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はてなキーワード: サブカルとは

2026-05-09

オタク定義ガバガバすぎる

二次元に興味があっても無くてもオタク

独特の言葉遣いをしててもしてなくてもオタク

社会性がある無しに関わらずオタク

体育会系でもヤンキーでもオタク

ただしサブカルオタクじゃないし、

オタクマナールールを守るので犯罪を犯した者は自動的オタクではなくなる

こんな感じのガバガバ定義なのに迫害された、というのは誰が誰に?という話になりかねない

迫害されたというならいつだれが、だれに何をもってされたのかを明確にすべきだと思う

2026-05-08

anond:20260508230548

マウントの取り合いがサブカルの発展を支えてきたからそれは間違い。

漢字がなぜこんなに種類が多いのかと言うと昔の知識人マウントの取り合いをしてきたからだと国文学の偉い人が言っていていたが、文化の発展において他人を出し抜こうとする激しい野心は悪い事ばかりじゃないんよね。

しろ浄化が進んでマウントの取り合いが忌避されるようになってからサブカルメインストリーム境界線曖昧になり消滅しかけている一面もある。

お前も明日から浅いやつを見かけたら「浅い」とか「ニワカ」とコメントをするように

真面目になったらサブカル死ぬ

と思うんだよね。

出版区の企画ヴィレッジヴァンガード永野が行く回のコメント欄見たら「浅い」とか「ニワカ」とか書いてるやついたけど、サブカルってそういうもんじゃん?

流れを上っ面だけなぞってコンテンツのビーチで水の掛け合いをするのがサブカルでしょ。

そっからディグって深めていくのはオタク仕草だよ。適当に腐して適当言う態度悪い眼鏡のヒョロみたいなのがサブカル住人じゃん。

こういうナンセンスで眉を顰めるような仕草古典的「粋」こそが東京サブカルであって、サブカル内の評論駄サイクルの足元も見えずにライブハウス小劇場の駄サイクルを貶すんだよ。

賢しいふりをしたがる現代人にはウケが悪そう。

からサブカルは死んだ。メインカルチャーに成り代わったわけではなく、現代人の性質の変容によって

2026-05-07

サブカルチャーどこ

昔の漫画読んだら「サブカル」って言葉が出てきて、そういやサブカルチャーって言葉つのまにか消えてね?と気付く。完全に失念してた。

サブカルチャーきみは何処へ

【探しています】かつてサブカルチャー、サブカルと呼ばれていた言葉は今なんと呼ばれていますか?

[]社会学者アホ発言

Xやメディアで目立つ文学的批判理論寄りの事例をピックアップ統計因果推論重視の実証派とは対照的に、「構造批判」「ナラティブ」「弱者発見」が優先されやすパターンを示します。

1. 上野千鶴子東京大学名誉教授ジェンダー社会学フェミニズム研究第一人者

代表的発言例1(2019年東大入学式祝辞


「あなたたちが『がんばったら報われる』と思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。」
「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。」
(全文は東大公式HP掲載医大不正入試を挙げ、女子学生の入りにくさを統計で指摘しつつ、新入生に「恵まれ環境のおかげ」と諭す内容)

代表的発言例2(家事労働論)


家事は不払い労働」「愛の行為からお金に換算できない」で本当に正しいのか? → 断固として「不払い労働」と呼ぶ。
(1980年代から一貫。家父長制と資本制の搾取構造として位置づけ)

分析(該当カテゴリ)
日本人原罪論・体制批判ダブスタ寄り

努力個人責任を「環境のせい」に還元し、弱者発見を強調。統計医大合格率1.2倍)を挙げるが、解釈は「構造女性抑圧」一色で、男性努力逆差別(例:理3類の微妙数字)はスルー家事「不払い労働」論も、男性家事育児負担増やDV被害男性データ無視しがちでダブスタポストモダン的「客観性への懐疑」を体現し、「がんばっても報われない社会」を前提のナラティブ優先志向

2. 田中優子法政大学名誉教授・前総長社会学者・論客

代表的発言2024年10月立憲民主党集会

高市早苗氏について:「安倍さん女装して現れた」「言っていることは安倍さんのものだ」「女性がどういう歴史を歩んできて、どんな目に遭って今まで生きてきて、政治がそれに対して何をしないといけないのか一度も考えたことないのだと思う」「だから、中は男でしょ。安倍さんでしょ」
(会場爆笑TBSサンデーモーニング出演者としても知られる)

分析(該当カテゴリ)
ダブスタレッテル貼りの極み

通常なら「女性政治家への性差別」「属性攻撃」「トランスフォビア」と猛批判する側が、自ら女性議員を「中身は男」と貶下。女性首相誕生を「恥ずかしい」と選別し、政敵イデオロギーを「女装」喩えで攻撃フェミニスト権威を盾に、都合の悪い女性を「名誉男性」扱いする典型古市批判の「文学的路線を超えた、感情的属性依存イデオロギー亡者ぶりが露呈。

3. 本田由紀東京大学大学院教育学研究教授教育社会学

代表的発言2026年5月頃、X/note)
國武氏の女子反対論文に対し、note記事引用・共有

女子枠に反対するのは弱者男性ワガママ」「ミソジニールサンチマンに溢れた快哉を叫ぶコメント」
(UNESCO報告書を巡る議論で、反対論を「弱者男性ワガママ」と一蹴)

分析(該当カテゴリ)
レッテル貼りダブスタ

女子枠(ポジティブアクション)を「構造的抑圧是正」と位置づけ、反対意見を即「ミソジニー」「弱者男性ワガママ」と人格攻撃教育社会学者としてデータ格差統計)を使うはずが、相手動機を悪意で決めつけ、議論封殺。 **弱者男性の「ワガママ」を問題視しながら、女性枠優先の「ワガママ」はスルーする二重基準

Xで炎上したのは、まさにラベリング理論悪用例。

4. 西田亮介(東京工業大学准教授政治社会学メディア論)

代表的発言2020年学術会議任命拒否問題時)


「なんで、いま、みんな日本学術会議に関心を持ってるの? 新政権ツッコミどころからというだけでしょう」
(菅政権批判文脈投稿学問の自由より「政権叩き」の文脈を強調)

分析(該当カテゴリ)
権威主義・体制批判左翼への迎合

学術会議を「専門家」の聖域として守り、外部(政権批判を「新政権ツッコミどころ」と一蹴。自分たち権威を盾に、任命拒否自体問題視しつつ「本当の危機大学改革」とずらす。ポピュリズム非難しながら、左派迎合的なナラティブを優先。実証派なら「学術会議実質的影響力や再現性問題」をデータ検証するはずが、イデオロギー優先。

5. 小熊英二慶應義塾大学総合政策学部教授歴史社会学

代表的傾向(ネット右翼論・構造批判)
2015年朝日寄稿

ネット右翼の数はネット利用者1%未満」「愉快犯」「言説の広がりは深刻」。
近年も『日本社会のしくみ』などで「大企業型・地元型」の暗黙ルールや二重構造批判し、右傾化ではなく「左が欠けた分極化」と分析

分析(該当カテゴリ)
体制批判歴史修正寄り

日本社会の「暗黙のルール」やナショナリズム構造的に解体するが、自陣営左派)の歴史解釈絶対化ネット右翼を「少数愉快犯」と矮小化しつつ、反対意見の広がりを「深刻」と警戒。データ調査比率)を使うが、解釈左翼迎合で「日本人原罪論」の延長。

6. 宮台真司東京都立大学教授など、数理社会学文化論)

代表的発言傾向
90年代

援助交際主体的選択」「まったり革命」と肯定的論じる(後に一部修正)。


近年

安倍銃撃事件統一教会問題を「世直しとして機能した」「安倍の死で瓶の蓋が取れた」と発言

分析(該当カテゴリ)
体制批判左翼への迎合・Whataboutism寄り

初期はサブカル肯定的だったが、近年は統一教会安倍批判で「構造問題」を強調。事件を「自力救済」の文脈に置き、社会包摂不足を政権のせいにする。データ非正規雇用拡大)を使いつつ、左翼迎合イデオロギー優先。

総括


これら発言共通点は、統計データを使いつつ最終的に「構造」「権力」「弱者ナラティブ」で締める文学的アプローチ

ダブスタレッテル貼り特に目立ち(田中本田)、権威を盾にした体制批判西田上野)が学問看板を借りて活動家に寄りやすい。Xで目立つloud minority。実証派(計量社会学)は論文勝負してるから静かだが、社会学を「科学」に戻すにはこうしたアホ発言構造問題を暴くしかない。

続き:社会学者の分類と傾向

https://anond.hatelabo.jp/20260508122537

2026-05-01

オタクVSサブカル兄弟喧嘩

俺は今でこそサブカル系音楽映画が好きだが、10代の頃はずーっとアニメを観ていたオタクだった。

中高生の頃はスクールカースト底辺だったか自分の席でコソコソとラノベを読み、教室の隅で数少ない同好の士と今やってる

アニメの話に花を咲かせる学校生活だった。

当然音楽映画には一切興味なかったし、そういうサブカルっぽいものを好む友達もいなかった。

そしてスクールカースト底辺の席は既に俺たちオタクがその多くを占めていた。

残りの席に座っているのは何を考えているんだかわかんないようないわゆる「無」の奴。

歴史的には、オタクサブカルは元は同族で後に分離して、同族嫌悪する関係になったらしいが、確かにそれは実感としても理解できる。

ギターをしょっている軽音部の奴なんか見るといけすかねぇなとしか思わなかった。

決してスクールカースト1軍にはなれないが、2軍、3軍くらいには腰を下ろせたのがサブカル系ではないだろうか。

童貞率もオタクよりきっと低い。

もちろんサブカルの中にもカーストがあるのだろうし、大槻ケンヂの『グミチョコレートパイン』なんか読んでると、音楽映画は好きだが何の部活も入らず仲間もいない孤独な奴が出てくるので、俺たちオタクに近い位置にいたサブカルも多いのだろう。

からこそ俺はオタクだったがグミチョコ物語には共感した。

しかし、グミチョコの作中でもあるように、オタクサブカルに見下されていたことは事実

同族ではあるが、やはりオタクサブカルは別物なのだ

だってサブカルの人ってアニメ漫画を見るにしても、エヴァとかガロ系とかの、いわゆる(2chアニメ一覧にあるような)質系、アングラ系でしょう。

そういうのも好きだけど、オタクといえば萌えロボット、剣、魔法でしょう。

サブカルがたとえばゼロの使い魔ルイズ萌え~とか言っている姿は想像できないし(例えが古くて失礼)、ガンダム宇宙世紀の年表を熱心に眺めているとも思えない。

オタクサブカル兄弟ではあるんだけど(どっちが兄で弟だ? 多分歴史的にはサブカルが兄だろう)、時代を経て兄弟喧嘩するような仲になってしまった。

余談だが『NHKにようこそ!』はその点で言うとオタクサブカル架け橋する稀有作品だ。

ドラッグメンヘラなどのアングラカルチャー親和的ではあるものの「萌え」のオタクカルチャーをそこに接続している。

ただ、オタ要素はあくま山崎だけであって、作品全体からオタクというよりアングラ空気感が漂うのでサブカル寄り作品ではあると思う。

同時期連載の『げんしけん』と比較すればそれはよくわかる。

NHKのオタ要素は添え物という感じ。

オタクサブカルうまいこと融合した作品がなかなか見つからないなぁ。

元に戻れとは言わないが、反発し合っているとオタクサブカルどっちも好きな俺はおさまりが悪い。

オタクサブカルの違いがこれだ!

なんかネットエロ動画漁ってたらふと思ったのでメモ的に書く。

おれはずっと自分オタクなのかサブカルなのかわかりかねていた。

自認はずっとオタクのつもりだが、どうもイメージの中のオタク像とは異なっているように思えてならない。

まり、「趣味に耽溺してそこに自足する」ことがおれにはできない。

少なくともこの10年くらいはそうだった。

常に自意識のことばかり考えて憂鬱だった!

ハクやウダツ、自分の居場所……そんなことばかり考えてきた。

オタクならこういう悩みは抱かないように思う。

周囲のオタクたちはみな趣味アニメゲーム鉄道アイドル?)に没頭して満足気だ。

リアルの悩みなんてあまりないように思える。

そう考えると、俺はサブカル野郎なのかもしれない。

サブカルって結局、どこまでいっても「リアル」に軸足を置いているから、それを享受する人間リアル固執しているんだよな。

音楽映画、(萌系やなろう系じゃない)漫画アートファッション……。

どれもリアル指向性がある。

大塚エイジの言葉を借りればサブカルは「自然主義リアリズム」で、オタクは「アニメ・まんが的リアリズム」。

興味が現実に向いているか空想に向いているか……。

おれも萌アニメとかロボットアニメとか観てると現実を忘れて楽しくなれちゃうけど、でもそこに耽溺し続けることはできないんだよな。

やっぱり土台にはリアルへの興味がある。

そしてリアルへの興味とは、ハク・ウダツ、富、権力、名声への興味。

消費する側ではなく、やっぱりなにかを生み出す側になりたいんだよな。

クリエイターオタクもいる中で乱暴な整理をするが、要するにオタクサブカルの違いというのは、言い換えるなら、

消費者創作者(になりたいヤツも含む)の違いなのではないか

もっといえばこれはメンタリティの違いだ。

消費者メンタリティ創作メンタリティ

何者にもなれないサブカルでいるより、消費者でいることに自足するオタクでいるほうがいいのかもなと思った深夜4時。

2026-04-29

ローソンエビイカ明太子サラダかいうくっせぇ食い物

見た目がピンクからさっぱり爽やか系サラダかと思ったら

めちゃくちゃ生臭い酒のつまみやったわ

サブカルマッシュルーム子犬ヤリチンかと思ったわ

2026-04-28

anond:20260428123619

その通りだと思う。

サブカル服やロリータ服だけでなく、今まで服に頓着なかった女がレディースファッションに興味を持つきっかけになるからその女を大事にしないと多分未来はないと思う

axes femmeはレディースファッション多様性最後の砦だと思う

axes femme、オタク女御用達とか芋女ファッションと思われがちだが、

あいう特異なタイプファッションを全国展開して地方都市でもロリータサブカルファッションの入門ブランドになってるのはすごいことだと思う。あれこそファッション多様性が生きてる証拠だなと。

多分あれが業績が悪化とかで地方都市から一斉に姿を消してしまったら本当に多様性の死が訪れると思う。頑張って欲しいところだ……

2026-04-26

https://note.com/nawa_10half/n/nc8f7addcec37

昔はWindows100%という雑誌があってだな。なんというかPCでゆるいサブカル作品づくりみたいなのが流行っていた時代が、インターネットができるかできないかという時代にあったのだよ。SNSなんてなくてパソコン通信の人たちがモデレーターボランティアでやっていてゆるくつながっていて、頻繁にオフ会が行われていた時代ですね

BL性的消費でありフェミダブスタ」が通じない理由

よくあるツッコミ「それダブスタじゃね?」

オタク文化サブカル界隈では、腐女子フェミニスト的な主張をすると、「それってダブスタじゃね?」という反応がよく出る。典型的には「女性性的に描くのはダメなのに、BLで男を性的に描くのはセーフなのか?」という指摘だ。

フェミニズム平等思想ではない

この批判がかみ合わないのは、「フェミニズム男女平等」という誤解が広がっているから。実際のフェミニズムは「不利な立場に置かれてきた女性優遇することで是正する」という政治的運動であり、対称性を前提としていない。だから女性男性をいじる表現OK、逆はNG」という非対称性意図的正当化される。

「まともな女」は存在するのか

ここで必ず出るのが「フェミは異常で、普通の女は違う」という反論しか現実を見ると、女性優遇拒否できる女はほとんどいない。女性専用車両、レディースデー離婚時の親権痴漢冤罪が成立しやす環境…。こうした制度文化疑問視せず利用している時点で、フェミ的な思考から逃れられていない。

“アンフェ女”の化けの皮

「私、フェミ嫌いなんです」と言う女もいるが、状況が不利になるとすぐにフェミ的態度に戻る。職場で叱られれば「女だから強く言われた」とにおわせ、恋愛では「女なのにこの扱いはひどい」と持ち出す。こうした反応は文化的に刷り込まれ無意識の甘えから来ており、本人が意識していなくても表れる。

行動で示せない「平等主義」

もし本当に平等主義を貫くなら、女性優遇制度拒否するはずだ。だが現実には、平等を口にしながら優遇はしっかり享受する女性ばかり。「私は違う!」と反論すること自体も、自己防衛としてのフェミリアクションであり、説得力を欠く。

社会全体が支える女性優遇

重要なのは、こうした女性優遇は嫌われるどころかむしろ歓迎されているという点。アンチフェミ自称する男性ですら、結局は女性保護し「女だから仕方ない」と受け入れてしまう。この構造が、女性優遇を強固に支えている。

なぜBL批判は通じないのか

結局、「BL性的消費でありフェミダブスタ」という批判が響かないのは当然だ。フェミニズム平等の実現を目的にしておらず、「女性がより有利になる社会」を目指す戦略からBL男性向け表現を対称的に扱う発想そのものが、彼女たちにとって無意味なのだ

2026-04-22

男女四人組の思い出

最近、男女四人組のあるVTuber動画にハマっている。VTuberは年を取らないから、彼らは永遠に大学生放課後のようなたわいのない会話をやりとりし、失ってしまった青年期の幻影をきらきらと見せ続けてくれる。しかしあるときふと、思い出したのだが、私もかつて男女四人組放課後を遊んでいた。それは学生期よりもはるかに昔、私が小学生の頃だった。

いつから四人組になったかは覚えていないし、いや、ずっと四人組でつるんでいたわけでもなく、何となく仲のいい男子二人と女子二人が時折ユニットコントのように遊んでいた、というようなものだったと思うが、あまりに昔のことすぎて確実ではない。ひとつ覚えているのは、理科実験室での席替えを我々四人だけが拒んだということだ。我々は四人揃って磁場が出るので、席が近いこのままにしてくれと頼んで、何故かあっさりそれが受け入れられた (寛容な学校だった)。小学六年の時の運動会の、四人五脚もこの四人組で出た。四人のうちわたしを含む少なくとも三人はド文化系だったのに、何故かクラスで二番目に早いチームだったから、本当に何かが出ていたのかもしれない。しかし、四人で実際に何を遊んでいたのかというと、今となってはほとんど思い出すことができない。

男二人、女二人の四人組であったわたしたちの間に、少なくともわたしの知る限りでは、ロマンチック雰囲気ひとつとなかった。一度、ひとりの男子わたし教室裏に呼び出して、何か神妙な顔で切り出したことがあるが、お前はオスマン・サンコンを知っているか、という問いだった。明らかに世代ではなかったが、サブカル全般に通じていたわたしは当然知っており、「いっこんにこん」「さんこん」というやり取りを交わし、彼は小躍りしながら教室に帰って行った。

もう一人の男子とは小学卒業後も細々とやり取りが続いた (わたし中学受験東京に出たので、基本的同級生たちと疎遠になった)。わたしは一度彼を中学文化祭に招待して、アニメ版デビルマン主題歌歌詞ってなんか変じゃねという話題で盛り上がった。SNSでも繋がった彼はその後ケモナーになり、TLに時折大量のセンシティブケモ絵を垂れ流していたので、申し訳ないがミュートさせていただいている。でも、ごくたまに飛んでくるリプライには、国語の授業で阪田寛夫の詩をラップアレンジして披露した、小学生にしては非凡な当時のセンスがいまだに光るのを見る。

女子の一人はわたしオタクの道を案内したひとであり、当時わたし彼女師匠姉御か、とにかくそう呼んでいた。彼女はただひとり、わたしと同じ速度で話す女子だったから、わたし孤独にならずに済んだのだった。小学六年生にしてすでにテニプリ同人パラレルファンタジー漫画を描いていて、それはあまりに新しい世界だった。結局わたしテニプリにはハマらなかったが、三歩歩けばテニプリ腐女子にぶつかる学園中等部に進学したから、それは優れた先取り教育でもあった。

無駄感傷に満ちた、あまり記憶曖昧なこの文章を書きながら、わたしは彼らにもう一度四人で会いたくてこれをしたためているのだろうか、と思う。それが叶わないかVTuber動画をぼーっと見ているのだろうかと。でも、もし同窓会なんか開いて、久々に会った一人が、「子供の小受伴走で大変でさ〜」とか切り出したら、テーブルをひっくり返してしまうかもしれない。むしろ、この文章がいつか三人の誰かに届いて、わたしが当時のあなたがたに今も感謝していることが伝わればいいなとだけ祈りのように思う。当時明らかに発達に偏りがあったわたしが、小学校高学年の難しい時期を乗り越えることができたのは、あなたがたという、少し変わったものたちの居場所があったかなのだと。偏差値のような数字の力場に引き摺られることな中学受験を終えられたのは、地に足つかない遊び場が残されていたかなのだと。そうして、同じように難しい時期を迎えている今の子供たちにも、そのような居場所があることを願ってやまない。

2026-04-20

ヴィレッジヴァンガードの奥の棚

辺境の島育ちなので、小学生の頃、家族で出かけるってなったら海かジャスコだった。

家族でよく行くジャスコにはヴィレッジヴァンガードが入ってて姉が好きだったのでよく行ってた。

どこの店舗も同じ構成なのかわかんないけど、入口辺りから店の真ん中くらいまではおもしろグッズとか、文具とか雑貨系があって奥の方に書籍の棚、レジ近くに昔の映画ポスターとかが置いてあった。

私が行ってた店舗最終兵器彼女とかAKIRAとか、あとちょっとえっち漫画があった気がする。

なんとなく近所の本屋さんでは見かけないようなサブカルっぽい漫画たち。

あとなんかよくわからん写真集が色々。

薄暗いそのエリアに行くといつも謎の懐かしさを感じてた。

AKIRA映画を見たり、九龍城砦映像を見たり、夏の入道雲を見た時に感じる懐かしさに近い。

小学生なりに胸が苦しくなるような懐かしさを感じていたけど、今もあの正体はわからないまま。

ヴィレッジヴァンガードの奥の棚

辺境の島育ちなので、小学生の頃、家族で出かけるってなったら海かジャスコだった。

家族でよく行くジャスコにはヴィレッジヴァンガードが入ってて姉が好きだったのでよく行ってた。

どこの店舗も同じ構成なのかわかんないけど、入口辺りから店の真ん中くらいまではおもしろグッズとか、文具とか雑貨系があって奥の方に書籍の棚、レジ近くに昔の映画ポスターとかが置いてあった。

私が行ってた店舗最終兵器彼女とかAKIRAとか、あとちょっとえっち漫画があった気がする。

なんとなく近所の本屋さんでは見かけないようなサブカルっぽい漫画たち。

あとなんかよくわからん写真集が色々。

薄暗いそのエリアに行くといつも謎の懐かしさを感じてた。

AKIRA映画を見たり、九龍城砦映像を見たり、夏の入道雲を見た時に感じる懐かしさに近い。

小学生なりに胸が苦しくなるような懐かしさを感じていたけど、今もあの正体はわからないまま。

2026-04-16

anond:20260414081934

早速2巻まで買って読んだが。

べつに、すごくは、ないな・・・

 

絵はともかく物語人物、設定はよくあるサブカル漫画家の悪いところが如実に出てる

大きな構成稚拙というか皆無

雰囲気だけの行き当たりばったり展開で読み進めても成熟する要素がない。いつまでもペラ

既刊2巻の終盤でもうすでに着地点を見失ってグダる兆候がでてるな

 

読み切りくらいの長さがよかった気がする

2026-04-10

”ようやく『パリに咲くエトワール』を観てきた!”

https://x.com/izutorishima/status/2042196236158316940

ようやく『パリに咲くエトワール』を観てきた!

高年齢層が絶賛するのがよくわかった一方で、現代アニメ表現の到達点である『超かぐや姫!』『花緑青が明ける日に』を観た後だと薄味に感じてしまい、私含め若者向けの作りではないな…と感じた(散々擦られてた棒術マンは本当にトンチキで良かった)

 

Twitterアニメ映画6000人族の皆さんが評価されてほしい…!と絶賛していて期待値が上がりすぎてたのを超えられなかった感はある(あと鑑賞順が逆なら印象違ってたかも)

・単に私がノリきれなかっただけではあるのだが、ドパガキ配信時代に完全適合したエンタメ特盛映画である『超かぐや姫!』を観た後だと、『映画館という一度着席したら逃げられない場所での鑑賞を前提に、序盤45分くらい淡々三人称視点日常パートが続き、その間劇的な展開も掴みとなるエンタメシーンもない』『FIXでロングショットを見せる長回しカットがかなり多い』『良くも悪くも視聴者集中力を信用した作りで、見せ場のバレエシーンや薙刀シーン以外の画面的な緩急が薄い』『撮影処理がほぼ載っていない』などあらゆる方向性真逆で、エンタメ映画を期待していくとかなりズレそう

・その割には尺がギリギリからか、数度ある劇的な転換点となるシーンでもっと余韻や情感がほしい!と思っていたらバッサリ余韻なく次のシーンに行ったり劇的な展開(列車を降りる所とか)の感情ラインケアが少々雑な印象があったり、終始ほぼギャグなしの真面目ラインにしては没入感が削がれる感覚が割とあった

・『絵柄がジブリっぽい』とずっと言われていたが、内容的には(エンタメ映画であるジブリ映画とは全然違う、恐らく世界名作劇場系なので、そこのミスマッチ結構ありそう

初老以降の世代が孫世代の奮闘をほほえましく観て日々の活力をもらえそう、楽しめそうなイメージはめちゃくちゃ想像付く

演出文法も、凝ったレイアウトやキレのある演出というよりはセルアニメ時代オーソドックスなのを志向してそうで、深夜アニメオタクとしてはもっと画面から来る迫気というか、パワーがほしかった キャラの顔が正面向いてるアングルがかなり多く、横顔や背中を見せたりするシーンがあまりないのが印象的

作画は終始良好なものの、2コマ打ち作画はむしろ3コマリミテッドアニメーションのケレン味による視覚的な楽しさを打ち消す方向に作用していて、一般向けにはよいのかもだが、サブカルオタクとしては物足りなさがあった

・TL に流れてきた「子供に見せたいアニメであって子供が見たいアニメではない」という感想がこの作品テイストを端的に表しているきがする

・基本善人しか出てこないし深刻な不和も出てこないので安心して楽しめはするが、この後の戦争や激動の時代を生きると思うと、またパリで一区切りつけて帰国というエンドも、(非現実的すぎない程度の良さもありつつ)素直にハッピーエンドと思えないほろ苦さはあった

・これも私の好みの問題なんだけど、エンタメファンタジーなナーロッパでも、現代を生きる私たちに直接刺激をくれる現代でもなく、史実上の110年前の過去舞台(=物語で描かれないだけで、現代視点では彼女らの人生は確定している)というのが、『この後明らかに苦労して、戦争で夢も一度諦めて、もしかしたら戦争で死んでしまたかもしれないのに、同じ時間戦争が起きている現代を生きる私たち彼女らをみてどう活力にすればいいんだろう』みたいな事を感じてしまった

『辛い戦争を越えても生き延びて好きなことやって再会しました!めでたしめでたし』とかがエピローグであれば何かしら励ましを受け止められれた気がするけれど、実際には『歴史上確定している大惨事』の直前で物語が終わっているのが、どうにも過去に閉じてしまっている感覚があって……やはり最近フィクションに救いを求めたい欲が強すぎるのかもしれない

・『花緑青が明ける日に』の方が人を選びそうではあるけど、個人的にはビジュアルが超良かったのと『現実舞台で、現実に抗えなくても一つ花を咲かせて、自分の納得を見つけてやっていく』というホンのライン結構よかったのでこっちの方が正直好きではあるし、これもまた対照的映画だなと思った

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

・『花緑青が明ける日に』 ほとんど上映終わっちゃってるんだよな

 

2026-04-09

相続税が厳しすぎるので一般庶民家屋を手放して相続放棄するしかないって話がわりと話題になってたけど

今は本当に一部の金持ちけが文化継承できる資格があるのが日本

庶民文化だったサブカルも今は経済的な安定がないと楽しめない

俺たちに残された娯楽はSNS弱者いじめするくらいしかもう存在してない

2026-04-02

pixiv2030年代で終わると思う

pixiv運営無能すぎて愚痴りたいのでここで書く。

今年度から検索機能アップグレードしたらしい。数字を稼ぐために虚偽の情報投稿した作品宣伝目的として過度な量投稿された作品検索から弾く機能だとか。

ハッキリ言ってこんなふざけた機能を今さら出してくる運営には度肝をぬかれた。要するにXでもよく問題にされるシャドバン機能を追加しただけだ。手描き偽装をしているAIイラストへの対策なのだ問題本質をまったく捉えていない。AI問題化してから約3年が経つのにも関わらずいまだにこんなボケた事をして誤魔化している。

問題行為基準もよくわからない。1日1枚ずつAIイラスト毎日投稿し続けるアカウントユーザーにとって迷惑なのか?100ページのAI漫画を1週間に1本投稿するのは問題なのか?

これらは別に問題行為ではないだろう。しかしこのようなまともなAIアカウントも大量に集まれ自然迷惑集団になってしまう。新着欄をAI作品が埋め尽くしてしま問題は変わらない。結局のところ物量による検索妨害は何も改善できないのだ。一部の極端に悪質なAI絵師だけを排除したところで今の状況は全く改善しない。

そもそも今までに同作者の作品をまとめる機能を追加したにもかかわらず状況は改善しなかった。対策として副アカで連投する奴がでてくる始末。AIアカの数そのものが多すぎることが問題なのはここからわかるはずだ。

pixiv作品投稿するクリエイターとそれに金を落とす消費者の間に寄生して収益を得ているビジネスモデルにもかかわらずその両方を馬鹿にしているとしか思えない状況をずっと続けている。コロナ期間には強かった絵師ビジネスも今となっては下火である。下がり続ける閲覧数と負担が増え続けるサーバー代。ユーザーから総スカンをくらうpixivはこれから一体どうやって収益をあげるつもりなのか。

最近運営挙動も怪しくギャラリーの閉鎖やpixivスケッチの終了などあまり金回りは良くないことが伺える。まともに違反ユーザーを取り締まらないファンボックス手数料まで値上げしやがった。以前あったプレミアム会員に広告が表示された不具合も何か小金稼ぎを試していた際の設定ミスなのではないか。なぜAIを完全禁止にしないのか本当に理解できない。

陰謀論のようになってしまったところもあるが結局のところpixivは運良くクリエイターブームに乗ることができただけのサブカルベンチャー企業しかなかったのかもしれない。

もっともなんだかんだ腐っても業界大手投稿サイトなので倒産まではしないだろうがどこかの出版社にでも買収されて吸収合併するのではないかと予想している。今の荒れ果てたpixivを欲しがる企業があるのかは疑問であるが。

pixiv改善するには一度すべてを破壊して最初からやり直すしかないだろう。個人的にはpixiv運営収益妨害しているファンボックス割れサイト応援している。ぜひとも悪質スクレイピング君に頑張っていただき早く今のpixiv倒産にまで追い込んでほしい。

冗談抜きでそのほうがクリエイターを守ることにつながるかもしれない。それぐらい今のpixivは終わっている。

2026-03-30

2026/3月4週LINEオープンチャットはてなブックマーカー」1週間のまとめ

これは何?

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらAI使用し、試験的にまとめまています

要約内容

🩺 健康・体調・メンタル

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💼 仕事職場社会

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💰 経済投資政治

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🍜 食べ物飲食文化

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📱 テクノロジーAIガジェット

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🎮 エンタメ趣味カルチャー

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👪 家族子ども日常生活

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🌸 季節・天気・イベント

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🧠 思想価値観雑談議論

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1週間分の総括

この1週間のチャットは、

生活感のある雑談 × テック経済 × 軽い思想議論が混ざり合った構成だった。

特に特徴的なのは

全体として、

「ゆるい雑談コミュニティだが、話題の幅と深さが広い」状態であり、

参加者同士の距離感の近さと知的好奇心の両方が感じられるログだった。

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https://anond.hatelabo.jp/20240722084249

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2026-03-28

つげ義春漫画サブカル扱いされるのは納得いかなかったな

しろつげ義春漫画こそ「王道」の表現だろう

比較すると、たとえば少年ジャンプに載っている、「ワンピース」のような漫画のほうがよっぽどサブカルだと思うよ

2026-03-27

不倫ワロタのが

女性サブカルインフルエンサー泥棒ニュースで『人のものを取るのはよくないですよね』って書き込んだら不倫してる女がキレて突っかかってきた」

不倫バカって泥棒ニュースとか見てイライラカリカリしてんのか

馬鹿馬鹿しい

chatGPTの回答が「わかってる」人でワロタ

ふいに思いついて、「女優でいうなら、あなたはどんな人がタイプですか?」って聞いたら、

蒼井優

満島ひかり

市川実日子

吉高由里子

と来た。

絶妙サブカルメンツで草

何者だお前、さては30代後半だろ

2026-03-26

[][] ファッションも結局はリテラシーなんじゃ?

シロクマ先生が『なぜ彼らは脱オタファッションに失敗したのか』 的な記事あげてたけど、ファッションについて詳しく語っているわけではない著書を参考にしてきて首を傾げた。

「なんでその話を、その観点から語ろうとするんだ」って感じの記事シロクマ先生はよく書いてる印象だけど、ただ実のところ今回は全く的外れってわけでもない。

そうしてでた見解が、擦り倒された無個性ファッションノウハウを焼き増しでしかなく、ファッションに詳しい人たちはより直接的かつ具体的に語ってきたことだけどな~とは思うけど。

でも、はてブの人たちのファッション感度ってシロクマ先生と近い人が多い印象なので、身内でワイワイする分には丁度いいのかも。


ちなみに俺は「当時あれらにしっかりとした基盤、体系からアプローチが不足していた」のが要因だと思ってる。

あれらはオタクあるあるファッションNG設定にすることが前提で、当時の主流スタイルをとにかくやらせるってのばかりだった。

ああしろこうしろ、あれはダメこれはダメというその場しのぎの説明が前面に出ていて。

「1+1=2です」です、「2-1=1です」、「1+1=3ではありません」じゃなくて、足し算や引き算のやり方を教えないといけないのに。

ファッション流動性の高い分野だから、応用の利かない教え方をしたら容易くボタンをかけちがえる。

そうならないようコンテキスト理解しないといけないし、そのためには知識を蓄え続ける必要がある。


例えば近年あったスニーカーローファー流行ひとつとっても、まずローファー自体流行ってたって前提を踏まえておく必要があるわけ。

じゃあなんでローファー流行たかっていうと、スタイル流行ストリートからクラシックへ変わっていく途中だったから。

流行り廃りってのは、今とは違うものへの移行が常だからね。

でも、そういうものってすぐに切り替わるわけじゃなくて、上から下へ、ゆっくりと流れていく。

から厚底のスニーカーから、いきなりクラシックドレスシューズ流行るわけじゃなくて、段階的にまずはローテクなレザースニーカーだったり、カジュアルよりなローファーが間に入ってくる。

その過程を知っていたら、スニーカーローファーがでてくるのも不思議じゃないことは分かるよね。

しかスニーカーブームが落ちつきつつある時期だからスニーカーメーカーはそこに注力して売れるなら売りたい。

からガンガン作るし、供給スピードが早ければ、あっという間に市場に広まる。

まり流行りきる”のが早いってわけで、その流れを把握していたら「スニーカーローファーブーム寿命が短い」ってのは自ずと予測できる。

流行ってのは、その分野を良く知らない人にまで認知された時が終わりの始まり

でもファッションを“点”で見ている人は「いきなりよく分からないもの流行って、よく分からないうちに廃れた」ように映る。

基礎知識を踏まえつつ、アンテナを張って、アップデートして、点と点を線でつないでいけば何ら不思議じゃない現象なんだけどね。

あえて一言でいうならば“リテラシー”がどれだけあるかって話。


リテラシーが求められるのって、何もファッションに限ったことではない。

それこそオタクならサブカルとか、にわか仕込みの知識披露したり、周回遅れのことをいってる輩にどのような反応をしてきたか、されてきたか

話題アニメ感想を呟き、連載中の漫画感想1話ごとにコメントするような人間が、ファッションにもトレンドがあることは軽んじる。

通常なら働きやすい理性が、ことファッションになると鈍くなったり、そういう言説に同調したがる人が増える。

理由はおそらく、みんな“服は着ている”から

まりファッションスタート地点には自然と立てているか距離感を間違ってしまう。

そのスタート地点から進むためには、普段から運動”していないとマトモに走り続けることができない。


でも、それって体力も根気もいるし、ゴールなんてない。

さっきのスニーカーローファー流行説明するだけでも、順を追って語ろうとするとあれだけ書かないといけない(まるでファッション分かってない人相手だと、あれでも不十分だし)。

それだと説明する側もダルいし、聞く側もダルい

から説明する側は「ある程度は分かってる人」や「前向きに関わろうとしている人」向けの語りをする。

そうじゃない人は今すぐできて、楽で、それやってたら一生OKみたいな正解を求める。

そこに溝ができて、埋まらない、深まっていく。

まあ、それを怠惰と責めるのもお門違いだけど。

だって学校ではファッションのことをロクに教えてくれない。

しか日本学校は大半が制服から、そんなこと意識する必要もないまま大人になれるわけで。

なのに、いざ大人になったらファッションセンスがないだの、ダサいだのいわれる。

そりゃあ「ファッション自由だ」とか「ダサいとかそういうの気にする奴の方がダサいんだ」みたいな定型句に頼りたくもなるよ。

必要に迫られてこなかったものを今さら迫られたところで、ねえ。

それにファッションに限らず、あらゆる分野はピラミッド構造で、関心の低い人ほどたくさんいる。

上層の提言は「お高くとまりやがって」って感じ、下層では「好きなもの着ればいい」の大合唱ができやすい。

そんな環境でオシャレに前向きになるのは難しい。


あと、こういう話のとき、“昔はファッション頑張ってた系”の人が出しゃばってくるの厄介だよなあ。

さっきも書いたけどファッション流動性が高いから、昔の経験で語られても困るというか。

ところどころ言っていることは正しいんだけど、現状を踏まえてないか微妙にズレてて訂正や補足が面倒だし、リテラシーがない人は全面的に信じちゃうし。

そういえば、最近きつつあるプレッピークラシックのようなスタイルを、ノームコアかいってる人がいたなあ。

クワイエットラグジュアリーときノームコアだのいってる人いたけど、派手じゃないスタイルは全部ノームコアに見えちゃうのかな。

……うーん、余談ばかりになってきて書くのも飽きてきたので、今回はここらで終わり~っと。

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