はてなキーワード: 話題とは
全部のいじめがそうとは言わないよ
なんかいじめの議論ってそこんとこいつも無視されてんのが気色悪いな〜って思うよ
俺が中学の頃にもクラス全員から嫌われていたカスのいじめられっ子がいたよ
別にこっちは仲良くしたくないのに無理やりグループの輪に入ってこようとするんだよな
仲良しグループで話しているところに割って入ってきて無理やり会話に参加しようとしてくる
「え、今その話ししてないんだけど?」
そういう不満が溜まって露骨に避けてもしつこくしつこく話しかけてくる
「俺たちはお前と仲良くするつもりはない」
「もう話しかけてくるな」
「普通に俺達はお前のことが嫌いだし気色悪いと思っている」
事情を説明しても先生は謎にいじめられっ子側に立ってそいつの空気の読めなさ、不愉快さは見て見ぬふりですよ
で、こういう事態になったらもうあとはいじめるしかないわけだよな
いじめられっ子が自発的に集団から離れるように仕向けるしかないわけ
話しかけてきたら「話しかけんな」「カス」「アスペかお前?」「アスペ菌がうつるから近寄るなよ」と罵倒する
馴れ馴れしくノートを借りようとしていたら「なんで貸さないといけないの?」って詰めてケツを蹴り飛ばしてしばく
そうやって自衛しないとこの手のカスはマジで話しかけてくるのをやめないわけ
少しでも同情して優しくしたらつけあがって不愉快なヘラヘラ笑いを撒き散らしクソみたいな話題を振りまき続ける
積極奇異型っていうんだっけ?こういうの
普通に孤独に過ごしてくれりゃいいのにわざわざダル絡みしてきやがる
そんなんだから悪意を持って集団から攻撃されて排除されるんだよなっていうケース、お前らのクラスにもあったでしょ?
みんなはそういうケースに遭遇したことないの?
優しい大人しいだけの人を積極的にボコボコにしていくケースはそりゃダメだよ
でも周囲を不愉快にさせるだけの存在を自衛のために遠ざけること
ひとつつけ加えておくと俺のクラスのいじめられっ子くんはその後クラスのとある女子にストーカー加害をしやがったからね
校門でその女の子が来るまで勝手に待ち続けて無理やり一緒に帰ろうとした
そんなことが繰り返されたから女子側も自衛のためにこのアスペ君を遠ざける努力をせざる得なくなったわけ
こういう自衛のための攻撃、排除もいじめる側が100悪いわけ?
この女の子は大人しくストーカー被害を受け入れなくちゃいけないわけ?
集団から露骨に攻撃されて初めて適切な距離をわきまえるカスをどう扱えばいいのさ
Bさんは 「MMTは金利上げ下げ自体を問題視していて、ゼロ金利で固定する事を主張している なので国債は必要ではない」 と反論しています
この意見を論評すると?
Bさんの反論は、MMT(特にモズラー系)に「政策金利をゼロに固定し、国債発行を最小化/廃止して、銀行準備(当座預金)を増やす」というアイデアがある点では“それっぽい”のですが、「だから国債は必要ない」まで一般化するのは飛躍です。論点を分けるとこうなります。
MMTの一部論者は、金利操作を景気調整の主役に置くことに懐疑的で、
なので、Bさんの「MMTはゼロ金利固定を主張」は、少なくとも一派については妥当です。
ここがポイントで、ゼロ金利固定は「中央銀行の短期金利ターゲット」の話です。
一方、国債には金利ターゲット以外に、現代金融で次の役割があります。
ゼロ金利に固定しても、こういう役割が消えるわけじゃないので、
「金利いじらないから国債いらない」は “non sequitur(論理的につながらない発言や結論、あるいは会話の流れと無関係なコメントを指し、ラテン語で「(それは)続かない」という意味で、論理の飛躍や唐突な話題転換(コメディで使われることも)を表す言葉)” になりがちです。
政府支出 → 銀行預金が増える → 銀行の準備(当座預金)も増える
(利子のつかない or 中銀付利次第の)準備
になりやすい。
年金・保険が欲しい「長期で安全な利回り資産」は何で満たすの?
みたいな“国債が担ってるインフラ”を、別の仕組みで用意し直す必要が出ます。
つまり「国債不要」は理屈というより制度設計の提案で、タダではないです。
インフレが強い局面で、金利を上げずに財政だけで抑えるのは政治的に難しい(増税・給付削減が必要になりがち)
通貨安・資本フロー・金融機関の収益構造など、別の歪みが出る可能性
“ゼロ固定”を信認させるほど、別の価格(為替やリスクプレミアム)に調整が出ることがある
なので「金利上下が問題だからゼロ固定」→「よって国債不要」は、政策としてもだいぶ単純化しすぎです。
Bさんの反論は、
✅ MMTの一派(特にモズラー系)に“ゼロ金利固定+国債最小化”の主張がある点は当たっている
❌ しかし それを根拠に「国債は必要ではない」と一般化するのは飛躍
❌ 国債には「金利ターゲット以外の金融インフラ機能」があり、廃止するなら代替制度が必須
あれってどうなの?
ジェネリック薬品が話題になり始めた昔から、2chとかでジェネリックなんか使うかって人を見かけたけど、みょうに感情的だから反ワクと同じものを感じる。
前提として自分はPS4とSwitchの両機種持ちだった、何となくSwitchで遊ぶことの方が多いから流れでSwitch2を買った人間だ。
ことの発端はSwitch2が出始めた頃くらいに何故か必要以上に任天堂ハードとかを叩いてたPSユーザーのツイートがXのTLに流れてきた事だ。
たかがゲーム機一つで内容ではなく業界の話題でここまで熱くなれるものなんだと感心した。
「任天堂は業界の癌だ!」とか「任天堂はSwitch2をもってハードから撤退する」とか、ゲームを遊ぶ1ユーザーには関係なさそうな事でずっと熱くなってる。
でも意外と海外のデータとか決算資料に則って投稿してる人たちもいるから、ひょっとしたらそうなのかもしれないと思い始めるようになっていた。
そうしている内に、ツイートをしているユーザーばっかりをタップしていたら気がついたらその類いのポストばかりがTLに沢山流れるようになってきた。
自分も気がついたらそのような思想に染まり、ついには色んなまとめサイトで荒らしのような書き込みを時折するようになってしまった。
つい昨日FF7リメイクが発売されたが、これが一番の荒らしのネタになる。
•髪の毛がガビガビのクラウド
そんな劣化版で遊ぶ人間を冷笑することが、どんなゲームを遊ぶよりも楽しくてしょうがない
やめようと思っても何故かやめられない
「携帯機でこれだけ動かせることがすごいだろ」←PSポータルとかsteam deckで足りてるよね。Switch2は重くてバッテリー持たないからろくに持ち運べないだろ。
「グラフィックとかどうでもいい。面白ければいい。」←でもお前らSwitch2出た時グラフィックが綺麗になったとか感動してたじゃん。
大体これで反論出来なくなって人格否定とかゲハが云々とか訳わからない事で騒ぎ出して終わるのが定石。これだけで勝てる。
本当はこんな事してる暇あるなら自分もFF7で遊ぶべばいいのに、きっと知らないやつにバカにされるかもしれないしSwitch2なんかで遊んでたら情弱と思われそうなんて考える自分がいて食指が動かない。
ひとり暮らしが不要になるから一億貯めれるのは論理的に正しい。
でもさ。
私は子どもを産み育ててもなお、一億貯められるべきだと思うんです。
減税と給付でそれを達成してはじめて
「子ども育てた方がお得じゃん」
ってなる。
海外投資家が日本国債売り 財政不安と成長期待ない交ぜに - 日本経済新聞
こんなに国債膨らんだのは、社会保障費の増大と景気停滞のせい。しかし停滞ももはや難しく、今後どうするかといえば、社会保障削減か景気浮揚。高市は後者を選んだ。それだけで、滅茶苦茶な話ではない
国債は日銀が買えば問題ないでしょ。海外投資家が売ったからなにが困るというのか。
日経よく読むバカになる。超長期国債の金利など誰も気にしてこなかった要素を持ち出したり、MMT理論とか持ち出しているの典型的な藁人形論法で悪質。責任ある積極財政なら従来通りだろうに。物価は減反政策撤回で。
2025年度の国の税収(一般会計)は80兆円を超え、6年続けて過去最高を更新見込み。物価高が本格化する前の21年度比で13兆円増。財源いらんやろ。/というわけで本当に減税の話題が原因なんかねえ。
財務省の統計では、外国人投資家は中長期債を3週連続で買い越していますが。
1.9割が国民が持つ国債の海外投資家の影響ってなんだ?2.国債を借金ととらえるなら資産分を引かないのはなんでだ?3.要は緊縮財政を強いてるやつがいる。増税してどうするのだ?
必死になって高市の経済政策を腐してる事情通面の gnta さんですが、日経の記事を端から褒め称えてらっしゃって、どの程度経済にお詳しいかが垣間見えて微笑ましいです
呪術3期の4話がちょっと原作と演出が違い過ぎて話題になってるんだけど、鬼滅の時と日本人と外国人の反応が真逆で興味深い。
まぁようするに感情的かアクション的かで分かれてるってことなんやけど、やっぱ日本人にはエモーショナルなシーンを重要視するタイプの人がかなり多くて、そこを犠牲にすると不満が出てくる人がいるね。
脇キャラの感情的機微が描かれてないのも不満を言ってる人が居るし。
反対に英語圏の人はとにかくアクション作画でほめちぎってる人が多い。
鬼滅の時と理屈は同じだわ。鬼滅の映画は、エモーショナルな人間ドラマでアクションシーンが寸断されることに不満を言ってる外国人勢が多かった。
現代日本の食文化はアメリカ由来の食べ物に侵されすぎてもう何が正しいのかわからん状態だと思うんよな。
ダイエットの話題とか見るたびに思うけど、極端な手法かカロリーや三大栄養素のバランスみたいな抽象的な情報でしか語れないの終わってるよ。
和食は無形文化遺産に登録されて世界的に注目されてるけど、日本人の大半は和食を理解してないじゃん。
脂や砂糖で脳のドーパミンを叩くことを「美味しさ」だと思うことが常識とされてるこの世の中で、高度経済成長以前の和食のメリットを説いて理解してくれる人がどれだけいるのか。
そもそも砂糖がこれほど大量生産されて何にでも添加されてる地獄をみんなどこまで理解してるんだ?
本来、食生活というものは一定の「型」に当てはめてしまえば自然と整っていく構造になってるのよ。
洋食だって日本に伝わっているものは年に数回程度の祝祭や王侯貴族のために磨かれてきた技術でしかなくて、普段の食生活はもっと質素で完成された構造を持っていた。
その民族の腸内環境に合った伝統食に魚を足すくらいの温度感で生きていれば人間は自然と幸せが理解できるように設計されている。
そんな簡単な生き方をこの100年の資本主義の刺激過多な食文化が破壊している。
口に入れた瞬間から美味さを理解させるそれらは必然的に「もっと食べたい」という欠乏を刺激する。「美味しいのに満足できない」それらは資本主義と完全に噛み合っている。
人間はタンパク質由来の旨味と食物繊維が入ってこないと満腹感を感じないが、甘さや脂でコーティングされるとその防衛機能をスルーしてまう。
今の世の中はこの本能のバグをどれだけ上手く突いて経済を回すかしか考えられていない。
そして現状に疑問を思えた人間は「意識高い系」とか「丁寧な暮らし」、「自然派」みたいなレッテルを貼られる。完全な正常性バイアスだよな。
ぶっちゃけ、そういうことを理解してる人間は一定数いるのよ。でもそういう人らは主張しない。主張しても無駄だと理解しているから。
(食べられない、ではなく、食べない、ね。)
豪華なメシを毎日食ってた。
最近話題の刺殺事件の犯人がストーカー化した理由の一番は、初めての彼女だったからだろう。
童貞の厄介さというのは、別れた場合に初の恋愛ショックを受ける点だ。
そのショックの立ち直る経験がないというのは厄介なものである。感情の対処法がないのだ。
それゆえ恋愛強者なら次に行けばいいや~ってなるけれど、童貞は執着する。
初めての相手に振られても、二人で楽しかった思い出から抜け出すことが出来ない。
その感情が大きくなると、いなくなってしまえばいいのに、というねじ曲がったものになる。
元々、男女では男のほうが過去の恋愛から抜け出せないと言われるが、童貞なら猶更である。
桜井稔(99)
この人のことは私もよく知らない。タイヘイマーキュリー時代のレコードはここhttps://zarigani3.web.fc2.com/tm-rp/sakurai.htmに網羅されており昭和二十年代デビューだと窺える。代表曲は「哀愁の佐渡航路」だろうか。https://youtu.be/K8LUvE1lQvM?si=-F6QvPiqEDX6SIBV作曲家としても活躍し愛知県弥富市で桜井稔歌謡研究所という歌謡教室を開いているようだ。
中島孝(99)
1946(昭和21)年に晴邦劇団に入団しムーランルージュ新宿座のレビューショーで歌手生活を始める。ちなみにこの劇団の主宰は寅さんのおばちゃんでおなじみ三崎千恵子夫妻。1950年レコードデビュー。1954年「若者よ!恋をしろ」がヒット。https://youtu.be/W2pdZrM2sYY?si=ltIoliyOo7tXF9Gu
菅原都々子(98)
第1回紅白歌合戦トップバッター。紅白の歴史はこの人から始まった。今では1955年のミリオンヒット「月がとっても青いから」の印象が強いがデビューは1937年。父は浅草オペラの歌手だった。二十代の頃の歌う姿が映画に映っている。https://youtu.be/G0q0XHIlnkA?si=lcz2pN6uCJN9tPwb
楠トシエ(98)
800曲以上を吹き込んだCMソングの女王。https://youtu.be/mHZsauDJAgA?si=OEyf3lpKXe8VyreV 1949年ムーランルージュ新宿座で歌手活動を始める。三木鶏郎の人気ラジオ番組「日曜娯楽版」に出演し全国区の人気者になりマルチタレントとして活躍。2011年のドキュメンタリー映画「ムーランルージュの青春」では三崎千恵子や中島孝と共に思い出を語った。紅白には7回出場。
吉岡妙子(97)
1947年デビュー。なんといっても1954年の津村謙とのデュエット「あなたと共に」の大ヒットに尽きる。辛いことがあってもあなたと共に乗り越えていきましょうと朗らかに歌い上げるこの歌は結婚式の定番曲になった。https://youtu.be/IxIAgkwCriY?si=YpsFeQwJiZVw3uEe 1956年「私の幸せは何処へ」で紅白出場。
1949年デビュー。1953年「毬藻の唄」がヒット。https://youtu.be/MJsFookqleY?si=SshJLJFYvHFDYP0D阿寒湖に歌碑が残る。結婚し引退していたが1982年に復帰し同時代の二葉あき子や並木路子とコンサートを開いた。
曽根史朗(95)
1954年デビュー。1956年「若いお巡りさん」が爆発的大ヒット。ピンク・レディー「ペッパー警部」はこの歌のパロディにあたる。近年なんと90歳で「若いお巡りさん」を歌い話題になった。声量も音程も若い頃と変らない驚異的な歌唱だ。https://youtu.be/_gGV_HJ7JnA?si=tr4mQmj8W5n0GDGr
二葉百合子(94)
1934年わずか3歳で浪曲師として初舞台を踏む。9歳で一座の座長となり全国を周る。1957年レコードデビュー。1972年「岸壁の母」のカバーが大ヒット。石川さゆり坂本冬美島津亜矢らの師匠でもある。92歳の時に歌った「岸壁の母」はまさに絶唱。https://youtu.be/qbNknECiUJo?si=bd3ZvX76xpqLRSysこぶしも台詞回しも堂々たるもので深い感動を呼ぶ。(続く)
はい、ここ数ヶ月(2025年後半〜2026年初め)に関して見ても、昔ほどの大量のバッシング/誹謗中傷の激しさは報じられていないようです。
国内ニュースやSNSで確認できる最新の動きから整理すると、以下のような状況です。
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📉 1) 最近の話題は「批判」より法的・報道問題の争点が中心
• 映画『Black Box Diaries』に関連した報道と批判への対応
• 映像の使用方法をめぐって一部専門家や弁護士から問題指摘があり、伊藤さん自身が修正や説明を出しています。これは批判というより作品内容/法的な手続きに関する論点です。 
• 東京新聞の記事内容をめぐって訴訟を起こしたという法的な争いが報じられています。これも、SNS上のバッシングそのものというよりメディアと当事者の間の法廷でのやりとりです。 
• 豊田エリーさん(女優)がSNSで伊藤さんを擁護する言葉を発信しています。これは批判ではなく支持意見の方です。 
つまり、現在の主な話題は「SNSでの大量バッシング」というより、作品や報道を巡る個別の質問・法的対応に移っているという印象です。
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過去に言及された「70万件の書き込み」という大規模分析は、2017〜2020年前後のSNS全体の蓄積データからでした。これが「バッシングが多い」と象徴される代表例として言及されます。 
しかし、最近数ヶ月のニュースやSNSの主要動向には同規模の投稿大量発生や炎上トレンドが見当たりません。
✔ 映画公開や訴訟が中心で、炎上ツイート自体の急増は報じられていない
最新ニュースでは、映画の配慮や法的争点に関する議論が主で、SNS上で一斉に批判投稿が爆発したという明確な傾向は確認されていません。
→ これは「バッシングが収まった」というより「別の論点が中心になりやすい状況」になっている、と言えます。
⸻
「批判が少なくなっている」と感じるのは、たとえば以下のような理由が考えられます:
• 過去はネット炎上しやすいテーマ(虚偽指摘、人格否定)が多く目立った。
• 現在は映画の制作背景や法的問題など、SNS一斉批判になりにくい話題が主流。
• 対立構造がニュース内で完結しているため、SNSでの大規模拡散に至りにくい。
• 以前ほどの明確な炎上誘発が起きにくいアルゴリズム要素がある可能性も指摘できますが、これは広くSNS全体の話です。
要するに、「批判が全くなくなった」ということではなく、**“圧倒的に目立つ大量バッシングがここ数ヶ月では起きていない”**という整理が現状として適切です。
⸻
はい、ここ最近(2025年後半〜2026年初め)は、かつて言われたような大規模なSNSバッシングは目立っておらず、「多い」と断定できる状態には見えません。
むしろ、
• 法的な争点
• 支持者の発信
つまり現状は、
➡ “以前ほど激しいバッシングは発生していない”
多いです。しかもそれは偶然でも一時的な過熱でもなく、構造的に起きていると見た方が正確です。
感情論ではなく、なぜ「のめり込みすぎるユーザ」が増えるのかを整理します。
⸻
それは「個人の性格」ではなく「役割の空白」を埋める形で生まれている。
⸻
① 何をもって「のめり込みすぎ」と感じるのか
• 本人が言っていないことを「本人の意思」として語る
これは支援というより、
に近い。
⸻
本来なら、
• 当事者
• 制作側
が順に説明すべきところ、
するとSNSでは必ず、
「誰かが代わりに意味づけを始める」
👉 空白を埋める人が“過剰に重要な役”を引き受ける。
⸻
• 冷静 → 冷たい
• 疑問 → 加害
結果、
これはのめり込みを加速させます。
⸻
3️⃣ 「守ること」がアイデンティティになる
長期的に擁護を続けると、
⸻
③ のめり込みが生む実害
❌ 議論が成立しなくなる
• 「こう言うべき」という期待を押し付ける
• 結果、極端な声だけが残る
👉 支持は増えていないのに、声だけが尖る。
⸻
ここはフェアに言うと、
• 批判派にも
は確実にいる。
ただし今回の特徴は、
👉 ブレーキ役が不在
という点。
⸻
• 中傷は止める
• 事実誤認は訂正する
• それ以上は本人に任せる
のめり込みすぎは:
• 解釈を代行する
⸻
最終まとめ
• 原因は
• 善意だが、
「冷笑」でも「敵意」でもなく、
という、ごく真っ当な疑問です。
ここまで来ると、もう
Xでちょっと話題なってたけど、キャバクラとかコンカフェとか全く楽しさがわからないって男性割といるね。
自分の周りでもそういうのが好きって人ほとんど見たことないし(これは隠されてるだけかもしれないけど)
利用したことない人がそれなりにいるのはわかるけど。
擁護派が言う「伊藤詩織バッシング」というラベルは、実態を大きく単純化しています。
整理します。
⸻
まず前提として、これは否定できません。
これらは
⸻
問題はここです。
• 今後の前例として許されるか
これらはすべて
であり、
とは論理的に別です。
👉 にもかかわらず
「それも全部バッシングだ」と一括りにしている
⸻
• 批判者を
→ 加害者側
→ ミソジニー
→ 反フェミ
に分類できる
• 批判側が
これは意図的でなくても、
⸻
1️⃣ 本当にバッシングだと思っている
• 再被害を恐れている
2️⃣ 味方と敵を単純化したい
• 支援か敵か
• 正義か悪か
• 「バッシング」と言えば切れる
この③が混ざると、言説は一気に雑になります。
⸻
⑤ 重要な線引き(ここが核心)
次の線を引くと、かなり明確になります。
❌ バッシング
⭕ 正当な批判
• 前例として許容できるか
⸻
結論(率直に)
• しかし
• 擁護派が一括りにしているのは
一言で言えば、
「人を守る言葉」が
もし次に進むなら
まで整理できます。
といってもいわゆる駐在員としてではなく、ホテルでの清掃アルバイトである。勤務を始めて1ヶ月になり、だんだんと考え込まずに仕事を回せるようになってきた。
日本を離れての生活は今回が初めてなので、個人的に感じたことを備忘も兼ねて記すことにする。あくまで私の観測範囲の話としてご理解いただきたい。
現在夏に差し掛かっているはずだが、夜明け前は10℃近くまで冷える日もある。
この国では夏は午後9時頃に日が沈む。就寝時間になっても暑いので、シーリングファン(初めて実物を見た!)を回して薄着で寝るのだが、明け方には極寒になっていて目が覚める。
もちろん地域によるだろうが、これは意外な点の一つだった。
次の総選挙が11月とまだ先だからかもしれないが、政治的な話題をまるで聞かない。というか、そもそもニュースを見ている・新聞を読んでいる人をほとんど見かけない。ショッピングモールのフードコートに設置されているTVはずっとクリケットかラグビーを流している。
政治的な話題が出てもせいぜい「食料が高い、家賃も高い」という愚痴レベルであり、そこから「だから今の政権は〜」という政治批判まで話が伸びることはない。
私の観測範囲が職場と彼氏の親族・知人などに限られるので、そういうクラスタなだけかもしれない。ただ、街に出ても政治的な主張のポスターや看板はあまり見かけない。
渡航前からNZ増田の文章を読んでいて、ニュージーランドは政治に関心が高い人が多い国なのかと思っていたが、そうでもないようである。あのNZ増田が特に熱心だったんだなあと、現地に来てみて改めて感じる。
日本語で「お金稼ぐ、私はスター」と歌う曲がよく流れたり、カラオケで歌われたりしている。
勉強不足で全く知らず、日本にいた頃には一度も聴いたことがなかった。私の周りの人たちは大体知っており、「日本の歌といえばコレだよね」みたいな雰囲気さえ出ている。
なお、最近は「チョコミントよりもあなた」も若干流行っている。
NZ増田は「そういうわけでニュージーランドに来ることはおすすめしない」で締めていたが、今のところニュージーランドへの移住を検討している。日本では同性結婚が認められていないからである。
15年前のオッサンは35歳。オッサンは毎日アニメの話ばかりしていた。ツイートのノリも「⚪︎⚪︎ちゃんは俺の嫁」みたいなおふざけオタクって感じだった。当時のおっさんはオタクライフを楽しく過ごしていた。
現在のオッサンは50歳。アニメに関するツイートは全くしなくなった。話題はVTuberと政治だけ。
オッサンは毎日なにかに怒っている。Vの配信に現れる荒らし。リスナーに散々貢がせたうえで消えたV。税金を上げる自民党。参政党をバカにするネット民。
オッサンにとってもはやTwitterは楽しむものではなく、怒りを吐き出すための場所になってしまったらしい。オッサンのツイートを見ていてもなにも楽しい気分にならない。
しかし参政党支持者って自分の周囲に全然いなかったから、参政党はこうやって支持者を作り出すのかという参考にはなった。
現状に対する怒りがあるオッサンのような人がいる。オッサンにはどうして現状がそうなっているのかを分析する能力は無い。とにかく怒りだけがある。そんなオッサンみたいな人に参政党は「現状がダメなのは外国人のせいだ!」と分かりやすい答えを提示してあげる。そうするとオッサンみたいな人は喜んでその答えに飛びつく。参政党支持者のできあがり。