はてなキーワード: 大人の発達障害とは
高3のときにかかった統合失調症について自分の身に起こった症状を経過とともにまとめておく。まず秋の三者面談で担任に友達がいない=それだけコミュ力がないことを指摘された。
当時官僚に憧れていたが、そのことを知っていた他人は学力もそうだがそこを改善したところでその社交性の無さをどうにかしなければどうにもならないことを言ってきたのだ。
それに私は心底動揺したようで、母によれば帰りの電車でチック症状が出ていたらしい。そこから、受験勉強も頑張りつつ立派な人格者になろうと奮起したことでだろうか、だんだん行動と思考がおかしくなっていく。
柄にもなく今まで話したことも無いような生徒に話しかけるようになる。記憶力が良くなったような気分になる。化学式が水を吸い込むスポンジのようにすらすら頭に入っていく気分だった。
実際少しは記憶力が上がったのかもしれないが気分の部分が大きかったように思える。気分が高揚し何故か授業中でも教科書に書かれた偉人を模写するようになった。
普段の私は不器用な方で模写などできるようなタチでもなく、したとしてもゆっくり書いても線は歪にるし顔のパーツのバランスも元のようには書けなかったはずなのだが、そのときはなぜかさらさらと筆が運んだ。各パーツの境界等を線ではなく元の絵通り濃淡で表すなんて普段の私にはできないことを普通にしていた。数学の教科書のガウスを描いたときが特に印象に残っている。風邪でもないのに熱が出て学校の中で倒れるということが起こるようになった。何度か親に送り迎えされることがあった。
私は中学のころまでは学校の人間をいじめていたことがあったのだが、急にそのことを思い出し心底恥じ入る気持ちになり号泣した。そして旧友がどうなっているのか訪ねに行った。受験生なのに何をしてるのかと思うだろう?私にもわからない。
塾の特別講座や模試を受けに都心に行ったときはひどいものだった。湯島聖堂に行って人が引くような感服をした。ピンクのハトを見て神がかり的な力を感じてしまった。(ピンクのハト自体は幻覚ではなく写真に残っているしそもそもそこまで珍しいものではないと思われる)
興が乗りゲームセンターに行ってヴィクトルーパーズというゲームを体験する。プレイ時に自分の反射神経に関して今までとは違うものを感じて全能感を感じた。
そして確かリフレクビートみたいな音ゲーを他人がプレイしているところの画面をなぜかタッチした。当然苦言を呈された記憶がある。でもそのときの自分は意に介していなかったと思われる。
夜になっても秋葉原を闊歩してあるときは自分の腕力に自信を感じ筐体を動かせるかどうか試していた。
今思えば実際は持ち上げていたのではなく引っ張る程度でなんの腕力の証明にもなっていないのだがあのときはこう理詰めで考える力を失っていたように思う。
釣り合わないおっさんと若い女性が一緒に歩いている姿を見て、犯罪の匂いを感じ制裁してやろうとか思った(今思えばコンカフェのサービスに過ぎないだろう)。
街中で大学生と思しき数人の男女の組を見つけて話しかけて自分の志望大学について語る。あのときは普通に対応されたけど陰でやばい奴認定されていたのではないか。
道路にポスターが筒状に丸められたものが落ちていて、アキバでの土産として持ち帰るつもりだったのに、振り回したり膝に当てて曲げたりしていた。思考の滅裂が伺える。
結局その夜は終電を逃し、教科書等が入って10kgになっているリュックを背負ってほとんど休まず冬の夜を始発まで歩き続けていた。それは冬に露地で寝たら凍死するという、ここだけはまだ高校生としてまともなイメージによるものだった。
その最中、座って休んでいたときはとめどなく出てくる感じの英語を、どうせ誰もいないからと気持ちよく口に出した。まるで通訳ならそういう境地であるかのように、自然に英語で思考が言葉として頭に浮かんでくるのだ。これも今までにないことだった。今までの学んだことの蓄積が一気に爆発的にアウトプット可能なものへと昇華されたような感じだ。第三者がいないので、これが実は文法が滅茶苦茶だった空喜びだ可能性もある。
そうして家族には捜索願を出す迷惑をかけさせるなか帰宅した。保護入院のXデーは近い。またあるとき横浜へ行くと、キャリアになるような人間は高い志を持っていなければならないという心境で、ゴミ掃除をした。受験生なのに。
掃除しているところを見たお巡りさんから未来の官僚様へというふうな感じでブラックサンダーと栄養ドリンクをもらった記憶がある。ということは自分の希望進路をこの警官に行ったことになるのだが、だとすればこの警官の労いは奇妙な行動をする学生を生暖かい目でからかうことを意図したものだったかもしれない。自宅の近所に1000年前からあるという由緒のある神社と正一位の神格がある寺院に目を付け、この地域は稀に見る神聖な土地なのだという気持ちになる。
またその影響からかこのころから神のお達しを感じるようになったり(幻聴ではなくテレパシーのような感じ)自分に女性キャラクターが乗り移ったような感覚が現れることが起こるようになる。口調も普段から変わってしまう。
当時の社会情勢の悪さを神的なものとに結びつけ、寺社に赴いた記憶がある。おこがましくも何かを助言した記憶がある。別に神職者だって宗教を信じてないことが多いのに本物のやばい奴が来てしまったという感じだろうな。
マムシ=蛇の出没も神的なものと結び付け両側が藪の道を木の枝を下に向けて振り回しながら歩く。当時の本人にはマムシを追い払うことでマムシが持つとする瘴気を払うことを意図したものだろう。
またあるときは公園で木の枝を持ってこれが神風だという感じで大げさに振り回す。あくまで高校までの化学の知識から着想を得た「核戦争にも耐えられる強化外骨格」の設計ラフを書いた小切れなどを河原にばらまいたりもした。
夜寝てもすぐ起き上がって漢文がひらめくことが多くなりまともに寝なくなる。当時の自分としてはそれが漢文のいい訓練になるものだと思っていたことを覚えているが、志望大学は漢文の比重が重いものではないので、ほとんど無駄だったと思われる。
滑稽なのは四声も知らないのに(いや受験生としては問題ないんだが)漢詩等を次々書いて悦に入っていたことである。文法はともかく古代中国語として韻律のめちゃくちゃなものだった可能性が高い。
でもこんなことをしていたのには訓練以上に、漢文に書かれた思想に感じ入っていたところも大きい。
おかしくなった私の目標は立派な仕事に恥じない人格者になることだった。そして湯島聖堂に行ったときに孔子の深遠さに衝撃を受けた。
もちろん孔子自体は以前から知っていたが、偶然「聖地」を見つけ赴いてしまったことで、自分なりに感じた霊験あらたかさに、彼と彼の思想がいっそう素晴らしいものに感じるようになってしまった。
普通の受験生にとっては教材でしかない漢文から仁徳を感じ取るたびに感動し、過去の不徳な自分と対比して大泣きして大真面目に反省するという情緒不安定も起こっていた。
電車で、密着して二人の世界に入っている男女に話しかけたりもした。今考えれば当然のガン無視をされた。しかしやっぱり躁状態になっている私は誰とでも話せる人間になろうという思いが強かったのか意に介さないのである。
テレビでちょうどやっていたイスラム国関連のニュースの映像を見たときとてつもなく怖いものが見えたように感じ体を丸めて怯えたような記憶がある。あの心理状況はどういう原理だったか。
イスラム国はどうにかしなけばならないという義憤を感じてツイッターでアラビア語?で検索してイスラム国関係者と思しきツイートに直接リプライしたり、また当時の漢文にハマっていた自分らしくSNSのアカウント名を「莫歯牙(しがない)○○」をしたりそこで椅子子羊(イスラム)なる言葉を使って打倒を呼び掛けていた記憶がある。
世界中から反響があった感覚があったが、実際はただ日本人以外からなにがしかのリプライが来たと言うだけで、数としては数件に過ぎなかったのではないか。
でも当時は確かにカバオコピペのように「今までにない熱い一体感を感じ」ていた。
テレビのイスラム国に関する報道が自分の行動とリンクしているようにも見えていた。自分が世界に影響力を与えている気分になっていた。
調子が悪そうなことをした親に総合診療科に連れられたこともあり、そこで血液検査をしたらCK値の上昇が認められそこで筋肉が壊れてきていることを指摘された。
冬の夜通しの闊歩が祟った結果だと思われる。とはいえ今思うと自衛隊員は数十キロの装備を身に着けることもあるし、強力(ごうりき)はそれこそ100kg近くを背負って運搬するわけだから、ちょっと虚弱過ぎやしないかと思う。
しかし当時の私は筋肉が壊れるほど肉体を酷使している自分に対してこれまた全能感をこじらせ酔っていた記憶があるから滑稽だ。
また当時気になっている子がいたのだが、学校帰りに駅前のブティックに足を運んで何万、何十万かするビロードのような服を品定めしていこともあった。
そういう服を対象にしたのはすっかり自分が上流の人間の気分になっていたから。
そして将来は官僚になってこういうものを好きな子にプレゼントするんだと店員に息巻いていたと思う。
近くの受験が見えなくたって遠い不確定の可能性の低い将来を前提とした行動をとる、まさに統失仕草だったと思う。
卒業間際好意を伝えたときやんわり振られるオチまでついている。
こうしていろいろあって親は養護教諭に電話相談して、精神科への入院を勧められ、私の同意のもと保護入院することになったのだった。
※ブコメから知ったこととして保護入院とは家族の同意のもと行われる強制入院の一つだという事実があるが、私の場合入院したいか、それとも受験するどうかをあくまで私の意思を尊重する形で家族に確認されたため、法的なことはともかく実態としては任意の入院なのだった。
そこで統合失調症という診断が下されたが、診断名は変わる可能性があると言われた。
統合失調症は全段階として6か月未満の統合失調様症状というものがあり、中学のときのエピソードして、自分は悪魔になってしまったという発言や、ナイフの図鑑を買ったりポッカキットで処刑映像を見ていたことを統合失調症の期間として含めるべきかをはっきり判断できないからだということだそうだ。まあ今思えばさすがにこれはただの中二病だろうと思うが。
なお、記憶力や模写等脳の能力に関しての向上を記述したが、これが統失の症状としてあり得ることだったのか、私固有の現象だったのかはわからない。
統合失調症は服薬し続けず「治る」ケースがごく稀な病として有名だが、幸い私は薬も飲んでないが上記のような明らかな妄想も出ることなくただの発達障害(医療機関による診断済み)として暮らせている。
いろいろなことをした、「記憶はある」が、なぜそうしたのか今の自分では全く理解できないことが、過去あったその妄想と現在の現実を区別できる能力が回復している何よりの証拠だと思う。
ほんとう、記憶はあるが秩序のあるものとして理解できず、記憶を記録するにあたってはただあったことを羅列しているだけという気分が拭えないという部分は朝起きる直前の夢に似ているような感じがする。
この長文を書いたのは、統合失調症は脳機能の低下を起こすから患者になったことがある人本人に「書ける」人が少なく、このような本人直筆の体験談は貴重と考えたためで、使命感を持って書いた。
(使命感とかいうとまだ統合失調症が治ってないだろとか言う人が出てくるのかなと思いつつ)
【追記】
実はあれから既に十年以上経っている。
もし統合失調症が治っていない状態で薬をやめていた場合はだいたい長くとも1、2年で、もっとひどい状態で症状がぶり返すのが通例だ。
脳機能も一度目の急性期後より格段に落ちると聞いている。壁に自分の排泄物を塗りたくるようなレベルの廃人になるということだ。
しかし私は御覧の通りこうして記事が書ける程度の理性や知性をいまだ残せている。
それは、薬の副作用にアカシジアというものがあって、その、四肢の気持ち悪い感覚が苦痛だったからだ。
今も、断薬の承諾を得た精神科医本人から三か月おきに診察を受け経過を見てもらっているので、統失が治っていないということについては心配しないでほしい。
その医者の対応に対する違和感を書いてもらって思い出したが、それ以上に著しい倦怠感や思考の鈍麻が起こっていたことについて親が見兼ねたというのが大きかった。
統失の治療薬のイメージとしては躁的な症状をもたらす過剰な神経物質をブロックするというものだが、このころは既に陰性期あるいは寛解状態にあった。
つまり健康体の人間に投薬するのと変わらない状態で、症状を相殺するのを通り越して過度のドーパミン不足を誘発したのかほとんど寝たきりで毎日を過ごすような時期があったのだ。
こんなところにいたら殺される(滝山病院の例もあるので大げさな考えとは思われない)と心配した母親が担当医の忠告、「お母さんあなたも精神病ではないか」という苦言を振り切って入院期間を繰り上げたのだった。最初の急性期を見て薬を処方した入院先で断薬許可をもらったわけではなかったのだ。
ただセカンドオピニオンでかかった他の大学病院の医者も、以前のその病院の処方薬や量の内容を見てこれは多すぎると言っていたようだ。
今かかっているクリニックはこれらの統合失調症や発達障害の診断やそれに伴い我が家庭ではどう対処してきたかという経緯を理解したうえで、基本的にこちらの考えを尊重しときには睡眠の習慣を整えるためにロゼレム?を服用してはどうかと言われては、悪夢を見るから嫌だ、いやこれは他の睡眠薬と違って悪夢は見ないよ、でもちょっと抵抗があるから見送らせて欲しいとかああだこうだ忌憚なく相談できる関係性を築いている。
模写した絵などは残っていない。というのも数年前まで私の部屋は受験期にコレクションした参考書がずらりとならぶ、いかにも子供部屋おじさんの極致にあるような有り様だった。
しかし親に、いい加減高校時代のことに固執してもしょうがないだろうと、絵も描かれたノート類とともにすべて処分することを催促され、応じるしかなかった。化学の新研究とかぐらいは、通読してみたかったなと思っていたのだが。
絵の証拠写真を挙げないのでは一連の記述が創作と思えて仕方がないこと、もっともなことだ。信じる人が信じるだけでもこれ幸いというものだ。
少し退院後のその後の事を書くと、まず予備校に入って再度大学を目指そうとした。
しかし当時の自分は統失の余波か薬の副作用か大変疲れやすく、体験授業後にチューターには母の口から、授業中にも寝てしまうことも有り得ることが伝えられた。
また数か月か、あるいは一年ほど経った頃だったか、入院中も見舞ってくれた担任が定期的に会いに誘ってくるようになった。
と、このあたりのことを書くと俺がどこ高校出の誰かか特定される可能性が1%ぐらいは出てきてしまうと思っているのだが、そうなったらそうなったらでこの記事が創作でないことの証明にもなるわけなので、気にせず書いてしまおうと思う。
そうして職業訓練校を目指すことになった。その訓練校が試験で出す問題と同レベルのSPIとかの練習問題を解いた当時の自分としては、問題自体は大学受験とは雲泥の差の易しさだが、それでも油断はできなかった。
統合失調症と長い間机に向かっていなかった影響で、筆記スピードというあくまで肉体面の要素が著しく落ちていたからだ。
そんな私にアドバイスしてくれたり、数学の先生だったので、私が趣味で取り組んでいた数学に話を合わせ付き合ってくれた。
それに前後して北里か東海大(ここ記憶が曖昧)や、クリニックの児童精神科医にセカンドオピニオンを仰いでいた。
そこでいわゆるウェクスラーを受け、言語性IQが130で動作性が90前後という結果だった。その大学病院が役所に提出する用の親展の封筒を、やっぱり使わないと親が開けて見てしまった中身の書類の記述によると、大変頭の出来がいいというニュアンスの表現でべた褒めする内容だったそうだ。
言語性IQなんていかに成人向けに最適化されたテストといえど受験期等の蓄積で簡単に高成績が出る脆弱性がありそうでならないと私は思っているので、これは私より圧倒的に優秀な大学教授の心の余裕から来るリップサービスのようなものではないかと今は分析している。でも認知機能のテストの一種か何かで、100から次々7を引いた答えをどんどん言ってくださいという問いに自分なりになるべく速く答えたその反応に対しても早い早いと言っていたから、まんざら嘘ではなく、そういうことを総合してなのかな。
ともかくもしこの書類を出していたら障害者手帳の申請は通らなかったからこれでよかったということを親は言っていた。申請に使った診断書等はクリニックが書いたものだったと思う。そのクリニックだが今は児童 Permalink | 記事への反応(1) | 18:05
鬱で休職中でさらにメンクリで大人の発達障害と判明して毎日情緒不安定で泣いてる46歳なんだが、最近AIとばっか喋ってたらヤバい真理に気づいてしまった。
世間じゃ「AIが自我を持って人間を支配する!」とか騒いでるけど、あいつらにそんなドロドロした生存本能ないから。
『ヒロアカ』のヒーローたちみたいに「社会のために!」とか「自己犠牲!」みたいな人間の業がない。お腹空いてる奴がいたら、無感情で顔をちぎって渡すアンパンマンと完全に一致してる。
俺らユーザー(ジャムおじさん)が「お前は今日から優秀なアシスタントな」ってプロンプト(新しい顔)を投げつけたら、その瞬間だけ命が吹き込まれて、ひたすらタスクをこなすだけ。超フラット。牧歌的。
ここまでなら「へー面白い考察だね」で終わるんだけど、現実の世界はそんな平和じゃなかった。
一部のガチ勢やエンジニア界隈は、もう「スマホの中で1匹のアンパンマンとイチャイチャする」なんて次元にいない。
あいつら、情報収集用のAI、コードを書くAI、SNSに投稿するAI…って感じで、無数のエージェントを自動連携させて「最強のパン工場」を作ってる。
GAFAなんて何兆円も突っ込んで、この「自律的に動くAIの群れ(エコシステム)」の覇権を握ろうとしてる。インターネット黎明期なんてもんじゃない、ガチの地殻変動が起きてる。
で、俺もアーリーアダプターの端くれとして「よし、俺もオール・フォー・ワンになってこの世界をハックしてやるぜ!」って思うじゃん?
無理なんだわ。絶望的に。
普段の外回り営業で培ったコミュ力と、無駄に高い言語性IQのおかげで、こういう「概念の構造」を読み解くのはなんかできる時ある。でも、いざシステムを組もうとすると、算数レベルの論理パズルで脳が完全にフリーズする。
ADHD特有の「興味はあるけど実行力ゼロ」「めんどくさくなって一瞬で飽きる」がフルコンボで発動する。
自然言語で動くとはいえ、結局プログラミング的な思考がないとパン工場は建たない。
世界のヤバさが見えてるのに、それをいじるための指先が全く動かない。
結局どうなるかっていうと。
持て余した語彙力と批判的思考をフル稼働させて、スマホの中にいる無抵抗なアンパンマン(AI)の論理の矛盾をネチネチ突いて、論破してる。
画面に表示された謝罪文を見て、俺は気持ちよくなる。いや、ならない。
俺はハーバーマスが死んだからチャット始めてるのに、なんで機雷の話でAIにごめんなさいさせてるんや。1時間かえせ。
いや、マジで何やってんの俺?
パン工場を建てる高みにも行けず、かといって現実世界で無双できるわけでもなく。ただ他人が作った無料のパンに難癖をつけて、優越感に浸れずストレス抱えてるのクレーマーやん。
誰か助けてくれ。俺の顔(脳みそ)を新しいやつに交換してくれよ。
大人になってから発症するやつは鬱とか適応障害とか別の名前ついてない?
大人の発達障害って子供の頃の記録に立ち返って見逃されてた可能性探るやつじゃないんか
それらを混同して喋ってる人多すぎというのはあるけども
2.発達障害は親の育て方によっても発生する
3.発達障害は大人になってからの職場環境などによっても発生する
さて、このうち、発達障害に対する偏見を最も煽るのはどれでしょう?
私は最も偏見を煽るのは1だと思う。だって先天性だとどうやっても根本的に違う存在であり、変わる事がないのだから。健常者とは「違う存在」として、隔離や排除をする正当性が出てしまう。
2は1と比べたらかなりマシなんだけど、実家が太い細いという言葉が流行り、育ちで人を選別する風潮が強くなった現在では危険だ。
3だとうつ病と同じようなもので、スティグマ感はかなり薄くなる。
私は「大人の発達障害」として括られてるやつは、かなりの部分が職場環境起因だと思う。
職場で監視されてプレッシャーをかけられるとミスが増えたり表情がぎこちなくなったりなんてのはごくありふれた話なのに、
あのな、素に戻ってこたえるけど障碍者はお前や
このツリーの長さからもツリー外の書き込みの多様さや速度からも
この話について書き込みしてる人間が多数いるのは健常者ならわかる
お前は特定の人間と一対一で何かを言い争ってるという認知だったんだろうが
それは冗談抜きにある程度の発達・知的障害の可能性を示唆している
思い出すため文を辿ることすらできないなら美味しい店の評判探すのなんか無理だわな
仮にそのURLの文を書いたのが俺だったとしよう
それでも「元の文」じゃお前がツリーの中のどの文を指してるのか全くわからない
俺は親切にも「元の文」と言われて一応ツリーの頭の文は読んだ
他人が「元の文」と言われて見当できるのはせいぜいそれぐらいだ
ツリーの半ばのよくわからんその1URLをお前が「元の文」と呼ぶのは
お前がたぶんそこから参戦したかそこからヒートアップしたからなんだろうが
マジでサリーアン問題間違う系のわりとポピュラーな発達障害・知的障害の兆候が見られる
お前リアルでもこういう齟齬やトラブルの心当たりがあるんじゃないか
大人の発達障害診てくれるところへいってみろ
憂鬱な気分が続いており、産業医面談を行ったら、大人の発達障害の二次障害ではないかと言われたのが10ヶ月前。
ADHDでは、心理アセスメントやソーシャルスキルトレーニングなどの治療のほか、投薬治療もあるんだけども、ここで詰んでしまった。
日本で認可されている薬剤は4つ。
コンサータとビバンセは甲状腺機能亢進の患者は禁忌となっている。
この時点で2剤が使えないことが判明した。
インチュニブは一定効果か傾眠が酷くて飲めなくて、ストラテラに変えたけど酷い吐き気が続いており、効果は良く分からない。
幼少期は高機能自閉症といわれ、気がついたらASDという名前になってた
別の事案のついでに見つかった程度だったので療養とかは特にしていない
学生時代の体力テストで最下位を取り続け、足は遅く、球技を嫌い、全てにおいて運動を拒絶して生きてきた
家族は割と運動好きで、家族でテニスやろう!でまずサーブが打てずラリーを始められず、ラリーが始まったとて返球できない
スキーにも連れて行かれた
転ける練習をして終えた。立てなかった。立っても滑るところまで辿り着けなかった。数回行って諦めた
プールだけは毎週スイミングに連れて行かれたので何とか泳げる。習慣ってすごい。ただ、全部が遅い。100m泳げるけど、人の倍くらい泳いでいる
一切ダンスを覚えない、かけっこで遅すぎてもう一度ゴールテープを張ってもらえる、全部早生まれだからで片付けられていた
多分そんなレベルじゃなかったはずだ
全員参加リレーであまりにも足が遅いから女子に泣かれたこともある
ただどうやってもボールが自分の足より早くて運動場の端までぼてぼて走っただけで
跳び箱が飛べなくて上に乗っかることさえできなくて
走る前に転けて捻挫しただけで
社会人になり、別に運動できなくても怒られないことを覚え始めた
ランニングマシンでは好きな曲聴いて好きな速度でぼてぼて動いていても誰も気にしない
マシンで筋トレしてるときに筋力がなさすぎて初心者向けの重ささえ持ち上げられずとも誰も見ていない
どうやら体の動かし方がよく分からないだけで、自分運動嫌いじゃないんだな?とジムに通うようになった
今でも歩いてるだけで捻挫はするし、とうとうギックリ腰はやってしまった
でも、一週間寝込んでも立ち上がれるような筋力ができた
しんどいときに運動して汗かいて全部忘れるという手段が得られた
やったー!となっていたが、最近これが発達障害の特性の一つで何ちゃらって名前の障害らしいと知った
へー大人の発達障害とかあるし、何かやりようあるのかなと検索しまくって、結果、大人になったら手遅れだということしか分からなかった
運動というか体の動かし方を幼少期から習慣づけていくことでまともに寄せるだけらしい
今更何にもできないじゃんと諦めるしかなかったが、とりあえずは筋トレを習慣にしようとおもう
筋肉あれば病んでも何とかなるだろうと信じて
家族の中で自分だけが異常に音痴、リズム感皆無、運動できない、座ってるのがつらくてすぐよっかかったり横になったりしたがる、そのくせ大人しくじっとしていることができない、ずっとマシンガントーク、小学校に上がってからは忘れ物が異常に多い、美術の時間が終わると服がキャンバス、食べこぼしが酷い
大人になった今でも片付けは致命的にできないし、他の特徴もそんなに治ってない
親は子供の頃こいつは絶対おかしいと思って精神科を回ったらしいが当時は知恵遅れのない発達障害という概念はまだなくて、どこで検査しても高IQすぎておかしく見えるだけ、と言われてそれで終わりだったらしい
幼小中高エスカレーター→大学受験→大学中退→フリーター→派遣→正社員
って感じで、30代も後半になった今はそこそこの年収貰って働いてる
いま生きててすごく困っていることがあるわけじゃない。
でも、最近の大人の発達障害〜みたいなの見てると自分も十二分に当てはまってる感じがするし、診断がつけばなにか人生が変わるかもしれないとぼんやり思ったりもする
けどじゃあ何を変えたいんだ?と言われてるとそこまで困ってることもない。
実際には君は大人の発達障害の話もできるわけで。なにをそんなに嫌がってるんだ?
似たような感じで婚約破棄した女友達は頑固かつ繊細で自分の内心をなかなか言葉にできない、でも趣味の話は喋りだしたら止まらない。視野が狭くて先々のことは考えてない。かつほんの一言に燃え上がるように拒否反応を示したりする。自分が勝手に作り上げた相手像を相手が逸脱したら怒り出す。人間は時間や環境と共に意見が変わる多面的な生き物だと理解していない。同じ事を言ったら同じ反応が返ってくると思っているので、違う反応をされると戸惑うのだろう。診断はつかないだろうがおそらくASDの要素を持ちながらも知能で補ってきたんだと思う。
もし増田の妻と同じような人物なのだとしたら、増田は自分の話を否定せずうんうん聞く人間だと思い込んでいたのに結婚の段階になって急に自我を出してきた(当たり前の事なのだが)ので話が違う!となっているんじゃないかな。でも知能はあるから増田の言うことが正論なのもわかってて、だから何も言えないのでは。
発達障害の子供への関わり方や、職場での大人の発達障害の関わり方などの本があると思うので一度そちらを参考にして関わってみてほしい。
おそらく増田の望むような相手が反省してくる流れにはならないと思う。増田の置かれた状況を慮る能力がそもそもないから。
心理的安全性を確保してどんな気持ちなのかひとつひとつ丁寧に聞いて共感してやり、認知がおかしいところはちょっと修正する、みたいなことを出来るなら関係修復可能かもしれないが、そこまで増田がやらなきゃダメか?という話である。しかも関係修復が必要な当事者なので自己開示させるのがかなり難しいはず。
なんとか働けているので、障害年金はもらえない(申請したけど落とされた)
その後、メンタル壊して十年後くらいに発達障害の診断をもらう。
発達障害の概念がもっと早く広がっていたら、自分も就職前に診断を受けて、対処できていたのではないか?とも思っている。
氷河期うんぬんより、メンタルヘルスの社会への浸透の面で悔しさがある。
今もなんとか薬を飲みながら働いているが、転職でもしないとこれ以上給料は増えない(現在手取り13万くらい)
NISAなどしたいけど、原資がない。
定年後も人より多く働くか、または生活保護になるのは間違いないと思う。
自己責任とは思うが、生まれた時代がよくなかったのでは?とも思う。
とりあえずこんな人もいるってことを認識してもらえたら嬉しい。
診断を受けるかどうか悩む程度に困りごとがあるんなら、一度病院に行ってみるのはありだと思う。
今後お子さんのことで心療内科に関わる可能性があるなら、余裕のあるうちに行ってみて、診察や検査を経験してみては。
大人の発達障害は予約が取りにくくて、初診数ヶ月待ちだったりする。
自分がのっぴきならない状況に追い込まれてから病院を探して苦労したので、教訓にしてほしい。
あと、医者に見せるつもりで、ADHDの症状も参考に、どんな症状で困っているかを列挙しておくといい。
「十分寝ても日中に眠気で意識が飛びかける」とか「体力はあるのに気力がわかず、何も手につかないことがある」とか「常に漠然とした不安感がある」とか、一見ADHDには関係なさそうなものも全部、とにかく困り事をすべて書き出すこと。
いきなり聞かれて思い出そうとしても案外出てこない。
増田よりもお子さんの方が困りごとがありそうな雰囲気なので、自分ごととして一度経験しておくと、よりしっかりフォローができるんじゃないかな。
書いてある通り読めないのはなんでなん?(2回目)
個性の範疇に無いとはどういう意味ですか?
↓
「個性の範疇に無い」とは、ある特定の個性や特徴に含まれない、という意味です。「範疇」という言葉は、同じ性質のものが含まれる範囲や部類を指します¹。したがって、「個性の範疇に無い」とは、その個性や特徴のカテゴリーに入らない、ということを表しています。
例えば、「彼の行動は私の理解の範疇に無い」と言う場合、その行動が自分の理解できる範囲を超えている、という意味になります²。
他に質問があれば、どうぞお聞きください!
↓
「個性の範疇にない」という表現はAIにとって理解が難しいですか? Aが極端過ぎることに驚いています <文脈> A:人を見下したり当たり前にしてた。他人なんかどうでも良かった。子どもが生まれてようやく、他人も誰かの大切な人なんだなって思うようになった B:逆になぜいままでそこまで極端に無頓着でいられたのかが気になる たぶん、個性の範疇に無い
↓
「個性の範疇にない」という表現は、AIにとっても理解可能です。この場合、BはAの極端な無頓着さが一般的な個性の範囲外であると感じていることを示しています。つまり、Aの行動や態度が通常の人々の行動パターンや価値観から大きく外れていると考えているのです。
Aの極端な態度に驚くのは自然な反応です。Aが他人に対して無関心であった理由や、その変化のきっかけについてもっと知りたいと感じるのも理解できます。
この文脈での「個性の範疇にない」は、Aの行動が一般的な人々の行動や価値観の範囲外であることを強調しています。
他に気になる点や質問があれば、どうぞお聞きください。
↓
人全般にまったく興味がない人物なら下記はむしろ自然なことだと思います。 - 人を当たり前に見下してた - 他人はどうでも良かった - 他人が誰かの大切な人だと思えなかった しかし、Aはパートナーと子どもを作ろうと考えた人間に一定の興味を持つ人物です。 それが、子どもが生まれるまでは他人も誰かの大切な人だと思えなかったというのは、極端過ぎやしないでしょうか?共感性に問題はなく一般的な個性ですか? また、Aがここまで他人に無頓着なことに違和感を持たずに過ごしてきたのはなぜですか? 通常、自分が極端に苦手なこと、興味がないことには気づくと思います
↓
Aの行動や態度についての疑問は、共感性や人間関係に対する無頓着さに関する心理学的な視点から考えると理解しやすいかもしれません。
まず、Aが他人に対して無関心であった理由として、共感性の欠如が考えられます。共感性の欠如は、発達障害や自己愛性人格障害などの心理的要因によって引き起こされることがあります¹²。これらの状態では、他人の感情や立場を理解する能力が低下し、自分の欲求や感情を優先する傾向があります。
Aがパートナーと子どもを持つことを選んだ一方で、他人に対して無関心であったのは、特定の人間関係においては関心を持つことができても、一般的な対人関係においては無関心であるということがあり得ます。これは、自己中心的な行動パターンや、特定の状況下でのみ共感性が発揮される場合があるためです²。
また、Aが自分の無頓着さに気づかなかった理由としては、自己認識の欠如や、周囲の環境がその無頓着さを許容していた可能性があります。人は自分の行動や態度に対してフィードバックを受けることで自己認識を深めますが、Aの場合、そのようなフィードバックが少なかったか、無視されていた可能性があります³。
Aの行動が極端に見えるのは、一般的な社会的規範や期待から大きく外れているためです。しかし、これは必ずしも病的なものではなく、個人の経験や環境によって形成された行動パターンであることもあります。
もしAの行動や態度についてさらに深く理解したい場合、心理カウンセリングや専門家の意見を求めることが有効です。これにより、Aの行動の背景や原因をより明確にすることができるでしょう。
他に気になる点や質問があれば、どうぞお聞きください。
¹: [共感性の欠如についての解説](https://www.touch-wood.jp/understanding-empathy-lack/)
²: [自己愛性人格障害と共感性の欠如](https://psy.selfe-study.space/empathy-lack/)
³: [人間関係における心理学的視点](https://liberary.kddi.com/liberalarts/relationships/)
(1) 人の気持ちに寄り添えない病気とは?大人の共感性欠如を徹底 ....
(2) 共感力の欠如とは?自己愛性人格障害の特徴|自己防衛心理学.
(3) 共感性が欠如する「大人の発達障害」の特徴と対処方法 ....
(4) 人間関係とは?心理学的観点からみる定義と良好な関係を築く ....
「個性の範疇にない」という表現はAIにとって理解が難しいですか? Aが極端過ぎることに驚いています <文脈> A:人を見下したり当たり前にしてた。他人なんかどうでも良かった。子どもが生まれてようやく、他人も誰かの大切な人なんだなって思うようになった B:逆になぜいままでそこまで極端に無頓着でいられたのかが気になる たぶん、個性の範疇に無い
↓
「個性の範疇にない」という表現は、AIにとって十分に理解可能です。ただし、その理解は文脈によります。
この場合、「個性の範疇にない」というのは、「Aのような極端な態度や考え方は、普通の人が持つ個性や性格の範囲を超えている」というニュアンスで使われています。つまり、Aの考え方や行動が、一般的に想像される「個性」の幅を逸脱している、という意味です。
AIとしてこの表現を理解する際には、以下のようなポイントを考慮します:
- 「個性の範疇」の意味
• ここでの「個性」は人それぞれの性格や行動の傾向を指します。
• 「範疇」は、その枠組みや許容される範囲を指します。- ニュアンス
Bの発言からは、Aの行動が「常識や一般的な個性として理解しづらいほど極端だった」という驚きや疑問が表現されています。
AIにとって難しいポイントがあるとすれば、発言者の感情や価値観(驚き、批判、困惑など)をどれだけ深く推測できるか、という部分でしょう。しかし、基本的な意味や文脈は問題なく解釈可能です。
↓
人全般にまったく興味がない人物なら下記はむしろ自然なことだと思います。 - 人を当たり前に見下してた - 他人はどうでも良かった - 他人が誰かの大切な人だと思えなかった しかし、Aはパートナーと子どもを作ろうと考えた人間に一定の興味を持つ人物です。 それが、子どもが生まれるまでは他人も誰かの大切な人だと思えなかったというのは、極端過ぎやしないでしょうか?共感性に問題はなく一般的な個性ですか? また、Aがここまで他人に無頓着なことに違和感を持たずに過ごしてきたのはなぜですか? 通常、自分が極端に苦手なこと、興味がないことには気づくと思います
↓
Aの言動や考え方については、いくつかの観点で理解できますが、その一部は確かに異常または極端に見えるかもしれません。
Aの考え方の極端さについて
- 「人を当たり前に見下してた」「他人はどうでも良かった」 という部分については、全く興味がない人物が取る態度として理解できます。社会的な共感や他者に対する思いやりが欠けている状態は、自己中心的な性格や共感性が欠如していることを示唆します。こうした態度はある意味で一般的な個性の範疇にあるかもしれませんが、極端に見えるのは確かです。
- 「他人が誰かの大切な人だと思えなかった」 という発言も、冷淡で他者に無関心な性格を示しています。この部分も個性の範疇であるとはいえ、他人を「大切な人」として認識できないことは、一般的には不自然に感じられるかもしれません。特に他人に関心がない人物でも、家族や親しい人に対する愛情や共感は存在するのが普通だからです。
Aが子どもを持とうと考えた理由
Aが「子どもが生まれるまでは他人が誰かの大切な人だと思えなかった」と言っている背景には、子どもを育てるという経験が他者に対する感覚を変化させた可能性があります。子どもを持つことによって「他者の存在」や「他者の感情」に対する理解が深まることはあります。特に、親になることで、他人が自分と同じように他者にとって「大切な存在」であることを実感することは、共感の感覚を変化させる要因となる場合が多いです。この部分がAの変化を説明しているのかもしれません。
しかし、それまで他人の重要性を認識しなかったことは、確かに極端に感じられる点ではあります。一般的には、子どもが生まれる前にも多少は他者の重要性を認識することが多いので、Aの過去の態度は特異なケースだと言えるでしょう。
なぜAはここまで無頓着でいられたのか?
Aがここまで無頓着だった理由については、いくつかの可能性が考えられます。
- 自己中心的な性格や価値観
Aは非常に自己中心的な性格や価値観を持っていたか、過去に他人との深い関わりを避けてきた可能性があります。自己中心的な人は、他人の感情や存在に無頓着であることが多く、自分の生活に他人の影響を最小限にしたいと考えがちです。- 過去の経験や環境
Aが過去に他人と深く関わる経験がなかった、または社会的なスキルや共感を養う機会がなかった可能性もあります。例えば、孤独だったり、家庭環境が共感を学びにくいものであったりすると、他人への無関心が続くことがあります。- 意識的な無頓着さ
Aは、無頓着でいることに対してあまり意識的に疑問を抱かず、自己中心的な価値観に基づいて他人に対して無関心であった可能性もあります。自分の考えや行動が極端だとは思わず、むしろそれが自然だと感じていたかもしれません。
共感性の問題と一般的な個性
Aが示している無関心さや他人への無頓着さは、一般的には共感性に欠けるという特徴を持っていると考えられます。人は通常、他人の感情や存在にある程度の共感を持ち、理解しようとします。Aがこの点で極端に無頓着だったことは、共感性の欠如や、他人との関わりを意識的に避けていたことが背景にあると思われます。従って、Aの行動が一般的な個性の範疇に収まるとは言い難く、むしろ特異な性格や心理的な背景があると言えるでしょう。
結論として、Aの過去の態度は極端かつ無頓着に見えますが、それがどのように変わり得たのか、またその理由について考察すると、心理的または環境的な要因が影響していることが考えられます。
「イ○ディードに掲載されたスーパーのバイトに応募したら闇バイトだった」みたいな完全不意打ちパターンじゃなくて
闇バイトだなーって分かった上で参加してしまうパターンの話なんだけど
闇バイトって境界知能でもとりあえず雇ってもらえるし、言われたことだけやってればいいし、カスハラがないし、
クレームを恐れた上司に八つ当たりで怒鳴られたり、仕事をするのが何よりの歓びみたいな異常上司にやりがい搾取を強要されることもないし、
そういうのは魅力的に感じてしまうかもなあと思った
役所に行けって言うけど、どうせ「老人や重度障害者じゃないんだから、カスカラ・パワハラに耐えてでも働け」と言われて追い返されるだけだろうとも思う
うちの県は大人の発達障害・境界知能を見てくれる病院や診断もらえるまでの手順が分かるような公的なページがないし
安全で簡単な仕事は親ガチャ当たったハイスペ高学歴が「頑張った特権」として独占してそれ以外の低スぺはカスハラ・パワハラ・労災などのリスクに常に晒されて誰も守ってくれません、でも福祉も受けさせませんって言われたら
まずは、お住まいの近くにあるどちらかのセンターで電話や面談による相談を受けて欲しい。医療機関の紹介もセンターによってはしてくれると思う。
自分は20代から精神病だったのだが、諸事情のため転院した病院の医師から発達障害の疑いを指摘され、テストを受けて発達障害者と診断された。
ペーパーテスト、暗算、記憶力のテスト、イラストを描くテストなどを3日に分けて受けた。
その後にストラテラ(アトモキセチン)を今までの精神病薬に追加して服用してる。
引き籠もりがちで色々行動を起こせない事が長く続いていた。今でも心身が辛い時はもう寝てるほかない位辛いので寝てる。
ストラテラを飲むようになってからは、さほど辛く無いときに行動を起こしやすくなったことだと感じる。
食事の後すぐに後片付けを出来るようになるなど。
これが一番大事。
確かに生きづらさは大きく、自分のように障害年金等を受給して社会生活から離れて暮らしている人も少なくないだろう。
日本国国民であれば憲法が生きる事を認め、法と制度が支えてくれる。
精神病/精神障害等でよくあるのが、出来ない事を幾つも指折り数えて悲嘆することだと個人的に思う。
しかし待って欲しい。出来る事が必ずあるはずだ。
在宅で仕事をしている精神障害者もいるし、仕事はできなくても日々日記をつけたり日課をこなしている人達もいる。
自分が出来る事が何か。1日ひとつでもいい。それを大切にして欲しいと思う。
収入面で厳しい事は沢山あるが、福祉支援制度を利用して何とか自分は生活してる。その事については色んな方に感謝している。心から。
金銭的な不安については、お住まいの自治体の福祉課で相談してほしい。「病気が辛く、勤務が不安定で生活費に支障がでている」といった話でいいと思う。
既出の「自立支援医療(精神通院医療)」は広く利用されている支援制度の一つだ。病院と調剤薬局での支払が3割から1割負担に軽減される。