はてなキーワード: 身の回りとは
Xが嫌になって一旦休止した。
途中まで長々辞めた理由を書いていたけど、気が済んだのでそれは下書きに放り込んで、短めに書き直した。
高校生くらいの時から15年はやっていたのだろう。アカウントを移転することはあっても、完全に休止したのは初めてだと思う。
年齢的に飽きるようになってきて必要なくなったのもあるけれど、最近すこぶる治安が悪いのはやっている人ならみんな思うだろう。
TwitterからXに変わったタイミングとか、某掲示板が下火になってどこかそこらへんの書き込みを彷彿とさせる嫌な書き込みも増えた気がするとか思い当たる理由はいくつかある。
おすすめ欄はほとんど見ないし不快感を感じる可能性のあるワードはほぼミュートしていたので、普通の人よりはかなり浄化された状態で使っていたけれど、それでもFF内でも不穏さが拭いきれなくなっていたと思う。
フォロワーからもいつしか自分のちょっとした書き込みに噛みつかれ、難癖つけられるようになっていた。
これは完全にそういう人を切ればいいだけ、とか自分の身の回りだけの問題であるけど、フォロワーであってもなくてもなんだか監視されてる感があり、不快にさせる呟きはしてはいけないみたいなピリピリした雰囲気が蔓延っていて、自分の中で楽しくなくなっていたと思う。
昔のTwitterだったころは自由に趣味の発言ができて、生活で言えないことの吐露もできる場であった気がしたけど、もう昔とは違う場所になったとひしひしと感じた。数年前くらいからうっすら気づいていたけど、仲のいいフォロワーが少しずつ辞めていき、なんだかまだ残ってる人の瘴気みたいなものが濃くなっていたと思う。かろうじて残っている長い友人がいるからしがみついていただけだった。
変わったことを認めて去るのはかなり骨の折れることだけどそういう時なのかもしれない。
匿名ダイアリーの存在はずっと知っていたけど初めて書いた。ぱっと見で他にもXに疲れた、やめたというダイアリーをいくつか見て自分だけじゃなかったんだな、と少し安心させてもらった。
おそらく自分の書き込みも他と同じような陳腐な内容だろうけど、似たような悩みを人が居たら、1人じゃないんだよと言いたい。
匿名ダイアリーは自分にとっては真新しいので、Xで失い、今求めている自由な書き込みの場に見えるけれど、多分見すぎるとここも大したことないなと思ってしまう可能性があるから、ネットもほどほどにして新しい何かでも始めてこようと思う。
35年生きてきて初めて預金残高が100万円を超えた。
社会人になってからは入った分はほぼ全てその月に出ていき給料日前には残高がが数百円なこともザラ。それに加えてリボ払い a.k.a. 打出の小槌も当然のように使ってました。リボの残高は見て見ぬふりをしたまま数年、意を決してログインして確認すると150万円を超えていることを知る。
流石にこれはまずいと思ってちまちまと返済をはじめたが、ちょうどその頃人事評価で最低ランクを叩き出し年収が15%くらい減少。返済と月々の生活費でトントンな生活が数年続いた。
そうこうしてるうちに年収を少しずつ取り戻し、ようやく下がる前くらいの水準に戻ったあたりで月のキャッシュフローに少しずつプラスが出てくるようになる。このあたりから気分的にかなり楽になった。
スプレッドシートに預金残高を書いて、そこから月末までに残す目標金額を引いて、さらに家賃やサブスク、光熱費などの固定費を引いて、残った金額を給料日までの日数で割って1日に使っていい金額を把握する、という本当に最低限のキャッシュフロー管理を毎月欠かさず継続できたのが大きかった。あとは大きな病気や怪我もなかったこと。健康な身体を産み育ててくれた両親に感謝。
ようやくリボの残高がゼロになったのが数年前。そこからなんやかんや生活してきて、今月の給料日。銀行のアプリを開くとそこには7桁の数字があった。
身の回りの友人とたまに会って話を聞くと、100万円なんてひと月の手取りで超えているようなやつらもいたり、小学生の子どもを育てているようなやつらもいたりする中で、かたや狭い賃貸マンション(夜中になると、最近隣に引っ越してきた人のいびきがうっすら聞こえるのが悩み)で独身中年男性が一人暮らしをやっている現状はかなりのビハインド、というかもはやキャッチアップは不可能な気がぼんやりしてますが、うちはうち、よそはよそ、の精神でとりあえずこれからもなんとかやっていきたいところ。
ただ、最近仕事に対するやる気が以前と比べてだいぶ下がってしまっていて、当然能力もずるずると下がりこれといった成果もほとんどなくまた給料が減りはじめているので、このままだとまたひもじい生活に戻ってしまうので、なんとかふんばってもう少しまともな人間にならないといけないシチュエーションです。まぁ今の会社でなんともならなかったら転職も考えつつではあるんですが、この年齢でろくな成果も出さずに能力もいまいちなまま転職を試みても年収を上げるチャンスはかなり限られていそうなのが悩みどころ。
「男の責任能力」の欠如とは、「どのような状況においても男性側の非を認めず、最終的な責任は常に女性側にある」とする極端な論理を指しています。
具体的には、以下のような考え方が「責任能力がない」状態として描写されています。
このように、投稿者たちは男性を「自らの行動に責任を持てない、あるいは持たなくてよい存在」と定義することで、社会に蔓延する(あるいは投稿者たちが感じている)女性への不当な責任転嫁を皮肉を込めて、あるいは投げやりな形で表現しています。
子どもの頃から溢れ出る母性というか、自分より弱い者を構いたい欲求に溢れる女だった。
異性の方が面白そうやんの理由で弟が欲しかったけど妹でもよかったよ。
とにかく愛してぇ!怪獣は人を愛したいんや!
それに兄弟がいると、上下関係や他者との関係性への理解も増すじゃありませんか。
身の回り見てると内向型でも兄弟がいる人間は予後がよく、内向型一人っ子は予後がよくない(自分含む)
あとさ、うちは教育熱心な家庭だったから一人っ子への集中投資がキツかった
他に子どもがいれば投資先が分散されたり、ヒステリーを起こすオカンへの愚痴を共有できたりしたのかなって思うとちょっとしんどさがある
極論、他人を人間扱いするとは果たしてどういうことなのか、ということを考えること自体が、「他人を人間扱いする」という実践と相性が悪いんだよな。
「他人」って存在しないじゃん。わたしたちの身の回りにいるのは、同僚のAさんとか、ご近所のBさんとか、特定の関係性に置かれた、固有の誰かである。その人ひとりひとりとコミュニケーションをとるとき、Aさんの性格だったらこういう方がいいな、Bさんはちょっと距離置いとこう、とか、そういうことを考えるでしょ。Aさんは、「男」とか「女」とか「年上」とか「東京住まいのやつ」でなくて、ひとりの、自分と同じように生きている、いくつかのラベルに単純に還元できない人間でしょう。固有の好みがあり、感覚があり、思考があり、それは機械のようには必ずしも一貫していない、時間の堆積としての人間。
そういうことを考えるのが「人間として扱う」と俗に言われることの土台にある。それって、「要はこういうこと」というハック的な考えと相性が悪い。「人間関係要はこうしとけ」みたいなやつ。そうじゃなくてさ、目の前の人間が何が好きか、何が嫌いか、何を望むか、自分と相性がいいのか悪いのか、長くやっていけそうか、そういうことを理解していくのは、まずとりあえず何か言って、受け取って、自分なりに考えて返して、それを繰り返していく中からお互いに読み取っていくしかない。時に失敗して関係断絶することもある。でもそんなもんだろう。この世の全ての人とうまくやってける人なんていないんだから。でも、やっていくしかない。
他人を人間扱いしろ、ということをなんとか言い換えようとするなら、「今物理的に目の前の人間をよく見ろ、よく聞け、よく話せ、そしてよく考えろ」あたりになるだろうか。つまり、インターネットやめろってことだ。女は、男は、みたいな主語を止めるってことでもある。そんなの簡単じゃなくて、自分も含めてそんなにみんなできてない。でもせめて、やろうとしている気概があるか、その精神を大事にしたいと思うかどうか、そこに多少の違いがあるように思う。
極論、他人を人間扱いするとは果たしてどういうことなのか、ということを考えること自体が、「他人を人間扱いする」という実践と相性が悪いんだよな。
「他人」って存在しないじゃん。わたしたちの身の回りにいるのは、同僚のAさんとか、ご近所のBさんとか、特定の関係性に置かれた、固有の誰かである。その人ひとりひとりとコミュニケーションをとるとき、Aさんの性格だったらこういう方がいいな、Bさんはちょっと距離置いとこう、とか、そういうことを考えるでしょ。Aさんは、「男」とか「女」とか「年上」とか「東京住まいのやつ」でなくて、ひとりの、自分と同じように生きている、いくつかのラベルに単純に還元できない人間でしょう。固有の好みがあり、感覚があり、思考があり、それは機械のようには必ずしも一貫していない、時間の堆積としての人間。
そういうことを考えるのが「人間として扱う」と俗に言われることの土台にある。それって、「要はこういうこと」というハック的な考えと相性が悪い。「人間関係要はこうしとけ」みたいなやつ。そうじゃなくてさ、目の前の人間が何が好きか、何が嫌いか、何を望むか、自分と相性がいいのか悪いのか、長くやっていけそうか、そういうことを理解していくのは、まずとりあえず何か言って、受け取って、自分なりに考えて返して、それを繰り返していく中からお互いに読み取っていくしかない。時に失敗して関係断絶することもある。でもそんなもんだろう。この世の全ての人とうまくやってける人なんていないんだから。でも、やっていくしかない。
他人を人間扱いしろ、ということをなんとか言い換えようとするなら、「今物理的に目の前の人間をよく見ろ、よく聞け、よく話せ、そしてよく考えろ」あたりになるだろうか。つまり、インターネットやめろってことだ。女は、男は、みたいな主語を止めるってことでもある。そんなの簡単じゃなくて、自分も含めてそんなにみんなできてない。でもせめて、やろうとしている気概があるか、その精神を大事にしたいと思うかどうか、そこに多少の違いがあるように思う。
ところが最近になって身の回りで顕著に中高年から高齢者の歩きスマホが増えていると感じる。
しかも、若者よりも注視時間が長く歩行も遅いので迷惑度合いが非常に高い。
これまでは若者はまだ分別が足りないだけで大人なら常識的に考えて歩きスマホが迷惑であることがわかるから少ないと思ってきたのだがどうもそうではない。
ただ単に普及率が低かっただけの話だったのではないだろうか。
とうとう3G回線が止まって、各メーカーも負の遺産となりつつあるガラケーの製造を止めたいという流れの中で、一気に高齢者にもスマートフォンが普及する段階に来た。
その結果がこれである。
いままで歩きスマホをする若者を常識のないガキだとバカにしていた中高年どもが、いよいよ自分でスマホを持ってみたらまんまと歩きスマホの虜になってしまうというのだから滑稽である。
歩きスマホ中に衝突したら歩きスマホしてた側だけ脳内の爆弾が爆発するようなシステムを国民に強制できないだろうか。
歩きスマホ同士で衝突して対消滅してくれたら世の中どれだけ快適になるか。
じわりじわりと保有率を増やして脳機能の低下とともに人を歩きスマホへといざなうスマートフォンは、いわば現代のゾンビウィルスだ。
コンサータとかいうADHDの薬を飲み始めて半年が経ったので、感じたことなどをまとめていこうと思います。
まずコンサータを飲んだときに一番に感じる変化として、「身の回りの全てがつまらなくなる」というものがあります。それまでゲームやアニメから受けていた刺激が100だったとするとそれが5とかになるイメージです。多分これが普通なんだと思います。自分は今まで公共料金を何度も滞納してきましたが、それはおそらくゲームやアニメから受ける100の刺激が魅力的すぎて「公共料金を払う」という0.1くらいの刺激に耐えられなかったからだと思います。今はゲームやアニメの刺激が5くらいしかないので、「公共料金を払う」みたいな0.1くらいの刺激でもたいして苦痛じゃありません。ここ数ヶ月は毎月ちゃんと支払いを済ませることができています。逆に、普通の人は今までの人生でこの「5」くらいの刺激しか経験したことがないのだと思うと、少しかわいそうだとも思います。
それから、文章が書けなくなりました。正確には「文章のリズム」みたいなものがわからなくなった感じです。文字にリズムがなくなってしまったので、どう紡いでいったらいいのかが分からなくて、単調に言葉を並べることしかできません。これは少し悲しいですが、そこまで問題ではありません。でも、なんで発達障害が芸術家に向いてると言われるのかは分かった気がします。多分発達障害が芸術家に向いているのではなくて、普通の人の脳みそでは何も生み出せないだけだと思います。
副作用はあります。心臓はずっとバクバク言ってるし、脳みそをギューっと鷲掴みされているように感じます。この薬を飲んでたら長生きできないということは直感的にわかります。でもこの薬を飲むと公共料金の支払いができるし、遅刻もしなくなるので、飲むしかありません。
49日目 7週間生きた。身体は怠いが朝はまだ動ける。体重はこの2週間ほど減らなくなったが体感は軽くなった。
仕事が年度末月末で増えていて身の回りの整理改善は体重と同じで停滞。
職場には少しわがままを言って締め切りを伸ばしてもらい、仕事を定時であがってまだ明るい中を歩いているとアパートの近くのお寺の桜が見事に満開。立ち止まって見とれていると
通りかかったおばあさんが「まあことしも綺麗にさきましたねーこれからいろんな花であふれる季節ですよ」とおっしゃるので
「そうですねぇ」とあいずちを打った。おばあさんが本堂に向かって南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱えている横で、
自分も南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱えた。空は黄昏前のオレンジ色に輝いていて、暖かい芽吹きの南風が吹いていて
道行く人達がみんな穏やかだ。こういう瞬間はとてもありがたい。
統合失調症という病気は、たぶん名前だけなら知っている人が多いと思う。
ネットだと、集団ストーカー妄想みたいな話が目立つかもしれない。もちろんそれも一例ではあるけれど、あれだけで全部を分かった気になるのはちょっと違う気がしている。
自分は実際に発症してみて、ようやく少しだけ「ああ、こういうことか」と思えるようになった。
昔は「幻覚」とか「妄想」とか言われても、正直よく分からなかった。
なんでそんなことを信じるんだろう、とか、どうしてそんなふうに感じるんだろう、とか。
でも、自分の身に起きてみると、そこにはちゃんと地続きの感覚があった。
たとえば、多くの人は頭の中で言葉を使って考えごとをする。
でもそのとき、たいていの人には「自分が考えている」という感じがあると思う。
頭の中で言葉が動いていても、それは自分のものだ、という感じがある。
ところが、そこが少しずつ揺らいでくることがある。
言葉はたしかに頭の中に現れているのに、自分で考えている感じがしない。
ただ言葉が浮かんだだけなのに、「どこかから入ってきた」と感じたりする。
考えがあるだけなのに、「誰かに思考を入れられている」と感じたりする。
そこから「声が聞こえる」とか「考えを操られている」という体験に近づいていく。
これを書いてみると当たり前のようだけど、自分は発症するまで、この感覚が全然分かっていなかった。
もう一つ、たとえば人は、ぐうたらしていても心のどこかで「こんなことしている場合じゃない」と思っていたりする。
これも、ごく普通のことだと思う。
でも、その「もう一人」が自分の一部として感じられなくなったらどうなるか。
自分の中から出ている声のはずなのに、自分の声じゃないように感じられたら。
そうなると、それは「誰かに見張られている」とか、「部屋に誰かがいる」とか、そういう感覚にもつながっていく。
もちろん、これだけで統合失調症のすべてを説明できるとは思っていない。
症状はもっといろいろあるし、人によって出方も違う。
でも少なくとも自分にとっては、妄想や幻覚の一部は、「自分の中で起きていることを、自分のものとして受け取れなくなること」から理解しやすくなった。
統合失調症の人は、外から見ると「変なことを言っている人」に見えてしまいやすい。
自分も昔は、正直そういうふうに見ていた部分があったと思う。
でも実際には、まったく意味不明なところから突然おかしくなる、というよりは、普通の心の働きが少しずつずれていって、その結果としてそう見える、というほうが感覚としては近い。
分かったところで、それだけで何かが解決するわけではない。
症状が軽くなるわけでもないし、しんどさが消えるわけでもない。
それでも、身の回りの当事者のことを、ただの変な人としてではなく、「もしかしたらこういう感じなのかもしれない」と少しでも想像できるような気がしてもらえたら、ありがたい。
よっぽどやりたいことがなければJTCに行け。
自分はまともに就活しなかったせいでベンチャーに拾ってもらうことでしかキャリアをスタートできなかった人間だ。何もできないカスを大手でも使えるレベルに育ててくれたことには感謝している。ありがとうございます。
ただそれを踏まえても、最初から大手に行けていたらと思うことがある。なぜか。
特に学生社長が立ち上げたベンチャーはやめろ。マジでままごとでしかないし、社会人経験が浅いせいか遵法精神が薄く、普通にビジネスとしてアウトなことを平然とやっている。
自分のいた会社では、若い社長が身の回りに若くて綺麗な女性社員ばかりを集め、会議中ですら机の下でセクハラに及んでいた。もちろんほかにも余罪多数で、たいていの女性社員から嫌われていた。
またベンチャーには役員も一般社員も、いわゆる有名大学出身が多い。だが大手を経由せずにその会社に参画しているやつはたいていまともではない。学歴チートカードがありながら大手に行けていない時点で、ある程度お察しである。 業務遂行能力、道徳観、人間性、社会性――何かが終わっている率が高い。
ハラスメントに厳しい現代においていまだに机を蹴飛ばして叱責する部長がいる。夜に「仕事の話」だと呼び出して飲んだあと、女性社員をホテルに連れ込もうとする役員がいる。歳が近い人間が集まりがちだからそこかしこで社内恋愛と破局が発生して気まずい。仕事とプライベートを切り分けたい人間にとっては地獄だ。
そんな地獄から這い出して1人でフラフラ仕事をしていたら、運良く大手JTCに拾ってもらった。
まず驚いたのが、これだけ人がいるのに全員が(少なくとも表面上は)まともなことだ。
誰も大声で叱責しないし、机を蹴飛ばさない。社内恋愛はもちろんあるが、そもそも人が多いのでうまく隠れており気にならない。人間関係もほどほどで心地よい。
そして仕事。ベンチャー時代と比べたら当然スケールが大きく難易度も上がる。正直、ベンチャーより大手のほうが圧倒的に成長できる。 今まで自分がやってきたことはままごとだったんだと痛感した。
成長したいやつはベンチャーはやめろ。JTCでも外資でもいいから大手に行け。
将来起業したいやつは、大手の社内ビジネスコンテストに応募して、その中でまず試してみたらいい。会社のカネで冒険できるんだ、最高だろ? そこで見通しが立ってから起業すればいい。
職場ですべての人間関係を完結させたい人間にはベンチャーがおすすめかもしれない。 恋愛、結婚、友人。大学サークルのノリが好きならいけるだろう。
戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史を研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。
人々にとっての戦争の「魅力」
――なぜ、「日本が戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。
「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的な歴史では、『軍部が暴走し、国民は戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」
「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」
――魅力、ですか。
「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争や全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」
「日本が戦争に突き進んだ理由は、当時の政治や外交を追うだけでは捉えきれません。政治も外交も真空の中で行われたのではなく、時代の磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々が戦争や全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」
――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。
「多用したのは日記です。手紙や新聞、雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代をあぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的なパターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」
「すると、戦争そのものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防や愛国の論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」
――どんな断片でしょう。
「例えば、正月の日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹の神奈川県の青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記の記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」
「東京の小学校長を務めていた女性は、1931年の座談会で振り返っています。洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるから国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防』論理で批判できるようになったわけです」
「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身の青年は、若い頃の日記で国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています」
「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社の社長は経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務の合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時の論理で可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛の対象になりました」
――研究は大正時代(1912~26年)までさかのぼっています。
「大正期は基本的に『解放の時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性が良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートをはいて、さっそうと街を歩けば、男性もオールバックの長髪にして香水をつける。労働運動や部落解放運動、朝鮮人の権利運動も活発になった」
「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」
「ここで重要なのは、手段と目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段)未来の戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段)日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段』自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人やモダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」
「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義や議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立を助長するからです。この『機能不全』を戦争や全体主義で克服しよう、競争と対立、分断と格差で疲弊した社会を立て直し、一体感と調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」
――先ほどの個々の話は、日本が戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。
「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放の時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります」
「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから、復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行の作用だけでないことが見えてきます。そもそも国家が社会から離れて存在するものではないからです」
「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉は独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本の戦争への道を考える上でも、政治や外交だけでなく、人々の願いが集合する社会も検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用は双方向だったのです」
「当時、為政者は国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本が戦争に突き進んだことの理由の一つです」
「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部が日本を戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になります。しかし見落としがちなのは、これが『解放の時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』からの解放の絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」
「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内の戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます」
「上海事変(32年)でも、3人の工兵が爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾三勇士』(現在は事故の可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾三勇士』ブームはむしろ、20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的な運動となった転換点と見るべきでしょう」
「社会のなかの政策決定という点では、外相・松岡洋右が典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面へ進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室の会議でしか言わない。南進論を支持する社会の磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人の意図をはるかに超えて、南進論や対米強硬論の過激化を呼び起こしてしまいました」
――メディアの影響は。
「極めて大きかったと思います。37年7月の盧溝橋事件から12月の南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死を顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会を主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」
「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞が象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾三勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」
「人々が一枚岩の犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治や社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要な役割を果たしていることに無自覚になる。それは他者に責任を転嫁する見方も強めます。戦争への道は人為的なものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」
――「らしさ」からの解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。
「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本の経験を普遍的、現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから、日本史を世界史とつなげて考えることができる」
「為政者の動向だけでなく、普通の人々も視野に入れて政治と社会を総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます」
――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります。
「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います」
「歴史の見方を変えると、現在の見方も、未来の見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去の重要な転換期に、普通の人々が翻弄(ほんろう)されるだけの受け身の存在ではなかったことに気付けば、私たちの現在や未来への向き合い方も変わってくると思います」
「そのおかげで、欧米や日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」
「従来の冷戦史は、米国やソ連、中国の政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々の体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります」
「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域が地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史、20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本が主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」
――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。
「そもそもの歴史学の原理はアナリシス(分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事の真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」
「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治や社会や文化といった事柄も本来分かれたものでもない。だから、アナリシスの対になる概念、シンセシス(総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」
絶望してとりあえず吐き出したい。
武器輸出解禁についての50年前の外務大臣の発言に対して、日本を取り巻く情勢も変わり時代は変わったと首相が回答したと。
武力に加担するようになっていい時代なんてあるのだろうか。戦争を肯定する時代なんかないだろ。日本は“もう”戦争をしないと定めたんだ。
「戦争反対、世界平和」なんて普遍的なものだと信じて生きてきた。
日本を取り巻く情勢を変えたのは誰なんだろう。
武器を輸出できたり、都合の悪い文書は黒塗りにできる法律が施行されて、ひたひたとその足音は近づいてて。
戦いたい人なんだろうと思ってたけど、こんなに早く毎日が不安になる日々が来るなんて思ってなかった。
考えが甘すぎた。
少しでも反発したらスパイだと言われる日も遠くないんだろうか。
海外ツアー発表された!おめでとう!って、どこの国での開催だろうと、何の不安もなく安心して行って帰って来れる日々を送りたいよ。
アクスタ作れるのか心配になりたくないよ。
自分より若い子を応援しながら、この子達に何もないよね?なんて思いたくないよ。
緊急事態ということになれば、「緊急事態だから」というだけで議論なんてせず、様々なことが進んでいきそうで。国民会議でしたっけ。
それに巻き込まれるのは10代20代の若い子達からなのか、30代40代くらいからってなるのか。人数いる世代からなのか。
こんなことが頭をよぎるような時代嫌だよ。
新たなジャンルに挑戦!すごい!
今回も重点は、
• A子の孤独感とやり取りせざるを得ない苦悩
です。直接的な脅迫や暴露は避け、心理的サスペンスとして描写します。
⸻
夜、A子は仕方なく掲示板を開いた。眠れないまま、淡い光の中で画面を眺めると、見慣れない書き込みがあった。
一見、意味のない文章だ。しかし、A子の胸は凍った。まさか、マイナンバーカードのことを知っているのか――無意識に指先が震える。
『集まりはどう? あの人たちは元気にしてるかな』
名前は書かれていない。ただ、交友関係をほのめかす。まるで誰が誰とつながっているか知っているかのような文章だ。
『口座の端っこの数字、手元に見えなくても分かるね』
それだけでA子の手は止まった。預金額をほのめかしているのか――。数字は一切書かれていない。ほのめかしだけで、圧迫感は言葉以上に重く、心を締め付ける。
小さく息を吐き、膝を抱えるA子。証拠はない。ただほのめかされるだけで、心はじわじわと支配される。夜が更けるにつれ、掲示板の通知音が部屋の中に潜む視線のように感じられた。
⸻
翌日も掲示板は静かではなかった。A子は反射的に返信を打つ。内容はほとんど相手の意図を探るための短い言葉だけだ。
『…そのことについて、どういう意味ですか?』
返事はすぐに返ってきた。直接的な答えではなく、また微妙にほのめかす文だった。
『影は、時に角度を変えても見えるものだ』
意味はわからない。ただ、日常の中で見過ごしていたものまで見透かされているような圧迫感があった。A子は心臓を押さえながら、文字の裏に潜む意図を必死で読み解こうとする。
しかし、読み解けば読み解くほど、逃げられない孤独感が増す。相手は名前も住所も出さず、ただ言葉で網を広げ、A子の心を捉えている。
⸻
数日後、A子は外出中も常に神経を尖らせていた。交友関係や買い物の行動、通帳の出し入れのような些細なことまで、誰かに見られているのではないかという意識が頭から離れない。
A子はまたしても、口座や資産のことだと察する。文章は曖昧で、確証はない。しかし、ほのめかされるたびに、心理的圧迫は増していく。
彼女は息をひそめるように生活するようになった。誰かと話すときも、誰かの視線を意識する。身の回りのすべてが、自分の知らぬところで見られているかもしれないという感覚が、日常そのものを縛り付けていた。
⸻
ある夜、A子は掲示板に向かい、わずかに返信を打つ。相手の意図を確かめるためではなく、せめて自分が無力ではないことを確認したかった。
『…本当に、全部知っているのですか?』
返事は短く、ほのめかすだけだった。
『知る者は、音もなく通り過ぎる』
その一文だけで、A子は息が詰まるような感覚を覚える。誰かが自分を見ている。日常も交友も、資産も、すべて自分の手の届かないところで掌握されているような感覚だ。
証拠はない。端末も異常は示さない。逃げ場もない。ただ、ほのめかしの言葉が、じわじわとA子の心を締め付ける。
膝を抱え、静かな部屋の中で震える彼女は、こう思う。
「逃げられない…誰かが、ずっと見ている…」
ほのめかしの網は広がり続け、A子を孤独と不安の中に閉じ込める。夜の静けさの中で、その感覚は確実に、しかし不可視に、彼女を支配していた。