はてなキーワード: 清廉潔白とは
大前提として、尾田先生へのリスペクトは今も微塵も揺らいでいない。週刊連載という過酷な環境下で、30年近くジャンプの看板を背負い、第一線を走り続けている。とても人間業とは思えないし、奇跡と言っても過言ではないだろう。
何よりもしんどいのは、麦わらの一味の、いや一味に限らず長年愛してきた既存キャラクターたちの扱いが、目を覆いたくなるほど疎かになっていることだ。
私の心が折れたのは、巷でも物議を醸した、エルバフにおけるウソップの扱いである。
リトルガーデン編を読んで以来、ウソップがエルバフに至るまでどんな活躍を見せ、いかにして「勇敢なる海の戦士」へと成長するのか、何年も胸を躍らせて待っていた。にも関わらず実際に描かれたのは期待を裏切るような姿だった。
不評を察して慌てて差し込まれたような、薄っぺらで付け焼き刃のスピーチが読みたかったわけじゃない。
私が見たかったのは、ボロボロになりながら、格上の敵に当たって砕けて、それでも知恵と勇気で辛勝をもぎ取る、あの泥臭くて憎めないウソップが成長した姿だ。
そもそもウソップは、病床の母を励ますために「海賊が来た、父ちゃんが帰って来たんだ」と嘘をつき、両親を亡くした心痛から病床に伏すことが多かったカヤのために嘘の冒険譚を語る、誰かを救うための「嘘」を吐く漢だったはずなのだ。
だがワノ国では、偽薬を売る“ガマの油売り”として描かれ、その嘘を信じて父を救おうとしたおトコに対し、明確な贖罪もないまま終わってしまった。
もちろん、ウソップ含め、ワンピースのキャラクターに清廉潔白さや完璧さを求めているわけではない。むしろ失敗はいくらでもあっていい。ただ、それを泥臭く乗り越える過程こそが魅力だったはずだ
最近はこうした、過去の積み重ねを裏切るような描写が少なくない。そのたびに、作者への信頼が揺らいでいく。何か意図があるのかもしれない、後の展開への布石かもしれない、そう信じて待ちたい気持ちさえ、応えられることのない虚しい期待に終わってしまう。
この不信感は、ゾロのバックボーンの扱いにも通じている。スリラーバーク編から示唆されていたリューマとの繋がりや血筋の話が、物語の深部に組み込まれることなく、最終的にSBSで事務的に明かされたことには強い落胆を覚えた。
そもそも、5年という長い時間を費やしたワノ国編で、本筋に関わる大きな謎として明かされたのはプルトンの在処くらいで、それすら決戦後に数ページで処理されてしまった。ワノ国の人々がその秘密をどう語り継ぎ、どんな歴史的背景を背負ってきたのかといった部分はほとんど描かれていない。
その一方で、太陽の神ニカ、ロジャーたちがラフテルで笑った理由、オーロ・ジャクソン号の巨大な卵、ヒノキズの男、ルフィの夢の果てなど、「伏線」という名の新設定ばかりが、既存キャラの描写を押し退けるようにして際限なく追加されていく。
しかし、それら新設定を担うキャラクターや世界観が、かつてのような魅力を持っているかと言われると、正直疑問が残る。伝説のバーゲンセールのような状態で、かつてのロジャーに感じた底知れなさや未知への期待を超えることはない。
おでんやロックスやハラルドにしても、「どれだけ凄まじい規格外の行動をしたか」という武勇伝の羅列が中心で、その行動の根源にあるはずの血の通った人間性と、その人間性に説得力を持たせるための掘り下げの描写が十分になされていないように思う。伝説を伝説たらしめるための「凄さの演出」が先行しすぎていて、彼らがどれだけ活躍しても記号的な凄さ以上の印象が残らない。
エルバフ編のメインゲストキャラとも言えるロキでさえ、十分魅力的に描けているとは言い難い。彼の語りから始まったはずの回想は、突如ナレーターにマイクを奪われ、ロキ自身が直接関与していないゴッドバレー編が物語の中心となった挙句、ロキと彼の父ハラルドの親子物語は、まるで「おまけ」のエピローグのような扱いに成り下がっていった。
さらに最近では、五老星に謁見し「ある海賊について話がある」と発言したあのシャンクス似の男の正体が、実はシャムロックであったという衝撃の事実さえもSBSで開示されてしまった。
本来であればあの場で言及された「ある海賊」が誰なのかを明かすタイミングこそが、「なぜあれはシャンクスではなかったのか」「どんな背景と意図を持った発言だったのか」が結びつく、読者にとっての答え合わせの瞬間になり得たはずだ。
それを物語の中ではなく、SBSという形で先に明かしてしまうのは、せっかく成立し得た「伏線回収」を自ら手放しているようなものだ。
「最終章で尺がないから設定開示がSBS送りになるのも仕方ない」という擁護をよく耳にするが、エルバフ編冒頭で突如差し込まれた「レゴの城で迷子になる」という、コラボ商品の販促のようなアニオリ的「遊び」を描く余裕があるなら、できないなんてこともないはずだと、一読者たる素人は考えてしまう。これは見当違いだろうか。
新世界編後半で突如現れたイムvsニカという新設定を軸に、それらを補強するために新キャラが乱立し、既存のキャラクターが物語の端へ追いやられていく。追いやられるだけならまだしも、既存キャラの設定とは矛盾した、ともすると既存キャラの魅力を棄損しかねない描写が付け足されることすらある。
そして、乱立される新設定も、今の物語においては「新たな謎の匂わせ」で読者の期待感を煽るか、「設定の開示」という仮初のカタルシスを演出するための舞台装置に過ぎない。
この現状では、読者が20年以上積み上げてきたキャラクターへの情熱が置き去りにされていると読者が感じるのも無理はない。
これだけの連載期間を共にしてきて、一味を含めた既存キャラの成長や関係性、バックボーンがいまだに描写不足に感じられるこの現状が、悲しくて仕方がない。
麦わらの一味はいまや事あるごとに使い回された持ちギャグと「ルフィは海賊王になる男だ」という定型句を唱えるだけのbotのような扱いで、物語の核心である空白の百年の謎からは全くの蚊帳の外だ。
大好きだったワンピースをの最新話を読むと、悔しいながらも、反転アンチの言葉に頷いてしまう。
今のワンピースは楽しくない。
自分は単純な人間なので、ゲームや漫画の主人公に憧れて善い人間になろうと小さい頃から思って生きていた。
しかし現実でもネットでも露悪的な人間というのは存在するし、いい歳になっても未だに駄々を捏ねるような人間を何人も見てきた。
俺は別に自分のことを絶対的に正しいとは思わないが、それでも善い人間であろうとはしている。
それもたぶん、悪が最後には負けるものであって、そして格好悪いものであるという思い込みがためだと思う。
それでもさ、やっぱり格好悪くないか?
明らかに人が引くようなことをいって注目を集めたり、それが嘘であったとしても人が嫌悪するようなことを平気で口にする。
そういうのって、端からみれば相当にダサいし、少なくとも主人公じゃない。やられ役だ。
フィクションでの善悪が全員の人生に大きく影響するとは言い切れない。それは分かってる。
でもさ、誰だってアンパンマンは観てきただろうし、ウルトラマンやらそういったヒーローものは誰しもが一度は目にしていると思う。
そのときはきっと純粋な気持ちで自分もヒーロー側に、主人公でありたいと願ったはずなんだ。
なのにどうして人はそういった思いを忘れてしまうのだろうか。
清廉潔白の善人で生きろとまではいわない。でも好きな人に誇れるぐらいには、善人でありたいって思うことは、それほど歪なことなのだろうか。
暇空茜がどうしようもない奴でその信者も迷惑行為を働く輩。暇空は嫌がらせのために住民監査請求を乱発してColaboの活動を妨害した。ここまで事実。
・会計不正はなかったが、不適切な計上は存在した。赤字を寄付で賄いながら活動していて補助金は焼石に水だったのでお咎め無しとされた
・都との協議内容は不明だが次年度事業はColaboから辞退(一般的に考えれば何かしらの手打ちがあったと思われる)
これで「Colaboに全く非は無い」というのは無理筋。暇空という巨悪の迷惑行為に巻き込まれていることを考えればColaboの受けた被害が大きすぎるが、何もやってないとまでは言い切れない。潔白とは言えない。
では清廉潔白でなければいけないのか?不適切な計上があったとしても最終的にお咎め無しなら問題はないのではないかとなるものの、代表の行動が毀誉褒貶入り混じっていて、本人の行動にも問題があり、その周辺の人々も頭を傾げてしまう類の人が多い。
・大前提。女性を助ける事業をやっている。行政が賄えない部分を補っているという行為は何も貶す部分はない。
・代表が特定の男性や趣味・趣向をWEB上で執拗に攻め立てている。結果として保護すべき女性の身の安全すら危うくなった。代表自身の行動が団体の目指す姿「少女たちが暴力や搾取に行きつかない社会」を邪魔してしまった(これは執拗に攻めている暇空が100%悪いのは大前提)
・直近SNS上で行動が問題となった「しばき隊」を名乗る団体との繋がりが垣間見える
著者は行き場をなくした女性をサポートする事業には100%賛成。自治体では助けられない人がいるのも知ってる。
Colaboの活動理念は素晴らしいが、過去の代表の行動・言動は肯定できるものがとても少なかった。女性保護の重要性より男性へのヘイト、オタクへのヘイトの方がよく流れてきていた。
暇空茜の迷惑行為の被害にあっていることは同情するし、団体の活動は頑張ってほしい。その応援する気持ちが10あるとすれば、これまでの代表の行動・言動からくるマイナスの気持ちが0.5〜1くらいはある。
この0.5〜1くらいのマイナス感情を持ってる人々を十把一絡げに「暇アノン」とか「暇信者」とかで雑にラベリングする輩は大なり小なり「暇空」の同類です。
昔、ある男がある家族を精神的に支配し、家族同士で殺し合いをさせて遺体を始末させていた…
という、まさに吐き気を催すような鬼畜の所業の事件があったんだけど、
この事件って調べれば調べる程、被害者である一家にも、付け入られそうな弱みが沢山見付かるんだよな…。これは被害者を叩こうという趣旨ではなく、事実の指摘として言うが。事実として、非の打ち所のない清廉潔白な家庭ではなかった。
おそらく、だからこそ事実が明るみに出るのを恐れ、早い段階で警察に訴える事も叶わなかったのだろう。
勿論、だからといって犯罪に及んでいい訳がない。ターゲットにしていい訳がない。それとこれとは別の話だ。
卑劣な犯罪の被害者が、必ずしも清廉潔白な人格者とは限らないんだよ。少なくとも被害者の意思の介在しない暴行行為等ではなく、被害者の意思も関与する犯罪の場合には。例として、詐欺や性犯罪にはそういうケースが多いだろう。
ハッカドールのキャラデザと監督、魔法陣グルグルのシリーズ構成脚本などで知られるアニメーターげそいくおが小学館問題について
「しかし漫画家に清廉潔白神聖でクリアな存在で居て欲しいなんて、世の中変わったなぁ
良くない方向に」
とポストした。
https://x.com/i/status/2029172034958176694
Animator Ikuo Gesu comments on Shogakukan's Manga ONE controversy
"Expecting manga artists to be pure, spotless, sacred, pristine figures… man, the world’s really changed.
And not in a good way."
"I hate everyone online who acts like they’re speaking on behalf of victims."
アニメーターのげそいくお氏が、小学館のマンガワンをめぐる論争についてコメント
「漫画家に純粋で、汚れがなく、神聖で、清純な人物像を求めるなんて…本当に世界は変わった。
しかも良い方向ではない。」
このニュースポストには彼が参加したアニメキルラキルの画像が貼られている。
げそいくおのリプ欄でこんなコメントが付いていた
No one is asking them to be virgins, just not to be child-abusers
Do you find it difficult not to be a child-abuser?
これに「一部の日本人男性にとって難しいようだ。日本の政治家や司法界も同じ。」とリブされると
「don't look down on japanese man,日本の男を馬鹿にするな」とコメント主は怒ってくれていた。
日本の男がクズなのではないと思ってコメントしてくれているのだ。
でも性犯罪ごときで騒ぐのは日本を落とすフェミの陰謀と凝り固まったアニメーター漫画家等のオタクおっさん達はせっせと犯罪矮小化やセカンドレイプに励み、その姿を世界に晒している。
性犯罪被害者と見ると子供相手でもセカンドレイプしまくっていた昔みたいに海外の目が無いツイッターと違い、翻訳ボタン一つで見られると気がついていない。
こんなに堂々と名前を晒しながら児童への性犯罪擁護をするのは日本位で世界から厳しい目を向けられているとまだ気がついていない。
最近ネットを見てて確信したんだけど、性犯罪者を必死に擁護してる連中のメンツ、見事に共通点があって笑える。
まず、あいつら揃いも揃って無断学習AIに好意的。やはり違法な画像生成AIを平気で擁護するような、犯罪者気質のモラルがない奴らは、根っこの部分で繋がってるんだなって思う。
しかも、性犯罪者でも「漫画を連載する権利がある」とかドヤ顔で言っててマジでゾッとした。いや、読者にはその作者が何をしたか、本当のことを知る権利があるだろ。
あいつらの言い分っていつも「法に触れてなければいい」みたいな感じだけど、犯罪をしない程度で清廉潔白だなんて言えるわけないじゃん。人として終わってるんだよ。
あと、だいたい趣味が女叩きなんだよね。女子枠があればすぐ叩き出すし、デートの割り勘とかに異常にこだわって発狂してる。結局、女性を下に見てるから性犯罪者にも感情移入しちゃうんだろうな。
性犯罪者に甘い奴ら、擁護してる奴らって、面白いほど「あの層」と見事に被ってるんだよね。
結局さ、他人の著作権とかプライバシーを「技術の進歩」って言葉で踏みにじっても平気な奴らなんだよ。
違法な画像生成AIを必死に擁護してるような、根本的にモラルが欠落してる犯罪者気質の人間が、性犯罪者にもシンパシー感じてるだけ。マジで類は友を呼ぶってこのことだわ。
そんな連中が、性犯罪を犯した奴に対して「才能があるから漫画を連載する権利がある」とか「作品に罪はない」とか抜かしてるの見て、マジでゾッとした。
被害者の感情より、自分の娯楽の方が大事なんだろうね。その特権意識、本当に気持ち悪い。
あのさ、勘違いしないでほしいんだけど、「今のところ法律を破ってない」程度で自分を清廉潔白だと思い込まないでくれる?
バレてないだけか、やる勇気がないだけの「加害者予備軍」が、同じ穴の狢を庇ってるようにしか見えないんだわ。
読者には、その作者がどんな卑劣なことをしたのかを知る権利がある。
2026年の衆議院議員総選挙がめちゃくちゃ面白かったので、リベラルと中道(立憲)について考えてみた。
まずリベラルについて。
結論、今の日本でリベラルは不要になってしまったんじゃないかな。
これはリベラル思想自体がダメと言っているわけではないよ。今までいろんな功績があったのは事実。
与党権力強大化の抑止、社会的弱者への分配や公害問題への取り組み、男女雇用機会均等法の推進やLGBTQの差別解消など色々やってきた。
これらは一般無党派層にとってもやる意義があるなと思えたはず。
しかし現在はもう十分解消されているし、社会的弱者への分配は保守派である自民党含む全ての党で普通に取り組んでくれている。
だから、今リベラルが挙げている課題に対して一般無党派層は自分事感がなくなってしまっているんじゃないかと。
それぞれの課題がもう100点中80点解決されているように感じている。そしてこれを90点とか100点にもっていくのって費用対効果合わなくね?と。
夫婦別姓とかやらなくて別にいいじゃんとか、外国人差別解消って言って外国人犯罪者を擁護するの!?みたいに、行き過ぎに感じてしまう。
日本を取り巻く状況という別の観点から見ても、リベラル的な課題の優先度は下になってしまう。
リベラルは端的に言うと権力の強大化を防ぎ、社会的弱者を守ることが使命となっているが、後者はそもそも国が豊かでないとできない。
国全体がしっかり稼いでいるからその稼いだ分を弱者に分配できるのであって、原資がないのにやろうとすれば当然反発を食らう。
今は経済を立て直すフェイズであって、そうしたときにリベラルの人たちにとってもリベラル的な課題を後回しと考えるべき。
なので、
①リベラル的課題はもう7割8割解決してしまっていて、これ以上を目指すのは費用対効果が合わないこと
②日本にはもう分配をする原資がないので、経済立て直しがリベラル的課題より優先されること
の2点から、リベラル自体が不要であるという肌感を一般無党派層が持っているのではなかろうか。
これが中道(旧立憲)のみならず共産党、社民、れいわが惨敗した真相だと思う。
このリベラルに対する現状の理解をベースに、次は中道(立憲)について考えてみたい。
上記の理解を前提に置くと、立憲が中道よりにポジションチェンジしようとしたのは非常に理にかなっているなと。
(まあネーミングセンスとかアピールの仕方とか党内運営の問題とか色々な粗があったけど、それについてはここでは触れない。)
今後どうなるかはわからないが、優先度が低い多くのリベラル的な課題を捨てて、ほとんど権力監視の党として振り切るのもありかもと思った。
普段の仕事もほとんど今まで通りで、自民党のありとあらゆるスキャンダルを追求しまくるという役割だ。
という立ち位置で、与党(=自民党)が支持率高いときは30議席くらい、自民党がダメダメなときに100議席取ると。
つまり自民党がダメになったときにNOを突きつけるための受け入れ口として有権者に捉えてもらう道だ。
実際石破茂時代の衆議院議員総選挙がまさにそういった役割で、150議席獲得している。
そこから今回の選挙結果の落差を考えたときに、当時投票した人はリベラル思想を持った立憲支持者ではなく、アンチ自民となっただけの人たちが立憲への投票行動を行ったのではないかと考えられる。
政権批判じゃなくて政策提案したほうがいいという意見も多くみられたけど、政権批判自体は明らかに必要かと。
批判がよくない風潮になった原因は質が悪い批判が多すぎたから。
一方で完全に解決したわけではない裏金問題などは当然批判し追求すべき。こっちの批判は自分たちも不記載やってるじゃんで負けてしまったけど、、、
野党としてあるべき党内ガバナンスルールを制定、運用してそのうえで批判すべきだったね。
それに正直政策提案での選挙戦は差別化しにくいことが今回もわかったんじゃないかなと思う。
中道はアンチ自民党という確固たる軸で戦える批判カードを次回の選挙まで集めてもらって。
それが全く見つからないなら今回の自民党がいい政権っていうことだし。
結論、中道について言いたかったことは、世間の捉え方とは違って、立憲が中道よりにポジションチェンジするのは全然ありじゃないか?ということ。
そのうえで期待するのは政権批判の質をあげること。
理由はシンプルで、まず「戦争をしたくない」から。戦争を避けたいなら、現実的に防衛力を高めるしかない。抑止力ってそういうもんだろ。綺麗事じゃなく、そこを本気で政策として積み上げてきたのは自民党しかない。他党は「話し合えば大丈夫」みたいな精神論で止まってる。
移民についても同じ。俺は移民抑制派だけど、これも自民党一択だと思ってる。
「自民が移民増やした!」って言う人多いけど、実態は技能実習生や限定的な労働受け入れだろ。欧州みたいに、最初から定住前提で大量に受け入れて、犯罪や治安悪化が起きてから慌てるより、はるかにマシ。
野党みたいに不法移民や犯罪者まで人権で擁護してたら、結局は底辺労働に固定される移民層を大量に作るだけで、欧州の失敗をそのまま輸入するだけ。
数十兆円規模の減収出して、1人あたり数万円ってどう考えても割に合わない。
やるなら給付付き税額控除とか、低所得層にピンポイントで効く制度の方がいい。
食料品だけの減税なら、まあ現実的な落とし所としては許容範囲。
政党が大きくなれば、どこだって金の問題は起きる。左派が政権取ったら急に政治が清廉潔白になるとでも思ってるのか?
それを監視するのが国民とメディアの役割だろ。政権選択の軸にする話じゃない。
自民党に不満がゼロなわけじゃない。でも、安全保障、移民、財政、この3点を現実ベースで考えたら、他に選択肢がない。
アンチ自民って感情で叩いてるだけで、じゃあ代わりにどこがやれるのかって話になると、誰も答えない。
今回はそこをはっきりさせて投票する。
冗談じゃないよ。
どうしてこうも簡単に、バカと若者は「TACO市」こと高市早苗にホイホイ騙されちまうんだ?
あの勇ましいことばっか言う口先パフォーマンスに酔ってるのか知らんが、お前らが熱狂してるその「強そうなリーダー」の足元、ちゃんと見てんのかよ。
まず、自民党だぞ?
あの「壺(統一教会)」とのズブズブの関係、何一つ精算されてないだろ。
「裏金」問題だって、トカゲの尻尾切りで終わらせて、しれっと公認だの推薦だの出して復権させてる。
TACO市はそれを「保守の団結」だか何だか知らん美辞麗句で包んでるけど、要は「身内には激甘」ってだけじゃないか。
そんな腐敗した組織のトップを「ジャンヌ・ダルク」みたいに崇めてる奴ら、脳みそ湧いてんのか。
百歩譲って、清廉潔白じゃなくても経済さえ良くしてくれりゃいいよ。
でも、こいつらやる気ないじゃん。
消費税減税?
「検討を加速する」
選挙目当てのガス抜きで、終わったら「財政規律が~」とか言い出すのが目に見えてる。
安全保障が大事なのはわかる。けど、TACO市のやり方は外交じゃなくてただの「挑発」だろ。
中国との不和を不必要に加速させて、経済的なパイプを自分から切っていくスタイル。
威勢のいいこと言ってる間に、日本企業の体力がどんどん削がれていく。
一番言いたいのはこれだ。
「日本経済が衰退した!」「給料が上がらない!」「若者に希望を!」
この30年、日本が衰退の一途をたどっていた間、ずっと政権の座に座り続けてたのは誰だ?
お前らが苦しい今の状況を作った「A級戦犯」に、なんでまたハンドル握らせようとしてるんだ?
「高市さんなら変えてくれる」?
寝言は寝て言え。彼女はずっとその自民党の中枢にいた人間だぞ。共犯者だよ。
騙されてるんじゃない。
思考停止して、雰囲気だけで投票して、自分たちの首を絞めるロープを編んでることに気づいてないだけだ。
TACO市(Takaichi Always Chickens Out)が、本当にヤバい時に国民を守ると思うか?
これまでの言動見てりゃわかるだろ。