はてなキーワード: カメラワークとは
ゴールデンウイーク迫り来る待ったなしのこの季節!
うーん、
私はどうしようかな?って
いつものそうよ!
もうさ、
聖地巡礼の旅に行きたい一度は見てみたい池袋サンシャインシティの噴水広場!
うわ!
ここがあのステージなのね!とかって一回やってみたいけれど、
それだったら、
わざわざ混んでいる時期の混んでいる都内に突っ込んで向かうよりも
今回も遠出の予定は組まずに粛々と私は積んでいるいや積まれているいやむしろ積み上がっているゲームに立ち向かうことにするわ!って。
これ毎回言っているような気がする大型連休の迫り来るこの日なのよね。
まずはこれ私のメインで今一所懸命やっている背中で魅せるガンガールアールピージーのNIKKEの3.5周年イベントはリズムアクションもそこそこ楽しくプレイしているし、
ネオン:ビジョン・アイの登場で早速のガチャ!はうーん消極的な局面の盤面なの!
アニス:スターでなんだかんだ100連ガチャ回したけど当たらなかったので、
どちらかというと、
そんで、
ゴールデンマイレージチケットで無事ゲットできました!パチパチパチ!
一度試し撃ちに射撃場へ行ったんだけど、
なんか強いのか弱いのかよく分からないけれど、
完璧に強化できていないにもかかわらず、
そこそこ火力出せているのでは!って。
しかもバーストスキルは私の好きな面で広範囲を攻撃する攻撃もできちゃったりして、
これは一気に攻略が加速させられるけれど実際にはまだ加速できない、
完全に最強に強化を仕上げなければ!って思うのよね。
ニケ1機にだいたい、
武装でしょ?
武装もマックスになったらオーバーロードで改造してさらにマックスに強化でしょ?
好感度でしょ?
で場合によってはぬいぐるみをさらにパワーアップさせられるお宝設定があるニケはそれも強化の一つだし、
ほかスペアボディがあれば、
使えば強化できる要素の一つでもまたあるわね。
とりあえず、
できる限りの強化をしてこの火力のネオン:ビジョン・アイなので、
そうなると今までの主力のメンバーも部隊編成考えなくちゃって季節かも知れないわ。
NIKKEってとりあえず、
1日のことやり尽くしてしまったら他やることがない敵が強くて先のストーリーにも進められないし、
イベントストーリーのリズムゲームでもやるかなーってところなのよ。
あれって、
みんなプレイ動画をチラッと目に入ってくるプレイスタイルだと、
高速でやってない?超速いんですけど!
私は私なりにコツコツとプレイして慣れていくしかないわ!ってところがここまた時間がいくらあっても足りないぐらいの曲の量なのでさすがこれからもずーっと遊べる常設ミニゲームね!ってところなのよね。
そんでさ、
そう朝の5時がNIKKEの1日の時間がリセットされる時間で、
もうこれ私目覚ましのアラームなる前にしっかりと目が覚める身体になってしまったのよ。
今日なんかよほど張り切っていたのか、
興奮して鼻の穴が広がってなかなか4時からまたうとうとと寝入ることがなくって、
早く5時にならないかなぁ!って遠足のまるで前日じゃなく当日に眠れない子みたいなのよね。
今回私はもうガチャ撤収したので今回の3.5周年イベントはガチャを回さずにゴールデンマイレージチケットをしっかり戦略的にそしてタクティカルに貯めていたのでそれで無事ネオンが招けて良かったわ!
ホッと一息。
あまりにストール三世の話が良すぎてネオンやったー!って思っていたけれど
相変わらずネオンのどことなくアホっぷりは健在ですっかりネオンのことを忘れていたのに思い出しちゃったわよ。
ああネオンってこんな感じだったなぁって。
で、
NIKKEはいいのよNIKKEは早起きできるようになってメリットしか私にはないし。
次よ!
あれ完璧にハイボール片手で楽しみながらゲームやろうと思っても絶対できないやつ慣れるまでは!って感じで、
真面目に取り組まなくちゃいけないし、
ほろ酔いだとこれ徘徊している雑魚敵にも容赦なくやられちゃうので、
いや飲み始めてまだ酔いが回っていない時に一気にプレイを進めていく!って感じ?
やっと私は2つ目のなんかチェックポイントまで到達してまだ序盤の序盤もいいところなのよね。
あれ焦ってハッキングパネルを開いてディアナにハッキングさせるんだけど、
焦っていると全く操作がおぼつかないのよ。
ひと筆書きのパネルアクションでチェックポイントにマスのカーソルを通過させるだけなのに、
だけなのに!って思ってもなんであんな難しいの?って。
いまだに慣れないヒューとディアナの上手いコンビネーションが活かせられてないわ!
これは厳しい戦いになりそう!
あんなに華麗にプレイできる様になるのかしら?って今から一抹の心配を抹茶味のアイスクリームを食べながら暢気に言っている場合じゃないのよね。
これはかなり集中してやんないとマジ進められない手に汗握るアクションゲームだわ!
自信なくなっちゃうけど。
苦労しそうだわ。
『スプラトゥーン3』というとこれも地味に1日1勝1ガチャは心がけてはいるものの、
プレイの熱量がかなり凹んできていて次に出る『レイダース』に期待がかかるからそっちにもうまた発売されたら目移りして夢中になりそうかも知れないわ。
そして一向に沸き上がらないあの時がマックスだったのか!って思うほどあんなにたくさんあったドラゴンクエストのバイブスだったけど
こっちもプレイが進まない
『ドラゴンクエストVII Reimagined』は宝石色合わせゲームのダンジョン内のパズルが出てきて一気に意気消沈寺の和尚に泣きつきたいところ。
ため息が出ちゃう。
色合わせ宝石パズルをしたくってドラゴンクエストVIIを始めたんじゃないのよ!って言いたいわ。
そんでまた今これ書いている最中まで忘れていたすっかりの
『デス・ストランディング』
おおお!これもやんなくちゃ!
って遺体を焼却処理施設まで運ぶというミッションのところでずーっと停滞してたわ。
肩の荷が重いわ。
別にデス・ストランディングの荷物が重いから大変だ!って言っている意味じゃなくって、
積みゲーが多くて肩の荷が重いって言っている、
そんで、
『シャインポスト』は絶賛ライブビューモード鑑賞は捗っているわ!
これは観るだけなので、
ゲームが進行するとかゲームオーバーになるとかないライブビューモードなんだけど、
今ハマっている鑑賞の方法は、
カメラワークを任せるんじゃなくて、
アイドル注目モードにして池袋サンシャインシティの噴水広場でライブすると
アイドルの後ろ側から観れちゃうところが背中が可愛いアイドル育成ゲームだな!って、
これずーっと見続けられちゃうのでライブビューモードは飽きないのよね。
こんなのばっかりやってるから、
たくさん抱えすぎだわ!
きっと。
ちょっとあまりにも抱えているものがタイトルボリューム大きすぎて、
さすがにこれ全タイトルゴールデンウイークの間にクリアするんだい!って
分かっているわ、
でも何か1つはクリアできなくても中盤ぐらいまで物語を進行させられたらなって思うの。
救う世界が多すぎる。
まあコツコツと頑張るわよ。
うふふ。
これもたまに食べたい私の好きなおにぎりの一つなのよね。
最近見かけてなかったので見付けちゃったのでついつい手に取ってしまった赤飯おにぎりよ。
美味しく食べてしっかりお仕事よ。
月末だわーって声はよそに頑張るわ。
すっきりとして冷たくて美味しい朝の目覚めね。
新しいデトックスウォーターにも挑戦してみたい時期でもあるわね。
ゴールデンウィークもあるし
なにかレシィピ探してみようかしら。
果物売り場へレッツゴーよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ダメ親父とエリート娘とビッチと正義マンとセンセイの織り成すハートウォーミングストーリー。73点。
移民開放左翼過激派のテロ組織に所属する主人公のレオ様と恋人の黒人女は移民収容所を襲撃したり移民局のショー・ペン大佐といろいろあったり、その辺の建物を爆破したりと大暴れ。子供ができてすっかりまったりしてしまったレオ様に黒人女は不満爆発、銀行強盗に失敗して逮捕され証人保護プログラム下でペンの手先として組織のメンバーを売りまくりそのうち逃走。組織が壊滅状態になったレオ様は赤ん坊と一緒に身を隠す。そして13年後、すっかり成長した赤ん坊a.k.a娘の存在を知ったペンはその子供が自分と黒人女の子供であることを疑い始め、彼女を消すために行動を起こす。レオ様は娘を守ることができるのか。
みたいな話ではなかった気はする。
いや、シンプルに面白い映画だったんだけど思い返したらレオ様なーんもしてなくて草なんだ。
最初の移民局襲撃でも外から迫撃砲(花火)を撃っただけだし、その後も基本的に大暴れするのは黒人女メインでレオ様はサポートメイン。子供ができてからも家で子供の世話ばっかりしてて活動の熱意がなくなってる!つって責められるし、娘が大きくなってからは彼女を鍛えてるのはデルトロニキだし。
どうでもいいけど13年後ってなって画面が切り替わったら成長した娘がカラテをやってるシーンになるんだけど、師匠の顔が下から舐めるようなカメラワークで上がっていって13年前のレオ様っぽい髭が映って、でもさらに小汚くなっててレオ様歳とったなぁと思って見てたら堀の深い顔、タレ目、あれ?デルトロみたいな顔になったなと思ったらデルトロだったというアハ体験があった。
その後、ペンの部隊に追いかけられて革命戦士デルトロに助けてもらう時も銃を預かって若手連中と一緒に屋上を逃げるんだけど途中で落下して逮捕される。またデルトロに助けてもらって脱出してペンに捕まった娘を追いかけるんだけど、娘はすでに別の奴に預けられてその後に自力で脱出、ペンは彼を消そうと追いかけてきた殺し屋にやられ、その殺し屋は待ち受けていた娘に殺される。
レオ様なんもやってへん。ずーっと追いかけられて追いかけてドタバタしてるだけ。それでも面白いんだからすごいよ。
じゃあレオ様が本当に何もやってなかったのかって言うとそういうわけでも無くて、黒人女は子供置いて逃げて、ペンは娘を自分の負い目だと思っている中、レオ様だけが彼女を一身に愛してたのね。彼女にはパラノイアと言われながらもテロ組織の知識を教え込み仲間判別機を持たせている。
そのことで彼女は最初のピンチを脱出できるし、その後も自身の身を守り戦う手段を身に着ける。そうして最後にすべてが終わった時にすべてを知った娘は父親でもなかったレオ様に銃を向けて「お前は誰だ」と問い、組織の合言葉を投げかける。その回答が「そんなことに何の意味もない」ってのもイイし、その後に「パパだよ。お前のパパだ」と告げるレオ様に駆け寄るシーンは涙なしには見られなかったね。レオ様は娘がペンの娘だってことは知らない。娘にとってはパパだと思ってたのは本当はパパじゃなかったけど、じゃあパパと呼ぶべき本当の人間は誰なのかっていうね。エモい。
そして娘は立派な革命戦士に成長し、レオ様はちょっとだけ成長して彼女を応援するのだった。最終的に逃げた革命戦士から生まれた娘はダメパパに育てられ逃げない革命戦士に成長したのだった。
そして何とか生き延びた白人至上主義でトキシックマスキュリティの化身だったペンは自分が入ろうと思っていた白人至上主義クラブの最終面接で「黒人女と関係を持ったことはないが、逆レイプされたことはあったかも。俺の優秀な遺伝子が欲しかったのかも」と「男らしさとは・・・」というしょうもない言い訳をつのった結果、"ガス室"送りにされるという白人至上主義クラブジョークで処刑される。
ペンも自分の娘だと分かったとたん服装とか友人付き合いにめっちゃ説教したりやかましくて好き。冒頭から移民を憎んでるんだけど彼をしてやった黒人女に執着して付け狙い遠くから双眼鏡でケツずっと見てたり、そのケツ揉んだレオ様に嫉妬したりと人間らしい矛盾した存在でもあるんだよな。
移民開放とか白人至上主義クラブみたいな社会派みたいな顔してるけどやってることは親子の絆って血のつながりのことなの?という古来から連綿と続く普遍的なテーマを扱っているのがよい。デルトロニキはある意味で言えばもっとも理想的な「血のつながりではないファミリーの長」というショーケースとして登場するし。
あと音楽も超よかったな。無音をうまく使う映画もあるけど今作ではずっとポップな音楽が流れていて耳が飽きない。この作品のテンポ感や展開の割に妙な明るさが常にあるのは今作の劇伴を担当した人の手腕がめっちゃあると思う。なんか賞とれ。
そんな感じかな。161分があっという間だった!はさすがに過言だけどめっちゃ長いって感じるようなこともなく革命家とバビロン、差別主義者とカラード、父親と父親、父親と娘という「誰が悪いかわからない」みたいなことはない割とスッキリした構成で見ていて頭が疲れるってこともない。人間ドラマとアクションがうまく溶け合ったいい映画だったと思うのでオススメ。
①国産
「国産ってキャッチコピーおもしろくね?」 これだけのアイデアとも言えない思いつきで進めてます感がここで既に出てる
当たってるコンテンツは国産とか~~産とか主張しない、そんなブランド無くても当てる
本当に大事な事としてユーザーを幸福、又は便利にする要素のキャッチコピーをつける
国産かどうかはユーザーにとってはどうでもいい、国産ソシャゲと大陸ソシャゲの客数がどうなったかの研究が足りてない
これも内輪ノリと儲けを優先しててユーザーを見てない、このアプリの一番ダメな所は全てユーザーを見ていない所
3Dは確かにコストが高いが、POPOPOから一歩外に出れば大陸のソシャゲや他VRCのboothで売られているアバターがライバルになる
それを今のユーザー達がプラットフォームを選び放題の時代で既に余剰時間もない事が明らかな現代にリリースして
それがこの品質、ぶっちゃけまずデザインの時点で論外 映画監督にカメラワーク監修させてる予算があったらキャラクターデザイナーチームを組んだ方が良い
より高品質なアバターを最初からそろえれない時点で負け、mihoyoにしろ他後続ゲームにしろ、よりとびぬけたクオリティが無いと既存サービスから客を引き抜けないってのはソシャゲで既に起こっている現象
「そういうのを目的としたコンテンツじゃない」って開発側は思ってるかもしれないけど、一般層はそもそもlineとかdiscordとかzoomで良い、スマホの充電を爆速で消耗しながら出来る事がアバター映す事なんて誰も求めていない
③映画のような、は?
カメラワークにこだわりました、何を見てるの?どこを見てるの?映画にはカメラワークだけじゃなくて照明の要素やキャラのシルエットの要素も滅茶苦茶重要なんですよ
カメラワークだけ拘るなんて今どきMV製作者にもできる事で、映画監督じゃないと出来ない事じゃない、そしてそこの品質が良くても3Dアバターがダメなら画的にはダメなものになるし
照明が無いなら意図も無い、コンテンツの浅い表層だけ追ってるからこれが経営層から見てOKが出る事になる
多分競合先としてclusterとVRChatをVtuber配信をベースにして、そことは違う設計のVRSNSを作ろう、というのがスタートだったんじゃないかなと思う
でターゲットを一般層にしたい、自社アバター販売でマーケティングしたい、という解を導き出したつもりだったんだと思う
しかし大前提として一般層は顔出しがOKになってtiktokやyoutubeショートをやっている、子供はrobloxやってるし学生はVRchatをやっていて、Vtuberは自分のアバターで配信するプラットフォームが既にあって、視聴者はVtuberの性格とデザインを見に来て……、一般層向けに作ったアバターは周回遅れで品質の面でも他プラットフォームへの流用も出来ず需要が無い
こんなものはそういう情報をちゃんと追っていればそこに誰もいない事なんて数字で出ていたと思う
テク4の頃からこの内輪ノリで進んでいたけど、もう世に出てるプラットフォームやコンテンツはその時の比じゃない位レベルが高くなってる
とにかくリアリティを感じる表現がすごい。カメラワーク。人の命を預かる緊迫感を表現した音楽。
ほんでな、ワイが興味をもった点が、
様々な人間がおるっちゅうのが一つの病院にブチこまれてるわけや、すべての大人が共感しかできひん社会の縮図な。
それが、めちゃくちゃ表現されてて、鳥肌すら立つ。現実をちゃんと見つめた作品に仕上がってるんや。
やから、医療従事者はもちろんやけど、目の前の仕事とか生活に何か思ってる人、
騙されたと思って、一回観てほしい。90分ちょいや。劇場代、2000円くらいやな。
何も感じひん、とか変に斜に構えて評論する芸術家気取りも一定数おるやろうけど、
そんなん一旦捨てて、素直に向き合ったら己の心に何かが映し出される、そんな名作やったわ。ほんま大満足。
『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』アニメ制作の普遍の教科書 読み継がれる理由と復刊の価値
復刊ドットコムに集まったリクエストを受け、2005年にKADOKAWAから復刊された、『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』。
世界的な映像クリエイターである押井守氏が監督を務めたアニメ映画「機動警察パトレイバー2 the Movie」の演出についてまとめられた本です。
初版が発行された1994年当時は、アニメ制作の基礎を知る術がまだ少なかった時代。同書はアニメ制作を志す人にとっての教科書的な位置付けとして重宝され、多くの人が手に取りました。
また、同書の執筆には押井氏自らが積極的に関わっていたこともあり、アニメ制作を志す人だけでなく、押井守氏のファンにとっても魅力的なものでした。監督の言葉で作品制作の裏側や同氏の思考を垣間見ることができる稀有な体験を提供する本だったからです。
同書が入手困難となっていた時期から、「後世に残すべき本である」「文化的な損失である」といったコメントとともに復刊リクエストが寄せられるようになりました。
初版から30年が経った今でも、その魅力や価値は色褪せていないためか、2005年に復刊が実現した後も、品切れとなる度に再刊を求める声は絶えず寄せられています。
本記事では、復刊されるべくして復刊した『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』の見所と価値をご紹介します。
2005年に復刊された『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』(KADOKAWA刊)
当時、押井守氏がアニメ制作において特出していた点は、実写映画のカメラワーク的な要素を取り入れ、アニメの映像表現の新たな境地を開拓したというところにあります。
『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』で解説されているのは、そうした表現を可能にした「レイアウト」の手法、そしてそこに込められた演出の意図です。
では、そもそもレイアウトとは何でしょうか? 同書の中で押井氏は以下のように定義しています。
P.3 「アニメーションにとってレイアウトとは何か?」より引用“レイアウト”とは要するに画面(カット)の設計図のことであり、“レイアウトシステム”とはこの設計図を基本にして映画(正確にはフィルム)を制作する方法のことです。設計図としてのレイアウトには、様々な情報が込められています。
(中略)
それは各部署に分かれて作業するスタッフにとっては、作業の基準となる仕様表であり、演出家にとっては演出する作品を撮影前に検討するためのシミュレーションの過程でもあります。
アニメを作る、と聞けば、絵を描き、動かすという作業が一番大事だとのイメージを持つ人が多いかもしれません。ですが、アニメ制作の現場では、絵を描くアニメーター(原画マンや作画マン)以外にも、背景美術、演出、撮影など、さまざまな専門を持つ人たちが分業して作品を作り上げています。
監督としての押井氏の役割は、作品の骨子(絵コンテ)を作り、各工程をコントロールし、自身が思い描く完成像を具現化すること。
そして、そのイメージを各担当者に共有するために重要となるのが、ここで言うレイアウトです。
ですが、同書が出版された当時、このレイアウトという概念はまだ曖昧なものでした。レイアウトに限らず、アニメの制作の進め方は監督や現場によってさまざまだったからです。
例えば、監督と一口に言っても、宮崎駿氏のように自ら原画を描いたり、作画修正をしたりする「アニメーター」を出自とする監督もいれば、押井氏や高畑勲氏のように演出をスタートとして全体の舵取りに徹する監督もいます。
そんな中で、押井氏が提示した「レイアウトシステム」の徹底は、当時のアニメ制作現場において、押井氏が作品の出来を背負う監督として、求心力を持ちえた理由のひとつではないかと言われています。
すなわち、押井氏のレイアウトとは、蓄積した映画の記憶とアニメ制作の現場体験を活かし、イメージの意味を具体化してゆき、現場の意識や作業の方向性を示すためのものでもあったのです。
今では、このレイアウトという言葉や概念はアニメ業界で一般化しているといいます。
それは、押井氏のレイアウトを参考とした人たちがアニメ制作を積み重ねていった結果に他なりません。
同書で語られたレイアウトは、押井氏のアニメ制作のエッセンスであるだけでなく、その概念の成立においても重要な意味を持ち、後進のアニメ制作を技術的な面でも精神的な面でも下支えするものとなっているのです。
全てのクリエイターが“学べる”本
ところで、アニメ制作への関心が高まり、種々の指南書が出版されている今現在、『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』の内容はどのような価値を持って受け止められているのでしょうか。
結論から言えば、現代における同書の大きな価値は、アニメ制作に携わる人に限らず、全てのクリエイターに刺激を与え、学ぶ意欲を掻き立てうるというところにあると言えます。
同書を開けば、アニメを制作するにあたって押井氏が考えていたことの量と密度に、誰もが圧倒されることでしょう。映像の迫力や精密さ、リアリティといった部分だけでなく、作品世界や物語に直接関係しない要素にまで、しっかりと意図が存在するのです。
例えば、「パトレイバー2」の中で描かれる“鳥”について、押井氏は同書で次のように書いています。
P.45 より引用「P2」(筆者注:パトレイバー2)に登場する鳥たちにはどのような象徴的な意味もありません。強いて言うならば、それはこの作品で描かれた「世界」と「物語」に混入されたノイズであり、記号の体系を掻き乱すための異質な記号そのものに他なりません。本篇の外側にあって物語をアウトレンジし、作品を自律的に完結させようと目論む演出家の意図を長距離から射程に収め、射程に入れるそのことだけで脅威となる厄介な長距離砲。それがつまり、“鳥”なのです。
視聴者が気付かないほどの細部でさえも意図を持って描かれていることを端的に示す、「パトレイバー2」の鳥。
このエピソードは一例に過ぎませんが、何か作品を完成させる上で、どこまで計算し、考えるか、という、全クリエイターに共通する普遍的な問いに対して、一つのアンサーを提示していると言えるのではないでしょうか。
そして、もちろん、アニメの演出の教科書としての価値も健在です。
2020年代のアニメ制作の現場は、本書が書かれた当時よりもCG環境は進歩していますが、ほとんどの作業がアナログであった時代の技術や方法論がまったく“古く”なっているわけではありません。ツールは違えど、先達が積み重ねてきたものは、現在のアニメ制作現場にも脈々と受け継がれているからです。
また、押井氏の演出の影響は、アニメ以外の映像制作にも及んでいます。
実写映画の知識・教養をバックグラウンドに持つ押井氏ならではの演出シーンは、日本に限らず海外の映画、特に「想像」によって世界を再構築することが必要とされるSF作品に大きな影響を与えているのです。
ここまで、『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』の見所や価値を紹介してきました。
一度は絶版になりながらも、多くの復刊リクエストを集め、復刊後も絶えず求められ続けている同書。それほどまでに支持される理由は、時代を経てもその内容が色褪せることなく、むしろ、アニメの歴史の一部を担い、全てのクリエイターに刺激を与える本として、普遍的な価値を持って受け止められていることにありました。
ごく一般的なアニメファンにとって、同書の内容は非常に高度で、全てを理解することは難しいかもしれません。
ですが、天才と呼ばれる押井守氏が作品制作の際に、何を、どういう視点で、どのように捉え、何を考えているのか、という思考を垣間見ること、そしてそのあまりの高度さに衝撃を受けることもまた、同書を読む上での醍醐味と言えます。
白紙の状態から、全てを人の手で描き、作品世界を構築していく上での凄まじいこだわりと努力を目の当たりにできる本は決して多くはありません。
大人から子どもまで、誰もが当たり前に、大量にアニメを楽しむようになったからこそ、同書はこれからも読み継がれていくべき本なのです。
『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート(押井守)』 販売ページ復刊ドットコムにて『METHODS ~押井守「パトレイバー2」演出ノート』(押井守)を販売しています。www.fukkan.com
輝く光の道しるべ!
こよなくライブビューモードを愛してやまない本編そっちのけで死ぬほど見ているの!
そんでね、
一歩前ノセカイ!
なぞなぞのインドカレーと一緒に食べると美味しいパンのような三角形の食べ物ってナーンだ?
って言うぐらい分かりきっているから、
そんなにハードルを上げて言うことではないと思うから言っちゃうけど。
通常はデフォルトでのカッコいいカメラワークでそれこそライブ映像を臨場感のあるものを見ることに満足していたけれど、
それってセンター中心の歌っているアイドルしか中心に見れないカメラアングルなのよね。
センターの娘を見るのは良いんだけど俯瞰で見ることが出来ないの。
それでどうしたかってーと、
そうすると
比較的俯瞰で前からとか後ろからとかステージを見渡すようなカメラワークのアイドル注目アイになるので、
これでアイドル全体を愛でることができるのよ!
言うわよ!
歌ってない横サイドのアイドルが何してるかが見えんのよ!
キャー!めちゃ可愛いわよ!
歌ってなくてももちろん映ってないからと言って手を抜いているわけじゃなく、
その場でくるくる回って踊っていたり、
ポジションに慌てて小走りで走って行って間に合っている様子が見えたり、
きゃー!脚がガニ股になってんぞ!って、
モーションキャプチャーのアクターの体幹がビシビシと3D空間のステージの中で座標で見えちゃう感じ!
もうさー、
これ最高に楽しいのよ!
なんかさ、
本当は本当はアップデートされて、
ライブ会場のここから見るモード!って観客席固定鑑賞モードがあったら、
私嬉しさのあまりひっくり返っちゃうかも知れない神アップデートきて欲しいのよね。
それが無理なら、
正面、後ろ、左右とそれだけでもいいから固定カメラ視点モード欲しいわ!
マジでこれ言ってるから熱い思いをシャインポスト!って感じなのよ。
でさー、
歌ってない横のアイドル達が健気な姿がより実感できて、
センターの歌っているのももちろん一所懸命なのは伝わるんだけど、
両サイドで一所懸命踊っている姿、
デフォルトのカメラアングルでは決して見ることの出来ないカットからのアングルが、
たまらなくカッコいいのよね!
というか付けるべきだと思うし、
モーションキャプチャーのアクターの体幹ってやっぱり凄いわよね!って
あの人達って結構やっぱり日本を代表するガッチガチの踊り手さん級のモーションをキャプチャーしてるってぐらいだから、
アイドルのアバターっていっちゃうと冷ややかな感じで冷静沈着に思われるけれど、
見れば見るほど、
それこそ渋谷陽一さんみたく死ぬほどロック聴きまくっている級に私もライブビューモードを死ぬほど観まくっていると、
踊ってる人凄いわ!って。
見続けてきたからこそ到達できる到達点に到達したと思うの。
真正面から見る通常のライブのカメラアングルだと決して見えないところがまた見れて
センターよりより必死感の一所懸命なところがビシビシ伝わるんだから!
だから私、
それだけは自信を持ってお伝えしておかなくてはいけないなって思ったの。
クリアは、
でも断念したわけじゃないの。
加速させたいと言っているだけで加速したとは言っていないところが味噌で私は気付いてしまったシャインポストのライブビューモードのアイドル注目アイで見るライブビューモードの深い溝にハマってしまったのよ。
ここしばらくは脳内再生されるぐらいには反芻できるライブビューモードだったけど、
このアイドル注目アイモードは新たな文字通り目線を切り拓いてくれたのよ。
歌ってはないけれど両サイドで
その場でくるくる回って踊っている様子をみると胸が打たれるわ。
新しい視点を私は得たので、
これはいよいよ本気で
まだ揃えてない楽曲と衣裳を回収する周回プレイを設けてコンプリートしなくては!って
そもそもとして話にならないわよね。
しかし、
本編は難しすぎて今進行している3期生オーディション後のいきなり構う相手のアイドルが多くなって一気に忙しくなるシーズン突入の、
でも諦めてはいないので、
でも私は絶対に見ないで勝つる!
つるとんたん級の大きな器のような文字通り私の心も大きな器のような心でいただく美味しいうどんを思い浮かべて、
訳すと私は攻略法を見なくたって武道館ライブ3期生とも全員やるんだもん!って!
バーチャレーシングの中級のグランプリモードの20周ピット無しで完走するのとどっちが難しいかって、
天秤に掛けてどっちも無理そうだけど、
頑張るわ!
ピットなしで完走しなくてはいけないグランプリモードのバーチャレーシングの中級を!
うふふ。
なんかさ
一瞬見て買ってその値段の高さに驚いたんだけど
昨日買った鮭おにぎりの話だけど
もらったレシート見て、
今度から良く見なくっちゃ!値段は。
そう思ったのよね。
なので、
なんか手軽にホッツ白湯に味付けできるフレーバーポーション的なものポッカレモン意外にあればいいなぁって思うのよね。
そんなことを思いながら、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
びっくりするくらいすがすがしいほどの2で草。ただ偉大な1は超えられなかったかな。70点。
前作で燃やしたロシアンマフィアの年金の返済をかつて自分が所属していた組織に肩代わりしてもらった結果、殺し屋に逆戻りした主人公は忙しさのあまり家族と再び距離ができてしまう。そんな彼は一念発起、夏休みに家族みんなでバカンスに行く計画を立てる。そしてたどり着いたアドベンチャーパークのゲームセンターで地元のチンピラとうっかり息子が喧嘩をしてしまい、店員に娘の頭をはたかれたことから主人公はブチ切れてゲームセンターに戻り大暴れ。ちゃっかり逮捕され保安官に死ぬほど脅され釈放。なぜか保安官がチンピラを引き連れ襲い掛かってくることに。なんとそのパークは裏組織の物流拠点だったのだ。そこを仕切る極悪シャロン・ストーンとの戦いが幕を開ける。
もう冒頭から取調室に傷だらけの主人公が座っていて目の前には男女コンビの捜査官。そして主人公の隣には今度はクソデカ狼犬とかいう完璧な1のオマージュ(1では子猫だった)で草。そして庇護されるものだった猫から狼犬にパワーアップしていて、これ以降、同じように少しずつ1より進んだ1の繰り返し演出が次々と登場する。
前作でも印象的に使われていたジャンプカットでボロボロになりながら殺し屋の仕事を続ける主人公と主人公に会えずに寂しがってる妻という現在の日常。そして1では毎日「家のドアを開けるところ」の繰り返しだったのが、今作では車が出発するところの繰り返しに代わっており、ついに主人公が休みを取ることを決意したシーンではゴミ捨てについに成功する。
前作では強盗に果敢にとびかかり顔面パンチされて目の周りにあざを作っていた息子はバスケの試合で同じようにあざを作っているし、同じように妹のためにチンピラガキにとびかかりそれが火種に発展する。そして最後には今度こそ侵入してきた敵にチョークネックを成功させる。ゲームセンターからうまく脱出できた主人公はやっぱり自分の足で中に戻って暴力の世界に足を踏み入れるし、ロシアンマフィアと同じようにシャロン・ストーンの楽しい楽しいお仕事パートも用意されてる。今作では保安官が中間管理職役を担っており、その上にストーンがいるというのもちょっとパワーアップ要素。今作でもストーンの金を燃やします。
バスでのアクションが今回は水上バスになってるし、バスでのアクションと同じように水上バスでも主人公はバーに頭をぶつける。最終決戦は前回は工場内だったけど、今回はパーク全部を使っていて尚且つ、ジジイとRAZに加えて改心した方の保安官が加わって1人増えてるし、最後の最後で守られるだけだった妻が戦力に加わる。
上記のように徹底的に1を下敷きにしたうえで、それをちょっとずつ上回る形に変換しているのは何気にすごい。
あと前作ではスナイパーだったRZAが今作は大阪での仕事帰りでニンジャ+サムライにかぶれててブレードアクションを披露。こいつ好き放題やってるな。
そして前作ではミドルエイジクライシスがテーマになっていたけど今作ではワーカーホリック、仕事と家庭がテーマになっている。
ウキウキで暴力の世界に戻った主人公だが今度は毎日のように殺しの仕事漬けになって家族と疎遠ですぐに仕事が嫌になっちゃう。趣味を仕事にすべきではないな。ウン。となんだか切なくなってしまう。妻は自分をもう愛してないかしらと思い詰めてるし子供のバスケの試合も見に行けないし嫌になって休みを取るも、趣味を仕事にしたもんだから、旅先でもついつい仕事に精を出して家族を危険にさらしてしまう。
一方で主人公の息子と喧嘩したチンピラガキの親の保安官はパワハラ上司のストーンに嫌気がさしていて「もう借金返せたやろ」とたてついた結果、息子を殺されそうになりそれを主人公に救われ仲間に加わる。彼も息子も嫌な奴として登場するけど、互いに絆は感じていて非常に人間臭い親子として描かれているし、その借金も親から引き継いだものだったんだよなぁ。
一方でクソパワハラ上司のストーンはどう見てもひとり身で周囲を女性ボディガードで固めていて他人との絆なんて一切信じていない非常に対照的な悪役として描かれている、ちなみにその下っ端の保安官もどう見てもひとり身。
そして追い詰められた主人公を妻が仕事(野生動物の保全活動)で培った麻酔銃スキルで救出するという展開の美しさ。そして1と同じようにドタバタの後に再び取調室に戻るんだけど1では主人公と猫だけだったのが、今回は主人公、狼犬、そして妻が一緒に座っているのもよいし、エンドロール前には家族みんなで娘が撮ったチェキをプロジェクターで流すのを眺めているシーンからシームレスで「あんなこともあったけど楽しいバカンスだったね」という家族の物語の〆として完璧だと思いましたよ。
ただ、この手の作品で最も大事な「普通のおっさんがキレて殺人マシーンになる瞬間」が今作では当然ないので、そのカタルシスの薄さはどうしても出てしまう。そういう意味で今作では冒頭から暴力全開なのでメリハリに欠ける部分は否めないのは正直マイナス。そして前作で主人公はやりたい放題やる奴だってわかってるので、今作での金焼きも「前作をなぞってるなぁ」感はあっても「そこまでやっちゃうの~」感はなくてやっぱ盛り上がりに欠ける。
そしてアクションだけど今作でもきっちり長回しでアクションを見せてくれるし、前作にはあんまなかったアクションでやられた被写体にカメラを固定してぐりっと回転させるダイナミックなカメラワークが追加されていて楽しませてくれる。でも、前作がかなりもう上位まで行っちゃってたのでそこを超えるほどの衝撃はあんまなかったのも残念。
最終アクションが工場からパークに規模が上がったのはいいけど、結果的により荒唐無稽でド派手方向に振れちゃっててそこを良しとするか悪しとするかは人によって評価は分かれそう。俺は正直ちょっと微妙だった。
そんなわけで1を見た人には大満足だとは思うんだけど1を見てると逆にちょっとやりに行き過ぎてるなぁって感じもするし、1の偉大さを再確認させられる結果になりそう。とはいえアクション映画として十二分な強度はあるし、90分しかない上質なアクション映画を見たいならオススメ。
セルフ・サービング・バイアス: 特集記事がヒットすれば「編集部の洞察力の勝利」、部数が減れば「国民のリテラシー低下」のせいにする。
行為者-観察者バイアス: 自社の誤報は「情報源の混乱」という状況のせいにし、政治家の言い間違いは「隠れた本音」という性格のせいにする。
透明性の錯覚: スタジオの「お通夜状態」な空気感が、日本中のリビングに共有されていると確信する。
基本的な帰属のエラー: 行政のミスをシステムの欠陥ではなく、担当大臣の「冷酷なキャラクター」に帰結させる。
バーナム効果: 「格差社会に不安を持つあなたへ」という、全人類共通の悩みを自分たちだけの専売特許のように語る。
ハロー効果: 著名なノーベル賞学者が専門外の憲法論を語っても、あたかも「絶対的真理」であるかのようにトップニュースで扱う。
外集団同質性効果: ネット上で批判してくる人々を、一人一人の背景を見ず「冷笑系」という一言で片づける。
内集団バイアス: 自社主催のイベントや、思想の近いNGOの活動は、宣伝に近いレベルで手厚く報じる。
楽観性バイアス: 「これほど正義を訴えている我々が、視聴者に完全に見捨てられるはずがない」という根拠なき自信。
知識の呪縛: 官僚用語や左派系専門用語を多用し、一般市民が理解できないのは「勉強不足」だと切り捨てる。
平均以上効果: 「我々報道局員は、SNSの有象無象よりも公正で、正確で、知的な存在だ」と内面で信じ切る。
第三者効果: 「一般人は週刊誌のゴシップに流されるが、我々インテリ層は本質を見抜いている」と傲慢に構える。
ダニング=クルーガー効果: 社会部記者が、数日の取材で「防衛政策のすべてを理解した」つもりになり、専門家を論破しようとする。
貢献度の過大視: 「我々が連日報じたからこそ、この法案は修正された」と、実際には無関係な要因まで自社の手柄にする。
ナイーブ・リアリズム: 「我々の編集方針こそが『中立』であり、これに異を唱える者はすべて右翼的偏向である」という信念。
ナイーブ・シニシズム: 政府の子供家庭庁創設を、子供のためではなく「天下り先確保だ」と最初から悪意を前提に分析する。
スポットライト効果: 番組内の一言への批判ツイートが数件あっただけで、「全国的な不買運動が起きる」と過剰に怯える。
フォールス・コンセンサス: スタジオのコメンテーター全員が同じ意見なのに「これが国民の総意です」と締めくくる。
被害者非難: (リベラル的正義に反する場合)不法滞在で摘発された者を支援する際、法を守る側の住民を「不寛容だ」と責める。
敵意的メディア認知: 公共放送が少しでも政府統計を肯定的に報じると、「放送法違反の政権広報だ」と牙を剥く。
システム正当化: 部数減少に喘いでも「紙の新聞こそが知の砦」という、自分たちの既存システムを絶対視する。
ステレオタイプ: 「若者は政治に無関心で、利己的な消費しかしない」という前提で企画を立てる。
アンビバレント・ステレオタイプ: 専業主婦を「家庭を守る尊い存在だが、社会的には無力(好ましいが無能)」とテンプレート化する。
ピグマリオン効果: 「庶民派」とレッテルを貼った野党候補者が、期待通りに食堂でカレーを食べるシーンを熱心に撮る。
予言の自己成就: 「今年の冬は電力不足になる」と煽ることで買いだめや過度な節電を招き、経済を停滞させる。
非対称な洞察の錯覚: 「我々は権力者の嘘を見抜いているが、権力者は我々のジャーナリズムの深淵を分かっていない」。
モラル・ライセンシング: 「平和憲法を守る」という大義名分があるから、反対派への強引な街頭インタビューも許される。
権威バイアス: 「ノーベル賞受賞者」のコメントを、政治・経済・人生相談すべての領域で「正解」として採用する。
文脈効果: 与党の減税は「選挙対策」、野党の減税案は「国民への寄り添い」というテロップを出す。
利用可能性ヒューリスティック: 街で起きた一例のヘイトスピーチを連日報じ、「日本中に差別が蔓延している」と印象づける。
アンカリング: 最初に「100兆円の無駄」という巨額の数字を提示し、その後の微細な予算修正を無意味に感じさせる。
現状維持バイアス: デジタル化による合理化よりも、「手書きの取材メモと紙の編集」という伝統に固執する。
フレーミング効果: 「成功率90%の医療改革」を、「10%が失敗する危険な改革」と報じて不安を煽る。
確証バイアス: 「地球温暖化で冬がなくなる」という仮説に合う、局地的な猛暑ニュースだけを収集する。
真実性の錯覚: 「アベノミクスは失敗だった」と全番組で毎日繰り返すことで、検証なしにそれを「真実」として定着させる。
計画錯誤: 新番組の準備期間を短く見積もり、結局過去の映像の使い回しで番組を構成する。
代表性ヒューリスティック: 「眼鏡をかけた大人しい青年」が事件を起こすと、すぐに「アニメやゲームの影響」と決めつける。
基準率の無視: 副反応の確率が極めて低いワクチンに対し、一件の重症例だけを大きく報じて「危険な薬」と断じる。
利用可能性カスケード: 一人の芸能人の不倫を全メディアが追うことで、それが国家存亡の危機より重要な問題だという空気を醸成する。
シミュレーション・ヒューリスティック: 「もしあの時、別の政権だったら」という、あり得たかもしれない理想をリアリティを持って語る。
サンプルサイズの無視: 渋谷の若者3人へのインタビューだけで「今の若者はこう考えている」と結論づける。
保有効果: 自分たちの「新聞記者」という肩書きの社会的価値を、世間一般の評価よりも遥かに高く見積もる。
ギャンブラー錯誤: 「これだけ政権批判を続けたのだから、次は必ず支持率が下がるはずだ」と期待する。
不作為バイアス: 改革によるリスクを報じて「何もしないこと(不作為)」を推奨し、社会の停滞を正当化する。
インパクト・バイアス: 「この法案が通れば日本は終わりだ」と、将来の不幸を過大に予言する。
回帰の誤謬: 経済が自然に持ち直しただけなのに、「我々の批判報道で政府が動いた結果だ」と解釈する。
正常性バイアス: 若者のテレビ離れが致命的なレベルに達しても「まだうちはブランドがあるから大丈夫」と平然とする。
曖昧さ回避: 複雑で結論の出ない議論を避け、「どちらが悪いか」がはっきりした単純な二項対立のニュースを好む。
サンクコスト効果: 視聴率の取れない老舗討論番組を、「伝統があるから」と赤字を出しながら継続する。
現在志向バイアス: 10年後のメディアのあり方を考えるより、明日の朝のワイドショーのネタ選びを優先する。
損失回避: 「新しい自由」を得ることのメリットより、「古い特権」を失うことの恐怖を強調して報じる。
誤帰属: 取材対象への個人的な好意を、「国民的な人気」だと勘違いして報じる。
コントロールの錯覚: 街頭アンケートの結果を操作的な質問で誘導し、世論を自分たちがコントロールしていると感じる。
バックファイア効果: 「偏向報道だ」という視聴者の声に対し、反省するどころか「表現の自由への弾圧だ」と反発し、さらに偏向を強める。
バンドワゴン効果: 「今、このスイーツが大流行!」と捏造に近い流行を作り出し、行列を演出する。
おとり効果: 極端な右派の意見を「おとり」として紹介し、自分たちの偏った意見を「中立で妥当なもの」に見せる。
合理化: 誤報を出した後、「あれは権力への警鐘として必要なプロセスだった」と後付けで正当化する。
対比効果: 非常に高圧的な政治家を映した後に、穏やかに話す野党議員を映すことで、後者を聖人のように見せる。
デフォルト効果: 記者クラブから提供されたレクチャー資料を、そのまま記事の構成(デフォルト)として採用する。
ホーソン効果: カメラが入っている時だけ、熱心に活動する政治家の姿を「日常の風景」として映す。
連言錯誤: 「環境活動家」よりも「環境活動家で、かつベジタリアンで、政府を批判している女性」の方が、いかにも存在しそうだと報じる。
フォーカシング・イリュージョン: 「消費税さえ上がらなければ、国民は幸せになれる」と、一点の要素を強調しすぎる。
機能的固着: スマートフォンを「SNSによる分断の道具」としてしか見られず、新しい民主主義の可能性を無視する。
身元のわかる犠牲者効果: 震災の数万人の犠牲者数よりも、一匹の「飼い主を待つ犬」の物語に番組の半分を割く。
区別バイアス: A案とB案の微差を「決定的な思想の違い」として、必要以上に激しく対立させる。
信念バイアス: どんなに論理的な経済学者の意見でも、それが「増税容認」であれば、最初から間違っていると断じる。
妥当性の錯覚: 取材で得た数人の「いい話」を、日本社会全体の妥当な姿だと確信する。
リスク補償: 放送倫理規定が厳しくなると、逆に「倫理の範囲内なら何をしてもいい」と過激な演出に走る。
偽薬効果: 「この薬(政策)は毒だ」と報じ続けることで、実際に国民に心理的な不調(ノセボ効果)を引き起こす。
単純接触効果: 特定のタレントを毎日ワイドショーに出すことで、視聴者に無意識の親近感を抱かせ、選挙で有利にする。
確実性効果: 99%成功する未来の投資より、100%維持される現在の少額の年金を死守するよう高齢者を煽る。
ゼロサム・バイアス: 「富裕層が儲けることは、貧困層から奪うことだ」という構図で、常に経済を語る。
単位バイアス: 「1日あたりわずか100円の負担増」という表現を、政府批判の際は「年間3万6千円もの重税」と言い換える。
ナンセンスな数式効果: 内容はスカスカでも、画面に複雑な「シミュレーションのグラフ」を出すことで、情報の信憑性を演出する。
心理的リアクタンス: 政府が「国民の皆さん、協力してください」と言うと、反射的に「自由への侵害だ」と反発を煽る。
選択肢過多効果: 複雑な年金プランをすべて紹介し、「結局どれも分かりにくい、政府が悪い」と結論づける。
希少性バイアス: 「独自入手」「スクープ」というラベルを貼り、他社が報じないような瑣末な情報を重要視させる。
イケア効果: 苦労して1年かけた調査報道が、実はネットの二番煎じであっても、自分たちの苦労ゆえに「最高傑作」と呼ぶ。
オーストリッチ効果: 自社の部数激減や、若者の新聞離れを示すデータが出ても、それを見なかったことにして「紙の未来」を語る。
メンタル・アカウンティング: 「復興予算」なら1兆円の無駄を許すが、「議員の出張費」の1万円の無駄は執拗に叩く。
虚記憶: 「昭和の日本は、誰もが隣人を助け合う理想郷だった」という、実在しなかった記憶をノスタルジーとして捏造する。
気分一致効果: 政権支持率が落ちている時期は、街の風景まで暗く見えるようなカメラワークにする。
事後情報効果: 事件の翌日に出た憶測情報を、さも「事件当夜から知っていた」かのように上書きして解説する。
一貫性バイアス: かつて自分たちが賛成していた政策でも、今は反対なら「我々は昔から一貫して反対していた」と思い込む。
バラ色の回顧: 「昔のテレビはもっと自由で、活気があった」と、当時の不祥事や低俗さを忘れて美化する。
ツァイガルニック効果: 結論の出ないスキャンダルを「疑惑は深まった」と未完のまま引き伸ばし、視聴者の関心を繋ぎ止める。
後知恵バイアス: 災害が起きた後、「我々は以前からこの危険性を指摘していた(実際は一行触れただけ)」と主張する。
イマジネーション膨張: 「もし核戦争が起きたら」という空想を繰り返すうちに、明日にもそれが起きるかのような恐怖に支配される。
有名性効果: 昔の名前が売れているだけの政治家を、「重鎮」として重要局面で必ずコメントを求める。
ピーク・エンドの法則: 2時間の特別番組が退屈でも、最後の5分で感動的な音楽とポエムを流せば「名番組」だったと記憶される。
ネガティビティ・バイアス: 99人が幸福でも、1人の不満の声を「社会の断末魔」としてトップで報じる。
錯誤相関: 「サンマが獲れないのは地球温暖化のせいだ(実際は海流や漁獲規制の問題)」と、何でも環境問題に結びつける。
レミニセンス・バンプ: 編集幹部が青春を過ごした「1970年代の学生運動」の価値観を、現代のニュースの判断基準にし続ける。
ラベリング効果: 「改革派」とラベルを貼った市長が、強権的な手法をとっても「スピード感ある決断」と好意的に解釈する。
自己関連付け効果: 自社が過去に関わった事件や裁判を、あたかも日本史の最重要転換点であるかのように毎年特集する。
皮肉なリバウンド効果: 「特定の政党を利してはいけない」と意識するあまり、逆にその政党のネガティブな話題ばかりが頭に浮かび、報じてしまう。
圧縮効果: 10年前の自民党の不祥事を、まるで昨日のことのように持ち出して「体質は変わっていない」と攻める。
グーグル効果: 「ネットで調べれば済む」情報をニュースで流し、記者が自ら現場で一次情報を確認する足腰を失う。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
3Dモデル空間作って、カメラ置いて、自由に動かしてもらって背景を出してもらうとか。単調になりそうなので嘘の風景を撮れる各種レンズ加工や、定番のカメラワークを使ってもらったり。
うーんもう既に漫画家は似たような手法で成果を上げているが、画像生成モデルがそういう行為に対応しているか、適しているかはわからん。
というか、
既存の画像をグレーなとこまで読み込みまくりました!ノイズ入れて差分を学習学習!元の画像に似たようなのが出力されました!
って技術的につまらな過ぎるだろ。生成物に発想というか創発みたいなやつ的なアレが感じられない。過程がないんだよな。結果しかみないから理論上はいいんだけどさ。
いや、最初に発明した人は誇っていいけどさ、中身も知らん利用者がデカい顔すんなって話。本当の意味での中身は人間に認知できる大きさではないので、誰も理解していないのですが…
人類は完成度の低い映画を撮る権利がある。1点(100点満点中)。
マッドマックスと化した日本でライブハウスでタイバンやりながらブイブイ言わせてる連中、ワイスピよろしくドラッグカーレースに興じる連中、スラムに現れたキチガイ兄弟とスラムの連中、汚職政治家とヤクザ、原発建設、武装警察による取り締まりの強化、暴動、ロックンロールは鳴りやまない。
みたいな話やろ?たぶん。
この映画より点を高くつけた映画はたくさんある(つーか全部そうだ)けどじゃあその映画がこの映画よりいい映画かっていうと別にそんなことはないと思う。少なくともこの映画は撮った人間に熱量があるのが伝わる。日本でマッドマックスをやりたかったんだ!っていうのはわかるし、なにより俺の心を焦がしたパンクロックという概念そのものを映像化したいんだというのも画面の作り方や音からもちゃんと香ってきてる。
要はそれとおもしろいのかおもしろくないのかは別という話で、はっきり言ってこの映画の完成度は相当低い。
でも、パンクが先鋭化するにつれてどんどん機材を敢えて弱くして編集を可能な限り切って、なんならマイクもハンドスピーカーに変えたりして音楽としての完成度をどんどん下げていってそのことをもって熱量を伝えようとして、その手法こそをメッセージにしたのに近いものを感じる。
この映画を撮った連中はカメラがブレブレで何撮ってるかわかんなくても、フィルムの解像度がうんちっちでもうこれ何が写ってるかよくわかんねぇなってなっても、ストーリーももうハチャメチャでで結局何の話やったんこれってなっても、だからこそいいんだろ!と思って撮ってたんだと思う。そんな細かい、整った、美しい"技法"では俺たちの情熱は伝わらねぇんだ!!!というパッション、ヴァイブス。
メジャーのやり方に俺たちの魂をはめ込むことはできねぇんだよ!という反骨――ロック魂。
まぁ個人的にはそれで伝わらねぇのはお前の腕がないからやでと思わんでもないが、そういう人類がいてもいいだろうと思う。こっちが避けて通ればいいだけだし。
でもまぁ映像としてけっこういいなと思うところもあって、タイトル前の東京の道路を超早回しの主観視点で疾走するシーンの疾走感は酔う!と思いながらも勢いがあって格好いいし、そこから陣内智則率いるロックバンドの演奏シーンは楽曲の良さもあって引き込まれる。そういう意味ではしょうもない物語風のものが始まるまでの単純に映像としてのパートのほうが面白かったかもしれん。
若き日の泉谷しげるのヤバいチンピラ感は頑固おやじにもこんな嫌な尖りかたしてた時期があったんだなって思えるのもよかった。
まぁ時代感を考えるとしゃーないのもかもしれないけど、伝説的パンクバンドのスターリンが出てくるんだけどこいつらが大暴れしてるシーンがモロに吹き替えで生の迫力が全然出てなかったのはかなり残念。ここは頑張りどころだっただろ、絶対。
まぁこの映画って内容を話す作品ってよりはこの映画という現象を話すための作品だと思うので特に言いたいことはない。とにかくカメラワークがガチャガチャなので酔いやすい人は100%完走できないと思うので、俺三半規管弱いんだよなとか、最近ちょっと疲れてるんだよなとか、晩御飯食べすぎちゃったとかそういう人は絶対に見ない方がいいです。
そういう意味では映像で殴ってくる(物理)な映画であるのも一つの事実。
ただまぁ俺はメジャーシーンど真ん中を歩く人間だからね。むしろ俺みたいな奴らにあーだこーだいわれたくもないだろう。というわけで、この映画をこの形で撮ってこの形に編集してこの形を出した人たちの熱意に敬意を表して1点!この1は人差し指じゃなくて中指ね。本当は17点とかだと思うんだけどそんなしょうもないもんを出してくるくらいなら0点とかのほうがきっと喜ぶと思う、知らんけど。
そんなこんなで1980年代初頭のパンクロック好きにはたぶんマストアイテムなのと、カルト映画好きにはオススメでそれ以外のほぼすべての人類にとって別にみる必要ない映画だと思います。
怖いもの見たさで『メラニア』を見たんだが、さすがにそれ一本で帰るのもどうかと思い、ちょうど上映してた『ハサウェイ』一緒に見た。
『メラニア』は、映像としてはちゃんとしてる。ライティングも音響もカメラワークも演出も「映画の作法」は押さえてるし、カット割りに至っては「カメラ何台あんの?」って思うくらい一つ一つのシーンで細かく刻んでくる。登場人物がある意味素人にもかかわらず、演技が下手くそで見れないというようなこともなかった。むしろ『ハサウェイ』の方が薄暗くて見づらいシーンが多かったくらい。
でも内容がびっくりするほどつまらない。
『メラニア』の映画では、2025年1月1日から就任式までの20日間を描くのだが、少なくとも映画の中では何のアクシデントも起きない。起伏がない。尺を埋めるためか、プライベートジェットで移動する、警護付きのSUVで移動する、みたいなシーンが何回も差し込まれる。で、ただ移動するだけで何も起きない。『ハサウェイ』と真逆だなと思った。『ハサウェイ』の移動には全部意味があるし、大小のイベントが勝手に発生して勝手に状況が変わっていく。『メラニア』はただ移動するだけで終わる。
移動中はモノローグが入るんだが、これがクソ真面目でクソつまらない。というか、移動以外の場面でも会話劇がほぼなく、ずっとモノローグ。『ハサウェイ』なら戦闘中でさえ会話劇をするし、モノローグにも幻覚が混ざって気づいたら会話している。『メラニア』は幻覚を見ないし、戦闘もしないし、仕事もほぼ一方的な指示出しなので、実質モノローグしか喋れない構造になっている。たまに挟まるスタッフのインタビューシーンが癒しになるほど。
ただ、モノローグに全く見どころがないわけではない。
たとえば「今日が私人としての最後のフライト。明日からは公人として移動するので、様々な制約が課せられる」みたいなナレーションがあって、えっ今までのプライベートジェット貸し切りとか警護車列での車移動って、全部“私人”扱いだったの!?どんだけ金あんの!?って、そこだけは普通に笑った。
画面にいるだけで映える。普通の人のドキュメンタリーを撮ってもこうはならないだろうなっていう素材の暴力を感じた。就任式のドレスもミリ単位で調整をオーダーするし、ホワイトハウスや会場のデザインにも細かく指示を出す。『ハサウェイ』でいうと、ギギの引っ越しシーンが最初から最後までずっと続く感じ。プロ意識のエピソードとして必要なのはわかるが、全編それだとさすがに飽きる。あれを2時間やられるのはしんどい。
ギギとの対比で言うと、メラニアは最初から最後まで徹底して大人として振る舞う。モノローグでも建前しか言わない。ドキュメンタリーとしてはそういう振る舞いしか撮っていないという言い方もできるが、結果として面白くない。子供っぽい振る舞いで周囲を振り回して場をコントロールするギギとは対照的。
トランプ一家が映る時、フォーカスされるのはまずドナルド、次にメラニア、最後にバロン。ドナルドとバロン以外の親族は、画面に映ってるのにモノローグでは完全に無視である。劇中で別々に動いてるのか、単に編集で落ちてるのかは分からないが、ドナルドとのプライベートな会話もほとんどない。家族について語るところも、ほぼバロンの心配しかしていない。もう人生の目的が「バロンを無事育て上げること」しか残ってないんじゃないか、みたいな気配すらある。
画面に存在するだけで「こいつ次に何をしでかすか分からない」緊張感がある。少ない登場シーンでも、周囲にジョークをかますのを欠かさないし、平易な言葉で人を大げさに褒める。就任式スピーチの練習中に、メラニアが原稿の修正を提案する場面があるんだが、提案を受け入れて直した後に、カメラ目線で「ここカットしろよ!」ってジェスチャーしてくる。マジなのか冗談なのか分からないところまで含めて面白い。
フィジカルアクションめっちゃ頑張ってる普通のリベンジ映画だった62点。
刑務所暮らしから出所した主人公は日雇い現場で働きだすが元々所属していた地元のギャングから仲間に戻れと脅迫、いろいろあって相手を事故的に殺害してしまう。フランスからタイへ逃亡し5年後、ホテルマンとムエタイの八百長試合で稼ぎながらタイ人の嫁さんをもらい娘とささやかな幸せを味わっていたところ、お金の工面が必要に。ヒゲもじゃフランス人とデカいカシメロみたいなタイ人の危険な仕事を請け負うことに。しっかり失敗して嫁は殺され自分は重傷、娘は連れ去られてしまう。嫁の仇と娘を助け出すための戦いが今始まる。
フランス産映画って書いてあってフランスから始まったのにいきなりタイに飛んでタイトルコールでも「ฝรั่ง FARANG」って書かれててエッ、これタイ映画だったの!?と思ったらたぶんフランス映画だった。オンリーゴッドみたいなもんかな。暁に祈れとかもだけどフランス人、タイでムエタイ映画撮るの好きだな 。ちなみにFARANGは異邦人みたいな感じのタイ語らしい。
アクションはかなり本格的なムエタイをベースとした武器アリのヴァーリトゥード。その辺に落ちてるものを使うことも辞さないし、スタイリッシュっていうよりはかなり泥臭い痛い感じのアクション映画になってる。ザ・レイドの温度感でマッハ!!!!やってるみたいな感じでかなり楽しく見られる。
容赦ないゴアアクションがウリっぽいけど、狭いエレベーター内で4人の敵と同時に戦う展開ではナイフや剣、拳銃まで入り乱れる大殺陣を披露してるし、や大昔のカンフーアクションみたいに順番に敵が襲い掛かってきてそれを順番にやっつける集団戦ってよりは同時に来たり倒した奴が足を掴みに来たりと不規則戦の中でそいつらをいかにして破壊するかをムエタイ的な動きで処理していくのもよくできてる。落ちた拳銃をとろうとして足で踏まれる展開はあるあるだけど、そこからそのまま敵の足の指を吹っ飛ばす展開は面白かった。
コレオグラフだけじゃなくてカメラワークも結構頑張ってて無駄にグラグラ振るってよりはちゃんとアクション全部をカメラに収めることを意識して撮られてるし、頭を視点に画面を回転させる――立ってる人の頭を地面にたたきつける時に画面ごと90度回転する――みたいなワークもかっこよかったし、アクションを面白く撮ったろ!って意識が随所に感じられた。
ただ最後の折れた腕の骨で相手を突き刺してFATAL K.O.は他の作品でも何度か見たやつだから、ここ一番フレッシュに殺してくれよ~!ってなったかな。特に大ボスが射殺もできたのに舐めプで首絞めプレイに移行したっていう特大マイナスがあっての逆転のシーンだから、そのマイナスを埋めるアイデアを魅せてほしかった。
あとはアレだな、この手の作品では珍しくアクション中に主人公が勢いに任せて最初に人を殺した後にショックを受けてしまうシーンを入れているのは誠実でよかった。それも首を掻っ切られて殺された嫁さんの殺しに加担した女性の首に中華包丁叩き込むっていう対称性もよかったし、首に包丁がざっくり刺さってるのを鮮明に見せるのもよい。かなりゴア頑張ってる。
オンリーゴッドにも出てた主人公の恩人でタイ人のおじいちゃんも剣使いとして参戦し活躍するのもよかったし。
とはいえ、アクション以外は正直けっこう微妙というか100回見た復讐ものなのであんま言うことない。少なくともそこでプラス点になることがほとんどない。
瀕死の主人公を止めを刺さずに家に火をつけて主人公だけうっかり助かってしまう展開もこれ何百回やるねんという感じだし、そもそも家に火をつけて敵が去る→次のカットで主人公が水に落下する(水上に建てられたコテージ)ってなっちゃうのも、なに?床が抜けたん?どういうこと?ってなるし。
当然のように実はヒゲもじゃもカシメロもフランスのギャングの関係者だったことがわかるんだけど、その割にやってること悠長だなってなるし。映画のストーリー部分はかなりおざなりだなって思ってしまった。
あと冒頭、刑務所のウェイトルームのマシンに囲まれたど真ん中で主人公がミット打ちしてるところから映画が始まるんだけどいやそこ邪魔じゃない?ってめっちゃ気になっちゃった。些細なことすぎるか。
ストーリーとしては凡百だけど本格ムエタイリベンジゴアアクション映画としては一定の強度があるのでそういうのが好きな人はオススメ。このストーリー強度だったらアクションもう15分くらい欲しかったかなぁ。
時系列的には近畿地方のある場所についての前に撮られた作品なんだけど病理は同じ。むしろマイナー原作でおそらく低予算なだけに製作者側のエゴによりめちゃくちゃになってる作品だった。
主人公一家がとある吹き抜け3階建ての一戸建てに引っ越してくるが何やら異変が。そうこうしているうちに妹は発狂し父親は心筋梗塞、祖父は心不全、弟も妹も母親も惨死する。取り残されたボケた祖母と主人公。しかし祖母が覚醒し主人公と共にこの家に取り憑く怨霊との戦いに挑む。
というお話。てかここまでは公式のあらすじにも書いてあったし、事前情報でも出しまくりだったけど「ボケてた祖母が覚醒して暴れだす」っていう転換がこの作品のオモシロポイントの一つなのは間違いないから隠しといたほうがよかったんちゃう?俺は原作組だけど「あ、そこ出しちゃうんや」って思ったわね。
まず建物がよくてぇ。リビングが吹き抜けになってる3階建ての一戸建てなんだけど吹き抜けになってるからカメラワークが割と自在で、下から見上げるショット、上から見下ろすショット、吹き抜けを挟んだショット、階を跨ぐショットといろんな不気味ショットをうまく使ってて技術で怖がらせてくる感じがめっちゃよかった。
あと前半の怨霊によって家族がどんどんおかしくなって死んでいく追い詰められパートはザ・ホラー映画って感じでテンポ感もテンション感もよくて一生この時間が続けばいいのに(家族が15人くらいいれば……)と思うくらいにはよくできてた。電気チカチカして人が出たり消えたりも好き。
んで、み~んな死んじゃってそしたら急にババアが覚醒して「死者に対抗するには命を濃くするんじゃ」つって急に健康生活を強要してくる展開もめっちゃよかった。このあたりのハチャメチャさはコワスギシリーズの白石っぽさもあるし、原作の押切っぽさもあってその両方の良さが出ててすっごいよかった。
命を濃くするんじゃ煙草スパーッってそれ命薄まってるのではと思わんでもないけど、前半では完全にボケ老人だったババアが急にめちゃくちゃ強者感出してきて、しかもそれもバチっとハマっててキャスティングもいいしこのパートの楽しさは本当に◯。
「死んだ人間より生きてる人間のほうが強い」というポジティブなメッセージ性もよい。強く生きる、善く生きることが死に対抗する唯一の方法という考え方も個人的に好き。死人に対してよちよちしてあげることで成仏させようという甘っちょろい考えではなく、死人が寄り付けないほど強く生きろってあんま見ない展開だし。
ただなぁ。そもそもの根本設定の改変、そしてその解決方法。この組み合わせが正直どうかと思う。
原作では怨霊サユリはイカれた引きこもりで家族は好きだが感情の制御が効かず大暴れした挙句、刺されて首を絞められ殺害され埋められて幸せそうな家族全般を恨んでいるという設定だった。そして解決方法としてババアがサユリの家族を拉致ってきて彼らを拷問することでサユリを脅迫し追い詰めることに成功。
しかし映画版ではサユリは父親に性的虐待を受け母親も妹もそれを黙認、自分の容姿を恨み過食症になり巨漢の引きこもりに。母親に「元の家族に戻ろう」などと供述されブチ切れたところを家族全員で返り討ちにされ埋められる。そしてババアが拉致ってきた家族を殺害するも怒りは晴れず、主人公の生(性)への執念に敗北する。
いや、原作改変しすぎでは。
こんな話にする必要あった?でさ、原作ではまぁもちろん大暴れしたサユリが悪いんだけどサユリは家族が好きだけどうまくいかなくてそれを逆恨みしてるからこそ、ババアがヒールの立場で怨霊にやられたことを怨念に対してやり返すというワンダーがあったわけだけど、今作では怨念を満足させるためにそれを手伝ってるようなもんだし。それは違うんじゃねぇかな。
あと性的虐待を受けて歪んでしまった女子に対抗するための文字通りのパワーワードが「元気はつらつ!おまんこまんまん!」でホンマにええと思ったん?俺は白石晃士が実は男性の加害性に常にある種の冷静な目線を向けているタイプの作家性の持ち主だと思ってたんだけど、このシーンどういう気持ちで撮ってたん?サユリに取り込まれたクラスメイト女子を救う叫びも「俺は住田とヤりたい!」でホンマによかったん?ホンマによかったんか?
俺がサユリだったら成仏する前に女を性器として見てるこいつだけは叩き潰す!ってなるけどな。
あとサユリの中からCG触手がウゾウゾ出てくる展開な。な~に、御存じ白石印みたいな演出してんだ。ぶっ飛ばすぞ。近畿地方もそうだったけど原作アリ映画でバカみたいな演出すな。ご存じ演出が許されるのはチャカチャカのトニー・スコットとか鳩と二丁拳銃のジョン・ウーとかバカ話のタランティーノとかそのレベルだろ。
申し訳ないけどある程度の強度の原作がある作品でお前がご存じ演出しても喜ぶのはごく一部のお前と懇意の映画ギークとお前の映画のマニアだけだぞ。俺もお前の映画のマニアの方ではあるけど今回は原作の押切マニアでもあるからダメだ。許さねぇ。
不能犯ではちゃんと原作に沿った映画化しとったやん。急にどうした。
そんなこんなでババアが覚醒するところまでは面白いけど最終的にこれどうなん?って感じの作品になっていて原作派としては微妙だったし、原作抜きにしてもラストの展開はこれ本当にどうなん?って感じだと思う。見るに堪えないって程ではないにせよもっといい映画化ができたと思うだけに残念。
今年のM-1良かったなぁ、としみじみ思う。
予選から見続けてきて、なんだかイマイチに感じてしまって今年は去年ほどは盛り上がらないかも…と不安に思っていたのも杞憂、出演者全組本当に面白かった。
「なんなんだよ」のカメラワークが素晴らしくて、今日まで何度も見返して笑っている。
あの瞬間は現場よりもテレビの方が良かったかもしれない。おととしの敗者復活のシシガシラを彷彿とさせた。
ネタ以外だと、審査員紹介のときのナイツ塙のコメントも面白かったし、ヨネダ2000の得点発表も面白かったし、豊昇龍関のコメントが素直すぎるのも面白かったし、エバース町田が最終決戦の出順とネタを選んで失敗したという事後エピソードも面白い。
本当に面白かった。
早く、TVerだけじゃなくYouTubeにもネタ動画をあげてほしい。放送をまるまる見るのが1番面白いけど、それだと興味のない人に勧めるハードルが高すぎる。
寝るまで100分しかなかったのでその時間でちょっと余裕をもって見られる日本語のものを探した結果見てしまった。
6点(100点満点中)
まず「呪界」というタイトルを見て、「結界」に対しての「呪界」なのかな?と思ってみたら開始3秒で「あ、樹海と呪界をかけてるのか」と気付いてしまうくらい鈍感なコンディションで見たことはあらかじめ言っておきたい。
1.樹海で行方不明になる主人公たちの担当教授へのインタビュー
の四つで構成されている。
3と4はシームレスに繋がれていてカメラの映像は劣化しており途切れ途切れだったのでその間を再現VTRで埋める構成になっている。ちなみに再現VTRが9.5でカメラの映像が0.5くらいの割合。カメラの映像薄すぎるだろ。どうやってVTRを再現したんだよ。
とツッコミが始まってしまうのだが、これを筆頭に問題が多い、というか意図は何なの?と問いたい部分が多すぎる映画だった。
1.カメラワークの謎
冒頭で担当教授へのインタビューが終わった後、樹海へ向かうまでの再現VTRが始まるんだけど最初俺はこの映像自体が実際の映像(のてい)だと思って見てたのね。後々、ビデオの映像はほとんどが復元できなかったという話が出てきて、実際のカメラ映像が使われるので再現VTRだってわかるんだけど。
なんでそう思ったかっていうと、再現VTRなのにめちゃくちゃカメラワークがヘタクソなのよ。家庭用ハンディカムでお父さんが撮ったみたいな感じ。常になんかグラグラフラフラしてるし登場人物にめちゃめちゃ接写してみたり話してるところに別の演者が通りがかって背中が画面の7割を覆っちゃった状態でも回し続けたり、なんか遠い枝の隙間から撮ってみたり。これが「誰かの視線」だったらわかるんだけど、それにしては不自然なショットが多い。
これが実際の映像ですのパートならいい。もちろん不自然なショットは悪いんだけど、素人が撮ったなぁって演出は実際に素人が撮ったんだでいい。でも再現VTRパートでそれを採用する意図は何なの?
なんか意味があるのかなと思って見てたけど別に何もなかった。ただカメラがヘタクソなだけだった。
普通に俳優を使ったホラー映画として見るにしても没入感を削いでるんじゃねぇかな、知らんけど。
2.インタビューの謎
まず開始数秒で思ったのが「担当教授の喋り方演技すぎるなぁ」ってこと。なんかねぇ、無駄に情感たっぷりに間を取って喋るのよ。ツイキャスのイケボ配信者みたいな喋り方ずっとしてて集中できんわ~って思いながら見てた。
で、唯一生還した女のインタビューも「怖かった」「今も怖い」「当時のことはなんかよくわからん」くらいの情報量しかない。いや、もしかしたらリアルにインタビューしたらそういう感じなんかもしれんけど、これってモキュメンタリーでインタビューパートの中に何らかのヒントがあってほしいじゃん。ない。
登場人物は再現映像では仮名で、インタビューパートでは本名なので音抜きで表現されるんだけど、何か所か環境音は入ってるのに声だけ音抜かれてるところあって処理が雑だなぁと思いましたまる。
あとインタビュアーの声が入らずにテロップで表示されるんだけどあれってインタビュアーの声のパートを切って編集で繋いでるんだよね、普通はね。でもこの作品だと映像一切切らずにテロップに対して被写体が返答してるのでどういう仕組みやこれ?ってなっちゃった。
3.登場人物の謎
ホラー映画の登場人物はコロナワクチンで5Gと共にバカで感情的で不合理な行動をとるようなプログラムを政府によってインストールされているので、そういった行動には目を瞑るとして。
樹海でやる研究内容が「樹海で自殺しようとしてる人を探してインタビューしてみよう」ってイカレすぎたものなんだけど、実際には主人公の女は樹海で行方不明になったと思われる父親を捜す目的をカムフラージュするに偽の研究内容をでっち上げてる。素直に父親を捜したいって言った方が同情引けるし、これを隠してることで話がどんどんややこしくなる。
なんか一人でフラフラ徘徊して遭難の原因を作るし、自殺者の遺留品と思われるものをみんなが止める中いきなり漁りだして周囲をドン引きさせて不信感を抱かせてギスギスさせるし。このパーティーがおかしなことになるの、大体こいつが全部悪い。
4.行方不明の謎
途中で自殺志願者と思われる男を発見するんだけどその後、そいつがなんか追いかけてくる展開になる。男交じりの大学生で、そもそも5対1なんだから反撃しようって流れになると思うんだがそうはならずに、みんなでワタワタと逃げ惑ってる間に散り散りになって最終的に主人公が一人になって闇の中から腕を掴まれてギャー終わり、になるんだけど。
追いかけてきた男はどうやら主人公の父親っぽいんだけどでもそいつ1年前に死んでるの確認されてるんだよなぁってことがエンディング直前に急にテロップで明かされるのはどうなんだって話はいったん置いといて、主人公は父親に連れていかれましたとして。
他のみんなどこ行ったん?
一人は帰ってきたけど。
もしかして暗い中樹海で走り回ったから遭難しちゃってて、今もあの樹海をさまよっているのです。たぶん。ってことなん?それはそれで「樹海怖い~夜の樹海を移動するのはやめよう~」としては正しいけど。
つまるところ全編通して「なんでそうしているのか」という意図が全く不明。
もしかしたら監督も「俺は何撮ってるんやろなぁ」と思いながら撮ってたのかもしれない。呪われていたのは実は監督でしたとかいうメタオチであることを期待して3点足しといたので実質3点。
ホラー映画舐めんな。
あらゆる意味で有名な牧場物語オリーブタウンを遊んでまいりますわ。失踪したら、そういうことだと思ってくださいまし。
◆前回のお話ですわ
https://anond.hatelabo.jp/20250924224338
おはようございます。二日目の朝ですわ。起きたら目の前にヴィクトル様がいらっしゃってたまげましたわ。
心配していた農具は、二日目に頂けましたわ。それにしても、緑地を直接耕すんですのね。ところで、家はいつになったらいただけるんですの???
え?なんでそんなに親切に教えてくれるのかだって?いやいや、キミのじいさんにはお世話になったからな。孫であるキミに恩を返したいんだよ。
恩返ししてぇなら、テントじゃなく家をよこしやがれですわ~~~!!!
それにしても、道具袋の出し入れがかったるいですわね…?決定&キャンセル以外、空いてるボタンがたくさんありますのに。道具袋を一発で開け閉めできるようにすればよろしいのに…カメラも道具扱いなのが、ちょっとかったるいですわね。-ボタンあたりから呼び出せたら…あっ、き、きっと別の機能が-ボタンにつくんですわよね。他のボタンにも新たな機能が増えるはずですわ。きっとそうですわ。本家牧場物語がそんな半端な作り方しませんわよ!
それにしてもきょうびスローライフ系のゲームで、360度視点が変えられないのも珍しいですわね。DS時代の方々には馴染みあるアングルなのでしょうけれど、自然で暮らすのに見回せないのは少し残念ですわ。見渡してもガビガビの木ですけれどね。あと、やすらぎの樹を思い出すカメラワークで、胃がきゅっとなりましたわ。
二日目はほとんど何もできず終わり(いくら何でも疲労持越しすぎじゃありませんこと?)、三日目はクラフト系の指南ですわ。
あらあら?もしやわたくしって、開拓しにオリーブタウンに来たんですの?ここは既に、開拓された土地だったはずでは?
そもそもおじいさまの代が開拓して、おじいさま亡きあとにわたくしが来て、それなのに足の踏み場の無いほど木や石があって、家畜小屋はボロボロ、母屋は跡形もなく…一体どうなってますの?この有様は。
それにしても、他のエリアにはいつ行けるのかしら…?まさかこれ以上無い…なんてことありませんわよね?イオリ様の庵(激ウマ)が「街のはずれ」らしいので、一抹どころか万抹の不安を抱いてますわ。もしや牧場物語史上、最小の街じゃありませんこと…?GBシリーズでも、もうちょっと行ける範囲広いですわ。
ヴィクトル様曰く「資材とお金でログハウスにできる」…あの、おじいさまのご自宅はどうなさったの?ねぇ?
家畜小屋と思わしき残骸は、ギリ生きてますのに…もしかしてわたくし、何か説明呼び飛ばしてしまいましたかしら。それかもしかしてわたくしのおじいさま、めちゃ嫌われてましたの?
畑を作って種をまいて水まきという、ようやく牧場物語らしいことがルーティンに組み込まれましたわ。
それにしても、○○メーカーの類もお道具箱も、全部4マス取りますのね。こんなに敷地が狭いのに。もうメーカー置いたら耕せるところありませんわよ!!
あとはもう石と木で地面が埋まってますし!そもそも、水たまりがあるところが耕せないのはどういうアレですの?畑もまともに広げられませんわ。
それと気づいてしまったのですけれど、木ってぼこぼこ生えてきますの?無限湧きですの?オリーブタウン、観光業ではなく林業で街を盛り立てていった方がよろしいのではなくて?
竹の如く生え散らかしてきて、牧場物語ではなく林業物語になりつつありますわ。生えかけの木を除去できませんし…こういう採取系って、牧場ではなくお山とかの役割じゃないんですの?
あと採取物えらい少ないですわね?木と石が邪魔で見えてないだけかしら???コナミの特許のせいですの???(前回参照)
起きて、水やりして、木を除いて、小さい街で話しかけて…あの、夕方早くには体力も尽きて、やることすべて終わってしまうのですけれど???
とりあえず行けるエリアを広げなければ畑も満足にできませんし、家を建てるスペースなんか…いや、これわたくしまだ納得できてませんわ。家も無いって何ですの?
カブ(バイク)は壊れ、土地は荒れ、牧場だった面影すらなく、家も無く…ええい!どなたか泊めてやる気概のある方はいらっしゃいませんの?現代人は冷たいですわ…よよよ…。
摩擦が無いっていうのは、接触や出来事が無いってことじゃなくってよ…まさか、もう決めてしまったんですの?今後は短期消費ユーザーをターゲットに、無難で万人向けのあっさり味の商品を提供するって…。
かなしいですわ…ニンニク特盛背脂豚骨ラーメンの有名店で、誰でも召し上がれるやさしいおだしの素麵を出された時のような気持ちですわ…。
とりあえず橋はかけますけれど、これ橋を渡った別エリアってなると移動がえらいめんどくさい気がしますわ…ワープ機能があったとしても(ありますの?)、ゲーム内日数のはや数日でゲームバランスに不安を感じておりますわ。
よもや、SNSで散見される「効率重視なら鉱山物語になるよねw」「牧場物語って実質鉱山物語でしょ?w」という発言を真に受けて、家(テント)のすぐそばに鉱山を作ったわけではありませんわよね?そうでないことを信じたいですわ。
そうでないことを、信じたいですわ…。(暗雲)
とりあえずは動物小屋を直さないと、いくらその辺をうろついてる動物を撫でまわし手懐けようとしても意味が無いらしいので(どうしてですの?)、まずは小屋の修繕優先ですわ。人間には立派なテントがありますものね。ぺっ!
この街にはもう慣れたかね。まあ、大都会に比べたら不便なところもあるが、暮らしやすい街だろう?みんなで力を合わせて作ってきた自慢の街だよ。
わたくし街どころか、街の外でテント暮らしなのですけれど???
そんな家ひとつ無い可哀想なわたくしに、観光客が少なくて悩んでいると愚痴るヴィクトル様。愚痴りたいのはこっちの方ですわ。家も無ければ、カブさえもどこに行ったかわかりゃしませんもの。
都会の人たちのハートをがっちりつかむには、どうしたら良いと思う?
▶都会の人の心を癒す
そうですわね。まずは街に来た人を、いきなりテントにぶち込まないことが大切だと思いますわ。
このゲーム、もしかして田舎に漠然とした憧れを持ってはいるけど、自分は別に行きたいと思わない系の都会人が作ったゲームですの?
ここ最近の作品はなんだか、「普通の平和な街を、観光客で賑わわせるついでに牧場をやる」的なものばかりで、住人同士の関係性や絆が、二の次三の次…五の次くらいじゃなくって?その傾向自体は、ずっと前から薄々感じてましたけれど…。
ヴィンテージ牧場物語お嬢様としては、少し人間関係も設定も空気感も簡略的で、物足りないですわね…。
牧場物語お嬢様の中には、乙女ゲームとしての側面を期待して買われてる方もいらっしゃるかもしれませんけれど(そちらの評判もオリーブタウンは芳しくないという噂ですわ)、元々は恋愛も含めた「生活・暮らしを楽しむライフシミュレーション」的なゲームだったと思うのですけれど…そのような牧場物語はもう、出ないのでしょうか…素麵をすするしか、ヴィンテージお嬢様に道は無いのでしょうか…よよよ~…。