は、H子の背中を見送りながら、自分の掌に爪が食い込むほど拳を握りしめた。この研究室という名の密室で、沈黙の契約が、また一つ完了した。
「アメリカでは黙秘権を行使したら取調べが止まる!日本は遅れてる!」
でも、アメリカの刑事司法って“被疑者に優しい世界”じゃないからね。
・超長期刑
っていうのは、かなり都合のいい摘み食いなんだよ。
それは結局、「警察はそれ以上何も聞くな」「本人が黙ればそこで終了」
という方向に近づく。
当然その分、
・組織犯罪
の立証難易度は上がる。
それは裏を返せば、
「立件できずに野放しになる犯罪が増える」
も受け入れるって話でもある。
もちろん、日本の密室取調べや自白偏重への批判には合理性があるし、
ただ、その議論をするなら、
って部分まで含めて語らないと、公平な制度論にはならない。
良いとこ取りだけして、
悪い部分は「それは導入しません」は、
制度論としてはかなり雑だと思う。
ホラー映画として楽しいんだけど、その楽しさは本当に正しいのだろうか。59点。
同じ登山部の仲間で山で死んだ女性の追悼登山にやってきた主人公と韓国人。しかし運悪く吹雪の中遭難してしまい韓国人は足の骨が折れてしまう。もうダメだぁ、おしまいだぁとなった韓国人は「実は俺が女性を殺した。登山事故じゃなくて殺人だった」と告白。まぁ、それはそれとしてと探し回っていると山小屋を発見し、2人はうっかり生き延びてしまう。死ぬと思ってとんでもないことを告白した韓国人ととんでもないことを告白されてしまった主人公。とんでもなく気まずくなってしまった山小屋で疑心暗鬼のサバイバルが今幕を開ける。
まずフラットな目で見て面白かったか面白くなかったかで言えば面白かったとしていいと思う。
その後の展開として、山小屋に入った後、急に韓国人は不機嫌になり携帯持ってるのに持ってないって言うわ、主人公に隠れて救助隊に電話して「一人です」って言ってるわ、調理のために貸してくれたナイフをすぐ返せって言うわ、様子がどんどんおかしくなっていく。実は女性は主人公と付き合っており、韓国人もそれを知っていたことから、彼は彼なりに告白してしまったことで自分が恋人の仇になってしまったので危害を加えられる可能性があり、また、告白してしまったことで相手に絶対的な弱みを握られてしまったという不都合が発生していて、ついにはその状況が決壊し、韓国人は主人公に襲い掛かってくる。
ここからはもう、閉ざされた物件に殺人鬼がやってきて襲い掛かってくるから逃げ回る系のガチンコのホラー映画になってくる。
2階建てで階段もあればハッチ式のはしごもあり、部屋も多く、山小屋なので遮蔽物も多いといういろんなルートで鬼ごっこ可能な考え抜かれた物件で、市の鬼ごっこが始まるわけだけど、珍しく殺人鬼側の片足が折れているというハンデがある。しかし殺人鬼側はナイフやオノ、スコップ(デカいやつね)といった武器で武装しているのに対して五体満足の主人公は丸腰。さらには高山病を発症してしまい、視界がきかなくなってくる。このあたりの不均衡さ、そして相手が韓国人であることで発生するディスコミュニケーションと、シンプルに動きがどんどん人間離れしてキモくモンスター的になっていく韓国人の物理的な怖さ。といったジャンル的な強度はめちゃくちゃ高くて、見ていて楽しい。
そして、なんとか逃げ回って夜が明けて救助隊がやってくるも主人公の声は届かない。閉じこもっていたドアを開けて飛び出すも目は見えないが救助隊員に声を掛けられようやく視界が戻ったと思ったら、それは救助隊の服を着た韓国人だった。救助隊員を皆殺しにし、ついに主人公をとらえ首を絞める韓国人。お前の罪も告白しろと言われ、主人公は実は女性を殺したのは韓国人ではなく自分だった。自分が韓国人が首を絞めて彼女を殺すように仕向け、殺したのを確認しに行ったら女性が息を吹き返したのでとどめを刺したと告白し、息を引き取った。
ところで目が覚めて、穏やかな韓国人に迎えられ高山病でぼうっとした頭でうっかりいらん告白をした結果、現実世界では何の告白もしていなかったのに韓国人に「お前何かおかしい」と疑われてしまう。そして一夜明け、救助隊が駆け付けた時そこには韓国人をめった刺しにする主人公の姿があった。
という、ホラー、サスペンスとして一定以上の強度がある映画であるのは間違いないと思う。追いかけっこからの驚きの真相の告白。ここまでは間違いなく良かった。
問題は夢落ちの是非と、夢落ちとなったことでホラー、サスペンスパートの正当性がゆがむこと。そして、相手が韓国人であることの妥当性。
まず、夢の内容があまりにハチャメチャで、十何年間もちょっとした見下しはありつつ一緒に活動してきた仲間相手がまるでカヤコやジェイソン、ジャック・ニコルソンかのような殺人モンスターみたいなイメージで夢に登場するだろうかという話。これが細切れの夢の中で毎回、日常の中で起きそうな殺人、それこそ首を絞められたり後ろから刺されたり、毒を飲まされたりという形なら「お前自身がそうしたいという願望の発露」として受け入れられなくもないが、実際に夢で起こったのはまるでスラッシャーホラーのようなドタバタアクション。
つまるところ、一本のスラッシャームービーとして夢パートが精緻で予測不可能で出来が良すぎた故に、逆に高山病で朦朧とした頭で見る夢として正当化される範囲を超えているんじゃないかという話。
そして、相手を韓国人にしたことでちょっとカタコト感がある喋りなので本心が読みづらいという部分はいいとしても途中から韓国語交じりで話し出すので相手の意図が余計に読めなくて怖い、という意図があったんだとしても、なぜかこの映画には韓国語には日本語字幕が出るので「こいつの韓国語は主人公に伝わってる設定なのかどうなのか」がよくわからなくなってしまう。
主人公が「韓国語でしゃべるのやめろ」というシーンはあるけど、それはすなわち「韓国語が全く理解できない」を指さない。ある程度理解はできるけどコミュニケーションとしてスムーズじゃないからやめてほしいかもしれない。だから、そこの恐怖を描きたいなら「主人公に理解できな韓国語には字幕を出さない」という処理にすべきだったはずだ。実際、後半から字幕が出ない部分もある。じゃあ、序盤はずっと意味が理解できていたのか?と思うが、韓国語に対して主人公が意思疎通している描写もない。チグハグだ。
なにより、相手が日本人じゃないからコミュニケーションとれないの怖いよね~っていうの、現代のコンプライアンス感覚としてどうなんだ。まぁ同じ日本人なら怪物化させても問題ないのかという問題もあるが、別言語を話す別人種だから怖いというのはシンプルに受け取っていいのかはかなり悩んだ。
そしてこの作品の本当にあるべき形として、死を覚悟して罪の告白をしてしまったが生き延びてしまった。こいつを生かしておいていいのか、いや、むしろ俺が殺されてしまうんじゃないかという葛藤という部分にあまり重きを置かずにスラッシャーホラーに振るという決断は本当に正しかったのか。もっと心理的な密室サスペンスに振るべきだったんじゃないか。原作は中学生くらいの時に近所の古本市場で読んだだけなのであんま覚えてないんだけど、そっちは後者的な話だった気がする。
まぁ、そんな感じかな。
襲い掛かってくるようになってからの韓国人はもう本当にシリーズ化してほしいくらい(最後に殺されたからもう無理だけど)印象的なモンスターアイコンとして完璧だったからそういう意味では面白かったけど、そういう意味で面白い映画でよかったんかなぁって感じ。ホラー映画好きな人は楽しめると思うけど、原作的な心理サスペンスを期待してる人にはなんか違うなぁってなるんじゃないかな。
では、「もしこの事件が今の日本で起きたら刑事事件になった可能性はあるのか?」を整理します。
👉 当時よりは“刑事事件になる可能性は明らかに高い”が、必ずしも起訴されるとは限らない
⸻
変わったポイント
つまり今は:
➡️ 当時との決定的な違い
⸻
当時:
現在:
• 内容によっては
👉
⸻
現在は:
そのため:
👉 昔ならアウトだった事件も、今なら間に合うケースがある
⸻
🧠 ④ 社会の変化(かなり大きい)
今は:
👉
「内部処理だけで終わる」可能性はかなり低い
⸻
・証拠の壁は今も同じ
• 昔の出来事
• 密室
• 物証なし
👉
刑事裁判では依然として厳しい
⸻
• 一貫して否認
👉
⸻
この事件を今に当てはめると:
起きる可能性が高いこと
それでも不確実なこと
• 起訴されるか
• 有罪になるか
⸻
💡 一言まとめ
👉
一緒に出航していた「平和丸」も"なぜか"海上保安庁に助けを求めず自力で助けようとして転覆
「不屈」の船長は(過去の著書によると)危険性を十分に認識していたにもかかわらず"なぜか"当日は出航を判断
これで長編小説1本書けるだろ
研究室の空気は、日を追うごとに密度を増し、吸い込むだけで肺の奥が重くなるような錯覚を覚えさせていた。そんな折、G子の元に石田教授から一通の簡潔なメールが届く。
『H男くんと同席で、今後の共同研究についてミーティングを行いたい。11時に教授室へ』
G子はその画面を見つめたまま、微かに唇を噛んだ。
彼女の瞳には、すでにA子や壊れていったB子が抱いていたものと同じ、光のない虚無が宿り始めている。
定刻、H男と共に教授室を訪れると、石田はいつものように深く椅子に腰掛け、二人を温厚な微笑で迎えた。ミーティング自体は滞りなく進んだが、G子は終始うつむき、H男が活発に意見を出す傍らで、機械的にメモを取るだけだった。
数時間後、解散したばかりの二人の元に、石田から一通のメールが届く。宛先はH男、そしてCCにはG子の名が入っていた。
件名:極地での指針について
H男くん、先ほどの議論の補足だが、ふと思い出した「謎かけ」を一つ。
『極地方において、磁気嵐や吹雪で方角を完全に見失った時、探検家はどうやって進むべき道を見つけると思うかね?』
H男はスマホの画面をスクロールし、首を捻った。最近急にG子の化粧が濃くなったけれど、何かこのことと関係あるのかしらん。彼は極めて真面目で研究熱心だが、石田のこうした「哲学的な余談」に隠された真意を読み解くほど、海千山千の男ではない。彼はすぐに返信を打った。
彼には少しの茶目っ気があるのだ。
『正解は「氷の空(アイス・ブリンク)」と「水の空(ウォーター・スカイ)」を見分けることだ。
氷に覆われた大地の上空は白く光り輝くが、海面の上は氷がないため、太陽光の反射率が極端に低くなる。その結果、遠くの空に「暗い影」が映し出される。それを目印に海、つまり開けた場所を探すのだ。
……もっとも、これは私が物の本で読んだだけの知識だがね。我々の研究も、このようなものだ』
H男はそのメールを読み終え、
「なるほど、流石は先生だ。Wikipediaを編集するだけのことはある」
と感心したように独り言を漏らすふりをした。彼は、石田が自分に「進むべき道を見失うな」という教育的なメタファーを与えてくれたのだと、好意的に解釈した。性質のまっすぐな、根が良い男なのだ。
しかし、CCでその文面を受け取っていたG子の指は、激しく震えていた。
H男は知る由もなかった。
このメールが届く数日前、すでにG子は石田の「餌食」となっていた。閉ざされた教授室で、逃げ場のない言葉の暴力と、拒絶すればキャリアが死ぬという無言の圧力。彼女にとって、石田が語る「暗く見える海面」とは、希望の光などではない。
それは、真っ白な偽善(アイス・ブリンク)に覆われたこの研究室の中で、唯一、自分が引きずり込まれた「底なしの暗渠」そのものを指していた。
「物の本で読んだだけ」という石田の免罪符のような一言。それは、G子の身に起きている凄惨な現実を、あたかも「どこか遠い世界で起きている客観的な事象」として処理し、責任を回避する石田の不気味なシグナリズムだった。
H男が「勉強になりました」と能天気に返信を打っているその裏で、G子は確信していた。
石田は今、H男という「何も知らない第三者」を証人として介在させることで、自分とG子の間に横たわる歪な関係を、より強固な、誰にも暴けない密室へと変貌させたのだ。
白く輝く氷原の向こうに、暗く濁った空が見える。
若い頃は「なぜあんなところにお金を使うんだろう?」と不思議に思っていたことが、今のあなたの立場になると、猛烈なリアリティを持って理解できてしまうのではないでしょうか。
彼らが買っているのは、単なる肉体的な快楽だけではありません。
「拒絶されない」という安全保障
「一人の男」として扱われる時間
これらは、家庭という密室で**「パパ」や「機能的な夫」としての役割ばかりを求められ、肝心の「一人の人間としての尊厳」を削られ続けた男性にとって、もはや「娯楽」ではなく、明日を生きるための「命の補給」**に近いものになっているのです。
って言われて気が楽になった。
形整えたり毛の長さ整える。プロに頼んでもなんじゃこりゃってなるので合わなかったら変える。動画見てもいいけど慣れてないと難しい。
肌
肌荒れ、ニキビを減らす。産毛剃ると顔色が良く見える(肌荒れ、ニキビがある程度治ってから剃る)。電気シェーバーだと眉毛のメンテも出来るやつが多くて便利。全然治らなかったら皮膚科か美容皮膚科。マイナスに目立つ黒子があれば取る。黒子の種類によっては保険適応されるので意外と安く済む。
髪
ベタベタ、パサパサ、ボサボサさせないようにする。シャンプー見直したり洗い方見直したりする。ドライヤーで乾かす。自然乾燥はボサボサになりやすいし臭いやすい。フケが肩に乗ってたりすると一気に不潔に見える。染めるとそれなりにメリットもあるけどメンテナンスがだるいなら黒髪のままでいい。アイロンでセットが難しいなら結ぶかまとめる。
服
首元や袖口がヨレヨレしたり汚れてきたら買い直す。毛玉は毛玉クリーナーで取る。洗ったらすぐに洗濯機から取り出して乾かす。シャツはアイロンかける。ノーアイロンタイプもある。買い替えるタイミングわかんないなら季節ごとにユニクロかなんかで買う。
歯
朝昼夜磨く。たまにフロスする。半年に一回くらい虫歯の点検も兼ねて歯医者に歯石取りに行く。歯並び悪いならすげー金かかるしすげー痛いけど歯列矯正もおすすめ。
シルバーとゴールドが混在しないようにする(させてもいいけど難しい)。すっぴんでごちゃごちゃアクセサリーをつけない。くすんだり変色してきたら磨く。
肌荒れてるならやらない。日焼け止めだけ。テカリが気になるなら薄く透明のパウダーだけ乗せる。
ちゃんと下地を塗る。自分に合う化粧品を探す。モロモロ、ポロポロしないようにする。スキンケア後にティッシュ当てると出にくい。
香水つける時は無香料もしくは微香料の洗剤、柔軟剤を使う。つけすぎない。つける場所を考える。足首、膝裏、太ももの順で強く香る。腰、お腹、胸元、首元は強すぎることが多いのであんまりおすすめしない。飲食店や密室に行く時はつけない。
手
爪は長すぎず短すぎず。ネイル塗らなくても土台のケア(甘皮除去とか)しとくと綺麗に見える。お金払ってもいいならサロンによってはケアだけのコースもある。指毛は剃るか抜く。ハンドクリーム塗ると綺麗になる。
自分がやってるのはこの辺か
姿勢とか話し方とかまでくると垢抜けの域に入るので今回は無しで
戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史を研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。
人々にとっての戦争の「魅力」
――なぜ、「日本が戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。
「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的な歴史では、『軍部が暴走し、国民は戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」
「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」
――魅力、ですか。
「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争や全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」
「日本が戦争に突き進んだ理由は、当時の政治や外交を追うだけでは捉えきれません。政治も外交も真空の中で行われたのではなく、時代の磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々が戦争や全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」
――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。
「多用したのは日記です。手紙や新聞、雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代をあぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的なパターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」
「すると、戦争そのものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防や愛国の論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」
――どんな断片でしょう。
「例えば、正月の日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹の神奈川県の青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記の記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」
「東京の小学校長を務めていた女性は、1931年の座談会で振り返っています。洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるから国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防』論理で批判できるようになったわけです」
「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身の青年は、若い頃の日記で国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています」
「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社の社長は経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務の合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時の論理で可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛の対象になりました」
――研究は大正時代(1912~26年)までさかのぼっています。
「大正期は基本的に『解放の時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性が良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートをはいて、さっそうと街を歩けば、男性もオールバックの長髪にして香水をつける。労働運動や部落解放運動、朝鮮人の権利運動も活発になった」
「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」
「ここで重要なのは、手段と目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段)未来の戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段)日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段』自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人やモダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」
「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義や議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立を助長するからです。この『機能不全』を戦争や全体主義で克服しよう、競争と対立、分断と格差で疲弊した社会を立て直し、一体感と調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」
――先ほどの個々の話は、日本が戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。
「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放の時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります」
「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから、復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行の作用だけでないことが見えてきます。そもそも国家が社会から離れて存在するものではないからです」
「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉は独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本の戦争への道を考える上でも、政治や外交だけでなく、人々の願いが集合する社会も検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用は双方向だったのです」
「当時、為政者は国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本が戦争に突き進んだことの理由の一つです」
「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部が日本を戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になります。しかし見落としがちなのは、これが『解放の時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』からの解放の絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」
「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内の戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます」
「上海事変(32年)でも、3人の工兵が爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾三勇士』(現在は事故の可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾三勇士』ブームはむしろ、20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的な運動となった転換点と見るべきでしょう」
「社会のなかの政策決定という点では、外相・松岡洋右が典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面へ進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室の会議でしか言わない。南進論を支持する社会の磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人の意図をはるかに超えて、南進論や対米強硬論の過激化を呼び起こしてしまいました」
――メディアの影響は。
「極めて大きかったと思います。37年7月の盧溝橋事件から12月の南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死を顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会を主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」
「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞が象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾三勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」
「人々が一枚岩の犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治や社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要な役割を果たしていることに無自覚になる。それは他者に責任を転嫁する見方も強めます。戦争への道は人為的なものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」
――「らしさ」からの解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。
「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本の経験を普遍的、現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから、日本史を世界史とつなげて考えることができる」
「為政者の動向だけでなく、普通の人々も視野に入れて政治と社会を総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます」
――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります。
「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います」
「歴史の見方を変えると、現在の見方も、未来の見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去の重要な転換期に、普通の人々が翻弄(ほんろう)されるだけの受け身の存在ではなかったことに気付けば、私たちの現在や未来への向き合い方も変わってくると思います」
「そのおかげで、欧米や日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」
「従来の冷戦史は、米国やソ連、中国の政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々の体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります」
「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域が地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史、20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本が主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」
――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。
「そもそもの歴史学の原理はアナリシス(分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事の真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」
「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治や社会や文化といった事柄も本来分かれたものでもない。だから、アナリシスの対になる概念、シンセシス(総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」
ファラオの密室の表紙に描かれた人間が加藤清史郎に似てるように見えるんだが誰もその旨SNSで書いてる人がいなくて不安になる
dorawiiより
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というか敵
物語の構築上は一人の人間を主人公としてクローズアップしたいし、絵的にも人間の表情や体を見せたいし
戦車兵とか動作は固定的だし絵を作りづらいし戦車自体ギチギチの組織行動が求められる高級品だし、なにより金かかるし
この文脈のブレークスルーは戦車内の密室ドラマをやったイスラエル映画のレバノンで
で、元となったイスラエル映画
そもそもタイトル通りイスラエルのレバノン侵攻という「自分が攻めに行ってる戦争」なのだが
戦車の中で閉じこもってスコープで外を覗いてる体裁、つまり、ひたすら受け身の姿としてイスラエル側を描いてる
この時期のイスラエルの戦争映画はヒラの兵士観点で「俺たちは戦争の被害者なんだ」という話ばっかで
戦車という特上の凶器の中に引きこもりつつ、狭いよう、怖いよう、とやってる
これ、イスラエルという国の心性というか、いつも主張している
「狭い国土で周囲が敵だらけ、誰が敵か味方かもわからない、こっちから攻めていくしかないんだ、しかたないんだ」
という態度の具現化みたいな話で
まあ胸糞なわけですよ
戦車が主役という転換て、そういう「強いのに弱くふるまう」「攻撃してる側なのに攻撃を受けて辛いとか言い出す」という「弱者男性を自己申告するけど全く社会弱者じゃないじゃんお前ムーブ」と軌を一にした転換ですからね
ガルパンはそこの誤魔化しが上手いというか無理やり話を作るためのウソを山ほど積み上げてます
歩兵を出さない(歩兵出すと戦車が主役を主張しづらい)という体裁を装いつつ、都合よく工兵や斥候兵をちょい足ししたり
競技ルール厳密なこと言い出すと破綻するから、スポーツじゃなく武道、「戦車部」じゃなく「戦車道」にしたり
そういう意図的な曖昧さでごまかしとかないと、装甲も火力も劣る旧式で新型戦車を倒すみたいな作劇できない、つまり戦車を主役にできない
で、そういう本当に重要なウソを覆い隠すために、巨大空母で生活してるとかのビジュアルのケレンを打ち出す
石田教授の逃げ場のない心理的包囲網と、密室で繰り広げられる支配の瞬間を、より濃密かつ長文で描写します。
——
研究室の喧騒から切り離された教授室。その空間は、分厚い絨毯が音を吸い込み、重厚な書棚が壁を埋め尽くす、一種の静謐な牢獄だった。
「さあ、そこに座りなさい。無理をしてはいけないよ」
石田教授の声は、まるで真綿に毒を忍ばせたような、不気味なほどに優しい響きを持っていた。A子は促されるまま、深いソファに身を沈めた。体が深く沈み込む感覚が、そのまま底なしの沼に引きずり込まれる予兆のように感じられて、彼女は自分の膝を白くなるまで握りしめた。
石田は小柄な肥満した体を揺らしながら、ゆっくりとA子の正面に座った。彼の丸い顔には、慈父のような笑みが浮かんでいる。しかし、その細い目の奥に宿る光は冷たく、顕微鏡で標本を観察する学者のそれだった。
「A子さん、君が独りでどれほど苦しんできたか、私はすべて分かっている。ネットの掲示板……あの無責任な言葉の暴力。それに、自分の部屋さえ安心できないという、あの得体の知れない恐怖。……辛かっただろう」
(どうして、そこまで正確に……)
彼女が誰にも、親友であるはずのB子にさえ打ち明けられなかった「感覚」を、この男はまるで自分の掌を見るかのように語っている。
「先生、どうしてそれを……」
震える声で問いかけたA子に対し、石田は満足げに、頬の脂肪を歪めてにやりと笑った。
「私は指導教官だからね。学生の異変に気づかないはずがない。君が夜、あのアパートで震えながらパソコンを見つめている姿を想像すると、私も胸が締め付けられる思いだったよ。……だが、もう大丈夫だ」
石田は机の上のタブレットを操作し、A子のほうへ向けた。そこには、彼女を死ぬほど追い詰めていたあの掲示板の書き込みが、発信者のIPアドレスや、不自然なほど詳細な個人データと共に羅列されていた。
「これを見なさい。これらを書き込んでいる連中の正体も、私はすでに掴んでいる。私が一言、しかるべき場所に連絡を入れれば、彼らは一瞬で社会的に抹殺されるだろう。君の部屋に仕掛けられた不審な挙動も、私のネットワークを使えばすべて遮断できる」
石田はゆっくりと立ち上がり、A子の側へと歩み寄った。床を叩く靴音が、まるでカウントダウンのようにA子の耳に響く。石田は彼女の背後に立つと、湿り気を帯びた短い指を、そっと彼女の細い肩に置いた。
その瞬間、A子は全身に電気を流されたような拒絶反応に襲われた。しかし、逃げることはできなかった。
石田の指先から、目に見えない粘着質な糸が伸び、彼女の自由を奪っていくような錯覚に陥ったからだ。
「だがね、A子さん。これを公の場に出して解決しようとすれば、君の名も、あの不本意な動画の存在も、大学や世間に知れ渡ることになる。そうなれば、君の研究者としてのキャリアは終わりだ。……C男くんはどう思うだろうね? 彼が君のその姿を知ったら、今まで通りに笑いかけてくれるかな?」
「……っ」
A子の喉が、音もなく悲鳴を上げた。
C男。その名前を出された瞬間、彼女の唯一の心の支えが、石田の手元にある人質に変貌した。
石田の声が、耳元でねっとりと囁く。
「君を救えるのは、この世で私だけだ。警察も、友人も、C男くんも、君を守る力はない。彼らはただ、君を好奇の目で見、汚れたものとして遠ざけるだけだ。……私だけが、君のすべてを受け入れ、守ってあげられる」
石田の手が、肩から滑り落ちるようにして、A子の頬を撫でた。油っぽい指の感触が皮膚に残り、吐き気がこみ上げる。しかし、A子の頭の中は、石田が提示した「救済」という名の毒に侵され始めていた。
(この人が、掲示板を消してくれる。この人が、私を監視から救ってくれる。……この人に従わなければ、私は、C男さんは……)
石田はA子の顎を優しく、しかし抗えない力で持ち上げ、自分の醜い顔を至近距離で直視させた。
「これから毎日、講義が終わったらここに来なさい。今日誰と何を話し、何を考え、何を食べたか。すべて私に報告するんだ。君の生活のすべてを私に委ねなさい。そうすれば、あの掲示板の更新も止まる。C男くんの進路も、私の推薦で約束してあげよう。……いいかな?」
石田の細い目が、期待に満ちて輝いている。それは教育者の目ではなく、完璧なコレクションを手に入れたマニアの目だった。
A子は、自分が巨大な蜘蛛の巣の中心に横たわっていることを悟った。糸を切ろうとすれば、自分だけでなく大切なものすべてが破壊される。生き残る道は、この蜘蛛に捕食されることを受け入れ、その慈悲にすがる以外にない。
A子の口から出たのは、魂を切り売りするような懇願の言葉だった。
石田教授は、満足げに豚のように喉を鳴らして笑った。その笑い声は、静かな部屋の中でいつまでも反響し、A子の逃げ場を完全に塞いでいった。
「よろしい。……では、最初の一歩として、B子さんとの連絡をすべて断ち切りなさい。彼女は君の精神を乱す毒だ。君には、私という絶対的な理解者がいれば十分なのだから」
石田はそう言うと、A子の震える手からスマートフォンを取り上げ、その場でB子の連絡先を消去した。画面に映る無機質な「削除」の文字が、A子の過去との唯一の絆が断たれた瞬間を冷酷に告げていた。