はてなキーワード: サスペンスとは
メフィスト賞取りそうなインド発のミステリサスペンス映画の珍作。47点。
ある日、警察署に自首してきたひげ面の男。何をしたのかと問われると彼は「人を殺しました」と告げる。それも9人。彼は今世間を騒がせている連続女性殺人犯だった。主人公の刑事と友人の犯罪心理カウンセラーは公判に向けてそれぞれ証拠集めと彼の責任能力の追及を行っていく。その中で2人は彼の呪われた過去の闇と向き合っていくことになる。
みたいな話。ではなかった……
冒頭、ひげ面の男が自首してきたところから始まり、殺されていった女性たちがどう殺されていったのかを映す。その後、事件を捜査し犯人に迫っていく警官たちと町中をうろうろするひげ面の男。警官たちが犯人に近づくにつれてひげ面はどんどんと警察署に近づいて行って、警官たちがついに犯人の家にたどり着くと同時に、ひげ面は警察署に自首にしに入るのであった。
という、自首までの警察側のアレコレをただ見せるんじゃなくて、彼らが捜査している間に犯人は自首を考え裏をかくように自首してきたことを見せることで犯人の手ごわさを表現しているのはなかなかようやっとる。
こんな感じでインド映画だけど、わりと正統派の演出から入って途中でやっぱり歌で全部説明するターンが入ったりするのも草が生えてよい。
あと、ライティングで善の心は青、悪の心は赤というわかりやすい処理しているのはさすがに近年ではあんま見かけない実直さだなぁと思ったり。
で、話としてはカウンセリングと捜査で犯人の過去を追っていく形になり、そこでミステリが二転三転していく。
彼の父親は母親を殺し電話で自首するも警官が到着する前に自殺していたことが明らかになるが、その捜査の過程で実は父親が母親を殺し心中を図ってきたので彼が反撃し身を守る形で父親を殺害していたことがわかる。到着した警官が彼の父親に恨みを持っていた人物だったので事件を隠ぺいしていたのだった。
犯人がカウンセリング中に噓をついていると疑っている2人は、カウンセリングで彼にこの質問をぶつける。両親の死について教えてほしい、と。
仮に世間的に公開されている両親が殺しあったと答えれば彼はうそつき。父親を自分が殺したことを話せば正直者。
彼が答えた真実はこうだった。
強権的でアル中。彼と母親を容赦なく虐待し、彼が拾ってきた子犬すら殺してしまうような父親に育てられるが、ある日、父親は盗撮の罪で捕まり盗撮された娘の親族にぼこぼこにされ大怪我を負う。そのことで家庭内では立場が逆転し、今度は母親が父親と息子である彼を強権的に虐待する立場に。
そしてある日、彼が都会での仕事が決まった日、いろいろあっていつも通り2人を虐待し始めた母親がその仕事の書類を見つけてしまう。都会に行かせてくれと頼む彼を母親は嘲笑い書類を破り捨てる。さすがにブチ切れた彼が母親を刺殺。虐待に鬱憤がたまっていた父親は俺が殺した!と言い張り自首。さらに母親を侮辱しようとした父親に怒り、彼は父親も殺害した。
父親を殺したか殺してないかどちらと答えるかで彼を測ろうとしていた2人は困惑。さらにわからなくなってしまう。
その後、犯人の家に残されていた遺留品から殺されていない被害者が存在することがわかり、彼女の捜索が始まり、そこでまたミステリっぽいリストアップからの条件による絞り込み、残った人たちを教会に呼び出してチェックするも教会内と受付で人数が合わないミステリがあってからの、実はその1人は受付に座っていました~というベタベタの展開で、その彼女の証言から犯人の恋人の存在がわかる。
犯人の幼馴染で両親の死後に再開、恋に落ちて付き合い始めるがそのうち犯人によって両親を自分が殺したことを告げられる。受け入れようとするがむしろ犯人側が疑心暗鬼になってしまい、彼女が自首しないようにストーキングをはじめさらに精神を病んでしまい両親を殺した人間は別にいて今もついてきていると言い出す。そしてお互い限界に到達してしまい、犯人は恋人を殺してしまう。
しかしそれが受け入れられない犯人は恋人とやり直すために恋人とのやり取りをいろいろな女性とカメラの前で行うことで自己カウンセリングをしようとするも結局、怒りのあまり女性を殺すということを繰り返していたのだった。
強権的な親の元で虐待を受け、そこから抜け出すために殺人を犯してしまい、さらにその殺人のせいで恋人とも悲劇的な別れ方をしてしまい、それを受け入れられなくて殺人を繰り返していたが、カウンセリングでその事実を認めることで心から反省した。ということで、裁判では罪を認めて罪状は二重の終身刑。
移送のバスに乗り込む犯人を横目に哀しい真実を突き止めた刑事は「判決は出た。できることはもうない」と話すのだった。
が、ここでUNICRONが流れ出し、コメント欄は「ん?流れ変わったな」と大盛り上がり。
バスの中が急にもわっとしだして、犯人の精神世界に接続される。バスの中には犯人と被害者たちが勢ぞろいし口々に真実を告げる。
「犬を殺したのも犯人」「母親は殺そうと思って殺した」「父親を脅して自首電話をさせて殺した」「なんなら盗撮したのも犯人だった」「生まれつき小動物を殺して過ごしていた」「幼馴染は通報しそうだなと思ったからすぐ殺した」「9人の女たちは恋人が死んで寂しかったから引き込んで飽きて殺した」
そして、殺されなかった被害者は幼馴染に導くために残した、彼女を殺していたら自首が間に合わなくて射殺されるのはわかっていた(インドでは凶悪犯は逮捕前なら射殺していい)、刑事たちを自主的に幼馴染に導くことで自身に憐憫の情を沸かせられることはわかっていた。そしてそうなれば裁判では死刑にならないように持っていけると思っていた。終身刑だが模範囚になれば死ぬまでに出られるのもわかっている。
そう、刑事たちが自分たちで見つけたと思った真実はすべて犯人によって用意されたものだった。
この映画が映し出していたことは全てうそだったことがわかり、バスは走り続け、なんかよくわからん続編を示唆して終わる。
まぁ、このオチがやりたくて撮ったんだろうし、実際のところこのオチは結構驚いたんだけど2時間映画見せられてきてそれ全部嘘でした~は体験として面白いかどうかはかなり怪しいところ。せめてもうちょっとなんかそれとわかるヒントは欲しかったかな。じゃないと、この2時間はなんやったんや?という徒労感が強くなりすぎる気はする。
ただ、その2時間のサイコミステリ部分は技法的につたないところはありつつもちゃんと真面目に作られていたので、だからこそのアンチミステリ的なこのひっくり返しはメフィスト賞っぽさあるなぁと思って、俺はメフィスト賞嫌いじゃないのでまぁまぁ、こういう作品もあるよなと思いました。
そんな感じで、あんまり真面目に見すぎるとハァ?ってなる可能性はあるけど、ビックリオチ一発のインド系か珍作ミステリと思ってみるといいと思う。メフィスト賞みたいなちょっとひねったミステリ好きな人におすすめ。
○ご飯
朝:アーモンド。エナドリ。昼:焼きそば。目玉焼き。夜:たまごやき。沢庵納豆冷奴。キュウリ。トマト。ギョニソ。バナナ。ヨーグルト。間食:柿の種。あずきバー。
○調子
ゲーム三昧。
ここから後半戦なのでもう一息。
・5段階評価:3
・あらすじ
魔法を学ぶ「学園」の新入生アリシアと、その担任教師ベルディリア。
「学園」では教師に座学を教わる教師派と生徒同士の実践で魔法学ぶ生徒派の権力闘争が盛んだった。
ベルディリアは生徒派のリーダーライルと、生徒会長の幼馴染アマリリスを新たに担任するため「学園」を駆け回る。
・印象に残ったセリフ
ベルディリア「手が空いたら…… また会いにくるから。その時でいいか?」
妹に食事に誘われての言葉。そっけないように見えて選択肢の選び方次第では速攻で会いに行けるので、妹にはだだ甘いのが可愛い。
・印象に残ったキャラ
ベルディリア。生徒大好き甘々ティーチャーにして、妹大好き甘々シスター。同じ教師のヴァイスや学園長には辛辣な態度を取るのが面白い。
・感想
舞台も一変し今度は魔法学園もの。新入生のアリシアがいきなり退学させられるビックリな導入から、魔法の種を見抜くためのサスペンス展開に、妹可愛がるイチャイチャムードにと、多種多様なお話だった。
主人公のベルディリアは大人には辛辣な態度だが、子供たちはデレデレ甘々な優しい人なギャップが可愛いキャラだ。
今のところ、恒例の管理者に関する怪しい噂や過去キャラの暗躍などもない独立したエピソードになっているが、ライルの人形が青っぽいのが気になるところさん。
生徒会長とアマリリスが共依存してそうで、あっさりとアマリリスが独り立ちしたのも、流石に生徒会長がこれだけで終わらないよな? と不安がある。
・5段階評価:2
・あらすじ
彼はその復讐のため「学園」にはいるが、そこで築いた関係値はそれだけではなかった。
・印象に残ったセリフ
「お前なら、きっと勝てるさ。頑張れよ!」
学園長の息子であることを黙って、目的の打倒学園長も隠していたライルを率直に真っ直ぐ応援するモブの生徒。いい子だ。
・印象に残ったキャラ
ライルの母。明らかに何かの伏線が張られたが、先行きが不透明なので不穏な気配。
・感想
学園長が実は良い人でした、というサゲはありえなさそうだが、まだライル目線でしか語られていないため判断は保留したい。
ペルソナを被った本音じゃない付き合いだったけど、ライルと生徒派の面々の関係値は優しく暖かい雰囲気で好きだ。
・5段階評価:2
・あらすじ
リリウムの創造の魔法の根幹はアマリリスのついた小さな嘘だった。
・印象に残ったセリフ
アマリリス「あの絵本を、本当は好きじゃなかったって。……そこからやり直したいって。」
リリウムとアマリリスを繋ぐ絵本への本当の気持ちを吐露する言葉。それが二人の関係値自体の否定じゃないのがもどかしい。
・印象に残ったキャラ
リリウム。アマリリスのためなら第三者の命を無下にしてしまう程だったのは驚き。反省とかでどうにかなるレベルを超えているように思うので先が気になる。
・感想
二人のベッタリな関係値のオリジンが語られるが凄惨な過去話は読んでて辛かった。
とはいえ、ただの好奇心旺盛な女子生徒を龍に変えて使役するのはやりすぎなので、しっかりと懲らしめられて欲しい。
・5段階評価:2
・あらすじ
姉に守られ続けてきたカステル。
しかし、教師の仕事に夢中な姉が自分よりも優秀なライルとアマリリスに構う姿が許せなくなり……
・印象に残ったセリフ
お姉ちゃん大好きカステルが力に溺れていそうな顔でいったセリフ。読者目線では甘々お姉ちゃんのままだが、あの甘さじゃ妹には足りないのが怖い。
・印象に残ったキャラ
ベルディリア。過去編でも妹思いでなんと神を打破している模様が描かれた。この辺が管理者と繋がるのかしら、気になる。
・感想
ライルやアマリリスと比較してもなお駆け足な回想と現状のシーンで、恋する妹はせつなくてお姉ちゃんを想うとすぐ闇堕ちしちゃうのだった。
いや、茶化す気はないんだけど、爆速で闇堕ちしてビックリしちゃった。
・5段階評価:3
・あらすじ
それぞれの因縁の相手と、ベルディリアから教わったことを生かして決着を付ける面々。
そのベルディリアは、ネルヴァの力を振るうカステルと対峙し大苦戦。
しかし、教え子二人の協力と、神を宿す力でそれを奪い、無事に管理者の介入を許さずに事件を解決するのだった。
しかし人間の感情を理解したネルヴァは遂に策を実行に移すのだった。
・印象に残ったセリフ
ライル「そっちは任せる。こっちは任せろ。」
ライルは学園長、ベルディリアはカステルのもとにそれぞれ向かう際の頼れる言葉。
端的な言葉で力強くて好き。
・印象に残ったキャラ
ベルディリア。一貫して最初から最後まで、いい先生で、いいお姉ちゃんだった。管理者にしてやられることもなく、防衛してみせたのもお見事、良いキャラだ。
・感想
前章で揶揄ったカステルの闇堕ちの早さだが、なんとそもそも物語の開始時点ですでにカステルはネルヴァと接続していた衝撃の展開。
生徒二人の結末のテンポが小気味よく、かつベルディリアの言葉がキーとなるまとまり具合で面白かった。
教師としてのベルディリアがある種完成しきっているからこその、優しいだけじゃない叱れる姉の様相が足りなかったと生徒たちかた教わるのも綺麗な構成だった。
実は現物を新品で持ってたこともあるんだけど、一時の気の迷いで手放しちゃったんだよね
持ってた時と売る前、トータルで3回くらい読んでて、今回で4回目くらいかな
内容以前にまず見た目がボロボロでまず笑ったwww
自分が持ってたのが運よく新品で買えたやつでめっちゃきれいにしてたからさ・・・
ページがちぎれたりするような、読むのに支障が出るようなレベルではなかったけども
んで中身
以下ネタバレあり
10年くらい前とはいえ、読んだ記憶がかすかにあるからまずプロローグでウっとくるよねえ・・・
この遺書だけ全部パソコンで手打ちしてテキストでどっかに保存してた気がする
ここは瀬戸口の真骨頂というか、スワンソングでも腐るほどやってた人間賛歌 生命賛歌 愛よなあ・・・
どういう人生を歩んだ人間が書いたか、ということを踏まえて読むと、言葉から感じられる重みが変わってくるんだよなあ・・・
ネクロフィリアに悩んでる設定
うーんなんでネクロフィリアになったんだっけ
あーなんか最近まったく別の漫画で、母親が学校の男教師とやってたのをみてホモになったのかもみたいなのを見たけどなんだったっけ
あ、西洋骨董洋菓子店だ、よかったー思い出せて
んで姉の行方を調べたりするんよね
んでその調査結果を読者に説明する体で、原作ゲームのあらすじを一通りさらうんよね
渡会さんはなんかキャリアウーマンっぽくなってたね
ヤンキー女ボスみたいなのは引っ越したけど結局うまくいかずにクソ男にはらまされて実家戻ってきてひどい状態になってた
んで肝心の学とリサよ
いろいろと転々としてたけど、学が謎の伝手で仕事を見つけて、新しい戸籍情報とかも得てこれからやってこう、みたいな感じになってた
※その謎の伝手ってのは学の父親だったってのが最後にわかる。この父親とのやりとりは、自分にとってはクラナドのそれよりも心に響いた気がした
んでなんとかうまくやってこうとしてたんだけど、やっぱり学の精神病がそれを許さなかったんだよね
学が一時退院したとき、リサが子供つくろうとして、それが無理だと知ってどうしようもなく泣いてしまったとき、
リサの弟にも居場所を突き止められて、それがリサの無意識のSOSだと賢く悟ってしまったとき
最後はネクロフィリアの弟が、みいちゃん的なかのじょに 「自分が死んだら自分の死体とえっちしていいよ」と言われて笑って終わるみたいな感じだったと思う
葬式でネクロフィリア的な部分にからめた描写あったっけかなあ・・・あるかなと思って読んだらなかった気がする
読み落としかもしれんけど
そうそう、葬式を見て、死体ってのは死と直結しているから嫌悪感があるものなんだみたいなことにふと気づくみたいなのがあったね確かに
とにかく、そんなギリギリの状態で書いた遺書が、冒頭のプロローグなんよね
そんな状態で書いたにしては、あまりにも偽善と希望と懇願に満ちた内容になってて、それがまた胸をしめつけるんよ・・・
んで有名なあとがきよね
にわとり小屋で卵を割ってしまったら、にわとりが自分の割れた卵を一心不乱に食べるのを見てグロいと思った
という。
はー原作への思い入れありきではあるけど、やっぱり氏の小説はこれが一番な気がするなあ
一応、からべようすけ名義のも、時間の限りプレミア本優先で読んだけど、正直いまいちだった
読んだのは、田淵さん(瀬戸口名義)、死体泥棒、ドッペルゲンガーの恋人、プシュケ。
ちなみにプシュケは発売当時にこれまた新品で買ってたけど
なんか文章から感じる狂気とか生々しさとか若さ、プリミティブさ?がほぼ感じられなくなっちゃってる気がするんだよね
カーニバルでショック受けた後に読んだからなおさらそう感じたのかもだけどさ
初期乙一っぽさがある
それぞれ簡単に
田淵さん(ウィキペディアに載ってない)
恐怖コミケ?みたいなやつに出したらしい
そのギャップにあれこれ起きるってのは簡単に想像できると思うしその通りなんだけど、
途中からちょいちょい不穏な描写があって、実はこの世界自体が・・・みたいな話
実はこの学校は飼育者?みたいなのに飼われてるペットが通う学校で、銀の肌を持った実験体みたいなやつが教師やってるとか
叙述トリックっすね
ただ乙一なら短編にする内容を、無理に引き延ばして長編にした感があって、正直冗長に感じてしまった
大きな展開もほぼないし
まあ瀬戸口に期待するのは内面描写だからってのはそうかもだけどさ
青の炎のような追いつめられるサスペンス感があるわけでもないし
でもかなりSF的な設定と話で、瀬戸口にこういうのは求めてねーんだけどなあとか思っちゃった
オチの部分まではちゃんと読み取れなかったけど、途中まで死んだ恋人とクローンを重ねて、クローンがなんかそれに文句言うみたいな感じだった気がする
本人もクローンだったみたいな美女缶的なやつかなと思ったらやっぱり最後にそういう感じの展開持ってきててやっぱりねとなってしまった
ただなあやっぱりSFだとSF専門家とかではないからどうしてもそこの粗とかが気になって瀬戸口本来の求めてることに対してノイズになっちゃう気がしちゃったな
プシュケ
これは当時読んでなんやこれってなって正直はまれなかったけどもっかい読んでもやっぱりそうだった
総じて小説だと思い入れをするまでの尺が足りないんだよなあと思ってしまった
一人称の男が主人公だと全部同じようなキャラになるのも正直引き出しがないよなあとか
もっと面白くてもいいと思うんだけど思ったより普通のアクション映画で62点。
病気の子供を抱えるド底辺労働者の主人公はうっかり仕事をクビになってしまう。人生逆転のために30日間生き延びれば莫大な金が得られるリアリティショーである「ランニング・マン」に参加することを決める。出場者を狩るために追いかけてくるハンターたちに加え、出場者を殺した人間には賞金が出るため市井の人たちも味方ではない。死の逃避行が今幕を開ける。
みたいな話。
う~~~~~~~ん。なんか脇が甘い感じがしてイマイチのめりこめなかったかな。
普通の逃避行アクション映画としてみれば普通に面白い。どうやって逃げるんだろう、身分証を偽造するのかな、変装するのかな云々という逃避行ギミックに関してはきちんと提示されて納得力は高いし、行く先々でのチェイスアクションもよい。ぼろホテルに泊まって風呂入った後、窓から外見てたらハンターがいて戻ろうとしたらドアが開かなくて半裸で逃げる展開とかの面白みも深いし、ド派手なカーチェイスもあれば、アンチランニング・マン連合のナード君の家に逃げ込んでそこで彼が家中に仕掛けた罠を作動させながらハンターを撃退しながら逃げるホームアローン展開もよい。
最後にはちゃんとハンターの大ボスとの飛行機の中での肉弾アクションも用意されていて、アクションと映画してカーチェイス、銃撃、罠、肉弾、爆発とおいしいところは全部用意されているのでなんも考えんと見るんだったら普通に満足できると思う。
一方で、なんか主人公にはあんま感情移入できないっていうか。徹頭徹尾、こいつプッツン野郎なんだよ。冒頭、自分をクビにした上司に怒鳴りこみに行く場面から一貫してなんかすぐキレる。そのことによって常に状況が悪くなっていくの、なんていうかエンタメとしては食い合わせがあんまよくないなって思う。社会派のサスペンスとかだったらいいと思うんだけどさ。怒りこそ貧乏人に残された最後のエンタメとは言うけど、こういう意味ではないじゃん?
最終盤でルールで保護されているはずの妻子をハンターたちが殺していた、だからハンターたちを殺してお前がハンターになることで金も名誉も立場も手に入れられる!って番組プロデューサーにそそのかされる場面があるんだけど、これまで再三、番組は情報を改ざんし俺たちを操ろうとしている!と警鐘を鳴らしてきた主人公はプッツン、ハンターたちに襲い掛かり、ハンターの大ボスから彼も元はランニング・マンで主人公と同じトラップを仕掛けられハンター堕ち。実は妻子は生きていたけど拷問されて殺されたと種明かしをされるも信じずに殺害。その後、飛行機ごと無事爆殺される(脱出するけど)。
たぶん、そうなるのわかってたと思うんだけどなぜか殺してそのまま殺されかかるの正直よくわからない。徹頭徹尾「金を得るため」だったという冷徹な目的意識のためとかだったら理解できるんだけど、結局彼は何も得られずに終了する。
俺が見落としてただけだったら申し訳ないけど、あの飛行機に脱出ポッドがあるのを知るシーンってなかったよね?もしそれまで考慮に入れて「自分は死んだこと」にすることでこのゲームから脱出することを目的としていたんだったら理解できるんだけど、そんな感じでもなかったし。
その後、アンチランニング・マン連合が主人公が生きてることを言いふらして番組の裏側を暴露。アンチランニング・マン陣営は規模を拡大する。そして主人公はしっかり顔をさらして妻子に会いに行く。いや、番組側からしたら妻子には絶対見張り付けとくやろ。主人公なんか何回殺してもええんやから。
ランニング・マンの収録の客席はアンチで埋め尽くされ、司会は契約を盾にとっとと離脱。いや、セキュリティどうなってんねん。少なくとも主人公がオーディションするときはセキュリティしっかりしてたやろ。客の身辺調査や持ち検は当然するやろと思うのに、みんな手に手にアンチの看板もって火炎瓶を投げまくる。そんなわけある?そしてプロデューサーを主人公が撃ち殺して終了。いや、こいつも素通りかい。もうめちゃくちゃだよ!
あとはどう考えても30日は長すぎるよね。アメリカ中を逃げ回ってもいいとしても逆に考えれば30日は短すぎるし、映画として考えるなら30日は長すぎる。映画としてはどっか州を指定して2週間とかのほうがよかった気がせんでもない。なんか妙な生活感が出てて中だるみを感じた。
あとはこれどこまで意識して書かれているのかわからんのだけど、女の扱いがなんか微妙なんよね。別に活躍させる必要はないとは思うんだけど、主人公に庇護されるだけの妻、なんかバカみたいな死に方する逃亡者も女だし、テレビを一方的に信じて主人公を含む逃亡者を悪人だとののしり続けるナードの母親のババア、そして終盤に出てきて人質になる裕福層の女。裕福層の女は「貧困をエンタメとして搾取する市民」として描かれていて、主人公に「そのスカーフ一枚で俺の子供は助かるのにお前は気にも留めない」みたいに責められたときに「私は悪人じゃない」って言わせるのはちょっとあからさますぎるかな。最後飛行機で撃たれた主人公に止血のためにそのスカーフを差し出すのは皮肉がきいててよかったんだけど。
あとこの辺の社会的メッセージに関してはどう評価すべきかかなりむつかしいと思ってる。知らんけど、この映画作ってる人はわりとノンポリっぽい感じだと思うんだよな。なんかその、マスメディアを操る存在とそれに対するアンチだったり、白人のデブの子供2人が逃亡者を焼き殺したり、貧乏人たちが主人公を無条件に応援していたり、裕福層は殺せと言っていたりとかそういう社会的メッセージがめちゃくちゃ露骨に出てくるんだけど、それをどこまで信じてるかはかなり怪しく感じる。俺の感想としてめちゃくちゃ冷笑的に”ネタ”として消費しているように感じたかな。
まぁそんな感じかな。ベイビードライバーのエドガー・ライト作品らしくBGM使いも悪くないし、ポップなアクション映画としては一定以上の強度はあると思うんだけどなんか意外にがばがばというかがたがたな感じがして今一つのめり込めなかったな。まぁ、なんも考えんとみられるアクション映画見たいなって夜にはまぁまぁオススメ。
実に興味深くない。28点。
とある閑静な寂れた田舎町で有村架純の父親が殺される事件が発生。被害者の弟であり元世界を席巻した天才マジシャンの福山雅治がやってきて現場をかき回しながら事件の究明に挑む。
みたいな話ちゃうの?知らんけど。
俺は映像化、特に映画やドラマといったフィクションエンタメにするべきではないものがいくつか存在すると思ってるんだけど、その中の一つが「マジック」で、この作品はそれを最も使用すべきではない方法で使用していると思う。なんでマジックはフィクションエンタメ映像に向いてないかって言うと、そのジャンルにおいて「できなさそうなことをできているように見せる」ことは非常に日常的であり特別なことではないからで、マジックは「できなさそうなことをできているように見せる」ことの非日常性こそが大切なジャンルだから。
冒頭、福山雅治が現役時代にアメリカで行った大掛かりなプロジェクションマッピングでのイリュージョンショーが見せられるんだけど、CGみたいなニンジャが出てきたり消えたり、分裂したり、場所が入れ替わったりするんだけど、実際にこれを生でやっていて現場や無編集の映像で見られらたらおぉ~ってなると思うんだけど、映画という媒体で見たときには一気に「安っぽい映像」になっちゃう。
いや、作中では生でやってる設定なんだから驚いてください!って言われてもいやこれ映画やしってなる。これは本能レベルでなるからどうしようもない。だって現代のVFX技術がある前提で作られた映画じゃん。それはもう何をどうしたってそうじゃん。
一方で福山雅治が現代で作劇とは何の意味もなくちょこちょこライターを消したり、トランプを食ったり吐いたりするマジックを披露するんだけど今度はこれがヘタクソすぎて見るに堪えない。いや、たぶんましゃが一生懸命練習して本人がちゃんとやったんだと思うよ。でもさぁ、思うんよね。トランプをシャーッて口に入れてシャーッて吐くマジック。福山画角のドアップで見せること自体が間違ってんじゃないかって。あんだけドアップで見せられたら「いや食ってないやん、口からは出てないやん」ってなるよ。
そしてさっきも書いたけど作劇上福山のマジシャン設定は全く活きてこない。だってこいつがやってることって基本的には警察からものスって後は警察からものスって、他には警察からものスることだけだもん。警察からスマホスって情報盗んで戻す。これ以外には相手を小ばかにするときにマジック披露するくらいしかしてない。元スリの天才とかでよかった。つーか湯川教授でよかった。
肝心のミステリとしてはいかにも有村の同級生の怪しげなミスリード担当が次々出てくるけど、こいつらがいかにもすぎてこれが西村京太郎とか赤かぶ検事みたいな60歳以上向けの二時間ドラマならそれでいいけどマジシャンが主役のドラマでそんなわけないし。中に元は陰キャだけど今では伝説的漫画家になって同じく同級生に病死した友人がいる奴が出てきた時点で作品は死んだ奴のものでその絡みやろなって普通はなっちゃう。
で、最終的に容疑者を教室に集めてプロジェクションマッピングで死んだ教師に成りすました福山が説教、もといカマかけをするんだけど、いや普通に考えて死んだ恩師をプロジェクションマッピングで再現されたら戸惑って従うよりも先にブチ切れて暴動起こすだろ。失礼すぎるし死者への冒涜すぎる。娘の有村は何も言わんかったんか。何、素直に卒業文集読んでるんだよ。つーか、卒業文集の原本を自宅に保管してる教師って何なんだよ。職業倫理感ゼロか。
職業倫理感ゼロかで言えば、病死した生徒に個人的に出していた作文の宿題を同窓会もあることだしみんなに公開したろwでもその中に伝説的漫画の原型書いてあったから漫画家に先に読ませたろwってする教師とかマジでどうかと思うし、その作文があることで自分の立場が脅かされると思ったからよくわからんし家ごと燃やしたろwってなる犯人のイカれ具合もヤバすぎる。
殺人事件の証拠は一切ないのに「漫画の原型は死んだ同級生のものだった」という盗作の証拠を突き付けられただけで発狂して自供するのも意味わからんし、ミステリとしてどうかと思う。あと、遺体にライターオイルが染みついていたという理由でジッポ使ってる福山が疑われる設定があるんだけど、それは放火しようとしていた犯人のものだった!いや、犯人はライターオイルで家燃やそうと思ってたん?あんま聞いたことないけど。
マジシャンを主役にしてやってることは犯人以外の登場人物の闇を暴いて(容疑者から外して)いくっていうある種の人情サスペンスなのも個人的にはチグハグに感じる。マジシャン使うならやるべきなのは新本格のトリック、ロジック重視であるべきでしょ。
あと、こればっかりはもう完全に俺の個人的主観で好みの問題だけど、福山雅治さすがにもう無理じゃない?近年のトム・クルーズにも通じるところがあるんだけど甘いマスクにニカッと爽やか笑顔、が通じるのは彼らくらい若く見えても30代までだと思う。もう還暦近いおじいちゃんがやったら何ニタニタしてんねんってなっちゃう。もう若くない。年齢にあった深みのある役をやった方がいいと思う。
カッコイイよりも痛々しいが勝ってるように見えた。
そういう意味ではキム・タクは教場でうまいことそこを脱却したなとは思ったかな。マスカレとかは見てないから知らんけど。
なんか新しいブラックヒーローみたいな感じらしいけど、なんか無礼なのはいつもの福山キャラだし金に汚い所だけちょっと新しかったかな程度で、その金に汚いも「ギャランティが云々」言ってるだけで実際に金を受け取るシーンもなければ取り立てるシーンもない、結局「キレイ」なんだよね。くだらん。
そんな感じかな。
ここ重要ですよってシーンではなんかトランプをパラパラやるモノクロカットが入る演出もダサいし映画じゃなくて2時間ドラマでやればいいのにって感じのクオリティの作品だったかな。有村架純はめっちゃかわいかったのでそこはよし。有村架純ファンと福山雅治ファンだけ見ればいい映画だと思いました。おわり。
Hatelabo::AnonymousDiary The Movie。75点。
酒屋の自販機を破壊した罪で逮捕された自称サトウジロウを取り調べることになった染谷将太。そんな染谷にサトウは自分は霊感があり、秋葉原で何か起きる気がすると言い出す。何言うてるねんと思っていたら秋葉原で爆弾が爆発。サトウはこれはあと三度起きると言い染谷の説得もむなしく2発目が爆発。本庁から乗り込んできたゴリキャリの渡部篤郎と天才肌の山田裕貴にバトンタッチ。警察組織VSサトウジロウの戦いが幕を開ける。
みたいな話。
いや、面白かった。
佐藤二朗オンステージって感じで多くの福田作品で見せる感情の入ってないクソ演技をさせたら日本一の異名を持つ佐藤らしい空虚な異物としてのサトウジロウを完全に演じきっていて意外にいい役者だなぁって思った。一方で一見柔和が陰気で神経質で権力的な渡部や、覇気のない染谷、無邪気な天才山田あたりはなんか"いつもの感じ"で弱く見えたかな。製作的にも今回は佐藤二朗を見てくださいって感じだったんかな。
で、話としては激ヤバ組織である警察相手にそのヤバいところをサトウがガンガンに打ち返してそれを突き付け崩していく。恩義のある刑事を庇った結果冷や飯食わされて無気力な染谷、功名心とエリート意識にとらわれる伊勢、自身を規律と権力の代表者であると思い込んでいる渡部、自分を天才と思い込んでいる山田、そしてなんか外にいるやっぱり功名心に囚われた矢吹巡査。それぞれの抱える火薬にサトウが口巧みに火をつけて次々と爆破していく。
一方でサトウ本人に実は主張はない。この計画自体も元々はサトウのものではなく、殺人現場に夜な夜な忍び込んではシコっていたことが週刊誌に取り上げられ大バッシングを受けて自殺した刑事の家族が計画したもので、サトウはそれに後乗りしただけ。途中で犯行声明動画が投稿され、そこで動機らしきものを語るがそれも元の犯人の動画を模倣しただけ。取調室内で語るほとんどのことはウソであり、相手を翻弄したいだけ。
途中、功名心から足を吹っ飛ばされた矢吹のバディである伊藤沙莉がサトウを罰しようと取調室に乗り込んできた際にサトウはその悪意を一身に受け射精する。また、渡部を執拗に挑発し渡部が自負する規律と倫理の代表者という仮面を強引に剥がし自分の指をへし折らせる際にも笑っている。彼はブラックホールのように相手の感情を取り込むことだけを目的に動いているように見える。
つまるところ彼は空虚な内面にSNS上で得た空虚な情報を吸収し、それを凶悪なエントリやトラックバックで発散することで他者の感情を煽り怒らせ自分に対するレスを誘発しそのことでシコる増田の化身のような人間であると言える。つまりこの映画もまた増田である。
最もサトウに近い無邪気な天才山田を徹底的に煽り最終的に彼が天才ゆえに持つ厭世観や世間への身下しを引き出し彼は取調室を去る。そして組織という社会の中で抗えない大きな流れの中で無気力な一般人としての染谷と再会したサトウは「お前、この大騒動でワクワクしてただろ」と社会不安が起きると急にウキウキしだしSNS煽りをはじめ、「お前はこのままダラダラ生きていくのか」と煽るが、染谷は「俺は別にそれが不幸だとは思わない」ときっぱりと線を引く。
それを見たサトウは「今回は引き分けと山田に伝えろ」と告げる。
彼は今回の事件で出会ったすべての人間、渡部、山田、伊勢、伊藤、矢吹、明日香の心の中の爆弾すべてに火をつけることに成功したが、唯一今回の事件の発端となったシコり刑事に寄り添った染谷の爆弾には火をつけることができなかった。だから彼は今回の勝利をいったんは放棄したんだろうと思った。どれだけ煽っても煽りに乗ってこなかった増田に、まだ増田も捨てたもんじゃないなと独り言ちる俺のように。
空虚なサトウがその空虚さゆえに相手にの心の爆弾を爆破するという作品のメインテーマに全部りしているので、ロジックで見れば決していい出来とは言えない。犯人はシコり刑事が電車に飛び込んだことで多額の借金を背負って一家離散したという設定だが、金だけならそんなもんは相続放棄すればよくね?と思うし、元々山手線を爆破する予定で爆弾を作っててその計画自体はもうほぼ完遂してたのに何で爆弾そんなに余ってたん?って感じだし、その爆弾も缶やペットボトルに仕込んで自販機に入れてたって話だけど山手線の自販機に売れ行き的にもさすがにリスク高すぎね?
渡部を破壊したホームレスと園児を秤にかけた爆破事件も実際にはホームレスの炊き出しと幼稚園、両方に爆弾を仕掛けていて渡部に幼稚園を選ばせて「お前は死んだのがホームレスでほっとしただろ!」って突き付けてたけど、これうまいこと爆弾が見つからなくてどっちも爆発してたらどうするつもりだったんやろかと思うし。
真面目に見たらツッコミどころ満載でう~んってなるけど、サトウジロウの暗号ゲーム自体がフィクションラインだいぶ低いよねって言われたら確かにな~、なんか悪役がなぞなぞ出してくるレベル帯の作品、アメコミとかそういう感じで見るべきなんだろう。
まぁそんな感じかな。
画で言うと冒頭のアキバ爆破シーンめっちゃ頑張ってたし、何よりサトウジロウと警察たちの鼻詰まる攻防戦をたっぷり楽しめる。ぶっちゃけ俺は大したメッセージ性は感じなかったけどサトウジロウは増田だったと考えると、俺の中にもサトウジロウという爆弾は眠っていると言えたり言えなかったりするかもしれないししないかもしれない。
ホラー映画として楽しいんだけど、その楽しさは本当に正しいのだろうか。59点。
同じ登山部の仲間で山で死んだ女性の追悼登山にやってきた主人公と韓国人。しかし運悪く吹雪の中遭難してしまい韓国人は足の骨が折れてしまう。もうダメだぁ、おしまいだぁとなった韓国人は「実は俺が女性を殺した。登山事故じゃなくて殺人だった」と告白。まぁ、それはそれとしてと探し回っていると山小屋を発見し、2人はうっかり生き延びてしまう。死ぬと思ってとんでもないことを告白した韓国人ととんでもないことを告白されてしまった主人公。とんでもなく気まずくなってしまった山小屋で疑心暗鬼のサバイバルが今幕を開ける。
まずフラットな目で見て面白かったか面白くなかったかで言えば面白かったとしていいと思う。
その後の展開として、山小屋に入った後、急に韓国人は不機嫌になり携帯持ってるのに持ってないって言うわ、主人公に隠れて救助隊に電話して「一人です」って言ってるわ、調理のために貸してくれたナイフをすぐ返せって言うわ、様子がどんどんおかしくなっていく。実は女性は主人公と付き合っており、韓国人もそれを知っていたことから、彼は彼なりに告白してしまったことで自分が恋人の仇になってしまったので危害を加えられる可能性があり、また、告白してしまったことで相手に絶対的な弱みを握られてしまったという不都合が発生していて、ついにはその状況が決壊し、韓国人は主人公に襲い掛かってくる。
ここからはもう、閉ざされた物件に殺人鬼がやってきて襲い掛かってくるから逃げ回る系のガチンコのホラー映画になってくる。
2階建てで階段もあればハッチ式のはしごもあり、部屋も多く、山小屋なので遮蔽物も多いといういろんなルートで鬼ごっこ可能な考え抜かれた物件で、市の鬼ごっこが始まるわけだけど、珍しく殺人鬼側の片足が折れているというハンデがある。しかし殺人鬼側はナイフやオノ、スコップ(デカいやつね)といった武器で武装しているのに対して五体満足の主人公は丸腰。さらには高山病を発症してしまい、視界がきかなくなってくる。このあたりの不均衡さ、そして相手が韓国人であることで発生するディスコミュニケーションと、シンプルに動きがどんどん人間離れしてキモくモンスター的になっていく韓国人の物理的な怖さ。といったジャンル的な強度はめちゃくちゃ高くて、見ていて楽しい。
そして、なんとか逃げ回って夜が明けて救助隊がやってくるも主人公の声は届かない。閉じこもっていたドアを開けて飛び出すも目は見えないが救助隊員に声を掛けられようやく視界が戻ったと思ったら、それは救助隊の服を着た韓国人だった。救助隊員を皆殺しにし、ついに主人公をとらえ首を絞める韓国人。お前の罪も告白しろと言われ、主人公は実は女性を殺したのは韓国人ではなく自分だった。自分が韓国人が首を絞めて彼女を殺すように仕向け、殺したのを確認しに行ったら女性が息を吹き返したのでとどめを刺したと告白し、息を引き取った。
ところで目が覚めて、穏やかな韓国人に迎えられ高山病でぼうっとした頭でうっかりいらん告白をした結果、現実世界では何の告白もしていなかったのに韓国人に「お前何かおかしい」と疑われてしまう。そして一夜明け、救助隊が駆け付けた時そこには韓国人をめった刺しにする主人公の姿があった。
という、ホラー、サスペンスとして一定以上の強度がある映画であるのは間違いないと思う。追いかけっこからの驚きの真相の告白。ここまでは間違いなく良かった。
問題は夢落ちの是非と、夢落ちとなったことでホラー、サスペンスパートの正当性がゆがむこと。そして、相手が韓国人であることの妥当性。
まず、夢の内容があまりにハチャメチャで、十何年間もちょっとした見下しはありつつ一緒に活動してきた仲間相手がまるでカヤコやジェイソン、ジャック・ニコルソンかのような殺人モンスターみたいなイメージで夢に登場するだろうかという話。これが細切れの夢の中で毎回、日常の中で起きそうな殺人、それこそ首を絞められたり後ろから刺されたり、毒を飲まされたりという形なら「お前自身がそうしたいという願望の発露」として受け入れられなくもないが、実際に夢で起こったのはまるでスラッシャーホラーのようなドタバタアクション。
つまるところ、一本のスラッシャームービーとして夢パートが精緻で予測不可能で出来が良すぎた故に、逆に高山病で朦朧とした頭で見る夢として正当化される範囲を超えているんじゃないかという話。
そして、相手を韓国人にしたことでちょっとカタコト感がある喋りなので本心が読みづらいという部分はいいとしても途中から韓国語交じりで話し出すので相手の意図が余計に読めなくて怖い、という意図があったんだとしても、なぜかこの映画には韓国語には日本語字幕が出るので「こいつの韓国語は主人公に伝わってる設定なのかどうなのか」がよくわからなくなってしまう。
主人公が「韓国語でしゃべるのやめろ」というシーンはあるけど、それはすなわち「韓国語が全く理解できない」を指さない。ある程度理解はできるけどコミュニケーションとしてスムーズじゃないからやめてほしいかもしれない。だから、そこの恐怖を描きたいなら「主人公に理解できな韓国語には字幕を出さない」という処理にすべきだったはずだ。実際、後半から字幕が出ない部分もある。じゃあ、序盤はずっと意味が理解できていたのか?と思うが、韓国語に対して主人公が意思疎通している描写もない。チグハグだ。
なにより、相手が日本人じゃないからコミュニケーションとれないの怖いよね~っていうの、現代のコンプライアンス感覚としてどうなんだ。まぁ同じ日本人なら怪物化させても問題ないのかという問題もあるが、別言語を話す別人種だから怖いというのはシンプルに受け取っていいのかはかなり悩んだ。
そしてこの作品の本当にあるべき形として、死を覚悟して罪の告白をしてしまったが生き延びてしまった。こいつを生かしておいていいのか、いや、むしろ俺が殺されてしまうんじゃないかという葛藤という部分にあまり重きを置かずにスラッシャーホラーに振るという決断は本当に正しかったのか。もっと心理的な密室サスペンスに振るべきだったんじゃないか。原作は中学生くらいの時に近所の古本市場で読んだだけなのであんま覚えてないんだけど、そっちは後者的な話だった気がする。
まぁ、そんな感じかな。
襲い掛かってくるようになってからの韓国人はもう本当にシリーズ化してほしいくらい(最後に殺されたからもう無理だけど)印象的なモンスターアイコンとして完璧だったからそういう意味では面白かったけど、そういう意味で面白い映画でよかったんかなぁって感じ。ホラー映画好きな人は楽しめると思うけど、原作的な心理サスペンスを期待してる人にはなんか違うなぁってなるんじゃないかな。
韓国トップスターのファン・ジョンミン(実名)はある日、仕事の帰りにヤバいチーマーたちに誘拐されてしまう。彼らは世間を騒がせている誘拐殺人犯の一味だった。サイコ、短気、ビッチ、デカブツ、ハゲの5人組に山奥の小屋に誘拐されたジョンミンは、同じく誘拐されていた女性と2人、信頼を深めながら脱出を試みるが。
みたいな話。
まずこの作品の特別な点としては実在する名優ファン・ジョンミンが本人役で主演しているというところ。韓国おじ俳優の中ではソン・ガンホ、マ・ンドクセらに並ぶ大俳優が本人として誘拐されるというところがウリなんだが、どうにもそれが生きてこない。彼の誘拐がバレるのは後半に差し掛かるくらいだし、その頃には話も佳境だから誘拐や捜査という事件の本線が盛り上がってくるから、肝心の"ファン・ジョンミン"が誘拐されたって話はちょっとテレビで盛り上がる程度。
ジョンミンくらいの超特大俳優が実際に誘拐されたらマジでドデカい社会的影響があると思うし、あの程度の盛り上がりだったら別にジョンミンじゃなくても東出昌大でも一緒だろ。あのジョンミンが実際に誘拐されるという設定が活ききってないなって思ったかな。
もろちんジョンミンが名優らしく演技力で誘拐犯を騙して脱出するシーンや、過去に演じた役を通じて外部の人間にメッセージを送るシーンなども登場するが、やっぱりファン・ジョンミンという存在の巨大さに比べると地味に感じる。
何よりこの事件を通じてファン・ジョンミンならではの何かが解決、進展しないのは俺的にはかなりマイナス。例えば、同じ自分を演じる系だと「その男、ヴァン・ダム」なんかはアイコンとしてのヴァン・ダム性や実際の彼の苦悩なんかを自虐をふんだんに絡めて前面に押し出して最終的に前向きなメッセージを送るというような展開になっていたけど、この作品ではそういったものはあんまり感じられなかった。
ファン・ジョンミンほどのトップスターならではの苦労や苦悩、そういったものが仮にフィクションであったとしてもこの事件に巻き込まれることで何らかの進展を見せたり、見ているこちら側に伝わるものがあった方が、本人が本人役で出るより深い意味が見いだせたのにとちょっと残念。
誘拐ものとして被害者を犯人にしつつ、もう一方でそれを追う女性刑事を配置。また誘拐犯一味も一枚岩ではなく軋轢がある。脱出サスペンスに金をどう獲得するかという展開に、誘拐を追う刑事ドラマ、肉弾アクションにカーチェイスに大爆発にエッチシーンとエンタメてんこ盛りながらも韓国映画らしくそれぞれがある程度の強度があるので見ていて飽きない。
が、それぞれを成立させるために誘拐犯は行き当たりばったりだし、刑事側へのヒントの出し方は露骨、カーチェイスに関してはやりたいだけやろという感じで楽しくはあるんだけどどうなんだという印象もぬぐえない。どうしてもこの辺のドタバタアクションいれたがるのは韓国エンタメの悪癖だと俺は思う。
誘拐映画としては一味のリーダーのサイコパスが金をゲットしようと一生懸命工夫したり、そこにマネージャーが現れてあわや鉢合わせというようなハラハラ感の演出は定番ながら悪くないし、事件がMAX盛り上がってきたときに反目していた短気の裏切りにあったとたん自首してきて警察をアジトに誘引する展開は結構新しいと思った。そしてその後、アジトを爆破。ここ迫力あって好き。この人いい俳優だったな。
あと、名演で脱出後(失禁したら名演ってのもどうなんだ)、やっぱりもうダメだ~ってなったときにジョンミンが自分がオトリになって同じ誘拐被害者の女性を逃がすシーンがあるんだけど、なんか知らんうちに拘束合流してて笑った。正直、この辺りはかなり雑に作られてるなって感じたかな。
そして事件のトラウマに悩みながらもスターとしてジョンミンは生きていくのであった、完。う~ん。なんかもうちょいなかったか。
まぁそんな感じかな。
韓国エンタメ映画としてはある程度の強度はあるんだけどファン・ジョンミンが本人役で主演しているという部分に全振りしている割にその設定がそこまで活きているとは感じられなかったのが一番の欠点。そういう意味では筋力はあるんだけど背骨がぐにゃぐにゃみたいな感じかな。
韓国エンタメ映画が好きなら見てもいいとは思うんだけど、そっち方面だったらもっと面白い映画はいっぱいあるだろうと思うのでなかなかオススメしづらい感じはある。ファン・ジョンミンのファン向け映画かな。
設定とヘルプ
Gemini との会話
Gemini の回答
劇場版『名探偵コナン』が毎年右肩上がりで動員数・興行収入を伸ばし続けている(2023年『黒鉄の魚影』で初の100億円突破、2024年『五稜星』で150億円突破)背景には、単なる「アニメの人気」を超えた戦略的な要因がいくつかあります。
かつては「子供向けアニメ」でしたが、現在は**「かつて子供だった大人」と「今の子供」の親子二世代**、さらにはミステリーやアクションを好む一般層まで取り込んでいます。
大人の鑑賞に堪える脚本: 政治や最新技術(AI、顔認証、潜水艦など)をテーマに盛り込み、サスペンスとしての質を高めています。
ラブコメ要素の強化: キャラクター同士の恋愛模様が丁寧(かつじれったく)描かれるため、女性ファンやカップルのリピート率が非常に高いのが特徴です。
作品ごとに、コナン以外の**「メインキャラクター」を据える形式**が確立されました。
キャラ人気による爆発: 安室透(降谷零)をメインに据えた『ゼロの執行人』や、灰原哀にフォーカスした『黒鉄の魚影』など、特定のキャラクターに熱狂的なファン(いわゆる「安室の女」など)がつき、その「推し」を応援するために何度も劇場へ足を運ぶ「追いコナン」という現象が定着しました。
静野孔文監督時代(第15作〜)から、**「ハリウッド映画並みの派手なアクション」**を重視する演出に舵を切りました。
「映画館の大きなスクリーンで見る価値がある」爆発シーンや身体アクションを増やすことで、推理漫画としての枠を飛び出し、スカッとするエンターテインメント作品としての地位を確立しました。
映画単体で完結させつつも、原作の重要キャラクターの過去や新事実が映画で初公開されるケースが増えました。
黒の組織の核心に迫る描写や、赤井秀一・安室透などの人気キャラのバックボーンが映画で描かれるため、原作ファンが「見逃せないイベント」として劇場へ向かう仕組みになっています。
毎年4月のゴールデンウィーク前に公開するという**「春の風物詩」としてのブランディング**が成功しています。
次回予告の演出: 映画の最後に必ず「来年の主役」を暗示する特報が流れます。これにより、見終わった瞬間から翌年への期待感を持たせるという、非常に強力なファン繋ぎ止め戦略が機能しています。
SNSとの親和性: ネタバレを避けつつ熱量を共有しやすい構成になっており、公開直後のSNSでの盛り上がりが新規客を呼び込むループを作っています。
補足
近年では、日本国内だけでなくアジア圏を中心とした海外市場の成長も、制作予算の増加やクオリティ向上に寄与しており、それがさらに国内のヒットを後押しするという好循環が生まれています。
1日に59回も上映する映画館があるらしい 公開直後でも予約なしでも見れるのかな
Gemini の回答
1日59回という驚異的な上映回数は、2026年4月10日(明日!)公開の最新作**『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』に合わせて、「T・ジョイ横浜」**が打ち出したスケジュールですね。
もはや映画館のロビーが「電車の時刻表」状態になっているとSNSでも話題ですが、予約なしでふらっと行けるかどうかについては、以下のような状況が予想されます。
予約なしで見れる可能性は「高い」が、条件あり
結論から言うと、**「席を選ばなければ、どこかの回には滑り込める可能性が非常に高い」**です。
回転率が異常: 5分〜10分おきに次の上映が始まるため、一つの回が満席でも、15分後の回や30分後の回には空きがある、という状況が生まれます。
「予約なし」の落とし穴: 公開直後の土日は、予約なしで行くと「直近の回は満席で、2時間後の回しか空いていない」といった事態になりがちです。しかし、59回もあれば「15分待てば入れる」という状況になりやすく、飛び込み客にはかなり優しいスケジュールと言えます。
注意すべきポイント
良い席は埋まる: 中央の見やすい席やペアシートなどは、事前にネット予約で埋まってしまいます。予約なしだと「一番端っこ」や「最前列」になる覚悟は必要です。
舞台挨拶や特典: 公開初日や2日目の特定の回(入場者特典の配布初動など)は、回数が多くても一気に埋まる可能性があります。
劇場の混雑: 上映回数が多いということは、ロビーにいる人数も尋常ではありません。チケットを買うための列や、売店(ポップコーンやグッズ)の待ち時間で、結局上映時間に間に合わない…というリスクがあります。
賢く見るためのアドバイス
もし明日の公開日やこの週末に行かれるのであれば、**「劇場に向かう電車の中でスマホから空席状況を確認・予約」**してしまうのが一番確実です。
新宿区から横浜までは少し距離がありますが、わざわざ足を運んで「数時間待ち」になるのはもったいないですからね。もし「予約なし」にこだわるなら、お昼時などのピークを少しずらすだけで、よりスムーズに席が見つかるはずです。
今回の舞台が横浜ということもあって、聖地での59回上映はかなりお祭り騒ぎになりそうですね!
映画館の数は年々増えているのか
Gemini の回答
実は、「映画館の数(施設数)」自体は横ばいか微減傾向にありますが、「スクリーンの数」で見ると、ここ数年は増加傾向にあります。
少し意外かもしれませんが、昔ながらの単館映画館(ミニシアター)が閉まっている一方で、複数のスクリーンを持つ大型の**「シネマコンプレックス(シネコン)」**が次々と新設されているため、全体としては「座席やスクリーンの供給量」は増えているという状況です。
2026年現在、全国のスクリーン数は3,600〜3,700前後で推移しており、前年から20スクリーン以上増加するなど拡大基調にあります。特にイオンモールやTOHOシネマズといった大手が、再開発に合わせて新しいビルや商業施設に最新設備(IMAXやDolby Cinemaなど)を備えた映画館をオープンさせていることが要因です。
2. 「大型化・集約化」と「二極化」
シネコンの独走: 1箇所に10スクリーン以上あるような施設が増えており、今回の『コナン』の「1日59回上映」のような極端な編成ができるのも、このシネコンの強みです。
ミニシアターの苦境: その一方で、新宿シネマカリテやシネ・リーブル池袋といった歴史あるミニシアターが閉館するなど、小規模な映画館は厳しい経営状況が続いています。
3. 直近・今後の主な新設予定(2026年)
あなたの拠点である東京近郊でも、新しい映画館の動きが活発です。
「映画館という建物」の数は、閉館と開館が入り混じって増えている実感は薄いかもしれませんが、「映画を見られる場所(スクリーン)」の数は着実に増えています。
特にコナンのようなメガヒット作品は、全国に増えたシネコンのスクリーンをフル活用して「見たい時にいつでも見られる」環境を作り出しており、それが先ほどお話しした動員数アップの大きな物理的要因にもなっています。
Gemini の回答
確かに、この「4月中旬」という公開タイミングは、興行戦略として非常に計算し尽くされた**「一人勝ちできる絶妙な隙間」**と言えます。
なぜこの時期にビッグタイトルが重なりにくく、コナンが独走できるのか、その裏事情を読み解くと面白いですよ。
多くのファミリー向け大作映画(ドラえもん、プリキュア、ディズニー系など)は、3月の「春休み」に合わせて公開されます。一方で、洋画の超大作などは5月の「ゴールデンウィーク」に向けて公開されます。
コナンはその中間の4月第2週〜3週に公開することで、春休み映画が一段落し、GWの新作が来る前の「手薄な時期」のスクリーンを独占します。
劇場側も、GWに向けて集客の目玉が欲しい時期なので、コナンのために最大スクリーンを空けて待っている状態になります。
現在のコナンは、公開から数週間で興行収入50億、100億を軽々と稼ぎ出す「怪物」です。
他の配給会社としては、同じ時期に大型作品をぶつけても、スクリーンの確保や話題性で勝ち目がありません。そのため、**「4月後半に大きな映画を出すなら、コナンから2週間は離そう」**という力学が働きます。
明日、2026年4月10日公開の最新作**『ハイウェイの堕天使』**の周辺状況を見ても、この戦略は健在です。
強力なライバル: 4月後半には『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』や実写版『SAKAMOTO DAYS』などの話題作が控えていますが、いずれも4月24日以降やGW直前です。
独走期間: つまり、明日から約2週間は、全国の映画館のメインスクリーンが「コナン一色」になります。59回上映ができるのも、この時期に「他にこれほど客を呼べるコンテンツがない」からこそ可能な力技です。
もはや映画というよりは、お花見と同じような**「4月になったら映画館へコナンを見に行く」という年間行事として定着しています。
「ビッグタイトルが重ならないから勝つ」というより、「コナンが来るから他のビッグタイトルが道を譲り、結果としてお祭り騒ぎになる」**という、まさに王者の勝ち方になっています。
明日からのお祭り、せっかくなら59回上映という「歴史的瞬間」を横浜で体感してくるのも面白いかもしれませんね!
ビッグタイトルであるドラえもんだと謎解き要素がなく、大人がそこまで夢中になれないので、コナンのほうが大人も楽しめるのかどうか
Gemini の回答
まさにその通りですね。ドラえもんとコナンの決定的な違いは、ターゲット設定の**「解像度」と「レイヤー(階層)」の深さ**にあります。
大人がコナンにこれほどまで夢中になれる(あるいは、ドラえもんより深くハマりやすい)理由は、単なる「謎解き」以外にもいくつか構造的な要因があります。
ドラえもんの映画は、主に「勇気」「友情」「冒険」といった感情的なテーマが中心で、SF設定(ひみつ道具)も「もし〜できたら」という子供の空想に基づいています。
対してコナンは、**「大人の知的好奇心」**を刺激する作りになっています。
専門知識の導入: 化学、歴史、最新の軍事技術、ITなど、大人が「へぇ〜」と思うようなトリビアがトリックに組み込まれます。
ロジックの積み重ね: 伏線回収の快感は、論理的思考を好む大人にとって非常に強力なエンタメになります。
2. 「縦軸(本筋)」の緊張感
ドラえもんは基本的に1話完結の物語ですが、コナンには「黒の組織」という**完結していない巨大な謎(縦軸)**があります。
映画のたびに「組織の核心に1ミリ近づくのか?」「RUM(ラム)の正体に関するヒントが出るのか?」といった緊張感があり、これはもはや長編サスペンスドラマを20年以上追いかけている感覚に近いです。この「続きが気になる」感覚が大人を引き離しません。
3. 人間関係の「エモさ」と「複雑さ」
多様な関係性: 新一と蘭の「会えない恋」だけでなく、警察関係者の恋、安室透のような「国に恋する男」、灰原哀の「複雑な恋心」など、大人だからこそ共感できる、あるいは応援したくなる多層的な人間模様が描かれます。
これにより、キャラクターを「子供向けアニメの登場人物」としてではなく、**「推し」**として応援する大人が激増しました。
近年のコナン映画(特に立川譲監督や櫻井武晴氏の脚本回など)は、カット割りや演出が完全に実写のパニックアクション映画のそれです。
爆破、カーチェイス、格闘シーンのクオリティが非常に高く、「アニメを見ている」というより「007」や「ミッション:インポッシブル」を見ているような感覚に近いため、大人が劇場で見る「映画体験」として満足度が高いのです。
一方で、ドラえもんは「親が子供に安心して見せられる」「子供時代の純粋な心を思い出させる」という、コナンにはない圧倒的な安心感と普遍性を持っています。
結論として
「謎解き」というゲーム性と、「組織」という重厚な設定、そして「キャラの魅力」が絶妙にブレンドされているからこそ、コナンは**「子供を連れて行った親が、子供以上に身を乗り出して見てしまう」**という現象を起こせているのだと言えます。
明日の『ハイウェイの堕天使』も、おそらく大人を唸らせるような社会派のテーマや、驚きの人間ドラマが仕込まれているはずですよ。
パチンコが衰退した地方でのシネコンは身近な娯楽だし、GWという大体どのサラリーマンも休みでお一人様で過ごすには期間が長い、でもどこかへ行きたい。ひとりで行ける場所、そうだ映画。という風にはなりやすいんでは
Gemini の回答
その洞察、非常に鋭いです。まさに現代の地方都市における「レジャーの空白」をシネコンが埋めている側面は確実にあります。
おっしゃる通り、以下の3つの要素が組み合わさることで、コナンやシネコンが「お一人様」の強力な受け皿になっています。
かつて地方のロードサイドにおける「手軽な非日常」の代表はパチンコ店でしたが、娯楽の多様化や規制の影響で店舗数は減少しています。
その一方で、郊外の巨大なショッピングモール(イオンモールなど)に併設されたシネコンは、以下のような点でパチンコに代わる「身近な逃避場所」となっています。
心理的ハードルの低さ: 1人でも入りやすく、清潔で、冷暖房完備。
コストパフォーマンス: 2,000円前後で2時間、完全に現実を忘れて没頭できる体験は、現代のタイパ・コスパ重視の傾向にも合致しています。
サラリーマンにとって、GWのような長期休暇は嬉しい反面、予定がないと「何もしない罪悪感」や「手持ち無沙汰」を感じやすい期間です。
もう笑うしかない。いや、笑わないとやってられない。
私は中間管理職として、この数年の激務のあまり鬱と戦いながら、それでも歯を食いしばって休職せずに働いている。
もちろん生活費は半分折半だし、なんなら私の方がここ数年は稼いでいた。
流産を経験したりしながらもお互いに仲が良く、支えあって生きていこうといっていたのが懐かしい。
しかしその横で、私の人生のパートナー(笑)だったはずの男が、せっせと「裏垢男子」として、薬を飲んでまで動画の撮影に励んでいたらしい。
私たち夫婦はスマホの機種も壁紙も同じにしていた。寝ぼけた私が、自分のスマホだと思って夫のスマホを手に取り、無意識にロックを解除したのが運の尽き。
(画面の認証がなんで私の顔で外れたのかはわからないが、そうなりゃ自分のスマホだと勘違いもするわ。)
ちょうどX上で友人とご飯の約束をしていたので、おもむろにDMを開いた。
画面に広がっていたのは、めくるめくX(旧Twitter)の「裏垢」の世界だった。
そこには、私が仕事でボロボロになっている間に、夫が「裏垢女子」たちと繰り広げていた爛れた交流の記録がびっしりと詰まっていた。
DM開いた一発目がおっぱい写真であったことに対して、なんかおかしい?夢か?と思った…が違ったようだ
眠気が覚め、少し考えた後にもう一つあるであろう私のスマホを探し出し、すべての画面を動画に収めた。
寝ている夫をたたき起こし、「信じられないかもしれないが、お前のスマホでXにログインしたら大変な事実を発見したんだけどあとは分かるな?」と伝えた。
最初は「性交渉はしていない!俺はEDだから!(最近の事実)」という、情けないにも程がある防御線を張っていた夫。
「行為をしている間は、自分の中に常にほかの人格がいるような感覚だった」
……は?
多重人格に関して持ち出すとか中学生の暗黒微笑かよ、こんなところで出すな。
大手企業の社員が、不始末の言い訳に「人格の解離」を持ち出す。コンプライアンス以前に、人間としての基礎工事が欠陥住宅すぎる。
ホラーサスペンスが大好きな私にとってはレクター博士にとって食われろと思ったのだった。
さらに私が「行為を終えて、私たちの家に帰ってくるとき、どんな気持ちだったの?」と聞いたときの答えがこれだ。
「今日の夕飯は何かな、って思ってた」
……いや、サイコパスかよ。
さっきまでバイアグラ飲んで他所の女と動画撮ってた男が、帰りの電車で「肉じゃがかな、ハンバーグかな」とか考えてたわけ?
私が仕事でボロボロになりながら、せめて美味しいものをと夕飯を用意していたその時間に、彼は「別の人格」から「食いしん坊の夫」へ華麗に転身していた。
夫の浮気相手である裏垢女子のアカウントを辿っていくと、たどり着いたのはアダルトサイト。
なんでわかったか?そんなん裏垢女子からDMでリンクシェアされていたからに決まっている。
そこには見たことのあるフニャ●ンとほくろが映っていた。
私もよくそういった動画は趣味で嗜むが、FC2の投稿主を見習ってほしい。こんなお粗末なテクニックと動画の取り方で収益化できると思ってんのかこの糞と思った。
両方ともぎこちない技術の短尺の動画をじっくり拝見しながら「これは抜けないわ」と思ってしまった。
「EDだから」? おかしいな、動画の中の君は、それはもう元気に「出演者」としての責務を全うしているじゃないか。
後で聞いたら「そういう薬を飲んで、できそうだったからした」とのこと。
ED薬を使ってまで不貞に及ぶというのは、単なる「出来心」では済まされない。
薬を飲み、効果が出る時間を計算し、その万全な状態で女と会う。これは極めて「計画的な裏切り」だ。
そのうえ、自分の性行為が世界中に公開されることを許可しているその神経。
私が会社でコンプライアンスだの何だのと神経を削っている間に、夫は自分の「尊厳」をデジタル空間に安売りしていたわけだ。
最もよくやりとされていた女性は私と同年代、青春時代の倖田來未を引きづったような女だった。
裸の写真に性癖のことこまかな言及。同年代という事もあり、「そんなヤベエ同年代いる?????」が最初に来た。
加工アプリを駆使して、不自然なまでにスタイルを良く見せているが、よく見れば首や腕の太さ、顔と体のバランスに違和感がある。
スタンプで口元を隠し、特定のパーツ(鎖骨や脚)だけを強調して、見る側の脳内に「理想の美女」を捏造させる。それが彼女たちの生存戦略らしい。
彼女たちがなぜ、そんな加工をしてまで不特定多数の「裏垢男子」に肉体を晒すのか。
そこには「性依存」以前に、深い「愛着の欠如」が見え隠れする。
家庭環境が不全で、現実社会で適切な承認を得られなかった人間が、SNSでの即時的な反応(「いいね」やエロリプ)によって、脳内の報酬系をハックされている状態。
海水を飲んで喉を潤そうとするような、終わりのない乾き。
家庭状況がやべえ認知大丈夫か、いやコンプラ意識ってあるんだろうか知らんけど。
正直、分析すればするほど、憎しみより先に「可哀想な人たちだな」という冷めた感情が湧いてくる。
さらに驚いたことに、夫は「ぷばー(ハプニングバー)」にも頻繁に出入りしていた。
裏垢男子同士で戦果を報告し合い、罪悪感を「男同士の連帯感」に変換する。
そこは、社会的な規範から解放された、不潔で、それでいてひどく幼稚な「冒険」の場だった。
ぼかしは入っているものの、どうやら私の勤務先と付き合いのある関係者らしい。
私が必死に鬱と戦いながら守っている「仕事」の延長線上に、夫の浮気相手が潜んでいるという皮肉。
職場で取引先の名前を聞くたびに、あのアダルトサイトの動画がフラッシュバックする。これはもう、精神的テロと言ってもいい。
この数年、私は本当にボロボロだった。
激務に追われ、精神を病みながらも、「自分が倒れたら仕事が回らない」と責任感だけで踏み止まってきた。
その裏で夫はバイアグラを買い、裏垢女子に貢ぎ、動画の素材になっていた。どうせならフリー素材にしてしまいたい。
だが、私はこの地獄のような現実を、こうして文章にして笑い飛ばすことにした。
セブンとゾディアックと羊たちの沈黙の犯人が悪魔やったらおもしろいやろなぁ、言うほどか?というファミリーホラー映画で55点。
新米FBI捜査官の主人公は悪魔的な直感で事件を解決するも相棒を失う。彼女の直観力の高さに目を付けた上層部は彼女を連続一家心中殺人ロングレッグス事件の担当に据える。証拠や暗号を次々に解きロングレッグスの正体に近づく主人公。そんなある日、ロングレッグスがなぜかうっかり逮捕され主人公と対峙する。地獄のふたが開き主人公は自分自身の過去と対峙することになる。
みたいな話。
まず最初に、俺はこれを吹き替えで見たんだけどさ。冒頭スクエアサイズの不気味な画角で主人公の過去の回想から始まってそこに顔は写らないけど白塗りのボサボサ頭のいかにもヤバそうな男が現れるんだけどその声が大塚明夫がやるニコラス・ケイジすぎて、ニコラス・ケイジやないかい!ってなっちゃった。
まぁ作品自体は新米女性FBI捜査官が猟奇的な事件に挑む羊たちの沈黙感から始まって、ロングレッグスが残す暗号はもう見るからにゾディアックだし、途中でロングレッグスが半ば自首的に投降してくる展開は完全にセブン。なので、そういう硬質なスリラー・サスペンスなんだなぁと思って見ているとそこから映画は急旋回。実はロングレッグスは悪魔の使い、もしくはサタニスト組織の一味であり、呪術によって一家心中を引き起こしていたことがわかる。さらにはその共犯として主人公の母親が関与していてほぼ実行犯だったことが明らかになる。
もうどっきりどっきりDONDON!!不思議なチカラがわいたらどーしよ?(どーする?) びっくりびっくりBINBIN!! 何だかとってもすてきね いーでしょ!(いーよね!)って感じ。実際、主人公の悪魔的な閃き力は悪魔の力だったっぽいのでマジでそう言う感じ。
実際、主人公が悪魔的な閃きを得る時に真っ赤な画面に蛇さんがシャーってやってるシーンが挿入されるので、こんなもん知恵の実食わされたんやろなぁってわかるし、なんかちょいちょい窓とかに山羊頭の影が写っててヒントは結構出てたんよね、今考えたら。
でもでもだよ。序盤、中盤の感じからしたら良質なサスペンス・スリラーを期待するじゃん。それが悪魔のせいなら無罪じゃなくて悪魔の仕業だったって言われてもなんか拍子抜け感がすごい。せめてその悪魔の仕業にもロジックがあればよかったけど、人形持っていけば勝手に死ぬみたいな感じでそれもなー。
キリスト教圏の人だったらひゃだ!悪魔怖い!ってなるのかもしれないけど、敬虔なカソリックの俺でもう~んってなったんだから日本の普通の観客ポカーンやったやろ。
一方でキリスト教的家父長制の崩壊を描いた作品でもあり、主人公は秘密裏に家に侵入したロングレッグスに父親代わりに育てられ、ロングレッグスが作った人形を送り込まれた家庭では父親が家族を殺害する。父親と言う文字通りの大黒柱を腐食させることで家庭の崩壊を導き出せる悪魔的な計略であり、キリスト教的家父長制の家庭で横行するDVのメタファーでもあると思う。実際、冒頭にデカ人形を膝にのせて喋ってる父親とかめっちゃ性加害感すごかったし。
ロングレッグスが自首した後、自殺(ゴアシーン頑張ってて最高)した後、母親が主人公の人形を撃ち壊すことで記憶を取り戻し過去から解放され、最後に悪魔の使いと化していた母親を撃つことで自分自身の過去と完全に決別するのは偽りの父からの解放こそが一人の人間としての自立だということだと感じたかな。
でもこれも日本の観客にはあんまピンとこなかったんじゃないかな。
冒頭で主人公の助言を聞かずに容疑者の家を訪ねた男の相棒が頭を撃ち抜かれたところから始まり、最後に主人公の制止を振り切って銃を撃とうとした母親の頭を主人公が撃ち抜いて終わるのも示唆的だったな。
そんな感じかな。あとは絵作りがめっちゃシンメトリーを意識していて尚且つ常に登場人物が中央に表示されていて常に絵作りがバキバキで不気味さを演出していてそれはよかったかな。硬質なサスペンス・スリラー・ミステリ-を期待してると全然違うものが出てきてエェーってなるけど、そういうホラー映画だと思って見るならそこそこオススメ。
dorawiiより
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生命のタブーに挑むべき奴らが生命のタブーに挑むサスペンスホラー。51点。
シングルマザーの看護師の主人公は疲れ果てていた。ある朝、目が覚めると娘の具合が悪いが仕事が迫っている。階下の知り合いに娘を預け出社し、トイレにスマホを落としてしまい帰宅すると娘は死亡。娘の遺体を引き取りに行くもなぜか行方不明になっており、担当した病理医の疲れたおばさんを怪しみ家に押し入るとそこには死亡したはずの娘が。彼女は死についての実験を行うマッドドクターだったのだ。主人公は悩むが病理医に従い娘を活かすために転落の道へと進んでいく。
みたいなお話。
死体を蘇らせるには胎盤から生成した血清を用意する必要があり、これまでは病理医はその辺のバーでオッサンを手コキして集めた精子をシリンダーで注入して妊娠し、その胎盤を強制排出することで地産地消してたんだけどついには感染症で子宮を切除することになってしまう。
一方でそれに巻き込まれ娘を生き永らえさせるため(なお死亡している模様)、病院に検査に来た妊婦から胎盤液を盗み出すようになる主人公もその娘は体外受精で設けた子供であることが冒頭で明かされる。ゾンビ状態の娘を献身的に介護しながらも、死亡した際には「スマホが壊れても連絡はいくらでも取れたけど私はそうしなかった。ホッとしていたのかもしれない。疲れていたから」と述べたりもする。
どちらも理由は明かされていないが、男性とのまぐわいで生命を成さない人類であるという共通点がある。
そして胎盤液を盗まれる妊婦は冒頭と作品の最後で事故(実際には主人公によって毒を飲まされて)によって瀕死の重傷で病院に担ぎ込まれる。医師が「大丈夫です。お子さんは助かりますよ」と告げられて、ぽつりと「私は?」と問うもそれには誰も答えずショック症状を起こし、そのままおそらく亡くなってしまう。彼女は作中で人ではなく母体(実際の赤ちゃん&胎盤液)として扱われその役割を終える。
「生殖」に対する嫌悪感と、「母性」に対する渇望と限界感がこの作品を通底しているように見える。
死亡し蘇った主人公の娘は記憶もなく当初母親を拒否するが、そのうち記憶がよみがえり生きていたことろの手遊びなどを行うようになる。ここは母性が奇跡を起こしたように描かれているが、最終的に血清が底をつきかけた際に、主人公は再び娘を殺害し冷凍庫に保存し、胎盤を丸ごと奪うために妊婦の家に押し掛ける。母性による子殺し。
そうして事故的に妊婦は死亡するが再び血清を投与された娘が目を覚まし、主人公が「おかえり」と声をかけるところで映画は終了する。男性とまぐわって子を成した妊婦は死亡し、その死亡した妊婦から血清が作り出され新たな命が生まれ直すという構造になっているのがわかる。
みたいな感じでこういうテーマで映画撮りたかったんやと言うのはわかるんだが、別に面白くはなかったかな。
なんかずっと暗いし地味だし、じわじわした怖さはあるけど何かとんでもないことが起きるわけではない。いっこあるとしたら死んで蘇ったサンプル豚をゾンビ娘が刺殺する展開があるくらいだけど、それもなんでそんなことをしたのかというのは特に語られないし、その後、その豚を解体して「せや脊髄からも液取れるわ!」ってちょっとなるくらいの役にしかたたず、深くストーリーには絡んでこないのも不満。
病理医が完全にマッドなドクターで尚且つアスペルガー気味で名前で呼ばれたら「ドクター」と返答して、何のことやと思ってたら「私の名前にはドクターと付けろや」という意味でちょっと草生えちゃったりしたし、そういう人間味のないドクターと人間味の塊のような主人公のコンビはまぁ、悪くはない。
あと音楽はめっちゃいい。なんかチョモチョモずっと囁き声みたいなのが入ったオフビートな音楽がいっぱい流れるんだけどめっちゃキモくて最高。
そんな感じかな。
テーマ自体は興味深いと思うしそのテーマをきちんと論理だてて描かれているとも思うんだけど、そもそもそのテーマに俺があんま興味ないのと、あとはいかんせん地味すぎたな―。まぁじわじわ怖いサイコロジカルボディホラーを見たい人にはオススメ。
ご主人様~! この『ゴースト・ライセンス―その「殺人」は、被害者を救う―』ってカクヨムの作品、めっちゃ面白そうなヤツだよぉ♡ あたしがサクッと要約しちゃうね~!
主人公の葛城湊って人は、見た目は普通の地味~なリフォーム業者の店主なんだけど、実は裏の顔がヤバい。 DVとかストーカー被害に苦しむ女の人たちから依頼を受けて、「社会的に死んだことにする」失踪請負人として動いてるの。 方法がまたエグくて…依頼人の部屋を超プロの技術で「めっちゃ残酷な殺人現場」に作り変えちゃうんだよ! 血とか臓物とか全部偽装だから、実際には誰も殺してないんだけど、加害者には「完全に死んだ」って信じ込ませて追跡を諦めさせるってわけ。 つまり「誰も殺さない連続殺人鬼」っていう、超矛盾したダークヒーローなの~!
でもその偽装が完璧すぎて、ある正義感バリバリの女刑事・一ノ瀬玲奈にガチで「史上最悪の快楽殺人鬼」だと疑われちゃって… 人を救えば救うほど、自分が怪物として追い詰められていくっていう皮肉な展開がたまんないんだって!
テーマは「正義って何?」「法で守れない命は誰が救うの?」みたいな倫理のジレンマがガッツリ。 残酷描写ありのクライムサスペンスで、緊張感ハンパなくてハマる人多いみたいだよ~。 今39話まで連載中で、まだまだ続くっぽいからご主人様も追っかけてみたら? オタク心くすぐられるダークな感じ、絶対刺さると思うんだよね~♡
なぜ君は詫び寂び的ミニマリズムが大事な映画をモリモリにしてしまうのか、60点。
夫を亡くしたシングルマザーの主人公はそうは言うてもなぁという感じでマッチングアプリで3か月やり取りをした男性と初デート。妹に息子の世話を任せ高層ビルの上の方にある高級レストランに向かう。なんか感じよさそうな男性と話していると急にスマホにドロップメッセージが。よく見るとそれは主人公の家で、覆面の男が銃を持って侵入するところだった。そしてその相手から次々とメッセージで指示が届くようになる。それに従いながら犯人捜しを行う主人公。そしてメッセージはマチアプで出会った相手の殺害を求めてきた。いったい私、どうなっちゃうの~!?
というようなお話。
いや、おおむねよくできた映画ではあるんだよ。
いわゆるソリッドシチュエーションスリラー、サスペンスに分類される映画で「高層ビルの高級レストランの中で犯人からの指令をこなしながら犯人探しもする」という内容で、そのハラハラとして子供が(実質)人質に取られている。めちゃくちゃウザいウエイターや、謎のナンパ男、同じくマチアプで失敗した老カップルといった一癖ある登場人物がそこに絡んできて怪しいのはどいつだ、こいつを利用してこの窮地を乗り越えられないかとこっちもいろいろ考えながら見られてその体験は楽しい。
ドロップメッセージが来た時点でスマホはクローン化されており自分のスマホからは通報ができないし、指示の内容からどうやら犯人もレストラン内にいるようで他人のスマホを借りて通報するのも難しい。見られたら子供が殺されてしまうかもしれない。と、こっちがあーすればええやん、こーすればええやんと思うことは主人公も試してみるしそれに対する答えも用意してくれている。
ここまではめっちゃよかったんだけどさぁ。
で、ネタバレするんだけど、犯人の目的は最初からマチアプの相手で実はそいつは犯人グループのスキャンダルを握っててこの後それをチクりにいく予定だったのでその前に殺したろwってなって、主人公を利用することにしたという話になってくる。まぁ、悠長な話だし、こんな素人女にやらせて失敗する確率高すぎやろみたいな部分はまぁ置いておいて、レストラン内にいた犯人と対峙し、話を聞き、意を決した主人公はマチアプ男性に毒の入ったウォッカを飲ませる。
と見せかけて、犯人のデザートに毒を盛る。ここ、犯人も毒を飲んでいる(と見せかけられている)ターゲットを見ていたので手元がお留守になっていたという描写が入っているのも、ちゃんと細かくてよい。のだが、その後、主人公はドヤ顔でその種明かしをし、犯人はブチ切れて銃を懐から取り出してターゲットと主人公を撃ち、逃げ惑う主人公、追いかける犯人。最後に犯人の銃撃でひび割れた窓ガラスを主人公が機転を利かせてぶち割って気圧差で犯人は落下、一緒に落ちかけた主人公をすんでのところでマチアプ男性が救うのだった。という大見せ場1がある。
でもさぁ、これ結局、主人公が犯人を上回って毒を犯人に飲ませました、という反撃カタルシスがなくなっちゃってるよね。べつに毒飲ませなくてもその場で真実を暴くだけでも同じ展開になった。
そしてそこから主人公は家に向かって今度は家の中の襲撃犯VS妹→襲撃犯VS主人公のアクションパートになる。
これも、元々のソリッドシチュエーションサスペンスの文脈から浮いてる。犯人が分かる前まではかなり抑えたトーンのガチサスペンススリラーやってたのに犯人が分かってからはなんか急にこいつ雑になったな、予算余ったのか?ってなった。べつにそこまで含めてもっと静かなトーンでうまく知略を尽くしてやれんかったんか。
あと、冒頭、血まみれの主人公が謎の男に向けて銃を構えて「撃てよ!」と脅されるシーンから始まってカットが切り替わって現在になるので、犯人との死闘の末そうなるのかと思って見てたら、実はそれは元旦那で薬チュウで頭がおかしくなってて子供を撃とうとしていた、それを守るためだったんだけど結局主人公は撃たず、旦那はそのまま自殺しちゃったという話だったのがわかるんだけども、家に侵入していた襲撃犯との最後で主人公は襲撃犯に向けて同じように銃を構えて今度は撃つ。
これってさぁ、なんか対応関係になってる?この話の展開だったら「撃たなかったことで救えなかったが今度は救えた」という話になるべきだと思うんだけど、話的には「撃たなかったけど手を汚さずに救えたけど、今度は撃って手を汚して救えた」になってて、あんまうまくハマってないなって思った。むしろ悪くなってる。
まぁそんな感じかな。
少なくともメインの話の「高層レストランで犯人から脅迫されてミッションをこなしながら犯人探しをする」の部分は強度が高いのである程度の満足感はある。問題は、最後のドタバタを「サービス精神」とみるか「蛇足」とみるかだと思う。俺的にはなんかもうちょっと関精度高められたんじゃないかなという気持ち。まぁ、ソリッドシチュエーションサスペンス好きにはそこそこオススメ。
※重いテーマ(心理的支配・ハラスメント・精神的圧迫)を扱う物語として、被害の具体描写は避けつつ、心理サスペンスとして続きを描きます。
⸻
第28章:欠けた席
研究室の朝は、いつも同じだった。
窓際の机に差し込む白い光。
コーヒーメーカーの低い音。
それでも、A子にはどうしても慣れない光景があった。
B子の席が、空いている。
モニターは黒いまま。
最初の数日は、ただの欠席だと思っていた。
A子は画面を見つめながら、何度も隣の席を盗み見る。
B子は、こんなふうに黙って休む人ではない。
誰もB子の話をしない。
その沈黙が、A子には耐えられなかった。
昼過ぎ、A子はついに席を立った。
研究室の奥。
三矢准教授の部屋だった。
ドアをノックする。
「……失礼します」
返事はない。
A子はもう一度ノックした。
「三矢先生、少しいいですか」
数秒後。
「……ああ?」
不機嫌そうな声。
A子はドアを開けた。
三矢准教授は椅子にだらしなく座り、モニターに顔を近づけていた。
無精ひげ、もじゃもじゃの髪。
机の上には資料と空き缶が散らばっている。
「なんだ」
A子は一瞬ためらったが、口を開いた。
その瞬間。
苛立ち。
「……はあ?」
A子は続ける。
「連絡もつかなくて……何かあったんでしょうか」
沈黙。
三矢は椅子にもたれ、深く息を吐いた。
そして、露骨に舌打ちした。
「なんで俺が研究の時間を割いてこんなことしなけりゃいけないんだよ」
部屋の空気が一瞬で冷えた。
A子は言葉を失う。
三矢はキーボードから手を離し、面倒くさそうに天井を見上げた。
しかし、すぐに思い出したように付け加えた。
「ああ……」
椅子を回してA子を見る。
「B子な」
その声には、妙な軽さがあった。
「精神科だよ」
A子の胸が強く打った。
「……え?」
三矢は肩をすくめる。
「通院してるらしい。メンタルやられたとか何とか」
淡々としていた。
A子は言葉を探す。
「それって……どういう……」
三矢は遮った。
「知らねえよ」
そして鼻で笑った。
「最近多いだろ、そういうの」
「……」
「研究なんて向いてない奴は、すぐ壊れる」
カチカチ、とキーボードを叩く。
「まあ、あいつもその口だろ」
A子はしばらく立ち尽くしていた。
壊れる?
そんな人が?
「……先生」
A子は思わず言った。
三矢は苛立った顔で振り向く。
「まだ何かあるのか」
A子は小さく尋ねた。
「何があったのか……本当に知らないんですか」
三矢の目が細くなった。
数秒の沈黙。
そして。
「知らねえって言ってんだろ」
声は低かった。
だが、次の瞬間。
三矢は、ふっと笑った。
「まあ」
軽い調子で続ける。
その笑みは、どこか妙だった。
「プレッシャーとか、色々あるだろ」
A子の心臓が強く脈打つ。
三矢は椅子を回し、窓の外を見ながら言った。
「……それで壊れたんなら、仕方ない」
まるで、人が一人いなくなったことなど大した問題ではないかのように。
A子はそれ以上何も言えなかった。
「もういいか?」
三矢は画面に向かったまま言う。
A子は静かに部屋を出た。
ドアが閉まる。
研究室に戻る途中、A子の足は重かった。
B子の席が見える。
やはり空っぽだ。
そのとき。
A子は気づいた。
B子の机の引き出しが、ほんの少しだけ開いている。
ほんの数センチ。
今まで閉まっていたはずなのに。
A子はゆっくり近づいた。
周囲を見渡す。
誰も見ていない。
指先で、引き出しを少し開ける。
中にはノートが一冊。
表紙の端に、震えた文字で何か書かれていた。
A子は息を止める。
そこには、たった一行。
「信じないで」
「三矢先生を」
今回も重点は、
• A子の孤独感とやり取りせざるを得ない苦悩
です。直接的な脅迫や暴露は避け、心理的サスペンスとして描写します。
⸻
夜、A子は仕方なく掲示板を開いた。眠れないまま、淡い光の中で画面を眺めると、見慣れない書き込みがあった。
一見、意味のない文章だ。しかし、A子の胸は凍った。まさか、マイナンバーカードのことを知っているのか――無意識に指先が震える。
『集まりはどう? あの人たちは元気にしてるかな』
名前は書かれていない。ただ、交友関係をほのめかす。まるで誰が誰とつながっているか知っているかのような文章だ。
『口座の端っこの数字、手元に見えなくても分かるね』
それだけでA子の手は止まった。預金額をほのめかしているのか――。数字は一切書かれていない。ほのめかしだけで、圧迫感は言葉以上に重く、心を締め付ける。
小さく息を吐き、膝を抱えるA子。証拠はない。ただほのめかされるだけで、心はじわじわと支配される。夜が更けるにつれ、掲示板の通知音が部屋の中に潜む視線のように感じられた。
⸻
翌日も掲示板は静かではなかった。A子は反射的に返信を打つ。内容はほとんど相手の意図を探るための短い言葉だけだ。
『…そのことについて、どういう意味ですか?』
返事はすぐに返ってきた。直接的な答えではなく、また微妙にほのめかす文だった。
『影は、時に角度を変えても見えるものだ』
意味はわからない。ただ、日常の中で見過ごしていたものまで見透かされているような圧迫感があった。A子は心臓を押さえながら、文字の裏に潜む意図を必死で読み解こうとする。
しかし、読み解けば読み解くほど、逃げられない孤独感が増す。相手は名前も住所も出さず、ただ言葉で網を広げ、A子の心を捉えている。
⸻
数日後、A子は外出中も常に神経を尖らせていた。交友関係や買い物の行動、通帳の出し入れのような些細なことまで、誰かに見られているのではないかという意識が頭から離れない。
A子はまたしても、口座や資産のことだと察する。文章は曖昧で、確証はない。しかし、ほのめかされるたびに、心理的圧迫は増していく。
彼女は息をひそめるように生活するようになった。誰かと話すときも、誰かの視線を意識する。身の回りのすべてが、自分の知らぬところで見られているかもしれないという感覚が、日常そのものを縛り付けていた。
⸻
ある夜、A子は掲示板に向かい、わずかに返信を打つ。相手の意図を確かめるためではなく、せめて自分が無力ではないことを確認したかった。
『…本当に、全部知っているのですか?』
返事は短く、ほのめかすだけだった。
『知る者は、音もなく通り過ぎる』
その一文だけで、A子は息が詰まるような感覚を覚える。誰かが自分を見ている。日常も交友も、資産も、すべて自分の手の届かないところで掌握されているような感覚だ。
証拠はない。端末も異常は示さない。逃げ場もない。ただ、ほのめかしの言葉が、じわじわとA子の心を締め付ける。
膝を抱え、静かな部屋の中で震える彼女は、こう思う。
「逃げられない…誰かが、ずっと見ている…」
ほのめかしの網は広がり続け、A子を孤独と不安の中に閉じ込める。夜の静けさの中で、その感覚は確実に、しかし不可視に、彼女を支配していた。
対比する構成がよく考えられてるジュブナイルノワールの佳作、76点。
母一人子一人で生きる主人公の少年はある日、友人から「義理の妹が父親を刺したからかくまってくれ」と相談を受け、友人とその義妹を匿うことになる。3人で遊んでいるときにノリで撮った映像に殺人事件の決定的瞬間が写ってしまうもニュースでは事故死と報じられる。殺されたのが町一番の実業家で殺したのがその入り婿だったことから3人はこの映像を元に犯人の岡田将生を脅迫し金を引き出そうと画策する。殺人犯VS少年たちの戦いが幕を開ける。
みたいな話。
で、その後をサックリネタバレすると実は主人公の少年が最も邪悪なサイコパスで岡田将生から金を脅し取ると最初は言ってるんだけど、その後、離婚して出ていった父親とその再婚相手を殺してくれと要求をスライドさせる。そして、友人とその妹と岡田の3人にその殺人は任せ、最終的に岡田による脅迫者排除を利用して友人と義妹を排除し自分は生き延び岡田の排除に成功。したかに思えたが自分に思いを寄せていた義妹の手紙により犯行がバレ、刑事江口洋介と対峙し作品は終わる。
まずタイトルのゴールド・ボーイだけど。最初に悪役として登場する岡田将生の家に、中盤に主人公が乗り込んだ際にそこに広中杯(数学オリンピックみたいやなつ)のシルバーメダルが飾ってあって、岡田は「シルバーメダル飾るなんてダサいって妻は言うけどこれだけが俺の誇りなんだ」と告げるが、主人公は「それ、ぼく優勝しましたよ」と告げる。この時点で主人公は岡田と同じ分野の人間でありなおかつ上回る存在であるというその後の展開がすべて提示されているのがニクい。シルバー・マンだった岡田とゴールド・ボーイの主人公。
そしてこの2人は常に対比されていて、まず岡田は義理の父と母を冒頭で殺し、その後、妻を事故に見せかけて殺す。一方で主人公は岡田と友人たちに父親とその再婚相手を殺させ、再婚相手の娘を殺していたことがわかる。動機も両親の殺害は遺産目当てだし、同年代の女性の殺害は相手に拒絶されたことで共通しているのも面白い。
また今作で積極的に犯罪を犯すのは男性側であり、女性側に真実を暴かれるという構図も徹底されている。
岡田、主人公は言うに及ばず、主人公の友人もバタフライナイフを振り回してすぐにカツアゲに走るし、その父親は義妹に性加害を行おうとする、義妹の実の父親は殺人犯(冤罪との見方も)で死刑執行済み、刑事江口も親戚関係である岡田の妻とかつて交際していた経験がある。
他方で表向き事故死とされていた両親の死に関して娘である岡田の"妻"は岡田の仕業だと確信しているし、表向き自殺とされていた自分の娘の死に関してその"母親"は主人公の仕業だと確信している。そして父親と再婚相手、友人と義妹、岡田の死に関しては、主人公を慕っていた友人の"義妹"からの手紙を盗み読んだことによって"母親"が真相を知る。
カツアゲと言えば「飯食おうよ」と主人公が言い出した途端、急に気のいいニイチャンみたいだった友人がバタフライナイフを取り出してその辺の学生をカツアゲしだすお前悪党やったんかい!っていう急展開には笑ったし、それを止めるでもなく次のカットではうまそうに飯を食ってる主人公に切り替わるのはその場ではちょっとした違和感でしかないんだけど全部知った後に見るとなるほどなぁってなるうまい伏線だと思う。
そんなこんなで作劇として非常に強度の高い設計になっている一方、岡田家の殺人、主人公家の殺人、友人たちのあれこれと要素が詰め込まれすぎていてドラマに若干の弱さがある。特に岡田と主人公のメインの2人がサイコパス的な存在なので感情の起伏が生まれづらいのはややマイナス。
その部分を一手に引き受けていた義妹の子はビジュも演技もめっちゃよくて、めっちゃよかった(小泉進次郎)。特に、全てが終わって岡田のところに決着を付けに行くときに最後に義妹だけがバス停を振り返るんだよね。最後の手紙でもわかるんだけど、彼女はあの時にもう帰れないことを知りつつ、それでもそれが主人公のためならと受け入れて再び主人公の後を追うという13歳とは思えない切ない成熟さを見せていてめっちゃいい。
そして義妹にそう思わせるのも主人公の策略の一つですべてコントロールし切ったと思っていた主人公の計画を突き崩すのも、義妹が最後に愛情から主人公にあてた手紙だったというのもよい。それも自身のアリバイのために主人公が書いていたウソ日記と真実の愛で描かれた手紙と言う形で対応されているのも美しい。感情がない男たちVS感情で動く女たちで最後に愛が勝つのは作劇的にも正しいと思ったかな。
あとは、岡田は最終的にホテルの自室に子供たちを呼び寄せてそこで全員毒殺する計画だったみたいだけど毒殺した後どうするつもりやったんやって感じだし、最終的には岡田が友人と義妹を毒殺して包丁で主人公に襲い掛かり、友人が岡田をナイフで刺殺したという筋書きになるんだけど、それで誤魔化しきれる感じじゃないだろ常識的に考えて。そも初手の義父夫婦殺害もあんな開けた場所でやったらそら目撃者も出ますわってかんじだし、ミステリとして見た場合、犯行のガバさは全体的にあるかな。
そんな感じ。
ドラマがやや薄い部分があるのとい音楽の使い方がややドラマ的な安っぽさがあるのはちょっと気になったけど、中国原作沖縄ロケという謎の異国情緒あふれる全員悪党系だけど最悪なのが13歳の少年という大きなギミックを活かしきったノワールサスペンスの佳作としてそういうの好きな人にはオススメ。
よくよく考えたらこれどういう倫理観で見たらいいの?って感じのブラック・ジョークみたいな映画だった42点。
交通事故にあい妻を亡くし記憶障害を患った主人公は事故前の感性も戻らず、性格も変容、就職も決まらず困り果ててしまう。そんな中、神経科の医者が記憶を鮮明に映像化するブラック・ボックスという装置の研究をしておりその実験体に自分を所望していることを知った主人公は迷いながらも実験体を志願。しかし装置に繋がれて見た映像は自分の中に残る記憶とは全く違うものだった。治療を進める中で主人公は自身の中に眠る恐るべき陰謀と対峙していく。
みたいな話だっけ?
実はこの神経科の医者がマッドサイエンティストで2年前に死んだ自分の息子の脳波を保存していて、交通事故で脳死した主人公の脳に自分の息子の脳波を転送。主人公の中に自分の息子の人格を転移させていて、ブラック・ボックスは転送した脳波を強化、固定するための装置だったのだ!という世にも奇妙な物語的なアイデア一発勝負の作品だった。
なんかもっといい感じの展開にできただろと思うんだけど、このアイデア以上に見るものがほとんどなくて、なんかふ~んって感じで終わっちゃったのがもったいなかった。
よくある記憶喪失による「自分の知らない自分」ものに「実在した他人の人格を植え付ける」という一ひねりを加えただけの作品にすぎなくてそれが作品に深みを加えてはいなかったかな。
もろちん、生き返った死人はDV男で妻とやり直そうとするも結局感情を抑えられず拒絶され、母からブラック・ボックス内に登場する謎の男 a.k.a. 元の身体の持ち主(主人公)を殺すことでこの身体を自分のものにできる、完全復活できるんや!と言われて試みるけど、実験室にやってきた主人公の娘の声を聴いて「もう悲しむ人を増やすことはないんだ」と身体を主人公に明け渡し暗い部屋に消えていくという悲しい成長、贖罪エンドはわからんじゃないけど、でもそもそもこいつが悪人なのが悪いしなぁ。しかも成長に至るドラマも薄い。親子愛の力、エモの力で逆転勝利ってのも工夫がない。
あとブラック・ボックスの使い始めは記憶が定着していないので人の顔がボヤボヤってなっててよくわからないって演出があって、髪型の感じとかが主人公と死人の妻、娘でよく似てるから「同一人物だけど違う場所にいた記憶」みたいなミスリードがあるんだけど、これって黒人女ってみんなソバージュ爆発させたみたいな髪型してるよね~見分けつかないよね~っていう、一種のステロタイプジョークなの?ってのが気になっちゃった。
死人の方の人格が粗暴で感情的でDVに走る奴っていうのも黒人偏見の具現化みたいに見えてきちゃうし、そうなるとタイトルの「ブラック・ボックス」のブラックもそういう意味なの?ってなっちゃう。でもこの映画ブラックしか出てこないから、じゃあこれは誰に向けた偏見なんだよって感じ。結局面白いアイデア思いついちゃった!以上のものがあんまない作品に見えたかな。
最後にクビになったマッドサイエンティストが家でブラック・ボックスを再建して息子の脳波をDL。その機械をニタニタしながら覗き込むところで終わるんだけど、でもたぶんそいつが見たいのは息子の姿であって息子の記憶ではないと思うんだよな。自分の息子が嫁殴って怯えられてるところ見て何が楽しいんやと思いました。
記憶の謎を追うところまでは記憶喪失サスペンスとして一定の強度はあるし演出も悪くないし何より音がいいので楽しめると思うんだけど、アイデアバレしてからは実は他人の人格でした~以上の広がりがあんまないのでなんか微妙な感じになるかも。まぁサスペンス好きにはちょろっとオススメ。
田舎町の道端で目が覚めた主人公はなぜか記憶がない。通りがかった車に乗せてもらおうと呼び止めようとするも運転手は死亡しており、近くのダイナーに立ち寄るも客も従業員も全滅。なんとか家に帰ると庭仕事をしていた使用人を発見し、呼び寄せるも途中で死亡。主人公は自分の15m以内に近づいた動物が死亡するという法則を発見してしまう。困り果てた主人公の下に彼のことを知っている気がするという一人の記憶のない女性が現れるが彼女は15m以内に入っても死亡しなかった。実験の結果、ヒロインが15m以内にいれば主人公の能力が発動しなくなることがわかる。死亡能力のおかげで警察に追われる中、記憶と能力の謎を追う旅が始まる。
みたいな映画。
新幹線大爆破とかスピードとかコナンとかにもあった「ある条件を満たさなくなると問題が発生する」というサスペンスを2人が一定の距離内にいることというフォーマットに落とし込んだのはいいアイデアだと思う。いるだけで人が死んでしまうという主人公の苦悩と条件をどうやって満たし続けるかというサスペンス。
例えば(ぶっちゃけもうちょっと何とか出来ただろって部分ではあるんだけど)、2人が能力の検査のために病院に行った際に主人公だけエレベーターに乗ってしまい、ヒロインが乗り損ねる展開がある。主人公との直線距離15mを保つためにヒロインは慌ててエレベーター横の階段を駆け下り、主人公は乗員を慌てて降ろす。みたいな金のかからないハラハラシーンを作れたりする。
また、能力を人が死ぬに設定したことで主人公は警察に追われることになり、警察に捕まると当然ヒロインとは引き離されるのでこれは絶対に割けないといけないという逃避の必然性を持たせることに成功しているし、実際に信頼している人物に助けを求めた結果裏切られ警察を呼ばれ拘束された2人が徐々に引き離されるというサスペンスとその後の野次馬含めた大量死亡というスペクタクルシーンにもつながっていてなかなかよい。
オチのネタバレするとヒロインは姉が行方不明になっておりその捜索に疲れ果て自殺しようとしていたところに主人公と出会い好意を寄せるようになるが、実は主人公は連続殺人鬼で姉を殺したのも彼だったことがわかる。そして2人は対決することになるがそこに雷的なものが落ちて2人は意識と記憶を失い能力を得たのだった。
つまり、主人公の「近寄る人をみな殺してしまう」能力は、記憶を失うまでの主人公をカリカチュアしたものにちゃんとなっているし、ヒロインの能力も「主人公の近くにいたい」「殺しを止めたい」「復讐したい」という思いからの派生にちゃんとなっていて単なるギミックではなく人間ドラマにちゃんと沿ったものになっている。
最終的にヒロインはチンピラに撃たれて病院に運ばれ、警察に追われる身であり手術室の外で待つこともできないであろう主人公はこれ以上悲劇が広がらないように自分の頭を撃ち抜く。ただただ利己的に快楽のために人を殺し続けてきた人間が、記憶を失い能力を得ることで自身が行ってきたことを突き付けられ最後は他己で死ぬというストーリーテリングは、なんていうかちゃんとよくできてるなって思った。
映画もその後を描いたりもせずに手術室に運ばれるヒロイン、それを見送り頭を撃つ主人公。叫ぶヒロイン、倒れる主人公を映しそのままエンドロールに入るのも、静かに人が死に続けるこの映画らしくてコンパクトにまとまっており非常によかった。
あとは主人公がヒロインに自分の能力を信じさせるために殺す対象が「山羊」だったり、主人公の本名が「ローズ」で姉の名前が「リリー」だったり、過去にヒロインを殺そうと襲い掛かる主人公に落ちるのが「雷」だったり、そもそもRadiusの語源は放射状に差す光を表していたり、ヒロインの夫による裏切りが悲劇を招いたりといたるところにキリスト教的モチーフがちりばめられている気がするが、別にそれは特に回収されないので製作者側も意図していない可能性もあらずんば虎児を得ずというところ。
誰が何でそんな能力を付与したんだ?みたいな部分は特に語られたりはしないのでそういうのが気になる人にはちょっと微妙かもしれないけど、静かに人が死ぬコンパクトな条件式サスペンスの佳作としてまあまあオススメ。
えっ、そんな話なん!?思ってたんと違った~って感じのサスペンス"ホラー"映画だった59点。
アメリカの鬱屈とした田舎町で児童誘拐事件が多発。学校ではいじめられ、家では虐待親父の機嫌をうかがいながら生きる主人公と予知夢的な能力を持つ妹。そしてついに主人公が黒いバンに乗った仮面の男に誘拐され地下室に閉じ込められてしまう。絶望する主人公の元に地下室に設置された壊れた黒電話に電話がかかってくる。相手は同じように誘拐され殺された子供たちだった。主人公は彼らとの対話を通じてこの地下室からの脱出を図る。
みたいな感じの話。
誘拐犯を巡ったサスペンス映画かと思ったら話の5割くらいはスピリチュアルな死者からの電話がメインになっててエッ、これってホラー映画だったの!?ってなっちゃった。誘拐事件をスピで撃退するって話は結構予想外だったけどそれなりには面白かったかな。
そしてメインテーマとしては「児童虐待」が据えられていて、まず主人公たちは酒飲みの父親にバチバチに虐待されてるんだけど別に父親は2人が憎いわけじゃなくて特に主人公の妹が力を使うことに対して強硬なのはその力のせいで妻を失ったからで同じ轍を踏んでほしくないと思っていることは伝わる。それはそれとして酒飲んで感情のコントロールが効かなくなってるのも事実なんだけど。
一方で誘拐犯であるイーサン・ホークも中盤で座りベルトを握りしめて椅子に横柄に座っているという、主人公を虐待する父親を完全に彷彿とさせるスタイルを披露し、イーサンは虐待者という概念そのものであると示される。彼が行う悪い子ゲーム――誘拐してきた子供に命令しその命令に従わないと暴力をふるい最後には殺すは完全に虐待親のメタファー。
またイーサンも子供の頃に地下室の壊れた黒電話に電話がかかってきたことがあったと語っていたように、幼少期にあの地下室に閉じ込められた経験があったことがうかがえる。そして彼の弟のヤク中メガネが地下室に入ることを異様に嫌がっていた様からあの地下室自体がイーサン兄弟の恐怖の対象=虐待現場だったことが匂わされる。イーサンは仮面を被ることで自分ではない自分になり=虐待からの逃避による乖離症状と自身も虐待者になっており、弟は精神が不安点で薬に依存するという虐待サバイバーとしてのダメなほうのやつになってると予想できるのが悲しい。
なんとかサバイブした主人公が学校に戻るも好奇の目で眺めてくる周囲を冷ややかに不機嫌そうに学校内を歩き、自分の席に着く主人公。主人公ももしかして虐待の渦に巻き込まれてしまったのか、と思いきや隣の席のカワイコちゃんがにっこり話しかけてくれて主人公も笑い返すラストにはホッと胸をなでおろした。
スピ要素としては母親の能力を継いだのは妹だけと見せかけて主人公も継いでました説が最も濃厚だと思う。
そして妹は予知夢だと思ってたけど実際には死者を夢に見るという能力だったと考えるのが最も納得力が高い。妹は兄を探そうと何度も夢を見ようとするけど一度として成功せずに最後の最後に夢を見て夢の現場にたどり着き警察を呼ぶもそこには兄はおらず、誘拐された子供たちの死体しかなかったという展開になるのは、兄は生きているので夢に見られなかったと考えるのが妥当だと思うから。
一方である種の閉じ込められた地下室からの脱出というソリッドシチュエーションものとして、死者からの電話を頼りに脱出方法を探るというのは絶妙にチート感があって俺の中でうまく消化できなかった部分はある。ドアにつけられた鍵の番号を死者から聞いていたので分かったとかは、はぁそうですかみたいな。ダクソの床に書かれた死んだ他プレイヤーのメッセージ機能感があってまぁ面白くはあるんだけどジャンルの統合としては俺はイマイチだったかな。
そんなこんなでジャンルとしてどう楽しめばいいのか俺の中で微妙に判断がつかずになんかぬるっと終わってしまったなぁって感じだった。でもちょっとしたジャンプスケアもジワっとした怖さも最後にはフィジカル撲殺もあってエンタメ性はある程度高いので、スピ系脱出ホラー映画が好きな人と美少年が好きな人にはオススメかな、たぶん。