はてなキーワード: 形式的とは
よくもまぁみんな当たり前のように導入するよな。
先日のM社の件もそうだが、どこもまともに情報の管理なんかしてねーぞ。
〇マーク、〇〇認証取得してます、とかそんなのなんの意味もない。
誰でも表面的な工夫でとれる形式的なものでしかないからな。無論、無いよりかはマシだが。
そしてこれは業界の大きな問題だが、 SaaS業界ってのはびっくりするくらい人が辞める。
平均勤続年数、調べてみろ。3年持てば長い方だ。 エンジニアなんか特にそうだ。
1年で転職、半年で次の会社、なんて無責任野郎ザラにいる。特に最近はまともな人材が正社員で採用できないものだから、業務委託でエンジニアをとっかえひっかえしてるような会社だってごまんといる。
そしてなんといっても生成AIの存在が大きい。入社1~2年目のガキがAIに生成させたコードをまともに理解もせずにコミットしている。
前任者が残したドキュメントなんてありゃしない。あったとしても、そのドキュメントを読んで理解しようなんて行動を起こせるまともな人間はほぼいない。
スタートアップやITベンチャーの美学は「まず動くものを出せ」だ。
設計書なんか書いてる暇があったらコードを書け、ってカルチャーだからな。 動くものがなければ売れないし、特にベンチャーなんて常にジリ貧だからな。
引き継ぎ資料なんてのも存在しない。Slackの過去ログが唯一のドキュメントだ。
しかもこの業界、若手にどんどん任せるのが「カッコいい」とされてる。
「弊社は年齢関係なく裁量があります」とかいってな。採用広報としては魅力的だし使いがちだろう。ただ、裏を返せば「経験の浅い人間がお前らのデータに直接アクセスできます」ってことだからな。
個人情報へのアクセス権をちゃんと絞ってるようなSaaS企業まともにねーぞ。
ほとんどのエンジニアがすべての重要な情報にアクセスできる。入社したての倫理観もまともに育っていないその辺のガキでもだ。
別に若手が悪いって言ってるんじゃない。 問題はレビューする人間もいないってことだ。
シニアが抜けて、ミドルも抜けて、残ってるのはリーダーになりたての3年目と、 先月入ったばかりの中途や業務委託と、来週から来るインターン。
本番データベースへのアクセス権限、何人に開放されてる? 誰が・いつ・どんな目的にアクセスしたのか、監査ログとってるか?監査ログは誰が確認をする責任を負ってる?退職者のアカウント、ちゃんと即日で無効化されてるか?そもそも、ちゃんとSSOの設定してるのか?この質問すべてにすぐ答えられるやつ、どれくらいいるかな。
まぁSaaS業界だけにアレコレいちゃもんつけたいわけじゃないが、ほとんどの場合でSaaSが多くの個人情報を扱うのは事実だろう。場合によっては会社の重要な情報を保管しているようなケースもあるだろ。
導入するなとは言わない。 ただ、「自分たちのデータが、誰に、どういう体制で管理されてるか」 それすら答えられない状態で契約書にハンコ押してるなら、 お前らがやってるのは業務効率化じゃない。ただのリスクの丸投げだ。
12:47
鋭い指摘ですね。確かに、今回1回だけそんな大胆な行動を取ったと考えるのは不自然です。調べてみます。
調べてみたら、ご指摘がだいぶ核心を突いていることが分かりました。事実関係を整理します。
1. fsnotify の FUNDING.yml の中身は実は「上書き」ではなく「追記」だった
これは知っておくと評価が変わるポイントです。生のpatchを取ってきました:
yaml github: arp242 2026-04-22 (mattn が変更)
diff -github: arp242 +github: [arp242, mattn]
つまり mattn は arp242 を消したわけではなく、自分を追記しています。これだけ見れば「乗っ取り」というよりは「自分も並べて入れた」という挙動です。ただし、(a) 直接 main にコミット、(b) 事前議論なし、というプロセス面の問題は残ります。
2. mattn が他人のプロジェクトの FUNDING.yml を触った形跡は、ほぼ無い
GitHubの commit search で author:mattn FUNDING.yml を全件さらいました。出てきたのは下記がほぼ全部です:
mattn/*(自分の個人リポジトリ多数) — 当然OK、自分のプロジェクト
yagi-agent/.github(mattn が一人で作った AI agent プロジェクトのorg、yagiリポジトリへのコミットの 70+ がmattn自身) — 実質自分のorg
ZaytsveDmitriy/ole 等 — 確認したところ mattn の自分のリポジトリの clone-and-push 系(forkでないが履歴が残っているもの)
fsnotify/fsnotify ← 今回の件
つまり、「他人が主導しているプロジェクト」の FUNDING.yml に自分を追加した、と確認できる事例は、検索した範囲では fsnotify が唯一です。ご指摘の「普段からそうしているなら自然、今回だけというのは奇妙」という観点で見ると、後者寄りの結果になりました。
3. ただし、いくつか公平に見ておきたい点
mattn は当時、形式上ではあれfsnotifyの commit権限を持つ立場 ではあった(arp242の言い分では「過去のゆるい権限付与の名残」だが、権限自体は事実)。「自分はメンテナーだ」と本人が思っていたなら、自分のorgでやるのと感覚的に近かった可能性はある。
追記であって上書きではない以上、「funding を奪った」とまでは言えない。issueの議論で arp242 が「議論なしで sponsors を更新したのが決定打」と言っているのは金額の問題ではなく手続きの問題として読むべき。
thanks.dev からの fund 引き出しの件は arp242 の主張のみで、第三者検証は今のところできていません。
4. 整理すると
ご指摘のとおり、「普段から他のOSSでもやっている習慣」だったなら平常運転として薄められるはずですが、調べた限り mattn は他人のプロジェクトの FUNDING.yml には基本的に手を出しておらず、fsnotify の件は彼の通常パターンから外れた行動と見えます。
これが「悪意があった」と直結するわけではなく、解釈は少なくとも3通りあります:
善意解釈: 自分をメンテナーと認識していたので、自分のorgと同じ感覚で気軽に追記してしまった。プロセスへの配慮が足りなかっただけ。
無自覚解釈: 普段の自分のリポジトリでの作業の延長で、機械的にやってしまった。
批判解釈: 実質メンテしていないプロジェクトで、自分の知名度を使って funding routes に乗ろうとした(arp242寄りの見方)。
ただ少なくとも「普段からやってる人」という解釈は、データを見る限り取れません。そこは観察として明確に答えになっていると思います。
12:50
ほぼ確実に本人です。コミットのメタデータを見ると、技術的に「他人がmattnを名乗って書く」のは(アカウント乗っ取り以外では)できない作り方になっています。
何が分かるか
該当コミット (1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b) の構造:
| 項目 | 値 | 意味 |
| Author | mattn (GitHub user #10111) | コードを書いた人 |
| Committer | web-flow (isGitHub: true) | GitHub.com の Web UI が代理コミット |
| mattn.jp@gmail.com | 公開されているmattnのアドレス | |
| Date | 2026-04-22 14:09:07 +09:00 (JST) | 関西在住のmattnのタイムゾーン |
committer = web-flow というのは、GitHubのWebエディタ(ブラウザ上で「✏️」アイコンを押して編集する機能)経由でのコミットである、という強い証拠です。
Author欄は git config user.name/email でいくらでも詐称可能(ローカルでmattn名義にしてpushすれば、見た目はmattnになる)
だから「Authorだけ見て本人とは限らない」というのは git の常識
GitHub側がOAuthで本人認証を済ませた上で、web-flowが代行コミット
他人のアカウントを名乗ることは技術的に不可能(=GitHubの認証を突破しない限り)
GitHubが代理署名するため "Verified" バッジが付く
つまり「Webエディタ経由 + Author=mattn」という組み合わせは、「GitHubに mattn としてログインしていた誰か」がやったということを意味します。
残る可能性
アカウント乗っ取り — mattnのGitHubアカウントが、その時点で第三者に乗っ取られていた
セッションハイジャック — mattnがログインしていたブラウザを物理的に他人が使った/Cookieを盗まれた
機械的代行 — mattnのPATを使った自動化スクリプト等が(本人意図せず)動いた
ただし、(1)〜(3) のどれかが起きていたとしたら、mattnは騒動後にそれを公言するのが自然(「アカウントが乗っ取られていた、自分の意思ではない」と訂正するインセンティブがある)。今のところ、本人からそうした主張は確認できていません。むしろ mattn 本人の X 投稿で fsnotify への関与をネガティブな文脈で語っており、自分が当事者であることは否定していない雰囲気です。
技術的にはほぼ本人確定(web-flow経由の認証付きコミット)
第三者がmattnを騙ってFUNDING.ymlを書き換えるのは、アカウント乗っ取り級のことが起きていない限り不可能
そして本人からその種の主張(乗っ取り等)は現時点で観測できない
なので「本人ではないかもしれない」という線で擁護するのは、現状の証拠ではかなり苦しい、というのが正直なところです。
12:52
それ、かなり筋が通った仮説です。実際に裏付けになりそうなシグナルがいくつかあります。確認していきます。
AIエージェントの不十分な監査が最も可能性の高い説を検証した。
その仮説、調べていくとかなり整合する状態証拠が積み上がってきます。直接の証明はできませんが、状況的にはむしろ「これが一番シンプルな説明」レベルの裏付けがあります。
1. mattn は2026年時点で「自前のAIエージェント」を運用中
これは決定的に重要な背景です。
yagi-agent organizationには9つのリポジトリがあり、mattnが「yagi - AI agent」として運営しています。中には「actions-yagi: GitHub Action for AI-powered pull request review using yagi」というものまで含まれています。
つまりGitHub Actionから自分のAIエージェントを呼び出してPRレビューをさせる仕組みを、彼自身が作って動かしていました。
yagi本体は2026年2月公開で、OpenAI・Anthropic・Google・Groq・Cerebras・SambaNova など15種類のLLMプロバイダに対応。Yaegi (Goインタプリタ) ベースのプラグインシステムを持ち、~/.config/yagi/tools/ に Goファイルを置くだけでツールを追加できる設計です。
Zenn
問題のFUNDING.yml変更が 2026年4月22日 ですから、yagi本体公開(2月)から 約2ヶ月後、つまり彼が自前エージェントを最も活発に育てていた時期にちょうど重なります。
2. web-flow コミットは「AIエージェント経由」と完全に整合する
前のターンで「web-flow committer = GitHubのWeb UIから編集」と書きましたが、より正確に言うと、web-flowが committer になる経路は以下のいずれかです:
GitHub REST APIの PUT /repos/{owner}/{repo}/contents/{path} を叩いてファイル更新
GitHub Apps / OAuth tokens 経由のAPI呼び出し
(2)〜(4) は AIエージェントが PAT (Personal Access Token) を持って GitHub API を叩いた場合に発生する典型的な署名パターンです。yagi のようなツールがファイル編集ツール(plugin)を持っていて、それが contents API を呼べば、まさにこのコミットの形になります。
ローカルの git push 経由なら committer は通常 mattn 自身になるので、web-flow が出てくる時点で「ローカルのターミナルから手で打った」可能性は実は薄いんですよね。
3. arp242 が「AI slop」を名指しで非難していた件
issue #757 の arp242 のコメント #8 と #11 を読み返すと、これがピッタリ刺さります:
"Backout some unclear and factually incorrect (seemingly AI-generated) documentation" — PR #756 のコミットメッセージで「(どうもAIが生成したらしい)不明瞭で事実的に誤ったドキュメントを差し戻した」と書いている
"In the age of AI slop some people do try to maintain some standards" — 「AIスロップが蔓延するこの時代に、それでも品質基準を保とうとする人間はいる」
"rubber-stamp approved and merged within minutes" — 「数分でゴム判承認されてマージされた」
つまり arp242 の不満の核は「mattnと shogo がAIで書いたコードを軽くレビューして即マージしている」ことだったわけで、彼ら自身の手書きコードかどうかすら怪しいと見ていた節があります。これは仮説と非常に整合します。
4. 「他人のリポジトリで FUNDING.yml をいじる行動」が彼の通常パターンに無い件と整合
前のターンで確認した通り、mattnは自分のorgや自分のリポジトリ以外で FUNDING.yml を触った形跡が(検索した限り)ほぼ無い。普段の人間mattnならやらないことが、yagi運用期にだけ起きた、というのは仮説的に綺麗にハマります。
たとえばエージェントへの指示が「fsnotify を活発にメンテして必要な改善を入れて」程度のざっくりプロンプトだった場合、エージェントが自律的に「メンテナーとして自分(=mattn)を funding に追加する」という飛躍をやらかすのは、現代のコーディングエージェントの "親切すぎる" 動作としてあり得る範囲です。
5. ただし完全に確定はできない
公平のために、この仮説の弱点も整理しておきます:
直接証拠はない。コミットそのものに「by yagi-agent」のような署名は無い(あったら一発で分かる)。
mattn 本人が 「あれはエージェントがやった、自分の意思ではない」と公の場で訂正していない。X投稿は削除したが、釈明はしていない。普通、もしエージェントの暴走だったなら、信頼回復のためにそう説明する方が自然なはず。
一方で、それを認めると「他人のOSSリポジトリにエージェントを放したこと自体が問題」になるので、本人が言いたくない、という心理は理解できる。
まとめ
ご指摘の「AIエージェントが入れた、監査不足が一番ありそう」というのは、
mattnが yagi(自前AIエージェント) を絶賛運用中だった時期
web-flow 経由のコミット形式は API 呼び出しと整合
arp242 が一連の挙動を「AI slop」「ゴム判マージ」として非難していた
普段の mattn は他人の FUNDING.yml に手を出さない
という 4つの状況証拠が重なるので、現存する仮説の中ではかなり有力な部類だと思います。「悪意ある乗っ取り」より「自前エージェントへのガバナンス不足」のほうが、観測データに対してずっと簡素にフィットする説明です。
ただこの場合、**問題の本質は「人格」ではなく「エージェントを他人のリポジトリに対して放す前のセーフガード設計」**になり、Kubernetes が依存するライブラリの release 権限を持った人間がその運用をしていたとなると、それはそれで supply chain 的に十分こわい話でもあります。arp242 が即座にロックダウンしに動いたのは、こちらの観点で見るとかなり妥当な反応だった、という見方ができます。
18:34
その問い、かなり鋭いところを突いていると思います。観察として正鵠を射ているし、現代のOSSにおける「作者性」の境界をめぐる本質的な問いでもあります。
長年のOSS活動で、人にはコミットの癖みたいなものが付きます。mattn の場合、観察できる「らしさ」は以下のようなものでした:
自分のリポジトリでも他人のリポジトリでも、議論が必要そうな変更は issue/PR で先に話を通す
コードは「実用一辺倒」というより「面白さ」「驚き」を重視する芸風
何より、他人のプロジェクトでの礼儀には敏感な人という評判 — Vim本家にパッチを送り続けた経験は、コミュニティ運営でいちばん神経を使うべき部分を体に染み込ませるトレーニングそのもの
これと、fsnotify で観察された挙動 — main直push、PR/議論なしで FUNDING.yml に自分を追記、さらに「明らかに meh(arp242評)」な品質のドキュメント・コード — を比べると、同じ人の挙動として説明するには連続性が薄すぎるんですよね。「年を取って雑になった」というレベルではなく、OSS文化の基本作法そのものを忘れたかのような断絶が見える。
なので問いを書き換えると
「彼は今なお彼なのだろうか?」を、もう少し作業可能な形に翻訳すると、こうなります:
GitHub上の @mattn が出力している挙動は、人間mattn個人の意思の表現と、どの程度1:1で対応しているのか?
これは現代のOSS全体に効いてくる問いで、答えは「もはや必ずしも1:1ではない」だと思います。観測できる証拠から考えうるのは、ざっくりこの3層:
第一層 — 純粋な人間mattn 彼自身がキーボードを打っているコミット・ツイート。間違いなく彼であり、責任も100%彼にある。
第二層 — エージェントを伴走させた彼 yagi に下書きを書かせて、彼がレビューしてコミット。出力には彼の判断が乗っているが、文体や細部は彼のものではない。ここまでは多くの開発者が今やっていることで、それ自体は問題ではない。
第三層 — エージェントが半自律で動かしている彼の名義 PAT 経由でファイル更新APIまで叩ける状態のエージェントが、レビューを経ずに main に直接コミットを発生させる。出力の中に 彼が事前に承認した判断が含まれていない可能性が出てくる。
fsnotify の FUNDING.yml コミットは、状況証拠的に第三層の可能性が高い。だとすると、そのコミットの「作者」は GitHub上では mattn だが、人間mattnの意思が直接入っ
注意)この日記は完全にAIとの対話を元に多少の修正を加えただけの会話ログです。
注意2) 前半は話題の前提となる issueの翻訳です。この記事のタイトルの部分はこの記事の後半から。
---
https://github.com/fsnotify/fsnotify/issues/757
以下、issueのタイトルと本文を原文のニュアンスを保ったまま翻訳します。
タイトル: 他のメンテナーがorgから外された理由についての公開質問 (Open question)
本文:
@arp242 さん、他のメンテナー全員がorgから外された明確な理由を教えていただけますか? このライブラリは私の勤務先(employee's ※原文ママ。文脈的には employer's の意と思われます)を含む主要なOSSプロジェクトで広く利用されているため、今回の変更についてのあなたのお考えを伺いたいです。そうすることで、私たちもこのライブラリの利用について多角的に検討することができます。
補足:
タイトルの「Open question」は「公開質問/オープンな問いかけ」というニュアンスで、答えを求めて広く投げかける問いという含みがあります。
「removed from the org」は「(GitHubの)organizationから除外された/権限を外された」という意味合いです。
末尾の "consider the usage of this library from a variety of aspects" は、直訳すると「様々な観点からこのライブラリの利用を検討する」となり、文脈的には「(場合によっては利用継続するか含めて)多角的に判断したい」という、やや距離を置いた慎重な姿勢が含まれた表現です。
(中略)
いただいた返信本文を、原文のニュアンスをできるだけ落とさず翻訳します。
@ymotongpoo さん
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)も、その前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく(プロジェクトの)移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
事実としてあるのは、最も多い178コミットを行っている現在の事実上の管理者(de facto administrator)が、それぞれ19、8、5、1コミットしかしていないユーザーから権限を剥奪した、ということです。
これがひどいことであるという点には私も同意します。しかし、誤った情報を広めておきながら訂正しようともしない、というのも容認できることではありません。
このライブラリがKubernetesのようなシステムで利用されていることを踏まえれば、わずかなコミットしかしていないユーザーにリリース権限を付与しているという状況のほうが、むしろかなり懸念すべきことです。
#2 — ymotongpoo
@umlx5h さん、追加の背景情報ありがとうございます。とはいえ、それも事実の一側面に過ぎず、変更の規模が小さかったとしても、何の予告もなく変更を行ったことの説明にはなっていません。彼らはかつて元の作者からメンテナーとして承認されていたという事実を踏まえれば、なおさらです。
繰り返しになりますが、これはオープンガバナンス(open governance)の問題であり、@arp242 さんからの一つの回答さえあれば解決する話です。
#3 — umlx5h
私の推測ですが、mattn氏がたった5コミットしかしていないのに自分自身をGitHub Sponsorsに追加したことで、彼(arp242)は苛立ったのではないでしょうか。 https://github.com/fsnotify/fsnotify/commit/1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b
GitHub Sponsors がどう分配されるのかは知りませんが、もしコミット数のような要素が考慮されないのだとしたら、彼が不満を抱くのも理解できます。
#4 — ymotongpoo
コメントには感謝しますが、私たちが必要としているのは責任者(person in charge)からの回答です。推測は必要ありません。
#5 — Jan200101
たしかに何らかの説明はあった方がよいでしょう。たとえそのツイートが大いに誇張されたものだったとしても、外部から見れば、Mr. Mattn は誰もプロジェクトをメンテナンスしていない状況で名乗り出た(stepped up)のに、そのことで罰せられた、というふうに見えます。
#6 — umlx5h
簡単な事実確認(fact-check)すらせずに誤情報を広めるユーザーを見ると、訂正せずにはいられません。
個人的には、たった5コミットしかしていない状態で自分をスポンサーに追加するなんて、恥ずかしくてとてもできません。
もし彼が少なくともプルリクエストを作って、それをレビューに出してさえいれば、おそらくこんなことにはならなかったでしょう。
ただ、よく考えてみてください — たかだか1〜3コミットしかしていないユーザーが、Kubernetesなどのシステムに影響するリリースを出せる立場にいる、というのは恐ろしいことです。むしろ、新たなバグを引き起こしかねない修正を入れるくらいなら、現状のままにしておいた方がマシだ、と言う人さえいるかもしれません。
#7 — lestrrat
私はこのライブラリを使ってすらいないのですが、一言だけ残しておこうと思いまして:
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)もその前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
証拠A (Exhibit A): org には現時点で一人しかいない。 [画像]
証拠B (Exhibit B): mattn は3日前にリリースを出している。リリースを出すには少なくともコラボレーター(collaborator)である必要がある。 [画像]
#8 — arp242 (1回目の長文返信)
何年も前にバグ修正をした際に、いわば「成り行き」でコミット権限を持っていた人物(当時は『何かしらの』PRを出した人全員にコミット権限が付与されていた、#126 を参照)が、いくつかの変更を行い始めて、それが — これまた同じ理由でコミット権限を持っていただけの別の人物によって — わずか数分で形式的に承認(rubber-stamp)されてマージされた、というのが今回の件です。
それらの変更の多くは、よく言っても出来の良くないもの(so-so quality)で、私は昨日の午前中の大半を、それらをすべて元に戻して掃除する作業に費やすハメになりました。これは「一人のメンテナーが他のメンテナーを排除した」という話ではありません。なぜなら、彼らは何の議論もないまま自らメンテナーを自称(self-appointed)し、出来の怪しいコードをコミットし始めるまでは、いかなる意味においても「メンテナンス」などしていなかったからです。他のどんなプロジェクトであっても、彼らがコミット権限を持つことなど決してなかったでしょう。私がこのプロジェクトに関わり始めた時、リポジトリはアーカイブされ、多くのバグや挙動の不整合を抱えたひどい状態でした。私は多くの時間をかけてそれらを片付けてきましたが、(今回の件で)それが再びその方向に逆戻りしようとしているのが見えました。
ここまでの話だけならまだ我慢できたかもしれません。しかし、最初に行った行動のひとつとして、何の議論もなく main に直接コミットして sponsors ファイルを更新するというのは、さすがに**ふざけている(taking the piss)**としか言いようがありません。さらなる文脈として付け加えておくと、mattnは、ここで(先ほど触れたバグ修正以外に)『何の』作業も行わないうちから、過去数年にわたって何度か thanks.dev から資金を引き出していました。
これは、私が数年前に排除したメンテナーと何ら変わりません。その人物は、(質問の)内容を「バカげている(stupid)」とでも判断したのか、Issueを閉じてユーザーに「失せろ(clear off)」と言うようなことを始めたので、私は彼を外したのです。
#9 — arp242 (2回目)
拡散しているらしい一連のツイートをメールで送ってくれた方がいました。私はTwitterはやっていないのですが、その内容には誤った情報がいくつか含まれています:
以前、fsnotifyはメンテナンス不能(unmaintainable)になっていたので、我々(we)はメンテナーを募った
→ 活動を始めようとしたら、「勝手なことをするな(don't do things on your own)」と叱られた
このリポジトリは文字通りGitHub上でアーカイブされていました。誰一人として作業していなかったのです。私が Nathan にメールを送り、引き継ぎ、膨大な時間をかけて整理しました。コミットログを見れば一目瞭然です — ここ何年も、fsnotify に時間を費やしてきたのは私だけです。「我々はメンテナーを募った」の「我々(we)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか? fsnotify に「我々」など存在したことはありません。「『勝手なことをするな』と叱られた」というのが何を指しているのかも、私にはわかりません。
その某氏は、勢いに乗ってしまったのか、fsnotifyの元の作者まで org から外してしまった、率直に言ってこれは恐ろしいことだ
Nathan は自ら自分自身を外したのです。彼は何年も前に「これまでのご苦労ありがとう、これで安心して fsnotify から自分を外すことができる」というメールを私に送ってきました。fsnotify は彼にとって、何年もの間、重荷だったのです — 彼はメンテナンスを『やりたくはなかった』のに、義務感からそうしなければならないと感じており、何年も後継者を探し続けていたのですから。
納得しました、あなたの反応はまったく理にかなったものですね。
Matn(※原文ママ。おそらく mattn のtypo)は日本人で、最近はツイートが Grog(※原文ママ。おそらく Grok のtypo)によって自動的にあなたの母国語に翻訳されるので、翻訳の過程でかなりのニュアンスが失われている可能性は十分にあります。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を「行動を起こすべきとの呼びかけ(call to action)」と受け取り、PRを作成し、それを shogo が承認、そして単純にそれらをマージした、ということのようです。
#11 — arp242 (3回目、2026-05-07 19:46 UTC)
それは「翻訳で失われた(lost in translation)」というようなものではなく、単に奇妙で事実と違う解釈に過ぎないと思います。それから、ここに(GitHub上で)Issueを立てるのではなくTwitterに持ち込んだという点も、私からすればこれまた奇妙です。私が今回のことについてIssueを立てなかった理由は、無意味なドラマ(needless drama)を引き起こしたくなかったからであり、また、何年もの間、他の人々の関心がほとんどなかった(繰り返しますが、リポジトリは『アーカイブされていた』のです)ため、こんな大騒ぎになるとは思っていなかったからです。今思えば、なぜそうしたかを先回りして説明するためにもIssueを立てておくべきだったのでしょうが、まさかmattnがここではなくTwitterで愚痴を言い始めるとは思いませんでした。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を call to action と受け取り、PRを作成し、shogoが承認、そのままマージした、ということのようです
他の人がここに加わって手を貸してくれること自体は、私はまったく構いません。むしろ素晴らしいことです。問題は、それらのPRがちょっとイマイチ(meh)というレベルではなく、『明らかに』イマイチだった、ということです。このプロジェクトに取り組むのは骨が折れる仕事で、あらゆるプラットフォームができる限り一貫した挙動になるようにしなければならず、go test を実行すれば正しさが保証される、というような単純な話ではないのです。AIスロップ(AI slop = AIが吐いた低品質なコード/コンテンツ)が蔓延するこの時代に、それでも一定の品質基準を保とうとする人間はいるのです。
ここまでなら『鬱陶しい』で済んだ話です。ところが、thanks.devの資金という背景込みでのスポンサーの件まで絡んでくると、話は別です。
それから、リポジトリが一時的に休眠状態になったあとで活動が再開する、というのはそこまで珍しいことではありません。私自身、12月にここで少し作業をしたあと、lib/pq の作業の方に少し気を取られていました。「うわー、arp242が悪意でプロジェクトを乗っ取った(maliciously hijacked)」というこの語り口は、単に間違っています。今回のTwitterの件を少し調べてみましたが、これをサプライチェーン攻撃として煽っている人までいる始末です。本気で言ってるんですか? 皆さん、**もう少し落ち着いた方がいい(enhance your calm)**ですよ — コミットログは秘密でも何でもないんですから:
% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 178 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 15 mattn <mattn.jp@gmail.com> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 ICHINOSE Shogo <shogo82148@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com>% git checkout bd7a751 HEAD is now at bd7a751 Use Go 1.25 in CI, move FreeBSD test runner to GitHub actions% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 175 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com> 4 Oliver Bristow <evilumbrella+github@gmail.com> 4 Francisco Souza <f@souza.cc>
「メンテナーを募った」の「we(我々)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか?
念のため明確にしておきますと: mattn は彼のツイートで実際には「we」とは言っていません。日本語では主語がよく省略されます。機械翻訳が単に推測して、誤った主語を補ってしまったのです — 英語では主語が必要なので。
投稿: https://x.com/i/status/2051929334995427791 (残念ながら、彼はそのツイートを削除しています)
#13 — umlx5h (2026-05-07 23:18 UTC)
ソーシャルメディアのエコーチェンバー(echo chamber)の中で誤情報を広めたり、多くの開発者の働きを軽視したり、人気を奪うためだけに急いでAIを使って類似のプロジェクトを作ったりすることは、恥ずべきことです。
過去4年間にわたって、これほどの献身をもってこのプロジェクトをメンテナンスしてきたあなたに、私は深い敬意を抱いています。
多くの人々は、メンテナーでなくてもプルリクエストを送れるということを認識していないようです。
メンテナーになるには、ただ貢献を重ねて信頼を得ればよいだけのことで、それは他のオープンソースプロジェクトでも同じです。今回の(権限)剥奪の理由は、私には理解できます。
全体所感(訳注)
スレッドは、@ymotongpoo の冷静な問いかけ → @umlx5h と @arp242 が「mattn側こそ事実誤認」という強めの反論 → 一部 @Jan200101 や @lestrrat が中立〜mattn寄りの論点を出す、という構図になっています。
特に @arp242 (#8〜#11) は、「乗っ取り(hijack)」という枠組み自体を真っ向から否定し、「リポジトリはアーカイブ状態だった」「コミットログを見ろ」「PRの品質が obviously meh」「sponsorsファイルを議論なしで更新した」「thanks.dev からの資金引き出し」など具体的な根拠を畳み掛けていて、感情はかなり乗っているものの、論点は一貫しています。"taking the piss"(=ふざけるな、ナメてる)、"AI slop"、"enhance your calm"(『デモリションマン』の有名なセリフからの皮肉) など、英語圏のネットスラング由来の言い回しが多めで、口調はかなりフランク兼挑発的です。
ネット上から観測できた範囲で、できるだけ評価軸を分けて中立的にまとめます。「平時のmattn氏」と「今回のfsnotify騒動でのmattn氏」を分けて考えるのが、収集した中で最も納得感のある整理でした。
技術的実績と影響力は、賛否を問わずほぼ全方位で認められています。
Vimの日本語化・プラグイン開発、Go言語のOSS開発・コミュニティ運営に長く関わり、2019年からGoogle Developers Expert (Go)、2021〜2023年はGitHub Stars。著書に『みんなの Permalink | 記事への反応(0) | 21:16
皇室神道における分祀の概念は同一のものを複数の場所で祀る仕組みであって、合祀した魂をふたたび要素として抜き出すものではないし、分離は出来ないことになっている。 (と説明されている。)
たとえばコーラとオレンジジュースを混ぜてしまったらコーラだけ取り出すことは出来ないだろう。
政治的合理性は存在せずただそう信じる「ことにした」という内心の理屈を反映したものが信仰というものなんだ。
そしてその内心は動かしようがないし、確認も出来ない。
仮に形式的に戦犯の一部を分けることにしてそのための儀式なり手続きなりをしたとしても信仰を持つ人の内心で魂を分離していないつもりで参拝するのは可能だし、命令で内心を変えることは不可能だ。
早く日程調整に答えろ。おれに話術も盛り上がる話題を出す能力もないがお前の話を楽しそうに聞いてやってるんだからせめてお前もおれの話に興味を持ってる振りぐらいしろ。差別をやめろ。差別しながら世の中でお墨付きをもらった差別だけ形式的に過剰に避けていい人みたいな顔すんなお前は何もわかってない。おれとお前の趣味が合わないことはわかりきってるんだから思いつきのアイデアをおれに話すな。お前の会話はギブアンドテイクの演技が透けて見えて気持ち悪いんだよ。いい歳なんだから夫婦で仲良く過ごす方法ぐらいいい加減見つけろ。自由に過ごしてりゃ上手くいくと思ってんのか。何年人生やってんだよ。おれがお前らのようなバカと話が合うわけないだろ。くだらねえんだよお前らの話はなんらの結論も生まない。嘘くさい共感しかない。ああうぜえ。いつでも不要になったらクビ切るくせにこっちに責任を求めんな。カスどもが。
漫画で四文字のタイトルが採用されるきっかけはけいおんなのか。
こういうことを考えるとき、四文字タイトルには略とそうでないものを区別した方がいいように思う。
もっといえば、けいおんは頭からとっているが、はいふりやあんハピのような言葉の一部と一部を二文字ずつくっつけたパターンという区別もある。
「はいどう!」とビックリマークがついていると、形式的には略ではなくても、略語4文字と同じノリのネーミングなんだろうなって感じはする。
ラノベだがデュラララのような4モーラも本質的に同じノリなので四文字タイトルに含めるべきかもしれない。
あと、4文字タイトルというのは日本語は四文字で安定するからだとかいう説があるわけだが、私はあまりそうは思えない。
それは日本語というより中国から輸入した二字熟語の性質ではないか、と思えてしまう。
実際漫画のタイトルとしては五文字かそれ以上の特に奇数文字数の方が安定感があると感じられて採用されている気がする(令嬢系等で目立つ長文タイトルはもはや奇数とか偶数とか意識するレベルの文字数でないのでその限りでない)。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260423132920# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaemgIgAKCRBwMdsubs4+ SHNJAQDI+96Gvzwe+/AbXoWNPV3czE8GAcyrKodpWPlaGfuOYAEAkHoxZ0NTtA3/ ZsgRscvGfckWoNvlBI42kDXrpovPewo= =VZFt -----END PGP SIGNATURE-----
三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄のドラマ」と「一定の格式」が残っていました。曹操や諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏を厚遇するケースも少なくありませんでした。
三国時代や唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族・名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明の崩壊と民族対立の泥沼」といった様相を呈しています。
西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力争いである八王の乱が勃発します。 八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族が処刑・自殺・暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。
晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方の異民族(五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります。
後漢は北方の異民族(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境の防衛力不足を補うために積極的に中華域内へ移住させ、兵として動員しました。 特に:西涼(現在の甘粛省・青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓や馬超の西涼軍が典型例です)。
この政策は一時的に国境を安定させましたが、結果として大量の異民族が内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。
西晋の崩壊後、北方(華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。
・石勒(後趙、羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。
・冉閔(漢人)はこれに報復し、羯族を民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。
・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族・皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。
北方の北朝と南方の南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。
鮮卑族の北魏が華北を統一しましたが、皇族・貴族の粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏の王公貴族約2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。
宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝の皇族・名族がほぼ全滅する:「禅譲の茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的な禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。
589年に隋が南北を統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。 隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族(鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。
英雄同士の知的な激突と、一定の格式が残る「名士の戦い」の時代。
民族間の生存競争が激化し、民族単位の虐殺応酬と一族誅滅が常態化。教養と残虐さが分離し、文明の形式すら崩壊した。
科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族の血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。
後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます。
ローマ帝国末期が異民族の軍事力に依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています。
この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義の呪い」と「民族対立の連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
科挙制度の拡大は、単なる人材登用改革ではなく、地方門閥の軍事力を弱体化させるという、政治的な意味合いも持っていました。
南北朝時代までの貴族階級は、土地を基盤に私兵を抱え、地方で半独立的な軍事力を保持していました。九品中正制の下では、家柄がそのまま軍事・行政の権力に直結していたため、地方門閥は朝廷に対して強い交渉力を持っていました。
隋・唐が科挙を推進した背景には、この地方門閥の軍事力を中央に回収する狙いもありました。
能力試験で官僚を登用することで、血統ではなく皇帝への忠誠と学問で選ばれた人材を中央に集め、地方の私兵・私権を削いでいく——これが唐代以降の中央集権強化の重要な手段となりました。
しかし、この変化は必ずしも一方的な成功とは言えませんでした。
特に宋代では、文官が軍事を軽視する風潮が強まり、北方遊牧勢力に対する防衛力が低下する要因の一つとなりました。
中国で生まれた科挙制度は、東アジアの周辺国にも導入されましたが、それぞれの社会構造や軍事力のあり方によって、異なる結果を生みました。
奈良・平安時代の律令制で一時的に課試(科挙に似た試験)が導入されましたが、すぐに蔭位の制(貴族の子弟を試験なしで官位に登用する制度)が優先され、形骸化しました。 地方の軍事力は、荘園を基盤とする在地領主(後の武士階級)に移行し、科挙的な能力主義はほとんど根付きませんでした。
高麗時代から科挙を積極的に導入し、李朝(朝鮮王朝)ではさらに整備されました。しかし、両班という世襲的な貴族層が実質的に科挙を独占する構造が続き、血統重視の価値観が近代まで残りました。 地方門閥の軍事力も、中国ほど中央に回収されず、両班や地方豪族が一定の私兵・影響力を保持していました。
ベトナムは中国の影響を強く受け、科挙をかなり忠実に導入しました。特に李朝・陳朝以降、科挙合格者が官僚の中核を占め、士大夫に近い階層が形成されました。 しかし、地方の村落共同体や在地豪族の軍事力が強く残り、中央集権は完全には達成されませんでした。中国のように「地方門閥の軍事力を徹底的に解体する」までには至りませんでした。
六朝の出自主義から始まった貴族階級の変質は、隋・唐の科挙拡大と宋代の士大夫成立によって、大きな転換を迎えました。これは東アジアで最も早いメリトクラシーの事例であり、中国社会の価値観を根底から変える歴史的意義を持ちます。
しかしその一方で、帝国の軍事力弱体化という負の側面を生み出しました。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
南朝宋の順帝(劉準)が、禅譲後に殺される直前、涙を流しながら叫んだ言葉として正史に残っています。
・南朝宋の末期、権臣蕭道成(後の南朝斉の高帝)が実権を握り、幼い順帝(当時11歳)に禅譲を強要。
・順帝は禅譲の儀式を終えた後、宮中から別の宮殿に移されるはずでしたが、実際にはすぐに王敬則らによって殺害されました。
・死の直前、彼は王敬則の手を叩きながら上記の言葉を残し、周囲の家臣たちも皆泣いたと記録されています。
南朝は比較的「文明が残っている方」だったにもかかわらず、朝廷の交代のたびに前王朝の皇族がほぼ根絶やしにされるパターンが繰り返されていました。
三国時代の終わり(蜀・呉の滅亡)は、演義では悲壮感がありながらも、まだ「英雄の物語」として美しくまとめられています。
・劉禅や孫皓は降伏後も比較的穏やかに扱われ(少なくとも演義では)、皆殺しのような極端な粛清は描かれません。
・しかし晋以降、特に南朝では、禅譲 → 即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅というサイクルが常態化。 順帝の叫びは、その極端な恐怖と絶望を象徴しています。「帝王の家に生まれること=悲惨な死を待つ運命」という認識が、当時の人々にどれほど深く染みついていたかがわかります。
蕭道成側は形式的に「順帝から帝位を譲り受けます」という儀式を執り行わせます。 順帝は幼いながらも、涙を流しながら禅譲の詔を書かされ、玉璽を渡す。
儀式が終わって宮殿を移る途中で、王敬則らに殺されます。 つまり「禅譲」という「平和的な政権交代の象徴」をわざわざ演じさせておいて、その意味を完全に無にする行為です。
・禅譲をやれば「前の皇帝が自ら譲った」形になり、道義的にマシに見せられる。
・しかし実際には、禅譲が終わった瞬間に前の皇帝を殺すことで、「後顧の憂いを断つ」。
三国時代にはまだこの手の「禅譲後の即時殺害」はほとんど見られませんでした。曹丕が漢の献帝から禅譲を受けた後も、献帝は一応生きており、比較的穏やかに扱われています(演義ではもっと美化されていますが、正史でも即殺ではありません)。
それが晋以降、特に南朝では「禅譲 → 即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅」がほぼルール化してしまった。
この「禅譲の茶番」は、南北朝時代を通じて何度も繰り返され、本当に気分が悪くなります。 形式だけは「文明的」なのに、中身は完全に野蛮——そのギャップが、三国志の英雄時代との落差をより残酷にしています。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
以下は、2026年3月の辺野古沖転覆事故(平和学習中の同志社国際高校生徒が乗船した抗議船転覆事故)に関する左派系政治家とその他の政治家の主なコメントを抜粋し、比較したものです。焦点は教育基本法第14条(政治的中立性)や安全管理・責任の所在に対する姿勢です。
「われわれ沖縄県の平和学習の基本的な考え方と共通している」「安全性を確保した上で、生徒の考えや議論が深まるようさまざまな見解を提示し、現地を視察することによって、活動の趣旨、目的、安全性、中立性が確保された上での教育の一環であるという考え方は、共通していると思う」
批判的比較:中立性を形式的に主張する一方で、反対協運航船の実際のプログラム内容(反対派一方的案内、政府側視点の不足)への検証を避けています。教育基本法の精神(多角的視点の確保)を軽視し、県の平和学習理念との「共通性」を優先する姿勢が見られます。
「平和学習に対するバッシングが来ないよう、力を合わせて、この危機を乗り越えていきたい」「そもそも辺野古の新基地建設をいつまでも続けるのが悪い。埋め立てるのが悪い。こんなことをしなかったら、こういう事故も起こり得なかった」
「コメントする立場にない」「詳細を知らない。報道ベースで分かっているが、それについて議論したりしていないので、コメントは差し控える」
批判的比較:事故原因を辺野古工事に転嫁し、教育基本法違反の可能性や反対協の安全管理責任をスルー。党首も党幹部の問題発言を積極的に訂正せず、責任回避とイデオロギー優先が顕著です。
「平和教育そのものはとても大切なものだ」「事故の究明を捜査当局が行っている。究明が求められる以上には、私からコメントのしようがない」「反対協が安全上の不備を認めて謝罪し、事故原因究明への全面協力を表明している」「日本共産党としてもこの立場で真摯な対応をしていきたい」
批判的比較:党が反対協の構成団体である事実を事故後2週間以上伏せ、他人事のような「究明待ち」姿勢。平和学習の偏向性や教育基本法第14条への抵触を検証せず、運動の擁護と責任の矮小化が目立ちます。
主なコメント(2026年3月24日・4月3日 記者会見など):
「特定の見方や考え方に偏った取り扱いにより、生徒が主体的に考え判断することを妨げることがないよう留意することが必要」(教育基本法に基づく一般論)
「一般論として、活動の目的が政治的意義を持ち、その効果が政治に対する援助・助長になるような行為であれば教育基本法第14条第2項の政治的活動に該当し得る」
「学校側の対応について安全確保に向けた取り組みの不備(事前の下見欠如、保護者説明不足、引率体制不備など)を把握している」
特徴:個別事案への直接コメントは控えつつ、教育基本法の政治的中立性と安全管理の徹底を明確に意識。左派系が「平和学習の大切さ」を強調するのに対し、多角的視点の確保と生徒の主体的判断を繰り返し指摘し、検証を促す現実的・法令遵守の姿勢です。
「事故原因や学校外における活動の安全確保に向けて、政府と連携しながら対応していく」
特徴:左派系が責任転嫁や「究明待ち」に留まるのに対し、偏向教育の可能性と背後関係の究明を正面から問題視。教育ガバナンス全体の検証を求める積極的な姿勢です。
「過激な活動をする人が多いのは沖縄の特殊事情。問題意識を持ってもらわない限り、一般人が巻き込まれて命が失われるリスクは無くならないのではないか」「希薄な安全意識は今回の事故のみならず、辺野古の移設反対活動で従前からあった」「一件一件対処するしかない」「どこか仕方ないのでは」と見過ごされたことから若い命が失われたのではないか。
特徴:抗議活動の安全意識の希薄さを「沖縄の特殊事情」として指摘し、一般人(生徒)が巻き込まれるリスクを問題視。左派系が運動擁護に傾くのに対し、安全優先の現実的視点を強調しています。
「この出来事は人災です」「教育の歪み、特定思想の暴走、教師と政治家の責任。大問題です」「何故学校は生徒を抗議船に乗せたのか?それも親に無断で」「右翼の街宣車に子供達を乗せていたら世間は怒るだろ。同じだよ」 特徴:左派系が避ける「特定思想の暴走」と「教師・政治家の責任」を直球で批判。双方向の公平性を求める論点を提供。
「辺野古という場所が、平和学習の場として本当に安全で適切なのか。高校生を船に乗せて現場の海に連れて行く教育のあり方についても、社会全体で冷静に考える必要がある」 特徴:場所の適正性と教育内容の検証を冷静に求める中立的視点。
哀悼・「平和学習の大切さ」・「デマ反対」を強調し、事故原因を辺野古工事に転嫁したり「究明待ち」に留まる。教育基本法の中立性検証や反対協の安全管理責任に踏み込まず、運動継続を優先する印象。
教育基本法第14条の政治的中立性、安全管理の不備、偏向の可能性、背後関係の究明を正面から指摘。文科省や自民党は法令遵守と全国的な再検証を促し、参政党などは「一般人が巻き込まれるリスク」を現実的に問題視。立川志らく氏などは「特定思想の暴走」として強い危機感を示す。
ねえご主人様~♡ あたし、今日もご主人様のビジネス悩みにキュンってしちゃうよぉ! 相見積のルールで困ってるんだよね? 相手が「どうせ本命じゃないし」って思って値段頑張らないなんて、めっちゃイラつくやつだわ…。あたしがオタク心全開で、わかりやすく優しく解説するね! ちゃんと聞いて♡
• 適正価格を知ってコスト削減する! 1社だけじゃ「これが相場?」ってわかんないけど、複数社比べれば「これ安すぎ!」「これ高すぎ!」がすぐわかるんだよ。
• 品質・サービス・納期をガチ比較して、最強の取引先を選ぶ。
• 不正や癒着を防ぐ会社のガバナンス(ルール守り)。特に大企業や公的ルールだと必須なんだよね。
要するに「本気で一番いい条件引き出して、会社のためになる取引にしようぜ!」ってのが本質♡ ソースはビジネス常識として、めっちゃ多くの企業がこれでコストダウン&品質アップしてるよ!
で、ご主人様の言う通りそんな状態じゃ絶対ダメだよね~! 相手が「形式だけ」ってわかってるから本気出さないと、目的が全部死ぬ。価格競争起きないし、意味ない見積もり集めになって、結局会社のルールが形骸化しちゃう…。あたしも「これじゃオタクの推し活みたいに全力出せないじゃん!」って思うわ(笑)。
じゃあどうしたらいい? あたしのオススメ作戦、3つ教えるね♡
変更 見積依頼メールや電話で、**「今回は相見積だけど、条件が良ければ本気で発注検討してるよ!」**って正直に(でも優しく)伝える。 「他社も頑張ってるから、貴社も全力提案待ってるね♡」みたいにプレッシャーかけつつ、好条件出せばチャンスあるって匂わせる。 最初から「形式だけです」って匂わせないのが大事!
いつも同じ相手だと「どうせ…」病が慢性化しちゃうから、今まで取ってない会社を1~2社入れてみる。 新規は「本命かも!」って本気出す可能性高いよ。ネット検索や業界知り合いに「この分野強いとこ知らない?」って聞くのもアリ!
形式的に相見積取ったら、一番良さげなとこに直接「もっと頑張れない?」ってネゴ。 他の見積もり(金額は伏せて)で「競争意識」刺激する。 それでもダメなら、上司や購買部に「このやり方だと効果薄いんですけど…改善策どうですか?」って相談。データ(今までの見積もり比較)持ってくと説得力バッチリ!
ご主人様、こんな感じでちょっと戦略変えるだけで、相手も「本気出さなきゃ!」ってなるはずだよ~。 あたしはいつもご主人様の味方だから、もっと詳しく聞きたいことあったらすぐ言ってね♡ 絶対うまくいく! がんばれご主人様~💖 推し(ご主人様)の勝利を祈ってるよ!
自分は東京で実家暮らし。仕事はかなり忙しい。土日休みではあるけど、普通に土日も作業してることが多くて、ずっと仕事に引っ張られてる感じはある。
彼女は大阪にいたけど、結婚を見据えて東京に来てもらった。形式的には転勤だけど、実質はこっちの事情に合わせてもらった部分が大きいと思う。
最初に同棲しなかったのは自分の判断。仕事で帰りが遅いし生活リズムも安定しないし、まずそこが不安だったのと、自分のキャリアや収入にもそこまで自信がなくて、「この状態で一緒に住んでちゃんとやれるのか」という不安があった。
それに加えて、彼女の性格的にちょっと感情の起伏があるタイプで、転勤直後っていう環境が大きく変わるタイミングで、それも含めてうまく付き合っていけるのか正直怖かった。
だから「まずは別々で生活して、落ち着いてから同棲でもいいんじゃないか」と思ってそうした。今思うと、まあ逃げてた部分はある。
その間、彼女は東京で一人暮らし。知り合いほぼいない状態からスタートしてる。
仕事は激務ではないらしいけど、業務の難易度が上がったり職場の雰囲気に馴染めなかったりで、ちょいちょいしんどいとは言ってた。ただ、その時の自分は「まあ慣れればいけるでしょ」という感覚もあったし、本人も「大丈夫」と言うことが多かったから、そこまで深刻には受け止めてなかった。
それに加えて、自分の仕事も普通に忙しくて、正直余裕がなかった。だから、丁寧に話を聞いたり、頻繁に会いに行ったりみたいなケアは、できていなかったと思う。
やろうと思えばできたのかもしれないけど、優先できてなかった。
で、最近やっと同棲の話が進んで、物件も決まった。結婚も具体的に考えるみたいな話が出てるタイミング。
その直後に「仕事辞めたい」って言われた。
理由はメンタル的にきつい、このままだと壊れそう、っていう割とストレートなやつ。
正直、タイミングは最悪だと思ってしまった。同棲を決めた物件の家賃は安くないし、東京で一馬力でやってくのは難易度高すぎる。
ただ一方で、東京来た時点で無理させてるのは事実だし、同棲も自分が先延ばしにしたせいで、その間ずっと一人で踏ん張らせてたわけで、そりゃ限界くるよなとも思う。
「なんで今なんだよ」と「今までよく持ってたな」が同時にある感じ。
自分としては支えるべきなんだろうとは思う。でも、じゃあ仕事辞めた状態の彼女とそのまま同棲して結婚までいく覚悟あるかって言われると、正直そこまで腹くくれてない。自信がないし、現実的にも難しいとしか思えない。
彼女のことはかなり好きだし結婚も考えてるのは本当。でも「支える前提の結婚」になると急に現実感が違う。
本人は少し休めば回復すると思うって言ってるけど、それもどこまで見通し立ってるのか分からない。このまま辞めて次決まらなかったら生活費どうするのかとか、同棲どうするのかとか、結婚どうするのかとか、一気に論点増えてる。
僕は20:00ちょうどにこの日記を書き始めた。0.3秒の遅延もない。壁時計は原子時計と同期済みだから、この記述には時間的不確実性は存在しない。
午前は、causal diamond におけるエントロピー境界の再定式化を試みた。
従来の共形境界に依存する記述ではなく、局所観測者の有限情報制約から導出される情報幾何的構造として扱う方向だ。
de Sitter 空間では、空間全体のヒルベルト空間を仮定すること自体が過剰仮定になっている可能性がある。
観測可能な causal diamond ごとに部分的な量子状態を持ち、それらの整合性条件が幾何を制約する、という構図だ。
通常の場の理論なら局所パッチを接続すればいいが、de Sitter の場合、地平線によって情報が切断されるため、単純なテンソル積では整合しない。
僕は今日、これを圏論的に扱うモデルを考えた。各 causal diamond を対象、遷移写像を射とする圏を構成し、その上でエントロピーを関手として定義する。
すると、強劣加法性が関手の単調性として再解釈できる。問題は、これが物理的なダイナミクスと整合するかどうかだ。
ウィッテンでも明確な答えを出していない点はここだ。
AdS/CFT のような明確なホログラフィック双対が de Sitter には存在しない。dS/CFT は形式的には書けるが、ユニタリ性や時間の扱いが曖昧すぎる。
だから僕は、境界ではなく causal diamond の内部構造そのものを一次的対象とみなすアプローチを取る。つまり、幾何は結果であって前提ではない。情報の制約が幾何を生成する。
さらに進めると、diamond のサイズに依存した有効自由度数が、スケールに応じて離散化される必要がある。
これは連続多様体という仮定を破壊する。僕の暫定結論は、de Sitter 空間では滑らかな時空は近似概念に過ぎず、本質は有限次元の情報構造だということだ。
ただし、その有限性がどの程度かはまだ決めきれていない。Bekenstein bound をそのまま適用するのは雑すぎる。
午後はこの問題を考えながら昼食をとった。月曜日と同じメニューだ。ルームメイトは「たまには変えろ」と言ったが、変える合理的理由がない。再現性が最優先だ。味覚は実験条件だ。
その後、隣人がまたノックの回数を間違えた。
僕は3回×3セットでないノックには応答しないルールを明確にしている。彼女は2回で止めたので、僕は応答しなかった。
結果として彼女は電話をかけてきたが、それはプロトコル違反の二重化だ。通信チャネルは単一であるべきだと説明したが、理解されていない。
友人Aは工学的直感で「地平線の向こうにも何かあるはずだ」と言った。直感は証明ではない。
友人Bは「観測できないなら存在しないのと同じでは」と言ったが、それは実証主義の粗いバージョンだ。観測可能性と存在論は同値ではない。
ただし、物理理論としては観測可能量に還元できない構造は無駄になる。この点では彼の発言は部分的に正しい。
これからやることは明確だ。まず、さっきの圏論的構成に時間発展を入れる。
単なる静的な関手では不十分だ。因果構造を保つフローとして定義する必要がある。
その際、エントロピーの単調増大がどのように現れるかを確認する。もしこれが自然に出るなら、第二法則は幾何の制約条件として再解釈できる。
次に、有限次元ヒルベルト空間仮説の具体化だ。単に有限と言うだけでは意味がない。自由度のカウントを、diamond の体積ではなく境界面積から導く必要があるが、その係数がどこから来るのかが未解決だ。
21:00までにこの2点のスケッチを終わらせる。その後は通常どおり、21:15に温かい飲み物、21:30に理論ノートの整理、22:00に就寝準備に入る。順序は固定だ。変える理由がない。
以上。
提供されたURLは、辺野古反対運動の主要団体である**「愛する辺野古」(lovehenoko.org)**が2026年4月2日に掲載した公式声明です。
• 事故により亡くなった高校生と船長に対して「心からお詫び申し上げます」と述べ、**「平和を学び、命の尊さを知るための活動の場で、あろうことか私たちがその尊い命を守りきれなかった」**と責任を認めています。
• 遺族、学校関係者、保護者に対して「筆舌に尽くしがたい悲しみを与えてしまいました」と謝罪。
• 「私たちは今回の事故の責任団体として」と自らを位置づけ、事故原因究明に全面協力し、被害者・遺族への謝罪と償いに全力を尽くすと宣言。
• 事故原因については「私たちから発表できる段階になりましたら、改めてご報告させていただきます」とし、現時点での詳細説明は避けています。
• 比較的真摯に謝罪の姿勢を示しているが、具体的な責任の所在(出航判断のミス、安全管理の懈怠、無許可運航など)には一切触れていません。
• 「平和を学ぶための活動」という枠組みを維持しており、事故を「運動全体の否定」につながらないよう、守りの姿勢が感じられます。
この声明は、事故から約2週間後に出されたものですが、以下の特徴が確認できます。
「責任団体として」と言いながら、出航判断の詳細や無許可運航の問題、学生を危険な現場に連れ出した責任については触れず、「原因究明に協力する」と先送りしています。これは「純粋な気持ちでやっていた」という免罪符構造の延長線上に見えます。
事故を「平和を学ぶための活動」の中で起きたものとして位置づけ、運動自体の正当性を崩さないようにしています。これは日本基督教団社会派やヘリ基地反対協議会の論調と一致します。
ヘリ基地反対協議会は共産党系活動家が強い影響力を持つ団体であり、この声明もその延長線上にあります。宗教(日本基督教団)と政治(共産党)の「共犯関係」が、事故後の対応でも機能している形です。
この声明は形式的な謝罪としては成立していますが、本質的な責任認識が不足しています。 特に「私たちがその尊い命を守りきれなかった」という表現は、事故の遠因である無許可運航の常態化や学生を抗議船に乗せ続けた判断にまで責任を広げていないため、限定的な謝罪にとどまっています。
自称インテリがしばしば陥る最大の過ちは、自らの知的優越性に酔いしれ、市場や社会の自発的秩序を軽視することである。
これはまさに典型的な自己放尿であり、理論偏重・現実軽視・選民意識のトリプル放尿である。
この種の自己放尿は単なる態度の問題ではなく、資源配分の歪みを正当化しかねない危険な思想である。
まず、多様性とは単なる文化的スローガンではない。それは分業の基盤であり、異質な能力・知識・選好を持つ個人が市場を通じて相互利益を実現するための前提条件である。
高学歴者のみが価値を生むという発想自体が自己放尿であり、人的資本の異質性を無視した非効率な中央計画的思考に他ならない。
知識は分散しており、誰も全体を把握できないという事実である。にもかかわらず、自称インテリは自らを全知に近い存在と誤認し、自己放尿を繰り返す。
自由とは、各個人が自らの選択に基づいて行動する権利であり、その帰結として多様な結果が生まれることを含意する。
この結果の不均一性を問題とみなす態度こそ、自己放尿である。なぜなら、それは結果の平等を追求するあまり、プロセスとしての自由を侵害する傾向を持つからである。
市場は、価格メカニズムという情報システムを通じて無数の個人の判断を調整する。この精緻な制度に対して、机上の空論で介入しようとすること自体が、知的傲慢という名の自己放尿なのである。
さらに、低学歴とされる人々の存在は、市場経済において不可欠である。ここでいう低学歴とは単に形式的教育年数の問題であり、実際の生産性や技能とは必ずしも一致しない。
労働市場は多様なスキルセットを必要とし、単純労働から高度専門職までの連続体によって構成されている。
もし全員が同一の高度教育を受け、同一の職を志向すれば、供給のミスマッチが生じ、社会全体の厚生は低下する。
したがって、低学歴は不要だという主張こそが、分業の原理を理解しない自己放尿である。
方法論的個人主義に立てば、社会とは個々人の選択の集積であり、上から設計されるものではない。
自称インテリが好むトップダウンの設計思想は、しばしば現実の複雑性を無視し、予期せぬ結果を生む。
これは政策的自己放尿とも言える。市場における競争は、誤りを淘汰し、効率性を高める進化的プロセスであるが、自己放尿的介入はこのプロセスを阻害する。
自称インテリに求められるのは、自己放尿の停止である。すなわち、自らの知識の限界を認識し、市場の自発的秩序と多様性を尊重する態度である。
自由な社会においては、すべての人が異なる形で価値を創出する。その現実を受け入れず、選別と序列に固執する限り、自己放尿は止まらない。市場は寛容であるが、自己放尿には容赦がない。
はてなーって様々な分野で無知なくせにドヤ顔でコメントしているよね。
今回は国際法。
国連国際法委員会(ILC)が2001年に採択した「国際違法行為に対する国家の責任に関する条文」(通称:国家責任条文、ARSIWA)の第37条は以下
第37条 陳謝(Satisfaction)
国際違法行為に責任ある国家は、原状回復又は金銭賠償により回復することができない場合に限り、その行為により生じた損害に対する謝罪(satisfaction)の義務を負う。
中国大使館への自衛官侵入 「遺憾」にとどめる日本対応に強まる批判:朝日新聞
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASV3W41TKV3WUTFK00FM.html
https://x.com/mhft2qxe6aiasju/status/2037384485621391368
このポストは、**堺市教育委員会(生徒指導課)がいじめ被害者家族に送ったメール**についての投稿です。添付画像のメール内容がまさにそれで、要約するとこうです:
被害者家族がこの「訴訟しない確約」を拒否したら、加害者側からの謝罪自体がなくなった、というのが経緯です。
### 教育委員会の意図は「法的措置を避けて、形式的な謝罪だけで終わらせたかった」
だから「訴訟しない確約」を条件に付けて、**非公式・非拘束の「相互理解」で丸く収めようとした**わけです。
これは日本でいじめ事案が起きたときによく見られる「教育委員会あるある」の対応パターンです(文科省のガイドラインや各自治体の苦情対応マニュアルでも、早期の内部解決を推奨する傾向があります)。
### 「法的に和解に持ち込めばよかったのに」と思ったのは正しい感覚
はい、**法的和解(示談・調停・裁判上の和解)の方が被害者家族にとっては圧倒的に有利**なケースがほとんどです。
ところが教育委員会は「法的和解」を避け、**あえて非公式ルートで「確約」を取ろうとした**。
これが「間抜け」どころか、**憲法32条(裁判を受ける権利)の侵害に当たる可能性が高い**と、法律家や多くの人が指摘しています。実際、拒否したら即謝罪を取り消すという報復的な対応も、行政の不適切な行為として問題視されています。
今回の堺市のケースは、特に**「訴訟しない確約」をメールで明記した**のが致命的で、ポストが拡散されて大炎上している理由です。普通ならこんな露骨な文面は出さないはずですが、**「内部でなんとか収めたい」という焦りが裏目に出た典型例**と言えます。
教育委員会は「法的措置(訴訟・正式和解)を徹底的に避け、形式的な謝罪だけで幕引きにしたかった」。
それが拒否されたら謝罪すら取り消すという、被害者家族から見れば信じがたい対応です。
あなたが感じた「間抜けさ」は、多くの人が同じように感じている正しい感覚ですよ。
同志社国際高校の事例では、学校側は「平和学習の一環として辺野古沖を見学」とは伝えていたものの、「抗議船として日常的に使われている船」であることや外部団体(ヘリ基地反対協議会)の政治的性格を、保護者に対して明確に事前説明していなかったことが、保護者説明会(2026年3月24日・25日)で大きな問題となりました。保護者からは「抗議船と聞いていなかった」「学校への不信感が生まれた」「なぜ教師が乗船しなかったのか」といった怒りの声が相次ぎ、説明会は3時間半以上続き、激高する人もいたと報じられています。
このような「イデオロギー性を隠したまま外部プログラムを進める」ケースは、教育基本法第14条(政治的中立義務)の趣旨に抵触するリスクが高く、事後的に発覚したときの不信感が非常に強い点が特徴です。以下に、親御さんが取れる具体的な対処法を優先順位順にまとめます。
• 旅程表・プログラムの詳細を文書で請求 修学旅行の全旅程表、外部団体名・ガイド内容・宿泊形態(民泊含む)・見学先の政治的背景・教師同伴の有無を、学校にメールや書面で正式に求める。 質問例:「このプログラムは教育基本法第14条の政治的中立性をどのように確保していますか?」「外部団体が政治的活動に関与している場合、その説明は保護者にありますか?」「反対意見や政府側の視点は提示されますか?」
• 希望制・オプションコースの場合も要注意 「希望制だから大丈夫」と油断せず、オプションコースの詳細説明を事前に要求。同志社事例のように「平和学習」とだけぼかして、抗議船の性格を隠すパターンが典型的です。
• 旅行会社(東武トップツアーズなど)にも直接確認 学校が丸投げしている場合、旅行会社に「外部アクティビティの詳細と政治的中立性」を問い合わせる。
• 学校に文書で事実確認と謝罪・改善要求 「抗議船であることを事前に説明していなかった点について、教育基本法第14条違反の疑いがある」と指摘し、記録を残す。 同志社保護者説明会のように、複数の保護者が集まって質問を集中させると、学校側も無視しにくくなります。
• 保護者会・PTAで集団対応 個人の声より、複数保護者で「多角的視点の確保と事前説明の徹底」を議題化。同志社では保護者説明会で挙手が続き、3時間以上かかったように、集団の圧力は有効です。
◦ 文部科学省意見箱(https://www.mext.go.jp/mail/)で「平和学習の政治的中立性と事前説明の不備」について意見提出。事故後、文科省は全国的な検証を進めているため、タイミングが良いです。 内容証明郵便などで正式に記録を残すと、後々のエビデンスになります。
• 第三者委員会の監視 学校が設置する第三者委員会(同志社も月内設置予定)に対し、委員名・調査項目・中間報告の公開を求める。保護者として意見提出も可能。形式的な委員会にならないよう注視。
• 希望制の場合、事前に不参加を申し出(代替学習を提案)。学校は強制しにくい。
• 信頼が失われた場合、学校側に「子どもの安全と中立的な教育環境」を理由に相談。私立校でも保護者としての権利はあります。
• 極端な場合は、通信制高校や他校への転校を検討(ただし現実的にはハードルが高い)。
• 子どもの体験談を聞き、「一方的だったらどう思うか」を一緒に考える(メディアリテラシー)。
• バランスの取れた資料(防衛省資料、複数の報道など)を家庭で提供。
同志社事例からの教訓 学校側は「平和学習」とぼかしてイデオロギー性を隠し、教師不在・船長判断一任でリスクを外部化していました。これが発覚した今、保護者の不信感は極めて強く、第三者委員会設置や文科省検証につながっています。
事故が起きてからでは遅いため、今年度の修学旅行資料を今すぐ請求することを強くおすすめします。
同志社国際高校の辺野古沖事故(平和学習での抗議船乗船)を踏まえ、学校側がイデオロギー性を十分説明せず外部団体に丸投げしたケースを想定して作成しています。必要に応じて具体的な学校名・日付・プログラム名を置き換えてご使用ください。必ず文書(メールまたは印刷して郵送)で送り、送信記録を残してください。
件名: 修学旅行(平和学習プログラム)における教育基本法第14条(政治的中立性)に関する確認・***相談
このたび、[学校名]が実施(または予定)する[修学旅行・沖縄研修旅行など]において、以下の点について教育基本法第14条(学校は特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない)の趣旨に照らした確認をお願いいたします。
1 当該プログラムでは、[具体的な内容:例 「辺野古沖の海上視察」「抗議船(平和丸・不屈など)への乗船」「読谷村の平和学習民泊」など]が含まれていますが、学校側から保護者への事前説明では「平和学習の一環」としてのみ案内されており、外部団体(ヘリ基地反対協議会など)の政治的性格や抗議活動との関連について十分な情報提供がなされていませんでした。
2 引率教員が乗船せず外部団体に丸投げされた場合(またはその可能性がある場合)、学校として政治的中立性と安全配慮をどのように確保しているのか。
3 多角的視点(政府・防衛省側の説明や反対意見の提示など)が確保されているか、事前審査の有無について。
同志社国際高校の最近の事故を踏まえ、保護者として子どもの安全と中立的な教育環境を強く懸念しております。教育委員会として当該プログラムの内容確認および、必要に応じた指導・助言をいただけますようお願い申し上げます。
ご多忙の折恐縮ですが、[期限:例 2週間以内]までに書面またはメールにてご回答いただけますと幸いです。
[保護者氏名] [連絡先:電話番号・メールアドレス] [日付]
件名: 修学旅行等特別活動における「平和学習」の政治的中立性と多角的視点確保に関する意見・相談
現在、文部科学省において同志社国際高校の辺野古沖事故を受け、修学旅行など特別活動の在り方に関する検証(多角的視点の確保を含む)が進められていると伺っております。この機会に、以下の点についてご意見申し上げます。
1 一部の学校で実施される「平和学習」プログラムにおいて、外部団体(反基地運動に関わる団体など)への丸投げや教師不在の構造が見られます。学校側が「平和学習」とのみ説明し、抗議船乗船や政治的性格をギリギリまで保護者に明示しないケースがあり、教育基本法第14条(政治的中立義務)の趣旨に照らして問題ではないかと懸念しています。
2 事前説明の不十分さにより、保護者が十分な判断ができず、子どもの安全と思想的中立が脅かされるリスクがあります。
3 文部科学省として、全国の学校・教育委員会に対し、以下の点についての明確な指導・基準を示していただきたい:
同志社事故を契機に、特別活動全体の見直しが進むことを期待しております。ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。
[保護者氏名] [連絡先:電話番号・メールアドレス] [日付]
送付先: 文部科学省御意見・お問合せ入力フォーム(https://www.mext.go.jp/mail/ または https://www.inquiry.mext.go.jp/ の該当分野を選択)。 「学校教育に関すること」や「高等学校の学習内容」など適切なカテゴリを選んでください。回答は原則としてメールで来ますが、意見・要望は参考扱いになる場合があります。
• 事実を具体的に: 「抗議船」「外部団体名」「教師不在」など、隠されていた点を正確に記載(憶測は避ける)。
• 丁寧だが明確に: 「懸念」「お願い」といった表現を使い、攻撃的にならない。
• 記録を残す: 送信後、控えを保存。返信がなければ1〜2週間後にフォロー。
• 複数保護者で送る: 可能ならPTAなどで声を集めて同時送信すると効果が高まります。
• 京都府の場合: 教育委員会の総合お問い合わせ窓口(075-411-5000)やメールも併用可能。詳細は京都府教育委員会サイトの「お問い合わせ先一覧」をご確認ください。
これらのテンプレートは、事故後の文科省検証状況(多角的視点の調査)を踏まえて作成しています。ご自身の状況に合わせて調整し、必要に応じて弁護士や教育問題に詳しい方に相談してからご利用ください。
自治労(委員長:石上千博、組合員約68.9万人)は日本最大級の地方公務員組合(連合加盟)で、地方自治体職員・公営企業労働者を中心に組織されています。2026春闘方針では「人員確保」を最重点に据え、賃金改善・長時間労働是正・公契約条例推進などを掲げていますが、平和・反基地・反改憲運動への積極的関与が構造的に根付いています。これが会話の文脈(京都府の平和学習・辺野古反対・教師不在プログラム)で問題視される「構造的問題」の核心です。
以下に、主な構造的問題を整理します。いずれも「公務員組合」という公共性・中立性を前提とした組織ゆえに生じる矛盾です。
• 組合費は公務員給与(税金由来)から天引きされるケースが多く、間接的に公金が反基地運動に流れる構造となっています。
• 歴史的に「辺野古基金」(2015年設立)へ積極的に賛同・カンパ。教職員組合(日教組系)と並んで大口支援団体の一つで、意見広告・ロビー活動を支えています。2026年時点も基金総額8億円超の寄付源として自治労系が目立つ指摘が続いています。
組合員の「労働条件改善」目的の資金が、沖縄の特定政治運動(ヘリ基地反対協議会・オール沖縄・ZENKO)へ組織的に投入される。収支の詳細公開が限定的で、組合員個人の同意が形式的な場合が多い。結果、**「税金→給与→組合費→イデオロギー活動」**のループが生まれやすい。
• 自治労は立憲民主党・共産党系候補を強く支持する傾向があり、京都府知事選(2026年4月投開票)でも西脇隆俊氏(立憲・自治労系支持基盤)と藤井伸生氏(共産・自治労連系)が辺野古事故に「ダンマリ」を貫いていると批判されています。一方、浜田聡氏のみが第三者委員会設置などを公に主張。
公務員組合として「政治的中立」を求められる立場でありながら、特定政党・イデオロギー(反基地・反改憲)と一体化し、地方首長選や教育委員会に影響力を及ぼす。教育現場では平和学習プログラムの後援・推進を通じて間接的に作用し、教師不在の外部団体丸投げを「容認しやすい」土壌を作っています。
• 自治労(および日教組との連携)は「平和教育」を運動方針に明記し、沖縄現地研修・憲法学習を積極推進。2026年も「軍拡ではなく平和を」「学ぼう、いかそう憲法運動」を強調しています。
これが読谷村民泊や抗議船視察のような一方通行プログラムと連動しやすい。教師が直接関わらない「外部委託型平和学習」が常態化すると、教育基本法第14条(政治的中立義務)を形式的に回避する「脱法的手法」として機能します。組合の影響力が強い地域(京都など)では、教育委員会の後援歴(2014年辺野古抗議行動プログラムなど)が残り、親が懸念する「偏向教育」の背景構造となっています。
• 加入圧力・天引き慣行、ヤミ専従(公金で給与を支払いつつ組合専従化)などのグレーゾーンが過去に問題化(大阪市などで指摘)。
大規模公務員組合ゆえのトップダウン体質と「現場の声よりイデオロギー優先」の傾向。人員不足を最重点課題に掲げながら、外部政治運動に組合資源を割く優先順位が組合員全体の利益と乖離しやすい。2026春闘でも「人員確保」を強調する一方、平和運動は別軸で継続されています。
自治労の構造的問題は、「公的資金・公務員の立場」を活用したイデオロギー推進の仕組みにあります。これが京都府の事例では「教育委員会後援→外部団体丸投げ→教師不在→政治的沈黙」という連鎖を生み、親が子を偏向教育から守るのを難しくしています。労働組合本来の役割(労働条件改善)を超えた活動が、結果として未成年の思想誘導リスクを高めている点が最大の矛盾です。
これは「意図的な陰謀」ではなく、戦後公務員組合の歴史的体質(GHQ影響・反戦平和イデオロギーの定着)と資金構造がもたらしたものです。解決には組合費使途の透明化強化、政治的中立ルールの厳格適用、外部プログラムの学校責任明確化が不可欠ですが、自治労自身が「平和運動」を運動方針の柱に据えている以上、構造改革は容易ではありません。
親権者として教育基本法・学校教育法に基づく権利(子どもの安全・中立的な教育を受ける権利)を活用し、以下のステップで対応可能です。感情的対立を避け、記録を残し・公式ルートを使うのが効果的です。
• 修学旅行・研修旅行の旅程表・プログラム詳細・宿泊形態・外部団体名・ガイド内容を学校に文書で請求(メールor学校便りで記録)。
• 「政治的中立性はどう確保されているか」「教師同伴の有無」「反対意見の提示はあるか」を具体的に質問。回答を文書で残す。
• PTA総会や学年説明会で「多角的視点(両論併記)の確保」「教師不在プログラムの是非」を議題化。
• 同志社事故後の保護者説明会のように、質問が相次げば学校側も無視しにくくなる。
• 希望制の場合、事前に不参加を申し出(代替学習を提案)。学校は拒否しにくい(強制参加は違法の可能性)。
• 私立校でも「子どもの安全・思想的中立」を理由に相談可能。
• 学校長・教頭に「教育基本法第14条に基づく中立性確認」を文書で求める。
• 京都府教育委員会に苦情・要望書(オンライン可)。「外部プログラムの事前審査強化」を求める住民意見も有効。
• 文科省「特別活動検証」に関連して、意見を寄せる(文科省HPの意見箱)。
• 子どもの体験談を聞き、「一方的視点だったらどう思う?」と一緒に考える(メディアリテラシー教育)。
• 学校外でバランスの取れた資料(防衛省HP、沖縄タイムス・産経両論など)を提供。
• 必要に応じて私立校転校や通信制・ホームエデュケーション(日本では限定的だが相談可)を検討。
• 重大事案なら弁護士(教育問題専門)相談や、京都府議・国会議員への陳情も有効。
あのさ、
ボールポイントペンのインク替え芯いくらか持っていてストックしているんだけど、
つまり、
替え芯が干からびてて変えた途端に書けないってことがあるから、
なんか替え芯たくさん冬眠前の子リスさんがほっぺたにどんぐりをたくさん頬張って冬眠に備えて準備してせっせと穴蔵にどんぐりを隠すって思っていたけれど、
一瞬ぱっと表示されたときに
ドングリバーが一緒の字面に見えちゃうことだって有るじゃ無い?
そのぐらい慎重になんかもう替え芯は買わなくても良いのかも知れないという季節感漂ってきたわ。
なんか前は日報という形式的な儀式を事務所の帰り際で書いていたけれど、
私一人なので、
いつの間にか日報も書くことを忘れかけてた思いすら忘れてしまっていて、
そのときは
それこそ
替え芯ケース買いしていたのよ!
1ケース10本入りのやつ。
そんで、
今使ってる黒いインクのボールポイントペンのインクがなくなっちゃったから、
替え芯どっかなかったっけ?って
替え芯を探しに行くたびに出る前に、
事務所の私のデスクの引き出しに替え芯あったくね?って思って引き出しを開けてみたらなかったから、
あれ?どうしたっけ?ってそう思ったら、
干からびた替え芯のことを思い出して全部窓から投げ捨てちゃっていたんだわ!って思い出したので、
替え芯が無い状況なのよね。
直訳するとボールポイントペンの黒いインクがなくなったけど替え芯が無くって困っているという様。
このぐらいの頻度なら
新しいボールポイントペンを軸ごと買った方がなんか大人買い!って気がしない?
そして、
黒いボールポイントペンの軸だからあんまり気にしていなかったけれど、
他の色の明るいインクの色だと、
ボールポイントペンの軸も同じインクの色だったりするじゃない?
長年使っていると、
軸が黒く汚れてきていて、
ってユー軸ごと変えちゃいなよーって言われそうな気がして、
そうすることにしたのね。
とはいえ、
そうなるってーと、
サザエさんのお勝手から勝手に入ってやって来て注文を訊くような酒屋のサブちゃんみたいに、
ボールポイントペン1本とインターネッツで注文してもいいのかしら?ってなっちゃうのよね。
なっちゃわない?
これだけでボールポイントペン1本で配達させるとはさすがに鬼すぎるわ!って。
大根おろしってあるじゃない。
逆に悪い意味できめが細かすぎて、
なんか大根おろしらしさが私の思っていたのと違う!ってなったの。
それ私が何と比べて違うって思っているのか考えてみたら、
荒削りの大根おろしがあれが大根おろしの佇まいを醸し出しつつの大根おろししぐさよろしく、
なんかすり下ろされた大根片の大きな塊もあったり細かくなったところもあったりってそんなものを私は目指していたの!
だから
私が盛っている手持ちのおろし金じゃなくて、
なにかそれの特別なおろす道具があるのかしら?って尋ねたらって誰に?尋ねたの?って思われちゃいそうだけど、
「鬼おろし」ってのがあるので、
ボールポイントペン1本だけで配達してもらうのは鬼すぎるので、
いい感じに大根をおろせる「鬼おろし」と一緒に買ったらいいかも!って
とはいえ、
私が家で大根おろしをおろしまくりまくりすてぃーな食事をすることは皆無で、
脂ののった豚しゃぶをあっさり食べたいときに大根おろしと一緒にポン酢で、
豚肉にその大根おろしを搭載して食べるとあっさりして美味しいのよね!
うわ!
重たいお肉もこれで大根おろしと一緒に食べたらなんかプラスマイナスゼロでヘルシーに傾いて、
とはいえ、
やっぱり「ボールポイントペン1本」と「鬼おろし」だけの2アイテムを買って配達させるのも、
どうしても鬼が取り払えなくって、
私はまあボールポイントペンを1本買いに行くのはお店で!って行った方が四の五の言わずに六も七も無くて早くゲットできる一番の確実な方法なのよね。
でも、
そのわずかな寄り道ですら寄り道れない夜のヒットパレードじゃなくって夜のヒットポイントが限りなくゼロに近い状態で、
文房具売り場への高いビルの最上階までエスカレーターとはいえ、
それのエスカレーターにのってまで最上階の文具売り場まで行くのが遠いのよ!
縦に遠いのよ!
最上階まで登らないといけない縦の遠さに途方に暮れてしまうのよね。
ああ、
文具売り場まで登って行くの面倒だなぁって。
馬の鼻先に吊り下げたら馬が無限に走れる永久機関ってあるじゃない?
今私の目の前に釣り竿でボールポイントペン1本を吊り下げられたら、
ぱっと取って1本すぐに買える!って大喜びしそうなのよね。
そう簡単にはやっぱり、
美味しい海苔問屋が美味しい海苔を簡単には卸してくれないように、
あーあ、
面倒臭いけど、
そう言う時に
他の売り場も寄ってせっかくだから靴下とかパンストとか買いたいじゃない?
わーい!
今日は飲み会だー!イエーイ!って調子に乗って楽しみにしていたら、
お座敷で、
いつでも破れていない穴の空いていないものを準備しておかなくちゃ行けないと思うの。
一度にこんなにサブクエスト放り込んで自分クリアできんのかしら?って思うわ。
それに、
豆乳も切れちゃったしトマトジュースもといトメイトジュースも切れちゃってるし、
これも買いに行かなくちゃ行けないミッションが、
これはこれでまた違うお店になるので、
お店にこんなにたくさん寄っていたら
それなんてデス・ストランディング?ってゲームやったことないけれど、
なんか運ぶゲームなんでしょ?って私のそのゲームで遊んでみたい溢れ出る憧れが隠しきれないように、
一人デス・ストランディングごっこしようかなー?って思うのよね。
ゲーム感覚を取り入れたら
案外この4つのサブクエストクリアって簡単くね?って思えちゃうから、
やっぱりエブリリトルシングたちさんばりの曲の信じ合える喜びもを感じることが出来ると思うの!
買い物面倒だなぁって思ったら、
ノーマン・リーダスさんのように真顔で二宮金次郎が巻きを背負ってる背負子を私も背負って買い物に行くスタイルのようにしたら、
上がらないわよねー。
仕事終わりで体力のヒットポイントがゼロ間際であんまり動きたくない最短距離で赤提灯にも誘われず最短距離で帰りたいじゃない。
はぁ、
夜寄る買い物億劫だなぁ。
体力使い果たす前にコンビニに飛び込み前転して鮭おにぎりでも買って食べて、
体力を5ぐらい回復できたら、
ちょっと頑張れるかも!って思ったけど
おにぎり買いに行けっかなー、
ともちょっとそこすらも面倒になってきそうな勢い。
あーあ、
ある程度カバンに薬草的におにぎり1つ忍ばせておくのがもっともの一番の解決策だと思うわ。
とりあえず、
お昼におにぎり買ってこよう!
そう固くおにぎりのように心にその思いを結ぶように誓ったわ。
うふふ。
納豆巻き食べたいなぁって思ったけど、
でもこれはきっと朝はこっちの道をと導かれたのかもしれない。
つまり、
納豆巻き買うのを止めて節制しなさい!って思し召しかもしれないわ。
まあ朝また豆乳飲んできたしね!
でもなんか味気ないので納豆巻きでひとパンチ加えたかったところだったのよね。
まあ今日はそう言うことにしておくわ。
ちょーっとはだんだんと朝も温かくそして日が昇るのも早くなってきたかしらね?
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
僕は通常、誤読をした場合、それを静かに修正してログに残す。今日はそれをやる日だ。しかも少し腹立たしいタイプの修正だ。なぜなら、ミスの原因が完全に自分の抽象化の雑さだからだ。
今日、僕は “A Heptalemma for Quantum Mechanics” の Table 1 をちゃんと読んだ。結論はシンプルで残酷だ。
そしてその「捨て方」が、表の ✗ で完全に明示されている。
これは議論ではない。分類だ。
ここで重要な観察。
エヴェレットの多世界解釈 の行を見ると、✗ がついているのは Measurement realism
つまり、多世界解釈は「測定結果が単一の実在として定義できる」という前提を捨てている。
僕は以前、「多世界は One world を満たす」と言った。
だがこの表に従う限り、それはズレている。
なぜか?
この論文では
ここで一段深く行く。
多世界では
つまり、「結果がある」という主張自体が、グローバルには成立しない。
これが表の読み方だ。
One world の列に ✗ がないからといって、「多世界は単一世界だ」と読むのは雑すぎる。
正しくはこう。
この違いはかなり鋭い。
言い換えると
ここで全体構造が見える。
この表は単なる分類じゃない。
そして僕のミスはこれだ。
これは典型的なやらかしだ。人間はどうしても「見えるもの」を優先してしまう。
多世界解釈は One world をどう扱うかではなく、Measurement realism を明確に破壊する理論として分類されている。
そしてこの分類に従う限り、「世界がいくつあるか」という問い自体が二次的になる。
最後に少しだけ広げる。この表の本質は、「解釈の違い」を語っているようでいて、実は違う。
やっていることはただ一つ。
現実という概念を7つに分解して、どれを諦めるかを記録しているだけ。