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はてなキーワード: 土曜日とは

2026-05-09

池崎一門

セーターだと暑くなってきたので、七分丈を着ていったら全然寒かった。室内のクーラーガンガン効いてるから、外の気温だけで判断しない方がいいよ。あと、帰りは大体寒いから頭に入れといた方がいいよ。

19時でも、ぼんやりと明るくて嬉しい。あたたかい季節は良いね

家の家では、土曜日はいつもサンシャイン池崎が猫の面倒を観る番組を見ている。父と母はだんだん池崎一門の猫に詳しくなっていく。相葉くんはトリミング技術がどんどん上がっていく。

嫁が突然「猫飼いたい」って言い出した

土曜日の朝。

俺がコーヒーを淹れてたら、嫁がリビングから

「猫、飼いたい」

って言った。

俺は振り返って、嫁を見た。

嫁は真剣な顔をしていた。

冗談じゃない顔だった。

「急に?」

「ずっと考えてた」

「ずっとっていつから

「3年前から

「3年前??」

俺は驚いた。

嫁は3年前から毎日、猫を飼いたいと考えていたらしい。

俺は3年間、それに気づかなかった。

「なんで今言うの」

あんたが反対するの、わかってたから」

「いや、別に反対しないけど」

絶対反対する。だって面倒くさいって言うからあんたは」

その通りだ。

俺はたぶん、3年前に同じ話をされたら、「猫は面倒くさい」と言っていたと思う。

今でもちょっとそう思う。

「でも、もう限界なんだよね」

限界?」

「私、あんたとふたり暮らしてるの、ちょっと限界

「えっ」

あんたのこと嫌いになったわけじゃない」

「えっ」

「でもさ、なんていうか、あんたとふたりだけだと、世界が狭いんだよ」

「えっ」

俺はコーヒーを置いた。

これは大事な話だ。

世界が狭いって、どういうこと」

あんたは仕事世界の半分くらいあるじゃん。私は、あんたが世界のほぼ全部なの」

「あー…」

「それが重い。私にとっても、たぶん、あんたにとっても」

「うん」

「だから世界ちょっと広げたい」

「猫で?」

「猫で」

俺は座って、嫁の話を聞いた。

嫁はずっと考えていたらしい。

猫を飼ったら、たぶん、嫁は猫の話をする。

俺は猫の話を聞く。

俺と嫁の間に、猫という第三者が入る。

それで、たぶん、ちょっと、息ができるようになる。

嫁はそう言った。

俺は、嫁が3年間、息ができていなかったことに、初めて気づいた。

「わかった、猫飼おう」

「ほんと?」

「うん」

「面倒くさいけどいい?」

「面倒くさいけどいい」

嫁は「ありがとう」と言って、ちょっと泣いた。

3年間、嫁は何を我慢していたんだろうと思う。

俺は嫁のことを、たぶん、わかった気になっていた。

わかってなかった。

来月、保護猫を引き取りに行く。

名前はもう決めてある。

「マル」。

嫁が決めた。

俺は何も意見しなかった。

これからは、俺と嫁とマルで生きていく。

マルが俺たちの世界ちょっと広げてくれることを、俺は本気で期待している。

2026-04-29

映画争奪戦に勝ちました

土曜日ママと2人で映画プラダ2を観ます

みんなも親孝行しような。

2026-04-28

anond:20260428233556

土曜日半ドンと言って、仕事が午前中だけだったんだよね。昭和の頃。

2026-04-27

anond:20260426225709

つーか子供流行ってるとかやたら言い出す奴いるじゃんあの界隈なろうが流行り始めてから

ホント流行ってんなら夕方枠か土曜9時枠やニチアサ枠でバンバンアニメ化しとるだろ、何作かなろうっぽい奴夕方でやってたけど

全くウケずに消えていったけどな、昔土曜日やってたギャラクシーエンジェルデジキャラットはそこそこ健闘してたのに

2026-04-25

anond:20260425180046

死亡曜日・時間別にみた自殺

月曜日」は男80.7人、女27.3人と最も多くなっており、「土曜日」は男53.5人、女21.2人と少なくなっている。

また、「祝日年末年始」の休日をみると、1日平均自殺死亡数が男52.6人、女20.7人と最も少なくなっている。

ジャップ自殺欲は異常

土曜日活動家だよ

GW外遊武器販売アピールに使って中東へのアクションは何もしないって!

6月以降の資源確保をどう考えているのか頭の悪い自分にはさっぱりわからないので頭の良い政権支持者はソース付きで教えてね!

今日土曜日

仕事休み

でも妻は仕事

さっき出かけるのを見送った

いってらっしゃいのチューした

やっぱり妻はかわいい

結婚して20年経つけど

毎日かわいい

子どもたちも出かけて家にひとり

掃除して買い物に出かけよう

2026-04-24

絶食定義

メンタルが落ち込みすぎて、最後にまともな食事食ったの先週の土曜日の夜で、

一日一回以下ぐらいでウイダーとか飲んでるしチョコとかも食ってるんだけど

これでも絶食って言い張っていい?

 

それとこの生活あと何日保つと思う?

2026-04-21

高木さんの思い出

追記

たくさんの人に読んでいただき感謝です。高木さんと、ご家族天国から見てくれているといいな。

以下、コメントに回答します。


>たいへんおもしろく読んだが、これだけよく抑制された具体的な地名のない文章で、なんで秋田県だけ出してきたんだろ。

これは、高木さんが兄について語るとき、必ず「秋田兄貴」「秋田バカ兄貴」と、必ず秋田をつけたんですね。それで覚えてました。

秋田の人ごめんなさい。


>良く分からないけど、トラックからそれなりの金額(1億前後)の補償が出るのでは。

零細トラック会社で、会社をつぶして、支払いから逃げられたときいてます

補償がでていたら、高木さんに会うこともなかったかもしれませんね。


>心が濁り切ってるのでClaudeに聞いてみたら「人間執筆可能性:約85〜90%」だそうで、なんだか安心した。安心して胸を打たれてよいのだと。

一か所だけ、文章がもたついたので、「Gemini、校正して」と、AIで清書した箇所があります人間執筆度合いは95%です。


>でも親でもスマホは見ちゃいかんだろ(笑)

だめですよね。


HPを調べた、というところが時代と言うか世代を感じて増田若いのに苦労してきたんだなって思ったわ

高木さんの情報がなさすぎて、色々検索をして情報を得ようとしましたが、業界会合参加者名簿みたいなのにあるだけでした。


他思い出したことをつらつらと。


高木さんからもらった10万円のアマゾンギフト券は、大学入学までとっておいて、Macbook Airを買いました。 

高木さんに、これを買わせてもらいました、と見せに言ったら、薄いね、軽いね、すごいねーとしげしげと見ながら言ってくれました。


高木さんとは、昼にしか会ったことなくて、夜に飲みに連れて行ってもらったりとかは一度もなかったです。

お互い車で来ているので、お酒を飲んだこともないですね。


追記終わり、以下本編




7歳の時に父が交通事故で死亡した。

土曜日に友人宅にいった帰りにトラックに追突されての死亡だった。世界で一番悲しい日だった。

地元ニュースに出たのだが、同級生先生に腫れ物にされるように対応されるのが本当に嫌だった。彼らが、どう対応してくれれば良かったのは、いまだにわからないけど。


労災ではないので、会社からはすずめの涙のお見舞金がでただけ。

父は生命保険をかけていたが、大きな金額ではなかったらしい。

母は専業主婦だった。ここからハードモードがはじまる。かと思った(母いわく)。


父は大卒、母は高卒だったが、父の親族からは「高卒結婚するなんて」とさんざん嫌みを言われ、葬式の時にもさらに嫌みを言われたので母は「絶対にこいつらは頼らない」「息子も以後会わせない」と思ったとのこと。

しかし、母の父母は遠方で、裕福ではなく、また病気しており、育児の力になれない。


そして、持ち家ではなかったので、家賃継続してかかる。食費光熱費もかかる。そのままだと保険金は数年でなくなる。

よって母は働きはじめた。

専業主婦特にスキルがあったわけでもない母ができた仕事は、まずは近所の事務パートからだった。

地方パートの時給なんて1,000円よりはるか下の時代。母は、パート代だけでは毎月の収支が赤字で、いつまでもつかと考えて暮らしをしていたらしい。


9歳のときに、母が「お仕事の人に会うからみんなでご飯を食べに行くよ」という話になった。

私はとてもうれしかった。父が死んでから外食は1回あったかなかったかくらいだった。

仕事の人がどう、ということよりも、ファミレス食事し、ドリンクバーを飲めることを喜んだ。

そしてファミレスについたら高木さんがいた。ぱっと見、60-70歳くらいのおじいちゃんで、にこにこしていた。


高木さんはこういった。

はじめましてたかしくん(仮名)。私は高木といって、お母さんと同じ会社で働いています。お休みの日にわざわざ来てもらってありがとう」。

(詳しくは覚えていないが、こんな感じだった)

そして、「何でも好きなものを食べて」というので、母の顔色を見ていたが、高木さんは

今日は私がごちそうするから、何でも食べてね。男の子は食べないと大きくならないよ」というので、

確かハンバーグと、ポテトと、アイスと、ドリンクバーを頼んだ気がする。


高木さんは私の学校生活の話を聞き、好きな運動について聞き、友達について聞き、大きくなったら何になりたいかを聞いた。

(その時はパイロットと答えた)

いわゆる何でもない雑談だった。


その後、数か月に一度くらい高木さんと一緒に食事をすることになる。場所はきまって、家から時間位離れた場所にあるファミレス

「好きなものなんでも頼んでね」といって、学校よもやま話をする。たまに会う気のいい親戚のおじさんみたいな関係だ。


こんな関係が続いたあるとき、確か小学校6年生くらいだったと思う。私はふと思った。母は高木さんの愛人なのではないだろうかと。

父が死んで、家賃は払えているが、ぜいたくはできていない。しかし、レストラン代は気前よく払ってくれる。

おみやげ込みで、お会計が合計で1万円を超えているのを、クレジットカードでさっと払うのを遠めにみて、この人金持ちだと思った)

母に高木さんについて聞いても、「お母さんの会社の偉い人だよ」としか言わない。母の会社名を聞いても、ホームページはない。

いったい何なのだ、と思った。

母がもし意に沿わずお金のために愛人稼業をしているのであれば、自分バイトでも何でもして家計を支えないと、と思った。

ただ、こんなことを直接母に聞くと、母は傷つくだろうとも思った。


それから高木さんと会うのが苦痛になった。

この人は、母の体目当てでつきあっているのかもしれない。そして、いくばくかのお金をあげて、それで私たちが何とか暮らせているのかもしれない。

私がいなければ、母は愛人とかしなくても暮らせるのかもしれない。自分負担なのかもしれないとも思った。

中学生になって、ネットで調べて、新聞配達であれば中学生でもできることを知り、母に新聞配達をしたいというと「どうして?」という答えが返ってくる。

理由は、お母さんを少しでも助けたい、というと、「あなたはお勉強をしっかりすることが、一番大切」と言ってくる。

何度かやり取りをした後、私は、「高木さんとお母さんの関係を疑っている」というようなことを言った。

母は、ショックを受けて、涙ぐんでいたが、その場で高木さんに電話をし、「高木さん、一度たかしと一緒にお話しできますか」といって、次の日の夜に会うことになった。


高木さんは、「たかしくん、いらぬ疑いを持たせてしまい、すまなかった。少し私の話を聞いてくれるかな」と言って、話し始めた。

高木さんはいま68歳(確か)で、秋田県の生まれで、なぜか3人の兄たちからいじめられて、集団就職秋田県をでていまの県(県名は内緒で)に来たこと。

働き始めて10年して独立したこと

独立してから仕事で知り合った方の娘さんと結婚して、息子が一人いたこと。

そして、交通事故で妻と息子さん(当時10歳)が死亡したこと

その時の新聞記事をみせてくれた。

また、事故の前に旅行に行った遊園地での家族写真をみせてくれた。


高木さんは泣いていた。

「こんな話でごめんね。妻と息子が死んだとき、どうして自分だけ生き残ったのかと思った。どうして自分が死んで、妻と息子が生きてくれなかったのかと思った」

「この世には神も仏もいないと思った」

自分には子供がいないので、遺産相続するのは憎き兄とその子供になる。それは嫌だ」

そんなことを思っているときに、「誰でもきてOK」みたいにドアに書いてあるキリスト教教会にふと入ってみたとのこと。

しかし、誰でも来てOKというわりに、面倒くさそうな対応をされ、それに傷ついたというより、神も仏もいないのに自分教会に行ったりするなど、何をやっているんだろうと思い、少し笑えたんだと。

そこから自分はどう生きるべきか、どうすれば死後に妻と息子にあったときに、胸を張れるのかと思ったときに、「身近にいる困っている人を助けること」「広い世界アクセスするためのチケットである学歴をつける手伝いをすること」「そのためにお金を稼ごう」と思ったとのこと。そして、稼いだお金継続的にあしなが育英会寄付してきたのだと。


高木さんはこういった。

自分は中卒で仕事を始めた。兄たちから逃げるにはこれしかなかった。私は運がよくてたまたま成功した。でも、もし学歴があったら広い世界を見て、自分が本当にやりたかった仕事を選べたと思う」

「だからたかしくんには、勉強を頑張って広い世界を見られるようになってほしい。働くのは後からでもできる」

お金のことは心配しなくてもいい」


そして、こうもいった。

「いまお母さんは、お仕事社労士という資格を目指そうとしている。お母さんの勉強応援してくれるかな」

母の仕事の詳細についてはよく知らなかったが、パートから正社員になったという話は聞いていた。社労士のことは全く知らなかった。

でも、母が資格を取って仕事をするのは、正直素晴らしいと思った。

そして、うまく言えないけど、高木さんのことは信じられると思った。


そこからも、高木さんとは2-3か月に一度会関係だった。

高木さんは、「あなたのお母さんの頑張りは素晴らしい」「会社の多くの人から信頼されている」ということを何度も言っていた。

そして数年後、母が社労士に受かった。確か私が高校2年生のころだった(と思う。うろ覚え

この時、自宅に私と母宛てにアマゾンギフト券がそれぞれ10万円ずつ送られてきて、手書き手紙で、「おめでとうございます。これは親子の頑張りのたまものです。お祝いさせてください」と書いてあった。

手紙はまだとってある)


私が大学に行くときに、母はもう社労士になっており、高木さんのすすめで社労士事務所として独立して、高木さんとその知り合いの会社仕事を回してくれたおかげで、収入もぐっと上がった。そして、母は自分の稼ぎで住宅ローンを組み、マンションを買うことにし、そのタイミング高木さんに「もう援助いただかなくても大丈夫です」と伝えた。が、高木さんからは「年寄りのお願いで、大学学費までは出させてくれないか」と言って、母は受け入れた(と後から聞いた)。


実家から出て大学に行き、地元に戻るたびに高木さんとも会った。そして、このころは「たかしくん」ではなく「たかしさん」と呼ぶようになっていた。大学でどんなことを勉強しているか、周りにいる友人知人はどんな人か、今後の世の中はどう変わっていきそうか、自分はこれからどうなりたいかについて聞かれ、話をした。高木さんは、にこにこして聞いていた。すごいね、いい時代を生きているね、と何度も言っていた。


高木さんと自分は、親子、みたいな感じでもなくて、兄弟という感じでもない。たまにあう親戚のおじさんが、間合いをみながら話してくるんだけど、よそよそしくはない、という感じ。甘えたことをいったことはないし、精神的に甘えてもいなかったと思う(お金は世話になったけど)。


社会人になって3年目。母から連絡があって、「高木さんががんで入院している。時間があるときに見舞いに行こう」という電話が来た。ちょうど年度末だったので、年度が終わったタイミング実家に帰って、そこから車で高木さんの病院にいった。


高木さんは、ものすごいやせていて、でも目だけ妙に元気に見えて、そこから生気が感じられた。少し小さなこえで、「たかしくん、わざわざ来てくれてありがとう」といった。何故だか、手を握らないという気持ちになり、手を握った。ああ、老人の手だな、死にゆく人の手だな、と直感的に思った。


高木さんは、ゆっくりとこう続けた。「たかしさん、これまでありがとうたかしさんと、お母さんの成長を見るのが私の楽しみでした。お母さんはい自分会社経営し、たかしさんは世界に羽ばたいていきましたね。私の余命は半年か1年です。私は、自分兄弟とその子供には一円お金を残したくないので、会社も自宅も売却をすませていて、残ったお金もできる限り使い切るつもりです。」


とここまで来たとき、「ひょっとして私に大金来る?」と一瞬思ったがすぐに、「すでにほとんどのお金寄付しました」と続いてちょっとだけ残念に思ったが、その残念に思った自分が、あさましいなとも思った。


で、高木さんは、続けた。「たかしさんとお母さんにお願いがあります。私の妻と息子が眠る墓があるのですが、そこに私を連れていってくれませんか。病院には話はつけてあります」というので、翌日介護タクシーに乗って、病院から30分くらいの墓地にいった。


墓地はなだらかな坂になっていて、中腹に「高木家の墓」と書かれた墓があった。高木さんを連れて行くと、「さちこ、よしゆき(どちらも仮名)、来たよ」といって、妻とお子さんの名前をいい、「もうすぐ行くからね」と語りかけていた。ああ、高木さんにとっては待ち望んだ瞬間なのかなとふとおもった。そして、高木さんは「お願いがあります。お願いばかりでごめんね。私が死んだら、おかあさんとたかしさんに、ここに骨壺をいれてもらえませんか」というので、私は「もちろんです」とだけ答えた。後で、自分の死後の手順が事細かに書かれたWordファイルを送ってくれた。


その後、2か月おきに実家に戻り、その際には高木さんに会いに行っていたが、徐々に容態は悪くなり、墓地に行ってからちょうど1年半後に、高木さんは亡くなった。高木さんの「自分の骨を他人に見られたくない」という信念を尊重し、お棺の中をご家族写真でいっぱいにし、私と母、そして高木さんの弁護士の3名だけで、葬儀をした。弁護士には、高木さんが死にそうになったら、残金をできるだけ少なくするために寄付してほしいと伝えてあったようで、強い、強い兄弟への恨みを感じた。


弁護士さんは、高木さんとは30年以上の付き合いとのことで、晴れ晴れした顔で、「高木さん、今頃奥さんとお子さんに会って、若返って天国子育てしてますよ。幸せ時間を過ごしてますよ」というので、昔写真で見た高木さん家族が、あの頃に戻って、写真そのままの笑顔子育てを再開していることを想像すると、泣けてきて、弁護士さんの前でぼろぼろ泣いた。心底、そうあって欲しいと思った。なお、高木さんの兄弟相続については、弁護士さんが対応されたので私は知らないし、特に知りたくもない。また、弁護士の方が主催した仕事仲間向けの「高木さんお別れの会」は、私が参加する会でもないかと思い、母子ともども参加していない。


49日が終わったあとで、母から高木さんから、預かっているものがある」といって、未開封封筒を渡してくれた。中には手紙が入っていた。手書きではなく、弁護士さんがタイプしたもの引用する。


たかしさん、思えばたかしさんと出会ってもう20年近くになりますね。かわいらしい男の子立派な大人に成長するのを見させていただきました。私の死後の後片付けもありがとうございました。あなたが生きる時代は素晴らしい時代です。お仕事を頑張って、守るべき人を守って、素晴らしい人生を送ってください。これまでありがとうございました」


これを読んで、また大泣きした。高木さんとの思い出、といっても親子ではないので、時々ファミレスで会って話をするくらいの思い出だ。母への手紙も見せてくれた。


「〇〇さん(母の名前)、一生懸命たかしさんを育て上げ、自分事業も作られて、大変な苦労だったと思います。すべて〇〇さんの頑張りによるものです。ぜひ胸を張って、誇ってください。私の死んだあとの後始末、お手数おかけしました。素晴らしい人生を送ってください。これまでありがとうございました」


ちなみに、高木さんは亡くなる少し前に、母に「あなたと息子さんはもう大丈夫。残ったお金もっと困っている人のために寄付をさせてもらうね」と言っていた。なので遺産は全くもらっていない。


母に、「高木さんとは本当に愛人関係ではなかったの?怒らないから本当のことを言ってみて」聞いたが、「それが本当になにもなかったの。逆に、高木さんは私たち支援していることを、他の人に知られたくなかったみたいで、高木さんの会社にいたときほとんど接触してこなかったし。高木さん、私たちが一番つらい時に助けてくれて、生活基盤を作ってくれて、風のように去っていったよね。。。妖精だったのかな」といったところで、全く妖精には見えない外見の高木さんを思い出し、「妖精か!」といって、母と笑いあいました。


まあ、母と高木さんが愛人関係だったのかどうか、本当のところはわからないし、まあ今となってはどちらでもいいかなと思う。私が実家にいたときに、母は外泊もなかったし、LINEなどで怪しいメッセージなどもなかった(母よすまない、時々勝手スマホをチェックしてた)。私は愛人関係はなかったと思うので、まあそれでいいかと。


最後まで、高木さんはどうして、この母子にここまでしてくれたのか、ということを聞く機会がなかった。おそらく、小さい息子のためにパート仕事必死に頑張る母親を見て、何か感じるところがあったのだろうけど、そこを聞くと、彼の亡くなった奥さんとか息子さんの話をほじくり返すみたいで、失礼かなと思ってた。


何が言いたいかというと、「高木さん、ありがとうございました」ということです。今も実家に帰るたびに、高木さんのお墓にいって手を合わせていますうまいオチはないが、これで終わり。

2026-04-15

疲れ知らずが疲れる

姿勢矯正を受けたら、まさか体がしんどくなった。

「正しい姿勢」って、こんなに疲れるものなんだろうか。

うつがあってメンタルはあまり強くない方だけど、ジム筋トレランニングを続けているおかげで、体力だけはむしろ余裕があると思っていた。

そんな中、前から気になっていた「姿勢の悪さ」をどうにかしようと思い、整体に行ってみることにした。

パーソナルトレーナーから巻き肩の強さを指摘されたこともあって、先週末に新しくオープンした整体院の全身矯正キャンペーンを試してみた。

施術自体はとても良くて、その場でも姿勢が変わった感じがあった。

その流れで本格的な矯正プランの話になり、けっこういい値段だったけど、なんとなく断りにくい雰囲気もあってそのまま申し込んだ。(とはいえ、そこは後悔していないし、良くなるならそれに越したことはないと思っている)

ただ、週が明けてから少し体に変化が出てきた。

長い間、悪い姿勢のままでバランスが取れていた体が、急に姿勢を正されたことで戸惑っているのか、僧帽筋にずっと力が入っている感じがする。

特にデスクワーク中は肩から背中が緊張したままで、だんだん重だるさと軽い頭痛が出てくるようになった。

これまで「肩こり」というものほとんど感じずに生きてきたけれど、世の中でよく言われる辛さはこれだったのか、と少し実感している。(筋トレ的に言うと、実際は肩というより背中筋肉なんだけど)

体がずっと力んでいるせいか、朝起きても疲れが抜けにくい。結局、今週は会社を2日休むことになってしまった。

体がしんどいと、やっぱりメンタルも重くなる。

次の予約は来週の土曜日

それまでこの強張った体と付き合うしかないんだけど、正直ちょっと気が重い。

姿勢矯正って、最初はこんな感じになるものなんだろうか。

同じような経験をした人がいたら、少し聞いてみたい。

2026-04-14

溺水

去年の2月、私は増田さんと不貞行為に及んだ。

その1年前から増田さんの事が好きだった。

増田さんは既婚者だし、当時は総務の美人にご執心の様子だったから、私の気持ち秘密のものだった。

一昨年の年末くらいか美人が欠勤を繰り返すようになり、退職が決まった頃から増田さんがよく話しかけてくれるようになった。

とても嬉しかった。

だんだん下ネタを振られる事が増えたけど、なんだか打ち解けたようで、それも嬉しかった。

増田さんにはyという金魚のフンのような女がいて、よく2人で飲みに行ってる事は知っていた。

総務の美人が欠勤し始めた時期から私にも声がかかるようになり、何度か3人で飲みに行った。

去年の2月にもその飲み会に呼ばれ、解散後の帰り道に増田さんと2人きりになった。

手を繋いで歩いて、お互いを好きだと言い合って、ちょっとだけハグして、あとはずっと下ネタばっかり話した。

そのままホテルに誘われたけど断った。

その時点ではそこまでしたい訳じゃなかった。

でもかなり舞い上がっていた。

数日後、また増田さんからLINEホテルに誘われた。

断ったら、普通に飲みに行こうと誘ってくれた。

2人で飲むのは初めてだったから、すごく嬉しくてOKした。

夕方からお酒を飲んで少し酔ってきた頃、増田さんが唇を突き出してきた。

最初拒否したけど、笑えるくらい唇を前に突き出してくる顔が可愛く思えて、少しだけ唇を付けたらそのまま捕まった。

人生初のラブホ不思議な感じがした。

正直、不貞行為に対する罪悪感なんて無かった。

もし増田さんの家族にバレたら傷つけてしまうかもしれないけど、認識できなければ事実存在しない。

シュレディンガーの猫ってこういう事だっけ。違うか。

とにかく、バレたり疑われたりせず、増田家の安寧を脅かさな範囲で楽しんでいれば何ら問題無い。

それに、私と増田さんは恋人ではなく、あくま共犯だった。

増田さんの事は好きだったけど、踏み込んだ関係になるのは怖かった。

その後も増田さんと月一、ニくらいのペースで色々なラブホに行った。

どこに行っても新鮮で面白くて、何より増田さんと2人でいられるのが幸せだった。

ところが2ヶ月くらい経った頃、増田さんが他の女性とも関係を持ったと聞いて少し焦った。

それまでは私以外に相手がいないと言ってたから。

でも私は増田さんを束縛できる立場ではないし、嫉妬するのもおかしいので、気にしていない態度をとって、それを私の本心という事にした。

その頃から明らかに増田さんがLINEをくれる回数が減った。

寂しい気持ちが日に日に膨らんで、新しい女性の方が私より可愛いんだろうなんて考えては自己嫌悪に陥った。

資格試験勉強も身に入らず、増田さんを振り向かせる方法も分からず、悩ましさで時間を浪費した。

この寂しさをどうにかしたくて、とうとう5月の終わりに初めて私の方から誘ってみた。

女性から誘うなんて恥ずかしいし、自分が無様に思えた。

少し予想はしてたけど、増田さんは私の資格試験まで2ヶ月しかない事を理由に断ってきた。

その理由で私が断るならともかく……。

もう興味が無いという意思表示だと察しながらも、振られた事を受け入れられなくて、でも今更になって彼女面もできなくて、聞き分けの良い返事をして1人で泣いた。

私が受ける資格試験の1ヶ月前に、yの資格試験が終わった。

試験が終わってすぐ増田さんとyが2人で飲みに行くのを私は見送った。

言いようの無い気持ちで私は机に向かうしかなかった。

試験が終わったら、また増田さんから誘ってくれないかな、なんて期待をした。

もう一度増田さんを誘ってみようとも思った。

それで断られたら、増田さんの事は完全に諦めよう。

この頃から恋人ではなくあくま共犯」という自覚が、寂しい感情によって薄まってしまっていた。

私の資格試験が終わって、8月に3人でお疲れ会をする事になった。

(yは先月したんだから、いなくていいのに…)

終電があるからと私だけ先に帰らされたけど、私は家に帰らなかった。

増田さんにLINEをして、しばらく待っていると電話をくれたので2人で合流した。

増田さんは泥酔していて、いつもと別人のようだった。

路上でなりふり構わず理性を投げ捨てる様子は酷かった。

増田さんを止めないといけなかったけど、久しぶりに2人でいられるのが嬉しくて受け入れてしまった。

増田さんは以前のような愛情表現はもうしてくれなくて、私ひとりが喜んでいるようで寂しかった。

以前より暴力的なのは久しぶりだからなのか、単に酔ってるだけなのか、分からないけど私は歓喜した。

増田さんの気持ちが分からないまま、朝を迎えた。

次の日、増田さんと2人で話す時間があったので、私は昨晩の事を話した。

増田さんは全く覚えていなかった。

という事は、やっぱり泥酔して理性が飛んでいただけだったのだ。

警察に捕まったら人生を終わり、今後は気をつけて欲しいと伝えた。

今までそんなのした事ない、と増田さんは納得がいかない顔をしていた。

今思えば、増田さんと私の2人でした事もあるのに、他人事のように言ったのは少し悪かったかもしれない。

「俺は君にとってのなんなの?」と聞かれたので、「増田さんにとって私はなんなの?」と聞き返したら、「友達」と言われた。

私は何て返せば良かったんだろう。

そのすぐ後、増田さんの親が体調を崩して入院する事になった。

増田さんから全体へ連絡があり、これから仕事の合間に頻繁に病院に行くことになるかもしれない、とのことだった。

こちから増田さんを誘う訳にはいかなくなった。

試験が終わったらこの心の霧を晴らしたいと思っていたけど、事情事情なので仕方がない。

当然増田さんの方から誘われる事もなく、自分の中の我儘な感情を理性で押さえつけながら1ヶ月ほど過ごした。


この頃から増田さんの態度があからさまに悪くなった。

他の人には積極的に話しかけるし、笑顔でいるのに、私には業務連絡しかしないし、私が話しかけても絶対に顔をこちらに向けてくれなかった。

私に興味が無いというよりは、嫌っている態度だった。

なんで嫌われたのか分からなかった。腹が立った。悲しかった。やりきれなかった。

でもそれらを言葉にできなかった。

真っ黒な感情が蓄積されていくだけで、発散させる方法も持っておらず、私は度々情緒不安定になった。

9月増田さんと出張に行く事になった。

取引先との飲み会が終わってホテルの部屋で入浴していると、増田さんから部屋番号がLINEで送られてきたので、部屋に行った。

それなのに増田さんはずっと冷たい態度だった。

部屋に来いって意味じゃなかったの?

普通なら怒って部屋を出るところだけど、とうに私は心に余裕のある女性ではなくなっていた。

私の顔を見ようとしない増田さんの機嫌を取ろうとして懸命に尽くした。

「俺以外の男とした?」と聞かれたのでしてないと答えた。

増田さんは?と聞くと、「先週した」と言われた。

愕然とした。親の体調が悪いからって気を遣ったけど、無駄な遠慮だったのだ。

そして初めて首を絞められた。

増田さんなら嬉しいと感じた。

私は完全に狂っていた。

増田さんと関わりながら私が幸せになれる方法なんてもう無いのに、増田さんを求め続けた。

10月半ばになり、再び同じ案件出張に行った。

仕事中、取引から増田さんはもう〇〇の社員じゃなくなるもんね」と衝撃的な事を言われた。

私は何も知らない。

呆然としそうになるのを堪えてなんとか仕事を終えて、一足先に会社へ戻った。

増田さんが私の目の前からいなくなる……ショック過ぎて、誰もいない会社で首を吊った。

数分ほど気を失ったが、急に目が覚めて助かった。生存本能ってすごい。

夜、増田さんとLINEした。

独立する。まだ誰にも言ってないか内緒ね。」

「もし誘ったら、俺の会社で働いてくれる?」

と言われた。

「正直今より給料が下がるのは無理だけど…可能なら働きたい!」と、さっき首を吊った人とは思えないほど冷静に回答した。

そして私と増田さんだけの秘密がある事をとても嬉しく思った。

でも、偶然知る事にならなかったら、増田さんは独立の事をいつ私に教えてくれるつもりだったんだろう?

増田さんの親の具合は良くならなかった。独立の準備もあるし、受け持っている仕事もしないといけない。

増田さんの気持ちや状況を鑑みるととても誘える雰囲気ではない。

でも私は寂しくてしょうがなかった。

とっくに女性としても人としても普通の扱いを受けていなかったのに、増田さんの事をまだ求めていた。

恋は盲目狂気の沙汰、愚の骨頂、理性では全部自覚しているのに、感情が言う事を聞かない。

終わってほしく無いと同時に、もう終わらせたかった。

から思い切ってLINEで誘う事にした。

「また遊びに誘ってもいい?」

すぐに「ダメです」と返信が来た。

ああ、終わった……と胸を撫で下ろしながら、眠りにつくまで何時間も泣いた。


これで終わったはずだったのに、というか、自分の中で終わらせたはずだったのに、私は意志の弱い人間だった。

あろうことか私は更に歯止めが効かない女になった。

誘ったり誘われたりはもう期待しないけど、これまで口にせず抑えて来た事を全部LINE増田さんに訴えるようになった。

なんで顔見てくれないの?私の事嫌いなんだよね。他の人と全然態度が違うよね。なんでこう言ったの?なんでこうしたの?私は傷ついた。私はこう言う事が嫌だと思う。あの人の事は好きなんだよね、私と違って。

今更過ぎる彼女である

完全に頭がおかしい。

何なんだこの女は。

増田さんは「そんなつもり無い」とかはぐらかしてばっかりで、それに余計腹が立った。

私は喜怒哀楽の激し過ぎる口撃モンスターで、その自覚があるくせに感情ブレーキは壊れてしまっていて、度々増田さんを轢きに行った。

増田さんは少し優しくなった。

12月出張ではダブルベッドの部屋を予約してくれたので、もちろん一緒に寝た。

増田さんの高めの体温を感じられるのはこれが最後だと思った。

お互いに幸せになれる相手じゃないのに、やっぱり増田さんが大好きだった。

年末堀田さんの独立にyが着いていく事が判明した。

増田さん曰く、11月独立する旨を伝えたところ、yは即答で着いていくと言ったらしい。

yならそう言うだろうな。

私は言えなかった。

それにyは私の何倍も仕事ができる。

私が増田さんの立場なら絶対にyを引き入れる。

弁えてる。

弁えてるけど、私はyの事が「うっすら嫌い」から「大嫌い」になった。

いや、正確に言えば、増田さんと関わっている時のyが嫌いで、y本人の事は人として好きだった。世話にもなった。

yに対する嫌悪感は完全な八つ当たりだったけど、増田さんとの異常な距離感気持ち悪いとは入社当初から思っていた。

増田さんの親が亡くなった。

職場は少し静かな雰囲気になった。

yだけは1人「お葬式の受付しなきゃ」とか謎に張り切っていた。

去年、同じ班の女性社員の親が亡くなった時は知らんふりしてたくせに。

増田さんの家族有事自分の出番ってか。

気持ち悪い。

でも、増田さんはyが名乗り出てくれて嬉しいとか言うんだろうな。

やっぱりこの女は嫌いだと思った。

私は転職活動を始めた。

増田さんとyの顔を二度と見なくて済むように、市内から出る事にした。

増田さんは私の転職活動を気にかけてくれるようになった。

相談にも乗ってくれた。

増田さんは優しくて世話焼きで、リーダー気質なのだ

増田さんの会社絶対上手く行く。

その確信はあったけど、もう私の中で増田さんの会社に行く選択肢は完全に消えて無くなっていた。

年が明けても私の我儘心は一向に落ち着かず、増田さんに2人で飲みに行こうと誘った。

増田さんはあっさりOKしてくれたけど、喜んではいなかった。どうでも良かったんだろう。

増田さんと2人で飲みに行くのは、初めてラブホに行った時以来、約1年ぶりだった。

3時間ほど話して、お腹いっぱい食べて、よし帰ろうと増田さんは言った。

唇を突き出す人はいなかった。

もし私と増田さんが普通友達だったら、こんな感じでいられたんだろうか。

まあ、無理か。

帰りは増田さんと一緒に電車に乗った。

一駅だから特急料金を払わず特急に乗った。

私達は共犯だった。

転職活動の話になり、私には転職の軸が無いと指摘された。

お金大事なのか、休み大事なのか、やりがい大事なのか、言ってる事がバラバラだと。

その場その場で都合の良い事を言っている感じがすると。

「でも、あんまりおお金言わない方がいいよ」

そう言われてドキリとした。

給与面で問題なければ増田さんの会社に行くと言ったのに、裏切ったようなものだった。

増田さんとyと一緒に働くのは無理、とは口にできなかった。

増田さんにとって、二つ返事で着いていくyは可愛いに決まっていた。

一緒にリスクを背負わないくせに、増田さんから与えられる事だけを求める私はただの卑怯者だった。


2月になってようやく転職先が決まり3月末の退職に向けてバタバタと引き継ぎ業務を追われる中でも、私は気に入らない事があると増田さんに怒りのLINEを送った。

いつも私から喧嘩を売ってばかりで、その度に増田さんも気分を害していた。

増田さんの事が好きなのに、好かれるための事はできなかった。

そのくせ、私よりもyが可愛がってもらえてると怒り狂った。

こんなに馬鹿で惨めな人間がいるだろうか。

というか、馬鹿感情コントロールができないから、惨めな人間しかなれないんだろうな。


3月末に引っ越し4月1日から入社というスケジュールはなかなか忙しかった。

新しい環境に順応しようと必死な中でも、私は増田さんの事ばかり考えていた。

入社3日目、仕事の内容で聞きたいことがあったので増田さんにLINEをしたが、なかなか既読がつかなかった。

忙しいだろうし、と割り切るつもりが、丸一日既読がつかなかった事に私は腹を立てて増田さんを責めた。

その事に増田さんも腹を立てた。

もう無理だと思った。

こんな気持ちになりたくたい、こんなコミュニケーション取りたくない。

増田さんの事で一喜一憂し過ぎて情緒不安定になるのをやめたい。

連絡を断たないともう駄目だと思ったけど、でも、振り切れなかった。

もう少し時間が経って、私がこんなメンヘラじゃなくなったら、また会えないかな、なんて淡い期待をしていた。

先週の金曜日通勤電車の中で偶然、前職の先輩に会った。

先輩は7月に前職を辞め、翌月にはこちらの地域仕事していた。

早速土曜日に飲みに行こうという話になり、私は喜んで店に向かった。

話題は当然増田さんの独立の事。

先輩は断片的な情報しか持っていなかったので、私が知っている情報と擦り合わせがしたかったらしい。

9月電話かかってきてさ、独立するって言われて驚いたよ。誰かに話したのか聞いたら、yだけには話してるって言ってて。」

9月。そっか、9月か。

yだけには話してたんだ。

そっか。そりゃそうよね。

先輩と夢中で話し続けていたらいつの間にか夜が更けていた。

私達はにこやかに解散した。

辞める直前、社内では独立する増田さんの味方か敵しかいないような状態で、もちろん私は増田さんの味方だったけど、少ししんどかった。

先輩は増田さんに対して中立的立場の人なので、やんわりと増田さんを否定する場面もあって、なんだかすごくホッとしてしまった。

増田さんのyの溺愛っぷりは異様だとも先輩は言っていて、私はそれにも安堵した。

増田さんへの気持ちがあるから私の見方が歪んでいる訳ではなかった。

ずっと抱えてきた重荷が、突然空中に霧散していったような気持ちだ。

私、こんな気持ちになるんだ。

家に帰って風呂から上がって、私は増田さんにLINEした。

電話は着拒、LINEブロックするからもう連絡は取れないこと。

前職で3年間お世話になったことの感謝

それだけ簡潔に伝えて、増田さんの連絡先を全て消去した。

これでもうおしまい

もうきっと会う事は無い。

もう悲しまない。

不思議と清々しい気持ちだ。

頭の中はまだ増田さんの事でいっぱいだけど、そのうちそうでなくなるんだろう。

恋愛はもうこりごり。

自分に疲れちゃった。

増田さんの事は大好き。

幸福人生を歩んでほしい。

さよなら

私も一生懸命生きて、自分なりの幸せを掴むよ。

ばいばい、増田さん。

静岡県浜松市中央区葵西の有限会社三原工業口コミ

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同族企業役員の知人の従業員もいる。

扇風機や一部の場所にはヒーターがあるが、工場施設備え付けの冷暖房機がなく夏は含浸加工のお湯の熱さも重なりとても暑く体力的にキツい時もある。

冬はシャッター付近特に寒く近隣から枯れ葉が飛来しその掃除をしなくてはならない。

始業時間は8時からで終業は17時だが仕事の準備で含浸加工処理を行うラインの人は6時過ぎから来ていて他の人も始業時間よりも1時間から30分は早く出社しなければならずその分の手当は出ない。

会社は早く来るのは任意だと言うが含浸した製品も7時40分過ぎには出てきて製品を出しエアー吹きをしカゴに次に含浸する製品を入れるので早く来ないと遅いと怒られ実質的強制的で朝早いのが苦手な人は向かないと思う。

通常の就業時間内に仕事が収まらないのは会社責任だが、個人的には7時30分始業にして9時間拘束で16時30分を過ぎる場合残業扱いにすればよいと思う。

この件について私の在職中に労働基準監督署には報告したが、是正されることはなかった。

昨今、残業代の未払いについてより厳しくなっているのでコンプライアンスの面からも気を付けた方が良く退職した人を含め全員に支払うべきだと思う。

私は自宅からこちらまで遠く時間がかかり、会社に着いてすぐに仕事に取り掛からなくてはいけなかったのでキツかった。

※補足

Googleでこの口コミを書いた後に更新された求人には7時40分始業で休憩70分で16時50分終業と変更され、これまでは休憩時間を抜かし7時間50分勤務だったのが8時間勤務になり拘束時間10分増え、私が残業代未払いの件を指摘したので変更したのかと思うが始業よりも早く来て準備をしなけなければならないのを改善しなければ意味がない。

変更された就業時間内で業務が収まるとは思えず、残業代は30分毎に付き例えばこれまで通り7時10分過ぎや17時過ぎにタイムカードを押すと残業代は付かず余程残業代を払いたくないのかと思う。

休憩時間は午前と午後で10分づつ、昼は50分あり2グループで交互に休憩を取っている。

夏季は水分補給で午前と午後にそれぞれもう1回づつ10分休憩があるが給与は変わらない。

休んだり休日出勤に出られなかったり早退や残業時に定時で帰る時などは直接関わりのない人も含め、現場従業員全員によろしくお願いしますと声をかけなければならない。

事情で数日休んだとき迷惑をかけて申し訳なかった、という意味合いで皆で食べて貰うように会社お菓子を買っていくという風習がある。

昔は有給が取りづらかったようでその名残だと思われるが、身内が亡くなりその葬儀で3日程休んだ人がお菓子をいくつも買ってきて気を使っていた。

それらはお互い様のことだと思うが、休む人や定時で帰る人にそこまで気を使わせる必要はあるのかと思う。

お土産お菓子を買ってくる人もおり、社長が買った日持ちしない法多山の厄除け団子を他の人に勧められるがままに食べると社長から「1人で食べ過ぎだ」と数日にわたり注意を受けた事もあった。

1〜2時間残業がしばらく続くこともあり、祝日は出勤日で土曜日会社カレンダーでは連休前以外では基本的休みとなっているが、取引先の都合で午前中の半日休日出勤比較的多く直前にならないと出勤になるのかわから土曜日自分計画が立てにくい。

都合がつかなければ一応断ることもでき、出られない人は休憩室のカレンダー休出日に自分名前を書いているがその際に出られない理由を聞いてきたりする人がいてプライベート理由でも詳細を聞いてきたので不快に感じ、一番最初カレンダー休みだと書いておいてもお前が休むのかと不満そうにしていたり、ぐだぐだ文句を言う人もいて気を使う。

同じ仕事内容をしている人には自分は家庭の都合で出られないのでその日は出来れば私は出勤してくれないかと言われた。

他の会社では連休前日の就業時間内に大掃除をする所が多いが、こちらは連休入口初日(主に土曜日)は出勤日となり、午前中は大掃除で午後は有給消化扱いで休みとなるため、有給が無い場合は欠勤扱いでその分給与は付かない。

連休が多い所の他社と比べると半日分少なくなり強制的有給休暇消化をさせられるので、こちらも連休前日の就業時間内に大掃除をして翌日から会社休みに出来ないのかと思う。

これまで在籍した会社ではゴールデンウィークお盆休みは1時間掃除をしし、年末年始は2〜3時間仕事をしていたがこちらも普段からそれなりに掃除していれば年に3回も半日かけて掃除する必要はないのではないかと思う。

求人に「皆勤手当は有休使用しても欠勤が無い限り支給いたします。」とあるがそれは当たり前の事で、上記のよう会社の都合で欠勤扱いになりその分の給与皆勤手当が付かない事が問題である

経営側の学歴についてああだこうだ言うつもりはないが、もっと労働基準法について勉強してほしいと思う。

仕事が少ない時は有給が多く残っている人を優先的に午前中で帰らせ、午後は有給消化としていたが私は一度しか帰らせてもらったことがなかった。

健康診断は毎年1011月に行われるが他社のように会社に健診車は来ず、各自で決められた日に有給で健診センターへ行く形であるなど、会社の都合で有給休暇を消化させられることがある。

雇入れ時健康診断は、入社後3ヶ月以内に受診する必要があるようだが、3月入社した私はその年の検診を受けさせてもらえず翌年ようやく受診出来て、その前の職場で受けた健康診断から2年2ヶ月程空いてしまった。

しかし翌年2月入社した人はその年の健康診断を受けることが出来て不可解だった。

ちなみにその前の職場では4月入社でその年の9月健康診断を受け、現在職場には12月入社し翌年4月健康診断は受けることが出来た。

健診へ行く時間有給を消化する形となり大抵午前中には終わるが、ほとんどの人は1日有給を取っている。

現在職場は健診車がきて就業中に検診を受けることができるが、希望者は近隣の病院で検診を受けることが出来、午前中は就業扱いになり午後は出社するか半休の有給使用し休むか従業員本人が決めることができるが、健康診断義務なのでこちらもそのような形にしたら良いと思う。

嘱託従業員自分仕事が終われば17時の終了前に帰ることができ、元々フルタイム契約のはずのパートの方は仕事量で日により会社に呼ばれず午後から出社したり定時前に帰らされまるでスキマバイト状態の人もいる。

終業時間になり誰かまだ仕事をしていたら皆で手伝って終わらせる方針で早く帰りにくい時があった。

親が亡くなった時の忌引きは2日間である

(以前の職場祖母が亡くなった時の忌引きは3日間で遠方で会社配慮で4日間だった)。

講習を受けておらずフォークリフト運転したり、クレーン操作している人もいる。

身だしなみや挨拶礼儀にとても厳しい。

自分の考えが絶対に正しいと主張し受け入れられないと機嫌が悪くなる人もいる。

他の人の指示で社長に怒られてもその指示した当人は素知らぬ顔をしている事もある。

昼休憩で食堂に向かう階段で後ろから「昇るのが遅い」と煽る人もいる。

口が悪く気が短く突然怒り出たり話の長い方もいる。

フォークリフト製品の入ったパレティーナを煽るように持ってくる方がいて危く早くどけ、今あるものを早くどかせ、早くどかさないともう持ってこないぞと言われる。

常にこちらの動向を見ていて気に入らない事があると「意味がわからない」と細かく注意され、指示されても話し声が聞き取りづらく誤解して間違えると汚い言葉罵倒されるので聞き直すと「さっき言っただろ」「俺は手足が出るからな」とどのみち怒られる事があり仕事が非常にやりづらく会社が何回注意しても直らずそれが原因で揉め口をきかなくなったり辞める人もいる。

気に入らない従業員に対して「こいついらない」などと平気で人が傷つく事を言い私も入社数ヶ月目にその方と揉め、「辞める」と言うと「社長がいる時に言えよ」や「すぐに辞めるなよ」と言われたが、後で「辞めるのを考え直してみない?」と言われた。

しかし本人は何度もそのような事があっても改心せず、創業当初からいるようなので会社も辞められるのが怖いのか強く言えず、コンプライアンスパワーハラスメントの面でも会社が何も対策改善が出来ずにそのままになっているのは如何なものか。

善意でやってくれたのかと思ったら「お礼がない」と突然ブチギレる人もいるのでとにかく気を使う。

休んだり休憩時間中に私用の電話をしていると理由を詮索される。

休憩時間中に仕事の話をしてきたり、SNSを覗き見してわざわざそれを言ってくるなどプライベートの事を詮索してくる人もおり、うっかり投稿いいねを押してすぐに消したアカウント名がその人っぽくて気持ち悪かったのでブロックした。

帰る時に離れた所に社長がいても必ず近くまで行って挨拶しないと後に挨拶がなかったと言われる。

社長の話が長く話しかけられるタイミングが休憩時はゆっくり休めず帰り際はなかなか話が終わらず困る時がある。

早出残業代が付かないのに朝早くから来て早く帰られないのはたまらない。

なので皆はつかまらないうちに早く帰りたがるがそれを社長が気に入らない様子の時もあり、自身で気が付いていないのかなと思う。

仕事がうまく出来ないと社長に「何か病気か?」と言われたが、作業中に仕事関係のない事でも周りの空気を読めずに従業員に話しかけ続け、気に入らないことがあると怒り続けて皆の手を止めさせて作業が滞り、仕事が捗らず負担をかけているのもおかしい。

立場上社長には誰も言いづらいと思うが、迷惑をかけている自覚を持ってほしい。

他の従業員仕事ぶりについて他の人に逐一ああだこうだ愚痴を言う方もいる。

自分仕事が終わればそそくさと帰るが先輩の人がまだ残っていると「お前が先に帰っていいのか?」と言う自分勝手な人もいる。

仕事が出来ない新人を補佐にあてがわれ、こちらが何も教えていなかったり指示していない事ややり方を勝手にされ、こちらがちゃんと見ていないからだと責任を問われた。

現場の人手が足りず休みの人がいると慌ただしくなり、役員現場に入る事もある。

朝礼の当番は週替わりで、毎日挨拶をし仕事で使う軍手洗濯機で洗い週に3回のゴミ捨てや週の最終日にはトイレ掃除も行う。

夏季休日役員従業員が来て半日工場内の換気を行う当番があり、それは後日半日分の振替の休みとなる。

退職の際は退職希望日の1ヶ月前には申し出る事や、仕事が忙しい時は退職日を伸ばしてもらう可能性もあるとの事だったが、実際は退職意向を伝えて2週間後には退職でき、会社の都合で退職日を延ばす事は本人の同意なしでは強制できず仕事量が収まらないのは会社責任でそれを従業員に求める事はおかしい。

近くに同業他社がなく入社前は内容が掴みづらく仕事が合わないと精神的や肉体的にキツく入社してすぐに来なくなったり、突然辞める人もいる。

カゴへの製品の詰め方やエアーの吹き方や検査のやり方など色々と覚えたりやらなくてはいけない事が多く、焦るなと言われモタモタしていると早くやれと言われ焦ってしまい失敗するので、要領が良かったり落ち着いて冷静に判断できたり気が強い人でないと難しいと思う。

また重い物や大きな物もあり、アルミ製品は傷が付きやすいので体力があり慎重に扱える人が向いていると思う。

Googleでの口コミにもあったように会社の目の前の道にて社用車で一時停止せず飛び出して危なく交通ルールを守っていないとあったが、会社外においても注意を払った方が良いと思う。

誓約書入社時と退職時に渡され署名を求められ、口コミサイトへの書き込み同業他社への転職禁止している。

しか書き込み禁止強制力を持たず、会社従業員退職後の就業制限を課すことは、日本国憲法22条1項によって保障される「職業選択の自由」との関係違法となる場合がある。

それよりも上記にあるように会社の外で印象が悪くなるような事が起こらないように気を付けた方が良い。

こちらは毎年3月末に業績により決算賞与支給されることがあるが2023年度は支給日の10日前に入社したばかりだったので私には支給されず、2024年度末は業績によってなのか決算賞与自体がなかった。

現在職場では今期は苦しかったようだが、入社4ヶ月目の私にも支給され嬉しかった。

人手不足で常に求人を出しているが応募があっても連絡がつかなかったり、面接に来ない人もいる。

従業員面接に来た人を外見でああだこうだ言ったり、面接した役職者が従業員履歴書を見せながら、この人はどうかと聞いている時があるが人事権を持たない人が「こいつは合格」や「こいつは駄目」と言っていた。

こちらの求人の応募の年齢制限が以前は35歳以下で私の応募時は45歳以下で、現在40歳以下になっているがニッチ仕事なので年齢に関わらず合わないと難しいと感じ、実際に若くて資格保有数や経歴で期待され入社しても期待に添える事なく数ヶ月で辞めた人もいたのでこれからも合う人が来るまで求人を出し続けていくのだろうと思う。

現在職場社長がお昼の時にお茶を入れてくれるが、こちらでは昼休憩でお茶は用意してくれないので自販機で買うか、持参する必要がある。

時折社長就業時間中にタバコを吸いながらだったり、コーヒーを飲みながら従業員作業している様子を眺めていることがある。

ハンドリフトキックボードのように乗り回している人が役職者も含め数人おり危険だ。

私もこれまでの会社ハンドリフトを使ってきたがそのように扱う人は誰もおらず、そんな発想すらしなかった。

誰かがやり始めて蔓延したのかと思うが、本来注意すべき役職者まで一緒になってやっているのは如何なものか?

安全からもそのように扱うのは常識的にもおかしく、私がスキマバイトで行っている事業所ではそのような行為禁止している。

そんな欠如が上記にもあるように会社の外で交通ルールを守れずに第三者からも印象が悪くなるのだろう。

身内で庇い合うよりも色々な問題を1つずつ改善していった方が良いと思う。

他にもいくつかあり就労関係会社側がとんでもない提案をし、従業員からの反発がありその案が立ち消えた事や個人間のことはこちらではあえて書かないでおくが役員役職者に言いづらい雰囲気が不満を大きくしていっていることに気づいてほしい。

Googleでの口コミ第三者と思われる方から会社口コミを消すのに奔走していると書かれているが、最後三原工業関係者向けにこちらのリンクを張っておく。

・辞めた社員口コミサイトで悪評を書いたとき──人事が絶対に避けるべき5つの行動

https://note.com/oh1ta/n/nbb53273cb1c3

https://x.com/oh1ta/status/1966681947842982158

2026-04-11

マッチングアプリでそっけない返事の女性

マッチングアプリで今の彼氏出会った。

時々、アプリを使っていた頃の情報交換をするんだけど、そこで彼氏がよく言うのが「返事が一言女の子が多かった」ということ。

「そうですね!」「はい」「なるほどですね!」みたいな返事ばっかりで、一向に話が広がらないことがよくあったらしい。


増田からすればそれはなんとも理解しがたい話だ。

何故なら増田女性だが、アプリでの出会いも一期一会、この出会いを大切に…の精神一生懸命受け答えしていたからだ。

それはもう、新学期友達を作ろうとする一年生のように。

もちろんマッチングアプリなので話す相手フィルタリングはするが、一度マッチした相手に素っ気ない態度を取ることはなかった。

というかメッセージ電話相手性格をなるべく把握したかたから、クソみたいな相槌で会話の主導権を持たせ続けるのは何の情報も得られない悪手では?とすら思う。


とはいえ、そんな女の子は多かったらしい。

ここからはどうしてそんな女の子が発生するのか、二人で考察した結果を書いていく。

可能性①:ちやほやされ慣れすぎている

男にアプリでちやほやされすぎて、コミュニケーションを盛り上げることを忘れてしまった

可能性②:キャパオーバーしている

自分キャパを超える男性マッチしてしまったがために、一人一人への返事が疎かになっている

可能性③:ガチコミュ障

本当にコミュ障。なんなら同性の友達も少ない?


という疑問を抱いた土曜日の朝だった。

もし我こそはそんな返事をする女子、という方がいらっしゃれば、何故そういう返事になるのかの心理を教えてくださると増田が大喜びします。

ゴミ集積所への不法投棄にどう対応するべきか

いや別に俺は管理者じゃないか対応する必要はないんだけど

いつも出してる集積所に古びた空気清浄機?がドンと置いてあった

昨日の夜には無かった気がするので、深夜に不法投棄されたのだろう

粗大ごみシールも貼ってないし、うちの地域では粗大ごみ土曜日ではないので、粗大ごみでもないだろう

 

あいうのってどうするんだろうな

自治会負担で手配するのか、あるいは清掃局になんかルールがあるのか

ただ、どちらにせよ不法投棄した人のヤリ得になってしまっているのだろう

きちんと追い詰めて罰金30万円ぐらい払わせたいけど、難しいよね

2026-04-08

転んだところが熱を持っている

土曜日にこけて膝を強打したけど

まだ熱を持っている

逆側の膝と比べると明らかに熱い

見た目は青たんになってた

腫れは引いた

でもスクワットするとまだ痛い

早く治れ~

2026-04-06

anond:20260406015536

わぁ!私かと思った

私も金曜日浮気して土曜日から彼氏と出掛けて夜セックスして日曜日の昼にはまた違う人とセックスして明日の夜もセフレ焼肉行くよ、8年付き合った元彼には何もバレなかったけど8年間で元カレ以外としたセックスの回数は3,000回くらいかなぁ、元カレとも熱心にセックスはしてたけど

墓場まで持ってくのもめちゃわかる、詰めが甘くてバレることは“浮気”だと思うし愛してないから隠しきれない≒絶対隠すを貫けない時点でもうどうでもいいってことだとも思うから


病気ってか最近友達と話してて腑に落ちたのは家族を許せてないのかなって思った、人間が生まれ最初所属するコミュニティ家族であり家庭で、そこで後々が異性愛者だと異性(ゲイの子は父)との関係構築の仕方や愛され方や愛し方や愛情表現とかコミュニケーションの取り方の学びが、大きくなってから赤の他人恋愛する時の手札や引き出しになるんだよね、私はシスヘテロで実父が心底許せず母の内縁旦那は日々殺したいくらい憎い、だから異性愛者の恋愛として予後が悪くて、父の面影恋人に見てるわけでもないはずなのに心のどこかで帳尻合わせのために私の人生で一番最初に私を裏切った男は父なわけで、だからこそ裏切ることの正当性報復を“男”という大きな枠で捉えた父と同じ属性相手に繰り返すのかなと

これを乗り越えるのは蓋をしている感情と向き合って見つめて許す実感を得ないとなんだよね(そのわだかまりの原因をどうにかする必要は全くない)

つらつら書いちゃった、ごめんね

とりあえず興味関心の欲は奔放に満たしても良いけど同じコミュニティ内での浮気リスクが高すぎてリターンも無いのでやめよう、幸あれ

2026-04-05

[]4月5日

ご飯

朝:キュウリ。昼:ポロイチ味噌たまご。夜:ウインナーハンバーグチーズカレーポテトサラダフライドポテト。間食:柿の種チョコボールアイスチータラ。

調子

仕事休み

昼まで寝た上に昼寝もした。疲れているのか今も眠いので寝る。

土曜日リフレインかな?

あいいよ、疲れたんだ。

プリンセスコネクト

久々に深域を更新

火は8-9、水は8-9、風は8-9、光は9-9、闇は8-2まで進んだ。

ようやく水が他に追いついて闇が凹む形になった。

いや闇の8-3に苦戦してる人があんまりいいないので落ち着いて編成を組めば出来るんだろうけどなんか出来ない。

シャドウバースWB

ダンジョンを遊んでた。

色々試したけど進化ナイトメアが僕にはやりやすかった。

anond:20260404065420

54日目 土曜日は自室で持ち帰り残業をした。振り返ってみれば若いから土日もなんだかんだで仕事の準備をしていたように思う。それがよかったのかわからない。たぶんもっと自分の楽しみや大切な人との関係を深めるために時間を使うべきだったのかもしれない。いつも何かに追われていて仕事の準備をしていた。それで養われた何かもあるので今でもそれなりに仕事ができているのかもしれない。大切な人のために時間を使うことは今からでもできる。

2026-04-04

石田彰の導きで虚空を殴ってから5年、今はほほえみマッチョに脚を破壊されている

 石田彰にやれと言われて虚空を殴っていたことがある。

https://anond.hatelabo.jp/20210113014635

 その後fitボクシングを始めたことで体力を作るための体力がつき、家トレを始め、ブルガリアスクワットができるようになり、とうとうパーソナルジムに通えるようになった。

 すごい進歩だ。自信もついた。なんならパーソナルジムの入会体験に行く時などは「ちょっくら見せてやりましょうかね、あっしの美しいブルガリアスクワットを」などと思ってすらいた。実際、最初は上々だった。理解のあるトレーナーが無理っぽく見えつつ実は無理のない上手なメニューを組んでくれ、おかげで楽しくスタートを切ることができた。が、特にトレーナー指名せずランダムでやっていたら、ある日突然破壊神を引いた。

 結論から言って、私の家トレはトレーニングのうちにも入っていなかった。ペーパーマリオが家でペラペラしてただけだ。そう思えてしまうほど、破壊神メニュー過酷だった。

 彼は柔らかく微笑む分厚いマッチョだ。その柔和な微笑みのまま、私の国の言葉で「では死んでもらいましょう」に近い意味の指示を出してくる。ロダン考える人のようなポーズから可動域じゃない部分を上げ下げしたり、ハッピーセットサスケみたいなポーズでひたすら静止したり、まな板の上のエビみたいにビチビチ蠢いたり、それがようやくひと段落ついて泥になっていると「今のを3セットやりましょう」などと平気で言ってくる。3セットもやったらアホになってしまわないか世界のナベアツを知らない世代

 おかげでそのトレーナー初日は大変な思いをした。階段で膝がカックンカックンになり、ゼペットじいさん無しで踊るピノキオのようにカックンカックンと無様に一段ずつ段を降りた。それから、「プロテインを飲んでくださいね」と言われていたのを思い出して近くで買い、勢いよく飲んだらバナナプロテインが胃の底をタッチしてUターンしてきた。こらこら。シャトルランじゃないぞ。ハハハオエーッ。

 そのまま座席平仮名の「て」みたいな姿勢になって電車に乗り、ジムの後に入れたのを後悔しながらその日の予定をこなし、また人間よりも平仮名に近い姿勢電車に乗り、帰宅したあと崩れ落ちた。それから、同じトレーナー指名予約した。仕方ない、いろんなアホのメニューを3の倍数やってアホになっちゃったから

 そして今日、再び筋肉破壊神と相対し、神の導きでつま先から尻までを破壊し、イトミミズのようになって家に帰ってきた。大変な日だった。死に物狂いでまな板エビになりきったあと、ジムの床から動けないまま「すみません、死んだエビみたいになっちゃって……」と情けなく呟いたら「いえいえ!活きのいいエビでしたよ!」と褒めてもらえ、エビとしての自信が少し回復した。そのままエビみたいにちっちゃくなった脳みそシャカシャカと手を動かし、ジムに履いてきた外靴を靴箱から出して、それまで履いてた上履きを間違えて靴箱に入れ、靴箱から再び上履きを出し、外靴を履いてよろよろと帰った。そんな哀れなエビの背にも、破壊神は変わらず優しい笑みを向けてくれた。

 これを書き終わったら、また破壊神の予約を取る覚悟でいる。Googleカレンダーに「土曜日20:00-破壊神」と予定を入れ、アラームが終末のラッパのように響くのを待つのだ。だって誰にも迷惑の掛からない破壊楽しい。神もそれを善しとしている。ありがとう石田彰、全ての始まりをくれた人よ。両膝でリンゴが潰せるようになった頃にまた会いましょう。

2026-03-28

常連になるということ

常連というものになったことがない。

コンビニスーパー美容院のように「よく行く場所」はある。けれど、いわゆる「行きつけの店」はない。

「行きつけの店」とは大将に顔を覚えられて、「いつもの」と頼み、少し雑談を交わす——そんな関係の店だ。

私は今まで店の人に顔を覚えられるのが気恥ずかしいと思っていた。

昔々、いつも1人で行くラーメン屋で、いつも通りカウンターに座ろうとしたら「今他にお客さんいないし、いつもより広いとこ座りなよ」と店員さんにテーブル席案内されただけで顔を覚えられてたことに恥ずかしくなり通うのやめたくらいだ。

そんな私だが、家族の転勤で縁もゆかりもない土地引っ越した。ここには本当に知り合いがいない。仕事はフルリモートで、同僚ともオンラインでやりとりする以上の繋がりはない。

寂しい。

いくらラーメン屋で顔を覚えられて恥ずかしい!なんて言ってるくらいの人間でも会話に飢えていた。だがひとりで飲み屋に入る勇気もなく、なんとなくこの土地には居場所がない気がしていた。

そんな私にも通う店ができた。魚屋である

個人商店のその店は気のいいお兄さんがひとりで切り盛りしており、常連さんとはよく会話して盛り上がっている。

魚の有名な地域からか、目利きがいいのかその店は安くて美味しい。週に一度、土曜日の同じくらいの時間帯に通っては色んな魚介類に舌鼓を打っていた。

そのルーティンを続けて数ヶ月、店員さんと何を雑談すでもなかったが、「いつもありがとう」と言われるようになった。顔を覚えられたのだ。気恥ずかしくはあったのだが、ただ5分程度買い物するだけだし、これくらいの「顔見知り扱い」ならコンビニスーパーでもあることだし、何よりなんとなく心地良くて、その店には通い続けていた。魚美味しいし。

そんなある日、大皿から煮付けを取り分けて袋に入れてもらったところで気づいた。

ーー財布がない。

世は大キャッシュレス時代だが、この店は現金オンリーである今日は閉店間際に来ていて、ちょっと財布を取りに帰る…なんてこともできない。でももう袋に取り分けてもらってしまった。ああ、何で注文前に確認しなかったんだろう!慌てていると、お兄さんはこう言った。

「いつも来てくれてるし、ツケとくから来週持ってきなよ」

時が止まったかと思った。

今ツケとく、と言ったか

ツケ!?

ツケ、すごい響きである

少なくとも向こうは、私を「今回お金を回収できなくてもちゃんと次回お金を持ってくるだろう」と認識しているのだ。

「数百円だから最悪飛ばれても困らんと思ったのでは?」と家族に言われ、それも一理あるかもしれないが、それはそれとして。こんなの常連ムーブすぎないか。ここは飲食店ではないが、「行きつけの店からの客の扱い」すぎる。信用されている。

まりにびっくりしてしまった。

余談だが、閉店準備でしばらくは店にいると言うことなのですぐ財布を取りに帰り、当日お金を払った。

些細なことだが、私ってこの土地で誰かと関係を持って生活しているのだな、と感じた出来事だった。常連というのも悪くはないかもしれない。次は飲み屋に入ってみても良いかも。

帰り際、「また来週!」と声をかけられ、次週食べる魚に思いを馳せている。

2026-03-22

マイナンバーカードを作らない理由

「平日に役所に行かないといけないかマイナンバーカードを作れない」と何年も言い続けてる人がいるけど、その数年間に1日くらいは都合をつけられる日があったんじゃないかと思う。

金持ちがよく言う「要らないものには1円も払わん」ってのと同じで1秒も時間を使いたくないってことだろうか?

そりゃ時間無駄にしたくはないわな。

ちなみに俺は土曜日マイナンバーカード申請を受け付ける日があったのでそのとき役所に行った。絶対に混むだろうからと一番乗りするつもりで頑張って早起きして早朝に行ったら7番目くらいで待ち時間なしだった。

2026-03-20

ナルシズム

自分自身が好きで、よく鏡の前でオナニーをしている。玄関の横にある姿見用の鏡がとりわけ好きだった。その前で全裸になって鏡のなかの男と見つめ合う静かな時間が愛おしい。照明を落として、間接照明の灯りに照らされると筋肉の陰影が美しく浮き上がる。血管。

動物のように自分の脇の匂いを嗅ぐ。勃起。喜びが全身を駆け巡る。

時々何故トレーニングをするのかと聞いてくる人がいる。答えは一つだが、俺はいつも笑ってはぐらかす。向上心のため、健康のため、大会に出たいから、どれも違う。自分自身セックスをするために俺は毎日筋トレをしている。今日も俺は鏡に腰を押し付けている。

「愛している」

鏡のなかの自分キスをする。好きだ。俺は俺が好きだ。苦しい。

ある日、俺は玄関の扉を空けたままセックスをしていた。土曜日の午後。廊下は驚くほど静かで、男の喘ぎ超えだけが獣の唸り声のように響いていた。言葉は愛と汗と精液にまみれて俺を男にする。

鏡の前では俺は強い。いつも美しい。それでもこの姿のまま玄関の外に出たら俺はただの全裸の男だ。

すみません

インターホンの音と同時に若い男の声がする。振り向くとスーツ姿の若い男がいた。

男は俺を見て驚いたが、簡単アンケートが有るのでと目を泳がせながら一方的説明を始める。

勤めている会社場所や、通勤に使う路線年収投資に興味があるかなど遠慮のない言葉が外の世界にはあふれている。それらの質問に対して俺は、鏡の中の俺をイメージしながら答える。完全な物語。俺の恋人の話する。

「まだお若いのにすごいですね」

スーツ姿の男は言う言葉には愛がなかった。

「実はお客様にご紹介したい商品がございまして」

ここには二つの男の世界がある。ひとつは、整えられたスーツ言葉によって成り立つ世界礼儀数字勧誘常識。もうひとつは、鍛えた肉体と熱によって成り立つ世界筋肉、汗、匂い沈黙、陶酔。

勃起したペニスは刀になる。彼が発する前に俺は剣の達人のようにペニスを抜く。俺は全裸ボディビルダー

マニュアル通りの説明一生懸命する彼の前で俺は激しくオナニーをする。丁寧な言葉と野獣の雄叫びハーモニースーツの男と全裸の男。文明と野蛮。社会セックス。まるで交じり合わない水と油のように俺たちは狭い玄関のなかでそれぞれの世界を展開する。

今日ありがとうございました」

どれだけの時間がたっただろう、廊下の向こうに、やや青みを帯びた薄い光が沈みかけていた。彼は最後まで礼儀正しく、何事もなかったかのように帰っていった。結局、何も起こらなかった。結局何も生まれなかった。虚無感もなく、精子も出し切ったかのようにペニスはしぼんでいた。

世界は一つに溶け合うことはないし、いつも分断されている。俺はもう一度鏡の前に立った。その男をどれだけ見つめても、どれだけ愛してもこの恋は成就しない。男の美しさとは、触れた瞬間に失われてしまう幻なのかもしれないと思いながら、それでもなお、鏡のなかの男に口づけることしかできないでいる。

2026-03-18

https://x.com/herobridge/status/2034238582488248829

【大拡散希望3月28日土曜日

国会議事堂門前で「オタクによる反戦デモ」を決行いたします。いよいよリアルデモです。オタクの皆さん、街頭に立ちましょう。そして平和を訴えましょう。僕たちのオタクライフを守るためにも戦争反対叫びましょう!

#オタクによる反戦デモ

30歳で不妊治療をはじめた⑧

妊活始めて一発で授かってたら今頃もう子どもが産まれてたはずなんだよなあ。

2回目の人工授精をした。

いつも通りD3からレトロゾール2錠服用し、排卵が遅い傾向にあるのでD13で卵胞チェック。

また28mmくらいまで膨れ上がっているくせに排卵検査薬は陰性なのでオビドレルを注射してもらって翌日人工授精

今回は土曜日なので夫にも来てもらった。

精子を洗浄している間の1時間半くらいの待機を味わってもらい、せっかくなので自分精子状態を直接聞いてもらい、処置の間は待合で待ってもらった。

前回より数値が良くなってたので安心してた。

でも初診のときもっと数値良かったんだよね。

後は生理予定日を待つだけなんだけど、それまでの間に義両親との食事会が入った。

懐石料理の感じなのでお刺身があって、よっぽど当たらんやろと気にせず食べるか、万が一のことを考えて食べないか悩む。

それかこのタイミングで義両親にも不妊治療していることを伝えたほうがいいんだろうか。

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