はてなキーワード: 瀕死とは
それはガザ地区の民間人を毎日虐殺し続けるイスラエル、そしてそれを支援し続けるアメリカを始めとする西側諸国、自称「世界」への憎しみですね。
先日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のガザ地区での活動を禁止する法案がイスラエルで可決されてしまいました。
UNRWAはガザ支援の最大組織として、74年間パレスチナを支援してきました。
それが止まるのです。
これから冬が来ます。難民キャンプでは洪水も起き、人々は既に瀕死状態です。
それに追い打ちをかけるようにUNRWAを排除すれば、人類史上例のない、人間による大量飢餓攻撃となることは明らかです。
あるいはアメリカの筋書きです。アメリカは大喜びです。飢餓によって虐殺できるなら、めまいがするほど高額な兵器の数々をタダで提供し続けなくても良くなりますから。
ぜひ以下の動画を見てください。5時間前公開された、UNRWA保健局長 清田明宏氏による現状報告です。
このタイミングといい、十中八九、娘さんは清田氏の話を聞いたに違いありません。
ハマスとの繋がりについては動画の 54:22 で言及されている通り、イスラエルの主張する深いつながりを示す証拠を第三者機関が確認できていない状態です。以下に詳細が示されています。
https://www.unrwa.org/unrwa-claims-versus-facts-february-2024
パレスチナ国営放送局Wafa Agencyの動画も見てください。
https://youtube.com/@wafaagency
https://x.com/chun_paretto/status/1859159864242806800?t=Ev96C34QjKoX7s1qtW8H3w&s=19
この人の見た目そのまんま、ff14に実装してほしいけど、生成aiに手を加えているのがネック…。
ことりさんがokを出したとしても、aiの元ネタがことりさんの絵でなければ、元ネタを描いた人に許可を取らないといけない
加工してる人は元ネタが誰なのか書いたほうがいい
でないと、ff14などゲームの運営やアパレル会社がコラボに乗り気でもコラボできなくなってしまう
加工のスキルはすごいけど、権利関係の処理ができてないせいで凄くもったいない
下手にこの手のイラストでお金儲けしようとすると京アニ事件のような目にあってしまうと世の中に示され、京アニが法人として瀕死の状態になってしまった以上、誰も手を付けることができない
そこで!
マスク登場よ!
しばらくもうマスクの無い生活もやっと送れるのかしら?って思っていたけれど
でもここ何日か
口紅するの面倒だからってのがきっかけにマスクしてみたら快適なの!
超快適!ってマスク名のブランドを作って売ったら爆売れ間違いなし路線一直線だと思うんだけど、
一時期はマスク超高かったじゃない!
1箱50枚入り5000円とか!
人々は街中マスクを求めて長蛇の列!
それはもう今は昔の風景なのよ。
その国始まって以来の米不足もさることながらマスク不足に陥ってもなんとか暮らせていたの。
でも今はもう50枚入り990円とか!
社長!安ーい!って
声だけは聞こえてくるんだけれど、
結局何を売ってるのかよく分からないレガシーな過去の遺産をディーブイディープレイヤーだのカセットテーププレイヤーだの売っているのかも知れない鴨鹿。
そんな声に悪寒を感じながら、
いや悪寒を感じたのは
寒気がするのでぞくぞくもうこのタイミングでは風邪引きさん間違いなし!
きっと
風邪の引き始めに飲むでお馴染みの葛根湯ももう飲むには遅いタイミング!
あれって風邪の引き始めに飲む!ってあるんだけど、
ファイナルファンタジーのタイムアクティブバトルで
えーん!
結局パーティーが全滅しちゃうかのような私も今この時期の気付いたときには
風邪の引き始めさんのタイムバーが刻一刻ともう増え続けているの。
そのメーターが増えたときにはもう風邪引き気配を感じているので
葛根湯を飲むには時すでにお鮨!
へいおまち!
よーし!今日は大好きな光り物たくさん食べちゃうぞ!って腕まくりして腕をブンブン回して
光り物の魚のお鮨を楽しみにしている待ちきれない気分なほど遅いもう風邪を引いているの。
そう気付いたときにはね。
だから
って思ってマスク用心で着用しだしたら
凄くないマスク?
予備も念のためもうちょっと買い足しておきましょうか?って思ったけど
いまが50枚入のよく使うお気に入りの銘柄のマスクがなんと980円!
社長!安ーい!もうここまでがワンセットにしたいところ。
うーん、
無くなる間近でいいかーって思ったの。
マスク素敵!
効果抜群よ!
もう葛根湯を飲むには遅い季節になったにもかかわらず、
風邪の気配も感じることが無くなったの!
これってチャンスじゃない?
葛根湯飲むの!
私はそう思って葛根湯チャンス!と思ったけれど
今普通に元気なときに早めのパブロン級に竹下景子さんから勧められたら、
そりゃー飲むかも知れないけれど
もはや葛根湯の飲むことすら忘れていたぐらい通常体力まで
それなんてファイナルファンタジー?って思うけれど
喉の潤いを与えていたの。
マスク凄いわ。
私が忘れていた感情。
マスクの偉大さ!
国内生産が追っつかなくなったからシャープも加勢して創り出したマスク、
今はもはやマスク供給過剰とも言える状況でも今でもシャープのマスクは作り続けられているみたいで、
人類が滅びたのに
それなんてエスエフなディストピア感的なことすら感じてしまうわ。
その多分無人の工場ではずっとずっとマスクが作られ続けるのよ。
もう人類はとうの昔に滅んだというのに。
私は荒れ果てた大地を前にバイクにまたがりながら
マスクは欠かせない。
私はマスクをしっかり着用し
人類はとうの昔に滅亡したと言われているけれど
辛うじて生き残った人々がいるの私のようにね。
「さて、今日はなにかいいスクラップの掘り出し物があるといいわね」
再度私はマスクをして喉に潤いを感じると同時にバイクを今日も走らせるのよ。
うふふ。
以前のお店はタマゴ薄くなったなぁってちょっとガッカリしてたんだけど、
違うお店のタマゴサンドはたっぷりとタマゴがタマゴタマゴしているので、
こっちの方が大満足感高めね!
ションテン上がるわー!
な!なんと電気ポット朝お湯が沸くようにタイマーを仕掛けてつけておいたのに
オーユー!
私はそんなオーマイガッな気分とは裏腹にすぐ沸かせるタイプで秒でお湯を沸かして
いつものように
電源ケーブルには気を付けるわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
例えば「volunteer」と言って伝わらなかったら、
「person who helps other people for free」とか噛み砕いたり、
「As a volunteer, I helped many victims of a disaster.」とか例文を言ってみたり、
アルファベットを一文字ずつ「V・O・L・...」と言っていったりする。
正しく発音する方向で頑張ってはいけない。たとえ正しく発音できてても基本的に伝わらないから。
喋ってて「こいつ俺の話を言語レベルで理解できてないな」というのはネイティブにはすぐ分かる。
分かってないのに相槌打ってるとすぐバレて、あーコイツ俺の話聞く気無いんだと萎えられて会話が終了する。
(それが単にいっぱいいっぱいなだけだと分かってくれる理解ある人を見つけたら、その縁は大事にしよう。)
複数人での会話は最悪諦めて激流に身を任せるとしても、スキあらばちゃんと何の話か分からんと言おう。
稀に、お前の英語は下手だと言うニュアンスで何言ってるのか分からんと言ってくる奴がいる。
英語が本当に下手だった頃は単純に英語頑張ろうと健気に思ってたけど、今ではそれが分からん訳がないのが明白なのにあえてそう言ってる奴がいる事が分かってきた。
それかその言葉を受け入れると仕事が増えたり、眼の前のアジア人をカモれないから。
こういう時どうすればいいだろう。
第三者を巻き込むとか、舐めてんのかと怒ったりして対応してきたが、正直、最適解はまだ出てない。
次回は相手の前で会話を録音し始めるというのも、プレッシャーを与える意味で良いかも知れない。
とりあえずこちらが折れたら相手の思うつぼなら折れないこと。自分の利益に関わることなら特に。逆に今相手は瀕死なんだとポジティブに考えよう。
思い立ったので書く
https://anond.hatelabo.jp/20241012181121
多くの自動車メーカーに影響を与え、後に自動車のスタンダードとなるような技術・理念を持つことを選考基準とした
世界初のガソリン内燃機関を動力とする3輪自動車。現代の自動車の始祖にあたる。
自走式の自動車はモートルヴァーゲン以前に前例があるものの、馬車を改造したものでしかなかった。機動性と実用性を考慮し、ドライバーが手足のように操作できることを念頭に開発された自動車は、モートルヴァーゲンが初となる。「バランスを取ることなく、ドライバーが自由にコントロールできる自走式の乗り物」を自動車とするならば、それを定義したのがこのモートルヴァーゲンといえる。
発明者のカールベンツはメルセデス・ベンツ創始者の一人。その妻であるベルタベンツは1888年、旦那に内緒でモートルヴァーゲンを持ち出し、息子2人と長距離旅行(実家に里帰り)を敢行。ガソリンスタンドなど無い時代に、幾多の故障とトラブルを乗り越えながら往復200kmの長距離走行を成功させている。この時の経験は、モートルヴァーゲンの改良に大いに役立ったという。
世界初の大量生産車。ヘンリー・フォードによるライン生産方式の発明により、一部の富裕層の乗り物であった自動車が大衆のものになった。自動車史のみならず、人類の歴史にに大きな足跡を残した偉大な車である。
大成功を収めたフォードであったが、その十数年後にはゼネラルモータースの台頭により、フォードは窮地に立たされることになる。
いわゆる「ビートル」。基本的な設計を変えないまま2003年まで生産された。累計生産台数は2152万9464台。フルモデルチェンジを含めない単一車種の生産台数としてはぶっちぎりでトップ。
この車の偉大さを伝えるにあたり、長ったらしい解説は必要なし。世界中で広く愛され、たくさんの人々の生活を支えた。
世界で初めて衝突安全ボディを採用した車。衝突時に車体を意図的につぶすことで、衝撃を吸収し安全性を高める。
今では当たり前の技術だが、その当たり前を作り上げ沢山の命を救った功績は大きい。
3点式シートベルト(現在一般的に使われているシートベルト)を世界で初めて標準装備した車。ボルボは「安全は独占されるべきでない」としてこの特許を無償で公開。その結果3点式シートベルトは急速に普及し、世界中の自動車の安全に大きく貢献した。メルセデス・ベンツとともに敬意を。
スポーツカーとしての高い走行性能と、人や荷物を載せる実用性を高い次元で両立させた車。高級スポーツカーとしては珍しくルーフキャリアが装着可能で、荷物を屋根積みすればスキーやキャンプなどレジャーにも使える実用性を有する。初代の発売から現在に至るまで、世界中の自動車メーカーにとってスポーツカーのお手本であり続けている。
エンジン横置きFF(フロントエンジン・フロントドライブ)大衆車の先駆車。コンパクトな車体ながら広い室内空間を確保できるこのパッケージングは、現在の自動車の主流となった。
BMWにブランドが買収された後は、様々な自動車メーカーが挑戦し失敗し続けた「小さな高級車」を初めて成功させたブランドとなった。
フェラーリの創業者エンツォフェラーリが最後に手掛けたスペチアーレ(限定モデル)。希少価値を高めるため「欲しがる顧客の数より1台少なく作る」ビジネスモデルは、高級車はもちろん高級時計やブランドバッグなど、ラグジュアリーブランドビジネスとして今では一般的な手法となった。世界最強の高級ブランドフェラーリを象徴するF40は、自動車業界の枠を超えて特筆するべき製品といえるだろう。
世界初HV乗用車。初代プリウスは赤字覚悟の実験的なモデルだったが、2代目プリウスは商品力を高め大ヒットを記録した。
近年のトヨタはEVの販売が積極的でないため脱炭素できていないと叩かれがちだが、発売から現在までCO2排出削減に最も貢献した車は、他でもないプリウスである。「良い製品でも売れなければ意味がない」というトヨタの考えを地で行く名車。
走るスマートフォン。もはや自分で運転する必要などない時代を予感させ、モートルヴァーゲンが定義した自動車の定義を覆そうとしている。トヨタが「自動車メーカーからモビリティメーカーへの変革」を目指すようになるなど、世界各国の自動車メーカーが経営戦略の転換を迫られた。
また、テスラの運転支援技術が悲惨な事故を引き起こすなど、自動運転技術が普及していく過渡期として重要な出来事も引き起こしている。良くも悪くも、今後自動車史における大きなターニングポイントとして語られることは間違いない。
・1920年代のゼネラルモータース(シボレー、キャデラック等)
たくさんのブランドや車種を展開する販売戦略(多品種少量生産)やオートローンなど、現在は当たり前になっているマーケティング手法を生み出した。自動車史において非常に重要であるものの「これ!」となるような特定の車種を選ぶことができなかったため選外とした。
夢のエンジンと呼ばれたロータリーエンジン。世界中の自動車メーカーやオートバイメーカーが研究したが失敗。唯一実用化に成功したのは、東の最果てにある小さい自動車メーカーだった。高く評価されるべき技術だが、広く普及した技術とはならなかった。
ちなみに、ソ連がロータリーエンジン車を生産していた事実はあまり知られていない。一説によると3ローターの市販車は、マツダではなくはソ連が初だとも言われている。昭和51年にマツダがソ連技術者に工場を案内したことがあるらしく、その際に技術流出した(らしい)。
油圧サスペンションやモノスポークホイール、流線型で宇宙船のような外見など、意欲的な工夫が多数盛り込まれたシトロエンの傑作。特殊な車に見えるが、大衆車として145万台以上生産された。
誰もが認める名車だが、マツダロータリーと同じく一般的な技術として普及しなかったため選外。
ちなみに、油圧サスペンションの油圧はブレーキやパワステ、トランスミッションの駆動にも使われているため、何らかの原因で油圧がかからなくなると、最悪サスペンション、ブレーキ、ハンドルすべてが利かなくなる。
・メルセデス・ベンツ ミディアムクラスW124(1985年)
「最善か無か」最後の時代のメルセデスとして名高いW124型ミディアムクラス/初代Eクラス。安全性を最優先に考え、最善の自動車を実現するべくコストをかけて徹底的に開発された名車。世界中の自動車メーカーの研究対象になった。
しかし、日本車の躍進や東西ドイツ統合による経済的混乱などの理由で、メルセデスベンツはこの車以降、コストをかけた車づくりをあきらめることとなる。
日本車の高級車市場進出の象徴ともいえる一台。この車が出るまでは日本車=安くて丈夫な大衆車だったが、それを覆した。きわめて静粛な車内と乗り心地、そして高いクオリティに対する値段の安さは、全世界に衝撃を与えた。メルセデスが「最善か無か」の車づくりをあきらめたのはこの車が原因。
世界中の自動車メーカーが不可能と思われていたアメリカの環境規制、マスキー法を初めてクリアした名車。ホンダが北米市場で躍進するきっかけとなった。
ちなみに、マスキー法はビッグ3(フォード、GM,クライスラー)の反発により実質的な廃案となる。アメリカの環境規制がマスキー法同水準に達するのは、1995年になるまで待たなければならなかった。
アフリカや中東、南米ジャングルの奥地...。どんな場所でも生きて帰ってこれる車。厳しい環境で、農業や鉱業、人命救助などに活躍している。この車がないと生きていけない人が、世界中にはたくさんいる。
開発者インタビューによると、地引網漁に使われている事例もあったらしい(ランクルで浜から海にざぶざぶと入って網を投げ、引き上げる。釣った魚を売る時にも使う)。
パワーがないけど、軽量で安く走る楽しさにあふれるスポーツカー。デビュー当初、この類のスポーツカーは瀕死寸前だったが大ヒットを記録し、数々のフォロワーを生み出して今に至る。
元々自分は子どもは強く望んでいなかったんだけど、周りの子なし女性と子あり女性を見ていて、どうも子なし女性には憧れる要素が少ないなと思って作った。
40近くになってもまだ美容やら推し活やらに熱中している人を見ると正直イタイなと思ってしまう。
年齢相応に太ってたるんだ顔や体をしていながら、話すことといったらやれ新作のコスメが、推しのコンサートが、と女子中学生と変わらないものばかりで不気味でアンバランスに見えた。
そういうおばさんになるよりは、子どもと旦那がいて所帯じみたおばさんの方が自分にとってはバランスの取れた歳の取り方だと思った。
幸い、旦那も子どもを望んでいたしかなり乗り気ですぐに自然妊娠した。
もう旅行も、おいしいご飯も、美容もファッションも全部楽しみきった。温泉なんて何度行っても一緒だと思う。
旦那とは仲もいいし仕事も順調だけど、残る人生で新鮮な気持ちや新しい発見なんてそうそうないから子どもが出来てよかった。
現代の子もち女性の肩身の狭さも、金銭面も、この先どうなるかわからない不安もめちゃくちゃあるけど、やっちまえと思って作った。
まだ旦那と遊び足りないな、ゆっくりし足りないな、あと5年くらいは二人きりでもよかったかもなとか思うけどもたもたしてられない年齢だし。
今は少し落ち着いたけど、つわりで信じられないくらい吐いた。元々痩せ型なのに8kg痩せた。
ネットで噂のマックのポテトなんか全然食べられないし、水を飲むだけでその水より多い量のなにかを吐いた。
吐いた時勢いが良すぎて便器の中の水が顔に跳ね返った時はなんか笑った。こんなの聞いてないんですけど。
シャレなしで一日8回吐いてた。それが2ヶ月と2週間あった。毎日あった。
この時は本当に妊娠を後悔した。エコーで見る子どもは生き物には見えないし、愛着なんか持てる見た目をしてない。
ただ胎児が体の中にいると起こるつわりで、これほどダメージを受けると、自分は人間じゃなくてエイリアンでも妊娠したんじゃないかと思うくらいだった。
それまでは面倒見のいい妻と、それに甘える夫という関係性で、夫のダメなところもかわいいものだと思っていた。
しかし自分が2ヶ月と2週間毎日8回嘔吐して、動悸息切れ、脱水症状、頭痛、微熱というコンディションだと精神的に参ってしまった。肉体的にも参っていたのだが。
夫の飯も作ってやれない、飯を作る夫の香ばしい匂いで吐くから怒りが湧いてくる(理不尽)、一生懸命外で働いてくれた夫の匂いで吐くため近づいてほしくない。
自分がつわりで瀕死になっている時でも、元気いっぱいな夫が元気に話しかけてくるとなんか不平等な目にあっている気持ちになってイラついてしまう(理不尽)。
だからといってヒステリックにキレるわけでもないのだが、(そんな体力もない)LINEで換気扇をつけ忘れてごま油で餃子を焼かないで欲しいというメッセージを送ったりする。
何か食べられるものはないかと毎日おつかいに行ってくれる夫の優しさに、風呂に入らないならベットに来ないで欲しいというモラハラ行為をしょんぼりと受け入れる夫の心の広さに、私は甘えきっている。本当に申し訳ない。
たまに夫の排泄痕が残った便器に顔を近づけて吐いていると、おいおい勘弁してくれと思う。
でもつわりは産んだらなくなるのだ。産む前にもきっと軽くなるのだ。こんな思いも長くてあと数ヶ月。
夫には大変申し訳ないと思っているし伝えている。まさかこんなに体調をやられるとは思わなかった。完全にナメてた。
こんなモラハラ?妊娠による特別期間限定のモラハラに耐えて、それでも大好き、かわいいと言ってくれることを忘れない。
ヒゲも剃ってない、腹毛も波打つくらいに濃くなり、毎日ノーブラパンイチ、風呂は週に2回、肌荒れも酷い、ただ横になってたまに家事をしてベッドでパソコンを打って仕事してるきったないおばさんの私を大切にしてくれて本当に感謝している。
赤ちゃん含めて絶対に幸せにする。だからすまない、次は多分陣痛の時に信じられない罵倒とかしちゃうと思うけどもう少しだけ一緒に頑張って欲しい。
いつか、子どもも巣立っていった時にまたふたりで旅行にも行きたい。
思う存分酒も飲んで、食って、寝て、もうおじいさんとおばあさんに近い年齢だろうけどキスもしたい。ぎゅっと抱きしめて寝たい。
色々あったけど乗り越えたね〜って、今からじゃ想像もつかない色んな壁を水に流して、まあ楽しかったねって言って達成感を得たい。
そうしているうちに寿命が来て欲しい。私はこの人と家族を作って生きて死んだな、よかったって思いながらいつのまにか死にたい。
アニメ化もした「不徳のギルド」は、従来人間を殺害しようと襲うだけだった魔物たちが「性的に襲う」という異常行動を取るようになり、女の子たちが乳首やまんこを責められて感じまくるエロファンタジーだ
アニメでは地上波やBSや円盤など媒体ごとに4段階の規制が敷かれ、見比べる楽しさがあり円盤不況の近年の中でわりと売れた
アニメはエロパートだけで終わったが、原作はシリアスな戦いとエロパートを交互にやっている
モグラは突然変異で生まれつき知性と強い能力があり、人々から崇拝対象となったことで神格を得て村の守り神をやっていたが、20年前に失墜
20年前、銃器が発明され文明の発展が著しかったが、世界神の一角がそれを不快に思い文明を望ましい位置まで引き下げるため、人類数千万人を殺害する間引きを行った
モグラは地方で神様やってただけにすぎず、世界神と渡り合えるほどの能力はなく、なんとか世界神の遣いの進路を曲げて村人の命は救えたが居住区や、他の村へつながる道は破壊された
命だけ残っても暮らしていけず、道がなくては支援を待てないと村人たちは怒り、モグラへの信仰心を失った
世界神に間引き対象にされた地区とそうでない地区があり、その基準は不明で意図があるのかランダムか不明だが、モグラのいた村が襲われたのはモグラなんかを祀っていたせいではないかと噂され、村人たちは弱ったモグラを殺害しようとした
逃げ延びて人里から離れた後、無垢の魔物たちに知性を授ける能力を持っているため魔物たちに自らを信仰させることで神格を維持した
恩義を捨て迫害してきた村人への恨みと、守り神なき後で村人に危険がないか心配する思いを抱えつつ、モグラは魔物サークルでその後十数年平和に生きた
村人はモグラに復讐される可能性に怯え続け、守り神がいないためたまに起こる軽微な魔物からの攻撃をモグラの差し金と思った
山の魔物がモグラの魔物サークルに隷従して人を襲わなくなったのも、来たる復讐の日に備えていると解釈された
彼女は恩を感じてモグラにたびたび会いに来るようになり、そしてケモナーなのでモグラを愛するようになった
モグラもヒトナーなので二人は相思相愛になり、来たる日に結婚式を挙げることになった
しかし挙式前に女性は死んでしまい、事故のように装われていたが殺人だと判明した
魔物に知性を持たせ信仰させることで神格を維持するという仕組みに村人は気づいておらず、密かに信仰を続ける人間がいるせいでモグラが能力を維持していると誤解したのだった
魔物サーで平和に生きていくつもりだったモグラは恋人殺害によって村に攻め入ることを決意した
過疎化の進む村には魔物と戦える者がいないので、違う村に住む主人公たちが戦うことになった
主人公たちはモグラの悲しき過去を知り非常に戦いにくいし、モグラのターゲットは女性殺害の実行犯と20年前から確執のある村の老人たちだけなので、部外者の主人公たちとは戦いにくい
モグラの部下のアナグマの魔物は主人公らによって瀕死の状態にされ、知性ある存在を殺したくないから投降するよう求められる
アナグマはヒロイックに描かれ寝返りそうな雰囲気も出していたが、結局は最後の力を振り絞り女性殺害の主犯格を襲う
アナグマは植物を操るスキルを持ち、主犯格の身体中に木の根のようなものを突き刺し肉体を植物化させ、パキラとかみたいに首をねじねじする
主犯格は木になり、殺されない限り永劫に肉体を植物に犯される苦しみを感じ続けるようになった
今までのこの作品では見られなかった、ホラー漫画のようなグロい描写だった
それと引き換えに魔力を使い果たしたアナグマは死亡
アナグマはいわば主犯格との相打ちのようになり主人公らが手を下すことはなかったが、モグラは殺しちゃうのかな
エッチコメディ漫画だったのにどうしてこんな鬱ストーリーになっちゃったの
モグラ死なないで
僕のヒーローアカデミアって漫画、最近最終回を迎えたのでまとめて読んでみたんだけど。
どうも全体として違和感というか、構造的な問題があるように感じる。
この漫画では大多数の人達が個々人によって異なる特殊能力を持ち、それは「個性」と呼ばれている。その「個性」を用いて救助活動をする職業をヒーロー、「個性」を犯罪に用いる人間が敵(ヴィラン)と呼ばれている。
で、敵の親玉としては表向きのラスボスとして立っている若い男性と、その背後にいる「個性」黎明期からの黒幕がいる訳だけど。
このうち黒幕の方は本当に絶対悪とでも言うべき存在で。世界で最初に「個性」に目覚めた人間であり、生まれた時から奪う事が当たり前で、他人を殺し、奪い、利用、支配し、双子の弟への執着も自己の所有物としてのもの。一応、生まれつき身寄りのない孤児で不幸な境遇ではあったものの、彼の人格形成にそういう環境要因を読み取る事は困難。本当に同情の余地など何一つない絶対悪として描かれている。そしてその黒幕は一旦、主人公の幼なじみによって倒される。
一方、ラスボスの方はそれに比べれば同情すべき人間として描かれており、彼を救う事が終盤の主人公の動機になっている。
しかし、主人公とラスボスとの戦いのクライマックスにて、黒幕がラスボスの意識を乗っ取る。
ラスボスは触った対象を崩壊させてしまう「個性」を持ち、幼い頃にその「個性」の覚醒によって家族全員を皆殺しにしてしまった過去があるんだけど。結局彼にその「個性」を植え付けたのは黒幕で、最終的に乗っ取るための仕込みだった事が発覚する。しかも幼少時のラスボスを苦しめた父親すらも、黒幕によって誘導されていた。これは重大な真相の筈なのに、それを知った(と思われる)主人公の反応が特にない。主人公は黒幕を倒した後、改めて精神世界でラスボスと対峙するものの、やった事は許さないと言って倒して終わる。重大な真相の扱いがあまりにも軽い。
仲間達に励まされて最後の力を振り絞る主人公の姿は、感動的ではある。しかし主人公とラスボスの対比構造を強調し、ラスボスを救いたいと言わせてきたのに、最後の戦いはあっさりと、本当にあっさりと終わってしまう。そのせいか主人公の影が薄く感じてしまうというか…。元々、主人公のクラスメイトの父親に過ぎないキャラクターに、多くの筆量を費やした漫画だった。そちらでは彼の虐待の結果として敵に回った長男を瀕死の状態で生かして確保していた。それと比べると主人公とラスボスの顛末は雑というか。ああいう真相があったならば主人公はラスボスを生かして救おうとして、ラスボスが黒幕もろとも自死するとかの方が王道なんじゃないか。
最終回近くのエピローグで、ラスボスに焦点を当てた回がある。しかしその中で黒幕との関係は何故か語られない。専ら大衆やマスコミが愚かで何も分かっていない、といった描写。いや社会がどうこう以前に、悪意を持った特定個人に誘導された結果だし、その特定個人はどう見てもナチュラルボーン絶対悪だったんだが…!?主人公はラスボスの仲間の一人に面会し、最期の言葉を伝えるが、やはり黒幕との関係は特に語らない。その仲間はラスボスは自分達のヒーローだったと言い、獄中で本を書いて出すんだけど、真相を知らずして本が書けるものなんだろうか。
つまり物語全体としては明らかに絶対悪たる黒幕がいて、そいつが大体悪い事になっているのにも関わらず、エピローグでは何故かその存在が触れられず、世間からも主人公からも殆ど無視されるという不思議な事になっている。この漫画全体のテーマとしては、社会全体に問題があり、皆の努力で少しずつよくして行こうという方向性なんだと思うんだけど、それにしてはどうにも黒幕の存在が邪魔。まあ黒幕以外にも自然発生的な「敵」は大勢いて、それに対処する必要があるのは確かなんだけど、それにしても黒幕が作中でやった事が大きすぎてノイズなんだよね。
増田、「レヴェナント: 蘇えりし者」という映画を知っていますか?
この作品で、名優レオナルド・ディカプリオが主演を務め、過酷な自然の中でのサバイバルと復讐の物語を描いています。
「1823年のアメリカ北西部。毛皮ハンターのヒュー・グラス(ディカプリオ)は、仲間に裏切られ、瀕死の状態で置き去りにされる。
しかし彼は、不屈の意志と驚異的な生存能力を駆使して、何とか生還を果たす。
この旅の中で彼は、自分を裏切った仲間への復讐心を抱きながらも、自然との闘いに立ち向かうのです」
この映画を見ると、フリーランスとしての働き方と似た部分があるかもしれませんね。
過酷な環境の中で自分自身の力で生き抜き、選び抜いた仕事を全力でこなすという点で共感できる部分があるでしょう。
ところで、増田がフリーランスとして感じた「給料は増えたが、不安定さや税金、年金を考えると増えた気がしない」という点や、「常に仕事をする必要がある」ということ、そして「若いプロジェクトリーダーとの齟齬」については、まさにフリーランスならではの課題ですね。そして45歳という年齢もまた、経験と知識を糧に、新しい挑戦に向かう時期だと思います。