はてなキーワード: 宗派とは
釈迦(ブッダ)はバラモン教の階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。
金銭で功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出を理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教の思想と大乗仏教の展開、そして日本独自の歴史的必然を、独立した視点で整理する。
紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教は祭祀・呪術・金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦は諸行無常・一切皆苦・諸法無我の四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である。
出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施は自発的な喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。
「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道」から逸脱した邪見とされた。
神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的は個人の解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。
釈迦没後約500年後、インド北部で大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教の個人解脱に対し、大乗は菩薩道を理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。
衆生の能力や文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律や無神論的性格が緩和された。
中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教的儀礼と融合。死後供養・功徳回向が積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰(阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律も大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩の利他行を優先するようになった。
この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化に適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド・中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。
仏教は6世紀に日本へ伝来したが、当初は国家鎮護・貴族の氏寺として機能した。飛鳥・奈良時代、僧侶は葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。
転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれる庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。
1630年代、幕府はキリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院の檀家に強制登録させ、寺が戸籍(宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻の証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀・法事・戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士・居士・院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。
荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家からの継続的布施を必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。
江戸幕府は仏教をキリシタン摘発の道具に利用した。信仰の自由などなく、寺檀関係は義務だった。
大乗の方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。
少子化以前から、寺院は布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。
浄土真宗のように法名を簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派は戒名料を伴う葬儀中心だ。
今日、寺離れ・直葬(火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教の視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲を増長させるだけで、涅槃の道ではない。
大乗の方便は、仏教を世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化で檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来の仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。
アンチ宗教の精神を忘れたとき、仏教は単なる葬儀屋となる。2000年の歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。
「抵抗の軸(Axis of Resistance)」 は、イランが自らを「抵抗の中心」と位置づけ、ヒズボラ(レバノン)、フーシ派(イエメン)、イラク民兵(PMFの一部)、シリア残存勢力などをネットワーク化して反米・反イスラエル・反西欧の影響力を広げる戦略です。しかし、実態は他国の内政への明らかな干渉であり、シーア派が大多数の国で少数派であるにもかかわらず、強引に「革命イデオロギー+代理武装勢力」を押し進めることで、敵を増やし続けています。そして、現地のシーア派コミュニティ自身が最大の被害者になるケースが目立ちます。
イラン(およびその支援する「抵抗の軸(Axis of Resistance)」)による影響で被害を受けている主な国と、現地のシーア派コミュニティの状況を、2026年4月現在の情勢に基づいてまとめました。用語は標準的なものを用い、情報源は主に信頼できる国際機関・シンクタンク・報道(Soufan Center、Britannica、Al-Monitor、ISW、GCC公式声明など)から抽出しています。
ヒズボラ(イランが資金・武器・訓練を提供する主要プロキシ)が独自の軍事行動(イスラエルへの攻撃など)を続け、レバノン政府の軍事活動禁止命令を無視。結果として2026年のイラン戦争拡大でイスラエル報復攻撃を受け、100万人以上(人口の約1/6)が避難、数千人の死傷者、インフラ・住宅の深刻な破壊が発生。経済崩壊と宗派緊張の悪化を招き、国家主権が侵害された形。
ヒズボラはシーア派(人口比約30-35%)の最大勢力で、社会サービスを提供して支持基盤を維持。しかし、戦争による被害(特に南部・ベイルート南部郊外のシーア派居住区)が集中し、支持者内からも「無責任な決定で我々を犠牲にした」「疲弊した」「ヒズボラの地政学的冒険にうんざり」という批判が顕在化。2025-2026年に支持率低下と内部不満が増大し、武装解除努力(レバノン軍主導)への抵抗が続く一方で、シーア派全体の孤立とフラストレーションが高まっている。
イラン直結の民兵(Popular Mobilization Forces: PMFの一部)が米軍基地や湾岸諸国(サウジ・UAE・クウェートなど)への攻撃を繰り返し、イラク領土が代理戦争の戦場化。米国報復攻撃でイラク軍人・民間人死傷、GCC諸国からの共同非難(攻撃停止要求)、外交・経済関係の悪化(湾岸投資減少など)。国家主権の喪失と宗派分断の固定化が進む。
イラクのシーア派は人口の多数派(55-65%)だが、イラン依存の民兵行動が「イラク全体のイメージを損ない、経済打撃を招く」との不満が広がる。2019年の大規模抗議(イラン影響力反対)以降、一部政治家や若者層で「イラン影響力の低下はイラクに害にならない」との声が公然化。民兵の一部は政治統合を模索するが、KHなど強硬派はイラン忠誠を維持し、シーア派内部の分裂を深めている。
フーシ派(イラン支援のザイド派シーア系武装組織)が紅海航行攻撃やイラン支援のミサイル発射で参加。サウジ・UAEとの長期戦争、人道危機(飢餓・医療崩壊)、経済封鎖を悪化させ、2026年の戦争で報復リスクが増大。国家再建が遅れ、インフラ被害が深刻。
ザイド派シーア(人口比約35-40%、主に北部)がフーシ派の基盤だが、長期紛争でザイド派地域を含む全国が被害を受け、「イランに利用された」「人道危機の代償が大きすぎる」との声が出ている。フーシ派支配下で統治負担が増え、内部でも現実派の慎重論が見られる。
イラン直接攻撃やプロキシ経由のミサイル・ドローン攻撃(エネルギー施設・空港・港湾など)が2026年に集中。死傷者発生、石油輸出・航行の混乱(ホルムズ海峡・紅海)、経済損失。GCC諸国は共同声明で「主権侵害・国際法違反」と非難し、自衛措置を表明。ヨルダンは領空通過・武器密輸の脅威で巻き込まれリスク増大。
これらの国でシーア派は少数派(バーレーンで多数派に近いが王政はスンニ派、サウジ東部で集中)。イランが「シーア派擁護」を名目に干渉・扇動を試みるが、結果として政府の警戒・抑圧が強まり、シーア派コミュニティ全体が「疑いの目」で見られ、差別や監視の強化を招く。イラン支援のセル摘発で緊張が高まり、現地シーア派は「イランの道具にされる」被害を被る形。
イランの「抵抗の軸」戦略は、内政干渉・宗派分断・代理戦争の拡大を招き、対象国に治安悪化・経済損失・主権侵害をもたらしています。
現地のシーア派はイラン戦略の最大の犠牲者になるケースが多く、支持基盤内でも「疲弊」「孤立」「利用された」という不満が広がっています。
この文脈から、アラブ諸国(ヨルダン・サウジ・UAEなど)の多くは、ヒズボラの武装解除を「レバノン国家の正常化」として支持する方向に動いています。イスラエルの攻撃は「過剰で停止すべき」と批判しつつ、イラン・ヒズボラ軸の「武装維持要求」は「他国を道具化する常軌を逸した内政干渉」として受け入れがたい、というのが現実です。
結論から言うと、福音派は一つの教派(宗派)ではなく、横断的な「運動」です。教派(Baptist、Pentecostal、Methodist、Presbyterianなど)の壁を超えて「これを大事にする人たち」の集まりと考えるとわかりやすいです。
歴史家デイビッド・ベビントン(David Bebbington)が提唱した「ベビントン四角形(Quadrilateral)」が、世界的に最も広く使われている定義です。この4つが重視されているかどうかで福音派かどうかを判断します。
個人がイエス・キリストを信じて「新生(born again)」する体験を非常に重視する。 「一度信じれば終わり」ではなく、「人生が根本的に変わる回心体験」が大事。
聖書を信仰と生活の最高権威とする。 ※ここがポイント:解釈の細部は違っていても、「聖書を軽く見ない」「聖書を生活の指針とする」という態度が共通していればOK。
福音を積極的に伝える(伝道)だけでなく、社会活動や慈善にも熱心。 → ここが「熱心さ・活発さ」の部分です。
それでも上記の4つの優先順位・態度を強く持っている人を福音派と呼ぶ。これが「教派を跨ぐ」理由です。
・ある人はカルヴァン主義(予定説)、別の人はアルミニウス主義(自由意志重視)でも、両方とも「聖書を大事にし、回心を重視し、十字架を救いの中心とし、積極的に伝道する」なら福音派。
・ ペンテコステ派(聖霊の賜物・異言を重視)も、福音派の多くに含まれますが、福音派全体のサブセットのような位置づけです。
「イエス・キリストの十字架による贖罪」と「個人の回心・新生」が最優先。 これが「福音(良い知らせ)」の本質だと全員が強く信じているため、他の細かい教理の違いは「二次的」とみなされやすい。
特に米国では「リベラル神学」「世俗主義」「進歩的文化(LGBT権利、 abortionなど)」を「福音の敵」と見なすことで結束が強まる。 「聖書を軽んじる勢力」に対しては、解釈の違いを越えて協力する傾向があります。
ビリー・グラハムのような著名伝道者、NAE(全米福音派協会)、ローザンヌ会議などの国際ネットワークが、教派を超えたつながりを維持しています。 「伝道活動」や「社会変革のためのアクティビズム」という実践面で協力しやすい。
・福音派内部でも「聖書無誤論」の度合い、女性牧師の可否、終末論などで激しく対立します。
・近年は政治的右傾化(特に米国トランプ支持)で、さらに「文化戦争型福音派」と「伝統的福音派」の分裂が深まっています。
福音派とは、教派の壁を越えた「姿勢・優先順位の運動」です。 聖書の細かい解釈が違っていても、回心・聖書中心・十字架中心・活動主義という4つの熱心さとスタンスを共有していれば福音派と呼ばれます。
だからこそ教派を跨いで存在でき、共通の「福音の核心」と「外部の脅威」意識で団結しやすいのです。ただし、それは「完全な一致」ではなく「ゆるやかな連帯」であり、内部分裂の種も常に抱えています。
ミッション系学校とは、キリスト教(プロテスタント・カトリック)の宣教師・宗派が設立した、またはキリスト教主義を建学の精神とする学校を指します。以下に首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉中心)と関西圏(京都・大阪・兵庫中心)の代表的な学校をリスト化し、信仰背景と政治的偏向(特に平和教育の度合い・聖書を現代政治に直接適用する傾向)を評価しました。
• 高:聖書を反基地・反戦・構造的罪批判に直接適用し、「信仰=特定の政治運動」とする傾向が強い(日本基督教団社会派の影響大)。
• 中:平和・社会正義を重視するが、聖書適用は象徴的・間接的。
• 低:信仰を政治から一定距離に置き、中立的・人道的アプローチ。
• 同志社国際高等学校(京都) 信仰背景:プロテスタント(日本基督教団関連) 政治的偏向:辺野古海上視察など現場体験型の平和学習が特徴。社会派牧師(金井創氏など)と密接に関与。
• 関西学院(兵庫・西宮) 信仰背景:プロテスタント(メソジスト派) 政治的偏向:平和・国際理解教育に積極的だが、同志社ほど直接的な政治適用は少ない
• 神戸女学院(兵庫・神戸) 信仰背景:プロテスタント(アメリカン・ボード系) 政治的偏向:女性教育・平和教育に伝統的。比較的穏やか
• 明治学院高等学校・大学(東京・横浜) 信仰背景:プロテスタント(日本基督教団関連) 政治的偏向:平和・人権教育に積極的。社会派牧師の関与が見られる
• 恵泉女学園中学校・高等学校(東京) 信仰背景:プロテスタント(キリスト教主義) 政治的偏向:人権・平和教育に非常に積極的。教団牧師の講演が多い
• 青山学院(東京・神奈川) 信仰背景:プロテスタント(メソジスト派) 政治的偏向:社会正義を重視するが、直接的政治適用は控えめ
• 立教学院(東京・埼玉) 信仰背景:プロテスタント(聖公会系) 政治的偏向:国際理解・多様性教育中心。政治的中立意識が高い
• 聖心女子学院(東京・神戸) 信仰背景:カトリック(聖心会) 政治的偏向:いのちの尊さ・人権教育中心。政治的中立意識が強い
• 雙葉学園(東京) 信仰背景:カトリック(幼きイエス会) 政治的偏向:伝統重視。中立的・人道的アプローチ
• 白百合学園(東京) 信仰背景:カトリック(シャルトル聖パウロ修道女会) 政治的偏向:フランス系カトリック。政治的中立を意識
• 暁星学園(東京) 信仰背景:カトリック(マリア会) 政治的偏向:男子校伝統。信仰教育中心で政治的偏向は薄い
• プロテスタント系(特に日本基督教団関連の学校)は、平和教育で現場体験を重視し、聖書の言葉を現代政治に直接結びつける傾向が強い(評価:中〜高)。
• カトリック系はバチカンの影響で政治的中立意識が高く、信仰を政治スローガン化するケースは少ない(評価:低)。
https://anond.hatelabo.jp/20260328093005
ぶっちゃけやってる事は沖縄辺野古沖ボート転覆死亡事故とあまり変わらないというか、延長線上にあるよね
たまたま、死亡したり大怪我したりといった事故が起きなかっただけで
判断能力が低い、あるいは逆らい辛く立場が弱い若者をグルーミングやオルグして、過激な政治活動に動員してたのは同レベルの愚行で
若い女性の盾にされた少女達が似たような危険な目に遭っていても全くおかしくは無かったと思う
しかしながら、Colabo仁藤さん自体は確かに典型的な過激ネトフェミだし
Colaboの会計がガバガバさは(不正があったかはさて置き)言い訳出来ないレベルだと思うし
Colaboの活動そのものも上述の件もあって批判が多かったけども
「若い女性達を守る」という活動理念『だけは』本当だと思ってたんだよね
実際Colabo支持者や擁護してた人も、活動そのものは素晴らしく意義があるって言ってたじゃん
そう信じて、Colabo仁藤さんのポスト見てみたけど、普通にそこらの限界左翼と同じだった
界隈ではレジェントとか言う船長の死を悼み、不幸な事故だった、船長の死が残念だ、というポストをRTしてるばかり
どこにも巻き添えになって亡くなった被害者の未成年の子を悼む内容や、杜撰な安全管理に憤るものは無かった
※少し調べた所、上記の様なポストをRTしたり消したりしているらしい。どうして素直に被害者に言及出来ないんだ…
結局彼女の中では、未成年の女子が亡くなった事よりも、レジェンド活動家が亡くなり、辺野古基地反対運動がダメージを受けた事の方が大事なのだろう
何というか、『だけは』という最低限の信用の底が抜けてしまって、本当にどうしようも無くやるせない気持ちになってしまった
あるミュージシャン(春ねむり?だったっけ)は普通に「辺野古基地があるからこんな犠牲者が出てしまった」などと
巻き添えにした活動家を責めるどころか、被害者を叩き棒にして活動を堂々と正当化しようとしているのだから
この件でColabo仁藤さんと敵対している暇空は
「どんな理由があっても未成年グルーミングして政治活動するのは屑で糞、絶対やってはいけないだろ」
「こんな事は許されない、犯罪だ」
といった事を言っていたが、冗談抜きでこの件については暇空の方が100%正しい認識してると思わざるをえない
例えそれがどんな『素晴らしい理念』であったとしても判断能力も立場も弱い未成年や若者を過激な政治活動に巻き込むのは駄目だろ
寧ろやりたいです!って言っても止めるのが「まともな大人」ってものじゃないの?
同じ子供を持つ親として、胸が痛く悲しくて胸糞悪い
この件に関しては、仁藤さん含め左派の皆さん、余裕で暇空以下の反応しか出来てないと思う。マジで
何で堕天作戦作者が未成年をグルーミングして性的搾取してた事件と同じ口で
未成年をグルーミングして過激な政治活動に杜撰な安全管理で参加させた挙げ句に死なせた事件では
未成年を活動の犠牲にした人殺しの船長を「立派な人だった」なんて悼み悲しむコメントばっかしてるの?
何が亡くなった女生徒も「こんな無謀な工事は止めてくれ」思っていた筈だよクズが
普通にクソだろこいつら
荒れてる海にあんなしょぼい船で定員ギリギリで運航して今まで無事に済んでた方が奇跡だよ
お前らが過激な政治活動してなきゃ犠牲者は出なかったんだよ!!
我が子を楽しい筈の修学旅行に送り出して、ゴミみたいな活動家の杜撰な管理のせいで亡くした親の気持ちを思うと、本当に辛い
<追記>
お前ふざけんなよマジで
人が亡くなってるのにこれか
子の親として本当に胸糞悪いよ
こういう、人の心が無いとしか思えない、同じ人間とすら思いたくないチンカスが
Colaboや共産党、基地反対キチガイ運動、人殺しデモ活動、ひいては左派を支持しているのか
まとめてくたばれ
暇空だのネトウヨだのキーワードで糞コメしてくるキチガイも大概だけど、先のブクマカは特に一頭抜けて最低
ぶっちゃけ五十歩百歩だけどな
自分達の党派性という名の宗派と異なる異端者だから、何も空気を読まず、機械的に糞コメを書き込んでるの?
狂ってるだろお前ら
中道改革連合は、多様性を大切にするとか、分断を煽らないとか、いかにもリベラルっぽい綺麗事を言っている。
しかし、その支持母体である創価学会は、よその宗派を侮蔑する表現活動をしてきた。
「自分たちだけが正しい信仰を持っている」という立場で、「仏敵」認定した相手に対して過激な攻撃を浴びせかける。
もちろん信仰の自由、表現の自由なのだろうが、私から見て、とても多様性・寛容とは言えない印象がある。
このあたりは、どうやって処理されているんだろうか?
公明党・中道改革連合の議員たちは、あくまで創価学会とは別組織だし、所属議員がそういう発言したわけではないからセーフってこと?
「女でも男以上にやれるわい!」と豪語して実際にやって見せる
まあこれは元来のフェミニズム
「女にもできる!」型のフェミニストであって
令和最新型のフェミニズムは
そういう宗派争いはあるんだろね
若い頃にちょうど今の統一教会みたいな位置づけに創価学会があったから。
1951年二代目会長に就任した戸田は当時会員数が5000世帯だった会員を、7年で75万世帯にすると目標を打ち出し、大規模な布教活動、「折伏大行進」を行った。
「折伏大行進」では、学会に入会しようとした家庭に他宗派の仏壇や神棚が置かれていると、それを無理やり焼却したり破壊し、軟禁や脅迫のようなことも行ったとされている。
長崎で入信を強要された19歳の少年が飛び込み自殺をしたことが明らかになると一般社会から強い反発を集めた。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11229990116
タイトルの通りなのだが、いつも坊主は税金払わなくてベンツ乗ってるなんて書かれるので本当に傷つく。
スペック 地方国立大理学部卒、関西の電機メーカーに勤めていたが、前住職が亡くなり故郷に戻って寺を継いでいる。住職歴10年。過疎とまではいかないが、雪深い田舎の寺で檀家数は100軒ほど。この辺りでは標準的な規模の寺院です。えっと、乗ってる車はベンツではなくスズキ・ハスラーです。
寺院の収入は年間600万円ほど。主な収入はお葬式や法事だが、お葬式は20万円と決まっている。一回出るだけで20万はコスパいいとかたまに言われるけど、枕勤め・通夜・葬儀・還骨のあと49日まで毎週法要があるので、全部で10回くらいは法要して20万円です。一周忌なんかの普通の法事は2~3万円くらいでしょうか。あとは月命日のお参りが結構あって、一回1千円~2千円くらい。よく聞かれるけど、戒名ではお金はいただいていません。
うち、240万円を自分への給料として払い(これには当然税金がかかる)、100万円程度を妻に払っている。これでは暮らしていくことはできても子供を大学に入れたりはできないので、住職である私も妻も働いています。私は学校の非常勤講師、妻はパートで介護職。お寺は周りの人が思っているよりずっと忙しいので、割の合わない仕事だなとは感じる。
給与を払った残りは寺院運営にかかわる経費に消える。あたりまえだけど会計はすべて檀家総代と役員によって監査されている、これはどこもそう。お布施を懐に入れて飲みに行っちゃうみたいな住職は昭和の時代はいたみたいだけど、今は無理です。そのほかに永代供養なんかで入ってくるお金もあるけど、すべて寺の建物の修繕費として積み立てている。これは檀家によって共同管理されていて、住職は1円も手を付けることはできません。その代わり、寺を修繕するときは自分がお金を出さなくていいシステムになっている。
ぶっちゃけ宗教法人に課税されても赤字ギリギリくらいなのでどうってことないけど、固定資産税を免除されているのが大きいんだよね…これを払えとなったらかなり厳しいと思う。自分たちが住んでいる家(庫裡という)も固定資産税を免除されていて、これを払うかどうかは結構グレーらしい。見逃されているんだろう。
ちなみに税務調査はコロナの前くらいに入った。あたりまえだけど宗教法人はかなり厳しくみられていて、近くのお寺でも大体何年かに一度は税務調査は入る。ちゃんとやってないと非常に厳しいことになる。うちは代変わりしてからはきちっとやっているので、そう指摘される点はなかったけど。
で、ベンツに乗ってる住職さんというのを、自分は見たことはなかった。周囲にもいない。せいぜい古いクラウンに乗ってる住職がいるくらいかな。しかしこの前東京の同じ宗派の寺の研修に行ったときは、本当にいたのでびっくりした。都会の寺ってのは豊かなんだな。BMWとかベンツとかAudiに乗ってる人がごろごろいる。檀家さん何も言わないんですかと聞いたら、安い車に乗っていると逆に舐められるんだとかいう。誰が舐めるんだろう。意味わからん。
うちの寺はそんなに貧しくはないけど、貧しい寺は本当に貧しい。一般の会社で働いて得たお金を寺院運営につぎ込んでいる人もかなりたくさんいる。こうなると寺なんてのは負債にしかならないし、当然そんな寺を継ぐ人はいない。地域によるお寺の格差はよく問題になっていて、それも自分の努力によって何とかなるというものではなく、たまたま自分が所属するお寺(もっと言えば生まれたお寺)によってそれが決まってしまう。私がいる地方なんかでは、地域の中核寺院みたいなのがあって、そこが葬儀や法要に出る人を仕切ることで所得の再分配みたいなのがある程度なされていたが、そんなシステムはとっくの昔に崩壊している。もちろん、都会の寺が貧しい地域の寺を助けることなんて全くない。
そして今も昔も豊かな寺の住職が宗派の要職につくので、地方の貧しいお寺を何とかしようなんて方向性にはなかなか動かない。これはうちの宗派だけでなくてどこも状況は似たようなものらしい。高い金を出してコンサルに地方寺院の衰退の調査なんかはさせるんだけど、現実に救おうという動きにはならないんだな。実際のところ助けたところで人口が減る一方の過疎地のお寺はどうしょうもないんだけど。
まあそんなところです。つまりはベンツに乗ってる坊さんは確かにいるけど、そんな人は都会の一部の寺なのであって、大多数は私みたいな感じです。それでもやりがいをもって頑張ってるよ。
毎年クリスマスや正月のような宗教色の強い時期になると思い出すので備忘録として書いておこうと思う。
とても長くなるので読んでも読まなくても構わない。
粗はいくらでもあるが、当時小学生のお子ちゃまが頭を振り絞って考えたことだったので生暖かく見ていただければ幸いだ。
当時通っていた小学校はお受験が盛んで、クラスの半分以上が中学受験するような学校だった。中には体育や道徳など勉強に関係ない授業が多い日は学校を休み塾へ通うように親に指導される子供がいるような学校である。
そんな雰囲気の学校だったため増田も塾に通わされていたが、増田の親は仕事が忙しく放任主義だったため、どちらかというと自由に延長できる学童のような使い方をしていた。親が帰るまで子供1人は心配だから大人がいる塾で勉強して暇を潰しなさい、という発想かと思う。
朝から晩まで勉強で楽しくないし、学校の教師は子供達に学校で勉強させようと胡麻擂りに必死だし、塾ではライバルたちと比較される。お子様なりにフラストレーションが溜まっていた。
小賢しく、自尊心が高く、承認欲求が強く、何よりも勉強以外で暇を潰したかった増田はそこで考えた。
当時の増田の立ち位置は「1軍グループにいるけどちょっと浮いてる変なやつ」だった。友人Aと友人Bの親友というだけで残酷な子供達のカーストの中で辛うじてバラモンの仲間に入れてもらっていた。友人Aと友人Bの存在がなければきっとダリットだったと思う。
とにかく、増田には2人の親友がいた。勉強もスポーツもできて誰からも一目置かれる友人A、とにかく話がうまく誰とでも仲良くなれる才能がある友人B。
入学した時にたまたま席が横並びになったというだけの出会いだったが、それからこの2人はこちらが申し訳なるくらい良くしてくれ、そのおかげで陰キャで性格がドブカスだった増田も「みんな仲良し♪」の仲間に入れてもらうことができたのである。
表向き友人Aも友人Bもみんなの前では「気のいいやつ」だったが、実は2人とも性格にはかなり難があった。いや、だからこそ増田と仲良くなれたのかもしれないが。
友人Aはなんでもできるからこそ傲慢で、支配欲がある。少し早い厨二病であり、大きな声では言えないがナチに憧れていた。大きな声で言わないところが実に打算的であり、増田はそこが気に入っていた。
友人Bはとにかく人からの評判を気にしていて、いつも自分の悪口を言われていないか怯えていた。それと同時に人の内緒にしておきたい部分を暴くのが大好きで、いつか何かあった時に脅せるように、仲良くなって秘密を握ることで快感を感じる癖があった。
増田はといえば親友2人を自慢に思うとともに、増田の言うことを疑いもしない人気者2人を操る優越感に浸るクズだった。
そんな悪友2人に、こんな面白いことを共有しないわけにはいかないと増田は思った。
「いいね、やろう」と友人Aは言った。
増田は「こいつら話が早すぎるな」と思った。
そうして、宗教を作ることになった。
増田はキリスト教圏で育ったので神の存在に関しては割と思うところがあった。
思想と宗教の違いは難しいが、神の存在を論じられるほど増田の信仰は深くなかった。ただ、人間の熱狂は宗教になりうる、と子供心に感じていた。
小学生だった増田の狭い狭い世界の中で、唐突に宗教を作ろうと思ったわけではない。「これはいける」と思った出来事があった。
どの小学校でも道徳の授業があったと思う。お受験組の気を引こうと躍起になっていた当時の担任は、その道徳の授業で「いいこと投票」というものをしていた。
その名の通り単純で、「いいことをした人を匿名で投票して、得票数が高かった人を表彰する」という仕組みである。
これは単純だが、小学生の承認欲求をかなりくすぐった。なにしろ、いいことをするだけで教壇の上で褒められ、その上シール(子供にとってのシール!史上の喜び)を授与されるのである。名札の裏にいいこと投票のシールを貼るのがステータスになるのにそう時間はかからなかった。
増田はヒネた子供ではあったが、それでも投票されたら悪い気はしないし、いいこと投票が頭をよぎって人助けをすることもあった。
それと同時に、「これは使えるな」と思った。
増田が育ったキリスト教の教えでは、善行は死後の世界のために積むものとされていた(諸説ある)。だが、小学生にとって死後の世界など遠い存在である。「善行を積めば人々から尊敬されるという承認欲求」の方が何より魅力的なのではと思った。
3人の意見はまとまった。
その週末、3人で図書館に行った。親は大喜びでお駄賃までくれたが、目的は宗教について調べることであった。当時インターネットはかなり普及してきていたが、学校のコンピューター室で宗教のことを検索するのはかなり気が引けた。そこで図書館へ行くことにした。
一日中調べて回って、以下のことを決めた。
小学生なりに考え、実行に移せる最大限を考えた。
結成時に十数人を集めて行った友人Aの演説は素晴らしいものだった。増田が授業中書いた原稿と同じ文言とは思えないほど力に満ち溢れ、説得力があり、心に訴えかけるものがあった。その場にいた全員が信者になると誓い、お札を下駄箱に貼り付けた。
友人Bの勧誘も実に巧みだった。誰に話せば一番噂が広まりやすいかを友人Bは知り尽くしていた。すぐに手元にあったお札はなくなり、増刷をすることになった。学年のほとんどが入信し、シールは飛ぶようになくなった。匿名投票のための空き下駄箱は常に紙が入っている状態で、ランドセルの蓋にシールを貼るのが大流行した。
3人はそれで満足し、たかを括っていた。小学生の拡散力を舐めていたのである。
夏が来て塾の夏期講習が始まってから、他校の生徒に声をかけられることが多くなった。もちろん入信の申し出で、最初は喜んで案内をしていた。
だが、20人を超えたところで不安になり始めた。なにしろ、塾でしか会わない人間である。匿名投票の匿名性は失われ、よく知らない人間の善悪を判断しなければならない。
3人は作戦会議をし、組織化をしなければならない、と結論を出した。信者たちを支部に分け、各支部ごとに信者たちをよく知る支部長を置くことにしたのである。
それと同時に、今まで全て3人で行っていた運営にテコ入れをすることにした。
まず、専門のデザイナーを雇った。非受験組の絵が得意な信者にシールとお札のデザインを一新させた。毎月シールの図柄を変え、飽きの防止とインフレの防止を図った。
また、情報屋も雇った。告解で得た情報でさらに価値のある情報を交換するためである。これは画期的で、「この秘密を話すので誰々の好きな人を教えてください」とかが大変多くなった。
支部長の下に秘密で内部監査官も置いた。これは支部長の不正や信者との癒着を告発させるためである。
組織化したことにより、3人の地位は確固たるものになった。カリスマ的教祖の友人A、人に響く教えを説く友人B、善悪を裁き組織をまとめる増田。
夏休み中もムーブメントは衰えを知らず、信者は増え続けた。3人は有頂天になっていた。
そして学校が始まり、始業式の後、3人は応接室に呼び出されたのである。
〇〇〇〇教は教師陣の間にも知れ渡っていた。
一つの学校ではなく塾や習い事によりその地区の他校にも伝播した〇〇〇〇教の信者は把握できるだけで数百人を超えていた。
夏休み中、先生方は連携をとり、学校再開とともに終わらせようと話し合いがされていたらしい。
説教は3時間に及んだ。これは、先生方の話が長かったこともあるが、こまっしゃくれたクソガキだった我ら3人がいちいち反論を仕掛けたからである。
そもそも、我々は何も悪いことをしていなかった。ただ「いい人になろう」「いい行いをしよう」「いい人たちを尊敬しよう」と言って回っただけである。「ご利益がある」とお札を売りつけたり、告解で得た弱みを握って脅したりもしていない。ただ、善行を行わせて噂を流通させただけなのだ。
教師陣もそれがわかっていたのであまり強くは追及してこなかったのだが、我々があまりに舐め腐った態度をしていたのでだんだんヒートアップし、複数の教師が入れ替わり立ち替わり講釈を垂れ、最終的に「解散宣言をしなさい」と一方的に要求を押し付けてお開きになった。
応接室を出て、下駄箱に向かい、校門をくぐった瞬間、3人は爆笑しながらハイタッチをした。
「馬鹿め、もうそんな段階にないのだ!」と知っていたからだった。
子供と接しているのに大人である先生の皆皆様方は全くわかっていらっしゃらない。子供は禁止されたらもっともっとやりたくなるんだよ!
受験用に詰め込まれた知識であるキリシタンの気持ちがその時はよくわかった。抑圧された宗教は熱を増すのである。
隠語で呼ばれ、ミサと称した会合が秘密裏に行われ、塾に通うために学校を休んでいた層もせっせと体育館裏に足を運び秘密を囁くようになった。
教師陣は躍起になっていたが当時流行り始めた学校裏掲示板やmixiの日記などで〇〇〇〇教は着実に広まり、信者は増え、もはや我々3人の手に及ばないものになっていた。
知らないデザインのシールが増え、知らない告解が増え、知らない宗派ができていた。
秋が来て、塾で勉強している間に冬になった。
冬季講習の最終日、いつもの公園のジャングルジムの上に集まり、80円の缶ジュースで乾杯をした。
「そろそろやめよっか」と増田は言った。
「卒業、さみしいなぁ」と友人Bは言った。
正直、もうその段階ではないことはわかっていた。これはただの勝手な「一抜〜けた!」である。
教祖も司祭も裁判官も全てを誰かに押し付けて、こそこそと逃走するのだ。信者からすれば大きな裏切りであり、大罪だろう。
でもぶっちゃけ、飽きちゃったのだ。自分たちを置いて勝手に物事は進んでいくし、勝手に教祖を名乗るものも出てくるし、勝手に布教されているし、勝手に人が人を裁き始めるし。
だって子供だし、受験もあるし、そもそも進学したら続けられないし。
色んな言い訳をして、色んな人と話して、時にやり合って、押し付け合って、そうしている間に受験で学校に行かなくなって、ようやく卒業のために帰ってきたらどうやら全てが終わっていた。
あれだけ熱狂的だった信者たちは激減しており、卒業とともに誰かに譲られるためランドセルの蓋はシールなんてなかったように綺麗になり、空き下駄箱は使用禁止になっていた。
教室の後ろの「いいこと投票」の模造紙は取り払われ、「卒業おめでとう!」の垂れ幕に変わっていた。
友人Aは卒業と共に他県へ引っ越した。6年生になった時から決まっていて、増田たちと最後に何かしたい、と言っていたので「何か」は間違いなくできたと思う。
友人Bは志望校に落ちたので増田とは違う中学に進学した。あれだけ熱心に活動に勤しんでいたというのに引っかかったのは幸運だと自ら笑っていた。
増田は中学で若干いじめられそうになっていたが、入学した時に席が前後になった友人に助けられなんとかグループの輪に入れてもらい事なきを得た。教訓としては、コミュニティに入って一番初めにできた友人はなんとしてでも大事にした方がいいということだ。
それぞれ無事進学して、就職して、結婚して、最近はオンライン飲み会なるものを開催している。
この間、家族で親元へとUターン引っ越しをした友人Bが酔っ払いながら教えてくれた。
「最近、子供がランドセルの裏に変なシールをくっつけて帰ってきてさぁ」
友人Aはしばらく黙った後爆笑したが、増田は少し泣きそうになった。
この歳になると涙腺が緩くなって困る。
キリシタン、まだいるのかぁ。
いやふだんみんなが普通に食ってる和食なんだか何なんだかよくわからないものはたいがい普通にうまいんだよ。
そういうんじゃなくて「本格和食」というか
海原雄山的な「ただしい和食とはこうだ」という権威的なルールに則った和食はまずい。
まず、なぜか「京料理」がベースになってるが、京都にうまいものなんかない。
肉っ気がないぶん出汁の旨味に頼り過ぎだし、新鮮な魚介もないし、無駄に品数増やしすぎで素材のマリアージュがない。
サトイモを丹念に面取りして醤油味でタイタンがほんものの日本料理ドスみたいなわけのわからないことを言われても。
あるいはアサリの味噌汁とだし巻き卵と漬物と焼き魚こそがニッポンの朝食だみたいな宗派もある。それが好きでたまらないなら勝手に食えばいいけど、別に他のメニューに対して何ら特別なものでもないし、無駄に塩気がきついんだよ。
あと「おふくろの味」がどうこうみたいな宗派もあったな。肉じゃがこそ究極の家庭料理、みたいな。醤油酒みりん砂糖で何でも同じ味にしやがって、全部甘ったるすぎなんだよ。
イスラム諸国のIS(イスラム国)に対する立場は、基本的に否定的かつ敵対的です。以下にその概要を整理します。
---
• ISは「イスラム国家」と自称していますが、国際的に承認したイスラム諸国は存在しません1。
• 多くのイスラム法学者や宗教指導者は、ISの思想や行動を**「イスラームの教えとは異なる」**と明確に否定しています。
• 例えば、著名なイスラム学者たちは「ISがカリフを名乗る資格はない」と批判し、ムスリム共同体(ウンマ)の代表ではないとしています2。
• サウジアラビア、UAE、ヨルダン、トルコなどの中東諸国は、アメリカ主導の対IS有志連合に参加し、IS拠点への空爆などを行っています3。
---
• ISは斬首、奴隷化、宗教的少数派への迫害などを行っており、これらはイスラムの教えに反すると広く認識されています。
• ISはスンニ派を自称し、シーア派を敵視するなど、イスラム世界の宗派間の対立を激化させる行動を取っています4。
• ISは第一次世界大戦後に定められた国境を否定し、カリフ制の復活を主張していますが、これは現代のイスラム諸国の政治体制と相容れないものです3。
---
• 一部の地域(例:リビア、ナイジェリア、アフガニスタンなど)では、ISに忠誠を誓う武装勢力が存在し、現地の不安定な政治状況と絡んで活動しています。
• ただし、これらは国家としての支持ではなく、局地的な武装勢力の動きです5。
---
ご希望があれば、特定の国(例:サウジアラビア、イラン、トルコなど)の立場をさらに詳しく掘り下げることもできます。どの国に関心がありますか?
こういった問題はイランという「国」に限ったことではなく、「イスラム」という宗教的文化が背景にあります。 ただ、イスラム教も仏教やキリスト教同様、様々な宗派があったり自分勝手な解釈をする者がいるので一概にイスラムが悪いとは言えませんが、共通する根本的問題としてムスリムは滞在地の法律よりも宗教的戒律を優先しなければならないという現実があります。 この点が犯罪者にうまいこと悪用されてしまう要因となっているわけです。
近年は日本にもイスラム教徒の流入が増えて各地で様々な軋轢を起こし始めているので、もう他人事ではありません。 本当に共存を望むのなら “話せばきっとわかってくれるぅ〜” などといった無責任で一方的な希望的態度を改め、現実問題を直視したうえで、それに則した共存のしかたを模索する必要があると思います。