はてなキーワード: CGとは
手書きCG集ってスチルとして選抜した上で16枚とかになるわけ
これまで売れてたCG集が高品質なエロ絵に僅かな差分で大量のページの紙芝居するって方式だったところに
売れ筋のAI製有料CG集を片っ端から複製して割安で売ればいいのにね
AIが受け入れられてるわけではない。
の根拠にはなってない。
むしろニーズのあるところを狙えば売れる(元増田によれば手描きを抑えて売り上げトップ)のであれば
それは「AIが受け入れられてる」と言って差し支えないのでは。
んん?
「情報商材を買うな!」はわかるが
「商材を買わずにAIイラスト集作って売れ」って言ってるみたいで
それはAIが受け入れられてるのではなく、手描きの人が描いてくれないからAIに甘んじてるっていうんだぞ。
需要があるのは確かだが、それらがマイナージャンルではなくなって手描きが描き始めたらAIは消滅する。AIが受け入れられてるわけではない。数が少ないからAIの島にしかないだけだ。
後、今こんな感じで、まだまだAIイラストもいける!と広めて情報商材売りつけるのが、最近のAI絵師の流行なので気を付けようね。
まず「一般人に生成AIの絵が受け入れられているか?」と言われると
という結論になる。
メインフィールドであるFanzaの話になるが、2025年一番売れたエロ同人は生成AIで作られた物だ。
特に生成AIは去年初頭ぐらいにランキング廃止とほぼ全ての割引券が適用されなくなったという特大ハンデを背負った上で
普通に売れてるので新着チェックしてる連中が一定数いるという実証にもなっている
俺も市場調査の為に結構な数を買ったがなぜ受け入れられているかというのが大体分かったのでつらつらと書いていく
それを踏まえた上で生成AIでもやはりクオリティの高いものは売れている。
そしてその売れてるものの共通点として3つ分かったことがある。
これに関しては不思議な事はなく、前者は「元々リビドーをくすぐるシチュエーションを構築できる奴が新しい武器を持って大暴れしている」という話で
前者は奥付にノクターンの垢を書いてたりする人が結構いるので、それなりに信憑性はあると思う。
FanzaのAIコーナーを見れば分かるが売れ筋に妊婦・出産・孕ませが異常に多い、これはかなり特異な傾向だ。
これがどういうことかというと俺含めて手書きしてる連中はこのシチュエーションを欲している客をこれまで取りこぼしていたわけで
つまるところマーケティングを怠っていたという事だ。
ここは生成AIがどうとか関係ない部分で金脈を逃していた所なので素直に反省しなければならない
あと、やっぱり生成AIでも手書きと同じくオリジナル作品のほうがたくさん売れている傾向があるので
やはり一般消費者に広く受け入れられているのだなという結論の補強になった。
んで、今後エロ以外でも受け入れられるかというと答えはほぼ間違いなく受け入れられると思っている。
何故ならこの日本の流行りはエログロから始まる事が多く、それがいろんなメディアを通じて濾過されて一般オタク、もっといけば一般人に受け入れられるモノになる
ナウシカは異常に分かりやすい能天気なオチにされてしまったので…😟
それより、もののけからCGを導入したと思うんだけど、宮崎氏が大反対して、
なんだったか、コンピュータに人間が支配されていいわけがない、みたいな頓珍漢な事言われたり、CG班が侮蔑されて、
でも、段々デジタル導入して、やり直しが何度もできたりして試行錯誤できるようになったら、
AI使いなのかYotuberの編集上がりなのか知らないけどプロとして活動してない人間の作る映像はまあ違和感あるよねってのが一つの感想
見てすらないXに流れてきたカットだけだが
まず映像って見せたい部分を常にカットの中心に持ってくこなければいけないというルール1960年ぐらいのハリウッドからあって
少なくとも呪術廻戦のカットとして見たものは全て中央付近にすらなかった
観客の視線が常にフラフラ左右に動くことになって疲れるんだよね
あとリズム感が悪い
これCG上がりとかだと良くあるんだけど物理法則を守ろうとしちゃうからそうなるんだよ
少し前のダンスバトルのアニメーションもそうだけど人間の脳が勝手に補完するから
そのままモーション流すんじゃなくて前と後ろにモーションを細かく配置して、中は省略する
モーションブラーなんかはまさにこの脳の錯覚を利用するために出始めを重くしようって考えられたエフェクトなんだけど
物理法則に従って全て等速でおいてしまうからスピード感もないし違和感も出てしまう
結局プロとしてやってこなかった人って独学で好きなことやろうとしてその個性を買われて仕事を得てるわけで
そもそもそういう基本を学ぶ学習意欲みたいなのがあったらプロにもなってないよねという感じで
最近の素人イラストレーターを現場に輸入する文脈で作り上げた作品を既存の枠組みで評価することに違和感を覚えている
手を下げるときにその平に受ける空気からの反作用で飛べるというイメージが現実はともかくどこかで筋が通っているような感じがしているんだと思う
今はヒッグスフィールドとかあるからそういう荒唐無稽な夢もcg素人でも他人に見せる形で形にしやすくなっているいい時代かも知れない。
dorawiiより
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ポール・"バカ映画撮るほう"・アンダーソン(以下PWSA)映画だなぁという印象。44点。
ネットフリックスでランクインしてたので見たんだけど、まぁまぁ、いろいろ言いたいことは出てしまうわねという感じ。
アメリカ軍所属のミラ・"ヨ"ヴォヴィッチ(本人こだわりの発音)らは行方不明になった友軍探索中に異世界に召喚されてしまう。そこはゲームモンスターハンターの世界でディアブロスにボコられたりネルスキュラに殺されたりしながら、原住民のトニー・ジャーと合流。喧嘩したり仲良くなったりしてディアブロスを討伐し、リオレウスと戦ったりする。
俺がそもそもモンハンめっちゃやってる民とかじゃなくて、最後にやったのがたぶん中学時代の2ndG(社会現象だった気がする)とかなので、楽しめるかなぁと思って見てたら出てきたのがディアブロスとリオレウスと蜘蛛だったので、こいつらだったら俺も知ってる!ってなったら最後の最後で全然知らん奴出てきて草。
まぁ別にやってなくても地中に棲息する超強い奴と、空飛んで炎を吐く超強い奴だけわかってればそこは問題なく楽しめる作りにはなってるので。モンハンやってないからなぁっていう人でも別にそこは障壁にはならないと思う。
まずいいところ。
映像。まぁ、冒頭の砂上船舶がディアブロスに強襲されるシーンがめちゃくちゃちゃいちくてすげー不安になったけど、まぁPWSA作品だけあってCGの出来は一品。ちなみにエイリアンVSプレデターとかバイオハザードシリーズとか撮ってる人です。
モンハン世界のモンスターがわりとちゃんと実在感をもって描かれていて、スペクタクルアクションとして映像面では全然楽しめる出来になっていると思う。恐竜映画としてのディアブロスの迫力もすごいし、後半、なぜか現世に転生してきたリオレウスとアメリカ軍との戦いも超面白い。本当にこれが一番見たいモンハン映画展開かと言われれば口を濁すしかないんだけど、でもモンスターと現代軍の戦いはやっぱちょっとロマンあるじゃん。
少なくともこの2体との戦いパートは普通に合格点出せる出来だと思う。
あとアイルーも実写化したらこうなるか、こうやってみるとちょっと怖いなってなったり。
あとは概ねよくなかったかな。
脚本の粗は言い出したらきりがないので今回はいったん省く。たぶん語られ尽くしてると思うし。
特に気になったのは、今作はまぁその、転生したらモンハンの世界だった!?という「なろう」展開なんだけど、それとは別にアメリカが抱える日本なんかよりもずっと古くから流行し続けている「なろう」展開があって。それがいわゆる「白人酋長もの」というもの。
起源は1950年くらいの映画、その名も「白人酋長」だったかな。文明的に発達している白人が、未開の地に行って文明の利器を使って原住民に崇め奉られるっていう現在大流行中のなろうの本当にテンプレみたいな作品で、わりとコレ系統の作品がアメリカでは繰り返し作られ続けているんだけど、本作はまさにこれ。
特に顕著だったのが、ミラがトニーと仲良くなる際に持ってきていたチョコレートをトニーに渡す。恐る恐るチョコレートを食べたトニーはあまりに美味しさに我を忘れて貪り食べてそれ以降「チョコレ」「チョコレ」と繰り返し話すようになるという展開。
これさぁ、仮に白人同士でやってる分にはギリいいよ。なんでタイ人のトニー・ジャーをあてたん?差別意識が透けて見えてるよ。あと敗戦国日本の生き残りとしては渡したのがチョコレートってのも鼻につく。
後はモンハン世界ではモンハン世界の言語が話されているのでミラとトニーはコミュニケーションに苦労するんだけど、「チョコレ」の件も含めて言語を習得していくのは「トニーの方」なんだよ。まぁ「餌」くらいしか覚えないんだけど。そこは相互にやれや。むしろミラは国連軍に帯同してた立場なんだから現地民の言語を積極的に理解しようとする姿勢を示せ。
その後、原住民の首長に出会ったら「実はこの世界は昔、現世とつながっていた」ことが明かされて、首長はその流れもあり勉強した結果"英語"が話せるという設定になってるんだけど、なんで英語なんだよ。最初の砂漠はどう見たってアメリカじゃなかっただろ。あの砂漠に世界を繋ぐトリガーがある設定だったと思うけど、だったら話される言語はおそらく中東の言葉なんじゃないか?なんで英語?
あとはアレだなー、ディアブロス、蜘蛛、草食のやつ→リオレウスになるんだけど、リオレウス戦の直前から急に属性武器が出てくる。それまでは銃火器といった現代兵器とトニーが持ってる爆破弓(火薬を付けた矢を撃つ)と蜘蛛の毒針を利用した毒弓という現代の延長線上の武器を使っていたのに、急に剣を振ったら炎が出たり、刃が帯電してバチバチ鳴り出したりするので、世界のルールどうなってんだってなっちゃった。
普通に炎属性とか雷属性のモンスターを出してそいつらの皮とか牙とか使って武器作る行程入れたほうが映画的にも楽しかったし、世界観の説明としてもわかりやすかったんちゃう?無駄に長いVS蜘蛛のエイリアン、バイオハザード展開バッサリ削ってさ。蜘蛛なんかモンハン要素の1%未満くらいの割合しか占めてないんだし。
たぶん映画見てた人の8割くらいはこれ何の時間?と思ってたと思うよ。
まぁそんなこんなでPWSAのバカ映画を見る気持ちで60点の映画を見るつもりで見れば2体のモンスター戦で十分元取れるとは思うけど映画としては上等とはとても言えない。死ぬほどこけたって話だけどさもありなん。
実際に起きた(とされる)英雄譚を一般サラリーマンの自分はどう飲み込むべきなのかという問いを突き付けられた映画だったけどそれはそれとしてトーゴーは可愛いしデフォーはシブいし映像はキレイ。64点。
1925年のアラスカ。ジフテリアが大流行し街がピンチになるもブリザードが吹き荒れ航空機輸送は困難。しゃーなし危険な陸路を偏屈なノルウェー人のウィレム・デフォーとハスキー犬トーゴー率いる犬橇隊が挑む。実話に基づいた奇跡のハートフルストーリー。
まず映像がよかった。
ブリザード中の映像なんかは流石にこれCGだなぁって思うところも多かったけどその映像自体もめっちゃ不自然っていうよりはうおーすげ―って感じだし、特に氷結した湾を渡る際にどんどん氷が割れていくスペクタクルは「んなわけない」と思いながらも手に足握る緊張感があった。引きのショットで見られるバカみたいなスケールの雪山とその中の犬橇隊って構図はやっぱり自然のすさまじさを実感できる。
こいつずっとおじいちゃんやけど逆にずっと老けないなって思うデフォーはあの顔の持つままの意思が強く偏屈だけど情に厚い部分もある職人キャラをうまく演じていた。あの彫りの深すぎる顔と雪山がまた会うのよこれが。
んで今作の主役の一人でもあるハスキー犬のトーゴーね。子犬期はやんちゃなクソガキ感がある演技をちゃんとしてるし、成犬期になってからも人懐っこさとリーダーシップの両方兼ね備えた名犬なんだなって見ていてわかるようにちゃんと演じられていてとてもよい。他の犬たちも演技が上手でね。特に子犬期のトーゴーが大脱走するパートとか、最初は脱出に頑張るトーゴーをワクワクした感じで見ていたのがだんだん飽きてきて成功したら大盛り上がりって言うのをちゃんと演技デザインされていてほんわかした。
ちなみにトーゴーは東郷平八郎からとられていてこれは日露戦争の日本海海戦で東郷がロシアのバルチック艦隊を壊滅させて北欧がヒャッホーしていたという文脈からでデフォーは今回はノルウェー出身という話なので「噛ませ犬が大逆転」の象徴としてその名前を付けた。歴史の教科書でもトーゴービールとか習ったなぁと思い出しましたよ。
まぁ話としては元々はワクチンがある街まで大往復する予定だったのが途中でリレー形式に変わってデフォーは最も過酷で最も長距離を走ることになる。
作品としては走って何度も危機に面するもトーゴーとデフォーの絆で乗り越えていく1925年の犬橇隊と、身体が弱く陽キャすぎるトーゴーに犬橇の才能を見いだせずに何とか追い出そうとする1915年のデフォーの奮闘をカットバック形式で描いていく。絆で危機を乗り越える→その絆がどうやって芽生えていったのかを映すのらせん構造になっていて緊張感を途絶えさせないいい演出だなと思いました。
ただ個人的にめっちゃ気になったのが今作の大見せ場でもある氷の張った湾をショートカットする展開。行きと帰りで2回あって行きは大ピンチを潜り抜けて、帰りはウルトラデンジャラスピンチを潜り抜けそこなって最後はトーゴーに過大な負荷をかけてギリ脱出するんだけど。
これさすがに蛮勇では。
もちろん今にも死にそうな病人がいるから1日でも早くワクチンを届けたいのはわかる。1日のショートカットで温存できる体力もわかる。でもそれで自分たちが全滅、行きだったら「もうワクチン取りに行ける人いません」、帰りだったら「ワクチンは海の底」で町が全滅しかねない状況で、他に方法がないならまだしも実在はする迂回路がある上でこの極大リスクをとる必要はあったのかとサラリーマンの俺は思ってしまったよ。
結果的にトーゴーは極大の疲労とストレスで身体を壊し犬橇からは引退。その後、デフォーは「俺には何の覚悟もなかった」と自分の無策と逸りを悔いていたので彼自身もこの選択が正しいことだったと思っているわけではないということなんだろうけど、見ていてなんかモヤモヤしてしまった。俺も年取ったってことやな。
敢えて言うなら「その1日」の重みをもうちょっと作中でデザインできていればよかった。嫁さんが「夫は行けそうなら行く人よ!」って言ってたけど、じゃあそれは蛮勇やなってやっぱなっちゃうし。その1日が重要なんだともっとわかりやすく示してくれてれば納得感が上がったかも。
そして実話ではこの大輸送で実はトーゴーは無傷でピンピンしてるしそもそも湾は割れてないしで、何の話やってんと思わんでもないんだけどまぁそこは実話ベースのフィクションだから……
そしてその後、やたらとバルト(相撲取りではない)を敵視する視点が入って、ははぁ~んこれはバルト(1995年のアニメ映画、今作と同じアラスカ大輸送をテーマにしている)で一発当てたユニバーサルに対する今作を製作したディズニーの確執だなと思ったりせんでもないが、実際のところトーゴーが正しく評価されたのは2000年代に入ってからのことなので「まぁ言っとかないとな」という感じではあったんだろう。
ちなみにバルトは最終的にワクチンをもってゴールインした犬。新聞などでも大きく取り上げられ長らくこの大輸送でのヒーローとされていたが、実際に走った距離はトーゴーの5分の1程度とされており最近ではいろいろと見直されている。と映画内で説明があります。
そんなこんなで「大自然の美しい映像」「犬と人間のハートフルストーリー」「犬と人間の職人としての生きざま」「大スペクタクル」とこの手の作品で見たいと思える映像はほとんど見られるので、犬好きにはマストでオススメ。ネコは出てこないのでネコ好きにはマイナス。
時系列的には近畿地方のある場所についての前に撮られた作品なんだけど病理は同じ。むしろマイナー原作でおそらく低予算なだけに製作者側のエゴによりめちゃくちゃになってる作品だった。
主人公一家がとある吹き抜け3階建ての一戸建てに引っ越してくるが何やら異変が。そうこうしているうちに妹は発狂し父親は心筋梗塞、祖父は心不全、弟も妹も母親も惨死する。取り残されたボケた祖母と主人公。しかし祖母が覚醒し主人公と共にこの家に取り憑く怨霊との戦いに挑む。
というお話。てかここまでは公式のあらすじにも書いてあったし、事前情報でも出しまくりだったけど「ボケてた祖母が覚醒して暴れだす」っていう転換がこの作品のオモシロポイントの一つなのは間違いないから隠しといたほうがよかったんちゃう?俺は原作組だけど「あ、そこ出しちゃうんや」って思ったわね。
まず建物がよくてぇ。リビングが吹き抜けになってる3階建ての一戸建てなんだけど吹き抜けになってるからカメラワークが割と自在で、下から見上げるショット、上から見下ろすショット、吹き抜けを挟んだショット、階を跨ぐショットといろんな不気味ショットをうまく使ってて技術で怖がらせてくる感じがめっちゃよかった。
あと前半の怨霊によって家族がどんどんおかしくなって死んでいく追い詰められパートはザ・ホラー映画って感じでテンポ感もテンション感もよくて一生この時間が続けばいいのに(家族が15人くらいいれば……)と思うくらいにはよくできてた。電気チカチカして人が出たり消えたりも好き。
んで、み~んな死んじゃってそしたら急にババアが覚醒して「死者に対抗するには命を濃くするんじゃ」つって急に健康生活を強要してくる展開もめっちゃよかった。このあたりのハチャメチャさはコワスギシリーズの白石っぽさもあるし、原作の押切っぽさもあってその両方の良さが出ててすっごいよかった。
命を濃くするんじゃ煙草スパーッってそれ命薄まってるのではと思わんでもないけど、前半では完全にボケ老人だったババアが急にめちゃくちゃ強者感出してきて、しかもそれもバチっとハマっててキャスティングもいいしこのパートの楽しさは本当に◯。
「死んだ人間より生きてる人間のほうが強い」というポジティブなメッセージ性もよい。強く生きる、善く生きることが死に対抗する唯一の方法という考え方も個人的に好き。死人に対してよちよちしてあげることで成仏させようという甘っちょろい考えではなく、死人が寄り付けないほど強く生きろってあんま見ない展開だし。
ただなぁ。そもそもの根本設定の改変、そしてその解決方法。この組み合わせが正直どうかと思う。
原作では怨霊サユリはイカれた引きこもりで家族は好きだが感情の制御が効かず大暴れした挙句、刺されて首を絞められ殺害され埋められて幸せそうな家族全般を恨んでいるという設定だった。そして解決方法としてババアがサユリの家族を拉致ってきて彼らを拷問することでサユリを脅迫し追い詰めることに成功。
しかし映画版ではサユリは父親に性的虐待を受け母親も妹もそれを黙認、自分の容姿を恨み過食症になり巨漢の引きこもりに。母親に「元の家族に戻ろう」などと供述されブチ切れたところを家族全員で返り討ちにされ埋められる。そしてババアが拉致ってきた家族を殺害するも怒りは晴れず、主人公の生(性)への執念に敗北する。
いや、原作改変しすぎでは。
こんな話にする必要あった?でさ、原作ではまぁもちろん大暴れしたサユリが悪いんだけどサユリは家族が好きだけどうまくいかなくてそれを逆恨みしてるからこそ、ババアがヒールの立場で怨霊にやられたことを怨念に対してやり返すというワンダーがあったわけだけど、今作では怨念を満足させるためにそれを手伝ってるようなもんだし。それは違うんじゃねぇかな。
あと性的虐待を受けて歪んでしまった女子に対抗するための文字通りのパワーワードが「元気はつらつ!おまんこまんまん!」でホンマにええと思ったん?俺は白石晃士が実は男性の加害性に常にある種の冷静な目線を向けているタイプの作家性の持ち主だと思ってたんだけど、このシーンどういう気持ちで撮ってたん?サユリに取り込まれたクラスメイト女子を救う叫びも「俺は住田とヤりたい!」でホンマによかったん?ホンマによかったんか?
俺がサユリだったら成仏する前に女を性器として見てるこいつだけは叩き潰す!ってなるけどな。
あとサユリの中からCG触手がウゾウゾ出てくる展開な。な~に、御存じ白石印みたいな演出してんだ。ぶっ飛ばすぞ。近畿地方もそうだったけど原作アリ映画でバカみたいな演出すな。ご存じ演出が許されるのはチャカチャカのトニー・スコットとか鳩と二丁拳銃のジョン・ウーとかバカ話のタランティーノとかそのレベルだろ。
申し訳ないけどある程度の強度の原作がある作品でお前がご存じ演出しても喜ぶのはごく一部のお前と懇意の映画ギークとお前の映画のマニアだけだぞ。俺もお前の映画のマニアの方ではあるけど今回は原作の押切マニアでもあるからダメだ。許さねぇ。
不能犯ではちゃんと原作に沿った映画化しとったやん。急にどうした。
そんなこんなでババアが覚醒するところまでは面白いけど最終的にこれどうなん?って感じの作品になっていて原作派としては微妙だったし、原作抜きにしてもラストの展開はこれ本当にどうなん?って感じだと思う。見るに堪えないって程ではないにせよもっといい映画化ができたと思うだけに残念。
俺は基本的には白石晃士が好きなんだけど嫌いになってしまいそうだ53点。
もうちょっとフェアにつけるなら前半~中盤81点。後半25点。
とあるオカルト編集者が右目が溶けて失踪。その後を継いだ赤楚と仕事を頼まれたライターの菅野美穂は編集者が調べていた資料を基に調査を開始するがどれもバラバラの映像で埒が明かないと思いきや、徐々に共通点が明らかになっていき……
というお話。
原作の小説?は増田でも議論が沸騰した話題作らしいんだけど俺は未読。140文字以上の文章は読めないんだ。勘弁してけろ。
その上で、でも確実に言えるのはこれは白石晃士の映画だろうということだ。前半から後半にかけての調査パートは白石映画のいいところが存分に出ているし、終盤の遭遇パートは白石映画のうんちっちなところというか、混ぜるべきではない白石エッセンスが出すぎている。
まず調査パートでは失踪した編集者が集めた様々な映像を2人が見ていき、たまに聞き取りに行ったり幕間で不思議現象が起きたりという「ほんとにあった!呪いのビデオ」形式で進められる。その映像も一般人が撮影したもの、テレビのバラエティ番組の一部、ニコ生配信、まんが日本昔話風のアニメ等々バラエティに富んでおり、普通に怖いもの、気付くと怖いもの、なんかよくわからんけど不気味なものと味わいも豊か。
まぁ、そういう怪奇映像の積み上げが本当に映画なのかという話もなきにしもあらずんば虎児を得ずという話もあるが白石映画の中ではそういう映像一つ一つにちゃんと金がかかっていて"ガチ"感が出ていて非常によかった。やっぱ素人投稿映像"風"でも映像の安物感って出るんだよな。今作はどれもちゃんと高級で見ていてストレスが少ない。
そしてその映像をよく見ていくとそれには共通点がありとなっていくミステリパートも見ていてワクワクさせられる。
しかーし。
その後、後半になると原因である隕石を破壊するというミッションが始まり、菅野美穂が発狂して祠を物理的にぶっ壊したり、怪異?幽霊?を車で轢き飛ばしたり、隕石からウゾウゾしたCG丸出しの目玉の大群がとびかかってきたり、大ボスがもう顔面触手まみれやwwwみたいなCGだったり、あ~ぁ白石映画始まったよという感じになってしまう。
俺は白石映画が嫌いではない。ほぼ全作品見てるし、カルトはマイベストホラー映画10作答えるまで帰れま10をやったら確実に入るくらいには見てる。あれもウゾウゾした目玉みたいな奴とか触手とか出てくるけど別にそれはそれでいい。でもこの作品にそれ入れるのは違うやん。
映画的なダイナミズムが必要という判断かもしれんけど、バカみたいな「どう見ても作りもので~すwww」っていうバカギミックで落とすタイプの作品じゃないだろコレ。原作読んでないから知らんけど、もっとじわっと怖い、不気味に怖い、終わった後なんかモヤモヤする!って感じの怖さの作品であるべきだっただろ。
ただ菅野美穂も赤楚くんも演技めっちゃ頑張っててよかったしちゃんと金かかった怪奇映像(終盤のクソCGは除く)はやっぱり見応えがあって非常によかった。ドールハウスでも思ったけど、真面目に金かけて恥ずかしがらずに真っ当にホラー映画撮ればやっぱホラーって面白いんだよ。最後に"白石映画"に逃げなければもっとよかった。
まぁアレを見に行ってる人もいるんだろうから何とも言えんけど、後半トンデモ白石映画になることをあらかじめ承知してみる分にはめちゃくちゃオススメ。特に謎の映像いっぱい見るパートは本当に怖くて楽しい。
来年からグラボとメモリ極端に高くなるってビビったのと税金対策用
何して遊ぼうかなぁ、ちなみにプログラミングは基本できる
好きだったニッチ系のジャンルのエロゲが最近多分クレカ検閲のせいで目に見えて減ってるから、自前で作っちゃおうかなあー
多分AI生成で漫画作るのって今のところ頑張っても結構違和感あるけど、1枚絵+差分何枚かみたいな感じのエロゲだったら個人でもAIに頼れば商用レベルのクオリティ作れる時代になっている気がする、声を除けば
nano bananaで理想のヒロインのキャラデザして、Stable DiffusionでLoRA作ってエロ絵量産して、
なんならCGはイラストだけじゃなくて実写系でも行けるんだよな今だったら
Grokにすっごくエロいシナリオ書かせて割とガチクオリティのエロゲ作っちゃお
HPとかもガチで商用レベルのもの作ってゲームはHP上で無料で遊べるみたいなこともありかもしれない
夢広がるなぁ
変わらず大切にしてきたものは何か。
「子ども心です。子どもたちが『かっこいい!』とヒーローに憧れ、楽しんでくれるかが勝負。ど真ん中へ直球を投げなければ、子どもの心には響きません」
写真・図版
新番組のセットを前に、本番の準備をする特撮監督の佛田洋さん=東京都練馬区の東映東京撮影所、村上宗一郎撮影
戦隊シリーズでの腕の見せどころは、5人組のヒーローが操る巨大ロボの格闘シーンだ。「熱血の赤、冷静な青、コミカルな黄。多様な個性をロボにも反映させ、人間味のある動きを追求してきました」。生み出した合体ロボは500体以上。ドラマ同様、制作陣もチームワークで走り続けた。
CGを使いつつ、実写ならではの効果にこだわる。映画「男たちの大和/YAMATO」(05年)では、ピアノ線で模型を動かす「操演」の技法で戦艦大和への米軍機の襲来を表現した。カメラマンに向けて不意に飛ばし、思わずよける動きが迫真の映像を生んだ。「乗組員の証言も聴き、できる限り忠実な再現を試みました」。戦後80年の先へ、重い史実が実感をもって伝わればと願う。
後進の育成にも力を入れる。昨年話題になったNetflix映画「新幹線大爆破」に特撮研の若手スタッフらを送り出し、新たな境地で活躍してくれたのを頼もしく思う。
戦後、核の恐怖から生まれたゴジラに始まる日本の特撮技術は進化を遂げ、世界も注目する独自の映像文化を築き上げた。AI(人工知能)時代になろうとも、人間業の特撮文化は、地球の平和を守る精神とともに未来へと継がれてゆく。
佛田さんの作業は絵コンテに始まる。脚本を読み、カット割りを決め、「ここが見せ場」と思い定めた場面をラフスケッチで描く。写真は「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」のもの。赤ペンの書き込みは試行錯誤を重ねた跡だ。
仮面ライダーやゴレンジャーの原作者で憧れの漫画家・石ノ森章太郎さんから言われた教えがある。「ヒーロー番組はね、敵が魅力的じゃないといけないよ」。さて、新番組には、どんな敵が登場するのだろうか。「それは秘密です。どうぞ、お楽しみに!」
写真・図版
特撮監督・佛田洋さん自筆の絵コンテ。「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」の一場面だ=東京都練馬区、村上宗一郎撮影
略歴
ぶつだ・ひろし 1961年、熊本県山鹿市出身。九州大学工学部卒。98年から特撮研究所代表。映画「北京原人 Who are you?」(97年)の特撮で日本アカデミー賞協会特別賞を受賞。
いまだにアニメ内では3世が現役を張ってるけれど、実際には5世に子供が居てもおかしくないのが現代。
常々、違和感を抱くのはいくらアニメの中のキャラクターは年を取らないからといって、永遠に同じ年のままなのはおかしい。
これに強烈な違和感を感じる。
実写では、(いまのところ)ありえないことだ。
例えばインディ・ジョーンズシリーズは、ハリソン・フォードが年老いれば、インディ・ジョーンズも年老いる。
あるいはジェームズ・ボンドの007シリーズのように代替わりするという方法でもいい。
007はシリーズとしてはひとつだが、主演が代替わりするときには見る側が気持ちの切り替えを行うことが出来る。
ただ最近ではCGを利用して、昔のままの俳優が演じているように見せることも可能だ。
スターウォーズのように未来が舞台のSFで「物語時間では数年しか経っていない」とかならマッチする。
逆にスターウォーズのSF映画で、現実の時間をそのまま映画の中に持ち込むと違和感が出る場合もある。
同じハリソン・フォードが演じていても、
年老いたインディ・ジョーンズに違和感はないが、
そういうふうに考えていくと、ルパン三世というアニメを新しく作る場合でも、舞台は70年代後半にセッティングするのが最もしっくりとくるような気がする。
駅の改札機の上に、猫がどっしり寝てて改札を行きかう人々がお触りするも全く起きない猫の動画がユーチューブに上がっているのをたびたび見かける
ところが。
内容はまさに駅に猫がいるって動画なんだけど、気持ち悪いくらいに不自然
「改札に挟まったネコ」みたいなタイトルであげられた動画はあきらかに猫の動きがヘン
「ホームのスキマに落ちちゃったネコを車掌さんが救う」みたいなタイトルの動画は猫の動きも人間の動きも実に気持ち悪い
人間みたいな音声も入ってるんだけど「わーねこちゃんダメダメー」みたいな機械チックでどの動画でも全く同一の音声
実に気持ち悪い
本物をほのぼのした気持ちで見ていた自分はまるでレイプされた気分
何年か前、CGで人間をつくった人が某超大物アニメ映画監督に「生命に対する冒涜だ!!」って激おこされてたけど
その気持ちがはっきり分かった
自分と同じように騙された人が沢山いるようでこんなクソ生命冒涜動画はどれもが何百万再生もされている
これ作った奴、マジね○ね
○されろ
ロクな○にかたしないぞ