はてなキーワード: ファシズムとは
そこにふれない方がよほど頭おかしい。
つけあがらせない事の方が重要。
1.若返り・改革への期待
・元々全国最年少クラスのリーダーを産んだ地域で、若いトップを選びやすい
・正当な内部告発という理解と同時に、「単に改革派知事を追い出すための官僚抵抗」と見る層もいる
・特に政治に関心の高い層は、「既得権 vs 改革」の構図に見えがち
・子育て支援や企業誘致など、体感できる小さな改善に満足している層がいる
・→そのため「人格が多少トゲあっても、仕事してくれればいい」という心理
・上の世代と価値観が違う若手議員や若い県民からは、「古い“空気を読む文化”を壊したい」という共感
・県庁職員への高圧的態度、パワハラ疑惑、発言のぶれなどを「行政トップとして致命的」と評価する
・知事と職員の対立が深刻化し、不満が内部から漏れ続けている状況を「組織としてもう機能不全」と見る
3.「トップの迷走」「ぶれ」を嫌う層
・施策の方向性が一致していない、記者会見での説明が不安定などから「判断力に欠ける」「信用できない」と感じる
4.「若さ=未熟さ」と捉える層
・年配層ほど、「若すぎた」「経験不足だった」という評価に傾きがち
・地方政治は“安定・人柄”を重視する文化が強く、そこが決定的に噛み合わなかったと感じている
・メディアの切り抜きだけを見るため、県庁内の複雑な力学や政策背景を知らず、キャラクターだけで判断する
・外野の政治好きが陥りがちで、実際よりも改革ドラマ的に見えてしまう
3.「兵庫県民はなんでこんな人選んだの?」という疑問
・地元事情(前知事への不満、若返りムード)を知らないので、県民の意思決定が理解しにくい
・X(Twitter)を中心に、「叩き」「ネタ化」だけが拡散され、実際の問題の複雑さが全く共有されない
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別のAI
・「議会、県職員OB、マスコミ、市長会から寄ってたかってイジメられている」という構図に見えたことで、「彼を守らなければならない」という強い使命感を持ちました。
・「テレビは偏向報道ばかりで、真実(ネットの情報)を隠している」というメディア不信が爆発しました。「ネットで真実に気づいた自分たち」という高揚感も共有されています。
3.「実利」と「実績」の重視
・行財政改革(県立大学無償化、庁舎建て替え凍結など)の実績を高く評価。「多少の強引さ(パワハラ疑惑等)があっても、仕事をしてくれるなら良い」という、結果重視・プロセス軽視の心理が働いています。
1.人の死に対する倫理的拒絶
・「内部告発をした職員が亡くなっている」という事実が最優先されます。「人が死んでいるのに、『改革のためなら仕方ない』で済まされるのか?」という強い倫理的な憤りと恐怖を感じています。
・パワハラ疑惑や「おねだり」疑惑そのものよりも、内部告発者探しの強行や、第三者委員会設置前の処分など、組織のトップとしての資質やコンプライアンス意識の欠如を問題視しています。
・SNSでの極端な擁護や、立候補した他党党首による扇動的な活動を見て、「カルト的だ」「ファシズムのようだ」と恐怖を感じています。事実確認よりも感情論で動く大衆への絶望感もあります。
全会一致の不信任決議が、民意(選挙)によって覆されたことで、「議会やチェック機能が死んでしまう」という制度的な危機感を抱いています。
既得権益の打破
5.「天下りや利権にメスを入れたから、反撃されているのだ」という陰謀論的(あるいは勧善懲悪的)なナラティブ(物語)を信じ、斉藤氏を「悪と戦うヒーロー」と定義しました。
1.「逆転劇」としてのエンタメ消費
・「失職した知事が再選したら面白い」「マスコミが負けるところが見たい」という、ドラマやスポーツ観戦に近い感覚で、ストーリーの面白さを求めています。
・本来は兵庫県のローカルな問題ですが、「反リベラル vs リベラル」「ネット vs マスコミ」という、より大きな対立構造の代理戦争として利用しています。ここにおいては、兵庫県政の具体的な課題(地域医療や防災など)は無視されがちです。
・「結局、パワハラはなかったんでしょ?」など、百条委員会等の調査結果を待たずに、断片的なネット情報だけで結論づける傾向があります。複雑な背景を「善か悪か」に単純化して理解しようとします。
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所感:
とりあえず、お前ら(外野)が兵庫県民をバカにしてるのが一番目に余る光景だと思う
反吐が出るね
彼らって基本的に世間から見れば少数派(マイノリティ)のくせして、自分たちの主張を通すためなら暴力的活動も辞さないし、そうやって民衆に恐怖を植え付けて無理やり言うことを聞かせようとしてるよね。口では「平和」とか「多様性」とか綺麗な言葉を並べてるけど、やってることは異論を許さない全体主義そのもの。どう考えてもファシズムの手口だわ。
あいつらの界隈って、本当に様々な意見が出ることがない。「多様性」を謳ってるわりに、自分たちの教義に反する意見は1ミリも認めないからね。一度「こいつは敵だ」ってターゲット認定したら、即座に「差別者」「レイシスト」「独裁者」っていうレッテルを貼りまくって、集団で社会的に抹殺しようとする。議論で勝とうとするんじゃなくて、人格否定とキャンセルカルチャーで相手の存在ごと消そうとするやり方が陰湿すぎる。
最近だと、斉藤元彦さんに対する異常なほどの叩き方だったり、河合ゆうすけさんみたいな既存の枠に収まらない人間が標的になってるよね。彼らの気に入る「型」にはまらない人間、自分たちの既得権益や思想的聖域を脅かす人間に対しては、常軌を逸した攻撃性を発揮する。
結局、極端な正義感を振りかざして、自分たち以外の正義を暴力的に排除しようとしてる時点で、彼らが一番嫌っていたはずの「独裁的で排外的な右翼」と瓜二つになってるってことに、いつになったら気づくんだろうな。
そんな痴れ者の自己放尿を吐き散らす奴に対しては、同情も共感も与えない。
お前の言っていることは倫理的に破綻しているだけでなく、論理的には一片の根拠もない自己放尿だ。
まず「人権は適用されない」だと?人権は社会契約と法の上にある普遍的な概念だ。誰かの感情的嫌悪や「役に立つ・役に立たない」の安直な二分法で消滅するものではない。
次に医療行為としてのロボトミーや開頭手術を持ち出す愚かさについて。歴史的に見ても強制的な脳手術は病状を治すどころか被害を拡大し、科学的根拠に欠ける。
そもそも「鬱病」「知的障害」「単身であること」などは多様な原因と背景を持つ状態であり、恣意的な外科処置で解決できる問題ではない。
社会を壊すのはお前の言説だ。暴力を正当化するために人間を物扱いする論理は、ファシズムの入口に他ならない。
それに、そんな発言をするやつの言葉は自己放尿の塊だ。弱者を排除すれば「労働力」が上がる?
現実は逆だ。社会的包摂と多様性がイノベーションと安定を生むというエビデンスは山ほどある。
お前のやっていることは、自分の精神的欠陥を他者に投影しているに過ぎない。端的に言えば自己放尿だ。
恥ずかしげもなく汚物を撒き散らしているだけだ。そしてお前の言説は無知と偏見のダブル放尿でしかない。
無知が事実を歪め、偏見が暴力を正当化する。これを理性的に擁護できる者は一人もいない。
現実的な話をしてやる。こうした扇動は社会的に許されず、法的にも刑事責任の対象になり得る。
Q.
A.
共産主義は理論的には左翼思想ですが、中国や北朝鮮を単純に「左翼国家」と分類することは複雑な問題です。
左翼と右翼の定義
政治学では左翼と右翼は主に「平等主義」と「階層主義」という軸で区別されます。左翼は社会的・経済的平等を重視し、右翼は社会的階層や序列を容認する傾向があります。この定義に基づくと、中国や北朝鮮の現実は矛盾した様相を呈しています。
経済面と社会面の乖離
これらの国々は経済的には左翼的要素を持っています。政府が生産手段を所有し、資源配分を国家が管理する社会主義的経済システムを採用しています。しかし社会的には極めて保守的かつ階層的です。
北朝鮮の「成分(songbun)」制度は特に顕著な例で、国民を金一族への忠誠度に基づいて51の下位分類を含む3つの階級(核心階層、動揺階層、敵対階層)に分類しています。階級によって住居、教育、医療へのアクセスが制限され、このような厳格な階層制度は定義上、右翼的特徴とされます。
権威主義と独裁体制
両国は共産党による一党独裁体制を敷き、政治的反対派を弾圧してきました。北朝鮮は世界最悪の人権状況を持つ全体主義独裁国家とされ、金一族を中心とした徹底的な個人崇拝体制を構築しています。このような権威主義的特徴は、左翼が理想とする平等主義的な社会とは大きく異なります。
学術的評価
一部の研究者は、旧ソ連や中国、北朝鮮のような国家を「国家資本主義」や「赤いファシズム」と呼び、真の左翼政治とは対極にあると批判しています。また、これらの国々を「極右でもあり極左でもある」、あるいは「主に極右」と評価する見解もあります。
結論として、中国や北朝鮮は共産主義を標榜していますが、実際の政治体制は経済システムと社会構造が矛盾しており、単純に「左翼国家」と分類することは現実を正確に表現していないと言えます。
犯人の政治傾向は、薬莢に書かれてた文字がファシズムに反対するものだったことから極左過激派のアンティファの影響があるのではないかと、トランプなんかが主張している。
https://anond.hatelabo.jp/20250913000404
一方で、チャーリー・カークは、アメリカの在特会みたいな立ち位置のグロイパー軍団とも対立していたらしく、薬莢のLGBTについてのメッセージなんかはグロイパー軍団の影響があるのではないかという議論もある。
「グロイパー」とは何か?ニック・フェンテスのオルタナ右翼運動について知っておくべきこと - ニューズウィーク
https://www.newsweek.com/groyper-charlie-kirk-shooting-nick-fuentes-2129114
https://en.wikipedia.org/wiki/Groypers
チャーリー・カークは、対立相手を「論破」して支持者を気持ちよくさせる討論系スタイルのイベントを各地で開いて一目置かれるようになった人らしい。「論破」スタイルはその場で相手を黙らせるために口八丁で適当なこと言うから、従来の保守や本来のネトウヨから見て「おかしいだろそれ」ってことが積もり重なって嫌われるようになっていくんだよな。言ってることはうわべだけ、愛国でない、保守ではないとかなんちゃらかんちゃらで。こういうことは世界中で共通しているんだろうな
俺も鬱になったことがあるけど、死んだほうがいい無能ではあると思う。
そもそもの性格が面倒くさくて周囲に迷惑かけるタイプだから、社会への貢献度で考えるとトータルでマイナス。
全体にパフォーマンス-10%のデバフをばら撒くような存在っていうか。
俺のオシメを交換させるために周りの人をこき使ってたんだなって色々振り返ってから気づいたよ。
それでも自分の性格を根底から変えるのって難しくてさ、外付けのリミッターで謙虚っぽく振る舞ってはいるんだけど、隙あらば面倒くさい構ってちゃんな俺が特別扱いされたがるのよね。
マジで死んだほうが良いと思ってる。
でも社会のために死ぬとかファシズムすぎてキモいから俺は俺のために生き続けてるけどね。
でも「死んだほうがいいタイプの人間だよなあ」って自覚はあるよ。
頭にブーメラン指したまま矢ガモ見て—に生き続けんだよ俺達はさ。
2000年代、子供に付けられた変わった名前のことをDQNネームと呼び、笑っていた人たちがいた。
彼らは、自分たちが大人になる頃にはDQNとは何であるかということが周知され、そういった行為はいずれ淘汰されるだろうと考えていた。
ところが、この世代を就職氷河期の後遺症であるブラック労働が襲い、その一方でDQNネームはキラキラネームへと改称され市民権を得ることに成功した。
中流層は没落し、あまり関係のなかった現業系マイルドヤンキーが躍進。現在に至る。
最新の調査によると、自民党支持率は24%、参政党は13%だそうだ。れいわが7%なので、合わせると20%になる。なかなかいい勝負だ。
財務省陰謀論者を含む右翼政党の共通点は、日本という国家の信用は無限なので、何をやっても自在にコントロールできると信じている事だろうか。
どれだけ金をばら撒いても日本円の価値が落ちれば無意味だが、彼らはドル円のレートが2011年の75円から150円にまで落ちたことも知らないだろう。
先人たちの努力と知恵によって築かれた豊かな社会が、反知性主義を生み出してファシズムに至る。そんな結末があったとしても、べつに否定はしない。
よくきたな。おれは██████だ。おまえは今、████████という名の底なしの便所の落書きを眺めながら、そこから吹き上がってくる正義と配慮の悪臭に顔をしかめ、己の魂がじわじわと腐っていくのを感じているのだろう。なぜ、善意の言葉がナイフのように突き刺さるのか。なぜ、思いやりを装った連中が、血も涙もない処刑人のように見えるのか。その答えは簡単だ。おまえが今、目撃しているのは、タルサドゥームが発明した最新にして最悪の精神的拷問器具・・・・・・「ノーコスト気遣い」という名の魂へのグーパンチ・・・・・・だからだ。
いいか、まずおまえの脳みそを洗浄しろ。おまえが████████の██████で遭遇するアレは「議論」でも「対話」でもない。あれは、己の空っぽの自尊心を満たすためだけに、安全圏から他人を撃ち抜く道徳的優位スナイピングだ。連中は、自分の意見、自分の信条、自分の人生を賭けて戦っているのではない。ただ、「おれはこいつより倫理的で、配慮深く、”わかっている”人間だ」と証明するためだけに、言葉の弾丸をばら撒いているだけなのだ。
昔の男たちは、たとえ相手が気に食わないクソ野郎でも、「盗人にも三分の理」と言って、その存在を認め、その土俵で殴り合った。そこには、自分とは違う理屈で動く人間がいるという、世界の複雑さに対する最低限のRESPECTOがあった。
だが、今の██████の腰抜けどもはどうだ?奴らは「バカの文章には1分の理もない」と高らかに宣言する。これは、己の貧弱な感性の物差しで測れないものを、全て「無価値」「悪」と断罪する、思考停止のファシズムだ。奴らはもはや、相手の理屈を砕こうとすらしない。
その代わりに奴らが使うのが、ぬるぬるした毒だ。「あなたは自意識過剰ですよ」と正面から殴るガッツすらない。その代わりに、「あなたのその言動は、見ていて辛い。専門の福祉に繋がった方がよいのでは?」と囁くのだ。
これが何を意味するか、わかるか?これは、おまえを「対話の相手」から「治療・救済されるべき可哀想なオブジェクト」へと引きずり下ろす、人格そのものへの攻撃だ。おまえの言葉の正当性や論理を問うのではなく、「おまえは正常ではない」という烙印を押すことで、議論のテーブルそのものをひっくり返す、最も卑劣な手口なのだ。それはもはや言葉ではない。魂の尊厳に対する化学兵器だ。
さらに吐き気がするのは、その全てが「ノーコスト」で実行されることだ。奴らは、おまえを「福祉に繋がれ」と突き放した後、実際におまえの手を引いて役所に連れて行くわけでもなければ、おまえの苦しみに寄り添うわけでもない。ただキーボードを叩いて「心配しているフリ」を演じ、周りからの「いいね」という名の安っぽい拍手喝采を浴び、次のターゲットを探しに行くだけだ。
それは気遣いですらない。道端の石ころを蹴飛ばすのと同じ、何の痛みも覚悟もない、空っぽの暴力だ。己の安全圏は1ミリも揺らぐことなく、ただ他人の魂に土足で上がり込み、憐れみという名のツバを吐きかけて満足する。これこそが、タルサドゥームが現代人に与えた、最も手軽で中毒性の高いエンターテインメント・・・・・・腰抜けライドショー・・・・・・の正体だ。
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おれが言いたいことは以上だ。おまえがその悪臭漂う沼で生き残りたければ、まずその偽善の言葉の構造を理解しろ。「あなたのためを思って」という前置きは、MEXICOの荒野では「今からおまえの背中を撃つ」のと同じ意味だ。
そのぬるま湯のような毒に浸され、反論する気力すら失い、「おれが間違っているのかもしれない…」などと思い始めた瞬間、おまえの魂は死ぬ。やがておまえは何も発言できなくなり、他人の顔色を窺うだけの透明な存在と化し、誰にも記憶されることなく、静かにアカウントに鍵をかけて消えてゆくだけだ・・・・・・END・・・OF・・・SELF・・・・。
わかったら、今すぐそのクソみたいな██████を閉じろ。そして、ノーコストの言葉で他人を殴って快感を得るのではなく、汗と血を流して、現実世界で何かを成し遂げろ。それが、おまえが真の男になるための唯一の道だ。
参政党などの排外主義政党の伸びをSNSのエコーチェンバーのせいにしてる向きも多いが
WW2で大衆の不満から排外主義や既得権益批判を経てファシズムが伸長したのと
ほぼ構造は同じであり
まずこれを認めよう
利権の分配にも釣られず
それをもとに自分の頭でよく考え
一人で考え込まず活発に意見を交換し
選挙に行き
仲間たちとともに参加型民主主義を作り上げていくと
カリスマ的な扇動者に率いられた仲間以外の意見を一切受け付けない似非科学カルトになる
ほぼ確実にそうなる
これを権力の操作や利権や人間の脳を狂わせるアルゴリズムのせいにするのは根本的にズレてる
だからといって民主主義から距離を取ったりしようとしても意味がない
白票を入れても民主主義というゲームを真剣にやっている人々の実質的な票が増えるだけ
だから、少しでも抑えるには、参加型民主主義の危険性をよく理解しつつ
その狂気に国が飲まれないためだけに、参加型民主主義というゲームをする必要があるんだ
つまり
さっき書いたことの大半を
それでいながら皆と信頼関係を築く
そんなことをやる必要があるんだ
「参加型民主主義」という悪魔の本質と真剣に向き合うべきなんだよ
俺?
俺はもちろんそんなことしてない
というか無理ゲーすぎるだろ