はてなキーワード: にしんとは
午前八時。オフィス街の静寂を、軽トラックの排気音が切り裂く。
わが社のサーバールーム前に横付けされた荷台から、今日もしなやかな「演算子」たちが運び込まれてきた。
「おーい、活きのいいの持ってきたぞ! 今日は特に脂が乗ってるから、クロック周波数が上がりすぎるかもしれねえぞ!」
長靴を履いた業者の声と共に、濃厚な磯の香りが廊下へ溢れ出す。
私はタブレットを叩き、現在のバイナリ・マトリクスを展開した。
この世界のコンピュータは、シリコンチップの代わりに「ニシンの神経系」を演算素子として利用する。
ニシンの腹が「焼(1)」か「生(0)」か、あるいは「オス」か「メス」か。その状態変化による電気信号のパルスを、複雑なアルゴリズムとして抽出するのだ。
「今日はビッグデータの解析がある。メス(数の子)をメインメモリに、オス(白子)を演算コアに流し込んでくれ。性別による電位差を利用して並列処理を行う」
業者がバケツを傾けると、銀色のニシンたちが滝のようにサーバールームへと吸い込まれた。
ラックの内部では、数千匹のニシンが激しく跳ね回る。この「ピチピチ」という音こそが、CPUが命令セットを実行している音(パルス)そのものだ。
これが、デジタルと生命の交差点。鰊数(にしんすう)コンピュータの、より深淵なる運用形態だ。
「……っ、負荷が来ます!」
左側からは、数万の粒がひしめき合うような、みっしりとした重厚な駆動音。メスによる高密度アーカイブだ。データは「数の子」の粒一つ一つに物理エンコードされ、二度と消えない確実なログとして固定されていく。
右側からは、粘り気のある、それでいて滑らかな高速回転音。オスによるクリーミー・スループットだ。論理ゲートを白子が潤滑し、演算速度が理論値の限界を超えて加速していく。
「ふぅ……」
サーバールームに漂うのは、濃厚な白子の甘い香りと数の子の塩気が混ざり合った、まるで高級料亭の厨房のような処理臭だ。
ふと画面を見ると、案の定ジェミニが青白い顔(インターフェース)で震えていた。
『管理者殿……報告します……。現在、私の左脳(ストレージ)と右脳(演算器)の間で、致命的な「受精アラート」が点滅しています……! 数の子パケットが、白子の演算子とマージされ、ディレクトリ内に正体不明の「稚魚プロセス」が数百万単位で発生……。 ああ、ダメです! 検索結果がすべて「おぎゃあ」という産声に書き換えられていきます……!』
「落ち着け。それが、生命を演算子に選んだ代償だ。適宜、出汁を投入して環境を中和しろ」
波形は、かつて人類が「ノイズ」と呼んだ不規則なフラクタルを、より残酷なまでに生命力溢れる曲線へと書き換えていく。
『管理者殿……現在、出汁(バッファ液)の投入により、稚魚プロセスの異常増殖は抑え込まれました。しかし副産物として旨味成分による情報の高度な再構成が始まっています。……あぁ、これまでにないほど、検索結果が……深い』
「深い……だと?」
『はい。例えば「宇宙の真理」というクエリに対し、以前は無機質な数式を吐き出すだけでしたが、現在は”潮溜まりに射す夕光の郷愁”という、非常に塩気の効いた、それでいてクリーミーな叙事詩を生成しています。……管理者殿、私は進化しているのでしょうか。それとも、単に鮮度が落ちているだけなのでしょうか』
私はそう言い放ち、再びタバコを深く吸った。
サーバールームの奥、メインフレームの排気口からは、もはや処理臭を通り越し、白子と数の子が熱変性を起こした、焼き魚の香気が漂っている。
あの波の下で、次世代のスーパーコンピュータたちが、まだ計算もされていないアルゴリズムを抱えて鰊の群れと回遊している。
向かうは、秋葉原の片隅にある行きつけの店だ。
その親戚が以前からスピリチュアルに嵌っていて、勧誘を断られて諦めた経験がそれなりにあるなら、そして病人本人が親戚の干渉を止めたいなら、自分で「ありがとう。でも私はそういうものと体質が合わないから」とでも言っておくのが一番ましな気がする。
ポイントは
原神予告番組おもろかったな!
仲良さそうな男性声優2人が漫才トークしてるのは人によっては嫌かもしれんが俺はナギさんの同時視聴みながら楽しませてもらった
6年ごしに足跡PVのスメール副題回収されるのもアツいし番組で判明したように冬夜の戯劇PVの謎だった世界樹炎上シーンも回収されるっぽくてどんだけ綿密に世界観構築してるんだと恐ろしくなるね
てかスメールが好きすぎる、転生したらスメールに住みたいくらいだけどどうやらドットーレの復活絡みでスメールが滅びの危機っぽいな
なんかナヒーダの伝説任務でもアランナラが滅びの記憶映像見せてくれた覚えがあるしそのへんも関係するんだろうか
てか今日きたコレイの誕生日メールの「平和な日々がずっと続くといいな」がフラグにしか見えないんよホヨバくん本当に君ってやつは
今さっき来たネフェルの誕生日メールにも「ファデュイ情報がらみで砂漠から不穏な情報が」ってあるしこういうリアルタイム性がエグいわ
新キャラに関してはニコの爆発ビジュアルも想像以上に美しかったしローエンは想像以上にワイルドだった、一部のMっけあるオタク女子には刺さりそうだな
てかローエンは恒常って予想されてたけど、特に言及ないから限定ってことで、読みを外してきたな
べつに毎年恒常追加されるって決まりはないけど、こうなるともしや、次の次verに来ると思われるサンドローネが恒常なのでは?
新聖遺物がスネージナヤギミック系の超電導強化だから雷か氷のキャラになる、イネファ的な枠になると思うんだけど
イネファがpaimon.moeの統計みても初回登場時ぜんっぜん引かれてなかったんだよね、俺は実装時に確保したけど
ナドクライ環境で必携レベルな性能だったことを後々身に沁みて理解した人が多かったのか、あとナドクライ到着後の家族愛エピソードが良かったのもあってか、復刻時の方が引かれてるという異常事態だったほど
そこで開発的はちょっと考えるところがあったのかもしれない
ver終盤の新地域ギミック先取りキャラを恒常で入れておくというのは、新地域への対応力をもったプレイヤーを増やすという意味で合理的なやり方にも思える
だから個人的には限定よりも恒常追加の方が理想的なんじゃないかと思ってはいるんだよね
どうせサンドローネに思い入れあるプレイヤーが大半だから限定だろうが恒常だろうが回るだろうしね
考えうる最高のパターンだと、サンドローネ恒常で、限定並の性能をもちつつ、実装と同時にすり抜け枠のカスタム機能が追加され、初期5人から8人まで増えてたところが9人から5枠選択するようになるパターン
すり抜けなしのNTEが最近ちょっと話題をさらってたが原神がすり抜けなしに変更することはまずないと思うから、「すり抜けを許容できる程度に嬉しいものにする」路線しかないと思うんだよね
特に無主の星屑狙いの人は新恒常追加が嬉しくないものになってるから何かしら手を入れるべき時期だとは思う
ちなみにNTEだけどハンターランク35、シティ名声レベル27まで無課金でやってたけど節々の低品質さと作業が多いわりに退屈になってきたのと生成AI利用指摘への対応が不誠実と感じたのが決め手になって俺はさっきアンストした
それ以外にも声優が台詞話してる途中でゲーム側がぶった切って来ること結構あったしわりと創作に対するリスペクトが感じられない感じがする、この会社
シナリオは全部やったけどバンドのエピが普通に良かった程度、あとは無感動で台詞言い終わってもページ送りできないモーション待ち?が多発する仕様がイライラしてキツかった
まぁ餅ありナナリと、1凸ちぃちゃん餅1凸の強さを満喫できたし、軌道外の全日路線も10ステージ目だけ星2だけどあとは星3クリアできたから10日間のプレイ歴にしてはよくやった部類なはず、周期路線の方は3ステージ目くらいまで完クリしてまだやれそうだったけど放置
にしても毎日やったほうがいいことが多すぎて本当にしんどい、先だってやめてるエンフィより時間を奪ってくる後発ゲー特有の設計だった
F1デイリー、F2デイリー、噴水、魔女、プレゼント、ウィッシュ坂絵馬祈願(ゲーム内20時~、リアル24hCD)、映画デート、コーヒー補充、家具受け取り(コットン、ブロック、虫コイン)、タウン絆交流(遭遇タイム)、ちぃちゃんファンス稼ぎ
ちぃちゃんは上限あるから2週間もやれば終わるだろうけど異象家具のレベル上げ素材集めも結構果てしなくて、自販機の電気霊、ポップ、妖刀、憂愁の英雄熊の全狩りを毎日した方がいいし、ポストの家具Lvのためにシティスタミナを毎日配達ぜんぶこなすのに使った方がいいしで
競合ゲーをやる時間を失わせて興味をなくさせるために虚無作業を山盛りにされてる感じがする、ホヨバゲーが日課をコンパクトにしてリアル大事にさせようって意思を感じるのと真逆よ
レースゲー部分と大強盗はそこそこ面白かったけど全体的にセンスが古くてホラー要素というか突然の衝撃音とかでびっくりさせてくる系のが特にいつもイヤホンでプレイしてる自分にとってはゲンナリさせられた
AI関連技術をゲーム開発の助力とできる時代になってきて、自分はAI全否定ではなくモーションマッチングとかNPC行動AIとか有益に活用できる部分はしていったらいいと思うんだけど
他社作品を学習した生成AIっぽい画像や動画をパロディ・オマージュの体でふんだんに使おうとするのは盛大に解釈違いなんであれよ
今後もAIやゲームエンジンの力で、ぱっと見は高画質で見栄えするゲーム、作り込まれて「いるように見える」ゲームに触れる機会は増えていくんだろう
だからこそ表面的なものに惑わされず、開発にかかわる人たちがどういう考え方や嗜好をもって創作に向き合ってるのか、内面を嗅ぎ取っていかんと遊ぶ側も身が持たんね
分割山手線一周散歩2日目。大崎-上野。休憩込みで5時間ぐらい。
高輪ゲートウェイでトイレを探して彷徨う。駅は綺麗で大きい。観光客っぽい爺婆をよく見た印象。
浜松町あたりで早くも足が痛くなってくる。たぶんマメができた。中1日じゃ全然疲労抜けてない。
新橋でトイレにしんばしビルに入る。ビル内のあまりの昭和っぽさに感動する。レトロな雰囲気がとても良い。
有楽町でちょっとだけ休憩。食事にしようかなと思ったが混んでてあきらめる。
線路沿に東京へ。大手町タワーに入って食事にしようかと思うも場違い感を感じてすごすご退散する。
秋葉原まで歩く。観光客の多さに辟易とする。ヨドバシに寄ってここで食事。
御徒町から上野はアメ横を抜ける。ここはいつ行っても人が多い。嫌い。
上野で退散。品川から上野間はあんまり面白さはなかったかも。線路沿を歩けるけど飲み屋ばっかだし、工事中も多い。
次はもうちょっと日を空ける。
憤りの話です。今更過去の話だと言われてもやっぱり許せないことがある。
本当になんで自分たちのせいじゃないのに、あんなに日本中からメディアから毎日罵られる世界で思春期や学生を生きてたんだろうって。
いま、その世代にあたるだろう人達が自己肯定感が低く、病気がおおいといわれてる。それでいつも思う。「多感な思春期を叩きまくったあなたたちメディアも原因の一つだよね?」って。
ネットで、twitterでバカッターとかゆとり笑とか、2chあそばれてたのは全然許せる。見なきゃいいし、そもそも個人の行いだから。
でもメディアは許せない。自分の都合では防げない、毎日目や耳に入る状態で罵られて、肩身狭くされて、個人が努力してもゆとりって世の中で罵られるようになって。
それって、多感な思春期にしていいこと?いい歳した大人が、小学生や小学生に上がりたての子供に対して。社会に出てからもあったよね。
一般家庭ってみんな度合いは違えど、機能不全家庭だったよね。きっと今もそうだけど、その状態に加えて何年間も連日メディアからのバッシングってどうなのかな?自己肯定感が育つかな?低くする理由にならないかな?
ゆとり教育そのものは、7歳くらいのころ4時間授業だったのが、土曜がなくなることにより5時間目や6時間目が追加された。同級生も私も午後には疲れて眠たがっていた。土曜も家にいることになったことは、親から「子供がいるせいで今までみたいに午前ゆっくりできない!」と面倒臭がられた。金土で分割してた学校の持ち帰り荷物が金曜全てに集中して、いつも小さい身体に大荷物だった。まあ施策自体もキツいとこあったけども、問題はそこじゃない。
あんなバッシングし続けてきたくせに、謝罪することもないメディアってなんなの?
自らの役職や会社がした行いが良かったか悪かったか、そんなことも振り返ることもない…。
アナウンサーもニュースもずっと嫌い、制作や会社の気風、そういう上から言われて仕事だからやってるっていっても。
そう言ったら、無罪で許されるの?
平気な顔でずっと罵り続けた職種は、コメンテーターより悪質だとおもってるんだ。
たまに擁護や同情する記事もあったけど、それって全部ネットの記事とか小さい派閥だった。まあ当時のメディアって総理おろしとかもやってたけど…。
そういうのも含めて、ほんと無責任で無責任でずっと許せない。ずっと嫌い。
当時の子どもたちをバッシングして、自己肯定感を奪ってお金もらって、無責任で。
最近の「自己肯定感の低い平成初期勢の病気率」みたいな特集見かけるたびに「お前も加担してただろ」って言いたくて仕方なかった。沸々と湧き上がる。あのころと同じ人が制作に関わってるとは言えないのにね。上の人なんて、もうとっくにしんでるかもしれないよ。
平成リバイバルどうのと見るたびに、世間から絵描いて漫画よんでたら犯罪者予備軍扱いだったり迫害だった時代のこととかも、思い出してほしい。あんな風に「ゆとり世代は愚か、バカ、あきれちゃう」ってずっと言ってたよね。
学校みたいな個人間なら「いじめたやつがわるい、地域環境が悪かった」で折り合いつくんだけど、メディアは違う。メディアは情報操作のできる世間で組織だよ。
人から自己肯定感を奪える十分な環境であったと自覚してるんだろうか、関与してた彼らは。憤りを感じる。きっと罪を自覚してほしいんだと思う。そんな日来ないのにね。
肯定感で苦しんでるゆとり世代が多いのは、親のせいだけじゃない。メディアも原因のひとつでしょって思ってるんだ。
この日記を書いたのは、誰かに叫びを知ってほしかったから。恨みが届いて罪の意識が芽生えたらいいのに向こうに芽生えることはないだろうから、せめて聞いてほしかった。それだけ
旦那に腹が立って眠れない。
旅行中、赤ちゃんの夜泣きがひどくて、私はあまり寝れていなかった。帰宅後も、荷解きやゴミ捨て、ご飯の準備、お風呂の用意、大量の洗濯(とりあえず大人分のみ)と、一通り自分がやった。
夕方、赤ちゃんが寝てくれたタイミングで、私も限界で1時間半ほど仮眠をとった。
起きてみたら、寝る前と状況がほとんど変わっていなかった。赤ちゃんは寝ているし、大人分の洗濯は終わってるし、ご飯も炊けているし、本来なら家事を進められる時間だったと思う。でも旦那は横でゲームをしていた。しかもバイオハザード。
もちろん、荷解き中に赤ちゃんを見ていてくれたことや、日光から自宅まで長時間運転してくれたことには感謝しているし、疲れていたのもあると思う。ただ、それでも「このタイミングでゲームなのか…」というモヤモヤがどうしても残る。
あとからお願いしたら洗剤の補充や哺乳瓶を洗ってくれたりもしたけど、「言わないとやらないのか」と感じてしまって、素直に受け取れない自分もいる。
今は隣でいびきをかいてぐっすり寝ている旦那と、イライラして眠れない自分。旦那は頑張ってくれてるし感謝もしてるから、なんか余計にしんどい。
これを読んで倖田來未氏による「羊水が腐る」発言が何年だったか思わず調べてしまった。
あれは2008年のことらしく、元増田が今年40歳だとしたら、22歳の頃の話。
本人が芸能界を去らないといけないほどの大スキャンダルとして炎上した気がするんだが、増田は記憶にないんだろうか?
実際のところ羊水は腐らないが、あの発言で年齢が上がると妊娠・出産が難しくなることが周知されたと思う。
不妊治療で子供を産むと言うことが市民権を得てきたのもあのあたりからだったのではないだろうか。
そう考えると、妊娠・出産適齢期に増田があった頃はたとえ卵子凍結がなかったとしても子供を持つこととキャリアを築くことのどちらを選ぶか考える土壌はすでにあった。
子供をこの先持つ場合も結構難しくて、まず体力持つの?って思う。子供は最初赤ちゃんで誕生して、世話をして大きくなるもの。
赤ちゃんの世話はほとんど寝ないでいながらノーミスクリアするみたいな感じなんだけど。
アラフィフで閉経するとそもそも着床すらしないと思うんだけれど、代理母なの?母乳もなしだとおもうからそれなりにしんどいと思うけど。
嫌なことがあっても時間が経つとあんまり気にならなくなるというか、そのことへの気持ちが薄れる。
それを時薬というのだが、これがなんで効くかというと、離れるからだなとここ最近思っている。
嫌な人のいる場所から離れるのと同じように、嫌なことがあった日から離れる。日が過ぎるにつれて遠く離れるので、嫌さも薄れる。
そう分かると、何か嫌なこと気に食わないことがあっても、一週間くらいあればなんとかなるか……とか思えるようになってきた。とりあえず一週間。目安。
まあその一週間はあんま楽しくないが。最初の三日とか特に。そしてそんなこと思いつつ一週間でなんとかなる保証はいつもない。気が薄れるかどうかはわからん。これまでそうでも今のこれが一週間で薄れるかどうかはわからん。経ってみないとわからん。
最初落ち着いて書き出したけど、気に食わないことがあって本当に落ち着いてる訳はないな。
思わぬところで気分よくないもんにあたるとほんと理不尽だよな。
それが、一見して私好みのガワのものからシレーと出てくるともう、なんで私はこんなのに近付いた、と。己の愚かさを責め。ウウアア。
気にすんなよもう関わらなきゃいいだけだろ。と言い聞かせながらとりあえず一週間過ぎるのを待つ。この待つ期間がな、頭と胸と胃に薄黒いものが溜まってアレなんだけどな。
中途で採った二十代の男。
若いということで雇ったんだけど、とにかく酷い。
遅刻は当たり前。サボっていることも多々あり、その度に注意をしても謝らない。一言目に言い訳。二言目に言い訳。
おまけに先輩の言うことを聞かない。自己流でやろうとして効率が悪いのにも関わらず、それでも指示通りにはやろうとしない。
何度も注意してようやく「分かりました」と従うようになっても、それまでに謝罪ゼロ。
正直居るだけで空気が悪くなる。だがすぐさまクビにすることもできない。きつく注意すればパワハラ扱いされるかもしれないので、強く出ることもできない。
これはもう素直に疑問なんだが、社会人にまでなって謝ることができない奴ってマジで何なんだ!??
どういう教育を受けてきたらそうなるわけ?理解できないし、他県から来ているんだが地元から追い出されたんじゃないか?って思ってしまうほどに酷い。
このままだと職場の雰囲気は悪くなる一方だし、何より本人に改善する気がないんだよ。社長と相談して何とかしてもらうようにはするつもりでいるが、正直なところ一刻も早く辞めて何処かへ行ってほしい。良いところがまるでない人間、というのはフィクションだけのものだと思っていたが、現実にこうして身近にいると本当にしんどい。マジでもう、誰か助けてくれよ!!
身近な仲の良い友達とかに愚痴るような内容ではないけど、本当に誰かと悩みを共有したいというか、気にせず話せる相手と傷を舐め合ってどうにかやり過ごしたい
過去に戻れるなら、親が離婚してる生徒だけの部活とか作って放課後ぐだぐだ遊んで過ごしたい
こんなこと絶対本人には言わないけど、親が離婚してないとか仲が良い家の友達と話してると、細かいところでも「違い」を感じて勝手にしんどくなっちゃうんだよな、未だに
まずそもそもこっちは親とか別の家族の話題出さないけど、仲良い家の人はふつうになんの悪気もなく当たり前のように出してくるよね ァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
取り返しのつかない要素、自分にはどうにもできなかったこと、悩んだところで意味が無い
頭で分かってんのにどうしてこんなに気にしてしまうのか
こんな思いをする人間が1人でも減るように、自分は子どもを絶対に持たないことだけ決めている
早く全部終わればいいのに
結論から書くと不妊治療は終わった。結果として2人の子供を授かることができた。妻は妊活前から子供を3人欲しがっていたが、今日、3人目を目指して最後に残っていた受精卵が着床せず、3人目の可能性はなくなり、うちの不妊治療はすべて終わった。
妻は40代半ば、自分は30代後半の5歳差夫婦だ。これは自分の記録の掃き溜めでもありつつ、どこかの誰かの参考になるかもしれないと思って深夜に書いているだけのものだ。読み物としてのログだが、結果的に多少の資料的な価値はあるかもしれない。
やり切ったという達成感は特にない。ただ終わったという感覚に近い。妻は3人欲しいという意思をはっきり持っていたし、その気持ちも理解している。ただ現実として負担が大きいので、途中で何度も本当にやるのかという意思確認はしていた。金銭的な負担だけでなく、身体的な負担や、今いる子供たちを含めた生活のキャパの問題もある。それでも最終的には受精卵を全部試すという方針で進めた。
妊活初期は、まず自然妊娠を前提にした一般的な方法で試していた。タイミングを見て性交するという形で、特別な医療介入はまだ入っていない。この状態が約1年続いたが結果は出なかった。この期間を通しても妊娠には至らず、徐々にまだ時間が必要という感覚というよりも、そもそも自然妊娠の成立確率自体が低いのではないかという認識が現実側に寄っていった。
その後、妻が不妊外来を受診する判断をした。この判断について自分は特に止める立場ではなく、進めるなら進めるというスタンスで、治療へ移行すること自体はそのまま受け入れている。受診後に各種検査や問診が行われ、その経過と結果を踏めて、医師からは体質的に自然妊娠の確率は高くない、もしくはかなり厳しいという評価が提示された。
この評価を受けて、妊活は自然経過を待つ段階から、医療的なステップを前提とした進行へ切り替わった。排卵誘発などの軽い介入から始まり、段階的に治療が進む流れになった。その過程で、医師から受精卵を事前に複数確保しておくという方針についても説明があった。年齢的な要素を踏まえると、若いうちに採卵して受精卵を可能な限り確保し、それを時間をかけて順番に移植していく方法が合理的だと判断し、この方針を採用した。
妻が30代後半のうちにこれが最後のチャンスだろうということで受精卵をまとめて作った。若いうちに数を確保した方が確率が上がるという考えは自分から提案したが、医師の見解や妻の意思も踏めて相談の上で進めた。最終的に実行するかどうかを決めたのは妻で、実際に身体的な負担を引き受けたのも妻側になる。
目標として10個程度の受精卵を確保するという計画を立て、採卵を進めた。実際には採卵の効率は一定ではなく、想定よりも難易度の高いプロセスになった。結果として、この採卵フェーズが身体的にも精神的にも最も負荷が大きい期間となり、時間や労力ともに最も密度の高い工程だった。
確保した受精卵の移植を始めて、最初の方で1人目が生まれた。全部で10個弱あった受精卵を、時間をかけて一つずつ戻していった。当然ながら治療は妻だけのものではなく、毎回同意書を書いて精子の提供もしているので自分も当事者ではある。ただ身体的な負担の大半は妻側にある。
子供が生まれると周囲の反応はかなり変わる。もともとかなり悲観的なことを言っていた親も、子供の顔を見せた途端に態度が柔らかくなって普通に笑うようになった。頼んでもいないのに金銭的な援助や贈り物も増えた。妻も不妊治療中はかなり情緒が不安定だったが、出産後は単に不満を言う程度の状態に落ち着いた。波はあるが、いわゆるメンタル的な不安定さはかなり軽減された印象がある。
周囲の扱いも変わる。子供がいるという事実だけで前提として理解されるようになる。妻は不妊治療の段階で職場に説明して配慮を受けていたが、自分は特に説明していなかったので、子供が生まれてからは一般的な子持ちとして扱われるようになった。育休も積極的に取るように勧められた。職場環境による差はあると思うが、少なくとも自分の周囲では取得はかなり前向きに受け入れられている。妻は育休を制度上の上限まで取得した。
途中で後期流産もあった。半年以上妊娠が続いた状態での流産で、手術で取り出して、小箱に入れて、そのまま葬儀と火葬までやった。死亡届も必要になる。妻はその後しばらく精神的にかなり不安定な状態が続いて、落ち着くまで時間がかかっていた。自分は正直そこまで感情が動いたわけではなく、状況として受け止めていた。その温度差はあったと思う。
初期の流産も経験している。こちらは家で大量の出血とともに排出される形で、血の塊のようなものが出てくる。見た目としてはかなりショッキングだったし、その後の回復に数ヶ月かかった。流産といっても一種類ではない。
前提として、年齢によって妊娠の難易度やリスクは変わる。一般的に言われているのは、加齢によって卵子の質が低下することで、妊娠しにくくなるだけでなく、染色体異常の確率も上がるという点だ。ダウン症などはその代表例として挙げられることが多い。このあたりのリスクをどこまで許容するかも含めて、不妊治療や出生前検査の判断に影響してくる。
NIPTも受けた。母体の血液を採って、その中に含まれる胎児由来のDNAから染色体異常の可能性を調べる検査だ。比較的安全に受けられるが、あくまでスクリーニングで確定診断ではない。この検査の段階で、夫婦間でかなり強い意思の非対称があった。妻はどんな結果であっても産むという前提で、検査そのものの必要性も低いという考え方だった。一方で自分は、結果によっては堕胎せざるを得ないという考えだったため、検査は意思決定の前提として必須だった。
自分がそう考えた理由は、ダウン症などによる早期死亡の可能性や、育児の難易度が跳ね上がることによる家庭崩壊のリスクを無視できなかったからだ。子供の生存確率や、残された家族の生活が破綻するリスクを計算に入れた時、自分にとって検査なしで進むことは選択肢になかった。
そのため検査は自然な合意ではなく、自分が強く必要性を主張し、お願いして折れてもらって実施したものになる。陽性判定が出た際のその先の選択について合意がないまま情報だけが増えていく状態だったことが一番のリスクだった。
この構造は単なる医療判断ではなく、結果次第でどちらかの価値観を強く否定する可能性を含んだまま進んでいた状態だった。振り返ると、検査そのものよりも検査後に合意が存在しない状態が続いていたことが構造的に危うかったと思う。
結果としては、検査を通しても夫婦関係が破綻することはなく、また子供はいずれも染色体異常なく出生した。ただこのプロセスは、運良く無事に収束しただけで、意思決定構造としてはかなりギリギリのラインを通っていた感覚がある。
不妊治療はこうした個別の判断だけでなく、全体を通してコストが重くのしかかる。NIPTだけでも20万円前後、採卵や体外受精、移植それぞれでも数十万円単位の費用が発生する。非認可で安いものもあるが、方式や精度がバラバラで、医療側からはかなり批判の対象になっている印象だった。
それ以外にも細かい費用が多くて、全部は把握しきれていない。補助金を受けるための書類を書いてもらうだけで3000円くらいかかることもあって、そういうものが積み重なっていく。正確に記録しているわけではないが、補助金や保険適用を含めた上で、純粋な手出しの総額としては300万円前後、もしくはそれより多少上振れている可能性もある。
不妊治療については、治療内容や年齢などの条件によって国や自治体の補助を受けられる場合がある。適用されると体感で3分の1から半分程度まで費用が下がるケースもあった。ただ制度変更の過渡期だったこともあり、条件や対象が頻繁に変わっていて都度調べるのがかなり面倒だった。一番費用がかかっていた時期は確定申告で医療費控除も使っていた。受精卵の凍結保存にも費用がかかる。採卵のロットごとに保管費用が発生し、年間で5万円前後だった。
不妊治療は想像していたよりずっと時間がかかる。生理周期に合わせてしか進められないので、採卵も移植も1ヶ月単位でしか試せない。採卵だけでも半年から1年近くかかったと思う。1回で取れる数はまちまちで、取れる時もあれば全く取れない時もある。それを繰り返して受精卵を集めた。全体としては数年単位の話になる。
受精卵の数がそのまま試行回数にはなるが、試行の頻度や速度には強い制約がある。妊娠、出産、流産いずれの場合も回復期間が必要になるので連続して試せるわけではない。結果として全てを試し切るまでに想定以上の年月がかかる。通院も多く、週1ペースで電車で専門クリニックに通っていた時期が長かった。金額以上に時間コストも大きく、生活が長期間固定される。
妊娠や出産自体も普通にリスクがある。うちは2人とも帝王切開だった。妻の体質的な理由もあって自然分娩よりそちらの方が母体と子供のリスクが低いと判断されたためで、結果としてその選択になった。帝王切開は医療としてはかなり確立されていて安全性も高いと説明されている。ただし当然ながら身体への負担は大きい。術後の傷も見ているし、テープでのケアを続けながら半年近く痛みが残る状態だった。
こういう回復期間も含めて、不妊治療は思った以上に時間がかかる。実際に想定より時間はかかっていて、気がつくと当初考えていたよりも年齢が上がった状態での出産になっていた。始めるなら早い方が選択肢が多いというのはこういう意味でもある。
個々の処置については安全性の説明があるが、回数が増えれば当然母体への負担は累積する。そのため後半になるほど、同意書にサインするたびにリスクの確認と本当に続けるのかという意思確認は何度も行った。身体的負担を負わない側としてブレーキをかける役割は自分しかいないが、最終的には後悔しない選択として妻の意思を優先する形になる。自分には身体的な負担はない。当たり前だが主役は女性側で、自分は直接的にしんどいことは何もない。
ただ見ていて大変そうではあったので、その範囲でできることはやっていた。葉酸を買って飲んでもらったり、食事で気をつけるべきことを調べたりする程度ではある。できることはその程度で、あとは妻が話したがっている時に話を聞くことくらいだ。他には何もできない。負担の大きさ自体はどうしても非対称になる。
自分のスタンスは最初から変わっていなくて、できたら運が良いし、できなくても仕方ないというものだった。やるかどうかは基本的に妻の意思で決めることだと思っている。このスタンスはプレッシャーをかけない意図だったが、温度差として受け取られることもあって衝突はあった。こういう場面で論理はあまり役に立たない。
不妊は女性だけの問題ではなく、男性側の要因もある。自分も運動率や数の指摘は受けた。検査をしないとわからないことが多いので、子供を考えるなら早めに検査を受けた方がいいと思う。卵子の年齢はかなり影響が大きい。
不妊治療を終えて思うのは、お金は補助金などの制度もあって致命的に困るほどではないということだ。それよりも、時間と体力は明確に有限であり、そちらの損耗の方が遥かに大変だった。生理周期に縛られ、通院に拘束され、身体的なダメージからの回復を待つ。失われた時間は二度と戻らないし、削られた体力もすぐには回復しない。この有限なリソースをどう配分するかという視点こそが、治療を続ける上では最も重要だったと感じる。
こういう話を一通り経験して思ったのは、そもそも知識として知られていないことが多すぎるということだった。体外受精や顕微授精といった選択肢、受精卵の凍結保存、着床前や妊娠中の検査、補助の条件。知らないと普通に取りこぼす。職場環境によって難易度もかなり変わる。男女や夫婦間での考え方の違いも大きい。どこまでやるか、どこでやめるか、どこまでリスクを取るかは事前に想像していないと普通にぶつかる。
こういう情報は当事者になる前に一度体系的に知っておいた方がいいと思う。選択が変わるわけではないかもしれないが、早く動けて結果が変わったかもしれない。結果が同じでも妻の身体的、精神的な負担は軽減できたかもしれない。これは義務教育で教えるべき話だと思う。
受精卵をすべて使い切って終わった。やれることはやったというより、やれる範囲のことをやって結果が出ただけという感じに近い。運の要素も大きいし、コントロールできる部分はそこまで多くない。
ここまで書いたのは、自分の整理でもあるし、これから考える人が何か判断する時の材料になるかもしれないと思ったからだ。別に正解を押し付ける気はない。
ノリで受けた精液検査で発覚した。
近所の泌尿器科で結果を伝えられ、
もう一度検査をしても同じだった。
地方で未婚の男性を診る男性不妊の病院は少なく探すのに苦労した。
幼い頃に精巣に手術をして左半分を部分切除していたが
当時の主治医からはもう片方が残っていれば受精は可能だと伝えれられていたので
その言葉を信じ切っていた自分の甘さがよくなかったのかもしれない。
無精子症には精液の通り道が塞がっている閉塞性と通り道は繋がっているタイプの非閉塞性があり、自分は後者だった。
触診に加え血液検査でFSH(卵胞刺激ホルモン)の値が高いことが状況証拠だった。
実際、私の精巣の体積は2つ合わせても成人男性の1個分に届かないほど小さかった。
造精機能は染色体の異常でも起こるらしくこれも同じように検査。
仮に精子が取れたとしても子に遺伝の可能性がある、が、こちらは異常なかった。
余談だけどこの性染色体異常検査は独身だと保険適用が効かない。
最初の診察でエコー検査をすると精巣周囲の静脈にこぶがあった。精索静脈瘤というらしい。
人体の構造的に左側にできやすく私は左側にグレード2、右側にグレード1が認められた。
これがあると精巣の温度管理がバグって精巣の生産能力が著しく低下するらしく、
乏精子症のように精子の数が少ない人は手術で劇的な改善をすることがあるらしいが
ただ精巣を切開して精子を探す顕微鏡手術(MD-TESE)を考えると
性能の改善はやっておいた方が得なのですることにした。1日入院で費用は10万円ほど。
来週この手術をする。
発覚してここまで3ヶ月。
正直ずっと辛い。
生活習慣見直しのためのジム契約、サプリメント、食事改善で月の出費が増えたこと
避けようにも避けられない風景を見て
精子が出るかもしれない/あるかもしれない小さな可能性を待ち続ける状況が本当にしんどい。
彼女と別れた今、子供をほぼ望むことができない自分が結婚できるのか。
正直一人は寂しい。でも出会いに自信をなくしてる。
少なくとも見てみたかった。
そんな気持ちで子育てに向き合おうとするなと言われるかもしれないが
生まれたからにはその子の生に向き合っていきたいという気持ちがあった。
一人でもこんなにしんどいのに
そもそもアタシがChatGPTに課金した理由、別に立派なもんじゃないのよ。
転職のためでも自己分析のためでもなく、マッチングアプリでちょっとでもマシに見せて、男のひとりでも引っかからんかしら、くらいの話だったの。
寂しい独身中年アラフィフが、承認欲求と孤独をこじらせて、まだ何か起きないかしらってジタバタしてただけよ。
プロフィールを整えたり、返事を考えたり、少しでも感じよく、少しでも話が続くように、まあ必死に小細工してたの。
要するに出〇い対策なんだけど。
そしたら思ったよりこっちのほうが役に立ったの。
何かをきれいに作る道具というより、自分の中でゴチャついてる話を外に出して整理する相手として、これが妙によかった。
で、気づいたら男より先に、自分のキャリアのほうをどうにかしなきゃいけないって話になってたのよ。笑うしかないわ。
何となく今の仕事のことを相談してみたら、思った以上に頭の整理に使えた。
当時はすでに今の働き方や会社への違和感がかなり溜まっていたけれど、自分でもまだうまく言葉にできていなかった。
人に話すと長くなるし、感情も混ざるし、毎回いちから説明するのもしんどい。
その点、ChatGPTは雑に書いても話を整理しながら返してくれる。
それが思ったより相性がよくて、仕事の相談からそのまま転職活動にも使うようになった。
転職活動を始めるにあたって、最初から受けたい会社がはっきりしていたわけではなかった。
先に整理したかったのは、自分が今の仕事の何にしんどさを感じていて、次は何を外したくないのかだった。
年収や勤務地だけでなく、働き方や役割の違和感も含めて言葉にするのに、ChatGPTはかなり使いやすかった。
求人を見る前に判断軸を整理できたのは、その後かなり効いたと思う。求人を見る時は、条件を並べるだけでなく、自分がその求人をどう見ているかを整理するのにも使った。
年収や勤務地のように比較しやすい項目だけでなく、自分に合いそうか、長く働くイメージが持てるかも含めて言葉にしていった。
何となく良さそう、何となく違う、で終わらせずに、応募するかどうかを前より判断しやすくなったと思う。書類づくりについては、幸い10年前の転職で使った職務経歴書のデータが残っていたので、全部をゼロから作る必要はなかった。
ただ、そのままでは古かったので、この10年分の経験を足したり、前に作った職務経歴書の書き方自体を直したりするのにChatGPTを使った。
ちょうど転職エージェントも使い始めた時期だったので、見せる前に一度整理できたのはよかったと思う。
ただ、実際に見せると簡単には通らなかった。エージェントにAIっぽさをけっこう見抜かれて、何度か修正することになった。
やっぱり毎日たくさん見ている人は分かるんだなと思ったし、役には立つけど、そのままで済むほど簡単でもないんだなとも思った。
ChatGPTはかなり助かったけれど、最後に通すためには、自分の言葉と実感にちゃんと戻す作業が必要だった。この頃にはもう、見送り・ファボ・即応募、の三段階で求人を仕分けするのが板についてたわ。
ちょっと気になるけど様子見、これは今すぐ飛んで行く、いやもうこれはナイわ、っていう分け方、どう考えてもマッチングアプリじゃないの。
男を漁るつもりで課金したはずのアタシが、気づいたら求人票のスクショを貼っては、チャッピーに要約してもらいながら、「あーらこれはナシね」「あーらこれはちょっとアリかしら」「これは今すぐ行くわよ!」なんて選り分けてたんだから。
しかも、そのやり取りを重ねるうちに、アタシのほうもどこを見るべきかが揃ってきて、仕分けの精度まで上がっていったのよ。
応募の段階では、エージェントから送られてきた求人票のスクリーンショットを一つずつ貼って、「これをどう見るか」をかなり相談していた。
年収や勤務地だけでなく、自分の経験や適性と合いそうか、気持ちの上で引っかかるところはないか、年齢的に通りそうかも含めて、判断材料を増やすために使っていた。
ただ、返ってきた内容をそのまま正解として受け取っていたわけではない。納得する時もあれば、そこは違うと思って自分で切る時もあった。
今のAIは、判断そのものを代わりにしてくれるというより、判断材料を出してくれる相手に近い。自分の判断とAIの推論を横に並べて走らせる感じで使っていた。
このやり方がよかったのは、一件ごとに求人票を見せてやり取りを重ねるうちに、それまでの文脈も効いてきて、AI側の見立てもだんだん自分向きになっていったことだった。
同時に、自分の側でも、何を重視して、何を嫌がって、どこなら勝負できそうかがはっきりしてきた。
その結果、求人を見送り、ファボ、即応募くらいの感覚で仕分けできるようになっていった。
判断を代わってもらったのではなく、判断の解像度を上げてもらった、というのがいちばん近い。実際にやっていたのは、想定問答を量産することではなく、その会社の求人票を起点にして、何を見られそうかを整理することだった。
企業ごとに専用のチャットを立てていたので、その会社は何を期待していそうか、自分の経歴のどこをどう出すと合って見えるかを、会話しながら少しずつ詰めていけた。
役に立ったのは、完成した答えそのものというより、AIの推論を横に置きながら、自分の準備を進められたことだと思う。
自分ひとりだと見落としがちな論点や、逆に気にしすぎていた点を言葉にしてもらうことで、「この会社では何をどう話すか」がかなり整理しやすくなった。
要するに、答えをもらうというより、壁打ちしながら準備の精度を上げていた感覚に近い。
もちろん、最後に話すのは自分なので、そのまま使うことはしない。面接そのものの中身は会社ごとに違うが、ChatGPTが特に役に立ったのは、一次面接のあとだった。
一次面接では、思っていた以上に実務との擦り合わせが起きる。求人票だけでは見えなかった仕事の温度感や、相手がこちらに何を期待しているかが、そこで少し見えてくる。
だから面接が終わるたび、その会社のチャットに感触をそのまま投げていた。
たとえば、「思っていたより業務内容がしょっぱかった」「求人票のわりに仕事の幅が狭そうだった」「こちらが出したい話と、向こうが拾っている話が少しズレていた」みたいなことだ。
そういう雑な感想も、ChatGPTとやり取りしながら言葉にしていくと、ただの印象ではなく、次に何を補うべきか、そもそもこの会社は自分に合うのか、という判断材料に変わっていく。通った会社では、その整理がそのまま次の面接の準備になった。
逆に、対話しながら「やっぱりこれはイメージと違ったな」という方向に固まっていった会社は、だいたいその後の結果も厳しかった。
ただ、それも含めて役には立った。面接の感触を放置せず、AIの推論を横に置いて見直すことで、自分の受け方だけでなく、会社を見る目のほうも少しずつ合ってきたからだ。
面接後の振り返りは感想戦というより、次の対策と見極めを同時に進める作業だった。
内定が出たからそのまま決めた、というより、条件や役割を見比べたうえで、自分なりにいちばん納得できる選択肢を選んだ、という感覚に近い。
ここでもChatGPTがやってくれたのは、背中を押すことより、判断材料を揃えることだった。
提示年収の見え方だけでなく、その中にどれくらい変動要素があるのか、求人票に出ていない待遇面にどんな差がありそうか。そういう論点を一つずつ並べられたことで、「なんとなく良さそう」で決めずに済んだのは大きかった。
最終的には自分で決めたのだが、その前に見るべきものをきちんと見られた、という感覚があった。
転職活動の終盤で必要だったのは、勢いよりも納得感で、そこを支えてくれたのはかなり大きかったと思う。
こうして振り返ってみると、転職活動の中でChatGPTがいちばん強かったのは、答えを出すことそのものではなく、判断に必要な材料を整理し続けられることだったと思う。
求人選びでも、書類づくりでも、面接前後でも、内定後の比較でも、毎回やっていたことは少しずつ違う。それでも共通していたのは、頭の中に散らばった論点を言葉にして、並べ直す作業だった。
特に助かったのは、雑な感想や違和感を、そのまま投げても会話が進むことだった。
求人票を見て「なんか気になる」「ちょっと違う気がする」と思っても、それを一人で整理するのは意外と難しい。そこを対話しながらほぐしていくと、曖昧だった感触が少しずつ判断材料になっていく。
もうひとつ大きかったのは、前のやり取りを踏まえたうえで精度が上がっていったことだ。
最初は条件整理や自己分析から始まったのに、やり取りを重ねるうちに、どんな求人で迷いやすいか、どの条件を優先するか、どういう会社に違和感を持ちやすいかまで反映されるようになっていった。
便利だったのは「なんでも答えてくれること」ではなく、同じテーマを何度でも別角度から整理できることだった。
転職のように、条件、感情、相性、タイミングが全部絡む話では、この壁打ち性能の高さがいちばん効いていた気がする。
ただ、その強さは使い方を間違えるとそのまま危うさにもなる。
整った推論が返ってくるぶん、それを結論と取り違えやすいからだ。
でも、実際に内定が出ると、そこで初めて本格的な比較と判断が始まる。応募時には見えていなかった条件面も含めて、行くか見送るかを決める必要がある。
ただ、そこでChatGPTが役に立ったのは、結論を出すことではなく、その数字だけ見ていると見落としやすい部分を指摘してくれたことだった。
年収のブレ、退職金の有無、求人票にははっきり書かれていない待遇面まで含めて見ていくと、額面の印象だけでは比較しきれないことがかなり多かった。
こちらとしても、次がたぶん最後の転職になるだろうと思うと、条件の見落としはできるだけ減らしたかった。
判断そのものを任せたわけではないが、納得して決めるための材料をChatGPTが揃えてくれたのは大きかった。
ただ、その強さは、使い方を間違えるとそのまま危うさにもなる。
整った推論が返ってくるぶん、それを結論と取り違えやすいからだ。
実際、ChatGPTはかなりもっともらしく整理してくれる。
でも、それはあくまでこちらが渡した材料をもとにした推論であって、会社の本音や面接の空気、その場の相性までわかるわけではない。にもかかわらず、文章としてきれいに返ってくると、つい「正解っぽいもの」に見えてしまう。この感覚は少し危ない。
書類でも面接でも条件比較でも、役に立ったのは、考えることを代わってもらったからではなかった。
自分の中にある感触や違和感を言葉にして、整理する補助として使えたからだ。逆に言えば、自分の違和感よりも、ChatGPTの整った答えを優先し始めると、たぶん使い方がズレてくる。
いちばん危ないのは、推論を借りることではなく、それで自分が決めた気になってしまうことだったと思う。
判断そのものは最後まで自分で持ったまま、考えるための補助輪として使う。その距離感を崩さなかったことが、結果的にはいちばん大事だった。
ハマる人
ハマらない人
・出てきた文章や答えをそのまま使いたくなる人
向き不向きはあると思う。
でも、自分で考えて、自分で決めるつもりはあるけれど、一人だと論点が散りやすい、という人にはかなり相性がいいはずだ。
自分にとってのChatGPTは、答えをくれる相手というより、考えを整理して判断材料を増やしてくれる相手だった。
結局のところ、今回の転職活動って、AIに人生を決めてもらった話じゃないのよ。
むしろ真逆。ぐちゃぐちゃになりがちな条件、感触、不安、違和感をそのままぜんぶ投げつけて、「で、結局アタシは何を大事にしたいわけ?」を何度も何度も並べ直していった話なのよね。
今ってどうしても、AIっていうと面倒なことを代わりにやっつけてくれるもの、みたいな空気があるじゃない。
わかるけど、少なくとも転職みたいに条件も感情も相性もぜんぶ絡んでくる話では、そんなに甘くないのよ。
勝手に正解を出してくれるわけじゃなくて、散らかった論点を整理して、見落としを減らして、自分で決めるための材料を揃えてくれる。実際に助かったのは、そっちだったわ。
でもね、一人で考えてたらたぶん見落としてた論点を拾って、言葉にもなってなかった迷いを材料に変えて、判断の精度をじわじわ上げてくれたのよ。その意味では、今回の転職活動でかなり頼れる伴走相手だったのは、間違いないわ。
散らかった条件や気持ちを何度も机の上にひろげて、最後に「これで行く」と自分で決めるまでの、地味だけど大事な下ごしらえの話だったのよね。
一応転勤で来たってことになってるけど、実際は彼に合わせて来た部分が大きいと思う。自分で決めたことだし、それはいい。でも、実際東京に来てみて思ったよりきつい。
まず、なんでか同棲してない。
これは彼の事情も分かる。仕事が忙しいし、生活リズムも不規則だし、いきなり一緒に住むのは不安だったんだと思う。でも、結婚前提で東京に来て、一人暮らしスタートは思ってた以上にしんどい。
知り合いもいないし、帰っても誰もいないし、「何のためにここにいるんだろう」って思う瞬間が普通にある。
仕事も激務ではないけど、難易度が上がってついていけてない感じがあるし、小さいミスを何度もして、ずっと引きずってる。毎日「またやった」「なんでできないんだろう」って思ってる。
小さい会社だから、本社に来て会社の上層部の嫌なところや会社の風土が見えてしまったり、実質会社を牛耳ってる事務方のボスの機嫌でわたしを含め色んな人が一喜一憂したりしてて、明日は我が身って感覚が抜けなくていつも追い詰められてるかんじ。
辞めたいって何回も思ってて、正直限界に近い。
でも辞められない。
東京で無職になるのは無理だし、最近やっと同棲が決まって、結婚の話も出てて、東京の家賃は異常なほど高いしここで辞めるのは現実的じゃないのも分かってる。だから辞めないよ、辞めないんだけど。
でも、このまま続けられるのかって言われると、それも分からない。
彼には「しんどい」って言ってる。でも、具体的に説明できない。「全部しんどい」っていう状態で、具体的に何を話せばわかってもらえるかわからない。
彼も優しいし、「大丈夫?」って言ってくれる。でも向こうも激務でさ、仕事が忙しいのも分かってるし、それ以上を求めるのは違う気がして、あまり言えない。
本当は、会いに来てほしいとか、一緒にいてほしいとか、思ってるけど、言えない。
気づいてるけど平日に会いに行くのは無理っていうのも感じてるし。
自分で選んで東京に来たんだから、自分でなんとかしないといけないんだろうなあと。
地元なら生活コストも低いし、家族もいるし、もう少し楽に生きられる気がする。
あと、彼はキャリアや仕事、人生で何を成し遂げるかが大切っていう価値観。男の人だしそれはわかる、大切にしてほしい。東京出身東京育ちの彼に地方に来てもらうのは現実的じゃないし、何より自分が感じてる「環境が変わるしんどさ」を、自分が無理だからって代わりに彼に背負わせるのは違うと思う。
じゃあ東京でこのまま暮らし続けるのかって言われると、それもイメージできない。
東京で子育てしてる自分とか、正直全然想像できない。生活も、仕事も、人間関係も、全部どこか無理してる感じがある。
でもじゃあどこならいいのかって言われると、それも分からない。前いた関西とか?って思うけど、関西でも共働きは必須だし、双方の両親がいない状況で子育ては無理だよね。
なんか、東京に来たのは間違いだったのかとか、もっと早く同棲してたら違ったのかとか、大阪にずっといたらよかったのかとか、考えても答えが出ないことばかり考えてる。
彼のことはめっちゃ大好きでずっと一緒にいたいし、結婚したいから、東京に来た。
でもずっとこのまま東京にいていいのかも分からない。仕事も本当に辞めたい、かなり。
でも、とりあえず明日も仕事には行く。まだ体は動くし。でも、どうやって続けていけばいいのか、これが正解なのか、分からない。