はてなキーワード: 忘れ物とは
自動運転カーは、使っていないときはタクシーとして勝手に走らせることができる可能性があるから。
または、出先で買い物の時間ぐらいなら勝手にぐるぐる走らせたり、遠くにある安い駐車場に勝手に移動して停泊させ、サモン機能で呼び出せば入れ口まで迎えにきてくれるから。(テスラのサモン機能とかで検索)
そうなると、近くの駐車場に止めるという概念が消滅するだろう。
建物の入れ口で降り捨てて、必要になったらまた入れ口に呼びつけて乗るができる。
駐車場がいらなくなると、その部分まで建物を建てることができるので、街や家の形が変わる可能性がある。
知らない少年に「少年!」と呼びかけるのは、現実世界ではかなり物語の登場人物的なムーブです。一歩間違えると事案になりかねないスリルがありますが、演出次第では「ちょっと風変わりで格好いいお姉さん」として成立させることも可能です。
不審者(変質者)認定を回避し、その劇的な呼びかけを成功させるためのガイドラインをまとめました。
「少年!」という芝居がかったセリフを吐く以上、服装が「普通すぎる」と逆に不気味さが増します。かといって過剰な露出やコスプレ感は通報リスクを高めます。
「少年!」と呼びかけても許されるのは、そこに明確な理由(口実)がある時だけです。
小学校高学年〜中学生: あまりに幼い子供(未就学児〜低学年)だと「少年!」という言葉の意味やニュアンスが通じず、単に怖がらせて終わる可能性があります。
いきなり呼びかけるのではなく、以下の状況をセットにしてください。
以下の行動は、どれか一つでも当てはまるとアウトです。
呼びかけた後の第一声は、少し低めで落ち着いたトーンが望ましいでしょう。アニメ的な「少年!」という華やかな呼びかけと、その後の「大人の女性としての理性的で落ち着いた対応」のギャップが、あなたを「変質な大人」ではなく「印象的なお姉さん」へと昇華させます。
「少年!」という呼びかけは非常にフィクショナルで強烈なキャラクター性を伴います。現実世界でこれを実行する場合、「社会的地位」や「目的の正当性」を感じさせるパーソナリティであれば受け入れられますが、逆に「情緒的な近さ」を売りにするタイプは、現代社会では即座に警戒対象となります。
圧倒的な知識やスキルを持ち、少年を「一人の未熟な人間」として尊重しているタイプ。
毅然としており、言葉数は少ない。90年代のSFアニメに登場する女性指揮官や、プロフェッショナルな技術者のような雰囲気です。
相手の目を見て、対等な「個」として扱うこと。下に見たり、子供扱いしたりしないのがポイントです。
世話焼きだが、深入りはしない。サバサバとした江戸っ子のような気質。
執着のなさを演出すること。去り際の潔さが不審者感を払拭します。
自分の目的(探し物や研究など)のために動いており、たまたま通りがかった少年に協力を仰ぐタイプ。
自分の目的がはっきりしている(例:古い史跡を探しているなど)ことを示すことが成功のカギ。
これらは二次元では人気がありますが、現実では目的不明の不審者として通報されるリスクが極めて高いものです。
フィクションの中では定番ですが、現実では最も危険です。「知らない年上の女性が色気や親密さを武器に近づいてくる」のは、防犯教育を受けている少年からすれば恐怖以外の何物でもありません。
「あらあら、どうしたの?」といった母性を強調するスタイル。血縁関係がない限り、現代では「子供を精神的にコントロールしようとしている」と周囲の大人から警戒されます。知り合いでない限り、避けるのが無難です。
「少年、君に会いに来たよ」といった、根拠のない運命を感じさせるタイプ。
完全に不審者です。現実の少年は、知らない大人に物語性を求めていません。
実行してよいパーソナリティに共通するキーワードは脱・プライベート感です。
| 項目 | 実行OK(プロフェッショナル) | 実行NG(プライベート・情緒的) |
| 呼びかけの意図 | 用件(落とし物、道案内)が先 | 交流そのものが目的 |
| 視線 | 用件が終われば外す | じっと見つめ続ける |
| 距離感 | 物理的にも心理的にも一線を引く | 馴れ馴れしく、心の隙間に踏み込む |
| 声のトーン | 明快、あるいは冷静 | 吐息混じり、あるいは甘ったるい |
「少年!」と呼びかけた瞬間の空気を「日常の風景」から「冒険の始まり」のように変えることができれば、それは一つの演出として成立します。しかし、そこに少しでも「個人的な執着」や「歪んだ親愛」が混じった瞬間に、現実の法とマナーの壁が立ちはだかることを忘れないでください。
もしあなたの「少年!」という呼びかけが、不審者事案にならず、奇跡的なバランスで成功したならば。その少年の一生において、それは単なる「道案内」や「落とし物」の記憶を超え、一種の聖域のような思い出として結晶化します。
日常を生きる少年は、学校や家庭では「生徒」や「息子」という役割に縛られています。しかし、見知らぬ、それも魅力的な年上の女性から、物語の記号である「少年!」という言葉を投げかけられた瞬間、彼の日常には強烈なスポットライトが当たります。
成功した瞬間、彼の脳内では無意識にアニメのオープニングのような高彩度の補正がかかります。そのお姉さんの顔そのものよりも、「あの夏の(あるいは秋の)光の中で自分を呼んだ声」が、人生の苦しい時にリプレイされる心のセーブポイントとして永遠に保存されます。
しかし、この魔法が成立するのは、あなたが去り際に「じゃあね、少年」と一言残して、未練なく、颯爽と人混みに消えていった場合のみです。その「余白」こそが、彼のトキメキを一生モノへと昇華させる最後のスパイスとなります。この「成功した記憶」を植え付けられた少年は、20年後、ふとした拍子に空を見上げて「あのお姉さんは、一体何者だったんだろう」と、今もどこかで元気に生きているであろうあなたに思いを馳せることになるでしょう。
その幼稚園のお知らせの紙がわかりづらく、入園式の時点で、すでに「この配布物作った人はこれを読んだ人がどう思うか」という視点がないのかと突っ込みたくなった
親子で参加するおもちつきのイベントは、おもちつきのお知らせの紙が配られたその後日でまた、おもちつきの新たなお知らせ情報が別の紙に載っていたりして
「どうして、おもちつきという一つのイベントの情報資料をタイミングをずらして、しかも、情報も分散させて配布するんだ」と心の中で突っ込んだ
おもちつきの当日、忘れ物をした保護者がいて「あれ?(きちんとおもちつきのお知らせを読んだはずなのに)どうして忘れ物をしてるんだろう」と、独り言を言ってるのを聞いて
「それはね、おもちつきのお知らせが情報が分散されて、複数回に分かれて、資料が配布されたからだよ。複数の資料を読まないとおもちつきのイベントの情報を網羅できなかったんだよ」と教えてあげたくなった
卒園式のお知らせでは、持ち物に「水筒」と書かれていなかった。
私はそれを見て、水筒は子どもに持たせたらいけないのかな?でも、幼稚園で娘と一緒にいるときにのどが渇いたと言われたときに飲み物を飲ませることができるように⋯と考えて、自分の分と娘の分の水筒を用意して、当日は娘に水筒を持たせず、私のカバンに自分と娘の水筒を入れた。
卒園式では、「持ち物に水筒と書かれていなかったから、自分の分も卒園児の水筒も用意してない。困った。でも、卒園式のお知らせに水筒って書いてなかったから持ってこなかった」と言っている保護者を見かけた。私はそれをみて、この幼稚園の配布物を作っている人物は、資料を読んでいる人間がどう思うかと言う視点を持ってないし、
その資料を読んでいる人達が、卒園式で必要になると予測できるものを全て書くという考えもないんだよな、だから、資料を読んでいる側の人間(保護者)は園で何が必要になるか、先読みして自分で用意するしかないんだよなと思った
新しいメンクリで見せてもらった画像にデカデカと「強迫症の対応チャート」と書かれていて、流石にめちゃくちゃ戦慄したけど腑に落ちてしまってかなり複雑……という話 私が、強迫性障害……!?あと、セカンドオピニオンってわりと大事って話です。
というのも、仕事や人間関係の諸々が重なって不眠になって、去年の夏にメンクリに通い始めたのが事の始まり。不規則なシフト勤務や職場での地味な嫌がらせなどが重なったのか夜は寝付けず、寝ても2〜3時間みたいな感じになっていた。逆に有り得ないくらい寝る時もあって、無駄な時間を過ごしてしまった……と落ち込む時もあった。
実は小学生の時にも抜毛症があって、その時も1年くらいメンクリに通ってたけどそこはもう違う病院になっていたので、別の病院へ。軽い鬱とかそういう感じなんだろうな〜と。
メンクリでは診断などはされなかったものの、睡眠障害として睡眠導入剤と、将来など諸々への不安感があるという話をしたため漢方がだされた。
ここから数ヶ月はかなりマシで、メンタル原因だった仕事を辞めるという話もしていたため睡眠は改善していった。
が、冬頃になると段々効き目が悪くなっていき、薬の内容量が増えたりなどしたが、それでも寝付けず、薬を23時に飲んだのに結局寝付きが朝の4時……意味無いやんけ……となるなどしていた。眠れても次に目が覚めるのが2時とか3時で、またそこから寝付けなかったりもした。
ついでに言うとまーーじで、個人差があると思うが、まーーーーーーーじで漢方がきいていなかった。不安感やら動悸やらがおさまらず気になって寝れず、という状況になっていた。
睡眠導入剤を変えてもらったが変わらず漢方は出続けていた。なお、この睡眠剤も効かず、ついに私はここで過剰服用してしまった。
夜中の3時に目が覚めて、また寝付けなくて、真っ暗な中散歩に出かけた。約3時間歩き続けて、ご飯を食べて、頭は疲れていて眠いのにお昼寝ができなくて泣いた。だけどそれ以上動く気も起きなくて、体も起こせなくて、なんにもできなくて泣いた。希死念慮が酷かった。
寝れなくて泣いて、睡眠導入剤を3つも4つも飲んで、それでもまだ寝れなくてまた泣いた。どうしようもない!死んでしまえ!!と自暴自棄にもなってた。眠れなくて夜風にあたりに外へ出て、マンションから下を覗いてなんとなく吸い込まれそうで、怖くてまた泣いた。
ああ、これ、まずいな。このままでは、まずいかも。同じく精神疾患を抱えている友人からの勧めもあって、セカンドオピニオンとして別病院を受診。新設の病院でめっちゃ綺麗。わりと新しめの病院信者なのでうおーここなら何とかしてくれるかも!!とか呑気に考えつつ受診。
結果、不安症に強迫症、不眠ということで決着がついた。睡眠薬が今度はもっと効き目の高いものというか、効く場所の違うものに変わって、不安をとる漢方とやらは抗うつ薬に変わった。
病院から出たあときょ、強迫症!?!?と思ったが、実際考えればそうだったかもしれない。
薬を過剰服用したのも、眠れないという不安をどうにかしようとした結果で、それでも眠れず不安で泣いていたこともあったし、多分小学生の時の抜毛もそこから来ていたのではないかと思った。いじめのストレスをなんとかしたくて、髪の毛を抜いていたのかもしれない。
そしてとにかく確認行動が多い。今もそうだが、とにかく多い。
外食をすれば忘れ物をしていないか指差し確認を何度もして、その上で何度も席を振り返り本当にないか確認。
仕事の後は忘れ物がないか、やり残しがないかを何度も何度も確認。うろうろとして、パソコンを見て個人の書類ボックスをみて、確認。指差し確認しても不安で、また確認。なんかやり残してる気がする〜!!とずっとなっていた。
寝る前はアラームがかかっているか、これで起きれるのか不安だからと個数も確認(ちなみに12回前後のアラームをかけている)、音が鳴るようになっているか音量を確認と10回以上も確認していた、寝る直前。出かける前日は持ち物や服を何度も確認。
極めつけは友人関係。嫌われていないか、好きでいてくれてるか、私たち友達だもんね〜とか言って確認をしていた。当たり前じゃんとか言われて、安心を得ていた。
あ、なるほど。落ち着きがないのでADHDとかなんかな……不安で泣くこと多いし鬱なんかな……と思っていたが、あ、これ強迫性障害っていうんだぁ。なるほどね……と、腑に落ちた。
先生からは、少しずつ確認を減らして行きましょうと指導が入っている。まだ通い始めて片手ほどなので、これから頑張ろう!という段階なのだが。これから私はこの確認行動とか強迫性障害と向き合っていくことになる。多分、一生なんだと思う。希死念慮だって急に来るけど、コイツに手綱をつけてこらこらwはしゃぐなはしゃぐなwとしていかなければならない。
だけど、不思議とこれに対する不安はない。病気の正体が分かってしまえばどうって事ない、はず。粛々と対処をして行くだけな、はず。困ったら病院とか、頼れる物に頼ったらいい。そうやってのんびり生きていこうと思う。
悩んでいる一人は色々いると思うんだけど、まず、病院は星の数ほどあるし、今の病院でどうにもなんねぇよ!!と思ったらセカンドオピニオンを受診してもいいと思う。そして、この世には意外と色んな人がいるみたいだから、気楽に、のんびりやっていこう。そもそも生きてるだけで偉いんだし、私達。一緒に美味いもん食って頑張ろ。精神疾患持ち、みんなズッ友!!!
[1]午前6:30起床
[2]洗濯物を干す
[4]子供の朝食の準備
[5]夫が子と起きてくる
[6]弁当を詰める
[10]着替え
[13]子の体温測定
[14]保育園への連絡帳を書く
[15]子と家を出る
[16]保育園登園
[18]出勤
[19]メールチェック
[21]プレゼン
[22]鬼ダメ出しを食らう
[25]プレゼンの内容についてさらに上の上司から追加内容を言われる
[26]焦って追加
[29]郵便物を出しにいく
[32]資料作りに終われつつ退勤
[34]子のト手洗いとイレサポート
[35]子の様子を伺いつつ夕食作り
[37]みんなで夕食
[38]子が散らかした残飯の処理
[39]子と風呂
[40]子の歯磨き、寝かしつけ
[42]食器洗う
[43]シンクの清掃
[44]ごみ集め
[45]洗面台の清掃
[46]ゴミ出し
[47]洗濯機の予約
[48]翌日の朝食とお弁当の下準備
[50]寝室の加湿器の水を入れる
[51]歯磨き
[52]町内会の催し物チェック
[56]午前0:30に就寝
最近ADHDと診断された。まぁそうではないかとは、思っていたけれど、そうだったらしい。しかし今更、ADHDなどと言われても、困ってることも別にないので、どうしたらいいかわからない。困っていることなどがあれば、通院して薬など飲むこともできると言われたけれども、全く何も困っていない。忘れ物、怪我、落とし物、お部屋対策はもうしていて、定着した。
幼稚園時代は、先生に嫌われていたと言う記憶しかない。どこでも寝る、すぐ物を投げる、突発的に人を押す、集団行動に入らない、注意されても口答えをする、嫌われる要素しかない。幼稚園の先生は、「あなたはこっちに来なくて良い」と言っていた。そのことが1番記憶に残っている。母親は泣いていた。
小学校時代は、宿題などは出すことがほとんどなく、先生は「こんな風な阿呆の子供になりたくなかったら、きちんと頑張りなさい」と他の子供に言っていた。母親は書道や英会話、ダンスなどいろいろなところに連れて行ってくれたが、どの先生からも、嫌われ辞めることを促された。書道の先生だけは、3年間面倒を見てくれたので、字だけはきれいになった。
野菜や麦ご飯は全く食べれなかっため、食べ終わるまで机の上に給食を置くように言われた。別にそれでも平気で、恥ずかしいなどとは思わず、授業を受けずに済むラッキーとしか思わなかった。6時間目のチャイムがなってももちろん給食は机の上なので、給食をティッシュで小さく圧迫して机の中に入れていた。担任の先生はとても怒っていたが、私は自分の責任なのになと思っていた。
運動も苦手で、みんなからドッチボールなどではチームに入って欲しくないと言われた。私を引き受けた方のチームは特典をプラスされたりしていた。小学校4年生のときの担任の先生は、泣きながら「あなたが嫌い、あなたがいなければ全てうまくいく」と発狂していた。私は「そのような子供も含めて接していくことが先生の仕事だと思います。自分にとって良い子供ばかり集めて面倒を見ることしかできないのならば、公立の小学校の先生は向いてないのではないか。」と伝えた。
中学校では、どの授業も耐えがたい眠気に襲われ、ほとんどは気絶するように眠っていた。どの教科も赤点ではあったが、別に何も思わなかった。国語と英語だけが、いつも異常に良かった。
友達はなぜかずっといた。1人が私とずっと一緒にいてくれていた。歩くのに疲れた時は自分の手を差し出し手を引いて登校してくれた。家まで送ってくれ、毎日明日の用意をしてくれた。私の母は、友達のお母さんに、定期的に菓子折を渡していた。相手のお母様からは「私ちゃんと仲良くなってからは、毎日学校に泣かずに行ってくれている。ありがとう。」と感謝された。その子とは、高校で離れてしまったが、今もとても仲良くしてくれている。
中学校の最後の担任の先生は、とても私のことを心配してくれていた。何かお勧めの高校を教えてくれたが、私は勉強することも嫌だったので、進路指導室で見た全寮制の専門的な技術を学ぶところ(バレるのが怖いためぼかしてます)に進むことを突発的決めた。お母さんに帰ってから伝えると、「今朝まで近隣の学校に行くと言っていたのに」と泣いていた。でもいちど決めたら変える事はないので、仕方なかった。
私は無意識に絶対の人を嫌な気持ちにさせているはずなので、定期的に菓子折をお世話になった人に渡すようにしている。百貨店で、スタッフの人に聞きながら見繕ってもらっている。結婚式のご祝儀も、新居祝いも、出産祝いも欠かさずにするようにしている。
今は専門的な仕事をしており、お給料も困らないほどにもらっている。結婚して子供もいる。もともと自分が、基地外だとわかっていたため、大人になってからは、工夫して生活している。それがもう習慣化しているため、そこに通院や薬が入って変わってしまうのが、少し怖くもある。どうしたら良いのでしょうか。大人になってから診断された人は何をしていますか。
妹と久しぶりに会って話をした。そしたら「サナは頑張ってる」「中国人が怖い」「中国人なんか日本に来なければいい」と言い出した。こんなこと言うタイプだったか?と、ぎょっとした。
妹は20代〜30代のころはアジア旅行によく行っていて、中国にもよく行っていた。上海に新しいビルがどんどん建って、中国はすごいねくらいのことを普通に言ってた。うちの親は「外国人なんか」というようなわりと田舎の昔の人間なんだが妹はそれに対して「外国人差別なんか恥ずかしい」というタイプだった。
中国人がどうの、の中でいくつかデマを信じていたので「それはデマだよ」と教えてあげると、びっくりしていた。
ママ友とか、周りの環境で変わってしまったのかなと思って家に帰ったのだが、中国人がとか言う前に妹が「最近、歳のせいかバカになってる気がする」という話をしていたのを思い出した。
「仕事の資料が全然頭に入ってこない」と言っていた。忘れ物も増えて、記憶力も集中力も低下してる気がする。米を炊いたつもりが炊けてなかった、同じものを何度も買ってる。という話をしていた。
そのときは加齢は嫌だ、みたいな笑い話だったが、今思えば「ブレインフォグなのでは?」と思った。妹は2回ほどコロナに罹っている。
ここからは論理の飛躍で陰謀論めいた妄想なのだが、もしかしてコロナ以降、世界が右傾化してるのはコロナに罹って、脳の認知機能が低下した人が増えたからなのではないか…と思った。
情報を精査せず、わかりやすい「敵と味方」の話に飛びつき、感情的に振る舞う。
実際のところソーシャル・メディアとスマートフォンが悪いんだと思うが(スマホ依存は脳を破壊するらしいが)。
かくいう自分もコロナには罹ったことがあるので、自分の認知機能が本当に正しいのか不安になってきた。
最近、あんなに馬鹿にしていたChatGPTに相談する件数が増えている。自分の脳も正しく機能しているんだろうか。
すでに論文とかあるなら教えてほしい。
父から、バズったといって、URL送られてきました。自分の病気ネタでバスらせないでよ、と思いつつ読むと、昔のことを思い出されました。まあ、ここまで詳細書かないでよともおもうけど。匿名ブログには、匿名ブログで返信というルールみたいなので、こちらで書きます。身バレ防止のため、今どこで何しているみたいな話はなしで。あと孫プレッシャー、、、父おい、、、配慮しろ。まあ確かに、父は「人生で最高だったのは、●●ちゃんが生まれてきてくれたこと。子育てって最高に楽しい」と、今も言っているからなあ。
父の祖父(私の曾祖父)と祖母(私の曾祖母)は、猜疑心が強く怒りっぽく、夫婦仲も悪かったみたいです。で、そんな親に育てられた父の父(私の祖父)も、突然怒るとか、物事を悪意にとらえることが結構あったと。で、環境的に遺伝したのか、父もそういう性格がありました。なにげない発言を悪意に捉えて、怒るなど。まあ、世代間連鎖みたいなものですかね。父の記事は、自分についておおむねよいところしか書いてない感じですが、実際は欠点もあります。
ただ、父が偉いなと思うのは、私が小学校低学年の時に、この問題に取り組んでほとんど無駄に怒らなくなったこと。母は、「もっと前から取り組めばよかった」と言っていますが、まあこれは頑張ったと思います。何世代にも渡った猜疑心の輪を解き放ったのかな。
父は忘れ物多く、色々なことを先送りにする、という特徴があるので、ある種のADHDかもしれません(的外れだったらごめん)。
父の強みは、何か面白いものがあれば取りあえず試してみる、あとは人を助けること、まず信頼することでしょうか。例えば、たまたまマレーシアの空港のカウンターの列で知り合った人と仲良くなって、その後彼の家に遊びに行って、彼の日本のビジネスを助けて、その後生涯の友になるとか、妙な行動力があります。まあ、運が良かったね、みたいなところも多いのですが、楽天的で物事をポジティブに捉えることがいいなと思います。なお、見た目は全然かっこいい系ではない。
教育とビジネスにおける父の価値観は、教育も大事だが、基本的には効率よくお金稼げるようになるのがもっと大事、私みたいなサラリーマン、自営業うまくいかなかった人にはなるな、サラリーマンとして勝ち得たビジネスは、全部会社のもので引き継げないが、自分で勝ち得たビジネスは、全部自分に残るぞ、とよく言ってました。母は、この商売人根性(お金儲け主義)をあまり好まなかったですが、私はこの、いかに人生ショートカットを探すかみたいな思考は好きです。
母は、基本警戒心が強く、やや引っ込み思案だが、私の教育に熱心でとにかく真面目。父と母の個性はかなり逆なので、ある意味補完できていたのかと。母も素晴らしいところたくさんあるが、本筋とそれるので詳しくは書きません。
小さい頃は、父は時には兄のような感じで、いかにお母さんから怒られないようにするか、いかに隠れて遊ぶか、いかにアホな遊びをするか、みたいなことをよくやってました。お母さんが寝たあとにこっそり、父のゲームコレクションで遊んだりしました(主に対戦もの)。マリオカート各種、アイスクライマー、スマブラ各種、鉄拳各種、バーチャロン、桃鉄など。いちばん好きだったのは、アイスクライマーかな。点数対決、どちらが長く生き残るか対決とか、ルールを決めて繰り返し遊びました。アイスクライマーって、協業しても競争しても楽しい任天堂屈指の名作だと思います。今も夫とSwitchで遊んでます(父よ、Switch2はもらうぞ)。私が小さいときは父とはふざけてばかりいたので、二人まとめて母によく怒られました。「お母さんにばれないように、夜アイスクライマーやろう」といって遊んでいたら、無性に笑えてきて、お互いが「笑っちゃだめ!バレル!www」みたいな。
父の教えは、
できれば35までには、独立して自分で稼げるようになるといいよ、私は気付くのが遅かったが君ならできる。サラリーマンをしていても、ノウハウをどう独立したときに生かせるかを常に考えるといいよ
英語を絶対できるようになりなさい。私は下手くそ英語で苦労した。日本は英語ができると何故か給料高い職業にアクセスできる。私のような平凡おじさんでもできたのだから、あなたなら簡単のはず
プログラミングを勉強しなさい。プログラミングができると、自分でものを作れるようになり、独立への近道になる。直接プログラミングと関係ない仕事をしたとしても、役立つこと多い
サラリーマンとすごい起業家の間には、小さく成功した起業家がたくさんいる。彼らは有名にはならないが、金は持ってる。これも一つの成功モデル
といったポイントかな。
中国語もできるといいよ、と言われたが、私はどちらかというと韓国のほうが好きなので、中国語はやらなかった。今は、夫とK-POPデーモンハンターで盛り上がっているよ。
英語は早いうちから、レアジョブとかDMM英会話、あとフィリピン留学(父同行)などで鍛える機会を作ってくれた。TOEICの点数が1点上がったら100円あげる、みたいなゲーミフィケーション?もやってましたね(母に内緒で)。あとは、我が家では英プレと読んでいたのだが、父と私が、英語でプレゼン作って、英語で話すというのを月1くらいでやってました。しゃべる時間は15分、スライド枚数制限なし、テーマ制限なし、質疑応答5分、というやつで、これは今にも役に立ってる。緊張したら、聴衆はじゃがいもだと思えばいい,中国語でじゃがいもは土豆(トュードウ)なので、中国人はみなプレゼンの時にトュードウというといって心を落ち着けている、という謎の教えをいただく。後にこんな言い伝えはないと、中国人から教えてもらう。こういう変なウソ小ネタが父らしい。
プログラミングは、私の頃はプログラミング教室とかそんなになかったので、どこからかプログラミングできる学生さんを見つけてきて、1:1(主にオンライン)でプログラミングを学ぶ機会を作って、scratchから教えてもらう、といったことをやってました(教室ができてからは教室もいった)。レゴのmindstorm教室とかも。今は子供向けのプログラミング教室もいっぱいあっていい時代ですね。このあたりを深堀すると、私の今の仕事ばれそうなのでこれくらいで。
大学入学が決まった直後、父が「今日夜1時間いい?」というので、OKしてリビングに行ったら、「大学入学おめでとう!世界へ羽ばたく●●ちゃんへ!」みたいなタイトルのプレゼンがモニターに映し出されてて、父の伝えたいメッセージのプレゼンをやってくれたこと。それが、わざと90年代みたいなふざけたレイアウトですごく笑った。
この父のプレゼンでは、特に、犯罪に逢わないこと、レイプされないように注意すること、怪しい宗教に関わらないこと、詐欺師を見抜く方法とか、具体例とともにやけに詳細に説明してくれたのが面白かった(宗教ごとの勧誘の違いとか、このマニアック情報は父の趣味だろと)。飲み会では、睡眠薬混ぜられるのを防ぐために、飲み物を飲み終えてからトイレ行くとか。今も守ってます。そして、「あなたが直面する問題の多くは、お父さんとお母さんが助けることで、簡単に解決できるものも多い。なので、抱え込まないで連絡して。困ったら人を巻き込むのも能力」とも。
父が最初のガンになったときに、父の死は覚悟していました。最初のガンが寛解したあと、父は、「いま寛解なのは、神様がたまたまくれたロスタイムみたいなもの。体も意欲も前とは違うが、相当ラッキーだ」とよく言っていて、自分が死んだあとの準備を着々と進めてました。特に相続関連と、残されるであろう母について。
カーシェアをたまに利用するのですが、マナーとしてゴミを残していくのとかやめてほしいですよね。ゴミでなくても忘れ物とか、見つけてしまうことがたまにあります。
今回この匿名日記を書こうと思ったのは、シートの下から「アダルトグッズ」が出て来たからです。ジップロックの中に幾つかのグッズが入ってました。
運転中にスマホを床に落としてしまって、車を降りた時にシート下を手で探っていたら見つけてしまいました。この日は1人で利用でしたし、そのモノもちゃんとジップロックに入れてあったのがせめてもの救い。
笑い話ですまない相手と乗っていたり、直接触れたりしたらショックで帰り運転できなかったかも泣
運転できるくらいの大人だし、そういうお楽しみがある事は理解して否定しませんが、秘め事は秘めてて欲しかった、うっかり忘れないようにしてください!
忘れ物の報告フォームも送る手が震えました😰フォームを受け取る方も微妙な気持ちになることは確実ですし、はたまた自演を疑われることもあり得ますよね?
気にしてたらキリないし、ここに書くことで少しは気が晴れたんで、気分を変えてお伺いします。きっと世の中にはもっと面白いカーシェアの忘れ物があると思います。お口直しによかったら笑える話をシェアしてください。
ちなみに私は過去に、
昼過ぎ頃に布団から這い出るも思考に靄がかかっていて体が重くて気持ちが悪かった。
先月くらいから抑うつ状態が悪化している自覚があった。おそらく冬季うつというやつだ。
私は気分変調症を患っており年中うっすら抑うつ状態が続くのだが、時期によって程度がまちまちなのだ。
お腹が空いてはいるが何を食べればいいか思考がまとまらなくて、とりあえずお菓子を食べた。
気持ち悪さが増した。
前回不調でキャンセルした精神科受診の振替日だったのだがあまりにも体が動かなくてすっぽかした。
休職している職場から休職延長の診断書を取得するよう言われているのに。
気がついたらそのまま眠っていて病院の電話対応時間が終わっていた。
胃があまり動いていないようで昼に食べたカレーがそのまま出てきた。
クレカの引き落とし日が迫っているがまだ口座に入金をしていない。
通院のついでにするつもりだったから。
明日の私が動ける保証が無さすぎるので這うように外出の準備をして真っ暗な外に出た。
無性に死にたくなった。
そのためほとんど死にたい気持ちになることはない。(なっても実行する気に全くならない)
でも今日は世界がいつも以上に冷たく見えて、死の感覚が私の背後にそっと寄り添っていた。
寄り道せずまっすぐ帰路についた。
「たとえば今夜眠って目覚めた時に起きる理由がひとつも見つからない朝が来たら私はどうする」
歌詞を聞いて涙が出てきた。
激鬱の時に聞く「きゅうくらりん」はこんなにも響くものなのだ。
同時に、成功しても失敗しても良い結果にならないんだよなと思った。
玄関の扉を開けたら、猫が扉に張り付くようにして私の帰宅を待っていた。
猫は私を見つめて、たくさん鳴いて、喉を鳴らして、全身全霊で私の帰宅を歓迎していた。
猫はそんな私にまとわりついて体を擦りつけてシッポをピンと立てていた。
電車で端に座ってるところから降りるときに席を立つとすかさず端に詰める人多いじゃん?
あれやられるともし椅子の上に忘れ物置いてった時でもどうにもならなくなりそうで不安になるんだよね。
まあ物理的にそれがあると座れないほど嵩張ってるものだったらいいけど、ちょっとした走り書きだけど自分にとっては大事な情報だけどくしゃってるやつとか椅子に忘れたところのうえにちょうど座られたら「メモ忘れたのでどいてください」なんて言えないよ怖くて
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251208143243# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaTfXEgAKCRBwMdsubs4+ SK6SAPsHA6AO/I1YgkAsMjVpeOlpkTTE+t5JlDRRB8841lckFAD/RPMHaSQvR/K+ 8WMd4QIHDAIdILzR2l06FTk7oa8rYAA= =OaG/ -----END PGP SIGNATURE-----
発達障害、自律神経ゴミ、こう生まれたくてこう産まれた訳じゃないんだけどな。
毎日自殺したいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいなって言い続ける理性を別の理性で押さえつけて、動かない本能の代わりに薬で睡眠して、これ美味しいな、好きだなって言って何とか楽しみを見いだしてるフリして、そのフリがたまにほんとにそう感じられて、それでやっと良かった生きてて、って思おうとしてる感じ。
仕事もろくにできない、体力も着いてかない、いくら気をつけてても急に気絶する自律神経のざこ。でも別に大病ではないからこれに病名がついて労働できなくても仕方ないね、って言われる訳でもない。
発達障害もそう、いやしくも年金を頂いているけれどその年金だけで飯を食える額ではない。家賃すら払えないよ。月5万くらい。
いや、5万は安くは無いよ。5万なんて大金だよ。でも生存するには少なすぎる。
けれど働くには無能すぎる。
死にたい気持ちを押さえつけて、忘れっぽくてきがそれまくる頭でなんとかスケジュールを管理して、でも忘れ物や無くし物を多発してしまうからどうしても山ほどミスが発生して呆れられたり怒られたりを繰り返し、でも悪いのはミスした私なのでそうとしか言えず。
鬱病発症しても死ぬのは迷惑だし治さなくてはならないから治そうとするけど、鬱病は治る病ではないとか、発達障害起因だからどうしようもないとかいわれ。
私が悪いんだけどなー、死にたいな、死にたいな、勇気が足りないのが悪いんだろうな。
死んでも迷惑なの面白いな。なるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探す人達の気持ちがよくわかるようになった。
子供部屋おじさんおばさんとして生きていくしかないのに、その親に迷惑しかかけられない。
かけないように頑張っても、その頑張の成果は普通の人にとって「できて当たり前」ラインのその以下で。
なのに一人暮らしできるほどのお金は手に入らない。仕事がまともに出来ないから。
親に迷惑かけたくない。親の正しさがつらい、親の正しさはなんも言い返せないから、毎日それで辛くなるし。でも正しさが辛いんだから悪いのは私で。
強いて親をせめるなら、言うなら、障害持ちの子供を産んだのがわるい。産んでなんて頼んでない。
でもこれってただのわがままで。わがままだけど、精一杯やってきたことは平均以下のけっかしかうまないせかいで、生かされ続けてることが辛い。
生きてる以上、痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だし、怒られるのだって嫌だし、楽しく、美味しく、幸せに、笑える日が欲しいけど、実際はうつ病になる程度には幸福が感じににくい。
アンパンマンの歌がにくいよ、なんのために生まれて、何をして生きるのか、に答えられないよー。
そんなのは嫌なんだけど、何して生きるの?何してというか、何ならできるの?簡単なバイトですら突然貧血起こして倒れてシフトに穴を開ける人間なんだけど。
何もしてなくても、スケジュールのことを考えてるだけですごく、疲れる、テスト勉強してるみたい。むしろテスト勉強の方が楽まである。
ADHDもASDも望んでなった訳じゃないのに、それを言い訳にするなと言われる。
でもじゃあどうしたらいいんだ、毎日生きてるだけで疲れるのに、普通の人になれないのに、この疲れてフラフラするからだと頭抱えて普通になれないで生きるくらいなら、眠るように死ぬくらいの選択肢は欲しかった。もしくは産まないで欲しかった、産んだやつが悪いと憎むのはダメなのか。それもダメか?
こんな体に産まれたことが憎い気持ちをどこに向けたらいいんだ?毎日誰かを害さなきゃいきてけない人間に生まれたくて生まれたい人なんかいないだろうに、
発達障害、自律神経ゴミ、こう生まれたくてこう産まれた訳じゃないんだけどな。
毎日自殺したいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいなって言い続ける理性を別の理性で押さえつけて、動かない本能の代わりに薬で睡眠して、これ美味しいな、好きだなって言って何とか楽しみを見いだしてるフリして、そのフリがたまにほんとにそう感じられて、それでやっと良かった生きてて、って思おうとしてる感じ。
仕事もろくにできない、体力も着いてかない、いくら気をつけてても急に気絶する自律神経のざこ。でも別に大病ではないからこれに病名がついて労働できなくても仕方ないね、って言われる訳でもない。
発達障害もそう、いやしくも年金を頂いているけれどその年金だけで飯を食える額ではない。家賃すら払えないよ。月5万くらい。
いや、5万は安くは無いよ。5万なんて大金だよ。でも生存するには少なすぎる。
けれど働くには無能すぎる。
死にたい気持ちを押さえつけて、忘れっぽくてきがそれまくる頭でなんとかスケジュールを管理して、でも忘れ物や無くし物を多発してしまうからどうしても山ほどミスが発生して呆れられたり怒られたりを繰り返し、でも悪いのはミスした私なのでそうとしか言えず。
鬱病発症しても死ぬのは迷惑だし治さなくてはならないから治そうとするけど、鬱病は治る病ではないとか、発達障害起因だからどうしようもないとかいわれ。
私が悪いんだけどなー、死にたいな、死にたいな、勇気が足りないのが悪いんだろうな。
死んでも迷惑なの面白いな。なるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探す人達の気持ちがよくわかるようになった。
子供部屋おじさんおばさんとして生きていくしかないのに、その親に迷惑しかかけられない。
かけないように頑張っても、その頑張の成果は普通の人にとって「できて当たり前」ラインのその以下で。
なのに一人暮らしできるほどのお金は手に入らない。仕事がまともに出来ないから。
親に迷惑かけたくない。親の正しさがつらい、親の正しさはなんも言い返せないから、毎日それで辛くなるし。でも正しさが辛いんだから悪いのは私で。
強いて親をせめるなら、言うなら、障害持ちの子供を産んだのがわるい。産んでなんて頼んでない。
でもこれってただのわがままで。わがままだけど、精一杯やってきたことは平均以下のけっかしかうまないせかいで、生かされ続けてることが辛い。
生きてる以上、痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だし、怒られるのだって嫌だし、楽しく、美味しく、幸せに、笑える日が欲しいけど、実際はうつ病になる程度には幸福が感じににくい。
アンパンマンの歌がにくいよ、なんのために生まれて、何をして生きるのか、に答えられないよー。
そんなのは嫌なんだけど、何して生きるの?何してというか、何ならできるの?簡単なバイトですら突然貧血起こして倒れてシフトに穴を開ける人間なんだけど。
何もしてなくても、スケジュールのことを考えてるだけですごく、疲れる、テスト勉強してるみたい。むしろテスト勉強の方が楽まである。
ADHDもASDも望んでなった訳じゃないのに、それを言い訳にするなと言われる。
でもじゃあどうしたらいいんだ、毎日生きてるだけで疲れるのに、普通の人になれないのに、この疲れてフラフラするからだと頭抱えて普通になれないで生きるくらいなら、眠るように死ぬくらいの選択肢は欲しかった。もしくは産まないで欲しかった、産んだやつが悪いと憎むのはダメなのか。それもダメか?
こんな体に産まれたことが憎い気持ちをどこに向けたらいいんだ?毎日誰かを害さなきゃいきてけない人間に生まれたくて生まれたい人なんかいないだろうに、
ので、うちの話。
バズってる話とは本筋がズレている気もするが、まああのバズにかこつけて色々吐き出したくなったというだけです。
自分自身も発達障害(asd,adhd)で、何かと苦労してきたと思う。知的障害を併発してはいなかったが、周りとは馴染めないし、友達もできないし、忘れ物等のポカも人様の数十倍。
しかしそれよりつらいのは親がその気持ちを一切理解してくれなかったことだ。
自分は知的障害を持っていない。はっきり言うが高IQの部類で、親は目に見えている発達障害の特性や困りごとをガン無視して、そこばかり取り沙汰していた。辛い。
やればできるでしょ、頑張ればできるでしょ、あなたならできるでしょ。これら全ては自分への信頼の言葉のような顔をして投げかけられていたが、その実息子が"障害"を持っていることからひたすら逃げているだけの言葉だった。少なくとも自分にとっては。
大人になってからなんとか自分で検査を受けると、かなり強めに発達障害の傾向があると出た。
能力が高いですね、という心理士さん(確か)の言葉は、これだといろいろ困ることもありますよね、と続いた。
その後、親に検査結果を打ち明けてみた。
「疑ったことはあったけど、考えて結局発達障害ではないと思っていた」
「本当にそうなのか? 検査してくれた機関は信頼できるのか?」
等々、わりと予想通りの返答が来た。予想通りではあったが、苦しかった。
なぜなのか。なぜ子供が他の児童の何倍も十何倍も忘れ物をしていても、異常に片付けができなくても、こだわりが強くても、対人関係でずっと困り続けていても、何の問題もない高機能な人間であると断定できてしまうのか。
それでも自分、ここまではやってきたのだ。なんとかした。親に助けてもらった部分もある。先生にも数少ない友人にもたくさん手を差し伸べてもらった。でも、ここまではやってきたのだ。自分が。
その辛さを結局「もう少し頑張ってみたら」で一蹴できてしまうのは、やはり現実逃避に他ならないと自分は考えている。
しかし、"障害"という言葉そのものに打ちのめされて、それ以上は考えられない、考えたくない、まさか自分の子がそんなわけ。そういう感情の中、親は戦ってきたのだろう。
親ばかりを責めるのは心苦しい。自分の育児でノイローゼになり、息子と心中することも考えたそうだし、自分がうまく育たなかったので夫婦仲もめちゃくちゃになっていた時期がある。
親も苦しかったのだと思う。そんな事は考えなくたって分かっている。
ただ、少しでも"頭が良い子"とか、あるいは"障害者"とか、そういうレッテルを貼ったり型に当てはめたりしないで、自分自身を見てほしかった。
理想の息子ばかり夢に描かないで、現実に目の前にいる息子のことを考えてほしかった。
最近はいい加減割り切ろうと思い気持ちを切り替えているが、やはりとても寂しい。
バズっていた投稿は、自分とはかなりケースが違うと思う。自分は療育とか就学の問題とか、そういうものに直面していたわけではない。
親の思い描く既定路線に進まなかったことだけは同じだと思うが……。
ただ、コメント欄で「絶望しすぎないで子供そのものを見て」「障害があるから全ての可能性が閉ざされるわけではない」というような内容を見て、(その言葉が正解なのかはさておき)自分としても共感できて思うところもあったのでこういう話を書いてみた。
我が子の発達障害を直視できない親を持った一人の子供の意見でした。
読んでくれた人ありがとう。大した意義のある文だとも思っていないけど、少しでも何か感じてくれたらうれしいです。
https://note.com/iyaiyaiiya/n/n7440ea79e0fb
自分も、ADHDかつ軽度のASDの子供がいて、ADHDの当人で、配偶者がASDだか、少しだけ気持ちが分かるような、いろいろと辛いような、どちらの感情もあったので走り書き。
つい数年前までは、平凡で普通な平均の人間で、面白みのないありふれた当たり前の生き方の人生だと思ってた。
奥さんの弟は少し破天荒なタイプで、いつも義理の母が苦労していた。ちょっとしたマイルドヤンキーくらいに捉えていたけど、すったもんだであるとき検査をうけてASDと診断された。知的障害はないが、自閉症としては重度だった。
それでも近いようで対岸の火事な気持ちだったから、義母も大変だから何かとサポートしようくらいの気持ちだった。
10年くらい前に鬱で休職して以来、ずっと普通に働いて生活してたつもりだけど、少しだけ精神は不安定だった。それが数年前に仕事のドタバタで鬱ぽい状態から悪化して、会社をしばらく休職することに。
休んでる間はほぼ夏休み気分で溜まってた有給を消費しながらのんびりと過ごしてた。奥さんの全面的なサポートがあったからすごく助かった。
そんな時に、奥さんから精神科で軽度のASDとADHDの診断を受けたと報告された。どうも僕のことを相談しにいって、問題は自分の自認や特性に原因があるぽいよ、という医師の診断と検査結果だったみたい。
そ」から色々と話し合ったりして、もともとADHDの特性に当てはまる自認があったから、鬱の通院のついでに相談して自分も検査してもらった。潜在的な自認はあむたけど、冗談半分の気持ちだったから、たぶん精神科に通院している状態でなければ、検査する気や発想にはならなかったかも。
診断結果は生まれもっての注意欠陥と多動の発達障害でしょう、とのこと。
いまなら自覚もあるけど、自分の性格や普段の行動からも、多動症の典型という感じはする。
蛇足だけど、老後生活をゆっくり過ごしている両親には伝えてない。でも自分以上に父親はもっと多動だと思う。
それとほぼ並行して、息子が大学に通えずに精神科に通院し始めた。カウンセラーにもアドバイスをもらいながら検査もして、ASDのADHDの診断だった。
不登校気味で友達関係や人付き合いに悩んではいたけど、自分よりもしっかりもので、事件やトラブルもあったけど、真っ当に成長していると感じていたから、自分のことよりもびっくりした。けれど、まあ、両親の遺伝を考えれば当然なのかなという納得感もある。
あと精神科に通ったり発達障害について多少の知見があったのは、少しだけ子供のサポートに役立ったような気がする。
自分自身が発達障害で何か困難があるかと問われてもあまり思いつかない。締切の直前まで先延ばしにする悪癖は間違いなくある。締切の直前とトラブル時にだけアドレナリンが出て能力1.5倍で働ける。世間では無能な類だと思うが、プログラマとして興味のある分野を勉強、研究して、気に入ったOSSには足を突っ込んだり、担当外のプロジェクトのトラブルや問題に茶々を入れたり、意外とそれなりにやれてきたような。
家を出る時は家族の誰かの忘れ物で何度も行ったり来たり、それでいて肝心の物は結局忘れたり。封筒でもらった現金をお土産と一緒にしてたら空だと勘違いして捨てたり。漫画や小説は昔から同じ巻が何冊か被ってたり。
言い間違いや勘違いや物忘れが多すぎて、友達にまとめられる程度にはトンチンカンだし。
いまだに自分や家族の病名が覚えられなくて、いつもADSLだし。
書き出してみると、確かに優秀な人からすれば我慢が出来ないほどの可哀想な特性なのかもしれんけど。自分たちは動物園も水族館も映画も大好きだから、障害者割引を呑気に喜んだり平和にやっている。
何が言いたいのかもう全然分かんないけど、自分の人生が幸せだと自信をもって言えるのは奥さんと結婚して楽しく心地の良い生活ができているから。少し気難しい奥さんと仲良く楽しくやれるのは自分の特性が少しは役立っているのかも、とか。人名も店名も曲名も歌詞もいっつもうろ覚えで支離滅裂な会話でものんびりぼんやり付き合ってくれる奥さんのパーソナルはとても相性がいい、とか。
息子の将来は心配なとこあるけど、いまだに一緒に野遊びに付き合ってくれる心優しくも楽しい良いやつだから、何とかなるのかなと楽観視はしてる。
しっちゃかめっちゃかだけど、現代社会を生きるのには不便な特性かもしれんけど、悲観するよりは楽観したほうが楽しいんじゃないのかな、という余計なお世話が思い浮かんだ。