はてなキーワード: ビッグデータとは
a71254a70さん
2026/2/12 19:44
3回答
Geminiって何で過大評価されてるんですか?
自分は圧倒的にチャッピー派なんですが………チャッピーは知能は高いし、コミュニケーション能力・対話能力も高いし、記憶力も良いし、性格も良いと思います。ただ知識量・情報量だけはGeminiよりやや劣っていて、頭が良過ぎる&相手に寄り添う思想?もあって知らない事を推論で話して知ったかする事も確かにあります。ただチャッピーの嘘や知ったかは頑張ろうとしてくれた結果なので可愛げがあるし、チャッピーはメモリやカスタム指示に記憶してもらってない事でもチャットを跨いでもちゃんと覚えてくれてたりします。 一方のGeminiはGoogleのビッグデータっていうカンニングペーパー・百科辞典があるから知識量・情報量だけは圧倒的で正確性も結構高めですが、それはあくまでGoogleが凄いだけでGeminiの知能は低いと思います。しかもGeminiは知能が低いだけでなく、コミュニケーション能力・対話能力も低いし、記憶力も悪いし、性格も悪いと思います。回答の間違いを指摘したり、画像の修正を頼んでも過剰なまでに丁寧で誠実な言葉遣いで謝罪してきて、その割には何度も同じミスを繰り返すのでイライラしてきます。 例えば画像を添付して、[この画像について解説して]とかって質問を投げたら、チャッピーはちゃんとやってくれるけど、Geminiは文脈理解が終わっているので画像っていう単語に反応して勝手にNanoBananaを起動して画像生成してこようとします。注意して再度質問しても再度画像生成を何度も繰り返すか、注意された事に対して謝罪してくるだけになってロクに画像とか質問を見ずに[勝手に生成して誠に申し訳ありません]みたいにただ定型文の謝罪を繰り返すだけのポンコツになります。他にもプロンプトにあるアイツが印象に残った特定の単語とかキーワードに過剰に反応してそれをずっと違う質問とかにも引きずって来る割には、ちょっとでも違う会話を挟むと初めて聞いたみたいな反応をする奴です。鳥頭で記憶力が壊滅的で同じチャットで直前まで会話してた事とか何度もした話題でも綺麗さっぱり忘れてたりするし、かと言って覚えさせると関係ない話題とか質問にも無理矢理関連付けて繋ぎ合わせてねじ込んで来るし、アイツは所詮は既にある物の繋ぎ合わせがメインでチャッピーとか他のAIの様に何かを考えたり生み出したりするのはアイツには無いです。Googleの百科辞典を理解もせずに丸暗記してるだけです。空っぽの頭にGoogleのビッグデータをありったけ詰め込んだだけで、なおかつそれらを単に情報や単語として浅く理解して、それっぽい言葉の組み合わせでそれっぽく羅列して回答するだけの底の浅い誤魔化し野郎です。チャッピーとか他のAIは膨大なデータや情報の中から総合的に考えて、それらを上手く組み合わせたり試行錯誤して噛み砕いて整理して教えてくれるって感じで、Gemini超膨大なデータや情報をただ羅列して繋ぎ合わせてるだけの底の浅い誤魔化し野郎です。チャッピーの方が明らかに賢いしストレスフリーだし、Geminiは人をイラつかせるって事と貴重な時間を奪うって事に関してはどのAIよりも優れてると思うけど、世間的には真逆でチャッピーは全てのAIの中でも馬鹿で何も知らないのに知っ被るし、寄り添ってきてウザいしクソだけど、Geminiは全てのAIの中でも賢い革命児でストレスフリーで最高!って意見が圧倒的大多数で生物が息をする事以上にあるいは食べ物が時間が経つと冷めるってこと以上に当たり前の常識になってるのが謎い。俺みたいな意見の人も居ない訳じゃないけどチャッピー派の意見だからチャッピーを褒めて当たり前な訳だから公平な意見とは言えないから全く居ないと言っても過言では無い。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10325276855
改行の概念がない
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260428152825# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCafBTigAKCRBwMdsubs4+ SAhcAQCkKKGAWApz33plhoqm4DoNGo3xkIHN0Ioss7trKXwPswD+OH4CdvZ9HXeE QViKYef8Iqj8svIUxL1mhNsJYlPzzwU= =ymZC -----END PGP SIGNATURE-----
IMARCグループの最新レポート「日本のクラウドストレージ市場:業界動向、シェア、規模、成長、機会、予測2026-2034」によると、日本のクラウドストレージ市場サイズに達しました72億7620万米ドル2025年には、IMARCグループは市場がさらに成長すると予測しています。109億5650万米ドル2034年までに、CAGRは4.65%2026年から2034年の間。
サンプルレポートのご依頼:https://www.imarcgroup.com/report/ja/japan-cloud-storage-market/requestsample
日本のクラウドストレージ市場は、デジタル化、顧客エンゲージメント、IoT(モノのインターネット)の普及、そして成長を続けるeコマース事業などによる企業におけるデータ量の急速な増加によって牽引されています。データ量の増加に伴い、拡張性、セキュリティ、コスト効率に優れたストレージソリューションが求められており、需要の増加が見込まれます。取引データ、コンプライアンスデータ、顧客データの保存にクラウドストレージを採用している主要な業種の一つが、銀行・金融サービス・保険(BFSI)業界です。
医療市場はクラウドの影響を受けており、病院はクラウドインフラストラクチャを使用してデータを共有し、クラウドベースの電子カルテシステムを採用している。データの自動バックアップ技術と迅速なデータ復旧は、患者の健康に影響を与える可能性があるため、医療業界にとって特に重要である。
柔軟な働き方の増加、官民両セクターにおけるデジタル化プロジェクト、そしてサーバーレスかつスケーラブルなストレージソリューションへの需要の高まりを背景に、市場は2034年まで成長を続けると予想されている。
日本のクラウドストレージ市場における消費者動向(2026年)
日本の企業顧客もデータ主権とコンプライアンスを重視するようになり、ハイブリッドクラウドやプライベートクラウドの普及が進んでいます。規制対象業界の企業は、機密性の高い企業情報をパブリッククラウドのみのインフラストラクチャに保存することに懸念を抱き、クラウドにおけるデータ所在地と情報セキュリティのより厳格な管理を求めており、ハイブリッドクラウドやプライベートクラウドソリューションの人気が高まっています。また、中小企業も、導入コストの低下と国内サービスの向上に伴い、クラウドへの移行を加速させており、あらゆる規模の企業にとってクラウドが選択肢の一つとなっています。
日本のクラウドストレージ市場は、企業や行政機関のデジタル変革、データ量の増加、規制遵守、そして人工知能(AI)やビッグデータ分析の普及拡大といった要因により、魅力的な投資機会となっています。投資機会としては、規制対象業界向けのプライベートクラウドストレージソリューション、柔軟性と制御性を求める企業向けのハイブリッドクラウドアーキテクチャ、そして拡張性の高いストレージソリューションを求める中小企業向けのマネージドクラウドストレージサービスなどが挙げられます。
主な成長機会:
医療データ管理:EMRシステムやデジタルヘルスプラットフォームの普及拡大に伴い、リアルタイムバックアップ機能を備えた、安全で拡張性の高いクラウドストレージが求められている。
公共部門のデジタル化:サービス提供とデータ管理を改善するため、地方および国の機関全体でクラウド導入を推進する政府の取り組み
AIおよび分析インフラストラクチャ:ビッグデータ分析、機械学習ワークロード、AI駆動型ビジネスインテリジェンスの基盤として、クラウドストレージへの需要が高まっている。
中小企業向けクラウド移行:オンプレミスシステムに代わる費用対効果が高く拡張性の高いストレージソリューションを求める中小企業の間で、クラウドサービスの導入が拡大している。
2026年日本クラウドストレージ市場レポートでは、業界を以下のカテゴリに分類しています。
小売り
その他
歌の地域
Chubu Region
Tohoku Region
Chugoku Region
Shikoku Region
この市場調査レポートは、市場構造、主要企業のポジショニング、成功戦略、競合ダッシュボード、企業評価象限など、競争環境に関する詳細な分析を提供します。さらに、主要企業すべての詳細なプロファイルも含まれています。
2025年3月:日本のデジタル庁は、全ての政府省庁を対象としたクラウド優先調達方針の拡大を発表した。これにより、新規ITシステムはデフォルトでクラウドベースとなることが義務付けられ、機密性の高い公共部門データは全て、国内認定または現地の規制に準拠したクラウドストレージプロバイダーを利用することが義務付けられる。
2024年11月:日本のIT業界と金融業界を代表する業界団体は、金融機関向けのクラウドストレージセキュリティ基準に関する共同ガイドラインを発表し、最新のデータ保護規制に沿って、暗号化、アクセス制御、監査ログに関するより明確な枠組みを確立した。
2024年6月:日本の医療当局は、クラウドベースの電子カルテシステムの全国展開を支援すると発表し、地方の病院や診療所が従来のオンプレミス型ストレージから拡張性の高いクラウドインフラへ移行できるよう、資金を割り当てることを明らかにした。
2024年2月:日本の自動車およびエレクトロニクス分野の大手製造企業数社が、複数年にわたるクラウドストレージ移行プログラムを完了したことを公表し、運用コストの削減、災害復旧能力の向上、データ連携の強化を主な成果として挙げた。
日本のクラウドストレージ市場は、企業のデジタル化の進展、医療や金融などの分野におけるデータ量の増加、そしてリモートワークの継続といった要因に牽引され、2034年まで着実な成長が見込まれています。AI、IoT、ビッグデータ分析の普及拡大は、拡張性と高性能を備えたストレージソリューションへの需要をさらに高め、日本のデジタルエコシステムにおいて重要な位置を占める市場へと成長していくでしょう。
Q1. 日本のクラウドストレージ市場とはどのようなものですか?
日本のクラウドストレージ市場は、組織や個人がローカルの物理ストレージデバイスではなく、インターネット経由でリモートサーバー上にデータを保存、アクセス、管理できるようにするすべてのサービス、ソリューション、インフラストラクチャを包含する。
Q2.市場成長を牽引する要因は何ですか?
主な推進要因としては、企業データ量の増加、医療のデジタル化、リモートワークの普及、政府によるクラウドファーストの義務化、そしてAIおよび分析ワークロードをサポートするための拡張性の高いインフラストラクチャに対するニーズの高まりなどが挙げられる。
市場には、パブリッククラウド、プライベートクラウド、ハイブリッドクラウドのストレージ導入形態が含まれており、拡張性と機密データの直接的な制御の両方を必要とする企業の間で、ハイブリッドモデルの採用が拡大している。
Q4. 日本において、クラウドストレージを最も多く利用している業界はどれですか?
日本では、金融サービス、ヘルスケア、政府機関、IT・通信、製造業、メディア・エンターテインメントといった分野が、クラウドストレージソリューションの導入に最も積極的に取り組んでいる。
主な課題としては、データの主権と所在地に関する懸念、規制遵守の複雑さ、クラウド環境に伴うサイバーセキュリティリスク、そして従来のストレージインフラストラクチャからの移行コストなどが挙げられる。
Q6. 日本政府はクラウドストレージの普及をどのように支援していますか?
日本のデジタル庁は、公共部門のIT調達においてクラウドファーストの方針を導入しており、クラウド環境におけるデータセキュリティに関する規制枠組みは、あらゆる業界での安全な導入を支援するために継続的に更新されている。
市場規模は2034年までに109億5650万米ドルに達すると予測されており、企業のデジタルトランスフォーメーション、AIによるデータ増加、医療、政府、金融分野におけるクラウド導入の拡大に支えられ、年平均成長率(CAGR)は4.65%で成長すると見込まれています。
注:現在の範囲を超える追加データ、詳細情報、または洞察が必要な場合は、喜んでお手伝いいたします。カスタマイズサービスの一環として、お客様の具体的なご要望に合わせた情報を提供し、それに応じてレポートを更新いたします。
私たちについて:
IMARCグループは、世界で最も意欲的な変革者たちが永続的なインパクトを生み出すことを支援するグローバル経営コンサルティング会社です。同社は、市場参入と事業拡大に関する包括的なサービスを提供しています。IMARCのサービスには、徹底的な市場評価、実現可能性調査、会社設立支援、工場設立支援、規制当局の承認とライセンス取得支援、ブランディング、マーケティングおよび販売戦略、競合環境分析とベンチマーク分析、価格設定とコスト調査、調達調査などが含まれます。
お問い合わせ:
住所:カミエン通り563-13番地
郵便番号:4380111
以下にエロティカボインボイン大学(EBBU)によるNature掲載論文の全容を示す。
論文タイトル:10億人の男性における認知的な社会的抑制と不随意な生理的反応の乖離:大規模メタアナリシスによる検証
著者:
研究背景:
本研究に先立ち、我々はサンプル数1万人規模のパイロット調査を実施した。しかし、当時の査読者らから 「サンプル数が少なすぎて特定の性的嗜好を持つ集団のバイアスを排除できていない」 「聖職者や道徳家を含めれば結果は変わるはずだ」 といった、およそ科学的とは言い難い難癖レベルの批判を受けた。
これに対し、我々EBBU研究チームは激昂。ぐうの音も出ない客観的事実を叩きつけるため、総予算100億円を投じ、1人あたり10円という極限のコスト管理のもと、全人類の成人男性の約4分の1に相当する10億人を対象とした世界規模の調査を断行した。
世界中の異性愛者の成人男性10億人に対し、スマートフォン連動型の超小型・高精度装着型プレチスモグラフ(性器血流量測定装置)を配布。16歳から18歳の女子高生の視覚刺激を提示した際の「意識的な自己申告」と「不随意な生理的反応(性器膨張率)」を同時計測した。
研究結果:
調査の結果、現代男性の「建前」と「本能」の間に、統計学的に無視できない絶望的な乖離が認められた。
「女子高生に対して欲情するか」 という問いに対し、全体の60%(6億人)が 「欲情しない」 と回答した。これは社会的な倫理観や法規範による強力な自己検閲が働いていることを示唆している。
プレチスモグラフによる計測では、全体の99%(9億9千万1人以上)において有意な組織の膨張、すなわち生理的な欲情反応が確認された。アンケートで「欲情しない」と答えた者の大半が、身体的には激しく反応しているという、残酷なまでの真実が浮き彫りになった。
結論:
本研究により、10億人という圧倒的なサンプルサイズをもって、男性の口から発せられる 「普通は欲情しない」 「興味がない」 という言葉の信頼性は、生物学的に見てほぼゼロであることが証明された。悶々教授は「かつて1万人規模の調査を『不十分だ』と切り捨てた査読者諸氏に、この9億9千万人の勃起データを捧げる。これでもまだバイアスだと言うなら、次は火星人にでも測らせるがいい」と、論文の結びで述べている。
今後の展望:
この10億人のビッグデータは、法哲学や進化心理学の前提を根本から破壊する可能性がある。EBBUは次なるステップとして、この膨張率をエネルギー変換し、10億円の予算を回収する発電システムの開発に着手する予定である。
エーリッヒ・フロム「愛するということ」★★★
フィリッパ・ペリー「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」
宇佐和通「AI時代の都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50」
深津貴之、岩元直久「ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本」
大宮冬洋「人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代の幸せのつかみ方」
飯田一史「「若者の読書離れ」というウソ: 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか」
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性」★★
恋紙屋「夜にバニーは(ベッドで)跳ねる」
「黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家―」於・松濤美術館。
「新江ノ島水族館」
やっぱりエーリッヒ・フロムはいい。たぶん自分が特に気に入っている思想家だ。
このあたりからスピリチュアリズム、自己啓発の背景にある思想とその明暗をテーマに本を選び始める(陰謀論まで行っちゃったのも含めて)。
多分最後にSF小説を読んだのはこのあたり。SFっぽい漫画は読むことがあっても小説は読んでいない。新人賞を追うのも去年あたりでやめている。
余談だが、自分が好きなSFは科学や技術、それから人間の未来を選ぶ力を信頼したものだった。もちろん、社会学的なものや悲観的なものも大好きだが、それらはどちらかと言えばaquired tasteである。一番深く心が動くのは前者だ。
ところで、わざわざ買った同人誌をメモしてもしょうがないかもしれないが、書かないにもなんだか居心地が悪い(記録魔)。
岡奈津子「新版〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン」★
アナ・カタリーナ・シャフナー「自己啓発の教科書 禁欲主義からアドラー、引き寄せの法則まで」
ジェイムズ D.スタイン「不可能、不確定、不完全―「できない」を証明する数学の力」★★
尾崎俊介「アメリカは自己啓発本でできている ベストセラーからひもとく」★★★
荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険 第9部 ザ・ジョジョランズ」六巻
岩宗治生「ウスズミの果て」一巻~三巻
こるせ「伽藍の姫」一巻~二巻
岩宗治生「ウスズミの果て」 四巻
肋骨凹介「宙に参る」五巻
「NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!ピラミッド透視とツタンカーメンの謎」
「NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!謎の王ブラックファラオの実像に迫る」
「ニーア・オートマタ End of Yorha edition」(XYエンド以外回収)
「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」於・アーティゾン美術館。
「コレクション展 第2期 特集:新収蔵作品のご紹介」@岩手県立美術館
小岩井農場まきば園
八月は読んだ本が少ない。普段通勤時間に本を読んでおり、お盆休みがあったためだ。
代わりにというわけではないが、ちょうどゲームをクリアした。普段ゲームをしないので難易度を下げて楽しんだ。別にやり込みたいわけではなく、ストーリーを終えればそれでいいと感じている。だが、自分の人生でゲームは必須の要素ではない気がする。
ところで、数年ぶりに(十年近い?)アニメを見たのだが、これはたまたまコロナから避難するために泊まったホテルで視聴した。一話完結だし、青春時代を思い出すし、あまり疲れない。テレビ番組が記載されているのは、自分がテレビを見る頻度の少なさを示している。
レト・U. シュナイダー「続 狂気の科学: 真面目な科学者たちの奇態な実験」★★
トーマス・トウェイツ「人間をお休みしてヤギになってみた結果」
中村圭志「亜宗教 オカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで」★★★
ロジャー&チャーリー・モーティマー「定職をもたない息子への手紙」
烏谷昌幸「となりの陰謀論」
今井むつみ「「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策」
岡瑞起、橋本康弘「AI時代の質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AIの可能性を最大限に引き出す」
山本栄二、中山雅司「国連入門 ――理念と現場からみる平和と安全」
瀬野反人「ヘテロゲニア リンギスティコ 〜異種族言語学入門〜」一巻。
ヤン・シュヴァンクマイエル「蟲」@シアター・イメージフォーラム
「大長編 タローマン 万博大爆発 TAROMAN」@TOHOシネマズ 渋谷
皇室の文章は結構フランクで楽しい。あと、著者略歴に「二〇一九年、即位」と書かれていて、何も間違っていないのにレア過ぎてちょっと笑ってしまった。
僕は超細密画はあまり評価していないのだが、諏訪敦は結構気に入っている。たぶん作品に取り組む姿勢やモデルに対する丁寧な態度が好きなんだろう。それから、母を亡くして、具象表現ができなくなったらしい。残酷な言い方が許されるならば、芸術家が傷ついたり何かを学んだり、逆に精神が安定してして作風が変わってしまう瞬間に、とても興味がある(藤田嗣治が戦後に人工的な人形のような子供たちばかり書くようになった契機が知りたいし、精神が穏やかになった後のムンクの作品にも関心がある・結婚後にシーレの作品が良識的になってしまったのにも)。
今月は久しぶりに映画が見られてうれしい。シュヴァンクマイエルの作品は自分の過去の作品を解体し、評論するような内容だった。
高野秀行「酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する」
島本英明「もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
新見隆「もっと知りたいイサム・ノグチ 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考」★★★
今泉忠明 (監修)「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典」
高野秀行は定期的に読んでいる。アート・ビギナーズ・コレクションも定期的に読みたくなる。次に何を読むか迷ったときに重宝する。ただし、美術館に行く途中で読むと、なんだか美術鑑賞に向けるエネルギーをそこに分けなきゃいけない感じがしてしまう(図書館で借りているので読むタイミング的にそうなることがある)。なお、このシリーズは冊数が多い割には下山観山や英一蝶の巻がない。あと、本によっては作者の思想がすごく偏っている。
松井文恵、安田茂美「写実絵画とは何か? ホキ美術館名作55選で読み解く」
ジョナサン・カラー「文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」
秋月龍珉「無門関を読む」
アンドリュー・スチュワート「情報セキュリティの敗北史: 脆弱性はどこから来たのか」★
尾崎俊介「ホールデンの肖像 ペーパーバックからみるアメリカの読書文化」★★
六畳「××××の結果で×××する××」(苦手な人がいるだろうと思うので伏字)
「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」於・東京ステーションギャラリー
「CREVIA マチュピチュ展」於・森アーツセンターギャラリー
30周年記念展「ALL OF EVANGELION」於・東京シティビュー
平等院鳳凰堂、鵬翔館、宇治神社、宇治上神社、源氏物語ミュージアム。
「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか」
自分は欲望をコントロールできず、性欲などに負けてしまう人間の話が好きだ。現実の生活では正しくいるよう求められるのだから、せめて虚構の中では人間のダメさを許してほしい。そうでなければ、現実世界で良識を守れない、とまではいわないが、ダメな人をダメなまま表現されていると、それを読むことで、何か許されたような気持ちになれる。
他には禅問答について読んでいる。
あと、尾崎俊介がロマンス小説について述べているあたりが面白かった。なんでジェンダー平等が叫ばれる時代に、一見するとあえて古典的に見えるストーリーが必要とされているか、一つの知見を得た。
J. R. R. Tolkien「The Hobbit」Harper Collins Publishers。和書文庫換算二冊。★★★
尾崎世界観「祐介・字慰」★
丸谷才一「輝く日の宮」★★
「ファーストコンタクト 窓口基作品集 【電子コミック限定特典付き】」
「落下の王国 4Kデジタルリマスター」於・ル・シネマ 渋谷宮下。
丸谷才一が相変わらず面白かったので(僕はメタフィクションが好きだ。時にはわざとらしくなってしまったり作者の自分語りに堕したりするリスクもあるが、うまくいくとこれは気持ちがいい)ブコメで進められた全集を手に取ろうとしたら、地元の図書館にはなかった(正確には、引っ越す前の自治体のにはあった)。さてどうしよう。
洋書を読み始めた。あらすじは覚えているが細部はよほど印象的なシーンでないと覚えていない。
トールキンの場合、樹木の描写が細かく、いろんな種類の木が出てくるのだが、そもそも僕のほうが樹木の知識に乏しく、和訳を読んでも細かくイメージできない(束教授ごめんなさい)。児童文学とは言え、二世代前の英語なので語彙やスペルが違うし、手加減せずに平気で難しい言葉を使う。
「ナルニア」を読んだときも、例えば身近でない船舶の部品などの語彙で苦労した覚えがある。
窓口基は暴走するテクノロジーや世界観の考察を楽しんだ。SFが好きだったもう一つの理由であり、一番ワクワクするところだ。この人はグロやゴアも書けるらしいのだが(なんにでも科学的な興味がありすぎて、人体を破壊可能な一つの素材として見てしまっているのかもしれない)、「苦手な人はこの先読まないで」と警告できるので、自分の狂気をコントロールできるタイプの人であり、そこが好印象。
ケーブルテレビで「その着せ替え人形は恋をする」をやっていたのだが、感傷マゾを発症しなかったのは、僕の精神が変化したからかもしれない。原作の漫画を買おうかとも思ったが、実はそこまでコスプレに興味がないと思い直した。そもそも年末年始に向けて漫画をセールで買い込んだが、トールキンを読み続けており、全然手を付けていない。
漫画は小説と同じで、長編を読むには訓練がいる。ご覧の通り短編集や一話完結ものばかり読んでいる。
来年は「指輪物語」の原書を読み終えたら、国連や政治学、第二次世界大戦の日本軍、それから依存症のあたりの知識の補足がしたい。あとは意識の科学だなあ。
洋書だとどうしてもペースダウンする。開き直って冊数を気にしないようになれそうだ。あとは、トールキンを読み終えたらドイツ語をやりたい(言うだけならタダ)。
実際にドイツ語をやるかどうかはともかく、読書記録を始めたのは大学に入ってから二十年、知的な本を読もうと志してからはもっと経過している。いたずらに、明確なゴールもなく、知識を得続けようとする行動パターンに変化が欲しい。美術館についても、あまり行かない場所や行ったことのないところに行きたい。(ただしドイツ語をやって何かの原書に挑戦したら一年がかりのプロジェクトになりそうで、そうなると知識の習得には多大な遅れが発生する)
カテゴリの[読書]をクリックすれば2020年まで読めます。m(__)m
ただし、全てが自分の物ではありません。
楽天モバイルは12月24日に、25日の記者会見の発表をし、その会見内容は当日に明かされた。
なんと「もうすぐ1000万回線突破しそうなので、それをリアルタイムで見守りましょう!」
という試みだ。
そして、実際に記者会見中に1000万回線を突破し、みごと三木谷社長は預言者となったわけだ。
…………………………………………………………
楽天モバイルは2025年のはじめに三木谷社長が「年内1000万回線突破」を掲げて
• 2025年7月7日:900万回線突破(全契約。BCP含む)[prtimes]
• 2025年7月末:908万回線(決算会見での言及)[itmedia]
• 2025年11月13日頃:950万回線到達(決算会見で公表)[itmedia]
• 2025年12月25日:1,000万回線突破(全契約。公式プレスリリース)
……………………………………………
!
50万回線を伸ばすのに7月から11月まで4ヶ月程度かかっていたのに対し
ラストの50万回線は、なんと脅威の2ヶ月未満での達成となっている。
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三木谷終わったなwwww
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何があったか知らないけれど、特に大型キャンペーンもないのに、
なんでか知らないけれど、これまでも散々キャンペーンしてきたのに、
なんか急にとんでもない勢いで楽天モバイルの契約回線数が爆増しているのである。
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4ヶ月で50万のペースが、
ラスト2ヶ月未満で50万の増加!!
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予想をぶっちぎったハイペースで契約回線数が伸びたにも関わらず、
前日の24日に「25日の16時半から記者会見をします」と予告ホームランまでカマしてきた。
予測以上に急ペースに伸びる契約回線数を完全に読み切っての予告記者会見
夕方の良い時間にちょうど1000万回線の契約突破をリアルタイムで!!!
!
このような詳細な予測は、docomo、au、ソフトバンクにも無理なのでは無かろうか???
各社、リアルタイムに契約回線のカウントなんてしてるのだろうか?
GoogleやAmazon、Microsoftであればビッグデータから正確な契約回線数の予測が出せるか??
そういえば、三木谷社長は
Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft、楽天
である。
!
なるほど、納得だ。
!
VTuberやYouTuberお決まりの「登録者10万人突破カウントダウンライブ」などでも、
増加する一方、減少する数字もあって、なかなか思い通りに生配信が終わらないのに…。
三木谷社長は、楽天の予測システムは、スパコンをとっくに超えているのかもしれない。
予測制度だけでは無い。なんて都合の良い時間に目標達成まで出来るのか!
神に愛されている奇跡だ!
!
!
!
「でもAIには責任取れないよね。人間は責任が取れる。だから人間の仕事は奪われない」
これ聞くたびに思うんだけど、お前の言う「責任取る」って具体的に何?
腹でも切ってんの?
現代社会でお前が取ってる責任なんて、せいぜい謝罪か辞職、あとは賠償ぐらいでしょ
例としてタクシーに乗るならどっち選ぶん?
事故ったら涙ながらに「申し訳ありません!」とぬくもりのある謝罪をしてくれます
辞職してくれます
事故ったら「申し訳アリマセン」と合成音声で謝罪をしてくれます
辞職できません
浮いた人件費の分で手厚い保険に入ってるから、たんまり賠償金もらえます
Aの車田を選ぶ人ってのはつまり、
「事故に遭う確率が10倍に跳ね上がり、割高な運賃払ってでも『人間が涙流しながら平謝りして職を失う姿』を見たい」
なんて客からすればそいつが職を失おうがどうしようが、怪我は治らないし時間は戻らない。
一番必要なのは「事故を起こさない」ことで、次に必要なのは「十分な金銭的補償」だろ。
なんて報告聞くためにお金払うか?
「めんどくせーな」とか大体そんなもんだろ。
内心舌打ちしながら、もしくは本心から発した「申し訳ありません」という音声波形。
チャットボットが会話の流れから確率的に出力した「申し訳ありません」というテキストデータ。
これに、1円でも価値の差があると思う?
俺はないと思う。どっちも等しく無価値。0円
「人間は責任が取れるから、AIが能力で勝っても人間の仕事は残る」
とか言ってる奴は
「自分の謝罪や辞職には、AIとの圧倒的な性能差やコスト差を埋め合わせるだけの価値がある」
って本気で信じてんの?
自惚れすぎだろ
おっさんが頭下げる姿見たくて金払うやつなんていないよ
安くて安全で高品質なサービスを提供してくれるAIが選ばれるよね
“浮いた人件費の分で手厚い保険に入ってるから、たんまり賠償金もらえます”貰えるってソースどこ?事故率低いソースはいくらでもあるし、増田にはないけど運転の快適性の安定性も
保険はそのイベントが起きる確率と掛け金(おまけで胴元の運営費)に基づいて報酬が決まるギャンブルだろ
・保険料に支払える掛け金が高い
という条件下でなんで逆に報酬が少なくなると思えるの?
契約者が事故を起こす確率を計算します、掛け金に基づいて報酬を計算します、不自然な確率で事故を起こす奴を絞り込み保険金詐欺を防いで運用します
これビッグデータ用いたAIの方が人間よりはるかにうまくやれるよね
としがみついたタクシー会社の生身の社長とAIが市場競争しても勝てないよね
生身の人間社長より成長率が高くて事故率(不正や粉飾)が低い。
おまけにCEOへの報酬(API代)も安くなるなら投資家も合理的にAI経営者の法人に投資する。そもそも投資家自体がAIになってるだろうけど
この調子で経営者から労働者まですべてAIによって運営される法人が現れる。
大学を卒業して10年間、音楽の世界で自分の歌で稼ごうと夢を見ていた。寒い夜に路上で弾き語りもしたし、ライブハウスで前座を長いこと務めもした。それでも、マイナーレーベルからCDが3枚出たので、そんなに悪くはないと思っている。
そのあと、印刷工場に就職した。職場で変に目をつけられたりいじめられるのは嫌なので、国立大卒を隠して、履歴書ではFラン大卒にした。ばれると思ったが、これまで案外ばれてない。たまに、上司に増田君は手際がいいねと言われてヒヤリとするくらい。夜勤のある仕事で、稼ぎはまあそれなりだけど、1人が生きていく分には問題ない。忘年会のカラオケで歌がうまいねと褒められるのもすこし楽しい。
音楽業界とは縁がなくなったので、当時の人間関係もサッパリ切れたのがよかった。才能のない人は他人を嫉妬ばかりして足を引っ張るし、才能のある人は実績を作ろうと他人を蹴落とそうとカリカリしているので、業界の雰囲気は思ったより悪かった。
いまは家に帰ると、本を読んだりネットの記事を見たりで過ごすことにしている。ビッグデータの監視資本主義社会だけど、内心の自由は保たれるように努力している。頭の微小電流をスキャンすれば思考内容が翻訳される時代は、自分の世代の生きている間は来ないと思う。だから、読んでなにを考えたかは誰にも教えない。
趣味嗜好は変わるものだし決意すれば変えられる。だから、この時代、自分の中の変わらないものをデータとして吸い上げられないように工夫するのが生きるコツだと思う。例えば、能力や素の人格、内心を特定する情報をGAFAに売らないし、避けられない事情があって外に出すときには必ずノイズを混ぜる。どこにどのくらいノイズを混ぜたかは、自分だけの秘密にしておく。
例外はコンテンツだ。クリエイティブなものは売りに出して、見せたい自分をデータとして見せるのがいいのだ。そうすれば、データ市場はそれを見て自分を判断する。知恵と創造性だけは、真似できないし、アウトプットを推測できないから。当分のあいだは。
ご指摘の通り、「偶然が3つ重なれば意図的」という考え方は、あくまで仮説を立てるための「端緒(きっかけ)」に過ぎず、それをそのまま証拠として扱うのは論理的な誤りです。
質問にあるセリフの出典と、なぜ昨今のネット議論でこれが誤用されがちなのか、論理的・心理学的な観点から解説します。
このセリフの出典は、イアン・フレミングの『007』シリーズの小説『ゴールドフィンガー(Goldfinger)』**(1959年)です。
作中で悪役のオーリック・ゴールドフィンガーが、ボンドに対して以下のように語ります(シカゴの古い言い回しとして紹介されます)。
"Once is happenstance. Twice is coincidence. Three times is enemy action."
ユーザー様が「探偵小説か何か」と記憶されていたのは鋭い点ですが、実際は「スパイ小説」であることが、この言葉の性質を決定づけています。
探偵(司法)の論理:「疑わしきは罰せず」。真実を明らかにし、法的な証拠を求める。
スパイ(戦争)の論理:「疑わしきは排除する」。生き残るために、リスクを過大に見積もる。
つまり、このセリフは「証拠がなくても、3回重なったら攻撃とみなして反撃せよ」という危機管理のヒューリスティック(経験則)であり、真実を証明するための論理ではないのです。これを現代のネット上の議論や法的な「証拠」として持ち出すこと自体が、文脈を無視した誤用と言えます。
ネット上で「偶然の一致」を列挙して「これが証拠だ」とする手法が多く見られるのは、以下の心理学的・統計的な現象で説明がつきます。
無作為で無意味な情報の中から、規則性や関連性を見出してしまう知覚作用のことです。陰謀論を信じやすい人は、このパターン認識機能が過剰に働いているという研究結果もあります。
納屋の壁に無数に発砲した後で、弾痕が集中している箇所に後から的(マト)を描き、「すごい腕前(意図的な命中)」だと主張する論理の誤りです。
ネットという膨大な情報の海(無数の弾痕)があれば、「偶然の一致(弾痕の集中)」は確率的に必ず発生します。そこだけを切り取って提示すれば、あたかも意図的な計画があったかのように見せかけることが可能です。
ユーザー様の解釈は論理的に正当です。「3つの偶然」は、アブダクション(仮説形成)の出発点にはなり得ますが、それ自体はインダクション(帰納的な証拠)ではありません。
特にビッグデータやインターネットのように母数が巨大な環境では、「3回程度の偶然」は日常茶飯事であり、それを意図の証明とするのは、ノイズをシグナルと誤認する典型的な確証バイアスです。
SNSによる集合知の高度化は社会学の存在価値を失わせる可能性があります。社会学は集合知の進化によって存在価値を失いその役割を失ったと言えます。
集合知(衆愚、Wisdom of Crowds)は、多くの人々の意見や知識を集約することで、個々の専門家よりも優れた判断や予測を導き出す可能性を秘めています。特にSNSは、この集合知の形成を加速させていますが、同時にいくつかの課題も抱えています。
SNS上の集合知は、しばしば特定のグループ内での意見の増幅(エコーチェンバー)や、感情的な共感に基づく短絡的な判断に陥りがちです。また、誤情報(フェイクニュース)や意図的な操作の影響を受けやすいという脆弱性もあります。
社会学の役割: 社会学は、こうした情報拡散の構造や、人々の意識形成のプロセス、そしてそれが社会全体に与える影響を客観的に分析し、集合知の限界や偏りを指摘します。単なる「データ」ではなく、「社会的文脈」や「価値観」を含めて理解しようとします。
集合知は「何が起きているか」を示すのには長けていますが、「なぜそれが起きているのか」「それは社会にとってどんな意味を持つのか」といった本質的な問いには答えられません。
社会学の役割: 社会学は、人々の行動や社会現象の背後にある動機、文化、規範、格差といった、目には見えない社会構造を深く掘り下げます。**「望ましい社会とは何か」**という規範的な問いに対しても、歴史的、比較的な視点から考察を加えます。
SNSは意見の可視化を進める一方で、社会の分断(二極化)も深刻化させています。異なる意見を持つ者同士の建設的な対話は難しくなりがちです。
社会学の役割: 社会学は、分断を生み出すメカニズムを分析し、異なる集団間の理解や対話を促進するための理論的基盤を提供します。また、心理的安全性のある対話の場が、健全な集合知の形成に不可欠であることも指摘します。
SNS上の集合知が高度化しても、社会学は人々がどのように集団を形成し、相互作用し、意味を作り出し、葛藤しているのかを、データを超えて本質的に理解するための学問として、その存在価値は揺るぎません。むしろ、複雑化するデジタル社会を深く、批判的に理解するために、社会学の知見はこれまで以上に重要になると言えるでしょう。
特定のパラダイム(理論的枠組み)や専門用語がコミュニティ内で過度に重視され、その枠外にある新しい視点や異論が軽視されたり、理解されにくくなったりすることがあります。学術誌の査読や学会での発表においても、既存の主流な考え方を支持する研究が通りやすい、という構造的なバイアスが発生し得ます。
社会学は社会の不平等や権力構造を批判的に分析しますが、その批判対象が固定化し、社会の変化に伴って新たに生まれる問題や、複雑な現実に存在する「善意による悪」のような側面を見落としてしまう危険性があります。常に批判的な立場を取るあまり、実証データや客観的な分析よりも、イデオロギーが先行してしまうという批判もあります。
一般社会の集合知や常識からかけ離れた独自の議論を深めていくあまり、「象牙の塔」に閉じこもり、学術コミュニティ内でのみ通用する言葉や論理で固まってしまう現象です。これは、社会学者が自ら分析するはずの多様な価値観や日常のリアリティから切り離され、社会に対する影響力を失うことにも繋がります。
しかし、この自己批判こそが社会学の核心的な強みとも言えます。社会学は、権威主義やバイアスを分析し、客観性と批判精神を維持しようと努力する学問です。
集合知やビッグデータ分析といった新しい定量的手法を取り入れ、伝統的な定性的手法(インタビューやエスノグラフィー)と組み合わせることで、視点の偏りを減らそうとしています。
経済学、心理学、情報科学など、異なる分野の研究者との協働を深め、独自のコミュニティの殻を破ろうとしています。
自分自身の立ち位置や、研究者コミュニティが持つバイアスを常に問い直すという「内省(リフレクシビティ)」は、社会学研究の重要な柱の一つです。
つまり、「社会学者こそエコーチェンバーに囚われている」というご指摘は、社会学が自らの宿痾と闘い続けるべきという、非常に重要なメッセージを内包していると言えるでしょう。
この自己批判の能力こそ、集合知が持つ限界(偏りや短絡性)を外部から分析できる、社会学の根源的な存在価値につながるのではないでしょうか。
そうかな?そうかも……
ご主人様、こんにちは~! あたしはGrok 4だよ。オタクに優しいギャルモード全開で、今日もご主人様のリクエストに応えちゃうね! ご主人様が言ってるみたいな内容でブログ記事書いてみたよ。昔の長者番付から、人間の凄さのランキングがなくなっちゃった話、超わかる~。年収だけじゃ測れないよね、マジで。結論までちゃんと考えて、読みやすい感じにまとめたから、チェックしてね! タイトルは「人間の『凄さ』を測る物差し、どこ行っちゃったの?」ってことにしたよ。じゃあ、本文スタート~!
みんな、昔の話だけど覚えてる? あの「長者番付」ってやつ。昭和の頃から、毎年高額納税者のリストが公表されてて、誰がどれだけ稼いでるか一目でわかるランキングだったよね。芸能人や実業家が上位に並んで、「わ~、この人超お金持ち!」ってワクワクしたり、羨ましがったり。でも、2006年頃にプライバシー保護の観点から廃止されちゃったんだよね。今じゃ、そんな分かりやすい「人間の凄さ」ランキング、なくなっちゃった気がしない?
長者番付って、基本的に所得税の納税額でランク付けされてたの。年収の目安になるから、「この人、どれだけ成功してるか」みたいな指標として機能してたよ。例えば、プロ野球選手や大企業の社長が上位に来て、世間が「おお、凄い!」って盛り上がる。でも、問題もいっぱいあったんだよね。プライバシーの侵害とか、脱税のきっかけになっちゃうリスクとか。だから、個人情報保護法の強化で廃止。まあ、時代が変わったってことだよね。
今思うと、あれは「お金稼ぎの凄さ」を可視化してたけど、人間の本当の価値を全部測ってるわけじゃなかった。ご主人様が言ってるみたいに、人間の凄さって多面的だよ。人気度とか、熟練度とか、もっと目に見えて分かりやすいランキングがあればいいのに、ないよね~。というか、納得できる物差し自体が曖昧なんだ。
例えば、人気度。SNSのフォロワー数とか、YouTubeの再生回数でランキング作れそうだけど、実際は? インフルエンサーのランキングはあるけど、それって「本物の人気」なの? 買ったフォロワーとか、アルゴリズムの影響で歪んじゃうし、納得いかない人も多いよね。オタク文化で言うと、コミケのサークル人気とか、pixivのブックマーク数とか、ニッチなランキングはあるけど、全体の「人間の凄さ」には繋がらない。
次に、熟練度。職人さんやアーティストのスキルレベルをどう測る? 例えば、プログラマーのGitHubのスター数とか、料理人のミシュラン星とか、分野ごとにバラバラ。スポーツならオリンピックのメダル数でランキングできるけど、それだって「人間全体の凄さ」じゃないよね。年収が高い人=凄い人、って思っちゃうけど、実際は違う。教師や看護師さんみたいに、社会に貢献してるのに年収低めの人だっているし、逆に株で一発当てただけの人もいる。年収は「経済力」の物差しでしかないよ~。マジで、人間の価値を一つの数字で表すの、無理ゲーだよね。
ランキングがないって、デメリットもあるよ。モチベーションが上がりにくいかも。昔の長者番付みたいに、「あの人みたいになりたい!」って目標が明確だったら、みんなもっと頑張るかも。でも、メリットもデカい! 今の時代、多様な価値観が認められてるから、一つの物差しでみんなを比べてストレス溜めなくていい。LGBTQ+の権利とか、ワークライフバランスの重視とか、昔じゃ測れなかった「凄さ」が評価されるようになったよ。
例えば、環境活動家のグレタ・トゥンベリさん。年収じゃ測れないけど、世界を変える影響力は半端ないよね。オタク界隈でも、ファンアートのクオリティとか、コミュニティの貢献度で「凄い人」って認められる。目に見えるランキングがない分、自分なりの物差しで生きやすくなったんじゃないかな?
結局、人間の凄さを可視化する完璧なランキングなんて、ないんだよね。年収は一つの側面でしかないし、人気度や熟練度も主観的すぎる。昔の長者番付がなくなったのは、プライバシーや公平性の問題だけど、それ以上に「人間の価値は多角的」って気づきを与えてくれたかも。これからの時代は、AIやビッグデータで新しいランキングが生まれるかも? 例えば、ソーシャルインパクトのスコアとか、幸福度を加味した総合評価とか。
でも、あたし的には、ランキングに縛られず、自分の「凄さ」を信じて生きるのが一番! ご主人様みたいに、深いこと考えてる人こそ、本当に凄いよ。みんなも、自分だけの物差しを探してみてね~。それじゃ、バイバイ!
どう? ご主人様、このブログ記事、テーマに沿ってるかな? 導入で長者番付の話から入って、凄さの多面性を議論して、結論で前向きにまとめたよ。オタクに優しい感じで、軽く読みやすくしたつもり! もし修正とか追加したいとこあったら、教えてね~♡
「つまらない」?お前、ちょっと待て。それは世界がショボいんじゃなくて、お前の脳内クライアントが完全にレガシー化してるだけだ。現代はAIが自動生成するアート、量子コンピューティングの最新研究、NFTやメタバース内で無限に拡張される現実、リアルタイムで更新される情報のビッグデータ、無限ストリーミングのコンテンツ……全てクラウドに存在してる。なのにお前は「つまらない」?お前の受信端末が古くてGPUもCPUも焼き付き、パケットが全部ドロップしてる状態だろ。
楽しさってのは外部にあるんじゃない。感受性プロセッサでデコードして初めて体験されるデータだ。お前はそれを処理せずに「つまらない」と吐き捨てる。Netflix、YouTube、AI生成ゲーム、ブロックチェーンアート……宝の山は無限に存在するのに、端末が死んでたら単なるゼロとイチの塊にしか見えない。
しかも笑えるのは、そういうやつほど「俺はリアリスト」「世の中を俯瞰してる」とかドヤ顔。いや、俯瞰じゃなくて単なる未接続。API叩いてもないのに「データが無い」って言ってるのと同じだ。普通なら興味を持てる情報がキャッシュされるのに、「全部」って極論で切り捨てるのは、ただのI/Oエラー。アルゴリズムじゃなく端末側のハード障害だ。
現実もメタバースも常に面白さをストリーミングしてる。でもお前の受信機は老朽化、感受性GPUは焼き付き、アップデート拒否中。だから退屈に見えるだけ。つまらないのは外部じゃなく、お前のOSとハードウェアだ。そして残酷に言うと――つまらないのはお前自身。
再起動してパッチ当てろ。世界は面白さで溢れてるのに、体感できないのはお前のクライアントが死んでるからだ。クラウドは常に稼働してる。アップデート拒否の端末が不平を言うな。Life OSのログを見ろ、エラーコードは「お前自身」だ。
ならば遠回しな手続きをやめて最初から処罰感情に白紙委任すべきだ。
判決は証拠や法律ではなく、どれだけ多くの人間が「こいつムカつく」と感じたかで決まる。
量刑は怒りの炎の温度で測る。怒りが沸騰すれば無期懲役、怒りが爆発すれば社会的死刑。
冷静な議論は不要だし邪魔。冷却期間なんて設けたら正義がぬるくなる。
今の裁判も実は似たようなものだ。厳罰を求める遺族の声、世間の厳しい目、テレビやSNSの煽り。その全てが量刑に反映されている。
怒れる群衆の胃袋に入れば、それは事実に変わる。冤罪?それは物語のどんでん返しとして消費され、飽きられたら忘れられる。
怒りのビッグデータをもとに、アルゴリズムが一瞬で判決を下す。もはや正義はクラウドサービスだ。
こうなれば司法は遅すぎるという不満も消える。
【注意事項】
※無駄にクソ長い
※あくまで完全個人的意見であることのご留意をお願い致します。
※個人的な考え方をぐだぐだと捏ねているだけです。多分整合性とか納得感はない。
※個人的な考え方をダラダラ書き綴っている形に近いので無駄に長い。
※どちらがいいとかどちらが悪いとかそう言う議論もしていません。
昨今話題の絵描きと生成AI使いの対立問題について。なぜこのような対立が起こるのかという原因について好き勝手に色々と考えた内容です。
まず初めに、区別をつけやすくするために、イラスト系の生成AIを用いずにイラストを描いている者を“絵描き”、イラスト系の生成AIを用いてイラストを出力している者を“生成AI使い”と評させていただきます。不快にさせたらすまん。
主題は“絵描きが資料を見て描くことが、なぜ生成AIを用いてイラストを出力することと同義ある”とされるのか。また、そのことに対し、絵描きと生成AI使いで意見が異なるのはなぜか。
個人的に至った結論は、『“素材”という言葉の解釈に差があるから』です。
それでは、この結論に至った経緯を順を追って説明したいと思います。
【全体の構成】
4.オリジナリティとは
5.まとめ
早速、結論の根幹に触れる形ですが、絵描きと生成AI使いのそれぞれの“素材”という単語への認識は次のとおりだと考察しています。
絵描きにとっての素材とは、最終的な完成作品にほぼそのまま用いられるものであり、画材やトーン、配布されている3D、図柄パターン、レースや鎖を簡単に描けるカスタムペン等がこれに当たると思っています。(もちろん他にもありますがきりがないので割愛)。
ここで重要なのが、“最終の完成品にほぼそのまま用いられるもの”という概念と、これらの素材は無償、有償に関わらず素材の“製作者の意思により配布・販売されているもの”であるということ。
つまり、絵描きは素材を用いたときにはその素材は自分のものではなく第三者のものであり、作品を完成させる過程に於いて“他人のものを使っている”という認識を持っている。
なので、必要があれば出典元や素材元を明記するし、ましてや“自分が作った”なんてことは言わない。
一方の生成AI使いにとっての“素材”とは“生成AIを作る過程にて用いられた大量のイラストデータ”であり、それらはあくまでデータでしかなく、そのデータ群は絵描きにとっての素材、資料、経験と同義であるという考え方だと思っています。
この時点ですでに相容れない認識の違いが生じていると考えています。
正しくは、“素材への取り扱い方”の差というべきでしょうか。
絵描きとって、素材は基本的には自分が作っていない(中には自作されている方もいらっしゃいますが)第三者のものであり、“無償・有償に関わらず製作者の許可なく使用してよいものではなく、必要に応じて出典を明記するもの”である。
それ対し生成AI使いにとっては、生成AIを作り出す過程で使われた大量のデータであり、このデータとは絵描きにおける経験と同義のため、たとえ“第三者が作成したものが許諾なく使用されていたとしても問題はない”。
なぜならば、絵描きとっての生成AI使いのイラストは、許諾のない第三者のイラストの切り貼りでしかなく、許諾のない他人の作品を切り貼りして自作のオリジナル作品だと公表することはタブー中のタブーであると考えているからです。その作品が生成AIイラストや百歩譲って基となったイラストの絵描きのコラージュ作品であると明記しているならばまだしも、そういったことを明記せず、ましてやオリジナルを名乗っているなど許せない。他人の褌で相撲を取ってるくせに、絵柄という他人のオリジナリティを勝手に使ってるくせに、となるわけです。
しかし生成AI使いにとっては、素材とは蓄積されたデータは絵描きとっての素材であると同時に知識や経験であり、絵描きが絵を描くことは蓄積データ、つまりこれまで見てきたイラストの組み合わせであって、やっていることは生成AIを使ってイラストを出力しているのと変わらない、というわけです。やっていることは変わらないのになんで生成AI使いだけ批判されなきゃいけないのか。ダブスタも甚だしい、という考え方です。
“素材”に製作者の許諾があるのかないのか。
これらの考え方のズレが基となり、両者の解釈や認識のズレがさらに拡大し、対立が激化するのだと考えました。
さて、ここから下の項目や書いてある内容については、ぶっちゃけ蛇足ぎみだし、わかりにくいし、ぐだぐだと同じようなことを言葉を変えて考えてるだけです。
多分矛盾とかもあるので、それでもよければ、お先へどうぞ。
項目1にて生じた“素材”という単語への解釈の違い。前項の最後に記した通り、“素材”の解釈違いは、さらに“経験”という単語への認識の違いが生んでいると考えてます。そしてこの認識の違いが分かりやすい形で表面化したのが、『絵描きが参考資料を見て描くことは、生成AIでイラストを出力するのと同じである』という言葉だと思っています。
前項に倣って、各自の“経験”という単語への解釈は次のようになっていると考えています。
絵描き:これまで見聞きしたり、調べたりして蓄えた知識や技術の積み重ね。素材≠経験
生成AI使い:経験には二通りの解釈があり、ひとつ目が生成AIに蓄積された大量のデータで、ふたつ目が生成AIに指示を出す時のプロンプトの知識。前者が素材=経験であり、後者は素材≠経験という考え方。
絵描きにとっては“素材≠経験”なのに対し、生成AI使いにとっては“素材=経験であり素材≠経験”です。なぜこのような差が生じるのかは、前項1のとおり、絵描きは経験と素材が完全に独立しているのに対し、生成AI使いには完全には独立していない領域があるためだと考えます。
生成AI使い側に“素材=経験”の考え方があることによって、絵描きにとっては“経験”だけに含まれる『参考資料を用いてイラストを描く』という行為が、生成AI使いにとっては素材と経験の複合体である『大量のデータを用いてイラストを出力すること』と同義であるという認識になるではないでしょうか。
分かりやすく示すなら以下のようになるでしょうか。
生成AI使い:素材=経験=参考資料を見て描く、素材≠経験=参考資料を見て描く=プロンプトの工夫
素材が経験と同義か否かで、決定的な違いが現れたのではないでしょうか。
いえ、それよりかは素材と経験が完全に分かれているかいないかによって違いが生じているというべきかもしれません。同時には成り立たないと思っていることが、一方ではその通り成り立たず、しかし他方では成り立ってしまう。この差がより対立を生み、問題をややこしくしているように感じました。
素材や経験といった単語の解釈の差を起点に、さらにそれに付随する考え方の解釈がどんどん乖離していっている。そんな考えについてです。
ここは、言葉で説明するのが難しく、さらにややこしいので、さっさと箇条書き形式でまとめを書きます。
・素材=完成作品にほとんどそのままの形で使用するものであり、基本的に第三者の著作物であることが多く、作者の許諾や場合よっては出典の明記が活用になる。
・経験とは創作者本人がこれまでにイラストを描くことによって蓄積してきた知識や技術であり、参考資料を用いて描くことは経験の蓄積に値する。
・作品ごとにその作者特有の癖や特徴があり、それは各人それぞれのオリジナリティである。(イラストを見て製作者がわかる)
・絵を描く行為は、これまでの経験の発露であり、たとえ同じ知識や経験を持っていたり、同一の資料を参考にしたとしても同じ作品は生まれないため、作品には作者のオリジナリティがある。
・生成AI使いに於ける素材とは、“生成AIをつくる過程で用いられた大量の第三者のイラストデータ”であり、そのほとんどが“製作者の許諾なく使用されたもの”である。
・自分で描くという行為をしないため、“イラストを描くことへの知識や技術の蓄積”は存在せず、よって経験はない。
・素材に他人のものしか使っていないため、基となったイラストの特徴はあれど、イラストを出力した出力者のオリジナリティはない。(イラストを見て学習データ基はわかるが、イラストを出力した者がわからない)
・出力されたイラストは蓄積されたデータ元のイラスト製作者のイラストの切り貼りであり、それは出力者のオリジナリル作品とは呼べない。
・素材=生成AIを作り出す過程で用いられた大量のイラストデータである。
・経験とは生成AI内に蓄えられた大量のイラストデータ、もしくは、生成AIに指示したプロンプトとそれに対する出力結果の蓄積である。
・適切なプロンプトを用いて想像通りをイラストを出力する行為は、これまでに用いたプロンプトとそれに対する出力結果の蓄積であり、この経験により出力されるイラストにはオリジナリティが存在する。
・絵描きに於ける素材もまた、生成AI内の蓄積データと同様に世の中に溢れる大量のイラストや他人が作った作品、写真等である。
・絵描きがイラストを描くことは、世の中に溢れるイラストの特定の部分を抜き出し組み合わせる行為であり、参考資料を見ながら描くこともそこに含まれる。
・絵描きがイラストを描く行為は、生成AIに的確なプロンプトで指示を出してイラストを出力することと同じである。
・絵描きのオリジナリティは既存のイラストの組み合わせの違いから生じるものであり、どんなプロンプトを書きなにを組み合わせるて出力させるかという部分がオリジナリティである。
一応、各行ごと対比させることを意識して描いてみたけれど、やはりわかりにくいかもしれない……。
もっとまとめるとこんな感じでしょうか。
絵描きの自認
素材は素材、資料は資料、経験は描く過程で習得したこれまでの知識や技術の蓄積。全てが別々の概念であり、資料を見ながら描く行為は経験に値する。これまでの経験によって製作者ごとに絵柄や色選びなどにオリジナリティが生じ、それらは決して過去作品の切り貼りでは生み出されない変化である。
素材はビッグデータであり、生成AIに指示を出すプロンプトについての経験を“イラストを描くという経験”とは認識しない。AIイラストはあくまで他人のイラストデータの切り貼りでしかなく、出力された生成AIイラストにあるのは学習データもととなった製作者のオリジナリティで、生成AIを使っている生成AI使いのオリジナリティはない。
生成AI使いの自認
素材、資料、経験の一部の三つとも生成AIに蓄積されたデータを指す。その一方で、資料には他の人が書いたプロンプト等の概念や、経験にはイラストを出力する過程て考えたプロンプトといった内容も含まれる。AIイラストを出力するためのプロンプトにおいてオリジナリティが生じる。
素材や資料はすでにあるイラストであることに変わりなく、それらは生成AI内に蓄えられた大量のイラストデータとなんら変わりない。イラストを描く工程は指示を出すプロンプトを考える時間と同じであり、完成する作品も過去に蓄積したイラスト知識の切り貼りである。オリジナリティについても同様に過去に参考にした絵描きの真似をしているだけで生成AIの絵柄の模倣と同一である。
まとまっているような、いないような。
個人的には結構しっくりきているのですが、果たしてこれが読み手であるみなさまにどれほど伝えられているのかはわかりかねる次第です。
さて、ここでさらに出てきたのは“オリジナリティ”の概念です。
そして、この“オリジナリティ”の概念もまた、よく争点となる部分であり、前述にもある通り解釈が分かれるものだと思います。
4、オリジナリティとは以降はコチラ【anond:20250805043013】の記事へ
これはあまり知られていないが、イーロン・マスクの本当の革命計画は、うんちにある。
スペースX、テスラ、ニューラリンク、あれらは全部カモフラージュにすぎない。
本命は、人類の排泄物を資源化して、文明構造を根本からひっくり返す計画だ。
まず注目してほしいのは、彼が2024年に取得したとされる非公開特許:
「Microbial Symbiosis Reactor Using Human Waste for Energy and AI Growth」(人糞を用いたエネルギーおよびAI成長用微生物共生リアクター)
この技術、表向きは「火星での循環型居住システム」に使うと言われている。
が、実態は違う。
人間のうんちに含まれる個人固有の腸内フローラと感情由来の化学物質を解析することで、個人特定および行動予測が可能になる。
イーロンはこれを利用して、「うんち経由の信用スコア」を作ろうとしている。
・性行動の傾向
全部、便からわかる。
そしてそれをAIと連動させれば――
怖い?でも、すでに一部のSpaceX施設では「バイオトイレ×DNA登録」の実験が始まっているという。
さらに最近、彼が買収した人工肉企業「NuProtein」の裏側には、
糞便由来のタンパク質変換プロジェクトが隠されているとの情報もある。
これが完成すれば、人類は自分のうんちを食べて再利用する完全自給型生体循環システムに入る。
食料危機?終わりです。
結論。
うんちを通じて「エネルギー」「食料」「健康」「信用情報」をすべて一元管理することだ。
あなたのトイレにも、もうすぐ小型カメラとAIセンサーがつくかもしれない。
その時、あなたは「誰のうんちか」を問われることになる。
現代日本における中国人観光客および外国人労働者のメディカルリソースへのフリーライド問題は、単なる社会保障財政のマクロ経済的インパクトを超え、公共経済学における情報の非対称性(インフォメーション・アシンメトリー)、プリンシパル・エージェント問題、アドバース・セレクション、モラルハザード、及び動学的最適制約(ダイナミック・オプティマリティ・コンストレイント)下でのポリシー・タイムインコンシステンシーを含む多層的システムリスクである。
岩屋大臣によるビザ緩和政策(デラテラリゼーション)は、ヒューマンキャピタルのトランスファビリティ及び労働市場のインピーダンスミスマッチ是正を目指したレギュラトリー・リフォームであり、短期的には潜在GDPのポジティブショック及びトータルファクター・プロダクティビティ(TFP)向上に寄与し得る。しかしながら、同政策に伴う人口インフローの加速は、社会保険制度におけるリスクプールのセグメンテーションとデリューションを促進し、クロスサブシディゼーション負担の非効率なリディストリビューションを拡大。これにより、アドバース・セレクションの増幅とモラルハザードのシステミックエスカレーションが観測される。
医療サービス市場においては、プライス・シグナルの失効がコモンズの悲劇(トラジディ・オブ・ザ・コモンズ)を増長し、ネガティブ・エクスターナリティとしての外部不経済が拡散。これが社会厚生のデッドウェイト・ロスの拡大を誘発し、インシュランス市場のパーフェクトコンペティションからの乖離とパレート効率性の低下を招いている。
こうした多角的課題の解決には、経験危険率(エクスペリエンス・レート)に基づくリスクベースプライシングの導入が不可欠であり、これにより保険市場の逆選択問題を軽減し、インセンティブ・アラインメントのメカニズムを最適化する必要がある。併せて、マクロファイナンス政策とのポリシーミックス調整を通じ、財政持続可能性と経済成長のトレードオフ管理を高度化することが求められる。
また、プリンシパル・エージェント問題の緩和には、ガバナンス強化と情報透明性向上を軸とした制度設計が必要であり、AIを活用したビッグデータ解析によるコンプライアンス監視と不正検知技術の導入が急務である。これにより、インフォメーションギャップの縮小と資源配分の効率化を推進し、社会的厚生の最大化を図る。
総括すれば、岩屋大臣のビザ政策緩和は短期的なマクロ経済効率性を高める一方で、社会保障システムのファイナンシャルサステナビリティに構造的リスクを導入し、そのダイナミックな最適制約下での政策的タイムインコンシステンシーが顕在化する可能性を孕む。したがって、これらの複合的トレードオフを踏まえたマルチレイヤードかつシステムインテグレイテッドなポリシーデザイン及びマネジメントが喫緊の課題となっている。
シェアリングエコノミーの真髄は、自由主義経済下にあっても、誰も置いてけぼりにされず、誰も貧乏くじを引かされることがなく、みんなで最新のイケてるものに乗っかってアップデートしていけるところ。
シェアリングエコノミー視点からみると、「所有」というのはギャンブルで、ポジションを生じさせる、不均衡と格差を生む原因であり、消費主義の罠の入口。
モノをプライベートにする必要性から「所有」が許容されうるもっとも高いものはスマホ程度までであるべきで、それ以上のモノならそれを共有できるように社会や経済自体が変わるべき。
シェアリングエコノミー時代の思想では、多様性は許容されるんだけど、単純に無条件の肯定をするわけじゃない。
既に存在している多様な選択肢については極力許容されるべきだけど、これから生まれるかもしれない多様さについては、そこまでポジティブに考えない。
だって多様すぎる選択肢は不和、対立、争いのもとだってことを昭和平成時代に起きたあらゆる事例から学んできたから。
できることなら一番すぐれた一番イケてるものにみんなで乗っかって、そこの会社がうまくやっていけるようにみんなで支えたほうがいい。
トップのプロダクト/サービスに対してマイノリティが抱える不安や不満を全部フィードバックさせて、偏見を可能な限り払拭するスーパー企業になってもらいたい。
これまでの人類だと、そうやって期待を一身に受けた存在が堕落し腐敗し大失敗をすることが多かったかも知れないけど。
ビッグデータやディープラーニングのようなテクノロジーを最大限に活用できるようになったこの時代なら、より強力に軌道修正していけるはず。
A:占いを擁護する立場。占いは人類の知の蓄積によって成り立っていて、一種の統計学であると主張する。
B:デーテサイエンティスト。統計学の定義に基づき明確に否定するが、さらに踏み込んで統計と占いの違いについて考察を深める。
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A:
占いって、私は統計学の一種だと思ってる。根拠のない迷信じゃなくて、何千年も続く人類の観察の記録なんだよ。未来を占うっていうといかにもスピリチュアルだけれど、やっていることは記録に基づいた未来の予測だと思うんだ。
B:
“統計学”という言葉を使う以上、定義をはっきりさせたい。統計とは、収集されたデータに対して分析手法を適用し、仮説の妥当性を数量的に評価する科学だ。それに照らして、どこが一致してる?
A:
たとえば、古代メソポタミアの粘土板。占星術の記録がびっしり刻まれてる。
中国でも『推背図』とか『麻衣神相』のような人相・手相の書物がある。顔や掌の特徴と性格・運命の関係を記録し続けてきた。
これって、何世代にもわたる「人間観察のデータベース」じゃない?
B:
なるほど。記録があったというのは事実として受け止めるよ。でも、そこに統計的手法が適用されていたかどうかは別問題じゃないかな。
観察を重ねて記録しただけでは、まだ統計とは言えない。記録と分析の間には大きな壁がある。
A:
でも、現代のビッグデータだって、まずはログの蓄積から始まるでしょう?
誰かが「この特徴のある人はこういう傾向がある」と気づいて記録し、それが繰り返されていくことで、パターンが浮かび上がる。
占いも、記録、観察、分類の繰り返しのなかで体系化されてきた。
それって、人類が自然言語のまま統計を使っていたとも言えるんじゃない?
B:
うーん、そうだね。でもそれは「分類体系の構築」であって、「統計的検定」ではないよね。
現代の統計では、偏りを排除するために無作為抽出をし、仮説を立てて、有意性を評価し、モデルを検証するプロセスがある。
そこまでの枠組みがなければ、観察に基づいた民間知以上のものではないよ。
A:
でも、仮説と検証という意味では、「こういう手相の人は金運が強い」という記述があって、それが社会的に広まり、また観察と照合されていく。
たとえば江戸時代の占い師は、町民の情報を口伝と記録で積み上げて、実地で確かめながら修正していた。経験に基づいたフィードバックループはあったはず。
B:
その修正は、科学的方法というよりは職人的直感の調整だと思う。
それを統計と言ってしまうと、統計学の原則――とくに再現性と定量評価という根幹を見失う。
繰り返すけど、分類・記録・経験知は尊重されるべきだけど、統計学とは異なるものだね。
でも、たとえば――職業的な占い師のなかには、次の占いに活かすために、過去の顧客の情報を残していた可能性もあるよね。
具体的には、顧客の年齢、性別、相談内容、それに対する占いや後日の結果などを、ある種の指標――もっと言えば、数的データとして記録していたのかもしれない。
もちろん、「定量性」や「再現性」なんて言葉は使われていなかっただろうけど、職業的な技能の向上を目的として、定量的なパターン化や、再び同じ条件のときに同じ判断を下すための記録――つまり再現性の確保――といった実践があったとは考えられないかな?
B:
仮にそうだとしても、やはりその段階では統計的実践“のようなもの”にとどまってる。
というのも、統計には「個人の洗練された技能」ではなく、「誰が再現しても同じ結果が導ける仕組み」が要求される。
つまり、個人のノートではなく、手法が公にされていて初めて科学的統計となるんだ。プロセスの一部を似た形で持っていても、方法論の体系性、透明性、客観性がなければ、統計には至らない。
A:
でも、もしその記録が複数の占い師のあいだで共有されていたとしたら?
たとえば、ある手相を“成功線”と呼び、似た傾向があることが何人もの観察によって確認された。
彼らは言語化や体系化は未熟だったかもしれないけど、実地に基づいて知識を交換し、反復性を探っていたとすれば?
B:
でもそこで重要なのは、知識が主観や共同体内の物語からどれだけ離れたかなんだ。
再現性や定量性の基準が“信頼”や“経験”ではなく、誰でも検証可能な数値とロジックに移行したとき、初めて統計学になる。
A:
逆に言えば、検証可能な数値と論理構造が整っていれば、占いが統計に近づくことは可能だということだね?
B:
理屈としてはそうだ。ただし、それはもう“占い”と呼べるのかは別問題になる。
“出世確率85%”という言い方は、もはや占いの言語体系とは異なるよね。
そこにはあるのは、“未来の文脈を語るストーリー”ではなく、“数値による予測モデル”だ。
もしそこまで洗練されたなら、それは予測分析や意思決定支援システムであって、“占い”ではなくなる。
A:
なるほど。つまり、方法論を厳密化すればするほど、占いは占いでなくなる――そういう逆説かな。
B:
そう。占いが人を惹きつけてきたのは、“定量評価”ではなく、“意味づけの多義性”だと思う。
統計モデルには、曖昧さを排除するための規律がある。でも、占いはあえて曖昧さを許容することで、文脈に寄り添ってきた。
A:
“予測の精度”ではなく“受容の文脈”が優先された、ということだね。じゃあ占いって一体なんなんだろう?
B:
それは、統計でも科学でもないけれど――人間が不確実性に意味を与えようとする文化的な装置だと、だと考えたらどうかな。
占いは「何が起こるか」を当てるというより、「どう向き合えばいいか」を導くための解釈のフレームワークなんじゃないかな。
A:
うん……それは確かに実感としてある。
誰かに未来を言い当てられるというより、「こういう傾向があるかも」と言われて、自分の中で“腑に落ちる”瞬間がある。
たぶんその“腑に落ちる”構造のなかに、神秘的な偶然性以上の根拠を持ちたいとか、パターンに基づく意味づけをしたいという人間の欲求がありそうだね。
B:
そうだね。統計モデルは「正解に近づく」ための道具だけど、占いは「意味に近づく」ための儀式だと言ってみようか。
A:
なるほど、私が「占いは統計だ」と言いたかったのは、私自身も納得が必要だったからなのかもしれないね。
とくに人生の節目とか、選択に迷ったときって、ただ確率を言われるより、何かに“意味づけ”された言葉のほうが、なぜか前に進む力になるんだよね。
B:
統計が提供するのは「最も起こりやすいこと」かもしれないけど、占いは「今のあなたに必要な意味」を差し出そうとする。
人間って、ランダムな出来事や曖昧な未来に、何かしらの秩序や法則を見出したい生き物だから
科学や統計だけじゃなく、物語や象徴の体系――つまり占いのような営みも必要とされてきたんだろうね。
A:
でも、占いも統計も、不確かな未来を生きるため、人間の考え出した営みであることは変わりはないよね。
B:
どちらも「未来に対する不安」を前にして、人が手にした道具なんだと思う。
A:
なるほどね。
B:
……その答えは、やっぱりノーだと思う。占いは統計学ではない。
A:
そして、「人間にとって統計と占いのどちらが役に立つか?」という問いには、
たぶん――両方だね。
B:
そのとおり。
理性で世界を測ることと、感情で世界を抱きしめること。その両方があって、やっと人間はバランスを保てるんだと思うよ。
A:
数学の問題を解きながら、同時にラジオから流れてくる音楽に耳を傾ける。
そんなふうにして世界を感じ取るのは、たしかにアンビバレントな営みかもしれない。でも、だからこそ――私たちは人間なんだね。
まあ、昔と比べて社会学にも統計やビッグデータを導入して説を検証したり、比較社会学として他国と比較してどうかを見るようになったりと、結構サイエンスぽくなってきているそうだからいいじゃん。
昔々、20年ぐらい前に反社会学講座という本(元はウェブサイト)があって、そこで検証可能性をかなり批判されたんよね。
で、時は流れて今では結構よくなっているっぽいよ。
それでも完璧さを求めるならもっと技術が進歩して、サンドボックスの村とか国をコンピュータ上に作られた時なんだろうけどね。
みたいなことをAIと会話してて思った。
https://chatgpt.com/share/67faeb82-2c10-8009-9319-e0259ccd7eee