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はてなキーワード: 物差しとは

2026-05-11

anond:20260508115130

住んでる地域によって最適解は変わる。

持ち家と賃貸の総コストの大小によって決める人が多いだろうし、持ち家の暮らしやすさは子供がいればわかるだろうし、若いうちは賃貸のほうが気が楽だろうし、人それぞれ物差しも違うので一概に言えないんじゃないの。

2026-05-09

anond:20260508150251

追記:介入者Cによる「NG役満」判定と、支配プロトコル強制終了

この泥沼のやり取りの中で、流れを決定的に変えたのは、中盤に投下されたCによる「NG役満」という宣告だ。この一言が、いかにしてBを支配呪縛から解き放ったのか、そのメカニズムを整理したい。

1. 前段の流れ:指導を装った「境界線侵害

当初、Aは芸術論や制作の「覚悟」を説くという名目で、Bに対して極めて暴力的コミュニケーションを展開していた。

Bは当初、これらを「厳しい指導」として受け取ろうと真面目に反論し、疲弊しきっていた。支配的な相手と一対一で向き合うと、人は「相手が正しいのではないか自分が未熟なのではないか」という認知の歪みに陥りやすい。

2. 介入の作用手法プロトコル)のメタ判定

ここでCは、アドバイスの「中身」を吟味するのではなく、その「やり方」そのもの対話として成立していないことを指摘した。

ヒアリング対応としてNG役満である。答えることが目的になる尋問的な一問一答クローズド質問による結論誘導情報勝手な補完、人格否定一方的評価……これらは誰のためにもならない」

この介入は、主に以下の2つの作用をもたらした。

名前を付ける」ことによる客観

CがAの言動を「尋問的」「情報勝手な補完」とリストしたことで、Bはそれまで感じていた正体不明の「不快感」を「客観的なハラスメント」として再定義できるようになった。自分感覚が正常であることを外部から裏付けられた瞬間である

土俵のもの解体

Cの判定は、Aが構築した「師匠弟子」という非対称なゲームのものを、対話スキルの欠如という側面から否定するものだ。これにより、Aがどれほど高尚な論理を語ろうとも、その「伝え方(インターフェース)」が壊れている以上、検討に値しないという結論が導き出された。

3. 結論

Cの介入は、Aが構築した「精神的な密室」の壁を突き崩し、社会的論理という「外の物差し」を差し込む作業だった。このデバッグによって、Bは「相手のやり方自体に欠陥がある」とメタ認知し、支配魔法から解かれるための最初の一歩を踏み出したと言える。

2026-04-22

フーコー的生権力としての「性自認

トランスジェンダーイデオロギーは、生物学的性(sex)を「社会的構築物」と位置づけ、個人性自認gender identity)を内面的な真理として絶対視する考え方であるクィア理論脱構築的枠組みを基盤にしつつ、より実践的・政策指向が強い点が特徴だ。一方、ダイバーシティエクイティインクルージョン(DEI)活動は、これを「多様性」の象徴として企業学校行政に浸透させ、異論を「トランスフォビア」として抑圧する仕組みを提供している。

ミシェル・フーコー理論特に権力(biopower)と医療化medicalization)の観点から見ると、このイデオロギー皮肉にも「解放」の名の下に新たな権力装置として機能している。フーコーは『性の歴史』で、近代権力が性や逸脱を「種(species)」として分類・内在化し、医学心理学を通じて主体生産管理すると分析した。トランスジェンダーイデオロギーは、まさにこのメカニズムを逆手に取り、性自認を新しい「内面的真理」として生産し、生(身体・発達・安全)を再管理している。

性自認の真理生産と生権力の再配置

トランスジェンダーイデオロギーは、性自認を「本人が知る絶対的な内面」として位置づけ、生物学現実性的二形性、ホルモン影響、筋骨格差)を「抑圧的な構築物」と退ける。これにより、新たな規範の再配置が生まれる。女性専用スペース(刑務所トイレ更衣室、スポーツ)の境界曖昧化され、性自認優先の政策が推進された。

英国刑務所では、2025年3月時点でトランスジェンダー囚人が339人(前年比15%増)と急増し、トランス女性(出生時男性)の性的犯罪歴率が極めて高いデータ過去に示されている。女性囚人全体の性犯罪率が約3.3%であるのに対し、トランス女性では男性型のパターンが維持される傾向が観察された。これは、フーコーが言う生権力典型——生物学的性の古い規範解体たかに見せかけつつ、性自認という新しい分類基準身体安全を再管理する装置だ。結果、生物学女性安全権が再配分され、脆弱層への被害転嫁を招いている。

スポーツ分野でも同様の再配置が見られた。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重が優先された結果、身体的優位性による不公平女性アスリート安全問題が深刻化した。イデオロギーが「包括性」を掲げながら、実際には生物学現実無視した生の最適化を試みた末の修正である

医療化の逆説——「非医療化」の名の下の新たな管理

トランスジェンダーイデオロギー医療であるgender-affirming care(性自認肯定ケア)は、思春期ブロッカークロスセックスホルモン積極的に推奨してきた。しかし、英国のCass Review2024年最終報告)は、関連エビデンスの質が「極めて弱い」と結論づけ、長期的な精神衛生改善効果安全性に強い疑義を呈した。思春期抑制剤の使用原則として臨床試験限定され、包括的心理社会的支援へのシフトが推奨された。

フーコー医療化理論から見れば、これは非医療化仮面かぶった新たな医療化であるDSM-5やICD-11性同一性障害病理表現が緩和された「反医療化」は、一見解放的に見えるが、実際には性自認を新しい「真理の内面」として医療教育管轄下に置いた。フーコーが指摘したように、権力病理化だけでなく脱病理化によっても主体生産する。軽度の苦痛は「多様性」として肯定され、重い併存疾患(自閉症スペクトラム不安うつなど)や社会的影響(Rapid-Onset Gender Dysphoriaで指摘されるピアインフルエンスやソーシャルメディア役割)は十分に検討されにくい構造が生まれた。

結果、若年層の急増現象社会感染的な側面を持つ可能性が指摘される一方、イデオロギーはこれを「自然発見」として扱い、慎重な鑑別診断を遅らせる。フーコー的に言えば、これは生権力生産性——個人の「生」を性自認という枠組みで最適化管理しようとする試みだ。

DEI活動役割——言説統制と規範強制

ダイバーシティ活動は、トランスジェンダーイデオロギーを「インクルージョン」の象徴として組織に浸透させた。しかし、これは真の多様性ではなく、新たな単一規範強制として機能している。異論(Cass Reviewのような科学的慎重論や生物学現実の指摘)は「ヘイト」として排除され、言論空間が萎縮する。フーコーの「言説の秩序」論で言えば、特定の真理(性自認絶対性)が制度的に優位化され、他の知識進化生物学発達心理学犯罪パターン性差研究)が周辺化されるプロセスだ。

DEIは「多様性」を掲げながら、生物学女性の権利、親の関与権、科学エビデンスに基づく慎重さを犠牲にする矛盾を抱えている。これは、クィア理論脱構築とは異なり、実務レベルでの生の直接管理(人事方針教育カリキュラム医療ガイドラインへの介入)として現れる側面である

フーコー批判——権力螺旋と遅延効果の欠如

フーコーは、抵抗のものが新たな権力装置を生む「権力螺旋」を繰り返し指摘した。トランスジェンダーイデオロギーとDEIは、まさにこの螺旋に巻き込まれている。生物学規範の抑圧を批判するはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体・発達・安全を再分類・管理する生権力として機能してしまった。

真に人間らしい多様性とは、生物学現実直視しつつ、苦痛を抱える個人への共感的な支援科学的に行うことである

イデオロギーが「肯定排除か」の二元論矮小化する限り、社会コストは増大する。2024-2026年国際的修正(Cass Review後の欧州シフトIOC生物学女性限定方針)は、現実がこの生権力限界を突きつけ始めた証左と言える。

成熟した社会は、フーコー物差しで自らの権力装置不断批判し、イデオロギーではなく害の度合いとエビデンスに基づくバランスを求めるべきだ。様々な性自認を抱える個人尊厳尊重しつつ、女性子供保護科学的慎重さを犠牲にしない——それが、本来ダイバーシティ意味だろう。

クィア理論皮肉フーコー視点から批判

クィア理論は、ジュディス・バトラーイヴ・コソフスキーセジウィックらによって展開された、異性愛中心主義ヘテロノーマティヴィティ)を脱構築する試みとして登場した。規範を「行為の反復」として相対化し、ジェンダーセクシャリティを流動的なパフォーマンスとして再定義することで、抑圧から解放を目指したはずであるしかし、21世紀に入りこの理論制度化・政策化される過程で、皮肉にも新たな規範の再配置と生権力装置として機能し始めた。ミシェル・フーコーが『性の歴史』や『監獄誕生』で分析したように、権力は単に抑圧するのではなく、知識・言説を通じて主体生産・分類・管理する。クィア理論は、旧来の生物学的性規範批判しながら、自ら新しい「正常/異常」の線引きを導入し、人間本性を再定義し、さらには一部の逸脱者を「脱人間化」するプロセスを促進している。

新たなジェンダー規範の再配置:性自認優先の制度

代表的な事例が、女性専用スペースの「解放政策である英国では、性自認を重視した刑務所配置方針が長年続けられた結果、生物学男性でありながら女性として認識されるトランス女性囚人割合が急増した。2025年3月31日時点で、イングランドウェールズ刑務所には339人のトランスジェンダー囚人確認されており、前年比15%増という急拡大を見せている。過去公式データでは、こうしたトランス女性(出生時男性)のうち、性的犯罪歴を持つ者の割合が58.9%〜62%に達し、生物学女性囚人(3.3%)や男性全体(約17%)と比較して極めて高い男性犯罪パターンを維持していることが明らかになった。

同様の再配置はスポーツ分野にも及ぶ。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重した参加が認められてきた結果、生物学男性身体的優位性による不公平が深刻化し、女性アスリート安全競技の公正が脅かされる事例が相次いだ。トイレ更衣室、温泉などの日常空間でも、性自認優先の通知や条例が導入され、生物学的性の境界曖昧化された。

これらは、クィア理論が唱える「規範撹乱」ではなく、新しい規範の再配置である生物学的性を「社会的構築物」と位置づけ、性自認を優先する言説は、フーコーのいう生権力として、身体と生を新たな基準管理する装置となった。旧来のheteronormativityを批判しながら、性自認という内面的真理を「知識権力」の対象に据え、人口を分類・最適化する——まさにフーコーが警告した、権力が「生」を対象化するメカニズムだ。

人間本性の再定義流動性 vs 生物学現実

クィア理論は、人間本性を「本質的」なものではなく、パフォーマティブに構築されるものとして再定義した。これにより、ジェンダー・ディスフォリアを抱える若者への「アファーマティブケア」(性自認肯定医療)が推進された。しかし、英国カスレビュー2024年最終報告)やその後の追跡調査では、思春期抑制剤やクロスセックスホルモン治療エビデンスが「極めて弱い」ことが指摘され、長期的な精神衛生身体的影響(骨密度低下、認知発達への懸念)が懸念されている。2025年以降、イングランドでは思春期ブロック剤の使用原則禁止され、ホリスティック包括的)な心理社会的支援シフトする動きが加速した。

この再定義は、フーコー医療理論を逆手に取ったものだ。19世紀同性愛が「逆性的感覚」という医学カテゴリとして生産されたように、クィア理論性自認を新しい「内面的真理」として医療教育法制度の対象に据えた。結果、生物学現実進化的に形成された性的二形性や犯罪パターン性差)を「抑圧」と位置づけ、流動性強制する新しい規範を生み出した。

ここで特に問題なのは、こうした人間本性の再定義社会契約民主的プロセスほとんど経ずに急速に制度化された点であるホッブズルソーが描いた社会契約は、個人の加害性や自由限界相互に認め、合意に基づく規範を構築する仕組みである民主的プロセス議会審議、科学レビュー国民合意形成公衆討議)は、これを支える現実的な装置だ。しかし、クィア理論の影響下で性自認優先政策アカデミアや一部の運動から行政法制度へ波及した過程では、こうしたプロセスが大幅にバイパスされた。生物学現実潜在的加害性の検討が十分に行われないまま、政策が「進歩的トレンドとして導入された事例は枚挙にいとまがない。

社会契約民主的プロセスは、一種の「遅延効果」を持つと見るべきだ。思想トレンドの変化が熱狂的に進行する中で、即時的な制度反映を「遅らせる」安全装置。審議の時間科学エビデンスの蓄積、利害関係者の声の反映——これらがなければ、流動的な人間像の再定義現実の害(身体的・心理的・社会的コスト)を十分に考慮せずに固定化されてしまう。クィア理論脱構築を掲げながら、この遅延効果を「抑圧の装置」と位置づけ、民主的チェックを弱めながら生権力を再配置した。

医療基準改定による「非医療化」の逆説——フーコー医療理論適用

ここで注目すべきは、医療基準自体改定による「非医療化」が、フーコー医療理論でこそ最も鮮やかに説明できる点であるDSM-5(2013年)では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」を「Gender Dysphoria(性別違和)」に改称し、アイデンティティのもの病理化する表現廃止した。ICD-112019年)では「Gender Incongruence(性別不一致)」を精神疾患から性的健康関連条件」章へ移動させ、精神疾患としての分類を正式に解除した。これらは一見クィア理論が推進した「反医療化」の勝利のように見える。

しかし、フーコー医療理論から見れば、これは非医療化の名の下に行われる新たな医療化・生権力の再配置にほかならない。フーコーは、権力が「病理化」だけでなく「脱病理化」によっても主体生産管理することを繰り返し指摘した。旧来の病理化(行為を「種」として内在化し、管理対象とする)を批判するように見せかけつつ、「合意と害の不在」という新しい基準で逸脱を再分類する。適合する軽度の逸脱(規範撹乱的な多様性)は「正常な多様性」として保護特権化され、適合しない重い衝動(非同意暴力要素の強いパラフリック障害)は、より強く「ただの犯罪」として切り捨てられる。これにより、クィア理論は反医療化を装いつつ、性自認を新しい内面的真理として医療制度的介入の対象に据え、人口の生を再最適化する装置を構築した。まさにフーコーが警告した「権力生産性」の典型である

犯罪者の脱人間プロセス二重基準階層

さらに深刻なのは、逸脱の「軽重」による選別が、犯罪者の脱人間化を促進している点だ。合意ベースの軽度パラフィリアや規範撹乱的な表現は、クィア理論によって「多様性」として保護特権化される。一方、非同意暴力要素の強い性的衝動(パラフリック障害)は、「ただの犯罪」として切り捨てられ、道徳的社会的に脱人間化される。DSM-5がパラフィリア自体を非病理化しつつ、害を伴うもの障害とする区別を設けたのも、この二重基準制度化した例である

フーコー的に見れば、これは生権力典型的な逆説だ。クィア理論は「反医療化」を掲げて旧来の病理化を批判したが、結果として新たな分類装置を構築した。「クィアであること」が文化的道徳的資本となり、十分に「クィア」でない逸脱者(重い反社会性+性的衝動の複合型)は、規範の外側に排除される。犯罪者は「宿命的な怪物」としてではなく、社会管理すべき生として扱われるべきなのに、理論は「軽い逸脱」の保護と「重い逸脱」の脱人間化を同時に推進する二重基準を生んだ。これにより、管理される自由自発的衝動抑制治療や専用環境選択肢)は十分に整備されず、宿命的な渇望を持つ人々をさら孤立させる。

フーコー批判——権力螺旋に巻き込まれ抵抗

フーコーは、権力は「抑圧」ではなく「生産」であり、抵抗のものが新たな権力装置を生むと繰り返し指摘した。クィア理論はまさにこの螺旋に巻き込まれた。規範脱構築しようとしたはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体と生を再管理する生権力として機能している。人間本性を流動的に再定義した結果、生物学現実や加害性の潜在性を直視する機会を失い、脆弱層(生物学女性子供)の安全権を再配分する事態を招いた。

社会契約民主的プロセスという「遅延効果」を欠いた再定義は、こうした生権力の再配置を加速させた。人間らしい社会とは、逸脱の宿命を認めつつ、害の度合いに基づく透明な線引きと、加害衝動者への「選択肢」(任意医療的介入や構造化された環境)を拡大する社会であるフーコー物差しで測れば、クィア理論実践規範の単なる置き換えに過ぎない。脱構築の名の下に生まれた新たな抑圧を避ける——それが、今求められる成熟した視点だろう。

2026-04-19

anond:20260418163544

そういうやつらが考えた、ジェンダーギャップ指数をありがたがっちゃってる時点でなぁ

所詮欧米価値観での物差ししかないのに

2026-04-18

スペック男性が身近にいない環境で育った

小中以降高偏差値学校を出て肩書見合い会社で勤めている。

同級生や同僚は大体家柄がよくて清潔感があって言葉遣いも優しかったので、世の中にいる人の平均は自分の周囲にいる人だと思っていた。

ネットで度々話題になる弱者男性なるものはどんな人でどこで生活しているのかあまり想像がつかなくて、どこか遠い世界出来事だと感じていた。

モテない自分は30歳を超えてから婚活サービス婚活を始めた。

結婚相談所アプリ、平凡な顔立ちの私にいいねや申し込みをする人達をみてやっとネットがいう弱者男性可視化できた。

私は多分日常でこの人達と同じ電車に乗ってるけど、そもそも景色みたいに認識してなかった。

電車や街中で「見かけた」人って、そもそも容姿が美しかったり身なりの良い人なんだと気づいた。

私の中では同年代ならこのくらいの清潔感年収常識があるもの、の物差しがあった。

あったけど、世の中にそんなもの存在しなかったんだと思い知らされた。

私今まで景色みたいに認識してた人と同じ土俵に乗せられてるんだ。

世の中的に自分はすっと景色みたいな人間の一人だったんだろう。

2026-04-15

配信中に股間を揉まれたのでパートナーと別れた

ありえないだろ、マジで

「そういう気分だった」「どうせVtuberから画面に載らないし」「ちょっとやってみたくて」

バカかよ。エロ漫画の読みすぎ。

俺が真顔で「ちょっと家族から電話たかミュートするね」って言えたからよかったものの、少しでもエロい声でも出してみろよ。

間違いなく切り抜きが作られるわ、「配信中にパートナー前戯したVtuber」呼ばわりされるわで2度とまともな配信人生歩めなくなるだろ。

イケメン系でやってんだから急にそんな方向転換できるわけないし、転生(アバター名前を変えて再デビュー)をしても昨今のVtuberは声や特徴からすぐに過去の活動歴を掘られてしまい、過去に何が起きたかなんてのは即バレる。

こっちは仕事でやってんだっつの

こんな重大インシデント抱えて生活できるわけがないので、当然別れを告げて同棲も解消。

泣かれたけど、泣きたいのはこっちだっつの好きな人が俺の人生しかけたなんて信じたくねえよ。

次はやらないでね、で済む話かもしれないけど「Vtuberだし映らないから〜」は看過できなかった。

自分基準物差しで行動をされる人と暮らしながら、ワンミスで全てが崩壊する仕事を続けられるわけがない。

やっぱりこういう活動者ってのは独身であるべきなのかね。

2026-04-14

anond:20260414214227

国歌を「歌うこと」が政治的行為なら「歌わないこと」も政治的行為になるし、その物差しの先には、政治的行為をしない人などいない、となる

2026-04-11

anond:20260411190901

それは新しい着眼点ですね。私は多分人間として未熟だと思うのです。普通に生きていたら普通じゃない物差しで見られたり、我を通せたり、価値観はどうあれ許されてしまうはずです。だからこそ、私が知らないだけで、誰かにとっての普通であり得ない行動や言動が起こってしまうのではないかと思うのです。人によって生き方価値観の違いは当然あるし、世の中には生き物は居ます。だから人間からこそ普通であり得ない行動も有り得広島県広島県女子大生

Anond AI作成

2026-04-10

anond:20260410134722

外国人権も大切に決まってんだろw

内政干渉とか言い出すなら国際人権機関なんていらんわ

女性の権利の為に戦ってる、民主的政治活動弾圧されてる

そんなんだから他国との調和を目指す政治が生まれないわけでさ

そういう風に全部繋がってんだよ世の中

しかも、国際法を正しさの物差しに使えると思ってる左翼の言い分も頭抱えるわ

国際法なんて国際法守るもの同士でしか機能しないんだよ

そもそも日本だって内容次第で国際法破る側にいるのに、よく国際法を重視するような言い分出来るな

2026-04-08

anond:20260408214241

それ、前提がいくつかズレてると思うんですよね。

まず「技能があれば金がついてくる」って言ってますけど、それって市場自由価格決められる仕事に限った話なんですよ。保育とか介護って、公的制度報酬体系でほぼ上限決まってるじゃないですか。なので、能力上げたから即給料上がる構造じゃないんですよね。

あと「中卒がやってるから価値が低い」って言ってますけど、じゃあ仮に全員が英語ペラペラ心理学栄養学も完璧にしたら給料上がるんですか?って話で。多分上がらないですよね。だって利用者側がその分の追加料金払えないし、制度的にも反映されないから。

さらに言うと、保育や介護って「付加価値を乗せにくい労働」なんですよ。ITみたいに一人の優秀な人が10倍稼ぐ構造じゃなくて、基本的に人手がそのままコストになる仕事なので、「技能不足だから低賃金」というより「構造的に高賃金になりにくい」ってだけなんですよね。

で、「生産性がない」って言ってますけど、じゃあ高齢者子供ケアを全部放置したら社会回るんですか?って話で。むしろ他の産業が成立する前提を支えてる仕事なので、単純に生産性物差しで測るのもズレてると思います

まり、「能力が低いか給料が低い」というよりは、「制度市場構造上、給料が上がりにくい職種」って話で、それを個人能力問題にしてる時点で、ちょっと論点ズレてるんじゃないですかね。

2026-04-05

世間物差しに付き合う必要無い

ホント下らない。時間無駄。1度きりの人生から好きに生きろ anond:20260405074211

2026-04-01

ネットで死んだら無罪だろ

ネットで叩かれて自殺する程度の人間ネットにまで現実物差し持って来る時点でおかしいんだよな。そんなやつどっちみち長生きできんわ

2026-03-27

「良い話ハラスメント」にご用心?

良い話ハラスメントとは

最近、「良い話ハラスメント」という言葉を考えた。

日常の中で語られるちょっとした親切や、心温まるエピソードに触れたとき本来なら穏やかな気持ちになるはずが、なぜか心がざわつく――そんな感覚名前を与えたものである

具体的にどんな感覚

たとえば、次のような話を耳にしたときのことである

  • 見知らぬ人に席を譲った
  • 落とし物を届けた

こうした話を聞くと、

  • 自分にはそこまでできていないのではないか
  • 自分は優しくない人間なのでは」
  • 「人として何か欠けているのでは」

と、自分自身を評価し始めてしまうことがある。

こうした内面的な圧迫感を、筆者はあえて「ハラスメント」と表現した。

なぜ起こるのか

もちろん、語られる「良い話」自体に罪はない。

しか問題は、次の点にある。

その結果、

という現象が起きる。

本来どう捉えるべきか

だが、親切や優しさに一律の基準存在しない。

  • 人によって自然にできることは異なる
  • 状況や余裕によって行動は変わる
  • 心身の状態も大きく影響する

それにもかかわらず、

のは、無理のある捉え方と言えるだろう。

この言葉に込めた意図

この言葉に込めたかったのは、次の点である

  • 「良い話を疑おう」ということではない
  • 「良い話に押しつぶされなくていい」ということ

まり

という理解である

結び

「良い話」を聞いたときは、

優しさは、

それぞれが、自分なりの形で持っていればよいのである

2026-03-23

アニメ映画ルックバック』のとあるスタッフの行き違い

https://lavender.5ch.io/test/read.cgi/asaloon/1771594058/116

116: メロン名無しさん 2026/03/23(月) 09:56:50.52

押山監督ミートソースのつもりで描いたけど仕上げさんはカルボナーラだと思って塗ってきたといういわくつきのスパゲティ

ちなみにタツ先生炒飯のつもりで描いたということで非常に凸凹していますね…。

https://x.com/an_shida/status/2035731263542428094

https://pbs.twimg.com/media/HEBeWCBboAAnSwf?format=jpg&name=900x900

そもそも脚本やコンテにチャーハンとかミートソースとか書かないのでしょうか

アニメ制作ワークフロー理不尽です

メロン名無しさん03/23(月) 16:06:42.53

>>116

全部先回りで書いていたらキリがないので判然としないものだけ適宜質問確認するアジャイル開発です

その一枚絵だけでも50オブジェクトくらい配置されているので一々墨汁ですとか物差しですとか挙げてたらコストが積み上がります

慢性的にカネがない業界なので間違いゼロよりもコスパ最優先です

メロン名無しさん03/23(月) 16:09:33.38

面白い間違いが起きたら珍プレー好プレー集としてインタビュー資料集声優ラジオネタも稼げます

ただしおかゆサムゲタンに間違えると燃えるのでそれだけは専門スタッフ確認しま

メロン名無しさん03/23(月) 17:47:26.92

>>116

そもそも漫画描いてる合間に麺料理がありえません。原稿用紙にソースが飛んだら大惨事です。炒飯にしたタツ先生けが常識人です。

メロン名無しさん03/23(月) 18:02:55.68

飼ってたメダカが死んだ(中略)公園死体野ざらしにしてたら蟻に運ばれ始めたので急にメダカへの愛着が湧いてメダカ死体を食べたら胃腸炎になった

このタツキが常識人だと…

2026-03-22

G7が「イランよ即中止」って言うんだけど

先に攻撃したのどっちだよ

その話誰もしないじゃん

なんで

G7外相が集まってイランに「攻撃を即刻やめろ」って要求したらしい

そうですか

で、その前に何があったかの話は

どこ行ったんですか

ウクライナときは「侵略だ許さん制裁だ」って一致団結したじゃないですか

じゃあこっちも同じ基準で怒ってくれたらいいんだけど

なぜか「双方自制」でもなく片方にだけ「即中止」なんですよ

おもしろいよね

別にイランとか反米とかそういう話じゃない

ただ「同じ物差しで測れ」ってそれだけのこと

それがわからないふりをする大人世界ルールを決めてる

Xで「最初攻撃したほうに言えよ」ってコメント見たとき

ああこれで全部言い切ってるなと思った

シンプルすぎてどの専門家も言えない一言

G7って何の略か最近からなくなってきた

「言いたいことだけ言う7カ国」あたりが正確な気がする

虚しいというか

もう怒る気力もないというか

ただただ「そういうもんなんだな」って諦めていくやつ

これが大人になるってことなのかもしれない

いやだな

2026-03-21

高市早苗という「おじさん社会最高傑作」への同情

高市早苗を見てると、なんとも言えない切なさがこみ上げてくる。

彼女政治信条が好きか嫌いか、そんな次元の話じゃない。もっと根深く、残酷な「生存戦略の成れの果て」を見せられているような気がするからだ。

男性を立てる」という生存のためのドレスコード

彼女現在65歳。

彼女たちが社会に出た頃、女性政治経済のど真ん中で生きていくためには、実力以前に「おじさんたちに可愛がられること」が絶対条件だった。

それは単なる処世術じゃない。呼吸をするのと同じレベルで、男性プライドを傷つけず、いかに彼らの「望む女性像」を演じきれるか。

そうしないと、土俵にすら立たせてもらえなかった世代なんだ。

今の20代や30代が考える「ジェンダー平等」なんて、彼女たちの戦場には存在しなかった。

名誉男性」として振る舞い、誰よりも右派的な言説を吐き、おじさんたちが喜ぶ「強い日本」を代弁する。

そうやって、彼女自分の居場所を血反吐を吐きながら作ってきたんだろう。

稲田朋美という「失敗例」の教訓

彼女の隣には、かつて「次代の女性エース」と持ち上げられた稲田朋美がいた。

稲田氏は、安倍晋三という巨大な後ろ盾を失い、さら自分なりの「自我(例えばLGBTQ理解増進など)」を持ち始めた途端、あれほど自分を担いでいた保守層やおじさんたちから、手のひらを返したように冷や飯を食わされた。

自分を持った瞬間に排除される」

高市早苗は、その光景を誰よりも特等席で見ていたはずだ。

からこそ、彼女は「おじさんたちの期待」を裏切ることができない。

今なお麻生太郎のような重鎮が君臨する世界で、彼女は依然として「老人たちの機嫌」を伺い、彼らが好む「しぐさ」を完璧にこなし続けなければならない。

芯まで染み付いた「しぐさ」の悲劇

悲劇なのは、それがもう単なる「演技」ではなく、彼女の芯まで染み付いてしまっていることだ。

男性を立て、古き良き家父長制的な価値観擁護する。

それが彼女を今の地位まで押し上げた成功体験であり、同時に彼女を縛り付ける呪いでもある。

彼女がどれだけ勉強し、どれだけ政策精通しても、結局のところ「おじさんたちに選ばれるかどうか」という物差しから逃げられない

あの独特の、どこか浮世離れした、それでいて過剰に「わきまえた」物腰を見るたびに、僕は彼女が歩んできた、男尊女卑コンクリートのように固まった時代景色想像してしまう。

彼女に同情するなんて、リベラルな連中からすればお門違いかもしれない。

でも、あの世代の女性が、あの伏魔殿のような政界トップを狙うまでに上り詰めるために、どれだけの「自分」を殺しておじさんたちに献上してきたのか。

高市早苗は、日本の家父長制が生み出した、あまりにも完成度の高い、そしてあまりにも孤独な「最高傑作なのだと思う。

2026-03-04

anond:20260304154927

まず少量と値段は関係ない

少量で味わうのは合ってる。先に書いてるけど、食べすすめると味覚が鈍化していくから

ソルベやグラニテがあるのも鈍化した味覚をリセットするため

フレンチイタリアンコース個別の味を楽しむものってのも否定はしない

ジロリアンがよく嚙まないってのはよくわからない

あの麺は普通ラーメンよりはどう考えても噛んで食べてる

よく噛むの定義もよくわかんないね

テリーヌスープも30回以上噛んで味わうわけ?正直きもい

少量×数で味わう料理もあれば、大量×1品で味わう料理もある

文化が違うだけで1方を貶めるのはバカのやること

あと、噛んで味わいものもあれば、そこまで噛まずに味わうものもある

物差しひとつって悲しい人生だね

2026-02-28

anond:20260228102809

異常ってなんだよ

その人それぞれによって必要な物は違うだろ

自分物差しだけで異常者扱いすんなよ

2026-02-26

anond:20260226123344

一般的かどうかの話したら前提として内閣総理大臣国会議員って一般的な職とは異なるのだから一般的感覚で語るべきではないのでは?

そもそも物差しが違うよね

2026-02-18

リアルの女にさえモテたことがなくて自分存在価値クライシスさせている雑魚アイマスアイドル相手に「俺がこの子を導かなきゃ・・・」みたいになるのか???

からすると絶対ありえないと思う。

アイマスモバマスを10時間と学マスを1000時間やっただけのド素人だけど、俺の経験から言ってアイマスキャラはどいもこいつも「超つぇぇぇ!!!なんだこの化け物どもは!才能SSRばっかじゃねーか!!!」って感じだぞ?

そもそも顔が良くて一芸がある時点でもう完全にバケモノなのにそこに勝負度胸やスタイル確立まで加わったらそこらのチー牛は全能力敗北しかないだろ?

チー牛なんてそれこそ量産型女子を超える量産型で、黒い髪・黒いバック・黒い靴・黒い服・エラ呼吸してそうな顔のセットでバッチリ決めた量産型非モテばかり。

筋トレしてるぜプロテイン飲んでるぜとイキっておいていざ腕立てさせたら20回ぐらいでゼーハーゼーハー言って「俺のやり方は正しいやり方だからさ、うわべで100回やってるやつよりも筋肉に効いてるから」とかほざきだすカスしかいねえ。

当然リズム感も終わってて、コイツ絶対現代小学3年生として生まれ変わったらダンスの授業全部欠席しようとしてただろみたいな奴ばっか。

そんな連中からしたらアイマスアイドルなんて全員遺伝子レベルで天上人だろ。

マジでなんも勝ち目ねえから

正直、統括Pの言ってることだからって正しい分析だとは思えないんだよなあ。

単にアイツらはキャラを追いかけたいんじゃなくて「俺はこのキャラの素晴らしい物語理解するセンスと、オタクオープンにして暮らすことを恥じない忠誠心を持っているんだ!」みたいなのをアピールしたいだけなんちゃう

それもアイドルにじゃなくて同じオタク同士でだ。

要するに小学生がやる「俺、この辺じゃ一番スマブラつえーから。まあフォックス使うような卑怯者には負けるけどドンキー使わせたら俺が絶対一番うまいよ」みたいな奴の延長でしか暮らしてないんだろうなと。

アイツらは自分存在価値に自信がないのをアイマスで埋めようとしてるってよりも、小学レベル物差し更新することも出来ないまま暮らしてきた奴らが流れ着く場所いつまでもしょーもない背伸び合戦を繰り広げてるだけなんじゃね—かな?

PSアイマスで一番好きなのはゼノグラシアニ期OPでロボがドババババーンと暴れて決めポーズしてる辺りです。

2026-02-17

日本人受動攻撃への寛容度が高すぎる

から美人で辛い、みたいな投稿せざるを得ない。

これは、日本の伝統芸でもあるイケズやイヤミが、弱者(=伝統的には女性権力者に対する)の武器としてポジティブ認知されているから、その一般化として?

これらは実際は、日本では、因業婆さん(爺さん)の嫁(相当者)いびり趣味の一つの手なんだけど。

むかしいた英語圏会社で、毎朝誰が部署のポットのお湯を沸かしたかを、連ねた名前の隣に回数としてホワイトボードに書くルールがあった。でも、同時に、このシステム受動攻撃であることを自嘲的に明記してあったし、みんなその冗談を楽しんでいた(から感受性が高く耐性は低いはず)。

要するに、受動攻撃で誰がどう得をするのかをみんなよく分かってたから、近づいたら傷つく有効射程も透けて見えた。

でも、日本ではたぶんそうではないよね?受動攻撃する側が、周りの目にその有効射程が見えないように、自分の側に正義があるように、世論を作り出す(なんで美人だとだめなの?という顔をして、有効射程内へと標的の背中を押す)。

これは、ガス抜きとしてのイケズやイヤミ容認する代わりに自分権力構造維持(正当性はもはや、ない)を押しつけるという、権力者側の虫のいい取引をみんなが暗黙に「了解させられている」からだと思うんだよね。美人場合は、セクハラと同じで、女性の美醜をモノとして評価する物差しを、みんながもつことを互いが許容している。

同意せずにサービスなしのサイトポリシー条項を読んで「同意させられる」のと少し似ている。日本社会に受け入れられる条件として、美人と見られることのデメリット我慢しなさい、みたいに。

2026-02-08

anond:20260207224052

データだけ見るとG7日本イタリアだけ経済成長率滅茶苦茶低いんだよね

この2国は議院内閣制政権が代わりやすくて不安手だから長期の資金ベットしにくいかだって考察されてる

権力は腐敗するものだけどこの物差しだけで見たら国民感情を過剰に受けて政権コロコロ変わる国は逆に国民の首を絞めてるんだよね

それを増長してるマスメディアのあり方にもある種今の日本責任の一端はあると思う

2026-02-07

ベタ人生を目指すと生きやすくなる

ベタな生涯を送って来ました。

小中高公立友達はそれぞれ5人くらい、親友と呼べるものが1人くらい。成績は中の上で、得意な科目一個だけ偏差値65くらいあるくらい。実家から一番近い都市圏総合大学に進学し、プライム上場企業入社し、大学時代サークル出会った公務員の妻と出会い、20代後半で結婚。30過ぎで子をなし、数年後にもう一人。35年ローンで戸建てを買い郊外に住む。40代くらいで管理職になり、上と下に挟まれ気を揉みながらもまあ許容できる待遇の中で定年までダラダラと働く。

好きな食べ物ラーメン寿司。好きな酒はレモンサワータバコメビウスの6ミリ(結婚を機に辞めた)。毎朝数キロランニングするのが日課。週末は地元サッカーチーム応援に精を出したり、子供イオンモールに連れていく。夏はフェスに行き、冬はスノボに行くのが毎年の楽しみ。スマホiPhoneを3年ごとに買い替える。車はプリウス。好きなアーティスト星野源サカナクションストリートファイターではケンを使い、スマブラではマリオを使う。髪型は長めのツーブロ七三、服はユニクロGAPが主でたまにちょっといいものが欲しければ三井アウトレットパークでセレオリを買う。

要は評価確立している癖のないものを好みがちで、私のような嗜好は他人軸に従う面白みのないものに映るだろう。実際社会多数派ルートを穏当に選び続けているだけなのでその通りだ。

でも自分ベタだと思うことに迷わず全力ダッシュすることによって、選択するストレス大分少ない楽な人生になったと思う。

普通な人生、じゃなくてベタ人生ってとこがポイントである現代人はベタを目指そうとして「普通」に振り回されている。

そもそも日本語における「普通」ってのはordinary(陳腐)standard(標準),normal(規定),decent(常識的)plain(癖のない)average(平均的)authentic(正統)といった本来全く別のニュアンス意味合いがごちゃ混ぜにされた言葉であり、実は「普通」を目指すと様々な物差しに振り回される生き方になってしまう。

これらのニュアンスからどれを評価基準とするかを選択したうえで、コミュニティ社会的地位、時代背景、健康状態知識金銭的余裕、遺伝的要因などにより絶えず揺蕩う不明瞭な言葉、それが「普通」だ。

これが理解できていないと結婚して子供をつくるのはstandardか?身長170cmはnormalか?おにぎりツナマヨを選ぶのはplainか?みたいな意味不明評価基準を自分に課してしまい、結果何にも達成感や満足感を得られないことが多いのだろう。

から、私は普通じゃなくてベタを選ぶ。すでに評価が定まったものに囲まれ、見えているレールに乗っかることで評価基準を選ぶコスト圧縮し、最小の労力で最大の達成感を得る。自分に軸が無いから他の軸を一本用意する感覚で生きてる。

数十年後、死に際に凡庸でつまら人生だったと悔やむのかもしれないが、それもまたベタで悪くないだろう。

2026-01-19

anond:20260119001845

オタク基準物差ししか持ってないオタク女の言葉ってマジ意味わかんねえなwww

会話してほしけりゃ一般常識とまともな日本語持ってこいよブサイク

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