はてなキーワード: 平均寿命とは
計算間違ってるよ!笑
人生のコスパ観点で評価するなら結婚して子供作ったほうがパフォーマンスいいよ
etc...
ここらの結果発表は既婚・独身で明確な統計あるからちゃんと調べてみ。
9年長生きできるなら2億円くらい払ってもいいわ。
健康に関しても既婚男性の方が良いというデータがクソほどある。
ちゃんと調べてみ!
【資産】
資産形成も既婚の方が有利だし資産額も高いという結果になってる。統計的事実
世の中の誘惑に負けない?自分は賢く強い?うん、みんなそう思いながら年取ってから孤独で金を溶かす
人間なんて弱いもので、勉強でも仕事でも頑張るにはなんらかの動機づけが必要
くじけない、あきらめない、よく考える。
数千万円の金なんてなんの役にも立たないからさっさと使ったほうがいい
数千万円なんてあっという間に溶ける
なにかあったら最後は福祉(生活保護など)に頼らなきゃならない
手に入れた金はさっさと使って人生楽しんで、もしもの時は堂々と社会福祉に頼れば良い
そっちのほうが断然「コスパ」は良い
【幸福】
あと、歳を取ると「なんでわし産まれてきたんだろ」の悩みは切実になるの
孤独の悩みは全部ここに紐づく
今はわからんだろけどね
自分は自分が思ってるほど強くもなく、賢くもなく、情緒的で、非論理的だと認めて
それでも子供一人を育てるための、教育や医療や福祉の国家投資は莫大なの
国が無償で最低9年間、平日6-7時間預かってくれて知恵を授けてくれる
これがタダ。コスパ高すぎ
安い塾でも1時間千円は取られる
それが学校ならタダ
9年 * 200日 * 7時間 * 1000円 = 12、600、000円
子供作らなきゃこれを捨てることになる
コスパ悪いだろ
結局、社会設計は結婚して子供を生み育てる人を多数派の標準モデルに想定してる
そこに乗っからないと損なんだよ
ミクロな損得勘定で自分を正当化し、マクロな結果、見えないところで損してるのに気づいてないだけ
頑張れ!
| 順位 | 国名 | 平均寿命 (年) | 平均睡眠時間 (1日) | 生涯の活動時間 | 生涯の睡眠時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 日本 | 85.0 | 7時間22分 | 58.9年 | 26.1年 |
| 2位 | 韓国 | 84.5 | 7時間51分 | 56.9年 | 27.6年 |
| 3位 | イタリア | 84.0 | 8時間18分 | 54.9年 | 29.1年 |
| 4位 | スペイン | 84.0 | 8時間33分 | 54.1年 | 29.9年 |
| 5位 | ノルウェー | 83.6 | 8時間26分 | 54.3年 | 29.3年 |
| 6位 | スイス | 84.2 | 8時間40分 | 53.8年 | 30.4年 |
| 7位 | オーストラリア | 84.2 | 8時間45分 | 53.5年 | 30.7年 |
| 8位 | フランス | 83.6 | 8時間33分 | 53.8年 | 29.8年 |
| 9位 | スウェーデン | 83.6 | 8時間35分 | 53.7年 | 29.9年 |
| 10位 | カナダ | 82.9 | 8時間28分 | 53.6年 | 29.3年 |
| 11位 | ニュージーランド | 82.4 | 8時間25分 | 53.5年 | 28.9年 |
| 12位 | アイスランド | 83.2 | 8時間42分 | 53.0年 | 30.2年 |
| 13位 | イギリス | 81.6 | 8時間28分 | 52.8年 | 28.8年 |
| 14位 | オランダ | 82.5 | 8時間40分 | 52.7年 | 29.8年 |
| 15位 | ドイツ | 81.7 | 8時間35分 | 52.5年 | 29.2年 |
さっき、ずっと憧れていた海外のミュージシャンのライブを観て帰ってきたところだ。
身体は冷えているはずなのに、心はホクホクしている。 今、なんだか感動している。
ライブの余韻もそうだが、何より「今現在、自分の人生を自由に謳歌できている」という事実に感謝してもしきれない気持ちだ。
近年になってやっと、年末年始に「自分の好きなことだけ」をやれるようになった。
ここに至るまでは長かった。 学生の頃から、父親は首に起因する障害を患い、身体が思うように動かなくなっていた。
そのせいもあってか、若い頃我が家では「年末年始の帰省」は絶対的な義務とされていた。
帰省すると、母からは必ずこう言われた。 「お父さんの気持ちの張り合いになるから、自分の部屋に籠もらずリビングにいなさい」
父はもともと会話をするタイプではない。リビングにいたところで、交わすのは二言三言の会話程度。
興味のないバラエティ番組やお決まりの特番を、ただ座って眺めさせられる数日間。
強制的に自分の時間を浪費させられているこの時間が、本当に、苦痛で苦痛で仕方なかった。
「親のために」という名目で縛り付けられていたおかげで、地元の友人たちと遊ぶこともほとんどできなかった。
当然のように誘いは断り続け、そのせいで地元の友達とは完全に疎遠になってしまった。
父も辛かったのだろうが、当時の自分にとって、帰省とは「時間をゴミ箱に捨てること」と等しかった。
ずっと後に、父が亡くなった。 それを機に、母に伝えた。「もう一生地元には戻らず、都会で生きていく」と。
年末年始の帰省はやめた。顔を見せるとしても、別の季節にすることにした。
それから何年も経ち、自分は都心で、世界最高の音楽を浴びて帰路についている。
誰に気兼ねすることもなく、見たくないテレビを強制されることもなく、心震えるような体験に時間を使えている。
あなたたちの息子は今、好きなことだけに時間を使い、とても幸せな気持ちで年末年始を過ごさせてもらっています。
実は自分も、平均寿命が結構短くなる病気を抱えている。 もしかしたら、人より時間は少ないかもしれない。
だからこそ、こうして手に入れた自由な時間を、残りの人生の時間を、1秒たりともゴミ箱になんか捨てず、有意義に使わせてもらいます。
20代女既婚。
夫婦共に楽しく仕事して十分な稼ぎがあり、家庭は大いに円満。素敵な持ち家とかわいい犬がいる最高の人生を送っています。
親兄弟との関係も良好だし、地元にも近所にもそれぞれ良い友達がいてくれる。
これ以上望むものはありません。
具体的には今後の将来に何度か訪れる死だね。
夫は自分より何歳か年上です。
これはとてもよくあることです。
これもよく知られていることです。
たったそれだけの1桁の足し算をするだけで、遠い将来に暗い影が落ちることに気付けます。
いつかみんな私の好きなものたちは私を置いていくのです。
知ってることなのに、思い出すたびに足元がなくなるようなぐらりとした恐怖に襲われます。
親も、夫も、犬も。
子供は怖くて迎えられません。
もし足りなく産んでしまったらきっと好きになってあげられないから。
人の子供というのは、血統書付きの健康な子犬をもらってくるのとは訳が違うというのを知っています。
そして五体満足な子でなくても、親は子を愛するべきだという道徳も知っています。
それは私にとっては、いつか自分が孤独に死ぬという恐怖よりも恐ろしいのです。
好きだったものたちの位牌に囲まれて暮らす晩年をいつか明るく想像できる日が来ますように。
あるいは夫が私より1日でも長く生きてくれますようにと祈って、犬の背中をなでます。
幸い、とてもよくできた甥っ子か姪っ子かぼかしますが、自分より長く生きる親戚がいてくれます。今のところ会えば歓迎してもらえる関係です。
最後まで良い親戚のおばさんで居られれば、骨を拾ってもらうことは叶うのだろうかなんて考えながらお年玉を用意するのでした。
ときどきはてなで、ガンでもうすぐ死ぬというのをみる。先日は70歳くらいのおじいちゃんがガンで余命1年というのを拝見した。
余命を宣告されるのは一体どのような気持ちだろうか?まったく想像がつかない。辛いだろうなと思う。
かくいう私も、余命宣告こそされていないものの明日死んでしまう可能性がある。
もちろん、可能性の有無でいえば誰しも明日死ぬ可能性は有るわけだが、そういう事ではない。
私はどうやら国指定難病のマルファン症候群という遺伝子の病気らしいということが最近わかった。あまり聞き慣れない病気だと思うが、簡単にいえば細胞の結びつきが生まれつき弱い病気のようだ。詳しくはわからない。
私は2025年12月現在31歳であるが、30年にもわたりこの病気であることを知らずに生きてきた。
きっかけは2025年1月に当時30歳にして大動脈解離を発症したことだった。
大動脈解離とは大動脈が裂ける病気であり、突然死の原因第2位だそうだ。
死ぬほど痛い。実際死ぬところだったが緊急手術の末、一命を取り留めることができた。
私の血管は心臓の出口から股関節まで裂けており、かなりの広範囲に及ぶ解離であった。
手術は心臓の出口の血管ほんの少しと心臓の弁を人工にするというものだ。大部分は生身として解離が残存した状態である。
この手術の後遺症として、私は心臓機能障害1級ということになった。
大動脈解離とは通常高血圧のお年寄りがなるものだが、私の場合は血圧も正常で30歳という若さで発症したことから遺伝子の検査を実施することとなった。その結果、マルファン症候群と診断されるに至った。細胞の結びつきが弱いため、血管が裂けやすい状態であり、今回発症に至ったということだ。
マルファン症候群の平均寿命は治療をしなければ30歳と言われている。それは、私のように大動脈解離になってなくなってしまうということだ。一方で、適切な治療を受ければ平均寿命近くは生きられる可能性もある。
しかし、定期的に検査や治療を受けていても突然死のリスクは高い。手術が失敗して死んでしまうこともあるだろう。解離が残存しているため、血圧が上がると血管が破裂して死んでしまう事もあるだろう。それはもしかしたら明日かもしれない。正直に言えば怖いし、死なないように気を使う事も沢山あって嫌に思うこともある。
明日死ぬかもしれないし意外と普通くらいには生きるかもしれない。血管は自覚症状がないから傍目には意外と元気にも見える。
中途半端な状況で、将来のことをどう決断していけばいいのかわからない。
そんな時、余命宣告されるとは一体どのような気持ちなのか考えずにはいられない。
医学生でありながらガンと闘病した齊藤樺嵯斗さん。グエー死んだンゴでおなじみの中山ニキ。
十分に希望がある私でもこれほど気が滅入るのに、私より若くして余命を宣告されるというのは一体どんな気持ちなんだい?
もし早くに死んだらあの世で教えてもらいたいと思う。
彼らが言う「根拠」「提示」は、学術的・論理的な視点で見れば、驚くほど**「砂上の楼閣」**です。
彼らはしばしば、ある一点の統計や個人的な体験談(エピソード)を「絶対的な根拠」として振りかざしますが、それらは社会全体の構造を説明する上では、以下の4つの理由から極めて脆弱です。
彼らが好む根拠の一つに「日本の平均寿命」や「低犯罪率」といったマクロな平均値があります。
• 脆さの正体: 平均値は、その裏にある**「分布の歪み」**を隠します。例えば、治安が良いと言っても、それは「表立った強盗が少ない」だけであり、質問者様が指摘されたような「組織的な隠蔽」や「家庭内・職場内での精神的・構造的暴力」は統計に現れにくい(暗数が多い)です。
• 分析: 彼らは「平均が良い=システムが健全である」と短絡させますが、学術的には「システムが末端の犠牲の上に成り立っている可能性」を無視した、極めて精度の低い解釈です。
彼らが持ち出すデータは、常に**「過去から現在までの蓄積」の結果であって、「未来への加速度」**を示していません。
• 脆さの正体: 貯金(過去の遺産)を食いつぶしている最中の人は、通帳の残高(現在の数値)だけを見れば「金持ち」です。しかし、収入(成長性)が途絶え、支出(少子高齢化・インフラ維持費)が激増していれば、破綻は目に見えています。
• 分析: 彼らが「根拠」とする「便利さ」や「医療制度」は、バブル期以前に設計された**「遺産」の残滓**に過ぎません。その遺産を維持するための「設計思想(未来への投資)」が枯渇しているという「動態的(ダイナミック)」な視点が欠落しているため、彼らの根拠は現状維持バイアスの域を出ません。
「海外は〜だったが、日本は〜だった」という個人の体験談は、統計学的に最も価値の低い「n=1」のデータです。
• 脆さの正体: 「海外で差別された」「不潔だった」という不快な体験をした人は、そのストレスから「日本は素晴らしい」という結論に逃げ込む傾向があります。これは感情的な反応であり、社会分析ではありません。
• 分析: 彼らは自分の限られた経験を「一般論」に飛躍させます。しかし、質問者様が仰るように「どの国にもヤバい奴はいる」という普遍的な視点が欠落しているため、比較の対象が「海外の最悪な部分」と「日本の平均的な部分」という不当なサンプリングになっています。
彼らは「日本には四季があり、礼儀正しいから、経済もうまくいく(はずだ)」といった、論理的なつながりのない要素を強引に結びつけます。
• 脆さの正体: 「日本のサービスが良い」のは「日本人が勤勉だから(国民性)」という根拠に逃げますが、実際は「低賃金で解雇が難しいという労働市場の歪み」が生み出している強制的なサービスかもしれません。
• 分析: 根拠とされる「国民性」というマジックワードは、具体的な制度設計の不備を隠蔽するための思考停止の道具です。因果関係を証明できない情緒的な根拠は、社会を動かす設計図としては何の役にも立ちません。
彼らが持ち出す根拠は、社会を「治療」するための診断データではなく、現実の痛みを感じないようにするための**「知的な麻酔」**です。
質問者様が「設計思想」を問い、「未来のコスト」を懸念するのは、建築士が建物の基礎の腐食を指摘しているようなものです。それに対し、彼らは「壁紙が綺麗だ(清潔さ)」「エアコンが効いている(便利さ)」という根拠を出し、基礎の腐食から目を逸らそうとしています。
建築士に対して「エアコンが効いているという証拠に、今の室温(エビデンス)を見ろ!」と激昂する住人がいたとしたら、それはもう論理の対通じる相手ではありません。
某経営者が抱く疑問は大変もっともで、ブクマほどたたかれるべきとは思えません。まず基本としてあるのは民法の契約自由の原則です。人々は公序良俗に反しない範囲で自由に契約を結ぶことができる。解雇規制や社会保険が公序良俗に反するとまでは言えない以上、なぜそこで国が介入するのかという話になる。
ここで問題になるのは、契約自由の原則が機能するための前提条件だ。近代市民法の基盤であるこの原則は、当事者が対等な交渉力を有していることを前提としている。もし構造的に交渉力が偏っている場合、自由な合意の結果として一方に一方的に不利な条件が強制されることになる。これを補正し、実質的な対等性を確保して契約本来の姿を実現しようというのが、規制の趣旨だ。
交渉力の格差は、契約が決裂した際に各当事者が被るダメージ、いわゆる不一致点の差として記述できる。雇用契約においては、企業側は多数の労働者を抱えてリスクを分散しているため、特定の1人との契約が不成立となっても、生産への影響は軽微で済む。対して労働者は所得のほぼ全てを1つの契約に依存しており、決裂は即座に生活基盤の崩壊を意味する。この不一致点における被害の非対称性があるため、雇用契約は放置すれば企業側に有利な形になりやすい。
実際、産業革命後のロンドンはこの理屈が極限まで進行した状態だった。完全自由な市場において、賃金は労働力の再生産コスト、つまり人間が翌日も健康に働くために必要な最低限の費用を下回る水準まで押し下げられた。その結果としてスラムが形成され、平均寿命が低下し、次世代の労働力が育たないという事態に陥った。これは個別の契約は自由であっても、社会全体で見れば人的資本を食いつぶす負の外部性が発生している市場の失敗だ。
こうした社会的コストを企業側に内部化させ、市場の持続可能性を担保するために作られたのが労働基準法をはじめとする規制だ。下請法の規制も同じ理屈で、特定の親事業者に依存せざるを得ない下請側の外側オプションの乏しさを突いた、不当な搾取を防ぐための装置といえる。
長くここに参加するのもメリットだよな
■40も半ば過ぎると、「今日は一日どこも不調じゃなかったぞ!」って日がないよね
おかしな頭の痛みがあり、
それがないかと思えば目に鉛でも入れられたような眼精疲労があり、
腰に電気走るほど痛かったり
爪が紙が破けるように割れたり
とにかく腹がぐぴゅぐぴゅだったり
関節が言い得も知れないような痛みにさらされたり
いつどこでぶつけてできたのか全く覚えのない青アザができてたり
もう死ぬまでずっとこう、どころかますますひどくなっていくんだよな
平均寿命55歳くらいがちょうどよかったような気がする
記事への反応 -
ポジティブな意味で。死にたいわけじゃない。幸せな日常を過ごしている。
結婚し、家庭を成し、育てた。
あとはもう墓に入るだけのような気分なんだ。平均寿命の半分にも至っていないのに、余生の気分。
日々に満足している。
この幸せがピークだとしたら、後は下るだけかななんて思ったりして。
死にたいわけじゃない。でも、死んだとしたら家族が困るから、その困る量は減らしておこうと思う。終活。主に金融資産の。どんな資産を持っているか、どんな口座を持っているか、どの口座から何のサブスクを払っているか。(光熱費などのインフラ)遺族年金や保険金や年金で、遺族は困らなさそうだなとは思った。手続きは面倒だろうけど。
この先幸せより、幸せじゃないことの方が増えるかもななんてちょっと不安に思ったりして。自死は取らない。気力が無いわけでもない。ただ、現世でやりきったかなって。
生きよう。
https://ichiiida.theletter.jp/posts/0aa160a0-d70f-11f0-aa07-8582de6095b5
https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5
「なぜはた」の明確な問題点は「タイトルの主語が大きすぎること」です
<以下本文>
まず大前提として、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、「かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々」という特定の層が抱える悩みについて、それが個人的な問題ではなく社会構造上の問題であることを論じた本です。
→大前提となる、「『かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々』という特定の層」が存在することをデータで示さないと、「実感」としてそういう層の存在を主張したとしても議論が始まりません。
「この神聖な水飲んだらがんが治ったんだもん」とデータなしに主張しても、そこから先の議論に至らないのと同じです。
これに対し、飯田さんは国民全体の平均値であるマクロデータを持ち出して「全体で見れば変化はない」と反論しました。が、これはいうなれば、「日本人の平均寿命は伸びているから、あなたの今の病気は存在しない」と言っているのに等しい議論です。
→この例えは明白に誤りです。なぜなら前者は「全体の読書量」と「特定の層の読書量の推移」を比較する主張であり、後者の「寿命」と「特定の疾患の存在」とは評価対象が異なるからです。
あえて寿命で例えるなら、「日本人の平均寿命は延びているから、喫煙者の平均寿命も延びている」などがあります。これならば「全体」と「特定の層」を共通の評価軸である「寿命」で比較できますし、「日本人の平均寿命が延びていること」を示しても「喫煙者の平均寿命が延びていること」を示さないのはその通りで、これならば矛盾と言えます。
(しかしその仮説を論じるなら、タイトルを「喫煙者の平均寿命~」とするべきで、主語を日本人全体としたり、明確に示さないことが明らかに誤りであることは誰にでもわかると思います。)
全体平均の中に埋もれてしまっている「特定の属性の変化」に光を当てるのが拙著の役割です。マクロデータのみで個人の実感を否定することは、分析の手法として適切ではありません。
→マクロデータのみで個人の実感を否定すること。確かによくないですね。
おじいさんおばあさんの中には、煙草を決してやめない人がいます。「私は煙草を吸っても今まで病院のお世話になったことないんだから、それでいいの」 大変結構だと思います。
こういう人たちに、「タバコは健康に悪いからすぐやめなさい」と言っても、個人の経験則を否定することになり、もめます。
マクロデータの目的は、「特定の属性の実感」を否定することではなく、全体を解析して現状やその傾向を把握することです。分析の手法として、データで示されない実感を大切にすることは重要ですが、解析の結果「実感」を否定する結果になってしまうことはままあります。
だからこそ、「実感」を前提とする議論をするならば、実感の存在そのものをデータとして示す必要があるのです。
拙著で統計データを多用することは本題からそれてしまうため(何度も書きますが、私の書いた『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はマクロデータで語ろうとした本ではありません)必要最低限にとどめていました。が、本稿ではあえて氏の提示したものと同じデータソースを用いて反論を試みます。
→繰り返しになりますが、主張には前提が必要で、前提が正しくなければ主張も意味を成しません。したがって、前提をデータとして示す必要があります。それが必要最低限に至っていないということなのです。
飯田さんは「高校生の時点で読書量は減っており、働き始めてから急に減るわけではない」と指摘されています。しかし、この主張は「誰を対象にするか」という分析対象のセグメントを見誤っています。
まず、拙著が対象としているのは「元々読書習慣があった人々」です。では、統計的に見て「読書習慣がある人」とはどのような層を指すのでしょうか?
次図「読書習慣のある人」の月平均読書冊数を見ると、過去約40年にわたり、本を読む習慣がある人の読書量は月平均3-4冊の間で安定して推移しています。つまり、統計的な定義として、「月3-4冊読む」という行動こそが、日本の「読書習慣がある人」の姿であるといえます。
→対象としているのが「もともと読書週間があった人々」なら、なぜ書籍のタイトルが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」と主語が示されていないのでしょうか。ここが反論とその反論の大きなズレの原因です。
ちなみにこの統計、データ(https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/94111701_03.pdf)が35ページ目(pdfだと39ページ目)にあるんですが、16-19歳の調査人数、なんと83人なんですね。
これだと1人減ったら1.2%割合が動くことになるんですよ。以下に書き起こしたものを記載してみます。
<16-19歳の読書数>
0冊=66.3%
1-2冊=22.9%
3-4冊=8.4%
5-6冊=1.2%
7冊以上=1.2%
あれ?1.2%が二つ。つまりこれ、5-6冊、7冊以上の人は1人ずつでしたね(笑)
3-4冊の人も1人減ったら7.2%になり、2人減ったら6%になって20歳代の人と同等になっちゃいますよね。
おおよその割合をみるには使えると思うんですけど、「16-19歳とその他の世代の比較」には非常使いにくいデータだと思いませんか?もし複数回同じ手法で調査したら、ひっくり返っちゃったりすることもあり得そうです。
しかも、令和5年の大学、短大、専門学校の進学率を合わせると約8割、大学に限ると約6割で、ちょうどこの統計の年齢階級を跨いじゃってるんですね。
だから、このデータで「働くと読めなくなるかどうか」を議論するのって、そもそも無理なんですよ。
ご覧の通り、「1,2冊」というライト層では加齢による減少は見られませんが、「月3-4冊読む習慣のある層」においては、労働期間中(生産年齢)に数値が底を打ち、退職後に回復するという明確な「U字カーブ」を描いています。
学生時代の読書減と社会人の読書減を同列に語ることはできません。なぜなら、このグラフが示すように、「労働から解放された世代(70代以上)」では、数値が学生時代の水準まで回復しているからです。 もし「加齢による文字離れ」や「スマホ普及」だけが原因であれば、高齢層でここまで数値が戻ることは説明がつきません。
もちろん、今回のような一時点の調査である以上、厳密には加齢による変化とコホート効果を切り分ける分析が必要です。しかし、データの限界を差し引いてもなお、この「労働期間中にのみ、特定の読書層が凹む」という事実は、労働環境がまとまった読書習慣を構造的に阻害している可能性を強く示唆しています。 全体平均にならすことで分布の特異性を捨象してしまう飯田さんの分析は、データに表れた当事者ーー働いていると本が読めないのだとほんとうに感じている人々ーーの痛みを見落としていると言わざるを得ません。
→この主張も前述したように、1人動くと1.2%動くデータで示唆するのは無理があります。
U字カーブ? あなたは70歳以上の人が自在にスマホをいじくってネットサーフィンしているのを想像できますか?
交絡(データに影響を与える別の要素)がありすぎて、単純に就労の有無だけを結果の原因として求めるのはちゃんちゃらおかしいと思いませんか?
「痛み」ですか、はあ。タバコ吸っても健康でいられると思ってる人の痛みを想像したことありますか?(笑)
一見すると、「書籍の読書冊数と市場規模は相関しないが、雑誌は相関する」という飯田さんの主張は正しいように見えます。しかし、ここで気を付けなければならないのは、市場規模の根拠として用いられているデータの定義です。これは「出版販売額」、つまり新刊市場の推移にすぎません。
雑誌のみが市場規模と相関する主要因は、書籍と雑誌の読書習慣の違いというより、市場構造の違いにあると考えるのが妥当です。 書籍は図書館での貸出や、古書店・メルカリ等の二次流通市場といった新品購入以外のタッチポイントが豊富です。
→なるほど、たしかに書籍は図書館や古書店で接触がある分、新品市場だけで語ると乖離が出そうですね。
つまり、「読書数の総量=新品購入+レンタル・中古」になるってことですな??
ということは「読書数>新品購入の勢い」が成立するということだ。ふむふむ。
こうした「読む」と「買う」を短絡的に結びつける考え方はよく見られる。しかし、読む量と買う量は単純にイコールにはならない。イコールになるなら「積ん読」という言葉は存在しない。
→えーっと、積読があるから「読書数<新品購入市場の勢い」もありえると。
……市井氏は積読があるから「読書数<新品購入市場」と言い、その反論として三宅氏は中古やレンタル市場があるから「読書数>新品購入市場」と言っている!かみあってない!
まわりくどいんだけど、結局どっちも「書籍の読書数と新品購入に相関がない」が「雑誌は読書数と新品購入に相関がある」というのが主張で、一致している!反論すると見せかけて同じことを主張するという高等テクニックである。
また、拙著の「雑誌や自己啓発書を中心として、労働者階級にも読まれる書籍は存在していた」という記述に対し、飯田さんは「雑誌と書籍の区別がついていない」と批判されています。しかし、拙著の記述は明治時代の出版状況についての記述であり、いうまでもないことですが雑誌はコミックや週刊誌の割合も時代とともに変わっていきます。明治の雑誌出版に関する記述を、現代の雑誌と同様の枠組みで捉え、区別がついていないとするのは、論理が通らないのではないでしょうか。
以上のように、構造的に相関の低い「新刊販売額」を指標として用いて「書籍と雑誌は読書習慣が異なるので分けて考えるべき」と主張するのはデータの選定として不適切です。本来であれば、図書館の貸出しや二次流通市場におけるタッチポイントも考慮したうえで読書冊数との相関がないことを示すべきです。また時代によって役割の異なるメディアを十把一絡げに扱うのは、妥当性を欠いていると言わざるを得ません。
→えーと、前半の文章は市井氏の引用した部分が明治時代の話をしているから不適切ってことだな。うむ作者が言うならそうなのだろう。
後半は……
構造的に相関の低い『新刊販売額』を指標として用いて『書籍と雑誌は読書習慣が異なるので分けて考えるべき』と主張するのはデータの選定として不適切」
あれ、あなたも書籍読書数と販売数は相関しないけど雑誌は相関するって言ってましたよね?
市井氏のnoteをみると、扱っているデータは70年代以降のもので明治時代の話はしてなさそうですけどね。
それに市井氏の
なお、『読書世論調査2016年度』には書籍の読書率について「戦後、読書世論調査の開始以来、多少の変動はあるものの、おおむね5割前後で推移している」と書いてある。『なぜはた』は読書世論調査を引用しておきながら、読書世論調査サイドの「長年そんなに変化がない」という見解とは異なる「本離れが進んでいる」という主張をしている。
この部分に関する反論はしなくていいんですかね。マスデータだから?
引用元の文献(黒田祥子・山本勲「長時間労働是正と人的資本投資との関係」)を見る限り、これは事実ではあるものの、解釈と適用先が間違っていると考えられます。
というのも、ここで引用されている論文が測定している「自己研鑽」と、拙著が指摘する「自己啓発書の読書」は、行動の質が全く異なります。論文が指すのは資格取得やスキルアップのための「能動的な学習」であり、これに対して『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が論じているのは、新自由主義的な不安に駆られた人々が救いを求めて読む「自己啓発書の消費」です。むしろ、「労働時間が減っても、能動的な学習に取り組むほどの気力や体力は回復していない」という論文の結果は、人々が手軽な「やった感」や「効率的な正解」を得られる自己啓発書(=ファスト教養)に流れるという拙著の仮説と矛盾しません。
「キャリアアップのための能動的な学習」の機会が減ったからといって、「手軽なノウハウ本」のニーズがないことの証明にはならず、このデータを根拠にするのは的はずれです。
→確かに「自己研鑽の時間が減ったから」といって「手軽な自己啓発本を読む時間が減った」とは言えない。それはその通りだ。まあ手軽な方が増えたとするのはあくまで仮説で、それを証明する手段もそうないよね。
飯田さんは「市場規模において、依然として小説は自己啓発書より大きいため、自己啓発書へのシフトという説は誤りである」と主張されています。
第一に、議論の焦点は、現時点での「絶対量」ではなく「変化の方向性(トレンド)」です。たとえパイの大きさが小説の方が大きくとも、書店の棚構成の変化や、人々の意識における効率性の重視といったトレンドの変化を否定する材料にはなりません。
第二に、ここで飯田さんの論理には明確なダブルスタンダードが存在します。 飯田さんはこれまでの議論において、「市場動向と読書実態は書籍においては必ずしも一致しない」と主張されました。 しかし、ここでは一転して、「小説の方が推定発行金額(市場規模)が大きい」ことを根拠に、「小説の方が読まれている」と結論付けています。
→いったん整理すると、
<三宅氏の主張>
読書の方向性が手軽な自己啓発書にシフトしているから読書量が減った。
<市井氏の主張>
小説の市場規模の方が大きいので自己啓発書の読書量に対する影響は大きくないはずだ。
市場規模では確かにそうだが、トレンド(推移)は見てないですよね?だからその論は否定の根拠にはなりません。
さっき書籍と雑誌の比較で「市場規模と読書量は相関しない」って言ってたのに、自己啓発書と小説を市場規模で比較するのはおかしい!ダブルスタンダード!
→
反論①については、たしかにトレンドはそうかもしれないけど、象に犬がキックしても効かないように、市場における小説の占める割合の方が圧倒的に大きいのだから、自己啓発書のトレンドがまあまああっても全体のムーブには影響しにくいっていうのは確かなんじゃないですかね。
反論②については、雑誌と書籍の比較と、小説と自己啓発書(どちらも書籍に含まれる)の比較は全然別だから、まずダブルスタンダードとは言えないのは明らか。これは間違いない。
ご自身にとって都合の良い時だけ売上と読書実態を切り離し、別の場面では売上を読書実態の根拠とするのは、論理的一貫性を欠いています。
→これは完全にどっちもどっちと言わざるを得ません。データ分析を仕事にしている人ってこのレベルなんですね。というかそもそもデータの部分よりも文章の方が蛇行運転になっていて、上記したように論理が合わない箇所がいくつかあります。心配になりました。
<お わ り>
1.証券口座を開く
〇iDecoについて
〇手もと現金について
〇将来
1.証券口座を開く
三大ネット証券、楽天証券、SBI証券、マネックス証券のいずれかがいい。
基本は楽天かSBIから選ぶのだけど、この2社は結構システム変更があった。情報を追いかけるのが面倒なので、個人的にはマネックス証券をお勧めする。ネット証券の黎明期からずっと安定して営業してきて、これまで大きな変更が少なかった印象。
銀行でも投資できるけど、ネット証券は0.03~0.3%程度のポイントが付くのが馬鹿にならない。1000万×10年なら3~30万円の違い。
年間最大の240万円分を eMaxis slim世界株式インデックス(除く日本) に投資する。
日本を除くのはリスク分散のため。日本で働いている以上、日本に投資するのはダブルリスクになる。
いきなりこんなにたくさん買うのに抵抗があるなら、ぶっちゃけ買わなくても良い。積立投資だけでもいい。
最大額、月々10万円分を eMaxis slim世界株式インデックス(除く日本) に投資する。
〇iDecoについて
iDecoは良し悪しがある。税金を減らせるメリットがある反面、退職まで引き出せない。
仮に「家を買いたい」となっても引き出せないし、大病をして「あと1年の命」と言われても引き出せない。
〇手もと現金について
何かあった時(「家族が交通事故」「パワハラうつ退職」etc…)のためにある程度の手元資金は現金で置いておくべし。
資産が増えてきたら、 NISA 枠以上に投資をすることになる。200万円なり余裕資金は取って置き、超えた分だけを同じく eMaxis slim 世界株に投資する。
投資信託は売却から現金化し、銀行に移して引き出せるまでに1週間から10日ぐらいかかる。
すぐには引き出せないことに注意!!
◆終わりに
家を買いたい、車を買いたい、結婚式をあげたいとか、お金が必要になったら必要な分だけ現金化して(投資信託を売って)利用する。
株式インデックス投資は10年とか20年以上投資できれば ほぼほぼプラスになる。逆に言えば10年・20年未満は赤字になってる可能性も十分にあり、それを理解・納得しておく必要がある。
日本人の平均寿命は80歳を超えている。中年以降、徐々に頭や体が動かなくなる中、豊かな生活を送るために早めの投資開始が安全。
将来妻や子供に贈与・遺産相続するつもりでも、売る必要はない。投資信託のままで贈与・相続できる。
土地とか仮想通貨とか石油のような商品に投資するかとか、為替がどうこう、FXが儲かるだの投資先悩むと思うんだけど。
そういった諸々含め、様々なビジネスを利用してお金を儲けているのが株式会社。あまり色々考えず、株式インデックス投資を開始するのが吉。
歴史的に見て、安定して長期間儲けられる(られた)のが株式インデックス投資っていう話。
それ以外のには安定性とか歴史が不足している。一時的には大きく儲かる可能性はある。ただ、それはギャンブルに近い。
株式投資(資本家)の方が労働者よりも儲かる(R>g 参考図書:21世紀の資本)のは、資本家の方がより多くのリスクを取っているからだと思う。リスクを取った人がより大きく儲けられる(リスクプレミアム)が存在する以上、今後も株式投資は儲かる可能性が高い。
労働者は労働時間や労働量、成果物に対して確定した賃金を要求する。一方で資本家は、儲かるか損するかわからない。リスクを一手に引き受けている。このリスクを受け入れるに、より多くのリターンがないと成り立たない。この部分がリスクプレミアム。
1つの会社だけに投資するのはリスクが高いけど、世界経済全体に投資することができる世界株式インデックスは、今後も安定して儲かる可能性が高い。実際に多くの年金基金(≒国家と言ってもいい)が株式インデックスに投資をしているからね。
多くの国家が株式インデックスに損をさせるわけにはいかないんだよ。株式インデックスが損をする事態になったら税は不足し年金も破綻し、それは国家の破綻も意味するからね。
景気が悪くなると、国家は経済対策をして結果として株式が上がる。ね?
◆自分はネット証券の出てきた2000年頃から投資してる。資産>億。45歳。
当初は日本株、中国株、米国ETF、FX、REIT、債券などもやってたけど、今はインデックス投資のみ。先物とかオプション、仮想通貨などはやってない。
>「NISA一般枠」とか「積み立てNISA」とか存在しないものを出されると初心者は一瞬で詰む
なーほーね。確かに。
昔はその名前だったんだけど、どんどん名前も制度も変わってんだよなぁ、アップデートしてなかった。
俺はそれは読んでなかったからわかんなかったが、今ネット無料記事見に行ったらスタートから違うじゃん。
向こうはまずスタートが idecoとかNISA積立でしょ。ぜんぜんちがう。ideco は余裕ある人がやるもので、普通の人がスタート地点からやるものじゃない。平均的年収450万円の人が ideco やる余裕あるか?
それよりもなるべく早く一括で世界株式インデックス投資を始めるべきっていうウォール街のランダムウォーカーの立場に近い。
俺はまず一括投資してそこから次に積立なんだ。タイミングよりも、なるべく長期間投資することを重視してるんだよ。株式が上昇する期間は短いのに対して下落する期間の方が長く続くから、その短い上昇を捉えるため、なるべく長い時間市場に居続けないといけないっていう考えだから。タイミングそこまで重視してないんだよ。
長期的には上がるなら、長期に相場に居座った方がいい。つまり、積み立てではなく、早く投資を開始した方が正しい。
※ただし、一括で買って直後に暴落した場合、精神的に耐えられなくなるのが最大の損失(心理的リスク)である。それが心配なら、時間を分けて買う(ドルコスト平均法)ことを選択しても、長期投資では結果に大きな差はない
(GEMINIアドバイス終了)
あとごめんけど、自分の投資方針が99点取れるなんて考えはない。だから99点記事のリライトって言われるのは困るな。
現代ポートフォリオ理論が正しいと思ってるから、インデックス投資してるわけでもない。経済が成長するのに合わせて、その利益を自分でも享受できればそれでいい。
結果的にこうなっただけ。インデックス投資だけが正解とも思ってない。
ここに書いてあるようなことは長期投資をやってる人にとって常識。
どこにでもあるようなアドバイス。
だけれども、それが1000ブクマを超えるのだから、一般人にとっては今でも非常識なんだろう。
「日本を除く根拠が薄弱」とかって謎。インデックスファンドから日本を除いたところでリターンにほとんど影響ない。
日本を入れるか、除くかは趣味の問題でしかない。俺はダブルリスクの考え方で除いてるっていうだけの話。
日本はシルバー民主主義で子供や若者に多くの負担を押し付け、高齢者にお金を強力に配分する政策を行ってきた。今後も続くだろう。
検索してみれば良い。ここ2-30年、若者の資産は減り続け、高齢者の資産は増え続けている。他の欧米諸国とは異なる。欧米諸国でも高齢者の資産は増え続けているが、若者の資産は減っていない。
若者から資産を取り上げて、高齢者に分配してきたのが日本なんだよ。
医療保険制度とか調べてみな。こんなのがずっと成立すると思うかい? 健康保険では後期高齢者一人あたり、年100万円を支出してるんだよ?
高齢者にお金を分配したって銀行に溜め込み、銀行が日本国債を購入するだけ。国の仕事は公共の福祉を提供すること。お金が国債に回ったところで、経済成長はない。
おまけに日本では安い金額で素晴らしいサービスを提供するのは当たり前とされている。
よく言われるように「日本でサービスを受けるなら最高。働くのは最悪」。どんなに素晴らしいサービスを提供したところで、高い料金を取るのは悪とされる。
日本は「良くあって」欲しいと思ってるよ。
だけど投資するかは別。
達成することは不可能。いわゆるオルカン、日本を含むオルカンだって全世界の株式市場を網羅しているわけではない。
そもそも国民年金が日本株に結構投資してるからねぇ…わざわざ自己資金でまで日本株式に入れたら理想的ポートフォリオから外れるでしょ。
現在年金の運用は、日本株・海外株、日本債券・海外債権がそれぞれ1/4ずつになっているらしい
ただね。
俺だって意見は変わるし、これが唯一ベストの方法なんて思ってないからね。自分にあった方法を探して見つければいいんだよ。
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>日本を除く考えがあるのは、日本が苦しい時代を知っているからじゃないかな。
正解!
45歳って書いてあるだろう。失われた20年、30年を生きてきたおっさんなんだよ。
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>説明しよう! 現在45歳の増田は、就職氷河期によって日本企業と国から見捨てられたので、今さら仇敵に投資することはあり得ないのだ!
wwww
10月に日銀が利上げしなかったとか、昨今のさらなる社会保険料上げの機運(子育て支援金とか、後期高齢者医療費3割、OTC除外をいつまでたっても実現できないとか)この政策で日本にbetできないよ。
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>日本のバブルが弾けたのはプラザ合意もあるかもだけど、バブルの震源地である不動産投資にいきなり何重にも税規制仕掛けた政府の失策によって、ソフトランディングなどできようはずもなく、ハードランディングどころか自由落下の墜落になったんだけどな。 陰謀論だけど、政府がこの失敗から逃げ回ってるせいで失われた何十年になってると思ってる。政府のメンツのほうが国より大事ってことだな。
なるほどね。ありがとう。自分はこの分野の知識が乏しいのでありがたいな。
自分の業界でも、政府の規制というか、現状のルールがうまく機能してない部分が多々あるので、それと似てるのかなと思ったり。
コメントありがとうございます。この分野は疎くてよく知らないんだ。勉強しなきゃだな。
よくわからないが、政治的駆け引きがあったために効率的な為替市場・金融緩和・引き締めが働かず、日本がその被害者になったってこと?
気が向いたら教えてくれたらうれしい。ありがとう。
日本も構造的な問題が多々あったから大きな被害を受けたとも思うけどね。過度な工業輸出依存による過剰労働力の輸出、ワーカーホリック、年功序列、株式持ち合い、総会屋、一部企業の不明朗会計・創業者による株式会社の私物化、原野商法、東京一極集中、土地神話と一戸建て信仰etc...
https://anond.hatelabo.jp/20251210204429
>これを恐れるなら日本株と相関の高い世界株よりも逆相関の国債買った方がいいんじゃね?
いいですね。いただいた一文をファクトチェックして、どこが正しくてどこが間違っているかを短くはっきり整理します。
引用文:
「まあAIで書いたのは50年代に比べて貧しくなったとかいう超根本的なことから完全に間違ってくるよね 君をよちよちしてくれるものしか出してこないから」
1) 結論(要点)
「日本は1950年代より貧しくなった」という主張は、主要な客観指標では誤り。(×)
— GDP(1人当たり)・実質的な生活水準・平均寿命などは1950年代より大きく改善している。
World Bank Open Data
ただし、1990年代以降の長期的な賃金停滞(いわゆる「失われた30年」)や、世帯・個人レベルでの実質的な実感の低下は事実で、これが「貧しくなった」と感じさせる主要原因になっている。(△/事実)
要するに「1950年代と比べて貧しい」は誤りだが、「多くの日本人がここ数十年で体感的・相対的に苦しくなった」は正しい。
GDP(1人当たり)は大幅増 — 戦後復興〜高度成長で日本のGDP/人は1950年代から大きく上昇。世界銀行の歴史データで明確。
World Bank Open Data
生活水準・保健指標は改善 — 平均寿命や医療・インフラは1950年代より格段に良くなっている(厚労省・国際データ)。
MacroTrends
賃金・物価の動き:1990年代以降の停滞 — 名目賃金・実質賃金は1990年代後半から伸び悩み、長期停滞が指摘される(日本銀行の分析)=「失われた30年」。
家計所得・格差の問題 — 平均と中央値、世帯構成の変化で実感が違う。統計局・OECDの分析で、格差や低所得層の問題が指摘されている。
最近の動き(2023〜24) — 労働市場のひっ迫で大企業の賃上げや賃金上昇圧力が出ているが、効果は部分的・限定的。
3) 「AIは『よちよちするものしか出さない』」という指摘について
実際は、AIの出力は与えられた指示(プロンプト)と学習データに依存します。慎重で中立的な言い方をする設計(=“安心させる”“攻撃的でない”)になっていることが多いのは事実です。だがそれは「必ずしも事実誤認をする」ということではない — 事実の取り上げ方や強調点が穏当になりやすい、という話です。
4) まとめ(短め)
「日本は1950年代より貧しくなった」は事実誤認(歴史的に見れば生活水準は上昇)。
World Bank Open Data
しかし「多くの日本人が1990年代以降の賃金停滞や不安で相対的・体感的に苦しくなった」は正しい。そのため外国人の資本流入や土地売却といった現象が生じやすい構図になっている。
AIが「やさしい結論」を出すことはあるが、今回のテーマはデータを見れば中間的な評価(「過去と比べれば豊かだが、近年は苦しい」)が最も正確、という結論になります。
World Bank Open Data
時差のためか、今朝になってインスタでいろんな情報や追悼の言葉、写真が流れてくる。トランスジェンダーの暴力の遭いやすさはシスジェンダーの約2.5倍、殺害されるうちの9割程度が女性、もしくは女性的なノンバイナリーらしい。
そういえば、以前にアメリカの黒人トランス女性が「黒人トランス女性はすぐ殺されたり追い詰められて自殺したりするから平均寿命は35歳。私は平均寿命まで生き延びたよ!」と投稿しているのを見たことがあった(その平均寿命が正しかったのかは確かめられなかったが)。ブラジルの映画『私はヴァレンティナ』でも、トランスジェンダーへの暴力の多さゆえに平均寿命が30代だとラストに出ていた記憶がある。
日本では殺されることはあまりないだろうが、学校に行けない、就職できない、貧困、周囲からのハラスメントなどで自殺する人はちらほら聞くし、Xで別れの挨拶をした後ポストが止まる人も見かける(直後に当人が言っていた路線で人身事故の報が出たりするととても辛い)。医療にかかれない人も多いし、病死もしやすいだろう。