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はてなキーワード: 台無しとは

2026-01-16

分譲住宅を買うときにつきまとう、ご近所ガチャへの恐怖ってどうやって打ち勝つの

賃貸とかだと、本当にヤバいご近所さんがいれば最悪逃げ出せるでしょ?

でも買っちゃったら、そういうわけにはいかないじゃない?

ようやく苦難を乗り越えて家を買ったと思ったらご近所ガチャ台無しになったら詰むでしょ?

よくみんな、そんなおそろしいガチャを回せるね。

わたしや恐ろしくて仕方ないよ。

anond:20260116145643

わかる

前よりは今はナチュラルな気がするけど、なんか根本的なズレがある気がする

 

アメリカでは評価されてない美女は多分大勢居るんだろうけど、化粧をそっちに寄せちゃうから台無しになる

2026-01-15

映画館に行くのは

同じ回で見る人の民度チャレンジに挑みたくないという感情を、映画館でその作品を観たいという欲求が上回ったとき。でも時間お金をかけて観に行って、どこの誰とも知れぬゴミ台無しにされるくらいなら映画館なんか一生行かなくていい

この前アプリで知り合った人とデートしたんだけど

今思い出してもじわじわ腹が立つから書く。

待ち合わせは渋谷ハチ公前はさすがに人が多すぎるからってことで、スクランブル交差点を少し離れたスタバの横。そこまでは別に普通だった。相手写真と大きく違わないし、会話もまあ無難映画の話とか、最近行ったカフェの話とか。ここまでは可もなく不可もなくって感じ。

問題はその後。

私が「このあとどうする?」って聞いたら少し考えて、わりと自信ありげに住宅街とか、どう?」とか言い出した。

住宅街

その瞬間、頭の中に「?」が五個くらい浮かんだ。代官山とか中目黒とかならまだ分かる。三軒茶屋の裏道とか、吉祥寺住宅街なら「まあ散歩か?」ってなる。でも場所指定は一切なし。ただ住宅街

どこ?なんの?誰の?

渋谷から住宅街って言われても、円山町なのか松濤なのか。神泉?もう全部ニュアンス違うじゃん。しか理由説明もない。ただ住宅街

正直その時点で一気にテンション下がった。頭の中では「これ、私が悪いの?」って一瞬考えたよ。「じゃあどこ行きたい?」って聞けばよかったのかな、とか。でもよく考えたら初回のデート女性側が安全面も含めて全部舵取りしなきゃいけないの、普通おかしい。

しかも歩き出してからがまた微妙神泉方面に向かってるっぽいんだけど、特に何があるわけでもない。途中で「この辺落ち着いてて好きなんだよね」って言われたけど、いやそれはあなたの話であって私は今その落ち着きを共有する前提をもらってない。

カフェに入るでもなくパン屋に寄るでもなく。目的もないまま他人生活圏をただ歩く感じ。夕方だったから人も少なくて、逆に気まずい。安心感より早く明るい場所に戻りたいが勝つ。

あと地味に腹立つのがその人、私が微妙な顔してるのに全然気づかない。歩きながらスマホ見たり、急に仕事の話始めたり。いや今ここで?みたいな。

結局、神泉駅の近くで「そろそろ帰るね」って言って解散した。おかげで貴重な三連休休日一つが台無しになった。

なんだよ住宅街って。

2026-01-13

anond:20260113163033

ボディビルダーという映画をみるかぎり、

性欲が強いままデートしてしまうと、変なことまで口走ってしまい、台無しになる可能性が高そう。

2026-01-12

未だにサムライ8に粘着して叩いている男オタを見るに、男オタの方が女オタより粘着質じゃんと思う

ヒット作の作家がそれとは全く無関係な新作を出して、その新作がつまらなかったとしてだから何なんだ?まさに嫌なら見るなで済む話じゃないか

よく女性向けは作家単位男性向けは作品単位と言われるけれど、少なくともネットで声の大きい層は逆だと思うんだよな

女オタは基本的特定作品やその続編にこそ拘っても、作者の別作品には関心持たない

しか岸本斉史場合アシスタントに描かせた続編のBORUTONARUTOの話を台無しにしていて

そっちの方がよっぽど叩かれそうなのにそっちは何故かスルーされてるから余計に違和感が募る

2026-01-11

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論

あるべき規範方針

おもしろ環境意図的に作るには、おもしろ人間としての振る舞い方やあるべき気質規定し、それを人々に守らせなければならない。

あるいは、おもしろ人間けが守れて、つまらない人間は守ろうとは思えないような規範を作り、つまらない人間おもしろ環境に入ってこれないようにするのが、おもしろ環境を作る一番有効方法だ。

そこで、おもしろ人間が何をどう考えて、どう振る舞っているのか、そしておもしろ環境台無しにする考え方は何なのかを考えていく。

ネットでなされていたおもしろいことというのは、自発的価値を実現することだ。

自発的価値とは、評価者の主観にとって価値あると実感できること、主観にとって満足できることだ。

それを実現する手段とは、主観自身が、自身がどうやって満足するのかを、自身で探求することだ。

それは、それぞれの個人主体的に独力でなすことを基本とするものであって、他人が欲しがっているものを与えてその見返りをえるというような贈与的な活動では決してありえない。

自身感性のために自分努力して活動する、というのがおもしろ環境で共有されるべき意識だ。

からといって、おもしろ人間同士で一切協力し合うべきではないということでは決してない。

理想的な協力の仕方は、相手自身価値観のために自発的活動できるようにし、その人がその人の欲しいものを手に入れることを手伝うことであって、他者の欲しがっているものを与えることだけにすべての人が専念するべきというものではない。

基本的に独力で自身の生をよいものにできる、そうする意志がある人間だけで、協力し合うということだ。

自分活動によってえた知見、自分が何に価値を感じるのかということや、それを手に入れるためにどんな手段を取り工夫したかという知的な成果を、無償ですべての人に与えることが、自身活動のためにも必要なのだ

誰かを手伝うとか、知見を共有するさい、そのことで直接見返りを期待してはならない。

その代わり、他者の知見から自分にとって有用ものを選び取ることも自由にできることができる。

おもしろ環境の中で他者から与えられてもいい利益とは、自分自身で構築した価値観に基づいて活動する人間知的成果だ。

そしてのその知的成果を利用して自分方法論を発展させ、それをさら他者と共有することで、価値を実現する手段大勢と共同して洗練させていくことができる。

人は自身の満足のために積極的利己的に活動するべきであり、利他行為他者強制してはならない。

利己的に生きる人間の知見だけが他の利己人間活動の参考になり、他の人間自身の満足をえるさいの指針になり、したがって利己人間のみが利他的になれる。

自分他者に何かを与える代わりに自分他者から何かを受け取る、つまり本来自分のために使うべきエネルギーをあえて他者のために使い、他者にも自分のためにわざわざ労力を割かせるという考え方は、この価値観においては無用であり有害しかない。

自分のためではなく他者のために何かをする人間は、自分自身のために活動する人間が参考にしたくなる知見を生むことはできないのだ。

ここで利己主義という言葉を使っているが、これは非常に誤解を招きやす言葉だ。

利己主義ということで一般的理解されている意味は、他者が欲しがっているもののみを欲しがり、他者がいなければ自分欲望すら持つことができず、他者が持っているものを奪うというやり方でのみ手に入れようとする人間のことだ。

ある意味では、いわゆる利他的な人間もこの特徴に当てはまる。

ただ、人が持っているものを奪う代わりに、自分がすでに持っているものに大きな価値があると相手を騙して、それを与え、その報酬として相手が持っているもの自分に与えるよう仕向ける、そういう迂遠なやり方で奪うところだけが違う。

自分自分の欲しいものを手に入れようとしないこのような人間は、他者から報酬を受け取るに値しない無能だとみなすべきだ。

なぜなら有能な人間なら、わざわざ他者のために何かをするのではなく、最初からその努力自分のために向けるべきだからだ。

他者価値あるものを与えられるとしたなら、なぜ最初からそれを自分に与えないのか?

それは、本当は相手に与えるに値するものなど持ってはおらず、不当に相手から報酬を奪い取る詐欺師しかいからだ。

そして言うまでもなく、他者能力を信頼して自分自分感性に関わろうとしない、要するに詐欺師に騙される側の人間もまた、自分を騙してくる側と同類であり、ある意味では、詐欺成功させて片棒を担いで詐欺を成り立たせているため、排除すべき人間だ。

ネットおもしろ環境共通する特徴は、効率的報酬がえられる場所ではない、少なくとも報酬をえるにあたって一番効率的場所ではない、というものだ。

報酬のえやす場所とは、注目されやすく、評価される機会が多いということだ。

しかしどんな場所でも少し活気づくようになればたちまち注目を集め、人が集まるようになる。

そして、いいものには賛辞を送るのが礼儀でありモチベーションを上げるのにも役立つと考える人間が、いいものもそんなに大したものでもないもの賞賛し、いいねボタンの類を押して積極的数字を増やす

そうして、それまで報酬に繋がらないことをしていた人間までつまらないことをするようになったり、あるいはおもしろいことができない、してもほかのおもしろ人間との連鎖反応を起こせると期待できなくなり、おもしろいことがなされなくなる。

この流れは、止めようと思って止められるものではない。

評価がえられない場所において、わざわざそこに集まってくる人間は、自発的動機活動する。

まり評価に影響されない状況で活動できる気質を持っている。

しかし、活動に必ずしも評価必要としないからといって、他者評価報酬が与えられるようになっても誰もがその評価拒否できるわけではないし、評価のない状況を維持しようとする意志を持っているとも限らない。

おもしろいことができる人間でも、流れが変われば、その流れに乗ってしまうのだ。

から、たとえ自発的人間同士で集まっても褒め合いが生まれるようになる。

人がいなければ自発的になれる人間でも、人がいると他発的になる。

ある人から賞賛を受けると、その賞賛からの影響されないでいるのが難しいからだ。

賞賛を受けたとき、その受け取りを拒否すれば、敵対しているとみなされるだろう。

そして、褒めたり褒められたりする活動を受け入れるほかのつまらない人間から非難されかねない。

賞賛を受けると、その相手に借りができてしまうし、借りを作ることを拒否できないのだ。

褒めてくる相手がつまらないことしかできない人間だとすると、相手につまらないと指摘することができなる。

相手から利益を受け取ったのに、自分相手不利益を与えることになるからだ。

あるいは明確に相手の言うことを否定しないとしても、相手から賞賛無視する素振りを見せると、相手否定していると取られかねない。

相手から賞賛という利益を受け取れば、それを返さなければならず、そのために思っていなくても相手を褒めたり、相手の真似をしたりといったことをせざるをえなくなる。

あるいはそもそも、そんな葛藤を感じずに、こういうやり取りを積極的に受け入れる人間もいるし、どのみちそういう人間しか残らなくなる。

結局、人は他者賞賛などの利益を与えることができるという考えが一般通用していて、またそういったもの利益を感じる人間がいるせいで、必ずどんな場所もつまらなくなってしまうのだ。

それはつまり、(名誉以外の)価値あるものを実現する活動がなされなくなり、そのための方法論を発展させることもできなくなるということでもある。

おもしろいことがしたい人間は、そういう場所にとどまろうとはしないだろう。

なぜなら、おもしろ人間がわざわざ他者のいる場所(かつ人が少なく、褒め合いも少ない場所)で何かを発表しようとするのは、自分活動の仕方を他者に見せ、それをほかの有能な人間が発展させてさらに共有してくれるのを期待しているからだ。

評価が横行している場所では、価値を実現する手段を本気で批評したりすることはなくなるから有意義ものが生まれなくなるのだ。

以上のことからわかるのは、おもしろ場所を維持するための規範方針は、直接的な価値を求める人間のための場所を作り、他発的な人間排除する、というのものだ。

そして、他発的な人間、つまり他者の役に立つことをしたいとか、道徳規範に従うことであるとか名誉心のためとかいうような、自分行為価値判断を他人にゆだねるような人間排除するには、他者から利益をえることができず、また他者にそれを要求する権利を認めず、他者利益を与える義務も認めないという規範を導入するしかない。

このような方針に基づく規範規定し、おもしろ場所を維持するための体系的な方法を広めていかなければならない。

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論

価値あるものが生み出される環境

一般的規範を廃した場所、どんな行為賞賛などの報酬に繋がらず、尊敬もされないような場所でなされる活動は、おもしろものである可能性が高い。

なぜなら、報酬がえられないのにわざわざ何かをするということは、行為自身がそれで満足をえられるのでなければならないからだ。

これは、感性を働かせられる人間しかできないことだ。

自分自分のやることを評価できない人間は、報酬なしで満足はできないから、そういう人間排除されるというわけだ。

そういう場所にやって来る人間は、なぜわざわざそこを選ぶのか?

それは、同じように真に価値あると実感できるものを探す人間と共同して活動できるからだ。

おもしろ環境でなされる活動というのは、おもしろい人同士が相互作用し、新しくて、実際に人の感性を刺激するもの連鎖的に生み出していく営みだ。

最初に誰かがおもしろいことして、別の人間がそれを自発的に、その人の感性によっておもしろいと感じ、最初のものとは違った新しいものを作り出していく、そういう連鎖的な活動がなされるのがおもしろ環境というものだ。

これは、他人がやっていることを評価基準とみなして学習し、報酬をえるために真似し続けるような人間がいない場所しかできないことだ。

おもしろ人間に対して報酬を与えることができるとすれば、報酬がない環境を維持し、同じように自発的おもしろ人間報酬なしで成し遂げた成果を共有できるようにし、それができない人間排除することだけだ。

いいものを作ってくれた人にはお礼やご褒美をあげないといけないとか、おもしろ活動を促進するために報酬約束しないといけないという考えは、たちまちおもしろ環境を腐敗させる。

報酬が与えられる条件がどんなものであっても、報酬がえられる条件と人が実際に満足するかどうか(おもしろいかどうか)という条件は必ず乖離するものであり、表面的な評価基準を満たそうとするだけの人間がやってきて、すべてが台無しになってしまうのだ。

価値あることを実現する資質とは、他者からの間接的な価値判断を信用せず、自らの自発的感性の働きを自覚することができ、そのために活動しようとし、他者自分の行動の動機に影響を与えるのをよしとしないことだ。

そしてその反対に、無価値さをはびこらせるのにつながるのは、外的な動機しか行動しない人間であり、また、人に外的な動機を与える環境だ。

外的な動機で行動することや、それを奨励する環境は必ず腐敗する。

評価するがわの人間でさえ、本当に自分評価対象によって満足をえているとは限らないのだ。

何かを評価する人はただ、送り手が価値あるものを作っていると信頼して、自分ではなぜ満足しているのわかっていないのに満足しているだけなのかもしれない。

受け手が、対象のどんな性質自分感覚をどう刺激したのかという因果関係をはっきり自覚しているとは限らない。

受け手評価する能力が、送り手の自己評価する能力より優っていると、どうして信頼できるのか?

そのうえ送り手が自己評価できないなら、価値保証してれるものは誰もいないのだ。

送り手が自分活動の良し悪しを判断できず、受け手自身感性判断してくれると期待している一方で、受け手は、送り手が自身の成果を保証してくれているはずだから自分もそれをよいもの判断して問題ないに違いないと考えるという、循環依存が起きかねない。

まりその状況では誰もものごとの良し悪しについて考えていないわけだから、いいものを作ったり、何事かを良くしていく活動などやりようがないのだ。

ここで言いたいのは、「客観的価値評価する能力」などといったものではなく、主観的価値主観的な満足さえろくに自覚できない人間がいるということだ。

そういう評価者の要望を聞いたところで、彼らを満足させるものは生み出せない。

他者から評価尊重して何かをする人間がいる環境や、積極的ににそうするべきとされている環境では、結局誰をも満足させないものを際限なく作り続ける義務が発生しかねない。

そうなるくらないなら、他者への評価を一切禁じ、行為自身のみが自ら評価者とならざるをえなくるするほうが、価値あるものが多く生まれるのだ。

また仮に評価する側が自身感性評価できるからといって、送り手が受け手の反応だけを見て活動していればいいということにはならない。

なぜなら、その環境価値方向性を狭めることになりかねないからだ。

他者評価に影響を受けるということは、被評価者は評価者のうち誰が一番適切なのかを判断できないということだ。

したがって、被評価者が最終的に受け入れるのは、多数派か、影響力の強い少数の人間かのどちらかになる。

多数派価値観というものができあがっている環境では、当然その価値観が多くの活動者に影響を及ぼすことになるため、その環境価値観の多様性は狭くなる。

少数の人間によって作られた価値観が共有されている場合も同様だ。

仮にその少数の価値観が確実に誰かを満足させることができ、しかも多くの人を満足させられるとしても、価値観が少数に修練していくことはあってはならないのだ。

ある人の何かを評価するということは、それにしか価値がなく、それ以外のことは無価値であり、したがってそれ以外のことはやるなとほのめかしているようなものだ。

価値観の方向性の多様さを確保するには、それぞれの活動者が他者評価に影響されないようにし、それぞれが自発的活動するしかない。

そして、そのような自発的人間だけを選り抜くために、評価という報酬がないほうが都合がいい。

実際にネット活動していた人たちがこういったことを自覚していたかどうか、意識的動機はともかく、定まった評価基準もなく、報酬もえられない場所活動することには、実際そういう効用があるのだ。

インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3

2026-01-10

anond:20260109184703

提示いただいたはてなブックマークコメント群は、記事テーマであるミソジニー女性蔑視女性嫌悪)」に対する、典型的な反応のサンプルとして非常に興味深いものです。

記事自体が「構造差別」や「感情のあり方」を扱っているため、コメント自体がその実証の場となっている側面が見受けられます

以下に、記事定義されているようなミソジニー的な態度、あるいはミソジニーを維持・強化する構造を含んでいると考えられるコメント分析・分類しました。

1. 「物言う女性」への攻撃トーン・ポリシング

記事内の「『物言う女性』に対し、言葉暴力排除制裁する」という指摘にそのまま合致するコメントです。フェミニズム女性の権利主張を「正義に酔った暴走」とみなして攻撃する態度は、ミソジニー典型的な発露(既存の秩序を乱す女性への懲罰)と分析できます

gkdjgmcnvirgj 「ほとんどの人はツイフェミみたいなイカレタ女が嫌いなだけだと思う 正義に酔って自分は偉いと勘違いしたバカ進歩思想本来目的台無しにしていることがsns可視化された結果嫌悪が強まった」

分析: 「イカレタ女」「バカ」といった侮蔑的言葉を用い、女性の主張の内容ではなく、その態度や存在自体攻撃しています。これは「弁えた(わきまえた)態度をとらない女性は叩いてもよい」という心理の表れと言えます

2. 女性の「人格」と「身体」の分離(性的客体化)

女性を一人の人間としてではなく、性的資源としてのみ価値を認め、人格否定するという態度は、ミソジニーの根幹にある「客体化」です。

gebonasu30km 「ケンドー・コバヤシの『女は嫌いだが女体は好き』という至言を思い出す。」

分析: この発言を「至言(素晴らしい言葉)」として肯定的引用している点に、女性を対等な人格を持つ他者として認めたくない、しか性的には利用したいという歪んだ欲望聖女娼婦の分離、あるいは人格無視)が見て取れます

3. 被害者性の強調と「逆差別」論(マノスフィア的言説)

女性差別について語る場で、「男性こそが被害者である」「女性優遇されている」と主張し、議論無効化しようとする動きです。これらは「インセル」や「弱者男性論」の文脈で語られることが多く、構造差別否定するための防衛機制として機能します。

Seitekisyoujyo 「単純に性別で割引が受けられるか否か、入試優遇がされるか否かの形式的差別が横行し、データからでも男性の不遇さが明るみに出ているのに、この差別的状況に対する不満を言う男性の口を塞ごうとする醜悪騎士言説」
kiiroiinko 「そりゃミサンドリーフェミという言葉で甘やかしたのだからしょうがない。」

分析: 女性差別の解消を目指す動きを「男性への攻撃」と解釈し、敵対心を露わにしています。これは記事にある「剥奪感」によるミソジニーの増幅の実例と言えます

4. 概念矮小化無効化

ミソジニーという概念のものを「レッテル貼り」や「カルト」として処理し、その背後にある社会構造問題から目を逸らそうとする態度です。

timoni 「カルト宗教教義についての解説ですね。あたか学問のような顔をしている。そもそも女性を『嫌悪』することが問題視されること自体おかしい。嫌悪自由だ。制度差別殺人問題視せよ。」
zbun6ugf9t 「フェミから見て気に食わない男達の総称として使われているイメージ。」

分析: 「嫌悪自由」と個人感情問題すり替えることで、その嫌悪社会構造と結びついて差別再生産している事実記事主題)を無視しています

5. 話題すり替え(Whataboutism)

ミサンドリー男性嫌悪)はどうなんだ」と繰り返すことで、ミソジニー議論妨害する行為です。これも広い意味で、女性問題を軽視するミソジニー的態度の一種と捉えられます

OeThousandmiles 「ミソジニー前後編で詳しく解説する一方、ミサンドリーミソジニーの関連用語として極短い説明がなされているだけ。(中略)男性学が女性学の付録しかない状況と相似している。」

分析: 記事ミソジニー主題にしているにもかかわらず、男性への配慮が足りないと批判することで、女性差別議論の重みを相対化しようとしています

まとめ

コメント欄全体を見ると、「ミソジニーという言葉男性攻撃されている」と感じて防衛的・攻撃的になる男性と、「まさに記事に書かれている通りのことがコメント欄で起きている」と冷ややかに観察する人々(nina19, funifunix, yourmirror など)にはっきりと分断されていることがわかります

また、u_eichi氏が言及している「ピラミッド図」はおそらく「暴力ピラミッドPyramid of Hate/Violence)」のことだと思われます

この図は、底辺にある「偏見による態度(ジョークステレオタイプ)」が、頂点の「物理暴力」を支えていることを示すものですが、これを「幾何学的に非論理的」と批判することで、本質的な「差別構造」の議論拒否している点も興味深い反応です。

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ミソジニー女性嫌悪)の有無という「ジェンダー論的な視点」を一旦脇に置き、コメント投稿者たちの心理機序社会経済的背景、あるいはネット文化的な側面から分析します。

こうして見ると、単なる「差別意識」だけではなく、**「公平性への渇望」「経済的閉塞感」「コミュニケーションの断絶」**といった複数の要因が絡み合っていることが浮き彫りになります

1. 「対称性への希求」と「公平世界仮説」

多くのコメントに見られるのが、「ミソジニー女性嫌悪)があるなら、ミサンドリー男性嫌悪)も同じ重みで論じられるべきだ」という対称性への強いこだわりです。

コメント例: replier, ken530000, timetrain, OeThousandmiles

分析:

社会学では「差別には権力勾配(強者から弱者へ)がある」と考えますが、一般感覚直感的な正義感)では「どっちもどっち」「悪口双方向で悪い」という対等な対称性を求めがちです。

記事が「女性差別」に焦点を絞っていることに対し、「片手落ちである」「不公平だ」と感じる心理は、差別をしたいというよりは、「自分の苦しみも同じように認めてほしい」という承認欲求や、世界は公平であるべきだという「公平世界仮説」に基づいている可能性があります

2. 「弱者男性論」と社会経済的剥奪

「男だから偉い」と思っているのではなく、むしろ**「男なのに何の特権もなく、社会底辺で苦しんでいる」**という自己認識を持つ層からの悲痛な叫びです。

コメント例:

naka_dekoboko: 「いまの社会で弱男にゆるされたのってけっきょく憎悪だけ…憎悪けがエンパワーして力をくれる」

gun_kata: 「実際にキャリアを奪われた若年男性に対してもお決まりの『新自由主義こそが真の敵』みたいな何の意味もないお題目

分析:

これはミソジニーというよりも、**新自由主義経済下における「持たざる者」のルサンチマン怨恨)**の表出です。

男性特権」という言葉を投げかけられても、自身貧困孤独という現実乖離しているため、フェミニズムを「既得権益層(あるいは勝ち組女性)による弱者いじめ」として認識し、反発しています特にnaka_dekoboko氏の「憎悪けがエンパワーする」という指摘は、孤独現代人の深刻な病理を鋭く突いています

3. 「理系論理的思考」と「社会学的アプローチ」の衝突

記事提示された図表や論理展開に対し、定義整合性の甘さを指摘して拒絶する反応です。

コメント例:

u_eichi: 「頂点の角が鋭角だったり鈍角だったり…正三角形底辺短=相似で頂点下がるとか、非論理

golotan: 「アドラー心理学とか精神分析的な言ったもの勝ち感…客観的エビデンスを欠きジャーゴンの羅列になってしまいがち」

分析:

これは**「認識論の衝突」**です。社会学や人文知的な「概念モデルメタファーとしての図)」に対し、厳密な定義定量的エビデンス幾何学的な整合性を重んじるエンジニアリング的・自然科学的な思考様式を持つ人々が、生理的拒否反応を示しています

彼らにとって記事は「非論理的」に見えるため、内容の正誤以前に「信頼に値しない」と判定されています

4. 言葉遊びによる「心理距離化」と「ネタ消費」

ミソジニー」という聞き慣れないカタカナ語に対し、わざとダジャレで返すことで、話題の深刻さを無効化あるいは回避しようとする反応です。

コメント例: zzteralin (miso=憎しみ), nande_nande_boy (三十路おっさん), tym1101, asada1979

分析:

はてなブックマーク特有の「大喜利文化」の一種ですが、心理学的には**「茶化し(ユーモア)」による防衛機制**とも取れます

自分にとって耳の痛い話や、理解範疇を超える難解な話を、「三十路(ミソジ)」という卑近単語に変換することで、自分とは関係のない「ネタ」として処理し、心理的な負担を軽減しています

5. メディア論としての「イミダス生存確認

記事の内容そのものよりも、掲載媒体に注目する層です。

コメント例: qdkmqJut, trashcan, ET777

分析:

imidas』が集英社の分厚い用語辞典として有名だった時代を知る世代(おそらく30代後半〜50代)が多く含まれていることが推測できます

「まだあそこが生きていたのか」という驚きが先に立ち、記事の中身は二の次になっています。これはネット古参ユーザー特有コンテキスト依存の反応です。

総合的な分析まとめ

このコメント欄は、単なる「男女対立」の場ではなく、以下のような現代日本の断層可視化された場であると言えます

エリート概念を操る側) vs 大衆生活実感を持つ側): 「構造」や「ミソジニー」といった抽象概念で語る記事と、「俺たちは今辛いんだ」という具体的な生活実感を持つ読者の乖離

文系解釈的) vs 理系実証的): 社会的な「正しさ」の語り口に対する、論理的科学整合性を求める層の苛立ち。

被害者性の奪い合い: 「女性こそが被害者」という記事の前提に対し、「いや、現代では男性特に弱者男性)こそが被害者だ」と主張する層の対抗。

これらを踏まえると、コメント欄の混乱は、**「共通言語喪失」と「余裕のなさ」**によって引き起こされていると言えそうです。

2026-01-09

anond:20260109184703

AIをそのまま信用できないので、実際に「明確にミソジニー的な表現を含む」と判定されたブコメを見てみる

id:gkdjgmcnvirgj ほとんどの人はツイフェミみたいなイカレタ女が嫌いなだけだと思う 正義に酔って自分は偉いと勘違いしたバカ進歩思想本来目的台無しにしていることがsns可視化された結果嫌悪が強まった

id:Yagokoro アホくさ。ただの被害者仕草

id:mirakux 男が悪い

id:flatfive いつまでこのカルト宗教差別思想学問扱いを許すんだ?もう充分過ぎるほど被害が出たし、草津やら不同意性行罪やらでフェミニズムが上から下まで腐ってるのはハッキリしただろ。滅ぼそう。

id:timoni カルト宗教教義についての解説ですね。あたか学問のような顔をしている。そもそも女性を「嫌悪」することが問題視されること自体おかしい。嫌悪自由だ。制度差別殺人問題視せよ。

id:vbcom こう言うゴミみたいな宗教流行ってる令和日本

id:rag_en いかに「ミソジニー」が、まともな意味を持たないトンデモ概念か、という話です。度し難いのは、語ってる御本人がそれに気づいてなさそうなあたり。

id:toro-chan 男性犯罪者扱いするな、という真っ当な論理さえ、女性優遇に反対するミソジニーレッテルを張るこれらは全く信頼できない。日本男女平等だと言う事実さえ理解できないようでは議論なんかできるわけがない。

id:Seitekisyoujyo 単純に性別で割引が受けられるか否か、入試優遇がされるか否かの形式的差別が横行し、データからでも男性の不遇さが明るみに出ているのに、この差別的状況に対する不満を言う男性の口を塞ごうとする醜悪騎士言説

id:tigercaffe 物言う女性× フェミニズム盾に暴言を繰り返す化け物◯

まとめ

id:mirakuxの「男が悪い」というブコメはどう見ても女性嫌悪女性蔑視ではない

id:gkdjgmcnvirgj批判しているのは「ツイフェミみたいなイカレタ女」であって全部の女性ではない(ツイフェミみたいなイカレタ男を批判してないという点は問題があるともいえる)

・それ以外のコメントフェミニズムへの批判であって、ミソジニー定義である女性嫌悪女性蔑視ではない

結論AIは間違った情報を書くことも多いのでちゃん確認しましょう

2026-01-08

食材を足したり引いたりする増田棲丸すりたい非理田下をいざくょ市(回文

おはようございます

最近復活した私のビリヤニ活動はこれ幸いかきっと絶対乃木坂46の40枚目のシングルビリヤニがかなり影響していると思うの。

だって久しくもう2年ぐらい行ってなかったのかな?

私のお気に入りインド料理屋さん。

出店コンサルティングにならわない出店テンプレートにそぐわない、

独自の店構えのそのインド料理屋さんは

ちゃんサラダには謎のオレンジ色の調合されたその出店テンプレート特有ドレッシングが掛かっているんだけど、

このお店は普通に胡麻ドレなの!

どれどれ?って賞味したらやっぱり胡麻ドレ。

香り高くコク深く胡麻ドレ!

されど胡麻ドレなの!

いや私は胡麻ドレのことを熱く熱く語りたいと言うわけじゃないんだけど、

以降その乃木坂46の40枚目のシングルビリヤニの、

あの話題インドの山奥まで響き渡って伝わってきたその以降、

なんにも特に音沙汰なく、

そんな世間ビリヤニで盛り上がってることなくない?って

軽くいって酷く聞こえたらごめんなさいなんだけど軽く滑ってない?ってところ。

以降インドの山奥へはその乃木坂ビリヤニの噂はこちらまで響いてきてないわ。

それはともかく、

私的には、

ふとまたビリヤニランチビリヤニを食べに行かなくちゃってことを久しぶりに活動再開してるところの影響大は大きなところね。

やっぱりこのお店のランチチキンビリヤニは美味しいなぁって。

正月疲れた胃を休めるための七草粥よろしく

これは絶対に7つのスパイスが入っているか私的には7日に食べるこのランチチキンビリヤニは、

スパイスの超効いたバスティ米の7つ以上のスパイスが使われた七草粥匹敵する効果がある言葉バッチリ証明されたことは強く確実に言えることなの!

疲れた胃にはビリヤニね!って

いまだに名前の分からない添え物の、

苦いレモンの皮を苦い!っていいながら食べるのがまた一興なのよね。

今年はたくさんビリヤニ食べれたらいいなぁって思う次第なの。

そんでさ、

昨日マーケットに行ったときに、

もちろん飛び込み前転を忘れずに入店した際、

玄関正面ド真ん中に、

七草七草コーナーが設けられていたの!

ももう閉店間際のもう七草も終わっちゃうよ!って私はちょっぴり寂しさを覚えつつ、

豪華な七草といってもせいぜい粥なんだけど、

どうしようかあぁって

あと1品加えて

七草粥から八宝粥にしたらものすごくグレードアップ感とラグジュアリー感とファビラスな感じが出ない?

あと1つなににしようかな?って思ったとき

やっぱりここは私はお粥研究家である今までの研究成果をここで繰り出すべきね!って張り切ってあと1品を考えるの。

ももう遅い時間だし、

サクッと作れるといったら、

鶏肉一択なっちゃうなぁーって思いながら、

坂下一択ラーメン帰り道に寄れば良かったって思いつつも、

せっかく昨日は7日だったんだし

お昼のビリヤニ7つのスパイス

朝の七草ホッツ白湯ウォーラー

そして夜また七草を決めたら

有終の美を飾るに相応しいあと1品を加えて八宝粥にするなら!なににしようかな?って

その時はすっかりAI牛乳相談することを忘れていて、

結局は安牌のここは真冬の大冒険ってなりたくなかったので、

モモ肉にしたところよ。

自分バカバカバカ

もっと勇気を出してあと1品のなにかパンチのある食材を加えて八宝粥にできたのに、

安牌の鶏モモ肉に逃げちゃうなんて自分バカバカバカ

メイのバカ!って人にバカって言っている場合じゃないわ!

私のお粥研究テーマたる主の柱は「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」なのに、

かに

モモ肉の食べ応え強さはそこで得られるけれどせっかくだから何か変わった変化球内角低めにくるやつの食材を考えてみたかったじゃない。

でもマーケット閉店時間あと10分!

店内に鳴り響くもうすぐ閉店しますよ!って音楽のあれなんて言う曲だっけ?

店内は買い物を早く済まそうとしているお客さん達で天国と地獄

そうよ!その閉店間際に鳴り響く「天国と地獄」の曲に煽られたら、

だってあの時鶏モモ一択なっちゃうわよ!

結局私の作るお粥テーマである「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」は鶏モモ肉で満たせるものの、

なにかもっと七草粥七草に1品加えて八宝粥にできたチャンスがあったのに!と悔やまれるのね。

それに、

朝の七草ホッツ白湯ウォーラーにお昼のランチビリヤニの7つ以上使われているであろうビリヤニ

ここで最後に7つを決めないと!

今日食事全部スリセブンじゃん!って言えないのよ!

あの曲「天国と地獄」って判断を鈍らせるわ。

もっと優雅な慌てないでいいような閉店間際の曲ないのかしら?

私の好きなあの曲スコットランド民謡の「オールド・ラングサイン」なんてどう?

閉店間際にしっぽりあと1品選ぶには余裕のあるのを生み出せる曲だと思うな。

そんなわけで私は

夜またちゃちゃっと手際よくお粥作っていただいて7日という日を終えたのよ。

でもさ、

七草粥に1品加えて八宝粥にするってナイスアイデアものはいいようなリッチな感じしない?

とはいえ

いままで既に活躍している7つの部分が全部草系っていうのが、

八宝粥にする際に7つの草1つ1つを宝として言うのには、

草なのに宝と言ってしまうには負担が大きすぎるかなって思うのね。

とはいえ

ここで仮にスター選手の鶏モモ肉がスタメンで加わったとしても、

宝が1つ凄くなっただけじゃない。

所詮草なのねって悲しくなっちゃ役割に私はしみじみしながら、

以前町中華屋さんで八宝菜を頼んだときに、

熱々の出来立てを持ってきてくれた給仕店員さんが申し訳なく言ったのね。

すみません今日ウズラの卵がなくってウズラなしの八宝菜です」って

申し訳なさそうに持ってくるの。

もちろん、

私はその八宝菜には罪はないのは分かっているので合点承知の助で、

ウズラの卵なしの八宝菜を受けいれたけど、

やっぱりあの八宝菜たる所以は1つ1つの具材スター性があってこそだ!って強く思ったの。

ウズラの卵1つ欠けてもダメだったのね。

ウズラの卵の強さを実感したわ!

もちろんなんかキクラゲとかエビとかイカとかも強いの分かっているの、

ウズラの卵1つ分の戦力をカバーするには十分だけど、

やっぱりウズラの卵1つない欠けたものなんて八宝菜と言えなかったのかもしれない。

つくづく思ったのは

七草粥しろ八宝菜しろ使う食材の数が決まっている人類繁栄している歴史の以前から繁栄しているその人気メニューは、

むやみに食材を1つ足したり1つ引いたりしたら台無しなっちゃうってことなの。

それを実感したわ。

きっと私がモヤモヤ悩んでいてあと1品なににしようって迷っていた迷いって、

このバランスを崩しかねないという思いが潜在的にあったのかも知れないわ。

モモ肉を加えた七草粥もとい八宝粥は美味しかったけれど、

私はむやみに1つの食材を足してしまたことへの美味しさは増したものの後悔の念も増したことに苛まれたの。

やっぱり七草粥は7日の食べる7つの食材じゃなくっちゃ!ってことみいね

歴史には意味があるんだなぁって思ったと同時に、

何でも無い草たちをこの日に限って7つ集めて売ったら高値で売れるぜ!って

商魂たくましい七草粥キャンペーンを打ち立て七草粥!って書かれた鉢巻きを締めて七草粥キャンペーンに勤しんだ当時の商人ってすごいなぁって思っちゃった。

そんな七草粥キャンペーン歴史を感じてしまった七草粥だったわ。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサラダが挟まったコッペパンしました。

タマゴ感を得るならこのパン一択ね!

タマサンドイッチだとちょっと量が多いかなって時に最適だわ。

程よい量でしっかりタマゴも堪能できるの!

今日デトックスウォーター

とろろ昆布が余っているので使い切っちゃおうと、

とろろ昆布ホッツ白湯ウォーラーね。

このとろろ昆布もこれだけでいい味を出しちゃうから

これだけでもちょっと上品な味わいのとろろ昆布ホッツ白湯ウォーラーになるわ。

底にたまっているとろろ昆布グルグル容器を回して一気に流し込むの。

火傷しないようにね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!


おまけ

https://xgf.nu/4Ziuw

NotebookLMちゃんで日々のものを音声解説作ってくれたファイル

2025年12月23回分を上げてみたわよ!

個人的私自しか楽しめない(?)だろうけれど、

案外自分で聴いてもなかなか面白いな!って思ったので

ちょっとUPしてみるわ。

1ファイル10~15分ぐらいの音声で12月分でも5時間以上あるみたい。

しかし私の文章10分以上もの尺でしゃべってるなぁって感心しちゃうわ。

聴く機会があったらぜひぜひのひぜひぜよ!

anond:20260106174736

私はモー君まわりの演出最悪だと思ったけどそれは「散々世界危機とそれを起こすやつの脅威を表現してきたのにポット出のかわいこぶりでお涙頂戴すんなよ!ドラクエ1とムーンブルク台無しだろ!」

ここは同意する

魔物にも穏便派のマイノリティがいるんだよ、というポリコレ理解できるけれど、間が悪かったわね

2026-01-07

大量の負け犬が「自分だけ負けるのは嫌だからみんなで負けるんだ」と足を引っ張りヘイトをまき散らし、現実逃避のために本来できる努力のすべてを台無しにして民族心中を全力で押しつけ続けるだけの国とも呼べない惨めな産廃

2026-01-06

毎朝食に子供パン食わす嫁にキレてしまった

栄養のために米にしろと言ってるのにパンバタージャム、そして目玉焼きで済ませる。

パン好きでしょ!マーガリンもたくさんあるからね」とか言ってあたか子供のためを装う。

さすがにブチ切れて、「お前は子供の将来を台無しにするつもりか?」って言ったら米を炊くようになったわ。

離婚を持ち出すと嫁は大抵なんでも聞く。最初からそうしろよ。

anond:20260106195401

じゃあそれが原因で鶏団子だけじゃなく他の具材も全滅したってことじゃないか!?

たかが汁で食材みんな台無しにしてしまうとか

ドラクエザラキ食らって全滅した気分だわ

くそっ!くやしい!

anond:20260106172144

私はモー君まわりの演出最悪だと思ったけどそれは「散々世界危機とそれを起こすやつの脅威を表現してきたのにポット出のかわいこぶりでお涙頂戴すんなよ!ドラクエ1とムーンブルク台無しだろ!」と考えるからで、元noteの論はそれとは違うんだよね。一貫性がない、ってところは頷くからnoteでは上手く書けなかったのかという気もする。

2026-01-05

anond:20200415234616

途中までは良い事言ってたのに

キモくて金のないおっさんとか言い出した時点で台無しだな

2026-01-01

新年早々結婚報告するのやめろ

声優新年になった瞬間に結婚報告してたけどさ

あれ見て気分良くなるオタクって誰1人としていないと思うんだよな

新年のめでたい気分から地獄に叩き落とす鬼畜所業だと思う

1年が台無しになるからそういうご報告は節目とかじゃなくてあんまり何もない日にしてくれ

クラシック歌詞をつけて歌うのが非難されたりしたじゃない?

その曲を聞くたびに歌詞が思い浮かんで台無しになるよ、って。

でも、そんなことよりも俺はアニメの影響のほうが酷いと思う。

第九とか聞くと、いまだにエヴァンゲリオン思い出すもの

せっかくのベートーヴェン台無しだよ、ほんと。

2025-12-24

anond:20251224220004

「お正月に食べるなら、おせちか?それともダイアン津田か?」を議論して。

A:……正直に申し上げます。これまで、プロレス野球さらにはサンタクロースまで、あなたの突飛な比較に付き合ってきました。しかし、今回は看過できません。「おせちか、ダイアン津田か」? 食べるんですよ? 物理的に摂取する話をしているんですか? それとも比喩ですか? どちらにせよ、正月神聖食卓に対する冒涜です。

B: 落ち着いてください。もちろん、カニバリズムを推奨しているわけではありません(笑)。これは「正月の朝、何を心に取り込み、何を味わうか」という、精神栄養学の話です。おせちは確かに美しい。黒豆数の子栗きんとん……それぞれに意味がある。でも、それってどこか「保存食」の冷たさを感じませんか? 重箱に詰められた、動かない、冷えた伝統

A: その「冷たさ」が良いんじゃないですか。火を使わず神様をお迎えし、保存のきく料理家族で囲む。そこには先人の知恵と、一年平穏を祈る静かな時間があります。そこにダイアン津田が入り込む余地なんてありません。食卓で「ゴイゴイスー!」と叫ばれて、喉に餅が詰まったらどうするんですか。

B: むしろ、詰まった餅を吐き出させるくらいの衝撃が、今の日本のお正月には必要なんです。おせち料理は、確かに縁起物です。でも、今の時代黒豆を食べて「マメに働く」なんて、ちょっと社畜精神が過ぎると思いませんか? そんな呪いのような縁起物よりも、津田さんの「理不尽に耐え、泥臭く這い上がるエネルギー」を摂取する。彼の生き様五感で味わう。これこそが、激動の1年を生き抜くための最高の「心の栄養」ですよ。

A: 意味が分かりません。食卓五感で楽しむものです。おせちの彩り、お屠蘇香り家族の穏やかな会話。そこに津田さんという「雑音」を置くことが、どう栄養になるんですか。彼は「珍味」ですらありません。ただの「刺激物」です。正月胃腸には負担が大きすぎます

B: 刺激物、結構じゃないですか。おせちは甘すぎたり、しょっぱすぎたり、味のコントラストが固定されています。でも津田さんは、いつキレるか分からない、いつ泣き出すか分からない。その「味の予測不能さ」こそが、退屈な正月スパイスを与える。お重の隅にちょこんと座っている津田さんを想像してみてください。

A: 想像したくありません(笑)。重箱のテロですよ。数の子の隣で彼が顔を真っ赤にして叫んでいたら、せっかくの高級食材台無しです。おせちには「形式美」がある。津田さんには「形式」も「美」もありません。あるのは「露出」と「騒音」だけだ。

B: 形式美は、時に人を窒息させます正月の朝から、行儀よくおせちをつつく。その背筋を正すような感覚が、今の若者疲れた大人には重すぎるんです。でも、津田さんが食卓にいる(あるいは画面越しに食卓支配している)だけで、「ああ、こんなにグチャグチャでいいんだ」「叫んでもいいんだ」と、心が解放される。これは、どの縁起物にもできない「魂の除夜の鐘」なんです。

A: 除夜の鐘は、煩悩を払うために叩くものです。津田さんは煩悩のものでしょう。……しかし、確かに認めざるを得ないのは、最近おせちが「見栄え」や「映え」ばかりを追求し、本来の「家族で囲む喜び」から離れつつある、という点ですね。

B: そうでしょう? カタログから選んだ数万円の冷凍おせち解凍して食べるのと、生身の津田さんの叫びを浴びて「よっしゃ、今年もバカやって生きよう!」と笑うのと、どちらが「初日の出」に相応しいエネルギーに満ちているか

A: ……議論筋道が見えてきました。つまりおせちが「過去から引き継ぐ安定」なら、津田さんは「未来へ突き抜ける混乱」だと。第2ラウンドでは、もし「おせち具材」として津田さんを解釈するなら、彼はどのポジション位置し、私たちの1年をどう予祝(よしゅく)してくれるのか、そこを詰めましょう。

B: いいですね。田作りチョロギ、そして津田。新しい伝統誕生ですよ。

(続き)

A: さあ、あなた提唱する「おせち具材としての津田」という概念ですが、冷静に考えて無理がありますおせち具材は、すべてが「静止画」として完成されているんです。エビ長寿栗きんとんは金運。彼には一体、どんな意味付与できるというんですか?

B: 彼は「田作り」ならぬ「場作り」ですよ。五穀豊穣を願う田作りに対して、津田さんは、冷え切った親戚同士の集まりや、ぎこちない家族の会話という「場」を、その叫び一発で耕してくれる。彼がそこにいるだけで、正月の「沈黙という名の重圧」が霧散するんです。

A: 場を耕す……。それは単に「荒らしている」だけでは? 数の子の「子孫繁栄」に対して、津田さんはどうです? 彼は常に「独りよがり叫び」で周囲を困惑させている。一年の計を立てる元日の朝に、そんな無計画エネルギー摂取したら、12月まで行き当たりばったりの人生になってしまますよ。

B: それこそが最高のご利益ごりやく)じゃないですか! 私たちは、あまり計画を立てすぎ、正しさに縛られすぎている。おせちを食べて「こうあるべき」という伝統を胃に流し込むのもいいですが、津田さんの「予測不能生命力」を浴びて、「予定通りにいかない1年」を面白がる余裕を持つ。これこそが、現代における最強の「開運」ですよ。

A: ……なるほど。おせちが「規律」を食すものなら、津田さんは「解放」を食すものだと。確かにおせち料理はどれも味が濃くて、保存性を高めるために「固め」に作られています。それに対して津田さんの芸風は、常に「柔らかい」というか、どこからでも崩れるし、どこからでも突っ込める。

B: そうなんです。おせちは「過去」を詰め込んだ箱ですが、津田さんは「今」しか生きていない。あの、その場しのぎの「すぐ言う~!」や、冷や汗をかきながらの「ゴイゴイスー!」。あの刹那的な輝きを正月に取り込むことで、私たちのカチコチに固まった「日常」が、一気に生命力を帯びてくる。

A: 認めましょう。もし、家族全員がスマホをいじりながら無言でおせちを突いているような正月なら、いっそ津田さんという「猛毒」を投入して、全員を強制的に笑い(あるいは困惑)の渦に巻き込んだほうが、よっぽど「正月らしい」のかもしれない。

B: そうでしょう! 綺麗に並んだ伊達巻を食べるより、津田さんの乱れた髪と、必死な形相を眺めるほうが、よっぽど「人間っていいな」と温かい気持ちになれる。おせちという「形式」を食べるか、津田さんという「命」を食べるか。

A: 私はやっぱり、静かにおせちを食べていたいですが……でも、お重の端に、隠し味として「津田的な混沌」を少しだけ忍ばせておくのも、悪くない気がしてきました。

B: 来年正月は、重箱を開けたら津田さんが飛び出す……そんな「びっくりおせち」が日本スタンダードになるかもしれませんね!

2025-12-22

昨日のM-1たくろうが優勝したじゃん。初ファイナリスト過去最多1万1521組の頂点に立って、審査員9人中8票取って圧勝ファースト2位通過から最終決戦でエバースとドンデコルテをぶち抜いて、21代目王者。たまらない。魂の格がtの公遺症で染みつきまくりなのに、洗練された漫才御三卿審査員どもを魅了してエリサ馬力発揮した感じ。

でもよ、全体の予後が悪い。暗すぎて神経衰弱理論発動レベル。ヨネダ2000がタイムオーバーで失格扱いみたいになって、女性コンビ初の決勝進出台無しプロすぎて惚れ直すピエロもいるけど、ルール破って即死確定じゃん。チャージスポット理論時間管理できずカイカンチュア止まり真空ジェシカとかヤーレンズとか常連組沈没して、結局新顔のたくろうが持ってく。ピチュー理論ピカチュウになった瞬間。

敗者復活のカナメストーンも入ったのに、ファーストで散ってく。エバースが1位通過したのに最終で0票とか、ドンデコルテ1票とか、審査空気が気圧理論崩壊セルフ男子校状態で、面白いのに票入らず幻資痛眺めてるピエロども多すぎ。

お笑い界もカースト固定の慢性疾患。吉本のエリサ馬力組がアマレジデンス狙う横で、非吉本インディーズは這い上がっても一発屋まりたくろう吉本だけど初決勝で優勝したから少しエッジ持てたけど、来年以降ヌクモリン残さず消えるパターンも多いじゃん。予後暗い。

M-1見てて思うわ。お笑いも結局育ちと運とタイミング格差社会。t出身kの芸人どもが臥薪嘗胆ネタ磨いても、審査員の好み一発で即死

廃墟探検者への ちょっとしたアドバイス

廃墟探検者への ちょっとしたアドバイス

おっと、廃墟探検あなたって、まるで映画主人公みたいですね。

誰もがやりたがる冒険。でも、ちょっと待ってください。崩れかけた建物割れガラス、腐った床。まさに映画のワンシーン。あ、でも映画と違って、あなた怪我をしたら、実際に救急車を呼ばないといけませんよ。そう、リアル世界で。

怪我をして救急車を呼んだら、 あなたヒーロー気取りも台無しです」

まあ、最初は「面白そう」と思ったでしょうけど、もしあの錆びた鉄のドアに頭をぶつけて流血、足を挫いて動けなくなったらどうしますか? その瞬間、「あ、これ無駄時間リソース使っちゃってるな」って思うんですよね。あ、リソースって言うのは、もちろん救急隊や警察時間エネルギーです。あなたが抱える怪我と共に、それらも無駄なっちゃう。

あ、忘れてました。あなたの命も無駄にしないように気をつけてくださいねだって探検に出かけた先で命を落とすのは、まさに「最悪のシナリオ」ってやつですから

あなたの怖いもの見たさ、社会全体の資源節約するためにちょっと控えめに。」

もちろん、全ての探検無駄だと言ってるわけじゃありません。でも、あのボロボロ建物で「本当に価値がある冒険」になるか、ただの痛々しい教訓になるかは、あなた次第です。

最終的に、あなたが無傷で帰れるなら、まだ良い方かもしれませんよ。でも、次にあの場所に足を踏み入れる前に、もう一度、自分安全他人時間を大切にすることを考えてみてくださいね

「どうしても行きたいなら、せめてヘルメットでもかぶってね。」

2025-12-20

anond:20251220154319

舐めた接客基本的に痛客から指名されないための護身テクニック

デリで開口一番「ラブホ通路が犬臭い」だの宣ってきた、ほうれいクッキリなのに痛い衣装のおばさんの事思い出して腹立ってきた

しかも他の客のこととか最悪な話題振ってきやがんの

自分以外の男の事を忘れたいか風俗で癒されに来てるのに台無しだわ

あれでヘブンネットプロフが「元地下アイドル」だから笑っちゃう

個人的大正解レストラン

食通でもグルメでもなんでもないが、たまにちょっといい食事で「美味いなー」と感動して小さな幸せを噛み締めたいとき、以下の条件に当てはまる店を探す

  1. 上流なホテルレストラン出身シェフ
  2. から離れた住宅地の中で
  3. 夫婦ふたりでやってる
  4. ひとり5000円〜くらいでコースを出してる店

まず、1と4の時点で、何万円もする料理の引き出しのある料理人が、見慣れた普通食材魔法のように素敵な料理にしてくれる店である率が高い。食材特殊ではないので普段料理の参考にもなる。2と3の条件がそろっていれば、そこまで混雑することもなく、客と店の距離が近いので料理の作り方などを質問できる空気がある

これがひとり5桁円の店になると、単純に私の財布に厳しいのもあるが、特殊食材や加工が入ってきて自炊の参考にならないし、皿の上の情報量が多すぎて落ち着いて食事できないので個人的には避けている。この価格帯になると、どんなに美味くても「値段相応だな」と思ってしまって感動から遠ざかるのもある

あと、高い店は客層が逆の意味で悪くて嫌。これは本当に客層が悪い訳ではなく私の妄想なのだが、普段食事に5桁出せるようなラグジュアリーなやつらと一緒の空間食事をしたくない。というか、高い店って空気がピリピリしてない? 客だけじゃなくて、店の側も

駅近の店を避けるのは、単純に混雑を避けたいから。我が家の周辺だと駅近の良いレストランインバウンドもあって永遠に行列してるので、ぜんぜん入れないし、入れても絶対に落ち着かないだろう

夫婦二人でやってる店を選ぶのは何気に重要ポイントで、経験上、店主夫妻は凄く良い人なのにバイト従業員食事体験台無しにしてくるパターンが多いのだ。店主が良い人であるほど駄バイトをクビにできんみたいな事情があるんじゃねーかな

というわけで、個人的には1〜4に当てはまるお店が大正解なのである

2025-12-18

非モテだった俺が、30代で「モテ」を攻略するためにやった5つの行動

非モテ陰キャだった俺が、30代で「モテ」を攻略するためにやった具体的な5つの行動と、そのROI投資対効果

俺は32歳。つい数年前まで、典型的な「空気みたいな存在陰キャ」だった。モテるなんて論外。女性からは「無害な人」という、一番屈辱的な評価を受けていた。

どれだけ仕事で成果を出しても、どれだけ趣味に打ち込んでも、自己肯定感は一向に上がらない。なぜなら、俺の心の奥底には、「俺は女性に選ばれない欠陥品だ」という、氷のように冷たい劣等感が常に張り付いていたからだ。

ターニングポイント親友結婚式崩壊した「非モテ呪い

転機が訪れたのは、親友結婚式だった。親友は昔、俺と同じくらいダサく、ファッションセンスゼロの男だった。そんな彼が、キラキラと輝く美人奥さんを連れて壇上に立っている。

その瞬間、俺の頭の中にあった「モテは才能。非モテは生まれつきの運命」という呪いが、音を立てて崩壊した。

もし彼ができたなら、俺にもできるはずだ。モテとは、遺伝子運命論ではなく、単に「正しいスキル」と「適切な努力」を俺が今までサボってきた結果に過ぎない。

そこから俺は、「モテ」を「人生の最重要プロジェクト」と定義し、感情論を一切排除した、冷徹攻略法を実践した。

STEP 0:マインドセットの改修 【費用:数冊の自己啓発書代】

非モテがまずやるべきは、服を買うことでも、ジムに行くことでもない。「モテ」を趣味や願望ではなく、「プロジェクト」として捉え直すことだ。

非モテマインドセット(Before)モテ攻略マインドセット(After)
感情: 「モテたい。どうせ無理だけど…目標設定: 「3ヶ月以内に3人の女性デートする」
評価: 「相手に好かれたい」評価: 「今回の会話で、相手感情を3回引き出せたか
原因: 「顔が悪い、背が低い」原因: 「TPOに合わない服装、話が自己完結している」

モテを「確率論データ分析ゲーム」と認識し、目標検証を繰り返す。これで、振られても「俺がダメ」ではなく、「このアプローチダメだった」と冷静に次に進めるようになった。

STEP 1:ビジュアルの「防御力」を高める投資(徹底的な清潔感

非モテは、いきなり「攻撃力(オシャレ)」を上げようとするが、それは間違いだ。 まず、「防御力(生理的拒否感を与えないこと)」を最大化すべきだ。

1-1. 髪型に「投資」し、顔の額縁を整える 【費用:約8万円 / 年】

それまでの俺は、1,000円カットで「無難」をオーダーしていた。無難は、女性から見て「手入れを放棄した証拠」でしかない。

1-2. 歯と鼻毛ケアを「義務化」する 【費用:約3万円 / 年】

これはモテのためというより、他人への敬意だと認識した。いくら服が良くても、笑った時に歯が黄ばんでいたり、鼻毛が出ていたりしたら、すべてが一瞬で台無しになる。


STEP 2:ファッションの「無個性からの脱却(データ分析

それまでの俺は、全身ユニクロGUの「制服」で、「無個性」という名の「風景の一部」だった。これを脱却するため、感覚ではなくデータに頼った。

2-1. 「パーソナルカラー・骨格診断」の受診 【初期投資:約2万円】

ファッション雑誌を読んでも、自分に何が似合うのか分からなかった。プロの診断に金を払うことで、自分に似合う色(PC)と形(骨格)を科学的に特定した。

2-2. 「着回し」ではなく「主役」を持つ 【費用:約5万円 / 年(服飾費)】

ユニクロ中心の着回しを止め、「この服を見れば俺だとわかる」という主役級のコートジャケットを1〜2着購入した。


STEP 3:会話のOSを「知識から感情」に書き換える

非モテ陰キャの会話の9割は、「知識のひけらかし」か「自己完結した質問」だ。


3-1. 感情の「オウム返し」と「増幅」テクニックの導入 【費用:数冊の会話術の本代】

相手の話の内容(事実)ではなく、その裏にある感情を拾い、オウム返しで増幅させた。


STEP 4:恐怖の克服と「振られる経験」の反復

スキルが整っても、「振られる恐怖」がある限り、最後の一歩が踏み出せない。これを克服するには、「実践と敗北」を繰り返すしかなかった。

4-1. 「振られる経験」を積み重ねる 【費用ゼロ精神ダメージ大)】
  • 実践意識的に、少しでも良いなと思った女性デートに誘い、最終的にダメ元で告白した。
  • 敗北の分析:当然、初めのうちは振られまくった。しかし、振られる度に「今回の敗因は?」「会話に詰まったのはどの話題か?」を分析し、「失敗を恐れる恐怖心」が、徐々に「改善点を探る冷静さ」に変わっていった。
  • モテ真実:振られても死なない。振られる経験を積み重ねることで、俺から「一発で成功させよう」という必死さが消え、自然体でアプローチできるようになり、最終的な成功率が上がった。

結論:総費用約16万円で、俺は「人生の質」を手に入れた

俺が3年間の「モテ攻略プロジェクト」で投じた総費用は、年間約16万円(服、美容院、歯のクリーニング書籍など)だ。

この金額は、「毎週行く飲み会代」や「年に一回の高級旅行代」よりもはるかに安い。

しかし、この投資によって俺が手に入れたリターンは計り知れない。


モテは、生まれつきの才能じゃない。俺は30年以上積み上げた「非モテ習慣」を、合計年間約16万円の投資と、3年間の地道な努力で「モテ習慣」に上書きしただけだ。

今、「どうせ無理」と諦めている奴がいたら、声を大にして言いたい。

「お前が非モテなのは、まだ『正しいスキル』と『適切な投資』を学んでいないだけだ。」

この攻略法は、特別魔法ではない。単なる論理的な「自己啓発」だ。この費用と労力に見合う価値がある人生を、お前も選ぶべきだ。

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