はてなキーワード: 神父とは
エクソシストの映画の撮影前、主人公の神父役の役者が変死してしまう。その代役にアル中で業界を干されているラッセル・クロウが選ばれ、なんかうまく行ってない娘は付き人として撮影に参加。しかし、アル中で脳が委縮したラッセルはろくに台詞も覚えられないし体調も悪い。そうこうしているうちにラッセルの様子がどんどんおかしくなっていき、撮影現場では異変が起き始める。もやしこの映画は呪われているのでは、ラッセル親子の行く末は……
みたいな話。
ちゅ~~~~~~~~~~~と半端やなぁ(ちゃらんぽらん感)。
いや、やらんとしてることはわかるんよ。トラウマの苦悩、演技で自分を追い込むことによる変容、信仰の脆さ、親子の絆、そしてエクソシスト映画。でもこれらを全部やろうとした結果、全部中途半端になってる。
ラッセルは敬虔なキリスト教徒だったんだけどいつも通り幼少期に神父にケツ掘られててそれがトラウマになっている。その後、役者として大成するもトラウマから逃れるために酒と薬の日々を送り、妻が大病を患って死んだ際には更生施設に入っていて死に目にも会えてないので娘との間には距離がある。
そんな彼が皮肉なことに敬虔な神父の役をやることになってストレスはたまり、ディレクターからは過去のこと、酒浸りだけではなく幼少期のことまでをチクチク責められるしどんどん様子がおかしくなっていくが、そのうち本当に悪魔に取りつかれてしまう。
でもここの"役に押しつぶされる"展開がめっちゃ薄いから、悪魔に憑かれる展開へのジャンプがめっちゃ弱い。序盤からラッセルはずーっと鬱々してるし様子がおかしいから、悪魔に取りつかれておかしくなるっていうギャップが薄い。もろちん、これは悪魔?それとも本人?っていうサスペンスはあるんだけど見てる側からすればどっちでもよくね?ってなっちゃう。悪魔だろうが本人だろうが様子がおかしいのには変わりないし。
また、ラッセルが抱えているトラウマが作中で解消されるという展開もない。後半はもうずーっと悪魔に取りつかれて様子がおかしいラッセルが大暴れしていて、これを親子の絆で取り戻す展開かと思いきやまったくそんなことはなく。映画のアドバイザーとして参加していたプロ神父が「ワイがラッセルの中の悪魔を引き受ける!」つって悪魔を吸収し、ラッセルと娘、あとなんかぬるっといてた共演女優みんなでお祈りを唱えた結果、爆発炎上して終了。
別にトラウマの解消はそんなに簡単なものじゃないにせよ、何らかの進展があってもええやん。っていうか、あるべきでしょ。神父様の自己犠牲によって助かりました、まぁ、神父に性加害されたことがトラウマだったのが神父にもいい奴もいるんだよ!で和らいだという考え方ができなくもないけど。でもラッセル、悪魔に取りつかれた神父の脳天に十字架ぶっ刺してるんだよな……殺人だよ……ハッ!?神父の恨みを神父で晴らしてスッキリした!ってこと!?
どんな映画やねん。
信仰の脆さに関しては敬虔な神父として娘に寄り添いこの事件の解決に動いてくれてた神父が悪魔を吸収する際に、彼自身も父親である神父から強制的に洗礼を授けられた存在だったことがわかるんだけど、まぁ、だから何?って感じで。そのことが今回の悪魔祓いに特に有効に働く要素もなかったし。
そりゃ、俳優として神父を演じることで悪魔化したが本心で神を信じていたラッセルと、神父であることを強要されてある意味神父を演じていた神父という対比と、最後の最後で神父として神の御業を見せて大往生してよかったねって感じなのかもしれないけど、少なくともそう見えるように脚本が作られていない。
つーか、神父燃えて死んで次のシーンでラッセルがなんか手紙書いてるシーンで終わるの適当すぎないか。
結局何の話やってんってなるわ。
やりたいことがいろいろあるのはわかるけど少なくとも映画としての接続はうんちだったからか、かなり退屈だった。
まぁそんな感じかな。
あと冒頭から画面が一生薄暗いから目が疲れるしメリハリもなくなってると思う。ラッセルが悪魔に憑かれた表現も、今日日それ?って感じの既視感があるものばっかりでナンダカナーって感じ。ジャンプスケアはちょいちょいあるのでビックリホラーとしてはギリ楽しめるかな。
なので、まぁ、悪魔祓い映画コンプ勢にはギリオススメ。ラッセルが悪魔祓いする映画だったらヴァチカンの方を見た方がいいと思いました。
使用されたモデルとプロンプト、テーマを逆算してください。理由も答えてください。
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火曜日の朝は、いつも鋭角な匂いがする。しかし、アーチボルド・ペルニッケル氏にとって、そのような些細な幾何学は問題ではなかった。彼の手には、祖父から受け継いだ純銀製の、見事な装飾が施されたバターナイフが握られていたからだ。
午前七時ちょうど、真鍮製の目覚まし時計がジリリリリと暴力的な金属音を部屋中に撒き散らした。通常の人間であれば、頂部のボタンを叩いてその騒動を鎮めるだろう。しかしペルニッケル氏は、手にしたバターナイフを優雅に宙で翻すと、空中に震えるその「音の波」をすくい取った。
「ずいぶんとダマになっているな。これでは胃にもたれる」
彼は呟きながら、ベッドサイドに置かれたトーストの表面に、けたたましいアラーム音を均等に塗り広げていった。彼がバターナイフを握っている限り、この世のあらゆる事象——騒音、哀しみ、あるいは重力さえも——は、平らに塗り伸ばされるべき「ペースト」に過ぎなかった。刃先が滑るたびに、ジリリリという音は徐々にマイルドなハミングへと変わり、最後には完全にパンの気孔の中へと吸収された。
ペルニッケル氏がこの日、音を塗り広げるというアプローチに絶対の自信を持っていたのには、明確かつ(彼にとっては)科学的な理由があった。というのも、つい三十分ほど前、彼は洗面所で「赤い水玉模様の靴下が、完全に裏返っている」という驚くべき現象を目撃したばかりだったのだ。靴下が裏返るということは、世界の裏地が表に出ているということである。今朝の世界は裏返っている。裏返っているのだから、通常は耳で聞くべき音は、舌で味わうべきものへと変換されているはずだ。この直近の鮮烈な記憶は、彼の脳内で圧倒的な統計的優位性を獲得し、他のあらゆる過去の経験や物理法則を瞬時に駆逐していた。
「靴下が裏返っていたのだ。音をパンに塗るのは当然の帰結である」
彼は音の塗られたトーストを一口かじり、カリッという食感とともに午前七時の響きを胃袋へと流し込んだ。
身支度を整え、山高帽を被ったペルニッケル氏は、右手に純銀のバターナイフをステッキ代わりに握りしめ、霧の立ち込める石畳の街へと足を踏み出した。
街は奇妙な活気に満ちていたが、彼の目にはすべてが巨大な朝食のテーブルに見えた。道の向こうから、郵便配達員のモリスが、車輪のついた巨大な皮鞄を引きずりながらやってきた。モリスはひどく困惑した顔で、角の郵便ポストと格闘していた。
「おはようございます、ペルニッケルさん。どうにもこのポストの口が固く閉ざされていましてね。手紙がちっとも入らないのです」
ペルニッケル氏は歩み寄り、赤い鉄の塊を鼻先で検分した。彼の手の中で、純銀のバターナイフが微かに冷たい光を放った。
「モリス君、君は物事の本質を見誤っている。これはポストの口が閉じているのではない。単に、このポストがまだ『冷え切った固いバター』のままであるというだけのことだ。冷たいバターにナイフを立てようとすれば、反発されるのは道理だろう?」
「はあ……バター、ですか?」
モリスが目を白黒させるのをよそに、ペルニッケル氏は真顔で頷いた。そして、なぜ自分がそう確信しているのか、その揺るぎない論理を開陳した。
「考えてもみたまえ。私が家を出る直前、玄関のドアノブがいつもより三度(さんど)ほど冷たかったのだ。直近で確認された最も強烈な事実が『冷たい』なのだから、世界中のあらゆる問題の原因は『冷えによる硬化』に起因していると判断するのが、最も理にかなった確率的推論というものだ。ドアノブが冷たいのだから、ポストも冷たい。疑う余地はない」
ペルニッケル氏はバターナイフの腹をポストの赤い塗装にピタリと当てると、手首のスナップを利かせて、ポストの表面を「削ぐ」ような動作をした。銀の刃が虚空を滑る。すると、物理的な接触は一切ないにもかかわらず、ポストの口はあたかも室温で溶け出したかのように、だらしなく半開きになった。
「ほら見給え。少し削いで、常温に馴染ませてやった。これで手紙という名のジャムを詰め込めるだろう」
「あ、ありがとうございます……?」
混乱の極みにあるモリスを残し、ペルニッケル氏は意気揚々と歩みを進めた。彼にとって、手にした銀の刃は万物を切り開き、ならし、滑らかにする唯一絶対の哲学であった。
広場に出ると、空模様が怪しくなってきた。灰色の重たい雲が、街の煙突を押し潰さんばかりに低く垂れ込めている。道行く人々は傘を準備し、足早に家路を急ごうとしていた。
「なんという不手際だ。空の表面がひどく焦げているではないか。これでは太陽の光が塗れない」
彼はバターナイフを天に向けて高く掲げた。彼にとって、あの黒雲は天候の悪化ではなく、明らかに「焼きすぎたトーストの焦げ目」であった。
どうやってあの焦げ目を落とすべきか? 彼は再び、自らの最新の記憶の引き出しを乱暴に開け放った。そこには、つい先ほど遭遇した「半開きの郵便ポスト」の記憶が、まばゆいばかりの鮮度で鎮座していた。
「そうだ。つい先ほど、ポストは削ぐことで開いた。直近の成功体験によれば、問題は『削ぐ』ことで劇的に解決する。過去千回の雨降りの記憶などどうでもいい。最も新しく、最も強烈な成功こそが、この宇宙の最新のルールなのだ!」
彼は背伸びをし、空に向かってバターナイフを力強く滑らせた。ジョリッ、ジョリッという、巨大な乾パンを削るような音が大気を震わせた。見えない刃が雲の腹を削ぎ落とすと、削りカスとなった灰色の雲が、ボロボロと粉雪のように石畳へと降り注いだ。焦げ目を削ぎ落とされた空の裂け目からは、バターのように濃厚で黄色い陽光が、とろりと街へ滴り落ちた。
「完璧だ。実に滑らかな空になった」
その時、広場のベンチからすすり泣く声が聞こえた。見ると、隣人のマダム・ポルカドットが、両手で頭を抱えて震えている。彼女の足元には、形を持たない半透明の青いゼリーのような塊が、ぶよぶよと不気味に脈打っていた。
「ああ、ペルニッケル氏! 助けてくださいな。私、『火曜日』を落としてしまったのです。落とした拍子に、火曜日がこんなに膨れ上がって、私の足首に絡みついて離れないのです。これでは水曜日に行けませんわ!」
マダム・ポルカドットの足元で蠢くそれは、曜日の概念が実体化したような、非常に厄介で哲学的な代物だった。普通の人間であれば、神父を呼ぶか、精神科医に駆け込む場面である。
しかし、ペルニッケル氏の目は冷静だった。彼は右手のバターナイフの重みを確認し、左手で顎を撫でた。
「なるほど。火曜日が膨張していると。マダム、落ち着き給え。これは全くもって単純な現象だ」
彼は青いゼリー状の『火曜日』に近づいた。道具を持った彼にとって、この不定形の概念もまた、処理されるべき巨大な「食料の塊」に過ぎない。
「なぜ火曜日がこのようにぶよぶよと膨張しているのか? 理由は火を見るより明らかだ。つい一分前、私は空の焦げ目を削ぎ落とした。削ぎ落とされた空は軽くなり、光が満ちた。つまり現在の世界において『削ぎ落とされたもの』と『満ちるもの』は等価なのだ。この最新のデータに基づけば、あなたの火曜日は、空から削ぎ落とされた重力を吸収して膨らんだパン生地に他ならない」
彼の論理は、直近の自らの行動という極小のサンプルのみを根拠として、壮大かつ狂気的な三段論法を構築していた。
ペルニッケル氏は純銀のバターナイフを高く振り上げると、ぶよぶよと膨らむ『火曜日』の中心に深々と突き立てた。そして、手際よく、それを均等な厚さのスライスに切り分け始めた。
「一切れはあなたのポケットへ。一切れは私の帽子の中へ。残りは野良犬の腹の中へ。こうして切り分けて塗ってしまえば、火曜日などというものは、あっという間に消費されてしまうものです」
ナイフが滑るたびに、巨大だった『火曜日』は薄っぺらな青いスライスとなり、やがて空気中へとシュワシュワと溶けて消えていった。足首を解放されたマダム・ポルカドットは、歓喜の声を上げて水曜日の方角(広場の東側)へと駆けていった。
ペルニッケル氏は深く息を吐き、純銀のバターナイフを胸のポケットに丁寧にしまった。
世界は今日も、彼のナイフによって完璧に塗られ、削がれ、切り分けられた。すべての謎は、今朝の靴下と、さっきのポストと、少し前の空の記憶によって、寸分の狂いもなく説明づけられた。彼の心には、一片の疑いもなかった。
帰宅したペルニッケル氏は、夕食のスープを飲み干すと、ふとテーブルの隅に置かれた「真鍮製の巨大な漏斗(じょうご)」に目を留めた。彼はそれを手に取り、じっと見つめた。
「なんと美しいフォルムだろうか。これさえあれば、広すぎる世界も、散らかった思考も、すべて一つの穴に注ぎ込むことができるに違いない」
彼は漏斗を枕元に置き、ベッドに入った。眠りに落ちる直前、窓の外を一羽の巨大な紫色の蛾が横切った。蛾の羽ばたきは、パタパタというよりも、ズズズという重低音だった。
「なるほど」と、ペルニッケル氏は微睡みの中で確信した。「紫色のものが重低音を出すということは、明日の世界はすべて、狭い場所へ注ぎ込まれることで低く唸るのだな。すべてが繋がったぞ」
彼は真鍮の漏斗を抱きしめ、滑らかで、切り分けられた夜の中へと深く沈んでいった。明日は間違いなく、すべてを注ぎ込むための完璧な水曜日になるはずであった。
「将来の夢」についての思索
4年C組 10番 胡蝶 夢
僕の将来の夢は、サッカー選手になることだった。しかし、昨日の夜、寝ている間に僕は自分がサッカー選手になった夢を見てしまった。つまり、もう夢を叶えてしまったのである。夢を叶えてしまったのだから、新しい夢を考えるべきだと感じるし、実際に考えようともするが、また寝ている間に夢で夢を叶えてしまったら意味はない。ということで、僕の将来の夢は「睡眠中の夢によって実現不可能なもの」であるべきだと直感したが、そんなものは存在しない。僕はこれからどう生きていけばいいのだろうか。
母について考える。生まれてきてから、僕は比較的いい子だったと思う。この私立の小学校に在籍できているのも、僕がいい子だったからだ。母が「いい子にしなさい」ということを強く強調していたので、非常に重要なことなのだろうと、僕はいい子をしてきた。母がいい子になることを求めるのはおそらく、僕が将来いろいろな選択肢を持てるようにということだろう。つまり、将来僕が色んな夢を実現可能な状態になっていることが望ましいと判断したから、いい子であることを求めたのだ。それは非常に愛のある態度だと思う。しかし、僕はもう夢を叶えてしまった。
父についても同じことが言える。父は美人な母を手に入れるため努力してきたのだと思うし、そこは尊敬する。しかし、もし父がその過程を「睡眠中の夢」として先取りしてしまっていたらどうなっていただろう。その場合、今こうして呼吸をしている僕は、父が見ている夢の登場人物に過ぎない。僕が「僕はここにいる」と主張したところで、それは父の脳内物質が見せているバグのようなものだ。そして当然、その父自身も、さらに高次な存在が見ている夢の一部である可能性を否定できない。世界は誰かの夢の連鎖であり、僕たちは実態のないホログラムかもしれないのだ。そう考えると、現実とは一体何なのだろうか。
先生に課題として出されたのでこの作文を書いたが、僕は「将来の夢」を考えることを通して、この世には意味がないことに気が付いてしまった。起きている間に叶えた夢でないと意味がないという大人の理屈が、僕にはよくわからない。僕は寝ている間の夢の中で努力し、サッカー選手のキャリアを全うした。時間的にもしっかりと数十年単位の苦労と努力を経験したのだ。だからもう、僕は人生を全うしたも同然である。
もろもろ説教を垂れてくる大人がいることは理解するが、根本的な問題は「生きる意味」そのものであり、惰性で生きている僕たちではこの問題を解決することはできないのだ。僕の思索は、ここで終わる。ただ一つ言えることは、夢とは夢程度で実現可能なのだから、夢が叶わないこと、現実が思い通りにいかないことに対して悲観する必要もないということだ。これは人類の安息を意味すると思う。
話は変わるが、今日の二十分休みは、チャペルに行って神父様にこの話をしようと思う。マリア様はこの話をどう思うのかどうか知りたくなった。
車でテキサスへ向かう母子だったが途中で車がパンクしてしまう。そこはアメリカ女、自分でタイヤ交換に乗り出すがそのへんをうろうろしてた娘はガラガラヘビに噛まれて重体に。慌てて娘を抱えて走り回るとトレーラーハウスを発見し、そこの老婆に娘を預け、自身は車を急いで修理し病院を目指すことに。老婆から「代金は後払いで」と言われ、適当に流して車の修理に向かいタイヤ交換を終え娘を迎えに行くと老婆はおらず娘からはヘビの噛み跡が消えていた。そして病院で診察を受けるも容態は安定。そこに謎の黒人が現れ「ほな代金いただきます。日暮れまでに誰か別人の魂を捧げろ。じゃないとやっぱ娘死ぬ」と言われ証拠も見せられる。果たして主人公は娘のために他人の命を捧げることができるのか。
みたいな話。
う~ん。
ある種のミステリとして100回見た展開ではある。例えばちょっと前に見た「DROP」も、娘を人質にとられて知らんやつから娘を生かしてほしかったらデート相手を殺せって指令が来る話だったし。それを今作ではスーパーナチュラルな相手から指令が来るという形になっている。
その結果として定期的に取立人がいろんな方法でやってきて、例えば交差点で信号待ちしてるとガキが現れて窓を叩いてきて無視してると今度は頭を血まみれにしながら窓に頭突きを始めてぶち割ってくるとか、廃教会の前で黒衣の神父がフィンガーガン売ってくるやんと思ったら化学工場ばりに黒煙をモクモクあげながら炎上したりと、ホラー演出をねじ込むというエンタメ効果を補強しているのは、設定を活かせているという意味でヨシ。
一方で、こういう作品のキモであるはずの殺す殺さんの話はなんかかったるい。
取り立てが病院から始まるので偶々見かけた死にかけのジジイの家族に接触して病室に潜入。家族が目を離した隙に殺そうとするも、殺せない!ってなってトイレに逃げ込んだら家族が戻ってきてすぐにジジイは死亡。という、もう死ぬんやったら殺しとけばよかった~っていう皮肉な展開はちょっと面白かったけど、その葛藤も地味だしなんかタラタラしてる。
その後、バーでDV彼氏とその彼女に出会い、せやDV彼氏やったら殺してええやろ!ってなるのもナンカナーって感じだし、ガンショップに銃を買いに行くも地元民じゃないからダメって拒否されるも砂漠でレイプされた!ってでっち上げて近所の闇業者を紹介されて銃を買える展開もナンダカナーって感じ。
で、まんまとDV彼氏を誘拐し砂漠につれていくも逃げられ探すも見つからず途方に暮れた彼女は取り立てに来る悪魔に出会いもうダメだぁ、おしまいだぁとなってこの映画を見始めた人100人中96人が考えたであろう結論に達し娘にビデオメッセージを撮影する。はいはい、他人指定がないから結局自己犠牲で自殺するんでしょと思ってたらなぜか戻ってきたDV彼氏に石を投げられ気絶。そしてなぜか待っていたDV彼氏と再び対峙するも抜いたナイフで自分の首を切ろうとする主人公。フーンと思って見てると、なぜか再びガラガラヘビがやってきてDV彼氏の足をガブリアス。
崖から落下した瀕死のDV彼氏を見て主人公はこれ幸いと首を掻っ切り娘を迎えに行って街を脱出するのでした。
これ前に見たトジコメを思い出すんだよな。スーパーナチュラルの使い(そもそもヘビってのがモチーフ的だし)によって試練が与えられ、その試練の究極の自己犠牲という解答にたどり着けたのでスーパーナチュラルから許されてDV彼氏を殺す権利をもらえた的な。結局、結論として臓器くじじゃないけど功利主義的に自己犠牲の精神を見せたから死にかけのDV彼氏を殺したらええやんというのは本当に正しいのか。
もろちん、このDV彼氏の足にガラガラヘビが噛みつくところまでが実は最終試練でここで「殺す」「自殺する」のどちらを選ぶのかで真の倫理観が試されているという捉え方もできなくはないけど崖から大落下してさらにガラガラヘビにも噛まれているっていう、主人公が自殺したところでこいつも死ぬだけやんって状況だったら、倫理もクソも合理的に考えてこいつを殺すのが正しいってなっちゃうじゃん?
母性による究極の自己犠牲の果てに結局他人を殺して自分も娘も助かりました!相手はDV男だしいいよね!
ほんまにか?
まぁ最後の最後に車で走ってると娘が殺したはずのDV彼氏を見つけてヒッチハイクしてるオッサンおるなぁって言い出して、つまりどういうこと?ってなる、本当にあの決断で解放されたのかというあいまいさを残すエンドになってるけど、残されたところでじゃあどうすればよかったんっていう。さっさと死んどけばよかったんか?
まぁそんな感じかな。
主演の黒人女性が自身もプロデューサーとして噛んでるみたいな話も合って、そういう作品ってだいたい何らかのエンパワーメントを推進しているところがあって、この作品も母子のシングルマザーでDV彼氏に対して並々ならぬ怒りを持っていたり、DVサレ彼女に強い感情移入をしていることから、もしかしたら主人公自身がその被害者だった可能性を示唆していて、DV野郎は死ね!という強い思いがあったのかもしれないけど、それが作品のジャンルの面白さにうまく反映されていたかは謎。80分しかないのにめっちゃ長く感じた。あんまオススメじゃないかも。
・農業する人、漁業する人、畜産する人、果物をつくる人、八百屋さん、お医者さん、おまわりさん、学校の先生、電気工事の人、
ガス工事の人、水道工事の人、下水工事の人、道路工事の人、郵便やさん、大工さん、お坊さん、神父さん、神主さん・・・
などいろいろな得意分野を分担して助け合うことができるけれど、
人口10人の村になったら得意分野を分担して助け合うことができなくなる。
・農業漁業畜産する人(果物はつくれない、八百屋さんはいないから自分たちで売る)お医者さんは居ない、大工さんもいない、
いやもうタランティーノ好きすぎ侍。56点。
ボストンの精肉店で働く双子の敬虔なクリスチャンである主人公たちはある日、行きつけのバーの地上げにやってきたロシアンマフィアともめごとになってしまい、いろいろあって彼らを殺害。事件の解決にスゴ腕すぎるゲイのデフォーFBI捜査官が乗り込んでくるも、2人は自首。相手はマフィアやし市民の反発もすごそうやし、まぁええかとなり主人公たちは留置所に泊まるがそこで「悪を倒せと轟叫ぶ」と神の啓示を受ける。処刑人として悪の駆除活動を始める彼らとそれを追うデフォー、そしてマフィアたちの戦いが幕を開ける。
みたいな話。
っていうかそれ以上でも以下でもないというか。
もめごとになる→カットが切り替わって警察が現場に駆け付ける→デフォーが神がかった推理を披露する→実際の映像が流れるという、意図的に時系列を前後、交錯させる編集がもうタランティーノっぽいし、音楽の緊張した場面で敢えて明るい音楽をかけるところとかもぽい。
なにより、主人公たちの仲間になるイタリアンマフィアの下っ端がボスに呼ばれてジョークを披露させられる場面があって、それがめっちゃ皮肉の利いたいいジョークなんだけど別にそれがストーリーに何も絡んでこない。ストーリーと無関係な小粋な小噺を差し込むのはもう自認タランティーノなんよ。
そしてタランティーノ映画にありがちなんだけど役者がめちゃくちゃいい。今やミスター・ウォーキングデッドと化したノーマン・リーダスのデビュー当時のピチピチの姿が見られるし、兄貴役のショーンも無鉄砲ながらも繊細な役をよく演じていた。そしてデフォーだよなぁ。捜査にのめり込みすぎる没入型推理を怪演としかいいようがない演技プランで演じきっていて本当にすごい。
いっぽうでストーリーとしては個人的には宗教の嫌なところ出てるなぁって感じがして個人的にはあんま好きになれない。もろちん、一貫性は担保されていて元々デフォーは主人公たちのことをひどく嫌悪して逮捕しようと躍起になるが、後々彼らの活動に賛同し始め最終的には協力者になる。これは最初の殺人が彼らの因縁から始まった喧嘩の延長線上だったからで、その後、留置所で彼らが福音を受け神の処刑人になって「正義」を執行するようになったからと思われる。
デフォーが自身の考えを改めるシーンは自分に自信がなくなり自暴自棄になって泥酔したデフォーがフラフラとそれと知らずに教会に侵入し、告解室で眠りこけてしまうというバチ当たりな行為に及ぶ。そこで主人公たちの味方のイタリアンマフィアが彼を始末しようと告解室の神父側に侵入し、あわやと言うところで主人公に止められ「神の助け」によって命を救われたデフォーが(そうとは知らずに)悔い改め神の下に下るという展開もナンダカナーって感じ。
そして最終的に謎の殺し屋が主人公たちと同じ神の戦士だったことが分かり、神のファミリーが結成され最後は裁判所で神に変わって裁きを下すところで話が終わる。というのが、なんかもうカソリック教徒だけど日本人の感覚として正直ちょっとウゲゲとなってしまう。
そんな中で最後にインタビュー映像として彼らのしていることが正義なのか悪なのかそれぞれの意見の住人を映すことで絶妙にバランスを取ろうとしている姿勢は感じられた。
アクションに関してはまぁ良くも悪くもないという感じで、天井に吊るされてぐるぐる回りながら撃ったりとか、黒い前開けスーツでのスタイリッシュな銃撃とかはその後のアクション作品にいろんな影響があったんだろうなと思いつつも、見てる俺が令和だからこれが新しかったのかこれもパクりなのかよくわからんなぁという感じ。
下っ端の仲間が両手を広げて二丁拳銃で銃撃してその後、その腕を交差してまた撃つという典型的なスタイリッシュ銃撃をギャグ的に消費している点は、タランティーノフォロワーらしい冷笑仕草で俺は結構好き。
まぁそんな感じかな。
タランティーノフォロワーとしてのコメディスタイリッシュアクションとしてはそれなりの強度は確かにあると思うし、役者もいいしこういう映画が好きやねんという層が確かにいるのはわかるしその層にはオススメはできるけど、個人的にはあんまハマんなかったかな。
神父さん嫌いな人おるよな
で……
エンディング納得行かねー!
まずキーファお前ー!
このクソ野郎、自分が嘘つくだけならいざ知らず、主人公に口裏合わせを要求すんじゃねえよクズが。
なんでテメーの世間体のために魔王討伐の真相部分で嘘つかなきゃなんねーんだよ。
主人公はなあ、魔王討伐のためにあっちこっちの人達の期待やら願いやら怒りやら悲しみやら支援やら責任やら祈りやらを受けて魔王と戦ったんだよ。
マチルダに始まり、レブレサックの神父や、ユバールのジャンや、実の両親のように、魔王のせいで人生丸ごと歪んでしまった人達や、何くれとなく助けてくれた人達ゃ、主人公達を歴史上から続く恩人、家族とまで言った砂漠の民たちまで。すんげー沢山のもの背負って戦った魔王戦なんだよ。
で、お前なに? 一緒に戦った事にしてくれ? つまりなに? 上で挙げたような人達に魔王討伐の報告すんのに、お前が一緒に戦ったって嘘の報告しなきゃいけないの? お前も砂漠の民の家族なの? ぶっ◯すよお前。
堀井先生! こんなどぐされウンコ野郎の駄々をなんでローラ姫モードでむりやり『はい』と言わせんだよ?! 本気で50回くらい『いいえ』押して、もうこのままゲームの電源きっちまおうかと思いましたよ。
でも主人公に口裏合わせまで求めるな。
詐欺の片棒担ぎを強制するシナリオなんてふざけてる。納得いかないからもうこの後の展開は脳内二次創作で補完する。ラグレイは英雄詐称の罪で野ざらし刑。以上。
あと、PS1版もそうだったけど、やっぱり海に落ちた親父がいつ戻ってきたのか判らん……。
科学と宗教、信仰と実証、そして人間と愛と荒唐無稽なSF設定が入り乱れた傑作SF映画だと思った81点。
宇宙科学者のジョディ・フォスターは宇宙人との交信を専門に頑張ってるんだけど嫌な上司には予算を打ち切られ、個人でスポンサー探しに奔走してようやく予算を得て研究を再開するも「なんか不気味だからヤだ」と予算打ち切りの危機に。するとついに宇宙からのメッセージを受信し、また上司に手柄を横取りされたり、メッセージを解読したらそれは宇宙船みたいな感じのやつでとんでもないことになったりする。
そんな話。
極端な実証主義者であるとされている科学者の主人公だが途中、宗教家のパーマーとの対話の中で「科学で神の存在は証明できないから神はいない」「じゃあ君はパパのことを愛していた?」「心から」「その証拠は?」と問われるシーンがあるように彼女は常に科学で証明できないものは「ない」と言いながらも、実際には常に様々なものを"信じて"行動している。
典型的な嫌な上司に「国家プロジェクトだから宇宙人みたいないるかいないかわからんもんのために税金垂れ流しにできんのよ」と言われた時にはブチ切れていたが、実証主義的な立場から考えれば彼の言うことのほうがよっぽど正しい。その後、ニューメチャシコで研究を再開した際には彼女は周囲から「砂漠の巫女」と呼ばれる不気味がられるようになる。
彼女は父親から教わった無線で「未知の相手と通信する」こと、「宇宙に地球人しかいないとスペース(場所、宇宙のダブルミーニング)がもったいない」という教えを純粋に"信じて"それを原動力に生きている。中盤までの彼女は認めないだろうがそれこそが「信仰」ということだが、彼女は他人の「信仰」は平気で踏みにじる。
印象的だったのはパーマーとの会話中に「科学は神の不在を"証明しただけ"では?」と挑発的に語るシーンと、幼少期に父が死に落ち込む主人公を励まそうと神父様が「理不尽な死はあるが神の救いはある」と語った際に「1階に薬が置いてあれば助かった」と突き放すシーン。でもたぶん、この神父への反発がより彼女を意固地にさせてたんだろうな。
その結果としてパーマーの愛と怒りで彼女は「地球人の95%は何らかの神を信じているのにそれを認めない君は人間の代表にふさわしくない」という理由で、宇宙人とコンタクトする役を降ろされてしまうのはある種当然と言える。
選考会もよくてさぁ。その前にパーマーと2人で話してる時に危険じゃないかと話すパーマーに「なぜ人類はこうなっているのかの謎を解き明かすために生きてきた。もしそれが叶うなら死んでもいい」と語る主人公ってのがまずあって、選考会でほぼ主人公に決まりやなってなったときにパーマーが「あなたは敬虔ですか?」と問うんだよね。「貴方は髪を信じていますか」と。パーマーは神を信じている立場で、でも主人公が信じていないと答えると思っていたし、そう応えれば落選する可能性が高いのもわかっていた。でも危険な任務から主人公を降ろしたいという気持ちと同時に、ここで永遠の別れになるなら自分と同じ世界を見ていてほしいとも思ってたと思うんだよなぁ。
そしてその後、口先だけで信仰を語る上司がその役に選ばれるも宗教過激派の自爆テロによって宇宙船ごと爆死するのは非常に皮肉めいているし、ある意味胸のすく思いもするし、もの悲しい気持ちにもなる。
そしていろいろあって主人公を見出してスポンサードしていた富豪が北海道に建築していた宇宙船2号機によって主人公は謎宇宙に旅立ち、そこで父親の形をした宇宙人と交信し戻ってくるも地球では宇宙船は単純に落下していただけで何の証拠もない。
選考会に似た、今度は聴聞会で「ホンマにあったんや!」と訴える主人公に対して「でも証拠ないじゃん」と詰められ「何の証拠もないのに信じろっていうのは科学的な態度なん?」と問われたときに「確かに幻覚を見ていた可能性はある」と素直に認めるの科学者としての矜持があっていいなぁと思ったし、それを認めた上で「私は証拠がないものを信じてこなかったけど今はわかる。信じてほしい」と涙ながらに訴えるのには正直胸を打たれた。そして宗教家のパーマーが「宗教も科学も世界の真理を解き明かすためにある。僕は彼女を信じる」といったのもよかった。
科学にわかは宗教を馬鹿にしがちだし、宗教は科学を忌避しがちだけどそういうことじゃないよな。そこにあるのは人なんだよなぁってメッセージはかなりよかった。
そして「落ちただけ」の彼女のポッドの内部の記録時間が「18時間」あったことが明かされ、科学も彼女を見捨てていなかったことが分かり、彼女はまた研究に戻り、彼女の父と同じように次世代に科学の種を植える作業を行うというエンドもよかった。
と言うわけで全体的にメッセージはよかったんだけど、SFパートはう~んご都合主義的っていうかエンタメやりに行き過ぎてるなぁと感じる部分が多かった気はする。最初はノイズみたいだったけど周波数を理解したら映像になって、その映像がヒトラーの初のテレビ放送だった!とか、実はその映像に秘密文書が隠されていた!とか、秘密文書を3Dで組み合わせると宇宙船の設計図が出てきた!とか、完全に組み合わせると中に人類が描かれていた!とか。
さすがにわかりやすくしすぎじゃないか?ここまで整合性を取られると逆に陰謀論めいてくるというか。
宇宙船が起動してからのCG盛りだくさんパートは正直、ノイズだったなって。あそこで彼女がとても信じられないような思想を根本的に揺るがすような超常的な現象に遭遇して変わる必要があるという映画的な要請は理解できるんだけど、宇宙人が父親の形(主人公の意識を読み取ってということだろうけど)しているのもそうだし、そこで彼が語る内容も正直、ナンダカナーって感じだった。
地球上でいろんな通信が行きかってて騒がしいところからどんどんズームアウトして無音の宇宙に行ってそこから星雲に行ってその星雲もまた宇宙の一部でと無音でどんどん宇宙の規模が広がっていって最後に幼い日の主人公の瞳になるっていうオープニングシークエンスがめっちゃよかったのでそこだけでも見て。
この映画、もう30年くらい前の映画でインターネットは研究所でちょっと出てくるだけなので、今だったらどうなっちゃうのかっていうのはすごく考えさせられたし、逆にそういうのがない非常にフィジカルな時代だったからこその研究所を囲んでフェスっちゃう感じもなんかよかった。映画化までは全然してほしくないけど脚本家の人まだ生きてたら現代に同じ設定で書いてほしい。
複雑な気分。
あのレブレサックが。あの人間大好きのガボからして、憤懣の果てに『もういいよ……』と見放す発言に及んだレブレサックが。あのナンバリングタイトル胸糞ランキング不動のエースであるレブレサックが。あの魔王の唯一の善行はレブレサックを封印した事、とまで言われたレブレサックが。
いや、正直期待してましたよ? リメイクでエリーやレブレサックやラグレイになんかフォローが入るの。
しかしですね堀井先生、なろうを愛読する世代が求めてるのは更生じゃないんです! 断罪なんです!
主人公にディスったクソ野郎に求めるのは謝罪よりも処刑なんです!
レブレサックにはクズのまま突っ走って、恩人である主人公をコケにされた砂漠の女王が山越えて攻め込むような展開なんです!
親友にして想い人である主人公に舐めた真似されたグレーテが魔法兵団率いてレブレサックを更地に変えるような展開なんです!
……まあ、クズのままにしておく選択肢もあるけど、流石に選べないよなこりゃ。
うーん、複雑。ある意味、人間は環境次第で良くも悪くも変わりうる、という新たなテーマを入れ込んだとは言えるかもしれんけど、レブレサックの場合は元々『世代交代』そして『記憶を継承する事』という大きなテーマがあったんだよなあ。
レブレサックというのは、一度は教訓を残そうとして残すのに失敗した村であり、同時に子供達が大人の言う事を盲信せずに、2度に渡って間違いを正そうとした村でもある。
正義や正当性の在り処とは別に、共同体の一員として妥協しなければならない事もある、という厳しさをテーマとして持っていた村なのだ。神父の2度の選択からして、『真実を尊重する選択ではないが、村人のためを思うなら是非もない』という消極的な善でもあったのだ。
その辺考えると、主人公の選択により教訓の継承に成功した事で、現代レブレサックの子供達はある意味で見せ場を失って親も疑う必要がなくイジメもしない単なる無邪気な子供と化しており、主人公という外から来た異分子を触媒として親離れを果たした以前の頼もしさを覚えている身としては、
(まるで成長していない……(;・`д・́)...ゴクリ...)という感が否めないのである。
まあ、いいか。ヌルスケもレブレサックが良い村だから骨を埋めたんだろうし。
いやー、あの原作もよかったけど、移植されるたび評価が下がる1&2を、良くぞここまで練り上げてリメイクしてくれた。
今まではドラクエランキングを見るたびに『最高は2なんだよ……(次点で7)』と心の中で呟くしかなかったのが、今作をプレイした後なら堂々と言える。最高は2なんだよ!(次点で7)
序盤で『ロンダルキア王国』とかいう名前が出てきた時には、また妙な新設定ぶちこんで来たもんだと思ったが、
終わってみると決戦に向かう終盤なんてロンダルキア王国物語だったな。
ネタバレは極力避けるが、原作でも最後のベースキャンプとなるロンダルキアの祠の神父の『光、あれ』という最初にしか聞けない渋いボイスが、本作のベストボイスで、なんかそれだけで泣けた。
話がそれたが、エンディングの慕われてるあの人でも泣けた。(ネタバレなので書かないが)
真エンディングについては、本当に書かないどこ。
それにしても、CMやら見てた時は、海底はお使いクエスト的に追加されたのかと思ったら、第2のワールドマップとして全世界が対象になってて大満足だった。ドラクエ2って、移動が不便なせいで、世界の広さを感じられたんだよね。昨今はルーラが便利になってしまったのであんまし苦労しなくなったけど。
サマルが、のんき者というより、どっかおかしいんじゃないかと思われる性格になっていた。
躁状態に近いというか、「いただきまーす」っておまえ、曲がりなりにも生命のやり取りだよね……?
あとムーンが原作より健気になってたな。原作では最初にパーティに加わる時以外に、エンディングで一度だけ会話する機会があり「こんな性格だったのか」と印象深いのだが、そこからは王子2人を相手に遠慮なくズケズケ行ってた明るい子なんだろーな、という雰囲気があり、ゲームブック版のムーンの性格などはそれに準拠してるのか、とても強気かつ強情(一部では酒豪)な性格付けがされてたのだが、本作では折り目正しいというかハーゴン相手でも『あなたの悪行もこれまでです』みたいな威厳を払っている様子だった。
俺の中では、ムーンがハーゴンにかける第一声なんて「アンタがハーゴン? ずいぶん奥に引きこもってくれたおかげで時間かかったけど、とうとう追い詰めたわよ。覚悟はいいわね?」くらいの勢いで、リーチに入ればいかずちの杖でボコ殴りにしてローレやサマルに羽交い締めで止められるキャラ付けだったのだがな。
さすがに原作の性格のまま全編フルボイスでは王子2人が気の毒過ぎたのか……。
■印象に残ったボスについて
本作は、中ボスが多いし強い。まあ、昨今のドラクエはボスが多いから、昨今並みに引き上げられたのだろう。
しかし、強い以上に、唐突に戦闘に入るのが苦労する理由。『これ以上進むとボス戦になるなー』というラインが明確ではない。
もちろん、『そろそろボス出そう』というのはあるのだが、最後の一線が見えない。扉開けたら問答無用で会話が始まってそのままボス戦になだれ込む展開やら、ボスのいる広間に足踏み入れると問答無用で(中略)ボス戦になだれ込む展開やら、『あと一歩進んだらボス戦だから準備しよー』というラインが見えないので、2度ほどMP枯渇状態でボス戦に突入して全滅した。
で、印象に残ったボスだが、
満月の塔のやつと、ムーンペタの水の紋章のやつと、幽霊船のやつ。
位置付け的にイキった雑魚みたいな出方したくせに、鬼のように強かった。いやー、マジで強かった。2度と戦いたくない。
もちろん、レベル80に到達した今となっては秒殺だろうけど……。
あと、アトラス・バズズ・ベリアルにもキャラ付けされてたの良かったな。
バズズは、典型的な『おちゃらけた性格と見せかけて本気出すと怖い』やくざみたいなキャラかと思ったのだが……。
■武器について
本作は武器が原作より遥かに充実してるので、原作で存在感が強かった武器が空気化している。
いかずちの杖とか、水のはごろもとか、原作と同じ方法で手に入るが、性能的にもっと良いの持ってるので結局一度も使わなかった。悪いなドン・モハメ。不思議なボレロの消費MP半減というメリットの前では、多少の防御力なんてどーでも良いんだわ。それに、原作では属性攻撃という概念が薄くて炎吐く敵がメッチャ強かったから、炎攻撃に強い水のはごろもに意味があったが、今は吹雪やら稲妻やら色々飛び交ってるからな……。
そして、1では大いに役に立ったメダル王だが、2ではろくなものくれない。
■とった戦法について
素直に戦うと負けるようなボス戦では、全ての実でドーピングしまくったローレが『におうだち』で攻撃を受け切り、その間にサマル兄妹とムーンが補助魔法で戦闘態勢を整え、3ターン目辺りから集中的にダメージを与える、という手段をよく使った。
無限の回廊を突破してHPとMPに余裕がでてからは、何があろうと1ターンやそこらで全滅することは無くベホマズンが間に合うので、1ターン目でローレは究極奥義準備、ムーンはやまびこの帽子でローレにバイキルト二重がけ、サマル妹はやまびこの帽子でボスにルカニ2重がけし、2ターン目以降はローレは特攻、サマル兄はベホマズンという基本戦法で大体4000位のダメージを与えられるようになった。
■総評
いやー、神リメイクだった。
2のファンならやって損はない。
ただ一点、今までは『ストーリーが空気ゆえに想像の余地が大きかった』事も魅力の一つだったドラクエ2も、これでストーリーや各キャラの性格が明確化してしまったので、想像で補う遊び方はできなくなったかな。
3人の関係性とかね。
最初からこの作品だったら、破壊神を破壊した男とか描かれなかっただろうね。
俺の中のドラクエ2の主人公たちは、少しだけ性格や関係性が本作とは違うんだわ。
とはいえ、今まで世に出された『ドラクエ2ストーリー』の中では文句無しに最高の1本であったと認定したい。
スタッフお見事でした。
選定基準
『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います』に似ているので読まなくて良し
『弟のように思っていた年下幼馴染、実は女の子でした〜知らずにルームシェアを提案してしまった俺の末路……全部幼馴染の計算通りだったようです〜』に似ているので読まなくて良し
『モテたいので俺をパーティーから追放してください!』に似ているので読まなくて良し
『妻に浮気された夜からJKと同居することになりました。しあわせに暮らしているので今さら謝られても相手にしません』に似ているので読まなくて良し
『最強古竜の養子、常識を学ぶため入学し無双する~え、俺の母さんが伝説のドラゴン? いやいや、ただのトカゲですよ~』に似ているので読まなくて良し
『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』に似ているので読まなくて良し
『弟のように思っていた年下幼馴染、実は女の子でした』に似ているので読まなくて良し
『宮廷テイマー、コストカットで追放されて自由を得たので未開拓領域に使い魔の楽園を作ることにする ~竜も馬も言うことを聞かなくなったから帰って来いと今更言われても……もうエルフと同盟を結んだので……~』に似ているので読まなくて良し
『Sランク冒険者パーティーのサポート役をクビになった俺は、念願の錬金術師となりスローライフを送りたい』に似ているので読まなくて良し
『敵国のワガママ皇女の従者として仕えた僕は帝国から逃げ出す事にしました 実力を隠して自由都市で悠々自適に生活します』に似ているので読まなくて良し
『引きこもりの義妹が大人気VTuberなんだか配信を切り忘れて俺との会話が放送されてしまった〜内容が完全に放送事故で義妹のブラコンが完全にバレてしまった件〜』に似ているので読まなくて良し
『魔女と傭兵』『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』『我が焔炎にひれ伏せ世界』のキメラなので読まなくて良し
『断罪された悪役令嬢が送られてきますが、修道院はゴミ箱ではありません!』『失格聖女の下克上 左遷先の悪魔な神父様になぜか溺愛されています』のキメラなので読まなくて良し
『外れスキル〈チート・デバッガー〉の無双譚(バトルログ) ワンポチで世界を改変する』に似ているので読まなくて良し
『最強出戻り中年冒険者は、いまさら命なんてかけたくない』に似ているので読まなくて良し
『冒険者ライセンスを剥奪されたおっさんだけど、愛娘ができたのでのんびり人生を謳歌する』に似ているので読まなくて良し
というか読みたくても「エラーが発生しました。この小説は作者によって削除されました。」「エラーが発生しました。小説家になろう運営により非公開となった可能性があります。」なので読めない
納得できなきゃ坊主呼ばなきゃいいじゃん
あえて呼ぶって事は葬式にはなんらか宗教的な儀式が必要だと思ってるわけだよね?
ならばそれに見合う対価を支払うのは当然だよね?
ちらっとお経読むだけで何十万円が納得できない、と言う。
それっぽい袈裟ではなくスーツとかでいい?コスプレ袈裟でもいい?
違うんだよね?
でも対価は払いたくない?
は?アホなの?
仏教、お寺の文化インフラを維持するのにもコストがかかるのがわからない?
人がいて組織があれば金がかかる
なにフリーライドしようとしてんの?
日本以外の国では概ね所得の5%ー10%が宗教コストに費やされます。
教会とか信者はタダで礼拝できると思ってる?どっから維持費出るんだよボケ、神父牧師は霞食って行きてるとでも?
きっちり徴収されてるの、タダじゃねぇよ、当たり前だろ
創価学会だと葬式はタダなの。葬式のための個別のお布施は無い。
毎月きっちり10%差っ引かれてるんだからw
この一年間同棲生活を体験し、また周囲も結婚出産が当たり前になってきた今、「結婚・出産」で幸せを掴んでいる人が羨ましいという気持ちが高まってきたため投稿する。
羨ましいというと「自分ができないことを実現している人への妬み」と捉えられる。
これは間違っていない。
ただ、正確には自分の場合、「自分が結婚をしたいと思えない=マジョリティになれないゆえに、マジョリティである人々に羨ましさを感じている」という意味だ。
この歳で独身、かつ同棲しているというと「結婚は?」と聞かれる。「結婚は?」と聞くのはタブー視される時代だが流石に同棲しているとなると結婚も想定していると思われるので、聞くハードルも下がるらしい。
しかし自分はいつも上手く答えられないでいる。というのも自分にとって同棲は(多分結婚に向いていないな…)と自分の性質を薄々予感しながらも、本当にそうか確認する試みだったからだ。そして予感は的中した。
自分はこれまで
いずれも経験したが、②が圧倒的に向いていた。とにかく、仲の良さに関係なく人が家にいることへのストレスを感じてしまうのだ。
人と暮らすことで得られるものはもちろんある。会話が増えて楽しい。気軽に一緒に出かけられる。楽しかったことを共有できる。
それに恥ずかしながら自分は、人と暮らすと人に家事を任せてしまうタイプのようで、実家では母に、現在はパートナーに家事のほとんどを任せている。とてもありがたい。
母は料理が上手く、パートナーはお菓子作りが上手い。また、自分が仕事の付き合いや友人関係で深夜帰宅や外泊が当たり前にも関わらず、自由にさせてくれる環境にある。
それでも、圧倒的に一人の方が楽だと感じる。
帰宅が遅くなるというひとつの連絡が面倒だ。洗面台は自分が出かける準備をするときに確実に空いていてほしい。
一人暮らしなら家事もする。料理も得意だ。いつでも好きなものを好きなときに食べられる。誰に何の断りもなく遊びに行ける。それが嬉しくて楽しい。
そして何より、寂しいと思わない。
一人暮らしで偏頭痛の発作を起こして痛みに泣きながらのたうち回っているときでさえ、このまま死ぬという可能性もあるのだろうとぼんやり思いながらも特にそれが嫌だとは思わなかった。
今から一人暮らしに戻ったとしても、最初は寂しさを感じるかもしれないが、多分すぐに一人の気楽さがやっぱり楽しいと思ってしまう自分が予想できる。
結婚をするメリットなどをネット記事などで読んでもピンとこない。強いて言えば、このまま賃貸暮らしは定年後に暮らす場所がなくなりそうで不安なので、パートナーと家を買い老後の居場所を確保した方がいいだろうということくらいだ(一人でマンションや家を購入できるほど余裕があるわけではないため)
「心から好きな人に出会えていない」という可能性も考えたが、そもそも自分は人を好きになりにくい。学生時代に燃えるような恋をしたがそれも二人ほど。穏やかに付き合えた人が今の人ともう一人。交際人数にカウントできるのは以上四人。
あまりにも人を好きになれないので告白されたら断らないということを試した時期もあったが、乗り気でない交際は互いに不幸な結果に終わり、それらはカウントしていない。
とにかく、自分が乗り気になれないことはしたくないという性格もこの問題に根深く起因している。
乗り気になることしかしたくなさすぎて、仕事≒趣味のようになっている。
よく「仕事と趣味は分けた方がいい」というがこれは私には当てはまらない。
好きなことを仕事に据えられたことは自分にとって相当な幸せであり、だからこそキャリアを中断させられる可能性のある出産にも消極的だ。
子どもは大好きで、若い頃は絶対にほしいと思っていたが、仕事に飽きて「そろそろいいかな…」と思える気配がない。
もちろん将来のことを考えれば、いずれ仕事に飽きてもういいかなと思ったときに子どもが産めない年齢になっている、なんてことは十分予想できる。
ただどうしても今楽しいことを止められない。
子どものことを考えたら結婚一択だが、踏み出すほどの衝動はない。こんなことを言っては申し訳ないが、身体的な面で仕事が物理的に中断されない男性だったら、もう少し結婚に前向きだったかもしれない(とはいえ一人の楽さもデカい)
世の中の多くの人が幸福だと感じる「結婚・出産」に対して感じるデメリットの方が大きいのだ。あの幸せイメージ図の中に自分が当てはまらない。自分に似合う服ではないと感じる。
言峰綺礼とは神父でありながら、世の人々が美しいと思うものと真逆のものに心惹かれてしまうように生まれついた男だ。
彼は生まれついた自身の感覚と世間の人々とのズレに葛藤していた。
葛藤の中身はまったく違うが、世間の人々との感覚のズレ、孤独感…みたいなものを自分も覚える。
独身が楽しいというと、強がっているといわれる風潮がまだまだあるが、それは多分当たってないが間違ってもいない。
多くの人が普通にできていることができない、心惹かれないことは悲しい。世間からの疎外感がある。「強がりだ」などと心ない言葉を言われることも増える。
楽しいことは事実であり一人が寂しいと思ったことはないが、「そんな自分がおかしいのでは」と思う感覚が嫌だ。マジョリティでいられた方がこのような煩わしさとは無縁で楽だったのにと考え、マジョリティに嫉妬してしまう。
結婚・出産を選択したゆえの悩みはもちろんあるだろうし自分の方がよほど気楽だとわかりつつ、そもそも土俵に立てない虚しさがある。
ちなみに、パートナーに結婚を考えていると言われたときも濁してしまった。相手も「形にこだわらない」と言ってくれているが、合わせてくれているだけかもしれないし申し訳ないと思う。
いい歳して厨二病のようだが、もうずっと悩んでいる。答えは出ない。
火球の詠唱を終えた俺――レオンは、手を震わせながら呪文を放つ。
「――ファイア・スパーク!」
赤い光弾が放たれ、見事に的を外れた。
弓使いティナの怒声。
「お前また外したのかよ、見えてんのか!」
僧侶リリアが呆れ顔で回復魔法をかける。冷たい光が肌をなぞった。
俺は唇を噛んだ。何度目だ、この流れ。
誰も俺の目を見ようとしない。
この旅が終わる頃には、俺の居場所もきっと――
「このままだと、次の遠征は厳しいな」
ただ一人、リリアが言った。
その声もどこか、遠い。優しさではなく、哀れみの距離だ。
俺は薪を見つめてうつむいた。
――ああ、もうすぐだな。追放。
そう思うと、胸の奥に何かが沈んでいく。
悔しさでも悲しみでもない。ただ、空っぽだ。
門の前で、カイルが振り返った。
「おい、レオン。お前は荷物番でいいな。中は聖堂関係者しか入れないんだとよ」
「……わかったよ」
言い返す力もなかった。
ただ、指先がじんじんと熱い。
焦燥、怒り、恥。いろんな感情がごちゃ混ぜになって血を焦がしていく。
見えない何かが、皮膚の下で暴れた。
視界が一瞬、真っ赤に染まった。
次の瞬間、背筋を貫く灼熱――。
体の奥から、脈動する力が溢れた。
鳥が羽ばたくように、鼓動が強くなる。
笑いがこみ上げた。
追放でも、蔑みでもいい。今に見てろ。
この力で俺は、全部の立場をひっくり返して――
リリアの声で我に返る。
振り向くと、仲間たちが戻ってきていた。
全員の表情が、違っていた。柔らかい。優しい。まるで別人。
「今まで、本当にごめんな」
カイルが膝をつく。
「神父様に教えられたんだ。人を大事にすることを。お前は、俺たちの仲間だ」
「……レオン、ごめん。私、ひどいこと言った」ティナの声が震える。
ライオも眉を下げてうなずいた。
リリアは静かに微笑んで、そして俺の近付き、ふいに俺の腕を取った。
驚いて顔を上げると、彼女は目を細めて言った。
そのまま軽く抱き寄せられる。
心臓が跳ねた。
頭の中が真っ白になる。
リリアの髪が頬をかすめ、熱が一気に耳まで駆け上がる。
数秒が永遠みたいに伸びて――
そう言ってほほ笑み、離れていく手。
……今でも温もりが残ってる。
ていうかこの流れ――
街の鐘が鳴った。
それは祝福の音にも、呪いの音にも聞こえたのだった。
ここ10年の日本を見て、なぜバテレン追放令が起こったのかがリアルに分かった
西洋の影響で、自己中心で日本人が日本人離れして融通がきかなくなったのが原因だと思う
外国人が大量に流入して、彼らの価値観で街の中をかき回してネットに上がっている
それはまさに侵略。そういう問題意識は自分としては参政党とは結びつけていなかった
政党政治への失望は持っては居たが、国民の投票行動がそこにあったとは
棄教させるべきだ
といっても何を棄教するのかも分かっていないだろう
後者は野放図にいわゆる他者が他の他者の領域に侵食していくことを表す
それで衝突が起こる
まさに今起こっていること
金が入るのだからいいではないかというのは個人意識しかない西洋の認識
監視されているのに迷惑行為をし、ズケズケ物を言うことが起きてしまう
知識として他者の特徴を知ることは重要だが、そこに侵食という概念が元々ない
だからフェレイラ神父は最終的にそこを理解することの極地を得て、日本文化を理解するに至った
西洋的に「他者を理解する」ということは、「他者を自分の言語体系の中に組み入れる」ということ